ダブルネットワークゲルの溶媒による...
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東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度秋輪講書
ダブルネットワークゲルの溶媒による
物性の関係 木曜班
Yamada.H(1OK),Takahashi.K(1C),Okuyama.M(1K),Kawasaki.T(1K),
Onizuka.M(2C), Yamaoka.H(2K), Ohira.M(2K)
1.背景
現在高分子ゲルは紙おむつの高吸水性樹脂やソフトコンタクトレンズなど私たちの生
活において活躍している.しかし,高分子ゲルは不均一な構造なため一般的に機械的強
度が弱いという欠点がある.高分子ゲルの強度面での弱点を克服するために,従来では
ゲルの構造を均一化して強度を上げるというアプローチがとられてきた.
しかしながら材料の弾性とじん性は反相する因子として働く.つまり,大変形に耐え
られるゲルは弾性率を犠牲とし,高弾性のゲルは小さい変形で破壊される.
そこで,私達木曜班は前述の問題の解決策と成り得るものとしてダブルネットワーク
ゲル(DN ゲル)について注目した.
2.目的
既存に作られている DN ゲルは溶媒に水を用いたハイドロゲルである.DN ゲルはその
強度や柔軟性により生体内での人工関節に使用することが期待され研究がおこなわれて
いる.木曜班では DN ゲルの溶媒を水から水よりも低凝固点および高沸点であるエチレン
グリコールを溶媒とした.溶媒を変えたことにより,水を溶媒としたものとの機能性の
違いなどを研究する.
3.原理
3.1 DN ゲル
3.1.1 ゲルの脆弱性
一般的なゲルは,ゼリーや豆腐のように,僅かな力を加えただけで簡単に壊れるほ
ど弱い.この理由は 2 つの現象により説明することができる.
1)ゲルの内部に多数の欠陥が存在する.
2)欠陥から発生した初期亀裂が容易に伝播する.
前者は,ゲル内部の構造が不均一であることに由来する.ゲル合成時におけるモノ
マーと架橋剤の反応性の違いにより不均一な重合がおこる,あるいはゲル化溶液内の
濃度揺らぎが重合によって固定されることだと考えられているi.こうしたゲルに力を
2
加えた時にゲルの弱い部分に力が集中してしまうため小さな力でも初期亀裂が生じ
てしまう.
後者はゲル内部のポリマーの密度の低さから生じる.一般的に,物質内における亀
裂の進みやすさは破壊エネルギーU(J/m2)(単位面積あたりの破断面形成に費やされ
る仕事)によって評価される.架橋高分子材料の臨界破壊エネルギーUc(亀裂成長が
起こる最小の破壊エネルギー)は,破断面の高分子鎖の数密度と架橋点間分子量に比
例するii.つまりゲルのじん性(物質の破壊に対する抵抗の程度で,粘り強さとも言い
換えられるiii)はゲル内のポリマーの密度には比例し,架橋密度には反比例することが
わかる.
ゲルは 50~99wt%の溶媒を含んでいて,高分子の密度が非常に低い物質であるため,
ゲルの Ucはゴムなどの固体に比べてかなり小さいことが考えられる.
これまでの高強度ゲル研究は主に前者の問題を解決する,すなわち構造を均一化する
ことでゲル内部の欠陥を極力減らして強度を改善しようという観点から行われてき
た.
3.1.2. ゲルの弾性率
高分子鎖が三次元架橋されたゲルはゴムと同じようにエントロピー弾性を持つ.溶
液中に完全に湿潤した電気的に中性ゲルのせん断弾性率(横方向に対するバネ係数iv
でありヤング率 E と E=3G の関係式が成立する)は
Gneu≅kBT
b3
Q-2.25
以上の式で表せられ,ゲルの湿潤度 Q の増加にともないせん断弾性率Gneuは大きく低
下する.ここでkBはボルツマン定数,T は温度,b は重合させたモノマーの大きさで
あるv.
一方,溶液中に完全に湿潤した電解質ゲルのせん断弾性率は
Gcha≅kBT
b3
Q-1
によって表せるvi.よって同じ湿潤度において電解質ゲルは中性ゲルよりせん断弾性
率が高いことが分かる.
また,ゲルの湿潤度は架橋点重合 N(分子量)による.溶液中に完全に湿潤した中性
ゲルの場合Q≈N3/5であり,電解質ゲル場合,Q≈N
3/2である.したがって,架橋密度を
(1)
(2)
3
上げることによりゲルの湿潤度が小さくなり,せん断弾性率が上がる.
3.1.3 ゲルの破断歪と破断応力
架橋構造が均一と仮定した理想的なゲルの破断歪(ゲルが破壊するまでの変形vii)は,
架橋点間高分子の伸びきった長さと,高分子鎖に歪がない曲がった自然な状態での大
きさの比として求められる.溶媒中で完全に湿潤した中性ゲルの引っ張り破断歪は
λB≅Q1/2であり,Q の増加により増加する.一方,湿潤することにより,単位面積あ
たりの高分子の本数が減るため破断応力は湿潤度 Q が大きくなることにより減少す
る.故に,Q が大きいゲルは伸びやすいが,弱い応力で壊れる.
電解質ゲルの場合,高分子鎖はその解離しているイオンの浸透圧によって,水中で
はほとんど伸びきった状態となっている.その結果,理想状態においても破断歪は
λB≅Q1/9になる.これは破断歪が小さく,かつ湿潤度にあまり依存しないことを意味
している.
以上のことより
1)架橋密度を上げる(架橋点間分子量を下げる)ことで,ゲルが固くて脆くなる.
2)水中に完全に湿潤した高分子電解質ゲルは中性のゲルより硬くて脆い.
3)高弾性と変形は相反する
ということが考えられる.
3.1.4 DN ゲルの高強度機構
DN ゲルは強電解質をモノマーとする 1st network ゲル,電気的に中性なモノマー
を用いる 2nd network ゲルを組み合わせることにより生成される.前述した通りゲ
ルにおける弾性と靭性は常に相反する働きをする.それゆえに,単一な物質で両方
の性質を得ることは原理的には不可能である.同じ湿潤度において電解質ゲルと中
性ゲルのせん断弾性率の比はGcha/Gneu≅Q1.25
であるために,両者の違いは湿潤度 Q
が高いほど大きくなる.この性質を利用することにより,電解質ゲルは硬い成分,
中性ゲルは軟らかい成分として用いることができる.
亀裂を含む DN ゲルがある引張荷重を受けると,応力集中の効果で最初に亀裂先
端近傍の電解質網目(1st network)が破壊され,局所的にゲルが降伏する.荷重がま
すと電解質網目の破壊が次々に伝播し,広範囲にわたるダメージゾーンが形成され
ていく.この過程で非常に大きななエネルギーが分散される.ダメージゾーンがあ
る大きさまで広がったとき,ようやく亀裂先端に中性網目(2nd network)が十分に伸
びて切断し,亀裂が進行するviii.
4
Fig. 1 DN ゲルの破壊モデルix)
3.2 光ラジカル重合
3.2.1 光分解
光重合開始剤に UV を当てることにより,開裂がおきラジカルが発生する x.
Scheme1 1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンの開裂
ℎ𝜐
5
3.2.2 開始反応
UV を当て光開裂により生じたラジカルがビニル基の二重結合を攻撃し,光重合開
始剤と炭素の間に σ 結合を作り,炭素原子にラジカルが存在することになる.
Scheme2 ラジカルの生成
3.2.3 成長反応
Scheme2 で生成したラジカルが他のモノマーを攻撃し,σ 結合を生じる.それが
何回も起こることにより分子鎖が成長するxi.
Scheme3 分子鎖の成長
3.2.4 停止反応
Scheme 3 で成長した成長ラジカル同士が σ 結合を作り分子鎖が生成するxii.
Scheme4 分子鎖の生成
3.3 ラジカル重合の溶媒効果
反応性に富むラジカルのカップリング反応のように,拡散律速反応の場合には系の
粘度なの物理的な因子が溶媒効果として現れる.例えば,アゾアルカンの光分解で生
じたアルキルラジカルはカップリング反応,不均化反応および水素引き抜き反応によ
って消滅するが,その生成物の割合は,著しく溶媒の影響を受けることが見いだされ
ている.一例としてアゾメタンと重水素化したアゾメタンの 1:1 混合物を気相中で光
分解すると CH3・と CD3・がランダムに反応し CH3CH3,CH3CD3,CD3CD3を統計的
な比率 1:2:1 で生じるのに対しイソオソクタン中では,CH3CH3と CD3CD3のみが
生じ,交差生成物 CH3CD3 は全く認められない.これは,溶媒中では,かごの中だけ
でカップリング反応が起こり,かごから出たラジカルは他のラジカルと出会う前に溶
6
媒から水素を引き抜き消滅したと考えられる.拡散したフリーラジカルの水素の引き
抜き反応とかご反応の割合を,メタンとエタンの生成比から計算すると,その比は溶
媒粘度の逆数と比較的良い相関があることが見出されたxiii.
3.4 ゲルの膨潤理論
ゲルの顕著な特徴は膨潤である.ゲル網目は外部条件に応じて,熱力学的平行状態が
達成されるまで溶媒を吸収したり,溶媒を排出したりする.この平衡を平衡膨潤とい
う.平衡点は,ゲルと溶媒の相互作用によって決まり,同一の網目でも,温度,溶媒
組成,pH,静水圧,さらには外部電解などの条件に敏感に反応するxiv.
3.5 引張試験
材料の強度の最も基本的なデータは,静的な引張負荷を受けたときの材料の応答であ
る.このための材料試験の試験片の形は JIS により規定される.
Fig. 2 代表的な静的引張試験機xv
7
Fig. 3 JIS K 6251 により規定された引張試験片xvi
3.6 応力-ひずみ曲線xvii
いろいろな材料の力学的特性をおおまかにつかみたいとき Fig.4 のような応力-ひ
ずみ曲線を求めることがある.一般的には,試験片を一定速度で伸長しながら力を測
定し,応力とひずみを記録しプロットする.この曲線の傾きは弾性率に対応するよう
な量であり,曲線 a のようにひずみに対して急峻に立ち上がる形なら硬い材料,曲線 b
のように寝た形なら柔らかい材料ということがすぐ分かる,曲線の右上の端が破断点
を示し,破断点の横軸の値が破断ひずみ,縦軸の値が破断応力である.
Fig. 4 応力-ひずみ曲線の例
8
4.実験
4.1. DN ゲルの合成
4.1.1 使用器具・試薬
ビーカー,乳鉢,乳棒,薬さじ,UV ライト,デシケーター
2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸
分子式:C7H13NO4S
式量:207.24
融点:160 ℃
用途:1st network ゲルのモノマー
アクリルアミド
分子式:C3H5NO
式量:71.08
融点:84.5 ℃
沸点:103 ℃
比重:1.122
用途:2nd network ゲルのモノマー
N,N'-メチレンビスアクリルアミド
分子式:C7H10N2O2
式量:154.17
融点:300 ℃
用途:架橋剤
α-ケトグルタル酸
分子式:C5H6O5
式量:146.11
融点:113.5
用途:光重合開始剤
9
エチレングリコール
式量:62.07
融点: -12.6 ℃
沸点:197.6 ℃
比重:1.1132
引火点:111 ℃
発火点:398 ℃
用途:ゲル溶媒
4.1.2 1st network ゲルの作成
1) 1st network ゲルのモノマー(2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸,アク
リツ酸)を 1 M,架橋剤(N,N'-メチレンビスアクリルアミド)を 5.0×10-2 M と光重合開
始剤(α-ケトグルタル酸)を 5.0×10-3 M を水に溶解させた水溶液を 30 mL 調製した.
2) UV を 8 時間照射して光ラジカル重合をさせた.
3) 2)で合成した電解質ゲルを乳鉢に入れ適当なサイズに砕いた.
4) α-ケトグルタル酸を 1 M 加えた溶液に 3)で砕いたゲルを入れ,UV を約 6 時間照射
させ架橋剤由来の未反応の二重結合を不活性化した.
5)ゲルを乾燥機で乾燥させた.
6)乾燥させたゲルを乳鉢に入れ 3)で砕いたよりさらに細かく砕き粒子状にした.
10
4.1.3 ゲルの作成
1) 2nd network ゲルとなる溶液を下表のように調製した.
Table 1 2nd network となる溶液の調整
溶媒 1st network の
加えた量 [g]
アクリルアミドの
濃度 [mol/L]
架橋剤
[mol/L]
重合開始剤
[mol/L]
基準ゲル 水 0.12 2 2×10-3 2×10-4
比較例 1 水 0 2 2×10-3 2×10-4
比較例 2 水 0.12 8 8×10-3 8×10-4
比較例 3 水 0 8 8×10-3 8×10-4
比較例 4 EG 0.12 2 2×10-3 2×10-4
比較例 5 EG 0 2 2×10-3 2×10-4
比較例 6 EG 0.12 4 4×10-3 4×10-4
比較例 7 EG 0 4 4×10-3 4×10-4
比較例 8 EG 0.12 6 6×10-3 6×10-4
比較例 9 EG 0 6 6×10-3 6×10-4
比較例 10 EG 0.06 8 8×10-3 8×10-4
比較例 11 EG 0.12 8 8×10-3 8×10-4
比較例 12 EG 0.24 8 8×10-3 8×10-4
比較例 13 EG 0 8 8×10-3 8×10-4
2) 4.1.2 で合成した乾燥した電解質ゲル 0.12 g を 1)で調製した溶液 10 mL に入れ電
解質ゲルを十分に膨らませた.
3) その後,UV を照射し中性モノマーを光ラジカル重合させた.
4)合成した DN ゲルを水もしくはエチレングリコール中に入れ,一週間放置した.
5)平衡膨潤に達した DN ゲルに対して引張試験を行った.
4.2 引張試験
1)試験片の平行部分の厚さ,平行部分の幅、試験片長を全ての試験片に対してノギスで
測定し,断面の面積を求めた.
2)Table 1の条件で合成できたゲルを 50 mm/minの速度で引張試験機を用いて応力-ひ
ずみ曲線を描いた.
11
5. 実験結果
5.1 ゲルの合成
比較例 4,5 ではゲルが合成できず試験片の形を保つことができなかった.また比較
例 7 ではゲルは合成できたが引張試験を行えるほどの強度が無かった.1st network で
はゲルは合成できたが,変形に対して大変弱く合成型から取り出す際に崩れてしまっ
た.その他のゲルは合成ができ引張試験を行うことができた.
Fig. 5 基準ゲル
5.2 引張試験
ひずみ ε,応力 σ をグラフにプロットした.σ,S は以下のようにして求めた.
ε =𝑙 − 𝑙0𝑙
ただし l は試験片長(mm),l0は初期の試験片長(mm).
σ =𝑓
𝑥 × 𝑦
ただし f は試験力(N),x は平行部分の幅,y は平行部分の厚さ.
12
Fig. 6 引張試験により基準ゲルが伸ばされている図
基準のゲルおよび,1st network を加えていない比較例 1 の,ひずみ ε,応力 σ を Fig.7
へ示し,1st network の添加の有無によるゲルの性質比較を行った.
Fig. 7 1st network の添加の有無によるゲルの性質比較
基準のゲルからアクリルアミド,架橋剤,重合開始剤の濃度を増加させた比較例 2
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
応力
[Mp
a]
ひずみε
基準ゲル
比較例1
13
および,そこへ 1st network を加えていない比較例 3 のひずみ ε,応力 σ を Fig. 8 へ示
した.基準のゲルからアクリルアミド濃度を高くした場合での,1st network の添加の
有無によるゲルの性質比較を行った.
Fig. 8 2nd network となる溶液の濃度を増加させた場合の 1st network の添加の有無に
よるゲルの性質比較
溶媒をエチレングリコールとし,1st network 0.12 g アクリルアミド 4 M 架橋剤
4×10-3 mol/L 重合開始剤 4×10-4 mol/L とした比較例 6 のひずみ ε,応力 σ を Fig. 9
へ示した.
Fig. 9 比較例 6 の応力-ひずみ曲線
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
応力
σ[M
pa
]
ひずみε
比較例2
比較例3
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
応力
[Mp
a]
ひずみε
比較例6
14
エチレングリコールを溶媒とし 1st network 0.12 g アクリルアミド 6 mol/L 架橋剤
6×10-3 mol/L 重合開始剤 6×10-4 mo/L とした比較例 8 および,そこへ 1st network
を加えていない場合の比較例 9 のひずみ ε,応力 σ を Fig.10 へ示す.これよりエチレ
ングリコールを溶媒とした場合での,1st network の添加の有無によるゲルの性質比較
を行った.
Fig. 10 エチレングリコール溶媒での 1st network の添加の有無によるゲルの性質比較
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
応力
σ [M
pa]
ひずみε
比較例9
比較例8
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エチレングリコールを溶媒としアクリルアミド 8 mol/L 架橋剤 8×10-3 mol/L 重合開
始 8×10-4 mol/L へと統一し,1st network の添加量を変化させた 4 種類のゲルのひず
み ε,応力 σ を Fig.11 へ示す.エチレングリコールを溶媒とした場合での 1st network
の添加量とゲルの性質比較を行った.
Fig. 11 エチレングリコール溶媒で 1st network の添加量を変化させたゲルの性質比較
6.考察
比較例 4,5 ではどちらもゲル化が起きなかった.この二つはアクリルアミドが 2 M で
あり,溶媒がエチレングリコールである.同条件で溶媒が水の場合はゲル化が生じてい
る為溶媒を変えたためと考察できる.重合開始剤効率は粘度が大きくなるほど小さくな
ることが知られている.これは,重合開始剤効率は,1 次ラジカルのかごからの拡散速度
とラジカルとモノマーの付加反応速度の相対比で決まるからである.ゆえに,重合開始
剤である α-ケトグルタル酸の絶対量が少ない比較例 4,5 ではラジカル重合が十分に生
じずゲル化が生じなかったと考えられる.比較例 7 で強度が著しく小さかったのもアク
リルアミドの一部はラジカル重合によりポリマー化したが,全ては重合していないため
だと考えられる.また,1st network である PAMPS(ポリ 2-アクリルアミド-2-メチルプロ
パンスルホン酸)ゲルは通常の電解質ゲルの特徴と同じく非常に変形に弱く脆い性質を受
け継いでいるために,合成型から取り出す際に崩れてしまったと考えられる.
Fig.7 より基準ゲルのヤング率(今実験では歪-応力曲線がほぼ直線と近似し,切断時
引張強さ÷切断時伸びとする)は比較例 1 を大きく上回っている.このことから基準ゲルは
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
軸ラベル
ひずみε
比較例12
比較例11
比較例10
比較例13
16
DN ゲルとなっていることが確認できる.北海道大学龔研究室で製作された同条件の DN
ゲルの切断時引張強度が 0.12 Mpa,切断時伸びが 3.5 前後であるので十分に DN ゲルは
できたと考察できる.
Fig.8より比較例 2のヤング率は比較例 3より大きくなっているので基準ゲルと同様に
DN ゲルとなっていると考察できる.また,どちらもモノマーの濃度が 2 M から 8 M と
大きくなったためにゲル内のポリマーの密度が大きくなったためにヤング率が大きくな
ったと考察できる.しかし,比較例 2,比較例 3 はそれぞれ基準ゲル,比較例 1 に比べて
切断時伸びが小さい.3.1.3 より溶媒中で完全に湿潤した中性ゲルの切断時伸びはλB≅Q1/2
で表せられる.そのために Q が小さいと伸びは小さくなる.ポリマー密度が大きくなる
ということは Q が小さくなることなのでこのような結果が得られたと考察できる.
Fig.9 より比較例 6 のヤング率はほぼ 0 であることが分かる.このことから比較例 6 は
伸びる際にほぼ抵抗をしないことが分かる.
Fig.10 より比較例 8,9 のヤング率はほぼ差がないことが確認できる.水を溶媒とした
ゲルは差が明白であったのに対し,大きな違いと言える.これは,PAMPS の溶媒による
膨潤の違いに起因すると考察できる.PAMPS は側鎖にスルホ基を有している.そのため
溶媒の中に浸されると,三次元網目構造の網目の中に溶媒が入り込み,スルホ基からプ
ロトンが溶媒中に放出される.すると,スルホ基は負電荷を持つのでイオン濃度差が生
じて溶媒を取り込む.この際水とエチレングリコールでは大きな差が出る.エチレング
リコールは水に対して極性が小さいことからスルホ基のプロトンが放出されづらく,イ
オン濃度差が小さくなる.その結果,膨潤度が小さくなりゲル全体に PAMPS が広がるこ
とができない.それゆえに,水を溶媒とした時のようにヤング率の差が生じなかったと
考察できる.また比較例 9 の方が切断時伸びが大きかったのは,比較例 8 のゲル内に点
在する PAMPS が不純物となりゲル内に構造的な欠陥が生じたためと考察できる.
Fig.11 より加えた PAMPS の重量が大きくなるほどヤング率が大きくなっていること
が確認できる.これは比較例 8,9 と同様にエチレングリコール中の PAMPS の膨潤度が
小さいことに起因すると考察できる.基準ゲルと同重量の 0.12 g の PAMPS を加えた比
較例 11 に対し,その 2 倍の 0.24 g を加えた比較例 12 では比較例 11 に対し 2 倍以上の
ヤング率を持つことが確認できた.これは PAMPS がゲル全体に広がったことにより DN
ゲルとしての効果が現れたと考察できる.
今実験において水,エチレングリコールを溶媒としたそれぞれで応力が一番大きくな
ったゲルの応力-歪曲線を Fig.12 に示し,それぞれの切断時伸び,切断時応力,ゲルの
溶媒の重量%を Table 2 に示した.重量%は以下のようにして求めた.
溶媒の重量%= (1-W1+W2
ρ×0.01)×100
ただし,W1は加えたPAMPSの重量[g],W2はモノマーとしたアクリルアミドの重量[g],
17
ρ は溶媒の密度[kg/m3].2nd network の合成に用いた架橋剤,重合開始剤の重量は微量な
ので無視した.
Fig. 12 基準ゲルと比較例 12 の応力-ひずみ曲線
Table 2 基準ゲルと比較例 12 の各種データ
切断時伸び 切断時応力[Mpa] 溶媒の重量%
基準ゲル 2.95 0.122 85.8
比較例 12 4.58 0.141 46.8
Table 2 より比較例 12 では基準ゲルと同程度の切断時伸びと切断時応力を実現するの
にゲル溶媒の重量%を低下させてしまった.この原因としては前述のとおり PAMPS のエ
チレングリコール下での膨潤度の低下,かご効果による重合開始剤効率の低下によるも
のであると考えられる.この点においては十分な改善の余地がある.この詳細について
は 8.展望に記す.
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.16
0 2 4 6 8 10 12 14
応力
σ[M
pa
]
ひずみε
基準ゲル
比較例12
18
7.結論
溶媒をエチレングリコールに変えた DN ゲルの合成では 1st network の PAMPS の重量
を大きくし,2nd network のアクリルアミドの重量を大きくすることで水を溶媒とした DN
ゲルと同性能のものが得られた.これの主な要因は以下のように説明できる.
①エチレングリコールの高い粘度による,かご効果による重合開始剤効率の低下
②エチレングリコールの極性による,PAMPS の膨潤度の低下
重合開始剤効率の低下により重合開始剤の絶対量が多いモノマー6 mol/L以上のゲルで
しかゲル化が生じず,膨潤度の低下により切断時応力が水を溶媒とする DN ゲルとなる
PAMPS の重量が大きくなった.
8.展望
かご効果による重合開始剤効率の低下の解決策としては重合開始剤を多くすることが
考えられる.本実験においては重合開始剤の濃度を全てアクリルアミドの 0.01 mol%とし
た.そのため,重合開始剤を増やせば重合が開始されると考えられる.ただ重合開始剤の
量を増やすだけだとポリアクリルアミドの分子量を低くしてしまうので,量を様々に変え
検討が必要である.
エチレングリコールを溶媒として用いた場合 PAMPS の膨潤度の低下が生じた.DN ゲ
ルの合成において現在 1st network の膨潤度を大きくするために分子ステントを用いる方
法が考案されているxviii.分子ステントを 1st network を合成する溶媒に含ませて,溶媒中
での 1st network 内のイオン濃度を高めて浸透圧を高めることによって,1st network の網
目を拡張して多量のモノマーを導入することができる.この特許論文の中では水に対して
の膨潤度を大きくするためにポリヒドロキシエチルアクリレートを用いていたが,エチレ
ングリコールに対して膨潤度を大きくするものを用いれば解決できると考えられる.
エチレングリコールを溶媒としたラジカル重合の論文は存在しなかったので,ゲル
が合成する条件を探すのに,様々な濃度でゲルを合成するという試行錯誤の連続であり,
かつ引張試験を行える形に合成できるようになるのに 9 月までかかってしまった.より早
く実験が進めば前述した課題を解決する時間があり,エチレングリコールを用いた大量の
溶媒を含む DN ゲルが合成できたと思われる.
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参考文献
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号
謝辞
本研究において,引張試験機をお借りした東京理科大学理工学部機械工学科松崎亮介先
生,ならびに 1st network ゲルの乾燥を行って頂いた,Ⅰ部化学研究部 OB 渡辺先輩,島
村先輩に深く感謝いたします.