アクティブ・ラーニング授業実践例 「絵巻物」を探究し,制作 ... ·...
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特 集
2 アクティブ・ラーニング授業実践例
「絵巻物」を探究し,制作してみよう~文化史授業を主体的に実施する~
開智高等学校(中高一貫部)教諭 伏木陽介
発展
日本史かわら版 第5号(2018年6月発行)
“アクティブ·ラーニング”を 難しくとらえずに アクティブ・ラーニング的な授業手法に関する著作物が多く紹介され,筆者も研究会を開き,1時間で完結する手軽な授業案を著作にまとめた*。他方で大きいのが教員負担の増加,授業時間数への圧迫,という問題である。多くの授業準備・教材研究を必要とし,一方で学習内容を限定せざるをえないなか,諸先生方が日々新たな教材研究の努力をされている実情がある。本稿の目的の1つは,多くの授業準備を要さず,授業の展開方法の工夫により知識への理解と生徒の主体的な活動の両立をはかることである。そのような主体的活動を生徒にうながす際に,資料集は大変有益な資料となる。本稿も『図説日本史通覧』(以下『通覧』)をフル活用し,「適切な資料」を「収集・選択」する技能, 探究した成果を根拠をもとに筋道立てて論述する「表現力」を育てることを見すえている。 このような「ノウハウ」を,教員相互が共有をはかり,「自己の授業案」へと改変する。結果として,それが教材研究をより精緻なものにしていく。本稿もその一助となればと考えている。
授業のねらい
本稿では,「院政期の文化」の「絵巻物」を主題として扱う。政治史,外交史,あるいは社会経済史などに比して,文化史は事項羅列的に集約されやすい分野である。しかし文化史もまた,前後の時代との連続性を包含しており,例えば絵巻物をとってみても,絵画史の流れのなかでとらえ直すほうが適当である。 本授業では,文化史上における絵巻物の位置づけ,現在のアニメーションとの共通項を有する絵
巻物の特徴を生徒に理解させ,その特徴を「表現」する活動を通じて,発信する力を涵養する。また,グループでの相互共有と批評を通じ,学び合う姿勢を育成し,今後の授業の形として,主体的活動,相互共有と批評の活動が中軸となることを生徒に意識させることも目的とする。このような授業をさまざまな内容・分野で継続的に実施することで「日常化」できれば,講義型だけによらない,多様な授業の形をもたらすこととなると考える。
授業の方法
p.19の「授業進行表」に沿って解説していこう。(1)作業「絵巻物の背景を探ろう」(班活動) まず,『通覧』に所収されている絵巻物を活用し,各作品がどのような時代に作成されているかをワークシートにまとめさせる。同時代のできごとも記入させることで,政治史との関連づけをはかる。比較的単純な作業だが,活動は班で実施し,学び合う姿勢を涵養することもねらいとした。 また, として「絵巻物の原型を探してみよう」という内容も併記している。生徒たちはワークシート所収の絵を手がかりに「絵因果経(過去現在絵因果経)」を『通覧』から探り出し(p.78),特徴をまとめる。なお,飛鳥時代の「捨身飼虎図」(p.50)も上下の構図であるが,「絵巻物」の要素を保持しているといえるかもしれない。この活動を通じて,絵巻物に通底する特徴である,右から左へと場面変化が生じる基本スタイルを把握し,院政期だけの文化事象でないことを理解できる。(2)作業「絵巻物の特徴を探ろう」(班活動) 次に,絵巻物を「分類」する作業を通し,与えられた資料・情報を特定のルールに従ってまとめ直す活動を行った。『通覧』には,「物語絵巻」「説話絵巻」(p.100~101)「縁起物」「合戦物」「伝
*ラクイチ授業研究会編,2018年
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日本史かわら版 第5号(2018年6月発行)
記物」(p.121)が記載され,代表的作品も列挙されている。机間巡視をしながら,生徒に資料を熟読させる。なお,このような作品ジャンルが生まれた背景などについて生徒どうしで議論し,意見をまとめる授業もできるが,別の機会としたい。(3)作業「絵巻物の「画法」を探ろう」(班活動) 次に絵画の技法,絵巻の見方などをワークシートや『通覧』の「時代を見る目」などを活用し,班活動を通して理解させる。「異時同図法」や「引目鉤鼻」,「吹抜屋台」をワークシートにまとめていくこととなるが,授業者はここで,実際に「伴大納言絵巻」や「源氏物語絵巻」を提示し,理解をうながした。また,「鳥獣戯画」も例示し,声を線で表現する技法や,擬人化などについても触れた。もし生徒から主体的に「なぜこのような描き方をしたのか」という質問がくるようであれば,他の生徒たちにも仮説を出させ議論することができる。なお,現代のアニメーションの起源ともいえるという見解もあり,高畑勲『十二世紀のアニメーション――国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(徳間書店,1999年)を活用し,絵巻物の描写法がアニメに受け継がれていることを説明した。さらに,実際に「絵巻物」的な描写をしている宮崎駿監督の映画『風の谷のナウシカ』,『天空の城ラピュタ』オープニング部分などを例示し,生徒に親近感のある解説をするよう心がけた。(4)制作「自分で絵巻物を作成しよう」(個別作業) (3)までの作業を通じて,絵巻物に関する全体・具体的な理解がはかられた。最後に,生徒たち自身で絵巻物を作成する。アウトプットする作業には,当該の分野に対する本質的な理解が求められる。創作物ではあるが,絵巻物の画法を用いながら自分なりの作品を仕上げる活動を通じ,(3)までの理解を確認できる。活動に関しては,A4用紙を横に何枚かつなげて「巻物」を作成し,題
材は既習範囲の日本史に関する事項とした。いきなりの作成では難しく感じる生徒も多い。そこで,ワークシートの補助シートを使って場面を分け,できるだけ(3)で学習した絵画の技法を使うことをルールとした。(5)共有・批評「ギャラリーウォークで共有しよう」(班(クラス)活動) (4)で作成した各自の「絵巻物」を互いに批評し合う。このさいには生徒に対し,「説明したい事項が適切に,分かりやすく伝えられているか」という側面を重視して批評し合うよう伝えた。この作業は,後年,論述試験対策の際に,生徒どうしが意見を出し合い,自分が作成した原稿や解答を批評し合う姿勢を養ううえで効果的であり,教員が不在でも自動的に「学習活動」が行える素地を形成するうえでも大きく寄与した。
むすびにかえて
絵画資料の読み解きの導入として,この授業を取り入れた。生徒自身もこの授業で資料を分析,分類するなかで絵巻物がもつ歴史資料としての重要性や絵画史における絵巻物の位置づけに対する理解を深めていった。文化史が文化史だけで終わらず,空間的な広がりのなかで理解できたのではないかと感じている。 本授業のように,「生徒自身が作成・相互評価する」という活動は,生徒の主体的授業参加という観点において大変有益である。参考にしていただければ幸甚である。【参考文献】五味文彦『絵巻で読む中世』(筑摩書房,1994年)坂井孝一「中世前期の文化」大津透他編『岩波講座日本歴史第6巻――中世1』(岩波書店,2013年)榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』(東京美術,2004年)高畑勲『十二世紀のアニメーション――国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(徳間書店,1999年)ラクイチ授業研究会編『中学社会ラクイチ授業プラン――ラクに楽しく1時間』(学事出版,2018年)
ワークシート解答例
1. 12世紀前半 2.「源氏物語絵巻」 3.源義親の乱(1108) 4.12世紀後半 5.「信貴山縁起絵巻」 6.保元の乱(1156)平治の乱(1159)壇の浦の戦い(1185) 7.13世紀前半 8.「北野天神縁起絵巻」 9.承久の乱(1221) 10.13世紀後半 11.「一遍上人絵伝」「蒙古襲来絵詞」 12.文永の役(1274)弘安の役(1281) 13.奈良 14.天平 15.「絵因果経(過去現在絵因果経)」 16.絵が右から左へ,文章とともに場面が移る 17.物語 18.説話 19.合戦 20.縁起 21.仏教説話や民衆の間で語り継がれた説話を題材とする 22.実際にあった合戦を題材とする 23.寺社創建の由来を題材とする 24.「源氏物語絵巻」 25.「伴大納言絵巻」 26.「平治物語絵巻」 27.「石山寺縁起絵巻」 28.異時同図法…同一画面内に同一人物が複数登場し,時間的推移を表す手法(「伴大納言絵巻」の子供の喧嘩など) 29.引目鉤鼻…貴族の男女を表す技法。目は1本の墨線を引いたように,鼻は簡単な鉤型に描く 30.吹抜屋台…屋根を描かず室内を見やすくする技法(上から眺めたように描く) 31.(例)「栄華物語絵巻」(仮) 32.(例)藤原道長·伊周 /一条天皇·藤原彰子 /(後一条天皇·藤原威子·嬉子) 33.(例)◯◯君の「源平合戦絵巻」…頼朝の挙兵から平家滅亡までうまくまとまっていた。◯◯さんの「下地中分絵巻」…下地中分の流れを資料集の内容を用いてまとめていた。など
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ワ ー ク シ ー ト
活動のヒント
絵巻物を「作ろう」 ~絵巻物への理解を深め, 自身で絵巻物を「制作」しよう~ 古代 ・ 中世 平安時代 ・ 院政期の文化
(1)絵巻物の背景を探ろう
(2)絵巻物の特徴を探ろう
どのような作品がいつごろに描かれているだろうか。
世紀(例:◯世紀◯半) 作品名 その当時のおもなできごと
絵巻物の原型を探してみよう…(下図を参考に, 『図説日本史通覧』から探してみよう)
★ 時代( 文化)
★作品名
★絵巻物との共通点
どのような作品があるだろうか。4つのジャンルに分けてみよう。
絵巻のジャンル名
主題の特徴
代表的作品
平安時代の物語文学を題材にしている
『図説日本史通覧』p.100~101,121を参考にしてみよう。
発展
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4 5 6
7 8 9
10 11 12
ストーリー展開・進行の工夫
容姿の描き方の工夫
キーワードは
キーワードは
29
28
(4)自分で絵巻物を作成しよう『タイトル』(題材とする時代 ・ 作品 ・ ジャンルなど)31
登場(させたい)人物32
33
4~5場面以上に「絵巻」の“場面”を分けて表現しよう。
必要に応じて場面を増やしてもよい
実際に描いてみよう
★まず, 「構成」を考えてみよう。★A4の用紙を複数枚つなげて「巻物」にして作成。※難しく感じる人は「作品の見取り図」(画家に発注するつもりで)でアウトラインをかいてみるところから始めてみよう。
(5)ギャラリーウォークで共有しようわかりやすかった, おもしろかった, 躍動感があったなど…よかった作品とその理由
描き方の特徴
キーワードは
30
①②
④⑤
③
(3)絵巻物の「画法」を探ろう
「 」絵巻 「 」絵巻 「 」絵巻 「 」絵巻
…『通覧』p.86 BBを見ながら考えてみよう
…『通覧』p.92 を見ながら考えてみよう
…『通覧』p.100①を見ながら考えてみよう
どんな演出があるだろうか。1
2
p.78 ④参照1
日本史かわら版 第5号(2018年6月発行)17
ワ ー ク シ ー ト
活動のヒント
絵巻物を「作ろう」 ~絵巻物への理解を深め, 自身で絵巻物を「制作」しよう~ 古代 ・ 中世 平安時代 ・ 院政期の文化
(1)絵巻物の背景を探ろう
(2)絵巻物の特徴を探ろう
どのような作品がいつごろに描かれているだろうか。
世紀(例:◯世紀◯半) 作品名 その当時のおもなできごと
絵巻物の原型を探してみよう…(下図を参考に, 『図説日本史通覧』から探してみよう)
★ 時代( 文化)
★作品名
★絵巻物との共通点
どのような作品があるだろうか。4つのジャンルに分けてみよう。
絵巻のジャンル名
主題の特徴
代表的作品
平安時代の物語文学を題材にしている
『図説日本史通覧』p.100~101,121を参考にしてみよう。
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ストーリー展開・進行の工夫
容姿の描き方の工夫
キーワードは
キーワードは
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(4)自分で絵巻物を作成しよう『タイトル』(題材とする時代 ・ 作品 ・ ジャンルなど)31
登場(させたい)人物32
33
4~5場面以上に「絵巻」の“場面”を分けて表現しよう。
必要に応じて場面を増やしてもよい
実際に描いてみよう
★まず, 「構成」を考えてみよう。★A4の用紙を複数枚つなげて「巻物」にして作成。※難しく感じる人は「作品の見取り図」(画家に発注するつもりで)でアウトラインをかいてみるところから始めてみよう。
(5)ギャラリーウォークで共有しようわかりやすかった, おもしろかった, 躍動感があったなど…よかった作品とその理由
描き方の特徴
キーワードは
30
①②
④⑤
③
(3)絵巻物の「画法」を探ろう
「 」絵巻 「 」絵巻 「 」絵巻 「 」絵巻
…『通覧』p.86 BBを見ながら考えてみよう
…『通覧』p.92 を見ながら考えてみよう
…『通覧』p.100①を見ながら考えてみよう
どんな演出があるだろうか。1
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(東京藝術大学蔵)
日本史かわら版 第5号(2018年6月発行) 18
授 業 進 行 表対象:高校2年~3年
• 平安時代の絵巻物や中世絵画の特徴を生徒のアクティブ ・ ラーニング(以下AL)作業を通じて理解する• 絵巻物の作成や批評を通じて論述などでも必要となる構成力を相互学習のなかで学び,今後の協働学習の 基礎とする
2.授業案のポイント
• 暗記色や事項羅列的傾向の強い文化史の内容をAL作業を加えて体系的に理解できる• 資料集を活用して,絵巻物の起源や,絵巻物のジャンル,院政期だけでない絵巻物の「展開」を理解できる• 古典,美術との「教科横断的」指導を行うこともできる• 生徒の状況に応じ,ワークシート作業に1時間,絵巻物制作に1時間をかけ,2時間完結の授業にすることもできる• 資料集を活用する能力を涵養しつつ,ワークシートの内容は定期考査などに取り入れることもできる
教科書・資料集(帝国書院『図説日本史通覧』(以下『通覧』)p.78,100~101,121),ワークシート(以下WS)/生徒各自にA4用紙を3~4枚程度配布
授業時間数 (下記の表は1時限にまとめた場合。 クラスにより2時限構成となる場合もある)
指導上の留意点学習内容参照活動形態指導内容時間手作り絵巻物をモノ資料として提示する導入 タイトルを示す
ワークシートを配布
WS作業(1) 「絵巻物の背景を探ろう」
どの作品がどの時期に描かれているかを班ごとにまとめる
発展 「絵巻物の原型を探してみよう」をグループで探す
WS作業(1) ・ 発展の答え合わせ
WS作業(2) 「絵巻物の特徴を探ろう」
WS作業(2)の答え合わせ
WS作業(3) 「絵巻物の「画法」を探ろう」
WS作業(3)の答え合わせ
まとめ
説明
配布
班活動
答え合わせ
班活動
答え合わせ
答え合わせ
班活動
個別作業
班(クラス)活動
回収 『通覧』
『通覧』
『通覧』
『通覧』
『通覧』
「絵巻物」とは何なのかを学ぶ
絵巻物がテーマであることを学ぶ 場合により教科書内容を確認させる程度でも可
絵巻物との共通点を探る部分を強調する
①授業者はA4用紙を3~4枚程度配布し,横長にしてテープなどでつなげ,絵巻物のようにさせる②絵巻物で表現したい内容を選び(教科書,『通覧』活用),WSを活用し4~5場面に分けて作成する(WSは下書きとして活用)
作成した絵巻物を相互に見合って,批評する
絵巻物の制作の時間が不足することもある(WS作業などを丁寧に行う場合など)。その場合は2時限目に,制作・ギャラリーウォークの時間をずらしてもよい① 班ごとにセロハンテープなどを準備する② WSも活用する。また,WS作業(3)で学んだ画法や,WS作業(2)のジャンルなども意識して「近寄せる」努力を支援し,一方描画などが苦手な生徒には,「画家に指示書きをする」というスタンスで作成してみよう,と制作作業を助ける指示を行うなど適切な助言を行うとよい
メッセージカードを準備し,意見をカードに書いて交換するとよい。このとき見てほしい点を示す① 内容がきちんと鑑賞者に伝わるか② 不足している部分はないか③ 絵巻物の技法を活用しているか,など
「鳥獣戯画」などを示し,現代日本のアニメーションとの共通性などについても指摘し,「連続性」についても触れる(『通覧』p.100の欄外「歴史のまど」にも同様の指摘があることについても触れる)
1.本時の目標
3.利用教材
絵巻物に見られる演出,画法(容姿の描き方(引目鉤鼻)や,吹抜屋台,主人公が同じ絵に複数描かれているなど)に気づく(『通覧』p.100「時代を見る目」を参考に)
班ごとになり『通覧』を活用して表を作成する
WSの絵を参考に「絵因果経(過去現在絵因果経)」を探り当てる(『通覧』p.78 ④)
授業者は黒板,ICTなどを活用して, WS(1)の解答を示す
絵巻物のジャンルをWSを参考に「分類」する(『通覧』p.100~101,121を参考に)
あるいは高畑勲『十二世紀のアニメーション』を見せる
生徒たちの到達度によって,解答の示し方を工夫する(板書,ICT,あるいは資料集のページを示すなど)
『通覧』に「分類」があることを示唆しつつ,授業者は生徒(班)の活動を助ける
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「自分で絵巻物を作成しよう」WS作業(4)
「ギャラリーウォークで共有しよう」WS作業(5)
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『通覧』を活用することを示唆し,「一遍上人絵伝」(p.110 ④)や「伴大納言絵巻」の子供の喧嘩のシーン(p.86 BB)などを例示して「異時同図法」を示す1
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机間巡視をしながら,参照ページを示す
日本史かわら版 第5号(2018年6月発行)19