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149 グローバルビジネスに求められる 英語ライティングスキルについて 竹 田 宗 継 1.はじめに 昨今の歴史的な円高や着実に進行する少子高齢化、新興国市場の拡大など を背景に日本企業はますますグローバルへと活動をシフトすることが余儀な くされている。このような動きに伴って、産業界ではビジネスの現場で活躍 できる「グローバル人材」の獲得と育成が喫緊の課題となっており、教育界 に対しても社会に出て即戦力となりうる人材育成の要求が高まってきてい る。これに呼応して、大学教育の現場において実践的な英語コミュニケーショ ン能力強化を目指したカリキュラムや授業デザインの改善が日々行われてい る。 しかしながら、大学での英語教育科目全般におけるコミュニケーション4 技能の授業時間配分に目を向けると、最近は「聞く」「話す」能力の強化策 に力が入れられる傾向があり、特に「書く」ことに対する指導時間の比率が 低いことが見て取れる 一方、グローバルビジネスの現場において用いられるコミュニケーション の形態は、最近の IT 化や携帯ツールの普及もあいまって E メールによる文 書、即ち「書く」ことによる情報の交換が最も一般的で有力なコミュニケー ションの手段となってきている。また、ビジネス取引のサイクルにおいて、 口頭によるコミュニケーションは不可欠であるものの、日常の E メールに よるコミュニケーション、そして「書面化」された議事録・報告書による交 渉経過の確認や契約書の作成なくしてビジネスの成立はありえない。よって、 実社会においては英語を「聞き」、「話す」ことに加えて、英語をより速く「読 み」こなし、効果的な文章を「書く」ことができる人材が必要となってきて 『コミュニカーレ』2(2013)149-161 ©₂₀₁₂ 同志社大学グローバル・コミュニケーション学会

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

竹 田 宗 継

1.はじめに昨今の歴史的な円高や着実に進行する少子高齢化、新興国市場の拡大など

を背景に日本企業はますますグローバルへと活動をシフトすることが余儀な

くされている。このような動きに伴って、産業界ではビジネスの現場で活躍

できる「グローバル人材」の獲得と育成が喫緊の課題となっており、教育界

に対しても社会に出て即戦力となりうる人材育成の要求が高まってきてい

る。これに呼応して、大学教育の現場において実践的な英語コミュニケーショ

ン能力強化を目指したカリキュラムや授業デザインの改善が日々行われてい

る。

しかしながら、大学での英語教育科目全般におけるコミュニケーション4

技能の授業時間配分に目を向けると、最近は「聞く」「話す」能力の強化策

に力が入れられる傾向があり、特に「書く」ことに対する指導時間の比率が

低いことが見て取れる1。

一方、グローバルビジネスの現場において用いられるコミュニケーション

の形態は、最近の IT化や携帯ツールの普及もあいまって Eメールによる文

書、即ち「書く」ことによる情報の交換が最も一般的で有力なコミュニケー

ションの手段となってきている。また、ビジネス取引のサイクルにおいて、

口頭によるコミュニケーションは不可欠であるものの、日常の Eメールに

よるコミュニケーション、そして「書面化」された議事録・報告書による交

渉経過の確認や契約書の作成なくしてビジネスの成立はありえない。よって、

実社会においては英語を「聞き」、「話す」ことに加えて、英語をより速く「読

み」こなし、効果的な文章を「書く」ことができる人材が必要となってきて

『コミュニカーレ』2(2013)149-161©₂₀₁₂ 同志社大学グローバル・コミュニケーション学会

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竹 田 宗 継

いる。このように「書く」ことを通したコミュニケーションが益々重要になっ

てきているが、現実にビジネス社会では英語ライティング能力の不足とあい

まって、日本語独特のライティングスタイルから起因する異文化間でのコ

ミュニケーション不足や誤解がビジネスの進行を妨げることもしばしば起き

ている。

そこで本稿では、ビジネスの現場における「文書」コミュニケーションの

位置づけと重要性を明らかにし、日本語特有のライティングスタイルから起

因する異文化コミュニケーションの課題と対応策について考察するととも

に、今後の大学における英語ライティング教育のあり方について検討を試み

る。

2.ビジネスにおける「文書」コミュニケーションの位置づけ(1)ビジネスにおけるコミュニケーションの目的とビジネス「文書」の役割グローバルビジネスにおけるコミュニケーションは、ビジネスにおいて利

害関係をもつ当事者が、異なる文化、言語、制度のもと、個人、企業または

組織の経済的な目的を達成するために行われるものである。そして、そのコ

ミュニケーションが果たす主な役割は、「伝達」(information)、「照会」

(inquiry)、「交渉」(negotiation)、「説得」(persuasion)、「社交」(socializing)

という 5つに分類される(田村 2009)。

ビジネスにおける「文書」は、正確性・記録性・証拠性などの特性がある

ことから情報伝達の基本であり(山崎 2007)、書いた内容に基づいて相手

の行動を促し、ビジネスの成果に結びつける重要なコミュニケーション手段

となっている。

グローバルビジネスで用いられる社外との「文書」コミュニケーションに

は通知状、依頼状、注文書、承諾書、督促状、詫び状、抗議文、契約書をは

じめ挨拶状、招待状、礼状、感謝状などの儀礼的文書も数多く存在する。い

ずれの文書も、ビジネスの目的達成には欠かせないものであり、それぞれの

状況に応じて、迅速かつ正確で適切な文書を作成する英語ライティングスキ

ルが求められる。

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

(2)Eメールによるコミュニケーション明海大学外小池生夫教授を研究代表者とするグループが行なった「国際ビ

ジネスにおいて求められる英語力に関するアンケート調査」(高田、松井、

財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会 2010)によると、国際ビジ

ネスに携わるビジネスパーソンが英語で「書く」ことについて職務上必要と

なるコミュニケーション形態の比率は、Eメールが 90.7%で 1位、ビジネス

レターが 47.0%で 2 位、報告書が 41.2%で 3 位となっており、Eメールの

使用が圧倒的に多い。また、亀田(2001)が実施したアジアを中心とする日

系企業の海外子会社におけるコミュニケーション手段に関する調査において

も、圧倒的に Eメールの利用が多く、ほとんどの会社が使用率の 80%以上

が Eメールで l位、次にファックス、電話という順になっている2。  

Eメールという通信方法は海外との時差や通信コストといった要因から日

常のビジネス業務に多用されるのは当然のことであるが、グローバル企業が

全世界の子会社・関連会社の幹部や社員に本社の方針、通達や社内情報を発

信するツールとして最も迅速で効率的な手段であることは言うまでもない。

また、Eメールの利便性として、メールソフトによるメッセージの受発信

のみならず、報告書、レター、議事録、契約書などの書類を正式なドキュメ

ントとしてワードファイルや PDF(Portable Document Format)として添付

し送付することもあげられる。勿論、Eメール以外の通信手段として、多地

点間を結ぶ電話会議などもグローバルにビジネスを展開する企業では頻繁に

行なわれている。しかしながら、この場合でも電話会議の討議内容や合意事

項の確認手段として、必ず文書化されたものを Eメールなどで交換すると

いうプロセスがとられている。

(3)異文化間のビジネス「文書」コミュニケーションの課題グローバル企業は、今日、ますます多文化組織となり、異質で多様な文化

的背景の人々と関係を保ちながら異文化経営を展開する必要があるが、それ

には組織内外のコミュニケーションが極めて重要になっている(馬越、桑名

2010)。しかしながら、多様な異文化間の「文書」コミュニケーションでは、

日本語特有の論理展開や文章構成、文体をそのまま英語化して用いることに

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竹 田 宗 継

より、異なる文化的背景や価値観をもつ相手に予期せぬ誤解を招いたり、ビ

ジネス遂行上のトラブルの原因となることがありうる。したがって、グロー

バルビジネスで求められる英語ライティングスキルとは、単に英語の作文能

力にとどまるものでなく、担当するビジネス分野に関する専門知識とグロー

バルに普遍的に通用する論理的な文章の構成と展開、そして異文化に対する

理解も含めた総合的なコミュニケーションスキルであるといえる。

3.日本語特有のライティングスタイルに起因する課題と解決策(1)高コンテキストコミュニケーションの限界文化人類学者ホールは文化を「高コンテキスト文化」と「低コンテキスト

文化」の二つに大別した。「高コンテキスト文化」とは、日本のように情報

が広くメンバー間で共有され、単純なメッセージでも相手の意図を察しあう

ことでコミュニケーションが成り立つ社会であり、「低コンテキスト文化」

とは、アメリカのように個人が発達し、多くの異質の集団を含むメンバー間

で共有される前提が限られるため、言葉で論理的に説明しなければ意思疎通

ができない社会のことを言う(ホール 1993)。日本人は、このような高コン

テキスト文化において独特のコミュニケーションスタイルをつくりあげ、

「文書」においては、相手の意図を察するため、書かれた文章の「行間を読む」

ことの意義も重要視してきた。また、同様に日本では文書を通して行うコ

ミュニケーションは「読み手」の責任に重きが置かれるのに対して、英語圏

の社会では「書き手」の方に責任がある(Hinds 1987)という見方もされて

いる。

亀田(2003)は、このような文化的な背景に育ってきた日本人が書くビジ

ネスコミュニケーションの英語には次のような特徴があることを指摘する。

(1)中抜け型(三段論法の大前提と結論だけを述べて、小前提を抜く)

(2)身勝手型(自分ばかりが分かっているが、相手には理解できない)

(3)不合理型(因果関係が定かでなく、なぜそう言えるのか理解不能)

(4)説明先型(説明が先に来て結論が後にくる。結論がない場合もある)

(5)察し期待型(自分の言いたいことを相手が察して欲しいと期待する)

これらは、いずれも日本人同志であれば問題なくコミュニケーションが成

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

立するような書き方のスタイルであるが、「読み手」である相手が低コンテ

キストの言語文化を背景にもつ場合には、書き手の意図が十分に理解されな

かったり誤った解釈をされたりする、ということも起こりうる。ビジネスの

プロセスにおいて、このようなコミュニケーション上の誤解や停滞が起きれ

ば、市場競争において不利な状況が発生し、ビジネスチャンスを逸すること

にも繋がりかねない。

トロンペナールス(2001)は、高コンテキスト文化を関与拡散的、低コン

テキスト文化を関与特定的と呼び、それぞれのコミュニケーションスタイル

について、前者は一般的なことから始まり特定的なこと(伝えたいポイント)

に論理を進めていくのに対して、後者はまず伝えたいポイントから始まり、

一般的なことへと論理を進めていく特徴があるということを図1を用いて説

明している。

関与拡散的すなわち高コンテキスト文化(一般的なことから始まり、特定的なことへ進む)

関与特定的すなわち低コンテキスト文化(特定的なことから始まり、一般的なことへ進む)

図1.周辺を回るか、または肝心の点にまっすぐ進むか

トロンペナールスはまた「日本の企業文化が西洋人にとってまったく馴染

みのない用語を用いるのは、明らかに関与拡散性を関与特定性の前に置く目

的があるからである」と指摘する。

以下は、「顧客に対する価格変更のお知らせ」を伝える文書について日本

のビジネス参考書に掲載されている日本語文書の例文と同様の内容について

アメリカのビジネス文例集を扱ったウェブサイトに掲載されている英語文書

の例文を比較したものである。それぞれの文書を比較するとこれまで述べて

きたコミュニケーションスタイルの違いについて読み取ることができるので

はないだろうか。

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竹 田 宗 継

(1)日本語の例文(山崎 2007)

価格変更のお知らせ

拝啓 時下ますますご隆昌の由、大慶に存じます。平素は格別のご愛顧を

賜り厚く御礼申し上げます。

さて、ご高承の通り、長引く不況と原材料の相場上昇のため、弊社は経

常収支の悪化という苦境を強いられております。全社を挙げて経費削減・

合理化等に取り組んでまいりましたが、健闘むなしく、現行の価格体系を

維持するのが困難な状況になりました。

つきましては、誠に不本意ながら、別紙の通り価格を改定させていただ

きたく、皆様にご協力をお願いする次第です。

新価格体系は来年 2月 1日(月)から実施し、詳細は別紙をご参照いた

だきたく存じます。

御社にはお世話になっており大変心苦しいのですが、余儀ない事情をご

理解いただき、今後とも変わらぬご高配を賜りますよう謹んでお願い申し

上げます。

敬具

(2)英語の例文(Letters for Business.com 2012)

Please accept this letter as notification of a slight rate adjustment, effective

March 1. The adjustment is a result of Consumer Price Index changes and

increased transportation costs over the last twelve months.

Fortunately, investments in efficient equipment and improved technology will

enable us to keep rate increases at a minimum, today and in the future. A

summary of rate changes is located at the bottom of this letter. We anticipate no

additional rate adjustments for the next full year.

Should you have any questions regarding our services, please contact our office

at 555-5555. Customer service or your Doe sales representative will be happy

to help you. Thank you for understanding that this price increase means that we

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

can continue to maintain the superior standard of our products and services for

the coming year.

上記(1)の日本語文書では、伝えたいメッセージの中心点となる価格変

更の情報が三段落目になってようやく示されているが、(2)の英語文書は、

冒頭にそのメッセージを伝えるところから始まっている。さらに(1)では、

二段落目に「長引く不況と原材料の相場上昇のため・・」という文章を用い

ることで、読み手が書き手側の厳しい状況と値上げがやむを得ないことを察

してくれることを期待するような表現となっている。これに対して(2)の

文章では、「価格変更は物価の変動と運送費の上昇によるものであるが、設

備投資や技術の改善により価格上昇幅は最低限に抑えることができた」とよ

り具体的で前向きな表現を用いたアプローチをとっている。当然、これらの

ビジネス文書はそれぞれの文化とビジネス上の慣習を反映した書き方となっ

ているわけであるが、仮に(1)の日本語文書をそのまま英語化して発信し

たならば書き手の誠意が充分に伝わらない可能性が高い。たとえば、低コン

テキスト文化の読み手からすれば二段落目にあるような売り手側の「経常収

支の悪化という苦境」という説明は買い手側にとって大きな関心事項ではな

く、具体的な価格維持の取り組み内容もわからないため、(2)の文書に比べ

ると否定的な感情や反応をもたらたす状況に陥ることも予想される。

このように、日本人と外国人とのビジネスコミュニケーションは文化が異

なる者同士の対話となるため、論理の運び方、理念や原則に対する考え方、

価値観の違いなども大きな問題となる(近藤 2007)。よって、グローバルビ

ジネスで通用する英語の「文書」ライティングには、高コンテキストに特有

のコミュニケーションスタイルから低コンテキスト文化でも通用する論理的

で説明性、説得性のある文章を作成するスキルが求められる。

(2)相手を中心に考える「文書」コミュニケーションの展開日本語特有のコミュニケーションスタイルがもたらす課題についてこれま

で述べてきたが、異文化間でビジネスの目的達成に向けた「人を動かす」英

語ライティングを進めるためには、「書き手」が「読み手」の立場に立って、

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竹 田 宗 継

相手を中心として考えたコミュニケーションを展開するということが求めら

れる。

相手の立場に立つとういうことは、「書き手」である発信者が、まず自己

中心的な思想や要求を頭に描くことを差し控え、「読み手」である相手の立

場に歩み寄り、相手の立場になりきって言葉の意味や事実の認識を冷静に判

断して文書の作成にあたることである。このように相手と同じ立場になり、

その立場から物事を見て、考え、その考えを記号化してメッセージを送るこ

とによって、理想的なビジネスコミュニケーションが可能となる(亀田

2003)。

また、Eメールやレターによる文書は、多くが個人対個人の間で行われる

コミュニケーションであるが、それぞれが遂行する業務は殆どの場合、その

一個人で全て完結できるものではない。ビジネスにおけるメッセージの発信

者と受信者には、それぞれが所属する組織や企業におけるビジネスの協働者

である上司、部下や関連部門、または社外の取引先・関係者などが控えてお

り、それらの組織や人々が協力し合うことによってはじめて業務の遂行と目

的の達成が可能になる。したがって、文書によるコミュニケーションを進め

る場合には、そのメッセージを受けとる相手が所属する組織や企業の中でど

のような立場にあり、受けたメッセージをどのように処理をして相手側の業

務に反映させていくかについて予測をした上でメッセージの作成にとり組む

事が重要である。特にEメールによるコミュニケーションの場合は、メッセー

ジを受けた相手が受信したメールを関係者に転送し、業務やプロジェクト推

進の指示や依頼を行うケースが数多くある。そこで、メッセージの送り手は、

受け手の立場に立って発信する情報をどのような形で表現し提供すればよい

かを充分考え、相手の立場に立った内容・形式の文書を送るよう工夫するこ

とにより、ビジネスの進行はきわめてスムーズなものとなりうる。また、ビ

ジネスの活動は、全てがコストにつながっているものであり、送るメッセー

ジの内容や伝え方次第で、それ以降のプロセスに要する時間とコストに大き

な影響が出ることも忘れてはならない要素である。

ビジネスを進めるのは一個人だけではなく、その背後に控えている組織や

人が大きく関わっていることは前述のとおりであるが、ビジネスの推進にあ

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

たっては、相手企業の組織文化についても十分認識しておく必要があるだろ

う。ホフステッド(Hofstede 2010)は、世界各国・地域における国や組織

の文化的価値観を探るのに、50 カ国以上、11 万 6 千人を超える IBM社の社

員を対象に調査を行い、その結果得られた組織内価値指標のひとつとして「権

力格差(power distance)の大 /小」ということをまとめた。ここでいう権

力格差とは、「組織内で権力の弱いメンバーが、権力の不平等的分布をどの

程度予期し、受け入れているか」ということである。権力格差の大きな国(例:

フィリピン、インド)の組織では、権力が小数の人たちに集中しており、上

司と部下との隔たりが大きく、部下が上司を飛び越えることは反抗的とみな

される傾向が強い。他方、権力格差の小さい国(例:イスラエル、デンマー

ク)の組織では、部下も上司も、お互いに平等な存在であると考えており感

覚的な隔たりも相対的に小さく,両者が相互依存の関係になっている。この

ように国別の文化的な背景も組織内文化に影響を与える大きな要素となって

いる。ビジネスを成功に繋げるためには、相手の国や組織の属性によって文

化や価値観が異なるということを認識し、相手に関する事前情報にもとづい

た適切なコミュニケーション戦略とアプローチの方法を考えるということが

重要である。

(3)ビジネスにおいて求められる英語「文書」ライティングスキルビジネスにおいてその目的を達成しうる効果的な文章の条件は、(1)目

的がおさえられており、伝達すべき内容が確実に読み手に伝わること、(2)

読み手のことを理解し、読み手の関心や感情に配慮された内容となっている

こと、(3)相手に読んでもらえる構成と体裁となっていること、(4)説得

力があり読み手の印象に残る内容となっていること、となっている(グロー

ビス経営大学院 2012)。

従って、英語ビジネス「文書」を作成するにあたっては、前述の日本語特

有のコミュニケーションスタイルに起因する課題の認識と相手を中心に考え

ることを念頭に置きながら、以下の要素を含む文章を構成するスキルが求め

られる。

まず、書き手の主張、意見や読み手に期待する行動が文章の中で明確に述

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竹 田 宗 継

べられ、その理由づけとなる根拠が一貫した論理で説明されていること。次

に、書き手が伝えようとする意図が、異なる文化の背景やビジネス慣習をも

つ相手に、正しく理解されやすい言葉の選択と文章で示されていること。相

手に伝えたい情報が、文書全体の中で最も効果的な場所に配置されているこ

と。そして、書き手の誠意と真摯な姿勢が読み手に伝わるように配慮された

内容となっていることである。

4.大学における英語ライティング教育の今後について  -むすびにかえて本稿では、グローバルビジネスにおける英語ライティングの位置づけ・重

要性と日本語特有のライティングスタイルに起因する課題と解決策について

考察した。では、産業界から求められる実践的な英語ライティングスキルを

身に付けるため、大学における英語ライティング教育においてどのような点

を強化していけばよいだろうか。現実的な運用面での課題は多いが、取り組

むべき項目として、(1)アカデミックライティングの反復的練習を通した

論理的な文章を組立てるスキルと語彙力の強化、(2)異文化環境における

ビジネスコミュニケーションのケーススタディーと状況別対応策についての

学習、(3)国際ビジネス取引のシュミレーションモデルを使ったロールプ

レイ、(4)ビジネス社会で多用されている Eメールによる英語コミュニケー

ションについて、携帯メールを活用した実践的学習や海外パートナー校在学

生との Eメール交信プロジェクトの推進、などが考えられる。

大学において実社会で使用される英語の自然な状況を反映した授業設計を

することは、職業経験のない学生に対して、如何に学術的理論の学習と実践

的応用力の獲得を両立させるかという点で多くの工夫が必要とされる。日々

進展する IT技術やグローバルビジネスの動向も反映しつつ、上記項目をさ

らに具体化しビジネス社会で求められる英語ライティングスキル向上に貢献

できる授業づくりに取り組んでいきたい。

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

注文部科学省「英語教育に関する研究事業計画」(2004)に基づき国内の国公1. 立私立大学 200 校を対象に実施されたアンケート調査によると、英語教育の4技能時間配分は、「読む 38.6%;聞く 23.2%;話す 14.5%;書く 5%」となっている。2000 年 8 月 20 日から 31 日までシンガポール、マレーシア、タイの 3ケ国2. にある京都を中心とする関西企業 14 社の現地法人に対する調査結果。

引用文献グロービス経営大学院(2012)『MBAビジネス・ライティング』 ダイヤモンド社ホール、エドワード(1993)『文化を超えて』(岩田慶治・谷泰 訳) TBSブリタニカHinds, J. (1987). Reader-Writer Responsibility: A New Typology

Landmark Essays on ESL Writing (pp.65). Lawrence Erlbaum Associates, Inc.

Hostede Geert (2010). Cultures and Organizations “Software of the Mind” McGrawhill

亀田尚己(2001)「京都を中心とする関西企業の海外戦略-東南アジア地域子会社のコミュニケーション管理」『同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー』第 2 巻第 2 号 pp.63-84

亀田尚己(2003)『国際ビジネスコミュニケーションの研究』pp.53-54, 148 文眞堂経済産業省(2012)『通商白書』 http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2012/2012honbun_p/2012_03-1.近藤彩(2007)『日本人と外国人のビジネス・コミュニケーションに関する実証

研究』ひつじ書房Letters for Business.com. Retrieved October 20, 2012 from

http://www.lettersforbusiness.com/announce-a-price-increase.htm

馬越・桑名(編)異文化経営学会(2010)「第2章国際経営の革新と異文化経営」『異文化経営の世界-その理論と実際』 白桃書房

社団法人日本経済団体連合会(2011)「グローバル人材の育成に向けた提言」 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/062/honbun.pdf

高田智子・松井順子・財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(2010) 『企業が求める英語力』朝日出版社田村正昭(2009)「日本人および外国人学生に対するビジネス英語教授法研究」『大正大学紀要』第 94 号 pp.1-11

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竹 田 宗 継

トロンペナール、フォンス&ターナー、チャールズ・ハムデン(2001)『異文化の波-グローバル社会:多様性の理解-』白桃書房

山崎政志(2007)『ビジネス文書の書き方とマナー』高橋書店

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グローバルビジネスに求められる英語ライティングスキルについて

English Writing Skills Required for Global Business Activities

Munetsugu Takeda

Keywords: E-mail, business success, cross-cultural communications

To cope with the rising demand for personnel with high level of English

communication skills in the globalized economy, educational institutions are

placing more emphasis on improving students’ listening and speaking skills. In

actual business transactions, however, written communication plays the most

significant role in conducting such business. This makes it more important for

Japanese students to improve their English skills in “writing.” In addition,

Japanese styles of communication in writing are adversely different from that of

western styles. While Japanese tend to start from a general statement and reach

the conclusion toward the end, westerners take a reverse approach. Such a

difference must be kept in mind when Japanese business people deal with those

from different cultural backgrounds.

In light of these factors, classroom instruction at universities should include such

subjects as logical writing, inter-cultural communication issues and practical

e-mail writing skills.