東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究...

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東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究 誌名 誌名 黒潮の資源海洋研究 = Fisheries biology and oceanography in the Kuroshio ISSN ISSN 13455389 著者 著者 清水, 詢道 巻/号 巻/号 11号 掲載ページ 掲載ページ p. 3-5 発行年月 発行年月 2010年3月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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Page 1: 東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究 誌名 黒潮の資源海洋研究 = Fisheries biology and oceanography

東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究

誌名誌名黒潮の資源海洋研究 = Fisheries biology and oceanography in theKuroshio

ISSNISSN 13455389

著者著者 清水, 詢道

巻/号巻/号 11号

掲載ページ掲載ページ p. 3-5

発行年月発行年月 2010年3月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: 東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究 誌名 黒潮の資源海洋研究 = Fisheries biology and oceanography

黒潮の資源海洋研究第11号, 3 -6 (2010)

東京湾のマアナゴ資源の管理に関する研究*1

清水 詞 道*2

Research on the fisheries management for white-spotted-conger (Conger myliaster) in Tokyo Bay牢 1

Takamichi SHIMIZU*2

最初に,資源管理と漁業管理についての筆者の個人

的見解を明らかにしておきたい。資源管理とは,資源

を管理するための理論の提供である。実際の管理は漁

業活動をとおしてのみ実践されるものなので,漁業管

理が重要になってくる。漁業管理とは,具体的方法の

提示であると同時に,その方法を漁業者に納得しても

らうことである。漁業者が管理の必要性を理解し,か

つ,その方法を納得すれば,行政が関与しなくても管

理はどんどん進んでいく。逆に言えば,必要性を理解

せず,方法を納得しなければ,いかに行政が関与しよ

うとも,管理は進まない。

背景と目的

マアナゴCongermyliasterは東京湾では主にあなご

筒によって漁獲されている。漁獲量,生産金額,資源

に依存する漁家数などからみて,きわめて重要な資源

である。神奈川県における漁獲量は1987年から1992年

にかけて急速に増加したが,その後は減少傾向にある

(図 1)。急増の原因としては,資源の状態もさるこ

とながら,新しい漁業協同組合の設立による筒漁業へ

の新規参入や他業種からの転換などによる漁獲努力量

の増加が大きかったと考えられる。つまり,比較的利

用度の低かった資源の高度利用化が進んだと考えられ

る(清水 2003)。漁獲量減少の過程で,漁業者の聞に

資源管理の必要d性への認識が広がっていった。

マアナゴは,日本から遠く離れた産卵場から,黒潮

系の海流によって日本沿岸に葉形仔魚として輸送され

てくる。東京湾には春に来遊し,翌年の 4月以降に平

10∞ 11 は

ロその他

ロ繍須賀

8∞H

ー-金沢

-集

-繍浜東

11 ~I (圃,、ι e∞

咽鱒曙

図1 マアナゴの東京湾における漁業地区別漁獲量.

均全長36cmに成長して漁獲対象資源に加入するが,

来遊した年の 9月から筒漁業によって混獲されるよう

に'なる。筒漁業の特徴は,マアナゴに対する選択性が

高いこと,漁期間‘(4~1O月)の漁獲率がきわめて高

い (60-90%) ことで,毎年の資源の主体は前年春に

来遊した年級によって構成されている(清水 2001)。

したがって 9月からの混獲を回避し,翌年の資源を

確保することがマアナゴ資源管理の第一歩である。

あなご筒には作業効率向上のために,多くの水抜き

穴があけてある。この水抜き穴には,網漁具の網目と

同様の選択性があり,これを拡大することによ って小

型魚の混獲を回避することが可能で、あろうと考えて,

調査船を用いて操業実験を実施した。

結果と考察

操業実験の内容と結果

水産技術センター調査船「さがみ」を使用して, 1994,

* 1 平成21年度中央プロック資源・海洋研究会(平成21年10月:高知市)にて口頭発表した。

* 2 〒238-0237 神奈川県水産技術センター 神奈川県三浦市三崎町城ヶ鳥養老子 e-mail: [email protected]

Kanagawa Prefectural Fisheries Technology Center, Yoroshi, Jogashima, Misaki, Miura-shi, Kanagawa 238-023.7, Japan

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4 清水

1995年の 2年間,全ての全長のマアナゴを採集するた

めの直径 3mmの水抜き穴をもっ筒,水抜き穴拡大

の効果を把握するための直径17mmの水抜き穴をもっ

筒を交互に幹縄に取り 付けて操業実験を実施した。

17mmを採用するについては西川他 (1994)の小型底

びき網の調査結果を参考にした。調査は両年とも混獲

が問題となる10-12月に,筒を投入して約 1時間後に

回収する形式で千?った。採集されたマアナゴは,船上

でフk抜き穴の直径別に全長を測定した。

結果は図 2のとおりで,水抜き穴‘の拡大によって小

型魚、の混獲を回避できる可能性が示された。同時に,

全長36cm以上の漁獲対象サイズの採集数も減少 しな

いと考えられた。この結果から,直径17mmの場合の

通過曲線 (=1 選択曲線)およびそれをマアナゴの胴

周長 (G)と水抜き穴の外周長 (C)で一般化 したマス

ターカ ーブが次のように推定された(清水 1999)。

Ratio of escapement (通過率)

=1-1/11十 exp(8. 3704-8. 4125G/C)I・・・ (1)

120

100 口3mm・17mm

80

緩急 60恩

40

全長(cm)

図2 直径 3mmと17mmの水抜穴を持つ筒により漁獲されたマアナゴの全長組成の比較(1994年11月,12月および1995年11月,12月,調査船「さがみ」による試験操業).

漁業者自身による操業実験の実施

実験で得られた「水抜き穴を拡大すれば小型魚、の混

獲が回避され,翌年の資源が確保できる」という結果

を漁業者に実践してもらうために,各地で周知普及活

動を行った。しかし,漁業者にとっては,水抜き穴拡

大を自ら経験したわけで、はなく,その効果について話

を聞くだけでは納得しないのは当然である。また,水

抜き穴を拡大すると,大型魚、も逃げてしまうのではな

いか,餌が流出してしまうのではないか,などの懸念

が根強く存在した。そこで,漁業者自身に経験しても

らうべく,指導普及部門の協力を得て,各地で漁業者

が使用している筒 (直径 9mmが一般的だ、った)と

直径17mmの筒の比較実験を行った。実験方法は調査

船で、行ったものと同様で、 9mmの筒と17mmの筒を

交互に幹縄に取り付け,夕方に投入し,翌早朝に回収

した。結果は図 3のとおりである。水抜き穴を拡大す

れば小型魚の混獲を回避できることが漁業者自身に十

分納得される結果が得られた。また,大型魚、が逃げて

しまうという懸念についても ,採集個体数は17mmの

方が多かったことによって解消された。調査船による

実験結果よりも小型魚の通過がより鮮明に明らかにさ

れたのは,実験方法の違い(昼間に筒浸漬時間 1時間

で回収した場合と夕方投入し翌早朝に回収した場合)

・によるもので,筒の浸漬時聞が長い方が水抜き穴拡大

の効果がより高くなるのではないかと考えられた。実

際に操業では,夕方投入翌早朝回収,が一般的になっ

てきている。この場合のマスターカーブは次のように

推定された(1青水 1999)。

Ratio of escapement (通過率)

=1-1/11+exp (27.3785-25.1914GIC)I・・・ (2)

これらのマスターカーフ守を用いて水抜き穴の最適サイ

ズを検討した。小型魚が筒から通過して半年後に生残

して漁獲対象として加入することによるプラス効果と

現時点で大型魚が筒から逃げてしまうことによるマイ

ナス効果を勘案して,水抜き穴の直径16mm,が最適

サイズであると判断された (清水 1999)。

100

ロ9mm・17mm80

60

制帽掌思

40

20

0 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42 44 46

全 長 (cm)

図3 直径 9mmと17mmの水抜穴を持つ筒により漁獲されたマアナゴの全長組成の比較 (1996-1998年,各地区漁業者による試験操業).

漁業者の実践に至る経過

調査船による実験結果の普及と漁業者自身による実

験結果の理解の拡大によって,水抜き穴拡大による小

型魚、混獲回避効果の認識は拡大していった。また,東

京水産大学の東海教授の研究室では,カバーネットを

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東京湾のマアナゴの資源の管理 5

装着した筒による実験や筒の中にビデオカメラを入れ

て実際に筒からマアナゴが通過していく様子を撮影す

るなど,問題の可視化を意図した実験を行い,その結

果の周知普及を精力的に行ってきた。これらをうけ

て,横浜市漁業協同組合柴支所のあなご筒漁業者は

1998年 4月から水抜き穴の直径を13mrn以上とするこ

とを申し合わせた。この数値は最適サイズではなく,

漁獲対象魚、が l尾も筒から通過しないという,いって

みれば漁業者の懸念を考慮した,妥協点ともいえるサ

イズである。とはいえ, 13mrnを採用したことによ っ

て目に見える形で小型魚の混獲が減少することを経験

したため,柴支所から神奈川県内の筒漁業者全体に情

報が伝達され, 1999年 4月から全漁業者が13mrn以上

を採用することが決定された。また,これを契機とし

て,神奈川県あなご漁業者協議会が結成され,統一休

漁日の決定や漁場利用秩序などについて話し合う場と

して機能するようになった。

千葉県では,神奈川県に先立って内湾あなご筒漁業

者連絡協議会が結成されており,筆者が協議会の場で

調査船による実験結果を紹介したこともあって,水抜

き穴の拡大に関心が持たれていた。 1999年 3月に協議

会が柴支所を視察に訪れ柴支所の筒漁業者と熱心な意

見交換が行われ,その結果神奈川県の実践にあわせて

1999年 4月から直径を13mrn以上とすることが決定さ

れた。

2000年10月に千葉県富津市で両県の協議会の交流を

深めるために,第 l回あなご筒漁業者交流会が開催さ

-,

-2

3

昼間爆章の埴会 夕方設入一瞬回収の場合

-,

-2

-, A 小型魚の通過によって得られるプラス効果

自 大型最の逃避によって生じるマイナス効果

c 純効果

図4 水抜穴の最適サイズの検討.縦軸:金額換算した効果指数.横軸:水抜穴の直径 (mrn).

れた。この交流会には東京都の漁業者も招かれ,千

葉 ・神奈川両県の漁業者から,東京都の漁業者も水抜

き穴を拡大することが要請され,結果として2000年11

月から東京都の漁業者も 13mrn以上を採用することが

決定された。ここに,東京湾のマアナゴ資源という一

都二県に共通する資源の共同管理の第一歩が開始され

た。この交流会は毎年行われ,翌年の漁況の見通しな

どの情報提供が行われるとともに,操業秩序について

の意見交換などが論議されている。

資源管理の課題と今後の展開

現行の水抜き穴サイズの取り決めは,明らかに適正

サイズではない。このため,これを適正サイズに近づ

けることが必要だが,先進的な漁業者は既に14mm,

15mrnを採用している。

資源管理のつぎの段階として話題になっているの

は,漁獲努力量(投入筒数)の制限の問題であるが,

漁業地区によってマアナゴ資源に対する依存度あるい

は筒漁業への依存度が異なるため,一律に筒数を制限

することは不可能で、あり,また我々の関与できる問題

ではない。しかし,この問題を,燃料・餌代などの漁

業経費が高騰して経営を圧迫している現在 I資源の

状況に応じて投入する努力量を最適化する」と考えれ

ば,そのためには「精度の高い漁況予測の提供」が不

可欠なので,我々が積極的に関与すべき問題となる。

神奈川県水産技術センターでは,研究目標を「精度の

高い滑、況予測の提供」において研究計画をたて,葉形

仔魚、の来遊条件・来遊量の把握,小型魚、の分布の把

握,大型魚の漁場形成条件の把握,努力あたり漁獲量

の分布などの調査,情報提供を行っている。

文献

西川哲也・反田 賓・長浜達章 ・東海 正,1994:大

阪湾の小型底曳網におけるマアナゴの網目選択

性. 日本水産学会誌, 60( 6)", 735-739.

清水詞道,1999:東京湾のマアナゴ資源について-Ill

水抜穴の適正サイズの検討.神奈川県水産総合研

究所研究報告, 4, 15-18.

清水詞道,2001:東京湾のマアナゴ資源について-IV

初期資源量の推定.神奈川県水産総合研究所研究

報告, 6, 1 -6 .

清水詞道, 2003:東京湾のマアナゴ資源について(総

説).神奈川県水産総合研究所研究報告, 8, 1 -12.

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質疑応答

阿部(神奈川):小さいものが獲り控えられ,大きい

ものが残るという水抜き穴サイズの比較試験のグラ

フがあるが,これが書けたのが何年頃で,漁業者に

普及するまでに何年かかったのか?

清水(神奈川): 1994年11月頃の調査で結果が出て,

こういうことをやってくださいと漁業者に説明し

た。横浜市漁協柴支所全体で取り組まれたのは1998

年4月からだが,既に個人的に取り組んでいた漁業

者もいた。神奈川県全体は1999年から参加。東京湾

全体に水抜き穴サイズ規制が広がったのは2000年か

らである。

片山(中央水研):漁業者との信頼関係があってから

こそ出来たのもだと思う 。こういう取り組みがされ

10年が経過したが,その効果が漁獲量なり金額で多

少でもあがれば漁業者の評価もあがり,浜の神様に

清水

まつりあげられるが,逆には効果が無ければオオカ

ミ少年になってしまうが,どうか?

清水(神奈川):そもそも漁獲量を増やすことが目的

ではない。この仕事は,ある年級群を次の年まで残

すことが目的である。浜に行って言ったのは,今年

の葉形仔魚、は多いか,少ないかという話はした。

久保田(中央水研):アナゴは丈夫そうな魚だから, (小

型魚獲り控えの努力をしなくても)再放流すれば生

き残れるのではないか?

清水(神奈川):もちろんそういう話もある。急激に

海底から引き上げることから水圧の差により弱って

しまうためにすぐには潜れない。餌として大量のイ

ワシを使うので大量のカモメがやってきて,食害を

受ける。したがって,漁獲の時点で逃がした方が確

実である。