『ハックルベリー・フィンの冒けん』 第十六章「筏の ......7 6...
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『ハックルベリー・フィンの冒けん』
第十六章「筏のエピソード」
マーク・トウェイン
訳 柴田元幸
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筏のエピソード
とはいえこっちはまだ子ども、知りたいとおもったらそう待てるもんじゃない。ジムとふたりでじっ
くり話しあって、そのうちにジムも、まあこれだけまっくらな夜だからあのおおきないかだ
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までおよい
でいってはい
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上がってぬすみぎきしてもだいじょぶだろうと言ってくれた。で、きっとみんなケアロの
話をしてるにちがいない、ケアロでおりてパーッとあそぼうとおもってる人もいるだろうし、おりなく
てもボートを送りだしてウイスキーとか肉とか買いにいかせたりするはずだとジムは言った。ジムはニ
ガーにしてはおそろしくれいせい
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なアタマのもちぬしだった。いいけいかく
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がほしいってときに、まず
まちがいなくいいのをおもいついてくれる。
おれは立ちあがって服をぬいで川にとびこみ、いかだのあかりめざしておよぎだした。じきに近くま
で来たんで、用心しながらゆっくりすすんでいった。でもだいじょうぶ、だれもオールのところにはい
ない。いかだのヨコを泳いでいって、そのうちまんなかのたき火のほぼまよこ
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まで来た。はい上がって、
すこぉしずつ前に行って、たき火の風上の、なんかの板がつみかさねてあるなかにもぐりこんだ。いか
だの上には男が十三人いた。みんな見はりの連中で、これがまたエラくあらっぽそうなやつばっかり。
それぞれブリキのカップを手にもって、酒ビンをまわしてる。ひとりがうたっていた。てゆうか、ホエ
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てる
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ってかんじ。しかも上ひん
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なうたなんかじゃなくて、まあすくなくともお茶のま0
にはむかない。鼻
イキもあらくホエていて、ひとふしひとふし、さいごのコトバをものすごく引きのばしてうたう。うた
いおわると、みんなインジャンのとき
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の声みたいにかっさい
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して、またべつのうたがはじまった。こん
どのは――
『ハックルベリー・フィンの冒けん』(研究社)一六一ページうしろから五行目「これはジムも名案だと
言って、ふたりでタバコを一ぷくして、待った。」のあとに、原書の編集段階では以下のエピソードが
入っていたが、一八八五年の初版では削除された。ここに訳出する。
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筏のエピソード
おれらの町に 女がいてさ
女がひとり 町にいて
亭主を愛しちゃいるんだが
よその男をばい
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愛してた
そうしてうたう、リルー、リルー、リルー
リトゥー、リルー、リレイィィィィイ
亭主を愛しちゃいるんだが
よその男をばい
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愛してた̀
` てなかんじに、なんと十四番までうたったんだ。だけど、いまひ
とつパッとしなくて、十五番をやりかけたところでだれかが、なん
か年よりのウシが死にそうなうた
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だなあと言って、べつのだれかが
「いいかげんにしてくれよ」と言い、さんぽ
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にでも行ったらどうだ
ともうひとりが言った。さんざんからかわれたもんだからそいつはカッとなってとび上がってみんなに
アクタイつきはじめて、おまえらのなかにドロボーいるか、いたらブチのめしてやるぜと言った。
みんないまにもそいつにおそいかかるかっていきおいだったけど、そこでいちばんずうたい
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のおおき
「いかだのヨコを泳いでいった」
いやつがとび上がって
「しょくん、すわっていたまえ。おれにまかせてくれ。こいつはおれがひきうけた」と言った。
そうして宙に三べんとび上がって、とぶたんびにかかとを鳴らした。ひらひらがいっぱいたれてるバ
ックスキンの上着をぬぎすてて、「カタがつくまで、みんなのんびりしてろや」と言ってこんどはリボ
ンだらけのぼうし
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をたたきつけ、「こいつのくるしみ
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がすむまで、みんなのんびりしてろや」と言った。
それからまた宙にとび上がって、もういっぺんかかとを鳴らして、声をはり上げた――
「ウー=ープ! われこそはアーカンソーの山おくの出、
がんそ
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鉄アゴ、足はしんちゅうハラは銅、死体づくりと
はおれのこと! サァ見てくれ! 人呼んでイチコロ死
神、おれがとおれば木いっぽんのこらねえ! 父おやは
ハリケーン、母おやは地しん
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、コレラはハラちがいのき
ょうだいで、てんねんとう
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も母かたのほぼ
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しんせき!
サァ見てくれ! ちょうし
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がよけりゃワニ十九ひき
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とウ
イスキーひとたる
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がおれの朝メシ、わるけりゃわるいで
ガラガラヘビひとやまと死体いっちょう! えいえん
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の
岩もおれが一目ニラめばパカッとわれて、おれがしゃべ
ればカミナリもだまる! ウー=ープ! 下がれ、下が
「宙にとび上がった」
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筏のエピソード
れ、力があるだけ場しょもいるんだ! 血がお
れの飲みつけの酒、だんまつま
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のさけびはおれ
の耳に音がく
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!
しょくん、とくとごらんあ
れ!――ふせろ、イキとめろ、そら本気出す
ぞ!」
とかなんとかしゃべってるあいだずっと、男
は首をヨコにふって、おっかない顔して、ちい
さくまわってだんだんからだをふくらませ、ソ
デ口をまくり上げて、ときどきピンとからだをのばしてゲンコツでムネをたたいては「しょくん、サァ
見てくれ!」と言っていた。ひととおりすむととび上がってかかと
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を三べん鳴らして「ウー=ープ!
われこそはとびきり血にうえたヤマネコなり!」とホエた。
するとこのさわぎをそもそもおっぱじめた男が、ふるいソフト帽を下げて右目をかくし、前かがみに
なって身をのり出し、背中をそらせ、尻をうしろにつき出して、両のこぶしを前に出したかとおもうと
またサッとひきよせ、三べんちいさくまわって、ゼイゼイあらくイキをしながらじわじわからだをふく
らませていった。それからピンと身をのばし、とび上がってかかと
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を三べん鳴らしてから床におりて(み
んながかっさい
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した)、こうわめいた――
「ウー=ープ! クビひっこめろ、ひれふせ、ナミダの王国がやってくるぞ! おれを地めんにおさえ
「ちいさな輪をかいてまわった」
つけとくがいい、なにしろ力がどんどんわいてきてるからな! ウー=ープ! おれは罪の子、好きに
やらせたらエラいこったぞ! しょくん、すりガラスだ! じかにおれを見たらタイヘンだぞ! 気が
むけばけいど
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のけいせん、いど
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のいせんを引きあみ
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に、大西洋をさらってクジラをとる! イナズマで
アタマをぼりぼりかいて、ねるときはカミナリが子もりうた! さむくなったらメキシコわん
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をわかし
てひとフロあびて、あつくなったらひがん
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のあらしがうちわ
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がわり、ノドがかわけば手ぇのばして雲を
スポンジみたいにチュウチュウすって、すきっパラで地上をあるけば行くさきざきでききん
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が起きる!
ウー=ープ! クビひっこめろ、ひれふせ! おれが太ようの顔を手でおおえば地きゅうは夜、月をひ0
とかけ
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かじればきせつ
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がクルクルかわり、からだをぶるっとゆすりゃ山々のきなみ
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くずれ落ちる! お
れを見るなら革をとおして見ろ――じかに見ちゃいかん! おれの心ぞうは化石、はらわたはボイラー
板ばん
! ヒマでタイクツなときはあちこちの村をみなごろし、本気出したら国ごとほろぼす! はてしな
く広いアメリカの荒野もおれのわが家、死者どもはみんなウラにわにうめる!」
そう言ってとび上がってかかとを三べん鳴らし(みんながまたかっさい
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した)、おりてくると「ウー
=ープ! クビひっこめろ、ひれふせ、わざわいのもうし
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子が来るぞ!」と言った。
するともう一人もからだをふくらましてホラふきだした――おれにまかせとけと言ったほうの、みん
ながボブって呼んでるやつだ。それからわざわいのもうし
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子がまたやりだして、ますますおっきなホラ
ふいて、つぎはふたりでどうじ
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にやって、どっちもあいてのまわりでグングンふくらんで、あいての顔
にパンチくりだしてあやうくめいちゅう
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しかけて、インジャンみたいにウーウーワーワーわめいて、ボ
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筏のエピソード
ブがもうし
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子をバトーして、もうし子がボブをバトーしかえして、つぎにボブがもうし
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子をもっとずっ
とあらっぽくバトーしてもうし
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子がサイアクのコトバづかいでバトーしかえして、こんどはボブがもう
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し0
子のぼうしをたたきおとして、もうし子がそれをひろってボブのリボンだらけのぼうしを二メートル
くらいけとばし、ボブがそれをひろいに行って、べつにかまわんさ、これでおわりじゃないから、おれ
はなにひとつ
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わすれねえしなにひとつ
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ゆるさねえ男だ、おまえもせいぜい気をつけるんだな、ゼッタイ
ただじゃすまんからな、このかり
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はおまえの血でかえしてもらうぜと言った。するともうし
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子は、いい
ともさ、のぞむところさ、こっちからもけいこく
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させてもらうぜ、二どとおれの前に出ねえほうが身の
ためだぞ、おまえの血の海にひたるまではおれとしてもおちつかねえのさ、おれはそういう男なのさ、
まあだけどいまはおまえの家ぞく
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にめんじて見のがしてやる、おまえに家ぞく
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がいるのかどうか知らん
けどなと言った。
ふたりともじりじり、べつべつのほうにさがっていきながら、グルグルうなり、クビをヨコにふって、
あれをするこれをするといばってたけど、じきに黒いホオひげの小男がとび出してきて
「おいもどってこいコシぬけども、ふたりともぶったたいてやるから!」と言った。
で、そいつはホントウにそうした――ふたりをつかまえて、あっちにこっちにふりまわし、ケッとば
し、しばいて、なぐりたおし、おきあがるが早いかまたなぐりたおした。二分とたたないうちにふたり
ともイヌみたいに泣きを入れはじめ、そのあいだずっとけんぶつ
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の連中はギャアギャアわめいて、わら
って、手をたたいて「そぉらがんばれ、死体づくり!」「もういっちょ行け、わざわいのもうし
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子!」
「いいぞ、ちびのデイヴィ!」などとどなっていた。
そんなかんじに、しばらくのあいだそりゃもうエラいさわぎだった。おわってみるとボブともうし
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子
の鼻は赤いし目のまわりは黒かった。ふたりともちびのデイヴィにクビねっこつかまれて、おれたちは
コシぬけです、おくびょうものです、イヌといっしょにメシ食うねうち
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もニガーといっしょに酒飲むね0
うち
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もありませんと言わされた。それからボブともうし
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子とでおそろしくまじめな顔であくしゅして、
おれたちいままでずっとおたがいいちもく
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おいてきた
よな、これまでのことは水に流そうなと言いあった。
とゆうわけでふたりとも川で顔あらってたら、もうじ
き流れがかわるぞ、位置につけ、と大声でめいれい
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が
出て、何人かは前のほうに行ってオールにつき、のこ
りはうしろに行ってうしろのオールについた。
おれはじっとヨコになったまま十五分待って、だれ
かがそこらへんに置いてったパイプをすっていた。じ
きに流れがかわるとこもすぎて、みんなのそのそもど
ってきて、酒をまわしてまたしゃべったりうたったり
やりだした。
つぎにふるいフィドルを出してきて、だれかがひい
「ふたりともなぐりたおした」
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筏のエピソード
て、べつのだれかがジューバ〔アフリカ起源のダンス〕をやっ
て、ほかの連中もむかし
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ながらのキールボート・ブレーク
ダウン〔川船の船乗りたちに人気のあった黒人風ダンス〕をおど
りだした。でもいくらもやらないうちにイキが切れてきて、
じきにまたみんな酒ビンをかこんですわりこんだ。̀
`
いせい
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のいいコーラスで「たのしいくらしさ いかだ乗
り」をうたってから、いろんなブタどうしのちがい、それ
ぞれのしゅうせい
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の話をやりだして、そのつぎは女どうし
のちがい、それぞれのやりかたの話をして、それから家の
火じ0
はどう消すのがいちばんかを話して、インジャンをど
うしたらいいかを話して、王さまってのはなにをするもの
か、いくらもらえるのかを話して、ネコどうしケンカさせ
るにはどうするか、だれかがひきつけ
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を起こしたらどうす
るか、すんだ水の川とにごった水の川はどうちがうかを話しあった。エドって呼ばれてる男が言うには、
ミシシッピのにごった水飲むほうがオハイオのすんだ水飲むよりカラダにいいそうで、このきいろいミ
シシッピの水を半リットルばかり置いておくと、まあ川の水の高さにもよるけどだいたい一センチから
二センチのドロが底にたまって、そうなるとオハイオの水とかわらなくなっちまう、ずっとかきまわし
とくのがだいじ
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なんだ、もし水がひくかったら手もとにドロを置いといてちゃんとにごらしてやらなき
ゃいけないんだとエドは言った。
するとわざわいのもうし
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子も、そのとおり、ドロにはえいよう
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があるんだよ、ミシシッピの水を飲め
ばその気になりゃハラのなかでトウモロコシそだてられるんだぜと言った――
「はかば
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を見りゃわかることさ、シンシナティのはかば
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じゃ木もロクにのびやしねえけど、セントルイ
スのはかばだったら二十五メートルはゆう
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に行く。これもみんな、うめられるまえに人げんがのむ水の
せいなのさ。シンシナティの死体じゃ、土がぜんぜんこえ
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ねえんだ」
それからこんどは、オハイオの水はミシシッピの水とまじわりたがらないってゆう話がはじまった。
エドが言うには、オハイオがわの水がひくいときにミシシッピが上がってると、ミシシッピの東がわは
百キロかもっと、すんだ水の広いオビがずうっと見えるけど、岸から五百メートルばかりはなれて、線
をこえたとたん、あとはずうっとむこう岸までにごってきいろくなってるんだそうだ。
そうしてつぎは、タバコの葉っぱがカビないようにするにはどうするかって話、そこからユウレイば
なしになって、みんなさんざん他人が見たユウレイの話をしたけど、そこでエドがこう言った――
「おまえらたまには、じぶん
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が見たものの話、したらどうだ? ここはひとつおれがやらしてもらお
う。五年まえ、このくらいおっきないかだにのっていて、まさにこのあたり、あかるい月夜の晩で、時
こく
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はちょうど午前れい時をまわったところで、おれは見はりに出ていて、右げん
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前方のオールをうけ
もってた。で、なかまのひとりがディック・オールブライトって男で、おれがすわってるあたりにやっ
昔ながらのブレークダウン
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筏のエピソード
てきたんだが、こいつがやたらあくび
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をしたりのび
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をしたりしてる。で、いかだのへりにしゃがみこん
で、川の水で顔をあらってから、おれのとなりにすわりこんでパイプを出して葉っぱをつめたところで
顔を上げて『よう、あのへんバック・ミラーのうちじゃねえか、あすこの曲がりめのあたり?』って言
ったんだ。で、『そうだよ、なんで?』ってきいたら、ディックのやつパイプを置いて、アタマをかた
むけて片手によっかからせて『もっと先まで来てるとおもってたんだけどな』と言ったんだ。それでお
れは『おれもそうおもったんだよ、さっき見はりがおわったときにさ』――見はりは六時かん
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やって六
時かん休むんだ――『だけどみんなに言われたんだ、この一時かん、このいかだほとんどうごいてない
みたいだぜって。いまはちゃんとすすんでるけどな』って言ったんだ。するとディック・オールブライ
トのやつ、うなり声みたいなの出して、『まえもこのへんでさ、いかだがこんなふうになるの見たよ、
なんかこの曲がりめの先ってさ、この二年ずうっと流れがとまってるみたいなんだよ』って言った。
で、やつは二どか三どカラダをのばしては、川のとおくをあちこち見ていた。それでおれも気になっ
てきてさ。人がなんかやってるの見てると、べつにイミないかもっておもっても、ついやっちゃうんだ
よな。そのうちに、右げん
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のほう、ななめうしろに、なんか黒いものがうかんでるのが見えた。見れば
ディック・オールブライトもそっちを見てる。で、『なんだ、あれ?』っておれが言うと、ディックの
やつ、なんかふきげん
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なかんじで『ふん、ただのカラッポのたるさ』って言ったんだ。それでおれが
『カラッポのたるだって! おいおい、おまえの目、ぼうえんきょう
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の百ばい見えるらしいな。どうし
てわかるんだよ、カラッポのたるだって?』ってきいたら、やつは『よくわからん。どうやらたる
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じゃ
ねえみたいだな――さっきはそうかもっておもったんだが』と言ったんで、それでおれは『まあたる
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か
もしれねえし、なんだとしたってフシギはねえさ、こんなにとおくちゃなんにもわかりやしねえよ』っ
て言ったんだ。
ほかにすることもないんで、ふたりともそのままそいつを見てた。じきにおれが『なあディック・オ
ールブライト、あれさ、だんだんこっちに近づいてきてるみたいだぜ』って言ったら、ディックのやつ、
なんにもこたえやしない。で、それがじわじわすこしずつよってくるんで、こりゃあきっと、くたびれ
たイヌかなんかだなとおれはふんだ。でだ、流
れがかわるところにいかだがはいってったら、
月光にあかるくてらされた水をそいつがプカプ
カよこぎってきてさ、たまげたことに、ホント
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に0
たるだったんだよ。
それでおれが『なあディック・オールブライ
ト、どうしておまえあれがたる
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だとおもったん
だよ、一キロ近くはなれてたってのにさ』って
きいたら、ディックのやつ、『わからんね』っ
て言うんで『かくすなよ、ディック・オールブ
ライト』って言ったら、『いや、とにかくおも
謎の樽
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筏のエピソード
ンモノのあらしになって、そのさなかにうしろにむかって走ってたやつがすべってころんで足クビをね
んざして、あんまりひどいんでねてるしかなかった。おれたちみんな、やれやれとばかりクビをヨコに
ふったね。で、イナズマがひかるたびにあのたる
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が見えて、まわりで青い光がピカピカしてる。おれた
ちはずっとたるから目をはなさなかった。でも夜あけ近くになって、たるはいなくなった。夜があける
と、どこにも見えない。ざんねん
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なんて気もちはなかっ
たね。
ところがつぎの夜、九時半ごろ、さんざんうたったり
さわいだりしてたら、またたる
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が出てきて、きのうとお
んなじ右げん
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の位置についた。さわぎもいっぺんにしず
まったね。みんないんき
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な顔になった。だれもしゃべら
なかった。だれかになにかやらせようとしても、だれも
がむっつりたるを見てるだけだった。じきに空がまたく
もってきた。見はりがこうたい
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すると、おわったやつら
はねどこにはいらずそのまま起きてた。あらしはひと晩
じゅうあれくるって、そのさなかにまたひとりつまずい
て足クビをねじって、ねどこにひっこむしかなかった。
日の出まぢかにたるはいなくなったけど、いなくなると
ったんだよ、あれはたる
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だって。前にも見たことあるんだ、見たやつはおおぜいいるんだよ、あれはユ
ウレイだる
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だってみんな言ってる』って言うんだ。それでほかの見はりのやつらを呼んでこっちへ来さ
せて、ディックが言ったことを聞かせたのさ。で、たるはいかだのヨコにうかんでて、もうそれいじょ
う先へは行かなかった。五、六メートルはなれてたかな。いかだにのっけようぜって言うやつもいたけ
ど、よそうって言うやつのほうが多かった。あれに手ぇ出したいかだはみんなたたり
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にあうんだってデ
ィック・オールブライトが言うと、おれはそんなの信じないぞって見はりがしら
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が言った。あれが追い
ついてきたのは、あっちのほうがすこし流れがはやいからだよ、じきにいなくなるさと見はりがしらは
言った。
それでみんなほかのこと話しはじめて、うたをうたって、ブレークダウンおどって、それもすむとも
う一曲うたおうぜって見はりがしらが呼びかけたんだけど、空はだんだんくもってくるし、たる
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もおな
じところからぜんぜんうごかなくて、うたってもいまひとつもりあがらなくて、けっきょくおしまいま
でうたわずに、かっさいもなしにしりきれ
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トンボになっちまって、すこしのあいだだれもしゃべらなか
った。そのうちにみんないっぺんにしゃべりだそうとして、ひとりなんかジョークをとばしたんだけど
ぜんぜんきまらなくてだれもわらわなかった。なにしろジョーク言った本人だってぜんぜんわらわない
んだ、それってフツウじゃないよな。で、みんななんか暗い顔でだまりこくって、たるをながめて、ど
うにもいごこち
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がわるかった。そしたらだ、すうっとまっ暗やみになって、風がうめくみたいにふきは
じめたとおもったらもうつぎはイナズマがひかってカミナリがゴロゴロ言いだした。じきにしっかりホ
「じきにしっかりホンモノのあらしになった」
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筏のエピソード
ころを見たやつはひとりもいなかった。̀
`
一いちんち日
じゅう、だれもがしんみょう
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な顔でふさぎこんでた。酒に手ぇつけないときのしんみょう
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さとは
ちがうんだ。それとはちがう。みんなしずかだったけど、酒はいつもいじょうに飲んだ――いっしょに
じゃなくて、ひとりひとりコソコソすみっこに行って、ひっそり飲んでるのさ。
夜になると、見はりがおわったやつらもねどこにはいらなかった。だれもうたわず、だれもしゃべら
ず、でもみんなバラバラにはなれもしなかった。なんとなく背中まるめて前のほうにかたまって、二時
かん
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ずっと、ぴくりともうごかずに、おんなじほうをじいっと見て、ときどきふうっとおおきくためイ
キつくんだよ。やがて、たるがまた出てきた。いつもの位置についた。ひと晩じゅうそこにとどまって、
だれもねどこにはいらなかった。あらしがまた、午前れい時をすぎてからやってきた。あたりはものす
ごく暗くなった。雨がざあざあ降ったし、ひょう
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も降った。かみなりはゴロゴロ、ドカーン、グワーン
と来るし風はまるっきりハリケーン、イナズマがなにもかもをギラギラつつんでいかだ
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のすみからすみ
まで昼まみたいにあかるくてらし、川は牛にゅう
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かよってゆうくらい白くなった水がはねてるのが何キ
ロもむこうまで見えて、で、たるはあいかわらずひょこひょこゆれてる。かしらが見はりのやつらに、
うしろのオールについて流れがかわるのにそなえろって言ったのに、だれひとり行こうとしない。もう
ねんざはゴメンですよ、ってわけさ。うしろへあるいて
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行こうともしない。そのとき、ドカーンと音が
して空がまっぷたつにわれて、うしろで見はってたやつがふたりイナズマにあたって死んで、ふたりが
足をやられた。どうやられたかって? 足クビをねんざしたんだよ
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!̀
夜あけまぢか、イナズマのはざまの暗いときにたる
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はいなくなった。その日は朝メシなんてだれひと
りなんにも食えなかったね。あとはみんな、二人、三人でつるんで、そのへんでぼそぼそ小声でしゃべ
ってた。だけどだれも、ディック·
オールブライトとはつるもうとしない。だれもがよそよそしかった。
ディックが寄ってくると、みんなこそこそはなれてく。ディックとおなじオールにつくやつはひとりも
いなかった。かしらに言われて、ボートはみんないかだの上、かしらのウィグワムのそばに上げてあっ
た。かしらは死人を陸お
か
にあげてまいそう
0
0
0
0
させようとはしなかった。死人をはこんで陸にあがったやつは
二どともどってこないからって言うんだ。そりゃまあそうだよな。
夜になると、もういっぺんあのたるが出てきたらこりゃきっと厄ト
ラブル介
になるぞっておもえた。なにしろ
みんないんきにブツブツ言ってるんだ。ディック・オールブライトを殺しちまおうって言うやつもおお
ぜいいた。やつはいままでなんべんも
あのたるを見てきたわけで、それがい
けねえって言うんだ。やつを陸にあげ
ようって言うやつもいた。もしまたた0
る0
が出てきたらみんないっしょに陸に
あがろうぜって言ったやつもいた。
こんなかんじのヒソヒソ話がずっと
つづいて、みんな前のほうにあつまっ
「ふたりイナズマにあたって死んだ」
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筏のエピソード
てたる
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が来ないか見はってたら、あんのじょう
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、また出てきた! ゆっくり、ちゃくちゃくとすすんで
きて、いつもの場しょにとまった。おそろしくしずかだった。と、かしらが来て、『おまえら、子ども
やアホウのむれじゃあるまいし、おれはこんなたる
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にオーリンズまでずっとつきまとわれるなんてゴメ
ンだからな、おまえらだって
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そうだろ。だったら、やめさせるにはどうしたらいい? もやせばいいん
だよ。それにかぎる。まずはあいつをいかだに上げるぞ』と言った。で、だれが口をはさむまもなく、
かしらは川にはいっていった。
たるまで泳いでいって、押してもってくると、みんなおなじほうに逃げた。ところがかしらがたるを
いかだに上げて、ふたをわると、なかにあかんぼ
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がいた! そう、すっぱだかのあかんぼだ。それはデ
ィック・オールブライトのあかんぼだった。ディックがそうはくじょう
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したんだ。『そうだよ、おれの
子だよ』とディック・オールブライトはその上にかがみこんで言った。『おれのかわいそうな、かわい
い子だよ、わがさちうすき
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かえらぬいとし
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子チャールズ・ウィリアム・オールブライトだよ』――なに
しろディックはその気になりゃさいこう
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に気のきいたコトバをひねりだして、く0
もなくならべてみせる
のさ。やつが言うには、そう、おれはむかしこの曲がりめの先にすんでいて、ある晩、泣いてた子ども
をしめ殺しちまったのさ、そんなつもりはなかったんだが――これはたぶんウソだったとおもうね――
それでこわくなって、女房がかえってくる前に子どもをたるのなかにつっこんで、家を出て、北へ行っ
ていかだ乗りになったんだ、たるに追いかけられるようになってこれで三年めだよとやつは言った。は
じめはいつもたいしたことないたたり
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からはじまって、四人死ぬまでつづいて、あとはもうたるは出て
「いきなり子どもをつかんだ」
こない、だからあんたらがもうひと晩だけつきあってくれたら――とかなんとかディックはえんえんし
ゃべったけど、男たちのガマンももうげんかい
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だった。ディックを陸にあげてリンチしようと、みんな
でボートを出しかけたが、やつはいきなり子どもをつかんで、ぎゅっとムネにだきしめてナミダをなが
しながら川にとびこんで、おれたちはもう二どと、あわれディック・オールブライトをこの世で見なか
ったし、チャールズ・ウィリアムを見もしなかった」
「だれが
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ナミダながしてたんだよ?」とボブがきいた。「オールブライトか、あかんぼか?」
「きまってるだろ、オールブライトだよ。言っただろ、あかんぼは死んだって。三年前に死んだんだよ、
泣けるわけねえだろ」
「泣けるかどうかはどうだっていいさ――そ
れよりどうやって、三年ももった
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んだよ?」
とデイヴィがきいた。「そこがききたいね」
「知らねえよ、どうやってもった
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かなんて」
とエドは言った。「とにかくもったんだよ
――おれはそれしか知らねえよ」
「でさ、たる
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はどうしたわけ?」とわざわい
のもうし子がきいた。
「それがさ、川にほうりこんだらさ、なまり
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筏のエピソード
みたいにしずんじまったんだ」
「エドワード、その子ども、しめ殺されたみたいに見えた
か?」とだれかがきいた。
「かみの毛は左右にわけてたか?」とべつのやつがきいた。
「たるにはどんなやきいん
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がはいってた、エディ?」ビルと
呼ばれてる男がきいた。
「おまえそういう話のしりょう
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とかもってるのか、エドマン
ド?」とジミーがきいた。
「なあエドウィン、おまえイナズマで死んだひとりなわけ?」
とデイヴィがきいた。
「ひとり? ひとりじゃねえよ、ふたりとも
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こいつなんだよ」
とボブが言った。みんなあははとわらった。
「ようエドワード、おまえクスリのんだほうがよくねえか? 顔いろわるいぞ――気ぶんとかよくない
んじゃねえか?」とわざわいのもうし子がきいた。
「さあエディ、出せよ」とジミーが言った。「おまえ、そのたるのかけら、しょうこ
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にとっといたんだ
ろ。見せろよ、たるの口とか――なあ――そしたらおれたちも信じるからさ」
「よぉ、みんなでわけようぜ」とビルが言った。「おれたち十三人いるだろ。おれこのホラばなし、十
三分の一ならのみこめるよ、のこりをおまえらがひきうけてくれたら」
エドはカッとなって立ちあがり、おまえらのこらず地ごくに落ちちまえとかなんとかさんざんののし
って、まだぶつぶつアクタイつきながらうしろのほうにあるいていった。みんなわめいたりはやしたて
たりほえたりゲラゲラわらったり、一キロいじょう先からもきこえそうだった。
「さ、みんな、スイカでもわろうぜ」とわざわいのもうし子が言って、おれがかくれてる板のたばをゴ
ソゴソさぐって、暗いなかで手がおれのからだにさわった。とうぜんおれはあったかくて、やわらかく
て、ハダカだ。もうし子は「いてっ!」と言ってうしろにとびのいた。
「ランタンか、もえてるマキもってこい――ここにウシみたいにでっかいヘビがいる!」
それでみんなランタンもってかけよってきて、のぞきこんでおれを見た。
「出てこい、このコジキ!」ひとりが言った。
「だれだ、おまえ?」べつのやつが言った。
「なにがめあてだ? さっさとこたえろ、さもねえと川になげこむぞ」
「さあ、ひっぱり出せ。かかとつかんで、ひきずり出すんだ」
カンベンしてください、とおれは言って、ブルブルふるえながらやつらの前にはい
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出た。みんなクビ
をかしげておれを上から下まで見て、じきにわざわいのもうし子が
「このこそ
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ドロが! だれか手をかせ、川にほうりこむんだ!」と言った。
「いやいや」とビッグ・ボブが言った。「ペンキ出してこいよ、アタマから足まで空いろにぬるんだ、
「エドはカッとなって立ちあがった」
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筏のエピソード
それから
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ほうりこむんだよ!」
「うん、それだ! ペンキとりに行けよ、ジミー」
ペンキが来ると、ボブがはけ
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をもって、いまにもぬりはじめ
ようとして、ほかの連中はゲラゲラわらって両手をこすってて、
おれは泣きだした――そしたらデイヴィがなんとなくほだされ
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みたいで
「ちょっと待て! こいつまだほんの子どもじゃねえか。この
子にユビいっぽんでもふれてみろ、おれがそいつにペンキぬっ
てやる!」
とゆうわけでデイヴィがみんなをにらみまわしたんで、ブツ
ブツ言ったやつもいたけど、けっきょくボブもペンキをおろし
て、だれもそれに手をのばそうとはしなかった。
「おい、たき火のほうに来な、おまえがなにしに来たのか、ひとつ聞かせてもらおうじゃねえか」とデ
イヴィは言った。「さ、そこにすわって、じぶんのこと話しな。いつからこのいかだに乗ってた?」
「十五びょうも乗ってません」とおれは言った。
「なんでそんなにはやくからだがかわいた?」
「わかりません。おれ、いつもこうなんです、だいたい」
「だれだ、おまえ?」
「ふん、そうなのか。おまえ、名まえは?」
おれはじぶんの名まえを言うつもりはなかった。なんて言ったらいいかわからないんで、とりあえず
「チャールズ・ウィリアム・オールブライトです」と言った。
するとみんながゲラゲラわらった――ひとりのこらず。こう言って正かい
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だとおれはおもった。わら
わせとけば、みんなきげんがよくなるんじゃないか。
わらいがおさまると、デイヴィが言った――
「その手はダメだ、チャールズ・ウィリアム。五年で
そんなにおおきくなるわけねえだろうが。いいか、た
るから出てきたとき、おまえはあかんぼだったんだぞ、
しかも死んでたんだ。さあおい、しょうじきに話せ。
なにもわるいことしてねえんだったら、だれもいたい
目にあわせたりしねえから。なんなんだ、おまえの名
まえ?」
「アレック・ホプキンズです。アレック・ジェーム
ズ・ホプキンズです」
「で、アレック、おまえ、どうやってここへ来た?」
「しょうばい
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用のスカウ〔平底舟〕に乗ってきたんです。
「チャールズ・ウィリアム・オールブライトです」
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筏のエピソード
スカウ、あっちの曲がりめにとまってます。おれ、そのスカウでうまれたんです。とうちゃんは一生ず
っと、このへん上ったり下ったりしてしょうばい
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してます。で、ここまで泳いでいけってとうちゃんに
言われて――とうちゃんこのいかだがとおったの見て、乗ってる人のだれかに、ケアロのジョナス・タ
ーナーさんのところに行って、伝えてもらえないかって――」
「ふん、なに言ってんだ!」
「ホントなんです。とうちゃんが言うには――」
「なぁにがとうちゃんだ!」
みんなゲラゲラわらって、おれはまたしゃべろうとしたけど、だれかがわって
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はいっておれをだまら
せた。
「なあ、いいか」とデイヴィが言った。「おまえはこわがってる。そのせいでメチャクチャ言ってる
んだ。ホントのこと言え、おまえスカウでくらしてるのか、それともそれってウソか?」
「ホントです、しょうばいようのスカウなんです。あの曲がりめの先にとまってます。でもおれがそこ
でうまれたってのはウソです。おれたち、今夜はじめてこのスカウに乗ってきたんです」
「やっとマトモになってきたな! で、なんでこのいかだに乗りこんだんだ? なにかぬすもうって
か?」
「いえ、ちがいます。ただ乗りたかっただけなんです。男の子はだれだって乗りたいですよ、いかだ」
「うん、それはわかってる。でもおまえ、なんだってかくれた?」
「だって、見つかると追いはらわれたりするじゃないですか」
「まあそうだな。ぬすみはたらくやつもいるからな。おいいいか、今回はカンベンしてやる――そした
らもうこんなマネやめるか?」
「はい、やめます。ホントに」
「よかろう。ここから岸までいくらもねえしな。さあ川にはいれ、もう二どとこんなマネするんじゃね
えぞ。さっさと行け、ヘタないかだ乗りに会ったら、おまえ、ムチで死ぬほどブッたたかれるぞ!」
わかれのキスなんて待ちもせず、おれは川にとびこみ、岸めざして泳いでいった。じきにジムがやっ
てきたころには、おおきないかだはもうみさき
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をまわって見えなくなってた。おれはじぶんたちのいか
だに乗りこんだ。家にもどってこられて、ものすごくうれしかった。̀
ケアロまでどれくらいあるのかわからなかったってこと、おれは
しぶしぶジムにつたえた。ジムはずいぶんガッカリしていた。
(ここから一六一ページうしろから四行目「することといってもいま
は……」につながる)
ハックルベリー・フィンの冒ぼ
う
けん
第十六章「筏のエピソード」
`
二〇一七年十二月二十八日 発行
著 者 マーク・トウェイン(M
ark Twain
)
`
訳 者 柴し
ば
田た
元もと
幸ゆき
`
発行者 ● 関戸雅男
`
発行所 ● 株式会社 研究社
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〒一〇二―八一五二 東京都千代田区富士見二―十一―三
`
電話 営業〇三―三二八八―七七七七(代) 編集〇三―三二八八―七七一一(代)
`
振替 〇〇一五〇―九―二六七一〇
http://www.kenkyusha.co.jp/
`
組版・レイアウト ● 古正佳緒里
Copyright © 2017 by Motoyuki Shibata
KENKYUSHA
バスター・キートンが自伝のなかで、どんなに面白いギャグでもタイミングに左右され
る、だから主人公の運命を観客が本気で心配しているときにギャグを盛りこんでも誰も笑
わない、というようなことを言っています。
『ハックルベリー・フィンの冒けん』十六章の「筏のエピソード」(the
Raft Episode)と呼
ばれる、初版では省かれていたけれどその後は入れている版もあるこの箇所を、拙訳『ハ
ックルベリー・フィンの冒けん』から省いたのも同じ理由からです。このエピソード自体
は、どこか悪い夢のような雰囲気をたたえていて、とても面白いのですが、ハック・フィ
ン十六章という文脈のなかでは、あきらかに全体の物語の流れを殺していると思ったので
す。
とはいえ、読者がこれを読めない、というのも申し訳ないので、ここに拙訳を掲載する
次第です。なかなか不思議なエピソードです。楽しんでいただけますよう。
`
柴田元幸
柴田元幸がいちばん訳したかったあの名作、
ついに翻訳刊行。
マーク・トウェイン〔著〕 柴田元幸〔訳〕
ハックルベリー・フィンの冒けん
四六判 上製 558 頁/定価 2,700 円(本体 2,500 円+税)ISBN 978-4-327-49201-4 C0097
「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人
はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかま
わない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつ
くった本で、まあだいたいはホントのことが書いてあ
る。ところどころこちょう
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したとこもあるけど、だい
たいはホントのことが書いてある。べつにそれくらい
なんでもない。だれだってどこかで、一どや二どはウ
ソつくものだから。まあポリーおばさんとか未ぼう人
とか、それとメアリなんかはべつかもしれないけど。
ポリーおばさん、つまりトムのポリーおばさん、あと
メアリやダグラス未ぼう人のことも、みんなその本に
書いてある。で、その本は、だいたいはホントのこと
が書いてあるんだ、さっき言ったとおり、ところどこ
ろこちょう
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もあるんだけど。
――マーク・トウェイン著/柴田元幸訳『ハックルベリー・
フィンの冒けん』より
タイトルの表記について(本文「解説」より)
ハックはまったくの無学ではないし、学校に行けば
それなりに学びとるところもあるようだから(まあ六
七(ろくしち)=三十五と思っているみたいですが)、
もし漢字文化圏の学校に通ったとしたら、字もある程
度書けるようになって、たとえば「冒険」の「険」は
無理でも、「冒」は(横棒が一本足りないくらいのこと
はありそうだが)書けそうな気がするのである。
●オリジナル・イラスト174点収録
●訳者
柴田元幸(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)の
作品解題付き