茨城県震ケ浦及び北浦産淡水魚の肝吸虫 metacercaria の感染...

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20 BULL. MEGUROPARASIT. MUS. NO. 1 p. 20-22 1967 茨城県震ケ浦及び北浦産淡水魚の肝吸虫 METACERCARIA の感染について υ 鈴木了司 2 (国立予防衛生研究所寄生虫部) ABSTRACT: A surveywasconducted in 1964 and 1965 inanattemptto getinformationabout Clonorchis metacercaria inthefreshwatershesinLakeKasumigauraandLakeKitaura Ibaragi Prefecture. The metacercaria were found in S a1 'cocheilichthys variegatus and Acheilognathuslanceolata collectedfromLakeKasumigaura. A reductioninthenumberof Clon01'chis metacercariafoundinfreshwater sheswasreported. 茨城県震ケ浦, 北浦周辺は,肝吸虫の浸淫地と して知られており ,井出 (1936) は湖周辺住民 及び豚,野犬を調査してその感染状況を報告す ると共に各種淡水魚から肝吸虫 metacercaria を見出している。 戦後,磯田 (1952) ,稲垣 (1954) ,多田 (1956) 等がそれぞれ霞ヶ浦 l 及び北浦産の淡水魚より肝 吸虫 metacercaria を認めている。また,掘 (1965)はこの地方の住民の検便を行なってその 3 3% に肝吸虫感染者を見出したが,淡水魚か らは肝吸 虫 metacercariaが認められなかった としている。 著者はわが国の風土病のー としての肝吸虫の 感染状況を本邦各地で調査してきているが,こ の地方の淡水魚における肝吸虫 metacercana の感染が稲垣 (1954) の報告にみられように減少 していることは推定されるとしても,果して堀 (1965)の成績に示される如く全く認められなく なったものか否かを再検討する必要があると考 え,本調査を行なった。 調査材料及び方法 調査材料 淡水魚は震ケ浦東岸の玉造町及び 麻生町周辺と北浦西岸の水原町周辺で採集され たものを用いた。 調査方法 すべての魚は一匹づっ鱗及び鰭を はがして検査した後,その筋肉を少量づっとっ て二枚のスライドグラスにはさんで解剖顕微鏡 下でしらベた。 metacercaria の同定は解剖顕 微鏡下において可能であったが,疑わしい場合 には強拡大にして確認 した。 成績 霞ヶ浦麻生町附近において採集された 101 の淡水魚の内,肝吸虫が検出されたものは,5. variegatus ( ヒガ イ) 20 尾中 3 尾(それぞれ 1 4 1 匹感染)と ,A.lanceolat α( ヤリタナコ') 16 1 尾(1匹感染)のみであった(第 1 表)。 霞ヶ浦玉造町周辺で得られた 43 尾及び北浦 水原町周辺で得られた 55 尾の淡水魚からは, 肝吸虫 metacercariaを認めることは出来なか f こ。 考察 今回の調査により ,震ヶ浦麻生町周辺産 5 variegatusでは肝吸虫 metacercaria がー尾 当り 0.2 匹,A. lanceolata では 0.1 匹の寄生が 認められたが,他の淡水魚には全く見出されな かった。 井 出(1 936) は,1933 年から 1936 年に至る調 査で Pseudorasbora ραrv α(153 尾調査)で 1 平均 130.7 匹, 5. varieg α tus (9 尾調査)で 1 平均 193.0 匹を見出し,その他 Acheilognathus sp. ,*的少omesusolidus Carassius carassius Pseudorasbora ραrva Hemibarbusbarbus から,それぞれ肝吸虫 metacercariaを得てい る。 この内 ,著者が調査 した麻生町周辺におい て採集された魚についての一尾当りの肝吸虫平 均感染数を求めると , P parva (モツゴ) C. carassius (フナ) H. olidus (ワカサギ) A. sp. (タナゴ)乞 112.1 7 .4匹 19.5 8.9 Receivedforpublication 15 August 1967 A survey on Clon01'chis metacercaria in fresh water fishesfromLakeKasumigauraandLake Kitaura. IbaragiPrefecture 2) Noriji SUZUKI (Det a1 'tme t01 Pal'usiiology NationalInstitute01Health TollYO) *井出の記載にはタナゴとのみあるので学名は不明である 。 本調査は文部省科学研究費の補助によ った。ここに記して謝意を表する 。

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Page 1: 茨城県震ケ浦及び北浦産淡水魚の肝吸虫 METACERCARIA の感染 …kiseichu.la.coocan.jp/publ/Res_Bull_MPM1_p20-22.pdf · 2010. 10. 13. · 20 ~ES.BULL. MEGURO PARASIT

20 ~ES. BULL. MEGURO PARASIT. MUS. NO. 1, p. 20-22, 1967

茨城県震ケ浦及び北浦産淡水魚の肝吸虫

METACERCARIAの感染についてυ

鈴木了司2】

(国立予防衛生研究所寄生虫部)

ABSTRACT: A survey was conducted in 1964 and 1965 in an attempt to get information about Clonorchis metacercaria in the fresh water五shesin Lake Kasumigaura and Lake Kitaura, Ibaragi Prefecture.

The metacercaria were found in Sa1'cocheilichthys variegatus and Acheilognathus lanceolata collected from Lake Kasumigaura.

A reduction in the number of Clon01'chis metacercaria found in fresh water白sheswas reported.

茨城県震ケ浦, 北浦周辺は,肝吸虫の浸淫地と

して知られており ,井出 (1936)は湖周辺住民

及び豚,野犬を調査してその感染状況を報告す

ると共に各種淡水魚から肝吸虫 metacercaria

を見出している。

戦後,磯田 (1952),稲垣 (1954),多田 (1956)

等がそれぞれ霞ヶ浦l及び北浦産の淡水魚より肝

吸虫 metacercariaを認めている。また,掘

(1965)はこの地方の住民の検便を行なってその

約3,3%に肝吸虫感染者を見出したが,淡水魚か

らは肝吸虫 metacercariaが認められなかった

としている。

著者はわが国の風土病のーとしての肝吸虫の

感染状況を本邦各地で調査してきているが,こ

の地方の淡水魚における肝吸虫 metacercana

の感染が稲垣 (1954)の報告にみられように減少

していることは推定されるとしても,果して堀

(1965)の成績に示される如く全く認められなく

なったものか否かを再検討する必要があると考

え,本調査を行なった。

調査材料及び方法

調査材料 淡水魚は震ケ浦東岸の玉造町及び

麻生町周辺と北浦西岸の水原町周辺で採集され

たものを用いた。

調査方法 すべての魚は一匹づっ鱗及び鰭を

はがして検査した後,その筋肉を少量づっとっ

て二枚のスライドグラスにはさんで解剖顕微鏡

下でしらベた。 metacercaria の同定は解剖顕

微鏡下において可能であったが,疑わしい場合

には強拡大にして確認した。

成績

霞ヶ浦麻生町附近において採集された 101尾の淡水魚の内,肝吸虫が検出されたものは,5. variegatus (ヒガイ)20尾中 3尾(それぞれ 1,4,

1匹感染)と ,A. lanceolatα(ヤリタナコ')16尾

中 1尾 (1匹感染)のみであった(第 1表)。

霞ヶ浦玉造町周辺で得られた 43尾及び北浦

水原町周辺で得られた 55尾の淡水魚からは,

肝吸虫 metacercariaを認めることは出来なか

っfこ。

考 察

今回の調査により ,震ヶ浦麻生町周辺産 5,variegatusでは肝吸虫 metacercaria がー尾

当り 0.2匹,A. lanceolataでは 0.1匹の寄生が

認められたが,他の淡水魚には全く見出されな

かった。

井出(1936)は,1933年から 1936年に至る調

査で Pseudorasboraραrvα(153尾調査)で 1尾

平均 130.7匹, 5. varieg,αtus (9尾調査)で 1尾

平均 193.0匹を見出し,その他 Acheilognathussp.,*的少omesusolidus, Carassius carassius,

Pseudorasboraραrva, Hemibarbus barbus等

から,それぞれ肝吸虫 metacercariaを得てい

る。 この内,著者が調査した麻生町周辺におい

て採集された魚についての一尾当りの肝吸虫平

均感染数を求めると ,

P parva (モツゴ)

C. carassius (フナ)

H. olidus (ワカサギ)

A. sp. (タナ ゴ)乞

112.1匹

7.4匹

19.5匹

8.9匹

Received for publication 15 August 1967 日 A survey on Clon01'chis metacercaria in fresh water fishes from Lake Kasumigaura and Lake

Kitaura. Ibaragi Prefecture 2) Noriji SUZUKI (Deta1'tme日t01 Pal'usiiology, National Institute 01 Health, TollYO) *井出の記載にはタナゴとのみあるので学名は不明である。

本調査は文部省科学研究費の補助によ った。ここに記して謝意を表する。

Page 2: 茨城県震ケ浦及び北浦産淡水魚の肝吸虫 METACERCARIA の感染 …kiseichu.la.coocan.jp/publ/Res_Bull_MPM1_p20-22.pdf · 2010. 10. 13. · 20 ~ES.BULL. MEGURO PARASIT

21 SUZUKI, N.

霞ヶ浦, 北浦産における淡水魚の肝吸虫 metacercariaの感染状況第 2表

横川吸虫感染魚数

肝吸 虫感染魚数

検査魚数名種名地

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Sarcocheilichthys variegatus Acheilognathus lanceolata T円 bolodonhakoη6日SIS

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Cteno戸hmツ刀godonidellus Rhodeus ocellatus Hyρomesus olidus Salangichthys microdon

霞ヶ浦麻生町

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Hemiramphus kurumeus

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Gnathopogo托 elongatus

Tribolodon taczanoωskii HypoJうhthalmichthysmoritrix Pseudorasboraρarva

北 i甫水原町

浦地方の肝吸虫 metacercariaの減少の充分な

説明とはならない。

著者は今回,淡水魚感染の肝吸虫 metacer

caria の減少の原因に関しての調査は特に行な

っていないが,かような原因の解明は他地区の

肝吸虫症 controlのの手がかりともなりうるの

で,将来,検討すべき問題であろう 。

なお, 小宮, (1958),横)11,(1963),堀 (1965)は霞ヶ浦産 S.microdonから横川吸虫metacer

cariaを多数検出したことた報告しているが,

今回の調査においても震ケ浦産 G elongatus,

S. microdon, H. olidus,北浦産 G.elongatus,

T taczanowskii, H. moritrixから横川l汲虫

metacercariaを見出 したことを付記してお

く。

となり,著者の成績に較べて著しく高い。

また,稲垣 (1954)の報告によると ,霞ヶ浦産

Pραrvα5尾にはその感染は認められず,北浦

産 P.ραrva13尾では 1尾(虫数平均1.8匹),

同じく S.variegatus 5尾では 1尾(平均 18.4匹)

から肝吸虫 metacercariaを見出しており ,井

出 (1936)の報告に比しでかなりの減少が認めら

れているが,著者の成績よりは寄生数は多い。

更に堀 (1965)キによると ,北浦産 Pραrvα,

R. ocellatus, P tytusなど 11種 138尾の魚類

から肝吸虫 metacercanaが見出され得なかっ

たとしている。

これらのことから,霞ヶ浦,北浦産淡水魚寄

生の肝吸虫 metacercariaが過去に比して著 し

く減少していることを示すが,全く絶滅した訳

ではないと考える。

稲垣 (1954)はこのような肝吸虫 metacercaria の感染の減少について,アメリカカザリ

ガニが第一中間宿主たるマメタニシを捕食する 茨城県霞ヶ浦及び北浦地方における淡水魚の

ためで、あろうと述べている。 しかし,アメリカ 肝吸虫 metacercanaの調査の結果,S. varie-

ザリガニのマメタニシ捕食のみでは霞ヶ浦, 北 gatus及び A.lanceolataに極めて少数の寄生

*堀 (1965)の調査では肝吸虫metacercariaの寄生が今まで全く報告されていない魚(シラウオ,ハゼ).報告されてはいるがその寄生数が少ない魚(コイ,フナ,オイカワその他)について主としてしらべていることに留意する必要がある。

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22 RES. BULL. MEGURO PARASIT. MUS. NO. 1, 1967

が認められたのみで, 過去のこの地方の成績に

比して著しい減少を示してい ることが明らかに

された。

謝 辞

稿を終るに当り ,御指導,御校閲をいただいた小宮義孝所長,石崎達部長に深く感謝の意を表する。

本研究の材料の入手に 当っ ては東京都市場衛生検査所波辺久男係長に種ノマな御便宜を計 っていた だいた。また資源科学研究所中村守純博士に淡水魚の同定を御願いした。ここに厚 く御干しを申し上げる。

文 献

1) 井出潔 (1936): 茨城県下ニ於ケノレ肝臓 「デストマ」ノ分布ニ就テ 細菌学雑誌, (487), 608-619,

2)堀栄太郎 (1965)・ 茨城県霞ヶ浦 ・北浦周辺およ

び群馬県板倉地方における寄生吸虫類の疫学的研究.寄生虫学雑誌, 14 (2), 154-161.

3) 稲垣元博 (1954): アメリカザリガニ分布前後に

於ける肝吸虫被褒幼虫の浸i笠度に就て.寄生虫学雑誌,2 (3, 4), 209-215.

4) 磯田政恵 (1952): 肝臓ヂストマ症 (Clonorchia-sis)に関する実験的研究 1第二中間宿主イ ジモロコ(Pseudorasbo1'a戸a1'va)の体内における被褒セ

ノレカリアの分布並びに家兎感染試験.日本獣医学雑誌,14 (2), 105-112.

5) 小宮義孝 ・伊藤二郎 ・111本茂 (1958)・ 日正ケ浦地方のシラウオに寄生する横川吸虫の研究.寄生虫学雑誌, 7 (1), 7-11.

6) 横川宗雄 ・佐野基人 ・大倉俊彦 ・稲坂好信 ・田谷利光 (1963): 腸管寄生吸虫類に関する研究 (3)浮滋法及び AMsm法による横川吸虫卵の検出法

の比較及び北霞浦麻生町の横川吸虫について.寄生虫学雑誌, 12 (2), 168-173