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第7章 特定援助対象者に対する法律相談援助事業 OBA MJ FEATURE ARTICLE 高齢者・障害者総合支援センター運営委員会 委員 小谷 真由香 認知機能が十分でないため、法的問題を抱えているのに、自ら法的支援を求めることができないと思われる方(特定 援助対象者)のために、福祉関係など特定の支援機関(特定援助機関)からの申込を受けて、法律相談を実施する取組 が始まっています! 1 制度導入の必要性 特定援助対象者法律相談援助事業は、改正総合法律 支援法が平成30年 1 月24日より施行されたことを受け て、実施が始まっています。 高齢者・障がい者の中には、自ら、積極的に法律相談 にアクセスしようとしない方々がいらっしゃいます。長 年放置された権利状態を、あえて「今」、弁護士に相談 しようとするのは、腰が重く、できれば先延ばしにした いような心理があるのではないでしょうか。または、認 知機能の低下によって、たいした問題でないように捉え ておられるということも、あるかもしれません。 例えば、在宅独居の本人さんの元に訪問したヘルパ ーさんが、「ア○ムから手紙が来てて、本人に『開ける で』言うたら『ええよ』言うから、開けて一緒に読ん でみたら、随分昔にこしらえた借金みたいやなあ。ほ んで、えっらい金額を返せって書いてあるやん!この 人、年金しかないで。全部返すんなんか、無理やん!」 と驚き、所属する居宅介護支援事業所に報告し、事業 所の介護支援専門員(ケアマネ)さんが「ひまわりさ んに電話や!」とひまわり電話相談に電話をし、本人 が出張相談を希望していることを確認した上で、出張 相談を実施する、という手順を踏んで、弁護士相談に 繋がってきた、ということもあるかもしれません。 しかし、ここで、ヘルパーさん、ケアマネさんが、「弁 護士に来てもらわなあかんやん!」「これ、ほっといたら あきませんよ!」と説得しても、「そんなんいらん、自分 のことは自分がよーわかっとる!そないたいそうなこと やない!」と、本人が突っぱね、一向に弁護士相談を利 用しようとしなかったら、どうでしょうか。 既存の出張相談では、本人が相談を希望している場 合にしか、利用できませんでした。上記のケースでは、 ヘルパーさんとケアマネさんが気を揉んで神経をすり 減らしている間に、訴状が届き、答弁書も出せないま ま、債権者の主張どおりの金額で判決がなされること にもなりかねません。 そこで、本人が、弁護士への相談を必ずしも希望し ていないとしても、上記ケアマネさんのような特定援 助機関 ※1 の職員からの申込により、本人を訪問して法律 相談を実施できる制度が、この事業です。 2 制度の概要 法テラスへの申込による方法 特定援助機関が、連絡票(資料 1 )に必要事項を記 載し、法テラスに申込をするところから、制度の利用 が始まります。 申込に際しては、特定援助機関が、本人に制度の説 明書(資料 2 )を示して説明し、法テラスに個人情報 を提供することの同意書(資料 3 )を徴収して、連絡 票と同意書をあわせて法テラスに提出することとなっ ています【図1】。 特定援助機関において、予め、出張相談を担当する 弁護士に内諾を得ている場合は、内諾弁護士の欄にそ の氏名を記載して申し込んでもらいます。 ひまわりへの電話から申し込む方法 この点、大阪弁護士会では、これまで、ひまわり電 話相談が福祉関係機関に広く周知されていることもあ り、この電話相談において、申込を受け付けるスキー ムも採用しています。このスキームでは、ひまわり電 話相談に、特定援助機関から相談の電話がかかってき たときに ※2 、連絡票(資料 1 )の必要事項を電話相談担 当者が聞きとって記載して受け付け、特定援助機関に 同意書(資料 3 )の取得を依頼します。 ※1 地方公共団体、社会福祉協議会、地域包括支援センターなど (民事法律扶助業務運営細則9条の2第1項各号) ※2 親族や知人等からの申込では、利用できない。 齢社会の中の弁護士 6 | OBA Monthly Journal 2018.12

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第7章 特定援助対象者に対する法律相談援助事業

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高齢者・障害者総合支援センター運営委員会 委員 小 谷 真 由 香

認知機能が十分でないため、法的問題を抱えているのに、自ら法的支援を求めることができないと思われる方(特定援助対象者)のために、福祉関係など特定の支援機関(特定援助機関)からの申込を受けて、法律相談を実施する取組が始まっています!

1 制度導入の必要性特定援助対象者法律相談援助事業は、改正総合法律

支援法が平成30年 1 月24日より施行されたことを受けて、実施が始まっています。高齢者・障がい者の中には、自ら、積極的に法律相談

にアクセスしようとしない方々がいらっしゃいます。長年放置された権利状態を、あえて「今」、弁護士に相談しようとするのは、腰が重く、できれば先延ばしにしたいような心理があるのではないでしょうか。または、認知機能の低下によって、たいした問題でないように捉えておられるということも、あるかもしれません。例えば、在宅独居の本人さんの元に訪問したヘルパ

ーさんが、「ア○ムから手紙が来てて、本人に『開けるで』言うたら『ええよ』言うから、開けて一緒に読んでみたら、随分昔にこしらえた借金みたいやなあ。ほんで、えっらい金額を返せって書いてあるやん!この人、年金しかないで。全部返すんなんか、無理やん!」と驚き、所属する居宅介護支援事業所に報告し、事業所の介護支援専門員(ケアマネ)さんが「ひまわりさんに電話や!」とひまわり電話相談に電話をし、本人が出張相談を希望していることを確認した上で、出張相談を実施する、という手順を踏んで、弁護士相談に繋がってきた、ということもあるかもしれません。しかし、ここで、ヘルパーさん、ケアマネさんが、「弁護士に来てもらわなあかんやん!」「これ、ほっといたらあきませんよ!」と説得しても、「そんなんいらん、自分のことは自分がよーわかっとる!そないたいそうなことやない!」と、本人が突っぱね、一向に弁護士相談を利用しようとしなかったら、どうでしょうか。既存の出張相談では、本人が相談を希望している場

合にしか、利用できませんでした。上記のケースでは、ヘルパーさんとケアマネさんが気を揉んで神経をすり減らしている間に、訴状が届き、答弁書も出せないま

ま、債権者の主張どおりの金額で判決がなされることにもなりかねません。そこで、本人が、弁護士への相談を必ずしも希望していないとしても、上記ケアマネさんのような特定援助機関

※1の職員からの申込により、本人を訪問して法律

相談を実施できる制度が、この事業です。

2 制度の概要⑴ 法テラスへの申込による方法特定援助機関が、連絡票(資料 1)に必要事項を記

載し、法テラスに申込をするところから、制度の利用が始まります。申込に際しては、特定援助機関が、本人に制度の説

明書(資料 2)を示して説明し、法テラスに個人情報を提供することの同意書(資料 3)を徴収して、連絡票と同意書をあわせて法テラスに提出することとなっています【図 1】。特定援助機関において、予め、出張相談を担当する

弁護士に内諾を得ている場合は、内諾弁護士の欄にその氏名を記載して申し込んでもらいます。

⑵ ひまわりへの電話から申し込む方法この点、大阪弁護士会では、これまで、ひまわり電

話相談が福祉関係機関に広く周知されていることもあり、この電話相談において、申込を受け付けるスキームも採用しています。このスキームでは、ひまわり電話相談に、特定援助機関から相談の電話がかかってきたときに

※2、連絡票(資料 1)の必要事項を電話相談担

当者が聞きとって記載して受け付け、特定援助機関に同意書(資料 3)の取得を依頼します。

※1  地方公共団体、社会福祉協議会、地域包括支援センターなど(民事法律扶助業務運営細則9条の2第1項各号)

※2 親族や知人等からの申込では、利用できない。

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このスキームを図式化したものが、【図 2】です。電話相談担当者は、本人が支援要件を満たすと思わ

れる事情の①及び②について、聴取りを行い、記載します。事情①については、裏面に認知機能要件チェックリストが用意されています。裏面のチェック事項は、認知機能の低下が見られるほとんどのケースをカバーするようになっています。できるだけ広く利用できるように考えられており、2つ以上に該当すれば、①を満たすことになります。もし、電話相談担当者が、出張相談対応も可能であれ

ば、相談対応を内諾している弁護士の欄に、氏名を記入してください(内諾弁護士)。自ら出張相談対応が可能でない場合は、内諾弁護士欄は、空欄で構いません。

⑶ 申込後の流れ⑴と⑵は、受付の窓口は違いますが、受付後、出張相談担当弁護士が選定され、当該弁護士から、特定援助機関の担当者に連絡を取って、出張相談を実施し、有資力者であれば相談料を徴収するか振込用紙を渡し、出張相談報告書を提出して、終了する点は同じです。直接受任も可能です。なお、ひまわりの電話相談で受け付けた流れの場合は、相談を実施する際、制度説明書を用いて本人に制度の説明を行い、本人から個人情報に関する同意書を受領することが必要になります。

3 実績⑴ 大阪における実績平成30年 9 月30日までの申込件数は、28件で、ひまわりで把握している受任件数は、10件となっています。約 3分の 1が受任となっていますから、受任率は高いといえるでしょう。相談申込機関の内訳は、下記表のとおりです。ひまわりのアウトリーチとして、各市町村の地域包括支援センターや、障害者相談

地域包括支援センター(3号) 8件

介護保険法上の事業者(4号)5件(居宅介護支援事業所、ケアプランセンター、特別養護老人ホーム等)

社会福祉協議会(2号) 4件

地方公共団体(1号) 4件(市役所・区役所等)

その他地方事務所長が相当と認める者(7号) 4件(病院のPSW等)

障害者総合支援法上の事業者(5号)または児童福祉法上の事業者(6号)

3件

6出 ・

し、援助可否を判断

相談者の資力が基準を超える場合は有料相談67相談料を回収できていない場合、振込督促

7相談料を回収できていない場合、振込督促

⑦受任の場合、弁護士会の受任書類一式を交付

7

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6出 ・

し、援助可否を判断

相談者の資力が基準を超える場合は有料相談67相談料を回収できていない場合、振込督促

7相談料を回収できていない場合、振込督促

⑦受任の場合、弁護士会の受任書類一式を交付

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支援事業所へ弁護士を派遣して、定期的に法律相談を行うなどの法律相談支援事業を行ってきていますが、そこでの派遣弁護士を内諾弁護士として、法テラスへ直接申込がされるケースもあるようです。相談内容は、報告書の提出を受けたことにより判明

しているだけでも、後見等申立てに関するものが 6件、多重債務に関するものが 3件、自己破産に関するものが 1件、建物明渡し訴訟の被告となっているものが 1件、支払督促の申立てを受けたものが 1件となっています。

⑵ 全国の動向法テラス本部が平成30年 9 月19日時点の速報値とし

て開示した情報によると、全国における相談申入れ件数の総数は394件、実施件数の総数は363件でした。相談実施件数を単位会別

※3でみると、東京三会21件、

岡山21件、函館20件、愛知17件、奈良16件、大阪16件(申込件数は18件

※4)、千葉15件、滋賀14件、京都14件な

どとなっています。人口規模を考慮すると、函館が突出しているといえますし、岡山、奈良、滋賀も多いといえます。これに対し、5件以下の単位会が大多数を占め、0件や 1件にとどまっている単位会もいくつかありました。 地域包括支援センターなどの福祉関係機関との連携

やアウトリーチに積極的な単位会は件数が伸びている印象がありますが、他方で、あまり件数が伸びていない単位会は、制度の周知不足や、福祉機関が利用に積極的でないこと、既存のスキームで対応できていることなどが理由として考えられています。特に、特定援助機関の声として、少数ではあります

が、同意書の取得が困難であることや、有資力者は有料相談になることを利用者に説明しづらいこと、既存のスキームとの使い分けがわかりづらいなどの意見も聞かれているようでした。もっとも、私見ではありますが、本事業の実施が、全

体的に出張相談の掘り起こしに繋がっているとの見方

※3  法テラス本部が、地方事務所別件数として開示した数値を、管轄の単位会別に計算し直した数値。

※4  ⑴でひまわりが把握する数値とのずれが生じているが、①集計時点の違い及び②法テラス本部が把握するまでのタイムラグが原因と思われる。

もできると考えています。また、必ずしも受任に至らなかったとしても、首長申立てによる成年後見人等の選任等、適切な結果に導くことができているケースもあると考えられます。因果関係を含め、慎重に分析する必要はあるでしょうが、特定援助対象者の権利擁護に繋げられているとの評価は、可能と思われます。

4 今後の展開について今後、次年度の割当より、ひまわり支援弁護士にも、

特定援助対象者法律相談援助事業の出張相談を担当いただく方針です。運用当初、申込件数や相談内容をはじめとして、ど

のような対応をすべきかの見通しを立てることが難しかったため、ひまわりの運営委員を中心とした人選を行い、対応しておりました。しかし、実施から約10か月が経過し、ひまわり法律

相談部会において、大阪での利用実績を検討したところ、相談内容としては、通常のひまわり出張相談とそれほど変わるところはないことがわかりました。これに加え、多くのケースで、特定援助機関の担当者が同席するため、通常のひまわり出張相談よりも、相談がスムーズに行くことも少なくありません。もちろん、今後、対応困難案件と考えられるケース

の申込がされることも予想されますが、通常のひまわり出張相談においても、そのような案件はひまわり運営委員による対応とするなど、支援弁護士に過度の負担がかからないよう、可能な限りの配慮をしてきております。特定援助対象者法律相談援助事業も、同様に対応することが可能と考えます。また、特定援助対象者法律相談援助事業は、直接受

任も可能ですから、多くの会員に担っていただく相談であるべきだと考えます。次年度以降は、出張相談の待機の際に、特定援助対

象者法律相談援助事業の出張相談をご担当いただくこともありますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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