モンゴル保険市場の現状と課題モンゴル保険市場の現状と課題 ―48―...

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生命保険論集第 202 号 47モンゴル保険市場の現状と課題 ツェレンダグワ ツァツラル (武蔵大学大学院 経済学研究科 修士課程1年) 茶野 (武蔵大学 経済学部 教授) 1.概観と歴史 1.1 金融セクターの構造 モンゴルの金融セクターの始まりは、1990年に社会主義経済から市 場経済に舵を切ったときを起点とする。社会主義体制のもとでモンゴ ル国立銀行が唯一の銀行であった時代に代わり、1991年以降は銀行の 設立が続いた。1992年にはモンゴル証券取引所が設立され、2003年に はモンゴル証券取引所から清算・決済機能が分離独立し、モンゴル証 券保管振替機関が設立された。 総資産、利益、資本金・基金でみたモンゴルの金融セクターの構成 は次表のとおりである。見てわかるように、モンゴルでは株式市場と 保険市場が発展途上にある。保険会社は総資産ベースで1%にも満た ず、かつ後述するようにほとんどが損害保険であり、生命保険は未発 達である。一方で、銀行が圧倒的な占率を示している。

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  • 生命保険論集第 202 号

    ―47―

    モンゴル保険市場の現状と課題

    ツェレンダグワ ツァツラル

    (武蔵大学大学院 経済学研究科 修士課程1年)

    茶野 努

    (武蔵大学 経済学部 教授)

    1.概観と歴史

    1.1 金融セクターの構造

    モンゴルの金融セクターの始まりは、1990年に社会主義経済から市

    場経済に舵を切ったときを起点とする。社会主義体制のもとでモンゴ

    ル国立銀行が唯一の銀行であった時代に代わり、1991年以降は銀行の

    設立が続いた。1992年にはモンゴル証券取引所が設立され、2003年に

    はモンゴル証券取引所から清算・決済機能が分離独立し、モンゴル証

    券保管振替機関が設立された。

    総資産、利益、資本金・基金でみたモンゴルの金融セクターの構成

    は次表のとおりである。見てわかるように、モンゴルでは株式市場と

    保険市場が発展途上にある。保険会社は総資産ベースで1%にも満た

    ず、かつ後述するようにほとんどが損害保険であり、生命保険は未発

    達である。一方で、銀行が圧倒的な占率を示している。

  • モンゴル保険市場の現状と課題

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    表1.金融セクターの構成(単位、十億円)

    (出所)www.mongolbank.mn

    モンゴルにおいて銀行がこのような独占的地位にあることは、歴史

    的経緯から説明する必要がある。1924年にモンゴル人民共和国が樹立

    され、ソ連の全面的な支援の下、ソ連とモンゴルの50:50の合弁銀行

    として「モンゴル商工銀行」が設立された。同行はソ連国立銀行と同

    様、発券銀行と商業銀行を兼務したが、その他の銀行は設立されなか

    った。1930年代にはモノバンク1)的な規制が導入された。同行は「モ

    1)「モノバンク」とは、中央銀行業務と商業銀行業務を兼務する「国立銀行」

    を中核に、財政資金と企業の積立金等を原資に投資金融を行う若干の専門銀

    行とで構成される、独占的な国有銀行制度のことである。本論におけるモン

    総資産 利益 資本金・基金

    2014年

    銀行 1027 96.6% 14.8 88.5% 97 81.7%

    ノンバンク 23 2.2% 1.6 9.9% 15 12.7%

    保険 7 0.7% 0.1 0.6% 3 2.9%

    貯蓄貸付組合 4 0.3% 0.2 1.1% 1 0.7%

    証券会社 3 0.2% -0.01 -0.1% 2 2%

    2015年

    銀行 978 95.7% 9.9 79.9% 110 80.1%

    ノンバンク 28 2.8% 2.1 17% 19 14%

    保険 8 0.8% 0.3 2.6% 4 3.1%

    貯蓄貸付組合 5 0.4% 0.1 0.8% 1 0.7%

    証券会社 3 0.3% -0.03 -0.3% 3 2.0%

    2016年

    銀行 1059 95.6% 1.2 47.6% 117 78.9%

    ノンバンク 30 2.8% 1.1 43.9% 23 15.6%

    保険 9 0.8% 0.2 7.8% 5 3.0%

    貯蓄貸付組合 5 0.5% 0.07 2.9% 1 0.6%

    証券会社 3 0.3% -0.05 -2.2% 3 1.9%

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    ンゴル国立銀行」と改称され、急速に支店網を拡大、現在の中央銀行

    (モンゴル銀行)及び2大商業銀行(ハン銀行、貿易発展銀行)の前

    身となる。

    モンゴルはソ連との密接な経済・金融関係を有し、多額の支援を受

    けていたが、1990年に殆どの援助を打ち切られた。同年に民主革命を

    成し遂げ、独自の二層銀行改革を開始する。モノバンク時代のモンゴ

    ルでは国立銀行以外の銀行は存在しなかったため、二層銀行化は国立

    銀行から商業銀行を段階的に切り離していくと同時に、新銀行を逐次

    認可していく方式で行われた。1992年末までに国立銀行からの商業銀

    行業務の分離作業は完了した。その時点で11の商業銀行が営業してい

    たが、5大銀行(国民、投資・技術革新、農業、国際、保険)が優勢

    で、預金の90%、貸出の80%を占めていた。中央銀行は国立銀行の21

    支店を継承し、西側的な中央銀行への転換を図った。間接的な金融調

    整、預金準備制度の導入、金利の自由化、銀行間決済制度の整備、銀

    行規制監督制度の導入などが行われた。その後、旧ソ連の国々と同様

    の厳しい銀行危機を何度か経験し、主要銀行のうち、国民銀行、投資・

    技術革新銀行、保険銀行等が破綻した。現在は、国立銀行商業部門に

    由来する貿易発展銀行(旧国立国際銀行)とハン銀行(旧農業銀行)、

    新銀行のゴロムト銀行、マイクロ・ファイナンス専門機関から銀行に

    転換したハス銀行が、銀行市場の約8割を占めている。

    銀行の利益は2014-2015年には金融セクターで最も大きかったが、

    2016年には急激に下落した。モンゴル経済は資源の国際価格や輸出動

    向に左右されやすく、銀行制度もその影響を受けやすいという悩みを

    抱えている。金融セクターが銀行のみに依存するのは望ましくないと

    いうことから、株式市場や保険市場を発展させるというのが国の政策

    課題となっている。

    ゴルのモノバンク制度については本間勝(2017)に多くを負っている。

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―50―

    1.2 保険分野の歴史

    1934年に国家保安省が設立され、社会保険を確立したのがモンゴル

    の保険分野の始まりである。1997年に保険法が制定され、損害保険会

    社の設立が相次ぐとともに、2008年にはモンゴル初の生命保険会社が

    設立された。保険分野の歴史の流れは下表のとおりである。

    表2.モンゴル保険分野の歴史

    (出所)Insurance Association of Mongolia“Insurance history of Mongolia”, 2014

    1 労働者(被保険者)の死亡、または難病の場合、子供が18才になるまで給付を

    払う保険。

    2 バス、電車、飛行機などの乗客に対する生命保険。

    3 全国で大規模火災が発生。

    年 事象

    1934年 国家保安省の設立

    1936年 工場および会社財産の保険

    1943年 労働者の生命保険 1

    1944 年 国民の個人財産に関する損害保険

    1946年 国民の生命保険

    1953年 乗客生命保険 2

    1961 年 作物保険

    1963年 家畜保険

    1986年 最大額の保険金支払 3

    1990 年 最初の民間損害保険会社を設立

    1997年 保険法を承認

    1998年 財務省下に保険管理サ-ビス局を設立

    2004年 保険仲介法を制定

    2004 年 モンゴル保険会社協会を設立

    2006年 金融規制委員会の設立

    2008年 最初の民間生命保険会社を設立

    2011年 運転者賠償責任保険法を承認

    2012年 運転者賠償責任保険協会を設立

    2014年 支払保険金は10年前に比べて10倍に増加

  • 生命保険論集第 202 号

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    (1)国家保安省時代(1934~1961年)

    1934年、市民の財産およびその他の火災リスクなどからの保護責任

    を負う、国家保安省が設立された。同省は、財務省の一般的な指導の

    下で活動を行った。財務省は、国家保安省の規制を作成、1934年12月

    7日に承認された。この規制は国家保安省の主な活動分野を規定し、

    モンゴル人民共和国の領土とその地域の支店で行う各補償を通じてそ

    の目標を遵守すると定めた。国家保安省は当初4人の社員(部長、翻

    訳者、検査官、秘書)だけであった。ロシアから送られた174.800 MNT

    の財産と700 MNTの備品、政府から受けた500.000 MNTの財産を基盤と

    して、1934年12月1日から操業を開始した。最初の年は火災保険で75

    の工場、2人の市民の財産保険を契約、224.55 MNT の保険料を集めた。

    1938年には、472の工場、73人の市民が契約するなど、契約者数が増加

    し、保険料収入も増加した。

    1940年10月から金融専門学校で15人が6か月間のトレーニングを受

    け、農村部での活動を開始した。1943年に国家保安省は規制および価

    格を変更し、財務省が承認した。これにより、企業、建築・建設、ゲ

    ル、商品、家畜以外の財産、貨物輸送、車(交通事故)などが保険対

    象とされた。

    (2)保険部時代(1962~1979年)

    国家保安省は保険部に組織改正された。1963年3月30日には、金

    融・保険規則が承認された。同規制では、保険の権利と責任、保険金

    支払いが保険料収入を超過した場合の補償原理が定義された。保険基

    金が多額に上る場合、国への資金貸出しも可能とされた。1960年代に

    は国内輸送量が増加し、1968年に運転者の賠償責任保険を始めた。普

    通車が一か月3MNT、トラックは一か月5MNTの保険料を支払うことに

    なった。

    (3)保険局時代(1980~1989年)

    1980年、政府の決定により、財務省下の保険局に改められた。この

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―52―

    時代の目立った動きとしては、再保険契約をアメリカ、日本、ドイツ、

    イタリア、スイスなどの30社と結んだことであった。例えば、ドイツ

    のミュンヘン再保険とスイスのスイス再保険、日本の安田火災海上保

    険、イタリアのグローバル再保険などである。その対象は、畜産や民

    間の飛行機、共同農場、農地であった。また、その時から保険基金が

    銀行に長期貸付されるようになった。

    (4)市場経済に移行した保険局時代(1990~1996年)

    市場経済への移行に伴い、政府の経済政策に従って保険規制の変更

    をしなければならなかった。1990年に政府の決定により保険局は、政

    府が所有するモンゴル保険会社になった。保険制度の変更により、モ

    ンゴル保険会社が方針を策定する一方で、保険事業を展開する専門家

    への指導を行った。健康保険法を実施するための措置に関する政府の

    決定として、引受会社をモンゴル保険会社とした。1991年から軍当局

    の保険が導入された。

    モンゴル保険会社は1991年から投資活動を行い、モンゴル保険銀行

    の積立金の残高を増やすために、更なる財務能力の向上に焦点があて

    られた。1994年には年間約10億MNTの売上高となり、経営が安定化した。

    本部には300人、地方には3000人のブローカーが活動するようになって

    いた。同年には損害保険に加え、生命保険および再保険も取り扱うこ

    とになった。この間、モンゴル経済が移行期にあって不安定化する中、

    モンゴル保険会社は安定した財政状態にあった。

    (5)新保険法による時代(1997~2005年)

    1997年に新しい保険法が承認され保険の新時代が始まった。保険

    法2)では、国内で営業する保険会社の監督や規制について定めた。1997

    年保険法で保険管理サービス局が設置され、2003年に財務省の下に移

    2)保険法施行前は、財務省が8社に対し免許を交付し、すでに営業を行なっ

    ていた。

  • 生命保険論集第 202 号

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    された。保険管理サービス局が免許、報告および財務健全性を監督す

    ることになった。保険管理サービス局が商業保険のための免許発行、

    過渡期的な規制、最低保険料率、標準保険約款の作成などを行った。

    2003年にモンゴル保険会社が民営化された。

    (6)金融市場の横断的監督規制への転換(2006年〜現在)

    モンゴル国家大会議が2004年4月10日に保険法を承認した。この法

    律の規定に従って2005年7月1日付で、保険業務および監視を行う金

    融規制委員会(FRC、Financial Regulatory Commission)が設立され

    た。その後、議会は2005年11月27日金融規制委員会の法的地位に関す

    る法律を制定した。2006年に金融規制委員会の規制を承認し、法的権

    限、機能や組織の活動範囲を定義した。2012年には運転者の賠償責任

    保険法を承認した。この時代に金融規制委員会は、保険会社の支払い

    能力を向上させるため基金の増額を決定した。

    2.監督規制

    2.1 保険分野の法律

    下表が社会保険に関連する法律一覧であり、モンゴル基本法及びそ

    の他の法律に基づきこれを遵守しなければならない。1994年に社会保

    険にかかわる法律の多くが制定、施行され、社会保険制度の法的基盤

    が確立した。2002年には国民健康保険法が発効した。

    表3.社会保険に関する法律

    (出所)Financial Regulatory Commission “List of legal in insurance market” 2015

    № 法律の名前 法律承認日 発効日 1 社会保険法 1994.05.31 1994.05.012 年金保険法 1994.06.07 1994.07.013 失業保険法 1994.07.05 1994.08.014 国民健康保険法 2002.04.25 2002.05.01

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―54―

    以下は、保険にかかわる法律一覧である。根幹をなす保険法は17章

    で構成されている。1997年に制定され、2004年の金融規制委員会発足

    に伴い大きな改正がなされた。1章には法律の使命、2章には保険分

    類、保険料、保険金支払い原則、保険会社の権利と責任、被保険者の

    権利と責任、3章には金融規制委員会の権利と責任、保険協会、保険

    規則、4章には免許の付与と取消、5章には免許会社に対する管理、

    6章には財源、ソルベンシー、保険基金、配当、7章には保険会計、

    監査、8章には数理的管理、9章には再保険、10章には保険活動の制

    限,11章には市場倫理、12章には会社の名称の管理、13章には管理及

    び情報収集・開示、会計監査及び当局検査、14章には強制措置、15章

    には組織変更と合併、16章には保険会社の解散、17章にはその他のこ

    とを定めている。

    表4.生命、損害保険に関する法律

    (出所)Financial Regulatory Commission “List of legal in insurance market” 2015

    4 公証人、弁護士はプロフェッショナル賠償責任保険に強制加入しなければならない。

    最低責任賠償額は500万MNTである。

    2.2 金融規制委員会

    金融セクターの規制監督を行うのは、モンゴル銀行と金融規制委員

    会である。モンゴル銀行は中央銀行であり、商業銀行を監督する機能

    も併せ持っている。金融規制委員会は2006年に設立された比較的新し

    い政府機関で、商業銀行以外の金融機関の監督を行なう。金融規制委

    員会の監督対象は証券、保険、貯蓄貸付組合、ノンバンクであり、し

    № 法律の名前 法律承認日 発行日 改訂日

    1 保険法 1997.04.30 1997.05.01 2004.04.30

    2 保険仲介法 2004.04.30 2004.05.01

    3 運転者賠償責任保険法 2011.10.06 2012.01.01

    4 作物保険法 1999.07.02 2000.01.01

    5 公証人弁護士法の15条4 2013.03.07 2013.04.15

  • 生命保険論集第 202 号

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    かも500以上と機関数も多い。

    金融規制委員会は金融市場や金融規制の安定性を確保し、関連する

    法律や規制の実施状況を監視し、投資家や顧客の利益を保護する責任

    を有する国家機関である。その使命は国際的な最高水準のコンプライ

    アンスの実践、および金融セクターの健全な発展にある。金融規制委

    員会は「信頼」、「尊敬」、「透明度」に基づき行動することとされる。

    金融規制委員会の意思決定は議長と指名された六人のメンバーで

    構成される委員会で行われる。メンバーは国家大会議の経済常任委員

    会より二人、司法常任委員会、予算委員会より各一人、財務担当閣僚、

    モンゴル銀行総裁からなり、メンバーの指名には国家大会議の決議を

    要する。組織図は図1のとおりであり、証券部、保険部、貯蓄貸付組

    合やノンバンクを担当するマイクロ・ファイナンス部といった規制対

    象機関ごとに部局が分かれている。

    図1.モンゴル金融規制委員会の組織図

    (出所)www.frc.mn

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―56―

    保険規制は保険部が行い、その下に損害保険と生命保険の担当部署

    がある。金融規制委員会による保険規制の主な範囲は、自賠責保険協

    会の運宮手続、保険会社の会計指針、役員の適格性に関するガイドラ

    イン、保険金及び保険料の計算方法、銀行法6.2条3)に関する行為規制、

    キャッシュフロー報告やモニタリング・監査報告のガイドライン、事

    業監査に関するガイドライン、保険会社の適格要件、損害保険会社の

    ソルベンシー計算方法、アクチュアリーへの数理的評価・報告権限の

    付与、損害保険会社の保険準備金積立および検証手続等である。

    3.保険

    3.1 社会保険

    モンゴルでは、労働・社会保障省が社会保障行政を一元的に所管す

    るとともに、同省の下に設置された医療・社会保険庁が、実施機関と

    して、5つの社会保険(老齢年金保険、短期給付保険、失業保険、健

    康保険、労働災害保険)を管轄している。医療・社会保険庁には、21

    県9区すべてに地方社会保険事務所がある。全労働者が社会保険に加

    入しなければならない。

    歴史を遡ると「イヘ-ザサグ」という法に年金保険についての記述

    がある。1218年にチンギス・ハーンは、高齢者の年齢に応じ物品の供

    与を行う制度を設けた。例えば、60歳以上の高齢者に1単位(銀と米

    を特定量)の供与、70歳以上の人に同2単位、80歳以上の人に同3単

    位、90歳以上の人に同4単位、100歳以上の人に同5単位、また110歳

    以上の人は5単位に加え、チンギス・ハーンに面会できる権利を与え

    た。

    3)銀行が金融規制委員会の免許を得た保険ブローカーと共同して、銀行窓口

    で保険などを販売することを定めた法律条項。

  • 生命保険論集第 202 号

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    1940年にはモンゴル最初の憲法が制定され、第91条に高齢者や障害

    者のための社会保障に関する基本的な考え方が定められた。1942年に

    は、「社会リスクへの対応を目的とした社会福祉省」を設立した。これ

    は政府の中枢である労働組合本部に隣接して設置されたが、これが現

    在の社会保険事務所の始まりとされている。これにより高齢者の疾病

    治療費などは国庫から支給されることとなった。1943年には「モンゴ

    ル社会保障年金規則」が制定され、年金の受給開始年齢である「定年」

    を男性60歳、女性55歳と定めた。

    1990年にモンゴルの社会主義経済は市場経済に移行した。社会主義

    政権下で制定された社会保障制度の多くは見直しの必要があるとされ、

    公的年金制度も改革されることになった。「モンゴル公的年金法」は「モ

    ンゴル社会保険拠出法」に改正された。現在の年金制度は1960年生ま

    れを境に2つの制度が併存する。すなわち、1959年以前に生まれた人

    の「確定給付年金(以後、旧年金と呼ぶ)」と1960年以降に生まれた人

    を対象とした「概念的確定拠出年金(同、新年金と呼ぶ)」である。給

    付要件を見ると、前者は、年金受給資格を得るには20年間の保険料支

    払いが必要であるが、後者は旧年金より5年短い15年間としている。

    支給開始年齢は、一般に男性60歳、女性55歳であるが、一部の鉱工業

    や軍関連産業に従事し、業務の危険性が高いと認められる場合には十

    年間前倒しすることも認められている。また、保険料率は両制度共に

    賃金の14%とし、それを従業員と企業が折半して支払う。自営業の場

    合の保険料率は収入の10%としている。

    1994年に法律が改正され、法律の定めるとおりに労働者、企業から

    保険料を徴収して社会保険基金を積み立て、老齢年金、短期給付金、

    失業給付等の支払いに充てられるようになった。社会保険については

    つぎのような労働者が加入する。①雇用契約に基づいて働いているモ

    ンゴル人、外国籍者。②モンゴル国内で事業を行っている外資系企業

    および外国借款支援で活動しているプロジェクト、国際機関に勤めて

  • モンゴル保険市場の現状と課題

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    いるモンゴル人や外国籍者。③法律で他に定めがない公務員。④雇用

    契約に従って外国で勤めているモンゴル人である。

    また、保険種類ごとの社会保険料は下表のとおりで、給与から徴収

    される。労働者災害保険以外は雇用者、雇用主双方が負担する。社会

    保険料の大半は老齢年金保険が占める。表中の1、2、4、5は日本

    とほぼ同じであるので説明は省略するが、短期給付保険には、次の4

    種類がある。①妊娠と出産の給付(過去12ヶ月間連続保険料を支払っ

    た雇用者が受ける権利がある)、②一時的な障害給付(過去3ヶ月間連

    続保険料を支払った雇用者が受ける権利がある)、③葬儀の給付(過去

    36ヶ月間連続保険料を支払った雇用者が受ける権利がある)、④遺族給

    付金(過去36ヶ月間連続保険料を支払った雇用者が受ける権利がある)

    である。

    表5.社会保険料率

    (出所)www.ndaatgal.mn

    次表のとおり、労働者の増加を背景として、社会保険の被保険者数

    は毎年増加している。2006年に48万人であった被保険者数は、10年間

    で100万人にまで倍増した。とくに、モンゴル人の保険に対する知識向

    上によって、任意加入者が約3万人から19万人と6倍以上の増加を示

    № 保険 雇用主 (%) 雇用者 (%)

    1 健康保険 2 2

    2 老齢年金保険 7 7

    3 短期給付保険 0.8 0.8

    4 労働者災害保険 1-3 -

    5 失業保険 0.2 0.2

    6 合計 11-13 10

  • 生命保険論集第 202 号

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    しているのが特徴的である。

    表6.社会保険の被保険者数(単位、千人)

    (出所)www,nso.mn

    社会保険加入者数の増加を受けて、社会保険基金は毎年増加してき

    た(以下、図2参照)。2005年に約200億MNTであった残高は、2016年に

    は1,200億MNT超へと6倍以上に増えている。残高の構成をみると、老

    齢年金保険が3分の2近くを占めており、それに次ぐのが健康保険で

    ある。2016年末には社会保険の5つの基金で12,411億MNTの収入があっ

    た。これは2015年に比べて1,287億MNTの増加である。その内訳は年金

    保険基金が7,629億MNT(61.5%)、短期給付保険基金が857億MNT(6.9%)、

    労災保険基金が983億MNT(7.9%)、失業保険基金が207億MNT(1.7%)、

    健康保険基金が2,735億MNT(22.0%)であった。

    年 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

    強制加入 449 483 550 557 594 676 762 830 833 800 808

    任意加入 32 51 49 52 64 82 101 148 186 189 193

    合計 481 534 599 609 658 757 863 978 1019 989 1001

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―60―

    図2.社会保険基金の種類別構成(単位、億MNT)

    (出所)www.frc.mn

    また、社会保険基金、とくに老齢年金保険基金増加の背景には、最

    低賃金の上昇もある。1997年に11,900 MNTだった最低賃金は経済成長

    に伴い、2001年に24,750 MNT、2003年に30,000 MNT、2005年に40,000 MNT、

    2007年には90,000 MNTと10年間で約10倍になった。その後も、2009年

    に108,000 MNT、2011年に140,400 MNT、2013年には192,000 MNTへと引

    き続き引き上げが実施されてきた。直近でいえば、労働組合,企業、

    政府の三者によって、2017年1月1日から最低賃金を240,000 MNTとす

    る決定がなされた。

    モンゴル政府は最低賃金の引き上げとともに、年金額の引き上げに

    も長年取り組んできた。2016年の制度改正では、平均年金額は306,200

    MNT、20年勤務した場合のフル年金最低額は251,000 MNT、20年以下の

    勤務の場合の比例年金額は216,000 MNTとなった。平均年金額、フル年

    0

    2,000

    4,000

    6,000

    8,000

    10,000

    12,000

    14,000

    2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

    失業保険

    労災保険

    健康保険

    短期給付

    老齢年金保険

  • 生命保険論集第 202 号

    ―61―

    金額ともに、2007年に比べて5倍程度に増額されており、20年以下勤

    務の場合の比例年金額では7倍にもなっている。

    表7.年金額(単位、MNT)

    (出所)www.ndaatgal.mn

    モンゴルの年金支給開始年齢は男性が60歳、女性が55歳であるが、

    軍人は45歳、4人以上子供のいる女性は50歳、炭坑や化学工場で勤務

    する労働者は45歳と早期に受給することも可能である。人口の高齢化

    が進展するにつれ社会保険基金のコストが急速に増加している。統計

    によると最近の10年間で人口数は16.1%増加、総人口に55歳以上高齢

    者の占める率が21.9%上昇した。2015年に男性の平均寿命は65.9歳、

    女性は75.5歳と、2000年に比べ6歳上昇している。

    高齢化率は2000年には8.6%であったが、2040年に18%になり、2013

    年には1人の被保険者が4人に対して年金を払っているのが、2020年

    にこの数が5人、2040年に8人になるとの研究がある。世界銀行が

    2012年に行った研究によると、人口の高齢化により老齢年金保険基金

    の赤字も増大し、2050年頃にはGDPの13%相当になると予測されてい

    る。

    年 2007.01 2007.05 2007.10 2008.01 2010.10

    比例年金 31,250 37,500 45,000 54,000 70,200

    フル年金最低 51,750 56,250 67,500 81,000 90,000

    平均年金 64,290 69,503 86,960 96,430 126,940

    年 2012.02 2012.05 2014.02 2015.02 2016.06

    比例年金 105,200 145,200 172,200 195,000 216,000

    フル年金最低 140,000 180,000 210,000 230,000 251,000

    平均年金 162,000 221,800 259,100 283,855 306,200

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―62―

    3.2 民間保険市場

    モンゴル保険市場は金融市場のなかでその規模が小さいことは先

    述のとおりである。また、総人口に比べて損害保険会社が多いと言わ

    れている。近年、金融規制委員会は健全性確保の観点から損害保険会

    社に基金を増額させる政策をとっている。一方で、生命保険会社は1

    社しかなく、生命保険市場は発展の余地があると思われている。2015

    年には再保険会社が操業を開始した。総資産で見た損害保険会社の占

    率は2016年には79%(2015年に81%)、生命保険会社は4%(4%)、

    再保険会社は17%(15%)である。2012年から保険ブローカー会社と

    保険募集人が増加しているが、その理由は運転者賠償責任保険制度の

    設立と関係がある。

    表8.保険仲介者の種類と推移

    (出所)www.frc.mn

    3.2.1 損害保険市場

    2016年末で金融規制委員会から免許を付与された損害保険会社は

    15社ある(15社は241の支店を展開している)。2003年から2016年にか

    けて損害保険会社の総資産は128億MNTから1,659億MNTまで12倍に成長

    した。とくに、2011年以降は777億MNTから急速な増加を示している。

    2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

    損害保険会社 16 16 17 16 16 15 15

    生命保険会社 1 1 1 1 1 1 1

    再保険会社 1 1

    保険募集人 2061 2057 2357 3187 3260 3340 3091

    保険ブローカー会社 9 8 17 20 30 37 40

    損害調査会社 6 9 9 14 20 27 31

    アクチュアリー 12 13 18 15 15 15 15

  • 生命保険論集第 202 号

    ―63―

    これは、金融規制委員会が2010年に損害保険会社の最低基金を10億MNT

    に変更し、2012年から毎年7億5千万MNTを一定ずつ増加させて2018

    年6月には50億MNTにする規制を設けたからである。

    表9は、2016年の損害保険会社の主要データである。損害保険会社

    の上位5社で総資産全体の53%を占めている。占率が一番高いのは

    Mongol Insurance LLC の18.3%である。Mandal Insurance LLCは2011

    年設立の会社であるが、占率は10.4%と高い。多くの会社が2006年あ

    るいは2007年に設立されたが、会社間の格差が大きいのも特徴といえ

    る。このような状況から、損害保険会社数が人口に対して過剰なので

    はないかとの批判もある。

    表9.損害保険各社の2016年主要データ(単位、千MNT)

    (出所)www.frc.mn 5 2003年に民営化、2006年に金融規制委員会から免許を取得。

    № 損害保険会社 設立年 総資産 占率 保険料 前年増減

    1 Mongol Insurance LLC 20065 30,374,662 18.3% 24,724,793 0.14

    2 Mandal Insurance LLC 2011 17,309,429 10.4% 13,092,830 42.56

    3 Tenger Insurance LLC 2007 16,653,676 10.0% 9,004,402 3.93

    4 Bodi Insurance LLC 2007 12,304,711 7.4% 20,148,303 -25.31

    5 Mig Insurance LLC 2006 11,485,010 6.9% 11,307,766 12.72

    6 Practical Insurance LLC 2007 11,173,920 6.7% 7,506,950 41.83

    7 Nomin Insurance LLC 2007 10,490,747 6.3% 4,296,190 11.03

    8 Soyombo Insurance LLC 2006 9,770,509 5.9% 4,728,686 -11.69

    9 Ard Insurance LLC 2007 9,541,144 5.8% 7,172,294 -21.70

    10 Khaan Insurance LLC 2012 7,840,054 4.7% 4,412,443 27.85

    11 Gan zam Insurance LLC 2007 6,981,091 4.2% 551,979 6.60

    12 Monre Insurance LLC 2007 6,373,126 3.8% 2,970,989 -1.77

    13 Ulaanbaatar Insurance LLC 2007 5,637,812 3.4% 485,518 -54.98

    14 Ger Insurance LLC 2007 5,604,383 3.4% 419,273 -2.16

    15 Munkh Insurance LLC 2006 4,313,586 2.6% 854,126 74.19

    合計 165,853,866 100.0% 111,676,547 -1.92

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―64―

    損害保険会社の収入保険料合計は、2003年から2016年にかけて

    1,053億MNT増加した。2012年に運転者賠償責任保険法が承認され、被

    保険者数と保険料が急激に成長した。また、運転者賠償責任保険とと

    もに自動車保険も成長した。2016年には15種目の保険商品から1,116

    億MNTの保険料収入があった。再保険に371億MNTを支払い、また解約し

    た契約者に28億MNTを払い戻しを受けたので、ネットの保険料収入は

    716億MNTであった。保険種類ごとの占率をみると、主要商品としては

    財産保険が28.47%、運転者賠償責任保険が24.89%、自動車保険が

    12.97%、傷害保険が11.04%、賠償責任保険が7.04%をそれぞれ占め

    ている。

    図3.損害保険業界の総資産および収入保険料推移(単位、億MNT)

    (出所)www.frc.mn

    0200400600800

    10001200140016001800

    2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

    収入保険料

    総資産

  • 生命保険論集第 202 号

    ―65―

    表10.2016年保険商品別の総保険料(単位、千MNT)

    (出所)www.frc.mn

    つぎに、モンゴルでは損害保険市場に比べ、生命保険市場が未発達

    である。最初に設立された生命保険会社が“National Life Insurance”

    であり、現在、唯一の生命保険会社でもある。同社は2008年から操業

    を開始した。総資産額は最近9年間で増加してきたけれども、2015年

    から2016年にかけて1.4%減少した。2008年に11.2億MNTであった総資

    産額は、2016年に75.2億MNTまで増加している。すなわち、この9年間

    で同社の総資産額は64億MNT(6倍に)増加したことになる。2011年に

    総資産額が急激に増加したのは、金融規制委員会が生命保険会社の最

    低必要資本額を35億MNTとする決定を下したことによる。2017年には、

    № 保険商品 総保険料 割合

    1 財産保険 31,793,234 28.47%

    2 運転者賠償責任保険 27,795,509 24.89%

    3 自動車保険 14,481,925 12.97%

    4 傷害保険 12,331,737 11.04%

    5 賠償責任保険 7,857,252 7.04%

    6 建物財物保険 3,266,532 2.92%

    7 金融保険 3,232,588 2.89%

    8 航空機保険 3,211,073 2.88%

    9 航空機賠償責任保険 2,818,819 2.52%

    10 輸送保険 1,943,624 1.74%

    11 家畜保険 1,158,512 1.04%

    12 信用保険 1,032,576 0.92%

    13 任意の運転者賠償責任保険 458,880 0.41%

    14 信仰保険 280,580 0.25%

    15 作物保険 13,699 0.01%

    合計 111,676,547 100.00%

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―66―

    最低必要資本額を75億MNTにすることが決まっていて、同社の財務健全

    性の早急な強化が目指されている。

    図4. National Life Insurance 社の総資産額(単位、億MNT)

    (出所)www.nlic.mn

    生命保険の主力商品は定期保険、貯蓄保険、年金保険、健康保険の

    4種類である。定期保険の収入保険料は2015年の3億4,500万MNTから

    2016年には1億7,600万MNTへと49%減少した。貯蓄保険は7,500万MNT

    から7,000万MNTに7%減少、健康保険も11億8,400万MNTから9億6,700

    万MNTへと18%減少した。一方で、年金保険は4,700万MNTから5,500万

    MNTへと15%の増加を示した。この結果、収入保険料合計は16億5,200

    万MNTから12億6,800万MNTに23.2%減少した。

    保険種類ごとの占率を見ると健康保険が70%以上を占める(2015年

    でも69%である)。健康保険料が高い率を占めている理由は、近年モン

    11.2 11.3

    21.7

    35.5

    46.856.3

    65.0

    76.3 75.2

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    90

    2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

  • 生命保険論集第 202 号

    ―67―

    ゴルの鉱業セクターが発展していて多くの労働者がいることによる。

    すなわち、鉱業セクターは労働条件が過酷であり、企業幹部が労働者

    の社会問題に配慮し、社会保険以外への保険加入を進めているからで

    ある。保険料は全額会社が負担している。

    図5. 2016 年の生命保険料内訳

    (出所)www.frc.mn

    同社の2010年の収入保険料は2億8,520万MNT、支払保険金は4,570

    万MNTであった。これが、2016年には前者が12億6,800万MNT、後者が8

    億8,600万MNTと順調に成長を遂げている。また、2008年以降は赤字が

    続いたが、2014年に初めて4,000万MNTの利益が出た。2015年には純利

    益が2億4,500万MNTとなったが、2016年に6,100万MNT減少して1億

    8,400万MNTである。鉱業セクターの労働者事故が多く、健康保険の支

    払いが増加したためである。

    定期保険

    21%

    貯蓄保険

    5%

    年金保険

    3%健康保険

    72%

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―68―

    図6.National Life Insurance の純利益(単位、億MNT)

    (出所)www.nlic.mn

    4.ベトナム保険市場との比較

    ここではベトナムとモンゴルの比較を行いたい。比較対象にベトナ

    ムを選んだのは、次の理由による。①地政学的にみると、東アジアの

    国で中国と隣接していること、②ともに発展途上国であるが、ここ10

    年大きな経済成長を遂げたこと、③人口ピラミッドが同じような形状

    をしており、今後同じように高齢化の進展が予想されること等による。

    経済環境について概観しておく。ここ最近ベトナム経済は毎年成長

    を続けている。10年前に774億米ドルだったGDPは2016年には2,026億米

    ドルへ三倍弱に増加した。一方モンゴル経済は一次産品、とくに石炭

    価格の影響を強く受ける。2007年に42億米ドルであったGDPは2013年に

    -1.24

    -0.75

    0.40

    2.45

    1.84

    -1.5

    -1

    -0.5

    0

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    2012 2013 2014 2015 2016

  • 生命保険論集第 202 号

    ―69―

    かけて126億米ドルまで三倍に増加したものの、その後は低迷している。

    なお、2017年には世界市場における石炭価格上昇により成長が見られ

    る。

    モンゴルのマクロ経済はベトナムよりも規模は小さいが、人口数か

    ら一人当たりのGDPはモンゴルのほうがベトナムに比べ二倍くらい高

    い。ベトナムは2007年の一人当たりGDPは1,162米ドルであったが2016

    年には1,770米ドルに、モンゴルは2,425米ドルから3,895米ドルへと、

    両国とも1.5倍近くの増加を示した。

    人口一人当たり民間保険料支出額は保険密度と呼ばれる。モンゴル

    の保険密度は2006年に4,568MNT、2015年に37,249MNTと8倍まで増加し

    た。これに対して、ベトナムでは180,373VNDから490,694VNDと3倍弱

    程度の増加率である。この違いは、モンゴルでは2006年以降、民間の

    損害保険会社が設立されたのに対して、ベトナムではそれよりも遡る

    こと1996年以降からすでに、外資の保険会社が設立され営業を開始し

    ていたこともあると思われる。すなわち、保険市場の発展段階に違い

    がある。

    表11.保険密度(単位、各国通貨建て)

    (出所)www.frc.mn、www3.asiainsurancereview.com

    年 2006 2007 2008 2009 2010

    モンゴル/MNT/ 4,568 6,511 7,977 8,657 11,766

    ベトナム/VND/ 180,373 183,763 209,982 246,475 293,191

    年 2011 2012 2013 2014 2015

    モンゴル/MNT/ 17,587 28,215 32,378 36,333 37,249

    ベトナム/VND/ 293,191 351,101 427,344 483,104 490,694

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―70―

    保険浸透度の定義はGDPに対する総保険料額の比率である。モンゴ

    ルの保険浸透度は2006年に0.32%であったが、2012年に0.57%まで増

    加、その後2015年には0.49%まで低下した。これに対して、ベトナム

    では2006年には1.80%であったが、2013年には1.42%まで低下、その

    後1.80%まで回復している。両国を比較するとトレンドが逆、すなわ

    ちモンゴルでは上昇後に低下、ベトナムでは低下後に上昇という経路

    をたどっていて、モンゴルの方が保険浸透度の水準は低いが上昇幅は

    大きい。

    表12 保険浸透度(単位、%)

    (出所)www.frc.mn、www3.asiainsurancereview.com

    つぎに、ベトナム保険市場についてみてみる。最初の保険会社

    Vietnam Insurance Company(略称、Bao Viet)は、1964年に海上保険

    を補償するために国営企業として設立された。1993年12月に、損害保

    険、生命保険の市場、および引受会社・販売チャネル会社を設立する

    ための法令が整備された。1994年に国営の再保険会社(Vietnam

    National Reinsurance Company)が認可され、また、Bao Minhも設立

    されたことでBao Vietの独占は崩れた。1996年にはBao VietがVietnam

    Insurance Corporationに組織変更された。同時に、Bao Vietと東京海

    上日動火災がVietnam International Assurance Campanyを設立し、外

    国企業を含む最初のジョイント・ベンチャーが営業を開始した。2001

    年にはフランスのGroupamaが100%出資の外国保険会社を始めて設立

    年 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

    モンゴル 0.32 0.37 0.36 0.39 0.40 0.44 0.57 0.54 0.51 0.49

    ベトナム 1.80 1.60 1.50 1.40 1.50 1.60 1.50 1.42 1.20 1.80

  • 生命保険論集第 202 号

    ―71―

    した。2007年にはWTOに加盟し、市場開放のための措置が講じられた。

    このようにベトナム政府は1996年以降、外資への保険市場開放に積極

    的であった。4)

    2016年現在では損害保険会社30社、生命保険会社18社5)、再保険会

    社2社、保険ブロ-カー会社13社である。損害保険会社30社のうち12

    社は外国資本が入っている保険会社、一方で、生命保険会社18社のう

    ち16社は外国資本が入っている保険会社である。また、生損保あわせ

    た2014年の純保険料は55,859VNDから2016年には101,767VNDへと二倍

    弱の急成長を遂げている。ベトナムでは最近、洪水や干ばつを経験し、

    保険の必要性について認識が高まっていて、2016年には前年比22%成

    長するなど保険市場ブ-ムとなった。2013年には、通達115号が出され

    て年金保険や任意加入退職年金基金に関する規制も整備された。2011

    年から2015年にかけてのベトナム保険市場の平均成長率は16%である

    が、生命保険は24.6%、損害保険は11.7%である。最近の保険市場の

    成長をけん引しているのは生命保険といえる。

    損害保険の市場占有率(収入保険料ベース)はPVIとBao Vietが18%、

    Bao MinhとPTIが8%、PJICOが7%であり、上位5社で60%近くを占

    める。また、内国会社が市場のほとんどを占めている。一方で、生命

    保険はPrudentialが27%、Bao Viet Lifeが26%、Manulifeが12%、AIA

    とDai-Ichiが10%と上位5社で85%を占める。生命保険市場は寡占的で、

    4)以下は、外資参入規制に関する小林(2017)よりの引用。「保険業法第59

    条で、保険会社は国営保険会社、株式会社、相互会社、合弁会社、100%外資

    出資の保険会社に区分されている。参入の際の要件は、政令 No.45/2007/ND-CP(Số:45/2007/NĐ-CP)第6条に規定されている。第一に、本国の保険監督当局から、ベトナムで営業予定の保険事業について認可を取

    得していること、第二に、本国で10年以上保険事業を継続していること、第

    三に参入前年の総資産が20億ドル以上であること、第四に3年以上、重大な

    法令違反をしていないことである。」 5)2016年末で生命保険会社は18社であるが、18社目のMB Ageas Lifeは営業を

    開始していない(免許は取得済)。

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―72―

    外国の保険会社の市場占有率が高い。

    損害保険の商品構成を収入保険料でみると、2016年末での主力商品

    は自動車保険31%、健康保険24%、財産保険19%となっている。生命

    保険の商品構成をみると、養老保険43%、ユニバーサル保険44%と貯

    蓄性・投資性商品の占率が高いのが特徴である。それ以外では、定期

    保険3%、年金保険が2%である。

    販売チャネルは専属の個人代理人が94%と主要チャネルであり、銀

    行窓販チャネルは6%程度である。しかしながら、足元では、バンカ

    シュアランスが急速に拡大している。損害保険では、Bao Viet

    insurance が HSBC や Techcombank と 提 携 、 PVI は Ocean Bank や

    Techcombankと提携している。生命保険ではPrudential、Manulife、

    Dai-Ichi、Generali、それに大手国営銀行の生保子会社であるVCLI

    (VietcombankとCardifのJV)やVietin-Aviva(最近Aviva単独に名称

    変更)、BIDV-Metlife等が銀行窓販チャネルの活用を進めている。

    5.結論

    ベトナムの経験から学ぶならば、モンゴルの保険市場、とくに生命

    保険市場の発展には外資への市場開放が必要である。外国会社を誘致

    するほどの経済的な需要がない、すなわち、モンゴルの人口が少数で

    あり国民の貯蓄も少ないなどいろいろな原因があるが、外資系会社が

    存在しない現在の状況を改善する必要性があろう。外資系会社はユニ

    バーサル保険のような投資性商品を提供でき、広告・販売戦略など優

    れたノウハウを有している。また、バンカシュアランスのさらなる発

    展にも注力するほうが良いであろう。モンゴルでは銀行セクターが発

    展しており、銀行の支店網を活用した保険販売経路の拡大は、その顧

    客基盤から考えて非常に有望であると思われる

    モンゴルは資本市場が未発達であり、国の経済発展のためには資本

  • 生命保険論集第 202 号

    ―73―

    市場育成が課題であるが、生命保険会社はその担い手として重要であ

    る。長期資金の供給はインフラ整備への投資とつながり、産業育成に

    つながるであろう。また、モンゴルでは高齢化が急速に進んでいて、

    社会保険基金が赤字になり、積み立て不足に陥るとの懸念が強い。こ

    のため、社会保険を補完する民間の年金保険市場の発展が必ずや必要

    になる。

    現在、モンゴルには生命保険会社が一社しか存在せず競争原理が働

    いていないことも問題である。また、その主力商品も健康保険、定期

    保険が中心で、中長期資金のもとになる養老保険、終身保険がほとん

    ど売れていない。保険知識の国民への普及のために、小学校から金融

    についての授業を行うことも長期的にみて有用な方策となるであろう。

    モンゴルの生命保険市場が未発達なのは、外資を導入するための法

    的整備が進んでいないなど、政府による市場育成に向けた十分な支援

    がないことが問題である。生命保険会社の基金を60億MNTに増額したこ

    とが営業活動の圧迫につながっていて、健全性を重視する政策も足か

    せとなっている。今後、これらの課題や問題点の改善が進むことを期

    待したい。

    参考文献

    1. 小林雅史(2017)「ベトナム保険業法-特色ある保険監督法」『保

    険・年金フォーカス(2017-05-24)』.

    2. 大和総研(2014)『モンゴルの金融インフラに関する基礎的調査』.

    3. 大和総研(2015)『ベトナムにおける金融インフラ整備支援のた

    めの基礎的調査』.

    4. 本間勝(2017)「社会主義型銀行制度の盛衰とその限界」、PRI

    Discussion Paper Series (No.17A-04) .

    5. Financial Regulatory Commission(2015)“List of legal in

    insurance market”.

  • モンゴル保険市場の現状と課題

    ―74―

    6. Hogan Lovells(2016)“Jurisdiction update: Vietnam's

    Insurance Market”.

    7. Insurance Association of Mongolia(2014)“Insurance history

    of Mongolia”.

    8. www3.asiainsurancereview.com(アジア保険市場レビュー)

    9. www.frc.mn (モンゴル金融規制委員会)

    10. www.mia.mn(モンゴル保険協会)

    11. www.ndaatgal.mn (モンゴル社会保険庁)

    12. www.nlic.mn (National Life Insurance LLC)

    13. www.nso.mn (モンゴル統計局)