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2013.09 金属資源レポート 発電容量は 41,194MW で、南ア電力の 95%、アフリ カで使用される電力の約 45%を発電している。発電 の内訳は、石炭火力 86%、ガスタービン 5%、原子力 4%、揚水 3%、水力 1%、風力 1%未満から構成され ている。また、電力供給先は自治体 42.2%、工業 23.8 %、鉱業 14.6%、商業及び農業 6.8%、海外供給 6.4%、 生活用 4.7%、鉄道 1.4%となっており、鉱業の電力消 2.南ア鉱業の抱える問題点 2.1.電力問題 南アの電力会社 Eskom(エスコム社)は、南ア政府 が完全所有する有限責任会社である(図1)。同社は、 1923年にElectricity Supply Commission(電力供給委 員会)として設立され、2002 年7 月の改組によって現 在の会社となった。同社ホームページによると、最大 南アフリカ共和国の電力不足・労働争議 によるクロム・マンガン等生産への影響 山本 耕次 希少金属備蓄部 企画課長代理 1.はじめに 南アフリカ共和国(以下、南ア)はアフリカ大陸最南端に位置しており、西を大西洋、東をインド洋、南を南極海に 囲まれ、北をボツワナ、ナミビア、ジンバブエ、モザンビーク、スワジランドに接し、レソト王国を内に抱えている。 ダイヤモンド、プラチナ、クロム、マンガン、バナジウム、石炭、鉄鉱石など多くの鉱物資源に恵まれた鉱業国であ る。総輸出額の内ほぼ7割が鉱業関連(鉱物性生産品、卑金属及び同製品、貴石・貴金属など)で占められている。ま た、VISTA(新興国)の一つであり、アパルトヘイト撤廃後、急激に経済が成長している。 同国は経済成長に伴い、現在、電力問題、労働環境、輸送、犯罪、AIDS など複数の問題を抱える状態になってい る。鉱業に限定すると、主な問題は電力問題と労働環境の 2 点であり、それらに関して報告を行う。 なお、本稿は平成 25 年 5 月 30 日に実施した『平成 25 年度第 1 回金属資源関連成果発表会』にて報告した内容を まとめたものである。 図 1. Eskom(エスコム)の概要 187

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南アフリカ共和国の電力不足・労働争議によるクロム・マンガン等生産への影響

レポート

2013.09 金属資源レポート

発電容量は 41,194MWで、南ア電力の 95%、アフリカで使用される電力の約 45%を発電している。発電の内訳は、石炭火力 86%、ガスタービン 5%、原子力4%、揚水 3%、水力 1%、風力 1%未満から構成されている。また、電力供給先は自治体 42.2%、工業 23.8%、鉱業 14.6%、商業及び農業 6.8%、海外供給 6.4%、生活用 4.7%、鉄道 1.4%となっており、鉱業の電力消

2.南ア鉱業の抱える問題点2.1.電力問題 南アの電力会社Eskom(エスコム社)は、南ア政府が完全所有する有限責任会社である(図 1)。同社は、1923 年に Electricity Supply Commission(電力供給委員会)として設立され、2002 年 7 月の改組によって現在の会社となった。同社ホームページによると、最大

南アフリカ共和国の電力不足・労働争議によるクロム・マンガン等生産への影響

山本 耕次希少金属備蓄部企画課長代理

1.はじめに 南アフリカ共和国(以下、南ア)はアフリカ大陸最南端に位置しており、西を大西洋、東をインド洋、南を南極海に囲まれ、北をボツワナ、ナミビア、ジンバブエ、モザンビーク、スワジランドに接し、レソト王国を内に抱えている。ダイヤモンド、プラチナ、クロム、マンガン、バナジウム、石炭、鉄鉱石など多くの鉱物資源に恵まれた鉱業国である。総輸出額の内ほぼ 7割が鉱業関連(鉱物性生産品、卑金属及び同製品、貴石・貴金属など)で占められている。また、VISTA(新興国)の一つであり、アパルトヘイト撤廃後、急激に経済が成長している。 同国は経済成長に伴い、現在、電力問題、労働環境、輸送、犯罪、AIDS など複数の問題を抱える状態になっている。鉱業に限定すると、主な問題は電力問題と労働環境の 2点であり、それらに関して報告を行う。 なお、本稿は平成 25 年 5 月 30 日に実施した『平成 25 年度第 1回金属資源関連成果発表会』にて報告した内容をまとめたものである。

図 1. Eskom(エスコム)の概要

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か所の計 3か所で、それぞれ 4,764MW、4,800MW、1,352MWの発電容量を持つ。これらに加え、休止していた発電所のRTS(再起動:Return-to-service)及び既存発電所の増強により、2018/19 年度までに計17,120MW分の発電容量追加を計画している。2005/06 年度から始まった増強は、2011 年 3 月時点では 5,221MWまで完了していることから、あと 5年ほどで残り 11,899MW分の増強を行うこととなる。また、これに併せて送電網の延長や変電所の追加も実施している。 2019 年までの南アの電力需要予測と発電容量を図 2に示す。電力需要予測はEskomによるもので、高低

費割合は大きい。 アパルトヘイト撤廃後の経済成長により電力需要が増加したことで、Eskomは発電容量不足に陥っており、2008 年 1 月には大規模な停電が発生しフォースマジュールを宣言した。これ以降、同社は、休止していた発電所の再起動、既存発電所の増強に加え、発電所を新たに建設し、電力供給力の強化を図っている。また、製錬所などの多量の電力を消費する産業に対し、電力削減への協力を依頼している。 2013 年 8 月時点において、Eskomが新規建設中の発電所は、Medupi(メデュピ)とKusile(クシレ)の石炭火力発電所 2か所と Ingula(イングラ)揚水発電所 1

図 2. 電力需要予測と発電容量(Eskom資料より)

幅はかなり大きい。Eskomの計画では、2013 年以降、建設中の発電所が順次立ち上がり始め、Ingula は2014 年、Medupi は 2013 年 か ら 2016 年、Kusile は2018 年までにフル稼働を開始する予定である。2013年以降、電力需要は、予測を高く見積もった場合、発電容量とほぼ拮抗する。これは供給予備率に換算すると 0~4%であり、この場合、電力需給が逼迫する状況が当面継続すると思われる。また、需要を低く見積もった場合においても供給予備率は 9~17%であり、安定操業に必要とされる 15%の供給予備率(北・山本・小嶋、2012)に近いことから、新規発電所立ち上げが終わるまでは予断を許さない状況である。Eskomは予想される電力逼迫に対応するため、一般ユーザーに向けての使用削減キャンペーンや、発電所の再起動などを行って、ピーク電力に対応しようとし

ている。なお、Eskomは、2030 年までに現状発電容量のほぼ倍となる 89,000MWとすることを計画している。 加えてEskomは、電気炉などを使う合金鉄生産会社に対し、電力削減と引き換えに補償金を受け取れる制度を 2011/12 年度から設けている。これは「電力バイバック」と呼ばれており、2012 年 2~5 月及び 2013年 1~5 月の 2回にわたって実施された。両期間において、フェロクロム生産者のみが電力バイバックに協力した。南アのフェロクロム生産者は、Merafe Re-sources、Assmang、Samancor、IFM(International Ferro Metals)、Hernic、ARM(African Rainbow Minerals)などであるが、2012 年は多くの生産者が参加し、2013 年もMerafe、IFM及びHernic は電力バイバックによる生産調整を行っていた。2013 年の電

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力バイバック期間は当初 1月から 3月末までの予定であったが、5月末までに期限が延長されており、電力問題の重大さが見て取れる。 電力供給増強や電力バイバック実施に伴い、その費用負担は電力料金の上昇として現れてきている。かつては、南アはフェロクロム生産国の中でも、電力料金は割安であった。アパルトヘイト時代、経済制裁により南ア経済が打撃を受けると、新規発電所建設は凍結されることとなり、発電設備の更新や増強も滞ることとなった。アパルトヘイト政策が撤廃され、電力消費が急激に増加することで、需要増大に対応しきれなくなっていた。発電容量の拡充のため、電力料金の値上げにより、その費用を賄おうとしている。図 3に、南ア、ロシア、中国、インドなどのMWh当たりの電力料金変化推移を示す。2000 年以前も年平均 5%程度上

昇していたが、それでも 2008/09 年期では多くの生産国の中でも安価な位置にあった。しかし、2008 年以降は 20%以上の上昇をし続け、2012/13 年期には中国のそれとほぼ同じ価格水準となっている。Biermannほか(2012)によれば、フェロクロム製錬において生産コストの 30%が電力コストに相当すると記載されている。このため、電力料金の上昇は生産コストの直接的な増大につながる。本来、安い電力料金により、南アでのフェロクロムなどの合金鉄の生産はコストアドバンテージがあったが、今以上の電力料金では、その利点が無くなってくる。例えば、中国は、南アとほぼ同じ電力コストでフェロクロムを生産できるため、鉱石価格が安価であれば自国内でフェロクロムを生産し、フェロクロム価格が安価であれば輸入する、というリーズナブルな方を選択することができる。

図 3. フェロクロム生産国の電力料金推移(Merafe 社資料)

 Eskomは電力料金の更なる値上げを計画しており、2013 年度の電力料金を 16%上昇することをNERSA(国家エネルギー規制庁:National Energy Regulator of South Africa)に申請した。しかし、NERSAは2013 年 2 月、年平均 8%の値上げ(産業及び鉱業は 9.6%)しか認めず、かつバイバック制度の今年度限りの終了を指示している。

2.2.労働争議 南アの鉱業では現在、大きく 2つの労働組合が存在し、勢力争いが大きくなっている。それらはNUM(全

国鉱山労働組合:National Union of Mineworkers)及びAMCU(鉱山・建設労働者組合連合:Association of Mineworkers and Construction Union)である。NUMは、1982 年に設立された南ア鉱業界では最大の労働組合である。組合員数は約 30 万人で、ほとんどの鉱山にNUMが存在するといっても過言ではない。COSATU(後述)傘下の労働組合で最大勢力でもあり、ANC(南ア政権与党)とも関係が深い。一方、AMCUは比較的新しい労働組合である。元はNUMの一派であったが 1998 年に NUMから分派し、2001年に正式に労働組合として登録された。AMCUはホ

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 特に昨年は回数とスト期間が長く、鉱山操業や工場操業等に大きく影響を与えた。表 1に、最近発生したストの一覧を示す。例えば、Johnson Matthey の“Platinum 2013”によると、2012 年の前半で 150,000oz(約4.6t)のプラチナ生産が失われたと報告されている。 また、賃金水準も上がってきており、製品に占める労務コストを引き上げている。図 4に鉱業関係労働者の賃金上昇率と消費者物価指数の推移を示したグラフ

ームページ等を有していないため、報道あるいはWikipedia などから情報を総合すると、5万人の組合員数を擁し、NUMとは「非政治的及び非共産主義的」という点で異なっている。Lonmin(ロンミン)所有鉱山の労働者の 70%がAMCUに加盟しており、Amplats(アムプラッツ:Anglo American Platinum)及び Implats(インプラッツ:Impala Platinum)の鉱山でも主勢力となりつつある。 南アの労働組合は、アパルトヘイト政策の撤廃に大きく寄与した経緯もあり、その勢力は強く、活動は活発である。労働組合連合の中で最大はCOSATU(南ア労働組合会議:The Congress of South Africa Trade Unions)で、登録労働組合 21 団体、組合員数150 万人の巨大組織である。南アでは給与や労働環境の問題に関してストが発生しており、NUMとAMCUの対立が表面化する前から鉱山では賃上げ交渉に付随するストライキは多く見られていたが、CO-SATUの制御もあり、比較的穏やかな傾向が見られた。しかし、経済成長に伴う 2桁のインフレの進行、また、近年の資源ブームから鉱山の収益は大きく増加していることから、労働者側は物価上昇と会社の利益増加に対する恩恵を自分たちが被っていないと考えるようになった。このため、AMCUは過激な行動によって支持を広げ、NUMと鋭く対立し、AMCU組合員がNUM組合員を襲撃するなど、縄張り争いが繰り広げられていた。抗争は 2012 年 8 月のMarikana 鉱山の騒乱において一つのクライマックスを迎えた。詳細については他のレポートや報道を参照願いたいが、この騒乱(“Marikana Massacre”と呼ばれている)によって最終的に 44 名の命が失われた。これ以降、山猫ストを含むストが多発するようになり、これは 2013年 5 月時点でも散見されている。また、Marikana ストを先導したAMCUに多くの労働者が加盟する傾向が生まれ、Lonmin や Implats ではAMCUの組合員数がNUM加盟のそれを超え過半数を取り、交渉権を得るに至っている。

表 1. 南アでのストライキ

図 4. 鉱山労働者の賃金上昇率と消費者物価指数(CPI)(Statistics South Africa データ)

表 2. 給与月額平均

を示す。賃金の上昇率は、消費者物価指数の変動と同じ傾向を示すが、上昇率としては、ほぼ倍となっており、急激な賃金の上昇がみられる。表 2に示すように、給与月額平均値は 2006~2012 年の 7年間で 1.5倍に増加している。

3.金属価格及び生産量の推移3.1.クロム鉱石及びフェロクロム 図 5に 2008 年 10 月からのフェロクロム及びクロム鉱石の価格推移を示す。フェロクロムはチャージクロムの Lumpy(塊)、鉱石はUG2 鉱の中国 CIF 価格を示している。2008 年以前は新興国の経済成長によってステンレス需要が増加し、そのため急激に価格が上昇したが、リーマンショックによって 2008 年から2009 年にかけて、価格が大きく落ち込むこととなっ

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価格は上昇する傾向にあるはずである。これには、UG2 鉱の副産物としてのクロム鉱石生産が関係している。UG2 鉱からのフェロクロム生産は 2010 年には全体のほぼ 2割程度であったが、2013 年には全体の 3割を超える予想となっている(図 6)。UG2 鉱の副産物としてクロム鉱石が産出されるため、プラチナの生産が上昇すれば、その分クロム鉱石が市場に多く出回る

た。それ以後は新興国の経済成長で価格が持ち直したが、2010 年以降はフェロクロムについては大きく変化しておらず、クロム鉱石は徐々に安くなる傾向を示している。クロム鉱石及びフェロクロム用途の 90%以上はステンレス生産に使用される。中国を筆頭とする新興国の経済成長によりステンレス生産はまだ順調で、この局面では本来、クロム鉱石及びフェロクロム

図 5. フェロクロム及びクロム鉱石の価格推移(Metal Bulletin)

図 6. クロム鉱石生産の予測(Merafe 社資料)

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ことになる。また、南アのみがこれらクロム製品を生産・輸出しているわけではないので(図 7)、世界的に見れば供給過多の状態になっている。現時点では世界最大のクロム消費国は中国であるが、国内にフェロクロム生産者を抱えているため、クロム鉱石を調達してもフェロクロムにすることが可能で、電力料金を比べても南アとほぼ同じ状況といえる(図 3)。2.1 項で触れたように、南アでは 2008 年以降電気料金が上昇し

図 7. 世界のフェロクロム生産量推移(USGS Minerals Yearbook)

図 8. マンガン鉱石及びフェロマンガンの価格推移(Metal Bulletin)

ているにもかかわらず、フェロクロム価格は値上げをできる状況にないのは、これが原因と思われる。そして、このことが、フェロクロム生産者が電力バイバックに協力する要因の一つであると考えられる。

3.2.マンガン鉱石及びフェロマンガン 図 8に 2007 年 9 月からのマンガン鉱石とフェロマンガン価格の推移を示したグラフを示す。これらの価

格は、クロム鉱石及びフェロクロムと同じく、リーマンショック時の価格急落後、2010 年頃に価格が持ち直し、それ以降は、緩やかな下落傾向が続いている。世界のフェロマンガン生産量は 2009 年に対前年比 24%減少しているが、2011 年には 2008 年レベルまで回復することとなった(図 9)。世界鉄鋼連盟の 4月 11日付け短期予測によると、2013 年の世界鉄鋼需要は

平均 3.2%の増加が見込まれている。フェロマンガンは主に、鉄鋼生産時に脱酸剤あるは脱硫剤として用いられていることから、フェロマンガン需要も同じように伸びると予想されている。

3.3.プラチナ・パラジウム 図 10 にプラチナの世界生産量と需要量の推移を、

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図 9. 世界のフェロマンガン生産量推移(USGS Minerals Yearbook)

図 10. プラチナの世界生産量と需要量の推移(Johnson Matthey, 2013)

図 11 にプラチナ及びパラジウムの価格推移を示す。データは、Johnson Matthey 社の報告書“Platinum 2013”に掲載のデータを参照した。リーマンショック後の生産量は緩やかに回復しているが、2012 年はストの頻発によって、プラチナ生産に打撃を受けている。2012年の需要量は生産量より多く、約37万oz(約

11t)の供給不足になっている。プラチナ及びパラジウムの価格は、リーマンショックまでの高騰と、その後の急落がみられ、フェロクロムやフェロマンガンの価格と同じ動きを示す。ただし、それ以降は自動車需要や宝飾需要の増加で、再び高値の状態を維持している。

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 プラチナ生産における電力不足等の影響については、鉱山操業のコストが上がり、下記の労働争議の影響と併せて価格上昇の要因となる可能性がある。例えば、Amplats の Bathopele 鉱山では、2012 年における操業電気コストは、2011 年に比べて 16%上昇したとの報告であった。電力問題とは直接関係ないが、Amplats は大規模なリストラ及びプラチナ減産を実施しており、プラチナの供給量が減少すると思われる。加えて、これから自動車排ガス触媒の消費増加が見込まれている(Johnson Matthey, 2013)ことから、需給バランスが大きく変化する可能性がある。

4.2.労働争議の影響 労働争議の拡大によるクロム鉱石及びフェロクロム価格への影響は現時点では明確ではない。これらは南ア以外にもインド、カザフスタン、トルコ等から産出・生産され、価格のキャスティングボードを握る中国がクロム鉱石/フェロクロムの両面作戦が可能なため、大きな価格上昇に至っていない。しかし、南アにおいてUG2鉱を採掘するプラチナ鉱山のストにより、南アのクロム鉱石生産も影響を蒙っているはずである。また、クロム鉱山でもストは継続しており、生産への影響が懸念されている。 マンガン鉱石及びフェロマンガン生産については、現在大きな影響は確認できない。マンガンは南アの主要鉱産物の一つ(2012 年 3,500 千 t、22%)ではあるが、オーストラリア(同 3,400 千 t、21%)、中国(3,000 千 t、19%)及びガボン(2,100 千 t、13%)も主要な生産国であり、影響が希釈されている可能性がある。2013 年 1~6 月期におけるマンガン鉱石生産量は、前年同期と比較して平均 14.5%増であり、生産は順調である。ま

4.まとめ4.1.電力問題の影響 現時点では、電力不足及び料金上昇によるフェロクロム生産への影響は大きいように見えない。電力不足及びそれを受けての電力バイバック実施によって、同期間中のフェロクロム生産は大きく減少した。しかし、電力バイバック期間終了後の各フェロクロム生産者の操業率は良好で、本来の年間生産計画と大きなずれは無いとの報告がある。電力バイバック制度は、NERSAの終了指示により、今年度限りであり、これ以上の実施はないと思われ、供給不安の要因は低減した。一方、南アのピーク電力上昇は冬場(北半球の夏場)に見られることから、何らかの生産調整が行われる可能性がある。電力料金の上昇は、電炉を使うフェロクロム生産には大きな打撃であり、本来は上昇コスト分を製品に反映させる必要があるため、価格が上昇する可能性はある。また、ストによる鉱石供給の減少も考えられる。 マンガン鉱石及びフェロマンガン鉱石生産への影響は顕著ではない。電力はすべての産業に必要なため、電力不足及び料金上昇は少なからずダメージを受けることになるが、フェロマンガン生産はフェロクロム生産と比較して低電力消費であり、Assmang が電気炉をフェロクロム/フェロマンガン生産兼用へ改造する例もみられ、Kalagadi プロジェクトのようにフェロマンガン製錬所の建設が計画されていることから、フェロマンガン生産そのものの供給不安は小さい。本来、マンガン鉱石及びフェロマンガンの使用用途は鉄鋼生産用であり、世界の粗鋼生産量に比例して増減する傾向にあることから、世界の粗鋼生産状況の影響が強い。

図 11. プラチナ及びパラジウムの価格推移(Platinum Today)

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る同国では死活問題となる。図 12 に、南アの鉱産物輸出量の推移を示す。2005 年以降、南アから世界各地、特にアジア地域への輸出が急増しており、そのなかでも、中国への輸出が爆発的に増加している。中国に輸出されている主な鉱産物は鉄、クロム、マンガン及びジルコンであり、これらの生産が滞り輸出が停滞することは、南ア経済にとって大きな影響がある。 このような状況に対し、Zuma 大統領の呼び掛けにより、Motlanthe 副大統領を議長とし南ア鉱業協会の仲介の下、鉱山経営者、労働組合、関係省庁が一堂に

た、フェロマンガン生産量は中国が全世界の約 5割を占めていることも、影響が現れてこない原因と考えられる。 プラチナ等白金族元素生産への影響は非常に大きい。なぜなら、先述のように、労働争議及び騒乱によって 2012 年のプラチナ生産は大きな打撃を蒙っているからである。 立て続けに発生するストと大幅な賃上げによるコスト上昇は、結果的には南ア鉱業の首を絞めているようなものであり、鉱業によって輸出産業が成り立ってい

図 12. 南アの鉱産物輸出額推移

会し、6~7月間に今後の労働問題について話し合いがもたれた。この結果、「持続可能な鉱業のための枠組み協定(Framework agreement for a Sustainable Mining Industry entered into by Organised Labour, Organised Business and Government)」が結ばれることとなった。協定では、山猫ストの禁止や、法律に則った労使交渉の実施等が盛り込まれている。労働組合側は 7団体が参加したようで、NUM及びAMCUもその中に入っている。NUM及びほとんどの労働組合連合は協定に調印したが、AMCUは協定に合意しなかった。8月の現時点では、大きなデモ等の動きは見られないが、今後の動きには注目する必要がある。 (2013. 8. 26)

参考文献Biermann, W., Cromarty, R.D. and Dawson, N.

F.(2012)Economic modeling of a ferrochrome fur-

nace, The Journal of The Southern African Institute of Mining and Metallurgy, 112, 301-308.Eskom(2013)Integrated Report for the year ended 31 March 2013, p139.Johnson Matthey(2013)Platinum 2013, p56.北良行、山本耕次、小嶋吉広(2012)南アフリカの鉱業事情、金属資源レポート、2012.1, 83-110.Merafe(2012)Integrated Annual Report for the year ended 31 December 2012、p194.中山健(2012)クロム資源の供給ポテンシャルについて、金属資源レポート、2012.9, 71-98Paul O’Flaherty(2012)State of the Power System, 16 February 2012, Eskom, p43.Statistics South Africa(2013)Mining: Production and sales(Preliminary), June 2013, p15.在南アフリカ日本国大使館(2013)南ア月報(2013 年4 月)

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