フィリピンのit-bpo産業と包括的成長 - osaka city...

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大阪市大『季刊経済研究』 ISSN 0387-1789 Vo l . 34No.3 4Win r2012 pp. 15-40 フィリピンのIT-BPO 産業と包括的成長 1 『フィリピン開発計画 2011 -2016 1IT-BPO 産業 森淳恵子 2 WB ADB のフィリピン経済分析 3 IT-BPO 産業と包括的成長 4 章結ひー汀ー BPO 産業と GVC アプローチ IT-BPO 産業はフィリピン経済の中で2000 年以降,持続的に高い成長率を記録し,輸出と雇 用に大きく貢献している これに匹敵する成長カを持つ産業はフィリピンでは他にない.し かしフィリピンIT-BPO 産業をグローパルな視点から見れば,そのポジションはまだまだ脆弱 である.この産業は発生期にある産業であり,その呼ぴ名も ICT サービス産業, ITES 産業, 0&0 産業,オフショア サーピス産業等と呼ばれ,統ーした呼び名もまだ定まっていない グローパルな産業規模についても推定機関によって大きな差がある1)どのようなサービス群 [キーワード1ICT サーピス産業,包括的成長,開発計画,国際価値連鎖,世界銀行,アジア開発銀 1)UNCTAD Inf onnationEconomy Report 2009 において,オフショ 7') ングの測定の難しさを述 べている 国際的に合意された定義が無く,データにも多くの制約があるとし, 3 つのデータベ ースを示している. 1 つは, IMF Balanceof Payment のデータ, Se :rvi ces に関 連した外国直接投資に関するデータ ωNCTADFDI/TNC da ha 田), 3 つは,マーケット分析を 行っているコンサルタント(ここではEverestResearch Institute) による,オフショアのグローノて ル市場の予測である.この 3 つのデータのオフショア生産額(輸出額)の推定額は大きく異なる. UNCTAD IMF BOP の統計資料に依りつつ, UNCTAD 独自にIT. IT-enabled サーピスの定義を しているが,それでもマーケットアナリストの数値と比較してー桁大きい. UNCTAD は遂に2010 年のInfonnationEconomy R ort では,オフショアのグローパj レ市場の規模の推定にUNCTAD 定義に基づいたIMF BOP データを示さず,マーケットアナリスト (EverestResearch Insti te) のデータに依ったもののみを示している. UNCTAD Information Economy Report 2009 ; Measuring Successes 出血eglobal economy: in mationaltrade industrial upgra ng and business functionoutsourcing inglobalvaluechains"by Timothy J. SturgeonandGary Gereffi in Tran ational -C orporations 1ι2 UNCTAD.

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大阪市大『季刊経済研究』 ISSN 0387-1789

Vol. 34 No.3・4Win担r2012, pp. 15-40

フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長

第 1章 『フィリピン開発計画 2011年-2016

年1とIT-BPO産業

森淳恵子

第2章 WBとADBのフィリピン経済分析

第3章 IT-BPO産業と包括的成長

第4章結ひー汀ーBPO産業とGVCアプローチ

IT-BPO産業はフィリピン経済の中で2000年以降,持続的に高い成長率を記録し,輸出と雇

用に大きく貢献している これに匹敵する成長カを持つ産業はフィリピンでは他にない.し

かしフィリピンIT-BPO産業をグローパルな視点から見れば,そのポジションはまだまだ脆弱

である.この産業は発生期にある産業であり,その呼ぴ名もICTサービス産業, ITES産業,

0&0産業,オフショア サーピス産業等と呼ばれ,統ーした呼び名もまだ定まっていない

グローパルな産業規模についても推定機関によって大きな差がある1)どのようなサービス群

[キーワード1ICTサーピス産業,包括的成長,開発計画,国際価値連鎖,世界銀行,アジア開発銀

1) UNCTADはInfonnationEconomy Report 2009において,オフショ 7')ングの測定の難しさを述

べている 国際的に合意された定義が無く,データにも多くの制約があるとし, 3つのデータベ

ースを示している.1つは, IMFのBalanceof Paymentのデータ, 2 つはI(ゴ~nabled Se:rvicesに関

連した外国直接投資に関するデータ ωNCTADFDI/TNC da同ha田), 3つは,マーケット分析を

行っているコンサルタント(ここではEverestResearch Institute)による,オフショアのグローノて

ル市場の予測である.この 3つのデータのオフショア生産額(輸出額)の推定額は大きく異なる.

UNCTADはIMFのBOPの統計資料に依りつつ, UNCTAD独自にIT. IT-enabledサーピスの定義を

しているが,それでもマーケットアナリストの数値と比較してー桁大きい.UNCTADは遂に2010

年のInfonnationEconomy R旬ortでは,オフショアのグローパjレ市場の規模の推定にUNCTADの

定義に基づいたIMFのBOPデータを示さず,マーケットアナリスト (EverestResearch Insti加te)

のデータに依ったもののみを示している.UNCTAD, Information Economy Report 2009 ;

“Measuring Successes出血eglobal economy: in胞mationaltrade, industrial upgra也ng,and business

function outsourcing in global value chains" by Timothy J. Sturgeon and Gary Gereffi, in

Tran四 ational-Corporations1ι2,UNCTAD.

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16 季刊経済研究第34巻第3・4号

がこの産業に含まれるのかについてもまだ統一されていない.ただ,各国際機関や著名なコ

ンサルティング会社・研究所, NASSCOM等の産業協会は一致してその産業規模,オフショア

市場の拡大を予想し,発展途上諸国におけるオフショア生産の急成長を予測している.前ア

ロヨ政権はIT-BPO産業の経済発展に果たす役割に大きな期待を寄せた.しかし,現アキノ政

権のIT-BPO産業への支援,評価はアロヨ政権時よりも後退している.

21世紀,国際開発機関である国連や世銀, ADBの開発援助のコンセプトの主要なキーワー

ドはMDGs,貧困削減,包括的成長,統治(ガパナンス)等である.フィリピンの開発計画に

もその大きな影響が読み取れる.アロヨ政権 (2001年-2010年)の開発計画2)の第一の目標

は貧困削減,公正な成長であり,アキノ政権の開発計画3)では包括的成長と統治の向上が最

優先課題として掲げられている.7ロヨ政権の場合は21世紀をニュー エコノミーの時代と

し,貧困削減とともに知識経済の推進も大きな課題として掲げた.IT-BPO産業の急成長に注

目し,それへの支援も積極的に行った 41 アキノ政権の場合は, r汚職がなければ貧困もないJ

という選挙スローガンによく示されるように,包括的成長を追及するためには「汚職の根

絶・統治の改善Jが大前提になると主張する.アキノ政権も貧困削減のために雇用創出が最

も重要であるとし,雇用創出力の高いIT-BPO産業をこの点で評価している しかし就任後,

CICT (ICT委員会)を格下げし, ICT省創設を見送る決定をした.ICT省創設法案が上院 下

院を通過した後もICT省設立の具体的展開は見られない.10年以上続いたE-servicePhilippInes

(政府関連機関主催の11二BPO産業の展示会 シンポジュウム)も2011年に停止された.

本稿では第 lにアキノ政権によるフィリピン経済の現状認識と経済開発に対する取り組み

とIT-BPO産業の位置づけを, rフィリピン開発計画2011年--2016年j(以下『開発計画』と略

記)の検討を通して明らかにする 第2にアキノ政権の『開発計画』作成に大きな影響力を

持っているWB(World Bank,世界銀行), ADB (Asi皿 DevelopmentBank,アジア開発銀行)

のフィリピン経済分析と政策提言について検討する.第3にIT.BPO産業の持つ社会経済的イ

ンパクト,特にその包括的成長経済発展に果たす役割についてWBとADBがどのように位置

づけているのかを明らかにする.最後にアキノ政権の『開発計画』における産業政策とその

2) NEDA (N ational Economic Development Authority), The MediumトTennPhilippine Development

Plan 2001-2004 ; NEDA, The Medi山荘TennPhilippine Development Plan 2004-2010.

3) NEDA, Philippine DevelopmentPlan 2011-2016.

4)フィリピンのICT政策はラモス政権下での情報通信政策(情報通信部門の民営化とfIT国家戦

略J) によって前進した アロヨ政権もフィリピンの経済発展に呆たすICTの役割に注目 L,IT BPO産業にも積極的金支援を行った目大統領の直属の諮問機関と LてCommissionon ICT (CICT) を設置じ,Ph曲ippine5仕..tegicRoadmap for ICT Sec仲r:Empowering a N拍onthrough ICT (アロ

ヨ政権のICT政策)も2006年に公表している ここではICTとICTサーピス産業がフィリピンに包

括的成長をもたらすものとして位置付けられている.ラモス政権, 7ロヨ政権のICT政策につい

て詳しくは森津恵子「フィリピンICT政策とICTサービス産業の急成長Jr季刊経済研究J30巻4号, 2008年参照.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 17

IT-BPO産業の位置づけが今後のフィリピンの経済発展に持つ意味について考察する

第 1章 『フィリピン開発計画2011年-2016年』とIT・BPO産業

1 包括的成長の追及

アキノ政権は,その『開発計画』の官頭でこれまでのフィリピン経済の総括を行っている.

2010年6月に就任したアキノ大統領(ベニグノ・アキノ 3世)が,その『開発計画』を公表

したのは,その就任から 1年以上もたってからであった.公表された『開発計画』の主要コ

ンセプトは第1章のテーマである「包括的成長の追及 (Pursuitof lnclusive Gro吋,)Jである5)

第 1章の冒頭で,フィリピンのこれまでの経済的社会的発展の成果はAS臥 Nの隣国と比較し

て満足のいくものではないとし,その理由として,第 1にその発展のスピードの遅さ,第 2

に発展の成果が広範に行き届いていない点,第 3に汚職の蔓延と政治的合法性への疑念が公

共政策への当事者意識と管理意識をむしばんでいる点を挙げる.r端的に言えば成長は包括的

なものではなかった」引 包括的発展を阻害している要因として,低い成長率,弱い雇用創出,

持続する高い不平等の 3点を直接の要因として挙げている.しかしその背景にある構造的要

因として,対GDP囲内粗資本形成比率 (GrossDomestic lnves廿nent/GDP)の低さを指摘し

「この資本蓄積の低下が長期的な経済成長と雇用創出の制約になっているJ(p.22) とする.付

表1に見るように,フィリピンの粗資本形成率は1997年の24.8%をピークに減少し, 2000年代

には20%以下になり, 2000年代後半には15%前後の比率である7)タイ,マレーシア,インド

ネシアと比較して一段と低い.投資を制約している重要な 2要因として,第 1に「不十分な

インフラとその結果の貧弱なロジスティックスネットワークJ,第2に「統治の失敗弱い制

度 (insti凶tions)Jとしている.ここでのロジックはインフラ制約(特に翰送と電力)と統治

の失敗・~iJい制度→→低位な粗囲内資本形成→→低い成長率,弱い雇用創出,持続する高い

5) r開発計画Jは10章構成であり「第 1章 包括的成長の追及J,r第2章 マクロ経済政策J,「第3章競争力を持つ産業とサーピスセクターJ,r第4章競争力を持つ持続的成長可能な農

林漁業J,r第5章 インフラ開発の加速J,r第6章弾力的・包括的な金融システムに向けてJ,「第7章良い統治と法の支配J,r第8章社会発展(開発)J, r第9章平和と安全J,r第10章

環境資源の保全・保護・復旧」という構成である.

6 )アキノ政権の『開発計画Jでは, r包括的成長とは,まず第 1に圏内の広範な人々に地域的な

相違や社会的な複合性を越えて急速に広がっていくものであり,社会の広範な人々に職を造り出

L,大衆の貧困を持続的に減少させていくものである. 日このような成長を生み出すのにフィリ

ピンは永年失敗L,悲惨な大衆,社会的疎外(マージナライゼーション),技術や才能の海外流

出,政治的疎外や不満を生み出し,ひいては国家組織を脅かすものであるJ(p.l品19)としてい

る.

7) 2010年の粗資本形成率は15.6%である.インフラの公共部門の投資はGDP比で1995年から2000

年まで年平均2.4%に, 2001年から2011年までには1.8%に低下した.

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18 季刊経済研究第34巻第3・4号

不平等→→包括的成長の阻害,である.アキノ政権の成立以来,その施政で最も強調してい

るスローガンが「インフラ投資の急拡大Jと「汚職の撲滅」であり,現時点でのアキノ新政

権の施政の特徴はこの 2点に尽きると言っても過言ではない.

『開発計画』では次のように計画の目標値を設定している r2011年から2016年までのGDP

の年平均成長率を 7-8%とする.このベースでの成長を達成すると, 20年間で一人当たり

所得が5000ドルになると予測される.この成長率は過去と比較して高く,高い資本形成率,

総要素生産性の向上を通じて達成される.運輸,水,エネルギーその他インフラへの大規模

な投資と良い統治を通して, GDPの成長を導く.2016年にはGDP比で22%の資本形成を見込

む いこのGDP成長率で年間100万人の純雇用増を見込む.これは主として工業とサーピス部

門で増加する.農業部門は一番雇用を吸収しているが,農地改革と農地所有権証書が完成し,

インフラが整備されれば,再び新たな労働を吸収するであろう.今後労働力が年間2.75%で増

加するなら,失業率は6.8-7.2%となる.貧函指数は1991年の33.1%から20日年には16.6%以

下になるj

そして第 1章の最後を「好機の到来j という小見出しのもとで,次のように締めくくる.

r7ィワピンは,過去20年以上も続く貧困,不平等,人間開発の遅れから脱出する機会に恵ま

れなかったが,現在かつてない好機に出会っている.経済的な条件でいえば,フィリピンの

対外支払い,固際的な信用ポジションはかつてなく健全であり,海外仕送りのおかげで,経

常収支は2003年以来黒字である 20年以上の貿易改革(貿易自由化)によって,産業構造は

補助金や重い保護によって歪められていない.通貨は安定的あるいは強すぎ,インフレは10

年以上も低いか中ぐらいに抑えられている なぜフィリピンはこのような改善された環境の

中で前進することができないのか?これこそがパラドックスであるJ.

一読して非常に楽観的な将来予測である.しかし,フィリピンはなぜこのような改善され

た環境のなかで停滞し続けたのか?それは「パラドックスjであろうか 9次にもう少し長い

タイムスパンでフィリピン経済の停滞の原因を考えてみたい.

2 低位均衡経済のトラップ

表1に見るように,フィリピンの経済成長率 (GDP)は1980年代(年平均1.8%),1990年代

(年平均2.9%)の20年間にわたって, ASEA1可の近隣諸国と比べて極めて低い成長率であった

2000年代に入ヮて,ようやく年平均のGDPの成長率治宝4.8%に上昇1.-,インドネシア (5.2%),

マレーシア (4.7%),タイ (4.4%)の年平均成長率に追いつくが,この30年間でフィリピン

の一人当たりGDPはこれらの隣国と大きく差がついた.フィリピンの人口増加率の高さも手

伝って,表2に見るように,一人当たりGDPは2010年にようやく2,140ドルと2000ドルの大台

に乗ったが,インドネシアはすでに2003年にフィリピンの一人当たりGDPを追い抜き, 2008

年には2000ドルを越し, 2010年には2,946ドルとなっている.タイは2010年には4,608ドル,マ

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 19

レーシアは8,373ドルである_ w開発計画』ではフィリピンの一人当たり GDPが5,000ドルにな

るのは20年後である.

表1a ASEAN経済成長率:2001年-2010年(単位:%)

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2001-2010

AGR I フィリピン 2.9 3.6 5.0 6.7 4.8 5.2 6.6 4.2 1.1 7.6 4.8 インドヰシア 3.6 4.5 4.8 5.0 5.7 5.5 6.3 6.0 4.6 6.1 5.2 マレーシア 0.5 5.4 5.8 6.8 5.3 5.8 6.5 4.8 1.6 7.2 4.7

タイ 2.2 5.3 7.1 6.3 4.6 5.1 5.0 2.5 -2.3 7.8 4.4 シンガポール 1.2 4.2 4.6 9.2 7.4 8.7 8.8 1.5 -1).8 14.5 5.7 ベトナム 6.9 7.1 7.3 7.8 8.4 8.2 8.5 6.3 5.3 6.8 7.3 インド 5.2 3.8 8.4 且3 9.3 9.3 9.8 4.9 9.1 8.8 7.7

中国 8.3 9.1 10.0 10.1 11.3 12.7 14.2 9.6 9.2 10.4 10.5

韓国 4.0 7.2 2.8 4.6 4.0 5.2 5.7 2.3 0.3 6.2 4.2 I 出所 :WBの資料.ht旬・//da白 worldbank.orgから作成.

表1b ASEAN経済成長率:1991年-2000年(単位・%)

1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 1991-2000

AGR フィリピン -1).6 0.3 2.1 4.4 4.7 5.8 5.2 -1).6 3.1 4.4 2.9 インドネシア 8.9 7.2 7.3 7.5 8.4 7.6 4.7 13.1 0.8 4.9 4.4 マレシア 9.5 8.9 9.9 9.2 9.8 10.0 7.3 -7.4 6.1 8.9 7.2

タイ 8.6 8.1 8.3 9.0 9.2 5.9 1.4 10.5 4.4 4.8 4.6 シンガポール 6.5 7.0 11.5 10.6 7.3 7.7 8.6 -2.1 6.2 9.1 7.2 ベトナム 6.0 8.6 8.1 8.8 9.5 9.3 8.2 5.8 4.8 6.8 7.6 インド 1.1 5.5 4.8 6.7 7.6 7.6 4.1 6.2 7.4 4.0 5.5 中国 9.2 14.2 14.0 13.1 10.9 10.0 9.3 7.8 7.6 8.4 10.5

韓国 9.4 5.9 6.1 8.5 9.2 7.0 4.7 -6.9 9.5 8.5 6.2

出所 WBの資料.htゆ//da阻.worldbank.orgから作成.

表10 ASEAN経済成長率:1981年-1990年(単位・%)

1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1981-1990

AGR フィリピン 3.4 3.6 1.9 -7.3 7.3 3.4 4.3 6.8 6.2 3.0 1.8 インドネシア 8.1 1.1 8.4 7.2 3.5 6.0 5.3 6.4 9.1 9.0 6.4 マレーシア 6.9 5.9 6.3 7.8 1.1 1.2 5.4 9.9 9.1 9.0 6.0

タイ 5.9 5.4 5.6 5.8 4.6 5.5 9.5 13.3 12.2 11.2 7.9 シンガポール 10.7 7.2 8.6 8.8 -0.7 1.3 10.8 11.1 10.2 10.1 7.8 ベトナム n.a n.a n.a n.a. 3.8 2.8 3.6 5.1 7.4 5.1 インド 6.0 3.5 7.3 3.8 5.2 4.8 4.0 9.6 6.0 5.5 5.6 中国 5.2 9.1 10.9 15.2 13.5 8.8 11.6 11.3 4.1 3.8 9.4

韓国 6.2 7.3 10.8 8.1 6.8 10.6 11.1 10.6 6.7 9.2 8.7

出所 :WBの資料, htゆ//da臼.worldbank.orgから作成.

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20 季刊経済研究第34巻第3・4号

表2a 一人当たりGDP:2007年-2010年(単位:US$)

2007年 2008年 2009年 2010年プルネイ 32,443 37,414 27,390 n.a カンボジア 632 749 744 795 インドネシア 1,859 2,172 2,272 2,946

ラオス 718 910 966 1,177 マレーシア 6,905 8,099 6,902 8,373 ミャンマー n.a n.a. n.a. n.a フィリヒ。ン 1,652 1,925 1,826 2,140

タイ 3,臼3 3,993 3,835 4,608 シンカ.ポール 36,655 36,738 37,790 41,120 ベトナム 843 1,070 1,130 1,224 参考

日本 34,264 38,21 39,456 42,831 韓国 21,653 19,162 147,110 20,757 インド 1,日58 1,021 1,140 1,410 中国 2,651 3,414 3,749 4,428

出所 :WBの資料, htlp:/ /da凪.worldb釘u<.orgから作成

表2b 一人当たりGDP:1997年-2006年)一由一

6

nbzo

U一別

--一位寸

単一時

rk一向山2

M

m

インドネシア

『開発計画』ではGDP成長率を一人当たり GDP成長率のみで示している(付表2参照)が,

これをみると1980年代の成長率はマイナスであり, 90年代で0.9%である.2000年代は2.3%と

なる.2000年代の10年聞をGDP成長率でみるなら,表 1に見るようにASEANの隣国と比べて

その経済成長率に大きな差はない.アキノ政権は,アロヨ政権の経済運営に対して厳しい批

判を下しているが, GDP成長率(全体も一人当たりも)に関する限り,アロヨ政権下の10年

間は,過去20年間のパフォーマンスより改善している.しかし,アロヨ政権下の経済成長率

では1980年代, 90年代に開いた隣国との差を到底キャッチアップできず,貧困指数も改善で

きなかった(付表3参照)

過去30年間で, 1980年代の経済成長率が最も低い.フィリピンはその後, 20年以上,

ASEANのような持続的な成長軌道に乗ることができなかった.この主要な原因は1983ト例年に

フィリピンが経験した対外債務支払危機とそれに続くフィリピン経済の崩壊と構造調整の実

施にある. 1983年の対外債務支払危機から1997年のアジア通貨危機を経て2000年に至るまで

フィリピンはIMFの厳しい監視のもとにあり,緊縮財政の堅持という厳しいコンデショナリテ

イが課されていた.フィリピンはこの厳しいコンデショナリティのもとで,否応なく構造調

整を進めていく.対外債務支払い危機以降,フィリピンはマルコス政権の時のように,対外

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 21

債務を原資とする拡張的な財政投融資政策の道は絶たれた.この構造調整を経てフィリピン

経済は放漫な財政赤字による拡張経済から,財政緊縮下での低位均衡経済へと移行した.対

外債務支払危機以降,対外債務による財政投融資の道は絶たれた.緊縮財政のもとで景気拡

張政策やインフラ投資に回せる資金は限られたものとなり,低位均衡経済の打破に向けてフ

ィリピン政府の打てる手は大きく制約された8)

フィリピンでは,過去30年近くに及ぶ緊縮財政下の資金制約の中で,公共投資が低水準に

抑えられ,インフラ整備の遅れ,低い粗資本形成率が続いた.アキノ政権の『開発計画』で

は,粗資本形成率の低さが低い成長率,弱い雇用創出,持続する高い不平等を生みだし,包

括的成長を阻害しているとし,大量の公共投資によるインフラ整備によって,包括的成長を

実現すると宣言している.しかしこの公共投資の資金はかつてのマルコス政権時のように対

外債務に仰ぐことはできない.フィリピン政府自身がこの資金を自己調達しなければならな

い.そのためにはフィリピン政府の歳入の増加と歳出の削減が不可欠である.インフラ投資

の資金においても民聞からの協力 (PPP: Public Pri四回 Par加ership)が必要となる.民間資

金の協力を得るためにも,一層の統治の向上,制度の強化が叫ばれる.アキノ政権が包括的

成長の実現に向けて,大量のインフラ投資に加えて統治の向上を不可欠とする理由がここに

ある.しかし問題はアキノ政権が7-8%の経済成長率を達成できるほどの大量の資金を調達

できるのかTさらに大量のインフラ投資によるだけで毎年高成長を持続できるのか?である.

3 マクロ経済政策と産業競争力

『開発計画』は,第 l章で包括的成長を実現させるために大量の公共投資と統治の向上に

よる圏内粗資本形成の上昇の必要性を指摘した後,第 2章と第 3章でマクロ経済政策(特に

財政政策と通貨政策)と産業競争力の強化の必要性を指摘する.第 2章「マクロ経済政策」

では,次のように指摘する.r貧困に打ち勝つ確かな方法は政府の直接的援助より,長期の生

産的雇用と所得の向上のほうが確実な方法である.生産的な職と所得を生み出すのは,零細

企業,大企業を問わず民間部円である.政府の任務は財政政策と通貨政策 (mone泊rypolicy)

を通して,活発な経済活動のための環境を作り出すことと,成長の成果が未来の成長のため

の社会的投資へと固されるようにすることである.この目的は政府の財政政策と通貨政策に

よって達成される 財政政策とは公共支出と課税の規模と方向に関するものであり,通貨政

策とは一国の貨幣供給のコントロールに関する政策であるj

「この開発計画の課題の 1つは,財政の健全化であるが,もう lつはインフラ,健康,教

育部門への投資を大きく増やすことである ・開発計画の財政セクターの全体的な戦略は,

8 )森揮恵子『現代フィリピン経済の構造』第5章,第6章,勤草書房.1993年;森津恵子「第8

章フィリピン経済」渡辺利夫編 Iアジア経済読本』東洋経済.2009年所収参照.

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22 季刊経済研究第34巻第3・4号

GDPの15.6%にまで徴税率を高めることである9)同時に行政改革 (govemancereforms)に

よって,非課税収入もGDPで平均1.2%に増加させる.これに対応して,中央政府赤字も2013

年までに 2%台に低下させ,このレベルを2016年まで維持する(付表4参照).2013年からは

公的部門の統合赤字をGDP比で1.5%に低下させる 財政支出政策の重要な課題は生産的支

出(インフラ,教育,健康等)を増加させ,これらの部門での投資不足を解消し,同時に無

駄で非効率な支出を削減する.通貨政策は低い安定的なインフレ政策を行う.これは産出と

雇用の持続的・調和的な成長に導く.金融改草は制度の設定とインフレターゲットの手続き

の調整に焦点を絞るJ.

以上のように, r開発計画』では「政府の任務は財政政策と通貨政策を通して,活発な経済

活動のための環境を作り出すこととである」とした後,第 3章「競争力のある工業とサーピ

ス部門」で産業競争力の強化が経済成長に大きく貢献するとし,競争力強化戦略の必要性を

指摘する.ここでは第 1章と同じしその冒頭で,フィリピンはこれまで産業競争力の形成

という面で失敗してきたと総括する. I競争力の測定をするとフィリピンは多くの発展局面で

決定的な遅れを取っている.投資,輸出,競争力においてフィリピンのパフォーマンスは他

の隣国と比べて満足のいくものではなく,逆転させる必要がある.これまでのフィリピンを

みると, GDPにおける製造業比率と投資比率のシェアを減じさせている 工業とサ}ピス部

門を経済成長と雇用に大きく貢献させるうえで数多くの発展の制約要因を取り除く必要があ

る.ビジネス環境の改善と生産性と効率性の向上,品質の重要性について強い認識を持たせ

る等の戦略が必要である」 このように,産業競争力をつけるために,投資環境の改善,ガパ

ナンスの強化,競争政策の強化,行政の効率化等の必要性が指摘された後, I限られた資源の

中で政府は雇用を創出L,比較優位を持ち,高い成長潜勢力のある領域を重要な領域として

介入する」とし, I観光, BPO,エレクトロニクス,鉱業,住宅,アグリビジネス 森林関連,

ロジスティックス,船舶,インフラ」の産業(業種)を重要領域として選定する.

政府が介入する産業領域は「雇用創出,比較優位,高い成長潜勢力jを選定基準にしてい

るとするが,ここで選ばれた産業領域は競争力,生産額,雇用数,輸出額,実際の成長率等

に大きな差異があり,フィリピン経済への成長寄与度も大きく異なる.なぜこれらの産業が

重要産業として選ばれたのであろうかワここで選ばれた諸産業領域への政策支援によって,

これらの産業の成長力が高まり,フィリピンの経済成長を引き上げることができるのであろ

うか?

これらの産業が重要産業として選定された理由の 1つは『開発計画』で最重要課題とされ

ている「包括的成長の追及」にあると考えられる ここで「高い成長潜勢力j という場合,

9 )より詳しくは, IこれはBIR(Bureau of Intemal Revenue,内国歳入局,国税庁)が年率0.3%,

BOC (Bureau 01 Customs,関税局)が0.1%ずつ,徴収率を上げれば達成されるJ.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 23

高成長を意味するだけでなく,包括的成長をもたらす潜勢力が高いという意味でも使用され

る.高成長と包括的成長の両方を意味している.ここでの産業の選択はBPOやエレクトロニ

クスのような高成長や輸出力を持つごく少数の産業と同時に, Pro-Poor Grow世110)をもたらす

と考えられている産業が多く選択されている.

この章の冒頭で述べられているように,フィリピンの産業競争力は多くの点で決定的な遅

れを取っている しかも現在,産業競争力の強化を目指すなら,グローパJレな産業競争力の

強化こそが必要である.ここで選択された産業で,現時点で国際競争力を持ち高い成長力を

持つ産業はIT-BPO産業を除いてほとんどない.雇用創出,比較優位,高い成長潜勢力とう 3

点において,現時点のフィリピンでは, IT-BPO産業と並ぶものはない.しかしアキノ政権の

『開発計画』での力点はIT-BPOよりもむしろ観光産業に置かれている.観光産業の現状,

ASEANとの競争力,その強化のための戦略等に多くの紙幅が割かれている しかし『開発計

画』の中でも示されているようにフィリピンの観光産業はASE必Jの隣国と比べても競争力

は低く,その潜在的成長力を呼び出すためには多くの課題が残されている.その課題を検討

するなら,観光産業が短期間のうちに産業競争力を高め,フィリピン経済の高成長に寄与で

きるとは予測しがたい.しかしアキノ政権は重点支援産業としてIT-BPO産業よりも観光産

業を重視している.それはIT-BPO産業は観光産産業より包括的成長への寄与度が低いと評

価しているからであろう.ではWBとADBはどのように評価しているのであろうか 9次に

WBとADBのフィリピン経済分析とその提言を見ておこう.

第 2章 WBとADBのフィリピン経済分析

1 WBのフィリピン経済分析と提言

I開発計画』の策定の最終調整段階の2011年4月にまとめられたWBのフィリピンに対する

「国別援助戦略 (CAS;Coun同rAssistance S甘ategy)JのProgressRepore11では,r開発計画』

が最重要課題として包括的成長を掲げ,統治の改善に高いプライオリティを与えている点に

10)開発経済論で近年注目されているPro.PoorGrow出について山形辰史は次のように述べている

Pro-Poor Grow出を達成するための支配的見解として,ほとんどの論者が農業や農業振興を支援し

ているが,一国あるいは一地域の貧困者の雇用成長率を高めるためには貧困者の雇用率の高い

(ただし成長率は高くない)産業の成長を振興する場合も,貧困者の雇用率は低いが高成長の産

業を支援する場合も共に貧困者の雇用創出に効果があることが知られている.しかし,どのよう

な産業が高成長するか予測が難しいので,貧困削減策として農業のような貧困者の雇用率の高い

産業の支援を提言していると論じている.['第 1章 経済成長と貧困・雇用:Pro.Poor Grow出論

の系譜J(絵所秀紀穂坂光彦ー野上裕生編著『貧困と開発』日本評論社, 2004年所収), 19-20

ベージ参照.

11) WB,“Countty Assis岡田 S回 tegy(CAS) Progress Report lor出eRepublic 01出ePhi!ippin田,

ReportNo.61274戸PH,Apri120, 2011.

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24 季刊経済研究第34巻第3・4号

ついて,次のように簡潔に記している.rアキノ大統領の選挙における政治要綱は,反汚職と

貧困削減であり,それは世銀グループのCASの中心テーマである.大統領選挙のスローガンの

中心は『汚職が無ければ,貧困もない』という点に集約できる.彼の選挙綱領の16か条は,

フィリピン人との社会契約(“SocialContract with也eFilipino People") として,彼が任期中に

行おうとする主要な政策を概略している.この社会契約は,反汚職,雇用,教育,保健衛生,

正義を優先し,平和,安全,資源、の保全の必要性を指し示している.…2011年度の予算は,

経済的側面からは,インフラの改善とビジネス手続きの効率化 レッドテープの減少を通

してより高い成長の達成に焦点が合わされているJ(p.2).

このProgressReportと同時期にまとめられたWBの「フィリピン向け開発政策ローン

(DPL)J山では, r開発計画』の特徴を次のようにまとめている.日開発計画』は包括的成長

と貧困削減というフレームワークをしっかりと定めた.この『開発計画』はアキノ大統領の

フィリピン人との社会契約の根底にある包括的成長と貧困削減というピジョンを以下の 3つ

の戦略的な柱に焦点を合わせて具体化しようとしている.第 1の柱として持続的で高い成長

率を達成し,生産的な雇用機会を提供し貧困を削減する.第 2の柱として全てのフィリピン

人に対して,発展の機会と社会サーピスへのアクセスの平等化の実現,第 3の柱として有効

な社会保障を実施L,経済成長に参加することのできる能力を持たない人々を保護し,能力

を持たせる. 7イリピンの発展の追及に当たっての全体的な課題は統治の改善であり,これ

が持続的成長と貧困削減の重要な制約となっていると認められてきたJ.さらに「第 1の柱で

ある高い,持続的な成長の達成のために I開発計画』は以下の諸点に焦点を合わせている

安定的なマクロ経済環境の維持,公共投資の増加,競争力強化,統治の改善,競争を促進す

るための制度の強化である.安定的なマクロ経済環境を維持するために, r開発計画』は,財

政の強化,低く安定的なインフレ,外的脆弱性の改善,適切な資本化と市場の監視による金

融システムの強化,の必要性を強調している.r開発計画』はPPP戦略の発展を強調し,公的

なインフラ開発を促進するために民間部門にとっての投資環境の改善を強調している. r開発

計画』は統治の改善のために健全で一貫した政策,法の支配の強化を追及しているJ.

以上に見るように, WBは『開発計画』成立の背景(アキノ大統領の選挙綱領と社会契約)

とその目的(包括的成長と貧困削減),それを追求する方法を簡潔に要約するとともに,これ

ら古河TBの国別援助戦略 (CAS)の目的にかなったものであることを, r開発計画』の公表前

に確認している.WBは持続的で高い経済成長を達成するための手段として, rマクロ経済環

境の維持,公共投資の増加,競争力強化,統治の改善,競争を促進するための制度の強化j

12) WB, "Republic of Ihe Philippines Firsl Development Policy Loan 10 Fosler More Inclusive

Grow血, Report No. 59170-PH", April 20, 2011.この開発政策ローンでは 2億5000万ドルの融資が約

束されている.このAnnex4 Overview of血e2011.2016Philippine Developmenl Planで『開発計画』

のWBによる簡潔な要約が行われている.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 25

であるとする『開発計画Jのスタンスを確認している.すなわち『開発計画』もWBも高成長

の実現のために,政府のなすべきことはマクロ経済,統治,制度等の環境整備であることを,

強調している.

WBは2010年のレポート『フィリピンの一層の包括的成長に向けて』瑚では,次のように述

べている.r最近の数多くの研究はフィリピンの経済成長の決定的な制約として①非常に低い

歳入(公的収入)による財政基盤の弱さ,②不十分なインフラ,特に輸送と電気,③ガパナ

ンスの悪さによる投資環境の弱化とする診断を下している.ーその他にも多くの制約がある

が,以上の 3つが最も決定的だとするコンセンサスが広範にみられるjと総括し, r貧困を削

減し,将来の経済的繁栄の基盤を築き,より包括的な成長を生うみだすためには,二股の戦

略が必要とされる.… 1つめの戦略は,貧困な人々のための雇用機会の創出である.…産業

部門別に見れば,大半の貧困層がいる農業部門が特に重要である.製造業とより高い生産性

を持つサービスセクターも有望な所得機会をもたらすものとして重要である.… 2つめの戦

略として貧困家庭が市場に参加でき,彼らの持つ人的資本を高めることによって成長の便益

を得ることができるようにすることである ・現状からみて出生率を減ずることが決定的に

重要である.教育,保健衛生,社会保障サーピスが貧困層の中でも最も貧困な人々が受けら

れるような努力が必要であるJ(p.22).

WBはフィリピンの成長期j約の諸要因の中で,財政,インフラ,ガパナンスの 3点を決定的

要因とする点では共通認識があると指摘し,包括的成長の実現に向けてこの制約の除去が不

可欠であるとし,そのための環境整備の必要性を指摘したうえで,さらに包括的成長を生み

出すためには二股の戦略が必要とする ①貧困な人々の雇用機会の創出と②貧困家庭の市場

と便益へのアクセスである.さらに出生率の低下が不可欠と指摘する.WBのフィリピンへの

提言の重心は,地方の農村の貧困層に届くような包括的成長の追及に焦点が合わされていく.

産業では農業・農業関連部門 マイクロ 中小企業部門に注意が向けられ,工業やサーピス

産業については,多く言及されない.

2 ADBのフィリピン経済分析と提言

ADBのフィリピン経済の分析と提言は, WBと多くの点で共通しているが,製造業の重視,

産業政策の重要性を指摘する点で異なっている.

『開発計画』における,フィリピン経済の分析に強い影響を与えていると考えられるのが,

ADBから2007年に園別診断研究として公表されたレポート「フィリピンの決定的な発展制約

要因J14)である.このレポートではフィリピン経済の発展制約要因を 4点あげている.そこ

13) WB, Philippines Fos白血'gMore IncJusive Grow的m血mReport, 2010

14) ADB, Co四位yDiagnosti白 S如dies,“PhilippineCritical Development Constraints," December

2007.

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26 季刊経済研究第34巻第3・4号

では,今後5-8年間のフィリピンの経済成長にとって決定的な制約要因として,①財政の

狭い余地,②不十分なインフラ(特に電気と輸送)③投資家の低い信任(特に汚職と政治的

不安定)④狭小な工業ベースを生み出した市場の失敗を是正する能力の欠知の 4点を指摘す

る.以上にみるようにこのレポートでは 3つの成長制約要因に加えて,第4の成長制約要因

をあげ,それを取り除くために「政府は投資を多様化させ,製造業と輸出を拡大させ,技術

水準を高めるために市場の失敗を是正しなければならない」とする.1以上の成長制約要因は

互いに相互連関がある しかし最も重要な点は良い統治こそが長期的に成長と貧困削減の制

約の緩和を生み出す 統治こそがフィリピンの開発のトッププライオリティにおかれるべき

であるJ.

「総括すればこのレポートで突き止めた決定的な成長制約要因の緩和が引き金となって,

貧困の撲滅と不平等の緩和へと導く成長過程に通じる.財政のゆとりによって政府のインフ

ラ,人的資本,社会プログラムへの投資が可能となる.現在の統治の改革が投資家の信認を

改善し,経済的社会的正義を促進し,競技場を平準化L-,公共財と公共サ}ピスの質を高め

る.技術の改善,製造業の生産規模拡大と多様化は新しい成長の促進剤となり,より多くの

雇用 (decentで生産的な)を生み出す.これら全てはより多くの民間投資,高い起業家精神,

高成長へと通じる.より公平な発展機会へのアクセスは,成長と発展の利益をすべての人々

に行き渡らせ,包括的成長の循環を造りだすJ.

ADBの分析の論理を簡潔に示せば以下のようである.1つは成長制約要因の緩和が経済成長

を生み出し,経済成長が貧困撲滅と不平等の緩和へと導く 2つはこの経済成長を生み出すた

めには,まず何よりも「財政のゆとりjを生み出す必要があるとしている. 1財政のゆとりj

が「政府のインフラ,人的資本,社会プログラムへの投資」を可能にする.そのために,効

率的な税徴収機構,タックス インセンテイブ プログラムの合理化,租税構造の合理化,

国営企業の補助金の削減,財政支出の管理の強化等の重要性を指摘し,そこに多くの紙幅を

割いている.加えて「統治の改革jと「技術革新と製造業の規模拡大と多様化」が高成長を

生み出し,包括的成長の好循環を生み出すとする ADBではWBや『開発計商1では触れられ

ていない「製造業の規模拡大と多様化jが指摘されている. 1政府は, (民間部門における産

業のリストラ,多様化,技術革新)を可能にするための環境を提供する責任があり,戦略的,

調整的役割を果たす 政府の責任は単にビジネスや民間投資を導く物理的,制度的,社会的

インフラを用意するだけでなく,市場の失敗(情報やleamingextemalities,調整の失敗)に

由来する歪みの是正の取り組みを含む ・このような産業政策についての従来とは異なる考

えかたが有効であるとし,ロドリックの『新産業政策j151が注目に値する.…もし注意深く

設計され,実施されるなら,この新しいアプローチは,新しい貿易,投資,オフショアや

15) UNIDO,豆odrilιD.“Indus凶 alPolicy for廿leTwenty-First田 ntu早..2004

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 27

BPOサーピスを含む生産配置 (production悶叩gemenl:s)から生じる多くの好機をフィリピン

が掴み取るうえで大きな可能性を持っている.…フィリピンは工業化に成功した東アジアや

東南アジアの諸問の工業化政策から学ぶことができるJ(p.57).

以上に見たように, rフィリピンの決定的な発展制約要因」でも「統治 (Governmentcon

cem)がフィリピンの開発のトッププライオリティにおかれるべきであるjと明言し,統治の

向上を『開発計画』と同じく重要視している.しかし,フィリピン経済の高成長のためには,

それだけではなく,財政の余地の拡大,インフラ投資の拡大と並んで,フィリピンの狭小な

工業基盤を多様化させる必要を指摘し,東アジア諸国の工業化政策を学ぶ必要があるとし,

産業政策の必要性を説いている

ADBから2010年に「高成長と包括的成長に向けてのフィリピンの課題」凶が公表される

そこでは, rフィリピンの決定的な発展制約要因Jで指摘された,フィリピンの経済成長の 4

つの制約要因を再確認し, r最新のデータが示すようにこれらの制約は緩和されるよりむしろ

強められている.… 4つの制約の全ては究極的には弱い統治に由来している」と l,アキノ

新政権に対する提言として,統治と制度の改善が一層重要視されている 「経済改革の課題は,

政府に対する国民の信頼の回復に向けた統治と制度的改革によって支えられねばならない,

その信頼の欠如が低い納税率を助長し,投資を抑制し,経済成長を抑え込んでいるJ.そこで

この論文では多くの紙幅が統治と組織の改善のためになされるべき諸施策について割かれて

いる.経済分析の書というより行政改草の書という印象を受ける.

このように, r高成長と包括的成長に向けてのフィリピンの課題Jでは,フィリピン経済の

包括的・高成長にとって,統治と制度の改革・向上の必要性が一層強調される一方, rフィリ

ピンの決定的な発展制約要因Jが第4の制約の克服策として挙げた「工業基盤の多様化」を

受けて, r包括的成長のドライパー(推進力)Jという項目が置かれ,どの産業が競争力をも

つかについての考察が示されている.rどの産業やセクターが経済成長を加速させると同時に

包括的成長,貧困削減を生み出すのかワ需要サイドからは輸出と投資,特にインフラへの投

資が7-9%の成長を生み出しうる 生産サイドからは,包括的成長は,労働集約的あるい

16) ADB,“An Agenda for 即位田dInclusive Grov吋1in血ePh由ppines"by Cielto F. Hab出, 2010.

さらに続けて「新政府は以下の断固とした行動を通して,国民の信頼とビジネスへの信頼を再獲

得しなければならない 適切な資質のある人物を内閣 政府の要職につけること,汚職に対する

厳格な対処政策,政府内における透明性説明性のある強力な機構,プランやプロジェクト 予

算配分等における集中排除の強化,政策の一貫性と安定性,統治と開発におけるより広〈深い国

民の参加,政府の諸決定における迅速化であるJ.さらに必要な経済改革として rADBによって突き止められた決定的な重要な 4つの制約要因を

直接的に解決するために,経済成長の課題として最重要な 4つの目的がある ①課税収入の増加,

②インフラの劇的な拡大と改善,③大量の広範な企業発展,特に政府による中小企業発展支援

④資産改革と競争政策の強化による経済の民主化.…フィリピンのインフラ整備の遅れを取り戻

せるかどうかは,上述の歳入の増加が実現できるかどうかにかかっている」

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28 季刊経済研究第34巻第3・4号

は広範な前方後方関連効果を持つ産業が重要である.それらの産業は①農業とアグリビジネ

ス,②観光産業,③BPO.@:食品とデザイン性の高い製造業(高級衣料,家具や備品).鉱業」

とされる.

産業領域の選択は『開発計画』とよく似た選択である.ここでも.BPOを除いて高い産業

競争力を持つ産業はない.しかもフィリピン製造業の中で最も高い輸出能力を持つ製造業で

あるエレクトロニクスが入れられていない.実際の競争力を持つ産業の選択というよりは,

包括的成長,産業液及効果のある産業を重視している.製造業のなかでエレクトロニクスの

代わりに,高級衣料,家具等が選ばれている.このような産業がどの程度,フィリピン経済

の高成長に寄与しうるか疑わしい.フィリピンの経済発展における製造業の重要性は指摘さ

れるが,フィリピンの製造業の実態とその競争力についての十分な分析に欠けると言わざる

を得ない.

以上に見たようにアキノ政権もWBもADBも数多くあるフィリピンの経済成長制約要因の中

で①財政制約,②貧弱なインフラ,③悪い統治の 3点を決定的要因とする点で共通認識を有

している.r開発計画』のシナリオは,汚職の根絶 統治の向上→歳入の増加歳出の減少→

財政のゆとり→大量の公共投資・ PPPによる民間資本の参加→粗資本形成率の上昇→高成長と

いうシナリオである このシナリオは端的に言えばその選挙スローガンである「汚職が無け

れば貧困もないjというロジックである.

産業競争力の強化の必要性は『開発計画J.WB. ADBがともに認めるところではあるが,

その具体的内容に分け入るとその重点は異なっている WBは高成長を生み出す上で,健全

なマクロ経済政策を重視し,包括的成長の実現において農業分野での所得再分配と生産力

向上を重視する.ADBは高成長を生み出すためには「技術革新と製造業の規模拡大と多様

化」が必要であると指摘し,フィリピンの経済成長における工業発展の重要性を強調して

いる

第 3章 IT-BPO産業と包括的成長

次にWBとADBはフィリピンの経済発展におけるIT-BPO産業の役割についてどのような見

解を持っているのであろうか?

1 ADBの見解:否定

サーピス産業が経済発展に呆たす役割.IT-BPO産業が包括的成長に果たす役割について,

ADBは否定的見解を明確に示している.rアジア開発展望』の2007年版17)ではまず概要のとこ

17) ADB. Asian Development Oul1ook 2007; Grow的 amidch叫 ".2007.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 29

ろで, Iほとんどの固にとって, r二本足で歩く j,つまり工業とサービスを促進することこそ

が唯一可能な開発モデルである」とし,第3章「変化の中の成長」で, I二本足で歩くJとい

うセクシヨンの中でさらに詳しく述べている. I (歴史的に見れば)成長はアジアでもその他

の世界でも農業における産出高と雇用の比重の減少に強く比例している.・アジアの開発途

上国が今後発展していく上で,工業化と成長の『古いモデル』は適切なのであろうか?サー

ピス産業は新しい重要性を持ち,アジアの発展途上国を前進させる原動力 (locomotive) とな

るのだろうか?あるいは工業と製造業こそが唯一のダイナミズムを生み出す方法だろうか?

これがこのセクションで考察されるj

ここではアジアの中で,工業化が停滞している一方,新しいサ}ピス産業 (IT-BPO)が急

成長している経済としてインドとフィリピンが取り上げられ,そこでのIT-BPOセクターが考

察される この考察によるADBの見解は,インドと同様,フィリピンの場合も IBPOサーピ

ス産業の出現がフィリピン経済により高い成長経路をもたらすというパラダイムシフトの兆

候であるとは考えがたい.…急速な労働力の増加,工業部門の比重の低下,低い投資率,貧

弱な雇用創出という事態を前にして, BPOサービス産業のインパクトに対する過剰な期待は

現実的でない 工業と製造業の成長を阻んでいる制約の解決を図ることがより広範で大きな

効用を生み出すであろうJ.

さらに総括として以下のように述べている.

「サービスと工業の 2本足での前進は,過去における持続的な成長にとって重要な要素で

あり,将来において大きく変わると考えられる理由はない.経済が成長する時,サーピスと

工業はお互いに支えあう.工業が停滞しているところでは,サービス産業は農業部門から放

たれる労働者を吸引するという重要な役割を果たしてきたように思えるが,これらのサーピ

ス産業での仕事は多くは低い生産性部門である

工業化の停滞の理由は場所と時代によって異なる インドとフィリピンはそのいくつかの

諸要因を示している.貧弱な物的インフラは共通の要因の lつである.調整と制度上の失敗

はもう 1つの要因である.しかし,このような障害は排除不可能ではない.インドでの最近

の工業と製造業における進歩は持続するように思える 障害とその排除のための戦略はそれ

ぞれの国の事情によって異なる.

…より生産性の高いサーピスの飛ぴ地 (enclave)がIT-BPO産業セクターに生まれてき,こ

れらは目に見えてかつ貴重なベネフィットをもたらしている.しかし,雇用という視点から

みれば,農業がまだ支配的で人口周密な国々においては,これらのサーピス活動は雇用の創

出の助けになるとは思えない.ほとんど波及効果がない.さらに必要なスキルを持つ労働者

の供給制約が存在するJ.(pp.31O-311)

ここでのADBの見解は明確である この否定的見解はアジア経済全体についての見解であ

るが,以下2つのレポートはフィリピンのIT-BPO産業に焦点を合わせて書かれたものである.

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30 季刊経済研究第34巻第3・4号

ここでもADBはその否定的見解を明確に示している.

2007年にADBから発表された論文「フィリピンBPO産業の分析J(及び「フィリピンBPO産

業の投入産出分析J)18)では以下のように述べる.

「この論文はフィリピンBPO産業のセクタ一関連関の投入産出分析とその雇用と所得にお

けるインパクトを分析している セクター関連関の投入産出分析の結果は, BPO産業はフィ

リピン経済の他のセクターの生産を刺激するキー・セクターではないことを示す.しかしこ

のセクターの成長は雇用と所得に重要なインパクトを持っている もし適切な政策がとられ

て人的資本が改善されれば,フィリピンのBPOセクターは雇用創出セクターになりうるJ.

(p41)

「結論 ……最後の疑問として, 1つは,高等教育 (tertiary)を受けた労働者のプールがこ

のセクターの発展にとって不可欠となるが, BPOセクターの要求を満たすような高等教育に

投資し続けることはフィリピンにとって最適か ?2つは工学,統計学,経済学等を専攻した学

生はBPOセクターに対して適切なスキJレを欠いているのではないか ?J

ここではBPO産業を雇用創出という点でその貢献は認めているが, BPO産業に必要とされ

る人材への高等教育投資に対して疑問を投げかけている.

次のADBの2011年の論文「フィリピン経済の移行一一ご本足で歩く J19)では,フィリピン

経済の移行を工業とサーピスの 2本足で歩くことによって成し遂げるという意味のタイト Jレ

であり,これは2007年版の『アジア経済開発展望』によって提示された 12本足で歩く」を

意識したタイトルである.しかしこの論文の主旨は,フィリピンにとっての工業発展の重要

性の確認である.

「要約 ・・この論文は,フィリピンの貧弱な経済成長が工業化,特に製造業の成長の遅さ

に依る生産性の低成長に起因することを論じる.…(エレクトロニクス産業に)蓄積された

技術能力を活用するためのインセンテイプは基本的で永続的なインフラ不足と弱いピジネ

ス 投資環境によって弱められた.さらにこの論文は,サービスセクターの成長,特にBPO

サーピスのブームについて雇用創出という視点から分析している.結論は『工業化を飛び越

す』のではなく,増加する労働人口を吸収するためには,工業と産業の双方を発展させて 2

本足で歩く必要があるということであるJ. さらに IN. サーピス主導型成長 (Service.led

Grow由)-BPO産業は救世主か ?Jと聞い, IBPO産業は膨大な非熟練労働の雇用の必要性に

18) ADB,“An analysis of the Philippine Business Outsourcing Indus廿y,"ERD (Economic and

Research Deparlment) Working Paper Series NO.93 by Nedellyn Magtibay.Ramos, G四 unaEstra

and Jesus Felipe;さらに同じ論旨の論文が“Aninput.Ou旬utAnalysis 01 the Philippine BPO

lndustry," by Nedellyn Mag垣bay-Ramos,Gemma Es回 andJ esus Felipe, Asian-Pacinc Economic

μtera白re,2008としても公表されている

19) ADB,“Translorming tbe Philippine Economy: Walking on Two Legs," ADB Economics Working

Paper Series, by Norio Usui, No.252, March 2011.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 31

答えることはできない」とし,結論では以下のように述べている. I確かにBPO産業は助けと

なるが, BPO産業は工業化を飛び越して,フィリピンを発展させるとは言えない.ダイナミ

ァクな工業発展なくしては,フィリピンは高い失業率,緩慢な貧困削減,停滞する投資とい

う長年の問題に苦しみ続けるであろう. 日経済の移行には長期ピジョンと強い政治的リーダ

ーシップが必要である 成功したアジア諸国の政府は戦略的な公的投資と民間部門の直接的

な介入をして競争優位を作り上げた.能力のあるテクノクラートが適切な政策を実施し,工

業部門の発展の障害を取り除いた フィリピンはリージョンとグローパルな生産ネットワー

クの不可欠な一部となることができる.工業化の課題は時を待たないJ.

2 WBの見解:肯定

第2章で示したようにWBのフィリピンへの提言の重心は,地方の農村の貧困層に届くよう

な包括的成長の追及,分配政策に焦点が合わされていた.包括的成長におけるサーピス産業

の役割についての考察はなかった.しかし, 2011年のフィリピンの国別レポート副では, IT

BPO産業について特別に言及している.そこではWBはADBのようにIT.BPO産業は包括的成

長を生み出さないと断定しない.

「特別問題点 フィリピンにおけるサービスセクター」では「サーピスセクターは7イリ

ピンにおいて,包括的成長を促進する潜在カを有している.このセクターはすでに重要な雇

用創出とGDP成長の推進力である しかし仕事の質と生産性の上昇には至っていない.サー

ピスセクターが包括的成長の源泉となるためには,広範な政策を取ることが必要である.そ

れは価値連鎖の上部に行こうするための必要な高等教育インフラの改良,サービス企業が投

資し,草新的になるための投資環境の改善等である」と述べる.さらに続けて, Iフィリピン

は2000年代に持続的で高い成長を生み出したが包括的成長を生み出すのには失敗した」と指

摘した後,次のように述べている. Iサービスを通じた成長は持続的かつ包括的成長に貢献で

きる.…サーピスの成長が貧困の削減に関係がある事が国際的な実証によって明らかにされ

ているJ.そして「サービスをいかにして包括的成長に貢献させるか ?Jと問題を設定し,

「必要とされる高等人財育成への官民における投資,サーピス産業への外国直接投資の誘導,

投資環境の改善J等の必要な諸施策について指摘している.

さらにWBからはサーピス産業が経済発展に果たす役割を積極的に評価する著作が公表され

ている.ここで取り上げるのは, 1つは『南アジアにおけるサーピス革命j(2009年)2l)であ

り,もう 1つはフィリピンのBPOセクターに焦点を絞ったレポートである副.

20) WB,“Philippines Quarterly Update; Generating more lndusive Grow吐1,"June 2011.

21) WB, The Service Revoluti叩担Sou的Asia,edited by Ej田 Ghani,June 20ω.

22) WB,“BPO Sector Growth and lndusive Development in the Ph山ppm田"by Raja M. Mi回,

Janu抑 2011

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32 季刊経済研究第34巻第3・4号

『南アジアにおけるサービス草命』では,サービス産業が経済発展に果たす役割について

極めて論争的な主張を展開している 少し長いがその主張を見てみよう.r序jでは, rイン

ドとその他の南アジアの成長経験は,サーピス草命一一急速な所得の増加,雇用創出,男女平

等,貧困削減 は今や可能であると示唆している.どのような政策や制度がサーピス主導型

成長から便益を受けるために必要か? 農業から製造業を回避して置接サービスにジャンプ

L,過去20年間,高成長を維持しているという南アジアの成長パターンは注目に値する.産

業革命以来200年間にわたって維持されてきた鉄のような発展法則と矛盾しているかのよう

だ.この法則,今では陳腐な知恵となった法則は,工業化こそが急速な経済成長の唯一の道

であると述べている これはもはや当てはまらない.この本では我々は以下の点を示す,南

アジアの成長は事実上サービスによって導かれ,サービスの労働生産性は工業のそれを上回

り,インドにおけるサーピスセクターの生産性の上昇は,中国における製造業の生産性の上

昇に匹敵する.さらにサービス主導型成長は貧困削減に有効である.

ではサーピス主導型成長は持続的か?持続的である.理由はサーピスのグローパライゼー

ションはまだ氷山の一角しか現れていないからである.サーピス草命はサーピスの特徴を変

えた.サービスは今では,低コストで生産され,輸出される.サービスは輸送できず,輪出

入できず,測ることができないという古い概念は,現代の非人格的なサーピスにはない.発

展途上国はサーピス主導型成長を持続させる,なぜならキャッチアップと収紋の大きな余地

が残されているからである 教育,通信,連結性がサービス型成長を発火させる鍵である.

サービスが必要とするインフラは製造業と異なる..

サーピス主導型成長は南アジアにとって万能薬か?サーピスは決して工業の雇用創出に代

替できない. ... (膨大な労働人口を考えれば)甫アジアは製造業を無視できないが,東アジ

アの製造業主導型成長を盲目的に追随すべきではない

南アジアの成長経験は発展のレイトカマーに希望を与える.…発展に乗り遅れた国々は新

しいボートに乗ることができる.サーピスのグローパライゼーションは発展途上国にオール

ターナテイプな機会 製造業を越えたニッチを見つけ出し,工業と同じようにそこで専門化

し,大規模化し,急速な成長を達成できる.この本での議論の核心は,グローパライゼーシ

ヨンとともに多数の財やサーピスが生産され,貿易されるに従って,全ての閏々が比較優位

に従って発展できる可能性が増すという点である …我々はサービスが製造業や農業に対抗

すると言っているのではなく,工業化こそが唯一の発展の道であるという,永年持たれてき

た意見に対して議論しているだけであるj

この著書では,南アジアでは東Tジア工業化モデルとは違う発展形態一一サーピス主導型経

済成長の道があると主張している.そして「サーピス主導型成長は貧困削減に有効であるj

と主張している.インドにおけるサ}ピスセクターの経済成長に果たす役割については,米

国のNBERから,インドの中央統計局 (CSO:Cen仕alStatis世田 Office)の統計資料を用いて,

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 33

経済成長におけるサーピスセクターの役割とその雇用創出効果を定量的に分析している研究却

も出ている.

南アジア,特にインドにおけるIT-BPO産業の急成長と 1990年以降のインド経済の高成長に

ついてはよく知られている事実であり,インドのサービス産業が経済発展に与える影響につ

いても定性的,定量的研究が進められている

WBはフィリピンに対しても, IT-BPOセクターが包括的成長を導く潜勢力があるとする研究

「フィリピンにおけるBPOセクターの成長と包括的成長J24)を公表している.この研究で著者

のMitraは以下のように主張する

「本稿では, BPOと他のICTの発展が経済成長と社会経済的変革の主要な触媒となりうると

提起している.IT-BPOセクターの発展がフィリピン経済を変草l,包括的成長を生み出す潜

在力を持っと主張する. ...BPO産業はフィリピン経済に大きなインパクトを与える,他のICT

セクターの発展や園内におけるICTの使用が広範に起これば,特にそうである.…BPO産業の

規模や範囲が, ITサーピスや通信の一層の発展と同時に起こり,教育,科学技術の進歩が伴え

ば, BPO産業はフィリピン経済を変草l,国際経済における地位を変革する重要な要因とな

るJ.

「インパクトの総括 …(マクロの統計的分析以外の定性的分析として)IT-BPOセクター

の急速な拡大は次世代の学生達や起業家を鼓舞する.それは国内外に対してのデモンストレ

ーション効果を持ち,フィリピンが知識経済関連セクターで成功し広範な範囲で発展シナジ

ーを生み出していることを示す.それは国際ビジネス界でのフィリピンの地位を高め,新し

い投資の波が来たことを示す.それは・・持続的で包括的な成長を達成しうる経済への変革を

示す.

IT-BPO産業の直接的な経済インパクトは新しい雇用創出である.これは,税の徴収,慈善

活動,新たな起業を生み出す.さらに間接効果として,雇用,移民,所得,個人的富,エン

パワーメント,その他の社会経済的効果を生み出し,そのうちの幾つかはフィリピンの社会

経済的発展の意味合いを持つ.データとサーベイの欠如のため,様々なタイプのインパクト

を実証することはできないが,インタピューと上記の検討から以下のことがいえよう」とし

て 汀'BPO産業の拡大は社会的モピリティを高める; IT-BPO産業の主要なインパクトは

ミドルクラスへの影響であるが,より低所得層への直接的 間接的効果も大きい; IT-BOP

産業は新しい所得機会を与え生活費を上昇させ,所得格差を拡大させる一方,新しい民間で

の富を蓄積する; IT-BOP産業の成長は直接的・間接的な税の徴収を高めこの産業に与えた

23) NBER (National Bureau of Economic Research), NBER Working Paper Series寸heService

Sector as In也a'sRoad旬 EconomicGrow白,"by Barry Eichengreen & Poonam Gup白, February

2011.

24)注22)参照.

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34 季刊経済研究第34巻 第3・4号

免税を相殺する; IT-BOP産業の成長はCSRやNPO,7イランソロフィへとつながってい

く; その他にも,低所得者のエンパワーメントにもつながっていくーーと指摘し,それぞれ

についてさらに具体的事例を紹介している.最後にIT.司BPO産業の今後の諜題について次のよ

うに述べている.IIT-BPO産業の成長可能性と課題」として, 2010年代以降,以下の諸点への

取り組みが必要となると指摘する. 第1に,この産業の多様化とシナジー効果の必要,新

しいピジネスニッチ部門,サービスデリパリーや効率性を高めるビジネスモデルの追及,輸

出先の多様化;第 2に人材育成の必要;第 3に技術,生産性,品質,ビジネスプロセスの革

新への絶えざる注目;第 4に国内外の起業家の育成,投資,戦略的提携,海外移住者等のネ

ットワークの育成の必要;第 5にこの産業に対する投資環境の改善と全般的な投資環境の改

善一ーである.

Mitralまこの論文の冒頭で次のように述べている. I発展途上国において工業生産と同様, IT

の活用とITES'BPOが急速に発展しているのは既成の事実である.この傾向が途上国経済を

活気づけているということも指摘されているが,どのようにしてこのトレンドが社会に全般

的に影響を与えるかはまだ十分理解されていないJとし,この論文ではまだ論証に必要な統

計資料の十分な蓄積が無く,定性的研究とインタビュー調査に基づくとして, IT-BPOセクタ

ーの持つインパクトと,今後の課題を考察している.

以上に見るように, ADBとWBではIT日BPO産業が経済発展や包括的成長に果たす役割に対

する評価が大きく異なる.フィリピン経済が陥っている成長制約要因の 3要因の確定では

ADBもWBも同じ見解を示している.ADBはこの 3要因に加えて, I狭い工業(製造業)基盤j

を挙げている.この第4の制約要因からADBのフィリピンへの提言は製造業の多様化→新た

な産業政策の重要性→東アジア工業発展モデルの追及へと進んでいく.他方WBはフィリピン

の経済成長の 3制約要因についてはADBと認識を共有しているが, WBは製造業よりも農業を

重視し,地方の農村の貧困層に届くような包括的成長の追及に重点が移っていく.しかしも

う一方でWBはフィリピンのIT-BPO産業は包括的成長の触媒になる,もし政府が適切かつ広範

な政策を取るなら,包括的成長を生み出すと指摘している.

第 4章結ひ(-IT-BPO産業とGVCアプローチ

第3章で示したようにIT-BPO産業が包括的成長・経済発展を生み出す触媒,推進力になれ

るのか,もしそうであれば,どのような経路を通して包括的成長を生み出すのに貢献するの

か等々についてはまだ定見はない.IT-BPO産業は発生期の産業であり,それが今後どのよう

に発展し,どのような社会経済的インパクトを持つかは,現実の展開を待つ必要がある.IT-

BPO産業についての研究もこの現実の展開を待って初めて実証研究・定量研究が可能とな

る.

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フィリピンのIT-BPO産業と包括的成長 35

オフショアについては企業の経営戦略,労務管理等について,経営学の分野を中心に研究

が進められているが,これを産業として捉え,発展方向,産業内のネットワークや支配構造,

ホスト固における社会的経済的インパクトについての研究はまだ少ない.この産業について

は理論研究・実証研究の積み重ねが必要とされる.そのような中でGVCアプローチ却はIT-

BPO産業をオフショ 7 ・サービス産業と呼んで産業中心的アプローチによる研究を行ってい

る GVCアプローチでは,製造業(エレクトロニクス,自動車,アパレル等),アグリビジネ

ス,ロジスティックス,サーピス産業(オフショア・サービス産業,観光産業等)等の多く

の産業の国際価値連鎖,そのネットワ}クと支配の構造等,社会的・経済的アップグレイド

等について定性的・事例的研究が行なわれている.フィリピンはこのGVCアプローチによる

多くの産業研究の中で,オフショア・サーピス産業以外の産業では重要なケース・スタデイ

の対象固として取り上げられていない.これはGVCアプローチでは,フィリピンはオフショ

ア サービス以外の多くの産業において重要な国際価値連鎖の一環として認識されていない

が,オフショア・サービス産業では重要な国際価値連鎖の一環を構成すると認識されている

ということである.しかし付表5によって示されているように,フィリピンのオフショ 7・

サービス産業の国際価値連鎖に占めるポジションはインドと比べて非常に脆弱である.

現在フィリピンのIT-BPO産業は2007-08年米国発金融危機による世界不況以降も20数%の高

い成長率を示 l,2011年時点で総収入額110億ドル,雇用総数63.8万人, GDP比約 5%を占め

ている.そのサーピスの内容もコンタクトセンターだけではなく高付加価値のKPO等へのサ

ービスの多様化と地方都市への急速な伝播が見られるおしかしGVCアプローチの分析の示す

ところは,フィリピンが国際価値連鎖のより上位(より高付加価値)の階梯に上り,持続的

成長を遂げるためには,高度人材育成,投資誘導政策, ICTのさらなる高度化等々,多くの政

策支援が必要となる.Mi廿a論文も同様の指摘をしている.BPAPもフィリピンのIT-BPO産業

のさらなる前進にとって同じ見解を示し, rロードマップ2016Jで述べているように政府の支

25) Global Value Chain ApproachについてはDuke大学のGlobalValue Chainsのウエプサイト

(h句:11附 w.globa1va1uechains.org)から以下の文献を参考にした.

G. Gere節&K. Femandez-S回,rk.“The0百'shoreServices Globa1 Va1ue Chain," CGGC, D也 e

Universio/, March 2010; G. Gereffi & K. Fem阻 dez-S旬rk,“GlobalValue Chain Analysis A Prirner,"

CGGC, Duke Universio/, May 2011; K. Fer羽田dez-Stark,P. Bamber, G. Gere伍,“Chapter4 The

O脳lOreServices Global Value Chain: Economic Upgrading and Workforce Development" in Ski115

for 均Igrading:Workforce De悶 lopment却 dGlobalぬlueChain5 in Developing Co凹師e5,CGGC,

D由 eUniversity , November 20日;G. Gere伍&K.Fem田 dez-S阻止,“τ11eOffshore Services Value

Chain; Developing Coun恒esand由eCrisis, World Bank, Apri12010.

26)森津恵子 r7イリピンICTサーピス産業の地方展開J,r季刊経済研究j32巻 3.4号;2010年;

森津恵子「フィリピンオフショア受託生産の急成長と地方展開Jr世界経済評論j55巻 6号,

2011年,参照

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36 季刊経済研究第34巻第3・4号

援の強弱によって,その年成長率が異なると予測している27)

フィリピンのIT-BPO産業は2000年以降の揺箆期の高成長期(年率50%以上)を経て, 2010

年以降も年率20-30%で成長し続けている.オフショア世界市場も今後とも持続的に拡大し

ていくと予測されている.しかしオフショア市場の受け入れ園 地域間の競争は今後ますま

す激しくなると予測される このような時期にアキノ政権のIT-BPO産業支援の後退は, 21世

紀における歴史的機会を再び逃すことになりはしないか.フィリピンは1980年代後半から

1990年前半にかけて,東南アジアにおこった直接投資ブーム,それによる急速な工業化の進

展という, 20世紀末に出現した[歴史的好機」を一度逃している.その結果フィリピンの製

造業の競争力は隣国のタイ,マレーシア等のASEAN諸国と比べて比較劣位に陥った.2001年

に政権の座に就いたアロヨ政権はその『中期開発計画』でニュー・エコノミーの到来をつげ,

ICTとIT-BPO産業の成長に期待を寄せた しかし製造業の振興という点には力点を置かなかっ

た.アロヨ政権の10年間が終わり,アキノ政権下のフィリピンでは,製造業の停滞 遅れは

さらに決定的なものになった.しかもASE.必Jのレイトカマ}諸国(ラオス,カンボジア,、

ヤンマー)は労働集約的な工業製品の生産拠点として外資導入競争に参加してきた.フィリ

ピンは9,485万人 (2011年時点)という人口を抱えているが,低廉な労働力供給という点では

このレイトカマー諸国に及ばない.ADBは製造業の多様化・振興を軸にした東アジアモデル

の適用をフィリピンに示唆するが,東アジアモデルが出現した20世紀末と21世紀の現時点と

ではフィリピンがおかれているグローパル経済環境が大きく変わっている.

フィリピンにとって包括的成長の追及,貧困削減が重要課題であることは否定できない.

しかし『開発計画』では,包括的成長を実現する上で, 7-8%以上の経済成長を持続的に実

現する必要があるとしている.このような持続的な高成長を実現する上で,インフラ投資と

農業・農業関連ビジネスや中小企業,農村における分配政策を重視する政策で本当に実現で

きるのか?雇用を生み出す上でのサービス産業への注目にしても,国際競争力で比較劣位に

ある観光産業の諸支援策に高い優先度を持たせるような政策を取ることで, 6年間の治世にお

いて,持続的な高成長を実現できるのか?

1983-84年の対外債務危機以降,フィリピンにはIMFの厳L¥ρコンデシヨナリティが課され

た.現アキノ大統領の母であるコラソン・アキノが政権に就いた1986年以降,フィリピンの

経済計画からはIMF,WBの強い影響のもとに,産業政策が削ぎ落とされ,反マルコス体制を

27) BPAP, Philippine IT -BPO Road Map 201仕Driving曲 Globa1Leadership, 2010. BPAP (Business Processing Association of出ePhilippines)はフィリピンのIT-BPO産業の産業協会.rロードマッ

プ2016Jでは,フィリピンのIT-BPO産業の今後5年間の成長を 3つのシナリオで予測している.

アキノ政権からの支援が7ロヨ政権時よりも少ない場合の年平均成長率を15%,アロヨ政権と同

等の支援が得られる場合を20%,了ロヨ政権時以上の支援が得られる場合を25%と予測している

この『ロードマップJは2006年にアロヨ政権下で公表されたOffshoringand Outsourcing

Philippines: Road Map 2010に次ぐものである.

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フィリピンのIT・BPO産業と包括的成長 37

目指すために均衡財政,マクロ経済政策の安定が経済計画の第 lの目標とされた それ以降

フィリピン経済は低位均衡のトラップにはまり込んだ フィリピンが高成長を遂げるために

は,言うならばマクロ経済政策は受動的要因であり,能動的要因として,産業競争力の強化

とそのための戦略的な産業政策が必要である 具体的な産業別分析に基づいた戦略的な支援

策が要請される.ADBはフィリピンが低位均衡から抜け出すために「新たな産業政策」が必

要であると指摘した.ただlADBは,製造業の振興を中心とする東アジアモデルを見本にす

べきだと提言している.しかし今,フィリピンにとって必要な産業政策は,競争力のあるサ

ーピス産業を取り込んだ,新しい産業政策であろう.フィリピンが真に産業競争力の強化を

目指そうとするなら,国際競争力のある産業・サービスの育成・支援が必要である.インド

のIT-BOP産業のこれまでの目覚ましい成長に政府による積極的な支援が大きく貢献したこと

は広く認められているところである.

狭い財政制約のもとでアキノ政権にとって戦略的な産業政策支援のために割ける資金は多

くない.しかもその支援の対象産業の領域で高成長の可能性を持つ産業とPro戸.PoorGrow也を

生むと考えられている産業との二股になっている状況である.高成長を生み出している産業

とPro-PoorGrow血と結びついた産業・分野(農村におけるマイクロ・中小企業支援,住宅・

建設,農村関連産業)への支援を区別し,それぞれに適した戦略的な産業支援策政策が必要

であろう.

アキノ政権が包括的成長を重視するあまり, IT-BPO産業が必要な政策支援が得られず,そ

の潜在的可能性を十分開花させることができないなら,フィリピンは21世紀の歴史的好機を

再び逃してしまうかもしれない.

(2012. 7. 3 受理)

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38 季刊経済研究第34巻 第3・4号

付表 1 ASEAN諸国における粗資本形成率 :1994年-2010年(単位・%)

10.0

ヂ dF9 9 9 9ヂヂヂヂ ",<fr ",<3>'" ",<3><0 ",# ",# ",<3>'" ",<:>-$>

網"・.Philippines -・lndonesia 一一Malaysia 綱開帽・Thailand

Note: FOT 2010,仰のlabledata.foγMalaysia andτnailand aTcfor Ql 10 Q声明均.S側 γces:ADB-AsianD出 elopnientOutfook; Oificial Count~η StatiJtiα websites; NSCB

I.l.lJiJf : NEDA, Philippine Development Plan 2011却 11,Fi忠lre1.3.

付表 2 1人当たりGDPの年平均成長率 :1950年-2009年(単位:%)

L 鮒・r;r~点的附・80 側側側∞ 11ト10ngKon宮 9.2 7.1 6.8 5.4 3.0 3.2

Singapore 5.4 7.4 7.1 5.0 4.7 2,0

κ.01'哲a 5.1 5,8 5.4 守.7 5.2 3.5

すeJpei,China 7.6 9.6 9.3 8.2 5.5 之7

Malays治 3.6 3.4 5.3 3.2 4.6 2.2

Thaifand 5.7 .4.8 4.3 6..3 2.4 3.1

Indonesia 4.0 2.0 5.3 4.3 2.9 3.8

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出F庁:NEDA, Philippine Development Plan 2011.2011, Table 1.1.

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フィリ ピンのJT-BPO産業と包括的成長

付表3 フィリピンの貧困指数とジニ係数:1991年, 2003年, 2006年, 2009年

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30

20

10

。1991 ・GINIrotio

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2003 .Subsistence Incid朋 ω

出所:NEDA, Philippine Development Plan 2011・2011,Figure 1.2.

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付表4 財政・通貨 ・対外部門の中期目標:2011年~2016年

| 訓制2 2013 2014 2015 2016

日s叫Balance(% 01 GOP) .3.2 -2.6 -2.0 ‘2.0 -2.0 -2.0

Inflation rate (%) 3.0-5.0・J 3.0-5.001 3.0・5.01:1 3.0-5.0 bl n.a n.a

Expo市 (USSBn)C/ 55.3 -55.8 62.5 71.3 813 94.3 1094

Growth rate (%) 9.0 -10.0 12.0 14.0 14.0 16.0 16.0

' Imporls (USSBn) C/ 71.5 -72.1 85.1 100.4 118.5 141.0 167.8

I Gmwth rate (%) 17.0 -18.0 18.0 18.0 18.0 19.0 190

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出所:NEDA, Philippine Developmellt PlaIl2011-2011, Table 2.5.

39

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第 3・4号第34巻季刊経済研究40

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