ミス・コミュニケーション -...

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miscommunication, misunderstanding, communication, common grounds , the illusion of transparency, the communicator's viewpoint 25 1975; Levinson, 1983 , 2000; & Wi1son,

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愛知学院大学心身科学部紀要第 9 号 (25-29) (20日)

ミス・コミュニケーション

一一誤解の実態の追加調査と検討課題一一

岡 本 真一郎*

本稿では,岡本 (2011)に引き続いて,誤解に関する付加的な研究の結果が報告される. 70個の

誤解の事例が 8 カテゴリーに分類される.そして,いくつかの事例が具体的に示される.最後に,誤

解とミス・ コ ミュニケーションに関わる理論的問題として,共通の基盤,透明性錯覚と, (言語学的

な概念のとしての)コミュニケーターの視点について議論する .

キーワード: miscommunication, misunderstanding, communication, common grounds, the illusion of

transparency, the communicator's viewpoint

岡本 (2011) では,誤解を中心としたミス・コミュ

ニケーションの原因を探るために,誤解の事例分析を

千子った.本稿でも引き続いて行った調査の結果を示す.

また, こうした点も踏まえて, ミス・コミュニケーシ

ヨンの分析において今後さらに検討を重ねるべき諸点

を指摘する.

誤解は元々は事実の伝達に関わるものが多いにして

も,それがさらに感情の行き違いを招いたり,作業の

遅れや遅延,事故などさまざまな問題を引き起こすこ

ともあり得る.最近問題になるクレーマーやいわゆる

「モンスターペアレント」の問題(小野田, 2009) にも,

誤解が根底にあるものは少なくないと思われる.

まず, 岡本 (2011)において指摘した誤解の原因を

簡単に整理しておく.

音声:音の聞き間違いである.固有名調, とくに人

名の聞き間違いが多くなる. とくに, Matsuo を Masuo

のような,子音 l カ所の違いが聞き間違えられやすか

った.固有名詞以外にも同様の傾向があるが rはあ,

痛い」が「歯痛い」といった,構文の異分析的な聞き

間違えもありうる.

指示対象:語が指示するものを取り違えるそれ」

など代名詞の取り違えが多かった.また,同姓の固有

名詞の取り違えも見られた.

意味の取り違え:語の意味を解釈し間違えるもので

ある

*愛知学院大学心身科学部心理学科

(連絡先) 〒 470-0195 愛知県日進市岩崎町愛知学院大学心身科学部

25

数量の修飾語の誤解少しJ rまもなく」など数量

を表す形容詞や副詞等は,具体的にどの程度なのかに

関して,食い違いが生じがちである.

推意:発話と状況から生じる推意 (Grice, 1975;

Levinson, 1983, 2000; Sp巴rber& Wi1son, 1995) に関して

は,多様な場合がある.岡本 (2011) では授業中,プ

リントが配布されたとき 席の近くの友人に「プリン

ト余ってる 」 と聞かれた.友人がプリントが足りない

のかと思ったら,こちらがプリントがないのかと配慮

してくれたのだった,という例などが報告されている.

方言:方言の意味が分からず,別の意味と取り違え

る rなおす J (関西弁で「片付ける」を「修理する」

と取り違えるように.

メール:携帯メールでは 文字言語であるから音声

に基づくような誤解は生じにくい. しかし,特有の誤

解もありうる.たとえば,また,絵文字なしで送信し

たため,怒ったと誤解された.

本稿でもこれに引き続いて,新データに基づいて分

析を進める.

方法

参加者男女大学生71 名

手続き 自らが経験した誤解(誤解された,誤解し

た)の事例を,具体的に記述してもらった.複数の事

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岡本真一郎

例を記すのも可とした.

結果と考察

全体の傾向 全部で70件の誤解の事例が報告され

た.これらを,内容別に分類すると表 1 のようになる.

カテゴリーは岡本 (2011) からは変更し 8 カテゴリ

ーとした.そのうち,多かったのは聞き間違いと指示

の取り違いであり,それらはさらにサブカテゴリーを

設けた.

表 l 誤解のタイプ別頻度

聞き間違い 22

名前の聞き間違い (11)

(名前以外)単純な聞き間違い ( 9)

(名前以外)特殊な聞き間違い ( 2)

指示の取り違い 20

指示代名調の指示対象 ( 6)

名前の指示対象の間違い ( 6)

名詞指示の間違い ( 5)

固有名詞と他との取り違え ( 3)

意味の組歯音 5

方言による間違い 5

構文の取り違え 3

文脈からの推測の間違い 11

非言語コミュニケーションの誤解

その他 2

合計 70

いくつかのカテゴリーについて事例を示しつつ説明

する . S は話し手 L は聞き手を指す.

聞き間違い 前回と同じく ,同一母音で子音の異な

る名前(性)の聞き間違いが多い (Hida → Ida, Shida) ,

(Tanahashi • Takahashi) .ただし, 同一子音で母音が

異なる場合 (Okuda → Okada) や,音節が異なる場合

(Mamyama → Maeyama) もあった.

特殊な例を挙げる何人かでテーブルで、飲み物を

飲んでいるとき, S から『カルピス取ってよ』と言わ

れたのに「覚倍しといてよ』と聞き間違えた. J この

ときカルピスは報告者L の目の前にあり, S は離れた

席にいたのだが, L は下を向いていた. (カルピスを

見ていなかったと思われる. )

指示の取り遣い 指示代名詞や名調の指示対象や取

り違いが目立つ.

後者の l 例 IIF駅のエレベーターの前で、待つ』と言

われて,地下鉄とリニモのエレベーターを取り違え

Tこ. J

特殊な例としてカラシをとってほしいと言われ

て取ってやったが, S が意図したのはわさびだった . J

話し手の言い間違いとも取れるが,話し手としては眼

前にわきびしかなく Iカラシ」で聞き手との共通の

基盤が成立していると考えた可能性もある.

方言による間違い 「関西方言の『ほって(捨てて).1

を『掘って』と間違えられた. J

「名古屋方言の『一緒にしんで(しないで、).1を『一

緒に死んで、』と間違えられた. J

後者は,文の構造自体が誤って解析されたことになる.

文脈からの推測の間違い 推意その他,多様な例が

あった

IIFいいよ』が拒否,反対の意味なのに,許可,賛同

と誤解した. J

IIFそのお菓子おいしそう』と感想を言っただけなの

に,ほしいと言っていると思われた .J

「アルバイト先で『疲れましたね』と言われたので

休憩するように勧めたら S は単に感想を口にしただ

けであった. J

後 2 者は,話し手が意図していないことを聞き手が

深読みした例だが,善意に基づく誤解と考えられる.

非言語的コミュニケーションによる誤解 「友人が

IF * * (人名)がきれいだ』と言ったので,それを肯定する意味でほほえんだら,パカにしていると誤解さ

れた. J

事例として指摘があったのはこの l 例のみである

が,実際には言語的表現が誤解される場合に非言語的

行動の影響があることは,十分に想定できる.非言語

的行動については多くの研究があるが (Richmond &

McCroskey, 2004) ,誤解との関連についても,今後さ

らに検討を深める必要がある.

概念の整理

今後のこの問題の展開のために誤解に関わる概念を

整理しておく.

1 .共通の基盤

誤解の発生や持続には,話し手と聞き手の共通の基

盤のズレが,大きな要因になっている.通常,コミュ

ニケーションがうまくいくのは,送り手と受け手が基

盤を共有することによる.共通の基盤は次のような点

から推測されると考えられる (C1ark & Marshall, 1981).

物理的共存在送り手と受け手が同じ場面におれ

ば,両者が知識を共有できると推測する A さんと B

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ミス・コミュニケーション

さんが同じ方向を向いて立っており,その前を犬が走

り去っていた 両者は互いに その犬に気づいている

と推測するだろう.そこで,

あの犬,山田さんが飼っているのだよ .

という発話があれば,受け手は「あの犬」とは,今走

り去っていった犬のことだと判断するだろう.

言語的共存在会話の中で言及された内容は話し

手,送り手,受け手と言語的に共存在となる.

A さんと B さんの次のような会話.

lA: 昨日植田さん凶ったよB: あの人,相変わらず忙しそうでしたか.

において B さんの「あの人」は当然 A さんの先行

発話の「植田さん」を指す.

共同社会の成員性 ある共同社会 (community)の

成員が知っていると仮定される事柄に基づく場合であ

る.ただしここでの共同社会は国,地方,町内,家族

というように,さまざまな範囲がある.具体的には

ï2013年 7 月における日本の首相は安倍氏である j ,

ïA大学の心理学科は身体科学部にある j , � S 家では

ゴミ捨ては夫の役割である」というように挙げられよ

う 2013年 7 月の,

首相は長期政権を維持できるでしょうか?

というコメントからは首相」は安倍氏を A大学

での会話で,

心理学科の教員は学部長にならないだろうな.

からは,学部長とは身体科学部長のことを指すことが

イ云わるだろう.

2. 透明性錯覚

誤解が生じたり,また,それに気づかない大きな原

因の一つが,透明性錯覚 (the illusion of transparency)

の存在である.

透明性錯覚は,人が他者に内心を見透かされている,

と実際以上に思い込む現象である. Goilovich ら(1 998)

が体系的に論じたものであるが,それ以前から関連し

た研究はあったし,また, Gilovich ら以後は,さまざ

まな実証的研究が生み出されてきた.透明性錯覚が生

じる理由として, Gilovich らは,送り手が受け手との

視点(viewpoint) の相違を十分に調整できないことを

指摘している.

コミュニケーションにおいては,送り手が受け手と

の基盤の共通性を過剰に仮定することで誤解を生じさ

せる可能性があるし,また,伝わったであろうと過剰

に見積もって,誤解に気づかない可能性がある(岡本,

2010) .嘘,皮肉,評価の伝達などさまざまな場合に

透明性錯覚が存在することが確認されている(遠藤,

2005a, b ;岡本, 2010).

この透明性錯覚については,誤解を含め,伝えたい

ことが伝わらない, という問題を幅広く検討していく

上で,さらにその性質を明確にしていく必要がある.

ただ,一方では,送り手が意図しないことが他者に伝

わってしまっており,それを送り手が十分に認識しな

い, という逆の錯覚についても検討の余地があると考

える.ブログ等で不用意なコメントをして,それが広

く知れ渡ってしまったために,本人やコメントの対象

が不利益を得る, というケースがしばしば見られる.

これも,送り手が他者の視点を十分に認識できない,

という意味では,透明性の錯覚と方向は逆だが同じメ

カニズムが働いていると推察される.

3. 言語学的視点論との関係

ところで,コミュニケーターの視点の問題は言語学

的にも関心が持たれてきた.この点について詳細に研

究しいたのが,久野 (1978) や高見・久野 (2002) で

ある. ここでは,送り手(話し手)がどこに視点を置

くかによって,能動態と受動態や,授受表現が使い分

けられると論じられる .

態に関して言えば,受動態では, 視点に関しては主

語寄りになる. したがって,

太郎は花子を助けた.

に対して,

花子は太郎に助けられた.

は,話し手が花子寄りの視点(久野(1978) は「共感

度が花子>太郎である」という)でなければ用いられ

ない.そして,

?太郎の奥さんが太郎に助けられた.

のような表現は,共感度が受動態という点では「太郎

の奥さん>太郎j , � Aの奥さん」という表現を用いた

という点では「太郎>太郎の奥さん」と矛盾するため,

やや不自然になる(久野, 1978).

また,授受表現では,与益者,受益者と視点の関係

は次のようになる(久野, 1978).

「くれる」

太郎は花子を助けてくれた. (主語=与益者:太

郎,視点:花子)

「やる」

太郎は花子を助けてやった. (主語=与益者:太

郎,視点 : 太郎)

「もらう」

花子は太郎に助けてもらった. (主語=受益者:

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岡本真一郎

花子,視点:花子)

このような視点の概念は,心理学的な視点、の概念と

同一ではないが,共通する側面がある. この点を整理

することは,言語表現と誤解の問題を扱っていく上で

きわめて重要で、あると考える.

附記

本研究の実施に当たっては平成23-25年度科学研究費助

成金(基盤研究 (C) I ミス・コミュニケーションの社会心

理学的研究」研究代表者 : 岡本真一郎)ならび、に,平成

23-25年度科学研究費補助金(基盤研究 (B) I良好な対人

関係を築くコミュニケーションの方法の考案:言語心理学

モデルの構築と応用」研究代表者:唐沢穣)の補助を受け

引用文献

Clark, H. H. & Marshal1, C. R. 1981 Definite reference and

mutual knowledge. A. K. Koshi, B. Webber, & I. A. Sag

(Eds.) Elements of discourse understanding. Cambridge:

Cambridge University Press. pp. 10-63

遠藤由美 2005a 主観的感覚の強さが透明性錯覚に及ぼ

す効果 日本心理学会第69回大会発表論文集, 119.

遠藤由美 2005b 表出意図が透明性錯覚に及ぼす効果

日本社会心理学会第44回大会発表論文集, 114ー115

Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. 1998 The illusion

of transparency: Biased assessments of other's ability to

read one's emotional status. Journal of Personality and

-28

Social Psychology, 75, 332-346. 久野障 1978 談話の文法大修館書店

Levinson, S. C. 1983 Pragmatics. Cambridge: Cambridge

Universiぴ Press. 安井稔・奥田夏子(訳) 1990 英語

語用論研究社出版

Levinson, S. C. 2000 Presumptive Meanings: The theoη of

generalized conversational implicatur・'e. Cambridge, Massachusetts: The MIT Press. 田中康明・五十嵐海理

(訳) 2007 意味の推定新グライス学派の語用論

研究社

岡本真一郎 2012 コミュニケーションとミス・コミュニ

ケーション 岡本真一郎(編) ミス・コミュニケーシ

ョン ナカニシヤ出版

岡本真一郎 2010 ことばの社会心理学(第 4 版) ナカニ

シヤ出版

岡本真一郎 2011 ミス・コミュニケーションはどのよう

に発生するか 一誤解の経験に関する調査一 愛知学

院大学論叢心身科学部紀要 7 , 9-12.

小野田正利(編著) 2009 イチャモン研究会 学校と保護

者のいい関係づくりへ ミネルヴァ書房

Richmond, V. P. & McCroskey, J. C. 2004 Nonverbal behavior

in interpersonal relations. Al1yn Bacon. 山下耕二(編訳)

2006 非言語行動の心理学対人関係とコミュニケー

ション理解のために 北大路書房

Sperber, D. & Wilson, D. 1995 Relevance: Communication

and cognition. (2nd ed.) (First ed., 1986) Oxford: Basil

Blackwell.内田聖二ほか(訳) 1999 関連性理論 一

伝達と認知一 (第 2 版) 研究社出版

高見健一・久野障 2002 日英語の自動詞構文研究社

最終版平成25年 7 月 31 日受理

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Bulletin ofThe Faculty ofPsychological & Physical Science, No. 9, 25-29, 20¥3

Miscommunication:

A Report of an Additional Study and Discussion ofTheoretical Issues

Shinichiro OKAMOTO

Abstract

In this paper, as a continuation ofthe previous research (Okamoto, 201 1), the results ofan addtional study

of everyday misunderstandings are reported. Seventy cases of misunderstanding are classified into eight

categories, and some cases are illustrated. Finally, theoretical issues conceming with misunderstanding and miscommunication, i.e. , common grounds, the illusion of仕組sparency, and the communicator's perspective (as

a linguistic concept) are discussed.

Keywords: miscommunication, misunderstanding, communication, common grounds, the illusion of仕組sparency,

the communicator's viewpoint

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