ドイツ・オーストリアにおける 個人のペット飼養とマイクロ...

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Meiji University Title Author(s) �,Citation �, 21: 73-137 URL http://hdl.handle.net/10291/19433 Rights Issue Date 2018-03-28 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Page 1: ドイツ・オーストリアにおける 個人のペット飼養とマイクロ ......ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼接とマイクロチップ装着義務に関する法規制

Meiji University

 

Titleドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマ

イクロチップ装着義務に関する法規制

Author(s) 椿,久美子

Citation 明治大学法科大学院論集, 21: 73-137

URL http://hdl.handle.net/10291/19433

Rights

Issue Date 2018-03-28

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

Page 2: ドイツ・オーストリアにおける 個人のペット飼養とマイクロ ......ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼接とマイクロチップ装着義務に関する法規制

〔論説〕

ドイツ・オーストリアにおける

個人のペット飼養とマイクロチップ

装着義務に関する法規制

Die rechtliche Regelung iiber die

personliche Haustierhaltung

und die Mikrochipkennzeichnungspflicht

in Deutschland und Osterreich

椿 久美子

I はじめに

犬・猫等のペットの飼主(以下「保有者」ともいう)がペットをどのように

飼養しなければならないのかについては,多面的な観点から考察しなければな

らない。例えば, ドイツでは,犬の飼主が適切に飼養できるようになるために,

D.O.Q-TEST 2.0というものがある。これは,獣医師研究チームによって開発

された連邦全土で行われている統一的専門知識テストのことであり,犬の飼主

の資格認定のためのテストである。学科試験と犬を伴った実技試験に合格すれ

ばD.0.Q-TEST2.0の証明書を受け取ることができる匹これが犬の免許証

(Hundefiihrerschein) (車の免許証のような強制的なものではない)と言わ

(1) Feddersen [2013] S. 13f

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法科大学院論集第 21号

れるものであり,この免許証を取得したい飼主を手助けするための様々な書物

が出版されている。それらの書物には,犬の歴史,犬のしつけ,食ぺ物,病気,

飼主や他人とのコミュニケーションの方法等だけでなく,動物保護法等の法規

範に関する記述もあり,試験に合格するためにはそれらも学ぶことが要求され

る(2)。

このようにドイツでは,犬の飼主に法規範への理解が求められているが,わ

が国ではそのような要請はないようである。もちろんドイツで求められる理想

的なペットの飼主像とわが国で求められるそれとは,両国の社会・経済・文化

的背景が異なることから必ずしも一致しないが,法的観点からみて飼主は,ペッ

トの生命•生活の保護に責任を持つと同時に,ペットと人との共生のためにペッ

トの他人への迷惑行為を防止する責任を負うという点では,両国において共通

するものがある。

そこで本稿では,飼主はいかなる法的責任を負うべきなのか,その根拠とな

る法規範はどのようなものなのかを明らかにするために, IIにおいて, ドイツ

における個人のペット飼養, とりわけ犬の飼養に関する全般的な法規制の状況

を紹介しcsi, わが国における個人のペット飼養に関する法規制の在り方を考え

てみたい。次いで, 1IIでは,個人飼主のペットおよび社会に対する貴任に関わ

る問題として,最近話題になっているマイクロチップ装着義務化の問題および

狂犬病予防接種の問題を検討したい。マイクロチップの問題については, ドイ

(2) わが国でも,最近は,ペットの法に関するトラプルを解決するための分かり易い

本が多数出版されている。ペット法の 1990年代の啓蒙書としては,椿寿夫=堀龍

兒=吉田凪澄『ペットの法律全書』(有斐閣, 1997年4月),長尾実夏子,小林覚

ほか『ペットの法律相談』(青林書院, 1997年 12月)があり,その後も,浅野

[2014] ほか多数出版されている。

(3) 各国の比較法的研究としては,私たちのペット法研究グループの発表がある。新

美 [2001]5頁以下,長谷川 [2001] 10頁以下,椿久美子 [2001] 16頁以下,吉

井啓子 [2001] 24頁以下参照。その他に,青木人志 [1999a] 17頁以下,伺

[1999b] 17頁以下,同 [2001]19頁以下,同 [2002] 149頁以下,同 [2006]59

頁以下,吉井啓子 [2006]117頁以下,同 [2014]252頁以下参照。諸橋 [2011]6

頁以下は,欧州と英国におけるペット動物保護法制として,「ペット動物の保護に

関する欧州条約;および英国の「2006年動物福祉法;について詳細に論ずる。

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ツ法だけでなくマイクロチップを義務化したオーストリア法をも検討する。

検討対象を以下のように限定する。第一に,本稿では,ペットの平均的な個

人飼主の飼養に関する法規制を中心に取り上げ,動物取扱事業者等のペットの

飼養に関する法規制については検討対象としない。事業者等の法規制の在り方

は, これまでも様々な視点から議論され(4l, 動物愛護法の改正(5) (以下「動愛

法」ともいう)にみられるごとく順次改善されてきたものの(届出制から登録

制への改正,いわゆる販売の 8週齢規制その他),課題は今なお山積しており,

その検討の重要性は否定できない。他方,個人のペット飼養に関する法規制の

在り方についても議論が重ねられ,これも動愛法の改正へと結実してきたが,

今なお十分でなく,事業者等のペット飼養の法規制とは異なる問題を含むこと

から,本稿では,個人のペット飼養に焦点を当て,ペット自体の保護およびペッ

トと社会とのより良い共生関係の構築のために,多様な視点から法規制の在り

方について検討したい。

第二に,本稿では,ペットの法規制全般を見ていくが,その中でも犬に特有

の法規制を中心に取り上げ,猫に特有の法規制をとくに検討対象とはしない。

わが国では,猫の多頭飼育や地域猫と近辺住民とのトラブル等の問題(6) があ

り,できればドイツの猫の飼養に関する法規制を紹介したいが,紙幅の制約が

あること,また犬に関しては, ドイツでは,犬保護命令,犬の搬入及び輸入制

(4) 諸橋 [2012]41頁以下は,動物取扱業の適正化の問題に関して,欧米の現状と

法制について詳細に論じる。

(5) 動愛法は,昭和 48年に「動物の保護及び管理に関する法律」として制定され,

その後,平成 11年に「保護」が「愛護」と変更され,平成 12年, 17年, 18年, 24

年, 25年と改正が続いている。平成 25年には,同法 2条(原則), 7条(動物の所

有者又は占有者の責務等), 8条(動物販売業者の責務)が改正され, さらに動物

取扱業者の届出制から登録制への変更(同 10条),生後 56日 (2017年現在は,ま

だ 49日と読み替えることが認められている)以下の幼齢犬猫の販売・展示の禁止

(同 22条の 5), 犬猫等の販売業者からの都道府県等の引取り拒否(同 35条),罰

則等の強化(同 44条以下)その他が改正された。

(6) 2017年 12月21日の朝日新聞朝刊は,野良猫の餌やりと住民のトラブルを報じ

ており,和歌山県がこの問題解決のために制定した条例が 2017年の 4月から施行

された現状を紹介している。

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法科大学院論集第 21号

限法,危険犬法,犬税,犬法,マイクロチップ装着のガイドライン等犬を対象

とした法規制が数多く存在するからである。

第三に, ドイツ・オーストリア・スイスにおける動物保護法等の歴史的進展(7)

については本稿では触れず,できる限りドイツ法およびオーストリア法の新し

い現状を紹介したい。

第四に,ペット飼養に関する法規制をすべて論じることはせず,民事法関係

の法規に重点を置く。

なお,本稿の IIの項目は 2015年度, 1IIの項目は 2017年度のペット法学会の

シンポジウムで報告(8) したものに関連しており,それらを本稿では大幅に加

筆・修正した。

ところで,ペット法学会は 2017年度で創立 (1998年 11月創立)から 20年

となるが,創立当初は現在ほどには法的視点からのペット問題への関心は高く

なかった。当時,獣医師の先生方は,獣医療を通じて,ペットの売買等に多く

の問題性を感じたことから,法規制の必要性を主張され,学者,弁護士,獣医

師が中心となってペット法学会が創立されたと聞く。また,その頃,獣医療に

対する不信がマスコミ等で騒がれ,獣医師の倫理規範の確立が説かれていた。

私も 2000年に獣医師会の大会において「海外の獣医師倫理の現状説明」 (9) と

いうテーマについて,アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・スイスの獣医

師倫理綱領を調ぺ,わが国の獣医師倫理綱領の在り方について報告したことも

懐かしい思い出である。

1999年と 2002年にペット法学会で報告の機会を得て, ドイツの動物保護に

関する法規制の状況を調査し,わが国と比較したところ,わが国における動物

取扱事業者による販売状況の劣悪さに驚いた。また,動物虐待や殺処分の問

(7) ドイツ動物保護法については Knierim[1997] S. 832ff. を,オーストリア動物保

護法については Havranek[1997] S. 845f. を. スイス動物保護法については

Steiger [1997] S. 855ff. を参照。

(8) 私は, 2014年度ペット法学会では「犬の飼養規制―ードイツ法を中心に」, 2017

年度では「ドイツ・オーストリアにおける犬の登録制度」を報告した。

(9) 椿久芙子 [2000]131頁以下。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼接とマイクロチップ装着義務に関する法規制

題(IO) についても, これらを規制するわが国の動愛法はドイツと比ぺてあまり

にも貧弱であった (II)。その他にも,獣医療の問題,マンションのペット問題(12)

などペットをめぐる法的状況について改善すべき点が多々あり,私見を公表し

てきた。現在では動愛法の改正や裁判例の蓄積(13), 動物保護団体等の活動に

よりペットの法的状況の改革が進展してきていると言えよう。

2010年にドイツのオルデンプルク大学では「ドイツ・日本・アメリカの動

物保護立法の展開における動物の地位」(I<) というシンポジウムが開催され, 85

頁の討論資料が公表されている。このようにドイツやアメリカと対比されるほ

ど日本の動愛法は発展してきたものだと感じている。

そうはいっても,わが国はまだまだペットと社会とのより良い共生のために

は解決すべき法的問題を抱えており,動愛法の改正が 2018年に控えているこ

とからも,今後も一層の議論を続けていく必要があろう。本稿が,それに少し

でも寄与できればと考え,ペットをめぐる法規制全般,マイクロチップの装着

義務および狂犬病予防接種義務についてのドイツ・オーストリアの法状況を検

討することにした。当初は,“動物は物でない”との規定と動物の財産的価値

以上の治療費の請求を認める規定を民法に導入したオーストリア・ドイツ・ス

イス民法の検討も本稿に含める予定で,研究会で報告し,ある程度執筆したが,

大幅に枚数を超過したため,本稿ではそれらの規定に関する導入部分のみを簡

潔に紹介するにとどめ,別稿で発表することにした。

Clo) 犬猫の殺処分については,諸外国の状況も含めて,遠藤 [2014]1頁以下参照。

(11) 宮田 [2001]29頁以下参照。

(12) 獣医療の問題について,椿久美子 [2007]34頁以下は,獣医師によるペットの

手術と債務不履行責任に関する名古屋高判平成 17•5•30 判夕 1217 号 294 頁が,

飼主の自己決定権の侵害による慰謝料請求を認めたことについて評釈した。また,

椿久美子 [2006]84頁以下は,マンションでのペット飼育をめぐるドイツ法と日

本法を比較検討したものである。住宅のペット問題については,長谷川 [1988a•

b] 47頁以下, 31頁以下,吉田真澄 [1994]25頁以下参照。

(13) 浅野 [2016]I頁以下は,長年,弁護士としてペット訴訟に関与してきた著者が

ペットに関する 202件という多数の裁判例を分析されたわが国で初めての本格的な

ペットの判例叢書である。渋谷 [2017]159頁以下は,実務の視点からペットにま

つわる諸問題を論じている。

(14) Lindemann [2010] lff..

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法科大学院論集第 21号

n ドイツにおける個人のペット飼養に関する法規制の状況

—犬を中心として一

検討視点

ペット飼養に関する法規制として, ドイツでは連邦国家レベル,州レベル,

市町村レベル, EUレベル,公的(鉄道等)および私的(例えば,スーパー等)

レベルのそれぞれにおいて多様な法規制が存在する (15)。以下ではそれらを分

けて検討する。

二連邦国家レベルでの法規制

1. 動物保護関連法規

連邦レベルの動物保護関連法規としては,基本法 (Grundgesetz), 動物保

護法 (Tierschu tzgesetz), 犬保護命令 (Tierschutz-Hundeverordnung),犬

の搬入及び輸入制限法 (Hundeverbringungs-und Einfuhrbeschrankungs-

gesetz), 道路交通秩序 (StraBenverkehrsordnung), 民法 (Bilrgerliches

Gesetz buch), 責任法 (Haftpflichtgesetz), 刑法 (Strafgesetzbuch),秩序

違反法 (Ordnungswidrigkeitengesetz), 連邦狩猟法 (Bundesjagdgesetz)

および連邦森林法 (Bundeswaldgesetz)等がある。その中で,基本法,動物

保護法,民法および犬保護命令を中心にみていく。

なお, ドイツにおけるペット飼養に関する法規制については, とくにペット

飼養に特化した法が,犬保護命令を除いて独立に存在しているわけではなく,

多様な法規から成る動物保護関連法規の中からペットに適用される法規定を見

つけ出していくしかないのである。

例えば, 2014年発行の「動物保護法』(16) の法典は動物保護関連法規として,

(15) 以下に述べるペットの飼養に関する法規制については, Feddersen/Siegmund[2013], S. 79ff. が挙げる犬の飼養に関する法規制を参考にした。

(16) Tierschutzrecht, 3. Aufl. (2014).

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼祖とマイクロチップ装着義務に関する法規制

以下の法規を列挙している。

I. 基本

1. 動物保護法 2. 動物保護法施行に関する一般行政規則 3. 基本法及び州憲

法 4. 民法 5. 動物保護委員会命令

II. 動物保有,狩猟

6. 農業動物保有における動物保護に関するヨーロッパ協定 7. 有用動物保有

保護命令 8. 動物保護視点の下での馬保有の判断指針 9. 施設動物保護に関す

るヨーロッパ協定 10. 犬保護命令 11. 連邦狩猟法

III. 動物輸送

12. 輸送中の動物保護に関する評議会命令 13. 動物保護輸送命令

IV. 畜殺動物

14. 殺害時期に関する動物保護命令 15. 動物保護—畜殺命令

V. 実験動物

16. 学術目的のために利用される動物保護に関するヨーロッパ議会及び理事

会指令

17. 動物保護一一実験動物命令 18. 実験動物届出命令

以上, 18の法規が動物保護関連法規に含められている。

2. 基本法

ドイツでは, 1971年に甚本法(憲法) 74条 20号が連邦の競合的立法権限に

動物保護を加えたことで,動物保護法を制定する根拠が連邦議会に与えられた。

また, 2002年には,基本法(憲法) 20a条が改正され,動物保護を国家目標

とすることが確認された。さらに同条には,「甚本権と同等のレベルで動物保

護を扱い,動物実験等の規制を強化する作用が期待されている。」(¥7)

(17) 詳細は浦川 [2003]198頁以下参照。基本法 20a条の邦語訳は浦川:2003―= 198

頁による。なお,藤井 [2008] 397 頁以下,同 ~2009a~533 頁以下は,動物保護

に関するドイツ憲法前史を論ずる。

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法科大学院論集第 21号

【基本法第 20a条】08)

「国は,来るべき世代に対する責任を果たすためにも,憲法に適合する

秩序の枠内において立法を通じて,また,法律及び法の基準に従って執行

権及び裁判を通じて,自然的生活基盤及び動物を保護する。」

フェデルセンによれば(19)' 動物保護法やそれに属する関連法規命令等によ

り,動物は以前よりも保護されるようになったが, さらに基本法が国家目標と

して動物保護に特別に言及することで,動物保護の法的拘束力はいっそう強化

された。動物保護の必要性および人,国家そして社会の動物への配慮義務とい

う基本法の中で定められた立場の表明は,動物保護規制を強化し,犬の飼主の

義務をも強調することになったとして,基本法 20a条の存在を高く評価する。

3. 動物保護法 (2013年8月7日最終改正(20))

動物保護法(21) は,連邦法であり,主に動物保有者の義務を規制し,人の管

理内での主要な動物を対象とするものである (22)。以下で. とくにペットの飼

養に関する法規定をみていこう。

(一) 動物保護法の目的

動物保護法の目的は,同法 1条に次のように定められている。

(18) 基本法(ドイツ憲法) 20a条の改正過程と改正前後の裁判例については,藤井

[2009b] 444頁以下参照。基本法上の動物関連規定については,吉田最澄 [2006]

19頁以下参照。

(19) Feddersen/Siegmund [2013] S. 80.

(20) Tierschutzrecht, 3. Aufl. (2014). なお.動物保護法は 2017年 3月29日に.再

び改正された。

(21) 動物保護法における動物とは,動物学上の動物界 (Reich)に属する生物であっ

て.植物界 (Reichder Pflanzen), 例えばキノコ,藍藻類および微生物に属する

ものではない (Lorz/Metzger[2008] Einfi.ihrung, Rn. 1. S. 30)。

(22) ドイツにおける動物保護法の生成と展開については,椿 [2001]16頁以下,浦

川 [2003] 195 頁以下,中川亜紀子 ~2012] 535頁以下参照。

-so-

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

【動物保護法第 l章(原則)第 1条(法律の目的)】芦

「本法律ば共に生きる生物 (Mitgeschopf) としての動物に対する人

の責任に基づいて,動物の生命及び健在 (Wohlbefinden) を保護するこ

とを目的とする。何人も,合理的な理由なく,動物に痛み,苦しみ又は危

害を与えてはならない。」

ill 第 1条 1文の法的性質

ロルツによれば叫動物保護法の冒頭規定 (1条 l文)には,立法者の倫理

的な動物保護に対する信条が含まれているこ法規制の出発点として人の貢任お

よび人と共に生きる生物としての動物の承認ば時代に適合したものと言える。

1986年改正の動物保護法において,はじめて動物は物であるという従来の見

解からはなれ, これを受けて 1990年に民法 90a条は動物は物でないことを明

確にしたとされる。

1条 l文の法的性質は,拘束力のない指羽原則 (Leitgrundsatz) またはプ

ログラム規定ではない, とロルツは言う (25)0

その説明によれば, 1文は,動物保護法のみならず,さらに動物保護に関す

る全部の法を特徴づけようとする。こうした目的の方向づけにより, 1文は,

動物保護の原則的な問題点に関する法的基準を定め, 2文とともに動物保護の

主たる問題に言及する。すなわち,動物が人と共に生きる生物であること,人

としての責任,動物の健在を包括的に保持すること,痛み・苦しみ・危害から

の動物保護および動物への人としての関心についてである c もし 1文に法的性

質が当然に与えられないとするならば,これらすぺてを理解できないであろう c

したがって, 1文は適用される法である。もっとも,市民および国について

の直接的行為義務は, この冒頭規定 (1条 l文)からは導きだすことができな

<23> 動物保護法の邦語訳は,浦111:2oor 20s真以下を参照した。なお.―r-..!itgesch6pf_

は共胞とも訳される。

(24) Lorz;¥letzger [2008: Rn, 2. S, 74,

(25) Lorz/¥-letzger [2008: Rn, 2. S, 74,

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法科大学院論集第 21号

い。なぜならば l文は,この法律の目的について述べており,それにより個々

の規定を補充しようとしないで,個々の規定の背後にある目的を設定するにあ

たり 1条 l文を参照するように指示しているからである。それゆえ,同規定は,

とりわけ解釈原則として効力のあるものとなる。

より多くの法律的解釈の可能性が存在する場合, 1文の意思によれば動物の

健在により良く一致する法律的解釈が与えられるぺきである。その際に,どう

しても拡大解釈を考えざるを得ない。一般法と動物法の衝突の場合には,動物

保護にとって最善と考えられるであろう解決が優先されてしかるぺきである (26)

と,ロルツは主張する。

行政作用も 1 文に合わせるべきである。当局は,禁止された,または—肴支的

に動物に適さない行動を防止する義務を負っている。例えば,間接的に行動を

制御する道具を使うことである cm, とロルツは述べて,動物保護に配慮した

行政を行うべきであるとする。

(2) 第 1条 2文の法的意義

1条 2文は,何人も合理的な理由なく,動物を殺害し,痛み,苦しみまたは

危害を与えてはならないと定める。その際に,労働,時間または費用の節約の

ような経済的利益は,合理的な理由にはならないとされる (28)0

2文は禁止について定めており,その文言は望ましい明確さで禁止を示して

いる。禁止に違反した者は,違法状態にある。 2文が刑罰または過料により強

化されないのは矛盾していない (2,)。2文は一般条項であり,動物保護法は一般

条項を多くの規定の中でさらに詳しく定めるものだからである (30)0

(26) Lorz/Metzger [2008] Rn. 3, S. 75.

(27) Lorz/Metzger [2008] Rn. 4, S. 75.

(28) Feddersen/Siegmund [2013] S. 80.

(29) Lorz/Metzger [2008] S. 77.

(30) Lorz/Metzger [2008] S. 76.

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼淮とマイクロチップ装着義務に関する法規制

(二) 動物の適正保有と世話

動物の適正保有について,動物保護法 2条は以下のように具体的な規定を

置く。

【動物保護法第 2章(動物の保有)第 2条(動物の適正保有と世話)】 (31)

「動物を保有し,世話をし,又は世話をしなければならない者は,

1. その動物の種類及び欲求に応じて適切に食物を与え,世話をし,及び

その習性に適した (verhaltensgerech t)収容をしなければならない。

2. その動物に痛み,避けられるはずの苦しみ又は危害を与えるほどに,

その動物の種類に特有な行動の可能性を制限してはならない。

3. その動物にとって適切な食物,世話及び習性に適した収容場所に関す

る必要な知識及び能力を有していなければならない。」

2条によって,ペット動物の保有者またはその世話人は,専門知識をもち,

そのときどきにおいてペット動物が求めていることを知っているだけでなく,

ペット動物の要求も現実に満たしてやらなければならない。世話や保護と並び,

例えば犬の事故の後または犬の発病の際に獣医による必要な治療を確実に受け

させるために,金銭的に困らないための準備をしておくことも必要とされる (32)0

(三) 動物保有者の禁止行為と刑罰・過料規定

(1) 動物保護法 3条は様々な禁止規定を置く。以下でその一部をみていこう。

(31) 動物保護法 2a条は権限授与を定める規定である。同条 1項は,連邦食料・農業・

消費者保護省が,法規命令により動物保護に必要な範囲で 2条に基づく動物の保有

に関する要請の詳細を定める権限を有するとして,具体的には,動物収容場所 (1

項 1号~6号),動物の教育等 (la項).動物の識別記号装着 (lb項),動物の楡送

(2項),動物実験に利用する動物 (3項)を定める。 2a条 lb項は,犬・猫等の識

別記号装着に関する規定やその方法・実施に関する規定を発令する権限を授与され

るとする。

(32) Feddersen/Siegmund [2013] S. 80.

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法科大学院論集第 21号

【動物保護法第 3条(禁止規定)】

「次の各号に掲げる行為は禁止される。

1. 緊急の場合を除き,動物に対し,その状態からみて明らかに解決する

だけの力がないか,又は明らかにその能力を超えている役務を要求するこ

と。

la. (略)

1 b. (略)

2. 家庭,事業所,その他,人の保護下で保有され,身体障害を有し,病

気があり,疲労の極にあり,又は老齢の動物であって,その延命には除去

することのできない痛み又は苫しみを伴うものを,遅滞なく無痛で殺布す

る以外の目的で譲渡し,又は取得すること。(略)

3. 家庭,事業所,その他,人の保護下で保有されている動物から解放さ

れ,その保有者義務若しくは世話人義務を免れるために, この動物を追棄

し,又は置き去りにすること。

4. (略)

5. これにより,その動物に対する著しい痛み,苦しみ又は危害が伴うに

もかかわらず,その動物を調教し又は訓練すること。

6. ~13. (略)」

3条 l号によれば,ペット動物に対する過剰要求は避けられるべきである。

過剰要求の境界と同様に過小要求の境界も越えないためには,ペット動物の種

類に応じた十分な注意,思いやり及び経験が必要である。

3条 3号によると,ペット動物は,いつでも十分に飼養され,世話をされな

ければならない。ペット動物に対して,常にその要求に応じ,ペット動物を脅

かす損傷を避けることができるようにしてやらなければならない。

(2) 動物保護法第 11章 (17条~20a条)は刑罰規定と過料規定を定める。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼強とマイクロチップ装着義務に関する法規制

【第 11章(刑罰・過料規定)第 17条(刑罰行為)】

「次の各号に該当する者は, 3年以下の自由刑又は罰金に処する。

1. 合理的な理由なしに脊椎動物を殺害する者,又は

2. 脊椎動物に

a) 粗暴な行為により著しい痛み又は苦しみを与える者,又は

b) 長時間にわたり,又は反復的に,著しい痛み又は苦しみを与える者」

17条によれば,合理的な理由なくペット動物を殺害した者,著しい痛みや

苦しみを与えた者は, 3年以下の自由刑または罰金に処すと定められる。

【第 18条(秩序違反)】

【第 1項】 「故意又は過失により次の各号に定める行為を行う者は,秩序

違反として行為するものとする。

1. 自己の保有し,世話をし,又は世話をしなければならない脊椎動物に,

合理的な理由なく著しい痛み,苦しみ又は危害を与えること。

2. ~27. (略)」

【第 2項】 「第 1項第 1号の場合を除き,合理的な理由なく動物に対して

著しい痛み,苦しみ又は危害を与える者も,秩序違反として行為するもの

とする。」

【第 3項】(略)

【第 4項】 「秩序違反行為は,第 1項第 1号,第 2号(削除),第 3号 a,

第 4号から第 9号,第 11号,第 12号,第 17号,第 20号,第 22号及び

第 25号,第 2項,第 3項第 1号 a, 第 2号 aの場合においては, 25,000

ユーロ (33)以下の過料に処し,その他の場合においては, 5,000ユーロ以下

の過料に処すことができる。」

(33) 2017年 11月時点 (1ユーロ 135円として)で, 2万 5千ユーロは約 337万5千

円, 5千ユーロは 67万 5千円となる。

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法科大学院論集第 21号

18条 1項は,故意または過失により, 1項各号に定める行為をする者は秩序

違反として行為するものとすると定め, 1号から 27号(ただし 2, 13, 14, 15,

16, 18, 19, 27号は削除された。)まで,具体的に秩序違反とする行為を列挙

する。たとえば, 18条 1項 5号は, 4条 1項(脊椎動物は知覚喪失および無感

覚の状況でのみ殺害が許されるとする)に違反して脊椎動物を殺害する行為,

18条 1項 5a号は, 4条 3項 2文(学問上または動物実験で利用するために飼

育されていた場合に限り殺害が許される)に違反して犬,猫または霊長類を殺

害する行為を定める。 18条 2項は,合理的な理由なく動物に著しい痛み等を与

える者も秩序違反として行為するものとする。同条 3項は,故意または過失に

より欧州共同体等の法的行為の直接適用規定に違反する者も秩序違反として行

為するものとする。

そして,同条 4項は, 1項 l号~3号 a,4号~9号等の秩序違反について,

25,000ユーロ以下の過料,その他の軽い秩序違反については 5,000ユーロ以下

の過料に処すことを定める。

19条は動物の没収を定め,たとえば 17条, 20条 3項等の犯罪行為,または

18条 1項 1号, 2号, 3号等に定める秩序違反行為に関連する動物は没収さ

れる。

20条は動物保有の禁止を定める。すなわち, 17条による違法行為により有

罪判決を受けた者,または責任無能力を理由に有罪判決を受けなかった者に対

して,裁判所は,その者がさらに 17条による違法行為を行うであろう危険が

存在する場合には,動物全般または特定の種類の動物につき,その保有,世話,

取引,その他業として当該動物を扱うことを, 1年以上 5年以下の期間または

永久に禁止することができると定める。

以上に規定された動物は当然ペット動物を含むものである。

4. ドイツ民法

民法では,動物の地位と動物保有者責任はどのように規定されているのであ

ろうか。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

(一) ヨーロッパ各国の民法典における動物の地位強化への改正

ドイツでは動物保護運動の高まりにより, 1990年 8月20日の法律において

「動物は物でない」等を定めたドイツ民法 90a条をはじめとして,動物の財産

的価値を超えた治療費の請求を認めた 251条 2項 2文および動物所有者の動物

保護規定の遵守を定めた 903条 2文の動物保護規定が民法典に新設された (34)。

こうした動物保護の動きを示したドイツよりも一足先に,オーストリア民法

典 (ABGB) は, 1988年 3月 10日に,動物保護の規定を二つ新設した。一つ

は,「動物は物ではない。動物は特別の法律によって保護される。物について

適用される規定は,別段の定めがないかぎり,動物にも準用される。」 (285a

条)とし, もう一つは,「動物が傷つけられたとき,その治療または治療の試

みに要した金額は,合理的な飼主が被害者の立場にあれば支払ったであろう金

額であれば,動物の価値を超えるものであっても,賠慨されなければならない。」

(1332a条)とする (35)。これらの規定とほぼ同じ規定をドイツ民法典は導入し

たのであった。

2003年 2月 19日法により改正されたスイス民法典 641a条 1項は,「動物は

物ではない。」と定め, 2項は「反対の条文がない限り,物についての規定は

動物についても有効である。」として (36), オーストリアおよびドイツと同じよ

うに動物の法的地位を位置づけた。

(34) 詳細は,椿久美子 [2001] 16頁以下参照。 90a条の立法過程については,

Brlininghaus [1993] S. 92ff. 参照。

(35) 青木人志 [2001]22頁によれば, これらの規定は,人でも物でもない「動物」

というカテゴリーを明確に承認するものであり,また.民事上の損害賠憤について

も.動物の財産的価値を超えた治療費を加害者が賠償しなければならないとし.動

物が単なる財物でないことが,不法行為上も確認されたとされる。

(36) 吉井啓子 [2014]261頁によると,スイス民法典 641a条 1項の動物は物ではな

いとの規定の新設を受けて,同 729a条は,非営利で保有されている動物に関する

訴訟の場合,裁判官は動物のために最もよい解決を提供すること,債務法典 43条

1項bisは裁判官は動物が保有者に対して有していた愛着的価値を考慮すること,

同42条3項は動物の治療費用はその価値を超えるものでも賠償請求が可能である

こと等の規定を新たに定めた。スイス法の状況については,青木人志 [2002]165

頁以下参照。

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法科大学院論集第 21号

フランスでも,紆余曲折があった (37)が,ついに 2015年 2月 16日の民法典

改正により,民法典 515-14条は「動物は,感覚を備えた生命ある存在である。

動物の保護に関する法律を留保して,動物は財に関する制度に従う。」と定め,

動物は,物ではないと明確に定義することを避け,感覚を備えた生命ある存在

であると民法上,定義したのである (38)。

このように,オーストリア, ドイツ,スイス, フランスが,民法典に動物を

人でも物でもない第三のカテゴリーに位置づけたことは,非常に注目すべきこ

とであり,わが民法典においても,物概念の見直しをすべき時期にきているの

ではないだろうか。以下ではドイツ民法のこれらの新設規定について簡単に説

明する。現在,別稿で「ペット・動物の非「物」性と侵害された場合の治療費

用の請求J (仮題)を執筆中であり,そこで詳細に論じたい。

(二) 動物は物ではないとの規定(ドイツ民法 90a条)

【ドイツ民法第 90a条】

「動物は物ではない。動物は,特別な法律によって保護される。他に別

段の定めのないかぎり,動物には物に適用される諸規定が準用される。」

(1) 90a条 1文について, どのような評価がなされたのであろうか。

ホルホは (39), 本条により民法上の動物の法的地位がどのように改善される

べきであるかは,未解決のままであり,また,基本法 103条 2項(40) に基づく

刑法の類推適用の禁止に従い,物を要件とするすべての刑法規範の適用が,動

(37) フランス民法典における動物の法的地位については,吉井啓子 [2006]117頁以

下参照。(38) 詳細は,吉井啓子 [2017]229頁以下,吉井啓子 [2014]258頁以下参照。

(39) Holch [2001]§90a, Rn. 1.

(40) 基本法 103条(法的審問,刑法の遡及及び二重処罰の禁止) 2項,―いかなる行為

も,行為が行われる前に,法律で処罰できると規定されているのでなければ,処罰

することができない。」

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

物について問題になることを 90a条の立法者は考慮しなかった,と批判する (41)0

(2) ストレスマンによれば,動物は,物ではないが,物のように取り扱われ

ることから,これまでの法的状況の本質的変更が義務づけられるものではない。

そのために, 90a条は,“象徴的立法""概念の粉飾(ごまかし)”“つまらない

規定"として批判されているが, この規定は,国家による保護を目的として動

物保護が義務づけられた法の適用を促進するものである(421, と。

(3) ヤウエルニックは(43)' 「物概念」は,従来から生命のある物(動物・植

物)と生命のない物を含めており, 3文はそうした古い物概念に立って規定し

ているにもかかわらず, 1文は「動物は物ではない」と定めたことから, 3文

との関係で混乱を引き起こしている, と評し, 90a条のばかげた規定は,解釈

による訂正によって対処することができる, として,冷ややかな記述をする。

(4) ハックバルトによると(44¥依然として有体物に適用される規定が準用さ

れるので,民法上の動物の地位が改善されるかは疑わしい。だが, 90a条の導

入と並んで,民事訴訟法 811c条, 765a条 l項 3文の禅入による執行法上の改

正も,そして民法 251条 2項 2文と 903条 2文の導入による民法上の改正も行

われたので,おそらく純粋な宣言ということはできないであろう。むしろ,有

体物のもとでの動物の特別の地位を法技術的に顧慮したものである, と積極的

な評価をする。

有名なバーラントのコンメンタールは, 90a条 1文については,現実として

法的内容のない感傷的な熱弁である,と冷ややかに評する。

(5) このように,民法学者は概して 90a条の新設, とりわけ 1文と 3文の

矛盾した規定の仕方に批判的である。もっとも, ドイツ民法学の大家であるラー

レンツは好意的な立場をとる (45)0

(41) Holch [2001J§90a, Rn. 11.

(42) Stresemann C2015]§90a, Rn. 10.

(43) Jauernig [2007]§90a, Rn. 1.

(44) Hackbarth/Lilckert [2002] S. 10.

(45) Palandt/Ellenberger [2016]§90a, Rn. l; Larenz/Wolf [1997]§20, Rn. 16;

椿久美子 [2001]17頁以下。

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法科大学院論集第 21号

ドイツ民法は,一方で―動物は物ではない。」というあまりにも明確な物概

念との決別をしておきながら,他方で,物に適用される諸規定は動物にも適用

可能であるという矛盾した規定を定めたことで,物概念に混乱を生じさせたの

である。しかしながら, ドイツ民法が人でも物でもない第 3のカテゴリーとし

て動物を位置づけたことは,象徴的であっても画期的なことであり, 90a条 l

文の背景に動物保護の理念が厳として存在することを動物に関わる人々に認識

させ, とりわけ裁判官がこの理念に配慮するようになることは,動物の法的地

位の向上に大きく寄与すると思われる (46)。青木教授は,「法の基本的な世界観

という視点からは, この規定によって革命的な変化が起こったことになる。」

とし,その波及効果は他の法分野にも及ぶとする (47)。吉田克己教授はペット

を愛着財としての法的取り扱いを認めてよいとされる (48)0

私としては, 90a条の矛盾した規定は,過渡期の物概念を反映しており,や

むを得ないことであろうが,そろそろ古い物概念から決別すべき時がやって来

たのではないかと考えている。物を生命のある物とそうでない物に大きく分け,

前者を動物と植物に分け,さらに動物をペットとそれ以外の動物とで法的取

り扱いを分けるのが合理的ではなかろうか。本稿では動物の法規制としないで

ペットの法規制としたのもそうした配慮をすべきであると考えているからであ

る。わが国の裁判例がペットヘの侵害に対して愛着利益を考慮して慰謝料を認

(46) ドイツ民法 90a条が新設されたことは,他の法律の改正に影響した。 '.'¥fonzberg

~1990] s. 215-217は,債務者感情のために動物に対する差押えの保護について論

じる。また,藤井 [2009]によれば, ドイツ民事訴訟法811c条で非営利目的のペッ

トの差押禁止が規定され, 1997年改正では,同法 765条a条 1項 3文に,動物に

対する強制執行では「動物に対する人間の責任」を考慮しなければならないとする

規定が新設された。

青木人志 [2009]211頁以下によれば, 1990年代に改正されたフランス刑法典で

は,その他の罪の中に人間の臓器に関わる犯罪が分類されるのだが,そこに動物虐

待罪も入れられ,動物が物から人に近づいたとされる。

(47) 青木人志 [1999a] 18頁以下は, ドイツ刑法では動物はなお刑法上の財物たりう

るかということが論者の関心を呼んでいるという。 ` (48) 吉田克己 [2014]16頁以下。犬や猫達は権利を欠いているが,人々の心情的な利

益のために保護され,心情的利益が存在しない動物逹(家畜・実験用ラット)は保護

されないという考えを批判するものとして,トム・レーガン [1986]35頁以下参照。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼挫とマイクロチップ装着義務に関する法規制

めてきたことからも,物に適用される規定をペットに適用する場合は,現行民

法の下では,保有者のペットヘの愛着利益を考慮した扱いをする信義則上の義

務を法的関係当事者は負うと考えてよいのではないか。

動物保護の観点から動物は物であるという物概念からの決別をわが民法にお

いてもオーストリア・ドイツ・スイス民法典と同様に実現させることが妥当で

あるかどうかの議論を活発に展開させた上で,物概念になんらかの変化をもた

らすべきであると思われる。これらの民法典ほどに動物の非「物」性を明文化

できなくても,せめてフランス民法典における「動物は感覚を備えた生命ある

存在である。」というレベルでの民法典への導入を考慮されるべきであろう。

たとえ象徴的な規定であっても,動物の法的地位の向上のためには役立ち,民

事執行法や刑法の規定の改正につながるのではないだろうか。

動物の非「物」性をさらに進めて,人と法人に続く第三の法人格を動物に認

めるべきだという動物法人という概念をフランスのマルゲノーが主張し,わが

国でもその概念を青木人志教授が支持している (49)。河上教授(50) は,将来的に

は,動物を財団類似の法人と構成することもありうるかもしれないと述べてい

る。 ドイツにおいても,動物法人 (Dietierliche Person)の概念の形成を主

張する学説が出てきており (51), 動物保護を押し進めるべきとする私見からも

今後も注目すべきテーマである。

(三) 動物の市場価値を超えた治療費の請求

【ドイツ民法第 251条 2項 2文】

「侵害を受けた動物の治療処置に要した費用は,それがその動物の価値

を著しく超えたとしても,不相当になるものではない。」

(49) 青木人志 [1999a]17頁以下,青木人志 [2009]218頁以下参照。

(50) 河上 [2007]211頁,小粥 [2007]20頁以下参照。

(51) Raspe [2013] s. 308ff.

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法科大学院論集第 21号

(1) ドイツ民法 251条 2項 2文は,傷ついた動物の治療費用が,その動物の

価値を著しく超えるときにも,その費用は不相当(過分)でないと定め,被害

者に加害者に対する動物の財産価値を超えた治療費用の賠償請求を認めた。た

とえば,老犬で財産価値がほとんどなくても,その犬の保有者は本規定により

加害者に治療費用を請求できることになった。本規定の新設は実効性のある動

物保護の表れである。

グルンスキイは, 90a条の新設に関わる法律草案の中心的規定は,おそらく

新しく立案された 251条 2項 2文であるとして,同規定の草案について様々な

観点から意見を述べていた (52)。それによれば,民法における動物の法的地位

の改善に関する法律草案の態度表明がひどいことに抜け落ちてしまった。法律

は,実体法の領域においては新しいことをもたらさず,強制執行法においては,

まやかしであることが明らかになる。すなわち,‘‘共に生きる生物としての動

物”というのは,恥部のおおいの機能 (Feigenblattfunktion) を有するだけ

である。本当のところは“共に生きる生物としての所有者”が問題となるので

ある, と批判する。

(2) シーマンは 251条 2項 2文について次のように解する (53)。動物所有者の

愛着利益という要因が本規定にとっては重要である。すなわち,所有者が,具

体的状況において外部の侵害がなければ,動物のために費やしたであろうとい

うことが決定的なのである。たとえば,裕福な年をとった未亡人の愛玩犬と農

民の猫とは愛着利益が異なる。愛着利益は,本規定により原状回復の費用に含

めることができる。

本規定の対象となる動物は,ペットだけではなく,使役動物も含まれるが,

所有者不明の野生動物は所有権の侵害とならないから対象とならない,と説く。

なお, 2015年 10月27日の最高裁判例 (BGHNJW2016, 1589) は,治療費

用が動物の財産的価値の何倍にもなる場合でも賠償が可能になるとした。

(52) Grunsky [1990] S. 95ff., S. 102.

(53) Staudinger/Schiemann [2017]§251, Rn. 28. なお,浦川〔20ll)367頁以下

参照。

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(四) 動物所有者の動物保護規定の遵守

ドイツ民法第 903条 2文には.動物の所有者は.その権能を行使するにあたっ

て.動物保護のための特別規定を遵守しなければならないと規定された。

(五) 動物保有者の責任

ドイツでは,民法 833条および 834条により,ペットまたは家畜が人を侵害

し,物を毀損したときは,一定の例外を除いて,ペットまたは家畜の保有者や

監視者は損害賠償責任を負わなければならない (54)。わが国にも類似の規定か

ある (55)。

【ドイツ民法第 833条(動物保有者責任)】 (Haftungdes Tierhal ters) <55'

「動物が人を殺害し,人の身体若しくは健康を侵害し,又は物を毀損し

たときは,当該動物を保有する者は,侵害を受けた者に対し,これによっ

て生じた損害を賠償する義務を負う。損害が,動物保有者の職業.営利活

動又は生計の用に供するものとされている家畜によって発生し.かつ動物

保有者が動物の管理について取引に必要な注意をしたとき,又はこの注意

をしても損害が発生したであろうときは,賠伯義務 (Ersatzpf lich t) は

生じなし、。」

【ドイツ民法第 834条(動物監視者責任)】 (Haftungdes Tieraufsehers)

「契約によって動物を保有する者のために動物の監視を引き受けた者は.

動物が第 833条に定める方法で第三者に加えた損害について責任を負う。

監視者が監視を行う iこついて取引に必要な注意をしたとき.又は注意をし

(54) トイツの動物保有者責任については,青野 [1985]51頁以下,川村〔200別 145

頁以下参照。

(55) 日本民法 718条①―動物の占有者は,その動物が他人に加えた損害を賠償する貢

任を負う c ただし,動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をした

ときは, この限りでない。」②「占有者に代わって動物を管理する者も,前項の責任

を負う。」

(56) ド民 833 条• 834条の日本語訳は, ドイチュ/アーレンス/浦川道太郎 [2008]

338頁以下を参照した。

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法科大学院論集第 21号

ても損害が発生したであろうときは,貢任 (Verantwortlichkeit) は生

じなし沿」

(1) シーマンはド民 833条について次のように述べている (57)。本条の動物

保有者貢任の規制は,民法におけるすぺての法的責任の根拠の中で, ド民 831

条(使用者責任)と並び,法政策上,おそらく最も争われているものであろう。

ド民 833条 l文は,動物保有者の危険責任 (Gefahrdungshaftung)を根拠と

するが, 1文の文言に反する 2文の存在によって,結局, 1文の動物保有者の

責任はペット (Luxustiere) の保有者についてのみ適用されることになる。

これに対して,有用動物 (Nutztiere) の保有者は, 2文により動物の管理過

失 (Aufsich tsverschulden) についてのみ責任を負う。ただし,管理過失お

よび損害に関して義務違反が原因となることについての立証貢任は,反対に動

物保有者が負担する。責任無能力者は 2文により当初から責任を負わない。

他の多くの危険責任との違いは,賠償義務が 1文によりその額に制限がない

ことである。 ド民 833条の効果は,少なくとも以前の法状況では時には不相当

に厳しいものであると思われたが,責任は,すでに以前から保険によって広く

緩められて認められている。もっとも,保険技術のことを考慮して,本規定を

狭めてまたは拡張して解釈することは正当化されない。

闘犬による危険から保護するための行政法上および刑法上の規制は, ド民

833条に直接の影響を及ぽさない。いずれにしてもド民 833条 l文による危険

貢任は闘犬に対して適用される。ド民 833条に基づく責任の要件は,動物危険

が実現されることである。これは,動物が損害を発生させたということが要件

になる, とシーマンは言う。

(2) ロレンツによれば, 833条 1文に基づく危険責任は,まさに動物による

侵害危険のみを保護するものである。それゆえ, どの侵害原因が危険の源とし

(57) Schiemann =20ll]§833 Rn. 1. ドイツ民法 833条 l項については, Lorz[1992a] S. 60ff. も詳しく論じている。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼強とマイクロチップ装着義務に関する法規制

て詳細に考慮すべきかをまず確定しなければならない,とされる。そして,

裁判所は,立法者が 833条 1文の規定を危険責任として構想したことについて

明確に知っていた (58)。それにもかかわらず, これは,初めは独自の帰責原理

として扱われず,過失責任の原則の例外として扱われ,それゆえ狭く解釈しな

ければならなかった。動物による法益侵害の要件について,動物危険の実現が

要件の中に書かれていない追加の要素として読み取られたことによって,保有

者責任を制限するきっかけをドイツ帝国大審院に与えたく"!, とされる。

5 犬保護命令 (Tierschutz-Hundeverordnung)

犬保護命令は,犬の保有 (Halten) と繁殖 (Zi.ichten) についての最小限

の準則を定め,動物保護にふさわしい犬との交流 (umgang)を定める。 2001

年 5月 2日の犬保護命令は, 1974年 6月 6日の屋外犬の保有に関する命令を

受け継いだものである。犬保護命令は,犬の展示や繁殖に関する規制も定めて

いるが,以下では,犬の保有に関わる規定のいくつかを見ていきたい (60)。以

下の条文は, 2013年 12月 12日の最終改正を反映したものである。

【犬保護命令第 1条(適用範囲)】

【第 1項】

「この命令は,犬の保有と繁殖に適用される。」

【第 2項】(略)

1条 1項は,犬保護命令の適用範囲を定め,犬の保有と繁殖に適用されると

する。同条 2項は, この命令の規定が適用されない場合として,輸送中 (1号)

や獣医師の診察中 (2号)等を挙げる。

(58) RGZ 60. 301, 303; 80, 237, 238; BGH ¥・ersR 1976, 1090.

(59) Lorenz C1992~S. 8lff.. (60) 犬保護命令については,中川亜紀子 [2012]547頁,諸橋 [2012]60頁以下参照。

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【第 2条】

【第 1項】

法科大学院論集第 21号

「犬には,檻又は係留の外に十分な屋外運動場を与えなければならず,

かつ犬を保有し,世話をし,または世話をしなければならない人(世話人)

との十分な交流を与えなければならない。運動場と社会的接触は,犬の種

類,年齢及び健康状態に適合させなければならない。」

【第 2項】(略)

【第 3項】 「1頭で保有されている犬には.犬の共同生活の欲求を満足さ

せるために. 日に何度か世話人とのかなり長時間の交流ができるようにし

なければならなし、。」

【第 4項】 「子犬は.生後 8週齢を超えて初めて母犬から引き離すことが

できる。 1文は,引き離しが痛み.苦しみ又は危害から母犬または子犬を

保護するために獣医師の判断により必要とされた場合には.適用されない。

2文に基づき複数の小犬を母犬から予定より早く引き離す必要が生じた場

合には,それらの小犬を生後 8週齢までは互いに引き離してはならない。」

犬保護命令 2条は犬の飼養に関する一般的要件を規定する。 2条 1項によれ

ば,犬には十分な運動スペースと世話人との交流を与えなければならず,同条

3項は, 1頭だけで飼育された犬にはとくにより長時間の交流を与えなければ

ならないとする。

犬保護命令 2条 4項によれば,子犬は,最低限 8週間は母犬のところでかつ

その兄弟と共に暮さなければならない。この期間に子犬は基礎的な社会的経験

をする。早すぎるとされる生後 9週齢の初めに新しい保有者である社会的パー

トナーのところに小犬が移された後は,子犬に対して社会的行動を強化し拡張

しなければならない(61)O

このようにドイツでは,子犬の 8週齢までの母犬からの引き離しを禁じてお

(61) Feddersen/Siegmund [2013] S. 84f.

-96-

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼狼とマイクロチップ装箭魂務に関する法規制

り(犬保護命令 2条 4項 1文),それに違反した場合には犬保護命令 12条 1項

1号により秩序違反行為となる。すなわち 12条 1項は,「故意又は過失により

次の各号に定めることをする者は,動物保護法 18条 1項 3号 aにおける秩序

迎反として行為するものとするーと定め, 12条 1項 1号は,「2条 4項 l文に

反して母犬から子犬を引き離すこと」とする。動保法 18条 1項 3号 aに該当

する秩序違反行為は,同条4項により 25,000ユーロ (1ユーロ 135円で計算す

ると 3,375,000円)以下の過料に処すと定めている。したがって, 8週齢規制

に反した場合は 25,000ユーロ以下の過料を支払うことになる。このドイツに

おける子犬の譲渡についての 8週齢規制は,わが国の動愛法の改正に影響を与

えた (62)のであろう。

その他に,犬保護命令 3条は営業的繁殖の際の世話に関する要件, 4条は屋

外飼養に関する要件, 5条は屋内飼蓑に関する要件, 6条は檻飼養に関する要

件, 7条は係留飼養に関する要件, 8条は給餌と世話, 9条は一時的飼養につ

いての例外, 10条は展示の禁止を定める。 11条は危険犬を規律した規定(63)で

あったが 2006年に削除され, 13条は移行規定であったが削除された。

6 その他の法律

以上の他に,連邦国家レベルのペットおよび動物に対する法規制として, II

二 1の最初の所で述べたように,犬の搬入及び輸入制限法,道路交通秩序,責

任法,刑法,秩序違反法,連邦狩猟法および連邦森林法がある。

犬の搬入及び輸入制限法は,国内への危険犬の搬入または輸入を制限する法

律であり,同法は連邦全体にわたって特定の種類およびタイプの犬のドイツへ

の入国を拒絶し,危険と思われる犬に対する危険防御に関しての州の法的位置

(62) わが国の動愛法 22条の 5は,生後 56日以下 (49日の読み替えが認められる)

の幼齢犬猫の販売・展示を禁止する。

(63) 犬保護命令 11条は,「動物保護法 11b条2項により,過度の攻撃及び闘争行為

を示す犬には攻撃性の増大がみられる。他のイヌ科動物との交配を禁止する。」と

定められていた。詳細は Lorz/Metzger[2008] S. 367参照。危険犬の問題につい

ては後述II三参照。

-97-

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法科大学院論集第 21号

づけに影密を及ぽした。他の法律についての言及は紙幅の関係で省略する。

三 州レベルでの法規制―ー危険犬法を中心に

l 危険犬法

州レベルの法規としては,州の危険犬法及び危険犬命令 (Gefahrhundege-

setze und -verordnungen der Bundeslander), 州狩猟法,州森林法等がある。

州の危険犬法及び危険犬命令とはどのような法規制なのかについて,概略を

紹介しよう。

危険防御 (Gefahrenabwehr)は州の権限下にあり,それに関して,各州に

は固有の法律,命令および警察命令がある。これらは一般的な危険防御に役立

つ。各州の犬法および犬命令は,犬の保有者および犬の統率者に様々な種類と

方法でかかわり,主として特に犬による危険の防御に役立つべきものである (64)0

ほとんどの州は,危険犬法及び危険犬命令を公布した。犬は,実際にいたる

所で適用されている行動モデルによる行動方式に従って,その攻撃性に応じて

危険性を等級で分けられているが,多くの州では,等級分けに加えて,“犬種

リスト"(Rasselisten)が導入された。それによると,特定の種および異種交

配の場合には,攻撃性の増大が初めから推定され,この推定は個々の種につい

て,反証の余地なく発展させられた。もっとも,ほとんどの州は,特定の種お

よび交配が危険性を受け継いでいるとの推定について,その反証を可能にする。

これは,通常,本性テストにより行われる。推定または実際に犬の危険性が存

する場合には, とくに以下の負担となる法律効果が生じる。すなわち,マイク

ロチップ装着義務,脱出しないよう安全に収容する義務,責任保険の締結義務,

警告板の命令,引綱の強制, 口輪の強制,断種の義務,保有の禁止,最悪の場

合には,動物の没収および必要ならばいわゆる殺害である。

これら州の危険犬法及び危険犬命令の法規制の他に,危険犬の国内への搬入

及び輸入の制限に関する連邦法 (2001年 4月 12日の犬の搬入及び輸入制限法)

(64) Feddersen/Siegmund [2013] S. 88ff.

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

2条 1項 l文により, ビットプルテリア,アメリカンシュタフォードシレテリ

ア, シュタフォードシレプルテリア,ブルテリアの 4種類の犬並びにそれらの

交配犬は国内への輸入または持ち込んではいけない(65) とされた。

2 州の犬法等の状況

代表的な四つの州の危険犬に関する犬法等の状況について述べよう。

ハンブルク犬法 (2006年)によれば,行動モデルのほかに前記 4種類の犬

とその交配犬については,反証の余地のない危険性の推定を伴う種のリストが

適用される。

バイエルン州刑法及び命令法並びに増大する攻撃性及び危険性を伴う犬命令

(2002年)に甚づき, 5種類の犬については闘犬としての性質が反証の余地な

く推定される。さらに 14種類の犬については,鑑定(本性テスト)により推

定の反証が可能である。闘犬の保有は許可を必要とする。許可要件としては,

とりわけ保有者に対する信頼性が求められる。

これらに対して,ニーダーザクセンの犬法 (2002年)によれば,犬種リス

トはない。もっぱら行動モデルが大事である。すなわち,公共の安全について

の危険が犬によるという疑いのある場合には,行政により,犬が危険であると

いうことが確認される。バーデンビュルテムベルクの危険犬の保有に関する警

察命令 (2000年)は,行動モデルの他に,反証可能な種に特有の危険性を知っ

ており, 3つの種類の犬とそれらの交配犬の場合,闘犬としての性質が反証可

能なものとして推定される (66) とする。

3 危険犬法と憲法訴訟

このようにほとんどの州は危険犬の防御に努めている。こうした急激な法規

制の締付けに対して危険犬の所有者は. 2001年 4月 12日の危険犬撲滅法

(Gesetz zur Bekampfung gefahrlicher Hunde) が, ピットプルテリア,ア

(65) Hirt/Maisack/Moritz [2016] Einf. TierSchHundeV, Rn. 3.

(66) Hirt/Maisack/Moritz [2016] Einf. TierSchHundeV, Rn. 4.

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法科大学院論集第 21号

メリカンシュタフォードシレテリア等の犬種並びにそれらの異種交配の輸入お

よび繁殖を禁止し,刑法典の中にこれに関する刑罰規定を導入したのは,基本

法に反するとの訴えを提起した。 2004年 3月 16日の連邦憲法裁判所の判決

(NJW 2004, 2008) は,繁殖禁止および刑罰規定を無効とした。すなわち,

2001年 5月2日の犬保護命令 11条,それと結びつく 2001年 4月 12日改正の

動物保護法 llb条 2項 a2, 2001年 4月 12日の法律により導入された刑法

143条 l項は,基本法 12条 1項及び 14条 1項と相いれず,無効であると判示

したのである。その結果, これらの規定は削除された (67)。

犬保護命令 11条(前掲注(63)参照)は 2006年 4月19日の法律により廃止

された。同条は,犬に関する攻撃性の増大の概念を定めており,特定の犬種に

関する攻撃性の増大についての法律上の推定をもたらすものであった。

4 犬種リストの問題性

“犬種リスト"を唯一廃止したニーダーザクセンの動きを支持するシークム

ントの見解を紹介しよう(邸)。

2000年の夏に,監視されずに自由に歩き回っている 2頭のシュタフォード

シレー犬が,ハンブルクの学校の校庭でボール遊びをしていた 6オの子の頭を

激しく噛んで死なせてしまった。この 2頭の犬とそれらの飼主はその事件より

前からすでに目立っていた。というのは, この二人の飼主は,犬が逃げ出す危

険のないように収容し,厳密に引き綱と口輪をして連れ歩くという指示された

安全造守事項に従っていなかったからである。

この事件や他の恐ろしい事件から受けた印象によって,すべての州では急い

で新しい法律が公布された。この新しい法律のほとんどは,特定の犬の種類を

危険であると表明するという規制によって, さらに一段と厳しくされていった。

ある種の犬の攻撃態勢は,統計学的にみても,種類,背峰の高さまたは体重を

根拠とできないにもかかわらず,ほとんどすべての州が,政治的な動機による

(67) Tierschutzrecht, 3. Aufl. (2014), Beck-Texte, Einfiihning, S. 14. (68) Feddersen/Siegmu~d [2013] S. 88ff ..

-JOO-

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

“犬種リスト”の助けにより危険防御の促進を試みた。

2013年時点では,一つの州を除くすべての州が,いわゆる危険犬リストを

取り扱っているが,唯一,ニーダーザクセン州だけは,犬種または犬のタイプ

の所属に左右されずに,個別的に危険であると注意を引く犬を規制する法規定

に戻った。

専門的知識があり,かつそれを証明すること,犬にマイクロチップを埋める

こと,犬保有者責任保険に入っていることを犬の飼主に要求するような意義の

ある義務が,現在,ほとんどの場合,非常に多様な犬種,タイプおよび大きさ

の犬の保有者に求められている。ある生まれつきの個体の外観からその性格の

特徴をきちんと推論できるというこれまで続いてきた考えは,専門的な観点か

らは間違っていると言えよう。犬の世界においても,品位を落とし,適切でな

い犬種リストを廃止すべき時がついにやってきたのであろう。ニーダーザクセ

ンのように犬種リストの代わりに専門的知識が,すべての人とすべての犬の保

護と安全を本当に高めることができるであろう。

強力で致命的な犬の攻撃に関するより正確な研究は,危険犬法が間違って進

展してきた理由を確定することができ,専門的に有益なヒントを提供するであ

ろう,と述ぺて締めくくっている。

ここでは,危険犬法が制定されたきっかけの事件,“犬種リスト"の問題性

とその廃止,危険犬法の問題点が述べられている。

なお,フランスでもピットブルをはじめとする危険犬が急増し,その対策と

して「危険動物,徘徊動物および動物保護法に関する 1996年 1月6日の法律

99-5号」が成立した (69)O

四 市町村レベルでの法規制―犬税を中心に

さまざまな市町村の命令,条例および秩序の法規制に基づき,犬を,原則と

して子供の遊び場,学校および公的建物に一緒に連れて行ってはいけないとさ

(69) 詳細は,青木人志 [1999b]17頁以下参照。

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法科大学院論集第 21号

れる。また,景観保護地区や自然保護地区では引き綱をして連れ歩かなければ

ならず,たいていの場合,そういった法状況の所では標識板が注意を喚起して

いる。

犬の保有者は,犬のふんを公共の場から取り除く義務がある。こういったご

みは,除去しなければならず,そうすることで,公共の福祉は侵害されないの

である。

ドイツでは飼主はどの犬についても,原則として納税義務がある。ただし,

救助犬や盲導犬は犬税を免除される。飼主は,地域管轄の税務署に届け出て,

犬税を支払う義務があり, この義務を守らなければ脱税とされる。犬税

(Hundesteuer) は,地域的な奢修税(=ぜいた<税)に属する。犬税は,使

用目的が決まっておらず, したがって反対給付のない租税である。その額は市

町村が決める。このぜいた<税の額でもって,市町村はその地域の犬の頭数と

種類に影響力を及ぽし,犬の頭数の制限に期待する。すなわち,犬税は多頭飼

育ほど高くなり,危険犬も高くなるのである。ロルツは犬を捨てるきっかけを

与える犬税について異論があるのは, もっともなことであると言う。連邦行政

裁判所は,犬の保有者への課税は,他の動物,とりわけ馬の保有者に課税され

ないという理由では平等原則(基本法 3条 l項)に反するものでないとした

(BVG VRspr. 1979, 9)。

犬の保有者は,公衆の中で目立つように犬が身に着けておくべき番号の付け

られた犬の鑑札を受け取る。それにより犬の保有者は,犬の税金に関する届け

出がなされたということをいつでも証明することができる。市町村からの受託

者は,鑑札を調査する権限がある (70)。

2015年のデュッセルドルフの例では,まずインターネットで登録する。小

型犬は 1頭の場合には年間 96ユーロ, 2頭で 120ユーロ, 3頭では 180ユーロ

(70) Lorz [1992] S. 12f .. 犬の保有者が社会的弱者である場合や動物保護施設から取

得した場合に,犬税の軽減が認められるかどうかは官庁の裁量に任せられている

(Markmann [2003] S. 136f ..)。 Feqder~en/Siegmund [2013] S. 90ff.; Amo [2016]

S. 72. 犬税については Lorz[1992] S. 125ff. 参照。

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と1頭あたりの税額が高くなり,それを払うと市から鑑札が送られてくる。危

険犬またはその交配犬の場合は,犬税は 1頭あたり 600ユーロ, 2頭では 1頭

あたり 900ユーロとなる。散歩に行くときには鑑札を付けておかなければなら

なし'o

五 EUレベルにおける法規制―EU指令と決定(71)

EUは, 2004年に国境を越える動物を連れた旅行者の往来に際して,全権を

委任された獣医によって発行される EU家庭動物(ペット)証明書 (EU-

Heim tier a usweis) において,少なくとも二つの事項が証明されなければなら

ないことを確定した。

第一に,犬には永続的な電子のマイクロチップによって個体識別記号を装着

しなければならない。

いくつかの国については, 2011年 7月 3日時点においても,すでになされ

ている明確に認識できる入れ墨は,今後も明白な身元確定に十分である。もっ

とも,マイクロチップの埋め込みは,入れ墨と違ってちょっとした痛みがある

だけであって, 15ケタのチップナンバーは,取り違えようがなく変更不可能

であり,一般に使われている読み取り装置によって外国でも読み取りができる

のに対して,入れ墨は年月が経つにつれ読むことができにくくなるとして,マ

イクロチップの優位性を述べている。

第二に,犬は国境通過に際して,有効な狂犬病予防接種を受けていなければ

ならない。予防接種は,個体識別記号装着と同時に,またはその後に受けなけ

ればならない。

その他に,いくつかの国は追加として獣医が犬に対してサナダムシの治療を

したことの証明を要求する。

特定の第三国からのドイツヘの再入国については,その前に,接種による十

分な病気予防が存在するかどうかが示される血液中の狂犬病滴定濃度

(71) Feddersen/Siegmund [2013] S. 9lff ..

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(Toll wut-Impftiter)を公認の検査室で検査しておくことが必要である。

六 公的および私的な法規制

公的または私的な領域で適用される規定がある。すなわち,人の出入口の所

では,犬の出入りを制限する旨の標識が注意を喚起していることがよくある。

例えば,食料品店には「犬は外にいなければならない。」という標識である。

公的交通機関の規定も同じく注意を払うべきである。 ドイツ鉄道の運送条件

は,ほかにもいろいろあるが,とくに,飼い猫の大きさまでの小型犬は,手荷

物のように閉じられたケージの中に入れなければならないと定めていることが

注目される。伝染病に罹っている犬は運ぶことができない (72)。

七 ドイツにおける野良犬の現状と動物保護施設

ドイツでは,野良犬は動物保護施設に収容され,新しい飼主を探して引き渡

されるシステムが整っており,回復不可能な病犬を除いて殺処分されることは

禁止されているが,他方,野良犬は狩猟法により射殺が認められている。その

現状をキルヒホフは, ヨーロッパの野良犬 (StraBenhunde) という書物の中

で次のように述べている (73)0

野良犬の群れは最後には悲惨な状況にある。 ドイツでも,私たちは,見やす

いように置かれた毒のえさのことをよく聞いているし,ハンターがペット動物

の野生化を口実に合法的にそれらを射殺するということは秘密にもされていな

い。概算では毎年,約 40万の猫と 6万 5,000の犬がハンターによって射殺さ

れている, と野良猫と野良犬の現状に言及する。

鎖による飼養 (6mの長さの歩ける装備が必要)および檻による飼養はまだ

許されている。動物に対する性的暴行があり,毎年,多数の動物が遺棄され,

それらの中には,簡単に薬殺される老犬も,やせ衰え,虐待された動物もいる。

犬をひどい関係のもとで繁殖し,飼養し,そして売却する多数のプリーダーが

(72) Feddersen/Siegmund [2013] S. 91. (73) Kirchhoff [2014] S. 156-158.

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

いる。安く純血種の犬を手に入れようとする人もいる,と。

ドイツにおいても, とても珍しいが営利事業の動物保護施設がある。その保

護施設は,外国の動物保護施設よりも悪い状態にあって,犬と猫は暖房の入っ

ていない粗末な小屋で暮らしていた。猫はウサギの檻の中に入れられ,分離さ

れていなかった。そして最も悪いことは,その動物保護施設が,腐敗を想定し

たくなかったけれとも,官庁の獣医により承認されていたことであった,と述

ペ,獣医への批判も展開している。

ほとんどの州においては,今もなお,ばかげた闘犬命令がある。その命令に

より犬の保有者の多くは莫大な税その他により不利益な扱いを受けている。ハ

ンブルクの大倉庫に何百という犬達が横に寝かせつけられたのが闘犬ヒステリー

の始まりである。犬達が本性テストの際に警察犬に吠えかかったからである。

今もまだ確定されたリスト犬を国家のために受け入れるペンションがある。動

物保護施設は,斡旋が難しい犬を無制限には受け入れることができないからで

ある。ペンションの経営者にとっては納税者の費用で簡単に稼ぐことができる。

動物の拾得者がその動物を動物保護施設に連れていこうとする前に,まず,

書面上の許可を手に入れるように要求する市町村がある。私は,小さな哺乳動

物を拾得動物として受け入れる教育上の施設を知っている。しかしこの施設は

動物の斡旋をインターネットで宣伝することができない。市町村は,遺棄され

る動物が増え,費用がかかることを心配する。

それでもやはりドイツでの状態は他の国と比較にならないのは確かである。

浮浪児が存在し,人間が犬のように暮らし,経済状況が急降下し,教育が国の

あらゆる所に届いていない諸国においては,我々のように動物とつきあうこと

を期待できない。

以上は,キルヒホフによるドイツに存在する犬のマイナス面の現状を告発し

たものである。

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法科大学院論集第 21号

III ドイツ・オーストリアにおける犬猫等のマイクロチップ装着義

務と狂犬病予防接種

検討視点

動愛法 7条 6項は,「動物の所有者は,その所有する動物が自己の所有に係

るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講

ずるように努めなければならない。」として,動物の所有者の明示を努力義務

とする。そして,附則 14条(74) によれば,国は,この法律の施行(平成 25年 9

月 1日)後 5年を目途として,販売の用に供せられる犬,猫等にマイクロチッ

プ(以下,「チップ」ともいう。)の装着を義務づけることに向けて検討を加え,

必要な処置を講ずることとしており,平成 30年の動愛法の改正に向けて,現

在,犬,猫等にマイクロチップの装着を義務づけるか否かが議論されている。

2017年度第 20回のペット法学会では, シンポジウムのテーマとして,「犬

の登録制度の各国比較」が取り上げられ, 日本,アメリカ, ドイツ,フランス

の状況(75) が報告され,私は「ドイツ・オーストリアにおける犬の登録制度」

の法状況を報告した。吉井教授の報告によれば, フランスでは 2012年 8月か

ら農業海洋漁業法典 L.212-10条により,犬・猫等に入れ墨またはマイクロチッ

プによる個体識別義務が課せられている。

以下は,私の報告を修正・加筆し,さらに狂犬病予防接種着義務の問題を追

加したものである。

検討内容は以下のとおりである。第一に, ドイツの動物保護法は,いかなる

(74) 附則(平成二四年九月五日法律第七九号)第 14条(マイクロチップの装着等)。

平成 22年には, H本獣医師会が「マイクロチップによる動物個体識別普及推進の

手引」を出しており,同会が一元化したデータ登録を行っている。

(75) 日本については則久雅司環境省動物愛護管理室長が「日本における人と犬の関わ

りの歴史と犬の登録制度と動物愛護」,アメリカについては長谷川貞之教授が「ア

メリカにおけるペット動物の飼育と登録制度について一犬のペット・ライセンス

登録制度を中心に一ー」, フランスは吉井啓子教授が「フランスにおける犬・猫の

登録制度について」を報告された。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

動物について個体識別記号の装着(マイクロチップ,入れ墨)義務を規定して

いるのか, とくにペットの犬・猫はその対象となっているのか。

第二に,マイクロチップとはどのようなものか。

第三に, ドイツ連邦の各州は,独自に犬に対するマイクロチップまたは入れ

墨の義務の有無について定めており, ドイツ連邦の統一的規定はないことから,

各州の識別記号装着はどのような状況にあるのかをみていきたい。

第四に,わが国では,犬の登録は,所在地の市町村の役所に申請し,鑑札を

受けることによってなされるが,それは狂犬病予防法に規定されており,そし

て犬の登録と狂犬病予防接種は飼主の義務である。他方, ドイツでは犬税の徴

収と鑑札の発行はすべての市町村で行われており,それにより登録がなされ

る(7鸞狂犬病予防接種は強く推奨されているが,フランスと同様に義務では

なく (EU間の移動には狂犬病予防接種済みの証明書が付けられたペットパス

ポートが必要なので,実際上は,予防接種をすることになる。),わが国と異な

り狂犬病予防法と犬の登録は関連づけられていない。

わが国では,毎年の狂犬病予防接種の義務化について,疑問が提起されてい

ることから,その議論の参考のためにドイツにおける狂犬病予防接種の状況に

ついて検討する。

第五に,オーストリアでは, 2008年 6月30日から施行された改正動物保護

法 24a条に基づき,犬についてのみマイクロチップとデータバンクヘの登録

が義務づけられたので,その内容を詳細に紹介する。なお,猫についてはマイ

クロチップの装着が推奨されているが,義務づけられていない。

(76) ハンブルクでは,ハンプルク犬法により,マイクロチップによる犬登録簿の届出

と犬税の届出がセットになっている。

―-107-

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法科大学院論集第 21号

ー ドイツにおける犬・猫の識別記号装着義務と登録制度

1 動物保護法における犬・猫の識別記号装着義務と登録に関する規定

(-) 2001年 4月 12日改正の動物保護法の規定

動物保護法 lla条 1項(77)は,脊椎動物を一定の目的のために繁殖し (ziichten),

保有し (halten), 又は取引する者の記録義務を定める。すなわち,同項は,

実験目的,臓器又は組織の摘出目的,教育研修又は継続教育の目的,製造,産

出,保存目的のために,並びに学術目的の殺害のために,脊椎動物を繁殖し,

保有し,又は取引をする者は,動物の取得経緯および所在に関して記録を作成

し,かつ, 3年間その記録を保管しなければならない,と規定する。

lla条 2項く78) は,同条 1項 l文の目的で譲渡または利用するために犬また

は猫の繁殖をする者に対して,当該動物が母親から離される前に,耐久性を有

(77) 【動物保護法第第 Ila条](記録作成義務,識別記号装着義務)

【第 1項】「脊椎動物を

1. 第 9条第 2項第 7号により実験目的のために,又は第 6条第 1項第 1文第

4号,第 10条第 1項,又は第 10a条に挙げた目的のために,並びに

2. 第4条第 3項によりそこに挙げた目的のために,繁殖し,保有し,又はそ

のような脊椎動物を取引する者は,動物の取得経緯及び所在に関して記録を作

成し,かつ, 3年間その記録を保管しなければならない。野生種の脊椎動物に

対して,,狩猟法又は自然保護法の規定に基づく相応する記録作成義務がある場

合には,この限りでない。」

(78) 【動物保護法第 lla条】

【第 2項】「第 1項第 1文に掲げる目的を持って譲渡又は利用するために犬又は猫

を繁殖する者は,当該動物が母親から離される前に,その個体識別を確認すること

ができるように耐久性を有する識別記号を装着しなければならない。猿,原猿類は

その社会集団から分離又は隔離した後に同様に耐久性を有する識別記号を装着しな

ければならない。識別記号を装着していない犬,猫,猿又は原猿類を第 1項第 1文

に挙げた目的を持って譲渡又は利用するために取得する者は,それらの目的のため

に繁殖された動物である旨の証明をし,かつ遅滞なく第 1文による識別記号を装着

しなければならない。;

【第 3項】「連邦省は,連邦参議院の同意を得た法規命令により,記録及び識別記

号の種類及び範囲に関する規定を定める権限を授与される。この場合,連邦省は,

他の法規命令に基づく記録が第 1文による記録として有効である旨を定めることが

できる。」

-108-

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

する識別記号装着を義務づけ,さらに,猿,原猿類にも社会集団から分離また

は隔離した後に識別記号装着を義務づける。

要するに, 2項 l文は実験,臓器・組織摘出,教育,製造・産出・保存の目

的で,譲渡または利用するために犬または猫の繁殖をする者に識別記号の装着

を義務づけているのである。同項 3文は,識別記号を装着していない犬または

猫等を同様の目的で取得した者にも識別記号の装着を義務づける。

ロルツは, lla条について次のように言う (;g)。犬や猫については,特別に規

制する必要性がある。なぜならば,実験目的のために利用されているこれらの

犬・猫の数が,実験目的のために繁殖されている動物の総数を,今なお上回っ

ているからである。猿および原猿類(キツネザル・メガネザルなど)は,犬や

猫と同等に扱われている。…識別記号装着の義務は,繁殖者がその動物自体を

利用または譲渡するつもりかどうかによる,と。

lla条 2項によれば,繁殖者が犬・猫を実験等の目的で利用または譲渡する

つもりがなければ識別記号装着の義務を負わないことになる。

(二) 2013年 8月7日改正の動物保護法の規定

(1) 2013年の動物保護法の改正により, 2001年法と対比して lla条は下線

部分が主に追加・変更・削除された。

【第 lla条】(記録作成義務 (Aufzeichn ungspflich t)及び識別記号装着

義務 (Kennzeichnungspflicht))

【第 1項】

「以下の各号に該当する者は,動物の取得経緯 (Herkunft)及び所在に

ついて,並びに犬,猫及び霊長類の場合は保有及び利用について,記録を

作成しなければならない。

(79) Lorz/Metzger [2008~S. 243. なお,動物の繁殖における生物化学技術に関する

民法の判断については, Merk[2013] S. 103ff. 参照。

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法科大学院論集第 21号

1. 第 11条第 1項第 1文第 1号により許可義務のある活動を行う者,又は

2. 第 6条第 1項第 2文第 4号に挙げた目的のために脊椎動物を繁殖し,

若しくは保有し,又は当該脊椎動物を取引する者。ただし,これに相応す

る記録作成義務が狩猟法または自然保護法の規定に基づいて存する場合に

は,この限りでない。」

【第 2項】

「連邦省は,連邦教育・研究省と合意の上,連邦参議院の同意を得た法

規命令 (Rechtsverordn ung) により,第 1項に基づく記録の種類,形式

及び範囲に関する規定を定める権限を授与される。この場合,以下の各号

について定めることができる。

1. 一定の日時での記録がなされなければならないこと

2. 記録が保管され,要請に応じて管轄官庁に提示されなければならない

三3. 記録又はその内容が第三者に引き渡され得ること

4. 他の法規に基づく記録は 1文による記録とすること。」

【第 3項】

「犬,猫又は霊長類を以下の各号に掲げる目的で繁殖をする者は,各動

物の個体識別 (Identi tat) を確認する目的で,当該動物に識別記号を付

けなければならない。

1. 動物実験で利用するよう決められている,又はその組織 (Gewebe)

若しくは臓器 (Organe)が学問上の目的で利用するよう決められている,

又は

2. 第 6条第 1項第 2文第 4号(80) に挙げた目的の一つに利用するよう決

(80) 第6条第 1項第 1文は,脊椎動物の肢体を切断し,臓器若しくは組織を取り出し,

又は損倍することの禁止を定め,第 2文は,以下の各号に定める場合はこの禁止規

定を適用しないと定める。そして第 2文第 4号は勺学問上の目的とは異なる目的で,

臓器若しくは組織を移植し,培養し,又は隔離した臓器,組織若しくは細胞を調査

するために,臓器又は組織の全部又は一部を取り出すことが必要な場合」と定める。

-110-

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼強とマイクロチップ装着義務に関する法規制

められている。 その他の識別記号装着義務は, これにより妨げられない。

連邦省は,連邦教育・研究省と合意の上,連邦参議院の同意を得た法規

命令により,以下の各号に定める事項に関する権限を授与される。

1. 第 1文に基づく識別記号装着の種類,方法及び時期に関する規定を定

めること, この場合,これが当局の監視の下で行われなければならないこ

とを定めること,及び

2. 第 1文第 1号若しくは第 2号に挙げた目的で,犬,猫又は霊長類を取

得する場合,取得者は第 1文に基づく識別記号装着の義務を負うこと,及

び前述の目的のために繁殖する動物に関わっている旨を証明しなければな

らないことを規定すること。j

簡潔に上記の動物保護法 Ila条を説明すると.同条 1項は,動物の取得経

緯・所在並びに犬,猫及び霊長類の保有•利用に関する記録作成義務を定める。

2項は,辿邦省は,法規命令により記録の種類,形式および範囲に関する規定

を定める権限を授与される.とする。 3項は,動物実験等で利用するために犬・

猫・霊長類の繁殖をする者は,識別記号の装着義務を負うと定める。

(2) 2013年法の 2001年法との違いは.猿,原猿類は一括して霊長類と規定

したこと, 2001年法の lla条 2項では「当該動物が母親から引き離される前

に」「耐久性を有する」識別記号を付けなければならないとしていたが, 2013

年法では改正前 2項が lla条 3項に移り, さらに改正前 2項の上記カッコ部

分が削除されたこと,「猿.原猿類はその社会集団から分離又は隔離した後に」

の文言も, 2013年法で削除されたことである。

イエーガ(81) によると,動物の個体識別記号装着義務は, 2013年法のlla条 3

項に基づき,動物実験用の犬,猫または霊長類について存する。現在ではマイ

クロチップが個体識別記号に使われている。もっとも,連邦政府は,これまで,

(81) Jager [2015] S. 70.

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法科大学院論集第 21号

「動物実験等に利用される動物保護命令」 9条(82) を除いて,識別記号装着義務

について, さらなる具体的な提案を示してはいない, と言う。

結局,動物保護法 lla条 3項は,犬,猫,霊長類についての識別記号装着

義務について,動物実験等で利用されるこれらの動物の繁殖者または取得者に

限定しており,個人飼養のペットである犬・猫や動物保護施設の犬・猫には義

務づけていない。

2 マイクロチップ装着義務の是非について

前述したように動物保護法 lla条 3項が定める動物実験等で利用する犬,

猫または霊長類を繁殖する者または, これらの動物を取得する者の個体識別記

号装着義務については, 2001年の動物保護法 lla条 2項では耐久性を有する

ものの装着が明文化されていたが, 2013年法では耐久性の文言は削除された。

現在では入れ墨に代わってマイクロチップのほうが多く使われているからであ.

ろう。

そこで,以下では, ドイツにおけるマイクロチップ装着義務の是非について,

動物実験の対象とされない個人飼養のペットである犬・猫について,どのよう

(82) 実験目的又は他の学術目的のために利用される動物保護命令 (Verordnungzum

Schutz von zu Versuchszwecken oder zu anderen wissenschaftlichen Zwecken

verwendeten Tieren) (2013年 8月1日法律)

【第 9条] 犬,猫及び霊長類の識別記号装着

【第 1項】 「動物実験で利用するよう決められている,又は学術上の目的でその

組織若しくは臓器を利用するよう決められている犬,猫又は霊長類を繁殖する者

は,各動物が実験目的に適し,かつ,各動物について最も少ない痛み,苦しみ及

び危害を引き起こす方法を利用する時点までに遅くとも,その個体識別を確認す

ることのできる耐久性のある識別記号を装着しなければならない。」

【第 2項】 「第 1項 1文に掲げる目的で引渡し又は利用するために,識別記号の

装着されていない犬,猫又は霊長類を取得する者は, 1項に基づく識別記号の装

着をただちに行い,管轄官庁の要請に応じてそのような目的のために繁殖する動

物に関わっていることを証明しなければならない。」

【第 3項】 「第 1項又は第 2項に基づき動物に識別記号を装着しなければならな

い者は,識別記号を装着した動物の記録簿を種類, B付及び識別記号の装着に従

い管理し,これを要請に応じて管轄官庁に提示しなければならない。」

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼狼とマイクロチップ装着義務に関する法規制

な状況にあるかをみていきたい。

(一) マイクロチップについて

ドイツでは以下のように記述されている⑱)。

(1) チップには何が記録されているのか

チップは直径 2ミリ,長さ 12ミリの円筒形の形をしており,それには 15桁

の番号だけが含まれている。この番号には,犬の生まれた国 (3桁),動物コー

ド (2桁),チップの製造メーカー (2桁)および犬の個体識別を確認する番号

(8桁)が含まれている。

国際標準規格である ISOマイクロチップにより個体識別記号を装着するこ

とが,いくつかの州では犬の年令,大きさや種類に応じて義務となっており,

それにより国内および国外において確実に動物の個体識別を確認することがで

きる。

(2) どのようにしてチップは挿入されるのか

チップは専門家である獣医によってのみ挿入されるべきであろう。チップは

注射器によって皮膚の下に挿入される。この侵害が動物を傷つけるかもしれな

いと想像し,保有者はチップにしり込みすることがよくあるが, この懸念は通

常は根拠のないものである。チップは,めったにないことであるが,動くこと

があるものの,チップの挿入は,通常の予防接種の負担と同じようなものであ

る。

(3) チップは登録しなければならない

チップは登録をしなければ,何ももたらさないことを多くの保有者は忘れて

いる。三つの登録簿 (IFTA(費用負担の義務がある), TASSOe.V. (無料),

ドイツ動物保護連盟(無料))のうち好きな所に登録することができる。

(83) https://www.petfindu.com/de/blog/chip-bei-hunden-notwendig-pflicht-…;

Amo/Jones-Baade/Mahnke [2016] S. 56.

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法科大学院論集第 21号

(4) どのようにしてチップの番号を読み取ることができるか

逃げた犬の場合には,番号を簡単に読み取ることができない。特別の読み取

り機は,費用を理由に獣医や動物保護施設,大都市の消防署にだけ置かれてい

るからである。

通行人が逃げた犬を発見した場合,開いている時間に動物保護施設や獣医を

訪れなければならない。それゆえ,発見者が保有者を簡単に見つけられるため

には,チップよりも住所の名札のほうがよいかもしれない。

結論としては,犬のチップ義務を定めていない州に住んでいても,チップを

挿入し,かつ必ず登録すること,さらに住所の名札も付けることを勧める,と

述べている。

(二) 各州 (16州)における犬の識別記号装着義務の状況

(1) ドイツ各州においては, どのような犬について,保有者は入れ墨,ある

いはチップの装着義務を負うとされているのかを見ていこう。

2016年 11月にインターネットで調べたところによると (B<l, 各州によって犬

の識別記号装着義務が異なっており,どの州も犬の識別記号の装着について,

犬法または自身のガイドラインを有している。

(2) 各州における犬のチップ義務 (Chip-Pflicht) と入れ墨義務の有無の

状況

① バーデン・ヴュルテムベルク (Baden-Wtirttem berg)

犬の入れ墨のみが義務である。当局により危険と分類された犬の保有者は,

危険犬の保有についての許可を申請する前にチップを装着しなければならない。

② バイエルン (Bayern)

犬の入れ墨のみが義務である。

③ ブランデンプルク (Brandenburg)

危険と登録されたすべての犬,少なくとも 40センチの背峰のある犬,また

(84) https:/ /www.petfindu.com/de/blog/chip-bei-hunden-notwendig-pflicht-...

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は20キロ以上の重さのある犬についてチップの装着義務を負う。

④ プレーメン (Bremen)

危険犬として分類された場合,または生後 6か月以上の犬にはチップを入れ

なければならなし'o

⑤ ハンブルク (Hamburg)

生後 3か月以上の犬のチップ義務が広く行き渡っている。緊急の医療上の理

由がある場合には,当局による例外的なチップ不要の許可が与えられる。

⑥ ヘッセン (Hessen)

危険犬とみなされた場合には,獣医によってチップが装着されなければなら

なし'o

⑦ メクレンプルク・フォポムメルン (Mecklenburg-Vorpommern)

チップ義務は,危険な犬種についてのみ存するが,人れ墨による飼育登録簿

番号も選択できる。

⑧ ニーダザクセン (Niedersachsen)

生後 6か月以上の犬は,チップで識別記号を装着しなければならない。

⑨ ノルトライン・ヴェストファーレン (Nordrhein-Westfalen)

州の犬法に基づき当局により危険と分類された犬種はチップを装着しなけれ

ばならなしヽ 。

⑩ ラインラント・プファルツ (Rheinland-Pfalz)

犬の識別記号の装着は,犬が州当局により危険と分類された場合にのみ行わ

なければならない,

⑪ ザールラント (Saarland)

チップの義務は,この州でも危険犬として分類された動物についてのみ存する。

⑫ ザクセン (Sachsen)

ザクセンは,チップも入れ墨も義務でない唯一の州である。

⑬ ザクセン・アンハルト (Sachsen-Anhalt)

犬が危険と分類された場合,または生後 6か月以上の場合,獣医によりチッ

プが挿入されなければならない。 2009年 3月 1日以前に生まれた犬は例外と

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法科大学院論集第 21号

される。

⑭ シュレスヴィヒーホルスタイン (Schleswig-Holstein)

当局が危険犬として分類した犬は,例外なくチップを挿入しなければならな

い。その際に,挿入が獣医によってされる必要はないが,推奨される。

⑮ チ ューリノケノ (Thilringen)

この州では,すべての犬についてチップ義務が存し,獣医によることが強制

される。

⑯ ベルリン (Berlin)

すべての犬はチップ義務を負う。

(3) 以上が, 16州における犬の識別記号装着義務の状況である。多くの州

は,チップの装着を当局によって危険と分類された犬種や,一定の年齢または

一定の大きさを超えた犬について要求している。要約すると,すべての犬に入

れ墨のみを義務づけているのは① (すべての犬に入れ墨,危険犬にはチップを

義務づけているため, この州のみ重なって数がカウントされることに注意され

たい。),②の 2州,すべての犬にチップを義務づけているのは④(生後 6か月

以上),⑤(生後 3か月以上),⑧(生後 6か月以上),⑬(生後 6か月以上),⑮,

⑯の 6州,危険犬にのみチップを義務づけているのは①,③,⑥,⑦, ⑨,⑩,

⑪,⑭の 8州,チップも入れ墨も義務づけていないのは⑫の 1州である。

危険犬にのみチップの義務づけを要求するのは 8州,すぺての犬に入れ墨

(2州)かチップ (6州)を要求するのは 8州であり,ザクセン州のように何も

義務づけていないのは 1州だけである。以上の現状をみると, ドイツではすべ

ての犬のチップの装着義務は全州の 8分の 3の 6州しかなく,入れ墨を含めた

識別記号装着義務は全州の 2分の 1の8州ということになる c

(三) ハンプルクにおける犬のマイクロチップ義務と登録(85)

ハンプルク犬法に基づき,すべての犬の保有者は, その犬を犬登録簿

(85) http:/ /www.hamburg.de/anmeldung/

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

(Hunderegister) に届け出なければならない。届出の要件は,責任保険およ

び犬に装着した偽造不可能なマイクロチップである。

犬登録簿の届出は,同時に犬税の届出でもある。犬税の軽減または免除を望

む場合だけは,犬税を扱う税務署に相談しなければならない。

(四) ザールラント州における犬・猫の識別記号装着と登録に関する議論(86)

(1) ザールラント州では,チップの義務は,危険犬についてのみ存するが,

連邦による統一的識別記号装着及び登録を定めるべきであるということが州議

会で議論されている。他の州議会でもそのような議論をするところもあるが,

以下ではザールラントの州議会の状況について紹介しよう。

犬・猫の識別記号装着と登録を法律上義務づけるか否かは,犬・猫の動物保

護における中心的テーマである。それゆえ,何年も前から, TASSOやドイツ

動物保護連盟のようなチップ装着の犬・猫等の登録を行っている機関や連盟は,

連邦統一の識別記号装着を要求している。

ザールラント州議会は, 2014年夏に,犬・猫の連邦統一の識別記号装着お

よび登録について,連邦参議院の主導権で始めるように全員一致の決議をした。

2015年 4月 15日に,連邦レベルの専門家のシンポジウムが開催された。こ

のシンポジウムの成果としては,法律上義務づける識別記号装着と登録は,す

べての関与者, とくに動物,動物保護協会,動物保護施設,市町村,州および

動物保有者にとって, もっぱら利点だけをもたらすであろうということが,専

門家の全員一致の意見として確認されたことである。犬・猫の連邦の統一的識

別記号装着と登録に代わる方法はないということが,明らかになったのである。

(2) ザールラント州議会は,以下のような識別記号装着と登録の利点を挙げ

ている。

① 識別記号装着により動物を多くの苦しみから免れさせるという動物保護

(86) http://www.saarland-tierschutz.de/Kennzeichnung-und-Registrierung-v ...

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法科大学院論集第 21号

の意味がある。

② 行方不明となった動物はより早くその保有者に返還される。

③ 動物保有者は,行方不明となった動物の返遠に関してより大きな安心を

得ることができる。

④ 引き渡された動物は配慮の行きとどいた世話がなされる。

⑤ 動物はめったに捨てられることはない。なぜならば,識別記号の付けら

れている動物の所有権をたどることができるからである。

⑥ 発見動物の動物保護施設での短い滞在時間によって動物保護が促進され

る。

⑦ 発見動物に関して生じる費用を当局や動物保護施設は保有者に請求でき

る。

⑧ 受け入れて世話をする動物保護施設の専門家の負担を軽くする。

⑨ 動物保護団体および動物保護施設の費用負担が軽くなる。

⑩ 警察署等の職員や財政の負担がかなり軽くなる。

⑪ 市町村の動物保護施設の維持費用が減少する。

⑫ 当局によるペットの把握が改善される。

⑬ ペットの領域における動物飼育活動の把握と監督が改善される。

⑭ 動物保護施設または保有者から引き渡されるペットのコントロールおよ

びその追跡が改善される。

(五) ドイツ動物保護連盟への登録

ドイツ動物保護連盟は, ヨーロッパ最大の動物保護連盟であり,そこにマイ

クロチップを装着した犬,猫等を無料で登録できる。登録により迷子になった

場合の犬,猫等の捜索が簡単になることから,・多くの飼主が同連盟に登録して

tヽる。

現在, ドイツだけでも,毎年, 30万頭以上の動物が逃げて行方不明になっ

ている。動物保護連盟等の民間組織は,とくに犬について,できる限り保有者

の所に戻すための活動をしており,そのためネットによる登録を促進し,ペッ

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ト保有者,逃げた犬および犬が消えた場所付近の協力者との間をネットで繋ぐ

サービスを提供している。

3 EUペットバスポート

2004年に犬・猫等の EUペットパスポート(家庭動物証明書) (EU-

Heimtierausweis)制度ができ, EU圏内を旅行する場合に,それを携帯しな

ければならなくなった。

このパスポートを取得するためには,取り違えようのないマイクロチップの

装着および獣医師による狂犬病予防接種等の証明書が必要である。その結果と

して,マイクロチップを装着する犬,猫が増加し,後述するように,狂犬病予

防接種をする犬が増加している。

4 狂犬病予防法と登録

(一) わが国の狂犬病予防法と登録の関係

わが国では,犬を飼う際に,狂犬病予防法 4条に基づき,犬を取得した日

(生後 90日以内の犬を取得した場合には,生後 90日を経過した日)から 30日

以内に,その犬の所在地を管轄する市区町村長に犬の登録を申請し,鑑札の交

付を受け,飼主はその鑑札をその犬に付けておくこと,死亡した場合には 30

日以内に届け出ること,これに違反すると罰金刑に処せられることがある(狂

犬病予防法 27条 1項)。そして,犬の所有者は,毎年 1回,狂犬病の予防注射

を受け,注射済票をその犬に付けなければならず,違反すると罰金刑に処せら

れることがある(同法 27条 2項) (87)。

このようにわが国では,狂犬病予防法と犬の登録が結び付けられており,登

録と狂犬病予防接種は飼主の義務である。

(87) 渋谷=佐藤=杉村 [2007]36頁以下, 208頁以下,青木人志 [2009]106頁以下

参照。わが国の現状にあった狂犬病対策について検討したものとして,山田章雄

[2014] 1頁以下参照。

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法科大学院論集第 21号

(二) ドイツの狂犬病予防法と登録の関係

他方, ドイツでは,狂犬病予防法は犬の登録と結び付けられて,予防接種が

義務とされているのかをみていきたい。

予防接種とその必要性および頻度の問題は,犬の飼主の間では好まれる話題

の一つである。犬への予防接種は,狂犬病 (Tollwut), パルボウイルス

(Parvovirose), ジステンパー (Staupe), レプトスピラ症 (Leptospirose)

等の病気に対するものである。狂犬病は,人にも感染しうる伝染病である。狂

犬病に感染した動物の唾液が,例えば噛むことによって血管網に入ったならば

うつされることになる。狂犬病の予防注射は,外国旅行に際しては規則として

定められている。犬の予防接種は,動物自身だけでなく,この動物と関わって

いる人をも保護するものである (88)' とされる。

クーネ (89) によれば,定期的な毎年の予防接種は,犬を狂犬病等の致命的な

発病から守る。狂犬病は, ドイツでは繰り返し発生し,動物原性感染症

(Zoonose) として,あなたやあなたの家族にとって致命的な危険となる。犬

をドイツから国外へ旅行に連れて行きたい場合には,旅行先の国ではどのよう

な予防接種(寄生虫駆除治療 (Wurmkuren) も)が定められているかの情報

を入手すぺきである。いくつかの国では狂犬病の予防注射による病気予防の確

認のために,血清中和抗体価の測定 (Bluttiterbestimmung) さえも要求す

るので,旅行前にそのことにも気を配るぺきであると言う。

ある獣医師によると, どの犬についても狂犬病予防接種を義務がないにもか

かわらず勧めなければならない。狂犬病は人間についても致命的な病気である。

法的には,狂犬病の疑いのある場合においても,接種されていれば,即座には殺

害されない(90)' と述べて予防接種を強く勧めている。

(88) Feddersen [2013] S. 28. (89) Feddersen/Kuhne [2013] S. 77. (90) Amo/Jones-Baade/Mahnke [2016] S. 57.

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼投とマイクロチップ装焙義務に関する法規制

(三) 狂犬病保護命令 (Verordnungzum Schutz gegen die Tollwut)

(Tollwut-Verordnung)

狂犬病保護命令は, 1991年 5月23日に認証’いされ,2014年 12月29日にも

改正されている。 5章(概念規定,保護処分.最終規定.施行等)から成る。 l

条 1項は狂犬病の発生, 2項は狂犬病の発生の疑いについて定めている。同条

3項は,狂犬病の予防注射が犬および猫について有効なワクチン接種による予

防となるためには,生後 12週までの子犬および子猫に第一回目の予防注射が

なされたこと (3項 a), ワクチン製造者が知らせた再予防注射期間内に再予

防注射がなされたこと (3項 b) であると定める。同条 4項は,狂犬病を広げ

うる狂犬病にかかりやすい野生動物,とくにアライグマ, タヌキ, コウモリに

ついて定める。 2条 3項は狂犬病の疑いのある動物を治療する試みを禁止する。

狂犬病保護命令については,獣医師による次のような説明がある ;91)。ある

犬が,狂犬病を疑われているか,または狂犬病にかかったものとの接触を持っ

た場合,その犬が有効なワクチン接種予防の証明書を持っていない限り,その

犬を即座に殺さなければならない。この殺害義務には,特別の例外があり,予

防接種をしていた犬は当局によって観察され,再度の予防接種を受けなければ

ならない。このように狂犬病撲滅のための方策は,狂犬病が人間にとってもつ

ねに命とりとなるので思い切ったものとなる。したがって,犬に定期的に狂犬

病予防接種を受けさせることが緊急に必要となる。証明できる有効な接種によ

る予防とは,次の場合である。例えば,反復的予防接種を 3年の期間内にする

ことをワクチン製造者が告げたときにその間隔でなされた場合には,予防接種

された犬は,信頼でき服従する人に同行されるときだけ,狂犬病の危険地域を

自由に歩き回ってよい。

以上のことから,狂犬病予防接種は犬だけでなく猫も対象とするが,予防接

(91) 認証 (Ausfertigung) とは.公布すぺき成文法令を署名によって確定する行為

のことである。法令に付せられる日付は認証の日付である(山田晟『ドイツ法律用

語辞典(改訂増補版)」 (1993年) 54頁)。

(92) Amo/Jones-Baade/Mahnke C2016] S. 68.

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法科大学院論集第 21号

種の義務はない。もっとも,犬・猫を連れて EU圏内を旅行する場合には,ペッ

トパスポートを有していなければならず,それには狂犬病予防注射済みの証明

が必要であることから,ペットパスポート取得の範囲では狂犬病予防接種が義

務づけられていると言えよう。また,狂犬病保護命令には犬・猫の登録は規定

されておらず,わが国のような結び付きはない。

結局,わが国において狂犬病予防接種義務を存続させるべきであるが,毎年

接種が必要かは再考の余地があると考える。

三 オーストリアにおける犬・猫のマイクロチップ装着義務と登録制度

1 動物保護法の改正によるマイクロチップと登録の義務化

オーストリアでは,動物保護法(93)が改正され, 2008年 6月30日から動物

保護法 24a条に基づき,オーストリアにおけるすべての犬(オーストリアに

運び込まれる犬も)の保有者は,犬にマイクロチップにより識別記号を付け,

ペット (Heimtier) データバンクに保有者とペットのデータを登録すること

が義務づけられた。

そして,まだマイクロチップを装着していない犬は, 2009年 12月31日ま

でにマイクロチップにより識別記号を付けてデータバンクに登録しなければな

らないとされた。

以下では,マイクロチップと登録の義務化の具体的な内容について,動物保

護法の規定により説明する。

(一) マイクロチップと登録の義務化の目的(動物保護法 24a条第 1項)

【動物保護法第 24a条第 1項】

「保健衛生連邦大臣は,逃げた (entlaufene) 犬,外に放たれた

(ausgesetzte)犬又は遺棄された犬 (zurtickgelasseneHunde) をその

(93) オーストリアの 1998年時点での動物保護法およびその関連法規については,青

木人志 [2001]19頁以下が詳細に論じている。

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

保有者 (Halter)に送還する目的のために,本条 2項に掲げられたデータ

の登録と管理に関して超地域的な共同作業の意味で州の包括的データバン

ク (landeriibergreifende Da ten bank)を自由に利用させる。保有者は,

この目的のために存在する電子登録簿 (elektronischeRegister)を利用

することができる。」

盗まれた犬でさえマイクロチップと登録のおかげで,簡単に犬の個体識別を

確認でき,元の所有者に戻すことができる。飼犬を再び飼主のところに連れて

くることができるというのが,本条 1項の重要な目的である。

(二) マイクロチップの装着時期と方法(動物保護法第 24a条第 3項)

オーストリア連邦の領域に保有されているすべての犬は,保有者の費用で獣

医により数字で符号化された電子で読み取ることができるマイクロチップによ

る識別記号を装着しなければならない(動物保護法 24a条 3項)。

子犬は,最初の譲渡前の,遅くとも生後 3か月までに,マイクロチップによ

り識別記号を付け(動物保護法 24a条 3項),装着後 lか月以内にデータバン

クに登録しなければならない(動物保護法 24a条 4項)。

このように 24a条 3項に基づき,保有者は生後 3か月までに子犬にマイク

ロチップの装着が義務づけられる。

マイクロチップの装着は,犬にとってほとんど感じとれないほどの小さな手

術(侵害)であり,犬の内耳に識別記号を付ける入れ墨よりはるかに無害であ

る。マイクロチップは獣医により注射針で首の左側面の皮府の下に埋め込まれる。

いずれのマイクロチップも世界中で一回限り与えられる 15桁のコードを含

んでいる。

データバンクにはいろいろな保有者のデータが入力されるので,データ保護

の理由により,権限を与えられた人だけが, 15桁のコードと保有者およびペッ

トに関するデータを呼び出すことができる。

チップは,犬の皮膚の下で移動し,年月の経過により故障することもありう

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法科大学院論集第 21号

る。その結果,いざという場合に,保有者を見つけ出すことができないことも

ある。これは行方不明の犬にとって二度と家に帰れないことを意味する。

(三) 伝統的な識別記号装着方法の入れ墨と比較した場合のマイクロチップ

の利点と欠点圏)

オーストリアでは,伝統的な識別記号である入れ墨とマイクロチップが比較

され,チップの利点のみが強調されて欠点はほとんど指摘されない。利点と欠

点は次のようである。

[利点]

・チップの体内への埋め込みは苦痛を与えず,動物保護にふさわしい。

・チップのコード (15桁)は世界中でたった一度だけ与えられる。

・チップは偽造不可能である。また,チップを偽造する費用はあまりにも高

く,偽造費用は詐欺の利益を超えるであろう。これに対して,入れ墨は簡

単に偽造することができる。

・チップは外部から不正に操作することができない。

・チップは読み取り装置によって正確に読み取ることができる。他方,入れ

墨は時間の経過により薄くなることもあり,それゆえ個体識別の確認には

適切でなくなる。

・チップは読み取るために,犬に触る必要はない。

・データバンクの登録により,逃げた犬の保有者をいち早く見つけ出すこと

ができ,またその動物は動物保護施設での長期収容を免れる。

[欠点]

・チップは,外部から見えず,読み取り装置を使ってしか読み取ることがで

きない。

(94) Tierklinik wiener l¥"eustadt.

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

2 犬の登録内容・登録方法

(一) 登録すべきデータ(動物保護法第 24a条第 2項)

届出により登録しなければならないデータは,保有者に関するデータとペッ

トに関するデータである。

(1) 保有者に関するデータ(動物保護法第 24a条第 2項 1号)

a)名前, b)写真付き公的身分証明書の番号, c)住所, d)連絡データ,

e)生年月日, f)保有の開始日, g)譲渡日と新保有者(名前と写真付き公的身分

証明書の番号)またはペットの死亡日。

(2) ペットに関するデータ(動物保護法第 24a条第 2項 2号)

a)種類, b)性別, c)生年月日(少なくとも生年), d)識別記号装着番号(マ

イクロチップ番号), e)獣医学上の理由により身体部分への手術がなされた犬

の場合には,その正確な理由と手術した獣医の表示,あるいはその他の理由の

表示(例えば抑留), f)誕生国, g)任意でよい:手元にあるならばペット証明

書の番号, h)任意でよい:手元にあるならばワクチンの表示と最新の狂犬病

予防接種日。

(二) 犬の登録方法(動物保護法第 24a条第 4項) (95)

いずれの犬の保有者も,その動物に対して, 24a条 3項による識別記号の装

着後,入国後又は次の譲渡後 1か月以内に,データの申告を 2項 1号及び 2号

a~bにより届け出る義務を負う(動物保護法 24a条 4項 1文)。さらにデータ

を2項 2号 f,gにより届け出ることができる(同条 4項 2文)。

届出の入力は電子ポータル上で行われる(同条 4項 3文)。すなわち,保有

者自身によって(同条 4項 3文 1号),保有者による管轄官庁でのデータの届

出によって(同 2号),保有者の委託を受けて,識別記号装着若しくはワクチ

ン接種を行う自由業で仕事をしている獣医師によって,又はその他の届出の場

所によってである(同 3号)。

(95) 以下の記述は https://www.tierfreunde.org./leistungen/information/ratgeb

er /hund/hund ... 参照。

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法科大学院論集第 21号

もう少し具体的に説明すると,登録には三つの異なる方法があり,上記の 1

号の方法は,市民カードによるオンライン経由で自ら届け出る方法である。犬

にチップを埋め込み,ペットデータバンクに登録するのであるが, この場合,

市民カードと有効なメールアドレスが前提となる。すべての必要なデータを入

力し,データの変更(新しい保有者への譲渡や犬の死亡等)もできる。この届

出は無料で早く安全にできる方法である。

2号の方法は,管轄区域の官庁において登録する方法であり,すべての必要

なデータを管轄区域の官庁に届け出ることができ,官庁が登録を引き受けるが,

手数料がかかるかもしれない。

上記の 3号の方法は,獣医が登録を引き受ける方法である。獣医がチップを

挿入する場合に,犬の保有者の委託を受けて登録を引き受けるものである。

(三) 登録番号の割り当て(動物保護法第 24a条第 5項)

いずれの血統データ記録 (Stammdatensatz) も一つの登録番号が割り当て

られる。登録番号は,データバンクの入力者に通知され,通知が成功した届出

の確認と認められる。官庁による入力や獣医による入力等がなされる場合には,

この登録番号は保有者に通知される。

(四) 登録の変更(動物保護法第 24a条第 6項)

いずれの変更も,保有者または所有者は, 24a条 4項 3文 1号ないし 3号に

おいて定められている方法で届け出ることができ,データバンクに入力するこ

とができる。保有者や所有者の変更の届出や入力の場合には,'データバンクに

よって,新しい登録番号が付与される。

動物の死亡について規定どおりの届出がなされない場合には,犬の誕生から

20年後に,登録簿から全部の血統データ記録の自動消去がなされる。

3 データを呼び出す権限(動物保護法第 24a条第 7項)

保有者および所有者は,入力したデータを呼び出す権限があり, 6項の場合

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼淮とマイクロチップ装着義務に関する法規制

には変更する権限がある。

動物保護法 33条 1項による官庁及び 4項 3号に挙げられた獣医または届出

の官庁は,連邦法またはその他の獣医法の規定の枠内において,登録をするこ

とが必要不可欠である限りでは,任務の履行のために登録簿を無料で閲覧する

権限がある。

保健衛生連邦大臣は,要請に応じて,地域団体の機関に,法律上委任された

任務の処理に必要な限り,データ記録を探索する方法で,無料で動物保護デー

タにおける質問を開始する権限を与える。

4 犬の登録費用

平均的には,チップと登録について約 84ユーロ (1ユーロ 135円で計算す

ると 11,340円)かかるが,かかりつけの獣医に問い合わせるのかもっともよい。

5 チップの装着義務を遵守しない場合

動物保護法 38条 3項によれば,チップの装着毅務を遵守しない場合には,

3,750ユーロ (1ユーロ 135円で計算すると約 506,250円)以下の罰金に処せら

れ,違反を繰り返した場合には, 7,500ユーロ(約 1,012,500円)以下の罰金に

処せられる。

6 猫の登録の不要

猫は,登録がかつて計画されていたにもかかわらず,実際にはまだ登録する

義務はない。もっとも,オーストリア動物愛好者の専門家は,猫もチップを装

着し登録することを勧める。猫が逃げるなど非常事態の場合に,個体識別を確

認し,家へ連れ帰ることができ,また,猫の飼主が誰であるかの争いがある場

合にも,登録によって飼主が明確になるからである。

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法科大学院論集第 21号

W おわりに

1 ドイツと日本における個人のペット飼養に関する法規制の比較

(1) ペットを保護し,かつペットと人とのよりいっそうの良好な共生を図る

ためには,一方で,ペットの存在が人間にとって心豊かに暮らしていくために

必要なものであるとの社会の理解と寛容が重要であるとともに,他方で飼主の

ペット飼養に関する法規制を多様化し,その責任を強化していく必要があると

考える。 ドイツでは,前述したようにペットの保護のために基本法 20a条,

動物保護法,民法 (90a 条・ 251 条 2 項 2 文• 903条 2文)等多様な法規制が

置かれている。とりわけ,犬保護命令は詳細である。

また,ペットと人との共生を図るための法規制も存在している。ドイツでは,

電車・バス等, レストラン,デパート,ホテルその他あらゆる場所に犬を連れ

ていくことができるが,その前提として犬のしつけが重要であり,そのために

義務ではないが,犬の免許証という制度があり,飼主に専門的知識が求められ

ている。犬の多頭飼養を抑制し,危険犬を減らすために,犬税制度が導入され

ている。飼い犬が増加するごとに税額は高くなり,危険犬の場合はいっそう高

くなる。危険犬を撲滅するために危険犬法が制定された。各州では,独自の犬

法を制定している。もっとも,飼主責任を強化する犬法の制定,その中でもと

りわけ服従テストに合格しない犬についてのリード強制の規定に反対する団体

は,ニーダザクセンの犬法の可決を抗議行動により延期させたが(96)' 結局,そ

の後可決された。他人に危害を加えた場合に備えて,犬保有者は責任保険に入

らなければならない。民法には動物保有者責任の規定がある (833 条•834条)。

このようにドイツでは,犬の飼養に関する多様な法規制を置くことで,ペッ

トの保護と人との共生を進めている。

(2) 翻って,わが国では個人のペット飼養に関する法規制はどのような状況

(96) List [2009] S. 76f ..

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼養とマイクロチップ装着義務に関する法規制

にあるのだろうか。 ドイツ・スイス・オーストリア・フランスと異なり,民法

に動物保護規定はないが,将来的にこれらの国と類似の規定を置くぺきかどう

かについては,多角的視点からの検討が必要である。前述したように,たとえ

象徴的な規定であっても,民法における動物保護規定の存在は, ドイツ法やフ

ランス法にみられるごとく民事執行法や刑法等の法規の改正に繋がり,裁判官

の判断に影響を与えるものであり,動物保護の拡大の視点からも動物保護規定

の民法への導入を図るべきではないかと考えている(前述n二 4(二)参照)。

また,わが国にはドイツのような詳細な犬法や犬保護命令もないが,それら

に対応する趣旨の規定を置くために動愛法は順次改正がなされてきた。たとえ

ば,保有者責任を強化するために改正動愛法(平成 24年 9月公布, 25年 9月

1日施行) 7条は,動物の所有者又は占有者の責務等について同条 1項から 7

項までの努力義務規定を置く。 1項は,動物の所有者又は占有者の適正飼養と

動物の迷惑行為の防止, 2項は感染症の予防措置, 3項は動物の逸走防止措置,

4項は終生飼養, 5項は繁殖の適正措置, 6項は動物の所有者の明示, 7項は環

境大臣による動物の飼養・保管基準の作成について定める。同条 4項が次のよ

うに所有者の終生飼挫の責任を明確化したことは注目される。

【動物愛護法第 7条(動物の所有者又は占有者の貢務等)第 4項】

「動物の所有者は,その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する

上で支障を及ぼさない範囲で,できる限り当該動物がその命を終えるまで

適切に飼養すること(以下,「終生飼養」という。)に努めなければならな

しヽ。」

動愛法 35条(犬及び猫の引取り) 1項によれば,都道府県等は,犬・猫の

引取りを所有者から求められたときは,引き取らなければならないが,犬・猫

等の販売業者からの引取りの場合, 7条 4項の規定の趣旨に照らして引取りを

求める相当の事由がないときは,引取りを拒否することができるとする。この

ような改正を受けて,各地方自治体は,動物の殺処分ゼロをめざす取組みをし

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法科大学院論集第 21号

ているが,あふれる動物の譲渡がうまく機能しておらず,新たな課題に直面し

ている。この問題についてもドイツでの動物保護施設の譲渡活動が参考となろ

。入っ

日本での動愛法により規制を受ける特定動物(人に危害を加える恐れのある

危険な動物のこと)(動愛法 26条~33条)には, ドイツでいうところの危険

犬は入っていない。危険犬は厚生省の告示により規制(91) されている。危険犬

法についてドイツでは批判が強いことから,わが国においてもどのように解決

すべきかはさらなる議論が必要である。

わが国では愛護動物をみだりに殺し,または傷つけた者は, 2年以下の懲役

または 200万円以下の罰金に処せられる(動愛法 44条 1項)と改正され,以

前に比べて懲役・罰金とも重くなった。他方, ドイツ動物保護法は 3年以下の

自由刑, 25000ユーロ以下の過料,動物の没収および動物の保有禁止が定めら

れていることは先に述べたとおりであり(前述IIニ3(三)参照),両国の動物

に対する保有者責任に差がみられる。罰則を強化するだけでは問題解決になら

ないことから,多様なペット飼養に関する法規制の一つとしてチップ装着義務

化により保有者責任を自覚させることも必要であろう。

2 マイクロチップ装着義務の比較法的検討結果と日本の方向性

(1) マイクロチップは,鑑札や入れ墨のような不確実な安定性のない識別記

号装着方法ではなく,偽造のできない確実な方法であり,行方不明になったペッ

トをすぐに探し出せる等の多くの利点を有していることについては,すでに言

及しておいた。 ドイツでもオーストリアでも利点については同様の内容であっ

た。

(97) 「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」最終改正:平成 25年環境省告示第

82号

第3 共通基準 8 危害防止「所有者等は,動愛法 26条 l項に規定する特定動物

その他の大きさ,闘争本能等にかんがみ人に危害を加えるおそれのある動物を飼養及び保管する場合には,次の事項に留意し,逃走の防止等,人身事故の防止に万全

を期すこと。」

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼挫とマイクロチップ装着義務に関する法規制

他方,欠点は,チップが移動するのではないか,埋め込み時に痛くないかな

ど犬の健康への不安であり, これに対しては,オーストリアのように獣医師に

よるチップの装着を義務づけると同時に.チップの性能の安全性を高めること

か必要である。費用は 1回だけの支払いでよいので,多くの利点のことを考え

れば,相対的に高いとは言えないのではなかろうか。

前述したように 2004年からは EU圏内を移動するすべての犬・猫等に,後

述するスイスでは 2007年からすぺての犬に,オーストリアでは 2008年からす

べての犬にチップ装着義務が課せられた。フランスではチップ義務に関する歴

史が長く, 2017年度ペット法学会での吉井教授の報告によれば, 1975年に販

売される犬についての個体識別の義務化, 1989年にすぺての犬・猫の所有権

移転時に義務化, 1999年に譲渡の対象となっていないすぺての犬に義務化,

2011年に猫のすべてに義務化, 2012年にはアレテによりこれらの多様なルー

ルが統一化され.すぺての犬・猫に入れ墨またはチップが義務化された。これ

に対して, ドイツでは危険犬についてのみチップを義務づけるのが 8州,危険

犬を含めたすべての犬に義務づけるのが 6州. 1州は入れ墨でよく.残りの 1

州のみか何も義務づけていないのが現状である。これらの根拠規定は各州の犬

法またはガイドラインであって.国家レベルの動物保護法ではない。もっとも

今後は,各州議会の要望,動物保護連盟の呼びかけ, EUペットパスポートに

よるチップの義務化の影響により動保法において連邦統一の識別記号の装着お

よび登録が義務づけられる可能性が高いと思われる。ちなみに,ハンプルク犬

法によれば,犬の登録のための要件は,犬税の支払い,責任保険およびマイク

ロチップの装着である。ハンプルクは危険犬の危害がとくに問題になった州で

あり,そのため犬法は他州に比ぺ厳格であって,すべての犬につき責任保険を

付けることまでが要求される。将来的にはわが国でも,危険犬や大型犬の登録

に際して責任保険の存在を要件とすべきであろう。

(2) 登録ファイルを集めたデータバンクの管理者をどのようにするかも課題

となる。フランスのように国から委託を受けていた獣医師協会の発展組織であ

るI-CADのような組織が管理することも考えられる(吉井教授の報告)し,

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法科大学院論集第 21号

ドイツのような動物保護連盟といった民間組織に登録することも考えられる。

オーストリアでは国・州がデータバンクを管理している。スイスでは, ANIS

という非営利組織(獣医師協会等の団体)が,国のデータバンクや州の犬登録

簿の管理を引き受けている。 ドイツ・オーストリア・フランス・スイスでは,

行方不明のペットをすぐに探し出せる活動をしており,実際にも多くのペット

が発見されて飼主のところに戻されている。わが国でもこうした活動をするよ

うな登録組織にすることが重要である。

ペット・動物研究会の会員からは,チップの義務化について,その違反に対

してオーストリア動物保護法のように罰金を課すのは行き過ぎであるが,チッ

プ装着により行方不明の犬をすぐに探し出してくれるドイツ・オーストリア・

フランス・スイスのようなネットによるデータバンク制度が機能し,登録者が

目に見える利益を得るようにすれば,飼主は積極的にマイクロチップを装着す

るようになるのではないかという意見が出されていたが,私も同意見である。

残念ながらデータを一元管理しているわが国の日本獣医師会は,このような積

極的活動をしていないとの意見もあった。

飼主の個人情報の保護についても,オーストリアではアクセスする者を限定

するなど法律で規制しており,わが国でも現在行われている個人情報保護のよ

うな工夫をすれば障害を乗り越えられるであろう。

オーストリアでのマイクロチップの義務化の目的は第一次的には行方不明の

犬や遺棄された犬を保有者に戻すことであり,国の登録制度による管理は二次

的目的である。国の登録制度による管理目的を前面に押し出すと反発も出てく

ることが予想されるが,行方不明のペットを見つけ出すことができるなど飼主

の利益になるような登録制度に設計することを強調して,わが国でも,フラン

ス・オーストリア・スイスと同様にマイクロチップの装箔による犬の登録を義

務づけるのがよいのではないかと考える。オーストリア・スイスでは,猫の義

務化は見送られたが,むしろ犬よりも猫のほうが行方不明になりやすいことか

ら,フランスと同様に猫にも義務づけたほうがよいと思われる。

なお,スイスでは, 2007年 1月 1日から最初の犬の保有者に対して,遅くと

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ドイツ・オーストリアにおける個人のペット飼強とマイクロチップ装着義務に関する法規制

も生後 3か月未満のすべての犬にチップの装着と同時に全国の統括的データバ

ンクヘの登録を義務づけた。根拠規定は獣疫命令 (Tierseuchenverordn ung)

16条である。猫についてはチップ義務はないが,家猫と異なり,とくに外を

自由に歩き回る猫については,行方不明時に即時に居場所が通知され,保有者

に返還されるメリットを強調して,チップの装着を勧めている。

(3) 前述したように私見はすべての犬と猫についてチップの装着を義務づけ

るぺきであるとするものである。フランス・オーストリア・スイスでは,チッ

プ装着義務の対象について,販売用の犬,猫等に限定しておらず,わが国にお

いて限定するのは疑問である。フランスにおいては当初 (1975年)は販売用

に限定し,すぺての犬・猫に拡大するのに 24年ほどかかっているが,インター

ネットやチップが整備されている現代では,犬・猫の保護や保有者のメリット,

さらに留意すべきは市町村の費用負担の軽減(前述1IIニ2(四)(2)参照)を考え,

すべての犬・猫を対象とすべきであろう。

チップ装着義務の根拠規定を明確にするために動愛法において,マイクロチッ

プの装着と登録義務の目的を明らかにし,すべての犬・猫等を対象として,最

初の保有者に,その者の費用で獣医による装着(獣医以外でも装着が可能とす

るとチップの健康被害が問題化するおそれがあるからである)を義務づける旨

の明文規定を置くのがよいと考える。

装着時期は, ドイツでは生後 3か月以上の州もあれば, 6か月以上の州もあ

るが,オーストリア・スイスでは遅くとも生後 3か月まで, フランスでは犬は

4か月以上,猫は 7か月以上と定められている。最初の保有者に義務づけると

するならば,犬・猫の健康,登録と次への譲渡を考えて生後 3か月までが装着

時期として妥当ではないかと思われる。そして装着後 1か月以内にデータバン

クヘの登録を義務づけるのがよいのではないか。

犬の登録と鑑札の根拠規定が狂犬病予防法にある点については,チップ装着

義務と登録義務の根拠規定を動愛法に置くことから改正が必要であろう。

平成 30年の動愛法の改正に向けて,販売の用に供せられる犬,猫等にマイ

クロチップの装着を義務づけるか否かが,現在,環境省において検討されてお

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法科大学院論集第 21号

り, EU・ドイツ・オーストリア・スイス・フランスの状況を概観した結果,

私見は前述のような結論に達した。 ドイツ在住の友人に犬の保有者の意見を聞

いてもらったところ,プリーダがすでにチップを装着しており,それで良かっ

たという意見がほとんどであり,迷い犬の発見に役立つとして,チップ装着に

賛成の意見であったということである。

チップ装着を法律で義務づけるためには,多方面からの検討と関係者間の利

益 調整が必要であるが,これら諸国の動向を検討した結果,わが国でも平成

30年の動愛法の改正時に装着義務の導入を決めるのは,決して早すぎるとは

言えないという思いをいっそう強くした。

引用文献一覧

和文文献一覧(著者名 50音順)

•青木人志 [1999a] 青木人志「動物に法人格は認められるか―比較法文化論的

考察」一橋論叢 121巻 1号

•青木人志 [1999b] 青木人志「法文化論的にみたフランス動物法の新展開ー 1999

年 1月6日法を素材としてー一」一橋論叢 122巻 l号

•青木人志 [2001] 青木人志「オーストリア動物保護法の構造と特質」一橋論叢 126

巻 1号

•青木人志 c2002J 青木人志「動物の比較法文化—動物保護法の日欧比較j (有斐

閣, 2002年)

•青木人志 ~2006] 青木人志「『動物法』の体系化についての試論」一橋法学 5巻 l

•青木人志 [2009] 青木人志「日本の動物法」(東京大学出版会, 2009年)

•青野 [1985] 青野博之「ドイツ動物保有者貨任と動物危険」駒澤大学法学部研究

紀要 43巻 (1985年)

・浅野 ~2014] 浅野明子「ペットトラブル解決カアップの秘訣 38!』(大成出版社,

2014年)

・浅野 [2016] 浅野明子「ペット判例集』(大成出版社, 2016年)

・浦川 [2003] 浦川道太郎「ドイツにおける動物保護法の生成と展開—付・ドイ

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