コロナ感染拡大下の消費者心理スナップショット: …...調査の概要...

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1 コロナ感染拡大下の消費者心理スナップショット: 日本とアジア太平洋地域―さらなるデジタル世界へ ラーラ・コスロー、ジーン・リー、津坂 美樹、アパルナ・バラディワジ、モニカ・ウェグナー、 カニカ・サンギー、ニミーシャ・ジェイン いま、変化が加速している――新型コロナウイルスによりアナログな交流が制限されるなか、世界 はこれまでのトレンドを強め、さらなるデジタル化へと進みつつある。デジタルは、必需品の購入や 他者とのつながりを可能にし、私たちは家に引きこもる単調な生活のなかで気を紛らわすことができ る。しかし、デジタルの活用で家庭での生活環境が向上してもなお、世界における消費者心理は悲 観的なままである。 本論考では、新型コロナウイルス感染拡大を受けたアジア太平洋地域の 3 カ国、日本、オーストラ リア、インドの消費者心理と支出への影響、そしてデジタルへのシフトと国産ブランドに対する行動 について掘り下げる。 日本、オーストラリア、インドではより悲観的な傾向 ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)が調査を行った世界各国の消費者心理は、中国 で回復の兆しが見え始めているものの、なお重苦しいままだ。消費者のほとんどが「新型コロナウイ ルスにより景気が後退する」と感じている。また、今回焦点を当てる日本、オーストラリア、インドにお いて、消費者の多くが感染症対策として生活スタイルを変え(7385%) 、公共スペースへの外出 を極力避けている(8287)と回答した(図表 1)。一方で、同じアジア太平洋地域の中国では、パ ンデミックから立ち直り始めており、異なる傾向を示している。 日本、オーストラリア、インドの消費者は、その他の国々の消費者よりも、新型コロナウイルスに対し てはるかに大きな懸念を抱いている。「新型コロナウイルスの影響で世界は深刻な危険にさらされて いる」という意見に賛同した消費者の割合は、世界平均が 5162%だったのに対し、日本では 88%、オーストラリアでは 77%、インドでは 83%だった。このような消費者の姿勢には、いくつかの 理由が考えられる。まず、日本、オーストラリア、インドで感染が拡大した時期は、他国や他の地域 に対して比較的遅かったため、これらの国の人々は他国に及んだ感染症の影響を目の当たりにす る時間があった。そのため、新型コロナウイルスがもたらす影響についてより深刻な警戒心を抱いた

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コロナ感染拡大下の消費者心理スナップショット:

日本とアジア太平洋地域―さらなるデジタル世界へ

ラーラ・コスロー、ジーン・リー、津坂 美樹、アパルナ・バラディワジ、モニカ・ウェグナー、

カニカ・サンギー、ニミーシャ・ジェイン

いま、変化が加速している――新型コロナウイルスによりアナログな交流が制限されるなか、世界

はこれまでのトレンドを強め、さらなるデジタル化へと進みつつある。デジタルは、必需品の購入や

他者とのつながりを可能にし、私たちは家に引きこもる単調な生活のなかで気を紛らわすことができ

る。しかし、デジタルの活用で家庭での生活環境が向上してもなお、世界における消費者心理は悲

観的なままである。 本論考では、新型コロナウイルス感染拡大を受けたアジア太平洋地域の 3 カ国、日本、オーストラ

リア、インドの消費者心理と支出への影響、そしてデジタルへのシフトと国産ブランドに対する行動

について掘り下げる。

日本、オーストラリア、インドではより悲観的な傾向

ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)が調査を行った世界各国の消費者心理は、中国

で回復の兆しが見え始めているものの、なお重苦しいままだ。消費者のほとんどが「新型コロナウイ

ルスにより景気が後退する」と感じている。また、今回焦点を当てる日本、オーストラリア、インドにお

いて、消費者の多くが感染症対策として生活スタイルを変え(73~85%) 、公共スペースへの外出

を極力避けている(82~87%)と回答した(図表 1)。一方で、同じアジア太平洋地域の中国では、パ

ンデミックから立ち直り始めており、異なる傾向を示している。 日本、オーストラリア、インドの消費者は、その他の国々の消費者よりも、新型コロナウイルスに対し

てはるかに大きな懸念を抱いている。「新型コロナウイルスの影響で世界は深刻な危険にさらされて

いる」という意見に賛同した消費者の割合は、世界平均が 51~62%だったのに対し、日本では

88%、オーストラリアでは 77%、インドでは 83%だった。このような消費者の姿勢には、いくつかの

理由が考えられる。まず、日本、オーストラリア、インドで感染が拡大した時期は、他国や他の地域

に対して比較的遅かったため、これらの国の人々は他国に及んだ感染症の影響を目の当たりにす

る時間があった。そのため、新型コロナウイルスがもたらす影響についてより深刻な警戒心を抱いた

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可能性がある。また、これらの国々の政府がその影響の大きさや日常生活に戻るまでの期間を強調

したことも関係しているだろう。たとえばインドでは、政府が厳格なロックダウン措置を取り、バスや飛

行機の利用を含む数多くの活動を制限した。

日本は、BCG が調査を行った国々の中で最後に(緩やかな)ロックダウンに突入した国であり、ま

た、8 割を超える消費者が「新型コロナウイルスによる最悪の状態はまだ脱していない」と回答した唯

一の国である。その割合は他国では 65%以下にとどまったのに対し、日本では 82%だった。一

方、中国ではこうした悲観的な感情を持つ人は大きく減少しており(26%)、復興の兆しが見え始め

ていることがうかがえる。日本政府は、緊急事態宣言を受けた各種要請の遵守に対して罰則を設け

ていないものの、消費者の生活には、規制や罰則を設けた国々と同程度の大きな変化が起きてい

ることが見て取れる(図表 2)。この自発的な社会的行動の変化は、日本の消費者が、新型コロナウ

イルスがもたらす将来的な影響に対して強い懸念を持っていることを反映するものだろう。

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支出意向の傾向は類似

新型コロナウイルスによる支出パターンの変化の傾向について、先進国の消費者が支出を増やす、

あるいは減らすカテゴリーには、大枠では一貫性がある(図表 3)。消費者は家庭内でのエンターテ

インメント(動画配信サービスなど)、生鮮・オーガニック食品、加工食品、予防医療、洗剤などの家

庭用品、光熱費などの公共料金、食事のテイクアウト・デリバリーに支出を増やし、また貯蓄を増や

す傾向がある。一方、旅行、高級ブランド品/ファッション、インテリア、自動車などの裁量支出カテゴ

リーや、屋外でのレジャーやレストランでの食事といった政府による制限のかかったカテゴリーで支

出を減らす傾向がみられる。新興国では、インドの消費者に類似のカテゴリーの支出変化が見られ

たが、全体として支出を変化させた消費者の割合が高かった。

デジタルへの移行が進む アジア太平洋地域の国々では、デジタル化の加速がみられた。従来、EC 普及率が低かった日本

でも、衣料品、高級ブランド品、サプリメント、化粧品、パーソナルケア用品など多くのカテゴリーで

消費者のオンライン購入意向が増加した(図表 4)。また、食事のテイクアウト・フードデリバリーのオ

ンライン利用意向は幅広い世代で増加がみられた(図表 5)。一方、その他のカテゴリーでも幅広く

オンライン購入意向は増加しているが、多くは Z 世代(幼いころからスマートフォンや SNS になじみ

がある、20 代前半までを中心とする世代)やミレニアル世代(20 代から 40 歳前後)といった比較的

若い消費者に集中する傾向が見られた。 オーストラリアでは、新型コロナウイルスの影響による EC の普及が全年代でみられ、特に、BCG で

は「ベビーブーマー+」と呼ぶ 52 歳以上の消費者の間で加速しつつある(図表 6)。また、幅広いカ

テゴリーでオンライン購入が増加しており、2020 年 4 月 24 日ごろまでの 4 週間で、5 人に 1 人の消

費者が、少なくとも 1 つはこれまではオンラインで購入したことがなかったカテゴリーの商品をオンラ

イン購入していることが分かった。「初めて EC で購入した」上位 12 カテゴリーを見ると、オーストラリ

アの消費者が必需品・非必需品どちらのカテゴリーにおいても幅広く「初めてのデジタル購入」を体

験していることがわかる(図表 7)。

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インドの消費者の間では、メディアの利用、商品の購入、代金の決済においてデジタル化が進み

つつある(図表 8)。これらの行動のデジタル化やキャッシュレス決済は、新型コロナウイルスによるロ

ックダウン期間が終了した後も継続して利用されると考えられる(図表 9)。

オーストラリアでは、自国品志向の高まりも

オーストラリアでは、医療機関、スーパーマーケット、政府に対する信頼が高まっている(図表

10)。これらの機関は、仮設のドライブスルー設備での販売や、遠隔医療の導入、スーパーマーケッ

トでの高齢者向けの商品ピックアップ・配送サービスの実施など、この困難な状況下でも、消費者を

歓迎する行動を取り、こうした行動を積極的に発信した。また、オーストラリアでは、消費者が国内事

業を支援する目的で、割高であっても国産ブランド品を購入する傾向の高まりが見受けられる(図表

11)。新型コロナウイルスによる消費者心理への影響を引き続き調査する上で、こうした形の自国品

志向が他国でも広がるかどうかを検証するのは興味深いだろう。

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先を見据えて 過去に SARSが流行した時期と同様に、新型コロナウイルスの感染拡大により、アジア太平洋諸国

においてデジタル化や EC の普及が加速している。これは、企業が消費者にアプローチし、成長す

る機会も広がったことを意味する。こうした状況を踏まえると、新型コロナウイルスの影響でビジネス

が困難になる時期であっても、消費者が自国品志向を高め、ローカルブランドを支援し、その成長

を活性化させる行動を取るならば、企業はブランドの信頼性を築き、ブランド価値向上の機会を開

ける可能性がある。新型コロナウイルスは今後も様々な企業の損益に影響を及ぼすと予測されるが、

逆境のなかでこそ掴めるチャンスがあることも事実だろう。これらの機会をいかに活用できるかが、多

くの企業にとって今後の大きな課題になる。 調査の概要 「コロナ感染拡大下の消費者心理スナップショット」シリーズは、BCG顧客インサイト・センターが世界各地域で 1~2 週間ごとに実施している消費者調査に基づく論考です。コロナ危機下の消費者心理や消費者行動を定期

的に調査し、各国のクライアント企業や産業界にご紹介する目的で行われています。同センターのメンバーとコ

ンサルタントが共同でデータの分析を行っています。 (日本における調査) 実施時期:2020 年 4 月 18 日(土)~20 日(月) 調査方式:オンライン調査 回答者数:7,485 人

原題: COVID-19 Consumer Sentiment Snapshot: Special Feature—Asia-Pacific | A (More) Digital World ラーラ・コスロー ボストン コンサルティング グループ(BCG) マイアミ・オフィス マネージング・ディレクター&シニア・パートナー BCG 顧客インサイト・センターのグローバル・リーダー ジーン・リー BCG シアトル・オフィス パートナー&アソシエイト・ディレクター 津坂 美樹 BCG 東京オフィス マネージング・ディレクター&シニア・パートナー BCG マーケティング・セールス・プライシング・プラクティスの創設者。BCG グローバルのチーフ・マーケティング・

オフィサーなどを歴任。 アパルナ・バラディワジ BCG シンガポール・オフィス マネージング・ディレクター&パートナー BCG 顧客インサイト・センターの新興国地区リーダー モニカ・ウェグナー BCG シドニー・オフィス マネージング・ディレクター&パートナー カニカ・サンギー BCG ムンバイ・オフィス パートナー&アソシエイト・ディレクター

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ニミーシャ・ジェイン BCG ニューデリー・オフィス マネージング・ディレクター&パートナー 監訳 森田 章 BCG 東京オフィス マネージング・ディレクター&パートナー BCG 消費財・流通・運輸プラクティスの日本リーダー 日本における調査担当チーム: 紀平啓子、丸澤英将、池田美奈 2020 年 5 月発行 ボストン コンサルティング グループ(BCG) BCG は、ビジネスや社会のリーダーとともに戦略課題の解決や成長機会の実現に取り組んでいます。BCG は

1963 年に戦略コンサルティングのパイオニアとして創設されました。今日、BCG の支援領域は、変革の推進、組

織力の向上、競争優位性構築、収益改善をはじめとしてクライアントのトランスフォーメーション全般に広がってい

ます。 BCG のグローバルで多様性に富むチームは、産業や経営トピックに関する深い専門知識と企業変革を促進する

洞察を有します。これらに加え、テクノロジー、デジタルベンチャー、パーパスなどの各領域の専門組織も活用し、

クライアントの経営課題に対しソリューションを提供します。経営トップから現場に至るまで、BCG ならではの協働を

通じてクライアント組織に大きなインパクトを生み出しています。 日本では、1966 年に世界第 2 の拠点として東京オフィスを、2003 年には名古屋に中部・関西オフィスを設立しま

した。 https://www.bcg.com/ja-jp/default.aspx BCG 顧客インサイト・センター(Center for Customer Insight 、CCI) BCGの顧客インサイト・センターは、ビジネス戦略および競争ダイナミクスに対する深い理解と、定量的および定性

的消費者調査を組み合わせた独自の統合アプローチを採用しています。当センターは BCG の様々なプラクティ

スと密接に連携し、そのインサイトを実用的な戦略につなげています。その過程で、世界中から消費者データを収

集しています。 https://www.bcg.com/ja-jp/capabilities/marketing-sales/center-customer-insight ⓒ Boston Consulting Group 2020. All rights reserved. 本稿の無断転載・引用を固くお断りします。