ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究 : 研究 東京 ... · 2018. 8....

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Title ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究 : 研究 動向と先行研究の分析を踏まえて( fulltext ) Author(s) 伊麗,斯克; 菅野,敦 Citation 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 63(2): 263-275 Issue Date 2012-02-29 URL http://hdl.handle.net/2309/127936 Publisher 東京学芸大学学術情報委員会 Rights

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Title ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究 : 研究動向と先行研究の分析を踏まえて( fulltext )

Author(s) 伊麗,斯克; 菅野,敦

Citation 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 63(2): 263-275

Issue Date 2012-02-29

URL http://hdl.handle.net/2309/127936

Publisher 東京学芸大学学術情報委員会

Rights

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 * 東京学芸大学大学院教育学研究科** 東京学芸大学教育実践研究支援センター(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)

ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

── 研究動向と先行研究の分析を踏まえて ──

伊 麗 斯 克*・菅 野   敦**

教育実践研究支援センター

(2011年 9月28日受理)

1.はじめに

 近年,ノーマライゼーションの理念が社会に浸透し,知的障害児・者の社会参加のための技能に多くの注目が集まるようになっている。そうした技能のなかでも,2009年に改訂された「特別支援学校学習指導要領」における「自立活動領域」の「人間関係の形成」の新設(文部科学省,2009)44)に見られるように,「他者との関わり」に必要とされる技能を身に付けることが重要であると言える。本研究では,このような「他者との関わり」を「対人関係」とし,検討していく。 知的障害児・者ではこうした「対人関係」と関わる行動の獲得が欠如しているために,社会的不適応を起こすことが多いと指摘されてきた(清水,1994)54)。知的障害の研究領域ではこのような「対人関係」を社会的適応行動の視点より検討することが多く見られる。次項では知的障害児・者の「社会的適応行動」と「対人関係」について先行研究により概観する。

1.1 知的障害における「対人関係」を見る視点 「対人関係」に関連する技能や行動は知的障害の定義のなかの重要な一部であり,知的障害に関する研究領域では重要な課題として検討されてきた。 まず,アメリカ精神医学会(APA: American Psychiatric

Association)とアメリカ精神遅滞学会(AAMR:

American Association on Mental Retardation)がそれぞれ示している「知的障害」に関する定義を概観してみる。DSM-IV-TR(Text Revision of Diagnostic and

Statistical Manual of Mental Disorders-4th edition:精神疾患の診断・統計マニュアル,2002)5 ) では,「知的障害」(精神遅滞,Mental Retardation)を「明らかに平均より低い全般的知的機能であること,以下の少なくとも 2 つの技能領域において適応機能の明らかな制限が伴っていること:コミュニケーション,自己管理,家庭生活,社会的 /対人的技能,地域社会資源の利用,自律性,発揮される学習能力,仕事,余暇,健康,及び安全。そして,その発症が18歳未満であること」を基本的特徴として挙げている。また,AAMR

(American Association on Mental Retardation)より2002年に出版された『知的障害』(Mental Retardation: definition,

classification, and system of supports.-10th ed.以 下,AAMR第10版)4 )では「知的障害(精神遅滞)を有する人は,知的機能及び適応行動(概念的,社会的及び実用的適応スキルによって表される)の双方に,明らかな制約を受けている」と定義している。よって,「知的障害」を診断する際,知能指数の高低のみではなく,適応機能・適応行動の状態等両面からとらえることが強調されてきた(田中,2001)56)。DSM-IV-TR

の「適応機能」 とAAMR第10版の「適応スキル」では共通して「社会的・対人的技能」が含まれ,こうした「社会的・対人的技能」は「適応行動」という視点により強調されている。 Ziglar(1969)60)は同じ精神年齢を示す知的障害児・者と健常児・者との差異は,持っている能力をどのように適応的に「発揮する」のかという側面の違いがその背景にあるとしている。実際の知的障害に関する研究領域においても,研究者たちは様々な行動を「適応

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東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅱ 63: 263 - 275,2012.

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行動」という枠の中で研究してきており,研究の課題となる行動は「Daily Living」に必要とする技能・スキルに関連する基本的な行動が含まれている(Henry

Leland, 1973)16)。よって,「社会的適応」の視点から知的障害の「対人関係」を見ることは重要であると言える。次項では,こうした視点を踏まえてダウン症候群の実態と課題について検討していく。

1.2 ダウン症候群の実態と課題について ダウン症候群(以下,ダウン症)は,出生時に診断が可能な知的障害である。その点から言えば,早期診断の後,ただちに超早期教育を実施できる典型的な知的障害である。従って,ダウン症児の早期教育の内容を検討することによって,それ以外の原因による知的障害児の早期教育の方法や問題点を明らかにすることができる(池田,1982)24)という視点から,ダウン症乳幼児の知能,言語,運動機能に関する研究は盛んに行われて来た。しかし,近年,地域社会の中で生活するダウン症者も多くなり,従来施設で一生を送ったダウン症者に出現しなかった多くの課題が明らかになっている(池田,1996)23)。なかでも,菅野(2011)30)

はダウン症児・者における社会性や認知領域の発達は幼児期・児童期まで順調であるが,学齢期以降必ずしも順調ではないため,ダウン症に単なる集団参加の経験だけではなく,より基本的な対人関係能力や集団参加能力の形成を目指したプログラム開発を課題として提起している。

1.3 ダウン症の「対人関係」について 1990年代から国内外の研究者たちはダウン症の社会的適応行動に関して様々な要因や視点から徐々に取り組むようになってきた(Kasari, C., Freeman, S.,

1995, Kasari, C., Bauminger, 1998, Kasari, C., Stephanny,

F., 2001)31) 32) 33)。なかでも,いくつかの研究においてはダウン症児・者の「対人関係」に関して検討している。研究者たちはダウン症児・者の「対人関係」や社会性が良好であると提唱していたが,特に近年になって,こうした社会性の良さはダウン症の一般的な特徴かどうかに疑問を持つようになってきた。1.3.1 ダウン症の「対人関係」に関する一般的

印象について ダウン症は従来「やさしく,愛嬌があり,活発で,人なつっこい」(Domino, G, 1965)10),「一般的に彼らは善良で,お人好しであり,態度が静かで,他人の妨害をしたり,破壊性を示したりすることが少ない。かんしゃくやそのたの感情の激しさは見られず,可愛気

があって人に親しみ深く,快活さを持っている」(中村,1958)46)など一般的に言われてきた。こうしたパーソナリティはダウン症の特徴であることが検証されている。Hornby, G(1995)17)は 7 歳から14歳のダウン症児を持つ父親の記述に基づいて,父親の記述に使われていた形容詞や話しのなか,もっとも多く言及したものとして「明るい性格,愛らしい,社会的で親和的」が挙げられたことを報告している。この報告からも社交的であることはダウン症に関する認識として広く認められていると言えよう。1.3.2 近年のダウン症の「対人関係」に関する

研究視点の不一致 近年,ダウン症の「対人関係」に関する研究では従来の好印象を引きついだ視点と同時に,このような好印象に疑問を投げかける視点も現れてきた。 Kasari (1990)34)はダウン症児の社会的行動を検討した結果,ダウン症児は実際に他のタイプの知的障害児よりも社会的能力があることを示している。ダウン症児は他の子どもよりも長く大人の方を見るし,笑う時は大人の方を見て笑うことを示し,従来のダウン症児・者に関する「社交的」,「人なつっこい」といった観点を支持した。 しかし一方,様々な視点から,ダウン症の「対人関係」の阻害要因を指摘する研究も見られる。 表情認知の視点から,ダウン症児・者の社会的適応行動を検討した研究(Katie, R, 2005)36)ではダウン症児の表情認知は健常児より劣っていることを指摘し,神経学的立場からダウン症児の社会認知的欠陥を説明した。情緒発達の視点から,Laudan, B (2008)40)はダウン症児・者において挫折感・欲求不満(Frustration)の表現が多く,援助を求める行動が顕著に少ないことを報告している。ライフステージの視点からの検討では,ダウン症は乳幼児期において,情緒的反応が少なく,環境への反応の微弱さが示されていた(Cicchetti&Sroufe, 1976)9 )が年齢の上昇に伴い,「規則を守らない」,「頑固さ」,「怒りやすい」などの社会的適応行動における課題が増加すること(Dykens,

1997)11)を示し,従来の「社交的」というイメージはダウン症の中で一般的な特徴ではなく,彼らは社会的行動において一定の困難を抱えている可能性を指摘している。 本邦のダウン症の社会的適応行動に関する研究をレビューすると,上述のような海外の研究と同様な視点の変遷が見られる。川崎(1995)37)は,従来ダウン症は社交性があり情緒的に安定しており,適応能力が高いため,精神障害の発生率は低いと考えられてきが,

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012) 伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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青年期になって心気的になったり,うつ的になって就労,作業所通所などのそれまでの生活レベルが維持できなくなる退行現象が見られることから精神障害の発生率は必ずしも低くないと指摘している。また,岡村(2008)50)は,ダウン症者は学齢期において新版S-M

社会生活能力検査の「自己統制」など社会性に関する領域が良好に発達すると言われているが,がんこであることや,活動性の低いなどの特徴もあり,この領域を良好ととらえるべきかどうかは検討していく必要があるとしている。

1.4 分析課題・研究目的 このように,ダウン症における「社会的適応行動」とその中で検討されて来た「対人関係」の特徴に関して,従来の良好なイメージはあるものの,生涯発達の視点から見ると,必ずしも順調ではない部分がある。しかし,ダウン症の「対人関係」に関する本邦の研究を概観すると,ライフステージの要因からの取り組みはほとんどされていないことが考えられる。また,ダウン症の「対人関係」を検討する際には,知的障害の「適応行動」に関する研究の特徴を把握することが必要であり,それが「対人関係」に関する課題への接近でもある。 そこで,本研究ではこうした先行研究及び「知的障害」に関する定義を踏まえて,ライフステージ別のダウン症の「対人関係」を検討する。具体的には,以下の分析課題を設定した。 1 )Kasari. C.(2001)35)が指摘するように社会的行動のスタイルはダウン症の独自の特徴かどうかが課題であり,こうした課題への検討にはその他の障害種(またはその他の症候群)との比較検討が必要である。近年,取り組みが急増してきた「適応行動」に関する研究からこの領域に関する課題が新たに注目されるようになってきていることが推測される。しかし,このような研究動向を,他障害と比較した上で検討することで,知的障害の「適応行動」に関する課題,なかでもダウン症の「社会的適応行動」に関する研究の位置づけを明らかにし,その研究動向にダウン症独自の特徴があるかどうかの検証が必要である。 2 )ダウン症の「対人関係」に関する先行研究を概観することによって,具体的にどのような課題が見られるかを明らかにし,それを抽出することが必要である。 したがって,本研究ではダウン症の「社会的適応行動」に関する研究の特徴を他障害との比較検討で明らかにし,さらにこれら先行研究の分析から,ライフス

テージ別の「対人関係」の課題及びその特徴を明らかにすることを目的とする。よって研究Ⅰでは,知的障害児・者に関する研究を展望し,その「適応行動」に関する研究の内訳の変化や研究対象のライフステージの変化をダウン症,自閉症,知的障害の 3 障害で比較検討を行い,研究Ⅱではダウン症の「対人関係」に関して,どのような課題が見られるのかを明らかにし,それらの各ライフステージとの関連について考察する。

2.研究Ⅰ 知的障害の「適応行動」に関する文献研究

―ダウン症の「社会的適応行動」

に関する研究動向を中心に―

2.1 目的 障害児・者を中心とする学問分野で行われている知的障害児・者に関する研究を展望し,その「適応行動」に関する研究の内訳の変化や研究対象のライフステージの変化を,ダウン症,自閉症,知的障害の 3 障害における比較検討を通して明らかにし,ダウン症に関する研究の動向を把握することを目的とする。

2.2 方法2.2.1 分析対象となる論文の抽出 分析課題を明らかにするために障害児教育関連の主要な機関誌である『特殊教育学研究』,『発達障害研究』をデータソースとして用いることとした。その詳細を表 1 に表す。上述の機関誌はそれぞれ表に表しているような目的のもとで発行されており,障害児・者関連の研究を幅広く行っていることにより,これらの機関誌はデータソースとして適切であると判断した。 1980年~ 2010年の31年間で上述の機関誌で報告された,知的障害(ダウン症,自閉症,その他の知的障害)を対象とする論文のうち,論文表題に「適応行動」に関するキーワードを含む論文を抽出した。「適応行動」に関するキーワードを判断する基準としてはAAMR第10版の「適応スキル領域」を用いた。その10年ごとの論文件数を表 2 に表す。2.2.2 分析手続き2.2.2.1 先行研究における研究内容の分析に

ついて AAMR(American Association on Mental Retardation:

米国精神遅滞協会)の『知的障害 定義,分類及び支援体系』第10版の適応行動スキル領域の定義に従い,対象となる先行研究の研究内容の分析を行う。2002年に公表されたAAMR第10版では「適応行動は,日常生活において機能するために人々が学習し

東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012)

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伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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た,概念的,社会的および実用的なスキルの集合である」と定義している。また, 適応行動を認知,コミュニケーション,学業スキル(すなわち概念的適応スキル),社会的能力に関わるスキル(すなわち社会的適応スキル),自立生活スキル(すなわち実用的適応スキル)からなる 3 つのより広い領域に分類することとなり,新たな定義による概念的,社会的,実用的スキルの広い領域は,現在の適応行動の評価尺度の構造や適応行動に関する多くの研究結果と一致している。このようなAAMR適応スキル領域は知的障害の適応行動に関する先行研究の研究内容を分類する基準として適切であると考えられる。 対象論文のAAMR適応スキル領域への分類作業に関しては,対象となる論文の表題とその研究目的のキーワードの中,最も優先とされていると考えられる内容をAAMR適応スキル領域に関する定義に従い,「概念的適応スキル」,「社会的適応スキル」,「実用的適応スキル」等の 3 項目に分類する。AAMR第10版(2002)4 )では,「AAMR第 9 版(1992)3 )に挙げられた10の適応スキルのそれぞれが,概念的にはすべて第10版の 3 領域のいずれかと関連づけることができる」など第 9 版と第10版の適応スキル領域の関係を明記している。そのため,本研究ではAAMR第10版の適応スキルの 3 領域への分類基準として第 9 版の適応スキル領域の定義も参考として用いた。

2.2.2.2 先行研究における研究対象のライフステージにおける分析項目

 先行研究における研究対象のライフステージを次の

3 つの項目に分類した。『児童福祉法』第 4 条の年齢区分を参考に,0~ 6 歳を「乳幼児期」,7~ 18歳を「児童期」とし,それ以外の19歳以上のものを「成人期」とした。

2.3 結果2.3.1 先行研究における研究内容について2.3.1.1 障害種別の先行研究の年推変化 対象となる先行研究を障害種別に分類した結果,ダウン症に関する論文は最も少なく,全体の8.6%(22件)であり,自閉症に関する論文は38.3%(98件),その他の知的障害に関する論文は53.1%(136件)であった。ダウン症,自閉症,その他の知的障害の 3 障害の年代における論文件数の変化を図 1 に示す。

項目対象機関誌

発行先 目  的 主な論文種別

①『特殊教育学研究』 日本特殊教育学会特殊教育,特に障害児教育の科学的研究の進歩発展を図ること。

原著,資料,実践研究,展望,研究時評

②『発達障害研究』 日本発達障害学会

発達障害に関する各分野の科学的研究を推進し,且つ援助すると共に,世界各国の同種研究活動と密接な連携を保ち,もって発達障害の研究の発展と発達障害に関する問題の解決をはかること。

原著,事例研究,資料,調査報告,総説,展望

表1 対象となる機関誌

表2 『特殊教育学研究』,『発達障害研究』における論文数

機関誌年代

①『特殊教育学研究』 ②『発達障害研究』 計(件)

1980年代(1980 ~ 1989年) 26 42 681990年代(1990 ~ 1999年) 82 22 1042000年代(2000 ~ 2010年) 58 26 84

計(件) 166 90 256

4.4%

5.8%

15.5%

25.0%

44.2%

41.7%

70.6%

50.0%

42.9%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

1980年代

1990年代

2000年代

ダウン症候群(N=22)

自閉症(N=98)

その他の知的障害(N=136)

図1 障害種別の論文件数の年推変化(N=256)

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012) 伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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 図より,ダウン症に関する論文はどの時期においても割合が最も少なくなっているが,年代の推移につれて,増加傾向を示す。これに対し,その他の知的障害に関する論文はどの時期においても割合が最も高いが,年代の推移につれて,減少傾向にある。自閉症に関する論文は変化が最も少なく,ほぼ一定となった。2.3.1.2 先行研究における研究内容の内訳 対象となる論文の研究内容をAAMR第10版適応スキル 3 領域へ分類した結果を図 2 に示す。

 図より,「概念的適応スキル」に関するものが最も多く,全体の48.4%(124件)である。次は「実用的適応スキル」に関するものであり,全体の30.9%(79件)だった。「社会的適応スキル」に関するものが最も少なく,全体の20.7%(53件)だった。「社会的適応スキル」の中でも,自閉症に関する論文が多数を占め,28件であり,次にその他の知的障害に関する論文17件だった。ダウン症に関する論文は最も少なく,8 件となった。障害種別の「社会的適応スキル」に関する研究の年推変化を図 3 に示す。

 図より,「社会的適応スキル」に関するダウン症に関する論文は1980年代の 0 %から,2000年代の26.9%まで急増していることが明らかとなった。これに対し,自閉症は1980年代の71.4%から2000年代の46.2%と減少傾向を示す。その他の知的障害は1980年代から2000年代にかけてほぼ一定の割合で研究されていることが分かる。

2.3.2 先行研究における研究対象のライフステージについて

2.3.2.1 先行研究における研究対象のライフステージの年推変化

 先行研究のライフステージについて「乳幼児期( 0 ~ 6 歳)」,「児童期( 7 ~ 18歳)」,「成人期(19歳以上)」の 3 項目に分類した結果,「乳幼児期( 0 ~ 6 歳)」は全体の12.6%(31件),「児童期( 7 ~ 18歳)」は62.2%(153件),「成人期(19歳以上)」は25.2%(62件)だった。また,ライフステージに関する項目に分類できなかった論文は10件だった。1980年代から2000年代における年代別の研究対象のライフステージの割合を図 4 に示す。

 図より,「乳幼児期( 0 ~ 6 歳)」,「児童期( 7 ~18歳)」に関する研究は年代の推移につれて,減少傾向を示す。これに対して,「成人期(19歳以降)」に関する研究は年代の推移につれて増加傾向を示す。2.3.2.2 障害種別の研究対象のライフステー

ジについて 図 5 に障害種別の研究対象のライフステージの割合を示す。

 図より,3 障害において,「乳幼児期( 0 ~ 6 歳)」の割合が最も高いのはダウン症研究であり,「児童期( 7 ~ 18歳)」の割合が最も高いのは自閉症研究だった。また,「成人期(19歳以降)」の割合が最も高い

概念的、48.4%

ダウン症候群3.1%

自閉症10.9%

その他の知的障害6.6%

社会的、20.7%

実用的、30.9%

図2 先行研究における研究内容の内訳(N=256)

0% 20% 40% 60% 80% 100%

1980年代

1990年代

2000年代

5.0%

26.9%

71.4%

55.0%

46.2%

28.6%

40.0%

26.9%

ダウン症候群(N=8)

自閉症(N=28)

その他の知的障害(N=17)

図3 障害種別の「社会的適応スキル」に関する論文件数の年推変化(N=53)

0% 20% 40% 60% 80% 100%

1980年代

1990年代

2000年代

7.5%

19.6%

7.8%

65.7%

63.7%

57.1%

26.9%

16.7%

35.1%

乳幼児期(N=31)

児童期(N=153)

成人期(N=62)

図4 ライフステージ別の論文件数の年推変化(N=246)

40.0%

9.5%

10.7%

45.0%

74.7%

55.7%

15.0%

15.8%

33.6%

0% 50% 100%

ダウン症候群

自閉症

その他の知的障害

乳幼児期(N=31)

児童期(N=153)

成人期(N=62)

図5 障害種別の研究対象のライフステージの割合(N=246)

東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012)

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伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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のはその他の知的障害に関する研究だった。

2.4 考察2.4.1 先行研究における研究内容について 障害種別の先行研究の年推変化に関する結果からダウン症に関する論文は,他の障害種と比較すると最も低い割合を示しているが,年代の推移に伴う増加が顕著であることが分かる。こうした現象にはダウン症の出生率と生存年齢が影響要因として考えられる。Bittles A.H(2004)7 )は欧米の先進国では1970年出生前スクリーニングの導入によりダウン症の出生率が顕著に減少した(Hansen H, 1978, Huether CA・Gummere

GR, 1982, Owens JR・Harries F・Walker s・McAllister

E・West L,1983)13) 20)52)が,最近20年から25年の間一定の割合の出生率となり,さらにかすかな増加が見られる(Bower C・Leonard H・Petterson B, 2000, Binkert

F・Mutter M・Schinzel A, 2002, Nicholson A・Alberman

E, 1992)8 ) 6 ) 47)ことを示唆している。また,従来短命と言われてきたダウン症の生存年齢も大幅に延び,欧米ではその平均年齢は1949年の12歳から2000年代の60歳(Glasson EJ, Sullivan SG, Hussain R, Petterson BA,

Montgomery PD, Bittles AH, 2002)12)と大きく変わっている。その背景には,医学領域におけるダウン症の合併症の治療,健康管理,疾病予防などの取り組みも考えられる。こうした変化に伴い,ダウン症における生活の質の高まりや社会参加への要求も多くなり,次第に青年期・成人期以降の社会への適応問題が大きな課題となっていることが推察される。池田(1996)23)は地域社会で生活するダウン症の人たちが今後ますます増加してゆくなかで,研究課題そのものも変化せざるを得ない変革を迫られていることを示唆している。 先行研究における研究内容の内訳に関する結果から見ると,三つの適応スキル領域の中では「社会的適応スキル」の割合が最も少なく,検討が不十分な課題が多く存在しているのではないかと考えられる。また,「社会的適応スキル」に関する研究の内訳をみると,自閉症,その他の知的障害が最も多く,ダウン症に関する研究は最も少ないことが明らかとなった。しかし,年代の推移から見ると,ダウン症を対象とする研究は1990年代から著しい増加を示す。ダウン症は自閉症などと違い,社会適応に問題があるという認識があまりもたれてこなかった(横田,1996)59)ことはダウン症に関する研究の発表件数が少ないことの一因として考えられる。また,年代の推移における研究の増加は知的障害者のソーシャルスキルへの注目が高まるにつれ,最も病因が明確であり,かつ,早期診断が割

に早い段階でできるダウン症が研究対象とされてきていることが考えられる。山下(1987)58)は1980年前後からダウン症児をめぐる状況には大きな変化が生じ,特に医学の進歩に伴うダウン症児の合併症の治療及びアメリカにおける早期教育の成果により,ダウン症児への教育的期待は高まり,それに関する実践や研究は増加していたことを報告している。また,清水(1994)54)は 0 ~ 3 歳から早期教育を続けてきたダウン症児は思春期に至り後期中等教育を受けるようになるにつれ,日常生活技能やソーシャルスキルを指導する必要性を強く感じていたと述べ,こうした技能の獲得が重要な課題になってくると指摘している。上述のように,ダウン症は早期教育を長い間続けてきたことにもかかわらず,年齢の上昇につれて教育的需要が高まり,社会的適応面の課題と直面することは,こうした課題にダウン症独自の特徴があることが示唆される。2.4.2 先行研究における研究対象となるライフ

ステージについて 先行研究における研究対象となるライフステージの年推変化に関する結果から,知的障害全体では乳幼児期の減少,成人期の増加が見られ,こうした現象の背景には知的障害のある人々の生活環境の変化と緊密な関係があり,児童期以降の適応の問題が課題として注目されるようになったことが考えられる。ダウン症の課題を取り上げてみると,菅野(1998)27)が述べているように,近年の健康管理や社会的あるいは福祉政策的な処遇の改善に伴って,ダウン症の教育・療育において,生涯発達の視点における医学的,心理学的研究が必要とされている。 障害種別における研究対象となるライフステージについて見てみると,自閉症,その他の知的障害と比べ,ダウン症における乳幼児期の課題が圧倒的に多く取り上げられ,成人期以降の課題に関する研究は非常に少ないが,年々増加傾向にある。これは1980年代のダウン症乳幼児を対象とする早期教育プログラムの発展やそれを基盤とするダウン症乳幼児の教育や療育に関する研究が隆盛となり,またダウン症乳幼児の早期教育の理論が定着,普及,進展し,研究成果といった早期教育の効果がある程度明らかになっていくことにより,こういった問題意識における研究が減少しているという事情も考えられる。一方,ダウン症は短命であるというイメージから離れ,長命化しているという見方が一般化することにより,成人期ダウン症者に関する研究の必要性が唱えられるようになっていることが考えられた。従って,ダウン症に関する研究の視

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012) 伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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点はこれまで乳幼児期,児童期を中心とするものから青年期・成人期を話題とするものへと移行していると言えるだろう。 次の研究Ⅱではダウン症におけるライフステージ別の「対人関係」に関する課題の特徴を検討して行く。

3.研究Ⅱ ダウン症児・者の「対人関係」に関する

文献研究

―先行研究の分析から―

3.1 目的 ダウン症児・者の「対人関係」に関しては,どのような課題が見られるか,各ライフステージにおける課題にどのような特徴があるのかを明らかにすることを目的とする。

3.2 方法3.2.1 対象となる論文・資料 ダウン症の「対人関係」に関する研究が極めて少ないため,日本国内及び海外の論文・資料を分析対象として設定した。対象となる論文・資料は1968年~2010年における学会機関誌,大学紀要,書籍等で報告されたダウン症の「対人関係」に関する論文等先行文献31件,また1990年代から2000年代において『American Journal on Mental Retardation』,『Mental

Retardation And Developmental Disability』,『Child

Dvelopment』等で報告されたダウン症に関する論文等先行文献12件である。3.2.2 対象期間  1959年,Lejeune, J.は,ダウン症は染色体異常によるものであるということを明らかにし,この疾患の最初の発見者 John Langdon Downの名をとって,「ダウン症候群」と名称付けた。この時からダウン症に関する研究が徐々に増え,さらに,1970年代出生前スクリーニングの導入によりダウン症における超早期診断ができるようになり,1970年代前後からダウン症への教育的介入が盛んに行われ,教育的目的に基づいた研究も隆盛となる時期となった。従って,本研究ではこうした沿革を背景に1970年代前後から現在に至るまでのダウン症に関する研究を対象とした。3.2.3 分析の視点 1 )生涯発達的視点から,乳幼児期,児童期・青年期,成人期とライフステージ別に課題を整理する。

2 )「対人関係」に関する課題の抽出 「対人関係」に関して様々な定義があり,研究者たちの間ではいまだ統一的な概念が見出されていない。相川(2000)1 )は「①それは包括的な概念であり,複雑な内容をもつこと,②異なる分野の研究者が異なる目的やコンテクストの中で研究を行っていること,③それは他者との相互作用に関わるために,どのような場面を設定するかによって定義が異なること」との

3 点から概念の統一性における難しさを指摘している。 こうした定義の不明確さの考慮から,本研究では,「対人関係」に関する概念において本質的であると指摘される 7 要素(L.Mechelson他,1992)39):「①学習を通して獲得される;②言語的ないし非言語的行動から成り立っている;③効果的かつ適切な働きかけと応答とを必要する;④社会的強化(自分の社会的環境から与えられる肯定的反応)を最大限にするもの;⑤本来相互交渉を含むもの;⑥その場面の特殊な環境の特徴がかかっている;⑦社会的スキルの実行に見られる欠如や過多は特定化することができ,介入の目標にすることができる」及び諸概念において共通性のあると指摘される 7 要素(相川,2005)2 ):「①具体的な対人場面で用いられるもの;②対人目標を達成するために使われるもの;③相手の反応の解読や,対人目標の決定,感情の統制などのような「認知過程」と対人反応の実行という「行動過程」の両方を含むもの,④言語的ないし非言語的な対人反応として実行されるもの;⑤学習によって獲得されるもの;⑥自分の対人反応と他者の反応とをフィードバック情報として取り入れて変容してゆくもの,⑦不慣れな社会的状況では意識的に実行されるが,熟知した状況では自動化しているもの」を整理し,共通する要素を取り上げ,こうした要素において見られる具体的な課題をダウン症の先行研究より抽出する。また,抽出した課題に対して頻数処理を行い,各研究者間一致が見られる項目を整理する。抽出の際,以下の要素の中の少なくとも一つが含まれることを基準として用いた。①学習を通して獲得されるもの。②言語的ないし非言語的行動から成り立つもの。③効果的かつ適切なはたらきかけと応答とを必要とするもの。④相互交渉(対人場面)を含むもの。⑤年齢,性,相手の地位といった要因が影響するもの。⑥相手の反応の解読や,対人目標の決定,感情の統制などのような「認知過程」と,対人反応の実行という「行動過程」の両方を含むもの。

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伊麗斯克・菅野 : ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

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3.3 結果3.3.1 ライフステージ別の「対人関係」の課題 以下,ダウン症に関する先行研究から抽出した「対人関係」に関する具体的な課題をライフステージ別に整理したものを概観していく。 乳幼児期においては,「本人の反応の微弱さと,対人的対物的応答性の欠如」(岡崎,1991)51)など他者への注意・関心の少なさ,「自発性が応答性よりも劣っている」(橋本,1990)15),「活動への参加では同輩への要請が少ない」(小川,1990,1995)48)49)など消極的な他者との関わり方,「言語発達の遅れによる意思伝達の困難」(長崎,1989)45)など対人場面での意思疎通の困難が特性として挙げられている。 児童期・青年期においては,乳幼児期の課題を引き継ぎ,一貫して見られる課題として「思っていることを言葉で表現できない,ルールのある遊びに参加できない,集団の中のルールや指示を理解できない」(細川,1992)18)等意思疎通の困難が挙げられた。さらに,乳幼児期の消極的な関わり方として現れるものが青年期になって「行動範囲の狭まり,孤独化」(水田,1981,池田,1989,建川,1967)43)21)57)など一人で過ごす傾向,「交友関係が広がらない」など他者との関わりの狭まりとなり,一段の深刻化が見られる。また,児童期で見られるものとして「好きな友達につきまとう」(細川,1992,田実,2005)18)55)など過干渉的な関わり方が挙げられた。さらに,「自分の思いどおりにならないと,ふくれる」(細川,1992)18)など感情的・非協調的対人行動が記述されている。 成人期における課題として,乳幼児期・児童期・青年期の課題を引き継ぎ,「仲間とあまり関わらず,関わり方にしても要請を待つ」(菅野,1997)26)といった消極的な関わり方,「他者の感情・表情を理解できない」(Jennifer, G, 2000)25)など意思疎通の困難が挙げられている。また,成人期の課題で多く指摘されて

いるものとして「怒りっぽく,情緒不安定」(菅野,2000,Loyse Hippolyte, 2008)28)41)など感情を表すことが多くなること,「自分の考えを変えない,自分の意に沿わないことがあると大泣きする」(長谷川,1998)14)など集団の中で自己中心的であること,「指示に従わない,注意を素直に聞かない」(小島,2001)38)など他者からの干渉を拒む傾向,「表情の乏しさ」,「対人緊張」(細川,1999)19)などがある。3.3.2 先行研究において一致性の見られる「対

人関係」の課題 ダウン症の「対人関係」に関する課題を先行研究(計43件)により抽出した結果,計24人の研究者の36件の論文・資料において課題が見られた。それに対して集計を行った結果,計53件の課題が抽出された。これら課題に対し頻数処理を行ったものを表 3 に表す。 表からわかるように,ダウン症の「対人関係」の課題として,表情認知・情緒認知・言語発達などの視点から検討した「言語・非言語的意思疎通の困難(20.8%,11人の研究者間で共通する課題)」が最も頻度の高い課題である。 次に,心理・行動の表現型・特徴の視点から「他者との関わりが受動的・消極的であること(13.2%,7 人の研究者間で共通する課題)」,「情緒の不安定さ(9.4%,5 人の研究者間で共通する課題)」,「他者からの干渉(指示・命令・要請)を嫌うこと(9.4%)」,「対人行動範囲の狭まり(9.4%)」,「集団に参加しない・孤独化の傾向(7.5%,4 人の研究者間で共通する課題)」,「集団のなか自己中心であること(5.7%,3 人の研究者間で共通する課題)」,「好きな教師・友達につきまとい,他者に過干渉的である(3.8%,2 人の研究者間で共通する課題)」等が一致性の見られる課題として挙げられている。 また,他者との相互交渉の過程について検討した研

表3 研究者間で共通する「対人関係」の課題(N=53)

言語・非言語的意思疎通の困難。他者との関わりが消極的(受動的)である。対人行動範囲が狭まっている。他者から干渉(指示・命令)を嫌う。情緒の不安定,怒りっぽい。集団参加を好まない,一人で過ごそうとする孤立化傾向。自分の考えを変えない,自己中心的である。他者への注意や関心が少ない。好きな教師・友達につきまとったり,過干渉的である。対人的場面では緊張する。集団の中では会話(発語)が少ない。他者からの働きに対する応答が弱い。非言語的反応(表情)の乏しさ。

20.8%13.2% 9.4% 9.4% 9.4% 7.5% 5.7% 5.7% 3.8% 3.8% 3.8% 3.8% 3.8%

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究では「他者への注意・関心が少ない(5.7%,3 人の研究者間で共通する課題)」,「対人的場面では緊張する(3.8%,2 人の研究者間共通する課題)」,「集団のなかでは自発的発語・会話が少ない(3.8%)」,「他者からの働きに対する応答が弱い(3.8%)」,「非言語的表現が乏しい(3.8%)」などについても複数の研究者間で共通の課題として取り上げられている。

3.4 考察3.4.1 ライフステージ別の「対人関係」の課題 乳幼児期・児童期・青年期・成人期別の「対人関係」の課題はダウン症児・者の心理・性格・コミュニケーション特徴と緊密な関係があり,こうした課題の背景要因であると考えられる。ダウン症児・者の性格については,菅野(2004)29)はこだわりという性格特性があるゆえに,彼らとの関わりに困難を感じていることが伺えるとしている。またコミュニケーション特徴については,池田(1994)22)はダウン症児の言語の発達の遅れはなかなか改善が困難であり,さらに,言語が不明瞭であることから日常生活でコミュニケーションする際に支障があることを指摘している。こうした意思疎通の困難や他者との関わり方のスタイル(受動的・消極的),情緒面の課題などは年齢の上昇に伴い,環境が変わっていても認められるライフステージを一貫して見られる特性として挙げられている。 また,ライフステージ別の「対人関係」の課題を分析した結果,年齢が上昇することに伴い,先行研究において挙げている課題は深刻化する傾向が見られた。このような傾向については,20年代前後から成人期前半まではダウン症において行動,性格,態度に変化が生じやすい時期であると報告されている(菅野,2004)29)。また,この変化の要因について研究者たちは疾病,老化,退行,家族環境の変化などを挙げている。 ダウン症の「対人関係」の課題は環境が変わっていても認められるライフステージに一貫した特性がある一方,ライフステージの変化に伴い様々なかたちで深刻化・多様化していく特性もあることが推測される。3.4.2 先行研究において一致性の見られる「対

人関係」の課題 ダウン症の「対人関係」の課題として,先行研究において挙げられたもののなかでは,「意思疎通の困難」が最も頻度の高い課題だった。これは,ダウン症のことばの発達の特徴と深い関係があることが考えられる。池田(1994)22)はダウン症の言語の発達の特徴を「①表出言語の遅れ,②言語の不明瞭さ,③聴覚障害,

④吃音」とし,こうした要因を含め,親の関わり方にも問題が見られることを指摘しており,ダウン症の言語領域の改善における困難さを示唆している。 また,ダウン症の心理・行動の表現型を検討する研究では,他者との関わりにおける行動スタイルを対人的関わりの消極性,指示命令を拒むこと,対人行動範囲の狭まり,孤独化,過干渉などを挙げていることが明らかとなった。これらの研究は主に児童期・学齢期の適応行動の特徴,成人期の加齢・退行,ダウン症における認知症・アルツハイマー病による不適応行動の特徴として課題を挙げている。こうした項目から分かるように,ダウン症は従来「人なつっこい」,「社交的」と言われることが多く,徐々にそれが一般的なダウン症の特性として解釈するようになってきたが,研究者たちの観察・調査によると,ダウン症の心理・行動,とりわけ「対人関係」面においては様々な課題が存在していると言える。こうした課題を検討する際に,ダウン症のパーソナリティに関する先入観で見るのではなく,様々な要因を取り入れて考えることが必要であると思われる。ダウン症は染色体異常による知的障害であり,染色体核型によりその性格や行動に差がある。例えば,転座型のダウン症児はトリソミー型に比べ,受動的で不活発的であることも言われている(水田,1978)42)。よって,ダウン症のなかでも,様々なタイプがあり,さらにライフステージによって行動に変化が生じることから,それらの「対人関係」における特性を一括的にまとめることは難しいことが明らかとなった。 他者との相互交渉の過程に関する研究では,他者と関わるコミュニケーション過程,遊びの過程,または課題遂行時の社会的行動における課題として他者への注意・関心が少ないこと,対人的場面では緊張する,集団のなかでは自発的発語・会話が少ない,他者からの働きに対する応答が弱い,非言語的表現が乏しいなどを課題として取り上げている。水田(1978)42)は,ダウン症は強い不安定性をもつために,見られないもの,新しいもの,または知らない人に対しては何によらず拒んだり疑いを抱いたりすると指摘している。また,Pitnairn, T. K.&Wishart, J. G (1994)53)は「ダウン症において『逃避方略』というのが発達していることを示し,解けそうにない難しい課題を与えられると,ダウン症児は欲求不満や怒りを見せない,代わりにしばしば実験者をみたり視線を合わせたりする。ダウン症児は困難な状況から自分の方法で守ろうとする,このような行動は周囲の大人に愛しく思わせる可能性がある一方,回避という問題解決方略の低さを作ってい

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る」と示唆している。よって,ダウン症は対人的場面で思わせる「社交的」というのは,課題遂行時の難題からの回避である可能性もあるため,それらを「社交的」と解釈するかどうかが検討すべきである。 これら先行研究の分析から,ダウン症の「対人関係」においては,環境が変わっていても認められるライフステージを一貫した特性がある一方,ライフステージの変化に伴い様々なかたちで深刻化・多様化していく特性もあることが推測され,彼らに一定の「対人関係」における課題が見られることが明らかとなった。従って,従来ダウン症に言われている「社交的」という印象は必ずしも適切ではないということが示唆された。今後は,もっと多くの要因を取り入れた検討が必要であることが明らかとなった。

4.まとめと今後の課題

 本研究ではダウン症の「社会的適応行動」に関する研究の特徴を他障害との比較を通して,検討した。さらに,ダウン症に関する先行研究の分析からライフステージ別の「対人関係」の課題及びその特徴を検討することを目的とした。 研究Ⅰでは,障害児・者を中心とする学問分野で行われている知的障害児・者に関する研究を展望し,その研究の内訳の変化や研究対象となるライフステージの変化を,ダウン症,自閉症,知的障害の 3 障害で比較検討を行った。その結果,自閉症やその他の知的障害と比べ,ダウン症の「社会的適応行動」に関する研究が非常に少ないが,1990年代から著しい増加を示していることが明らかとなった。これは近年のダウン症の生活の質の高まりや社会参加への要求も多くなり,次第に青年期・成人期以降の社会への適応問題が大きな課題となっていることが推察された。早期教育を長い間続けてきたことにもかかわらず,年齢の上昇につれて教育的需要も高まるなか,社会的適応行動面の課題と直面することは,こうした課題にダウン症独自の特徴があることが示唆された。また,ライフステージに関する検討から,ダウン症に関する研究の視点は従来の乳幼児期,児童期を中心とするものから青年期・成人期を話題とするものへと移行していることも考えられた。 研究Ⅱでは,ダウン症の「対人関係」の課題及びその特徴を先行研究を通して分析した結果,ダウン症の「対人関係」においては,環境が変わっていても認められるライフステージを一貫した特性がある一方,ライフステージの変化に伴い様々なかたちで深刻化・多

様化していく特性もあることが推測され,従来言われている「社交的」という印象は必ずしも適切ではないということが示唆された。 今後は,これらダウン症の「対人関係」の課題を調査項目として設定し,その特徴を分析して行きたい。

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20, pp.90-93, 1983.

53) Pitcairn, T.K., Wishart, J.G.: Reaction of young children with

Down`s syndrome to an impossible task, British Journal of

Developmental Psychology, 12, pp.485-489, 1994.

54) 清水直治:地域で自立した生活を営むためのソーシャ

ル・スキルの獲得を―坂本論文(第14巻第 3 号)―,発

達障害研究,15(4),pp.313,1994.

55) 田実潔:第 1 部ダウン症の医学・心理特性.第 2 章発達

と心理.6 仲間関係・集団適応.菅野敦・玉井邦夫・橋本

創一編著:ダウン症ハンドブック.日本文化科学社,

pp.31-33,2005.

56) 田中真理:関係のなかで開かれる知的障害児・者の内的

世界,pp.1-12,2003.

57) 建川博之:ダウン症候群(Down`s Syndrome)の心理学的

特性について,東京学芸大学特殊教育研究施設研究紀要,

1 ,pp.141-151,1967.

58) 山下勲:ダウン症児の早期教育の方法と効果に関する臨

床的研究(第 1 報)―ワシントン大学モデルの発展的適

用―,財団法人安田生命社会事業団研究助成論文集(障

害児療育関連分野),23(1).pp.146-154,1987.

59) 横田圭司:第 2 部医療・保健.Vダウン症候群における

退行.日本精神薄弱者福祉連盟編:発達障害白書.日本

文化科学社,pp.30-33,1996.

60) Zigler, E: Developmental versus difference thories of mental

retardation and the problem of motivation, American Journal of

Mental Deficiency, 73, pp.536-556, 1969.

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅱ 第63集(2012)

Page 14: ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究 : 研究 東京 ... · 2018. 8. 23. · Ziglar(1969)60)は同じ精神年齢を示す知的障害児・ 者と健常児・

* Graduate School of Education, Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan)** Tokyo Gakugei University Center for the Research and Support of Educational Practice (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan)

ダウン症児・者の「対人関係」に関する文献研究

── 研究動向と先行研究の分析を踏まえて ──

Research on social behaviors of individuals with Down`s Syndrome

── Utilizing the literature analysis ──

伊 麗 斯 克*・菅 野   敦**

Eyelseg, Atsushi KANNO

教育実践研究支援センター

Abstract

Although often described as “easy” and sociable, individuals with Down`s Syndrome often exhibit more complexed

temperaments. In the first research, with specific reference to the bibliographical sources and papers, the research on the “adaptive

behavior” of Intellectual disability was discussed from comparison between Down syndrome, Autism and nonspecific mental

retardation. Literature study shows that from 1990s, the researches concerning the social behavior characteristics of Down`s

Syndrome had increased substantially and it should be pointed out that the influence of Life-stage changes should be seriously

considered in this field of research. In second research, we found that individuals with Down`s Syndrome have severe difficulties

in some social skills which, in other researches, was ascribed to social elements. Since these individuals are far from being

problem-free, the further discussion of this phenomenon should take into account the age-related factors.

Keywords: social behavior, individuals with Down`s Syndrome, problem

Department of Education for Handicapped Children, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-

8501, Japan

要旨: 本研究ではダウン症候群の「社会的適応行動」に関する研究の特徴を他障害との比較検討で明らかにし,さらにこうした先行研究において取り上げられた「対人関係」の課題を抽出し,そのライフステージ別の特徴について検討した。研究Ⅰでは知的障害児・者の適応行動スキルに関する研究の特徴や対象のライフステージの変化をダウン症,自閉症,知的障害の 3 障害において比較検討を行った。その結果,1990年代からダウン症の社会的適応行動に関する研究が増加したことが明らかとなり,これにはダウン症特有の課題があることが示唆された。研究Ⅱではダウン症には一定の「対人関係」の課題が見られ,従来言われている「社交的」という印象は必ずしも適切ではないことが指摘された。このことから,ダウン症の「対人関係」の特徴に関する検討が必要であることが明らかとなった。

キーワード: ダウン症候群,「対人関係」,課題

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