ホスピタリティ教育と人材育成 - jafithospitality education and personnel training. it...

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-75- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 《研究ノート》 十嵐 元 げん いち 桜美林大学経済・経営学系ビジネスマネジメント学群 准教授 桜美林大学経済・経営学系ビジネスマネジメント学群 准教授 ホスピタリティ教育と人材育成 -ホテル業の人的資源とそのマーケティング- This research focused on hotel business aims at clarifying connection of human resource and its marketing from the state of hospitality education and personnel training. It seems that the view of the internal marketing aiming at an employee's motivation and adjustment between organizations also changes the character of human resource management.From the research report about the career construction in hotel business, it is required to clarify the feature of its company, to raise the degree of employee's satisfaction, and to take into consideration to the responsibility subject of personnel development.And it can be realized from the empirical research about adult basic skills training in hospitality education that experiential learning is effective in improvement in adult basic skills.Simultaneously, some elements of adult basic skills brought the result that there was a difference, with the technique of experience study. 1.研究の背景と目的 サービスの構成要素には、商品として のサービス、設備としてのサービス、シ ステムとしてのサービス、人的なサービ スが挙げられる。そして、唯一競合他社 が真似できないものは人的なサービスを 提供する従業員、つまり人的資源である。 景況や団塊世代の退職等が要因とな り、企業の採用活動が活発になることが ある一方で、採用を控える企業からは 「ニーズに合った人材がいない」という声 も聞こえる(五十嵐元一、2009)。 市場における価値という概念は、マー ケティングにおける行動の指針ともなる が、自由主義社会の当然の権利として、 我々人間も努力をして自らの市場におけ る価値を高め、それに見合った報酬を得 ている。ビジネス雑誌の見出しでは給与 や待遇を取り扱ったものも多く、ウェブ サイトにおいては「あなたの市場価値を 査定します」といった広告も目にするよ うになり、人材に関する場にも「価値」 といったマーケティングの発想が入って きている(五十嵐元一、2008)。 観光は21世紀の成長産業のひとつとし て期待されるなかで、2010年4月現在の 観光系学部・学科数は43大学48学科、定 員4,887名を有するまでに至っている(観 光庁、2010)。しかし、卒業後に観光関連 分野に就職した学生は、世界金融危機前 の2004年度から2006年度平均で23%にし か過ぎないという。その原因としては、 教育内容と実社会のニーズの乖離や観光 に関する仕事や事業の仕組み、新しいビ ジネスモデルを知る機会が少ないことが 挙げられている(高橋一夫、大津正和、 吉田順一、 2010)。一方で、産学官の代表 者による検討会議が開催され、観光分野 の経営マネジメントに関する教育を充実 させることを目的としたカリキュラムモ デル案が提示されている(観光庁、2009)。 観光現象を理解するためには実際の観光 体験が不可欠とされ、学部・学科名に「観 光」「ツーリズム」「ホスピタリティ」を 冠する観光関連の学部・学科等のある大 学では、多種多様な経験学習の機会が設 けられている。開設から10年以上経過し ている観光関連の学部・学科等を有する 15大学 (1) のホームページに見るそれらの 機会には、 「事実から学ぶリアリティのあ る教育」、「ビジネス体験型講義・公開講 座」、「実学(実感する学び、実になる学 び方)」、「実験観光学の取組」、「観光の現 場に即した授業」、「インターンシップ」 といった表現が見られる。それらの表現 から、「リアリティ」、「ビジネス」、「実 感」、「現場」が学習のキーワードになっ ていると考えられる。 これらの現状を踏まえて、観光産業の 中でも、とりわけホテル業を中心に、ホス ピタリティ教育と人材育成のあり方を、社 会人基礎力、ホスピタリティ、経験学習、 キャリアの面から考察することで、人的資 源とそのマーケティングのあり方を明ら かにすることを本研究の目的とする。 2.概念の整理 2.1.社会人基礎力とホスピタリティ 経済活動を担う産業人材の確保と育成 の観点から、経済産業省は、社会人基礎 力の明確化や産学連携による育成と評価 のあり方等について検討を進め、報告書 を公表している。同報告書によると社会 人基礎力とは、 「組織や地域社会の中で多 様な人々とともに仕事を行なっていく上 で必要な基礎的な能力」と定義されてい る。そして、社会人基礎力は、①前に踏 み出す力(アクション)、②考え抜く力

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

《研究ノート》

五い が ら し

十嵐 元げん

一い ち

桜美林大学経済・経営学系ビジネスマネジメント学群 准教授桜美林大学経済・経営学系ビジネスマネジメント学群 准教授

ホスピタリティ教育と人材育成-ホテル業の人的資源とそのマーケティング-

This research focused on hotel business aims at clarifying connection of human resource and its marketing from the state of

hospitality education and personnel training.

It seems that the view of the internal marketing aiming at an employee's motivation and adjustment between organizations also

changes the character of human resource management.From the research report about the career construction in hotel business,

it is required to clarify the feature of its company, to raise the degree of employee's satisfaction, and to take into consideration to

the responsibility subject of personnel development.And it can be realized from the empirical research about adult basic skills

training in hospitality education that experiential learning is effective in improvement in adult basic skills.Simultaneously, some

elements of adult basic skills brought the result that there was a difference, with the technique of experience study.

1.研究の背景と目的

 サービスの構成要素には、商品として

のサービス、設備としてのサービス、シ

ステムとしてのサービス、人的なサービ

スが挙げられる。そして、唯一競合他社

が真似できないものは人的なサービスを

提供する従業員、つまり人的資源である。

 景況や団塊世代の退職等が要因とな

り、企業の採用活動が活発になることが

ある一方で、採用を控える企業からは

「ニーズに合った人材がいない」という声

も聞こえる(五十嵐元一、2009)。

 市場における価値という概念は、マー

ケティングにおける行動の指針ともなる

が、自由主義社会の当然の権利として、

我々人間も努力をして自らの市場におけ

る価値を高め、それに見合った報酬を得

ている。ビジネス雑誌の見出しでは給与

や待遇を取り扱ったものも多く、ウェブ

サイトにおいては「あなたの市場価値を

査定します」といった広告も目にするよ

うになり、人材に関する場にも「価値」

といったマーケティングの発想が入って

きている(五十嵐元一、2008)。

 観光は21世紀の成長産業のひとつとし

て期待されるなかで、2010年4月現在の

観光系学部・学科数は43大学48学科、定

員4,887名を有するまでに至っている(観

光庁、2010)。しかし、卒業後に観光関連

分野に就職した学生は、世界金融危機前

の2004年度から2006年度平均で23%にし

か過ぎないという。その原因としては、

教育内容と実社会のニーズの乖離や観光

に関する仕事や事業の仕組み、新しいビ

ジネスモデルを知る機会が少ないことが

挙げられている(高橋一夫、大津正和、

吉田順一、2010)。一方で、産学官の代表

者による検討会議が開催され、観光分野

の経営マネジメントに関する教育を充実

させることを目的としたカリキュラムモ

デル案が提示されている(観光庁、2009)。

観光現象を理解するためには実際の観光

体験が不可欠とされ、学部・学科名に「観

光」「ツーリズム」「ホスピタリティ」を

冠する観光関連の学部・学科等のある大

学では、多種多様な経験学習の機会が設

けられている。開設から10年以上経過し

ている観光関連の学部・学科等を有する

15大学(1)のホームページに見るそれらの

機会には、「事実から学ぶリアリティのあ

る教育」、「ビジネス体験型講義・公開講

座」、「実学(実感する学び、実になる学

び方)」、「実験観光学の取組」、「観光の現

場に即した授業」、「インターンシップ」

といった表現が見られる。それらの表現

から、「リアリティ」、「ビジネス」、「実

感」、「現場」が学習のキーワードになっ

ていると考えられる。

 これらの現状を踏まえて、観光産業の

中でも、とりわけホテル業を中心に、ホス

ピタリティ教育と人材育成のあり方を、社

会人基礎力、ホスピタリティ、経験学習、

キャリアの面から考察することで、人的資

源とそのマーケティングのあり方を明ら

かにすることを本研究の目的とする。

2.概念の整理

2.1.社会人基礎力とホスピタリティ

 経済活動を担う産業人材の確保と育成

の観点から、経済産業省は、社会人基礎

力の明確化や産学連携による育成と評価

のあり方等について検討を進め、報告書

を公表している。同報告書によると社会

人基礎力とは、「組織や地域社会の中で多

様な人々とともに仕事を行なっていく上

で必要な基礎的な能力」と定義されてい

る。そして、社会人基礎力は、①前に踏

み出す力(アクション)、②考え抜く力

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

(シンキング)、③チームで働く力(チー

ムワーク)から構成されており、①は主

体性、働きかけ力、実行力、②は課題発

見力、計画力、創造力、③は発信力、傾

聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ス

トレスコントロール力が要素として挙げ

られている(経済産業省、2006)。

 質の高いサービスにはホスピタリティ

が求められる。価値観を共有して共感力

を伸ばし意識的な連携を行うとことによ

って付加価値を創造するホスピタリティ

は、人や組織が産み出す力でもある。社

会人基礎力には前述のように「働きかけ

力」、「創造力」、「傾聴力」、「情況把握力」

といった要素があり、本論では社会人基

礎力とホスピタリティには共通する要素

があると捉えて論を進める。

2.2.経験学習とキャリア

 社会人基礎力の意味を価値付けるに

は、聞くだけはなく経験することが不可

欠とされている(経済産業省編、2010)。

 経験に関して、コルブは、①具体的経

験をする、②内省する、③教訓を引き出

す、④新しい状況に適用するという経験

学習のサイクルを提唱しており、クラン

ボルツらは、「経験の内容は偶然によって

左右するが、仕事に対する姿勢によって

その偶然を学習の機会として活用できる

かが決まる」としている。また、シャイ

ンは、「自分は本当は何がやりたいのか」、

「自分は一体何が得意なのか、何ができる

のか」、「何をやっている自分に意味や価

値が感じられるのか」とキャリア・アン

カーを巡る3つの問いを挙げている(松

尾睦、2011)。

3.先行研究

 教育による人材育成では、理論と実践

を統合させて主体的な学習意欲を醸成し

ながら、キャリア構築を図ることが必要

と思われるが、ホスピタリティが求めら

れる観光の教育現場では、以下のような

研究が行われている。

 宍戸は、観光教育で重要なことは、形

式的な知識の獲得のみならず、学習者が

観光経験を活用しながら観光のリアリテ

ィを感じ、その過程での知識の変化であ

るとしている。そして、その環境を設定

しながらも、複数教員による授業実践に

対する調査において学習者の評価に差が

あり、指導法の重要性を指摘している。

(宍戸学、2006)。

 また、下島は、ゼミナール学習の一環

としてプロジェクト体験型学習(PBL)

導入の軌跡を明らかにしながら、学習プ

ロセスと社会人基礎力に関連する学習効

果に注目し、その効果があることを確認

をしている。その一方で、学習対象者の

履修目的・学習環境・能力といった学生

の分析を課題として挙げている(下島康

史、2011)。

 そして、小池は、社会人の能力として、

ホワイトカラーの技量の核心は、分析力

などの不確実性をこなすノウハウであ

り、そ れ は 企 業 内 OJT(On the Job

Training)によって形成されるという。

下積みの仕事(ground work)を経験す

ることで学ぶこともあり、基礎のレベル

を OFFJT(Off the Job Training)で習

得し、必要な技量をOJTで形成するとし

ている(小池和男、1997)。

 これらの観光・ホスピタリティ教育、

社会人基礎力の育成、社会人の能力形成

に関する研究においては、指導・育成方

法について言及され、対象者の分析が検

討すべき課題と考えられる。他にも高等

教育機関や企業における人材育成に関す

る研究事例は多々あると思われる中で、

本研究ではホスピタリティ教育や人材育

成について、方法と対象の分析を行い、

マーケティング思考による人的資源に対

して考察する。

4.観光産業における人的資源とその

マーケティング

 人的資源に関して、ヒューマン・リソー

ス・マネジメント(人的資源管理)(以下

HRM と表記)はパーソナル・マネジメ

ントに取って代わり1980年代に米国で生

まれた。それは、組織上の資源あるいは

投資対象としての個人に関心を集中した

一連の原則、方策、実例を通じて従業員

をマネジメントするための現代的なアプ

ローチである。それは、①従業員の財産

化、②従業員の育成、③従業員との関係

を通じて、組織パフォーマンスの最大化

を追求するものである。

 観光産業に勤務する人々からは、業界

のネガティブな特徴として、①典型的な

低賃金と相対的に低いステータス、②変

動的で非社会的な勤労時間、③物理的な

労働量や顧客の無理な要求によるストレ

スが多いこと、④離職率が高いことなど

が挙げられる。その一方で、ポジティブ

な特徴には、①仕事の多様性、②個人の

インセンティブ(能力開発、福利厚生な

ど)、③チームワーク、④人々とのふれあ

いなどが挙げられる。

 スタッフのクオリティに依存するホス

ピタリティが求められる観光産業におい

て、HRM のアプローチや実践は、大規

模な組織や競争的な労働市場でオペレー

ションを行っている組織では見られる一

方、HRM をビジネス・パフォーマンス

の基準に合わせるための課題が観光産業

には残っている。

 観光産業の多くはサービス業であり、

そのマーケティングはサービス・マーケ

ティングとして捉えられ、いわゆるマー

ケティングの4P以外に人(People)や過

程(Process)といったものが重要視され

る。人的資本の重要性の1つのケース・

スタディとして、高橋は、労働時間の短

縮を取り巻く外部環境変化の影響を概観

し、賃金の問題に加えて、労働時間の長

い産業ほど離職率が高いと指摘している

(高橋昭夫、1994)。また、戦略と HRM

によるパフォーマンスの関係について

は、品質重視の戦略やフレキシブルな戦

略を取った場合には、人的資本の促進を

図る HRM によるパフォーマンスの向上

がみられ、コスト削減戦略を取った場合

には、管理的な HRM によるパフォーマ

ンスの向上がみられるとされている(須

田敏子、2005)。

 サービスの提供を通じて、企業、従業

員、顧客がどのような関係を構築すれば

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

企業の利益や成長につながるのかを考察

したものにサービス・プロフィット・チ

ェーン・モデルがある。それは、社内の

サービスの質の向上により従業員満足度

が向上することで、従業員の生産性や定

着率が向上し、サービスの価値が向上す

る。それにより顧客満足が向上し、顧客

ロイヤルティが高まることで売上高増加

と利益率の向上につながることを示して

い る(Heskett, Sasser and Schlesinger,

2002)。また、企業内部の従業員に向けた

マーケティングは、インターナル・マー

ケティングと定義され、従業員を顧客と

し、製品を職務とそのベネフィットと捉

えている。インターナル・マーケティン

グは、最高の人々が雇用されて維持され

るように、彼らが可能な限り最高の仕事

をするためにマーケティングの原理と実

践を外部顧客にサービスを提供する人々

に適用することだとされている(Pizam,

2005)。インターナル・マーケティングの

定義や取り扱う領域などは多岐にわたっ

ているが、重要な要素としては、従業員

の動機付けと満足感の充足、顧客志向と

顧客満足、部門間の統合とコミュニケー

ションの促進、マーケティング的なアプ

ローチの内部組織に対する適用、企業お

よび事業戦略の実施が挙げられる。

 このように、サービス・マーケティン

グを有機的に機能させるには、特に人的

資源管理とオペレーションとの密接な結

びつきが必要となる。マーケティングの

考え方とノウハウを活用しながら体系化

し、従業員の動機付けや組織間の調整を

目的とするインターナル・マーケティン

グは人的資源管理の性質も変えていくも

のと考えられる。

 以下は、インターナル・マーケティン

グの必要性を訴求したホテル業における

人材採用とキャリアに関する調査報告で

ある。

5.ホテル業における人材採用とキャリ

アに関する調査報告

5.1.調査の枠組み

 人材採用とキャリアのあり方につい

て、企業(ホテル業)と学生(観光学専

攻)それぞれの意識について調査した。

5.2.調査の概要

 ㈳日本ホテル協会加盟ホテルと㈳全日

本シティホテル連盟加盟ホテル、そして

私立大学で観光学を専攻する学生を対象

に、人材採用やキャリアに関する質問紙

調査を実施した。調査の概要については

表-1の通りである。

5.3.調査結果の分析

 調査の結果、人事に関して最も問題で

あると思われているもの(「とても重視し

ている」、「どちらかと言えば重視してい

る」の回答の合計数)

について、①優秀な正

社員雇用確保が困難

(44ホテル、41.5%)、②

人件費率の上昇(33ホ

テル、31.1%)、③慢性的な若手労働力不

足や女性・高齢者の活用の遅れ(11ホテ

ル、10.4%)、④ゼネラリストの不足(8

ホテル、7.5%)、⑤パートタイマー・ア

ルバイトが補助的作業の位置づけから脱

しきれない(5ホテル、4.7%)、⑥IT化・

機械化の遅れ(1ホテル、0.9%)、⑦無

回答・その他(4ホテル、3.8%)となっ

ており、人事に関して最も問題であると

思われているものは、優秀な正社員の雇

用確保の難しさにあることがわかる。一

方、人材の募集(応募)を行ううえで重

視していることは表-2の通りであり、ホ

テル側は「自社の特徴の表現」とする回

答が最多であるのに対して、学生側は「賃

金や時給の設定」とする回答が最多とな

った(ただし、有意水準0.05で有意では

ない)。

 そして、従業員満足を高める要因につ

いては表-3の通りであり、ホテル側は

「働き甲斐」とする回答が最多であるのに

対して、学生側は「労働環境」とする回

答が最多となった(ただし、有意水準0.05

で有意ではない)。

 パートタイマーやアルバイトに対する

採用時の OFF J T 実施の有無について、

㈳日本ホテル協会加盟ホテルで実施して

いるのは16ホテル(29.1%)、実施してい

表-1 調査の概要 ※ 「とても重視している」、「どちらかと言えば重視している」の回答の合計の比率、複数回答

 P 値=0.08745>0.05

表-2 人材の募集(応募)を行ううえで重視していること

※ 「とても重視している」、「どちらかと言えば重視している」の回答の合計の比率、複数回答

 P 値=0.16113>0.05

表-3 従業員満足を高める要因

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

ないのは36ホテル(65.5%)、その他・無

回答3ホテル(5.5%)であり、㈳全日本

シティホテル連盟加盟ホテルで実施して

いるのは6ホテル(11.8%)、実施してい

ないのは42ホテル(82.4%)、その他・無

回答3ホテル(5.9%)となっており、両

団体加盟ホテルでは7割強が実施してい

ないという現状である。

 能力開発の責任主体については、表-4

の通りであり、能力開発の主体が、企業

あるいは従業員個人のどちらにその責任

があるかということについて、ホテル側

は、「今までは(どちらかと言えば)企業

の責任」という回答が53.8%、「これから

は(どちらかと言えば)企業の責任」と

いう回答が66.0%となった。一方、学生側

は、教育訓練の責任は(どちらかと言え

ば)企業にあるとする割合が46.3%であっ

た。ホテル業を対象にした本調査からは、

能力開発の責任主体は個人から企業に移

行しているように見受けられる。

 以上の結果から、顧客満足の向上に努

めると同時に、優秀な正社員の確保が難

しい状況の中では、自社の特徴を明確に

して従業員満足度を高めながら、能力開

発の責任主体に対する考慮が必要である

と考えられる。

6.ホスピタリティ教育における社会人

基礎力養成に関する実証研究

6.1.調査の枠組み

 「2.概念の整理」で前述したように、

本論では社会人基礎力とホスピタリティ

には共通する要素があると捉えており、

ホスピタリティ教育における社会人基礎

力の養成に関して調査、考察した。

6.2.調査の概要

 観光産業に興味・関心のある私立大学

生83名を対象に、実習、研修、プロジェ

クトといった経験学習を通じた社会人基

礎力の養成に関して、その手法による差

異を検証した。調査の概要については、

表-5の通りである。

6.3.調査結果の分析

 実習・研修・プロジェクト実施前後の

社会人基礎力12の要素に対する評価の差

の平均は、表-6の通りである。

 以上の結果から、実習、研修、プロジ

ェクトそれぞれの活動における社会人基

礎力評価について、活動後と活動前の評

価値の差の平均は正の値になっている。

また、その値の上位3つは、「課題発見

力」、「発信力」、「実行力」であり、それ

ぞれ、「考え抜く力」、「チームで働く力」、

「前に踏み出す力」の3つの力に対応して

いる。

 そして、実習・研修・プロジェクトの

グループ間には、社会人基礎力12の要素

各々について差があると仮説を立て、一

元配置の分散分析によって検証した。そ

の結果は、表-7の通りである。

 社会人基礎力12の要素のうち、「主体

性」、「実行力」、「情況把握力」について

は表-7が示すように、F値は棄却域に入

っており、3つのグループ間に差はない

とする帰無仮説は棄てられ、3つのグ

ループ間には差があると言える。なお、

これらの差があった「主体性」、「実行力」、

「情況把握力」に

関する各グルー

プの主な評価の

根拠は表-8の通りである。

 また、「実習」、「研修」、「プロジェク

ト」といった3つの経験学習の手法にお

いて、「研修」は、前述の3つの要素全て

において、活動後と活動前の評価値の差

の平均が他の手法に比べて低い。そして、

その3つの要素のうち、「主体性」と「実

行力」の値は、「実習」が最も高く、「情

況把握力」については、「プロジェクト」

が最も高くなっている。

7.調査報告と実証研究からの考察

 ホテル業における人材採用とキャリア

に関する調査報告からは、顧客満足の向

上に努めると同時に、優秀な正社員の確

保が難しい状況の中では、自社の特徴を

明確にして、従業員満足度を高めながら、

能力開発の責任主体に対する考慮が必要

であると考えられる。

 また、ホスピタリティ教育における社

会人基礎力養成に関する実証研究から

は、実習、研修、プロジェクトといった

経験学習は、社会人基礎力の向上に有効

であると考えることができる。それぞれ

の経験学習の手法は、「主体性」、「実行

力」、「情況把握力」といった要素につい

ては差があるという結果となった。そし

て、「研修」という経験学習の手法は、こ

れら3つの要素全てにおいて、活動後と

活動前の評価値の差の平均が他の手法に

比べて低く、向上させるべき要素によっ

ては、経験学習の手法の選択を考慮する

ことが必要であるとも考えられる。

表-5 調査の概要

表-4 能力開発の責任主体

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

8.本研究の含意と提言

 ホスピタリティが求められるホテル業

において、そのホスピタリティあるサー

ビスの提供を可能にする環境は、組織風

土そのものであり、その環境は顧客の環

境と働く人の環境から成り立つ。サービ

スの提供を行う組織は、サービス提供に

従事する人々の満足と誇りを増大するこ

とを経営の最重要課題として位置づける

ことが求められる。

 企業もしくは求職者自身を「商品」に

置き換えてみると、採用・求職において

は、自社・自分という商品に興味を示し

てくれる相手を探し、働きかける必要が

ある。そこでは、社会との関係性も無視

できず、自社・自分を社会との関係の中

に位置づける視点も必要となる。マーケ

ティングにおけるブランド構築は、「他者

からどのように認知されるべきか」とい

う点において重要となるが、それは商品

のブランド化だけではなく、企業や人に

もあてはまるものではないだろうか。

 企業と顧客が共に創り出す環境におけ

るマネジメントには、顧客を理解した従

業員の存在価値を高めることが必要であ

る。顧客との関係性を強固なものにして、

顧客接点における学習による人材育成と

共に、労働環境の整備によるモチベーシ

ョンの向上を図ることが同時に求められ

る。そのためにもインターナル・マーケ

ティングの考え方が必要となり、換言す

ると、顧客を理解したスタッフが個人の

目的と組織の目標を同時に追求すること

によって企業の成長を図ることができる

ものと考えられる。

①前に踏み出す力

表-6 社会人基礎力12の要素に対する評価の差の平均

②考え抜く力

③チームで働く力

表-7 実習・研修・プロジェクトのグループ間と社会人基礎力12の要素間の差に関する一元配置の分散分析

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

9.今後の検討課題

 本研究においては、ホテル業を対象に

その人的資源に焦点をあて、従業員と企

業の関係についてマーケティングとして

の発想で考察を試みた。今後は企業と顧

客の関係についても検討し、ホスピタリ

ティの機能や役割について考察すること

が課題である。

 また、ホスピタリティ教育における社

会人基礎力養成に関する実証研究におい

ては、実習・研修・プロジェクトといっ

た経験学習の3つの手法を対象に調査・

考察したが、国内外の事例を同列に扱っ

ており、国内・海外といった経験学習の

場を揃えて分析することにより、さらに

研究の精度を高めることができたように

思う。

注記

(1) 立教大学、横浜商科大学、流通経済大

学、北海商科大学、阪南大学、札幌国

際大学、九州産業大学、川村学園女子

大学、大阪観光大学、長崎国際大学、

奈良県立大学、東洋大学、鈴鹿国際大

学、京都嵯峨芸術大学、流通科学大学

の各公式ホームページ

引用文献

・ 五十嵐元一「マーケティング理論で捉

える人材の採用と求職に関する一考察

-㈳日本ホテル協会加盟ホテルを事例

に-」『北海学園大学大学院経営学研究

科研究論集』第6号、2008年、69~74

頁。

・ 五十嵐元一「ホテル産業における人的

資源管理に対するマーケティング理論

の応用」『札幌国際大学紀要』40号、

2009年、45~55頁。

・ 観光庁『観光教育に関する学長・学部長

等と観光庁との懇談会資料』、2009年6月

16日、http://www.mlit.go.jp/kankocho/

president.html(2012年1月閲覧)。

・ 観光庁『観光教育に関する学長・学部

長等会議 観光関係人材育成のための

産学官連携関係政策』、2010年5月29

日、http://www.mlit.go.jp/common/

000119660.pdf(2013年1月閲覧)

・ 経済産業省『社会人基礎力に関する研

究会「中間取りまとめ」』、2006年2月

8 日、http://www.meti.go.jp/policy/

kisoryoku/torimatome.htm(2012年1

月閲覧)

・ 経済産業省編『社会人基礎力育成の手

引き』朝日新聞出版、2010年、133頁。

・ 小池和男『日本企業の人材形成』中公

新書、1997年、43~57頁。

・ 宍戸学「観光の授業における学習者の

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ホスピタリティ教育』第1号、2006年、

17~31頁。

・ 下島康史「産学連携によるプロジェク

ト体験型学習(PBL)導入の試み」『桜

美林論考ビジネスマネジメントレビ

ュー』第2号、2011年、47~62頁。

・ 須田敏子『HRM マスターコース』慶

應義塾大学出版会、2005年、42頁。

・ 高橋昭夫「サービス・マーケティング

におけるインターナル・マーケティ

  コンセプトについて-製品としての職

務と消費者としての従業員という考え

方-」『明大商学論叢』第76巻、第2

号、1994年、185~208頁。

・ 高橋一夫、大津正和、吉田順一『1か

らの観光』碩学舎・中央経済社、2010

年、1~2頁。

・ 松尾睦『「経験学習」入門』ダイヤモン

ド社、2011年、56、69、72頁。

・ Heskett, J.L., W. E. Sasser, Jr.and L. A.

Schlesinger, The Value Profit Chain,

The Free Press, 2002.(ヘスケット、サ

ッサー、シュレンジャー 山本昭二、

小野譲司訳『バリュー・プロフィット・

チェーン』日本経済新聞社、2004年、

49頁。)

・ Pizam, Abraham, International

Encyclopedia of Hospitality

Management, Elsevier Ltd., 2005.(邦

訳 中村清、山口祐司監修 『ホスピタ

リティマネジメント事典』産業調査会

事典出版センター、2009年、85頁。)

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】

表-8 主体性、実行力、情況把握力に対する各グループの主な評価の根拠