分子モーターの集団運動と 衝撃波の解析 - 九州大...
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応用力学研究所研究集会報告No.17ME-S2
「非線形波動および非線形力学系の現象と数理」(研究代表者 梶原健司)
Reports of RIAM Symposium No.17ME-S2
Phenomena and Mathematical Theory of Nonlinear Waves and Nonlinear Dynamical Systems
Proceedings of a symposium held at Chikushi Campus, Kyushu Universiy,Kasuga, Fukuoka, Japan, November 9 - 12, 2005
Research Institute for Applied Mechanics
Kyushu University
May, 2006
Article No. 29
分子モーターの集団運動と衝撃波の解析
金山 侑子(KANAYAMAYuko),西成 活裕(NISHINARIKatsuhiro)
(Received March 1, 2006)
分子モーターの集団運動と衝撃波の解析
東京大学工学部 航空宇宙工学科 金山 侑子(KANAYAMA Yuko)
西成 活裕(NISHINARI Katsuhiro) 1. はじめに
1.1 本研究の特徴 離散モデルにより流体を捉える. 実験データをもとに生体内の分子をモデル化する.
流体力学における支配方程式は Navier-Stokes方程式である. Navier-Stokes方程式は連続体である流体の運動量保存を定式化したものであるが,これは非線形の微分方程式であり,一般に解くのは難しい. そこで連続体の方程式を差分化して数値計算する CFDが広く用いられている一方で,近
年ではセルオートマトン(Cellular Automaton, CA)のように対象を粒子の集まりとして最初から離散的なものと考える方法も出てきている.典型的な例は交通流であり,これはよ
く研究されていて渋滞の様子を再現することにも成功している.この手法を用いて,条件
によって渋滞領域と非渋滞領域の境界(すなわち衝撃波の位置)や全体の流れの様子がど
のように変化するのかを調べるとともに,CAによる離散モデルの流体力学に対する理解を深めることが本研究の目的である.
1.2 手法:セルオートマトン(Cellular Automaton, CA)とは CAとは有限次元の格子と単純な規則からなる計算モデルである.対象となる空間を等間隔に区切り,各格子内のとりうる状態を離散量として定義し,ある一定の時間変化に伴っ
て各セルの状態がどのように変化するかを定義すると,時間を更新したときに対象全体が
どのような変化をするのかを見ることができる.ひとつのよく知られた例として,交通流
の CAモデルを説明する. A) 道路を適当に等間隔に区切る.1つの区切りをサイトと呼ぶ. B) 1つのセルには車は 1 台だけ入ることが出来るとする. C) 時間も何秒かごとに等間隔に分ける.その一つの時間間隔を新しい時間 1 ステップとする.
D) 車のいるセルを 1,いないセルを 0 で表す. E) 前に車がいなければ車は時間 1 ステップで,1 サイト分動けるとする. 以上より,例えば進行方向を右にとれば,このルールにより車(この場合,数字の“1”の動きは図 1.1 のように表される.単純な規則であるが,これを見ると 1 のかたまり(渋滞部分) はきちんと後ろに伝播しており,これだけでもよい車の動きのモデルになっていることが研究されている.
1
状態量の数や,時間変化のルールを変えることによって,さまざまな CAモデルを作ることができる.
図 1.1 車の動きを表す CAモデルによる時間発展の様子
1.3 対象:分子モーターとは 今回の研究で対象にしたのは「分子モーター」と呼ばれる生体内タンパク質である. 分子モーターは,細胞内で微小管をレールとして一方向にすべり運動して必要な物質を
運んだり,また,筋肉を動かしたりする役割をも果たす.分子モーターには数十もの種類
があるが,今回の対象は主に神経細胞内での物質輸送を担うキネシンの一種である KIF1Aというタンパク質である.これによる細胞内輸送がうまくいかなくなるとアルツハイマー
病をはじめとした神経疾患につながるのではないかという説もある.
図 1.2 微小管上を動くキネシン
2. モデル化 2.1 KIF1Aの特性
ATPK KT
図 1.3 KIF1Aの特性
ADP hydrolysis
Pi KDP KD
1: Rigor
2: Brownian
Motion
2
A) KIF1Aは図 1.3のように ATPと結合して構造を変えていく. K:何も結合していない状態, KT:ATPが結合している状態, KDP:ATP が加水分解されて ADP とリン酸(Pi)になった状態(ただし存在時間が短いので全体の過程を考えるときには無視できる), KD:Piが放出された状態. KDから ADPが放出されると再び Kの状態になり,KIF1Aはこの 4状態を 1サイクルとして構造変化する過程で,一方向に進んでいく.
B) K,KT の状態では微小管の一点に固定されており,KD の状態では微小管上で自由にブラウン運動をしている.
C) KDが ADPを放出して Kになるとき,すなわち,ブラウン運動により動いている状態からある一点に結合・固定するときに,いくらかの確率で前方に移る.
D) KIF1Aは微小管上で結合できる位置が微小管の構造によって決まっているので(図1.2),前方移動の各ステップの幅は 8nmである.
E) KDP が Pi を放出して KD になるときに微小管から離れてしまうことがある.逆に,微小管の途中にあいている箇所があればそこに KIF1Aが付着する.
2.2 KIF1Aの CAモデル KIF1Aの動きの規則を以下にまとめ,必要なパラメータを定義する(図 2.1).
図 2.1 KIF1Aの 2状態モデル (1) 各サイトの状態は,KIF1Aがいないとき“0”,K,KTの状態で存在しているとき“1”,KDの状態で存在しているとき“2”とする (2) 両端以外の箇所のサイトにおいて,粒子の存在しないサイトには単位時間当たり確率 aω で状態“1”の粒子が吸着する. (3) 状態“1”の粒子が存在しているサイトは単位時間当たり確率 dω で粒子が離脱す
る. (4) 状態“1”の粒子は,単位時間当たり確率で加水分解を起こし,状態“2”となる. (5) 状態“2”の粒子は単位時間当たり確率 sω で ADPを放出して状態“1”へと遷移
3
する.そのときに,一つ前のサイトが空いている場合には単位時間当たり確率 fω で一
つ前のサイトに移動する. (6) KD状態の粒子は単位時間当たり確率 bω で前または後ろに 1サイト移動する.
ただし境界では図 2.1のように異なった流入・流出確率を定義する。
2.3 パラメータについて 定義した 6個のパラメータのすべてが生化学的な実験から推測できる. このうち aω は KIF1A濃度に比例し, hω は ATP濃度に依存するが,ほかは条件によらず定数となる.
410 [ ]( )a K in M msω 1− (1)
10.00001d msω − (2)
10.1455s msω − (3)
10.0545f msω − (4)
( )
1
10.14 9[ ]h
mM msATP in mM
ω−
−⎛ ⎞+⎜⎜
⎝ ⎠⎟⎟ (5)
11.125b msω − (6)
2.4 方程式 このモデルに関して,時間 tにおいてマイナス端から 番目のサイトで,状態“1”の粒子と状態“2”の粒子を見出す確率(存在確率,密度)をそれぞれ , とし,i番目のサイトにおけるそれぞれの時間変化を方程式で表すと次のようになる.
i
ir ih
1(1 ) (1 )ia i i h i d i s i f i i
dr r h r r h h r hdt
ω ω ω ω ω −= − − − − + + − − i (7)
1 1
1 1 1 1 1 1
(1 )
(2 ) ( )(1 )
is i h i f i i i
b i i i i i b i i i i
dh h r h r hdt
h r h r h h h r h
ω ω ω
ω ω
+ +
+ + − − + −
= − + − − −
− − − − − + + − − (8)
式(7)および式(8)を連続体近似して,それぞれ状態“1”と“2”の粒子の密度分布を表す方程式を導出する.空間と時間の連続量として
/ (0x i L x 1)= ≤ ≤ (9)
4
/t Lτ = (10) を定義すると
2
1 2 2
1 1i
r rr rL x L x±∂ ∂
= ± + ±∂ ∂
(11)
2
1 2 2
1 1i
h hh rL x L x±∂ ∂
= ± + ±∂ ∂
(12)
と近似できる.これらを式(7)および式(8)に代入し,1/ の 1次の項まで取って,さらに時間微分を 0にすると,定常時に状態“1”と“2”の粒子の密度分布 および の満たす方程
式は
Lr h
( ) ( )
( ) ( )1
0
f f a
a d h s f a
hr h Lh r h Lx
L r L
ω ω ω
ω ω ω ω ω ω
∂+ − − + +
∂− + + + + − =h
(13)
( ) ( ) 0f f f h s fh rh h Lh r h Lr L hx x
ω ω ω ω ω ω∂ ∂+ + + + − +
∂ ∂= (14)
本研究では 2.1で説明した規則による数値計算と,式(15)および式(16)を数値積分した結果を比較検討した. 数値積分の際, 0x = から積分した結果と 1x = から積分した結果は連続的にはつながら
ない場合,流量保存の条件を満たす点が成り立つ xを不連続点(Domain Wall, DW)の位置とした.状態“1”,状態“2”の粒子の存在確率(すなわち密度)がそれぞれ から , から
へと不連続に変化するところでは, lr rr lh rh
( ) ( )1 1f l l l f r rh r h h r hω ω− − = − − r (15)
を満たすと考えられる.
5
3. 結果と結論
10.00001 0.0001a msω −≤ ≤ ,10 1.0h msω −≤ ≤ の範囲で数値計算した.
3.1 0.00001aω = , 0.2hω = の場合
0 100 200 300 400 500 600site
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytilibaborP
1
1
0.0001
1.12560000
d
b
ms
mst ms
β ω
ω
−
−
= =
==
0 100 200 300 400 500 600site
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytilibaborP
1
1
01.125
60000b
msms
t m
β
ω
−
−
=
== s
s
1
1
00
60000b
msms
t m
β
ω
−
−
=
=
=0 100 200 300 400 500 600
site
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytilibaborP
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1x
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
wolf
数値積分 (流量)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1x
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytisned
数値積分 (密度分布)
*流量の実線は式(15)左辺,破線は式(15)右辺
図 3.1 0.00001aω = , 0.2hω = の結果 A) ブラウン運動確率 bω は拡散効果を与えるだけで,全体の流れの様子,特に DWの位
置には影響を与えない. B) 左端での流出確率 β が十分に小さい領域では全体の流れの様子はほとんど変わらない.β を大きくしていくと,あるβ を境にして流れの様子は全く違ったものになる.
6
3.2 0.00001aω = , 1.0hω = の場合
0 100 200 300 400 500 600site
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytilibaborP
1
1
00
60000b
msms
t m
β
ω
−
−
=
== s
s
1
1
00
200000b
msms
t m
β
ω
−
−
=
=
=0 100 200 300 400 500 600
site
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytilibaborP
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1x
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
wolf
数値積分 (流量)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1x
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ytisned
数値積分 (密度分布)
図 3.2 0.00001aω = , 1.0hω = の結果 C) 流れが定常になるまでの時間はパラメータによって異なり,特に hω の値が大きくなるほど時間がかかる.
D) 本研究で扱ったモデルは Taylor 展開の一次の項まで取ることにより,連続体として近似できる.
E) 粒子の吸着確率 aω の値が大きいと一次元格子上の粒子の数が増えて渋滞現象を起こしやすくなる.
F) 加水分解確率,すなわち状態“1”から状態“2”への遷移確率 hω の値が大きくなると,全体的に状態“2”の割合が増加し,DWの位置が左側寄りになる.
他のパラメータでの計算結果を後ろにまとめて載せる.
4. 今後の課題 1. 複数の微小管を行き来するモデル 2. 微小管の両端の伸縮を考慮する 3. 例外的な特性を持った分子による撹乱 などさまざまな発展が考えられる.
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5. 図表
図 5.1 ,11.125b msω −= 10.0001d msβ ω −= = のときの aω , hω による密度図の変化
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図 5.2 ,11.125b msω −= 10msβ −= のときの aω , hω による密度図の変化
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図 5.3 ,10b msω −= 10msβ −= のときの aω , hω による密度図の変化
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図 5.3 10.0001d msβ ω −= = のときの aω , hω による数値積分密度図の変化
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