建マネ2006 05 特集 4...

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特集 労働災害,公衆災害の防止 1. はじめに 建設業の労働災害による死亡者数は,平成 28 (2016)年に史上初めて 300 人を割り,294 人と なった。その後は増加し平成 30(2018)年に 309 人となったが(図- 1),令和元(2019)年は再 び 300 人未満に減少する見込みである(令和 2 (2020)年 2 月速報値では 261 人)。確定値である 平成 30(2018)年の 309 人という数値は,ピー クであった昭和 36(1961)年の 2,652 人と比べる と約 1/9 である。この間,建設業では,様々な労 働災害防止活動を積極的かつ継続して行い,その 結果としての労働災害の減少である。 とはいえ,309 人という数値は,毎就業日に 1 人以上の労働者の方が亡くなっていることを示し ており,産業別に見ると,建設業のこの数値は全 産業の 34.0% を占め,最も多い。建設業の就業者 数が 501 万人で全産業の 7.5% であることを鑑み ると,この割合は明らかに高く,国民に建設業は 危ないと思われる所以となっている。 こうした状況のなか,建設業労働災害防止協会 (以下,「建災防」という)は,平成30(2018)年 4 月にニューコスモスを公表し,1 年後の平成 31 (2019)年4 月にコンパクトコスモスを公表した。 ニューコスモスとは,改正したコスモス(COHSMS :Construction Occupational Health and Safety Management System:建設業労働安全衛生マネ ジメントシステム)のことであり,通称である。 コンパクトコスモスとは,中小規模建設事業者向 けのニューコスモスのことである。 建災防では,建設業の労働災害の確実な減少を 図るため,このニューコスモスとコンパクトコス モスの普及拡大を目指している。 そこで,本稿では,コスモスの普及拡大に資す るため,コスモスを改正した背景及びその目的に ついて解説することとする。 2. コスモス改正の経緯 コスモスが改正されるまでの,労働安全衛 生マネジメントシステムに関するこれまでの主な 建設安全の新たな潮流を受け止めた ニューコスモスとコンパクトコスモス 建設業労働災害防止協会 技術管理部長 もと やま けん 図- 1 業種別死亡災害発生状況(平成 30 年) 建設マネジメント技術  2020 6 月号 23

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  • 特集労働災害,公衆災害の防止

    1. はじめに

    建設業の労働災害による死亡者数は,平成 28(2016)年に史上初めて 300 人を割り,294 人となった。その後は増加し平成 30(2018)年に 309人となったが(図- 1),令和元(2019)年は再び 300 人未満に減少する見込みである(令和 2

    (2020)年 2 月速報値では 261 人)。確定値である平成 30(2018)年の 309 人という数値は,ピークであった昭和 36(1961)年の 2,652 人と比べると約 1/9 である。この間,建設業では,様々な労働災害防止活動を積極的かつ継続して行い,その結果としての労働災害の減少である。

    とはいえ,309 人という数値は,毎就業日に 1人以上の労働者の方が亡くなっていることを示し

    ており,産業別に見ると,建設業のこの数値は全産業の 34.0% を占め,最も多い。建設業の就業者数が 501 万人で全産業の 7.5% であることを鑑みると,この割合は明らかに高く,国民に建設業は危ないと思われる所以となっている。

    こうした状況のなか,建設業労働災害防止協会(以下,「建災防」という)は,平成 30(2018)年4 月にニューコスモスを公表し,1 年後の平成 31

    (2019)年 4 月にコンパクトコスモスを公表した。ニューコスモスとは,改正したコスモス(COHSMS :Construction Occupational Health and Safety Management System:建設業労働安全衛生マネジメントシステム)のことであり,通称である。コンパクトコスモスとは,中小規模建設事業者向けのニューコスモスのことである。

    建災防では,建設業の労働災害の確実な減少を図るため,このニューコスモスとコンパクトコスモスの普及拡大を目指している。

    そこで,本稿では,コスモスの普及拡大に資するため,コスモスを改正した背景及びその目的について解説することとする。

    2. コスモス改正の経緯

    ⑴ コスモスが改正されるまでの,労働安全衛生マネジメントシステムに関するこれまでの主な

    建設安全の新たな潮流を受け止めたニューコスモスとコンパクトコスモス

    建設業労働災害防止協会 技術管理部長 本もと

    山やま

     謙けん

    治じ

    図- 1 業種別死亡災害発生状況(平成 30年)

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  • 労働災害,公衆災害の防止特集 労働災害,公衆災害の防止

    経緯を見ると,次のようなものがある。労働安全衛生マネジメントシステムの萌芽は,

    遠くイギリスのローベンス報告(1972 年)に端を発するが,当時の状況は他書 1)に譲るとして,近年のエポックとしては,まず平成 11(1999)年 4 月に我が国の労働省(当時)が労働安全衛生規則第 24 条の 2 に基づき「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(以下,「MS 指針」という)を公表したことが挙げられる。

    これを受け,建災防は,同年 11 月に建設業固有の特性(注)を加味し,店社と作業所(建設現場)を一体とした概念上の組織である「建設事業場」を単位として構築する「建設業労働安全衛生マネジメントシステム」,すなわちコスモスを策定し公表した。(注)  建設業の固有の特性とは,①建設工事は単品生産

    で有期であること,②元請け工事業者と専門工事業者の協力体制のもとに工事が進められること,③建設企業の店社と作業所が一体となって工事管理が行われること,である。

    一方,ILO は同時期の 1999(平成 11)年 6 月に,2000 〜 2001(平成 12 〜 13)年予算計画に労働安全衛生マネジメントシステムの国際ガイドライン策定に向けた専門家会合の開催を盛り込み,検討を始めた。そして,2001(平成 13)年 6 月に理事会で承認後,各国の意見聴取などを経て,

    「労働安全衛生マネジメントシステムのガイドライ ン ILO-OSH2001(Guidelines on occupational safety and health management systems)」(以下,

    「ILO ガイドライン」という)を公表した。このガイドラインには,・ILO 加盟各国が,マネジメントシステムの枠

    組みや基準を策定する上での手引きとなる文書と位置付ける

    ・業種,規模などを考慮しながら事業場及び事業場集団の実情や必要性を反映するように,事業場団体などにおいて任意にガイドラインを策定できる

    等が明記されており,内部監査を行うことは含んでいるが,ISO9000 や ISO14000 のように第三者

    による認証を受けることは前提としていない。また,ILO ガイドラインの策定には,我が国

    の労働省(当時)の担当官も参加し,先に公表していた我が国の MS 指針はこの ILO ガイドラインに合致したものであるとの見解を発表し,両者の対比表を示した。これにより,策定時期に前後はあるが,ILO ガイドラインに基づく我が国のガイドラインが MS 指針であり,MS 指針に基づく業種別ガイドラインである建設業のマネジメントシステムがコスモスであるという位置付けが確定された。

    この ILO ガイドライン→ MS 指針→コスモスという構図は,ニューコスモスとなった現在においても変わらないものである。⑵ 次のエポックとしては,平成 17(2005)

    年 10 月に労働安全衛生法が改正され,危険性又は有害性等の調査等(リスクアセスメント)が事業者の努力義務となったことを受け,平成 18

    (2006)年 3 月に MS 指針が改訂されたことである。コスモスはこの MS 指針と一体的なものであることから,MS 指針の改正を受け,建災防では平成 18(2006)年 6 月にコスモスを改正した。ただし,コスモスはもともとリスクアセスメントを取り込んだシステムであったことから,この改正は大幅な内容変更とならず,MS 指針との整合性を図るための文章表現,システムの構成要素の順序等を変更したものとなった。⑶ コスモスをニューコスモスへと大幅な改正

    を行うきっかけとなった出来事が,ISO45001 の発行である。ISO で労働安全衛生マネジメントシステムの国際規格化の議論が始まったのは,1994

    (平成 6)年 5 月の技術専門委員会(TC207)においてカナダからの提案によるものであったが,結局,1997(平成 9)年 1 月に ISO は「国際規格は現時点では行わない」ことを決定した。その後,2013(平成 25)年に ILO と ISO が労働安全衛生マネジメントシステムの ISO 規格化について合意書を締結したことから,再び ISO は労働安全衛生マネジメントシステムの ISO 規格の開発を開始した(ただし,ILO はこの合意書に関し

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    国際労働基準(ILS)について目的を満たしていないとして,2017(平成 12)年 12 月に合意書を終結する旨の通告を ISO に対して行った)。

    その後の経緯は他書 2)に詳しいが,開始から 5年後の 2018(平成 30)年 3 月に ISO は ISO45001を発行した。これを受け,我が国では,厚生労働大臣と経済産業大臣の共管で,ISO45001 を直訳した JISQ45001 及び日本の日常の安全衛生活動を取り込んだ JISQ45100 を,平成 30(2018)年9 月に併せて発行した。

    建災防では,こうした労働安全衛生マネジメントシステムに関する国際的な動きとの整合性を図り,平成 18(2006)年の改正後の建設業を取り巻く労働環境の変化等に対応した建設業労働安全衛生マネジメントシステムを再構築すべく,コスモスの改正作業に着手し,冒頭に述べたとおり,平成 30(2018)年 4 月にニューコスモスを,平成 31(2019)年 4 月にコンパクトコスモスを相次いで公表した。

    なお,厚生労働省は,このような国際的な動きや近年の労働安全衛生の課題を踏まえて MS 指針の見直しを行い,令和元(2019)年 7 月に,事業者が MS 指針に基づいて行う措置の実施単位を一の事業場だけでなく,法人が同一で複数の事業場を一の単位としてより柔軟に実施できるように

    するなどを内容とする MS 指針の改正を行った。MS 指針が改正されたことを受け,建災防で

    は,直ちにニューコスモスと改正された MS 指針との整合性について確認作業を行ったが,改正された内容はすでに全てニューコスモスに包含されていることが確認されたので,その詳細を建災防ホームページ上に掲載した 3)。

    これにより,上述の ILO ガイドライン→(改正)MS 指針→(ニュー)コスモスの関係性は不動であるが,ニューコスモスは,これに加え図- 2のように国際規格である ISO45001 及び日本工業規格である JISQ45001,JISQ45100 とも整合性が図られたシステムとなった。

    なお,ニューコスモスと MS 指針及び ISO45001の包含関係は,図- 3のとおり整理される。

    図- 3 「NEW COHSMS」の概念図

    「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」

    「建設業労働安全衛生マネジメントシステム(COHSMS)ガイドライン」

    図- 2 COHSMSガイドラインの位置付け(COHSMSと ILO-OSH2001と ISO45001の関係)

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  • 労働災害,公衆災害の防止特集 労働災害,公衆災害の防止

    3. コスモス改正の背景と内容

    ⑴ 建災防では,コスモスガイドラインについて,国際標準化との整合性及び働き方改革等,近年の建設業の労働安全衛生を取り巻く環境の変化に対応した新たな基準の設定及び運用方法を策定するため,「COHSMS 改訂等検討委員会(委員長:嘉納成男 早稲田大学名誉教授)」を設置し,検討を行った。その結果を受け,建災防は,平成30(2018)年 4 月に改正したコスモス,すなわちニューコスモスを公表した。

    ニューコスモスは,ISO45001 の考え方や趣旨を取り込んだ上で,従来の労働災害を防止するという視点だけでなく,安全,安心な職場環境を作る と い う 新 し い 価 値 を 創 造 す る Positive Approach の考え方を取り入れ,さらに職人基本法(後述)での議論もあり,一人親方等を含む建設工事従事者という新たな概念を組み込み,図- 4のように労働災害等から保護する対象者の拡大も図った。⑵ なお,コスモスガイドラインを改訂した背

    景として,次のような状況が挙げられる。① 労働安全衛生法の改正への対応・第 70 条の 2(健康の保持増進のための指針の

    公表等)・第 66 条の 10(心理的な負担の程度を把握する

    ための検査等)・第 57 条の 3(第 57 条第 1 項の政令で定める物

    及び通知対象物について事業者が行うべき調査等)

    ② 新しい法律の制定への対応・「過労死等防止対策推進法」・「建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進

    に関する法律」(職人基本法)③ 建設業における働き方改革への対応・長時間労働の是正・外国人労働者の受け入れ・高年齢労働者の就業促進④ 職人基本法に基づく基本計画への対応・建設工事従事者の安全及び健康の確保のための

    環境整備・一人親方等の対処の必要性・建設工事従事者の処遇の改善等を通じた担い手

    の確保⑤ 建設工事従事者の安全及び健康の確保に関す

    る建災防独自の取組の推進・「建災防方式健康 KY と無記名ストレスチェック」

    等による建設現場のメンタルヘルス対策の推進・ICT の労働災害防止対策への活用⑶ こうした背景に対応したコスモスガイドラ

    インの主な改訂内容は次のとおりである。① 「労働者」を「建設工事従事者」及び「店社

    の労働者」に変更し,保護対象を拡大した(前述のとおり,建設工事従事者という概念を導入した)。

    ② 「健康の増進」を「心身の健康の増進」に変更し,メンタルヘルス対策の必要性を明確化した。

    ③ 店社及び作業所の基本的事項において「心身

    図- 4 労働災害等から保護する NEW COHSMSの対象者

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  • 特集労働災害,公衆災害の防止労働災害,公衆災害の防止

    の健康の保持増進及び快適な職場環境の形成」を追加した。

    ④ 店社及び作業所の「危険性又は有害性等の調査及び実施事項の決定」に「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等」の実施を追加した。

    ⑤ 店社及び作業所の「労働災害発生原因の調査等」に「過労死等」,「交通事故」及び「公衆災害」を追加した。このような改訂を行った結果,ニューコスモス

    の全体の構成は図- 5のとおりとなった。

    4. コンパクトコスモスの開発

    ⑴ 建設業の労働災害は長期的には大幅に減少したが,近年はその減少率が鈍化し,横ばい状態が続いている。なかでも,労働者数 50 人未満の中小規模建設事業場において災害が多発し,建設業全体の労働災害の 95% を占めるに至っている

    (図- 6)。このため,中小規模建設事業場の労働災害を防

    止することが,建設業全体の労働災害の減少を図るうえで重要な課題となっている。⑵ 一方,前述のように,建設業を取り巻く労

    働安全衛生の環境は近年大きく変化しており,こ

    れに対応するためニューコスモスを開発したところであるが,このニューコスモスを策定するための前述の委員会において,「建設業における労働災害の多くが中小規模建設事業場において発生していることから,中小規模建設事業場に対してコスモスの普及促進を図るべきである。」との提言があり,建災防では,この提言を受け,同委員会に中小規模建設事業者の代表等の委員を新たに加え,平成 30(2018)年度の同委員会(委員長:嘉納成男 早稲田大学名誉教授)において,中小規模建設事業場向けのコスモスの開発について検討を行った。

    検討にあたってのコンセプトは,中小規模向けであったとしても,ニューコスモスの基本的考え方,実施事項は一切変えることなく,中小規模建設事業場の特性を踏まえたシステムの運用をもって負担の軽減を図るというものであった。また,

    図- 5 ニューコスモスの全体の構成

    図- 6  建設事業場規模別労働災害発生状況 (平成 30年)

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    中小規模建設事業場がコスモスを導入する際に,一層の負担の軽減を図るためのツールも併せて開発することも重要なテーマとした。⑶ こうしたコンセプトの下,検討を開始した

    が,委員会において中小規模建設事業場にコスモスを導入するにあたっての隘路として,「店社の管理部署のスタッフが少ない,安全衛生担当は兼務である,店社の管理者が作業所の管理を行っている場合が多い,店社と作業所がコスモスの基本的事項を別々に行うことは双方とも負担が大きい」等の指摘があった。

    こうした指摘に対しさらに議論を進めると,これらの課題は中小規模建設事業場の特徴として,① 組織的に小規模であることから安全衛生管理

    の仕組みがシンプルである② 施工する工事の種類が比較的に少ないので,

    想定される安全衛生リスクがある程度限定される③ 本社と作業所が距離的にも管理的にも近い関

    係にある (例えば,本社の工事部長が作業所の現場所長を兼務している等)

    が挙げられたが,これについては逆転の発想で,システムの運用を効率的に行えば,ニューコスモスの基本的事項を省略や変更しなくても,中小規模建設事業場がコスモスを導入する際の負担の軽減につながると考えることができた。⑷ そこで,対象とする中小規模建

    設事業場の適用条件として,① 常時使用する労働者数が概ね 50

    人程度であること② 本社と作業所の間に支店等の施工

    及び安全衛生管理を行う部署がなく,本社が作業所を直轄で管理していること

    とした上で,ニューコスモスにおける店社の基本的事項の一部を作業所においても活用することで運用の軽減が図れると考えられることから,それぞれの基本的事項を整理すると表- 1のようになった。

    すなわち,表− 1 の★印が共有できるので,結果,運用すべき基本的事項の項目数は店社及び作業所併せて,31 項目から 23 項目に減じることが可能となった。

    そこで,こうした方法により運用する中小規模建設事業場向けのニューコスモスを「コンパクトコスモス」と名付け,現実の中小規模建設事業場においての試行実施を経て,その基本的事項の整備を行った。さらに,コンパクトコスモスを普及するには,その導入にあたっての負担をさらに軽減すべく,システムの構築を簡易にできるツールとマニュアルも併せて開発した。

    マニュアルには図- 7に示すように,適当な該当者等を記入すればシステムができ上がるツールとともに,参考例や構築のポイントも併せて掲載している。普及のために,これらを CD-ROM に収めた書籍も刊行した。

    こうした運用の簡素化とツールの活用によって,コンパクトコスモスの認定業務も簡略化できることから,認定料も通常のコスモスの半額程度で実施することが可能となった(表- 2)。

    表- 1 本社の実施事項を活用する作業所の基本的事項

    表- 2  コンパクトコスモス及びニューコスモス 認定料について

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    5. コスモス導入の効果

    コスモスを導入する建設事業者としての効果は,端的に言って,現実に労働災害が減少することである。

    コスモスガイドラインに基づいて,それぞれの建設企業の特性に合った労働安全衛生マネジメントシステムを確立することは,その企業のこれまでの安全衛生管理・活動を継続できるとともに,PDCA サイクルを回すことにより,さらなる改善が図られ,安全衛生管理がスパイラル的に向上することになる。そのことが労働災害の減少につながることになり,コスモス導入の効果となるが,その際,大きな役割を果たしているのが,コスモス評価者によるコンサルティングである。

    詳しくは 6 章及び 7 章で述べるが,コスモス認定においては,認定のための調査時や認定後の定期報告及び死亡重大災害発生時に求める報告の機会等を通じて,システムの向上や安全衛生水準の向上につながるアドバイスを,建設安全衛生の専

    門家でもあるコスモス評価者が行っている。このコンサルティングが図- 8のように,コスモス認定事業場における労働災害の減少に大きく寄与していると考えられる。

    ISO 認証機関では,こうしたコンサルティング業務は ISO の規定(ISO/IEC17021-1:2015)で禁止されているが,建災防は ISO 認証機関などではないため,コスモス認定は ISO 認証とは異なり,コスモスを構築しようとする企業等に対してコンサルティングが可能となっている。これは,建災防が労働災害防止団体法に基づき設立された団体であり,コスモス認定において様々なアドバイスを行うことは,災防団体としての法の下の使命(災防団体法第 36 条第 1 項第 2 号及び同3 項)と考えているからに他ならない。

    6. コスモスと ISO45001 との相違

    ISO45001 の発行及び国内における JISQ45001等の発行により,コスモスと ISO45001 は何が違うのかという質問が多くなっている。このため,

    図- 7 コンパクトコスモス システムマニュアル(例)

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    建災防では,この違いについて整理し,協会のホームページ上に「コスモスと ISO45001 の比較に関する一考察」としてその考え方を公表してい る 4)。

    詳しくはこれをご覧いただきたいが,そのポイントは図- 9のとおりである。

    7. コスモス認定

    建災防では,コスモスの認定業務においては,認定の申し込みのあった建設事業場に対して,コ

    スモス認定基準の適合の状況について,複数のコスモス評価者が行うこととしている。このコスモス評価者とは,建災防が行う評価者養成研修を終了した者で,評価者名簿へ登録されている者である。そして,この養成研修を受講できる者としては,労働安全コンサルタント又は労働衛生コンサルタントの資格を有し,3 年以上建設業の産業安全の実務経験を有する者等としている。

    このようにコスモス認定にあたって,複数の建設安全に関して専門的知識を有する者が認定時等にアドバイスを行っていることが,5 章で述べたように,コスモスを構築しようとする建設事業場

    図- 9 コスモスと ISO45001の比較

    図- 8 COHSMS認定の効果 認定前後の災害指数

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    の安全衛生活動の活性化や安全衛生水準の向上に大きく寄与していると考えている。

    8. コスモス認定取得のメリット

    前述のように,コスモス認定による安全衛生水準が向上し,労働災害が減少するという効果のほかに,事業者にとっての直接的なメリットとして,発注者による優遇措置を受けられる場合があることが挙げられる。優遇措置は,入札参加資格審査及び総合評価方式による加点で行われている。

    公共工事等に関して,実際にそうした優遇措置を講じている発注者とその内容は次のとおりである。・国の機関:国土交通省九州地方整備局が総合評

    価方式で加点・都道府県:青森県等 5 県が入札参加資格審査で

    加点,及び,北海道等 5 道県が総合評価方式で加点

    ・政令指定都市:千葉市が総合評価方式で加点・都市:つがる市等 7 市が入札参加資格審査で加

    点,及び,青森市等 25 市が総合評価方式で加点・町村:三重県大台町等 7 町が総合評価方式で加点・団体等:中部電力が入札参加資格審査で加点,

    及び,都市再生機構等 6 公共団体が総合評価方式で加点

    などとなっており,詳しくは建災防ホームページの「公共工事発注者等の評価項目一覧」に掲載している 5)。

    9. 建設安全の新たな潮流とコスモス

    これまで,改正したコスモス,すなわちニューコスモスと中小規模建設事業場向けのニューコスモスであるコンパクトコスモスについて,それを開発した背景と目的について解説してきたが,ここでは,これからの建設安全の新たな流れを意識してコスモスに期待することについて述べたい

    (図- 10)。建設業の今後の安全衛生を考えると,働き方改

    革がますます進み,i-Construction に代表されるように ICT の活用が積極的に展開され,労働災害防止のあり方にも大きく影響を与えることが考えられる 6)。また,建災防が建設現場のメンタルヘルス対策のあり方を検討する過程で実施したヒヤリハットに関する実態調査では,高ストレス,不眠とヒヤリハットの相関が明らかになるとともに,新たな課題として,ヒヤリハット体験者の割合が 6 割にも達していることが明らかになった 7)。このため,ヒヤリハットを災害の疑似体験と位置付け,その撲滅が災害の撲滅につながるという従来の安全衛生活動(Safety Ⅰ)だけでは対応で

    図- 10  新たな建設安全衛生の潮流を受け止めた建設業の労働安全 衛生マネジメントシステムの構築・発展

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  • 特集 労働災害,公衆災害の防止

    きないことから,ヒヤリハットは災害に至る前にリカバリーした成功体験である,という SafetyⅡの視点からの対策も必要である。

    そこで,令和元(2019)年全国建設業労働災害防止大会の場で,レジリエンスエンジニアリング

    (E.Hollnagel ほか)の考え方により,VR を活用した安全衛生教育や Safety Ⅱの観点も盛り込んだ新たな対策についてパネルディスカッションを開催した。その際,こうした建設安全衛生の新たな流れに対応するためには,時代のニーズに適用できる労働安全衛生マネジメントシステムの構築が重要であり,このためにも図- 10のようにニューコスモス,コンパクトコスモスの普及を図る必要があることが論じられた。

    10. おわりに

    最後に,9 章で触れたパネルディスカッションでの「まとめ」(図- 11)を掲載して本稿を終えるが,建災防で行った実態調査結果等から得られたメンタルヘルスと労災防止の関係,レジリエンス力と安全衛生活動の関連,さらには建設現場におけるレジリエンス力を高めるための新たな対策

    等についての知見については,別の機会で紹介したいと思う。

    【参考文献等】1) 「新しい時代の安全管理のすべて」(大関 親,中央

    労働災害防止協会)2) 「ISO45001 の経営マネジメントシステムへの統合ガ

    イド」(平林良人・斉藤忠,日本規格協会)3) 建設業労働災害防止協会ホームペー

    4) 同上

    5) 同上

    6) 「ICT を活用した労働災害防止対策のあり方に関する検討委員会」

     (委員長 建山和由 立命館大学教授)7) 「建設現場における不安全行動・ヒ

    ヤリハット体験に関する実態調査」実施結果報告書

    8) 〈NEW COHSMS〉建設業労働安全衛生マネジメントシステムの解説(建設業労働災害防止協会)

    9) 中小規模建設事業場向けニューコスモス「コンパクトコスモス」運用の手引き(建設業労働災害防止協会)

    図- 11 パネルディスカッションでのまとめ

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