既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例2019/06/12  · norsok d-010...

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311 石油技術協会誌 第 84 巻 第 5 (令和元年 9 月)311 318 Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology Vol. 84, No. 5Sept., 2019pp. 311318 講   演 Lecture Copyright © 2019JAPT 1. 当社では,2016 年から坑井作業(坑井デザイン,リグ の動復員,坑井掘削・テスト・仕上げ・改修・廃坑)を対 象に,坑井健全性確保を主目的としたリスク管理手法であ JX Well Delivery Management System(“JX WDMS”) を 運用している。今回これに加えて,生産段階にある既存 坑井の坑井健全性リスク管理手法として JX Well Integrity Management System(“JX WIMS”) を 制 定 し,JX WDMS と合わせて運用することで,坑井健全性を開坑から掘削, 仕上げ,生産,廃坑に至るライフサイクルにおいて管理す る体制を整えた。 また,上記の JX WIMS の策定と並行して,2017 年から 2018 年にかけて生産操業中の全既存坑井を対象とした坑 井健全性リスク評価を実施した。その結果,坑井デザイン および仕様上の不備がある坑井,または生産開始後に坑井 健全性上の問題が発生した坑井に対してリスク軽減措置を 施すことで,重大事故を発生させることなく,それら坑井 の生産操業を継続することができるかどうか評価検討を実 施した。 本稿では,JX WIMS の概要と,当社で実施した既存坑 井の健全性リスク評価手法,およびガスリフト生産井に対 して取ったリスク軽減措置の例を紹介する。本稿が本邦石 油開発業界発展の一助となれば幸いである。 2. 坑井健全性確保に対する取り組み 2010 年に米国メキシコ湾で発生したマコンドの暴噴事 故以降,暴噴や油濁といった重大事故の発生を未然に防ぐ ため,坑井のライフサイクルを通して健全性を確保し得 るだけの坑井仕様が,ISO NORSOK などの石油業界ス タンダードでも求められるようになった。 当社においては, 2016 年に,まずは第 1 ステップとして, 坑井作業を対象に JX WDMS を制定し,坑井の計画初期段 階から,坑井作業の実行,坑井作業結果の見直しまでを含 めた一連の坑井業務プロセスを定め,坑井仕様が坑井のラ イフサイクルを通して健全性を保つことができるものとな るべく,運用を開始した。 2017 年から 2018 年にかけて,第 2 ステップとして,生 産操業中の全既存坑井を対象に,坑井健全性の現況調査, すなわちリスクアセスメントを実施した。結果,当社の技 既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例 市川 和俊 ** ・田坂 幸雄 *** ・八幡 和幸 *** ・牧  紀幸 *** ・吉満 雅純 *** Received July 25, 2019accepted August 26, 2019Examples of well integrity risk assessment and associated mitigation for producing wells Kazutoshi Ichikawa, Yukio Tasaka, Kazuhiro Yahata, Noriyuki Maki and Masazumi Yoshimitsu AbstractWell integrity management has been highlighted as a major theme in oil and gas industry after Macond blowout incident in 2010. JX Nippon Oil & Gas Exploration Corporation(“JX Nippon”)has established and implemented systems named JX Well Integrity Management System(“JX WIMS”)and JX Well Delivery Management System(“JX WDMS”) , by which JX Nippon is enabled to effectively manage well integrity risk at any stage of well life cycle. As a part of well integrity management process, thorough audits were carried out on all JX Nippons operating wells to investigate its degree of compliance with corporate standard. Several wells revealing integrity issues such as not complied well design nor loss of well barrier effectiveness were identified, then those risks were assessed and mitigated accordingly. This paper presents on JX WIMS and an example of achievement on a gas lift producer whose risk was successfully mitigated to ALARP and deemed acceptable for continuing production. KeywordsWell Integrity Management, Risks Management, Management of Change, Well life cycle, ALARP 令和元年 6 12 日,令和元年度石油技術協会春季講演会作井部門シン ポジウム「坑井健全性の確保に対する取り組み」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Drilling Symposium entitled Approaches to establish the Well Integrityheld in Tokyo, Japan, June 12, 2019. ** 日本ベトナム石油株式会社 Japan Vietnam Petroleum Corporation JVPC*** JX 石油開発株式会社 JX Nippon Oil & Gas ExplorationJXTG

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  • 311

    石油技術協会誌 第 84巻 第 5号 (令和元年 9月)311~ 318頁Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology

    Vol. 84, No. 5(Sept., 2019)pp. 311~318

    講   演Lecture

    Copyright © 2019, JAPT

    1. は じ め に

    当社では,2016年から坑井作業(坑井デザイン,リグの動復員,坑井掘削・テスト・仕上げ・改修・廃坑)を対

    象に,坑井健全性確保を主目的としたリスク管理手法であ

    る JX Well Delivery Management System(“JX WDMS”)を運用している。今回これに加えて,生産段階にある既存

    坑井の坑井健全性リスク管理手法として JX Well Integrity Management System(“JX WIMS”)を制定し,JX WDMSと合わせて運用することで,坑井健全性を開坑から掘削,

    仕上げ,生産,廃坑に至るライフサイクルにおいて管理す

    る体制を整えた。

    また,上記の JX WIMSの策定と並行して,2017年から2018年にかけて生産操業中の全既存坑井を対象とした坑井健全性リスク評価を実施した。その結果,坑井デザイン

    および仕様上の不備がある坑井,または生産開始後に坑井

    健全性上の問題が発生した坑井に対してリスク軽減措置を

    施すことで,重大事故を発生させることなく,それら坑井

    の生産操業を継続することができるかどうか評価検討を実

    施した。

    本稿では,JX WIMSの概要と,当社で実施した既存坑井の健全性リスク評価手法,およびガスリフト生産井に対

    して取ったリスク軽減措置の例を紹介する。本稿が本邦石

    油開発業界発展の一助となれば幸いである。

    2. 坑井健全性確保に対する取り組み

    2010年に米国メキシコ湾で発生したマコンドの暴噴事故以降,暴噴や油濁といった重大事故の発生を未然に防ぐ

    ため,坑井のライフサイクルを通して健全性を確保し得

    るだけの坑井仕様が,ISOや NORSOKなどの石油業界ス タンダードでも求められるようになった。

    当社においては,2016年に,まずは第 1ステップとして,坑井作業を対象に JX WDMSを制定し,坑井の計画初期段階から,坑井作業の実行,坑井作業結果の見直しまでを含

    めた一連の坑井業務プロセスを定め,坑井仕様が坑井のラ

    イフサイクルを通して健全性を保つことができるものとな

    るべく,運用を開始した。

    2017年から 2018年にかけて,第 2ステップとして,生産操業中の全既存坑井を対象に,坑井健全性の現況調査,

    すなわちリスクアセスメントを実施した。結果,当社の技

    既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例*

    市川 和俊**・田坂 幸雄

    ***・八幡 和幸

    ***・牧  紀幸

    ***・吉満 雅純

    ***

    (Received July 25, 2019;accepted August 26, 2019)

    Examples of well integrity risk assessment and associated mitigation for producing wells

    Kazutoshi Ichikawa, Yukio Tasaka, Kazuhiro Yahata, Noriyuki Maki and Masazumi Yoshimitsu

    Abstract: Well integrity management has been highlighted as a major theme in oil and gas industry after Macond blowout incident in 2010. JX Nippon Oil & Gas Exploration Corporation(“JX Nippon”)has established and implemented systems named JX Well Integrity Management System(“JX WIMS”)and JX Well Delivery Management System(“JX WDMS”), by which JX Nippon is enabled to effectively manage well integrity risk at any stage of well life cycle. As a part of well integrity management process, thorough audits were carried out on all JX Nippon’s operating wells to investigate its degree of compliance with corporate standard. Several wells revealing integrity issues such as not complied well design nor loss of well barrier effectiveness were identified, then those risks were assessed and mitigated accordingly. This paper presents on JX WIMS and an example of achievement on a gas lift producer whose risk was successfully mitigated to ALARP and deemed acceptable for continuing production.

    Keywords: Well Integrity Management, Risks Management, Management of Change, Well life cycle, ALARP

    * 令和元年 6月 12日,令和元年度石油技術協会春季講演会作井部門シンポジウム「坑井健全性の確保に対する取り組み」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Drilling Symposium entitled “Approaches to establish the Well Integrity” held in Tokyo, Japan, June 12, 2019.

    ** 日本ベトナム石油株式会社 Japan Vietnam Petroleum Corporation(JVPC)

    *** JX石油開発株式会社 JX Nippon Oil & Gas Exploration(JXTG)

  • 既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例312

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    術基準として採用している NORSOK Standard D-010: Well Integrity in Drilling and Well Operations( 以 降 “NORSOK D-010” と略す) に準拠していない坑井デザインの不備,または生産開始後にバリアからの油ガス漏洩などにより,

    坑井健全性上の問題を抱えている坑井があることが判明し

    た。特に健全性上のリスクが高いと評価された坑井につい

    ては並行して具体的なリスク軽減措置などの対応方法の検

    討も進めてきた。

    2019年に,第 3ステップとして,生産操業中の坑井を対象に坑井健全性を確保することを目的とした,組織,保

    守管理,データ管理,および健全性リスク評価基準に関わ

    る要求事項を定めた JX WIMSを制定し,JX WDMSと合わせて運用することで,坑井健全性を,開坑から,掘削,

    仕上げ,生産,廃坑までのライフサイクルを通して管理す

    る体制を整えた。

    次章以降において,JX WIMSの概要,当社で実施した既存坑井の健全性リスク評価手法,およびガスリフト生産

    井に対して取ったリスク軽減措置の例を紹介する。

    3. JX Well Integrity Management System(“JX WIMS”)

    JX WIMSは,生産操業中における坑井の健全性確保を目的としており,健全性を管理する上で必要な組織,保守

    管理,データ管理および健全性リスク評価基準に関わる

    最低限の要求事項を定めている。各現業所は JX WIMSに基づき,JX Branch Well Integrity Management System(“JX Branch WIMS”)を策定し,生産操業中の坑井の健全性の

    評価・管理・維持の責任を負う。

    3.1 坑井健全性技術基準坑井健全性の評価・管理にあたっては,まずは各坑井に

    おける全ての油ガス源に対して,評価・管理するべきバリ

    アを定義する必要がある。当社では,このバリアの定義,

    および各バリア構成要素の仕様要求・検証方法について,

    NORSOK D-010を技術基準とし,また,定義したバリアの評価・管理手法については,NORSOK D-010を補完するものとして API や ISO,および Oil & Gas UKや Norwegian Oil & Gas Associationのガイドラインを参照している。なお,JX WIMS策定作業と並行して実施した全既存坑井の坑井健全性リスク評価においても,同じ技術基準・ガイド

    ラインを参照している。

    NORSOK D-010では,油ガス源に対してバリアを定義する際の必須条件として,全ての油ガス源に対して 2つのバリアを確保し,かつ 2つのバリア間の独立性を確保(バリア構成要素の非共有)することを定めている。自噴井にお

    けるバリア坑内図(Well Barrier Schematic, “WBS”)の例を図 1に示す。この例においてバリアが必要となるのは,地層からの生産流体であり,これに対して独立した 2つのバリア(プライマリバリア,セカンダリバリア)が,それぞ

    れ青色と赤色で描かれている。

    3.2 組 織生産操業中の坑井においては,生産操業の他,坑口装

    置の定期的なメンテナンス,ワイヤーラインやコイルド

    チュービングなどを使用した坑内作業,リグを使用した改

    修作業など,さまざまなタイミングで主幹部署が異なる作

    業実施が必要になる。

    JX WIMSでは,生産操業中の坑井健全性管理にあたり,各現業所に対して,Well Managerを,Well Integrity Duty Manager(“WIDM”)に任命し,そのWIDMのもと,坑井,生産,施設,貯留層,地質担当者などで構成する坑井健全

    性管理チームを組織して,坑井健全性管理を統括すること

    を定めている他,上記のような異なる主幹部署による作業

    の実施にあたっては,つど,Well Handover Documentsを発行することでコントロールすることを求めている。

    3.3 保守管理長期にわたる生産操業期間中,バリア健全性の管理・維

    持のため,JX WIMSでは,各現業所において JX Branch WIMSに含めるべき最低限の保守管理要求事項を定めて いる。

    例えば,バリアの健全性を判断する上では,アニュラ

    スの圧力挙動が最も重要な情報源であるが,JX WIMSでは,API RP90:Annular Casing Pressure Management for Offshore Wellsを最低限の要求水準としており,これを満たしたアニュラス圧力の管理要領を導入することを求めて

    いる。また,クリスマスツリーや坑口装置,SCSSVなど,特に生産流体に直接接触し,温度・圧力の変化にさらされ

    るバリア構成要素については,定期的なメンテナンス・検

    査の手順書を含む保守管理プログラムを策定し,生産操業

    中の健全性管理・維持を実施することを要求している。

    図 1 自噴井におけるバリア坑内図の例(NORSOK D-010より引用)

  • 市川 和俊・田坂 幸雄・八幡 和幸・牧  紀幸・吉満 雅純 313

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    3.4 データ管理坑井のバリアの状態を常に正しく把握しその健全性を保

    つためには,坑井健全性に関するデータを一括で管理し,

    随時参照できる環境を整える必要がある。対象となるデー

    タとしては,掘削・仕上げ・改修レポートの他,異なる部

    署間でのハンドオーバーに関するレポートや保守管理レ

    ポート,プラットホームの計装配管図,生産操業記録など

    が含まれるが,これらは常に最新のデータに更新され,そ

    の履歴についてもライフサイクルを通じて追跡検証可能な

    状態にしておくことを要求している。

    3.5 リスクアセスメントおよびManagement of Change3.5.1 Production Well Integrity Status坑井健全性上問題がある坑井は,坑井健全性管理チーム

    だけでなく,マネジメントを含む生産操業に関わる全ての

    従事者に対して周知されることが重要であり,坑井の現状

    と操業上の制限や追加の監視・保守管理要求を共有するこ

    とが必須である。JX WIMSでは,表 1に示すように坑井を健全性のリスクレベルに応じて,“RED”,“ORANGE”,“YELLOW”,” GREEN” の 4色に分類すること,また,それぞれのカテゴリに分類された坑井に対しての一般的な対

    応指針を定めている。これは Norwegian Oil and Gas 117, 2017:Recommended Guidelines for Well Integrity Rev. 6 に準拠した分類である。

    この分類方法では,油ガス源に対する 2つのバリアの健全性の状態を総合的に考慮し,坑井のリスクレベルを決定

    する。例えば,“RED” は,1つのバリアの健全性が完全に失われており,かつ,もう 1つのバリアも健全性に問題がある,または確認ができない状態にある,もしくは地表へ

    の油ガスのリークがすでに発生している最も危険な状態を

    示している。次いで,“ORANGE”,“YELLOW”,“GREEN” の順に,健全性のリスクレベルおよびそれに対する対応の

    緊急度が低くなり,坑井の健全性がより良好な状態である

    ことを示す分類となっている。なお,後述するガスリフト

    生産井のように,1つの坑井において,バリアを設置するべき油ガス源が複数ある場合には,それぞれの油ガス源に

    対して設置したバリアの状況を評価・管理する必要がある。

    3.5.2 Management of Change(“MoC”)JX WIMSでは,上記のカテゴリ分けの結果,“GREEN”

    以外に分類された全ての坑井について,抽出された坑井健

    全性上の問題に対して,リスクアセスメントを実施し,リ

    スク軽減措置などを講じることでリスクを許容できる水準

    まで軽減可能か検討することを求めている。また,リスク

    アセスメントの結果,操業を継続できると判断された坑井

    については,MoCプロセスを経て実行承認をとることとしているが,坑井のリスクレベルにより異なるプロセスを

    経ることを要求している。比較的リスクの低い “YELLOW”に分類された坑井は,各現業所内でプロセスを完結できる

    のに対し,“RED” および “ORANGE” に分類された坑井については,その承認に先立ち東京本社の同意を必要として

    いる。

    4. ガスリフト生産井の健全性管理

    4.1 ガスリフト生産井ガスリフトとは,地表側より昇圧された炭化水素ガス(リ

    フトガス)を A annulus内に圧入し,ガスリフトバルブを通じてチュービングの内側へ流入させ,チュービング内の

    見かけ比重を軽くし,かつガスの膨張上昇エネルギーに

    よって生産層から生産流体を汲み上げる人工採油方法であ

    る。図 2に示すように,仕上げ編成内のガスリフトマンドレルにセットされているガスリフトバルブのポートを介し

    てチュービングの外側(A annulus側)とチュービング内が導通した状態となっている。なお,ガスリフトバルブに

    はチェックバルブがついており,流路は A annulus側からチュービング内側への一方向に限定されている。

    4.2 ガスリフト生産井のバリアガスリフト生産井では,常時 A annulusに存在している大量の加圧されたリフトガスについても 2つのバリアを設置するべき油ガス源とみなす必要がある。

    NORSOK D-010ではバリア構成要素に対して,バリアを設けるべき油ガス源の種類,およびバリアの種類に応じて

    異なるレベルの仕様を要求している。例えば耐リーク性能

    について,常時油ガス源からの流体に接触するプライマリ

    バリアを構成するチュービングやプロダクションパッカー

    に対しては,チュービングであれば,ISO 13679 CAL IIIまたは IVのガスタイト性能,プロダクションパッカーであれば,ISO 14310 V1または V0のガスタイト性能,というように具体的なスタンダードに基づく仕様を求めている。

    一方,通常油ガス源からの流体に接触しないセカンダリバ

    リアの構成要素については,要求が一段階緩和され,例え

    ばケーシングのコネクションに対しては,ガスタイトであ

    表 1 健全性リスクレベルに応じた坑井の分類(Norwegian Oil and Gas 117, 2017を一部改変)

    Production WIStatus

    Principle Typical Action

    Red One barrier failure and the other is degraded/not verified, or leak to surface

    Repair immediately

    Orange One barrier failure and the other is intact, or a single failure may lead to leak to surface

    Repair at next earliest opportunity

    Yellow One barrier degraded, the other is intact Reinstate monitoring etc.

    Green Healthy well - no or minor issue Nil

  • 既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例314

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    れば良いと定められており,具体的なガスタイト性能のレ

    ベルは定められていない。

    次項に,生産流体,リフトガスそれぞれのバリアについ

    て,NORSOK D-010が定める仕様要求を紹介する。4.3 生産流体に対するバリア

    4.3.1 チュービング(プライマリバリア)チュービングは常時リフトガスに接触することから,

    ISO 13679にて定められる最も厳しい CAL IVのリーク性能を有するコネクションが必要となる。

    4.3.2 ガスリフトバルブ(プライマリバリア)ガスリフトバルブの耐リーク性能については,パッカー

    やブリッジプラグと同様に ISO 14310にて定められる V1または V0の耐リーク性能が要求されており,近年これに準拠するガスリフトバルブの開発が行われ複数の製造元か

    ら購入が可能である。

    なお,ガスリフトバルブの仕様を定めるスタンダードと

    しては,API Spec 19G2: Flow-control Devices for side-pocket mandrelsがあり,ISO 14310と比べて大きなリークレートを許容しているが,API Spec 19G2はガスリフトバルブをバリア要素として使用することを意図して規定されていな

    いことが本文中にも明記されており,NORSOK D-010でも参照されていない。

    4.3.3 プロダクションケーシング(セカンダリバリア)生産流体に対するセカンダリバリアとしては,プロダク

    ションケーシングのコネクションは単純にガスタイトであ

    れば良い。ただ,後述のとおりプロダクションケーシング

    はリフトガスに対するプライマリバリアの構成要素でも

    あるため,ガスリフト生産井に関しては ISO 13679 CAL IVの耐リーク性能が求められる。

    4.4 リフトガスに対するバリアリフトガスに対するバリアの一例を図 3に示す。A

    annulusに存在するリフトガスに対しても,プライマリバ

    図 2 ガスリフトの概念図

    図 3 リフトガスに対するバリア構成の例(NORSOK D-010より引用)

  • 市川 和俊・田坂 幸雄・八幡 和幸・牧  紀幸・吉満 雅純 315

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    リア(青色部分),セカンダリバリア(赤色部分)が必要

    となる。これらのバリア構成要素について NORSOK D-010が定める仕様を次項に紹介する。

    4.4.1 Annulus Safety Valve(“ASV”)(プライマリバリア)

    ASVは,仕上げ編成に組み込まれチュービングおよびプロダクションケーシングの間を遮断する機能を有し,図 3で示すようにリフトガスに対する 2つの独立したバリアの確保が可能となる。海底面下のできるだけ浅い深度にセッ

    トされることが推奨されており,地表の坑口装置やリフト

    ガスラインでリークが発生した際に,A annulus内のリフトガスの大部分を坑井内に留め,坑井外への漏洩を防ぐこ

    とができる。

    4.4.2 プロダクションケーシング(プライマリバリア)常時リフトガスに接触することから,ISO 13679 CAL IVの耐リーク性能を有するコネクションが必要となる。

    4.4.3 中間ケーシング(セカンダリバリア)B annulusを構成する中間ケーシングがリフトガスに対するセカンダリバリアとなる。プライマリバリアが健全で

    ある限りはリフトガスに接触しないことから,コネクショ

    ンの耐リーク性能はガスタイトであれば良い。

    5. リスク対応措置の例

    リスクレベルは,あるハザードに関連して発生するトラ

    ブルの頻度(Likelihood)と重大度(Severity)で決定される。リスクアセスメントを実施し,対応策を講じることに

    より,このうちのどちらか,あるいは両方を軽減すること

    で,許容可能なレベルまでリスクを低減することができる

    かどうか評価することが重要である。

    坑井デザイン上の不備を完全に取り除くためには,リグ

    を使用した高額な再掘削またはチュービング入れ替えと

    いった改修作業が必要となるが,当社では,現状に対して

    リスクアセスメントを実施し,対応策を取ることで,リグ

    作業を実施することなく坑井健全性上のリスクを許容でき

    るレベルにまで低減することができた。本章ではその例を

    紹介する。

    5.1 生産流体に対するバリア当社の既存ガスリフト生産井における生産流体に対する

    WBSを図 4に,NORSOK D-010基準との仕様の比較を表2にそれぞれ示す。また,表 3に次項で説明する各バリア

    に対するリスク軽減措置をまとめた。

    5.1.1 チュービング(プライマリバリア)リスク軽減策として,チュービングの入れ替えと圧力モ

    ニタリングの強化の 2案を比較検討し,下記の理由から後者を採用した。

    既存坑井で使用しているチュービングは,ISO 13679のCAL IVを満たしていないものの,ガスタイトコネクションである。また,石油開発業界において広く使用されてい

    るコネクションであり,生産操業中に著しく耐リーク性能

    が損なわれることはないことが確認されている。

    そのため,チュービングリークの発生リスクは比較的低

    いと評価できることの他,追加の対応策として,チュー ビングと A annulus圧力のリアルタイムモニタリング,異

    図 4 当社の既存ガスリフト生産井における生産流体に対するWBS

    表 2 生産流体に対するバリア構成要素の NORSOK D-010基準との仕様比較

    バリア構成要素 NORSOK D-010基準仕様 当社仕様 問題点チュービングコネクション

    (プライマリバリア)ISO 13679 CAL IV ISO 13679 CAL IVではない

    生産流体の Aアニュラスへのリークの恐れ

    ガスリフトバルブ

    (プライマリバリア)ISO 14310 V1または V0 ISO 14310 V1または V0ではない

    生産流体の Aアニュラスへのリークの恐れ

    ケーシングコネクション

    (セカンダリバリア)ISO 13679 CAL IV バットレスコネクション

    生産流体の Bアニュラスへのリークの恐れ

  • 既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例316

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    表 5 リフトガスに対するバリアのリスク軽減措置の検討

    Issue: No Secondary Well Barrier for Lift Gas

    Consequence: Release Lift Gas to Outer Environment

    Approach Likelihood Severity Cost Impact Comments

    ASV Huge Need full workover to replace completion string

    Common Well Barrier –Wellhead & Xmas Tree Minor

    Reduce likelihood & severity by implementing;

    Reinforce pressure monitoring

    Real-time monitoring of A & B annulus

    Reinforce wellhead maintenance

    Valve tests every 6 months

    Periodical hanger seal test

    Establish response plan

    Immediately stop gas lift when lift gas leak to B annulus

    表 4 リフトガスに対するバリア構成要素の NORSOK D-010基準との仕様比較

    バリア構成要素 NORSOK D-010基準 当社仕様 問題点

    Annulus Safety Valve (ASV)(プライマリバリア)

    緊急時に Aアニュラス内のガスを坑内にトラップ

    可能な浅い深度にセット

    ASVを未使用リフトガスに対するバリア

    がプライマリのみ

    ケーシングコネクション

    (プライマリバリア)ISO 13679 CAL IV バットレスコネクション

    リフトガスの Aアニュラスへのリークの恐れ

    ケーシングコネクション

    (セカンダリバリア)ISO 13679 CAL II以上 バットレスコネクション

    リフトガスのアニュラスへ

    のリークの恐れ

    表 3 生産流体に対するバリアのリスク軽減措置の検討

    Issue 1: Tubing Connection

    Consequence: Reservoir Fluid leak to A annulus

    Mitigation Likelihood Severity Cost Impact Comments

    Replace Tubing Huge Need full workover to replace tubing

    Real-time TBG & A annulus pressure monitoring Minor

    Additional pressure transmitter is installed

    Issue 3: Casing Connection

    Consequence: Reservoir Fluid leak to B annulus

    Mitigation Likelihood Severity Cost Impact CommentsReplace Casing (re-drill) Huge

    Need P&A current well & drill new well

    Real-time A & B annulus pressure monitoring Minor

    Additional pressure transmitter is installed

    Issue 2: Gas Lift Valve Qualification

    Consequence: Reservoir Fluid leak to A annulus

    Mitigation Likelihood Severity Cost Impact CommentsReplace to gas-tight GL Valve Minor Newly purchase gas-tight type gas lift valve

  • 市川 和俊・田坂 幸雄・八幡 和幸・牧  紀幸・吉満 雅純 317

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    常圧力に対するアラームシステム,および異常圧力を検知

    した際の対応策を策定し,チュービングリークに対して迅

    速に対応できる体制を整えることで,暴噴事故まで発展す

    る可能性を最小化することができ,チュービングの入れ替

    えを実施せずに,リスクを許容できるレベルまで軽減する

    ことが可能であると判断した。

    5.1.2 ガスリフトバルブ(プライマリバリア)ガスリフトバルブについては,既存のガスリフトバルブ

    は API Spec 19G2に準拠して製造されたものであるが,プライマリバリアとして十分な耐リーク性能を持つ仕様では

    ないため,ISO 14310 V1または V0を満たすガスタイトタイプのガスリフトバルブに交換することとした。

    5.1.3 プロダクションケーシング(セカンダリバリア)ガスタイトコネクションのケーシングに入れ替えるため

    にはリグを使用して坑井の再掘削が必要である。ただ,下

    記のようにリスク軽減策として,圧力モニタリングを強化

    することで対応可能であると判断した。

    セカンダリバリアは,プライマリバリアが損失した際に,

    初めて油ガス源からの流体と接触する。しかし,このガス

    リフト生産井は,ガスリフトを止めればフローすることは

    なく,生産層は水によって抑圧可能である。また,同プラッ

    トホーム上には水圧入用の設備があり,即座にキルウェル

    を実施してウェルコントロールを取り戻すことができる。

    そのため,プライマリバリアが損失した際に,セカンダリ

    バリアに頼る期間は限定的であり,上記のプライマリバリ

    アのリスク軽減策に加えて,B annulus圧力のリアルタイムモニタリング,異常圧力に対するアラームシステム,お

    よび異常圧力を検知した際の対応策(キルウェル),といっ

    たリスク軽減措置をとることで,再掘削をすることなくリ

    スクを許容できるレベルまで軽減することが可能であると

    判断した。

    5.2 リフトガスに対するバリアリフトガスに対するWBSを図 5に,NORSOK D-010基準との仕様の比較を表 4にそれぞれ示す。当社のガスリフト生産井はASVを使用していないため,

    NORSOK D-010基準では,リフトガスに対する独立したバリアとして定義できるのは 1つであった。一方でリフトガスに対する独立した 2つのバリアを設置するための ASVの使用については,ASVが仕上げ編成に含まれることで,仕上げ編成全体のデザインやセット手順がより複雑になる

    などデメリットも少なくなく,リフトガスに対する確立さ

    れたバリアの設置方法とは言えない。

    そこで当社では,代替案として,表 5に示すとおり,坑口装置およびクリスマスツリーを共通利用し,2つのバリアを構築することを検討した(共有バリア構成要素)。

    代替案による坑井のバリア坑内図を図 6に示す。共有バリア構成要素として使用する坑口装置およびクリスマスツ

    リーについては,赤と青の斜線で示されている。

    最も危惧すべきリスクは,共有バリア構成要素の健全性

    が落下物などによる外的ダメージで失われることによるリ

    フトガスのリークであるが,対象坑井のあるプラットホー

    図 5 当社の既存ガスリフト生産井におけるリフトガスに対するWBS

    図 6 リフトガスに対するバリア構成の代替案

  • 既存坑井の健全性リスク評価と対応措置の例318

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    ムは,坑口装置およびクリスマスツリーを落下物によるダ

    メージから保護する構造であり,このような事象が発生す

    る可能性は低い。また,経年劣化による健全性の損失リス

    ク軽減のため,坑口装置およびクリスマスツリーのメンテ

    ナンス頻度を増加することとした。

    別のリスクとして,プライマリバリアおよびセカンダリ

    バリアを構成するケーシングのコネクションがバットレス

    であることによるガスリークも考えられるが,これについ

    ては,リスク軽減策として,前項に記載にあるとおり,A ,B annulusのリアルタイム圧力ニタリング,アラームシステムの確立,および異常圧力を検知した際の対応手順,

    (脱圧・キルウェル)を確立することで,リスクを許容で

    きるレベルまで軽減することが可能であると判断した。

    6. ま と め

    坑井は,その計画初期段階に坑井健全性の観点から適切

    なデザインをすることにより,最小コストで健全性を確保

    することができる。一方,初期段階で適切にデザインされ

    ていないと,その後,デザイン変更のための改修作業や,

    最悪の場合は再掘削が必要となり,多大なコスト増を被る

    こととなる。よって,坑井健全性の知見は,全ての坑井技

    術者おいて必要最低限の知見と位置づけられる。2017年からの坑井健全性リスク評価を通して,比較的短期間で,

    坑井技術者の知見獲得が達成された意義は非常に大きいと

    考えられる。また,JX WIMSに基づき,各 JXの各現業所が JX Branch WIMSを制定・運用することで,坑井技術者だけでなく,生産・施設・地質・油層技術者,およびマネ

    ジメントを含む全社的に,坑井状況の理解が格段に深まり,

    また坑井健全性上のリスクが認識されたことは,今後のリ

    スク管理に大きく寄与するものと考える。

    謝 辞

    シンポジウム講演および本稿作成にあたっては,石油技

    術協会シンポジウム世話人ならびに査読者の方々にご協力

    を賜りました。心より感謝申し上げます。

    引 用 文 献

    田坂幸雄・吉田宣生・市川和俊・吉満雅純,2018:JX Well Construction Management Systemの概要.石技誌,83(5),364–370.

    NORSOK, 2013 : D-010 Well Integrity in Drilling and Well Operations, Rev. 4, 6.

    API RP90 : Annular casing pressure management for offshore wells.

    Norwegian Oil and Gas 117, 2017 : Recommended Guidelines for Well Integrity Rev. 6.

    Oil and Gas UK, 2015 : Guidelines for the Abandonment of Wells, Issue 5.

    API Spec 19G2 : Flow-control Devices for side-pocket mandrels.

    ISO 13679 : Petroleum and natural gas industries - Procedures for testing casing and tubing connections.

    ISO 14310 : Petroleum and natural gas industries - Downhole equipment - Packers and bridge plugs.