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50 1. The MOOC 革命 ニューヨークタイムズ紙は、2012 年を「The Year of the MOOC」と名付けた。大学教育 に対する革命が始まったのだ。そして、2012 年 6 月、Udacity 2 がサンノゼ州立大学 3 と共 に単位取得のオンラインコースを始めた。同 年 11 月 に は、ACE 4 が Coursera 5 を大学単 位として推奨する方向へ動き出したことで、 アメリカでは MOOC が大学教育を革命する とまで言われはじめた。 Udacity の創設者であり CEO であるセバ スチャン・スラン氏は、「50年後、世界に残 るのは 10 の高等教育だけだろう。そして、 我々 Udacity はその一つとなるだろう」と 言った。 世界に 10 の高等教育機関しか残らなかっ たらどうなるだろうか。アメリカンフットボー ル、アイビー・リーグ、そして、日本では箱 根駅伝が消えてしまう。アイビー・リーグに は、上流階級や富裕層の師弟が進学し、各界 に広範な人脈を形成している。 世界に 10 の高等教育機関しか残らないと いうのは、社会の利権、文化、政治、そして 価値観が変化するだろう。 MOOC の起こす革命は、大学教育の革命 のみならず、世界の文化を変えるものなので ある。 2013 年に入ると、MOOC はさらに勢いを 増 し た。 メ リ ー ラ ン ド 大 学 6 副学長で Educause 7 の フ ェ ロ ー で も あ る Brian D. Voss は、大きな恐竜に象徴される大学が、 小さな隕石によって破滅されるイラストを MOOC による大学の破滅の予兆として、紹 介している。 2. MOOC の変容 MOOC が Hype であると言われはじめた のが、2013 年後半である。プロダクトのラ イフサイクル示す、ガートナーのハイプ・サ イクルにおいて、MOOC は流行期(Peak of Inflated Expectations)を過ぎ、今後、幻滅 期(Trough of Disillusionment)に向かって いくとの見解である。(図2) 図 2 MOOC のハイプ・サイクル 前述の Udacity とサンノゼ州立大学による オンラインコースの結果は、学習完遂率が、 通常授業の受講者に比べ明らかに低い結果に 終わっていた。それに対し、2013 年の 10 月、 ポスト MOOC と日本の大学経営 堀 真寿美 特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアム TIES 1 企画室長 帝塚山大学 概要:米国では、Post MOOC という議論が、ここ数ヶ月で急速に進んでいる。この一年ほどの間、大学は MOOC によっ て取って代わられ、消えてしまうのでは無いかという議論がなされる一方で、それに対する軋轢も発生し、大学教員が MOOC の受入を拒否すると言った事態も生じている。Post MOOC では、このような傾向はますます強くなるだろうか。我々 は、Post MOOC を意識した学習統合環境(VLE)の開発を進めており、その立場から、Post MOOC のもたらす大学への 影響を考察する。 キーワード:MOOC 1 http://www.cccties.org/ 2 https://www.udacity.com/ 3 http://www.sjsu.edu/ 4 American Council on Education 5 https://www.coursera.org/ 6 http://www.umd.edu/ 7 http://www.educause.edu/

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    1. The MOOC 革命

    ニューヨークタイムズ紙は、2012年を「The Year of the MOOC」と名付けた。大学教育に対する革命が始まったのだ。そして、2012年 6 月、Udacity2 がサンノゼ州立大学3 と共に単位取得のオンラインコースを始めた。同年 11 月には、ACE4 が Coursera5 を大学単位として推奨する方向へ動き出したことで、アメリカでは MOOC が大学教育を革命するとまで言われはじめた。

    Udacity の創設者であり CEO であるセバスチャン・スラン氏は、「50 年後、世界に残るのは 10 の高等教育だけだろう。そして、我々 Udacity はその一つとなるだろう」と言った。

    世界に 10 の高等教育機関しか残らなかったらどうなるだろうか。アメリカンフットボール、アイビー・リーグ、そして、日本では箱根駅伝が消えてしまう。アイビー・リーグには、上流階級や富裕層の師弟が進学し、各界に広範な人脈を形成している。

    世界に 10 の高等教育機関しか残らないというのは、社会の利権、文化、政治、そして価値観が変化するだろう。

    MOOC の起こす革命は、大学教育の革命のみならず、世界の文化を変えるものなのである。

    2013 年に入ると、MOOC はさらに勢いを増 し た。 メ リ ー ラ ン ド 大 学6 副 学 長 で

    Educause7 の フ ェ ロ ー で も あ る Brian D. Voss は、大きな恐竜に象徴される大学が、小さな隕石によって破滅されるイラストをMOOC による大学の破滅の予兆として、紹介している。

    2. MOOCの変容

    MOOC が Hype であると言われはじめたのが、2013 年後半である。プロダクトのライフサイクル示す、ガートナーのハイプ・サイクルにおいて、MOOC は流行期(Peak of Infl ated Expectations)を過ぎ、今後、幻滅期(Trough of Disillusionment)に向かっていくとの見解である。(図 2)

    図 2 MOOC のハイプ・サイクル

    前述の Udacity とサンノゼ州立大学によるオンラインコースの結果は、学習完遂率が、通常授業の受講者に比べ明らかに低い結果に終わっていた。それに対し、2013 年の 10 月、

    ポスト MOOC と日本の大学経営

    堀 真寿美特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアム TIES1 企画室長

    帝塚山大学

    概要:米国では、Post MOOC という議論が、ここ数ヶ月で急速に進んでいる。この一年ほどの間、大学は MOOC によって取って代わられ、消えてしまうのでは無いかという議論がなされる一方で、それに対する軋轢も発生し、大学教員がMOOCの受入を拒否すると言った事態も生じている。Post MOOCでは、このような傾向はますます強くなるだろうか。我々は、Post MOOC を意識した学習統合環境(VLE)の開発を進めており、その立場から、Post MOOC のもたらす大学への影響を考察する。

    キーワード:MOOC

    1 http://www.cccties.org/2 https://www.udacity.com/3 http://www.sjsu.edu/4 American Council on Education5 https://www.coursera.org/6 http://www.umd.edu/ 7 http://www.educause.edu/

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    スランは “我々は,他の人々も私自身も期待したような教育ができていない。お粗末な製品しかない…苦渋の決断をする” と、IT 雑誌に発表したことをきっかけに、一気にMOOC は、次の時代、post MOOC era が始まった。

    Udacity は、 学 位 取 得 を 目 的 と し たMOOC から撤退し、企業研修のためのMOOC に注力していくと宣言した。一方、edX8 は、MOOC の Massive(大規模)の概念にこだわらない、Small Private Online Courses & Selective Open Online Coursesを取り入れた「SPOCs & SOOCs」という新しいオンラインコースを発表した。SPOCsは、選抜された人々を対象とした反転教育である。edX は、Face-to-Face の教育の場として、再び、大学にその教育機関としての役割を求めたのである。

    3. 大学にとってのMOOCとは

    「大学が現在のオンライン教育の発展を無視し、そして MOOC を単なる講義ビデオと考えているとしたら、それは危険なことである。学生がレクチャービデオを好んだとしたら、大学はどういう付加価値を出せるか」と、BBC9 の解説員は語っている。

    大教室での授業では、集中して授業を受けることができない場合もある。帝塚山大学で、オンライン授業と教室での通常授業を同時に開講したところ、熱心で成績のいい学生はオンライン授業を選択する傾向にあった。彼らは、一様に、オンライン授業の方が教室での授業より、集中して学習に取り組めたと言っている。

    post MOOC を迎えた今、教室を持った大学は、学習者にどのような付加価値を提供できるのか、真剣に考えていかなくてはいけないと思われる。

    4. 日本のOpen Education

    日本における Open Education は、2000 年初頭、WIDE プロジェクト10 の一環として、School on Internet(SOI)から始まった。そして、我々も同時期に TIES によりインターネットによる講義公開を開始していた。これ

    らは、アメリカと比較しても早い取り組みである。しかし、日本の閉鎖的な市場、資金難により、このアメリカに先駆けて行われたイノベーションは、死の谷に飲み込まれていってしまった。

    Google トレンドで MOOC を検索したものが図 3 である。グレーで示されているのが世界の MOOC のトレンドである。

    2012 年度辺りから一気にトレンドが上昇し、2013 年に入ってもさらに上昇している。一方、折れ線グラフは各国別のトレンドである。2013 年に、フランスや中国等の、非英語圏で一気に MOOC がトレンドになっている。日本では、JMOOC11 の発表があった、2013年の秋に一瞬、トレンドとなり、その後、下がっているのが興味深い。

    図 3 Google トレンドによる MOOC

    MOOC の国内での普及に関しては、様々な議論がされている。MOOC のオンラインコースは、多くが英語である。言語の壁により、日本では普及しないという意見もある。しかし、Coursera などは、オンラインコースの日本語翻訳が開始され、言語の壁はなくなりつつある。また、日本は高等教育を母国語でできる数少ない国であり、外国のMOOC をあえて学ぶ必要はないという意見もある。

    次に、MOOC の企業に対する影響について検討する。企業の採用人事の目的は、低コストで優秀な人材を調達である。日本は主として、新卒採用を行っている。その際、出身大学が重要な採用基準となっている。しかし、MOOC によりさまざまな大学の certifi cationのバッジが出るようになると、日本の大学を卒業した人よりも、MIT の授業を受けてバッ8 https://www.edx.org/

    9 英国放送協会10 http://www.wide.ad.jp/ 11 http://www.jmooc.jp/

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    ジを取った人の方が採用される時代が来るかもしれない。

    そして、MOOC の大学に対する影響は、一般講義は MOOC で充分であり、大学の役割は実習や演習のみになるかもしれない。

    研究も、日本の大学である必要はない。そうなると、50 年後の日本の大学はコンテンツ提供大学と学位発行機関、インフラ維持機関の 3 つだけになるかもしれない。

    5. CHiLOsプロジェクト

    MOOC の課題は次の様な物が上げられる。● プラットフォームのスケーラビリティ● 高コストなユーザー認証● 学習完遂率● 大規模な学習者に対する学習指導法● 既得権者の抵抗● ビジネスモデル

    現在、我々が開発している CHiLOs は、日本の数少ない Open Education のノウハウにより、これらの課題を解決している。

    特徴は、学習者同士が教育しあうこと、学習者自身が自分のカリキュラムを作ること、である。

    CHiLOs の目標は、自分自身のために学ぶこと、人生を豊かに生きるために学ぶことであり、本来の高等教育の目的を、取り戻していきたいと考えている。

    CHiLOs には 4 つの特徴がある(図 4)。1つは、CHiLO Lectures である。MOOCs では 20 ~ 30 分で配信されているレクチャービデオを短くキーワードごとに分割し、一分単位で学びやすくしたナノレクチャーを電子書籍に埋め込んでいる。

    次にCHiLO Booksである。ナノレクチャーが埋め込まれた電子書籍とLMSを連携させ、電子書籍から、オンラインテストやフォーラムなどのオンラインコンテンツにアクセスできる。

    そして、CHiLO Badges では、LMS により学習完遂を証明するオープンバッジを提供している。

    最後に、CHiLO Community では、この電子書籍の学習者によるコミュニティにより、学習者同士がお互い助け合いながら学習する

    (図 5)。

    図 4 CHiLOs

    図 5 CHiLOs による学習環境

    6. さいごに

    2013 年 11 月に、Coursera に 2,000 万ドルの追加投資が決まったというニュースが流れた。MOOC に対する批判もあるが、まだ大学の授業革命の波は変わっていない。ただ、アメリカの MOOC は、企業のためのものになっているのではないかと危惧している。本来の高等教育を取り戻し、Massive なオンライン教育をやっていくことが、CHiLOs の目指すところである。我々は電子書籍による新たなオンライン・エデュケーションを日本から提供していきたい。