スクールソーシャルワーカー(ssw)による事業・授業の開...

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大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻 胡 精吾(熊取町立南小学校) 1.目的 学校における働き方改革が叫ばれ,これまで学校・教員が担ってきた業務の在り方が変わろうとし ている。社会や経済が大きく変化する中,要保護・準要保護家庭,特別に支援が必要な児童生徒, 不登校,暴力行為,日本語指導が必要な外国人児童生徒の増加など学校が抱える課題が複雑化・ 多様化している。これらの課題に対応し,教育的に不利な立場にある子どもたちが安心して教育を 受けられるコミュニティの実現を果たすことを目的に,熊取町教育委員会及び熊取町立南小学校長 へスクールソーシャルワーカー(以下,SSW)が各学校の課題や特色に応じた事業・授業を開発し, 中心となって実施できるよう提言を行う。 2.方法 全小中学校に1名以上のSSWを次の条件で配置する。条件:土日勤務可能,フレックスタイム制, それらに関わる予算の確保(現在,週4日午前8時~16 時の勤務で一人 250 万円の予算)。SSWが 学校の課題や特色に応じた事業・授業を行う。例えば低学年に課題のある児童が多く,いわゆる小1 プロブレムの発生が認められるときは,SSWが連絡調整役を行い,地域の幼稚園教諭や保育所保 育士又は子育て経験者ボランティア等が課題のある教室に入って小学校担任教員とともに支援を行 えるようにする。または,例えば経済的に苦しい家庭で体験活動の乏しい子どもたちのために社会 福祉団体と連携してサマーキャンプ等の企画・運営を行い,教育課程外の時間において,学校の中 で募集から引率,体験活動の振り返りまでを行ったりする。他には幼小連携や小中連携の役割とし て,例えば校内の教育相談コーディネーターとともにSSWが中学校区で連携交流を行う定例会義 を行う。さらにこれらの活動ができる人材を研修において育成する仕組みを導入する。 3.評価の方法 教育的に不利な立場にある子どもたちが安心して教育を受けられるコミュニティの実現可否は,学 校自己診断として児童や保護者からの評価と外部評価によるアンケート調査及び教職員の評価・育 成システムにSSWを組み入れて評価を行う。 8

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  • スクールソーシャルワーカー(SSW)による事業・授業の開発と実施

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    胡 精吾(熊取町立南小学校)

    1.目的

    学校における働き方改革が叫ばれ,これまで学校・教員が担ってきた業務の在り方が変わろうとし

    ている。社会や経済が大きく変化する中,要保護・準要保護家庭,特別に支援が必要な児童生徒,

    不登校,暴力行為,日本語指導が必要な外国人児童生徒の増加など学校が抱える課題が複雑化・

    多様化している。これらの課題に対応し,教育的に不利な立場にある子どもたちが安心して教育を

    受けられるコミュニティの実現を果たすことを目的に,熊取町教育委員会及び熊取町立南小学校長

    へスクールソーシャルワーカー(以下,SSW)が各学校の課題や特色に応じた事業・授業を開発し,

    中心となって実施できるよう提言を行う。

    2.方法

    全小中学校に1名以上のSSWを次の条件で配置する。条件:土日勤務可能,フレックスタイム制,

    それらに関わる予算の確保(現在,週4日午前8時~16 時の勤務で一人 250 万円の予算)。SSWが

    学校の課題や特色に応じた事業・授業を行う。例えば低学年に課題のある児童が多く,いわゆる小1

    プロブレムの発生が認められるときは,SSWが連絡調整役を行い,地域の幼稚園教諭や保育所保

    育士又は子育て経験者ボランティア等が課題のある教室に入って小学校担任教員とともに支援を行

    えるようにする。または,例えば経済的に苦しい家庭で体験活動の乏しい子どもたちのために社会

    福祉団体と連携してサマーキャンプ等の企画・運営を行い,教育課程外の時間において,学校の中

    で募集から引率,体験活動の振り返りまでを行ったりする。他には幼小連携や小中連携の役割とし

    て,例えば校内の教育相談コーディネーターとともにSSWが中学校区で連携交流を行う定例会義

    を行う。さらにこれらの活動ができる人材を研修において育成する仕組みを導入する。

    3.評価の方法

    教育的に不利な立場にある子どもたちが安心して教育を受けられるコミュニティの実現可否は,学

    校自己診断として児童や保護者からの評価と外部評価によるアンケート調査及び教職員の評価・育

    成システムにSSWを組み入れて評価を行う。

    8− 8 −

  • 4.参考資料一覧

    文部科学省(平成 29 年 12 月)「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築

    のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(中間まとめ)【案】」

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2017/12/25/

    1399722_05_1.pdf(最終閲覧日,平成 30 年1月 23 日)

    文部科学省(平成 20 年 12 月)「SSW実践活動事例集」

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1246334.htm(最終閲覧日,平成 30 年1月 23

    日)

    教育相談等に関する調査研究協力者会議(平成 28 年 12 月)「児童生徒の教育相談の充実につい

    て~学校の教育力を高める組織的な教育相談体制づくり~(報告)」

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/120/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2016/12/08

    /1379214_1.pdf(最終閲覧日,平成 30 年1月 23 日)

    大阪府教育庁(平成 29 年6月更新)「教職員の評価・育成システムの手引き」

    http://www.pref.osaka.lg.jp/kyoshokuink/hyoukaikusei/hi-yoshiki.html(最終閲覧日,平成 30 年1

    月 23 日)

    内閣府(平成 28 年度実施事業報告書)平成 28 年度地域課題対応人材育成事業「地域コアリーダ

    ープログラム」報告書

    http://www8.cao.go.jp/youth/kouryu/report/h28/(最終閲覧日,平成 30 年1月 23 日)

    【熊取町教育委員会及び熊取町立南小学校長への提言書】

    熊取町教育委員会及び熊取町立南小学校長へ,「スクールソーシャルワーカー(以下,SSW)に

    よる事業・授業の開発と実施」を提言する。SSWがより直接的に児童生徒及び保護者の抱える問題

    に対してアプローチができるようにしたもので,各学校の課題や特色に合わせて事業や授業を行う

    役割を担うものである。熊取町では,SSWを平成 22 年度から配置しており,平成 22 年度は1名,平

    成 23 年度からは2名,平成 28 年度9月より各中学校区に1名ずつ合計3名を小中学校に配置し,課

    題を抱える児童生徒や家庭等の支援を行っている。そのうち1名が熊取町立南小学校に配置されて

    おり,そこでのSSWの具体的な活動としては,児童や保護者との相談活動や朝の登校支援,授業

    に入りにくい児童への対応,教職員等との情報交換,関係機関との連絡調整等の業務を行っている。

    SSWの学校配置による成果としては,子どもの貧困,児童虐待,不登校,いじめ等問題行動の早期

    9− 9 −

  • 発見及び支援により問題を未然に防いていることが第一に挙げられる。今後,SSWが熊取町の全

    小中学校に配置されることで,さらに有効なSSWの役割と仕事についての提言を行いたい。

    1.日本のSSWの役割

    日本におけるSSWは,「SSW実践活動事例集」(平成 20 年 12 月文部科学省)において以下のよ

    うに定義されている。SSWは,社会福祉士や精神保健福祉士等の資格を有する者のほか,教育と

    福祉の両面に関して,専門的な知識・技術を有するとともに,過去に教育や福祉の分野において活

    動経験の実績等がある者のうち,次の職務内容を適切に遂行できる者としている。①問題を抱える

    児童生徒が置かれた環境への働き掛け,②関係機関等とのネットワークの構築,連携・調整,③学

    校内におけるチーム体制の構築,支援,④保護者,教職員等に対する支援・相談・情報提供,⑤教

    職員等への研修活動等の①から⑤を挙げている。さらにSSWの役割として,児童生徒だけではなく,

    教師と学校組織が教育の力を発揮するための支援,スクールソーシャルワーク的視点をもって教師

    との協働を常に意識すること,スクールカウンセラー等と協働して対応すればそれぞれの専門性がよ

    り純化して発揮できること,情報を的確に管理し適切に活用することが重要であると述べている。そし

    てこのSSWの活動においても,教師と学校組織が教育の力を十二分に発揮できるよう支援するよう

    な役割が重要であり,「その点では,SSWが主人公であったり,ヒーローであってはならない。教員

    から課題を何でも吸い上げてひとり頑張って解決するという仕事ではないし,そのような誤解を与える

    ことも好ましくない。できる限り『黒子(くろこ)に徹する』姿勢を心掛けることが大切である。」(SSW実

    践活動事例集第Ⅰ章p4引用,平成 20 年 12 月文部科学省)と述べられている。つまり日本のSSW

    は相談やケース会議において教職員をサポートする,まさに黒子のような存在として期待されている。

    熊取町立南小学においてもSSWがサポートに徹し,支援を要する児童とその家族の情報収集及び

    整理を行い,ケース会議においてアセスメント,プランニングを行っている。

    2.ドイツ・ザクセン州のSSWの役割

    ドイツ・ザクセン州のSSWやユースワーカーは,HORT(日本の学童保育のようなもの)において朝

    食を提供するプログラムに協力したり,プロジェクト学習のサポートや社会体験を促す学習プログラム

    を開発したりと教員とは別のアプローチで積極的に子どもたちへの働きかけを行っていると感じた。ド

    イツ・ザクセン州の学校訪問研修を通して,日本の小学校と大きく違うと感じたことは学校における専

    門家(教科担任,SSW,ボランティアなど)の多さである。ドイツ・ザクセン州の教員は自分の役割(基

    礎学校教員なら担当しているクラスの授業)を最優先させて,いつ・どのように・どの学習内容を学ば

    せることが子どもたちにとって最適なのかを考える,いわゆるカリキュラム・マネジメントを行うことが業

    10− 10 −

  • 務の中心となっている。そのため必要であれば,社会団体や企業及び財団から資金援助を受ける努

    力を行い,教室に人を配置して明確な役割分担のもと,学校教育が行われていた。例えば,第 16 中

    高等学校においてドイツ語を話せない移民の背景がある子どもたちへの支援として,第二言語として

    のドイツ語(以下,DAZ)の授業を参観したが,DAZの授業を行う教員の他に3名のサポーター(外

    国語としてのドイツ語の教員,授業サポーター,ヨーロッパボランティア実習生)がいて子どもたちの

    学習をサポートしていた。DAZの教員がT1として授業を進め,他の3名がT2として子どもたちへの

    個別指導を行う体制ができていた。1時間の授業に向けて綿密な打ち合わせを行っているというより

    は,お互いを尊重し合って信頼し任せていると感じた。日本の学校では教員に対しての責任が大き

    いため,授業サポーターやボランティアは自ら考えて行動するというよりは教員の指示を受けてサポ

    ートを行う意識が高い。しかし,ドイツ・ザクセン州のSSWは黒子というよりは「学校の主人公」のよう

    に感じた。日本において教員の多忙を減らすためにも,SSWが主体的に考えて行動し,教育的に

    不利な立場にある子どもたちが安心して学校生活を過ごせるように活動することが何よりも望まれる。

    3.これからの熊取町の学校に求められるSSWの役割

    各学校によって抱える課題や特色ある取組みはそれぞれ違う。例えば,熊取町立南小学校では,

    自分の気持ちが言葉にできず,抑えられなくて感情を爆発させてしまう子どもが低学年ほど多く見ら

    れる課題がある。単独校方式(SSWが配置された学校のみを担当するもの)の利点を生かして,SS

    Wが教室に入って子どもたちの様子を観察し,必要があれば児童に対して話を聴いたり,クールダウ

    ンをさせたりするなどの支援を行う役割がなされている。これらの成果を生かし,さらにここから役割を

    発展させるためには,全小中学校に1名以上のSSWを配置すること,且つSSWの一人当たりの予

    算を現在のもの(年間 250 万円)から増額し,土日勤務可能にしたり,フレックスタイム制を導入したり

    する必要がある。さらにこれらの活動ができる人材を研修において育成する仕組みを導入することが

    求められる。この提言により,例えば,①相談会の開催:スクールカウンセラー,特別支援コーディネ

    ーター,教育相談コーディネーター等と協働して児童生徒からの相談会(平日 16 時から 18 時),保

    護者からの相談会(平日 18 時から 20 時や土曜日等)を開催すること,②授業・研修会の実施:子ど

    もたちへの授業(例えばアンガーマネジメントやソーシャルスキルトレーニング等),保護者や地域の

    方への研修(例えばストレスマネジメント等)や教職員への研修(スクールソーシャルワーカーの視点

    からの子ども・保護者対応等)を実施することや,③地域社会と関わる催しや行事の広報活動及び企

    画運営:学校においてNPO法人や地域の大学等の催しや行事を積極的に広報活動し,子どもや保

    護者が地域とつながる機会を増やす活動を行ったり,経済的に苦しい家庭で体験活動の乏しい子ど

    もたちのために社会福祉団体と連携してサマーキャンプ等の企画・運営を行ったりすること,④幼小

    中接続コーディネーター:小学校入学時の新1年生の教室に地域の幼稚園教諭や保育所保育士ま

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  • たは子育て経験者等が入って小学校担任教員とともに支援を行えるように連絡調整をする。または

    中学校区内のSSWと教育相談コーディネーターが協働で生徒指導等の交流会を行うこと等が考え

    られる。

    上記①から④の事業・授業が実施された場合,これまで担任教員が主に行ってきた個別に支援の

    必要な児童生徒への対応が軽減されるとともに,保護者からの相談も役割分担がなされることで教

    員の負担が減り多忙化が解消される(①②)。また,教育的に不利な立場にある児童生徒とその保護

    者が地域社会とつながることで,社会から排除されないセーフティーネットワーク機能が働くと期待さ

    れる(③)。最後は学校組織のなかにカリキュラム・マネジメントをリードする役割として教員のモデル

    となったり,幼稚園から小学校,中学校までの接続を担ったりできると考えている(④)。熊取町教育

    委員会には予算の確保とともに,人材育成の場の確保,そして熊取町立南小学校長にはSSWと教

    職員が連携協働するために,SSWの役割の周知が必要だと考えている。以上,学校における働き

    方改革の一役を担うSSWにおけるによる事業・授業の開発と実施を提言する。

    12− 12 −

  • 言語を基盤とするつながりと居場所を持つための人的環境整備

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    近藤 利之(吹田市立吹田第三小学校)

    1.目的

    ドイツでは,DAZ という第二言語としてのドイツ語(Deutsch als Zweitsprache)を設け,児童・生徒

    自身の年齢にあったクラスで一緒に勉強を進めることができるドイツ語の習得をめざしている。すなわ

    ち,生活言語能力のみならず学習言語能力を身につけることが大切であり,高度な言語教育が必要

    である。そのため,週のほとんどの授業を DAZ クラスで学ぶ児童・生徒がいる。ドイツでの学校見学

    時には,DAZ クラス担当教員の他に教科の教員,ボランティア2名の計4名の指導者が関わっていた。

    その中で,様々な国籍の児童・生徒が個々の課題に応じて学習に取り組んでいた。個々の課題に

    対しても,「児童・生徒のドイツ語の習得の度合いを教員が見取り3段階に分ける。」といった明確な

    基準の下,指導が行われていた。また,言語理解への支援を必要とする児童・生徒にとって学校生

    活がうまくいくためには,家庭の影響が大きいため,保護者とパートナーとしてやっていくことが大切

    であるとのことであった。

    ドイツで DAZ の授業を見学したあと,振り返りの場面でほぼすべての子ども達が「授業に満足して

    いる」とハンドサインで答えていたことについて,私が「いつも子ども達の自己評価は,あのように高い

    のか?」と質問を行った。DAZ の担当教員の答えは,「いつも肯定的であるということでもない。自己

    評価を通して考え直しが重要である。理由が言えないことが多いのでそれをこの活動を通して行って

    いる。子どもの背景には,つらい記憶故に自己の意識を失ってしまっていることもある。だから良かっ

    たというところで,自分を改めて見付けるということを行っている。」というものであった。授業中に行う

    活動の意味の大切さ,子どもの背負っているものの重さをも考慮していることに触れたその答えに感

    動した。そこで,自身が考えたことは,これまでの経験の中で,外国人児童にとっての言語の習得の

    大切さとその子どもが持っている背景をここまで大切に考え,指導を行うことが自身はできていたの

    か?ということである。

    近い将来,複数の外国人児童がクラスの中に在籍していても不思議ではない状況になっていくと

    いうことが言えるであろう。そのような状況になった時に,前述の答えに対して明確に「できていた」と

    は答えきれない担任であった自分に対して,ドイツで見て学んだことを生かし,「できる」と言えること

    をめざして,この提言の目的を言語理解への支援を必要とする外国人児童に対して,子どもの成長

    により添い,学習言語能力を身につけるための人的環境を整備することで,児童の学校での居場所

    づくりにつなげること。また学校と保護者とのつながりを確保するための人的環境を整備することで学

    校における児童の健やかな成長につなげることとした。

    13− 13 −

  • 2.方法

    ドイツの教員に比べ日本の教員は,教員が教えること以外でも多くの役割を担っている。そのこと

    は,教育上有意義な面も多い。しかし,そこに,ドイツで学んだ DAZ 教員のような専門性と学校の外

    部人材の活用による分業を意識することでよりその有意義な面を生かし,目的の達成に迫ることがで

    きると考えられる。そこで以下に2つの提言を行いたい。第一に,

    〇外国人児童に対する日本語指導担当教員の専門性の向上と外国人児童を指導する教員(担任

    など)の指導力の向上を図る。(吹田市教育委員会への意見)

    ・児童・生徒の言語習得段階を判断できる日本語指導担当教員を増員し,その指導を支援できる

    人材(指導補助者)を配置する。(現状より増員)

    ・日本語指導担当教員を中心とした教員の資質・能力の向上をはかる取組みを充実させる。(現

    状より増加)

    文部科学省は HP(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1341929.htm)(最終閲

    覧日:平成 30 年1月 23 日)において,「日本語指導

    担当者に求められる資質はどのようなものでしょう

    か?」という問いに対して,「日本語指導担当教員を

    配置するに当たっては,以下の点を十分勘案した上

    で,適任者を充てることが重要です。日本語担当指導

    教員は,個々の児童生徒の日本語の能力や特性を

    的確に把握し,それに応じた指導を行うことが不可欠

    です。日本語指導においては,限られた時間の中で1

    対1の個別指導を行うこともあり,担当教員は,児童生

    徒の発達段階に応じた教育を行う専門的な知識と指導力を求められることになります。また,近年,

    外国人児童生徒の国籍や帰国児童生徒の在住国の多様化が進み,教員の幅広い知識と専門性が

    求められています。新任教員で,特に単独で日本語指導を行う場合は,日本語指導に関する経験

    を有していることなどが望ましいでしょう。また,日本語指導の目的が,在籍学級での学習に日本語

    で取り組むことができるようにすることであることを踏まえ,日本語指導担当教員は学級担任や教科

    担当など在籍学級での指導経験を持つことも望ましいと考えられます。さらに,定年退職した元教員

    を再任用により担当者とすることも考えられます。」と答えている。

    以上のことを鑑みると,日本語指導担当教員には,生活言語能力のみならず,学習言語能力を身

    につけることを目標とする場合,児童・生徒の言語の習得段階を判断する必要がでてくる。そこには,

    通常学級での児童の達成状況を見取ることと同様に専門性が必要である。そのためには,児童の言

    語習得におけるカリキュラムを作成し,指導,評価できることを専門的に学んだ経験や専門的な研修

    を受講するなど日本語担当指導教員の資質・能力の向上を図る必要がある。さらに,今後,外国人

    児童生徒数の増加が見込まれることからも,日本語担当指導教員を増員し,それぞれの経験や指導

    法の共有や連携を取る。そして,その教員より情報を発信したり,研修を実施したりすることで,外国

    人児童を指導する教員(担任など)の資質・能力の向上に繋げる。また,児童は,学校での生活のみ

    ならず,家庭で過ごす時間も一日の中では非常に長く,児童のよりよい成長を考えると家庭との連携

    は必要不可欠である。また,保護者等は,子ども(学校)の不安はもとより自身の不安も抱えている場

    合も多い。そのようなときに,ドイツで学んだ文化の仲介者(各国の文化の違いを理解し,子どもの学

    14− 14 −

  • 校でのトラブルや保護者の悩み等に対応することができる支援機関の方)のような役割を果たす日

    本語指導補助者を配置し,日本語指導担当教員や担任と連携することで,より学校と家庭と地域の

    スムーズな連携につながると考えられる。

    第二に,次の提言を行いたい。

    ・教員養成課程におけるカリキュラムの中に「第二言語としての日本語」を(ボランティア活動を含

    む)必修とする。(大学への意見)

    言語指導を必要とする児童に対しての対応を教員養成課程において学ぶことで,日本語指導が

    必要な児童への学習方法の工夫やてだてを理論として,具体的に教員をめざす学生全員が考える

    ことができる。そして,それらの考えを,日本語指導を必要とする児童への方策としてのみならず,

    通常学級でも活かす視点を持つことができる。また,ボランティア活動を通して,学校現場と接点を

    持つことで,多様性に対する理解を深め,自身が教員となり,日本語指導を必要とする児童の担任

    等になった場合に,スムーズに対応できる力を身に付けることができると考えられる。(来年度より,

    大阪教育大学教育協働学科にて日本語教育概論 AB が2回生に開講される予定である。)

    3.評価の方法

    ○日本語指導担当教員を中心として,児童・生徒の言語(日本語)習得の際の段階を示すものを各

    種資料や連携機関との協働により作成する。

    ※作成に係る参考資料

    ・文部科学省初等中等教育局国際教育課(平成 26 年1月)「外国人児童生徒のための JSL 対話型

    アセスメント DLA」(最終閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1345413.htm

    (「DLA」は,日本の学校で学んでいる外国人児童の日本語能力を明らかにし,子どもの実態を把握

    した上で,どのような指導や対応が必要かを知るための評価ツール。)

    ・大阪府教育委員会(平成 23 年3月)「ようこそ OSAKA へ Part.Ⅱ 日本語支援アイデア集」(最終

    閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/21636/00000000/support_idea.pdf

    ・大阪府教育委員会(平成 28 年3月)「ようこそ OSAKA へ Part.Ⅲ 日本語指導実践事例集」(最終

    閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/21636/00000000/jissennjirei.pdf

    ※連携機関

    ・公益財団法人吹田市国際交流協会(SIFA)

    ・市内にある各種教育機関(大学等) など

    ○日本語指導担当教員を中心として,様々な日本語指導が必要な児童に対しての支援の実践を共

    有・発信する。

    ○日本語指導補助者の配置による効果について,保護者へのアンケートや聞き取り等による取組み

    の PDCA サイクルによる効果検証システムを確立する。

    ○教員養成課程において,多様性や日本語指導についての理論や方法について学ぶことで,自身

    が教員として,その学びを生かし,児童や家庭とのつながりを地域や行政の担当者と持ち,日本語

    指導を必要とする児童の受け入れをスムーズに行うことができる。

    15− 15 −

  • 4.参考資料一覧

    ・大阪府教育委員会(平成 22 年3月)「ようこそ OSAKA へ 帰国・渡日児童生徒の受入マニュアル」

    (最終閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/21636/00000000/Ukeire_manual.pdf

    ・文部科学省初等中等教育局国際教育課(平成 23 年3月)「外国人児童生徒受入れの手引き」(最

    終閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/1304668.htm

    ・文部科学省初等中等教育局国際教育課(平成 27 年4月)「外国人児童生徒のための就学ガイド

    ブック」(最終閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1320860.htm

    ・文部科学省初等中等教育局国際教育課(平成 26 年1月)「学校教育法施行規則の一部を改正す

    る省令等の施行について(通知) Q&A 指導者」(最終閲覧日:平成 30 年 1 月 23 日)

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1341929.htm

    ・3 に示した作成に係る参考資料も含む。

    16− 16 −

  • 学校とボランティアの新たな連携を目指して

    -多様な教育課題に対応するコーディネーターの育成-

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    新家 秀雄(茨木市立太田小学校)

    目的

    (1)学校教育に特化したボランティア・コーディネーターを設置し,教師以外の専門職やボランティア

    が協働して学校や児童生徒の課題に取り組むことで,多様な教育ニーズに対応する。

    (2)そのためボランティア・コーディネーターのあり方や目的,役割と責任,配置の方法などについて

    調査・研究を行う。

    方法

    (1) ボランティア・コーディネーターの役割や配置について,中期的な調査・研究

    ドイツの小学校において,私たちは教員以外の多様な専門職やボランティアによる学校運営を見

    学することができた。学校には多くのスポンサーが存在し学校が行う活動をサポートしている。

    学生アシスタントによる栄養プロジェクトや育児支援,財団によるスポーツ行事に関する財政支援,

    児童基金による読書プロジェクト,ボランティアによる朝食の提供などである。

    ドイツにはこうした様々な社会奉仕活動を行う団体があり,学校のニーズに基づいて,ボランティア

    が活動している。

    写真はザクセン州における August-Bebel-Grundschule(アウグスト・ベーベル基礎学校)の写真で

    ある。早朝に訪問した際に撮った一枚であるが,これらは児童に提供される「朝ご飯」である。調理室

    前には,フルーツやジャガイモなどが朝食ボランティアによって準備され提供されている。それは朝

    食を家庭で食べてくることができない児童に対するサポートであるということだった。なぜなら,この学

    校には,240 名の在籍児童の半数以上がドイツ語を母語としない,いわゆる「移民の背景を持つ人々」

    である。そうした人々の家庭の中には経済的な問題や生活習慣・文化が異なるため,朝ご飯を用意

    できない家庭も多いということだった。(この学校には 29 もの言語がある)

    17− 17 −

  • また教室では,スロバキアから来た学生がボランティアとして児童のサポートにあたっていた。スロ

    バキアでは,社会奉仕活動が国民の義務として定められており,ドイツの小学校でボランティアをし

    ているということだった。こうした,ボランティアが学校に深くかかわり,教育に対するサポートを行って

    いる風景は,ドイツではよくみられ,ライプツィヒ大学のマクハバット先生によれば,「このような朝食の

    準備のみならず,学童保育のボランティア,遠足や社会見学の付き添い,一人ひとりのケアが必要な

    児童に対するサポートなど多様なボランティアが学校を支えている」ということであった。

    また,ボランティアの中には失業している人,ハローワークなどから派遣されている人,学校を退職

    した先生などがいるという。さらに,各種の社会奉仕団体,NGO や NPO などから,有償でのボランテ

    ィアを行っている人々もいる。ドイツ国内はもとより,広くヨーロッパ各国からボランティアが募られてお

    り,旅費や滞在費などをサポートする仕組みも存在している。

    私の所属する茨木市でも登下校の見守り,学習支援員,放課後子ども教室,不登校支援員,地

    域清掃,学校清掃,一時保育,図書ボランティアなど多くのボランティアが教育課題のために活動を

    おこなっている。しかし,それらボランティアの窓口は,「学校」「市教育委員会」「教育センター」「地

    域」「PTA」「社会福祉協議会」などに分かれており,学校側が主体的にボランティアを活用するため

    の制度や方法が整備されているとは言い難い。

    そこで,多様なボランティアをコーディネートすることができる制度の開発とそれに伴う中期的な

    調査・研究が必要ではないかと考えた。

    現在,学校はボランティアを活用するため,それぞれの分野,例

    えば,学習支援員なら教育委員会の学力向上担当者と連携しなけ

    ればならない。また,各担当部署それぞれが個別にボランティアの

    登録や配置を行っている。

    茨木市教育委員会 学校教育推進課の指導主事は「ボランティ

    アの一元化ができればとても良いと思う。

    現在のボランティアは学生によるインターンや退職した元教員,

    地元の方々などによって支えられているが,お金に関わることは,ミ

    スがあってはいけない。コーディネートするということは,人を配置したりマッチングさせたりすることで

    あり,それには予算が伴う。大切なのは,学校の実態にボランティアの目的や人数などがマッチして

    いること。」と述べていた。

    (2) ボランティア・コーディネーターを中学校ブロックに配置する

    「ボランティア・コーディネーター」という名称はすでに「特定非営利活動法人 日本ボランティア・

    コーディネーター協会」が発案している。そこでは,ボランティア・コーディネーターは「市民のボラン

    タリーな活動を支援し,その実際の活動においてボランティアならではの力が発揮できるよう市民と

    市民または組織をつないだり,組織内での調整を行うスタッフ」と位置付けられている。しかし,学校

    教育に特化したボランティアのコーディネーターはあまり見かけないどころか,その役割を行っている

    のは,学校であり,多くは教頭などの管理職である。今後,さらに多様な教育課題に対応するために

    は,様々な知識や技能を持ったボランティアが学校に必要ではないか。しかしながら,そうしたボラン

    ティアがいたとしても,上手にマッチングできるかどうかは学校によってしまうという問題がある。学校

    学校

    社会福祉協議会

    地域

    PTA

    教育委員会

    18− 18 −

  • の所在地や活動を行う時間,ボランティアのニーズ,さらに有償か無償かということなど,調整すべき

    項目は多岐に渡る。

    ボランティア・コーディネーターの役割は,そうした学校とボランティアを「つなぐ」こと,ボランティア

    とボランティアを「つなぐ」こと,そして,ボランティアと教育課題を「つなぐ」ことである。

    調査研究した成果をもとに,ボランティア・コーディネーターを中学校ブロックに配置することで,多

    様な教育課題やニーズに対応することが期待される。

    (3) ボランティア・コーディネーターに求められる資質能力と活動内容

    ボランティア・コーディネーターに求められる資質や能力,基本的な姿勢や考え方ついて述べて

    みたい。ボランティア・コーディネーターは自分自身がボランティア活動をするわけではないが,豊富

    なボランティア経験に基づくコーディネーションが求められる。また,学校ごと,地域ごとに抱える課題

    に対して「何が課題か?」「そのためにボランティアをどのようにコーディネートすべきか?」を目的や

    内容,そしてボランティアの数なども含めて十分に情報を収集・分析し判断する力が求められる。

    まず,だれがボランティア・コーディネーターを行うかであるが,一つは学校の教職員の中にそうし

    た役割をつくるやり方である。このやり方は,所属する学校や地域のことについて情報が収集しやす

    く人間関係も作りやすい。一方,教職員としての業務も膨大であることを考えると,専念できるか疑問

    である。

    二つ目の方法はすでに学校ボランティアの経験が豊かで,学校との信頼関係が築けている人を充

    てることである。ボランティアの視点からも助言ができるのがつよみであろう。しかし,無償の活動には

    やはり限界も感じられ,また経験主義に陥ったり,客観性が欠けたりする場合もある。そこで条件をい

    くつか整理した。

    ボランティア・ニーズ

    (自己表現や自己実現)

    学校のニーズ

    (学校課題の解決

    よりよい学校づくり)

    ボランティア

    コーディネーター

    ①学校の課題解決やよりよい学校づくりという目標を共有し,組織的に動くことができる人物。

    ②地域活動やボランティア活動に積極的に取り組んできた経験を有し,学校の教職員とボラン

    ティアとの懸け橋になることができる人物。

    ③少なくとも,数年単位で継続的に働くことができ,ある程度の身分保障すなわち,臨時もし

    くは常勤の公務員としての立場を通して活動できる人物

    19− 19 −

  • 評価の方法

    (1)学校教育自己診断

    (2)外部評価

    (3)学校協議会による評価

    (4)管理職,教職員,児童生徒,地域,保護者の評価

    参考資料一覧

    ・渡部 聡子 「ドイツの奉仕活動制度--民間役務法 14c 条追加をめぐる議論を中心に」ヨーロッパ

    研究 8, 101-117 (2009)

    ・「深刻化する子どもの貧困 子ども食堂を作ろう!」 『社会運動 No.421』(2016 年 1 月 20 日)ほんの

    ・毎日新聞『朝食も 早起き効果,全国広がり「親も安心」』(2017 年 5 月 22 日付朝刊)

    ・茨木市社会福祉協議会ボランティアセンター<http://www.ibaraki-csw.com/vc>(2018 年1月 23

    日アクセス)

    ・大阪市ボランティア・市民活動センター<http://www.osakacity-vnet.or.jp/>(2018 年1月 23 日ア

    クセス)

    ・日本ボランティア・コーディネーター協会

    http://www.jvca2001.org/modules/pico/info/whats_vco.html(2018 年1月 23 日アクセス)

    ・アウグスト・ベーベル基礎学校

    http://www.sn.schule.de/~gs-bebel-l/index.html(2018 年1月 23 日アクセス)

    20− 20 −

  • 帰国渡日児童生徒に対する初期段階の言語習得支援について

    -学校生活に必要な言語習得を通し教科学習への適応をめざす-

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    土居 惣八(貝塚市立中央小学校)

    1. 目的:教育支援センターに開設する日本語教室(以下,日本語学習拠点校)での学校

    生活に必要な言語習得を通し,在籍校における教科学習への適応をめざす。

    ドイツ・ライプチヒでは,移民を背景にもつ児童生徒に対し,DaZ(第二言語としてのドイツ語)の授

    業を実施し,学校生活に必要な言語習得を図っている。ドイツ語をほとんど理解しないまま教科学習

    に参加させるのではなく,教科学習が理解できる言語能力を習得することを優先していた。DaZ担当

    教師は

    「言語を習得しないまま教科学習に参加させることこそ,児童にとって不幸なこと」

    と語っていた。一方,周りの児童は,移民の背景を持つ児童生徒がDaZのクラスに行くことは当たり

    前だと捉えていた。これは我々が視察した,第二次世界大戦後からの労働者としての移民政策,そ

    して最近の難民受入れ等,移民・難民を背景に持つ児童の受入れの歴史があるドイツ・ザクセン州

    の学校での言語習得の現状である。

    ドイツの現状を踏まえ,私の所属する貝塚市で,どのような外国人児童に対する社会的包摂が可

    能であろうか。ザクセン州と貝塚市の小学校の実態を比較すると,貝塚市の学校教育の強みの1つ

    に,各学校で長年積み重ねられてきた,多文化共生教育をはじめとする人権学習がある。例えばザ

    クセン州では移民を背景にもつ児童の出身国の歴史的・社会的背景について,クラスメイトには敢え

    て教えないというスタンスをとっている。それに対し貝塚市では,それぞれの学校が系統的に多文化

    共生の学びを,出会いや体験,聞き取りを中心に行っており,外国人児童を包摂する姿勢が涵養さ

    れてきていている。つまり,学級の子ども達が,外国人児童を包み込み,その中で外国人児童が日

    本語等を習得していく環境ができている。

    その一方,移民・難民の背景をもつ児童が増加しているザクセン州の小学校の強みの1つは,Da

    Z専任の教員が配置されている点である。DaZでは生活言語,学習言語としてのドイツ語の指導と評

    価を行う専任の教員だけでなく,ボランティアも活用した積極的な言語習得指導を行い,学校での生

    活だけでなく,学習に必要な言語習得をめざした取組みがなされている。この点を参考に,将来,外

    国人児童が増加していくことを想定し,それらの子どもたちが,初期段階の「学校生活に必要な言語

    習得を通し,教科学習への適応をめざす」ことを目的とした提言を,貝塚市教育委員会に行いたい。

    21− 21 −

  • 図 1:DaZが大半を占める,移民を背景に持つAさんの 1 週間の時間割

    2. 方法:教育支援センターに,学習言語としての日本語習得の拠点校としての機能を持た

    せる。

    初期段階に,通学する学校を離れ,日本語学習拠点校で生活言語,そして学習言語としての日

    本語の習得をめざす。

    ① 必要な条件整備(担当部署,予算,大学や NPO 法人など連携する外部組織等)

    ◇教育支援センターに併設する強みについて

    貝塚市教育委員会学校教育課が担当している市教育支援センターは,これまでも,「本人に登校

    の意志があるにもかかわらず,心理的または情緒的な原因などの理由で登校できない児童生徒」を

    受入れ,それぞれの児童生徒のニーズにあった学習を,指導員と心理カウンセラー(臨床心理学専

    攻大学院生)が実施してきた。この教育支援センターに併設する形で,市内各小学校に入学する,

    日本語の習得が必要な児童を受入れる日本語学習拠点校を設置する方法を想定している。教育支

    援センターと併設することで,教育支援センターの児童生徒受入れや個に応じた学習指導などの,

    蓄積されたノウハウを活用することが可能となる。

    外国人児童に対する日本語習得に関し「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援の充

    実方策について(報告)」(平成 28 年)では,日本語指導の「拠点校」モデルとして,【教員の拠点校】,

    【児童生徒の拠点校】,【指導ノウハウの拠点機能】,【支援人材の拠点機能】の4つが示されている。

    本提言は,そのうちの【児童生徒の拠点校】モデルである「市区町村/都道府県の一定域内で,初

    期日本語・適応指導教室やJSLカリキュラムによる日本語・教科統合指導などの取り出し指導を行う

    ための「拠点校」を設置し,域内の日本語指導が必要な児童生徒が通級等を行うケース」1 を基盤と

    して,作成している。

    1 学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議「学校における外国人児

    童生徒等に対する教育支援の充実方策について(報告)」(平成 28 年),p.12

    22− 22 −

  • ◇貝塚市の学校教育の現状について

    現在,貝塚市教育委員会では,外国人児童受入れマニュアルが作成されている。また,市内各小

    学校では,大阪府教育センター作成の「帰国・渡日児童生徒の受入マニュアル」(平成 22 年)が職

    員間で共有されている。そして,市内全小学校で,人権教育が実施され,「多文化共生」の観点から

    1 年生~6 年生まで系統的な学習が,体験や聞き取り,活動を通して実施されており,児童が,外国

    人児童を包摂する姿勢が涵養されている。

    また,外国人児童の受入れに際しては,「帰国・渡日児童生徒の受入チェックシート」(大阪府教育

    センター,平成 22 年)も用意され,転入手続きのため各校を訪問する保護者とその児童からの聞き

    取りを行い,必要に応じ,学習中の通訳派遣の依頼を行っている。そして日本語習得の状況に応じ,

    担任が中心となって教科の指導と並行して日本語を指導している。現状としては通訳の派遣にも限

    界があり,教員はICT等を活用して教科学習の支援を行っている。そして学校での生活を通して,外

    国人児童は日本の文化や生活習慣に慣れていく。その一方,保護者の経済的な支援に関する情報

    も市教育委員会や学校が提供し,具体的な手続きの支援も行っている。平成 28 年度より,市内 11

    小学校のうち,外国人児童が在籍する1校に,専門の日本語指導教員が配置され,日本語指導等

    を行っている。

    図 2 DaZの活動で児童が作成したドイツの学校ルール

    ◇提言

    そこで将来的に,日本語指導が必要な外国人児童が増加していくことを想定した提言を行いたい。

    私の提言は,複数校に日本語指導が必要な外国人児童が在籍するケースに対応するため,日本語

    学習拠点校を開設し,生活言語・学習言語としての日本語の習得をめざすことである。

    ・求められる条件整備について

    教育支援センターに開設する日本語学習拠点校では,これまで対象としてこなかった,日本語指

    導が必要な児童生徒を受け入れるために,日本語指導担当教員1名を配置することが必要である。

    現在,外国人児童に対する指導には JSL カリキュラムに基づくカリキュラムの作成や,アセスメントDL

    Aに基づく日本語能力のアセスメントの実施等が必要であることから,日本語指導の資格を有する教

    諭が求められる。併せて,日本語指導担当教員には,特別の教育課程の時間に基づき,個別のカリ

    23− 23 −

  • キュラム(10~280 時間)を作成できるよう準備することも求められている。現在市内に配置されている

    日本語指導担当教員がそのまま異動し,勤務することでこの条件は満たすことができる。

    各学校で教職員が分担して日本語の習得をめざす現在の状況をさらに促進,そして今後の外国

    人児童の増加に対応するため,教育支援センターに,日本語学習拠点校を設置し,日本語指導の

    資格をもつ日本語指導担当教員を配置していく。この条件整備のもと,日本語指導教員が,外国人

    児童の日本語能力を判定し,カリキュラムを作成して指導することで,生活言語だけでなく教科学習

    に必要な日本語を習得させ,学校での教科学習に取り組めるようにすることを,日本語学習拠点校

    では目標とする。

    ② 教員,その他かかわる人たちの資質能力,およびその開発方法

    前述のように,貝塚市には,市の主催する研修,校内研修,自主的な研修などにより培われた教員

    の人権意識と,人権教育の実践事例がある。また,現在配置されている日本語指導担当教員は,日

    本語の指導力だけでなく,DLAアセスメントやJSLカリキュラムに基づき,外国人児童の日本語能力

    を判定する力,生活言語から学習言語としての日本語を習得するための個に応じたカリキュラムを作

    成する力,そして,保護者の出身国の文化をふまえた日本の生活・社会文化について伝える力を有

    している。今後の外国人児童増加に対応してそのような資質能力を有する日本語指導担当者を育

    成するために,貝塚市教育委員会には,大学のオンライン講座などを活用した資格取得の支援が求

    められる(例:文化庁の示す日本語教員の要件として適当と認められる研修の規準を満たしているも

    のとして,A専門学校の開設する夜間講座 1 年間で 604,800 円,B大学の開設する通信制講座 1

    年間で 380,000 円)。そしてその実践されたカリキュラムや実践事例を蓄積し,将来的な外国人児童

    の増加に対応できるようにし,希望する外国人児童が,貝塚の学校で,児童が互いに包み込む絆の

    中,学んだことに誇りを持ち,高い志と確かな夢を持って進路を選択していくことをめざす。

    このように,日本語学習拠点校を開設し,日本語指導について専門的知識を持った教員が,市内

    の小学校に通学を希望する全ての渡日初期段階の外国人児童に,個別のカリキュラム作成と評価

    を行い,生活言語・学習言語としての日本語習得をめざした指導が行えるようにすることを提言した

    い。

    3. 評価の方法

    作成されたカリキュラムを学級担任と共有する。

    児童が,学習言語として日本語を習得し,教科学習に参加する。

    将来的に,中学校卒業時,生徒が希望する進路を選択する。

    4. 参考資料一覧 ・「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援の充実方策について(報告)」(学校における

    外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議)平成 28 年 6 月

    24− 24 −

  • ・大阪府“多言語による学校生活サポート情報”

    http://www.pref.osaka.lg.jp/shochugakko/kikoku/(平成 29 年 12 月 9 日閲覧)

    ・文部科学省「外国人児童生徒のための JSL 対話型アセスメント DLA」2

    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1345413.htm(平成 29 年 12 月 9 日閲覧)

    ・大阪府教育委員会「ようこそOSAKAへ パート1~3」,平成 22 年 3 月

    2 JSL対話型アセスメントDLA:日本の学校で学んでいる外国人児童の日本語能力を明らかにし,

    子どもの実態を把握した上で,どのような指導や対応が必要かを知るための評価ツール。

    25− 25 −

  • 大阪の未来を担う人材の育成

    -小中一貫キャリア教育カリキュラムの開発-

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    富永 昌勲(大阪市立三先小学校)

    1.背景・目的

    ドイツの教育制度は日本の単線型の教育制度とは異なり,複線型の教育制度が採られている。ドイ

    ツでは,日本の小学校にあたる基礎学校が4年で修了し,その後の中等教育は基礎学校の成績に

    よって,大学進学を目的としたギムナジウムや職業訓練を目的とした実科学校や基幹学校などの学

    校へと進学先が分かれる。教育制度は州によって異なるが,2分岐型(主に旧東ドイツ),3分岐型

    (主に旧西ドイツ)の複線型の教育制度が採られ,それぞれのキャリア形成に応じた進路が開かれて

    いる。近年では,大学進学を目指したギムナジウムへの進学率が高まり,実科学校や基幹学校へ進

    学するのは移民の背景をもつ子どもが多く,社会階層の再生産の割合が高いという課題から,複線

    型の教育制度は徐々に見直されているのが現状である。

    調査を通して,近年の移民の増加がドイツの教育に大きく影響していることがわかった。移民の背

    景をもつ人が人口の約4分の1(約 22.5%)を占めるドイツでは,「移民と統合」に向けた社会的包摂と

    して,教育言語としてのドイツ語の統合を第一段階,実践的なキャリア教育からの就職支援を第二段

    階として行っている。

    キャリア教育については,前期中等教育で職業準備教育を行う「労働科」といった教科が設けられ

    ている(州によって「労働・経済・技術」など名称が異なる場合がある)。この職業準備教育の一般的

    な内容は,1.地域における学校教育と職業教育・訓練,2.職業選択と職業活動,3.個人と労働

    市場の関係,4.社会的,技術的,経済的条件を考慮した雇用機会と雇用の課題,5.労働法の関

    連規定と青少年労働保護の重要な規定などである。このような授業に加えて,学年が上がるとほぼ

    すべての州で職場訪問あるいは企業実習を実施している。企業実習については,基幹学校や実科

    学校では生徒全員,ギムナジウムでは希望者を対象とするのが一般的である。実習の前後には志願

    票作成,面接のロールプレイング,関係者や専門家への質問と対話,実習結果の発表などのプログ

    ラムが組まれる。そして,卒業間近の企業実習では,生徒の職業選択を考慮して,職業を一つに限

    定する。前期中等教育卒業後は専門上級学校や専門大学で学ぶことや,デュアルシステムといった

    26− 26 −

  • 職業学校での教育と企業での実地訓練を組み合わせた教育・訓練により,職業資格を取得させ,就

    職に導くことを目的とした制度がある。以上のことからもわかるようにドイツの教育において,「移民と

    統合」は重要なキーワードであり,教育はキャリア形成と深く結びき,実践的なカリキュラムが開発さ

    れていることがわかる。

    日本では,中教審「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(平成 23 年 1

    月答申)でキャリア教育の理念が浸透してきている一方で,次のような課題が指摘されている。「職場

    体験活動のみをもってキャリア教育を行ったものとしているのではないか」「社会への接続を考慮せ

    ず,次の学校段階への進学のみを見据えた指導を行っているのではないか」「職業を通じて未来社

    会を作り上げていくという視点に乏しく,特定の既存組織のこれまでの在り方を前提に指導がおこな

    われているのではないか」「将来の夢を描くことばかりに力点が置かれ,『働くこと』の現実や必要な資

    質・能力の育成につなげていく指導が軽視されていたりするのではないか」。これらの課題から,我

    が国でもグローバル化が一層進む社会において,多文化共生に向けた社会的包摂としてキャリア教

    育を推進し,必要な資質・能力の育成が必要であることはドイツと共通する課題であると考えられる。

    実際に日本の学校現場でも近年,外国籍の児童が増加している。しかし,このような状況に対応し

    たキャリア教育の取り組みには学校毎の取り組みに差があり,教科・領域との関連や中学校への接

    続を意識した一貫性が担保されていないことが課題として挙げられる。したがって,ドイツでの「移民

    と統合」に向けた実践的なキャリア教育に学び,子どもだけでなく,地域全体の社会参加の機会を開

    き,社会的課題の緩和や解決に取り組む「開かれた学校づくり」の体制の構築が今後推進されなけ

    ればならないと考える。

    そこで,小中学校を中心とし,一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力とし

    ての「基礎的・汎用的能力」の育成を図るために,大阪市の各中学校(義務教育学校)校区に小中

    一貫した9年間のキャリア教育カリキュラムを開発することを大阪市教育委員会へ提言する。

    27− 27 −

  • 2.方法

    キャリア教育カリキュラムを開発するにあたっては,予算をはじめ,人材の確保や教員の専門性を

    高めるための時間の調整が必要になる。

    (1) 必要な条件整備(担当部署,予算,大学や NPO 法人など連携する外部組織等)

    キャリア教育カリキュラム開発にかかる予算は,大阪市のがんばる先生支援や校長戦略予算から1

    割投入することを提案する。がんばる先生支援や校長戦略予算は,各学校の自律的な取り組みを

    促した反面,学校格差を生み出しているという課題がある。したがって,この予算の1割を削減し,各

    中学校区に均等配分し,全市的なカリキュラム開発を進めることを提案したい。あるいは,モデル校

    を指定して段階的に実施していく(詳細は,実施計画に記載する)。

    平成27年度予算実績を参考にすると,校長経営戦略予算が7億 2900 万円,がんばる先生支援の

    予算が 1 億 7800 万円で二つを合わせると 9 億 700 万円になり,その1割は約 9070 万円である。こ

    れらを大阪市にある 130 校の中学校に均等配分すると仮定すると,1校当たりの予算は約 70 万円に

    なる。主な経費としては,外部人材の人件費や開発されたカリキュラムの印刷費などが考えられる。こ

    の予算をもとに大阪市の各中学校区に小中一貫した9年間のキャリア教育カリキュラムを開発担当部

    署として,各中学校にキャリア教育連絡会議本部を設置し,キャリア教育のカリキュラム開発を推進

    する。キャリア教育連絡会議は,小中学校の教員が運営し,同区内の小中学校の教員や学校長,区

    役所職員などで構成される。

    28− 28 −

  • (2) 人材調整

    区役所,各中学校区の小中学校の教員,保護者・地域,大学との連携により地域人材を発掘し,

    各区単位でのキャリア教育人材バンクシステムを構築し,学校教育への参画を促す。そして,各区に

    登録された人材の実践的な活用について,中学校区キャリア教育連絡会議で協議し,具体的にカリ

    キュラムに反映させていく。登録される人材は,外国語通訳,有償ボランティア,カウンセラー,スクー

    ルソーシャルワーカー,職人,企業などが考えられる。人材バンクは,区役所が人材リストを作成し,

    区内の各中学校区で活用できるように管理を行う。

    (3) 教員,その他かわる人たちの資質・能力,およびその開発

    日本の教員はドイツと比べ,総合職的な意味合いが強い。教員は,日常の学習指導に加え,生活

    指導や部活指導,学校行事や地域との折衝などその仕事は多岐にわたり,年々その内容は肥大化

    する傾向にあることが大きな課題である。この状況において近年,教員の働き方改革が打ち出されて

    いることから,教員は総合職(ジェネラリスト)から専門職(スペシャリスト)へとその業務を変容させ,自

    らの専門性を高めるとともに,地域や外部の専門家と役割を分担していくことでこの課題を解決して

    いきたい。

    大阪市では,教員の大量退職・採用により,教員の年齢層の割合は歪化し,若年層の教員が増加

    していることから,今後の教員の育成に大きな課題を抱えている。若手教員は,業務が多忙であるこ

    とから,なかなか研修に参加して自らの力量を高める時間が確保できない悩みがある。ドイツでは,

    SSW などといった外部の専門家が積極的に活用され,それぞれの専門性に応じて役割分担がされ

    ている。大阪市でも全国に先駆けて教員は主に学習指導やカリキュラム開発に努め,専門性を高め

    29− 29 −

  • ることでジェネラリストからスペシャリストへのパラダイムシフトを進めていく。このようにして,教員は自

    らの専門である学習指導やカリキュラム開発の時間を確保し,より学習指導の専門性を高めていくこ

    とが可能になると考えられる。生活指導や課外活動指導については,SSW や SC などの外部の専門

    的な人材との積極的な連携を進める。

    「開かれた学校づくり」をすすめるためには,地域や専門的人材との協働が不可欠である。これら外

    部人材の配置については,大阪市教育委員会事務局と区役所が連携し,適切な調整を図っていき

    たい。

    (4) 実施計画

    実施については,以下の方法で中長期的な計画を提案する。

    【案1】全ての中学校区(130 校)で中長期的目標を掲げ,一斉に実施する。

    1 区当たりの平均予算 約 377 万 9000 円(1 校あたり約 70 万円)

    【案2】各区の中学校校区一つに「キャリア教育カリキュラム開発推進校」を指定する。そし

    て,指定校で実践モデルを開発し,徐々に全市に普及させる。

    10 の中学校区をモデル校とした場合,1 中学校区当たりの予算 約 907 万円

    (5) キャリア教育カリキュラム開発のメリット

    ① 同校種・異校種の教員の交流が盛んになり,教員の協働や専門性が向上し,学校の組織力や

    教員の資質・能力が高まる。

    ② 中学校区の複数の学校で連携することにより,重複する体験活動の解消や選択の拡大が期待

    できる。

    ③ 中学校区内の児童同士の交流が盛んになり,コミュニケーション能力の向上や多様な価値への

    気付きが期待できる。

    ④ 大阪市は,地域人材を掘り起こし,適切に把握することで,地域の強みを再認識し行政に反映

    できる。

    ⑤ 9年間の学習をポートフォリオ化することで,これまでのキャリア観をふり返り,自分自身の適正を

    メタ認知できる。

    30− 30 −

  • 3.評価の方法

    年に二回,区役所職員,小中学校の学校長,大学教員などで構成されるキャリア教育推進会議を

    各区で開催する。キャリア教育推進会議では,以下の視点でそれぞれの中学校区のキャリア教育

    の推進状況を評価し,改善について協議する。

    【評価の観点】

    ・港区キャリア教育人材バンクの開設と活用実績

    ・小中キャリア教育連絡会の設置と運営の活動報告

    ・小中 9 年の中長期キャリア教育カリキュラムの開発と実践報告

    4.参考資料一覧

    ・ 文部科学省 2011 年「キャリア教育とは何か」生涯学習政策局政策課

    ・ 文部科学省 2011 年「なぜ「キャリア教育」が必要なのか」初等中等教育局児童生徒課

    ・ 田中宣秀 2002 年「ドイツのキャリア教育から何を検証し,何を学ぶべきか−特に高等教育機関の

    プラクティクム(インターンシップ)を中心として」こども未来財団

    ・ 鹿内啓子 2014 年「キャリア教育の問題点とあり方」北星学園大学文学部北星論集第 51 巻第 2

    ・ 松井賢二 2012 年「学校における『キャリア教育』の現状から考える」新潟大学教育学部

    ・ 文部科学省 2011 年「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」中央教育

    審議会答申

    ・ 日本キャリア教育学会 2008 年「キャリア教育概説」東洋館出版社

    ・ 「ドイツの学校制度と職業教育」2004 年 独立行政法人 労働政策研究・研修機構

    31− 31 −

  • 校内支援体制から考える,社会的包摂について

    ―カナダ視察から再確認できたこと―

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    辻本 毅一郎(堺市立東陶器小学校)

    《提言の背景》

    1. A小学校における課題の所存

    1−1. A小学校における発達障害を有する児童について

    A小学校は以前,発達障害を有する児童や人間関係からの「不安」や「不満」を持つ児童など,複

    雑多岐な課題を持つ児童が教室を出て徘徊したことがあった。その後,徘徊する児童に他の児童も

    同調し,数ヶ月後には多くの児童が学校を徘徊するようになった経験があった。市教委からも人的補

    助がついたが,年度中には有効な方策を見いだすことができず根本的な解決にはならなかった。

    次年度,A小学校は大幅な異動があった。「強圧的な指導」からの脱却を行い,保護者・児童との

    関係を築き,多岐にわたる「不安」や「不満」を共感的に傾聴することや,教師の授業改善により,教

    室や学校を徘徊する子は減少してきた。

    このA小学校の課題は珍しいことではなく,毎年数校の学校がA小学校と類似した原因によって,

    学校もしくは学級が機能しない状態となっている。発達障害のある児童の個別の対応は堺市全体と

    して力を入れて取り組んでいるが,今なお小学校における困難な課題の一つである。A小学校では

    授業改善や教師からの指導の変化に伴う,保護者との信頼関係で改善することができたが,カナダ

    での視察では,教師から子どもへの指導の視点ではなく校内支援体制に焦点を絞り調査を行った。

    1−2. A小学校における貧困に関する調査

    A小学校の貧困・地域背景を明らかにするために,生活保護者数・不登校児童数・子ども社会関

    係資本(志水 2014)を基に調査を行った。

    生活保護率(表1)

    全国 大阪府 堺市中区 A小学校

    % 1.64 3.39 2.79 4.64

    (出典:大阪府ホームページ 生活保護率の推移)

    (表1)の通り,生活保護率に関してA小学校は,全国・大阪府と比較しても貧困家庭の子どもが多く

    在籍していることがわかる。また,(阿部 2010)は貧困家庭と不登校との関係においても指摘してい

    る。そこで,A小学校における不登校児童に対する調査も合わせて行った。不登校については,文

    部科学省が定義している,年度間に連続又は断続して30日以上欠席した児童生徒について調査を

    行った。

    32− 32 −

  • 不登校調査(表2)

    全国 大阪府 A小学校

    % 0.39 0.32 1.1

    ‰ 3.9 3.2 11

    (出典: 平成24年 大阪の教育をめぐる状況)

    (平成26年 文部科学省 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査)

    A小学校における不登校児童の主な原因は,①保護者の養育態度,教育に対する考え方 ②家庭

    にかかわる状況であることがわかった。

    1−3. A小学校の児童の「社会関係資本」に関する調査

    次に,(志水 他 2014)の「親社会関係資本」「子ども関係資本」を基にしてA小学校を対象に調査

    を行った。(志水 他 2014)は「親社会関係資本」を親子のつながり,親と学校のつながり,親と地域

    のつながりを示す指標を保護者調査票から分析を行っている。また,「子ども社会関係資本」は子ど

    も自身が持つつながりの量をあらわす指標である。この「子ども社会関係資本」を基にした,今回のA

    小学校の調査では平成29年度全国学力学習状況調査の質問紙調査のうち「よくあてはまる」に選

    択した児童数について全国・大阪府と比較を行った。分析方法は,(志水 他 2014)が行った調査票

    「子ども社会関係資本」における3領域6項目の質問について(表3)と類似した項目を平成29年度全

    国学力学習状況調査の質問紙調査の項目から抽出したものを使用した。(表4)

    表3:「子ども社会関係資本」における3領域6項目(志水 他 2014 より)

    家庭 家の人と学校であった事を話す

    家の人と夕食を食べる

    学校 いろいろな先生とよく話す

    友だちがたくさんいる

    地域 困った時に助けてくれる親戚(祖父母を含む)がいる

    子ども会活動や地域の祭り・行事に参加する

    表4:「子ども社会関係資本」における3領域6項目と類似した項目

    33− 33 −

  • ※網掛け部分は,全国・大阪府の平均値より低い項目 (平成29年度全国学力学習状況調査の質問紙調査より)

    (志水 他 2014)の調査は保護者の年収・学歴・親社会関係資本も調査対象としているが,今回は大

    阪府ホームページ 生活保護率の推移を参考に生活保護者数の平均値を参考にした。社会関係資

    本の「学校」に関しては全国・大阪と比較して良い数字を出しているが,「家庭」「地域」の結果から全

    国の平均より低いことがうかがえる。

    A小学校における生活保護数・不登校者数・子ども社会関係資本の結果より,A小学校は(志水

    他 2014)の調査項目にある「地域背景しんどい」に位置付けられると考えた。そこで,カナダ視察で

    は「社会的包摂」の取り組みを中心にA小学校の課題と照らし合わせながら調査を行った。

    2. カナダの視察から学んだこと

    2−1. カナダでの特別支援教育の考え方

    カナダにおける特別な支援を必要とする子どもに対する取り組みは,授業中・休憩時間関わらず1

    人で落ち着きたい際は,ピースコーナーという場所に行くことができる。ピースコーナーは落ち着くま

    で1人で休むことができ,休んでいる子に対しては話しかけたりすることは禁じられている場である。ま

    た,教室の環境が自分にとって落ち着かないときは,落ち着くまで廊下に出ることが許されている。

    (写真1)ただし,管理面・安全面の配慮から教室前のホワイトボードに名前を書くことは決まっている。

    (写真2)

    写真1:↓教室が落ち着かない際に廊下に出て落ち着くためのベンチ

    写真2:廊下で落ち着かない際に名前を書くホワイトボード↑

    また,カナダではブレイクアウトルームという部屋も設けられており,教室にいることができない子が

    落ち着くまで休憩や学ぶことができる場所があった。

    そもそもカナダでは特別支援学級がなく全員が同じクラスで学習を行っている。個々の必要な支援

    については,人的な支援,物的な支援など幅広くあった。日本との大きな違いは,日本は合理的配

    慮やユニバーサルデザインの観点から「必要な教育環境を整備している」が,カナダでは「自分自身

    が今ある環境に合わせ,学びやすい方法を選択できる」と感じた。特に日本との違いを印象つけられ

    た言葉が,「社会では雑然とした中で学習しなければならないこともある。その時に学習できるような

    34− 34 −

  • 人になってほしい」という,Yoshiko Barber 氏の言葉であった。

    2−2. カナダでの貧困に関する包摂

    カナダの貧困層に対する支援は,日本の就学援助に値するものや朝食・昼食の支援がある。相違

    点は,学校関係諸費は受給者ではなく学校に振り込まれ,生活は地域住民がサポートするという体

    制がある。貧困に関する支援は,カウンセラー・管理職などの教員が関わる。また,支援を受ける対

    象であるのに受けることもできない家庭に対しては,用紙記入から提出するまで関わりを続けてい

    る。

    3. 提言の目的

    カナダとA小学校の共通する取り組みを堺市小学校が全校的な取り組みにする。

    ①簡易テントをブレイクアウトルームとして代用する

    ②就学援助や生活保護申請方法の簡易化

    4. 提言の内容

    4−1. 情緒のコントロールを保証する簡易テントの整備

    カナダでは,不安などから情緒不安定な児童はブレイクアウトルームが用意され,落ち着くまで,留

    まることができる。

    A小学校では,学習に不安を持つ子や情緒不安定な子はスタディサポートルームという部屋が用

    意されており,一人で落ち着くことができる。場合によっては,教務主任が中心となり学習指導を行っ

    ている。

    しかし,落ち着く場所に関して大きく2つの課題があった。①場所が確保できないという「場所的」な

    課題,②見てあげることができない「人的」な課題の2つである。そこで,どの学校でも設置可能且つ

    管理しやすい場所を提供するという視点で,各学年に「簡易テント」の配布を提言する。簡易テントは

    A小学校支援学級において設置されており,(写真 3)上記した2つの課題をクリアすることができる。

    また,カナダのピースコーナーのように区切られているだけのスペースが確保されているのみではな

    く,視覚的雑音を感じることなく落ち着くことができると考えた。

    (写真 3)

    ↑A小学校でのテント(見本)↑ 見本のテントを畳んだ様子↑

    35− 35 −

  • 【テントに係る予算について】

    堺市 学年 支援学級 1張 各学年の個数

    小学校93校 6学年 1 4,000円 1張ずつ配布

    93×(6+1)×4,000=2,604,000円

    堺市全93校・6学年・1支援学級に2つずつ配布する。テントの値段1張 4,000円

    4−2. 支援を受けるべき対象にもかかわらず,受けられない保護者への校内支援体制

    A小学校の生活保護受給者の割合については,上記で述べた。しかし,さらに大きな問題は,支

    援受給対象であるのに支援受給ができない保護者も存在することである。

    カナダでは「支援を受けることができない保護者」へはカウンセラー・管理職などの教員が代筆し提

    出場所まで同行するという支援体制が整えられている。また,A小学校においても本年度カナダのよ

    うな対応をすることで生活保護を受けることができた保護者がいた。

    その取り組みを堺市でも行うとともに,簡易に書くことができるように「就学援助」及び「生活保護」申

    請用紙の簡略化を提言する。

    ↓堺市の就学援助申請用紙↓

    《評価の方法》

    ・テント購入後の児童観察

    ・諸費未納児童の就学援助・生活保護支援の改善

    《参考・引用 文献や資料》

    ○山田恵子(2015)スクールソーシャルワークにおける「家庭訪問」の意義と必要性〜貧困家庭等に

    おける長期不登校問題解決のために〜

    ○志水宏吉・前馬優策・芝野淳一・長谷川梓(2014)学力の階層間格差とその克服可能性〜2013 年

    大阪学力調査から〜

    ○阿部彩(2010)子どもの貧困〜すべての子どもの幸せのために〜

    ○文部科学省(平成 23)特別支援教育の在り方に関する特別委員会合理的配慮等環境整備検討

    資料

    ○インクルーシブ教育構築事業 文部科学省ホームページより

    36− 36 −

  • ・全ての国民に,その能力に応じた教育を受ける機会が与えられなければならない。

    【教育基本法】

    ・教育分野の重要課題は,一人一人に応じた指導や支援(特別支援教育)に加え,障害

    のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み(インクルーシブ教育システム)を

    構築すること 【文部科学省】

    個に応じた学習の保障と,それを支える家庭教育

    -家庭教育を充実させる学校の働きかけと個に応じた学習を保障する学校組織-

    大阪教育大学大学院連合教職実践研究科高度教職開発専攻

    松田 善行(大阪市立大開小学校)

    1.提言の背景

    個に応じた指導・学習を大切にしていかなければならないと言われているが,いくつもの障壁があり

    充実の難しさを感じているのは私だけではないだろう。

    多文化国家であるカナダではどのような教育がなされているのか。複数の教育機関を視察したが,

    そこで共通していることは,個に応じた教育が充実していることである。カナダは多文化国家であり,

    子どもの質も日本より多様で複雑であると考えられる。多様で複雑であれば個に応じた指導がより一

    層難しいものになるはずである。しかし,日本が今後目指すべき姿である「社会的包摂」の面で非常

    に魅力的な学校の姿を確認することができた。

    2.カナダの視察から学んだこと

    カナダの学校で確認できた日本の一般な公立校より優れている点は大きく分類して以下の通りで

    ある。

    A. なぜ個に応じた指導を充実させることができるのか,調査から分かったことを①~⑤に整理して

    考察して述べたい。

    ①カナダの学校は1学級の児童数が低学年では 20 名,高学年では 30 名となっている。

    ②教師は授業が主な仕事となっており,日本の教師のように生活・生徒指導や,事務的な仕事,保

    護者対応など業務に大きな労力を費やすことがなく,授業づくりに専念できる環境がある。

    A.個に応じた指導が充実している。 B.個に応じた学びが保障されている。 C.自分や他人,そして環境に対するリスペクトを教員も児童・生徒も大切にしている。

    37− 37 −

  • ③また,子どもが落ち着いており,主体的に学びに向かう姿も多く見られた。それを支えているのは

    家庭教育であることも分かった。日本で育ち,カナダに移住した林氏や Yoshiko Barber 氏,そし

    てカナダで育ち日本に移住した ALT の Alexander 氏らは共通して,「カナダには多忙による高収

    入より,家庭の時間を大切にする国民性がある」ということを話す。さらに,今回の訪問校の1つで

    ある Selkirk Montessori School では,「親の教育」につながる話を専門家から聞く会が開かれ,保

    護者は乳幼児とどのように関わればよいかを学ぶ機会を設けていることがわかった。子どもが心

    身ともに健やかに育つことができる家庭環境が,情緒面で落ち着いた子どもの育成につながり,

    学校での学びを大きく支えていると考えられる。

    ④これまでの①~③で説明した環境の中で,教員は授業の専門家として個に応じた指導について

    考え,準備し,授業に臨んでいる。

    ⑤クラスで対応できない子どもにはラーニングアシスタントやスクールカウンセラーが連携しサポート

    している。

    以上の5点が,個に応じた指導を充実させるカナダの学校教育の良さであると考える。

    B.次に「個に応じた学びが保障されている」ことについて調査から分かったことを考察して述べた

    い。

    根本的に日本とカナダの教育観が大きく異なることが大きく影響している。日本では,児童・生徒

    全員が一斉によい姿勢で同じ学習に向かわなければならないという教育観が根強い。そこから漏れ

    る者は問題児として扱われる場合が多いのではないだろうか。しかし,カナダではそもそもそのような

    教育観がなく,教室での学習に疲れ,落ち着きたくなると退席してクールダウンすることが認められて

    いたり,姿勢も日本では「だらしない」といわれるものであっても,特に問題にならなかったりする。騒

    音が気になる者は,自分でヘッドホンを装着したり,周りの視覚的な刺激が苦手な者は机に囲いを

    置いたりし,自ら落ち着ける環境を作り出していた。そのような子ども自身が自己決定した学びのスタ

    イルを尊重することを是としている。日本では学校と保護者が同時に意識改革をしないとその実現は

    難しい。また,小学校でも留年があることも,個に応じた学びを支える仕組みといえるだろう。

    C.最後に「自分や他人,そして環境に対するリスペクトを教員も児童・生徒も大切にしている。」につ

    いて調査から分かったことを考察して述べたい。

    「リスペクト(尊敬する・敬意をはらう)」これは,学校という限られた場のみではなく,多文化で多様な

    価値観が混在しているカナダの社会そのものが大切にしていることである。親も家庭では子にリスペ

    クトが大切であることを伝え,学校でも同じくリスペクトを大切であることを教える。このように互いに個

    性を認め尊重し合う文化は,先のBで述べたような個に応じた学びの保障にも大きく関係する。

    3.提言の目的