ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...q3.0 427835 5.4 r6.5...

12
渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一 1 ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 被害者アンケート調査の分析 陽実 1 研究の目的 いうファクターに注目し, にする試みである。 これらの関連を明らか 本稿の目的は,ドメスティック・バイオレンス と基本的属性,家族・意識・行動との関連を実証 的に明らかにすることにある。ドメスティック・ バイオレンスは,夫婦や恋人など親密な関係にあ る男女間において男性が女性にふるう暴力である。 こうした暴力は,多くは家庭という密室化した空 間で行使されることから,長い間潜在化してきた・ これを「ドメスティック・バイオレンス」という 新しい言葉で告発したのが,1970年代半ばのアメ リカのフェミニズムとりわけバタード。ウーマン 運動と呼ばれる女性たちの運動であり,これを契 機にドメスティック・バイオレンスはたんなる個 人的な問題ではなく社会問題として認識されるよ うになった(「夫(恋人)からの暴力」調査研究 会2002:15-16,吉浜美恵子1995:58)。日本に おいてドメスティック。バイオレンスが注目され るようになったのは1990年代に入ってからのこと である・ドメスティック。バイオレンスをめぐっ ては,フェミニズムや心理学を中心に理論的な検 討が行われ,実態調査も実施されるようになった が,いずれも運動や実践への志向が強く,科学的 な視点からはいまだ十分な解明が進んだとはいえ ないのが現状である。 本研究は,社会学の立場から,ドメスティック・ バイオレンスの被害者を対象とするアンケート調 査を行い,ドメスティック・バイオレンスの背景 としての社会構造,および社会構造とドメスティッ ク・バイオレンスを媒介する家族と意識・行動と 2 分析の枠組 本稿では,さしあたってドメスティック・バイ オレンスを「親密な関係における男性から女性へ の暴力であり,一定程度の継続性・反復性のある もの」と定義しておきたい1)。ドメスティック・ バイオレンスの背景には,フェミニズム・アプロー チが強調してきたように,男女間の不均衡な権力 関係や性別役割分業,性差別的な社会制度などの 社会構造的要因がある(「夫(恋人)からの暴力」 調査研究会2002:97-138,日本DV防止・情報 センター1999)。また,心理学的アプローチは,・ 暴力的な支配のもとにある被害女性が「学習性無 力感」(レノア・E・ウォーカー)や「心的外傷」 (ジュディス・L・ハーマン)によって自己決定 能力を剥奪され,暴力的関係から脱却することが できなくなることを明らかにした(Walker1979ニ 1997,Herman1992ニ1999)。こうした性差 ジェンダーに根ざした社会構造的要因や男女関係 における心理的要因への注目は重要であり,ドメ スティック・バイオレンスの実態解明と被害救済 に貢献してきた。しかし,社会学的な実証という 立場から評価するならば,まず心理学的アプロー チでは,ドメスティック・バイオレンス問題の個 人ないしは二者関係への還元傾向がみられ,社会 構造および家族構造への視点が欠落しているとい わねばならない。また,フェミズム・アプローチ では,性差別という社会構造的要因とドメスティッ

Upload: others

Post on 03-Oct-2020

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一 1

ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動          被害者アンケート調査の分析

渡 邊牧 田

陽実

1 研究の目的

いうファクターに注目し,

にする試みである。

これらの関連を明らか

 本稿の目的は,ドメスティック・バイオレンス

と基本的属性,家族・意識・行動との関連を実証

的に明らかにすることにある。ドメスティック・

バイオレンスは,夫婦や恋人など親密な関係にあ

る男女間において男性が女性にふるう暴力である。

こうした暴力は,多くは家庭という密室化した空

間で行使されることから,長い間潜在化してきた・

これを「ドメスティック・バイオレンス」という

新しい言葉で告発したのが,1970年代半ばのアメ

リカのフェミニズムとりわけバタード。ウーマン

運動と呼ばれる女性たちの運動であり,これを契

機にドメスティック・バイオレンスはたんなる個

人的な問題ではなく社会問題として認識されるよ

うになった(「夫(恋人)からの暴力」調査研究

会2002:15-16,吉浜美恵子1995:58)。日本に

おいてドメスティック。バイオレンスが注目され

るようになったのは1990年代に入ってからのこと

である・ドメスティック。バイオレンスをめぐっ

ては,フェミニズムや心理学を中心に理論的な検

討が行われ,実態調査も実施されるようになった

が,いずれも運動や実践への志向が強く,科学的

な視点からはいまだ十分な解明が進んだとはいえ

ないのが現状である。

 本研究は,社会学の立場から,ドメスティック・

バイオレンスの被害者を対象とするアンケート調

査を行い,ドメスティック・バイオレンスの背景

としての社会構造,および社会構造とドメスティッ

ク・バイオレンスを媒介する家族と意識・行動と

2 分析の枠組

 本稿では,さしあたってドメスティック・バイ

オレンスを「親密な関係における男性から女性へ

の暴力であり,一定程度の継続性・反復性のある

もの」と定義しておきたい1)。ドメスティック・

バイオレンスの背景には,フェミニズム・アプロー

チが強調してきたように,男女間の不均衡な権力

関係や性別役割分業,性差別的な社会制度などの

社会構造的要因がある(「夫(恋人)からの暴力」

調査研究会2002:97-138,日本DV防止・情報

センター1999)。また,心理学的アプローチは,・

暴力的な支配のもとにある被害女性が「学習性無

力感」(レノア・E・ウォーカー)や「心的外傷」

(ジュディス・L・ハーマン)によって自己決定

能力を剥奪され,暴力的関係から脱却することが

できなくなることを明らかにした(Walker1979ニ

1997,Herman1992ニ1999)。こうした性差別と

ジェンダーに根ざした社会構造的要因や男女関係

における心理的要因への注目は重要であり,ドメ

スティック・バイオレンスの実態解明と被害救済

に貢献してきた。しかし,社会学的な実証という

立場から評価するならば,まず心理学的アプロー

チでは,ドメスティック・バイオレンス問題の個

人ないしは二者関係への還元傾向がみられ,社会

構造および家族構造への視点が欠落しているとい

わねばならない。また,フェミズム・アプローチ

では,性差別という社会構造的要因とドメスティッ

Page 2: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

2 福島大学教育学部論集第72号

表1 ドメスティック・バイオレンスと社会的変数

要 因 変      数

年  齢

属 性学  歴

E  業

年  収

世帯規模

家 族世帯構成

s待経験ドメスティック・バイオレンス経験

夫婦間の勢力関係

行 動夫婦間の間題解決行動

e族ネットワーク

友人ネットワーク

ジェンダー意識

意 識家庭観・職業観

¥力への許容意識

暴力への自己責任意識

ク・バイオレンスという現実の行為が直線的に結

びつけられており,両者をつなぐ媒介変数への視

点が欠落しているといえよう。こうしたフェミニ

ズム・アプローチの欠落は,フェミニストによる

アンケート調査においても同様にみることができ

る2)。また,近年,徐々に蓄積されっっある行政

機関によるアンケート調査は,実態の把握に終始

しており,問題の社会的背景や当事者の意識や行

動などへは関心が及んでいない3)。

 したがって,本研究では,これらの欠落を埋め

る試みとしてアンケート調査を行う。その目的は,

社会構造とドメスティック・バイオレンスをつな

ぐ媒介変数として,当事者の基本的属性,家族的

要因,行動および意識を位置づけ,これらの関係

を明らかにすることにある・調査・分析の枠組と

変数の一覧を表1に掲げておこう。

3 アンケート調査の概要

 研究の目的に照らしてアンケート調査は,ドメ

スティック・バイオレンスの当事者(被害者)を

対象とし,インテンシヴに行なう必要がある。し

2003年6月

かし,ドメスティック・バイオレンスはほとんど

の場合潜在化しており,その被害者を調査対象者

として捕捉することは容易ではない。そこで本研

究では,近年急速に普及しつつあるインターネッ

トに着目し,ドメスティック・バイオレンスに関

するホームページの掲示板などを介して電子メー

ルによって被害者にアクセスすることとした4)。

調査の概要は以下のとおりである。

 ・調査方法:電子メールによる配布,回収

 ・対象者の選定:ドメスティック・バイオレン

   ス関連ホームページの掲示板において「被

   害者アンケート調査」への協力を呼びかけ,

   それに応じた者を対象者とした。したがっ

   て,対象者はすべてドメスティック・バイ

   オレンスの被害経験をもつ女性である。

 ・調査期間:2002年10月20日~11月20日

 ・調査票送信数:104票

 ・有効回収数:74票

 ・有効回収率:71.2%

4 ドメスティック・バイオレンスの

被害経験

 分析に先立ち,回答者が経験した暴力の具体的

内容について概観しておこう(表2)。ここでは

暴力を「身体的暴力」(「暴行」と「重度の暴行」),

「精神的暴力」(「暴言」と「無視」),「性的暴力」

(「性行為をめぐる暴力」と「中絶・避妊をめぐる

暴力」),「経済的暴力」「社会的暴力」という5っ

のカテゴリー(計8種類)に分けてみていく。

 まず「身体的暴力」のうち「暴行」は83.8%が

経験しており,命の危険を感じるほどの「重度の

暴行」も43.2%が経験している。「精神的暴力」

では,「暴言」は90.5%,「無視」は44.6%が経験

している・「性的暴力」では,「性行為をめぐる暴

力」は37.8%,「中絶・避妊をめぐる暴力」は5.4

%が経験している。「経済的暴力」は35.1%,「社

会的暴力」は48.6%が経験している。これらの暴

力はほとんどの場合複合的に行使されている。回

答者は平均3.9種類の暴力を受け,28.4%が5種類

Page 3: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動一被害者アンケート調査の分析一3

表2 ドメスティック・バイオレンスの被害経験

(N=74,単位:%)

暴力のカテゴリー 細  分  類 具体的内容(ワーディング) 経験率

暴        行 平手打ちされたり,物で殴られたり,蹴られたりした 83.8

身体的暴力重 度 の 暴 行 命の危険を感じるほどの暴行を受けた 43.2

精神的暴力言 葉 の ’暴 力

大声で怒鳴られたり,汚い言葉で罵られたり、脅され

スりした90.5

無        視 何をいっても無視され続けた      . 44.6

性 的 暴 力性行為をめぐる暴力

セックスを強要されたり、セックスや性器に関して侮

qされた37.8

中絶・避妊をめぐる暴力 中絶を強要したり,避妊に協力してくれなかった 5.4

経済的暴力生活費を渡してくれなかったり,金銭の使い道に関し

ト厳しくチェックされた35.1

社会的暴力友人や知人との付き合いや,電話や郵便物などに関し

ト厳しくチェックされた48.6

表3 ドメスティック・バイオレンス当事者の基本的属性

                 (単位:人,%)

表4 ドメスティック・バイオレンスの家族的背景

             (単位:人,%)

本  人 配偶者 変 数 カ テゴ リ 一 N %

変数 カ テ ゴ リ 一

N % N %

年齢

20歳代

R0歳代

S0歳代

T0歳代

U0歳代

V0歳代以上

19

Q3

P6

U55

25.7

R1.1

Q1.6

W.1

≠W

≠W

14

P5

P3

V34

25.0

Q6.8

Q3.2

P2.5

T.4

V.1

世帯規模

2人

R人

S人

T人

U人

V人

15

P3

P6

R12

3α0

Q6.0

R2.0

U.0

Q.0

S.0

学歴

義務教育程度

mZ程度Z大程度

蜉w以上

4272617

5.4

R6.5

R5.1

Q3.0

427835

5.4

R6.5

P0.8

S7.3

世帯構成

夫婦のみ世帯

v婦と子の二世代世帯

v婦と親の二世代世帯

O世代世帯等

15

Q0

U9

30.0

S0.0

P2.0

P8.0

職業

自営業・家族従業者

ホめ人pート・アルバイト等

鼡ニ主婦・無職

11

Q6

P4

Q3

14.9

R5.1

P8.9

R1.1

22

S5

R4

29.7

U0.8

S.1

T.4

同居家族

夫夫,子

v,子,夫の親族

v,夫の親族

15

Q0

W7

30.0

S0.0

P6.0

P4.0

本人のs待経験

経験あり

o験なし

21

T3

28.4

VL6

年収

0円

Q50万円未満

T00万円未満

V50万円未満

P000万円未満

P000万円以上

26

P3

P8

T03

40.0

Qα0

Q7.7

V.7

O.0

S.6

321621106

5.2

R.4

Q7.6

R6.2

P7.2

P0.3

配偶者の

s待経験

経験あり

o験なし

s明

12

P7

S5

16.2

Q3.0

U0.8

配偶者の

c V経験

経験あり

o験なし

s明

15

Q0

R9

20.3

Q7.0

T2.7

Page 4: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

4 福島大学教育学部論集第72号

以上の暴力を受けている。また暴力は平均4年8

ヵ月にわたって続いている。こうした被害の実態

を念頭に置きっっ,具体的な分析を進めることに

しよう。

5 ドメスティック・バイオレンス

当事者の基本的属性(表3)

(D 年 齢5)

 回答者の平均年齢は40.6歳である。年齢階梯別

の構成は,20歳代25.7%,30歳代31.1%,40歳代

21.6%,50歳代8.1%,60歳代6.8%,70歳代以上

6.8%である。20・30歳代で6割近くを占めるが,

これはインターネットによる調査ゆえに若年層へ

の偏りが生じたものとみなすことができる。しか

し逆にみれば,40歳代および50歳代以上がそれぞ

れ約2割を占めるという事実は,ドメスティック・

バイオレンスの被害がここでの結果以上に広い年

代にまたがっていることを示唆するものといえよ

う。なお,配偶者の平均年齢は41.7歳であり,年

齢階梯別の構成も回答者の年齢構成をほぼ反映す

る分布となっている。

(2)学 歴

 回答者の最終学歴は,義務教育5.4%,高校36.5

%,短大35.1%,大学以上23.0%であり,6割近

くが高等教育の学歴を有している。これを反映し

て配偶者の学歴も高く,高等教育が6割近くおり,

大学以上が半数近くを占めている。調査方法に起

因する若年層・高学歴層へのサンプルの偏りを考

慮しても,ここに示された学歴は高いといえよう。

ここから明らかなのは,少なくとも高い学歴はド

メスティック・バイオレンスの抑止効果とはなら

ないということである。

(3)職 業

 回答者の現在の職業は,「勤め人」351%,「パー

ト・アルバイト等(非常勤の勤め人を含む)」18.9

%,「自営業・家族従業者」14.9%であり,ほぼ

7割が何らかの職業に就いている。「専業主婦・

2003年6月

無職」は31.1%である。経済的に配偶者に従属す

る立場にあると推測できる「専業主婦・無職」

「パート・アルバイト等」は約半数にとどまって

いる。これが調査時点での職業であることと,若

年層・高学歴層へのサンプルの偏りを考慮したと

しても,少なくとも被害者の大多数が専業主婦や

パート主婦であるとはいえないことがわかる。ま

たドメスティック・バイオレンスがもっとも深刻

だった時点での配偶者の職業は,「勤め人」60.8

%,「自営業・家族従業者」29.7%であり,9割

が正規の職業に就いていた。ここでも「定職に就

かない暴力亭主」といったステレオタイプ的なイ

メージは否定されている。

(4)年 収

 ドメスティック・バイオレンスがもっとも深刻

だった時点での回答者の年収は,「0円」が40.0

%,「250万円以下」20.0%であり,全体の6割が

ほぼ経済的に配偶者に従属する立場にあったとみ

なすことができる。しかし,むしろ4割は250万

円以上の収入を得ており,ほぼ経済的な自立が可

能とみられる500万以上もまた1割以上いること

に注目すべきであろう。つまり,一定の収入があっ

ても女性は暴力の被害と無縁でありうるわけでは

ないということである。平均年収は回答者が27a

9万円,配偶者が826.0万円であり,いずれもやや

高いが,これはいずれも少数の高額所得者が全体

を押し上げたためである。なお配偶者の6割以上

が500万円以上の年収を得ている。

6 ドメスティック・バイオレンスの

家族的要因(表4)

(1)世帯規模と世帯構成

 ドメスティック・バイオレンスと家族状況との

関連をみていこう4)。まず世帯規模は,「2人」

が30.0%,「3人」が26.0%,「4人」が32.0%で

あり,全体のほぼ9割がこの範囲の小規模な世帯

にあたる。平均の世帯規模は3.4人である。世帯

構成をみるならば,「夫婦のみ世帯」が30.0%,

Page 5: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一 5

「夫婦と子の二世代世帯」が40.0%であり,ちょ

うど7割がこれらにあたる。「夫婦と親の二世代

世帯」は12.0%,「三世代世帯等」は18.0%であ

り,親との同居が3割みられる。なおここでの同

居の親はすべて夫方である・親とりわけ夫方の親

は,暴力に歯止めをかける存在にはなりにくいと

いえよう。

{2)虐待とドメスティック・バイオレンスの経験

 幼少時に虐待を受けた経験のある回答者は28.4

%にのぼる・また回答者が把握している限りにお

いて,虐待を受けた経験のある配偶者は16.2%,

ドメスティック・バイオレンスが行われている家

庭で育った配偶者は20.3%である。回答者が把握

していないケースを除いて集計するならば,配偶

者の虐待経験は41.4%,ドメスティック・バイオ

レンス経験は42.9%という高い割合になる。ドメ

スティック・バイオレンスは,加害・被害とも深

刻な世代間連鎖によって再生産されていることが

わかる。

7 ドメスティック・バイオレンス被害

者の家庭内行動とネットワーク(表5)

(1)夫婦間の勢力関係

 行動レベルでの夫婦間の力関係をみるために,

「家計」「教育」「妻の家庭外行動」に関する決定

権の所在を検討することにしよう。まず,家計に

関する決定権の所在は,「妻」37.0%,「どちらと

もいえない」52.1%,「夫」11.0%であり,この

結果からみる限り,経済問題に関する夫の関与=

支配はそれほど強くないことがわかる。つぎに,

子どもの教育に関する決定権の所在は,「妻」18.0

%,「どちらともいえない」58.0%,「夫」24.0%

であり,中間派がもっとも多いが,夫の決定権が

妻を上回っている。また妻の家庭外での行動に関

する決定権の所在は,「妻」17.8%,rどちらとも

いえない」46.6%,「夫」35.6%であり,中間派

がもっとも多いが,ここで注目すべきは,妻の行

動に関する決定権が本人よりも多くは夫にあると

表5 ドメスティック・バイオレンス被害者の

  生活行動と社会的ネットワーク

             (単位:人,%)

変  数 カテゴリー N %

妻 27 37.0

家計に関するどちらともいえない 38 52.1

決定権夫 8 11.0

子どもの教育 妻 9 18.0

に関する決定 どちらともいえない 29 58.0

権 夫 12 24.0

妻の家庭外の 妻 13 17.8

行動に関する どちらともいえない 34 46.6

決定権 夫 26 35.6

夫婦間の問題

��s動:本

lの志向

強い話し合い志向・

bし合い志向

ヘ志向

ュい力志向

47

Q5

P0

64.4

R4.2

P.4

ソ0

夫婦間の問題

��s動:配

�メの志向

強い話し合い志向

bし合い志向

ヘ志向

ュい力志向

13

R4

Q1

T

17.8

S6.6

Q8.8

≠W

ほぼ毎日 10 13.5

親族ネットワ 週1回 29 39.2

一ク(電話の 月1回 22 29.7

頻度) 年数回 6 a1親しい親族なし 7 9.5

ほぼ毎日 14 18.9

友人ネットワ 週1回 39 52.ア

ーク(電話の 月1回 18 24.3

頻度) 年数回 1 1.4

親しい友人なし 2 2.7

いうことである。ここから浮かび上がるイメージ

は,夫の許可がなければ外出もままならないとい

う妻の姿である。

 しかし,全体としてみればいずれについても中

間派がもっとも多く,ここでの結果からは,夫婦

のいずれかに独占的に決定権が握られているとい

う状況を想定することはできない。つまり,暴力

問題を抱えた夫婦であっても,日常的な生活行動

のレベルではそれほど妻が抑圧された状態にある

わけではないということである。ドメスティック。

Page 6: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

6 福島大学教育学部論集第72号

バイオレンスは日常行動レベルでの夫婦関係とは

必ずしも強い相関をもたないというべきであろう7)。

(2)問題解決行動の志向

 夫婦間の意見が食い違ったり,対立した時の解

決方法については,回答者のほとんどが「話し合

い」を望んでいる。その内訳は,「強い話し合い

志向」が64.4%,「話し合い志向」が34.2%であ

る。一方,配偶者のとる行動への評価では,「力

志向」が28,8%,「強い力志向」が6.8%であり,

あわせて35.6%が力による解決を志向するとして

いる。夫のこうした力による問題解決行動がドメ

スティック・バイオレンスを招来することはいう

までもない9

 しかし,むしろここで注目されるのは,配偶者

においても,「強い話し合い志向」が17.8%,「話

し合い志向」が46.6%とされており,あわせて

64.4%が話し合いによる解決を志向していると評

価されていることである。後述する暴力への許容

度の高さや暴力の原因に関する責任意識の強さと

あわせてみるとき,客観的事実としての被害者/

加害者という明確な区別が被害者の主観において

は多分に曖昧になっており,加害者への「寛容な」

評価が目立つ結果となっている。

(3)親族・友人ネットワーク

 ドメスティック・バイオレンスの被害者は,家

族外にどの程度のパーソナル・ネットワークを確

保しているのであろうか。ここでは電話での連絡

頻度を指標に,日常生活における親族・友人ネッ

トワークの密度をみてみよう。

 親族との電話での連絡の頻度は,「ほぼ毎日」

13.5%,「週1回程度」39.2%,「月1回程度」

29.7%であり,ここまでで8割を超える。同様に

友人とは,「ほぼ毎日」18.9%,「週1回程度」

52.7%,「月1回程度」24,3%であり,ここまで

9割を超え,むしろ親族よりも緊密なネットワー

クとなっている。この結果からみる限り,被害女

性は日常生活のうえで必ずしも孤立しているわけ

2003年6月

ではない8)。しかし,親族・友人ネットワークの

存在は暴力の抑止力とはなりえていない。

8 ドメスティック・バイオレンス

当事者の意識構造

(1)ジェンダーをめぐる意識(表6)

 被害者および加害者のジェンダーをめぐる意識

について検討しよう。ここで取りあげるのは,①

「伝統的ジェンダー意識」(男性は男性らしく,女

性は女性らしくすべきである),②「結婚至上意

識」(女性の幸せは結婚にある),③「男性主導意

識」(男性は女性をリードすべきである),④「性

別役割分業意識」(家事・育児は女性の仕事であ

る),『⑤「男性奉仕意識」(女性は結婚したら一生

ひとりの男性に尽くすべきである)と仮に名づけ

た意識の在り方である。なお加害者の意識につい

ては,被害者の推測によるものであることをお断

りしておきたい。

1)伝統的ジェンダー意識

 被害者は「強い肯定」27.0%,「肯定」58.1%

であり,両者をあわせた「肯定派」は85.1%であ

る。同様に,加害者については「強い肯定」58.1

%,「肯定」37.8%であり,「肯定派」は実に95.9

%にのぼる。

2)結婚至上意識

 被害者は「強い肯定」こそ4.1%だが,「肯定」

は45.9%あり,「肯定派」は50.0%となる。加害

者については「強い肯定」39.2%,「肯定」35.1

%であり,「肯定派」は74.3%にのぼる。

3)男性主導意識

 被害者は「強い肯定」35.1%,「肯定」43.2%

であり,「肯定派」は78.3%である。同様に,加

害者については「強い肯定」51.4%,「肯定」31.1

%であり,「肯定派」は実に82.5%にのぼる。

4)性別役割分業意識

 被害者は「強い肯定」24.3%,「肯定」55.4%

であり,「肯定派」は79.7%である。同様に,加

害者については「強い肯定」「肯定」とも41.9%

であり,「肯定派」は83.8%にのぼる。ちなみに

Page 7: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一 7

表6 ドメスティック・バイオレンス当事者のジェンダー意識

(単位:人,%)

本  人 配偶者意    識 質    問    文 カテゴリー

N % N %

伝統的ジェンダー意識男性は男性らしく,女性は女性らしくすべ

ォである

強い肯定m   定

ロ   定

ュい否定

20

S3

W3

27.0

T8.1

P0.8

S.1

43

Q8

Q1

58.1

R7.8

Q.7

P.4

結婚至上意識 女性の幸せは結婚にある

強い肯定m   定

ロ   定

ュい否定

334316

4.1

S5.9

S1.9

W.1

29

Q6

P2

V

39.2

R5.1

P6.2

X.5

男性主導意識 男性は女性をリードすべきである

強い肯定m   定

ロ   定

ュい否定

26

R2

W8

35.1

S3.2

P0.8

浮P

38

Q3

U7

51.4

R1.1

浮P

X.5

性別役割分業意識 家事・育児は女性の仕事である

強い肯定m   定

ロ   定

ュい否定

18

S1

P2

R

24.3

T5.4

P6.2

S1

31

R1

X3

41.9

S1.9

P2.2

S.1

男性奉仕意識女性は結婚したら一生ひとりの男性に尽く

キべきである

強い肯定m   定

ロ   定

ュい否定

13

R8

P8

T

17.6

T1.4

Q4.3

≠W

28

R0

X7

37.8

S0.5

P2.2

X.5

表了 ドメスティック・バイオレンス被害者の家庭観・職業観(単位:人,%)

変  数 タ イ プ 質     問     文 N %

夫唱婦随型男性は一家の主としての威厳を持ち,女性は男性をもりたて,心

ゥら尽くす12 16.2

理想の家庭夫婦自立型

男性も女性もそれぞれに仕事や趣味をもち,それに熱心に打ち込

゙21 28.4

役割分担型 男性は仕事に力を注ぎ,女性は任された家庭をしっかりと守る 22 29.7

家庭内協力型男性は家庭に何かとかかわり,家庭へ気配りし,女性も温かい家

��閧ノ専念する19 25.7

家庭専念型 結婚したら,家庭に専念したほうがよい 26 35.1

家庭と職業育児優先型 結婚しても子どもができるまでは,職業を持っていた方がよい 25 33.8

両 立.型結婚して子どもが生まれても,できるだけ職業を持ち統けたほう

ェよい23 31.1

Page 8: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

8 福島大学教育学部論集第72号 2003年6月

2002年の内閣府「男女共同参画社会に関する世論

調査」9)では,「強い肯定」15.8%,「肯定」34.2

%であり,「肯定派」は49.9%にとどまっている。・

5)男性奉仕意識

 被害者は「強い肯定」こそ17.6%であるが,

「肯定」が51.4%あり,「肯定派」は6段0%となる。

加害者は「強い肯定」37.8%,「肯定」40.5%で

あり,「肯定派」は78.3%にのぼる。

 以上から明らかとなるのは,加害者のみならず

被害者もまたジェンダーをめぐる強固な伝統的意

識を有しているということである。暴力の温床と

なり,かっまたその関係からの脱却を阻むのは,

こうした相乗的なジェンダー意識の存在であると

いえよう。

(2)被害女性の家庭観・職業観(表7)

1)理想の家庭像

 回答者が結婚前に抱いていた理想の家庭像とし

ては,「役割分担型」(男性は仕事に力を注ぎ,女

性は任された家庭をしっかりと守る)29.7%,

「夫婦自立型」(男性も女性もそれぞれに仕事や趣

味をもち,それに熱心に打ち込む)28.4%,「家

庭内協力型」(男性は家庭に何かとかかわり,家

庭へ気配りし,女性も温かい家庭作りに専念する)

25.7%が小差でならび,ややさがって「夫唱婦随

型」(男性は一家の主としての威厳を持ち,女性

は男性をもりたて,心から尽くす)の162%となっ

た。

 1998年のNHK放送文化研究所「日本人の意識」

調査10)(以下「NHK調査」とする)では,「家庭

内協力型」46.6%,「夫婦自立型」23.3%,「役割

分担型」1乳2%,「夫唱婦随型」13.0%となって

いる(NHK放送文化研究所編2000)。これと比

べると被害女性の場合は,「家庭内協力型」が大

幅に少なく,「役割分担型」が多いのが特徴であ

る・こうした家庭像には,性別役割分業を是とし,

男性が家庭に積極的にコミットメントすることを

忌避する意識構造が示されているといえよう。

2)家庭と職業

 家庭と仕事の関係についての考え方は,「家庭

専念型」(結婚したら,家庭に専念したほうがよ

い)35.1%,「育児優先型」(結婚しても子どもが

できるまでは,職業を持っていた方がよい)33,8

%,「両立型」(結婚して子どもが生まれても,で

きるだけ職業を持ち続けたほうがよい)31.1%の

順となったが,差はあまりない。NHK調査では,

「両立型」45.6%,「育児優先型」37.9%,「家庭

専念型」13.4%となっている(NHK放送文化研

究所編2000)。被害女性には「家庭専念型」が非

常に多く,「両立型」が少ない。ここにもまた強

固な性別役割分業意識と家庭優先志向が示されて

いる。

表8 ドメスティック・バイオレンス被害者の暴力許容意識(N=74,単位:%)

暴力のカテゴリー 細  分  類決して許されるこ

ニではない

時にはやむをえな

「特に問題ではない

暴        行 44.6 52.7 2.7

身 体 的 暴 力重 度 の 暴 行 92.2 乳8 0.0

言 葉 の 暴 力 17.6 70.3 12.2

精 神 的 暴 力無        視 12.2 64.8 23.0

性行為をめぐる暴力 58.1 32.4 9.5

性  的  暴  力中絶・避妊をめぐる暴力 89.2 6.8 4.0

経 済 的 暴 力 16.2 68.9 14.9

社 会 的 暴 力 10.8 41.9 47.3

Page 9: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一 9

(3)暴力への許容度と責任の所在

1)暴力への許容意識(表8)

 被害女性は,一般にドメスティック・バイオレ

ンスとして認識されている具体的な暴力行為にど

のような意識を抱いているのであろうか。ここで

は暴力に対する許容度に注目し,個々の暴力につ

いて「時にはやむをえない」および「特に問題で

はない」とした回答をあわせて「容認派」と定義

し,これを中心にみていくことにしよう。

 「身体的暴力」のうち相対的に軽度な「暴行」

については,「容認派」が55.4%を占めており,

被害女性の暴力への許容度が非常に高いことを示

している。命の危険を感じるほどの「重度の暴行」

の「容認派」は7.8%であるが,これを少ないと

みなすのは困難である。「重度の暴行」とは,そ

れがドメスティック・バイオレンスでなければ,

「殺人未遂」に相当する犯罪行為である。

 「精神的暴力」のうち「言葉の暴力」の「容認

派」は82.5%,「無視」の「容認派」は87.8%に

ものぼる。同様に,「性的暴力」のうち「性行為

をめぐる暴力」の「容認派」は41.9%であり,

「中絶・避妊をめぐる暴力」でさえ10.8%の「容

認派」が存在する。「経済的暴力」については83.

8%,「社会的暴力」については89.2%が「容認脈」

である。

 このように,被害女性の暴力への許容度は,に

わかには信じがたいレベルにある。こうした暴力

容認の傾向がもともと被害女性に備わった資質で

あるのか,あるいは虐待や暴力にさらされるうち

に暴力への耐性や感覚の麻痺が生じたのかは即断

できないが,いずれにせよこうした暴力容認の態

度が現実の暴力を招来するとともに,暴力的関係

からの脱却への動機づけを弱めていると考えるこ

とができよう。

2)暴力の責任の所在(表9)

 被害女性は,自分と配偶者のどちらに暴力の原

因があると認識しているのであろうか。結果は

「配偶者」10.8%,「どちらかといえば配偶者」

25.7%であり,おもに配偶者側磧原因があるとし

ているのは36.5%にとどまる。一方,「自分」6.8

表9 ドメスティック・バイオレンス

  被害者が認識する責任の所在

         (単位:人,%)

責任の所在 N %

自 分 5 α8

どちらかといえば自分 17 23.0

お互い 25 33.8

どちらかといえば配偶者 19 25.7

配偶者 8 10.8

%,「どちらかといえば自分」23.0%であり,あ

わせて29.7%がおもに自分の側に原因があるとし

ている。これに「お互い」の33.8%をあわせれば,

63.5%が自分の側に何らかの原因があるとしてい

ることになる。多くは暴力の一方的な被害者であ

るにもかかわらず,6割以上が程度の差はあれ何

らかの自分の非を認めているということである。

被害女性のこうした自己責任意識の強さは何に由

来し,何をもたらすのであろうか。その一端を明

らかにするために,「配偶者」「どちらかといえば

配偶者」をあわせて「自己責任否定派」,「自分」

「どちらかといえば自分」「お互い」をあわせて

「自己責任容認派」と定義し,この両者の比較を

試みることにする。

 まずジェンダーをめぐる意識のうち,「自己責

任容認派」が相対的に強い保守的傾向を示すのは,

「男性奉仕意識」(この「肯定派」は「自己責任容

認派」74.5%‘;対して「自己責任否定派」5a3%)

と「男性主導意識」(同様に80.9%対74.1%)で

ある。また理想の家庭像においては「夫唱婦随型」

への支持が相対的に強い(「自己責任容認派」19.1

%に対して「自己責任否定派」は11.1%)。この

ように「自己責任容認派」は,男性への従属と奉

仕の意識を強く抱いており,こうした意識が暴力

の原因をたとえば男性の期待に添えない自分の責

任として感じるような発想をもたらすと考えるこ

とができる。

 つぎに「自己責任容認派」は,暴力への許容度

が相対的に高い。とくに「精神的暴力」としての

「言葉の暴力」(この「容認派」は「自己責任容認

Page 10: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

10 福島大学教育学部論集第72号

派」85.1%に対して「自己責任否定派」77.8%)

と「無視」(同様に89.4%対85.2%),「性的暴力」

としての「性行為をめぐる暴力」(44.7%対37.0

%)と「中絶・避妊をめぐる暴力」(12.8%対7.4

%)への許容度の高さが目立っている。

 以上から,被害女性の自己責任意識は,男性へ

の従属と奉仕の意識から生じ,男性およびその暴

力への「寛容」な態度をもたらすといえよう。

9 結語一一ドメスティック・バイオレン

スと家族・意識・行動

 本研究から得られた知見は以下のとおりである。

 第一に,ドメスティック・バイオレンスの被害

者に共通する属性はみられず,加害者に共通する

属性もまたみられない。被害者,加害者とも年齢

学歴,職業,年収において多様であり,さまざま

な社会層に属する女性/男性が被害者/加害者と

なっている11)。

 第二に,ドメスティック・バイオレンスが起き

ている家族は一般に小規模な核家族である。しか

し,夫方の親との同居は暴力を抑制する保証とは

ならない。

 第三に,ドメスティック・バイオレンスの被害

者および加害者の少なくない部分が幼少時に虐待

やドメスティック・バイオレンスの経験をしてい

る。ドメスティック・バイオレンスには深刻な世

代間連鎖が存在する。

 第四に,ドメスティック・バイオレンス問題を

抱えた夫婦においても,日常的な家庭生活のレベ

ルでは,妻が極端に抑圧された状態にあったり,

夫が常に力による支配を行ったりしているわけで

はない。暴力は日常行動レベルでの夫婦関係とは

必ずしも強い相関をもたない。

 第五に,ドメスティック・バイオレンスの被害

者は,一定の密度の親族・友人ネットワークを有

している。しかしこれは暴力の抑止力とはならな

い。

 第六に,ドメスティック・バイオレンスの被害

者および加害者は,ジェンダーをめぐる意識にお

2003年6月

いてきわめて強い保守的な傾向を有している。こ

うした伝統的ジェンダー意識の共有が暴力の温床

となるとともに,暴力的関係の解消を阻んでいる。

 第七に,ドメスティック・バイオレンスの被害

者は,暴力への高い許容度をもち,強い自己責任

意識を抱いている。こうした暴力容認の意識と加

害者への「寛容」な態度が現実の暴力を招来する

とともに,暴力的関係からの脱却への動機づけを

弱めている。

 [注]

1)代表的な定義には以下のものがある。「身体的暴

力に限らず,『親密な』関係において男性から女性

にふるわれるあらゆる形態の暴力」(「夫(恋人)

からの暴力」調査研究会2002:16)。「夫・恋人な

 ど親密な関係にある男性から女性への暴力であり,

 それは男性が女性に対して権力や支配力を行使す

 る暴力のこと」(日本ドメスティック・バイオレン

 ス防止・情報センター2000:1)。また,「配偶者

からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」

 (2001年施行)においては,「配偶者」を「婚姻の

届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事

情にある者を含む」とした上で,ドメスティック・

バイオレンスを「配偶者からの畢力」とし,「身体

 に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害

 を及ぼすもの」と規定している。

2)たとえば「夫(恋人)からの暴力」調査研究会

 による「『夫(恋人)からの暴力』(ドメスティッ

 ク・バイオレンス)についての調査」(1992年)は

 フェミニズム・アプローチによる先駆的かっ代表

 的なアンケート調査であり,基本的属性,暴力の

 内容,心理状態,離婚問題,親戚の反応,子ども

 への影響などを幅広く質問しているが,被害女性

 の家族状況,ジェンダーや家族をめぐる意識や行

 動についての質問は用意されていない。

3)日本の公的機関としてのはじめての実態調査で

 ある東京都生活文化局「女性に対する暴力」(1997

年),および政府によるはじめての全国調査である

 総理府男女共同参画室「男女間における暴力に関

 する調査」(1999年)が代表的なものである。

Page 11: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

渡邊 陽・牧田 実:ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動 一被害者アンケート調査の分析一11

4)インターネットによる社会調査は現時点ではや

や特殊な方法であり,サンプルの代表性という点

で無視できない問題を孕んでいる。とくに注意す

べきは,インターネットヘのアクセスが調査の前

提になることから,対象者が若年層,高学歴層,

高所得層に偏る傾向を示すことである。しかし,

 ドメスティック・バイオレンス問題にアプローチ

するための方法として,インターネットによる調

査は,対象者の捕捉およびそのプライヴァシーと

安全の確保という点で多くのメリットを有してい

 る。たとえば他の方法では,まず潜在化している

被害者の所在を把握しなければならない。そのう

えで,郵送法ならば夫(=加害者)が質問票を開封

 してしまうリスクが避けられないし,面接法では対

象者の精神状態によっては面接そのものが困難に

なる可能性がある。インターネットによる調査は,

 これらよりもはるかに簡便で安全な方法である。

5)ここでの年齢は調査時点のものである。したがっ

て,必ずしもドメスティック・バイオレンスが起

 きていた時点のものとは限らないが,全体をやや

若年層ヘシフトさせることで傾向はほぼ把握でき

 るものと考える。

6)今回の調査で得られたのは「現在の」同居家族

 のデータである。そこで世帯規模,世帯構成,同

居家族の分析に関しては,「現在の夫」が加害者で

 あり,かっ夫と現在も同居している50ケースのみ

 を対象とした。

7)ウォーカー(1979=1997:60-71)の「暴力のサイ

 クル理論」によれば夫が妻にふるう暴力には一定の

周期がある。第一相は緊張が高まる段階,第二相は

暴力が爆発する段階,第三相は穏やかな愛情が示さ

れる段階であり,このサイクルが繰り返し現れる。

つまり暴力はのべつまくなしに行使されるわけで

 はない。生活行動レベルでの夫婦間関係が必ずしも

暴力を予兆させるほど支配一従属的でないという

今回の調査結果はこれとの関連があるかもしれない。

8)親族や友人は被害者の相談相手としては大きな

役割を果たしている。今回の調査では相手ごとに

 被害相談の有無を質問しているが,結果は以下の

 とおりである。友人・知人73.3%,家族64.4%,

 民間機関55.6%,医師42.2%,警察・婦人相談所

 以外の公的機関35.6%,警察24.2%1婦人相談所

 および近隣の人(ともに11.5%)。

9)層化2段無作為抽出による全国の20歳以上の男

 女5,000人が対象。「夫は外で働き,妻は家庭を守

 るべきである」という質問に対し,賛否を4段階

 で回答。なお本文で示すこの調査の数字は「わか

 らない」を欠損値として除いたうえで再集計した

 ものである。

10)層化2段無作為抽出による全国の16歳以上の男

 女5,400人が対象。質問文と選択肢は今回の調査と

 ほぼ同じである。なお本文で示すこの調査の数字

 は「その他」「わからない」「無回答」を欠損値と

 して除いたうえで再集計レたものである。

11)ウォーカー(1979=1997)は,暴力およびその

 被害者・加害者をめぐって従来信じられてきた偏

 見に満ちた思考パターンを「家庭内暴力の神話」

 としたうえで,これを否定し,暴力は年齢や人種,

 民族,教育,社会的地位,「経済力などとは無関係

 に存在するとした。.今回の調査もこれを支持する

 結果となった。

 [文献]喝

Dutton,Donald G.and Golant,Su鎌m K.,1995,

  TゐθBα伽rεr∫APsッ。んoJogfcαZPrφ」ε,New

  York:Basic Books.(=2001,中村正訳「なぜ

  夫は,愛する妻を殴るのか?一バタラー心理

  学』作品社

波田あい子・平川和子,1998rシェルター  女が

  暴力から逃れるために』青木書店

Herman,Ju(iith L.,1992,Trαμ配ααη4Rθcoひθηy,

  New York:Basic Books.(=1999,中井久夫訳

  『心的外傷と回復(増補版)』みすず書房)

河野貴代美編,1998,『家族の現状」新水社

小西聖子,2001,『ドメスティック・バイオレンス』

  白水社

中村正,2001,『ドメスティック・バイオレンスと家

  族の病理」作品社

N H K放送文化研究所編,2002,『現代日本人の意識

  構造〔第5版〕』日本放送出版協会

Page 12: ドメスティック・バイオレンスと家族・意識・行動...Q3.0 427835 5.4 R6.5 P0.8 S7.3 世帯構成 夫婦のみ世帯 v婦と子の二世代世帯 v婦と親の二世代世帯

12 福島大学教育学部論集第72号 2003年6月

目本DV防止・情報センター,1999,『ドメスティッ

  ク・バイオレンスヘの視点』朱鷺書房

    ,2000,「知っていますか?ドメスティック・

  バイオレンス一問一答』解放出版社

「夫(恋人)からの暴力」調査研究会,2002,『ドメ

  スティック・バイオレンス[新版]』有斐閣

鈴木隆文・後藤麻理,1999,『ドメスティック・バイ

  オレンスを乗り越えて』日本評論社

上野千鶴子,1990,『家父長制と資本制』岩波書店

Walker,Lenore E.,1979,銑e Bα伽re4Wb昭π

  5yηdromθ,New York:Harper & Row.(=

  1997,斎藤学監訳『バタード・ウーマン』金剛

  出版)

吉浜美恵子,1995,「アメリカにおけるドメスティッ

  ク・バイオレンスヘの取り組み」『民間シェルター

  調査報告書H』横浜市女性協会

 [付記]

 本稿は,渡邊の修士論文(平成14年度福島大学大

学院教育学研究科修士学位論文「ドメスティック・

バイオレンスに関する社会学的研究一被害者アン

ケート調査を中心に」)の一部および渡邊が実施した

アンケート調査をベースとしっっ,牧田と渡邊の共

同作業のもとに分析枠組を再構築し,牧田が中心と

なって新たに書きおろしたものである。

            (2003年4月16日受理)

Domestic Violence and Family,Consciousness,and Behavior

      An Analysis of a Questionnaire for Battered women

WATANABE,AkiraMAKITA,Minoru

 The purpose of this study is to clarify the relations of domestic violence an(i family con砒ion,

gender consciousness and daily behavior.We obtained our data from responses by battered

women to a questionnaire survey.Our conclusions are as follows.

1.There is no attribute common to either the battere{i women or their batterers.

2.In general,domestic violence occurs in small families,such as the nuclear family.However,

 we found that living together with marital parents does not restrain the violence.

3.There is a strong chain of domestic violence through past generations。

4.There is no strong correlation between domestic violence an(i(iaily behavior.

5.A constant且etwork of friends an(i relatives of the battered women does not restrain the

 violence.

6.Both the battered women and batterers have extremely conservative gender consciousness.

 Such joint ownership of the gen(ier consciousness becomes a hotbe(i of violence.

7.The battered women have a high tolerance for the violence and maintain a strong sense.of

 self-responsibility、 Such an attitude,which acquiesces in the violence and tolerates the

 batterers,not only brings about the violence but also obstructs any efforts to prevent it・