アルカロイドの立体選択的合成 3. 1,2−ジアミノエテ …...3....

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3. 1,2−ジアミノエテンの酸化的転位反応を用いたアミナール構造を有する アルカロイドの立体選択的合成 徳山 英利 Key words:全合成,インドールアルカロイド,アミナール, 酸化反応,転位反応 東北大学 大学院薬学研究科 医薬製造 化学分野 生薬を初めとする天然資源からは,興味深い生理活性を示し特異な構造を有する様々なアルカロイドが単離され,医薬のリ ード化合物として利用されてきた.そのような経緯から,アルカロイドの合成研究の歴史は長く,これまでに多くの化合物の全合 成が達成されている.例えば,イボガアルカロイドやアスピドスペルマアルカロイドなど,代表的なアルカロイド群に関しては,い くつかの有効な合成手法がすでに確立されている.その一方で,未だ合成が困難なアルカロイドも残されており,例えば,複数 の官能基が狭い部分に密集した多環性構造を有する化合物の立体選択的な構築には,一般的な合成手法がない.本研究で は,不斉アミナール構造を含む4環性骨格が,アスピドスペルマ型インドール骨格に第四級炭素で結合した,他に全く例を見な い構造を有する haplophytine (1) を合成標的化合物として採り上げ,その特異な構造を構築するための合成手法の検討を行 った. (+)-Haplophytine(1)は,中南米産の Haplophyton cimicidum の葉より得られた強力な駆虫作用を有する2核性イン ドールアルカロイドである.Haplophyton cimicidum の葉の乾燥物は,中南米地域において anticockroach/insecticidal powder として古くから害虫駆除に用いられてきた(Figure 1).本化合物は,1952 年に Snyder らによって単離が報告され, 1973 年に Cava や Yates らによって構造決定されて以来 1) ,その複雑かつ特異な構造から合成化学者の興味を引き付けてきた 2) .しかし,1 の酸分解によって得られる(−)-aspidophytine(2)の合成は,我々を含めいくつかのグループで報告されてい るものの 3-6) ,特異な左部骨格を含めた 1 の全合成は未だ達成されていない. 方法および結果 (+)-Haplophytine(1)に臭化水素酸を作用させると骨格転位を起こし,臭化塩 3 を与えることが報告されている 1) .ま た,転位生成物は、塩基で処理することにより天然物の構造へと転位することも報告されている.したがって,エポキシド 4 を合 Fig. 1. Structure of haplophytine (1) and aspidophytine (2). 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008) 1

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Page 1: アルカロイドの立体選択的合成 3. 1,2−ジアミノエテ …...3. 1,2−ジアミノエテンの酸化的転位反応を用いたアミナール構造を有する アルカロイドの立体選択的合成

3. 1,2−ジアミノエテンの酸化的転位反応を用いたアミナール構造を有するアルカロイドの立体選択的合成

徳山 英利

Key words:全合成,インドールアルカロイド,アミナール,酸化反応,転位反応

東北大学 大学院薬学研究科 医薬製造化学分野

緒 言

 生薬を初めとする天然資源からは,興味深い生理活性を示し特異な構造を有する様々なアルカロイドが単離され,医薬のリード化合物として利用されてきた.そのような経緯から,アルカロイドの合成研究の歴史は長く,これまでに多くの化合物の全合成が達成されている.例えば,イボガアルカロイドやアスピドスペルマアルカロイドなど,代表的なアルカロイド群に関しては,いくつかの有効な合成手法がすでに確立されている.その一方で,未だ合成が困難なアルカロイドも残されており,例えば,複数の官能基が狭い部分に密集した多環性構造を有する化合物の立体選択的な構築には,一般的な合成手法がない.本研究では,不斉アミナール構造を含む4環性骨格が,アスピドスペルマ型インドール骨格に第四級炭素で結合した,他に全く例を見ない構造を有する haplophytine (1) を合成標的化合物として採り上げ,その特異な構造を構築するための合成手法の検討を行った. (+)-Haplophytine(1)は,中南米産の Haplophyton cimicidum の葉より得られた強力な駆虫作用を有する2核性インドールアルカロイドである.Haplophyton cimicidum の葉の乾燥物は,中南米地域において anticockroach/insecticidalpowder として古くから害虫駆除に用いられてきた(Figure 1).本化合物は,1952 年に Snyder らによって単離が報告され,1973 年に Cava や Yates らによって構造決定されて以来 1),その複雑かつ特異な構造から合成化学者の興味を引き付けてきた2).しかし,1 の酸分解によって得られる(−)-aspidophytine(2)の合成は,我々を含めいくつかのグループで報告されているものの 3-6),特異な左部骨格を含めた 1 の全合成は未だ達成されていない. 

方法および結果

  (+)-Haplophytine(1)に臭化水素酸を作用させると骨格転位を起こし,臭化塩 3 を与えることが報告されている 1).また,転位生成物は、塩基で処理することにより天然物の構造へと転位することも報告されている.したがって,エポキシド 4 を合 

 Fig. 1. Structure of haplophytine (1) and aspidophytine (2). 

 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008)

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成できれば,エポキシ環の位置選択的開環によって 3 を与え,続いて骨格転位が進行することで 1 を合成することができるのではないかと考えた.化合物4 は 1,2-ジアミノエテン 5 の酸化で導くものとし,5 は(–)-aspidophytine(2)とテトラヒドロ-beta-カルボリン 7 とのカップリングとラクタム環の形成により得られるものと予想した (Scheme 1). 

 Scheme 1. Synthetic strategy based on the intrinsic skeletal rearrangement of haplophytine (1).  まず,2,3-ジメトキシアニリン誘導体 10 を (–)-aspidophytine(2)のモデル化合物として設定し,1,2-ジアミノエタン構造を有する基質 13 を合成して上記の骨格転位反応が進行するかどうか試みた(Scheme 2).文献既知のテトラヒドロ-beta-カルボリン誘導体の第二級アミンをオルトニトロベンゼンスルホニル基(Ns基)保護した化合物 8 をヨウ素化してヨウ化インドレニン9 へと誘導した後,トリフルオロメタンスルホン酸銀の存在下,アニリン 10 との反応を行ったところ,Friedel-Crafts 型の反応が進行し,低収率ながら第四級炭素を有するカップリング生成物 11 を 1:1 のジアステレオマー混合物として得ることができた.次にラクタム環の構築とアニリン窒素上の置換基の変換を経て 13 を合成し,メタクロロ過安息香酸による酸化を試みたところ,エポキシ化に続く骨格転位反応が進行した化合物が得られた.しかしながら驚いたことに,主生成物の構造は,エポキシ環

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 Scheme 2. An initial attempt of oxidation of 1,2-diaminoethene 12 and skeletal rearrangement. が予想とは逆側から開いて転位反応が進行して得られた 14 であることが,X線結晶構造解析により判明した. そこで次に,エポキシ環の開環の方向の制御を目的として,Ns 基の替わりに,より電子求引性の低いベンジルオキシカルボニル基(Cbz 基)を窒素上に有する化合物 15 を Scheme 2 に示したものと同様な経路で合成し,メタクロロ過安息香酸で処理した(Scheme 3).その結果,望みの位置でのエポキシ化とそれに続く骨格転位反応が速やかに進行し,アミナール構造,架橋ケトンを含むビシクロ[3.3.1]骨格を有する目的化合物を収率よく得ることに成功した. 後に,保護基の除去と,生じた第二級アミンのメチル化を行い,目的のモデル化合物 16 を合成することができた 7). 

 Scheme 3. Successful oxidative skeletal rearrangement to construct the model compound of haplophytine. 

考 察

 本研究では,既存の合成手法で構築することが極めて困難な,アミナール構造を有する(+)-haplophytine(1)の左部部分構造の構築に関して,1,2-ジアミノエテンの酸化的転位反応を経る合成手法を確立することができた 8).その際,エポキシ環開環の方向性については窒素原子上の保護基の選択が重要であり,より電子求引性の低い Cbz 基が適切であることが分かった.確立した合成経路を基に,実際の右部セグメントである aspidophytine を用いたFriedel-Crafts 型のカップリング反応を試みたが,モデル基質である 2,3-ジメトキシアニリン誘導体 11 の場合とは異なり,おそらく立体的嵩高さの影響もあってか,望みのカップリング生成物を得るには至っていない.今後は、本研究で確立した新規骨格構築法を基に,右部 aspidophytine セグメントを合成の後半で構築する合成戦略により,(+)-haplophytine(1)の全合成に向けた検討を行う予定である.

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 本研究の共同研究者は,東京大学大学院薬学系研究科の福山 透教授,松本幸爾博士,東北大学大学院薬学研究科の杉本健士博士,植田浩史修士である.

文 献

1) (a) Rogers, E. F., Snyder, H. R.& Fischer, R. F. : Plant insecticides. II. The alkaloids of Haplophytoncimicidum. J. Am. Chem. Soc., 74: 1987-1989, 1952. (b) Rae, I. D., Rosenberger, M., Szabo, A. G.,Willis, C. R., Yates, P., Zacharias, D. E., Jeffrey, G. A., Douglas, B., Kirkpatrick, J. L.& Weisbach, J.A. : Haplophytine. J. Am. Chem. Soc., 89, 3061-3062, 1967. (c) Yates, P., MacLachlan, F. N., Rae, I.D., Rosenberger, M., Szabo, A. G., Willis, C. R., Cava, M. P., Behforouz, M., Lakshmikantham, M. V.&Zeigler, W. : Haplophytine. Novel type of indole alkaloid. J. Am. Chem. Soc., 95: 7842-7850, 1973.

2) Rege, P. D., Tian, Y.& Corey, E. J. : Studies of new indole alkaloid coupling methods for the synthesisof haplophytine. Org. Lett., 8: 3117-3120, 2006.

3) He, F., Bo, Y., Altom, J. D.& Corey, E. J. : Enantioselective total synthesis of aspidophytine. J. Am.Chem. Soc., 121: 6771-6772, 1999.

4) (a) Sumi, S., Matsumoto, K., Tokuyama, H.& Fukuyama, T. : Enantioselective total synthesis ofaspidophytine. Org. Lett., 5, 1891-1894 2003. (b) Sumi, S., Matsumoto, K., Tokuyama, H.& Fukuyama,T. : Stereocontrolled total synthesis of (–)-aspidophytine. Tetrahedron, 59: 8571-8587, 2003.

5) Mejia-Oneto, J. M.& Padwa, A. : Application of the Rh(II) cyclization/cycloaddition cascade for thetotal synthesis of (±)-aspidophytine. Org. Lett., 8: 3275-3278, 2006.

6) Marino, J. P.& Cao, G. F. : Total synthesis of aspidophytine. Tetrahedron Lett., 47: 7711-7713, 2006.7) Matsumoto, K., Tokuyama, H.& Fukuyama, T. : Synthetic studies on haplophytine: Protective group

controlled rearrangement. Synlett., 3137-3140: 2007.8) For a similar approach of this work, see: Nicolaou, K. C., Majumder, U., Roche, S. P.& Chen, D. Y.-

K. : Construction of the left domain of haplophytine. Angew. Chem. Int. Ed., 46: 4715-4718, 2007.

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