新型インフルエンザ - medience.co.jp ·...

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33 安井 良則 やすい よしのり 新型インフルエンザ 動向と今後の対策 講演 3 2009 年 4 月から始まった新型インフルエンザはメキシコとアメリカで報告されて以 降,瞬く間に世界中に広がり,日本においても大阪府・兵庫県での発生を皮切りに 全国的に発生した.大阪府で実施された新型インフルエンザの調査を解析した結果, 推定受診患者数や死亡率に加え,特異的な臨床症状が明らかとなった. 国立感染症研究所 感染症情報センター 主任研究官 はじめに 2009 年にブタインフルエンザから新型インフルエ ンザが発生し,日本も含めた全世界に瞬く間に広 がりました.新型インフルエンザは,世界的には「イ ンフルエンザ・パンデミック」と呼ばれており,過 去に何度も出現しています.その頻度は,1847 年 以降は 10 ~ 40 年の間隔となっています(図1 ). 20 世紀に出現した新型インフルエンザは 3 回で, すべてA 型です.新型インフルエンザが出現すると, それまで流行していたA型インフルエンザが低流行 になるということを繰り返してきました. 2009 年の新型インフルエンザでは,4 月以降日 本でも感染者が報告され,大きく報道されたわけ ですが,国立感染症研究所が最も気を付けた点は, 絶対にパニックにならないように注意することです. そのために,政治,行政,医療関係者,教育関係者, メディア,そして一般の方々に,できる限り正しい情 報を早く提供することを心掛けました. しかし,インフルエンザが飛来後の数日間は臨床 像も不明で正確な情報がなく,加えて非常にセンセー ショナルに報道されたこともあり,以後1~ 2 カ月は 「過剰心配症候群」とも言える状況がみられました. 6月になって鎮静化すると,今度は新型インフル エンザなんて大したことはないという「楽観視症候 群」の状況になりました.本来インフルエンザは「正 しく恐れる」必要があるのですが,それは容易なこ とではありません. 1580 年以来 10~30 回のパンデミック(地球規模での大流行)が発 生している. しかし,香港インフルエンザ以来,幸い 40 年近くパン デミックは発生していなかった. 1850 1900 1950 2000 1847 1889 1899 1918 1957 1968 42 年 10 年 19 年 39 年 11 年 1918:スペイン型インフルエンザ 2千万~ 4千万人の死亡者 (日本39万人) A(H1N1)第一次世界大戦 1957:アジア型インフルエンザ 2 百万人の死亡者 A(H2N2)いざなぎ景気/長島,ジャ イアンツに入団 1968:香港型インフルエンザ 百万人の死亡者 A(H3N2)三億円強奪事件 図 1 新型インフルエンザ出現のサイクル キーワード 新型インフルエンザ,疫学調査,学校休業,感染症発 生動向調査,血清疫学調査,中和抗体価,インフルエ ンザワクチン,予防,新型インフルエンザの臨床症状

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33

安井 良則 やすい よしのり

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

講演3

2009 年 4月から始まった新型インフルエンザはメキシコとアメリカで報告されて以降,瞬く間に世界中に広がり,日本においても大阪府・兵庫県での発生を皮切りに全国的に発生した.大阪府で実施された新型インフルエンザの調査を解析した結果,推定受診患者数や死亡率に加え,特異的な臨床症状が明らかとなった.

国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官

 はじめに 2009 年にブタインフルエンザから新型インフルエンザが発生し,日本も含めた全世界に瞬く間に広がりました.新型インフルエンザは,世界的には「インフルエンザ・パンデミック」と呼ばれており,過去に何度も出現しています.その頻度は,1847年以降は10 ~ 40 年の間隔となっています(図1).

 20 世紀に出現した新型インフルエンザは 3回で,すべてA型です.新型インフルエンザが出現すると,それまで流行していたA型インフルエンザが低流行になるということを繰り返してきました. 2009 年の新型インフルエンザでは,4月以降日本でも感染者が報告され,大きく報道されたわけですが,国立感染症研究所が最も気を付けた点は,絶対にパニックにならないように注意することです.そのために,政治,行政,医療関係者,教育関係者,メディア,そして一般の方々に,できる限り正しい情報を早く提供することを心掛けました. しかし,インフルエンザが飛来後の数日間は臨床像も不明で正確な情報がなく,加えて非常にセンセーショナルに報道されたこともあり,以後1~2カ月は「過剰心配症候群」とも言える状況がみられました. 6月になって鎮静化すると,今度は新型インフルエンザなんて大したことはないという「楽観視症候群」の状況になりました.本来インフルエンザは「正しく恐れる」必要があるのですが,それは容易なことではありません.

1580年以来10~30回のパンデミック(地球規模での大流行)が発生している. しかし,香港インフルエンザ以来,幸い40年近くパンデミックは発生していなかった.

1850

1900

1950

2000

1847

1889

1899

1918

1957

1968

42 年

10 年

19 年

39 年

11 年

1918:スペイン型インフルエンザ2千万~4千万人の死亡者(日本39万人)A(H1N1)第一次世界大戦

1957:アジア型インフルエンザ2百万人の死亡者A(H2N2)いざなぎ景気/長島,ジャイアンツに入団

1968:香港型インフルエンザ百万人の死亡者A(H3N2)三億円強奪事件

図1 新型インフルエンザ出現のサイクル

キーワード

新型インフルエンザ,疫学調査,学校休業,感染症発生動向調査,血清疫学調査,中和抗体価,インフルエンザワクチン,予防,新型インフルエンザの臨床症状

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 大阪での疫学調査 2009 年 5月16日,新型インフルエンザ国内発生の第1例目が神戸で報告されました.その翌日から大阪において感染症情報センターによる疫学調査が行われたので,その結果について紹介させていただきます. 兵庫県では複数の高校で中規模の集団感染[P50参照]が発生しましたが,大阪府は大規模な集団感染が1校でみられました.確定例は 105 名で,38℃以上の発熱,咳,熱感・悪寒,咽頭痛,鼻汁・鼻閉などの典型的なインフルエンザ様症状が認められました(表 1).通常の季節性インフルエンザで高率にみられる,全身倦怠感,頭痛,関節痛,筋肉痛なども認められています. そして,新型インフルエンザでは季節性インフルエンザと同様に,抗インフルエンザウイルス薬を早く服用することで有熱期間が短くなることも分かりました(表 2).服薬開始日別に,発病日(Day0),発病翌日(Day1),発病翌々日以降(Day2~ 5)で比較したところ,発病日(Day0)に服用した患者さんは平均有熱期間が他と比べて短期間になっています1). 臨床像を表 3に示します.新型インフルエンザは通常の季節性インフルエンザとほぼ同様で,潜伏期間は 2~ 4 日間で,迅速診断キットの陽性率は発病翌日が一番高いことも明らかになりました.

 学校休業の効果および問題点 大阪府では,府内の公立高等学校および公立中学校はすべて1週間の全校休業,流行地域では市立小学校,市立幼稚園,府立支援学校(養護学校)も休業,私立学校は府内の全校が公立学校に準じて休校──という大規模な学校休業の措置がとられました.

38℃以上の発熱

熱感,悪寒,38℃以下の発熱

咽頭痛

鼻汁・鼻閉

94/105

86/104

66/99

68/104

62/104

89.5%

82.7%

66.7%

65.4%

59.6%

全身倦怠感

頭痛

関節痛

筋肉痛

下痢

腹痛

結膜炎

嘔吐

57.7%

52.1%

34.0%

19.8%

19.8%

6.6%

6.4%

5.3%

56/97

50/96

32/94

19/96

19/96

6/91

6/94

5/94

大阪府,神戸市における新型インフルエンザの臨床像(第 2報):厚生労働省ホームページhttp://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/2009/06/0612-01.html

A中学・高等学校生徒・教職員の全陽性者(n=105,2009 年5月11日~5月31日発症)

表1 新型インフルエンザPCR 陽性症例の症状

表 2 服薬開始日と有熱期間

Prescription dayfrom onset of fever*

Day 0

Day1

Day2-5

39

39

12

1.90 days

2.51 days

3.42 days

0.821

0.970

1.379

P<0.001

* : Fever 38℃** : One-way ANOVA

P-value**SDNo. of cases

Average duration of fever

表 3 新型インフルエンザの臨床像まとめ

・大阪事例における RT-PCR 陽性例171名はすべて臨床的に入院を要するとは評価されず,入院例は感染症法上の措置入院の適応によるものであり,重症例は認められなかった.

・38℃以上の発熱,咳・咽頭痛・鼻汁・熱感等の症状は調査対象患者で共に高率に認められた.

・潜伏期間は大阪の事例に関しては2~4日間と推定できた.

・迅速診断キットの陽性率は,施行時期によりばらつきがあり,偽陰性率も25%前後あることから,検査結果が必ずしも感染状況を反映するものではない.

・発病後早期に抗インフルエンザウイルス薬の内服を開始すれば,有熱期間の短縮が期待できる.

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 集団感染が起こった学校の流行曲線を図2に示します.赤色は診断確定例,青色はインフルエンザ様症状がみられたけれども診断に至らなかった例(疑い例)です.特に流行が始まった当初は検査が行われていないため,疑い例が多くみられます.この学校では 5月9日からA型インフルエンザの集団感染が高校2年生を中心に起こっており,3日間の学年閉鎖を行っています.そして16日には

図 2 発症日を基準としたA中学・高等学校でのインフルエンザ様症状発症例(確定例/   疑い例)の流行曲線

図 3 大阪府内の新型インフルエンザ発生患者数推移(2009年 5月17日~7月24日)

30

25

20

15

10

5

0

4月28日

4月30日

5月02日

5月04日

5月06日

5月08日

5月10日

5月14日

5月12日

5月16日

5月18日

5月20日

5月22日

5月24日

確定例:88名

疑い例:108 名

発症日不明:2名

高2学年閉鎖13日~ 15日

学校休業5月16日~

学校休業を決めて2週間の休校を実施したところ,患者発生数が急速に減少しました. 図 3は大阪府全体の流行曲線です.5月17日から7月23日までの新型インフルエンザ確定例,RT-PCR[P49 参照]陽性例を示します.一斉休校によりいったんは鎮静化を認めて以降は,海外からの帰国者を中心に散発例があった程度でしたが,6月中旬すぎから本格的な増加を示しま

発症者数100

90

80

40

60

50

40

30

20

10

0

診断確定日

いったんは鎮静化!

5.17 5.20 5.23 5.26 5.29 6.1 6.5 6.7 6.10 6.14 6.17 6.20 6.23 6.26 6.29 7.2 7.5 7.8 7.11 7.14 7.17 7.20 7.23

大阪府立公衆衛生研究所ホームページ: http://www.iph.pref.osaka.jp/infection/infl u/shingata-hassei.html

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図 4 発症日別報告数

2009 年 5月に大阪府・兵庫県でとられた対策により,他の北半球の国々でみられた春から夏にかけての新型インフルエンザ流行の第一波は,日本では阻止された可能性が高い.

300

250

200

150

100

50

0

した.図 4を見ると,大阪府と兵庫県で鎮静化した後に全国的な感染発症が始まり,徐々に拡大していったことが分かります. 大阪府・兵庫県のウイルス株はほぼ同一でしたが,その後全国的に拡大したウイルス株とは異なっていたことが最近の論文で明らかになりました.これは,大阪府・兵庫県のウイルス株が大規模な休校によって消滅した可能性があることを示しています. また,休校によりいったん感染が鎮静化したことから,休校には本格的な流行までの時間稼ぎを可能にする側面もあると思います.その意味で大規模な休校は感染拡大防止に非常に効果があると考えます.ただし,学校の行事が詰まってしまうという問題や,休校してもいつか再び流行が起こって,いずれは感染が拡大するということがあるため,休校実施のタイミングや目的,規模は明確にする必要があります.

 新型インフルエンザの発生動向 インフルエンザの感染症発生動向調査は1医療機関当たりの1週間の受診患者数をまとめます.1月から第 1週がスタートし,12月の最終週を53週としますが,インフルエンザのグラフは 9月第 1週つまり第 36週からスタートし,8月の最終週つまり第 35週までを1シーズンとしています.インフルエンザの流行が冬であるため,第 1週から開始すると12月と1月で切れてしまうので,それを避けるために最も患者数が少なくなる8月最後の第 35週と第 36週で区切っているのです. 新型インフルエンザが日本国内に侵入した第 20週(5月)では例年通りインフルエンザ患者数は低下しているのですが,第 28 週(7月下旬)から増加し始め,第 48 週(11月下旬)にピークを迎えました.ピーク時の1週間の推計受診患者数は189万人です(図 5).

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

n=4,422(7 月 23 日現在,厚生労働省把握分のうち発症日と自治体の記載のある者) 

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 インフルエンザ定点医療機関は全国に約 5,000カ所あり,これらの医療機関で受診した患者数に基づいて作成されたインフルエンザ流行曲線によると,第 28 週(7月下旬)から増加し始めました.これらのほとんどが新型インフルエンザであったと考えられます.

5.0

4.5

4.0

3.5

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

☆ 定点あたり報告数が1.0を超えた状態は2009年第33週より始まり,2010年第8週まで続いた.

 定点当たり報告数が 1.0を超えると流行と言います.第 33週(8月)から1.0を超えて,これは 2010年の第8週(2月)まで続きました(図 6).よって,流行期間は 29 週間となり,2000 年以降10シーズンの中では最も長期間でした. 累積患者報告数から計算した推計受診患者数を

図 6 新型インフルエンザの流行

☆ピーク時の定点あたり報告数は39.63, 1週間の推定医療機関受診者数は約189万人!

60.0

50.0

40.0

30.0

20.0

10.0

0.0

図 5 インフルエンザの流行曲線(2000 ~ 2010 年第 22 週(5月31日~ 6月6日)現在まで)

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シーズン

2000/2001

2001/2002

2002/2003

2003/2004

2004/2005

2005/2006

2006/2007

2007/2008

2008/2009

新型インフルエンザ

10.59

19.43

38.73

33.00

50.07

32.39

32.94

17.62

37.45

39.64

13週間

16週間

17週間

14週間

17週間

16週間

18週間

19週間

25週間

29週間

28万人

65万人

121万人

76万人

148万人

90万人

105万人

64万人

131万人

200万人

累積患者報告数ピーク時の定点当たり報告数

定点あたり報告数が1.0以上であった期間

推計受診患者数1,770万人

推計受診患者数2,059万人

表4に示します.新型インフルエンザの推計受診患者数は 2,059万人となり,それまで季節性インフルエンザで最も多かった 2004 ~ 2005 年の1,770万人を超えました.ピーク時の定点当たり報告数は,2004 ~ 2005 年の方が 50.07と新型インフルエンザの39.64よりも多いのですが,定点当たり報告数が 1.0 以上であった期間が新型インフルエンザは 29 週間と長期間であったため,流行の規模は例年の季節性インフルエンザよりも大きくなったと

表 4 過去 9シーズンと新型インフルエンザの流行の比較

図 7 インフルエンザ全国推定受診患者数   年齢別割合(2009 年第 28 週~ 2010 年第15 週)

■ 0~4歳■ 5~9歳■ 10~14歳

■ 15~19歳■ 20~29歳■ 30~39歳

■ 40~49歳■ 50~59歳■ 60~69歳

4.9%

■ 70歳~

総推計受診患者数2,072万人

2.3%0.8%

0.7%

11.1%

25.3%

23.1%

13.6%

10.6%

7.5%

考えられます.季節性インフルエンザの規模は,推計受診患者数で約1,000万人前後になるので,新型インフルエンザは通常の季節性インフルエンザの約 2倍だったことが分かります. 推計受診患者数を年齢群別にみると,5~ 9歳が 25.3%で最も多く,続いて10 代前半23.1%,10代後半13.6%,0 ~ 4歳 11.1%,20 代 7.5%という順でした(図 7). 5~9歳が最も多かった点は季節性インフルエンザと同様ですが,その次に多いのは,季節性インフルエンザでは 0 ~ 4歳なのに対し,新型インフルエンザでは10 代であったということが大きな特徴です.患者年齢のこの特徴は新型インフルエンザが高校生間での集団感染から始まったため,それが次に中学生や小学生に拡大したこと,そして0~ 4歳に拡大しかけたところで(11月,12月),流行そのものが収束したことなどによって生じたものと考えられます. インフルエンザウイルス[P49 参照]の検出を図 8に示します.2008年 9月~2009年 8月のシーズンではAH1(Aソ連型,青線)の分離が多く,ほとんどがタミフル耐性遺伝子を持っていました.AH3(A香港型,グレー線)はそれほど多くなく,春にはB型(黄緑線)が多く検出されました.第 20 週(5

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

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月)に新型インフルエンザの報告(AH1pdm,赤線)もありましたが,A香港型の方が多くみられました.その後は新型インフルエンザウイルスの独壇場です.2009 年第 28週(7月)から2010 年第 13週(3月31日)まで総報告数 29,739 検体のウイルスが検出され,そのうち新型インフルエンザウイルスのAH1pdmは99.2%を占めました.この流行期間中,日本国内で発生したインフルエンザの99%以上が新型インフルエンザであったと考えられます. 新型インフルエンザが原因で入院した患者数は

厚生労働省のデータによると,2009 年 7月18日~2010 年 3月31日までに17,646 名で,最も多いのは 5~ 9歳で40%(7,050 名)を占めていました.その次は 0 ~ 4 歳の 24.9%(4,386 名)です.14歳以下が全体の約8割を占め,男性 62.6%,女性37.4%という結果でした. 入院率を図 9に示します.2008 年の人口動態統計に基づいて算出していますが,人口1万人当たりの入院率は全体では1.4でした.最も入院患者が多かったのは 5~ 9歳で,次いで 0~ 4歳,10 ~

図 9 人口1万人当たりのインフルエンザによる入院率年齢群別グラフ (2009 年 7月28日~ 2010 年 3月30日)

14.00

12.00

10.00

8.00

6.00

4.00

2.00

0.00全体 10~14 15~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~

☆人口1万人当たりの全体の入院率は1.40,年齢群別では5~9歳,0~4歳,10~14歳の順であった.

8.20

12.29

4.29

0.911.40 0.31 0.22 0.26 0.28 0.28 0.45

0~4 5~9

講演3講演3新型新型インフルエンインフルエン

講演3新型インフルエン

図 8 インフルエンザウイルス検出報告週別グラフ(2008 年第 36 週~ 2010 年第 22 週)

2010年6月12日現在

1800

1600

1400

1200

1000

800

600

400

200

0

☆2010年第13週までの総報告数29,739検体中,AH1pdmは29,491検体(99.2%)を占める.

2008 2009

AH1 AH3 B AH1pdm

2010

平成 20 年度人口動態統計, 性・年齢別推計人口;2008 年10月現在: http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001057781

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図 10 人口10万人当たりのインフルエンザによる死亡率年齢群別グラフ(2009 年 7月28日~ 2010 年 3月30日)

0.40

0.35

0.30

0.25

0.20

0.15

0.10

0.05

0.00全体 0~4 5~9 10~14 15~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~

☆人口10万人当たりの全体の死亡率は0.16,年齢群別では0~4歳,5~9歳,70歳以上の順であった.

0.37

0.23

0.080.05

0.16

0.08 0.08

0.19 0.180.15

0.22

図11 推計受診患者 1,000 人当たりのインフルエンザによる 入院率年齢群別グラフ(2009 年 7月28日~ 2010 年 3月30日)

7.0

6.0

5.0

4.0

3.0

2.0

1.0

0.0全体 0~4 5~9 10~14 15~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~

☆推計受診患者1,000人当たりの全体の入院率は0.85,年齢群別では70歳以上,60~69歳,0~4歳, 5~9歳の順であった.

1.921.36

0.53 0.200.85 0.20 0.26 0.411.03

2.79

5.97

14 歳の順となります. 人口10万人当たりの新型インフルエンザによる死亡率は,全体で 0.16と他国に比べて非常に低いと言われています(図10).年齢別の内訳は 0~ 4歳が最も高く,次いで 5~ 9 歳,70 歳以上,40代の順になっており,10 代,20 代,30 代は低いという結果でした. 今回の新型インフルエンザでは入院率も死亡率も9歳以下の小児で高く,これらの年齢層の患者さんに対するインパクトは大きいものであったと予想

されます.従って,この年齢層に対してワクチンを優先的に接種したことは,結果的に正しかったと言えると思います. しかし,実際に発病した患者さんを母数として推計受診患者1,000人当たりのインフルエンザによる入院率を見ると(図11),全体では 0.85ですが,70 歳以上の入院率が 5.97と最も高く,次いで 60代 2.79,0 ~ 4歳 1.92,5~ 9歳 1.36 の順となります.同様に死亡率についても,発病した患者さんを母数にとり推計受診患者1万人当たりの致死

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

平成 20 年度人口動態統計,性・年齢別推計人口;2008 年10月現在: http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001057781

平成 20 年度人口動態統計,性・年齢別推計人口;2008 年10月現在:http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001057781

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率を見ると,全体で 0.10,70 歳以上が 3.00,60代 1.47,50 代 0.66と高年齢になるほど致死率が高くなりました(図12). 今回の新型インフルエンザは流行のピークが低く,流行期間が長期間にわたったことにより,患者さんの医療機関への過度な集中を避けることができました.これは,死亡率が低下した1つの要因と言えるかもしれません.また,他国に比べて死亡率が低かった理由として,日本ではインフルエンザを発病したら病院で診てもらうのが当然となっていますが,例えば欧米では相当重症化した場合のみ病院で診てもらうという違いが挙げられます.

 血清疫学調査 次に,2009 年 5月から新型インフルエンザ H1N1が集団感染した大阪の高校で血清疫学調査を実施したので,その結果を紹介します. 5月に調査を実施し,その後8月に再度同校に行き,高校生 550 名と教職員など計 647名に採血検査を実施しました.大阪府公衆衛生研究所で中和[P50参照]抗体法による抗体検査を実施し,疫学的な検討を行いました.同時にアンケートも実施し,5月から8月の採血日までの健康状況を記入してもら

い,インフルエンザ様症状,発熱,感冒様症状の有無などについて質問しました. 新型インフルエンザウイルスへの感染期間は5~8月までの4カ月間に絞られるため,抗体価が高ければその4カ月間に感染したと判定できます.また,新型インフルエンザにはワクチンがなかったため,血清疫学調査を実施するのに適していると考えました. 中和抗体価の分布図を図 13に示します.10 倍未満が 334 名と半数以上を占めています.10 倍,20 倍,40 倍という値を示す例もみられますが,これら全員が感染しているわけではありません.抗体価の分布は非感染者が左に来て(青線),感染者が右に来る(緑線)ので,判定基準をどこに設定すればよいのかが問題になります.基準線を左に設定して基準値を低くすると感度が高くなり,その基準値より高値を示す患者さんはほとんどが感染者として網羅できますが,非感染者も多数が感染者として数えられてしまいます.今回は基準を決定するにあたって,できる限り高い基準にしようと考え,160 倍としました.ただし,そうすると感染したにもかかわらず抗体価の低い人たちは除かれてしまいます.しかし,特異度を高くすることを優先し160倍としました. また,RT-PCR 陽性 21名の抗体価分布を見た

図12 推計受診患者 1万人当たりのインフルエンザによる 致死率年齢群別グラフ(2009 年 7月28日~2010 年 3月30日)

3.5

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0全体 0~4 5~9 10~14 15~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~

0.09 0.03 0.01 0.010.10 0.05 0.090.66

1.47

3.00

☆推計受診患者10,000人当たりの全体の致死率は0.10,年齢群別では70歳以上, 60~69歳,50~59歳,40~49歳の順であった.

0.31

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あり44.9%(44 名)という結果が得られました.つまり,新型インフルエンザへの感染は全員初めてであり,ほとんどは免疫が備わっていない状況でした.しかし,その中でも典型的なインフルエンザ様症状を呈する人は一部のみで,まったく症状のない人もいました.このことは,典型的なインフルエンザ様症状を呈した患者さんというのは感染者の一部に過ぎず,発病者と考えられた人だけを隔離しても感

図14 5月流行時にRT-PCRで新型インフルエンザ 感染と確定した人の抗体価分布

図15 抗体価160倍以上の対象者の症状(5~ 8月)

注:2009年12月7日現在の数値であり,今後変わる可能性がある.

100%

90%

80%

70%

60%

50%

40%

30%

160以上

80-159

40-79

10-39

<10

20%

10%

0%

抗体価

<1010142028405680112160224320448640896

>1280計

人数

2

1423

52221

85.7%

4.8%9.5%

症状なし

軽度の症状

ILI あり

☆採血者全体での160 倍以上の抗体価を有する者は102名であったが,そのうち5~ 8月の症状が明らかであり,分析可能な者は98名であった.

ILI : 38℃以上の発熱 + 咳嗽または咽頭痛軽度の症状 : 38℃以上の発熱,咳嗽,咽頭痛,鼻汁のいずれかがあるものの ILIの定義を満たさない.

18.4%18 名

36.7%36 名

44.9%44 名

ところ,85.7%は抗体価が 160 倍以上であったことから,この結果も考慮して判定基準を160 倍としました(図14). さらに,647名のうち抗体価 160 倍以上を示した102 名の中から5~ 8月の症状がすべて分かっている98 名を対象にして,症状について調査したところ(図15),「症状なし」18.4%(18 名),「軽度の症状」36.7%(36 名),ILI(インフルエンザ様症状)

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

図13 全体の抗体価分布

400

334

4726 27 18 18 15 24 9 6 12

350

300

250

200

150

100

50

0<10 10 14 20 28 40 56 80 112 160 224 320 448 640 896 >1280

どこに線を引いて,判定基準とするか?

感度が高い 特異度が高い (抗体価)

n=647

(人)

注:2009年12月7日現在の数値であり,今後変わる可能性がある.

非感染者の分布

感染者の分布4218 10 21 20

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染対策としては有用ではないということを示唆すると考えられます. また,今回の研究の結果,中和抗体価が 160倍以上であったにもかかわらず,採血時まで無症状であった患者さんが 18 名いたことが分かり,新型インフルエンザでも不顕性感染があることがデータにより初めて確認されました.

 ワクチン 2009年12月にWHO主導の国際会議(Gloval Advisory Committee on Vaccine Safety;GACVS)が開催され,新型インフルエンザワクチンには想定外の副反応報告はなく,従来のワクチンと安全性は変わらないと結論付けられました.WHOが2010年2月に策定したインフルエンザワクチンの次期推奨株は,Infl uenza A(H1N1),Infl uenza A(H3N2),Infl uenza Bです.なお,H1N1には新型インフルエンザ株を使用するよう推奨しています. 最近の日本におけるインフルエンザ発生状況を見てみると,Infl uenza A(H3N2)のいわゆるA香港型は現在も継続的に患者さんが発生しています.B型はビクトリア系統を中心に検出されています.WHOからの情報およびインフルエンザの発生状況を考慮し,4月5日の株選定会議において,日本の次期インフルエンザワクチンは,この3 種類で製造することに決定しました. 高齢者はおそらく季節性ワクチンとして,従来通り一部公費負担になると思われますが,小児への接種は現行通りでいけば任意接種となります.

 インフルエンザの予防 今回の新型インフルエンザに関して言えば,特に初期に誹謗中傷,風評被害が起こり,中には興味本位の情報や金銭目的の手段として人を不安に陥れるような情報もあったように思います.感染症

危機管理としては,そのようなことが起こることも予測すべきとは思いますが,実際に情報を取得する際には感染症情報センターなどから発信される確かな情報に関心を持ち,興味本位のものには惑わされないように注意することが大切です. 従来のインフルエンザの感染経路は飛沫感染です.基本的には患者さんの飛沫を介して経気道的に感染します.新型インフルエンザも同様ですが,時には手指に付着したウイルスを経気道的に吸い込むことによる接触感染もあります.また,まれに特殊な環境下で飛沫核感染(空気感染)の可能性もあると言われていますが,通常の社会生活においては考慮する必要はないと考えてください. 飛沫感染を防ぐには,くしゃみや咳による飛沫を防止するための適切なマスクを使用することが大切です.一般的には不織布性マスク(外科用マスク)で十分です.飛沫は 2m以内に飛散するので,症状を呈する人には近づかない方が良いでしょう.接近せざるを得ない場合はマスクの着用を心がけます(図 16).飛沫感染はまったくの他人同士で拡大するのではなく,今回の新型インフルエンザが学校で集団感染したことからも分かるように,友人同士や家族など親しい間柄において拡大しやすいことも忘れてはなりません. パンデミック対策では,通常のインフルエンザ対策やサーベイランスが大切になります.これらがなければ,新型インフルエンザ対策はできません.今回も日頃のサーベイランスがあったので,新型インフルエンザ対策,サーベイランスが実施できました.また,大切なのは普段からの個人の健康管理です.マスク,手洗い,うがいなどの習

図16 米国CDCの感染予防ポスター

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表 5 新型インフルエンザ・季節性インフルエンザで   注意すべき症状

• 多くはのどが痛い,突然の高熱(38~39℃以上),咳,くしゃみ, 足腰が痛い,だるい……• 肺炎息苦しい,息が荒い・速い,胸が痛い,長引く咳・熱(微熱~高熱)

• 脳症(小児)呼びかけても反応が鈍い,無意味な言葉・行動,意識状態が悪い,ひきつけの時間が長い(15~30分以上)• 脱水症水分を飲まない(飲めない),尿が少ない,皮膚がかさかさしてくる

慣をつけること,予防接種,慢性疾患のコントロールなどを心掛けることがインフルエンザ対策の基本になります.

 新型インフルエンザの 注意すべき臨床症状 今回の新型インフルエンザで認められた症状は大半が典型的なインフルエンザ様症状だったのですが,肺炎,脳症,脱水症といった注意すべき症状がみられました(表5).肺炎については,今回の新型インフルエンザがまだブタインフルエンザと似ているため,肺胞のレセプターへの親和性が高く,肺胞でも増殖した結果起こったものです.今回の流行の中心は 5~ 9歳だったため,肺炎も脳症も小学校低学年に多かったのですが,従来のように新型インフルエンザが 0~4歳の子どもに多く発病した場合にはこの年代の死亡率に影響したと考えられます. 新型インフルエンザの流行はひとまず落ち着いたと言えます.次の流行時期については分かりませんが,確実に言えるのは,今後もインフルエンザの流行は発生するということです.現在,みなさんの関心は低下していると思いますが,パニックを避けるためにも是非インフルエンザ流行の今後の動向やワ

クチン情報に注意を払っていただきたいと思います. 今回の新型インフルエンザは「ヒト-ヒト」感染するまではまだ順化しておらずブタインフルエンザのままと考えられます.従来の季節性インフルエンザに比べて「ヒト-ヒト」感染しにくい遺伝子配列であるにもかかわらず流行したわけです. 現在,ヒトの間で感染を繰り返していますが,その間にもし,「ヒト-ヒト」感染しやすいタイプが現れたとしたら,今回以上に小児や高齢者の発病者が増加し,瞬く間に全世界に拡大すると予想されます.ですから今後も油断せず,しかも恐れすぎずに対策をとっていくことが重要と考えます.

●新型インフルエンザで認められた臨床症状は典型的なインフルエンザ様症状であったが,注意すべき症状として肺炎,脳症,脱水症が認められた.

●大規模な学校休業により流行はいったん鎮静化され,その後の本格的な流行拡大までの時間稼ぎが可能となった.

●新型インフルエンザの流行期間は 29 週間となり,2000 年以降の10シーズン中最長であった.

Point

略歴1989 年 大阪市立大学医学部卒業

大阪市立大学医学部臨床検査医学教室(現・血液病態診断学教室)入局

1991年 大阪市立大学医学部大学院(臨床検査医学講座)入学

1995 年 米国ネブラスカ州立大学に留学.学位取得,同大学院卒業大阪市立総合医療センター内科勤務

1999 年 堺保健所 医長

2000 年 堺市保健所にて堺市全域の「結核・感染症」を担当

2004 年 堺市保健所副理事兼医療対策課医長同12月 国立感染症研究所 感染症情報センター 主任研究官

現在に至る

安井 良則 やすい よしのり

引用文献1) Komiya N, et al. Euro Surveill. 2009;14(29). pii:19272.

新型インフルエンザ─動向と今後の対策─

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講 演 を  終 え て

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安井  今回の検討では,その点については不明です.以前,日本臨床ウイルス学会でも指摘がありましたが,ウイルスに感染しているのに症状がみられない方は,抗体価が低いことが多いようです.しかし,我々は今回の新型インフルエンザウイルスには交差免疫の影響があると考えたため,抗体価の高い人たちを対象に症状の有無を調査しました.その結果,抗体価が高くても症状がないという方もみられたということです. 調査を実施した学校では,ウイルスに曝露する機会は複数回あったと思います.繰り返し感染により免疫を獲得した方がいたかもしれません.また,検査対象は大部分が5月中に感染した人たちで,6月以降の感染者の感染経路については不明です.もしかしたら8月後半に感染し,抗体価が上昇している最中の人もいたかもしれませんが,抗体価が上昇するメカニズムについては,現在のところ不明です.フロアB  現時点(2010 年 7月)で国立感染症研究所にインフルエンザの感染報告はありますか.また、南半球での流行状況はいかがでしょうか.

安井  インフルエンザ感染は毎週報告があります.私は現在まで6年間感染症情報センターにおりますが,インフルエンザの報告がなかった週は1回もありません.ただ,報告数そのものはこの1年間で夏季の今が一番少ないということは言えます.インフルエンザは,小規模な集団発生を繰り返しています.例えば最近では,千葉県内や山形県内で学級閉鎖等があります.また,山口県内ではB型が全体的に広がっていた

猪狩  新型インフルエンザの動向と今後の対策の講演内容に関して,質問のある方がいらっしゃいましたらお願いいたします.フロアA  中和抗体価が 160 倍でもインフルエンザ様症状がみられなかった症例の解釈についてお聞きします.新型インフルエンザウイルスへの軽い曝露が繰り返し起こり,その結果,抗体価が 40 倍,80 倍,160 倍と段階的に上昇したけれども,症状はみられなかったということでしょうか.それとも免疫的なメカニズムなどにより抗体価だけが上昇したものの,症状はまったくみられなかったということでしょうか.

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のですが,今は減少傾向にある状況です.南半球および熱帯地域では増加傾向です.特にインドネシア,シンガポール,インド南部で増加しています.南半球のオーストラリアやニュージーランドでは患者さんが散見されていますが,まだ流行には至っていません.南アフリカでも患者さんが少しみられますが散発例です.南半球は8月が流行のピークになりますが,今のところ急激な増加の兆候はないようです.フロアC  インフルエンザ脳症が発症するメカニズムについて教えてください.安井  インフルエンザ脳症の研究班は10 年にわたり遺伝子などを調査していますが,メカニズムについてはまだ不明です.最近はサイトカイン・ストーム(サイトカインの過剰産生)が原因ではないかと考えられています.インターロイキンや,インターフェロンなどが大量に放出され,血管透過性が上昇することにより脳に炎症が起こるというメカニズムです. 今回の新型インフルエンザでインフルエンザ脳症になった子どもは200名以上にのぼります.脳症のメカニズムも徐々に解明されていますが,発症しやすい因子などは不明で,元気な子がインフルエンザにかかって1~2日で突然脳症を発症することがあり,本当に解明が待たれます.フロアD 人畜共通の感染症があることを考えると,感染症の管轄が厚生労働省だけでよいのかという疑問があります.獣医師は農林水産省の管轄なので,人畜共通の感染症に関しては,農林水産省あるいは文部科学省なども含めた複数の省庁が主体となって感染症全般を対象とする機構を設置し,国の感染症行政を進めることを真剣に検討する時期ではないかと考えますが,いかがでしょうか.安井 国立感染症研究所では人獣共通感染症を非常

に重要な感染症と認識しており,該当部署も設置され,人員も増加しています.トリインフルエンザに関しては,農林水産省に家禽疾病対策小委員会[P50 参照]が設置されていますが,感染症情報センター長が委員として出席しています.やはり交流して,お互いの情報を共有すべきだと私も思います.