スギからセルロースナノファイバーを一貫製造するシステムの開発 · 図2...

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森林総合研究所 第 3 期中期計画成果集 38 スギからセルロースナノファイバーを一貫製造するシステムの開発 きのこ・微生物研究領域 林  徳子、下川 知子、野尻 昌信、渋谷  源 バイオマス化学研究領域 眞柄 謙吾、久保 智史、戸川 英二、藤澤 秀次 木材改質研究領域  小林 正彦 研究コーディネータ 木口 実 要 旨 樹木の細胞壁は、幅 4 ナノメートルの細いセルロース繊維の束からできています。紙の原 料となるパルプを究極までほぐすとこのセルロース繊維の1本から数 10 本の束になります。 これが、セルロースナノファイバー(CNF)です。CNF は軽くて強いため、新素材として用 途開発が期待されています。物理処理で CNF を生産するには高いエネルギーが必要ですが、 水酸化ナトリウムで蒸解するパルプ化及び酵素処理と湿式粉砕の併用によるナノ化を連続し て行うことによって、エネルギー消費が少ない低環境負荷な CNF 一貫製造工程を開発しま した。森林総合研究所内にベンチプラントを建設して、スギを原料とした CNF の製造実証 を行うとともに、タケについても食品利用を目的とした CNF の開発研究を行っています。 セルロースはナノファイバー セルロース、ヘミセルロース、リグニンは植物細胞壁 の主要成分で、それぞれ 50%、10 ~ 20%、20 ~ 30 %程度含まれています。植物の細胞壁内には、まっすぐ なセルロース分子の鎖が規則的に並んで互いに結びつ いた「セルロースミクロフィブリル」と呼ばれる幅約 3 ~ 4 ナノメートルの極細の繊維が束になっています。 スギなど高等植物のセルロースミクロフィブリルは、幅 3 ~ 4nm、長さは数百~数千 nm とまさに「ナノファ イバー」です。 機械処理と酵素処理を併用するナノファイバー製造 セルロースを1本から数 10 本のセルロースミクロフ ィブリルにほぐしたものがセルロースナノファイバー (CNF)です。セルロースを物理的に CNF までほぐすに は大きなエネルギーが必要であり、高圧ホモジナイザー などの大型の機械装置や TEMPO 酸化などの化学反応を 用いた方法で作られています。これらの方法は製紙用の パルプを原料とし、大規模生産を視野に入れたもので中 山間地域にそのまま適用するのは困難です。 そこで、私たちは、水酸化ナトリウムによる蒸解法と 酵素処理・湿式粉砕の併用法とを組み合わせることによ って木材をパルプ化から CNF まで一貫した製造工程を 開発しました。通常の粉砕処理では、セルロースが叩き 潰されるだけでほぐれませんが、この新しい技術では処 理時に水を入れ、セルラーゼという酵素を投入すること で、一般に使われる粉砕機を用いてセルロースを微細な CNF にまでほぐすことができます(図 1)。 平成 26 年度林野庁事業において、水酸化ナトリウム 蒸解によるパルプ化、漂白、酵素処理とビーズミル等 の湿式粉砕処理などの装置を備えた CNF 製造ベンチプ ラントを森林総合研究所敷地内に建設しました(図2)。 この製造工程では、チップから CNF を一貫工程で製造 し、現状の製紙工場等で製造されるものより大幅に簡素 化されているのが特徴で、規模が小さくても生産性を上 げて CNF の生産コストを低減できることを明らかにし ました。本方法で作られた CNF は表面が化学処理され ておらず、幅 3 ~ 100nm、長さ 5µm 以内で、ヘミセ ルロースを含んでいるのが特徴です(図3)。 CNF の可能性 戦後 70 年を過ぎ、日本の森林は用材として利用でき る成熟木が増加しており、木材の新規利用を図ることが 重要です。一方、里山の荒廃や竹林の放置による竹林の 拡大が問題となっていますが、タケを原料にした CNF も製造可能です。タケの場合、ヘミセルロースの一種 のキシラン、アラビノースが多く含まれること、また、 CNF がスギよりゲル化しやすい特徴があることがわか りました(図4)。 「CNF は鋼鉄の 5 分の 1 の重さで 5 倍の強さがある」 といわれており、プラスチック等の補強材や透明フィル ム等への利用研究が行われるなど、将来性の高い素材で す。また、さっぱりとした粘性を示すことから増粘剤と しての利用も考えられています。CNF を中山間地域で 生産することによって、地域産材を利用した新産業を興 すことが期待できます。森林総合研究所では、開発した これらの技術を地方創生として中山間地域等で使ってい ただけるところを探しています。 本研究は、林野庁受託事業「木材需要拡大緊急対策事 業」、セルロースナノファイバー製造技術実証事業、お よび、農林水産省受託事業「革新的技術創造促進事業(異 分野融合共同研究 計画研究)」、「物理処理と酵素処理を 併用した木質材料由来ナノファイバーの食品等への応 用」で実施しました。

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Page 1: スギからセルロースナノファイバーを一貫製造するシステムの開発 · 図2 セルロースナノファイバー実証施設のナノ化工程部 分。ビーズミルユニット(手前)と前処理反応槽(奥)。

森林総合研究所 第 3期中期計画成果集

38

スギからセルロースナノファイバーを一貫製造するシステムの開発

きのこ・微生物研究領域 林  徳子、下川 知子、野尻 昌信、渋谷  源バイオマス化学研究領域 眞柄 謙吾、久保 智史、戸川 英二、藤澤 秀次木材改質研究領域  小林 正彦研究コーディネータ 木口 実

要 旨 樹木の細胞壁は、幅4ナノメートルの細いセルロース繊維の束からできています。紙の原料となるパルプを究極までほぐすとこのセルロース繊維の1本から数10本の束になります。これが、セルロースナノファイバー(CNF)です。CNFは軽くて強いため、新素材として用途開発が期待されています。物理処理でCNFを生産するには高いエネルギーが必要ですが、水酸化ナトリウムで蒸解するパルプ化及び酵素処理と湿式粉砕の併用によるナノ化を連続して行うことによって、エネルギー消費が少ない低環境負荷なCNF一貫製造工程を開発しました。森林総合研究所内にベンチプラントを建設して、スギを原料としたCNFの製造実証を行うとともに、タケについても食品利用を目的としたCNFの開発研究を行っています。

セルロースはナノファイバーセルロース、ヘミセルロース、リグニンは植物細胞壁の主要成分で、それぞれ50%、10~ 20%、20~ 30%程度含まれています。植物の細胞壁内には、まっすぐなセルロース分子の鎖が規則的に並んで互いに結びついた「セルロースミクロフィブリル」と呼ばれる幅約 3 ~ 4 ナノメートルの極細の繊維が束になっています。スギなど高等植物のセルロースミクロフィブリルは、幅3~4nm、長さは数百~数千nmとまさに「ナノファイバー」です。

機械処理と酵素処理を併用するナノファイバー製造セルロースを1本から数10本のセルロースミクロフィブリルにほぐしたものがセルロースナノファイバー(CNF)です。セルロースを物理的にCNFまでほぐすには大きなエネルギーが必要であり、高圧ホモジナイザーなどの大型の機械装置やTEMPO酸化などの化学反応を用いた方法で作られています。これらの方法は製紙用のパルプを原料とし、大規模生産を視野に入れたもので中山間地域にそのまま適用するのは困難です。そこで、私たちは、水酸化ナトリウムによる蒸解法と酵素処理・湿式粉砕の併用法とを組み合わせることによって木材をパルプ化からCNFまで一貫した製造工程を開発しました。通常の粉砕処理では、セルロースが叩き潰されるだけでほぐれませんが、この新しい技術では処理時に水を入れ、セルラーゼという酵素を投入することで、一般に使われる粉砕機を用いてセルロースを微細な CNF にまでほぐすことができます(図1)。平成26年度林野庁事業において、水酸化ナトリウム蒸解によるパルプ化、漂白、酵素処理とビーズミル等の湿式粉砕処理などの装置を備えたCNF製造ベンチプラントを森林総合研究所敷地内に建設しました(図2)。この製造工程では、チップからCNFを一貫工程で製造

し、現状の製紙工場等で製造されるものより大幅に簡素化されているのが特徴で、規模が小さくても生産性を上げてCNFの生産コストを低減できることを明らかにしました。本方法で作られたCNFは表面が化学処理されておらず、幅3~100nm、長さ5µm以内で、ヘミセルロースを含んでいるのが特徴です(図3)。

CNFの可能性戦後70年を過ぎ、日本の森林は用材として利用できる成熟木が増加しており、木材の新規利用を図ることが重要です。一方、里山の荒廃や竹林の放置による竹林の拡大が問題となっていますが、タケを原料にしたCNFも製造可能です。タケの場合、ヘミセルロースの一種のキシラン、アラビノースが多く含まれること、また、CNFがスギよりゲル化しやすい特徴があることがわかりました(図4)。「CNFは鋼鉄の5分の1の重さで5倍の強さがある」といわれており、プラスチック等の補強材や透明フィルム等への利用研究が行われるなど、将来性の高い素材です。また、さっぱりとした粘性を示すことから増粘剤としての利用も考えられています。CNFを中山間地域で生産することによって、地域産材を利用した新産業を興すことが期待できます。森林総合研究所では、開発したこれらの技術を地方創生として中山間地域等で使っていただけるところを探しています。

本研究は、林野庁受託事業「木材需要拡大緊急対策事業」、セルロースナノファイバー製造技術実証事業、および、農林水産省受託事業「革新的技術創造促進事業(異分野融合共同研究 計画研究)」、「物理処理と酵素処理を併用した木質材料由来ナノファイバーの食品等への応用」で実施しました。

Page 2: スギからセルロースナノファイバーを一貫製造するシステムの開発 · 図2 セルロースナノファイバー実証施設のナノ化工程部 分。ビーズミルユニット(手前)と前処理反応槽(奥)。

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FFPRI

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図 5

0% 20% 40% 60% 80% 100%

タケパルプ

タケCNFセルロースを

含むグルカン

キシロース

アラビノース

図 2 セルロースナノファイバー   製造技術実証施設

図 1 酵素と湿式粉砕を用いたセルロースナノファイバー   製造法の原理

図 3 スギのチップ、パルプ、漂白パルプおよびセルロースナノファイバー懸濁液(1%)と    セルロースナノファイバーの透過電子顕微鏡写真

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図 5

0% 20% 40% 60% 80% 100%

タケパル

タケCNFセルロースを

含むグルカン

キシロース

アラビノース

a b

c

図 4 タケ CNF ゲル(a)と含まれる   CNF の透過型電子顕微鏡写真 (b)   および CNF の糖組成(c) CNFにもキシロース、アラビノースなどのヘミセルロース成分が含まれる。

パルプ繊維:ナノファイバーの集合体

パルプ繊維は機械処理で潰されて割れが生じ、同時に酵素も働いてナノファイバーへとスムーズにほぐれていく

パルプ繊維を叩き潰す。叩き潰すだけ。パルプ繊維からのナノファイバーのほぐれは少ない

トンカチ

+トンカチ くさび

:セルラーゼ(セルロースをほぐす酵素)酵素の力で凝集したセルロースをほどく

図1 酵素と湿式粉砕を用いたセルロースナノファイバー製造法の原理

図2 セルロースナノファイバー実証施設のナノ化工程部分。ビーズミルユニット(手前)と前処理反応槽(奥)。

500nm

図3 スギのチップ、パルプ、およびセルロースナノファイバー懸濁液(1%)とセルロースナノファイバーの透過電子顕微鏡写真