インドネシア国 ジャカルタ地盤沈下対策プロジェクト - jica...-1-...

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11.プロジェクトの背景と問題点 インドネシアは、東南アジア南部に位置する人口 2.55億人、1人当たりGNI 3,580米ドル、面積189km 2 (外務省HP, 20177月)の国である。ジャカル タはインドネシアの首都として人口約 1,017 万人 2015年、インドネシア政府統計)を抱え、政治・ 経済の中心地として急速な発展を遂げている一方、 地下水の過剰揚水を一因として、地盤沈下が進行し ている。これは近年の経済成長と首都への人口集中 を背景として、工場あるいはビルなどでの過剰な汲 上げが主因であると考えられる。特に経済活動が集 中する北部の低地でその傾向が著しく、一部地域で は満潮時に海水が浸水する等の被害が顕在化してい る。北部では1970年以降最大で4m以上沈下するなど、 世界でも稀に見る速度で沈下している。地盤沈下は ジャカルタ中心部を含む広範囲で発生しており、洪 水・高潮などの水害リスクを助長し、洪水被害を増 大させているだけではなく、物流の停滞等、市民生 活の阻害ももたらし、社会経済への影響は大きい。 地盤沈下対策は、モニタリングのみならず、地下 水揚水規制、代替水源の確保、適応策の推進など多 くの施策を必要とする。これらを1つのアクションプ ランの下で、関係機関が協調して推進する体制を構 築するために、地盤沈下に係る有効な緩和策を提言 するとともに、地盤沈下に伴うリスクを明確化して その適応策に要するコストを想定し、ステークホル ダーが地盤沈下対策を進めるための意識改革を行い、 対策に向けた活動が推進される必要がある。 このような背景から、インドネシア政府は地下水 及び表流水の統合的管理能力の強化を通じ、ジャカ ルタにおける地盤沈下対策を推進することを目的と して、開発計画調査型技術協力「ジャカルタ地盤沈 下対策プロジェクト」(以下、本プロジェクト)を 日本政府に要請した。本プロジェクトは20184月に 開始され、20213月までの3年間で実施される予定 である。 インドネシア共和国 JICA プロジェクトブリーフノート インドネシア国 ジャカルタ地盤沈下対策プロジェクト -体制の整備とアクションプラン策定による地盤沈下対策の促進と人材育成- 2019 年 11 月 対象地域(ジャカルタ特別州)とその周辺

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Page 1: インドネシア国 ジャカルタ地盤沈下対策プロジェクト - JICA...-1- インドネシア 1.プロジェクトの背景と問題点 インドネシアは、東南アジア南部に位置する人口

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1.プロジェクトの背景と問題点

インドネシアは、東南アジア南部に位置する人口

約2.55億人、1人当たりGNI 3,580米ドル、面積189万

km2(外務省HP, 2017年7月)の国である。ジャカル

タはインドネシアの首都として人口約1,017万人

(2015年、インドネシア政府統計)を抱え、政治・

経済の中心地として急速な発展を遂げている一方、

地下水の過剰揚水を一因として、地盤沈下が進行し

ている。これは近年の経済成長と首都への人口集中

を背景として、工場あるいはビルなどでの過剰な汲

上げが主因であると考えられる。特に経済活動が集

中する北部の低地でその傾向が著しく、一部地域で

は満潮時に海水が浸水する等の被害が顕在化してい

る。北部では1970年以降最大で4m以上沈下するなど、

世界でも稀に見る速度で沈下している。地盤沈下は

ジャカルタ中心部を含む広範囲で発生しており、洪

水・高潮などの水害リスクを助長し、洪水被害を増

大させているだけではなく、物流の停滞等、市民生

活の阻害ももたらし、社会経済への影響は大きい。

地盤沈下対策は、モニタリングのみならず、地下

水揚水規制、代替水源の確保、適応策の推進など多

くの施策を必要とする。これらを1つのアクションプ

ランの下で、関係機関が協調して推進する体制を構

築するために、地盤沈下に係る有効な緩和策を提言

するとともに、地盤沈下に伴うリスクを明確化して

その適応策に要するコストを想定し、ステークホル

ダーが地盤沈下対策を進めるための意識改革を行い、

対策に向けた活動が推進される必要がある。

このような背景から、インドネシア政府は地下水

及び表流水の統合的管理能力の強化を通じ、ジャカ

ルタにおける地盤沈下対策を推進することを目的と

して、開発計画調査型技術協力「ジャカルタ地盤沈

下対策プロジェクト」(以下、本プロジェクト)を

日本政府に要請した。本プロジェクトは2018年4月に

開始され、2021年3月までの3年間で実施される予定

である。

インドネシア共和国

JICA プロジェクトブリーフノート

インドネシア国

ジャカルタ地盤沈下対策プロジェクト -体制の整備とアクションプラン策定による地盤沈下対策の促進と人材育成- 2019年 11月

対象地域(ジャカルタ特別州)とその周辺

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2.問題解決のためのアプローチ

本プロジェクトは、下記の5つの成果を達成するこ

とにより、プロジェクト目標であるインドネシア側

実施機関による対策の促進と人材育成に寄与するこ

とを達成するものである。プロジェクトの成果~プ

ロジェクト目標~上位目標の関係を図 1に示す。

本プロジェクトにおいては、地盤沈下現象を軽減

するための対策を「緩和策」、地盤沈下によって高

まる災害リスク(洪水、高潮等)に対する対策を「適

応策」と定義するが、プロジェクトの実施により、

「気候変動によって引き起こされる海面上昇や大雨

による災害リスクを軽減する」ことに貢献できるこ

とから、本プロジェクトは気候変動に対する適応対

策と位置付けることができる。

また、本プロジェクトは地盤沈下の軽減を上位目

標とするが、代替水源の確保が大きな課題であり、

その検討を通じて地域への安全かつ持続的な水利用

にも貢献することになる。本プロジェクトのSDGsへ

の貢献を表 1に示す。

図 1 プロジェクトの取り組みと気候変動対策としての位置づけ

表 1 本プロジェクトの SDGsに対する貢献

目標 ターゲット

【主たる貢献】

11 住み続けられる

まちづくりを

11.5 2030 年までに、貧困層及び脆弱な立場にある人々の保護に焦点をあてながら、水関連災害などの災

害による死者や被災者数を大幅に削減し、世界の国内総生産比で直接的経済損失を大幅に減らす。

13 気候変動に具体的な

対策を

13.1 全ての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応の能力を強

化する。

【課題解決により達成できる貢献】

6 安全な水とトイレを

世界中に

6.4 2030年までに、全セクターにおいて水利用の効率を大幅に改善し、淡水の持続可能な採取及び供給を

確保し水不足に対処するとともに、水不足に悩む人々の数を大幅に減少させる。

6.5 2030 年までに、国境を越えた適切な協力を含む、あらゆるレベルでの統合水資源管理を実施する。

6.a 2030 年までに、集水、海水淡水化、水の効率的利用、排水処理、リサイクル・再利用技術を含む開発

途上国における水と衛生分野での活動と計画を対象とした国際協力と能力構築支援を拡大する。

【気候変動の影響】

⚫ 海面上昇による高

潮リスクの増大

⚫ 海面上昇と豪雨の

激甚化による河川

洪水や内水氾濫リ

スクの増大

【上位目標】

ジャカルタにおいて地盤沈下が沈静化し、それに伴う被害が軽減される。

【プロジェクト目標】

⚫ 地盤沈下対策の体制とアクションプランが整備されるとともに、関連機

関の人材が育成される。

【成果-1】:地盤沈下及び地下水に関するデータ収集、分析及びデータ管理

体制の確立と地下水揚水の現状把握とそれらの関係性、将来

状況の分析がなされる。(データ管理)

【成果-2】:地盤沈下の緩和策の検討と有効性が高い対策が試行される。

(緩和策)

【成果-3】:地盤沈下の被害及びリスクの調査、及び適応策の検討がなされ

る。(適応策)

【成果-4】:ステークホルダー間において地盤沈下の原因、リスク、緩和

策及び適応策に対する理解が促進され、地盤沈下対策に対す

る意識改革が行われる。(意識改革)

【成果-5】:地盤沈下対策を検討する委員会が設置され、ジャカルタにおける

地盤沈下対策のアクションプランが策定される。(ガバナンス)

適応対策

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上記のプロジェクト成果に示される通り、地盤沈

下対策は多岐にわたる検討が必要であることから、

公共事業・国民住宅省(以下PUPR)水資源総局を実

施機関とし、ジャカルタ特別州(以下DKI)の関係部

局、国家開発計画庁(以下BAPPENAS)、PUPR人間

居住総局、エネルギー・鉱物資源省地質調査庁、環

境省が主要関係機関となっている。実施にあたって

は、PUPR大臣令に基づき、図 2に示す通り合同調整

委員会の下に関連部局担当者によるワーキンググル

ープが組織され、各種協議やアクションプランの立

案等、プロジェクトチームと共に活動を行っている。

各ワーキンググループの活動項目及び方針につい

て下記に示す。

図 2 プロジェクトの実施体制

(1) データ管理

1) 衛星画像解析による地盤沈下状況の把握

近年の地盤沈下状況の把握のためInSAR解析(衛星

から照射したマイクロ波の跳ね返りを合成して得ら

れる地表面情報を撮影時期毎に比較することにより、

地表の変位等を解析する)を実施する。

移動送信した電波

後方散乱した電波

ⒸJAXA

送信した電波

後方散乱した電波

ⒸJAXA

対象

1回目の観測

2回目の観測

2回の観測の間で対

象が移動すると電波の位相が変化する

図 3 InSAR解析による変位計測の概念図

解析には広域の地盤の変位解析に優位なJAXAの

衛星ALOSおよびALOS-2のデータ(2007~2010年お

よび2014~現在が利用可能)を使用する。画像デー

タが得られない2011~2014年の地盤沈下量について

は前後の結果から推定する。解析結果は過去に実施

した水準測量との相関により信頼性評価を行うとと

もに、過去に同様の解析を実施した機関(バンドン

工科大学等)と協議し、近年の地盤沈下概況に対す

る関係機関の総意を得る。

2) 地盤沈下井戸建設

既存の地盤沈下観測網を確認したうえで、2か所で

地盤沈下観測井戸の建設を行う。観測位置はInSAR

解析結果を基に地盤沈下が顕著であり、既設の観測

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井戸がない地域とし、関係機関と協議の上DKIの公有

地を選定する。

井戸の形式は本邦で豊富な実績があり、耐久性に

優れた二重管式井戸(図 4参照)を採用し、その優

位性について協議や本邦研修を通じてC/Pの理解を

深めるとともに、C/Pに対して現地見学会の実施や建

設マニュアルの整備により技術移転を図る。

図 4 二重管式地盤沈下観測井戸による観測模式図

3) 地盤沈下メカニズムの検証と将来予測

地盤沈下と土地利用の関係、地下水利用の歴史的

経緯を確認し、既往調査と電磁探査結果から水理地

質構造を把握する。さらに、地盤沈下観測井戸建設

時のボーリングと既往のボーリング調査結果に基づ

く地質条件、揚水量と地下水位既存データを整理し、

一次元地盤沈下解析によりそのメカニズムを検証、

また揚水規制による地下水位の変動を仮定した地盤

沈下の将来予測を行う。検証の過程や結果はPUPR水

資源研究所(PUS-AIR)や国家プロジェクトである

首都圏湾岸統合開発計画(National Capital Integrated

Coastal Development、以下NCICD、詳細は後述)関係

者と協議を行い、総意を得るものとする。

4) 井戸インベントリー・データ管理システムの構築

井戸登録及び地下水税の徴収に関与するDKIワン

ストップサービス局、産業エネルギー局、税務局およ

びエネルギー・鉱物資源省地質調査庁地下水保全セン

ター(BKAT)、またPUS-AIRが所持しているデータを基

に、井戸の位置と諸元、揚水量、地下水位、地盤沈下

量を一元管理するデータベースを構築する。また、今

後の地盤沈下観測の拡充に向けた提言を行う。

(2) 緩和策

1) 関連法制度の把握と改善案の提案

地下水利用、代替水源(雨水・再生水)、地下水涵

養に関する法令及び州の条例を整理したうえで、そ

の執行について課題を抽出し、改善策を提案する。

特に、現在の井戸登録が工業・商業利用にのみ義

務化されていることによる課題を精査し、公共施設、

一般世帯による利用登録も促進するための制度につ

いて検討する。また、早期の実施を実現するために、

短期的施策として条例の制定・改正を提案する。

2) 水利用と地下水揚水量の把握

上水供給量、登録井戸の揚水量について、経年変

化や分布を整理するとともに、各種統計から州全体

の水需要を算出し、これと供給量データを比較する

ことにより未登録井戸による揚水量を推計する。

また、家庭用水については全州においての区

(kecamatan)毎の需要量および上水供給量から上水

以外の水源利用と浅層地下水の利用量を推計する。

3) 上水サービスの現況と改善に向けた提案

DKIではかつて水道公社が上水サービスを提供し

ていたが、1998年より民営化されている。しかしな

がら、2017年の最高裁の決定により再公営化するこ

ととなったが、その道筋は不透明なままである。ま

た、低い給水率、高い漏水率、給水施設容量の不足

等多くの課題を抱えている。これらの状況を精査し、

上水サービスの改善に向けた提案を行う。

特に、行動指針となるべきマスタープランの見直

しや、短期的対策としての無収率の減少(ブロック

配水、圧力管理による漏水の減少等)に着目する。

4) 代替水源の提案

周辺市県も含めたジャカルタ首都圏の現在および

将来の水需要に対応するため、インドネシア政府は

東部のチタルム川からの新規導水及び西部に建設中

のカリアンダムを新規水源とする計画を進めている。

しかし、いずれも多くの課題を抱えており、実現に

は10年単位の期間を要するものと推定される。した

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がって、短~中期の代替水源として雨水利用、再生

水、ため池の開発、河道貯留等の方策を検討、提案

する。また、大規模表流水開発についてもチタルム

川に直列に位置する3つのダムの運用改善等の提案

を行う。

5) 地下水涵養に関する提案

DKIにおいては、豪雨時の流出抑制と地下水の保全

を目的とした雨水浸透施設設置が推進(州政府によ

る建設と一般家庭への推奨、新規ビル建設時の設置

の義務化)されている。これまでに約7,500本の施設

が建設されており、今後も新規建設が進められる予

定である。

また、ジャカルタでの地盤沈下の主な要因である

深層部の地下水涵養に対しては、水源地での対応が

不可欠であり、他自治体との連携による地下水盆管

理についても提言を行う。

(3) 適応策

1) 地盤沈下がもたらすリスクの把握

ジャカルタ北部の24の区を対象にした地盤沈下に

よるインフラ・建物への被害状況の聞き取り調査、

地盤沈下が進行した場合の氾濫シミュレーションを

実施することにより、地盤沈下がもたらす災害のリ

スクを把握する。被害状況調査はバンドン工科大学

への再委託により実施し、調査時にはC/Pも同行し、

状況把握に努める。氾濫シミュレーションは地盤沈

下の進行の度合いにより複数のシナリオを想定する

とともに、気候変動の影響も考慮する。

2) 浸水リスクマップの策定

地盤沈下リスクの把握と水害への備えとすること

を目的として高潮、洪水、都市インフラへの影響を

対象としたリスクマップを作成する。作成したリス

クマップは、行政および住民への啓発活動の資料と

して活用する。そのため、作成にあたっては後述の

社会調査結果も踏まえ、利用者(行政担当者および

住民)が必要とする情報をわかりやすく網羅するよ

う工夫する。

図 5 浸水リスクマップのイメージ

3) 地盤沈下適応策のレビュー

地盤沈下の適応策については、現況の施設、計画

および実施されている以下の事業をレビューし、地

盤沈下に対する適応策計画を策定、概算事業費を算

出する。

PUPR が主管として整備する高潮堤防、河川堤防、

河川整備

DKI が主管として整備する排水路整備、ポンプ場

NCICD の整備メニューとして挙げられている防

潮堤強化、河口堤防強化、ポンプ場

その他:道路・橋梁・鉄道・地下鉄

NCICD(首都圏湾岸統合開発計画)とは、①洪水

の脅威の減少、②沿岸地域の生産力の向上、③環境

の向上、④沿岸地域の社会・文化的側面の活性化、

の4つの戦略を掲げたジャカルタ湾岸再開発の政府

計画である。本計画では「No Regret Measures」とし

て、①地盤沈下の抑制、②河川・海からの洪水防御、

③衛生と工業廃水管理の3項目があげられ、2050年

までに総事業費約Rp.447兆ルピア(約3.5兆円)の事

業が実施される予定である。インドネシアの中央・

地方政府予算やPPPによる事業の他、円借款による下

水整備事業等、ドナーによる事業も含まれている。

高速道路・土地開発と一体となった沖合堤防の整備

もこの中に含まれているが、地盤沈下が抑制できな

かった場合には「Conditional Measures」として2050

~2080年に沖合堤防のゲート・橋梁の閉鎖とポン

プ・洪水ゲートの建設が行われる構想となっている。

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4) 地盤沈下により発生する社会的コストの概算

本プロジェクトでは、社会的コストとして、「地盤

沈下に関して、対策が適切に実施されないため、そ

の地域の社会全体(ジャカルタ市民や立地企業)が

負担することになる費用」とし、発生する(であろ

う)被害額を、氾濫シミュレーションによる浸水深

に基づいて算出する。

(4) 意識改革

1) 意識調査

地盤沈下に関する効果的な啓発活動・意識改革を

実践するためのベースライン調査として、インドネ

シア大学への再委託により意識調査を実施する。調

査の実施によって社会的コンフリクトを引き起こす

ことがないように留意し、調査実施者に対して複数

回のブリーフィングを行ったうえで調査を行うもの

とする。調査対象者は住民、工業関係者、商業関係

者とする。対象地域は、InSAR結果から地盤沈下が顕

著な区を選出し、各区で25世帯、工業・商業各6社ず

つを目安として選定する。

2) 啓発資料の作成

各活動の成果を基に、地盤沈下の現状、原因、リ

スク、対策コストなどをわかりやすく説明する資料

(パンフレット、ポスター、ハザードマップ、ウェ

ブサイト情報、海水面位置表示塔など)を作成する。

3) 啓発活動

関連する行政機関、地下水利用者、住民などを対

象とした啓発活動を実施していく。それぞれを対象

としたワークショップの開催やパンフレットの配布、

ウェブサイトでの情報発信などを通じて、リスク意

識を醸成して地下水利用量の削減の必要性の理解を

深め、地盤沈下対策推進の世論を盛り上げる。

(5) ガバナンス

1) アクションプランの策定

成果1~4の活動を踏まえ、本プロジェクト実施

期間に行われる短期対策、2030年を目途とした中期

対策、それ以降の達成を目途とした長期対策からな

るアクションプランを策定する。短期対策の実施に

あたっては、州全体を対象とした対策と共に、特徴

的な地域をパイロットエリアとして複数選定し、各

エリアの状況を精査したうえでそこに特化した対策

を試行するものとする。

2) 人材育成

長期にわたる地盤沈下対策の担い手となる人材を

育成することを目的として、ワーキンググループで

の活動によるOJTの他、本邦研修、ワークショップ・

セミナー・アカデミックフォーラムの実施を通じて

C/P機関の人材育成を行う。

3.アプローチの実践結果

(1) データ管理

衛星画像解析による2007~2018年の地盤沈下分布

を図 6に示す。地盤沈下範囲は、州全土に斑状に分

布しており、11年で2mm~5mmの沈下範囲は中部~

南部に広く分布する一方、50mm以上の沈下が進行し

ているのは北部沿岸部に集中している。登録井戸数

および地下水揚水量は南ジャカルタ市が最も多い一

方、基盤岩は南部で浅く、沿岸部に近づくにつれて

深くなっており、地質構造の違いが沈下量に大きく

影響していることがうかがえる。また、2007~2010

年、2014~2018年の2時期を比較すると、州内で沈

下が沈静化した地域がみられる一方、開発が進む郊

外で新たに沈下が発生している地域がみられる。

地盤沈下観測井戸は、2018年5月に計画の議論を開

始し10月末に着工、2019年6月に完工した。着工まで

に3回の合同調査、5回の検討会議を開催し、C/Pの

主体性を持たせることができた。また、施工中に発

生した不具合に対し、施工業者、C/P、プロジェクト

チームが現場で議論を重ね、日本でも例のない新た

な施工方法を試行し、成功を収めた。これらの経験

から、DKIでは2020年に同形式の地盤沈下観測井戸を

4か所建設する予定である。

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地盤沈下のメカニズムについては、現状で以下の

通り考察される。将来予測については、氾濫シミュ

レーションでのシナリオ設定と調整を取りながら検

討を進めているところである。

⚫ ジャカルタ沿岸部の東部、西部はかつては湿地で

あり、1960年以降に宅地化しているが、2000年ま

でには宅地化が完了しており、すでに20年経過し

ていることから、現在も盛土や構造物の荷重を受

けているとは考えにくい。

⚫ 登録井戸による揚水量が激減した2009年以降、沈

下の進行が沈静化しており、過剰な揚水が地盤沈

下の大きな要因であることが確認できた。

⚫ 一次元地盤沈下解析の結果、地盤の収縮は主に

40m以深の粘土層で発生していることが確認でき

た。

データ管理システムについて、関係機関の現況を

調査・協議した結果、BKATが開発・運用している地

下水管理システムに他機関のデータを取り込む、あ

るいはリンクさせる形で実現することで、ワーキン

ググループにおいて具体的なシステムイメージにつ

いて合意し、プロジェクトチームが保有するデータ

の取り込み作業の試行を行っているところである。

沈下量 50mm 以上の範囲を表示

沈下量 20cm 以上の範囲を表示

図 6 衛星画像解析による 2007~2018年の地盤沈下分布

(2) 緩和策

法制度の改善案として「全利用者の登録促進」、「ク

リティカルゾーンの設定と揚水禁止」を目的とした

現行法令の改善案を提案、関係機関と議論を継続し

ている。一方、揚水禁止区域の設定を含めた規制強

化の条例案、2019年10月15日に施行された新水資源

法等、インドネシア側でも新たな展開を行っており、

これも併せて検討を行っている。

入手可能な統計データ、インドネシア及び日本で

用いられている原単位を用いて、2015年時点の需給

バランスを図 7のとおり推計した。23.4m3/sの需要に

対して供給は10.5m3/s不足しており、その大半が未登

録井戸による揚水で賄われていると考えられる。現

在、区毎の家庭用水量及び浅層の未登録井戸揚水量

の推計を実施している。

家庭用水 17.4 上水道 10.5

工業用水 1.6 地下水 0.3

ビル・商業揚水 4.4 コマーシャルロス 2.2

計 23.4 計 13.0

需要 供給

不足分: 10.5 17.4

10.5

4.4

2.2

1.6

0.3

10.5

0

5

10

15

20

25

需要 供給

m3/s

家庭用水

工業用水

ビル・商業用水

上水道

コマーシャルロス

不足

地下水

図 7 2015年の水需給バランス推計

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代替水源については、関係機関で実施中の検討を

整理するとともに、短期対策として地下雨水貯留施

設建設をDKIに対して提案している。

また、上水サービス向上の短期対策としては、夜

間の送水圧力を弱め漏水量の減少を図る減圧調整の

パイロットプロジェクトを水道公社に対して提案し

ている。

地下水涵養については、DKIの計画および管理体制

について議論を進めるとともに水源地での対策も調

査を進めているところである。

(3) 適応策

インフラ被害に関する聞き取り調査の結果、最も

影響を受けているインフラは道路であり、橋梁、水

路がこれに続く。受ける影響の種類については冠水

頻度・深さの増加等、洪水・高潮災害時の影響がほ

とんどであるが、不等沈下による施設機能のダメー

ジ等、日常的に発生する影響も指摘されている。

氾濫シミュレーションについては、「ジャカルタ温

暖化シミュレーション調査」(JICA、2012)において

構築した浸水解析モデルを更新し、気候変動および

その他の境界条件を検討、複数の暫定地盤沈下シナ

リオを想定したシミュレーションを実施し、モデル

の妥当性を検討した。また、シミュレーション結果

を浸水リスクマップに反映させるための後処理の準

備も進めている。

適応対策については、NCICDで建設中の海岸堤防

のレビューを行っており、これに対して助言を行う

とともに、シミュレーション結果を基に高潮対策・

洪水対策事業の優先度についての提案を行った。ま

た、社会コスト算定のための検討も進めている。

(4) 意識改革

地盤沈下の顕著な地域にて、住民400世帯、工業関

係者66社、商業関係者126社に対して意識調査を実施

した。全体の傾向として、ジャカルタの人々は地盤

沈下がジャカルタで起こっていることは知っている

が、自分たちの地域で起こっているとは考えておら

ず、地盤沈下の程度も把握していなかった。さらに、

地盤沈下の原因や既存の規制に関する理解もまだ進

んではいなかった。

緩和策に関わる活動の成果を待ち、啓発資料を作

成していく予定だが、既にジャカルタ特別州政府の

関係機関とは啓発資料の内容に関する議論を始めて

いる。そのうち、水面位置表示塔(地盤沈下が進ん

だ地域で、河川や海の水面などがどの位置にあるか

を示す塔)についてはジャカルタ特別州政府が意欲

的に建設に向けて動き出している。

プロジェクト1年目では関連する中央省庁、ジャカ

ルタ特別州政府の行政官の方々に地盤沈下への理解

を深めてもらう活動を続けてきた。2年目に入って、

地盤沈下が顕著な地域の地方政府行政官へのワーク

ショップを続けている。今後は、地方政府が主導す

る形で住民や企業への啓発活動を支援していく予定

である。

写真 1 江戸川区の水面位置表示塔

(5) ガバナンス

衛星画像解析の結果を基に、地盤沈下が顕著、あ

るいはリスクが高く土地利用の特色が明確な地域を

短期対策を実施するパイロットエリアとして6ヵ所

選定、対策案を策定した。州全体を対象とした法規

制や啓発活動に係る短期対策と共にインドネシア側

の承認も得られ、活動を開始している(図 8、表 2

参照)。

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①③

④⑤

図 8 パイロットエリア

表 2 パイロットエリアの特色と短期対策

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人材育成に関しては2018年10月に本邦研修を実施

し、若手~中堅職員7名に対し、統合水資源理論、

東京の経験と政府・自治体の現在の取組、民間企業

の技術活用等多面的な講義、現地視察を行った。ま

た得られた知見を元にアクションプランについての

討議も行い、これが現在のアクションプランの基礎

となっている。研修受講者は現在もC/P機関の窓口、

ワーキンググループの中核として活躍している。

また、公共事業・国民住宅大臣ならびにジャカル

タ特別州知事との意見交換を行った結果、双方で

Project Implementation Teamが発足、大臣の要望によ

りTeam Memberを中心に36名を対象にテクニカルセ

ミナー・現地視察を実施した。さらに、アカデミッ

クフォーラム、ボーリングコア検証会を実施し、イ

ンドネシアの学識者とも協議を行い、知見を深めて

いる。

写真 2 本邦研修の様子

4.プロジェクト実施上の工夫・教訓

(1) 東京の知見の活用

本邦研修をはじめ、現地でのセミナーや各種会議

において、ゼロメートル地帯の発生やそれによる災

害、地下水の過剰揚水との因果関係の検証、沈静化

のために実施した緩和策と現在も続く適応策など、

東京の地盤沈下問題を踏まえた議論を行ってきた。

当初は地盤沈下の原因は本当に地下水揚水なのか、

地盤沈下を本当に止めることができるのか、などの

懐疑的な意見もインドネシア側の関係者の間に見ら

れたが、東京の実例を学ぶことで、地盤沈下の原因

や適切な政策の下で対策を講じれば止めることがで

きるという事実について理解を広げることにつなが

った。また、東京-ジャカルタの相違点や共通点を

議論することでC/Pの理解を促進することができ、

DKIの建設する地盤沈下観測井戸での二重管方式の

採用や水面位置表示塔の建設等、効果が発現してい

る。このような取り組みは、単に東京の知見・経験

を一方的に学ぶというだけでなく、ジャカルタの実

情に合わせて新たな知見を「共創」することにつな

がった。これは、国内支援委員会を組織し、日本国

内の学識経験者や行政関係者の知見を引き出す体制

としたことによりもたらされたものである。

(2) 客観的データに基づく議論

衛星画像解析による沈下範囲の特定、土質試験結

果に基づく地盤沈下シナリオの策定、揚水量データ

に基づく地下水揚水と地盤沈下の関係性等、関係者

が共有できる信頼性と精度の高いデータを生み出し

て、地盤沈下の原因や影響の深刻な範囲を特定しな

がら議論を進めることによって、より精度の高い議

論を進めることができたとともに、インドネシア側

関係者の意識を変え、積極的なアクションを生み出

していると考えられる。

(3) ハイレベルな意思決定者へのインプット

本プロジェクトを実施する中で、公共事業・国民

住宅大臣ならびにジャカルタ特別州知事との意見交

換を行うことができ、ハイレベルの意思決定者に対

して課題、プロジェクトの概要及び知見、今後の方

針等を共有することができた。これによりPUPR、DKI

双方でProject Implementation Teamが発足した他、組

織全体での本プロジェクトの認識が高まり、活動を

より活性化することができた。地盤沈下問題のよう

に複数の組織、複数の部署が関係する複雑な問題に

対処するためには、このようにトップの意思決定者

のコミットメントを引き出すことが効果的である。

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また、国際協力事業の取りまとめや国家計画の立

案を所掌するBAPPENASにおいては、先方の要望に

より定期的に職員を対象とした技術会議を実施して

いる。

(4) 関連会合での発信

地盤沈下問題はインドネシア国内外でも注目され

るようになってきており、海外メディアでもたびた

び取り上げられるようになってきている。様々な機

関によりこの問題を討議する機会が設けられており、

これらの機会にプロジェクトの内容や成果について

積極的な発信を行っている他、他ドナーやNGO、業

界団体等とも意見交換を行っている。これにより、

インドネシア政府はじめ関係機関からの信頼を得る

ことができ、プロジェクトの認知度の向上、情報・

データ収集の効率化、C/Pの積極的関与等、大きな効

果があった。

表 3 主な参加会合

日時 活動

2018/7/12 NGO主催ワークショップ” Answering the Challenges of Jakarta’s Groundwater Problems”での発表

2019/1/27 -28

世銀主催”National Workshop on Integrated Urban Water Management”参加および現地視察案内

2019/8/22 -27

World Water Week(於ストックホルム)参加

2019/9/3 第3回世界灌漑会議での発表 2019/11/18 G20CSWG適応関連会合での発表 2019/11/23 イ国水理学会国際大会での発表

(5) C/P機関とのコミュニケーション

本プロジェクトは関係機関が多岐にわたり、いか

にコミュニケーションをとるかが課題であった。成

果ごとにワーキンググループを組織し、異なる組織

に属する参加者が集まり、議論する機会を頻繁に設

けることで、目的意識や問題認識を統一し、組織の

壁を越えて協働する体制を作り出した。延べ14回に

わたるワーキンググループ会議や個別協議、本邦研

修の実施等を通じてC/Pの意識を高めることができ、

研修受講者やImplementation Teamが各C/P機関の本

プロジェクトに対する主担当となって活動をけん引

している。2019年4月にはソーシャルメディア上での

グループを立ち上げ、日頃からコミュニケーション

を取り合うことで、異なる省庁・組織間で地盤沈下

対策に共に取り組むという連帯意識を保ちながら、

継続的な能力強化を図ることができている

(6) インドネシア学識者との連携

本プロジェクトでは、災害リスク調査・社会調査

を地域の権威ある大学へ委託し実施した。これによ

り、調査対象者に配慮した調査を行うことができ、

より多くの情報を効率よく入手することができた。

また、アカデミックフォーラムやボーリングコア見

学会を実施するなどして世論をリードするインドネ

シア学識者と意見交換を行うことにより、地盤沈下

問題に対するインドネシア人の認識をより明確に測

ることができた。

(7) 過去のプロジェクト経験の活用

ジャカルタにおいては、過去に「ジャカルタ首都

圏水害軽減組織強化プロジェクト」(2007~2010)、「ジ

ャカルタ首都圏総合治水能力強化プロジェクト」

(2010~2013)、「ジャカルタ首都圏温暖化シミュレー

ション調査」(2012)等が実施されており、本プロジェ

クトにおいてはこれらの活動で得られた知見、デー

タを十分に活用している。

(8) 現行プロジェクトとの協力

「ジャカルタ特別州下水道整備事業」や「ジャカ

ルタ都市高速鉄道事業」、「ジャカルタ漁港及び地

方漁港の運営改善・改修に係る情報収集・確認調査」

など、日本の関連プロジェクト・調査と情報共有し

ながらプロジェクトを実施している。中小企業海外

展開支援事業(雨水貯留施設)の調査団には関連C/P

機関への仲介を支援しており、同調査団の雨水貯留

施設はインドネシアで試験的に建設されることにな

った。

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(プロジェクト実施期間:2018年4月~2021年3月)

参考文献:

独立行政法人国際協力機構(2010)「インドネシア

国ジャカルタ首都圏水害軽減組織強化プロジェク

ト ファイナルレポート」

独立行政法人国際協力機構(2012)「The Simulation

Study on Climate Change in Jakarta, Indonesia Final

Report」

独立行政法人国際協力機構(2013)「インドネシア

国ジャカルタ首都圏総合治水能力強化プロジェク

ト 技術協力成果品 総合的な治水計画(案)」