ビッグデータ 基礎研究所 オープンハウス 2014」開催報告 · ビッグデータ...

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NTT技術ジャーナル 2014.9 64 NTTコミュニケーション科学基 礎研究所では,コミュニケーション 科学に関する最新の研究成果を知っ ていただけるイベントとして,2014 年 6 月 5 ,6 日に「オープンハウス 2014」を開催しました.ここではそ の開催模様を報告します. オープンハウスの概要 NTTコミュニケーション科学基 礎研究所(CS研)は,人間と情報 を結ぶ新しい技術基盤の構築を目指 して,人間科学と情報科学の両面か ら世界をリードする革新技術の創出 と新原理の発見に取り組んでいま す.NTT研 究 所 の 中 で も,NTT物 性科学基礎研究所と並んで基礎的な 研究を行っており,けいはんな学研 都市(京都府精華町)と神奈川県厚 木市に拠点があります. CS研 で は,2014年 6 月 5 日 の 午 後と6日の終日,NTT京阪奈ビル において「NTT コミュニケーショ ン科学基礎研究所 オープンハウス 2014」(オープンハウス)を開催し ました. オープンハウスはCS研が 取り組んでいる基礎研究の最新の成 果を見て,触れて,感じてもらおう という趣旨のイベントです.私たち は研究成果自体のアピールだけでは なく,各研究が目指す未来像や波及 効果をできるだけ分かりやすく伝え るように工夫しました.オープンハ ウスの期間中には,NTTグループ の社員のみならず,研究開発,事業, 教育等に携わる幅広い方々,約1070 名が訪れ,講演や展示を見学しま した. 所長講演 2日間のオープンハウスは,CS 研前田英作所長による講演「基礎研 究は“時代”とともに在り─アイデア の源泉とイノベーションの種─」で 幕を開けました(写真 1 ). NTT再編に伴う新体制下でCS研 が基礎研究を始めて14年が経ち,研 究のあり方も大きな転換期を迎えよ うとしている今,基礎研究は課題の 選択において時代とともにあると同 時に,その研究成果を時代に合うス ピード感で市場へ展開することが重 要であるとアピールしました.そし て,基礎研究の成果(イノベーショ ンの種)のうち,これまでに市場導 入された例として,衆議院議事録速 記システムの 1 つの核である「超大 語彙音声認識デコーダ」,音楽著作 権処理に利用されている「メディア 探索技術」を紹介し,日々の研究へ の取り組み(アイデアの源泉)から 革新的小型化に成功した,人間の感 覚特性を利用して牽引力錯覚を引き 起こす装置である「ぶるなび 3 」を 紹介しました. 研究講演 研究講演ではCS研における最近 の顕著な研究成果,特に注目度の高 い研究テーマに関して,以下の 3 件 の講演を実施しました. ① 「身体(からだ)に表れる心, 心を導く身体─科学的マインド リーディングの可能性─」と題 した柏野牧夫(人間情報研究部) による講演では,本人でも気が 付かない潜在的な心を,身体が 写真 1  所長講演 情報科学 人間科学 ビッグデータ 「NTT コミュニケーション科学 基礎研究所 オープンハウス 2014」開催報告 あおやま かずお /永 ながの ひでひさ /水 みずたに 谷  しん /田 たなか たかあき /安 部川 なおとし NTTコミュニケーション科学基礎研究所

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Page 1: ビッグデータ 基礎研究所 オープンハウス 2014」開催報告 · ビッグデータ 「ntt コミュニケーション科学 基礎研究所 オープンハウス 2014」開催報告

NTT技術ジャーナル 2014.964

NTTコミュニケーション科学基礎研究所では,コミュニケーション科学に関する最新の研究成果を知っていただけるイベントとして,2014年 6 月 5 ,6 日に「オープンハウス2014」を開催しました.ここではその開催模様を報告します.

オープンハウスの概要

NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は,人間と情報を結ぶ新しい技術基盤の構築を目指して,人間科学と情報科学の両面から世界をリードする革新技術の創出と新原理の発見に取り組んでいます.NTT研究所の中でも,NTT物性科学基礎研究所と並んで基礎的な研究を行っており,けいはんな学研都市(京都府精華町)と神奈川県厚木市に拠点があります.CS研では,2014年 6 月 5 日の午後と 6 日の終日,NTT京阪奈ビルにおいて「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2014」(オープンハウス)を開催しました. オープンハウスはCS研が取り組んでいる基礎研究の最新の成果を見て,触れて,感じてもらおうという趣旨のイベントです.私たち

は研究成果自体のアピールだけではなく,各研究が目指す未来像や波及効果をできるだけ分かりやすく伝えるように工夫しました.オープンハウスの期間中には,NTTグループの社員のみならず,研究開発,事業,教育等に携わる幅広い方々,約1070名が訪れ,講演や展示を見学しました.

所 長 講 演

2 日間のオープンハウスは,CS研前田英作所長による講演「基礎研究は“時代”とともに在り─アイデアの源泉とイノベーションの種─」で幕を開けました(写真 1).NTT再編に伴う新体制下でCS研が基礎研究を始めて14年が経ち,研究のあり方も大きな転換期を迎えようとしている今,基礎研究は課題の選択において時代とともにあると同時に,その研究成果を時代に合うスピード感で市場へ展開することが重要であるとアピールしました.そして,基礎研究の成果(イノベーションの種)のうち,これまでに市場導入された例として,衆議院議事録速記システムの 1つの核である「超大語彙音声認識デコーダ」,音楽著作

権処理に利用されている「メディア探索技術」を紹介し,日々の研究への取り組み(アイデアの源泉)から革新的小型化に成功した,人間の感覚特性を利用して牽引力錯覚を引き起こす装置である「ぶるなび 3」を紹介しました.

研 究 講 演

研究講演ではCS研における最近の顕著な研究成果,特に注目度の高い研究テーマに関して,以下の 3件の講演を実施しました.①  「身体(からだ)に表れる心,心を導く身体─科学的マインドリーディングの可能性─」と題した柏野牧夫(人間情報研究部)による講演では,本人でも気が付かない潜在的な心を,身体が

オープンハウスの概要

所 長 講 演

研 究 講 演

写真 1 所長講演

情報科学

人間科学

ビッグデータ 「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2014」開催報告

青あおやま

山 一か ず お

生 /永な が の

野 秀ひでひさ

尚 /水みずたに

谷  伸しん

/田た な か

中 貴たかあき

秋 /安あ べ か わ

部川 直なおとし

稔NTTコミュニケーション科学基礎研究所

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NTT技術ジャーナル 2014.9 65

EVENT

REPORTS

無自覚に発する情報から解読しようという挑戦的な研究の最新の成果について述べました(写真 2).②  「音声をよりクリアに,音楽をより豊かに─残響制御が切り拓く“音”の世界─」と題した木下慶介(メディア情報研究部)による講演では,音声音響信号処理における残響の功罪両面の効果を明らかにし,残響を自在に操る革新的音響信号処理技術を紹介し,その技術の多様な応用について述べました(写真 3).③  「因数分解だけではない量子計算の魅力─量子探索技術の可能性を探る─」と題した谷誠一郎(協創情報研究部)による講演では,量子コンピュータを現在のコンピュータと比較することにより,その特徴を示し,ハードウェアのみならず量子アルゴリズムの研究を推進することの重要性を,量子探索アルゴリズムを例に述べました(写真 4).

研究の背景や全体像,最新の研究成果の紹介を行ったこれらの講演は,多くの方から聴講され,好評を得ました.

研 究 展 示

2014年は,「計算と言語の科学」「メディアの科学」「コミュニケーションと人間の科学」の 3分野に関する最新の研究成果23件の展示に加え,NTT研究所全体で取り組んでいる「ビッグデータの科学」に関するCS研外 3 件とCS研内 3 件の研究成果を展示しました.また,大型モニタによるデモとスライド説明や体験型のデモなど,研究員それぞれが工夫を凝らした展示ブースを用意し,直接,最新の研究成果について説明しました.■ビッグデータの科学・ 異種データ間の隠れた関連性を探り出す─教師なしオブジェクトマッチング─・ 多種類のデータに横断的なパターンを抽出─複合非負値行列因子分解法:NM2F─・ 大量なデータ間のつながりから隠れた知識を発見─高速グラフクラスタリングと分散クエリ最適化─・ 押し寄せる膨大な映像を瞬時に賢く分析する─リアルタイム大規模分散データ分析基盤

「Jubatus」─・ ネットワークデータ分析による保守運用高度化─機械学習技術によるネットワーク内部潜在状態の推定─・ 絶滅危惧種の生育環境を24時間センシング─無線センサネットワークによるオンライン環境モニタリング─

■計算と言語の科学・ ネットワークの安全性を厳密に評価します─フォーマルメソッドを用いた暗号プロトコルの安全性検証─・ “観測の限界”が秘密をつくる ─広帯域ランダム光の観測性困難性を利用した秘密鍵配送─・ 量子コンピュータ実現への布石─定数ステップ量子回路による論理和関数の計算可能性の解明─・ プログラミングをすべての人へ─ビジュアル言語ビスケットによるコンピュータ入門─・ コンピュータと雑談,してみませんか?─異なる特性の発話生成手法を融合した雑談対話システム─・ 「私,行く,に京都」の方が訳しやすいんです!─日本語の述

研 究 展 示

写真 2 研究講演(柏野牧夫) 写真 3 研究講演(木下慶介) 写真 4 研究講演(谷誠一郎)

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NTT技術ジャーナル 2014.966

語項構造(SVO)を利用した日英 ・ 日中翻訳─・ お好みの長さで筋のとおった要約を作ります─修辞構造木の最適化刈り込みによる文書要約─

■メディアの科学・ フレーム単位の精度で撮影素材をピタリ当てます─メディア探索技術を用いた映像制作コラボレーションシステム─・ カメラで撮ってその場で動画検索─映像中の特定物体を検索するインスタンスサーチ技術─・ 「二」斑を見て全豹を卜す─アフィン不変空間文脈表現に基づく画像照合─・ コンテンツを見ずにコンテンツの内容を理解─ネット上のユーザ行動で読み解くメディアコンテンツの意味─・ 光で音をつかまえる─LEDと高速カメラで挑む超多チャネル音響信号の観測─・ どんな環境でも,聞きたい音を聞き分けるには─確率的モデル統合に基づく音声強調─・ 音声認識の大敵「残響」を退治します─音声強調と音声認識の統合技術最先端─・ どれくらい正しく聞き取れるか分かります─正解文が不要な音声認識率推定技術─

■コミュニケーションと人間の科学・ 動きに感じる会話の場─映像と機械運動の同時提示に基づく複数人会話の表現─・ 目と目が合っていると思う時 ─視線一致を知覚する心理的要因─・ 身体から心を読む─身体運動,

自律神経応答,ホルモン分泌に表れる情動─・ コツが掴(つか)める!─身体運動の可視化 ・ 可聴化によるスポーツ上達支援システム─・ 動きから素材を見抜く─映像中の動き成分に基づく液体の知覚─・ 聞きとりの得意な人,不得意な人は何が違う?─聴覚基礎特性の個人差の元を探る─・ まざる触覚の科学─皮膚感覚の情報統合メカニズム─・ ぶるなび 3:小さくてもパワフルな引っ張られ感─小型軽量の非対称振動装置による明瞭な牽引力錯覚の生成─

このうち,「光で音をつかまえる」では,大規模マイクロホンアレイにより観測した音響信号を可視光変換した後,伝送し,高速に並列処理するシステムを紹介しました.このシステムを用いたデモにより,観測された音響空間の臨場感が実時間で再現されることを体験していただきました(写真 5).また,「コツが掴(つか)める!」では,運動の “ばらつき” や “リズム” を映像と音で可視化 ・可聴化し,運動のコツを掴みやすく提示するデ

モをご覧いただきました(写真 6).

招 待 講 演

今回は,立命館大学大学院千葉雅也准教授,北海道大学大学院湊真一教授による,招待講演を行いました.千葉准教授には,「“ポスト構造主義以後” の観点から情報社会を考察する」というタイトルで,多くの聴講者が講演分野に関する予備知識が少ないことを考慮し,研究背景の解説からスタートしていただきました.そして,フランス現代思想,構造主義,ポスト構造主義に関する解説の後,ポスト構造主義以後に行われてきた議論と考察を,社会のコミュニケーションやネットワークと関連付け,分かりやすく説明していただきました.その中で,現代情報社会では,ネット常時接続による接続過剰に陥っているため,適度な接続と切断のバランスが求められていることを強調されていました.湊教授には,「“フカシギの数え方” から広がる世界」という題目で,離散構造処理について紹介していただきました.前半では,離散構造処理の技術的な面について,湊教授が考案された論理関数の処理技法

招 待 講 演

写真 5  「光で音をつかまえる」の展示風景 写真 6 「コツが掴める」の展示風景

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NTT技術ジャーナル 2014.9 67

EVENT

REPORTS

「ZDD (Zero-suppressed Decision Diagram)」 を用いた集合の表現方法やパターン集合演算などの基礎的な項目から,処理系の最近の話題に至るまで,分かりやすく解説していただきました.後半では,離散構造処理の実社会とのかかわりや与えるインパクトについて説明いただきました.グラフの数え上げの問題を具体例として,YouTubeなどで大きな反響を呼んだアニメーション動画「フカシギの数え方」の話から,大規模グ ラ フ の 検 索 ・ 最 適 化 ツ ー ルGraphilionや電力網の最適化への適用など実問題への応用例に至るまで,大変興味深く紹介いただきました.

Webによる情報発信

CS研は,研究成果を幅広く理解していただくため,国内のみならず国際的な情報発信にも力を入れています.その一環として,日本語と英語の両言語によるオープンハウス公

式サイトを開催当日に公開しました(図).また,当日の様子の写真や講演映像などについても,準備が整い次第,順次公開する予定です(1).このように,質の高い情報をタイムリに伝えていくことで,CS研の研究力 ・ 技術力の高さをアピールできると考えています.一方で,専門的で高度な研究内容を,幅広い層の方に分かりやすく伝えていくことも基礎研究所の大切な役割です.そのため,NTT広報室公式Twitterにおいて,展示内容を分かりやすく “つぶやく” ことや,公式サイトにアンケートフォームを設けることで,多くの方からご意見をいただけるように工夫しています.そうして寄せられたご意見などを基に,CS研の研究内容や成果をより分かりやすく情報発信することを目指します.

オープンハウスを終えて

今年も多くの方々に,CS研の研究成果をご覧いただくことができま

した.特に,研究講演 ・ 研究展示においては,来場者の方々に活発な議論に参加いただくとともに,研究成果に関して貴重なご意見をいただくことができました.最後に,来場者の皆様,本イベント開催に協力いただいた皆様に,心よりお礼を申し上げます.

■参考文献(1) http://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2014/

Webによる情報発信

オープンハウスを終えて

(後列左から)永野 秀尚/ 青山 一生/ 田中 貴秋(前列左から)水谷  伸/ 安部川 直稔

 次回のオープンハウスも,多くの方々のご来場をお待ちしております.

◆問い合わせ先NTTコミュニケーション科学基礎研究所 企画担当TEL 0774-93-5020FAX 0774-93-5015E-mail cs-openhouse lab.ntt.co.jp

図 公式サイト(英語ページ)

(a) 公式ホームページ (b) 研究展示ページ