ブランド価値評価方法のモデル化 - kwansei-ac.jp · 経営戦略研究 vol.…3 131...

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131 経営戦略研究 vol.…3 Ⅰ はじめに 1. 無形資産の価値 先進国の企業間競争において、研究開発や特許、テクノロジー、人材といった無形資産 が競争の中心的なバリュー・ドライバーの役割を担い経済競争を繰り広げている。 これは、産業プロダクト型経済から知的ナレッジ型経済への経済基盤の重点移行を背景 として、これまでのタンジブルズ(有形の経営資源)からインタンジブルズ(無形の経営 資源)が企業間競争の勝敗を大きく影響すると言われ、その中でもブランドが経営戦略に おいて急激に台頭し、大いに注目されている。 このように、企業を取り巻く経営環境の変化を受けて、企業はますます競争優位性を追 求するようになり、ブランドは企業の長期的な競争優位性の源泉となり得るし、収益性や 株価にも良い結果をもたらしてくれる。また、投資家にとっても意思決定に役立つ情報と してますます重要になる。 2. 研究の目的 ではどのような基準で無形価値財のブランド価値を定量的数値化するのか ? そしてど のようにしてブランド価値を創造するのか ? 財務会計の分野では、米国の FASB(米国 財務会計基準審議会)は自己創造ブランドを含む無形価値資産の開示を議題とし、将来的 に財務諸表に記載、オンバランスすることを想定しているが、ブランドのような実体のな いインタンジブルズに関する明確な基準は、米国および英国の会計基準をみても設定さ れていない。しかし、世界に先駆けたブランド評価基準は日本から発表されている。2002 年 6 月 24 日に経済産業省の私的諮問機関であるブランド価値評価研究会が「ブランド価 値評価モデル」(以下、経済産業省モデルとよぶ)を発表し、発表後は多くの研究者に よって更なる実証研究がおこなわれている。また、マーケティングの分野では、盛んにブ ランドの研究が行われているが、ブランドの育成・維持に必要なコスト、そしてそこから 得られる収益性を直接的に扱っている研究はあまり多くない。しかし、その中でも英国の ブランド価値評価方法のモデル化 多藝眞二郎

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131経営戦略研究 vol.…3

Ⅰ はじめに

1. 無形資産の価値

先進国の企業間競争において、研究開発や特許、テクノロジー、人材といった無形資産

が競争の中心的なバリュー・ドライバーの役割を担い経済競争を繰り広げている。

これは、産業プロダクト型経済から知的ナレッジ型経済への経済基盤の重点移行を背景

として、これまでのタンジブルズ(有形の経営資源)からインタンジブルズ(無形の経営

資源)が企業間競争の勝敗を大きく影響すると言われ、その中でもブランドが経営戦略に

おいて急激に台頭し、大いに注目されている。

このように、企業を取り巻く経営環境の変化を受けて、企業はますます競争優位性を追

求するようになり、ブランドは企業の長期的な競争優位性の源泉となり得るし、収益性や

株価にも良い結果をもたらしてくれる。また、投資家にとっても意思決定に役立つ情報と

してますます重要になる。

2. 研究の目的

ではどのような基準で無形価値財のブランド価値を定量的数値化するのか ? そしてど

のようにしてブランド価値を創造するのか ? 財務会計の分野では、米国の FASB(米国

財務会計基準審議会)は自己創造ブランドを含む無形価値資産の開示を議題とし、将来的

に財務諸表に記載、オンバランスすることを想定しているが、ブランドのような実体のな

いインタンジブルズに関する明確な基準は、米国および英国の会計基準をみても設定さ

れていない。しかし、世界に先駆けたブランド評価基準は日本から発表されている。2002

年 6 月 24 日に経済産業省の私的諮問機関であるブランド価値評価研究会が「ブランド価

値評価モデル」(以下、経済産業省モデルとよぶ)を発表し、発表後は多くの研究者に

よって更なる実証研究がおこなわれている。また、マーケティングの分野では、盛んにブ

ランドの研究が行われているが、ブランドの育成・維持に必要なコスト、そしてそこから

得られる収益性を直接的に扱っている研究はあまり多くない。しかし、その中でも英国の

ブランド価値評価方法のモデル化

多 藝 眞 二 郎

経営戦略研究 vol.…3132

コンサルティング会社であるインターブランド社は独自の評価方法を用いてブランド価値

評価をおこなっている。日本では CB バリュエーターやブランドジャパンなど、財務デー

タ分析やイメージ調査をベースとしたブランド価値の算出を行い、また各広告代理店は自

社の独自評価方法を用いてブランドを評価している。ただ、マーケティング分野のブラン

ド価値評価方法は、その手法がブラックボックス化し、発表データの価値を信頼できるか

たちで算定することが困難である。

本研究は、無形価値財のブランド価値評価を見えるかたち、すなわち貨幣額化で評価す

る方法について検討し、そして貨幣額で評価する価値評価方法のモデル化を目的とする。

しかし、ブランドを貨幣額で評価する議論は、そのままブランド価値を財務諸表に載せる

議論に直結してしまうのだが、そのような財務会計上の問題は本研究の課題ではない。

Ⅱ ブランド価値評価のアプローチ

1. ブランド価値測定の 3 つのアプローチ

これまで、ブランドを評価する方法として、企業会計の観点からさまざまな手法が提案

されている。ここでは、その中から貨幣額で評価する手法のみ取り上げることとする。一

般に、ブランドなどのインタンジブルズの価値評価を行うアプローチは、残差アプローチ

と独立評価アプローチに大別される。残差アプローチは、時価総額等をもって全体の推定

評価額とし、これからオンバランスされている純資産の簿価を控除した残りをブランド評

価とする考え方である。このアプローチは、市場における形成される株価をベースとし

ている点で客観性があるが、残差の中にブランド以外の知的資産、例えば技術やノウハウ

などを含んでいると考えられ、その分離が困難であることからデメリットがある。一方、

独立評価アプローチは、ブランドを独立に抽出して評価するアプローチであり、(1)コス

ト・アプローチ、(2)マーケット・アプローチ、(3)インカム・アプローチがある。しか

し、いずれのアプローチも、一定の状況のもとである種の妥当性をもつ反面、それぞれの

固有の限界を示しており、絶対的な手法は存在しない。

しかし相対的にみれば、インカム・アプローチはやや計算が複雑でその精度には議論の

余地が残されているものの、将来の経済的便益を測定することから資産の概念に最も近く

合理的である。中でもプレミアム価格法は、ブランドの属性である収益獲得能力に着目し

価値を捉えている点で、ブランド資産の特性に最も適合した現実的なアプローチというこ

とができるのではないだろうか。

133ブランド価値評価方法のモデル化

2. ブランド価値評価モデルの検討

インカム・アプローチの中で、ブランド価値を貨幣額で算出する代表的なモデルは、イ

ンターブランド社が開発したインターブランドモデル、日本経済新聞社と一橋大学 伊藤

邦雄が開発した CB バリュエーターモデル、そして経済産業省政策局長の私的諮問機関と

して「企業法制研究会」が公表した経済産業省モデルである。これらはいずれもプレミア

ム利益をベースとしたブランド価値の測定をおこなっているが、それぞれアプローチ方法

が異なる。インターブランドモデルは、財務分析 + ブランド力分析、CB バリュエーター

モデルは、財務分析 + イメージ調査、そして経済産業省モデルは公表財務諸表データの

みを用いてブランド価値を算出する。インターブランドモデルや CB バリュエーターモデ

ルは財務分析をマーケティングアプローチとも言える分析を加えることで、よりブランド

の将来価値を求めているが、その手法はブラックボックス化しているため、算出された

データの信頼性に疑問を感じる。そこで、本研究は誰がおこなっても同じブランド価値が

算出でき、また比較が可能な経済産業省モデルを取り上げ多面的な実証検証をおこなう。

Ⅲ 経済産業省モデルの概要

このアプローチは、2002 年に経済産業省政策局長の私的諮問機関である企業法制研究

会が出したブランド価値評価研究会報告書において提案されたモデルで、インカム・アプ

ローチ(その中でも、特にプレミアム価格アプローチ)をベースとしたものである。この

アプローチの特徴は、客観性を重視する為に公表財務諸表上のデータのみを用い、その制

約の中で、ブランドの様々な特徴を包括的に捉えようとしている点である。客観性と経済

的妥当性とのトレード・オフの問題を克服しようとする試みでもある。

このモデルは以下の数式でブランド価値を求める。

   

, , ,BV f PD LD ED r rPD LD ED

r CS

CS

OEAi C

SOSO SO

SXSX SX

151

21

41 1

41 1

i

i

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c

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^

e

c c

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*

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4

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!!

(1)

経営戦略研究 vol.…3134

ただし

BV:ブランド・バリュー PD:プレステージ・ドライバー

LD:ロイヤルティ・ドライバー ED:エクスパンション・ドライバー

 S:当社売上高 S*:基準企業売上高

 C:当社売上原価 C*:基準企業売上原価

 A:広告宣伝費 【※】 OE:営業費用

 nc:売上原価 5 期平均 vc:売上原価標準偏差

 SO:海外売上高 SX:非本業セグメント売上高   r:割引率

【※】財務諸表監査による信頼性を担保できるならば、ブランド管理費を用いるのが望ましい。

Ⅳ 先行研究のレビュー

インターブランド社によるブランド価値評価額を用いて Barth et al. [1998] は、

Financial World 誌上で発表されるアメリカ企業のブランド資産の株価関連性を(2)式で

検証し、Kallapur and Kwan [2000] は(3)式でイギリス企業の財務諸表にオンバランス

されたブランド価値評価額を検証している。

Pi = c0 + c1Xi + c2Yi + c3Zi (2)

  P:株価 X:貸借対照表の 1 株当たり純資産額 

  Y:損益計算書の 1 株当たり当期純利益 Z:1 株当たりブランド価値評価額

MVi = c0 + c1Xi +c2Yi + c3Zi (3)

  MV:株式時価総額 X:純資産 Y:当期純資産 Z:ブランド価値評価額

これらの研究に共通した発見事項は、ブランド価値情報が純資産と当期利益の情報を所

与としてもなお、株価形成に対して追加的な関連性を有することである。

日本でブランド価値と株価関連性について調査したのは桜井[2004]である。企業価値

ないし株価水準を説明するためにオールソン・モデルを理論モデルとし実証している。経

済産業省モデルによって算出されたブランド価値と株価形成の実証的な関連性の有無は、

オールソン・モデルにブランド価値の変数を追加することで有意性回帰分析によって調査

された。オールソン・モデルは、株式価値が将来配当の割引現在価値によって決まるとす

る配当割引モデルであり、このモデルに第 3 の要因としてブランド価値の変数を追加した

(4)式のモデルを最小二乗法で推定する。

株式価値 = a + b · 純資産 + c · 超過利益現在価値 + d · ブランド価値 (4)

135ブランド価値評価方法のモデル化

(4)式で求められた図表(1)の分析結果に基づいた主要な発見は、まず一つ目にすべ

ての説明変数の符号が、統計的に有意なプラスの値を示している。またそれだけではな

く、ブランド価値を表す変数の Z の係数の t 値が非常に有意な値を示している。

この結果から、桜井[2004]の研究では経済産業省モデルで算出されたブランド価値

が、公表財務諸表情報を所与としても、株式価値を追加的に説明する能力を有していると

実証された。

図表 1 桜井[2004]の調査結果

時期 サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

2001 年 3 期 2926 -20658 -7.5 2.133 104.7 0.094 14.1 0.8552926 -19509 -8.3 1.741 83.9 0.118 20.6 0.733 34.0 0.917

2002 年 3 期 2975 -16361 -13.0 1.752 138.4 0.033 16.1 0.8752975 -11011 -12.4 1.381 123.0 0.020 13.3 0.443 54.7 0.938

 X:純資産,Y:超過利益現在価値,Z:ブランド価値 (出所)桜井[2004],p. 25, Table 4.

Ⅴ サンプルデータおよび研究方法

国内・海外の先行研究のレビューをふまえて、本研究では日本企業を対象に同様の分析

を実施する。また、経済産業省モデルについて多面的な分析をおこなうため、分析の方法

はクロスセクション分析(オールソンモデル・代替モデル)・残差回帰分析・他モデルと

の回帰分析・業種別回帰分析の 5 種類、分析のモデルは経済産業省モデル・多藝モデル・

CB バリュエーターの 3 種類で実証検証を行う。

1. サンプルデータの概要

分析のためのサンプル企業は、東証 1 部上場企業に限定することなく、第 2 部市場はも

とより、ジャスダック、東証マザーズ、大阪のヘラクレス市場への上場企業も対象とし、

NOMURA400 業種分類のうち公益・金融セクター所属企業については売上原価を把握で

きないため対象外とする。また対象外を取り除いた 65 業種、3793 社の中から消費者が経

済活動(製品の購入やサービスの利用)をおこなう時にブランド価値が影響すると思われ

る 23 業種を抽出し 705 社を対象とする。

2. 分析の方法

ブランド価値評価額の株価関連性の問題に取り組むには、企業価値ないし株価水準を説

経営戦略研究 vol.…3136

明するための理論モデルが必要である。本研究では先行研究で実証されたクロスセクショ

ン分析(回帰式分析)を用いる。そうすることで、先行研究の実証結果と比較対比するこ

とが可能となる。

・理論モデル 1 オールソン・モデル

まず 1 番目の理論モデルは、ニューヨーク大学の James A. Ohlson 教授の考案

(Ohlson[1995])した「割引超過利益モデル(オールソン・モデル)」を用いる。

このモデルは株式価値が将来配当の割引現在価値によって決まるとする株式価値の理論

モデルであり、第 3 の要因としてブランド価値の変数を追加した(5)式のモデルを最小

二乗法で推定する。

株式価値 = a + b · 純資産 + c · 超過利益現在価値 +d · ブランド価値 (5)

・理論モデル 2 代替モデル

桜井 [2004] で指摘されているように、純資産とブランド価値との間には高い相関が観

察されたため、理論モデル 2 の代替モデルでは(6)式のとおり、株主資本を過去の代理

変数、当期利益を現在の代理変数、ブランド価値を将来の代理変数とし、オールソン・モ

デルの変数間で観察された多重共線性を防ぐ理論モデルを追加する。

株式価値 = a + b · 株主資本 + c · 当期利益 +d · ブランド価値 (6)

3. 分析のモデル化

経済産業省モデルは(1)式の通り、プレステージ・ドライバー、ロイヤルティ・ドラ

イバー、エクスパンション・ドライバーの積でブランド価値を貨幣化するが、その基礎

値となるのがプレステージ・ドライバーである。しかし、経済産業省モデルではキャッ

シュ・フローが永続的に続くものと仮定して、(7)式のプレステージ・ドライバーをリス

クフリーレートで割り引かれ将来価値化されている。

これは、将来キャッシュ・フローの時間の要素を外したことに等しく、また昨今の経済

情勢の変動や企業経営の革新のスピードが反映されない。そこで、新しいモデル化として

リスクフリーレートを加重平均資本コストの WACC に変更した(8)式の多藝モデルを

分析のモデルとして追加する。

 PD r CS

CS

OEAi C1

51

i

i

i

i

i 4

0

0# # #= - )

)

= -

e o* 4! (7)

PDWACC C

SCS

OEAi C1

51

i

i

i

i

i 4

0

0# # #= - )

)

= -

l e o* 4! (8)

137ブランド価値評価方法のモデル化

Ⅵ 分析結果

1. クロスセクション分析結果

図表 2 の(5)式による検証と図表 3 の(6)式による検証の分析結果に基づいて、主要

な発見事項を指摘する。第 1 の発見事項は、すべてのケースに関して、変数 X、および変

数 Y の係数が、統計的に有意なプラスの値を示している。しかもブランド価値を表す変

数 Z もまた、統計的に有意なプラスの値を示している。これは各推定式の係数の t 値が、

1.645 を大きく上回っていることから明らかである。第 2 に、すべてのケースに関して、

時価総額を純資産・株主資本と超過利益・当期利益の 2 変数だけで説明する場合よりも、

ブランド価値を追加した 3 変数で説明した場合の方が、自由度調整済の決定係数が高く

なっている。しかし、その決定係数の増分が非常に少なく、結論として貸借対照表の純資

産額・株主資本の情報、および損益計算書の当期純利益やそこから推定される超過利益の

現在情報を所与としても、ブランド価値が時価総額を追加的に説明できる能力を有してい

るとは断言できないのではないだろうか ? また、多重共線性を考慮した 2 つのモデルで

実証した結果、その差はないと結論づけて差し支えないであろう。

図表 2 (5)式によるクロスセクション分析の結果

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

理論モデル 705 28337 2.3 0.720 15.2 0.163 24.5 0.946経済産業省 705 10741 0.9 0.623 13.4 0.163 25.7 0.271 8.7 0.951多藝モデル 705 11045 0.9 0.630 13.6 0.163 25.5 1.066 8.4 0.951

 X:純資産,Y:超過利益現在価値,Z:ブランド価値

図表 3 (6)式によるクロスセクション分析の結果

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

理論モデル 705 39556 3.8 0.762 23.0 10.662 34.6 0.963経済産業省 705 2250 2.3 0.671 20.8 10.619 36.9 0.261 10.3 0.967多藝モデル 705 22805 2.3 0.677 21.0 10.586 36.6 1.026 9.9 0.967

 X:株主資本,Y:当期利益,Z:ブランド価値

次に図表 4 の先行研究との比較で確認する。それぞれオールソン・モデルによる分析

であることから手法が同じであり、結果の差は信頼性が高いと言える。

桜井 [2004] の検証結果は、すべての変数の係数や t 値が統計的に有意なプラスの値を

経営戦略研究 vol.…3138

示すだけではなく、ブランド価値変数にいたっては t 値が 54.7 と非常に高い値を示して

いる。また自由度調整済の決定係数もプラス 0.063 と高い値である。

両研究ともにブランド価値を変数に加えた自由度調整済の決定係数が 0.9 を超えている

ことから両研究ともにデータの信頼性は高いため、本研究との大きな違いは t 値の大きさ

である。桜井 [2004] は 54.7 であり、本研究は 8.4 であり、この結果有意性は認められる

が、先行研究で実証されたブランド価値が株式価値を追加的に説明する強い有意性があ

るとは言えない。この結果の理由として考えられることは、①本研究は X と Y の変数で

94%以上説明され、これ以上向上する余地がほとんどないに等しい。② 2004 年と 2007 年

の財務諸表をベースに算出されていることから、年度の違いが基準対象企業(ブランド)

に影響している可能性がある。③サンプル数が 2975 社と 705 社と推定規模に違いがあ

る。特に②、③の要因については今後の研究課題とする。

図表 4 先行研究との比較

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

桜井[2004] 2975 -16361 -13.0 1.752 138.4 0.033 16.1 0.8752975 -11011 -12.4 1.381 123 0.020 13.3 0.443 54.7 0.938

多藝モデル 705 28337 2.3 0.720 15.2 0.163 24.5 0.946705 11045 0.9 0.630 13.6 0.163 25.5 1.066 8.4 0.951

2. 残差分析

クロスセクション分析の結果、ブランド価値には株式価値を追加的に説明する強い有意

性があるとは言えないと実証されたが、本質的にブランドに価値がないとは思えない。そ

こで二番目の検証として、2 変数によるクロスセクション分析の残差の中にどれだけブラ

ンド価値が残っているのか ? を(9)式により追加的に検証しブランド価値の影響を確認

する。

残差 = a + b · ブランド (9)

図表 5 の分析結果に基づいて、主要な発見事項を指摘する。第 1 の発見事項は、決定係

数が 8%と非常に低く値を示している。この事実から株式価値には将来の価値も含まれて

いることから、ブランド価値は将来の成長の 8%しかないことがわかる。第 2 に関係の強

さを示す指標である相関係数も 0.29 と低い値を示しており、0.2 < t < 0.4 の間であること

から、やや正の相関がある。これらをまとめると、残差との弱い関係性は認められるが、

残差の前でほぼブランド価値の説明が終わっている。以上の結果を総合すると、次のよう

に結論づけて差し支えないであろう。本研究で経済産業省モデルを使用して算出されたブ

139ブランド価値評価方法のモデル化

ランド価値では、投資家は企業の将来をブランド価値以外で判断していると考えられる。

図表 5 残差分析

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Adj.R2 相関係数経済産業省 705 -21851 -2.2 0.172 8.2 0.08 0.29多藝モデル 705 -21275 -2.1 0.676 7.9 0.08 0.28

3. CB バリュエーターモデルとの比較分析

次に貨幣額で評価する他のモデルとの比較検証として CB バリュエーターモデルをとり

上げる。図表 6・7 はクロスセクション分析で用いた理論モデル 1・2 による分析の結果で

ある。どのモデルも CB バリュエーターモデルの方が、t 値が高く、そして決定係数が高

いことから、株式価値を説明する力が大きいことがわかる。

ではなぜ CB バリュエーターモデルが将来価値を含んだ株式価値の説明力があるのか ?

これは、経済産業省モデルのブランド価値算出方法と異なる以下の点が理由として考えら

れる。①企業自体(コーポレートブランド)を価値評価している。②将来の合理的な期

待値が織り込まれている。③ CB 価値は、B/S の無形資産額とイメージ調査をベースに算

出され、P/L の営業利益との関連性によって修正されることで、価値算出の精度が高く

なる。④ 1 年間のデータから算出するため、企業の現在にフォーカスし将来を予測してい

る。

図表 6 理論モデル 1 による CB バリュエーターとの比較分析

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

理論モデル 80 52180 0.5 1.057 7.7 0.133 7.4 0.953経済産業省 80 15415 0.1 0.985 6.6 0.137 7.5 0.110 1.1 0.953多藝モデル 80 18030 0.1 0.992 6.6 0.137 7.5 0.411 1.0 0.953CB バリュエーター 80 149379 1.7 0.733 5.9 0.075 4.4 0.963 6.2 0.969

図表 7 理論モデル 2 による CB バリュエーターとの比較分析

モデル サンプル数 定数項 t 値 X 係数 t 値 Y 係数 t 値 Z 係数 t 値 Adj.R2

理論モデル 80 269363 2.8 0.897 7.1 10.296 11.4 0.961経済産業省 80 234266 2.4 0.816 5.9 10.523 11.6 0.122 1.4 0.962多藝モデル 80 237920 2.4 0.827 6.0 10.482 11.5 0.437 1.2 0.962CB バリュエーター 80 270483 3.2 0.710 5.9 6.656 5.9 0.777 4.5 0.969

経営戦略研究 vol.…3140

4. 業種別の比較分析

次に業種別に経済産業省モデルをベースとした多藝モデルを使用し、回帰分析をおこな

う。またこの分析ではクロスセクション分析で取り上げた業種の中で、「タイヤ」「空輸」

は企業数が少なく、外れ値となるため控除する。残り 21 業種を(10)式の代替モデルの

回帰分析式で回帰分析した結果、「アパレル・スポーツ用品」、「外食」を除く 19 業種で自

由度調整済みの決定係数が 90%以上であり、回帰式としては十分説明できている。しか

し、「自動車」含め 7 業種でブランド価値の説明変数の符号が、マイナスを示している。

これは、ブランド価値が下がれば株主価値が上がる、または株主価値が上がればブランド

価値が下がるというトレード・オフの関係を示している。しかも、「自動車」や「電子部

品」の t 値は有意を示しており、マイナスのブランド価値が働いている。

株式価値 = a + b · 株主資本 + c · 当期利益 + d · ブランド価値 (10)

しかし、本当にこの分析が正しいのか ? 再度確認するために、回帰分析の個々の説明

変数である、株主資本を X 、当期利益を Y 、ブランド価値を Z として、3 つの説明変数

を組み合わせる回帰分析をおこない、どのような説明変数の組み合わせが、株式価値を一

番説明するかを分析する。この分析の主要な発見事項は、クロスセクション分析では確認

できなかった、業種別の株式価値を説明する変数の組み合わせが検証できたことである。

これは、これまでの先行研究でも検証されなかった実証であり、経済産業省モデルのブラ

ンド価値算定が正しいと仮定するなら、業種別の株式価値を説明するモデル化を発見した

ことになる。

その組み合わせは、以下の 4 種類である。

(ア)株主資本×当期利益×ブランド価値(X・Y・Z )、(イ)株主資本×当期利益(X・Y )

(ウ)株主資本×ブランド価値(X・Z )、(エ)当期利益×ブランド価値(Y・Z )

またこの回帰分析の結果をまとめたのが図表 8 である。図表 8 のプロット分析の発見

は、(ア) 株主資本×当期利益×ブランド価値で説明できる業種がプロット①に多く、(イ) 株

主資本×当期利益で説明できる業種が、プロット②に多く存在することである。これはク

ロスセクション分析で得られた、ブランド価値の説明変数である X の t 値の有意性に大き

く依存している。また、この中でブランド価値が株式価値を説明していない業種は 7 業種

あり、百貨店、アパレル・スポーツ用品、精密・フィルム、GMS、医薬品、化粧品・ト

イレタリー、CVSである。この7業種を大きく業種分けすると、流通業と製造業となる。

流通業は本研究で抽出した 3 業種のすべてであることから、本研究で抽出した流通業には

ブランド価値がないと断言することができる。しかし、製造業はその他の業種でブランド

価値のある業種があり、製造業 = ブランド価値がない、とは言えない。では、この 4 つ

の製造業に共通点はないのか ? を確認する。まず、ブランドを形成するブランド要素を考

える。恩蔵らが「ブランド要素の戦略論理」の中で、ブランド要素とは、他の商品(サー

141ブランド価値評価方法のモデル化

ビスも含む)との差異を明確にするための要素であると述べ、ブランドネーム、ロゴ、シ

ンボル、キャラクター、スローガン、ジングル、パッケージのことと定義している。これ

らは広告によって築かれるものであり、広告投資が可能な高価格の商品なのか ? もしくは

広告による販売量が多くなるのか ? の条件に当てはまらなければならないと考えられる。

しかし、アパレル・スポーツ用品や化粧品・トイレタリーは、低価格帯から中価格帯であ

り、それにまして季節により需要や商品が変わることから、価格変動率が高いと言える。

このように考えると、このような商品を販売する流通業もブランド価値がないと言える

のではないか。また、医薬品は、医療用医薬品と一般用医薬品に分けられ、厚生労働省

の「薬事工業生産動態統計調査」では販売費率が金額ベースで、89 対 11 と圧倒的に医療

用医薬品の販売費率が高く、もともとブランド価値が発揮できない業種であることがわか

る。精密・フィルムは、自動車などとは異なり流通を介して販売されることから、価格は

市場の需要動向によって大きく影響を受け、市場価格を委ねることからブランド価値を創

りだす努力が報われない業種であると考えられる。そして流通業は、ブランドなどの品揃

えや価格訴求力によって消費者の訪問回数や購買に変化が表れることから、近隣の同業他

社の影響を強く受けていると考えられる。また、家電や書籍など、カテゴリーキラーと言

われている専門店の出現で、これまですべて 1 店舗で購入していた消費者が賢い選択をす

ることでブランド価値が創造できないと考えられる。

図表 8 業種別のモデル化

分類 業種 変数 t 値 最適なモデル化 BVの適合性

民生用エレクトロニクス 1.53 8.02 XYZ 適合できる電鉄 1.27 2.72 XYZ 適合できる加工食品 0.67 2.55 XYZ 適合できる映画・娯楽 1.22 2.32 XZ 適合できるインターネットサービス 1.85 1.95 XYZ 適合できる酒類・飲料 1.28 1.82 XYZ 適合できるその他個人向け製品 0.41 1.70 XYZ 適合できる

外食 0.48 1.01 XYZ 適合できるアミューズメント 0.99 0.98 YZ 適合できる百貨店 3.16 0.97 XY 適合できない産業用エレクトロニクス 1.66 0.95 XYZ 適合できるアパレル・スポーツ用品 0.17 0.74 XY 適合できない精密・フィルム 0.45 0.46 XY 適合できないGMS 0.02 0.05 XY 適合できない医薬品 -0.08 -0.33 XY 適合できない化粧品・トイレタリー -0.07 -0.41 XY 適合できないCVS -0.46 -0.42 XY 適合できない住宅 -1.29 -1.15 XYZ 適合できる通信インフラ -3.53 -1.60 XYZ 適合できる

③自動車 -3.07 -5.87 XYZ 適合できる電子部品 -27.00 -9.81 XYZ 適合できる

経営戦略研究 vol.…3142

また、業種別の比較分析で得られた株式価値を説明するブランド価値を、違った観点か

ら検証する。図表 9 に示すとおり、株式価値の中でブランド価値は、キャッシュ・フロー

を生み出す価値と、将来(発展性)を生み出す価値がある。これまでの分析は、クロスセ

クション分析による株式価値全体と、残差分析による無形価値資産に対するブランド価値

の検証をおこなったが、ここではこの 2 つに対するブランド価値の影響を考察する。企

業活動におけるブランド価値は、消費者へのコミュニケーションとして、まず将来(発展

性)価値に影響し、その後、実際に製品やサービスの購買につながるキャッシュ・フロー

価値に影響すると考えられる。すなわち、第 1 の発見は、ブランド価値は株式価値の中で

移動するという発見である。そして、第 2 に、その移動速度によってブランド価値の存在

する場所が異なるということである。これらは、図表 10 の分析結果から得られた結果で

ある。図表 10 の分析は、①から③にプロットされている業種の中で、代表企業の残差と

ブランド価値の単回帰分析をおこなった結果である。代表企業は、① + のブランド価値

は民生用エレクトロニクス、②±のブランド価値がないは医薬品、③ - のブランド価値

があるは自動車を各プロット業種の中から選択した。図表 10 に基づく分析は、すべての

業種に貨幣額化されたブランド価値がある前提で、ブランド価値が株式価値のどこに存在

しているのかを発見することができた。①民生用エレクトロニクスは、将来価値の中にブ

ランド価値が残っており、②医薬品は、キャッシュ・フロー価値の中にブランド価値が存

在する。そして③自動車は - のブランド価値から、すべてがキャッシュ・フロー価値に

存在し、将来価値には存在していないと考えられる。この結果は、ブランド価値が株式価

値のどの位置に存在しているかを示すとともに、ブランド価値が移動していると考えられ

る。また、その移動もキャッシュ・フローに多くの価値が存在する業種は、移動の速度が

速いと思われる。業種により、ブランド価値の存在場所が異なり、それはブランド価値の

移動速度に影響している結果が検証されたことになる。

21業種全体

回帰分析R2 残差R2 ブランド価値の割合

民生用エレクトロニクス

医薬品

自動車

0.94

0.96

0.98

0.98

0.08

0.16

0.001

0.37

6%×8%=48%

4%×16%=64%

2%×0.1%=0.2%

2%×37%=74%

図表 9 株式価値を構成するブランド価値の存在 図表 10 残差分析

143ブランド価値評価方法のモデル化

Ⅶ 経済産業省モデルの結論

5 種類の分析方法、3 種類の分析モデルで分析した 4 つの結論を述べる。

まずクロスセクション分析から言えることは、桜井 [2004] と本研究の実証分析から、

データの年度によって導き出される答えに影響がある算定方法は、不偏的なモデル化とは

言えない。次に残差分析から言えることは、無形価値資産の中で、ブランド価値の影響が

8%であることは、常識的に考えにくい。これはブランド価値の値に問題があると思われ

る。そして CB バリュエーターモデルとの比較分析から言えることは、経済産業省モデル

は過去のデータにフォーカスし、ゴーイング・コンサーンの前提に立って算定しているた

め、正確な将来価値を予測することができない。最後に業種別の比較分析から言えること

は、消費者に影響する前提で業種を抽出したが、50%にあたるブランドにブランド価値が

株式価値を説明することができないため、経済産業省モデルには限界がある。部分最適で

あるが、全体最適ではない。

以上の結論を総合すると、次のように結論づけて差し支えないであろう。つまり、本研

究で経済産業省モデルを使用し、得られたブランド価値評価額は、貸借対照表の純資産額

や株主資本の情報、および損益計算書の当期純利益額から推定される超過利益の現在価値

や当期利益の情報を所与とした場合、株式価値を追加的に説明する能力を有していない。

すなわち、経済産業省モデルはブランド価値評価方法として説明力が弱い。これは、先行

研究で得られた実証検証結果と異なる結論である。

Ⅷ ブランド価値の結論

本研究の様々な検証結果から、ブランド価値は計る(評価)ことが可能である、またブ

ランド価値を作ることも可能であると実証することができた。

これらの結果から、私が考えるブランド価値について述べる。

それは、「ブランド価値は存在する場所によって、効果的な作り方がある」ということ

である。図表 11 は、検証で得られた結果を基に作成したブランド価値の存在場所と、そ

の移動速度を表している。業種分析で述べたとおりブランドにはその業種のおかれている

環境の影響を受けて、キャッシュ・フロー化の速い業種と遅い業種が存在している。これ

らを一つの方法論において、ブランド価値を作ることは非常に効果的ではないと考える。

本研究で取り上げた企業の一例であるが、その業種のブランド価値が存在する場所によっ

て、ブランド価値を創造する方法が異なる。

本研究では、ブランド価値に対する多くの発見が得られたが、企業活動において中核と

なるブランド価値は、作り方によって企業価値に大きく影響することが最大の発見である。

経営戦略研究 vol.…3144

業種 全体 自動車 医薬品民生用エレクトロニクス

94% 98% 98%96%

6% 2% 2%4%

8% -37% 0.1%16%

全部CF化

速いCF化

遅いCF化

CF価値

将来価値

図表 11 業種によるブランド価値の位置付け

〈謝辞〉

本研究は、関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科における課題研究として、甲斐良

隆教授の指導の下実施したものである。甲斐教授および副査をご担当いただいた梅本春夫

教授に対し深く感謝申し上げる。また、分析データについては岡田克彦准教授、ブランド

論については佐藤善信教授、新倉貴士教授、会計学については児島幸治准教授、統計分析

については羽室行信准教授、アンケートについては山本昭二教授、IBA 3期生の学友、

ご指導ご協力頂いた皆様に深く謝辞を表する。最後に、課題研究でともに学んだ甲斐ゼミ

の学友の皆様、そして在学中文句を言いながらも理解を示し支えてくれた家族に心から感

謝する。

引用文献・参考文献

Keller, Kevin Lane(2002 年),『戦略的ブランド・マネジメント』(恩蔵直人・亀井昭宏訳),東急エージェンシー。

Lev, Baruch(2002 年),『ブランドの経営と会計』(広瀬義州・桜井勝久監訳),東洋経済新報社。Margaret M. Blair, Steven M. H. Wallman(2002 年),『ブランド価値評価入門』(広瀬義州 他訳),中

央経済社。伊藤邦雄(2000 年),『コーポレートブランド経営』,日本経済新聞社。恩蔵直人(2002 年),『ブランド要素の戦略論理』,早稲田大学出版部。古賀智敏(2005 年),『知的資産の会計』, 東洋経済新報社。企業法制研究会(2002 年),『ブランド価値評価研究会報告書』,経済産業省。(『企業会計』(中央経済

社),2002 年 8 月号(第 54 巻第 8 号)付録)齊藤治彦(2002 年),「ブランド価値評価アプローチ」,『企業会計』(中央経済社),Vol. 54, No.9, pp. 39-46。桜井久勝(2002 年),「経済産業省のブランド価値評価モデル」『国民経済雑誌』,Vol. 186, No. 5, pp. 1-16。桜井久勝・石光祐(2004 年),「ブランド価値の株価関連性と超過収益の獲得可能性」『国民経済雑誌』,

Vol. 189, No. 5(20040500)pp. 17-32。広瀬義州(2002 年),「『ブランド価値評価研究会報告書』の概要」,『企業会計』(中央経済社),Vol. 54,

No. 9, pp. 1250-1257。