スコラ・コンサルト - 部長のチーム化と価値のイノベーション · 2016. 3....
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部長のチーム化と価値のイノベーション
~ 長野恭彦さんインタビュー ~
≪長野恭彦さんプロフィール≫
株式会社スコラ・コンサルト プロセスデザイナー
京都市出身。大阪大学経済学部卒業。富士通を経て 1990年にスコラ・コンサルトへ。
自動車、家電、機械、生産設備、住宅設備、化学、自動車整備、流通、飲食、リクレーションなど幅広い
業種において事業戦略の創出と展開、商品開発・設計・生産プロセスの変革、新商品のコンセプトの創出、
店舗売上向上、ミドルマネジメントの変革などを支援。
主に経営者、役員、部長からなるチームをつくり、事業コンセプトの創出と実行による変革のプロセスコ
ンサルテーションを実施。常識という制約を外す話し合いと立場を越えた人の関係づくりを得意とする。
著書に『経営チーム革命』(日本経済新聞出版社,2011)がある。
≪インタビュー≫
- 私の経験上、組織開発のコンサルタントをされている人は大概、前職でコンサルタ
ントを志すような印象的な出来事に出会っているのですが、長野さんの場合はいかがです
か?
長野 おっしゃるとおりですね。私は新卒で富士通に入って人事部門に配属されました。
最初に配属されたのが沼津工場の勤労部門。工場には 3,000 人くらいの社員がいて、
1,000人の大型コンピュータの組み立て部門、2,000人の大型コンピュータの OSの開発
部門の2つの部門がありました。コンピュータの組み立ての方は地元の高校生、特に女性
が多いのですが、家から通えるし、まだまだコンピュータの発展期だったので給料も毎年
上がるし、幸せなサラリーマン生活を送れていました。一方でコンピュータの OS の方に
は全国から優秀な人が集まり、海外の大学を出た人とかもいて理系のエリート集団でした。
【1】 コンサルティングという仕事に出会うまで。IT 企業の人事部門での経
験から組織風土について問題意識を持ち始めた。
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そこで僕が見たのは、淡々と画面に向かって死んだように仕事をしている社員の姿なんで
す。ここに違和感を覚えました。僕は富士通に IBM と戦うために入ったわけなんですよ。
それが一人で淡々と何もしゃべらずに死んだような目で仕事をしているという絵を見て、
これでは勝てねえじゃないかと思いました。なんでこうなんだろうと、みんなもっと目を
輝かせて働こうぜと。もっと具体的に見ていくと、例えば 2,000人のうち 20人はメンタ
ルを病んでいる社員がいるんです。鬱とか自律神経失調症とか。そうすると発想としては、
20 人が氷山の一角とすると 200 人ぐらいは予備軍がいるのではないかと。つまり、全体
の 10人に1人はメンタルに何らかの支障を来していると想像されるわけです。その時に人
事の先輩に言われたのが、人事は昼間は現場を知るために社員の話を聴いて社員と話をし
ろよと。デスクワークは夜だと(笑)。そういう教えを受け忠実に守っていました。実際、
昼間は現場に行って話を聴いていたんですよ。先ほどのような絵が見えているので、管理
職たちのところへ行って、「○○さんのところも、メンタルを病んでいる△△さんっていら
っしゃいますよね。こういう人がいて大丈夫なんですか?」と話を聴くわけです。「大丈夫
なわけないじゃないか」「そんな人がこんなにいっぱいいるんですよ。なんでそういう人が
いるんですか?」「俺だってよく分からないけどさ。長野君さ、俺たちの仕事よく分かって
ないだろうから教えてあげるけど、プロジェクトがこれだけあってさ、全部遅れてるんだ
よ。引っぱたかないとしょうがないじゃないか。一人一人が何に悩んでいるかとか、そん
なこと相談に乗ってる場合じゃないんだよ。とにかく前に進むしかないんだよ。一人や二
人しんどい奴が出てきたってしょうがないじゃないか」。そんな管理職がいっぱいいるんで
すよ。もちろん一人一人ケアしている人もいましたけどね。こういう話を聞いて、そうい
う状況かと、色々な悩みを抱えていても相談もできず、悩みを抱えながらも仕事は前に進
めなきゃいけない。定時内でできるような仕事じゃないので、とにかく時間をかけてでも
それをやりきらなきゃいけない。やったらやったでまたバグが出て、その修正作業が発生
する。そして、大型コンピュータの OS なのでソフトの規模も大きいわけですよね。そう
いう仕事をしていて苦しいんだなというのが分かって。こういうのを何とかしなきゃいけ
ないんじゃないかなと問題意識を持ったことがそもそものきっかけですね。
- 他人事とは思えない身につまされるお話ですね。長野さんご自身は富士通さんでは
組織風土改革に関する活動は何かされたんですか?
長野 問題意識は持っていたけど、勤労課の仕事の中では何もできなかったですね。メン
タルがやられた社員をケアするくらいでしたね。そのあと本社に転勤になりましたが、本
社では現場から遠ざかってまさにデスクワークばかりでしたね。それでつまらないので、
その当時、出向者が全社員の一割くらいいて、政府機関等に出向している社員も少なくな
かったのですが、きっと何か困ったことを抱えているんだろうなと思って、その人たちに
会いに行ってヒアリングをしてみました。するとやっぱり不便なことを抱えているわけで
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すね。そういうのを持ち帰って先輩に相談すると、「そんなの本社の仕事じゃない」と言わ
れるわけですよ。それで頭にきて机を叩きながら喧嘩をして、「そんなこと言ってるから人
事は現場から信頼されない集団なんだ!現場があっての人事だろ!」と怒鳴りました。沼
津工場の先輩から教わったことをまくし立てるわけですよ(笑)。そういうようなことがあ
って、「分かりました。いいですよ。僕が一人でやりますよ」と。
- 長野さんも開き直ってしまわれたんですね。それで具体的にはどんなことをされた
んですか?
長野 例えば、出向者が会社に用事があって元の職場に戻る時に、外注者扱いされて受付
で一々入館申請をしないと入れないといったことが起きていました。そこで、そこの工場
の総務に連絡をして「何とかなりませんか?」とお願いをしたりとか。そういうことをこ
そこそとやっていたくらいですかね。
- 長野さんが富士通さんにいらしたのは、27、8年前ですよね、その頃は会社として
は景気はよかったですよね。
長野 そうですね。半導体不況とかはありましたけども、全体としては右肩上がりでした
ね。
- 工場の人事に 4年いて、本社の人事に 2年。その後、スコラさんに転職されたわけ
ですね。スコラさんと出会ったきっかけは何だったのですか?
長野 人事部門を改革しようと思って、同期の仲間 5、6人集まって勉強会をやってたんで
す。その時に、どこの会社が元気か調べていたら、どうやら日産が元気らしいと、まずは
文献を集めてみようぜと。『何が、日産自動車を変えたのか』(柴田昌治,1988)という本が
あったので読んでみたら、これが面白かったんです。それが柴田昌治が書いた本だったん
ですよ。それを読んで、こういうことができると面白いなと思ったんですよ。当時もう一
方で、他の会社ってどうなんだろう?と興味関心が湧いてきていて、その頃になってコン
サルティング会社というものが世の中にあると知って、いくつか受けてみて内定ももらっ
ていたんです。だけど面談してくるおっさんが現場知らねえなあと感じるケースが結構あ
って。内定もらいつつ先延ばしにしていたんです。それで柴田さんが書いた本に出会い、
それから 1 週間と間を置かずに日経新聞の日曜版に柴田さんの会社の採用広告が出て、こ
りゃもうここに行けと言ってるようなもんだなと都合のいい解釈をして、すぐに応募して
面談をしてもらい、そのまま入ったというのが 30歳の時ですね。
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- 出会うべき時に出会うべき偶然が重なったような感じですね。スコラさんといえば
「プロセスデザイナー」ですが、当時からそういう呼び方をされていたんですか?
長野 当時は「コンサルタント」でしたね。一方で研修会社を柴田が持っていたんですが、
柴田もそろそろ研修の仕事にも飽きてきていて、風土改革のコンサルタントがしたいと思
っていたところにいすゞさんの仕事が入ってきて、人を採用したという事情がありました。
僕はすぐにいすゞさんのプロジェクトに入ったんです。
- では、コンサルタントの仕事は柴田さんから直に教わったのですか?
長野 教わったというか、柴田も何かあったわけではないので、一緒に考えたというとこ
ろですかね。改革意欲のある人を集めて「ゲリラ戦」を展開したんですね。いきなり正規
戦に持ち込むとつぶされるので(笑)。あとは「ゆらぎ」を起こす。「うちの会社なにかお
かしいんじゃないのか」と誰かが言っている状況を作るとか。
- 「ゆらぎ」という言葉は最近の柴田さんからも聞かれますが、そういった考え方は
どこから持ってこられたんですか?
長野 持ってきたのは、ヘーゲルとか、毛沢東とか、社会運動からだと思います。ヘーゲ
ルでいくと弁証法ですよね。今は正しいことをやっていますと、しかしそれがさらに進化
するためには、アンチテーゼを出さなければいけない。それでもって初めて、元々の「正」
が進化して「合」になる。進化するためには「反」がなければいけないわけですよ。
- 「正反合」ですね。
長野 そうそうそう、弁証法の基礎理論みたいなところですけど。
- 柴田さんは哲学科でしたっけ?
長野 教育哲学です。大学院の。
- では、白紙ではないにしても、何かバックボーンとなるものがあったわけではなく、
実践を通してみんなで考えていったというところですかね。
長野 そうですね。いすゞさんの場合でも、まずはインタビューをして、元気のありそう
な人に集まってもらってゲリラ戦をやりましょうと提案しました。いすゞの北村三郎さん
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のような変人がいたから我々のようなノウハウもないコンサルティング会社が雇ってもら
えたんでしょうね
- でも、それでいすゞさんの改革もうまくいったのですから、北村さんと柴田さんの
巡り合わせも奇跡のようなものですね。
長野 まあ、今もいすゞさんが頑張っていられるターニングポイントになっていますから、
そうかもしれないですね。
- では、ここから現在の話に飛びます。長野さんの著書の中で「部長こそがイノベー
ションの要となるキーポジションだ」という言葉が出てきますが、このあたりについて詳
しく説明してもらえますか。
長野 これはいすゞでもそうでしたが、部長が協力すると大きなことができるんですよ。
例えば、入社して 5年目、10年目の社員は各部で一人とかローテーションさせる仕組みが
あったんですね。でも、現実的には、大体が成績の悪い人がグルグル回るわけです。そこ
で部長同士で話をすると、このローテーションの仕組みは意味ないよなと。本当は優秀な
奴が違う部門に行って視野を広げることが必要ではないかと。そこで、ある部長同士が俺
たちで優秀な奴を交換してみるか、という話になったんですよ。お前のところのナンバー
1はあいつで、俺のところのナンバー1はこいつで、交換しようという話がまとまって。
ただし、3年後には返そうと。ちゃんと手形つくってね。部長二人と当事者二人が印鑑を
押したものを一人一人持って優秀な奴を交換したんですよ。すると副次的効果として、そ
れぞれの部署でナンバー2、ナンバー3と目されている人が頑張るわけです。人事が用意
した仕組みよりも、ラインの部長同士が協力すれば簡単に出来てしまうということなんで
すね。ということで、部長同士が協力すれば結構いろいろなことができてしまうものなん
だなというのが、その時の僕の認識したことなんですね。
- なるほど。
長野 もう一方の現実として部長の協力関係ってほとんど見ないと思います。あまり協力
的でない部長同士が協力できる環境や関係をつくることで、組織、人、事業3つに影響を
及ぼすようなことは色々できるだろうと。これが部長のチーム化を考え始めたきっかけで
【2】 部長こそがイノベーションの要。組織を越えた部長のチームワークで
人も組織も大胆に変えられる。
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す。
- 逆に言えば、経営層あるいは人事部が頑張って人のローテーションをしようと思っ
ても、現場の部長の裁量権のほうが強くて、運用を阻まれてしまうということが言えます
かね。
長野 まあ、そうでしょうね。自分たちが人を育てなきゃいけないという意識から発して
いると思いますけどね。人を育てる当事者はライン部長なので。離れたところにいる人事
部がつくる仕組みではなく、自分たちの問題として主体的に人を育成する、一番大事に思
っているのはそこです。それに関連していうと、大企業になると社長とか経営陣がスタッ
フ部門を使ってラインを動かそうというのが多いのですが、それは本末転倒だと思います。
社長がちゃんとラインの部長をつかまえて説得できないからスタッフを使うのではないか
と。本当は社長や経営陣とライン長がきちっと話をすることが大事なんだと思いますね。
そのうえで支援部隊として本社部門、スタッフ部門と言われるところがあるんだと思いま
す。ところが一般的にはスタッフ部門がラインの部長を説得しているからエライ時間がか
かったりするわけですよね。
- 本の中では昔のほうがそういうことができていたとありますよね。アナログ部長と
か、日本的な部長が昨今では少なくなってきていると。
長野 もっと部長が暴れてたというか、自分のやりたいことをやっていた。そこらへんを
「アナログ部長」という言い方をしていています。仕組みとかそういうものが未成熟だっ
たから存在し得たと思います。部長には今よりもっと自由になる裁量権があって、一方で
はわがままだったり、自分勝手だったりするんだけど。自分のやりたいことを結構やって
いたと思います。部門同士で協力する時も、寝技みたいなのを使ってね。仕組みがどうの
こうのというよりも人間力で勝負している部長や課長が多かったなという気がしますね。
- ということは企業がどんどん成熟し、仕組みや制度が整備されていけばいくほど、
人間力で勝負していたアナログ部長の力が発揮できなくなっていく。その結果としてイノ
ベーションも起きにくくなっているということでしょうか。
長野 イノベーションは分業化され効率化された組織では起きにくいと思っているんです。
イノベーションというか、新しい価値というものはね。人間力とか感性とか着眼力とかね、
そういったところから生まれるんだろうなと。それは人間に内在するもので、人間を離れ
た仕組みとか分業の枠組みとか、そういうところからは出ないと思います。分業化は効率
の面では優れたところもあるので全く否定するわけではないけど、分業化によって人間力
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のようなものがどんどん削ぎ落とされてしまうとイノベーションは起きないとすごく思う
わけです。だから効率化のための分業化とかから脱したところで活躍することが必要なん
だと思います。部長ぐらいになると優秀な人がなっていると思うので、人間力とか着眼力
とか、そういった力は元々あったと思います。それが分業化やマニュアル化で失われてい
っているとすれば、それは不幸だし、新しい価値は生まれてこないと思います。だから枠
を越えて自由に暴れましょうというのが一番シンプルなメッセージです。
- そうした時に、会社の制度や仕組みが悪いから、それを何とかしようという話もあ
るのでしょうけど、そちらを変えるのはなかなか手間がかかると思います。そういった中
で部長が自律的に自分自身を変えていくためには、どういったところがキーになると思い
ますか?
長野 そうですね。組織の枠組みを越えるためには、部長同士がつるむというのが方向性
としてはあるのかなと思います。部長同士のチームをつくるというコンセプトはそこにあ
るわけです。部長が集まると事業全体を捉えることが可能になるじゃないですか。そこで
本音で話をする。本音で話すということは何かというと、例えば自分のところではこうい
う問題を抱えていて悩んでいる。なぜなのかというとお客さんがこういう状況にあるとか、
社員がこうなっているとか、経営からこういう風に言われているとか、四方八方いろんな
ことがあると。お互いに悩みを話し、語り合えるような関係性を作れれば、自分の狭い枠
組みを越えて物事を考えたり、実現することが可能になる。それはつまりイノベーション
のための必要条件みたいなものが、組織を飛び越えて部長同士がネットワークを作ること
でできるのではないかという一つの発想です。いすゞの場合は人事が作ったローテーショ
ンの仕組みを越えて、自分たちで実質的に意味のあるローテーションにしようとしました。
これはお客様に提供する価値ではないですが、人の成長という意味での価値ですね。そし
て、部長だけではできる範囲も限られているので、経営陣とも連携を組めば色々なことが
できるようになるわけです。
- いすゞさんの場合は一人の部長が言いだしっぺになって始めたのですか?
長野 何人かですね。開発部門や商品企画の部長だと思います。いつも悪巧みを考えてい
る 3 人の部長が中心になって。ただし、部長全員には広がらなかったですけどね。色々な
ネットワークの中で問題解決に向かって動いていましたね。
- いすゞさん以外で、長野さんが支援された会社で、同様の取り組みをされたところ
はありますか?
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長野 ほくさん(現エア・ウォーター株式会社)という北海道の会社で、工業用の酸素と
か窒素とかを生成してボンベに詰めてお客さんのところに配送する事業をしている会社な
のですが、1,000 人ぐらいで 1,000 億の売り上げがあったかな。ユニットバス事業では
元々北海道でナンバー1だったんだけど、釧路にある企業に抜かれて二番手に甘んじていた
んですよ。そこで、ユニットバス事業の戦略をつくって展開するようなお手伝いをしたん
ですけど。戦略を立てるときに、部長さん何人か、品質保証とかマーケティングとか、北
海道の営業部隊の部長、そこに役員も加わって戦略を練りこんで、実際に動かすようなお
手伝いをしてたんですね。そこでもキーになったのは部長クラスでした。部長が動けば会
社が変わると感じていましたね。役員が一人で頑張るんじゃなくて、部長が連携して頑張
るというところに価値がありましたね。あと本の中でも紹介していますけど、半導体の検
査機器の分野では当時世界の1、2を争うような会社ですが、そこの搬送機などを扱って
いる事業部で、部長同士がちゃんと話をできることによって色んなことの解決に繋がって
いったという事例もありますね。
- それはスコラさんとして、こういう風にしたらどうですか?と提案して始まるわけ
ですか?
長野 そうですね。事業部長が音頭を取って、社内の活性化に取り組もうということにな
って、部長同士の話し合いを始めたというのがきっかけですかね。
- 部長同士が連携すれば何かいいことがあるというのは確かだと思いますが、では「う
ちの会社でやってみるか!」といきなり始めても、うまくいきそうな予感はしないのです
が、その時のコツのようなものはありますか?
長野 これはスコラ的に当たり前のアプローチかもしれないけど、部長さん同士ますは弱
音を吐き合うというのが大事で、そのための前提として「ジブンガタリ」といってお互い
の生い立ちとか大事にしているものとか、そういうことをお互いに知り合おうと、そうい
うところから始めています。あとはお互いに困っていることを言い合うことが大事かなと
思いますけどね。そうすると例えば、「お前のところの部下の○○がさあ、こんなこと言っ
てたぞ」とか、斜めに聞くことが結構あったりするわけです。「なんだ、そんなこと言って
いたのか、あいつ」と、直の部長が知らないことがあったりするわけです。
- 私たちも課題の吐き出しはよくやりますが、そういうことの中からイノベーション
の種が出てくるまでには時間がかかるものなんですかね?
長野 時間を掛ければイノベーションができるわけではないと思います。そこに発想の転
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換が必要になってくるんでしょうね。いすゞさんの人事ローテーションの話も普通に考え
たら仕組みが問題なので、人事に掛け合ってローテーションの仕組みを変えようぜという
話にもなりますよね。そうするとね、ナンバー1同士を交換しようという話にはならない
と思うんですよね。ナンバー1同士を交換しようというのは、人材育成のイノベーション
かどうかは分からないけど、他の会社でその話をすると「そんなことができるんですか!」
と驚かれることが結構ありますね。そういうことをするためには、今までの常識を超える
ような発想の転換が必要なんだろうと思いますけどね。
- そこがなかなか難しいと思っておりまして。例えば組織のビジョンを描こうという
ような活動を色々なところでやってるんですけど、目まぐるしく技術が変化する IT 業界で
は、なかなか先が見通せないということもあるのでしょうが、例えば部長クラスでも 10
年後のビジョンを描けと言われても、なかなか描けないわけですよ。でも、他社のコンサ
ルタントから言われたことなんですけど、「トヨタの部長はいつも 5年、10年先を見てい
るよ」と。そういう状況において、長野さんから何かヒントがあればいただきたいのです
が。
長野 一つはね、部長同士がつるんで外の世界に触れるというのがあると思いますね。な
んだ、そういう発想があるんだとか。今そういう面白い発想をする会社の情報って、結構
あるじゃないですか。そういうところに行って、常識外れのことをやっている人たちの考
え方に触れてみる。刺激を受けて脳を活性化させるというか、脳の中に新しい回路を作る
ということだと思うんですがね。これはいすゞも結構やってたんですよ。部長研究会とい
う名目でね。例えば、当時流行っていたジュリアナ東京(ディスコ)に 50ぐらいのおじさ
んたちが行ったりしたんですよ。あと、いすゞは大企業じゃないですか。当時、隅田区に
町工場の集まりがありました。「ラッシュすみだ」といって、みんなで協力して何か作ろう
ぜという団体があったんですよ。そこに部長たちが行って、町工場の社長さんたちの話を
聞くわけです。そうすると、全然世界が違う。めちゃくちゃ厳しいことを言われるわけで
す。
- 例えばどんなことを言われたんですか?
長野 例えば、「そんな無駄な仕事をやってるんですか?うちら、そんな余裕は全くないで
す」「あなたがたはどんだけ幸せなんだ。よくそんな無駄なことして経営が成り立ってるね」
というような話を聞いてショックを受けたりとかね。これは何人かで行くとよいと思いま
すね。同じものを見てそれについての見解を出し合える。その結果、新しい認識が生まれ
る可能性がある。
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- あとはあれですね。これは長野さんの本にも書かれていますが、「何のためなのか」
とか、「何の意味があるのか」とか、本質を問う議論がなされていないということもあるか
もしれませんね。
長野 ホンダのエアバッグ作った小林三郎さんの『イノベーションの神髄』という本があ
るじゃないですか。小林さんとも話したことがありますが。「馬鹿野郎!」を百回くらい言
うんですけど(笑)。その小林さんがおっしゃっていたのが、俺たちは愛について一日語り
合うんだと。愛とは何か?と。例えば、物でも「愛」が付くものと付かないものがあると。
- カメラは「愛機」と呼ぶのに、洗濯機はなぜ「愛機」じゃないんだって話ですよね。
長野 そうそう「車も『愛車』って言うだろ。愛について語れない奴には車を作る資格は
ねえんだ!」。なるほどと(笑)。俺たちは 5、6人集まって2泊3日の合宿をやるんだけど、
そのうち 1日は愛について語り合うんだとおっしゃっていましたね。
- 仕事とは関係なく、物事の根源的な価値観について話し合うのもいいかもしれない
ですね。
長野 仕事と関係ないと一見思えるかもしれないけど、仕事の本質について遡って考えて
いったら、そういったところに辿り着くのかもしれないですね。哲学は存在論があって認
識論があって実践論があるんですよね。存在論というのは「俺は何者だ?」と。そこがあ
って初めて実践論が有効になってくると思いますね。俺たちの会社は何をするところだと
いうのは企業理念だったりビジョンだったりするわけですけど、そういうのがどこかに行
っちゃってね、ただ儲けを出すために今これをやる必要があるんじゃねえかとなったりす
ると不幸な状態だと思うんですよ。だから「何のために?」と目的を常に問うことが大事
なんだと思います。
- 少し話題を変えます。閉塞感漂う時代になってくると、どこの企業でも魔法の杖の
ようなものが欲しくなります。私たちも色々な企業さんとお付き合いがありますが、どこ
の企業にお邪魔しても「イノベーション」という言葉が掲げられています。そんな中、私
個人としてもイノベーションを起こしやすい組織風土を醸成していくのが重要だろうと考
えているのですが、長野さんはそのあたりについてはどのようなお考えをお持ちですか?
【3】 イノベーションの先にあるものはなにか。「目的」を問い続けることが
重要。組織の存在目的を語れる部長になるためには・・・
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長野 イノベーションを起こそうと考えている会社にイノベーションが起こせるんですか
ね?という疑問があります。イノベーションを目的にするのはおかしいだろうと、何のた
めのイノベーションなんだろうと、そこに核心があると思います。イノベーションは何ら
かの目的のための手段にしか過ぎないのです。そもそも自分たちはどうなりたいの?と、
そこに行くためには今までの常識を越えなければいけないよなと、その時に初めてイノベ
ーションという話題になるんだろうなと思います。そもそもイノベーションを必要としな
い目的だったら、イノベーションを語っても仕方がないと思います。
- なるほど。目的のためにそれが必要ないとしたら、逆に 100 年、200 年、俺たち
はイノベーションなんて起こさないという覚悟も必要になる場合もありますね。実際、そ
うやって何百年も存続している企業もありますしね。
長野 もっと崇高な目的があると思うんですよね。例えばNTTデータさんだったら、社会
貢献を大事にしているじゃないですか。こういう貢献を社会に果たすんだと、経営的な視
点からすると、こういう価値で世界と戦うんだと。そういうことが具体的にあって、その
ために何をしていくんだという時に、「ここは越えないとダメだよな」というものが絶対に
あると思うんですよ。そこで結果的にイノベーションが起こるんだろうなと思います。ソ
ニーのウォークマンだって、テープレコーダーにイノベーションを起こすことが目的では
なくて、もっと気軽に音楽が聴けないのかというところから開発されたんですよね。
― そうですね。ヤマト運輸の小倉さんの本を読んだことがありますが、ヤマトさんが
起こしてきた数々のイノベーションもそうでしたね。クール宅急便もそうですし。
長野 宅配便そのものがそうですね。運送業界にイノベーションを起こすぞ!と思ってや
ったわけではないですからね。このままでは俺たちは負けてしまう、という切実な経営環
境から生まれてきたわけですからね。
- そうすると「愛とは何か?」というような、もっと本質を問う議論が必要なのかも
しれないですね。
長野 俺たちは何者で、どこを目指すのか、どうありたいのか、そこがあって結果的にイ
ノベーションが起こるってことなんだと思いますけどね。
- そうしますと、長野さんがよく話題として挙げている「価値のイノベーション」に
はどのような思いがありますか?
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長野 これは時代の流れで、例えば日本の人口は減少していきますし、右肩上がりの成長
は望むべくもないじゃないですか。そうすると今までの価値を持続しようという企業活動
では、沈んでいくしかないと思うのですね。次から次へと新しい価値を生んでいかなけれ
ばいけない。その時に、今までの価値を乗り越えた新しい価値を出していくということを
やり続けないと企業は生き残っていけないでしょう。そんなところから「価値のイノベー
ション」という言い方をしています。例えばディスコさんという会社があります。半導体
を作る時のシリコンウェハーを切る機械で世界ナンバー1の会社です。優秀な機械を作れば
それなりに売れるわけですよ。切る・削る・磨くという3つの価値を掲げていますけどね。
ところがディスコさんがもう一つやっているのは、アプリケーションラボというのを作っ
て、お客さんが切りたい・削りたい・磨きたいというものがあれば、持ってきてください
と。我々のアプリケーションラボというブースに、色々な機械を用意しておくのでそこで
試しましょうと。我々のエンジニアもあれやこれやとアイディアを出しますと。お客さん
からすると一々機械を買って固定費をかけて、そこで実験もやらなければならないところ、
手軽に実験をできるという価値を提供しているわけです。これはある意味、イノベーショ
ンなわけですよ。ただ機械を売るだけじゃなくて、実験の支援をしますというような価値
なんですね。こういうことをやっているとお客さんはディスコさんから離れられなくなる
わけです。ディスコさんとお付き合いしていると実験も手軽にできるわけですから。かつ、
知見を持った研究者もついてくれるというので、すごく重宝するわけです。市場が縮小す
る中では、離れられないお客様が増えるということがすごく大事だと思うのです。そうい
った価値のイノベーションというのはやっぱり大事だと思っています。新しい価値を次々
と創造し、お客さんに試していただき、またそれを変えていく、価値を作り続けていくと
いうことが今の世の中ではすごく大事だなと思います。効率を追求するよりも価値を追求
することの方が大事だと思います。
- それは、現在執筆されているご本の中でも登場する話ですか?
長野 そうですね、一部で出てくるかな。メインは将来管理職になる人も含めて、管理職
へのメッセージですかね。
- 『経営チーム革命』とは内容はガラッと変わるんですね?
長野 重なるところは当然ありますが、チームよりもより個に焦点を当てています。あな
たの生きざまとか信念とか、そこをちゃんと言葉にして、そこを磨いていくということが
大事です。上とか下とかに言われたことにフラフラフラフラして、バタバタバタバタ走り
回っているカッコ悪いマネージャになるのはやめましょう。そのためにもしっかりと自分
の軸を持つということは大事ですよ。その軸になるものは上から言われたことではなく自
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分の中にしかない。自分のやりたいことをやるのが一番幸せで、一番成果が上がり、自分
も幸せになり、部下も幸せになり、社長も幸せになるのです、という本です。実際に生の
声を集めたところ、一番カッコ悪い管理職は自分の組織をどうしたいのかを語れない人で
す。
- 自分の信念、生きざまといったものは、年配の人は比較的持っていると思うのです
が、若い世代ではそれを持てないで悩んでいる人も多いような気がします。そういった皆
さんに何かアドバイスはありませんか。
長野 そうですね。若い人はいいんですよ。目の前の仕事をやって、どんどんツラい思い
をすれば。なぜかというと、そこから信念や生きざまの芽が出てくるから。ある程度そう
いう経験を積んでいたら、悔しい思いとか、めちゃくちゃうれしかったとか、恩返ししな
きゃとか、自分の働く基盤となる出来事って必ずあるハズなんですよね。悔しいとか嬉し
いとかいうのは、自分の中の何かが反応しているんです。その何かというのが元々持って
いる一番大事なものなんです。仕事の中でもそれを徹底的に大事にして、ブレないように
しようってことなんです。そこのコアをしっかりと掴みましょう。そのためには言葉にし
ないとダメなんです。さもないと人に伝わらないから。人に伝わることが大事なんです。「部
長の信念は何ですか?」と聞かれて、「よくぞ聞いてくれた!」と言えないようではダメな
んです。生きざまというのは、その信念が表に出たものです。そういう状況が一番大事か
なと思いますね。
- 最後に熱い言葉で締めくくっていただきましたね。ありがとうございます。
聴き手 百瀬成昭