カルデラ 鬼界大噴火 例に -...

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0058 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1 火山噴火の規模が非常に大きく,大量の マグマが短時間のうちに地表に噴出すると, マグマ溜まりの天井は支えを失い崩壊してしま う。そして地表には大規模な陥没孔,すなわちカ ルデラが生じる。カルデラとは直径約 2 km 以上 の陥没地形を意味するが,火山性カルデラの多く は大量のマグマ噴出を伴う巨大な火山噴火により 形成されたものである。一般に噴出量が 10 km 3 以上のオーダーに達し,VEI Volcanic Explosive Index火山爆発指数) 1 6 を超えるような噴火になるとカ ルデラを形成することが多い。 日本列島には風光明媚な観光名所となっている カルデラが数多くあるが,とくに九州と北東北か ら北海道にかけては第四紀後期 (約 260 万年前以降) の中でも比較的新しい大型カルデラ火山が集中し ている (北から屈 くっ しゃ ,支 こつ ,洞 とう ,十和田,阿蘇,姶 あい ,阿 ,鬼 かい 。これらの火山では,過去 15 万年間に 噴出量 250 km 3 ,直径 210 km のカルデラを形 成する噴火が 1 回以上発生しており,全体では およそ 1 万年に 1 回の頻度で繰り返している (図 12 。十和田での 2 回の噴火は VEI 6 の中でも大 きい部類,それ以外は噴出量が 100 km 3 を超え VEI 7 級の噴火である。同一の場所で繰り返 すという特徴があることから,将来これらの火山 のどれかで再びカルデラ噴火がおこる可能性は極 めて高く,仮に発生した場合には未曽有の災害が 引き起こされることが予想される。 カルデラ噴火の痕跡は,大規模な陥没地形に加 えて,その周囲に厚く堆積する火砕流堆積物や, 日本列島の広域に存在する降下火山灰堆積物とし て認識される (図 1。たとえば,およそ 8 9000 年前の阿蘇 4 噴火の降下火山灰 Aso-4は北海道で も約 15 cm の厚さで地層に残されている。また, マグマに溶け込んでいた揮発性成分 (主に硫黄成分) が大気中に放出されることにより大量の硫酸エア ロゾルを生成するが,その痕跡は高濃度の硫黄化 合物濃集層としてグリーンランドの氷床コアで検 出されている 3 。成層圏に広がった硫酸エアロゾ ル雲は,地球表層への太陽光入射を妨げ気温低下 をもたらす 4 。噴火の影響は,カルデラ周囲だけ でなく高層大気を介して北半球の広範囲に及んだ と考えられる。過去 1 万年間に大型カルデラを 形成した VEI 7 以上の噴火は,地球上で少なく とも 8 回,そのうち 1 回は日本列島で発生して いる。日本での 1 回は 7300 年前に鹿児島南方の 東シナ海で発生した鬼界アカホヤ噴火で,これは 完新世 (約 1 万年前以降) における地球上で最大の噴 火である。 鬼界カルデラとアカホヤ噴火の推移 鬼界カルデラは,薩摩硫黄島と竹島を除き大部 分が水没しているが,東西 20 km,南北 17 km におよぶ大型カルデラである (図 2。カルデラ北 西に位置する硫黄岳と稲村岳はアカホヤ噴火後に 成長した火山で,とくに激しい噴気活動が続く硫 黄岳は,日本を代表する活火山の一つである。 1940 年代にはじめてカルデラの存在が示されて 以降 5 ,このカルデラが南九州一円に分布する幸 こう 火砕流堆積物 6 や,東日本まで広く分布するア カホヤ火山灰層 7 の給源であることが 1970 年代に 特集日本をおそった巨大噴火 カルデラ とは 何か: 鬼界大噴火 例に 前野 深 まえの ふかし 東京大学地震研究所 What does Caldera mean?: An example from the Great Kikai Eruption Fukashi MAENO

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Page 1: カルデラ 鬼界大噴火 例に - 東京大学カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に 科学 0059 明らかにされ,超巨大噴火の痕跡として認識され

0058 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1

火山噴火の規模が非常に大きく,大量のマグマが短時間のうちに地表に噴出すると,マグマ溜まりの天井は支えを失い崩壊してしまう。そして地表には大規模な陥没孔,すなわちカルデラが生じる。カルデラとは直径約 2 km以上の陥没地形を意味するが,火山性カルデラの多くは大量のマグマ噴出を伴う巨大な火山噴火により形成されたものである。一般に噴出量が 10 km3

以上のオーダーに達し,VEI(Volcanic Explosive Index,

火山爆発指数)1が 6を超えるような噴火になるとカルデラを形成することが多い。日本列島には風光明媚な観光名所となっているカルデラが数多くあるが,とくに九州と北東北から北海道にかけては第四紀後期(約 260万年前以降)

の中でも比較的新しい大型カルデラ火山が集中している(北から屈

くっ

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)。これらの火山では,過去 15万年間に噴出量250 km3,直径210 kmのカルデラを形成する噴火が 1回以上発生しており,全体ではおよそ 1万年に 1回の頻度で繰り返している(図1)2。十和田での 2回の噴火は VEI 6の中でも大きい部類,それ以外は噴出量が 100 km3を超える VEI 7級の噴火である。同一の場所で繰り返すという特徴があることから,将来これらの火山のどれかで再びカルデラ噴火がおこる可能性は極めて高く,仮に発生した場合には未曽有の災害が引き起こされることが予想される。カルデラ噴火の痕跡は,大規模な陥没地形に加えて,その周囲に厚く堆積する火砕流堆積物や,

日本列島の広域に存在する降下火山灰堆積物として認識される(図 1)。たとえば,およそ 8万 9000年前の阿蘇 4噴火の降下火山灰(Aso-4)は北海道でも約 15 cmの厚さで地層に残されている。また,マグマに溶け込んでいた揮発性成分(主に硫黄成分)が大気中に放出されることにより大量の硫酸エアロゾルを生成するが,その痕跡は高濃度の硫黄化合物濃集層としてグリーンランドの氷床コアで検出されている3。成層圏に広がった硫酸エアロゾル雲は,地球表層への太陽光入射を妨げ気温低下をもたらす4。噴火の影響は,カルデラ周囲だけでなく高層大気を介して北半球の広範囲に及んだと考えられる。過去 1万年間に大型カルデラを形成した VEI 7以上の噴火は,地球上で少なくとも 8回,そのうち 1回は日本列島で発生している。日本での 1回は 7300年前に鹿児島南方の東シナ海で発生した鬼界アカホヤ噴火で,これは完新世(約 1万年前以降)における地球上で最大の噴火である。

鬼界カルデラとアカホヤ噴火の推移

鬼界カルデラは,薩摩硫黄島と竹島を除き大部分が水没しているが,東西 20 km,南北 17 kmにおよぶ大型カルデラである(図 2)。カルデラ北西に位置する硫黄岳と稲村岳はアカホヤ噴火後に成長した火山で,とくに激しい噴気活動が続く硫黄岳は,日本を代表する活火山の一つである。1940年代にはじめてカルデラの存在が示されて以降5,このカルデラが南九州一円に分布する幸

こう

屋や

火砕流堆積物6や,東日本まで広く分布するアカホヤ火山灰層7の給源であることが 1970年代に

特集日本をおそった巨大噴火

カルデラとは何か: 鬼界大噴火を例に 前野 深 まえの ふかし

東京大学地震研究所

What does Caldera mean?: An example from the Great

Kikai Eruption

Fukashi MAENO

Page 2: カルデラ 鬼界大噴火 例に - 東京大学カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に 科学 0059 明らかにされ,超巨大噴火の痕跡として認識され

0059科学カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に

明らかにされ,超巨大噴火の痕跡として認識された。近年になり噴出源近傍の堆積物の研究8や,噴火に連動して発生した巨大地震の痕跡(噴砂,噴礫)の発見9,巨大津波に関する研究10が進み,鬼界アカホヤ噴火の規模や推移,その影響について徐々に明らかになりつつある。一方鬼界カルデラは,アカホヤ噴火以前にも同規模の巨大噴火を繰り返してきた。9万 5000年前には鬼界葛

とづらはら

原噴火,13万年前には鬼界小

アビ噴火を起こしており,現在の海底地形はこれらの噴火が繰り返したことにより生じたものである。鬼界アカホヤ噴火の主要な推移は,プリニー式

噴火によるステージ 1と,大規模火砕流およびカルデラ陥没を生じたクライマックスのステージ2に分けられる。プリニー式噴火が先行するという特徴は多くのカルデラ噴火で報告されており,この規模の噴火を理解する上で注目すべき点の一つである。最新の VEI 7噴火,1815年タンボラ火山(インドネシア)の噴火では,数年~数カ月にわたる地震活動の増加やマグマ水蒸気爆発などの前駆的活動があり,その後 1週間以内で複数回のプリニー式噴火が発生し(ステージ 1),直後にカルデラ陥没が発生した(ステージ 2)11。アカホヤ噴火のステージ 1は薩摩硫黄島付近における少なく

N

Toya(洞爺)

阿蘇阿蘇姶良姶良阿多阿多鬼界鬼界

十和田十和田

洞爺洞爺

屈斜路屈斜路

支笏支笏

Ata (阿多)

Ata (阿多)

AT (姶良)

AT (姶良)

Aso-4 (阿蘇)

Aso-4 (阿蘇)

K-Ah (鬼界)

K-Ah (鬼界)

500 km500 km

屈斜路屈斜路

支笏支笏

洞爺洞爺

十和田十和田

阿蘇阿蘇

姶良姶良

阿多阿多

鬼界鬼界

Kc-Sr (屈斜路)

Kc-Sr (屈斜路)Spfa-1 (支

笏)

Spfa-1 (支笏)

第四紀後期の代表的大型カルデラ第四紀後期の代表的大型カルデラ活火山活火山広域火山灰の分布域広域火山灰の分布域火砕流の分布域火砕流の分布域

万年前万年前

To-HP(十和田)To-HP(十和田)

Kc-HbKc-Hb Kc-SrKc-Sr77 77

Spfa-1Spfa-177

ToyaToya77

To-OfTo-Of To-HTo-H66 66

Aso-2-3Aso-2-3 Aso-4Aso-4

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7?7?

77

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77

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77

1515 1010 55 00

図 1―第四紀後期に形成された大型カルデラ(直径>10 km)の位置と,代表的な大規模カルデラ噴火による広域火山灰と火砕流の分布2

活火山の分布も同時に示してある。右側は各火山で発生した大規模カルデラ噴火の年代および広域火山灰の名称。数字は火山爆発指数(VEI)。

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0060 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1

とも 2回のプリニー式噴火ではじまり(図 3,図 4a),2回目の噴煙柱高度は海抜 43 km,成層圏上面付近にまで達したと推定される8。大隅半島に至る北東方向の地域を中心に,10 km3以上の降下軽石が降り注いだが,その大部分は海面上に降下したはずである。このステージの後半にはマグマ水

蒸気爆発を伴う噴煙柱崩壊がおこり,軽石など火砕物粒子が溶結するほど高温かつ高速の火砕流や火砕サージが給源付近で発生し厚い堆積物を残した(図 3,図 4b)。アカホヤ噴火のステージ 1の噴出量はタンボラ噴火よりも大きく,噴火の継続時間はより長かった可能性がある。プリニー式噴火の進行に伴いマグマ溜まりの減圧が進むと,マグマ溜まりの圧力だけでは天井が支えきれなくなり崩壊が開始した。ステージ 2では,地表での大規模な陥没が始まった。残存していた大量の流紋岩質マグマは発泡・破砕し,陥没により生じた割れ目を拡大しながら一気に地表に噴出した。そして,鍋から吹き溢れるようにして巨大な火砕流となり周囲に拡がったと考えられる(図 4c)。古い山体を構成していた岩片を大量に含む火砕流の基底部は高密度であるために海に流れ込んだが,軽石や火山灰からなる火砕流の低密度部分は海面上を流走し,カルデラから四方へ広がった。巨大火砕流は,薩摩・大隅半島,種子島,屋久島を覆い,堆積物を残した(図 3)。これが幸屋火砕流である。火砕流の噴出と同時に上空に立ち上がった噴煙には大量の細粒火山灰が含まれ,それらは偏西風により東日本にまで運ばれてアカホヤ火山灰として降り積もった(図 1の K-Ah)。この噴火の総噴出量は堆積物量に換算して 170 km3を超える。幸屋火砕流とアカホヤ火山灰は,南九州の縄文文化と自然環境に壊滅的なダメージを与えるとともに,西日本から東日本にかけても降灰による甚大な影響を及ぼしたと考えられる。一方,海底での大規模な陥没や火砕流の海への流入により,ステージ 2では巨大な津波が発生したと推定される。筆者らが行った数値シミュレーション10によると,地質痕跡を説明可能な津波の発生過程として,火砕流の流入よりもカルデラ陥没が有力であり,さらに陥没は 6時間以内で進行したと推定された。津波は薩摩半島沿岸で波高 30 m,長崎県橘湾付近でも数mの規模に達したと考えられる。また,大分市の横尾貝塚でアカホヤ噴火に伴う津波痕跡が発見されたことから12,

図 2―南九州における大型カルデラの分布および鹿児島地溝との位置関係下は鬼界カルデラの地形。

--330000

--440000

--550000

--440000--440000

--330000

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--440000

--330000

--110000

--220000

--220000

--220000

--220000

--110000--110000

--660000

--110000

NN

小林カルデラ小林カルデラ

加久藤カルデラ加久藤カルデラ

霧島火山群霧島火山群

姶良カルデラ姶良カルデラ

桜島桜島薩摩半島薩摩半島

大隅半島大隅半島

阿多北カルデラ阿多北カルデラ

池田カルデラ池田カルデラ

阿多南カルデラ阿多南カルデラ開聞岳開聞岳

東シナ海東シナ海

竹島竹島

竹島竹島

薩摩硫黄島薩摩硫黄島

鬼界カルデラ鬼界カルデラ

口永良部島口永良部島

屋久島屋久島

種子島種子島

鬼界カルデラ鬼界カルデラ

5 km5 km

30 km30 km

NN

黒島黒島

鹿児島地溝

鹿児島地溝

薩摩硫黄島薩摩硫黄島

硫黄岳硫黄岳

稲村岳稲村岳

昭和硫黄島昭和硫黄島

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0061科学カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に

津波は東シナ海だけでなく太平洋にも伝搬し,沿岸域に大きな影響を及ぼしたはずである。

鬼界カルデラのマグマ溜まり

アカホヤ噴火の流紋岩マグマ(SiO2含有量:72~74

wt.%,斑晶量:8~10 vol.%)の噴出量は,マグマ体積に換算して 80 km3以上8,噴出物の岩石鉱物化学組成やメルト包有物の分析にもとづくと,マグマの温度は約 960℃で 3~7 kmの深さ13に蓄積していたと推定されている。また,噴火の終盤には少量の安山岩質混合マグマ(SiO2含有量 56~58 wt.%)が噴出しており8,マグマ溜まり深部は不均質であったと考えられる。カルデラ噴火の後期に苦鉄質マグマの影響が出現するという事例は珍しくなく,阿蘇 4噴火などでも報告されている15。ただし,アカホヤ噴火の流紋岩マグマの形成過程における苦鉄質マグマの役割については議論はあるもののよくわかっていない。アカホヤ噴火以降の活動は,流紋岩質マグマによる硫黄岳と,玄武岩質マグマによる稲村岳,これらの混合マグマによる活動(1934~35年の昭和硫黄

島噴火など)に代表されるが(図 2),これらはまさにカルデラ直下のマグマ溜まりの組成的な構造を反映したものである。硫黄岳や稲村岳の岩石鉱物化

学組成,常時放出されている火山ガス組成・量などをもとに,現在のマグマ溜まりは上部に低密度の流紋岩質マグマ,下部に高密度の玄武岩質マグマという層構造を成しており,深部の玄武岩質マグマから熱と共に揮発性物質が流紋岩質マグマに供給されているというモデルが提案されている14。ただし,マグマ溜まり深部には玄武岩質マグマが継続的に存在しているようにみえるものの,アカホヤ噴火時とおよそ 4000年前の稲村岳の活動以降ではマグマの組成的特徴がやや異なる。アカホヤ噴火時のマグマ溜まりがどのように形成されたかについては具体的な描像はまだ得られていない。少なくとも,大型の流紋岩質マグマ溜まりを形成するためには,上部マントルから下部地殻に供給される継続的な熱源(初生玄武岩質マグマのインプット)が存在し,地殻の部分溶融や結晶分化により流紋岩質メルトが効率よく大量に生産されて上部地殻に集積される必要がある。こうした地殻内でのマグマ移動と蓄積の物理化学過程に定量的制約を与えることは重要な課題として残されている。大規模マグマ溜まりの形成におけるもうひとつの重要な点は,マグマの蓄積が促進されやすい中間~引張的な地殻応力の存在である16。薩摩・大隅半島を含む南九州地域は,少なくとも200万年前以降,九州中部付近を頂点とする反時

220000110000

50

25

12

63 cm

3300200

3300 150200150150300

>200100

70

20

N

50 km

20

8

0

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<5 m>20 m

80

70

5040

4050

60

60

1100

10

ステージ 1前半主プリニー式噴火の堆積物ステージ 1前半主プリニー式噴火の堆積物

ステージ 1前半初期プリニー式噴火の堆積物ステージ 1前半初期プリニー式噴火の堆積物

ステージ 1後半噴煙柱崩壊に伴う堆積物ステージ 1後半噴煙柱崩壊に伴う堆積物

ステージ 2幸屋火砕流堆積物ステージ 2幸屋火砕流堆積物

推定されるプリニー式噴火の噴出源推定されるプリニー式噴火の噴出源

噴出源近傍

距離(km)

3535

図 3―鬼界アカホヤ噴火における噴火ステージごとの堆積物の分布●と■は従来の研究における堆積物の調査地点。プリニー式噴火については,代表的地点の層厚および等層厚線(単位:cm)も示されている。Maeno et al.(2007)8にもとづく。

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0062 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1

計回りの回転運動を続けており17,引張的な応力場に置かれることにより鹿児島地溝が形成されてきた(図 2)。鹿児島地溝とその延長上には鬼界カルデラだけでなく,阿多,姶良などの大型カルデラが並ぶが,これらのカルデラの配置が鹿児島地溝と重なるのは単なる偶然ではなく,熱源とともにマグマが蓄積しやすい地殻の応力状態と温度構造が継続しているためと考えられる。鬼界カルデラのマグマ溜まりがどのように進化し巨大噴火を

繰り返してきたのかについては不明な点も多く,噴火ごとの噴出物を詳しく解析してマグマ溜まり像を復元する必要がある。同時に,この地域の地殻構造とその進化が密接に関係しているという点にも注目するべきである。

次の鬼界アカホヤ噴火級の噴火は?

鬼界カルデラは 7300年前にアカホヤ噴火をおこしており,それまでの履歴を考慮すると,この場所で次のカルデラ噴火がすぐに到来するとは考えにくいかもしれない。しかし日本列島ではカルデラ噴火がおよそ 1万年に 1回の頻度で繰り返し発生していること,最新の噴火からすでに7300年が経過していることから,日本列島全体でみれば次のカルデラ噴火は徐々に迫っていると言えるであろう。また,鬼界カルデラを含め,個々の火山ではカルデラ噴火が必ずしも特定の周期で発生しているわけではないようにも見える(図 1)。ここでたとえばカルデラ噴火がランダムに発生しており,ポアソン分布モデルに従う事象であるという仮定をした場合18,今後 100年でVEI 7級の噴火が日本列島でおこる確率は 1%である。一方世界では,このクラスの噴火は最近2000年間で少なくとも 4回発生しており,今後100年での発生確率は 18%である。VEI 7のタンボラ噴火から 200年経つが,同規模の噴火が近い将来おこる可能性は決して低くはない。もしVEI 7の噴火がおこればその影響は全球規模で何らかの異常現象として捉えられるはずである。カルデラ形成噴火の発生頻度は低いが,われわれが生きている間に経験する可能性はあると考えるべきである。

文献および注1―C. G. Newhall & S. Self: J. Geophys. Res., 87, 1231(1982)により提案された,噴出量や噴煙柱の高さで決まる火山噴火の規模を表す半定量的指標。2―町田洋・新井房夫: 新編火山灰アトラス,東京大学出版会(2003)をもとにしている。3―たとえば G. A. Zielinski et al.: Quaternary Research, 45, 109

(1996)

(a)ステージ 1前半プリニー式噴煙柱の形成

高度~ 43 km

(b)ステージ 1後半

(c)ステージ 2

カルデラ陥没

火道の拡大

高密度部 津波の発生

低密度部

幸屋火砕流の発生

東シナ海薩摩硫黄島

噴煙柱の崩壊

マグマ水蒸気爆発

図 4―鬼界アカホヤ噴火の推移の概要ステージ 1でのプリニー式噴煙柱の形成(a)と崩壊(b),ステージ 2でのカルデラ陥没と幸屋火砕流および津波の発生(c)などで特徴づけられる。Maeno et al.(2007)8にもとづく。

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0063科学カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に

4―たとえば A. Robock: Review of Geophysics, 38, 191(2000)5―T. Matumoto: Jp. Jour. Geol. Geor., 19, sp(1943)p. 57

6―宇井忠英: 火山,18, 153(1973)7―町田洋・新井房夫: 第四紀研究,17, 143(1978)8―F. Maeno and H. Taniguchi: J. Volcanol. Geotherm. Res.,

167, 212(2007)9―成尾英仁・小林哲夫: 第四紀研究,41, 287(2002)10―F. Maeno et al.: Earth Planets Space, 58, 1013(2006); F.

Maeno and F. Imamura: Geophys. Res. Lett., 34, L23303, doi:

10.1029/2007GL031222(2007)11―S. Self et al.: Geology, 12, 659(1984)12―藤原治・他: 第四紀研究,46, 293(2010)

13―G. Saito et al.: J. Volcanol. Geotherm. Res., 108, 11(2001)14―G. Saito et al.: Earth Planets Space, 54, 303(2002)15―K. Kaneko et al.: J. Volcanol. Geotherm. Res., 167, 160

(2007)16―たとえば A. M. Jellink & D. J. Depaolo: Bull. Volcanol., 65,

363(2003)17―たとえば K. Kodama et al.: Geology, 23, 823(1995)18―言い換えれば個々の噴火が他の噴火にまったく影響せず,噴火する確率が同じであるという仮定にもとづく。ポアソン分布モデル適用の妥当性については当然議論があって然るべきである。