大学のマーケティング教育におけるresearcher-like activity 一名...
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商学研究第52巻第1 ・ 2号 (165) 165
資料
大学のマーケティング教育における Researcher-Like Activity 一名古屋マーケティング・インカレの事例ー
要旨
目次
はじめに
青木均
1.名古屋マーケティング・インカレ概要
1 -1.沿革
1 -2. 特色
1 -3. 教員側の狙い
2. RlAとしての名古屋マーケテイング・インカレ
3. 学生の取り組み
4. 学生意識の調査
4 -1.モチベーションに関して
4-2 能力に関して
4 -3. 相互評価に関して
4 -4. チーム・ワークに関して
おわりに
ビジネス系学部・学科における researcher-like activity の 1 つの事例として,研究発表コンテスト名
古屋マーケテイング・インカレに対する愛知学院大学商学部学生の取り組みと,それに関する学生意識
を記述した。学生の相互評価を柱とするコンテストを通して,学生は勉学へのモチベーションを高めた。
ただし相互評価およびチーム・ワークに関する課題が浮き彫りになった。
キーワード
researcher-like activity,研究発表コンテスト,相互評価,ゼミ活性化, FD
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はじめに
教育学において researcher-like activity (以下阻A) という教育手法が提唱されている(市川,
1998) 。阻A は,研究者の縮図的活動という意味であるが,学習の動機づけを狙って,研究者
それも上級レベルの研究者が行う研究活動を縮約した活動を生徒や学生に行わせる教育手法の
ことを指している。例えば,学生に学術雑誌の査読者のつもりで論文を試みに評価させること,
学会のパネル・デイスカッションを模してゼミを展開すること,学生に学術的講演を行わせる
ことなどがありうる(上淵, 1995) 。中学生に数学に関するポスター発表を行ってもらった事例
もある(狩俣, 1996) 。
その中学校の事例ではつぎの教育的目標(作業仮説)が掲げられた。これらは阻λ の教育
的意義を端的に表現している。
①阻λが動機づけになって生徒の探求的態度が育つであろう。
②生徒は, 目的的な探求活動として,問題づくりに取り組むであろう。
③生徒の聞に,数学の内容を媒介にしたコミュニケーション(相互評価と批判的吟味)活動
が成立するであろう。
④生徒は,阻A の充実感と知的興奮を味わうことができるであろう。
本稿はビジネス系学部・学科マーケテイング専門のゼミにおける阻A の事例報告である。教
育学で展開されてきた阻A をビジネス系学部・学科における教育にどのように適用させるのか
検討するための基礎資料提供を目的としている。
本稿で取り上げる事例は名古屋マーケテイング・インカレという研究発表コンテストにおけ
る愛知学院大学商学部青木ゼミ学生の取り組みに関するものである。したがって,まず名古屋
マーケテイング・インカレの概要を説明する。つぎにその阻A部分を整理する。つづいて2011
年における学生のそのコンテストへの取り組みを記述する。最後に,グループ・インタビュー
調査によって得られたコンテスト参加に関する学生の意識を記述・考察する。
1 .名古屋マーケティング・インカレ概要
名古屋マーケテイング・インカレ概要として その沿革特色 教員側の狙いを記す。
1 -1.沿革
名古屋マーケティング・インカレの始まりは 2006年に,愛知大学経営学部太田ゼミと中京
大学総合政策学部久保田ゼミが合同で、研究発表会を行ったことである(表- 1 )。
翌年,その担当教員が研究発表会の規模拡大と充実を図り,旧知のマーケティングを専門と
する他大学教員に,ゼミ単位での研究発表会参加を誘った。その結果,愛知学院大学商学部青
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木ゼ ミ ,名城大学経営学部大崎ゼミ(ただ し中京大学久保田准教授が指導代行) ,名古屋学院大
学商学部漬ゼミが加わり, 5 大学から 5 ゼミが参加して90名を超える規模の研究発表会が実現
した。
その際,学生の参加はチームによるものとし研究発表を相互評価して,優秀賞,最優秀賞
を決定することになった(コ ン テ スト化) 。 また,研究発表の機会を複数設け,中開発表会と本
発表会を開催することになった。学生間交流を促進するため,研究発表会後に懇親会を催 し,
参加学生に参加を義務付けた。さらに,ビジネス雑誌『日経ビジネス』を販売する日経 BP マー
ケ テ ィング社との交渉の結果,参加学生の 『 日経ビジネスJ 定期購読と 引 き換えに, 日経 BP
マー ケ テ イング社の協賛が得られることになった。 つ ま り『日経ビジネス』協賛研究発表会が
実現したのである 。 2007年に名古屋マーケティング ・ インカレの原型が出来上がったといって
いい。 以降毎年20チームを超える参加による研究発表コンテストが実現している(参加学生は
100名前後)。
表-1.名古屋マーケティング ・イ ンカレの沿革
年 参加ゼミ 出来事 特記事項
2006 愛知大学経営学部太田ゼミ,中京大学 5 月 12 日 顔合わせ+懇親会。商学部久保田ゼミ 。 6 月 24 日 中間発表会 +懇親会。
11月 25 日 本大会 +懇親会。
2007 愛知学院大学商学部青木ゼミ,愛知大 5 月 18 日 顔合わせ+懇親会。 日経 BPマーケティン学経営学部太田ゼミ,中京大学総合政 10月 13 日 中開発表会+懇親会。 グの協賛が始まる 。策学部久保田ゼミ,名城大学経営学部 12月 1 日 本大会+懇親会。 相互評価制度を導入。大崎ゼミ (久保田指導),名古屋学院大 発表グループは中間学商学部漬ゼミ 。 発表会から本大会ま
で不変。
2008 愛知学院大学商学部青木ゼミ,愛知大 6 月 21 日 中開発表会 + 懇親会。 エントリー ・ シート制学経営学部太田ゼミ,中京大学総合政 10月 11 日 中開発表会 + 懇親会。 度を導入。策学部久保田ゼミ,名城大学経営学部 12月 6 日 本大会+懇親会。 中間発表会 を 2 回に大崎ゼミ,名古屋学院大学商学部漬ゼ 増やす。、、、、 。
2009 愛知学院大学商学部青木ゼミ,愛知大 6 月 27 日 中開発表会(大崎ゼミ, ?賓 相互評価制度改善。学経営学部太田ゼミ,名城大学経営学 ゼミ ) + 懇親会。 実行委員会特別賞 を部大崎ゼミ,名古屋学院大学商学部漬 8 月 2 日 追加中開発表会(青木ゼ 壬員元n.. r疋4三: 0
ゼミ 。 ミ, 太田ゼミ ) + 懇親会。10月 3 日 中開発表会 + 懇親会。11月 28 日 本大会 +懇親会。
2010 愛知学院大学商学部青木ゼミ,愛知大 6 月 28 日 中開発表会 + 懇親会。学経営学部太田ゼミ,愛知大学経営学 10月 2 日 中開発表会 + 懇親会。部為蹟ゼミ,名城大学経営学部大崎ゼ 12月 4 日 本大会+懇親会。ミ,名古屋学院大学商学部漬ゼミ 。
2011 愛知学院大学商学部青木ゼミ,愛知学 6 月 25 日 中開発表会 +懇親会。 相互評価制度改善。院大学商学部秋本ゼミ ,愛知工業大学 10月 1 日 中開発表会 +懇親会。 発表グルー プは中間経営学部新井ゼミ,愛知大学経営学部 12月 3 日 本大会+懇親会。 発表会と本大会で変太田ゼミ ,愛知淑徳大学ビジネス学部 更。大塚ゼミ , 愛知大学経営学部為贋ゼミ,名城大学経営学部大崎ゼミ, 名古屋学院大学商学部漬ゼミ。
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2008年には研究発表機会が中開発表会 2 固と本大会,計 3 回になった。その際,参加チーム
には中開発表会 1 回目の前に,研究計画概要を記したエントリー・シートを提出させる制度を
設けた。 2009年には相互評価制度の改善を図った。 2011年には 6 つの大学から25チーム総勢120
名が参加した。
1 -2. 特色
名古屋マーケテイング・インカレはつぎの特色を持っている。
① 1 年間にわたる活動 :年度初めの 4 月に参加予定の各ゼミで趣旨説明を行う。その後12月
本大会まで年 3 回の発表会(中開発表会 2 回,本大会 1 回)を参加学生は経験する。本大
会後も,ゼミによっては,参加学生が研究発表内容を文章化したり,別の研究発表会で発
表したりして,関連活動を行う。
②学生と教員による自主開催:参加学生の所属する各大学において持ち回りで発表会を開催
する。原則的に学生による自主開催である。参加学生が所属するゼミの担当教員は実行委
員会の構成員になり そのサポートを行う。
③『日経ビジネス』協賛:参加学生が『日経ビジネス』定期購読することと引き換えに, r 日
経ビジネス』の販売に携わっている日経 BP マーケティング社の協賛を得ている。日経 BP
マーケティング側は本大会に特別審査員と講演者を派遣するとともに そこで決定される
優秀賞,最優秀賞を承認して,賞状を発行する 1) 。
④チームによる参加:学生は 2 名以上で構成されたチームで参加する。なお,参加学生の学
年は問わない。
⑤ゼミ単位での関わり:学生が任意に参加するのではなく 担当教員の指導の下ゼミの一員
として参加する。参加エントリーの際は チームで研究計画・見通しを示すエントリー・
シートを書き上げ,それを担当教員経由で実行委員会に提出する。
⑥全担当教員が全学生の指導を行う体制:担当教員は,研究発表に関して,自らの担当ゼミ
の学生を指導するだけでなく,参加する全学生に対して指導する責任がある。
⑦発表グループの設定:中開発表会,本大会とも参加チームを複数の発表グループに配分する。
各発表グループにはなるべく同一大学のチームが複数属することがないように配慮する。
⑧相互評価による表彰:本大会においては,チーム相互評価によって,優秀賞と最優秀賞を
決定する。表彰にあたって予選と決勝を設ける。全チームが参加する予選では,各発表グ
ループ内で研究発表を相互評価して,優秀賞を決める。決勝では,優秀賞を獲得したチー
ムによる研究発表を全参加チームが評価して最優秀賞を決める。決勝では, 日経 BP マー
ケテイング派遣の特別審査員の評価も加味する。
⑨懇親会の開催:発表会後は必ず懇親会を開催し参加学生と教員は必ずそれに参加して,
大学を超えた交流を促進する。
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1 -3. 教員側の狙い
名古屋マーケティング・インカレの開催目的は,名古屋市内もしくは近郊の大学においてマー
ケテイングを専攻する(マーケテイング専門ゼミに所属する)学生の研究発表に関する勉学の
モチベーションと努力水準の向上である。
その目的を設定する背景として,担当教員間でゼミ活動についてつぎのような問題意識が共
有されていた。すなわち,大学らしい教育は,学生自身で問題を発見し問題を解決しそれ
を口頭や文章で表現することである 。 それを実現する場は,ビジネス系学部においてはゼミ(演
習という教科)であるはずだ。 しかし現状ではこれがうまく機能していなしh
学生の行動を変えるためには,教員がまず変わらなければならない。 そもそも,大学におい
てはほとんどの教員は教育ノウハウを体系立てて習得していない。 大学院や学部在籍時の指導
教員を倣って,いわば見ょう見まねで教育を行っている例が多い。 そのためか,研究室という
閉ざされた「タコつぼ」の中に埋没してしまえば,教育能力を向上させる機会が少なくなる 。
したがって,教育能力向上のためには, Iタコつぼ」から這い出で,他大学の教員たちと教育ノ
ウハウを共有する機会を持つ必要がある。そこで,教育ノウハウ共有の一環として,複数大学
のゼミ共同での研究発表会開催を企画する 。 いわば自主的 FD (faculty development) の場の形
成である 。
以上の認識を前提として担当教員はさらにつぎのような教育的意義を見出した。 すなわち,
複数大学共同でゼミ活動を行うことは,大学問 (inter-college) の視点をもたらすことになる 。 学
生は大学の外を意識することによって,競争を捉えるようになる 。 競争は勉学に対する学生の
モチベーションを高める 。 また,外を意識することは内を意識することにつながる 。 大学・ゼ
ミの内 (inner-college) を意識することになれば,各ゼミの集団凝集性が高まり,学生がゼミに
対するコミットメントを高める可能性がある 。
名古屋マーケティング・インカレでは学生はチームで参加することが求められている 。 これ
はつぎの考えに基づいている 。
「学生が最もよく学習するのは,学習過程に活動的に参加しているときです。 …小グループで
活動している学生のほうが,同じ内容を別のティーチングの形式で教えた場合よりも教えられ
ていることをより多く習得し,より長く覚えている傾向があります。 J (デイビス, 2002)
2. RLA としての名古屋マーケティング・インカレ
名古屋マーケティング・インカレについて,学生による自主的な研究発表会という形態自体
を RLA として捉えることができる 。 なぜならばこれは研究者を会員とする学会の研究発表会
を模しているからである 。 学会と同様に,参加学生が自主的に開催し研究発表を行う 。 また
学会と同様に,研究発表会後は懇親会を開催して,学生間交流を図る。
しかし特に重要な阻λ部分は参加学生による相互評価である 。 先述のように,本大会にお
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いては,各チームによる相互評価制度を導入している。これは学会のピア・レビュー(peer
review) 制度を参考にしている。ただし,覆面ではない。そして,参加学生のモチベーションを
高めるために,コンテスト化を進め, 日経 BP マーケティングの協力を得て,相互評価による
表彰制度を設けている。
なお,多くの学生研究発表会やビジネス企画コンテストでは,ビジネス・パーソンや教員か
らなる審査員による評価に基づいた表彰制度を設けている。しかし名古屋マーケティング・
インカレでは,学生が互いの研究発表を真剣に聞いて学び合う雰囲気を創出するために相互評
価による表彰制度を導入した。
2007年に導入し, 2009年に修正した相互評価の方法について,つぎに説明する。その概要は
以下の点に整理することができる。
①相互評価は本大会のみで行う。
②各チームは,予選において,自チーム以外のチームを順位づけし,順位に対して所定の得
点を与える 2) 。
③採点の参考として,実行委員会は複数の評価項目を示した相互評価基準書をあらかじめ配
布する。
④各チームは,複数の評価項目を踏まえて,総合的に研究発表を評価し採点する。
⑤決勝においては,研究発表チーム(優秀賞受賞チーム)は自チーム以外のチームを順位づ
けし順位に対して所定の得点を与える。それ以外のチーム(聴衆側)は研究発表チーム
を順位づけし順位に対して所定の得点を与える。
⑥採点の際は,得点を与えるだけでなく,研究発表に対する評価コメントを所定欄に記入する。
⑦得点合計によって,優秀賞,最優秀賞を決定する。
ちなみに,相互評価基準書の評価項目はつぎのとおりである。
①着眼点(研究目的や主張が具体的で独自性があるかどうか)。
②情報収集(文献調査,アンケート調査, ヒヤリング調査,観察調査などが徹底して行われ
ているどうか)。
③論理性(研究目的を踏まえて,データや理論を駆使して,論理的に結論が導き出されてい
るかどうか)。
④プレゼンテーション(研究内容が聴衆に理解し易いように発表されているかどうか)。
⑤質問(他チームの研究発表に対して,適切な質問をしているかどうか)。
相互評価に対して実行委員会はつぎのような感想を持った。まず,良い点として,他大生の
前で恥をかかないように,学生はモチベーションを高め,研究発表に努力を傾けてきているこ
とがあげられる。さらに 他チームの研究内容を真剣に聞いて学ぶ姿勢が形成されていること
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もあげられる。また,学生の能力向上として,論理構築,情報収集,プレゼンテーションが上
手になったことと同時に,論理展開の矛盾や概念操作のあやふやさなどを捉える鋭い質問がで
きるようになっていることがあげられる 。
しかし悪い点として,相互評価における採点は例年プレゼンテーション重視になっている
という感想を持った。 参加学生のプレゼンテーション能力については学生としては十分なレベ
ルに達していると認識できたので,研究内容を重視するように導く必要があると感じた。 2009
年に,プレゼンテーションにとらわれず,独自性や論理'性の高い研究発表を行ったチームを表
彰すべく,教員による評価に基づく実行委員会特別賞を別途授与する制度を設けた。
2011年には,プレゼンテーション重視を打破するため,相互評価の方法を変更した。 まず,
2 回の中開発表会において,採点は行わないものの,他チームの発表に対する評価コメントを
所定用紙に記入してもらい,相互に送付することにした。 また,本大会において,論理性,情
報収集,プレゼンテーション,質疑など複数の項目を設けて,項目ごとに採点し,それを合算
したうえで,順位づけをする方法に改めた。 そして,論理性に関する項目に採点上の重みをつ
けた。
3. 学生の取り組み
2011年,愛知学院大学商学部青木ゼミに所属して名古屋マーケティング・インカレに参加し
た 3 年生10名の取り組みについて,経過を追って記述する 。
20011年度の学期が始まる前の 3 月に愛知学院大学では履修に関するオリエンテーションが
行われた。 その時に,ゼミの学生全員が集合 し , チーム分けと研究テーマ設定について予備的
な話し合いを持っ た。 4 月に 春学期が始まると 学生による話し合いによって 2 チームを編
成した。 1 つは電子マネーをとり上げるチーム(以下 A チーム) 。 もう 1 つはネ ッ トスーパー
をとり上げるチームであった(以下 B チーム) 。 それぞれ 5 名が所属した。
5 月末日にエントリー・シートを提出しなければならないので,それに向けて,各チームは
4 月中旬から調査を開始した。 文献調査によ っ てテーマの絞りこみを行った。 毎週木曜日の正
規のゼミ授業時限において,両チームは研究の進捗状況を発表した。 5 月に入り .B チームが,
テーマを具体化して独自の主張を展開することが難しいと考えたため, テーマを変更すること
を申し出た。 ネ ッ トスーパーに関するものから, タブレ ッ ト型パソコンのプロモーションに関
するものに変更することになった。
5 月末に提出したエントリー・シートでは.A チームは交通系電子マネー(鉄道会社等が発
行主体の電子マネー) の買い物への利用促進を捉えるテーマ. B チームはタブレ ッ ト型パソコ
ンの産業財としてのプロモーション策を検討するテーマを掲げた。 その後 6 月の中開発表会に
向けてインターネ ッ ト上の情報検索を含む文献調査によ っ て,独自の主張や仮説を導き出す作
業を続けた。 B チームは,その利用状況に関する街頭アンケート調査を行った。 毎週木曜日の
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正規授業時限において,毎週各チームは研究の進捗状況を発表した。 また,各チームはそれ以
外に,授業が終了した夕刻から夜にかけて検討会を毎週何度も開いた。
6 月 25 日,青木ゼミの学生が中心になって愛知学院大学において 1 回目の中開発表会を開催
した。 午後に研究発表を行い夜には懇親会を行うことになった。 当日 25チーム, 120名の学生
が集まった。 研究発表は, 5 つの発表グループに分かれ,参加チームは,プレゼンテーション
15分,質疑応答 5 分の持ち時間で発表した。 大学近くに120名を収容する飲食店が見つからな
かったため,懇親会は名古屋駅周辺で実施した。 そのため,パスをチャーターして全員移動す
るという大がかりなものになった。開催に伴う全ての手配を愛知学院大学の参加学生が行った。
1 回目の中開発表会で展開した研究発表内容は,交通系電子マネーの小売店における買い物
利用促進に関するものと (A チーム ) タブレ ッ ト型パソコンを小売店に対して電子掲示板とし
て販売するためのプロモーション策 (B チーム)であった。 両チームとも研究目的や動機の説
明に終始した。
1 回目の中開発表会終了後,各チームは発表グループ内の他大学チームからの評価コメント
を受け取った。 7 月はそのコメントを吟味し,研究テーマの修正に関する検討を重ねた。 8 月
に夏休み入ると,各チームは調査を続け,不定期に検討会を持った。 9 月初旬 2 泊 3 日で福岡
県を訪れて合宿を行った。 合宿の目的は商業視察であったが,夜に研究の進捗状況を確認する
会を開いた。 9 月下旬に秋学期が始まったが,担当教員による研究指導が不十分なまま, 10月
2 日の 2 回目の中開発表会(名古屋学院大学漬ゼミ主催)を迎えた。
2 回目の中開発表会では , A B 両チームとも 1 回目中開発表会で発表した内容を具体化さ
せたものを発表した。 両チームとも,発表グループ内の他大学チームや他大学教員から論理の
矛盾や研究の発展のなさを指摘された。 これを受け入れ,テーマ修正の必要'性を悟った。 懇親
会では,他大学の教員にアドバイスを求め,改善の糸口を探した。
2 回目の中開発表会終了後本大会まで春学期同様に毎週木曜日の正規授業時限において,
両チームは研究の進捗状況を発表した。 また,各チームはそれ以外に,授業が終了した夕刻か
ら夜にかけて検討会を毎週何度も開いた。
10月, B チームは「タブレット型パソコンを教育機関に購入してもらうためのプロモーショ
ン策提案」にテーマ修正した。 そして 教育機関におけるタブレット型パソコン導入の事例を
収集することに努めた。 さらに,それを教育に活用している大学の教員を複数探し出してヒヤ
リング調査を実施した。 A チームはまだなお確固とした具体的なテーマ設定ができず,堂々巡
りの議論を繰り返していた。 そして A チームから 2 名が脱落した。
11月に入り,ようやく Aチームはテーマを「なぜ顧客は電子マネーを買い物の決済に使うと
客単価を増加させるのか,その要因を探究する J に固めた。 その一方, B チームは, タブレッ
ト型パソコンが他のデバイスに比べ,視認性という点で、優位性を持っていて,それが有効なプ
ロモーション策のカギになるという仮説を立てた。 B チームは 視認性について心理学等の理
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論的文献を調べるとともに,実際に調査対象者にタブレット型パソコンを見せて,視認性が優
れているかどうかアンケート調査を実施した。 A チームは,文献調査で見つけ出したある学術
論文を基に.r前もって電子マネーにチャージした金額で商品購入する際には価格感度が低下す
る」という仮説を立て,その状況による価格感度の低下を検証するためのアンケート調査を実
施した。
11月中旬以降は.B チームが大学内の研修会館に 2 週間近く泊り込んで,連日検討を重ねる
など,両チームともそれまで以上に多くの時間を研究発表のために費やした。 A チームは,前
もってチャージした電子マネーによる商品購入の際に価格感度の低下が起きる要因について,
複数の心理的財布形成によるという主張を本大会前日に固めた。
12月 3 日に本大会(名城大学大崎ゼミ主催)を迎えた。 参加チームは持ち時間25分(プレゼ
ンテーション20分,質疑応答 5 分) で、発表を行った。 A. B 両チームとも高い評価を得ること
はできず,午前中の予選で敗退した。その 3 週間後に,参加学生個々が発表内容をレポートに
まとめて担当教員に提出し 名古屋マーケテイング・インカレへの取り組みは終了したO
4. 学生意識の調査
2011年,愛知学院大学商学部青木ゼミに所属し名古屋マーケティング・インカレに参加し
た 3 年生 8 名に対して 参加学生の名古屋マーケティング・インカレに対する意識について,
2012年 1 月 19日にグループ・インタビューによる調査を行った。 相互評価を中心に,研究発表
全般について意識を探ったのである。その結果を,モチベーション,能力,チーム ・ワーク,
相互評価に分けて記述する 。
4-1. モチベーションに関して
表-2. モチベーションに関する学生の意識
-大学の会館に 2 週間泊り込んで研究発表準備を行うほど努力した。.週に何日かは,守衛に追い出されるまで、粘って,夜遅くまで、教室に残ってチームで議論した0・大学から帰宅してからも,夜にスカイプを使ってチーム ・ メンバ一間で議論した。.ゼミのある木曜日の前日はいつも徹夜した。 木曜日を考えると憂欝だ、った。.自分の周囲の学生たちは面倒臭がってやらないであろう手間のかかるアンケート やヒヤリング調査を行った0
.春先には高いモチベーションが維持できたが,夏には下がった。 本大会前にはまた高まった。・資格取得のための勉強と同時並行だ、ったので,研究発表に対するモチベーションを保つのが難しかった0・研究発表の準備が進んでいることが見えてくると,モチベーションが高まったが,見えないときには低くなった0
.春先は充実した気持ちで臨んでいたが,調べていくうちに行き詰まりを感じ,次第にモチベーションが下カまった0
.自分たちを追いこめなかっ た。
名古屋マーケテイング・インカレ参加期間中,勉学に対するモチベーションは高まったのか
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どうかという質問に対しては表-2 の回答が寄せられた。
学生たちは研究発表に多大な努力を傾けたことについて具体例をあげながら語った。参加学
生のモチベーションは大いに高まっていたことが理解できる。ただし期間中,高いモチベー
ションを維持できた訳で、はなかったようである。学生たちは,春先にはモチベーションを高め
たものの,研究発表のための調査が進むにつれて,分からないことが増加し,独自の主張展開
の困難さを感じ,モチベーションが低下したという。 2 回の中開発表会の間にある夏休み中モ
チベーションが下がり 活動が停滞したと述べた。しかし本大会前の 1 か月間は,モチベー
ションを上げていったという。
4-2. 能力に関して
名古屋マーケテイング・インカレ参加によって能力向上が見られたのかという質問に対して
は,表-3 の回答が寄せられた。ほとんどの学生は基本的にプレゼンテーション能力の向上を
実感したと答えた。すなわち,多くの人の前で堂々と話すことができ,発表に必要なコンビュー
タ・ソフトを使いこなすことができるようになった。
しかし学生は論理構築や情報収集に関する能力向上を指摘することはなかった。ただし
研究発表中の質疑応答場面で,適切な質問ができるようになったと答えた学生がいた。これは
研究発表の論理的なおかしさを指摘できるほど,論理的思考ができるようになったという意味
である。
表-3. 能力に関する学生の意識
-多くの人の前で堂々と話せるようになった。.パワーポイントやエクセルなどのソフトを使いこなすことができるようになった0.相手の話を聞いて,その疑問点をきちんと捉え,質問できるようになった。
4-3. チーム・ワークに関して
名古屋マーケテイング・インカレにおいて研究発表は成功したか,失敗したか,そしてその
原因は何かという質問に対しては 学生は自分たちの研究発表は失敗であったと認めた。本大
会前日にようやく結論が見え,内容が出来上がる状況で良い発表ができるはずがないとほとん
どの学生が述べた。そして その根本原因をチーム・ワークの失敗に求めたため,その回答を
表-4 にまとめた。
学生の回答からは,チーム・マネジメントというものが存在しないまま,チームの活動が進
行していったことがうかがえる。また チームのメンバー全員が研究内容を理解しながら進め
ることができなかった,独りで、突っ走って,他のメンバーがついてこなかったという回答から
は,メンバ一間の研究発表へのコミットメントに差があったことがうかがえる。ほとんど何も
しなかったメンバーが存在したという。なお,以上の問題故か 2 名の脱落者が現れてしまった。
大学のマーケテイング教育における Researcher-LikeActivity
表-4. チーム・ワークに関する学生の意識
.チームのメンバー全員が研究内容を理解しながら進めることができなかった0・独りで、突っ走って, 他のメンバーがついてこなかった。混乱した。
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・計画性なく進めてしまい,時間を浪費した。 本大会前日にようやく結論が見え,内容が出来上がる状況だ、つた。
.予定したチームの集まりにメ ンバー全員がきちんと集まることがないというルーズさがあっ た。
.最優秀賞を獲得したチームはチームとしてのまとまりがあって, うまく機能していた印象を持った0
.メンバ一個人のタスクをきちんと設定せず,あいまいな役割のまま進めてしま った。
.メンバーの得意なことを伸ばす工夫を考えて,進めるべきだ、った。
4-4. 相互評価に関して
相互評価にはどのような良い点と悪い点が存在するかという質問に対しては,表-5 の回答
が寄せられた。 相互評価の良い点として,自分を写す鏡が与えられると学生たちは考えていた。
その結果, 自分たちには気づけない分かりにくい説明に気づくことができると考えた。また,
評価コメントを相互に送り合うことによって 改善点を知ることができたという 。
しかしほとんどの学生は相互評価の難しさを感じていた。 すなわち,ゼミによって指導さ
れる研究スタイルが違うため, 自分が学んできた研究スタイルとは違ったスタイルの研究発表
に評価する場面に出会う 。 その場合低い評価を与えてしまいがちであるというのである 3)。
研究スタイルの違いについて,学生たちはつぎのように 2 つに整理して捉えていた。 1 つは
要因追究型である 。 特定の事象がなぜ起きたのか,その要因を理論的に明らかにすることに重
きを置くスタイルである 。 もう 1 つは戦略提案型である 。 特定のマーケティング事例に対して,
自分たちなりの改善策をもって戦略提案をすることを目指すスタイルである。要因追究型の研
究発表は,戦略提案型に比べて,低い評価になる傾向があったという 。 戦略提案型の方が学生
には身近で理解しやすいと捉えられていたのである 。 また , 2011年に,プレゼンテーション重
視になりがちな相互評価を払しょくするために,項目ごとの採点に改められ, しかも論理性に
表-5. 相互評価に対する学生の意識
-自分たちには気づけない分かりにくい説明に気づくことができる 。・他チームの発表を見て評価して, 自分たちのモチベーションが向上する 。・自分の話した内容について,他人が理解できているのか,理解させることができているのかチェックすることができる 。
.お互いに良い点や改善点を出すことによ っ て,自分たちの向上につなげることができる 。
.自分たちが見つけることができないことについて,違っ た視点で意見をもらうことができる 0
.ゼミによ って指導される研究スタイルが違うので,相互の評価は難しい。
.要因追究型の研究発表は,戦略提案型の研究発表に比べて,低い評価になる傾向があった0
.プレゼンテーション重視になりがち。
.論理性の評価も,プレゼンテー ションの影響を受けてしまう 。
.オリ ジナリティ ーを求めた研究発表は欠点が出やすく,低い評価になりがち。
.相手の欠点に注目して採点してしま う 。 したがって,無難な研究発表をしたチームが勝って しまう 。
.論理性はプレゼンテー シ ョンに結びついていなければ意味がない。 したがって,プレゼンテーションに偏った評価にな っ ても問題ない。
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重みがつけられたが 学生は実際にはプレゼンテーション重視の相互評価を変えることはでき
なかったと指摘した。つまり,プレゼンテーションの上手な研究発表は論理性が高いように感
じられてしまったというのである。
5. おわりに
学生の取り組みと意識調査から阻A としての名古屋マーケティング・インカレの課題を導き
出して,本稿を締めくくる。
定性的ではあるものの,学生意識の調査からは 基本的に名古屋マーケテイング・インカレ
への参加によって学生の勉学に対するモチベーションが高まり その探求的態度が育ったこと
が把握できた。 阻λ の教育的意義をそこに見出すことができた。
しかし阻Aの中核にある相互評価については課題が存在している。先述のように,自分が
学んできた研究スタイルとは違ったスタイルの研究発表を評価する場面に学生はとまどってい
た。 スタイルが異なっていても,独自性,論理性,情報収集などの点で評価を行うことができ
る「評価眼J を養う必要性が生じていることを示している 。 また プレゼンテーション重視の
相互評価から脱却しようと模索しているにもかかわらず,脱却しきれていないことも先に指摘
した。 この克服も「評価眼」養成に関わっている 。
そのため,相互評価の前提として 体系立てて研究方法を教授する機会を設ける必要がある
だろう 。 理系や心理学系学部・学科などとは違い,多くのビジネス系学部・学科において,そ
れを扱う教科が開講されていないのが実情である 。 かといって,ゼミにおいて,個々の担当教
員が対応することは困難である 。 名古屋マーケテイング・インカレに参加するゼミ合同で何ら
かの場を設定することを考慮すべきかもしれない。
阻A に直接は関わらないものの,それを後押しするための教育的課題も存在している。名古
屋マーケテイング・インカレでは,チームによる研究発表への関わりの方が,個人での関わり
よりも教育効果が高いと実行委員会が判断して,チームによる参加となっている。しかし 2011
年の青木ゼミの参加チームにおいては チーム・マネジメントが存在せず 全メンバーがよく
学び,皆で研究発表を作り上げたというよりは 一部のメンバーの個人的努力によって研究発
表をようやく成し遂げたという方が適当な指摘である 。 したがって,何も学ばなかったメンバー
が存在していた(脱落者は最たる存在) 。 ゼミにおいて チーム・ワークはいかにあるべきかを
教示するという課題が存在しているのである 。
※本稿は, 2011年 10月に開催された日本商業学会中部部会における報告,青木均・秋本昌士・
大崎孝徳・太田幸治・大塚英揮・為康吉弘 . i賓満久「学生相互評価によるゼミナール活性化」
を基に,独自の調査と考察を加えて完成させた。
大学のマーケティング教育における Researcher-LikeActivity (177) 177
注
1 )例年特別審査員 として, 日経 BP マーケテイングの管理職と流通を専門とする日経新聞編集委員を派遣して
もらっている 。 特別審査員には懇親会の場にも出席してもらっている 。 さらに, 日経新聞編集委員には研
究発表の狭間に講演を行ってもらっている 。 これは,阻A といえどもビジネスの現実から遊離 しない教育
を行うため,現役のビジネス・パーソンやジャーナリストの眼を入れることを狙っているのである 。
2) 2009年の改善以前は.10点満点で任意の得点を与える採点方法を採っていた。 しかし自チームが浮かび上
がることを意図して,他チームにあえて低い得点を与える例が続出してしま ったため,順位づけに変更した。
3) 実行委員会は,他チームにあえて低い得点を与えることや,身内びいきで同じ大学のチームに高い得点を
与えることを相互評価における不公正と考えていたO しかし参加学生は研究スタイルの違いによる評価
のブレを不公正と捉えていた。身内びいきの問題は学会でも指摘される 。 竹内 (2004) を参考。
参考文献
市川伸一 (1998) W聞かれた学びの出発-21世紀の学校の役割-j 金子書房。
上淵寿 (1995) I教育実践と状況的学習論の対話一日本認知科学会教育環境のデザイン研究分科会シンポジウム
報告-J r学習評価研究J 第22号. pp.94・99.
狩俣智 (1996) IResearcher-Like Activity による授業の工夫一阻A の中学校の数学教育への適用-J r琉球大学教
育学部教育実践研究指導センター紀要J 第 4 号. pp.1・9.
竹内純 (2004) I ピアレビュー制度の公正さについてJ r 日本物理学会誌』第59巻第 1 号. p.56.
デイピス .B.G. (香取草之助監訳J (2002) r授業の道具箱』東海大学出版会。