感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域...

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1 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域構造に注目した検討― 教育学研究科教育心理学コース 美知子

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感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

―自伝的記憶の領域構造に注目した検討―

教育学研究科教育心理学コース

榊 美知子

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本論文は以下の著書及び学術論文をまとめたものである。

≪第 2 章≫

榊 美知子 (2006). 感情と記憶 北村英哉・木村晴(編著) 『感情研究の新

展開-感情をめぐる心の働き-』 ナカニシヤ

≪第 3 章~第 6 章≫

Sakaki, M. (2007). Semantic self-knowledge and episodic self-knowledge:

Independent or interrelated representations? “Memory”, 15, 1-16.

≪第 7 章≫

榊 美知子 (2006). エピソード記憶と意味記憶の区分-自己思惟的意識に着目

して- 『心理学評論』 , 49, 627-643.

≪第 8 章≫

榊 美知子 (2007). 自伝的記憶の感情情報はどのように保持されているのか-

領域構造の観点から- 『教育心理学研究』 , 55, 184-194.

≪第 9 章~第 11 章≫

Sakaki, M. (2007). Mood and recall of autobiographical memory: The effect

of focus of self-knowledge. “Journal of Personality“, 75, 421-450.

≪第 12 章≫

Sakaki, M. (2004). Effects of self-complexity on mood-incongruent recall.

“Japanese Psychological Research”, 46, 127-134.

≪第 13 章~第 14 章≫

榊 美知子 (2006). 自己知識の構造が気分不一致効果に及ぼす影響 『心理学

研究』 , 77, 217-226.

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第Ⅰ部

問題・目的

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第 1 章 感情と認知的処理

人の心的処理には,情的側面である“感情”と知的側面である“認知”とい

う 2 つの側面がある。一般に,“認知”とは,推論・記憶・問題解決・意思決

定など,人の持つ高次の知的機能を反映するものと考えられ,高い合理性を備

えたものとみなされる。それに対して,“感情”は非合理的なものであり,“認

知”とは全く異なる性質を持っているとみなされる。しかし,“憂鬱な気分にな

って悲しい経験ばかりを思い出す”,“嬉しくて楽観的な判断を行ってしまう”

といった日常経験からも分かるように,認知的処理はその時の感情により大き

な影響を受けている。従って,人の認知的処理を包括的に解明するためには,

認知的処理を単独で検討するだけではなく,感情の影響を含めて認知的処理を

検討する必要があると考えられる。

しかし,認知心理学や社会心理学では,長い間,感情は誤差要因として排除

されてきた。そもそも,感情は極めて主観的な概念であり,人は他者の感情を

客観的に観察することはできない。他者の感情だけではない。先行研究では,

人は自分自身の感情状態でさえ,正確に把握できないことが指摘されている

(e.g., Ciarrochi, Chan, & Caputi, 2000; Mayer & Gaschke, 1988; McFarland

& Buehler, 1997; McFarland, White, & Newth, 2003)。このように,感情はつ

かみどころがなく,非常に曖昧な概念である。こうした感情の曖昧さゆえに,

認知的処理に対する感情の影響が軽視されてきたと考えられる。そこで本章で

は,感情に関連する先行研究を概観し,感情の定義を明確化する。それを踏ま

えて,感情が認知的処理に及ぼす影響について議論することとしたい。

1.1. 感情の基本的な次元

感情の定義の難しさの 1 つは,感情の多様性にあると考えられる。一口に“感

情”と言っても,喜び・怒り・悲しみ・自己嫌悪・恥など,様々なものが存在

する。こうした多様なものを 1 つにまとめているために,“感情とは何か”が

曖昧になっていると考えられる。感情の定義を明確化するためには,“多様な感

情がどのような次元で捉えられるのか”を理解する必要がある。

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こうした問題意識に基づき,先行研究では,感情の基本的な次元に関して研

究が行われてきた (e.g., Green, Goldman, & Salovey, 1993; Russell & Carroll,

1999, 1999b; Watson & Tellegen, 1985, 1999)。これらの研究では,主観的な

感情経験を測定する自己報告式尺度をもとに,因子分析による検討が行われて

いる。その中で,感情は以下の 2 つの次元で捉えられることが見出されている。

第一に,“感情価 (valence)”という次元が挙げられる。感情価とは,感情の意

味を反映するもので,“感情が当人にとってポジティブな意味を持っているか,

ネガティブな意味を持っているか”を表すものである。それに対して,感情の

第二の次元として挙げられるのが“覚醒 (arousal)”という次元である。覚醒と

は,感情がもたらす身体的・認知的喚起の程度を示すもので,“感情が強い喚起

をもたらすか,喚起を低下させるか”を表している。また,感情価と覚醒は直

交しており,あらゆる感情は覚醒と感情価から構成される 2 次元平面によって

捉えられることが示されている (Figure 1.1)。

感情価と覚醒という 2 次元が見出されているのは,主観的感情経験に関する

研究だけではない。Shaver, Schwartz, Kirson, & O'Connor (1987)は,感情語

の構造に関して検討を行い,同様の 2 次元を見出している。彼らは 135 語の感

情語を 1 語ずつカードに記入した。そして,これらのカードを参加者に与え,

自由にカテゴリ分けするよう求めた。こうして得られた結果について多次元尺

度法による分析を行ったところ,感情価と覚醒という 2 次元が確認されている。

また,近年の神経科学的研究では,感情価と覚醒はそれぞれ異なる神経基盤を

興奮・歓喜・熱狂的

快 幸せ・楽しい・満足

平静・安心 憂鬱・退屈

みじめ・不幸・不満 不快

緊張・心配・動転 覚醒

感情価

Figure 1.1. 感情の2次元 (Russell & Carroll (1999)を改変)

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持つことが明らかにされている (e.g., A. K. Anderson et al., 2003; A. K.

Anderson & Sobel, 2003; Kensinger & Corkin, 2004)。以上の研究に基づくと,

“感情価と覚醒が感情の基本的な次元である”という結論は妥当なものと考え

られる。

1.2. 感情の生起プロセス:自動的な状況評価

前節で述べたように,感情は基本的には感情価と覚醒という 2 次元で捉える

ことができる。従って,“感情価と覚醒が何に起因するのか”を特定すれば,感

情の定義も明確化されうると考えられる。そこで本節では,感情の生起メカニ

ズムに関する研究を概観し,感情価と覚醒を規定する要因を特定する。

1.2.1. 感情価と覚醒の規定因

感情の生起メカニズムに関する初期の研究では,“感情が認知的処理に基づい

て生起するのか,認知的処理とは独立に生起するのか”に関して論争が行われ

てきた (レビューとして Izard, 1992; Lazarus, 1999)。しかし近年では,感情は

認知的評価 (cognitive appraisal)によって生起することが広く受け入れられて

いる (e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner, 1990; C. A.

Smith & Ellsworth, 1985, 1987; C. A. Smith & Kirby, 2001)。そして,感情の

基本的な次元である感情価や覚醒も,こうした認知的評価によって規定されて

いると考えられている (レビューとして C. A. Smith & Kirby, 2001)。

C. A. Smith & Kirby (2001)によれば,人は特定の状況に直面すると,“状況

が自分自身にとってどのくらい重要か(目標関連性)”,“状況が自分の目標と一

致しているか(目標一貫性)”に関して自動的に評価を行うと考えられる(1次

的評価 ; primary appraisal)。こうした評価の結果,“自分自身にとって非常に

重要である”と判断された場合には高い覚醒を持つ感情が生起すると論じられ

ている。それに対して,“それほど重要な状況ではない”と判断された場合には,

低い覚醒の感情が生起すると考えられている。また,“自分の目標と一致してい

る”と判断された場合には,ポジティブな感情が生起するのに対して,“目標と

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一致しない状況だ”と判断された場合には,ネガティブな感情が生起すると考

えられている。以上の議論に基づくと,目標関連性に関する評価結果が覚醒を

規定しており,目標一貫性に関する評価結果が感情価を規定していると考えら

ることができる。

1.2.2. 自動的な状況評価を裏付ける知見

実際,状況の自動的評価を裏付ける知見も提出されている。例えば,非脅威

刺激に関しては,閾下で呈示されると検出できないのに対して,脅威刺激が閾

下呈示された場合には,刺激を検出できることが示されている (e.g., Beaver,

Mogg, & B. P. Bradley, 2005; Öhman, Flykt, & Esteves, 2001)。また,

Kensinger, Piguet, Krendl, & Corkin (2005)は,感情的刺激を検出するよう明

示的に求められない状況でも,人は感情的刺激に注意を向けてしまうことを見

出している。

神経科学的な研究においても,状況評価の自動性が指摘されている。通常の

情報処理においては,目や耳を通して入力された情報は,まず感覚野に送られ

る。そして,感覚野において感覚的な処理が行われた後,側頭葉において意味

的な分析が行われることが明らかにされている (レビューとして Emery &

Amaral, 2000)。ただし,感情に関わる状況評価は,側頭葉における意味的分

析に先行して行われることが指摘されている (レビューとして LeDoux, 1996,

2000)。具体的には,感覚器から入力された情報が感覚野に送られる前に,扁

桃体 (amygdala)という脳部位に送られ,扁桃体が“状況が脅威を持っているか,

報酬を持っているか”をすばやく評価していることが示されている (e.g.,

Williams et al., 2006)。このことから,入力情報が感覚的処理や意味的処理を

受ける前に,扁桃体はすばやく状況の評価を行っていると考えられる。

更に,感情の機能に関する研究でも,状況評価の自動性が指摘されている。

これまでの研究で,感情の顔面表出に関しては通文化的に同じ表情が認められ

ること (e.g., Ekman, 1992),文化圏に関わらず感情に先行するイベントが類似

していること (e.g., Scherer, Summerfield, & Wallbott, 1983),動物も人と同じ

ように感情を顔面に表出すること (e.g., Aggleton & Young, 2000)などが明らか

にされている。感情の機能に関する研究では,これらの知見を踏まえて,感情

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は,生殖や防衛・攻撃などの適応課題に対処するために進化したものとみなさ

れている (e.g., Izard, 1992; LeDoux, 2000)。そして,“どの状況にどの感情が

生じるか”は生得的にある程度決まっており,状況に対する自動的な評価によ

って感情が生起すると論じられている (e.g., Damasio, 2000; Ekman, 1999)。以

上より,人は状況の感情的意味を自動的に評価するメカニズムを持っていると

結論付けることができると考えられる。

1.3. 感情の生起プロセス:状況の意識的な評価

ただし,“感情は覚醒と感情価という 2 次元で捉えられる”という議論には

疑問も残る。確かに,覚醒と感情価から構成される 2 次元平面 (Figure 1.1)を

想定すれば,あらゆる感情を平面のどこかに位置づけることができる。しかし,

覚醒と感情価という 2 次元だけで,全ての感情を完全に捉えることができる訳

ではない。例えば,怒りと恐れは,主観的には全く異なるものとして経験され

ることが指摘されている (e.g., Shaver et al., 1987)。しかし,感情価と覚醒と

いう 2 次元のみを想定する立場 (Russell & Carroll, 1999b; Watson & Tellegen,

1985)に立つと,怒りも恐れも,ネガティブで,覚醒が高い感情状態として捉

えられ,両者は弁別することができない。同様に,誇らしさと喜びは主観的に

は異なるものとして経験されるが,いずれもポジティブで中程度の覚醒を伴う

ものとみなされてしまう。このように,覚醒と感情価だけでは,個々の感情を

弁別することはできない。1 次的評価は感情の生起プロセスの一部に過ぎず,

更なるプロセスを明確化する必要があると考えられる。

実際,感情の生起プロセスに関しては,1 次的評価に加えて,2 次的評価

(secondary appraisal)の存在が指摘されてきた (e.g., C. A. Smith & Kirby,

2001)。上述のように,状況に対する自動的な評価(1 次的評価)によって,感

情価と覚醒が決まると考えられる。こうした 1 次的評価の結果を踏まえて,次

に“状況は自分の責任か”,“状況は他者の責任か”,“状況が改善する可能性が

あるか”といった点に関して評価が行われる (2 次的評価 )。1次的評価が自動

的に生起するのに対して,2 次的評価はあくまでも意識的な処理である。この

ような 2 次的な評価によって,感情の細分化が可能になり,“ネガティブ感情

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の中でも,怒りが生じるのか,恐れが生じるのか,不安が生じるのか”が決ま

ると考えられている。

こうした 2 次的評価の重要性を指摘する研究も数多く存在する。例えば,C.

A. Smith & Ellsworth (1985, 1987)は,責任の所在(状況が自分の責任か,他

者の責任か),必要な努力(状況に対処するためにどの程度の努力が必要か),

不確実性(状況がどの程度不確実か),制御可能性(状況はコントロール可能か),

公平さ(状況は公平なものか)など,1 次的評価にはない様々な評価次元を同

定した。そして,15 個の異なる感情状態を取り上げ,それぞれの感情が異なる

評価結果に基づいていることを明らかにしている。具体的には,怒りが“目標

に反する結果が他者の責任で生起した”という評価に基づいて生起するのに対

して,恐怖は“状況の不確実性が高い”という評価に基づいて生起することが

示されている。また,C. A. Smith (1989)は,状況に対する 2 次的な評価が,

感情経験に伴う自律神経系の反応にも影響を与えることを明らかにしている。

1.4. 状況評価の産物としての感情

以上の議論から,感情を捉える基本的次元( i.e., 覚醒・感情価)は,状況に

対する評価によって規定されていると考えられる。更に,覚醒と感情価のみな

らず,感情を細分化し個々の感情を弁別する際にも,状況の評価が重要な役割

を果たしていることが示唆された。これらより,感情は基本的には状況評価の

産物として捉えられるものと考えられる。

具体的には,人は“状況が個人にとって有益なものか脅威を持つものか”に

関して自動的に評価するメカニズムを持っていると考えられる。ただし,人は

状況を自動的に評価できるだけではない。自動的評価の結果を踏まえて,状況

の意識的な評価を行い,状況の性質をより詳しく同定することができる。こう

した自動的な状況評価や意識的な状況評価の結果,身体レベルでは発汗や筋収

縮,瞳孔散大といった様々な身体反応が発現し,意識レベルでは主観的経験の

変化などが生じると考えられる。感情とは,状況評価によって生じるこれらの

反応の集合とみなすことができる。そこで本論文では,状況評価という観点に

立ち,感情を“「状況が脅威や報酬を持っているか」に関する自動的,意識的な

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評価によって生じた意識レベルの反応,身体レベルの反応の総称”と定義する。

1.5. 感情が認知的処理に及ぼす影響

前節で述べた感情の定義に基づくと,感情が認知的処理に深く影響を与えて

いる可能性が示唆される。そもそも,“状況が脅威や報酬を持っているか”に関

する評価は,認知的処理の一種と考えられる。感情がこうした認知的処理に依

拠して生起している以上,“感情は不合理で,認知は合理的”という感情と認知

の対立構図は成立し得ないことになる。感情の中にも,認知的処理に見られる

ような合理性が存在している可能性がある。同様に,認知的処理においても,

感情に見られるような非合理性が見られる可能性がある。

更に,適応的な観点からも,感情が認知的処理に影響を与えている可能性が

示唆される。上述の定義によれば,感情は“状況が脅威を持っているか,報酬

を持っているか”に関する状況評価の産物と捉えられる。こうした状況評価の

結果,“状況が脅威を持っている”と判断された場合には,記憶や判断などの高

次認知処理も脅威に備えることが適応的と考えられる。逆に,“状況に脅威が存

在する”という評価が行われているにも関わらず,記憶や判断といった他の認

知的処理がこうした状況評価の影響を受けず,脅威に備えることができないの

であれば,人間は進化の過程の中で淘汰され,これまで生存を維持することは

できなかったかもしれない。同様に,“状況が報酬を持っている”と判断されて

いるにも関わらず,他の認知的処理が感情の影響を受けず,報酬に備えること

ができないのは極めて不適応的と考えられる。“状況が報酬を持っている”と判

断された場合には,報酬を確保するために,様々な認知的処理を備える必要が

ある。このように,感情を状況評価の産物と捉えると,適応的観点からも,感

情が認知的処理に影響を与えることは極めて当然のことと言える。

そこで本論文では,感情が認知的処理に及ぼす影響を明らかにすることとし

たい。ただし,一口に“認知的処理”と言っても,判断や記憶想起,確率推論

や原因帰属など,様々な処理が考えられる。これまでの研究では,感情が記憶

の想起に及ぼす影響も (e.g., Bower, 1981; Ehrlichman & Halpern, 1988),判

断に及ぼす影響も (e.g., Bower, 1991; Forgas, 1995),原因帰属に及ぼす影響も

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(e.g., Forgas, Bower, & Moylan, 1987),一括りにされ,同じメカニズムとして

議論されてきた。しかし,こうしたアプローチを採用している限り,感情が認

知的処理に及ぼす影響の詳細を明らかにすることはできないと考えられる。そ

こで本論文では,自伝的記憶 (autobiographical memory)の想起に焦点を当てる。

自伝的記憶とは,人が過去に経験した出来事に関する具体的な記憶で,“小学 6

年生の頃,京都に修学旅行に行った”など,時間や空間情報を含む記憶を指す。

こうした自伝的記憶の想起に焦点を当てることには,2 点の意義があると考

えられる。第一に,自伝的記憶の想起は,判断や原因帰属や確率推論といった

他の様々な認知的処理の基盤となっている可能性がある。例えば,他者の性格

特性について判断する際には,当該他者に関する過去経験を想起し,それに基

づいて判断すると考えられる。同様に,自己の失敗の原因を帰属する際には,

自己の過去経験を想起し,こうした過去経験に基づいて失敗の原因を推論する

と考えられる。従って,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を解明すること

で,感情が他の認知的処理に及ぼす影響にも示唆を与えることができると期待

される。第二に,次章で述べるように,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

は,感情の自己制御 (emotion regulation)と密接な関わりを持っている。従って,

“感情が自伝的記憶の想起にどのような影響を与えているのか”を解明するこ

とで,ネガティブ感情の効果的な自己制御方略にも示唆を与えることができる

と考えられる。

1.6. 感情と気分と情動

これまで述べてきたように,本論文では,状況の報酬や脅威に対する評価の

産物として感情を捉え,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を検討する。た

だし,状況判断によって生じる反応にはいくつかの種類がある。例えば,森を

歩いていて熊に出会ったとしよう。LeDoux (1996)が指摘しているように,こ

うした状況では,血圧や心拍数が上昇し,手のひらの発汗,瞳孔の散大など,

身体中が緊張し,熊から逃げる身体的な準備が整えられると考えられる。“頭が

真っ白になる”という表現からも分かるように,意識的にはほとんど何も考え

られなくなってしまうのではないだろうか。それに対して,友人と喧嘩した後

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には,熊に出会ったときほどの身体反応は生じまい。そして,“なぜ喧嘩してし

まったのだろう”,“どうしたら仲直りできるだろうか”など,意識的にも様々

なことを考えることができるだろう。このように,一口に“感情”と言っても,

熊と遭遇したときのように身体レベルの反応が優勢の場合もあれば,友人と喧

嘩した後のように意識レベルの反応が優勢の場合もあると考えられる。

上述のように,本論文では,“状況評価によって生じた意識レベル・身体レベ

ルの反応の集合”を感情と定義する。そのうち,熊に遭遇した場合のように,

身体レベルの反応が優勢の場合を“情動 (emotion)”と呼ぶこととしたい。それ

に対して,友人と喧嘩した後のように,意識レベルの反応が優勢の場合を“気

分 (mood)”と呼ぶこととする。情動は気分に比べて,強く,一時的なものと考

えられる。一方,気分は比較的弱く,長期的に持続するものと考えられる。な

お,“感情 (affect)”とは,情動と気分を含めて,状況に対する評価によって生

じる身体的反応と意識的反応の総称とする。

このように情動と気分の区別を想定すると,直感的には,情動の方が気分よ

り認知的処理に大きな影響を与えると思われるかもしれない。しかし,Forgas

(1995, 1999b)が指摘しているように,気分は意識しにくいのに対して,情動は

容易に意識される。従って,情動が生起しているときに認知的処理を行うこと

ができたとしても,情動は非常に強いため,“自分が今情動を経験している”こ

とを容易に意識できる。その結果,“情動が認知的処理に影響を与えるのを防ご

う”という動機が生じやすく,認知的処理に対する影響は見られにいくいと考

えられる。一方,気分は比較的弱い感情状態であるため,自分自身の気分を正

確に認知するのも非常に難しいことが指摘されている (e.g., Ciarrochi et al.,

2000; Mayer & Gaschke, 1988)。そのため,“気分が認知的処理に与える影響

を抑えよう”という動機も生起しにくく,結果として,認知的処理に大きな影

響を与えうると考えられる。以上より,情動は認知的処理に影響を与えにくく,

気分は認知的処理に大きな影響を与えやすいと言える。

そこで本研究では,感情の中でも特に気分に焦点を当て,気分が自伝的記憶

の想起に与える影響を検討する。なお,これ以降は,“感情”という単語も“気

分”を指すものとして使用する。また,特に注釈がない限り“自伝的記憶”と

“記憶”も区別せず,いずれも“自伝的記憶”を指すものとして使用する。

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第 2 章 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

2.1. 気分一致効果と気分不一致効果

日常,人々はしばしばストレスフルな出来事に直面し,抑うつ,悲嘆,不安

などのネガティブ感情を体験する。このようなネガティブ感情時には,“ネガテ

ィブな経験ばかりを想起し,それによって一層強いネガティブ感情を経験し,

再びネガティブな記憶ばかりを想起する”という悪循環に陥ることも多いと考

えられる。実際,先行研究においても,“気分が生起している時には気分と同じ

感 情 価 を 持 つ 自 伝 的 記 憶 を 想 起 し や す い ” と い う 気 分 一 致 効 果

(mood-congruent recall)が繰り返し確認されてきた (e.g., Balch, Myers, &

Papotto, 1999; Ehrlichman & Halpern, 1988; 川瀬 , 1992; Natale & Hantas,

1982; Parrott, 1991; Verner & Ellis, 1998; 谷口 , 1991a; レビューとして

Blaney, 1986; Bower & Forgas, 2001; 伊藤 , 2000; 谷口 , 1991b)。

例えば,Ehrlichman & Halpern (1988)は,ポジティブな匂いによってポジ

ティブ気分を喚起した条件(ポジティブ条件),ネガティブな匂いによってネガ

ティブ気分を喚起した条件(ネガティブ条件),匂いを嗅がせない統制条件の 3

条件を設けた。その上で,ニュートラルな単語を呈示し,それぞれの単語に関

連する自分の経験を想起するよう求めた。その結果,ネガティブ条件の参加者

は,統制条件の参加者に比べて,ネガティブな記憶を想起していることが示さ

れた。一方,ポジティブ条件の参加者は,統制条件の参加者より,ポジティブ

な自伝的記憶を想起していた。

更に,ネガティブ気分時の気分一致効果が,ネガティブ感情の増強をもたら

し,感情制御に負の影響を与えることも指摘されている。例えば,Josephson,

Singer, & Salovey (1996)は,ネガティブ気分時にネガティブ記憶を想起した人

は,ポジティブ記憶を想起した人より,記憶想起後にネガティブ気分が持続し

やすいことを明らかにしている。同様に,R. Erber & Erber (1994)は,ネガテ

ィブ記憶を想起することで,ネガティブ気分が持続してしまうことを示してい

る。これらの先行研究を踏まえると,“ネガティブ気分がネガティブ記憶の想起

を促進し,その結果,更にネガティブ気分が喚起される”という悪循環の存在

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が示唆される。

しかし,ネガティブ気分時に,誰もがこうした悪循環に陥るとは限らない。

ネガティブ気分時にも普段以上にポジティブな経験を想起し,それによってネ

ガティブ気分を緩和できる人もいると考えられる。実際,これまでの研究でも,

“ネガティブ気分時に,ニュートラル気分時よりポジティブな自伝的記憶の想

起が促進される”という気分不一致効果 (mood-incongruent recall)の存在が指

摘されている (e.g., Parrott & Sabini, 1990)。更に,ネガティブ気分時にポジ

ティブ記憶を想起すると,ネガティブ気分が緩和されることも示され (e.g., R.

Erber & Erber, 1994; Joormann & Siemer, 2004; Josephson et al., 1996),気

分不一致効果は感情制御を促進することが示唆されている。

2.2. 気分一致効果の自動性

以上のような気分一致効果と気分不一致効果を踏まえると,ネガティブ気分

時には,気分一致効果を回避し,気分不一致効果に移行することで,効果的に

感情制御を行うことができると考えられる。それでは,気分一致効果が生起す

ること自体を回避することができるのだろうか。この問いに答えるため,本節

では気分一致効果の生起メカニズムについて先行研究を概観する。

2.2.1. 気分一致効果の生起メカニズム

気分一致効果は,主に感情ネットワークモデル (associative network model;

Figure 2.1)によって説明されてきた。感情ネットワークモデルは, Bower

(1981)によって提案されたモデルで,意味記憶に関する活性化拡散モデル

(Collins & Loftus, 1975)に修正を加えたものである。意味記憶の活性化拡散モ

デルでは,個々の概念がノードによって表現され,概念間の関連はノードとノ

ードのリンクによって表現される。そして,ある概念が呈示されると,当該概

念を示すノードの活性化が高まると考えられる。更に,ある概念の活性化は,

リンクを通じて他のノードにも拡散することが仮定されている。

感情ネットワークモデルでは,こうした意味記憶の活性拡散モデルに,新た

に“怒り”,“喜び”,“悲しみ”などの感情ノードを導入した。そして,個々の

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感情ノードは,①感情に伴って生起する身体的反応,②感情によって引き起こ

される行動傾向,③感情に付与される言語的ラベル,④感情を引き起こす典型

的な状況に関する知識など,様々な関連する事象とリンクしていると考えられ

ている。それに加えて,各感情ノードは,当該感情を伴う自伝的記憶ともリン

クしていることが仮定されている。例えば,“大学に合格した”という出来事は

“喜び”ノードと,“飼っていた犬が死んでしまった”という経験は“悲しみ”

ノードとリンクしていると考えられる。なお,“怒り”と“喜び”のように,相

反する感情価を持つ 2 つの感情は,互いに抑制的なリンクで結合されているこ

とが仮定されている。すなわち,ポジティブな感情を経験しているときに,同

時にネガティブな感情も経験することは想定されていない。それに対して,“怒

り”と“悲しみ”のように,同じ感情価を持つ感情間には,抑制的なリンクが

想定されていない。その結果,“怒り”と“悲しみ”の混ざったような複雑な感

情状態を経験することが想定されている。

以上のような感情ノードを想定した上で,感情ネットワークモデルは気分一

致効果を活性化拡散原理によって説明している。具体的には,悲しい気分が喚

起されると,当該感情ノードの活性化が高まると考えられる。更に,感情ノー

ドから活性化が拡散することで,“悲しみを喚起した出来事”に関する記憶も活

悲しみ

自律神経 反応

表現行動

言語 ラベル

出来事1 出来事2

犬 死んだ 恋人 ふられた

抑制喜び

Figure 2.1. 感情ネットワークモデル(Bower (1981)を改変)

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性化が高まり,こうした記憶の想起が促進されると考えられる。一方,“喜び”

などのポジティブ感情ノードは,“悲しみ”ノードと抑制的な関係にある。その

ため,“喜びを喚起した出来事”の活性化も抑制され,こうした出来事の想起が

抑えられると考えられる。その結果,“悲しみ”感情と一致する感情価を持つ記

憶の想起が促進されると考えられる。

このように,気分一致効果は基本的には“知識表象における活性化拡散”と

いう原理によって説明されている。活性化拡散は自動的に,すばやく生起する

ものと考えられている (e.g., Bower, 1981; Collins & Loftus, 1975)。このこと

から,気分一致効果は自動的に生起する現象とみなすことができる。

2.2.2. 自動性を裏付ける知見

実際,自伝的記憶の想起に関する研究ではないものの,気分一致効果の自動

性を裏付ける知見も報告されている。例えば,Mogg, Kentish, & B. P. Bradley,

(1993)は,刺激が閾下呈示される条件と閾上呈示される条件を比較し,刺激が

閾下呈示されると気分一致効果が見られるのに対して,刺激が閾上呈示される

と気分不一致効果が見られることを示している。

また,Sanna, Turley-Ames, & Meier (1999)は,処理の反応時間に注目した

検討を行った。これまでの研究で,自動的な処理は意識の関与なしに生じるた

め,すばやく短時間で行われることが指摘されている (レビューとして Bargh &

Gollwitzer, 1994)。Sanna らはこうした反応時間の特性を利用して,気分一致

効果の自動性について検討を行った。その結果,気分と同じ感情価を持つ情報

を処理させた場合には反応時間が短いのに対して,気分と逆の感情価を持つ情

報を処理させた場合には反応時間が長いことを明らかにしている。これらの先

行研究に基づくと,気分一致効果は自動的に生起する現象であると考えられる。

上述のように,ネガティブ気分時に気分一致効果が生起すると,それにより

ネガティブ気分がますます悪化すると考えられる (レビューとして Blaney,

1986)。このことから,気分一致効果は感情制御に負の影響を与えるもので,

その生起を阻止することが望ましいと考えられる。しかし,これまでに紹介し

てきたように,気分一致効果は極めて自動的に生起する現象であり,ネガティ

ブ気分時に人は自動的に気分一致効果に陥ってしまうと考えられる。従って,

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気分一致効果が感情制御に悪影響を与えるとしても,気分一致効果の生起自体

を止めるのは困難と言える。

2.3. 気分不一致効果による感情制御

気分一致効果の生起を阻止することができないとすると,気分一致効果によ

る悪影響を防ぐのは困難なことと思われるかもしれない。しかし,ネガティブ

気分時に気分一致効果が生起したとしても,気分一致効果が持続するとは限ら

ない。気分一致効果が生起しても,その後に気分不一致効果に移行できれば,

気分一致効果の悪循環から逃れ,ネガティブ気分から回復できると考えられる

(同様の議論として DeSteno, Petty, Wegener, & Rucker, 2000; Petty, DeSteno,

& Rucker, 2001)。

実際,これまでに数多くの研究で,気分一致効果が生起した後に,人は気分

不一致効果に移行できることが示されている。例えば,Forgas & Ciarrochi

(2002)は,感情が生起した直後には気分一致の情報処理が促進されるのに対し

て,感情が生起した後しばらく時間が経過すると気分不一致の情報処理が促進

されることを示している。同様に,Finman & Berkowitz (1989)は,気分が生

起した直後には気分一致効果が生じるが,しばらく時間をおくと気分一致効果

が消失することを明らかにしている。こうした時間の効果は,他の研究でも繰

り返し認められている (e.g., Josephson et al., 1996; Sedikides, 1994; 富山 ,

1999)。これらのことから,ネガティブ気分時に気分一致効果が自動的に生起

しても,気分不一致効果に移行すれば,ネガティブ気分を効果的に制御できる

と考えられる。

ただし,気分が生起した後に一定の時間をおけば,誰もが自動的に気分不一

致効果に移行できる訳ではあるまい。また,同じ人でも,状況によっては気分

不一致効果に移行できず,気分一致効果に止まってしまうかもしれない。この

ことから,“どうすれば気分一致効果から気分不一致効果に移行できるのか”を

明らかにすることが重要と考えられる。そこで以下,気分一致効果から気分不

一致効果への移行を促す要因に関して先行研究を概観する。

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2.4. 気分不一致効果を促す要因

気分不一致効果を促す要因に関して,従来の研究では,気分緩和動機

(motivation for mood-regulation)の重要性を指摘してきた。気分緩和動機とは,

“自分の現在の感情状態を緩和したい”という動機である。

2.4.1. 気分不一致効果を促進する状況の特性

まず,気分不一致効果を促進する状況特性に関する研究を紹介する。Boden &

Baumeister (1997)が指摘しているように,気分は捕われの状態を引き起こし,

それ自体が認知的資源を必要とするものである。そのため,他の重要な課題が

控えている場合には,気分が課題の遂行を妨害しないよう,気分を緩和する必

要がある。また,人はそもそもネガティブな刺激を避け,ポジティブな刺激を

好む傾向を持っていることが指摘されている (レビューとして S. E. Taylor,

1991)。これらより,ネガティブ気分時には“ネガティブ気分をポジティブに

変えよう”,“ネガティブ気分をニュートラルに近づけよう”などの気分緩和動

機が生起すると考えられる。

ただし,気分緩和動機は,いつも同じように生起している訳ではない。Forgas

(1995, 1999)が論じているように,気分緩和動機を喚起しやすい状況もあれば,

気分緩和動機を喚起しにくい場合もあると考えられる。例えば,試験で失敗し

てネガティブ気分を喚起された場合を想定してみよう。試験の後,友人と一緒

に食事をする約束をしている場合には,こうした社会的な場面を乗り切る必要

がある。そのため,“ネガティブ気分を和らげよう”という気分緩和動機も生起

しやすいと考えられる。それに対して,その後の予定が特にない場合には,ネ

ガティブ気分を和らげようとする状況的要請が乏しいと考えられる。その結果,

気分緩和動機が生起しにくく,一人で試験について思い巡らしてしまうと考え

られる。このように,気分緩和動機の生起しやすさは状況によって異なると言

える。

こうした気分緩和動機の状況差を利用し,先行研究では“気分緩和動機を喚

起しやすい状況では気分不一致効果が生起するのに対して,気分緩和動機を喚

起しにくい状況では気分一致効果が生じる”ことが示されている。例えば R.

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Erber & Erber (1994)は授業の開始前に感情を誘導する条件と,授業の終了後

に感情を誘導する条件の 2 条件を設けた。授業の開始前に感情を誘導されると,

誘導された感情が授業の理解の妨げになるため,気分緩和動機が生起しやすい

と考えられる。それに対して,授業の終了前に感情を誘導されても,気分緩和

動機が生起しにくいと考えられる。これらの 2 条件を比較したところ,授業の

終了後に感情を誘導された条件では,気分一致効果が生じていた。それに対し

て,授業の開始前に感情を誘導された条件では,気分不一致効果が生起してい

た。こうした状況の効果は Parrott & Sabini(1990)でも報告されている。これ

らのことから,気分一致効果から気分不一致効果に移行するためには,気分緩

和動機が重要な役割を果たしていると考えられる。

2.4.2. 気分不一致効果を促進するパーソナリティ

パーソナリティに注目した研究でも,気分緩和動機の重要性が指摘されてい

る。第一に,自尊心 (self-esteem)に関する研究が挙げられる。従来の研究では,

自尊心が高い人ほど,気分緩和動機が高いことが明らかにされている (e.g.,

Heimpel, Wood, Marshall, & Brown, 2002)。こうした自尊心を利用して,S. M.

Smith & Petty (1995)は,気分緩和動機が気分一致効果と気分不一致効果に及

ぼす影響を検討した。その結果,自尊心が高い人はネガティブ気分時に気分不

一致効果を示すのに対して,自尊心が低い人はネガティブ気分時に気分一致効

果を示すことが明らかにされている。

自伝的記憶の想起以外の課題でも,同様の結果が認められている。例えば,

Dodgson & Wood (1998)は,自尊心が高い人は失敗経験後に自己の長所を思い

つきやすいのに対して,自尊心が低い人は失敗経験後に自己の短所を思いつき

やすいことを示している。また,反実仮想 (counterfactual thinking)の研究で

も,同様の結果が認められている。反実仮想には,実際に起こった出来事より

悪い出来事を想定する下方の反実仮想(例.もしシートベルトを締めていなか

ったら,もっとひどい怪我を負ったことだろう)と,実際に起こった出来事よ

り良い出来事を想定する上方の反実仮想(例.きちんと信号を見ておけば,事

故を起こさずにすんだのに)がある。これまでの研究で,下方の反実仮想がポ

ジティブ感情を喚起するのに対して,上方の反実仮想はネガティブ感情を喚起

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す る こ と が 示さ れ て い る (e.g., K. D. Markman, Gavanski, Sherman, &

McMullen, 1993)。Sanna et al. (1999)は,こうした反実仮想について検討を

行った。その結果,ネガティブ気分時に,自尊心の高い人は下方の反実仮想を

行うのに対して,自尊心の低い人は上方の反実仮想を行うことが示されている。

これらの結果からも,気分一致効果から気分不一致効果に移行するためには,

気分緩和動機が重要な役割を果たしていることが示唆されよう。

第二に,抑うつ (depression)に関する研究が挙げられる。例えば,Josephson

et al. (1996)は,ネガティブ気分時に,抑うつ傾向が高い人はネガティブ記憶

を選択的に想起し,気分一致効果を示すのに対して,抑うつ傾向が低い人はポ

ジティブ記憶を積極的に想起し,気分不一致効果を示すことを明らかにしてい

る。更に,気分不一致効果を示した参加者に対して,実験終了後,“なぜポジテ

ィブな記憶を想起したのか”と尋ねたところ,“ネガティブな気分を緩和したか

ったから”という回答が得られている。こうした知見から,抑うつ傾向の高い

人は気分緩和動機が低く,その結果,気分不一致効果に移行できないことが示

唆される。

この他にも,神経症傾向 (e.g., B. Bradley, Mogg, Galbraith, & Perrett, 1993)

や気分制御期待 (e.g., Rusting & DeHart, 2000; S. M. Smith & Petty, 1995)な

ど,様々な個人差変数を利用して,“高い気分緩和動機を持つ人は気分不一致効

果を示すが,気分緩和動機が低い人は気分一致効果を示す”という結果が報告

されている (レビューとして Rusting, 1998)。このように,パーソナリティを利

用した研究からも,気分緩和動機が気分不一致効果を促すことが示唆される。

2.4.3. 感情状態の認知:気分緩和動機生起の必要要件

以上のように,様々な研究において,気分緩和動機が気分不一致効果を促進

することが指摘されている。ただし,気分緩和動機は自然に生じるものではな

い。ネガティブ気分時でも自分の気分に気づかなければ,気分緩和動機は生起

し得ないと考えられる。逆に,自分の感情を正確に認知できるほど,気分緩和

動機が生起しやすいと考えられる。従って,気分緩和動機が気分不一致効果を

促進するのであれば,“自分の感情を正確に認知できるか否か”もまた気分一致

効果や気分不一致効果に影響を与えていると予想される。

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先行研究では,こうした予測も支持する結果が得られている。例えば,

Finman & Berkowitz (1989)は,自己のネガティブ感情を認知できない人は気

分一致効果を示すのに対して,自己の感情を敏感に認知する人は気分不一致効

果を示すことを明らかにしている。同様の知見は他の研究でも得られている

(e.g., Ciarrochi et al., 2000; McFarland & Buehler, 1997; McFarland et al.,

2003)。また,Berkowitz & Troccoli (1990)は,自分の感情から注意を逸らすよ

う求められた条件では気分一致効果が生起するのに対して,自分の感情に注意

を向けるよう求められた条件では気分一致効果が生起しないことを明らかにし

ている。

以上のような知見より,自己の感情状態を認知することが気分一致効果を回

避し,気分不一致効果に移行するのを可能にすると考えられる。先に論じたよ

うに,自己の感情状態を正確に認知することは,気分緩和動機が生起するため

の必要条件と考えられる。こうした感情状態の認知が気分不一致効果を促進す

ることからも,気分緩和動機が気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因とな

っていることが示唆される。

2.5. 気分緩和動機を仮定する説明モデル

前節で概観した先行研究の知見をまとめると,“気分緩和動機が高い場合には

気分不一致効果が生じやすく,気分緩和動機が低い場合には気分一致効果が見

られやすい”と考えられる。こうした知見を踏まえて,先行研究では,気分一

致効果と気分不一致効果を統一的に捉えるためのモデルが提案されてきた。そ

して,いずれのモデルにおいても,気分緩和動機づけの重要性が指摘されてい

る。以下,これらのモデルを簡単に紹介する。

2.5.1. 感情混入モデル

も代表的なモデルとして,Forgas(Bower & Forgas, 2001; Forgas, 1995,

1999b)による感情混入モデル (affect infusion model)が挙げられる。感情混入

モデルは,基本的には感情が判断に及ぼす影響に関するモデルである。しかし,

感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響に関する知見も踏まえて提案されたもの

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である。従って,感情混入モデルは自伝的記憶の想起にも示唆を与えうるもの

と考えられる。

感情混入モデルは,“感情が判断にどのような影響を与えるか”は判断の方略

によって異なるという仮定を置いている。具体的な判断方略としては,直接ア

クセス処理 (direct retrieval processing)・ヒューリスティック処理 (heuristic

processing) ・ 実 質 的 処 理 (substantive processing) ・ 動 機 づ け ら れ た 処 理

(motivated processing)という 4 つを想定している。ただし,直接アクセス方

略とヒューリスティック処理は対象の判断や評価に特化した方略である。そこ

でここでは,残りの 2 つの処理のみを扱う。

実質的処理とは,自らの知識表象の中から関連する記憶を検索する処理を指

している。こうした検索プロセスは,Bower (1981)による感情ネットワークモ

デルの仮定に従うことが仮定されている。従って,実質的処理を用いた場合に

は,感情ネットワークモデルからの予測と同様,気分と一致する出来事の活性

化が高まり,こうした記憶の想起が促進されると考えられる。すなわち,実質

的処理においては,気分一致効果が生起するとみなすことができる。

それに対して,動機づけられた処理を用いた場合には,気分不一致効果が生

起すると考えられている。動機づけられた処理とは,自らの動機を充足するた

めの処理である。先に述べたように,人はネガティブ気分を嫌い,ポジティブ

気分を好む傾向を持っており,ネガティブ気分が生じているときにはそれを積

極的に緩和しようとする動機を持つことが指摘されてきた (レビューとして S.

E. Taylor, 1991)。こうした気分緩和動機の結果,ネガティブ気分時には,気分

と逆にポジティブな記憶を想起しようとして,気分不一致の記憶の想起が促進

されると考えられている。

以上のように,感情混入モデルに基づくと,実質的処理に従う場合には気分

一致効果が生起するのに対して,動機づけられた処理に従う場合には気分不一

致効果が生起すると考えられる。それでは,実質的処理を採用するか,動機づ

けられた処理を採用するかはどのように決まっているのだろうか。この点に関

しては,人が動機を持っているときには動機づけられた処理が生起しやすく,

動機を持っていない場合には実質的処理が生起しやすいと考えられている。こ

のことから,感情混入モデルでは,“気分一致効果が生起するか,気分不一致効

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果が生起するか”は気分緩和動機の有無に帰属されていると言える。

2.5.2. 恒常的感情制御モデル

気分一致効果と気分不一致効果に関する第二のモデルとして,Forgas &

Ciarrochi (2002) に よ る 恒 常 的 感 情 制 御 モ デ ル (homeostatic affect

management model)が挙げられる。恒常的感情制御モデルは,先述の感情混入

モデル (Forgas, 1995, 1999b)に以下の 2 つの仮定を加え,精緻化したモデルで

ある。

・ 感情が生起した直後には自動的に気分一致効果が生じる。

・ 人は恒常性を維持しようとする機能を持つため,感情を緩和しようとする

動機が自発的に生じる。

すなわち,恒常的感情制御モデルでは,感情が生起した直後は誰もが気分一

致効果を経験すると考えている。ただし,人には恒常性を維持しようとする機

能が備わっているため,気分一致効果が生起した後に,“感情を一定レベルに維

持しよう”とする動機が自発的に生じると仮定している。そして,こうした動

機の結果,気分不一致効果が生起すると論じられている。

このように,恒常的感情制御モデルの特色は,“気分緩和動機が自発的に生起

する”と考えている点にある。しかし,気分一致効果と気分不一致効果の生起

因に関する立場は,感情混入モデルと同様である。すなわち,恒常的感情制御

モデルにおいても,“気分一致効果が生じるか,気分不一致効果が生じるか”は

気分緩和動機に依存していると想定されている。

2.5.3. 社会的制約モデル

第三に,社会的制約モデル (social constraints model; M. W. Erber & Erber,

2001)が挙げられる。社会的制約モデルでは,恒常的感情制御モデル (Forgas &

Ciarrochi, 2002)と同様,感情が生起したときには,まず気分一致効果が生起

することが仮定されている。ただし,恒常的感情制御モデルでは,気分緩和動

機が自発的に生起すると考えていたのに対して,社会的制約モデルでは,気分

緩和動機は状況の圧力によって生起すると仮定されている。従って,外的な状

況からの影響が一切存在しない場合には,気分一致効果が永続的に維持される

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と仮定されている。そして,何らかの状況の要請がある場合にのみ,気分緩和

動機が喚起されるとみなされている。例えば,面接試験の前にネガティブ気分

を喚起された場合には,面接試験を乗り切るために,気分を緩和する動機が喚

起されるのではないだろうか。このような状況の要請によって想起者の気分緩

和動機が喚起されると,気分不一致効果が生起すると論じられている。

以上のように,社会的制約モデルでは,恒常的感情制御モデルと異なり,気

分緩和動機が状況の要請や圧力によって生起すると考えられている。しかし,

気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因に関しては,感情混入モデルや恒常

的感情制御モデルと同様の立場を採用している。すなわち,気分一致効果は気

分緩和動機が存在しないときに生起するのに対して,気分不一致効果は気分緩

和動機が存在するときに生起すると仮定されている。

2.5.4. まとめ

本節で見てきたように,気分一致効果と気分不一致効果を説明しようとする

モデルは,いずれも気分緩和動機に注目している。すなわち,“気分緩和動機が

高い場合には気分不一致効果が生起し,気分緩和動機が低い場合には気分一致

効果が生起する”と論じている。これらのモデルからも,“気分一致効果が生起

するか,気分不一致効果が生起するか”は気分緩和動機の有無によって決まっ

ていると考えることができる。

2.6. 気分緩和動機による説明の限界

しかし,気分一致効果と気分不一致効果を動機で説明しようとする見解には,

いくつかの問題点があると考えられる。

2.6.1. トートロジー

第一に,動機のみによる説明はトートロジーに過ぎないことが挙げられる。

動機は心的構成概念の 1 つである。認知心理学や社会心理学では,心の働きを

構成概念によって説明しようとしてきた。そのため,気分一致効果と気分不一

致効果の背後に動機を仮定すれば,これらの現象の心的メカニズムを説明でき

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ているように思われるかもしれない。

しかし,先に論じたように,気分一致効果は,感情の維持や持続を招くのに

対して (レビューとして Blaney, 1986),気分不一致効果は感情の修正や緩和を

もたらすものと考えられる (e.g., Josephson et al., 1996)。気分一致効果と気分

不一致効果のこうした機能に基づくと,“気分緩和動機がないときには,気分緩

和に効果を持たない気分一致効果が生起し,気分緩和動機が存在するときには,

気分緩和に有効な気分不一致効果が生起する”のは極めて自明のことと考えら

れる。すなわち,“気分緩和動機が気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因で

ある”とする従来の見解は,トートロジーに陥っており,気分一致効果や気分

不一致効果のメカニズムに関する十分な説明とは言い難い。

もちろん,気分一致効果や気分不一致効果に,気分緩和動機が全く関与して

いない訳ではあるまい。ネガティブ気分時に気分緩和動機が生起しなければ,

“ポジティブ記憶の想起”という処理も始発されず,気分不一致効果は生じ得

ないと考えられる。それに対して,気分一致効果は動機の有無に関わらず,極

めて自動的に生起する現象である。このことから,“気分緩和動機がないときに

は気分一致効果が生起するのに対して,気分緩和動機が存在するときには気分

不一致効果が生起する”と考えられ,気分緩和動機は気分一致効果と気分不一

致効果を弁別するための重要な要因と言える。しかし,動機はあくまでも気分

不一致効果の始発点を与えるものに過ぎない。動機によって処理が始発された

後,他の様々な処理を経て,ようやく気分不一致記憶の出力に至ると考えられ

る。従って,動機だけで気分一致効果と気分不一致効果を説明するのではなく,

他の認知的要因の影響を考慮する必要がある。

2.6.2. 気分緩和動機では説明できない現象

第二に,気分緩和動機のみでは説明できない現象の存在が挙げられる。先述

のように,従来の研究では,“気分一致効果が生起するか,気分不一致効果が生

起するか”は気分緩和動機の有無によって決まっていると考えられてきた。こ

うした見解が妥当なものであれば,気分緩和動機さえ生起すれば気分不一致効

果を感情制御に利用できると考えられる。すなわち,ネガティブ気分時に気分

一致効果による悪循環に陥っている場合でも,“嫌な気分を緩和しよう”と強く

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願うことで,自動的に気分不一致効果に移行すると考えられる。

しかしながら,実際には,ネガティブ気分時に,様々なネガティブな記憶が

侵入思考のように思い浮かび続けて,気分一致効果を阻止できないことも多い

と考えられる。そして,こうした時には,どんなにネガティブ気分を緩和しよ

うと強く願っても,ネガティブ記憶の想起を止めることはできないのではない

だろうか。このように,気分緩和動機が生起するだけでは,気分一致効果を遮

断したり,気分不一致効果に移行したりすることは難しいと考えられる。気分

一致効果と気分不一致効果を包括的に理解するためには,気分緩和動機以外の

要因に注目する必要があると言える。

実際,先行研究においても,気分緩和動機以外の要因の関与が指摘されてい

る。例えば,感情資源モデル (mood-as-a-resource model)では,“気分緩和動機

ではなく,自己査定動機が気分不一致効果をもたらす”ことが仮定されている

(e.g., Trope, Ferguson, & Raghunathan, 2001)。また,精緻化見込みモデル

(elaboration likelihood mode)や感情修正モデル (flexible correction model)に

おいては,“正確な判断をしよう”という正確さへの動機が気分不一致効果を可

能にすると考えられている (e.g., Cacioppo & Petty, 1989; DeSteno et al.,

2000; Petty et al., 2001)。これらのモデルの存在からも,気分一致効果と気分

不一致効果は気分緩和動機のみでは説明できないことが示唆される。

ただし,正確さの動機,気分緩和動機,自己査定動機といった動機が,完全

に独立の構成概念とは言い切れない。例えば,精緻化見込みモデルや感情修正

モデルでは,正確さへの動機が気分不一致効果をもたらすと仮定している (e.g.,

Cacioppo & Petty, 1989; DeSteno et al., 2000; Petty et al., 2001)。しかしな

がら,正確さへの動機が,直接的に気分不一致効果をもたらしているとは限ら

ない。正確さへの動機は,気分緩和動機を介して,気分不一致効果の生起をも

たらしている可能性も高い。従って,気分一致効果や気分不一致効果に関わる

動機を列挙し,動機の数だけモデルを提案するだけでは,気分一致効果や気分

不一致効果の本質的なメカニズムの理解にはつながらないと考えられる。動機

に固執するのではなく,動機以外の認知的要因の関与を考慮することが必要と

言える。

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2.7. 自伝的記憶の知識構造の重要性

前節で論じたように,“「気分一致効果が生起するか,気分不一致効果が生起

するか」が,気分緩和動機に規定されている”とする,従来の見解には限界が

あると考えられる。もちろん,気分緩和動機が,気分一致効果と気分不一致効

果を区別する重要な要因の 1 つであることを否定することはできない。しかし,

気分緩和動機の有無だけで,“気分一致効果と気分不一致効果のどちらが生起す

るか”が決まっている訳ではあるまい。気分緩和動機を持っていても,こうし

た動機がうまく機能できなければ,気分不一致記憶を想起するのは難しいと考

えられる。

そもそも,人は気分不一致記憶を想起する際に,自らの持つ自伝的記憶の知

識構造にアクセスし,気分不一致記憶を検索すると考えられる。しかし,ネガ

ティブ気分は,気分と一致するネガティブ記憶の活性化を高めることが指摘さ

れてきた (e.g., Bower, 1981; 谷口 , 1991a, 1991b)。一方,ポジティブ記憶はネ

ガティブ記憶と抑制的な関係にあるため,ネガティブ気分時には,ポジティブ

記憶の想起が抑制されると考えられる。このことから,強い気分緩和動機を持

っていても,自伝的記憶が感情の影響を強く受けている場合には,気分不一致

記憶を検索するのも難しいと予想される。

ただし,自伝的記憶のあらゆる知識表象が,同じように感情の影響を受ける

とは限らない。自伝的記憶の知識表象には,人がこれまで生きてきた中で経験

した様々な出来事の記憶が含まれていると考えられる。こうした膨大な記憶の

全てが,同じように感情の影響を受けるとは考えにくい。自伝的記憶の知識表

象の中には,強い感情の影響を受けている部分もあれば,それほど感情の影響

を受けていない部分もあると考えられる。そして,感情の影響を強く受けた部

分から記憶を想起した場合には,気分緩和動機も機能しにくく,気分不一致記

憶を想起するのも難しいと予想される。それに対して,感情の影響の弱い部分

から記憶を想起した場合には,気分緩和動機も機能しやすく,比較的容易に気

分不一致記憶を想起できると考えられる。

それでは,自伝的記憶のどのような部分が感情の影響を受けやすく,どのよ

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うな部分は感情の影響を受けにくいのだろうか。この点に関しては,感情ネッ

トワークモデル (Bower, 1981, 1991)から示唆を得ることができる。2.2.1 節で

述べたように,感情ネットワークモデルでは,ある感情が生起すると,対応す

る感情ノードの活性化が高まると仮定されている。そして,こうした感情ノー

ドの活性化は,知識表象におけるリンクを通して他の記憶にも拡散すると考え

られている。このことから,“知識表象内にどのようなリンクが形成されている

か”が,“感情がどのように自伝的記憶に影響を与えるか”を規定していると考

えられる。すなわち,感情が自伝的記憶に及ぼす影響は,“自伝的記憶がどのよ

うに構造化されているのか”に依存していると言える。

以上をまとめると,自伝的記憶の知識構造が“感情が自伝的記憶の知識表象

にどのような影響を与えるか”に影響を与えており,その結果,“記憶を想起す

る際に気分緩和動機が機能しうるか否か”も規定していると考えられる。この

ことから,自伝的記憶の知識構造が,“気分一致効果と気分不一致効果のどちら

が生起するか”の重要な要因となっていることが示唆される。

2.8. 本論文の目的・概要

そこで本論文では,自伝的記憶の知識構造が気分一致効果と気分不一致効果

に及ぼす影響を検討する。これにより,動機のみを考慮してきた先行研究に対

して,認知的要因の重要性を示唆することができると期待される。

2.8.1. 自伝的記憶の知識構造に関する検討(第Ⅱ部)

ただし,佐藤 (2002)が指摘しているように,自伝的記憶の知識構造は十分に

明らかにされているとは言い難い。もちろん,自伝的記憶の知識構造が全く検

討されてこなかった訳ではない。むしろ,自伝的記憶が認知心理学で盛んに検

討されるようになった初期から,自伝的記憶の構造に関しては数多くの研究が

行 わ れ て き た (e.g., Reiser, Black, & Abelson, 1985; Reiser, Black, &

Kalamarides, 1987)。しかし,これらの研究は,専ら自伝的記憶の局所的な構

造に焦点を当てたものである。そして,感情が記憶に及ぼす影響を調整しうる

ようなマクロな構造はほとんど明らかにされていない。そこで本論文では,ま

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ず第Ⅱ部において,自伝的記憶の知識構造に関して基礎的な研究を行うことと

した。

しかし,探索的に自伝的記憶の構造を検討するだけでは,意味のある結果が

得られる保証はない。そこで第Ⅱ部では,自伝的記憶の構造を明らかにする手

がかりとして,自己概念 (self-concept)の構造を利用する。自己概念とは,個々

の具体的なエピソードから抽象化された,自己に関する抽象的な知識を指して

いる。こうした自己概念に注目することには,以下の 3 点の有用性があると考

えられる。

第一に,Klein, Sherman, & Loftus (1996)が指摘しているように,自己概念

は関連する自伝的記憶が抽象化された結果,形成されるものと考えられる。こ

のことから,自伝的記憶を体制化する際に,自己概念がインデックスとして機

能しており,自己概念の構造が自伝的記憶の構造に深く影響を与えている可能

性があると考えられる。仮に自伝的記憶の構造が自己概念の構造によって影響

を受けているのであれば,自己概念の構造を手がかりとすることで,自伝的記

憶の構造の解明が促進されることが期待できる。

第二に,自伝的記憶と比較して,自己概念のマクロな構造に関してはある程

度の研究成果が蓄積されている (e.g., Campbell, Assanand, & Di Paula, 2003;

Campbell, Chew, & Scratchley, 1991; Dixon & Baumeister, 1991; Gramzow,

Sedikides, Panter, & Insko, 2000; Higgins, Bond, Klein, & Strauman, 1986;

Koch & Shepperd, 2004; Linville, 1985, 1987; Mikulincer, 1995; Showers,

1992)。このことから,自己概念に着目することで自伝的記憶のマクロな構造

についても示唆が得られると考えられる。

第三に,自己概念のマクロな構造は,感情と密接な関わりを持つことが指摘

されてきた。例えば,Linville (1985, 1987)や Showers (1992)は,自己概念の

構造の個人差が,感情の自己制御や抑うつへの脆弱性を予測することを見出し

ている。また,Mikulincer (1995)は個人のアタッチメントスタイルが自己概念

の構造に影響を及ぼし,その結果,自己の安定性や感情経験を左右しているこ

とを示している。これらの知見に基づくと,自己概念の構造は感情と深く関連

していることが示唆される。こうした自己概念の構造を手がかりとして自伝的

記憶の知識構造を検討することで,自伝的記憶の構造の中でも,感情との関わ

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りを考える際に本質的な側面を切り出せることが期待される。

以上の点を踏まえると,自己概念を手がかりとして,自伝的記憶の知識構造

について検討を行うことは極めて有用と考えられる。ただし,こうした議論は,

“自伝的記憶が自己概念のもとに保持されている”ことを前提としている。自

伝的記憶が自己概念のもとに構造化されているのであれば,自己概念の構造が

自伝的記憶の構造に反映されている可能性も高い。そのため,自己概念の構造

は,自伝的記憶の構造を検討するための有用な手がかりとなりうると考えられ

る。それに対して,自伝的記憶が自己概念とは独立に保持されているのであれ

ば,自己概念の構造と自伝的記憶の構造が類似している保証はない。従って,

自己概念の構造を手がかりとすることは難しいと言える。

そこで第Ⅱ部では,まず,自伝的記憶が自己概念のもとに保持されているの

かどうかを検討する(研究 1~4)。これらの研究を通して,自伝的記憶が自己

概念のもとに構造化されていることが示されれば,“自己概念の構造が自伝的記

憶の構造を検討する際の有用な手がかりとなる”と言える。こうした 4 つの研

究を踏まえて,研究 5 では,自己概念の構造を手がかりとして,自伝的記憶の

知識構造を直接的に検討することとした (Figure 2.2 参照 )。

2.8.2. 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響についての検討(第Ⅲ部・第Ⅳ部)

以上のように,第Ⅱ部では,自己概念の構造を手がかりとして,自伝的記憶

の知識構造の検討を行う。こうして明らかにされた自伝的記憶の知識構造をも

とに,第Ⅲ部と第Ⅳ部では,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響について検

討を行う。まず,第Ⅲ部では,“「気分一致効果が生起するか,気分不一致効果

が生起するか」は自伝的記憶の知識構造に依存している”ことを明らかにする。

これにより,気分不一致効果を感情制御に利用するための有効な方略にも示唆

を与えることを目指す。

ただし,自伝的記憶は各個人のこれまでの人生を反映するものであり,その

構造には大きな個人差が想定される。感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を

包括的に解明するためには,こうした個人差の影響を理解することが不可欠と

考えられる。そこで第Ⅳ部では,自伝的記憶の知識構造の個人差が気分不一致

効果に及ぼす影響を検討することとした (Figure 2.2 参照 )。

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自伝的記憶と自己概念の関連(研究 1~研究 4)

自己概念の構造は,自伝的記憶の構造 を検討する際の手がかりとなりうるのか?

自伝的記憶の領域構造の検討(研究 5)

自己概念の構造を手がかりとして, 自伝的記憶の領域構造を明らかにする。

第Ⅱ部:自伝的記憶の知識構造に関する基礎的検討

自伝的記憶の領域構造が気分一致効果・

気分不一致効果に及ぼす影響(研究 6~研究 8)

研究 5 で示した自伝的記憶の知識構造が 気分一致/不一致効果に及ぼす影響を明らかにする。

第Ⅲ・Ⅳ部:感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

自伝的記憶の領域構造の個人差が

気分不一致効果に及ぼす影響(研究 9~研究 11)

自伝的記憶の知識構造の個人差が 気分不一致効果に及ぼす影響を明らかにする。

Figure 2.2. 本研究の概要

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第Ⅱ部

自伝的記憶の知識構造

に関する基礎的検討

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第 3 章 自伝的記憶と自己概念の関連: 課題促進パラダイムによる検討(研究 1)

3.1. 自伝的記憶の知識構造に関する先行研究

前章で述べたように,本論文の目的は,自伝的記憶の知識構造が気分一致効

果と気分不一致効果に及ぼす影響を明らかにすることである。こうした目的を

達成するためには,自伝的記憶の知識構造を特定する必要がある。そこで本章

では,まず,自伝的記憶の知識構造に関する先行研究を概観する。

3.1.1. 自伝的記憶研究の発展

1980 年代以降,自伝的記憶に関しては,検索過程 (e.g., Haque & Conway,

2001),機能 (e.g., Alea & Bluck, 2001; Blagov & Singer, 2004; Brewer, 1986;

Conway, 2001; Kamiya, 2003; Nelson, 2003; Pillemer, 2003),神経基盤 (e.g.,

Conway, Pleydell-Pearce, & Whitecross, 2001) , 社 会 的 相 互 作 用 (e.g.,

Pasupathi, 2001)など,非常に多くの研究が行われてきた。更に,性別 (e.g.,

Davis, 1999; Seidlitz & Diener, 1999) や パ ー ソ ナ リ テ ィ (e.g., Woike,

Gershkovich, Piorkowski, & Polo, 1999)が自伝的記憶に及ぼす影響に関して

も,精力的に検討が進められている。

こうした自伝的記憶研究の進展と共に,自伝的記憶の構造についても数多く

の研究が行われてきた。これまでの自伝的記憶の構造に関する研究は,大きく

2 種類に分類することができる。第一に,自伝的記憶の階層性を検討しようと

する研究が挙げられる。第二に,“個々のエピソードがどのように関連づけられ

て保持されているのか”に関する研究である。以下,これらを順に概説する。

3.1.2. 自伝的記憶の階層性

個人の経験する具体的なエピソードは,人物,場所,活動,動機や目標など,

様々な要素を持つ。それでは,自伝的記憶の知識表象では,これらの要素は,

並列的に表象されているのだろうか。あるいは,特定の要素が上位に位置づけ

られており,この要素のもとに他の要素に関する情報が表象されているのだろ

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うか。自伝的記憶の構造に関する初期の研究では,こうした点について検討す

ることで,自伝的記憶の階層性を明らかにしようとしてきた。

3.1.2.1. 活動優位性仮説をめぐって

自伝的記憶の階層性に関する も初期の研究が,Reiser et al. (1985)である。

彼らは,“学校へ行く”,“レストランで食事をする”といった活動レベルの情報

と,“ドアを開ける”,“椅子に座る”といった具体的な行為レベルの情報に注目

した。そして,プライミングを利用して,活動レベルと行為レベルのどちらが

上位に位置づけられているかを検討している。より具体的には,以下の 2 つの

条件を設定している。第一に活動先行条件,第二に行為先行条件である。活動

先行条件においては,まず活動レベルに関する情報を呈示し,それに続いて行

為レベルの情報を呈示する。そして,両者のいずれにも当てはまるエピソード

を想起させる。例えば,“レストランで食事をする”という刺激をまず呈示され,

続いて“メニューを頼む”という刺激を呈示された場合には,実験参加者は“レ

ストランで食事をしたときに,メニューを頼んだ経験”を思い出すよう求めら

れる。一方,行為先行条件においては,まず行為レベルの情報(例.メニュー

を頼む)を呈示され,それに続いて活動レベルの情報(例.レストランで食事

をする)を呈示される。その上で,活動先行条件と同様,両者に当てはまる経

験(例.レストランで食事をしたときに,メニューを頼んだ経験)を想起する

よう求められる。そして,こうした 2 条件に関して,自伝的記憶の想起に要す

る時間を比較した。

活動レベルの情報が行為レベルの情報より上位に表象されており,行為レベ

ルの情報は活動レベルの情報のもとに構造化されているのであれば,活動レベ

ルの情報に先にアクセスした方が,行為レベルの情報に先にアクセスするより

も,自伝的記憶を早く想起できると予想される。すなわち,活動先行条件の方

が,行為先行条件より,自伝的記憶想起の反応時間が短いと予想される。それ

に対して,行為レベルの情報の方が,活動レベルの情報よりも上位に表象され

ているとしたら,行為レベルの情報に先にアクセスした方が,自伝的記憶を早

く想起できると考えられる。従って,活動先行条件より,行為先行条件の方が

自伝想起の反応時間が早いと予想される。更に,活動レベルと行為レベルが並

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列的に表象されているのであれば,条件間に差が見られないと予想される。こ

れらの予測のいずれが支持されるかを検討したところ,活動先行条件の方が,

行為先行条件よりも,自伝的記憶を早く想起できることが明らかになった。

更に,次の実験では,自伝的記憶を想起する前に活動レベルの情報をプライ

ム刺激として呈示する条件と(活動プライム条件),行為レベルの情報をプライ

ム刺激として呈示する条件を比較した(行為プライム条件)。その結果,前者の

方が自伝的記憶を早く想起できることが示されている。これらの結果に基づき,

Reiser らは“個々の自伝的記憶は活動レベルの情報のもとに構造化されてい

る”とするモデルを提案している (Figure 3.1 参照 ; Reiser et al., 1985; Reiser

et al., 1987)。

しかし,その後の研究では,Reiser らの主張は支持されていない。例えば,

Barsalou (1988)は,活動と人物,場所,時間に関する情報を比較した。具体的

には,活動レベルの情報と,人物に関する情報,場所に関する情報,時間に関

する情報という 4 種類のプライム刺激を用意した。そして,これら 4 種類の刺

激から,2 つを組み合わせて順に呈示し,両者に当てはまる自伝的記憶を想起

するよう求めた。その結果,プライム刺激の組み合わせに関わらず,自伝的記

レストランで

の食事

イタリアン・

レストランでの食事

フレンチ・

レストランでの食事

大学の生協食堂

での食事

イベント1 ガールフレンド

との初デート

イベント2 論文の提出

祝いのパーティ

イベント5 先輩と研究に

ついて議論

イベント3 友人の結婚

パーティに参加

イベント4 友人に悩みを

相談

Figure 3.1. 活動による自伝的記憶の体制化のモデル (Reiser et al.

(1985)を改変)

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憶の想起時間には差が認められなかった。

また,Lancaster & Barsalou (1997)は,出来事に関する記憶を再生させ,再

生された記述の中にどのようなクラスターが構成されているかを検討した。そ

の結果,活動のみならず,人物や場所や時間によるクラスターが形成されてい

ることが明らかになっている。更に,H. A. Taylor & Tversky (1997)は,エピ

ソードの内容や記憶課題の内容に応じて,人物に関する情報が優先的に処理さ

れやすい場合もあれば,場所に関する情報が優先的に処理されやすい場合もあ

ることを示している。これらの研究に基づくと,自伝的記憶は活動レベルのも

とに一元化して構造化されているとは考えにくい。むしろ様々な要素に関する

情報は,並列的に構造化されていると考えられる。

3.1.2.2. “人生の時期”による階層化

ただし,自伝的記憶の知識構造に,全く階層性を想定することができない訳

ではない。この点に関して,Conway & Bekerian (1987)は興味深い研究を行っ

ている。彼らは,“人生の時期 (lifetime periods)”に関する情報に注目した。人

生の時期に関する知識とは,“○×会社に勤めていた頃”,“△△大学に通ってい

た頃”のように,人生の中での大まかな時間枠組みを示す抽象的な知識である。

そして,プライム刺激として人生の時期に関する情報を呈示すると,人生の時

期に関する情報を呈示しない条件と比べて,自伝的記憶を早く想起できること

を明らかにしている。一方,プライム刺激として活動レベルの情報や意味カテ

ゴリの情報を呈示した場合には,こうした促進効果は認められていない。これ

らの結果から,個々の出来事の記憶は,人生の時期に関する知識のもとに保持

されていると考えることができる。

3.1.3. 個々のエピソードの関連

自伝的記憶の構造に関する第二の研究として,“個々のエピソードがどのよう

に関連付けられているのか”に関する研究が挙げられる。我々は“過去の出来

事を思い出してください”と求められれば,個々の出来事を因果関係や時系列

によって構造化して語るだろう。こうした日常経験を踏まえて,多くの研究者

が“個々のエピソードが因果関係や時系列によって結び付けられ,物語的に構

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造化されている”とみなしてきた (e.g., Nelson, 1993)。しかし,N. R. Brown (in

press)が指摘しているように,語りの中に物語的な構造が見出されたとしても,

知識表象において,自伝的記憶が物語的な構造を持っている保証はない。過去

の出来事を想起する際に,人が意識的に,あるいは無意識的に,物語的な構造

を作り出して,自伝的記憶を語っている可能性がある。

そこで,自伝的記憶の構造に関する実験的研究では,“自伝的記憶の語りに見

られる物語的な構造が自伝的記憶の知識構造を反映しているのかどうか”が検

討されてきた。これらの研究においては,基本的には,自伝的記憶の物語的構

造が裏付けられている。例えば,自伝的記憶の時間的順序性に関して検討した

研究では,個々のエピソードは時間軸に沿って構造化されていることが見出さ

れている (e.g., S. J. Anderson & Conway, 1993; Wright & Nunn, 2000)。また,

Radvansky, Copeland, & Zwann (2005)は,物語に関する記憶の構造と,自伝

的記憶の構造を比較し,物語に関する記憶も,自伝的記憶も,同じように因果

関係や時系列によって構造化されていることを見出している。

こうした物語的構造は,イベント手がかり法 (event-cueing technique)を用い

た研究においても認められている。イベント手がかり法とは,“参加者自身が想

起した自伝的記憶を手がかりとして,関連する別の自伝的記憶を想起させる”

という実験手法である。こうしたイベント手がかり法を用いた研究では, (1)

個々の記憶が因果関係によって構造化されていることや, (2) 人物や場所,活

動を共有する記憶は互いに関連付けて保持されていることが明らかにされ,自

伝 的 記 憶 の 物 語 的 な 構 造 が 裏 付 け ら れ て い る (e.g., N. R. Brown &

Schopflocher, 1998a, 1998b)。

成人を対象にした研究だけではない。自伝的記憶の構造の物語性は,発達研

究でも確認されている (e.g., Reese, 2002; Wang, in press)。例えば,母親が自

伝的記憶を物語的に精緻に語る場合と,事実のみを簡潔に語る場合を比較する

と,前者の方が幼児の自伝的記憶のパフォーマンスが高いことが見出されてい

る (e.g., Nelson, 1993)。また,母親の記憶想起スタイルに介入することで,幼

児の記憶パフォーマンスが向上することも示されている (e.g., Boland, Haden,

& Ornstein, in press)。これらの知見に基づくと,個々のエピソードに関する

記憶は人物や活動,場所や時系列,因果関係などの結合ルールによって関連付

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けられており,全体として物語的な構造をなしていると考えられる。

3.1.4. 自己-記憶システムモデル

以上のような自伝的記憶の構造に関する知見を踏まえて,Conway らは自己

-記憶システムモデル (self-memory system model)を提案している (Conway &

Pleydell-Pearce, 2000; Conway et al., 2004)。自己-記憶システムモデルでは,

自伝的記憶に関して 3 種類の知識を想定している。

第一に“人生の時期”に関する抽象的知識が挙げられる。上述したように,

人生の時期に関する知識とは,これまでの人生の大まかな時間的枠組みを指す

(例.△△大学に通っていた頃,○×社で勤務していた頃)。自己-記憶システ

ムモデルでは,Conway & Bekerian (1987)の結果を踏まえて,こうした人生の

時期に関する抽象的知識のもとに,個々の出来事の記憶が構造化されているこ

とが仮定されている。

第二に,“出来事に関する抽象的知識 (general events)”が挙げられる。出来

事に関する抽象的知識とは,関連する複数のエピソードから抽象化された抽象

的知識を指す(例.北海道に旅行に行った)。例えば,“北海道に旅行に行った”

という出来事の中には,“出発の日の朝,羽田空港に行くためにモノレールに乗

った”,“飛行機の中で軽食を食べた”,“到着したら現地はとても寒かった”と

いった様々な具体的なエピソードが含まれている。出来事に関する抽象的知識

とは,これらの具体的なエピソードから抽象化された知識で,具体的なエピソ

ードの知識をまとめるものと考えられている。

第三に,“事象特異的知識 (event specific knowledge)”である。事象特異的

知識とは,個々の出来事を経験した際の視覚的情報,聴覚的情報,感情的情報

といった詳細な感覚知覚的知識を指す。Conway (2001)が指摘しているように,

こうした事象特異的知識があるからこそ,人が自伝的記憶を想起する際に,“確

かに自分が体験したエピソードである”という感覚を得ることができると考え

られる(同様の議論として 榊 , 2007)。

このように,自己-記憶システムモデルでは,自伝的記憶の構造に階層性を

想定している。そして,個々の出来事に関する記憶は,人生の時期に関する抽

象的知識のもとに構造化されていると考えられている。こうした仮定は,自伝

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的記憶の階層性に関する知見 (e.g., Conway & Bekerian, 1987)と整合するもの

と言える。更に,自己-記憶システムモデルは,自伝的記憶の物語的な構造も

反映している。具体的には,“出来事に関する抽象的知識”のレベルにおいて,

出来事が因果関係や時系列によって関連付けられ,ライフヒストリーの一部を

形成していると考えられている。

3.2. 先行研究の問題点

以上のように,自伝的記憶の知識構造に関する先行研究では,“自伝的記憶が

どのような階層性を持つのか”や,“個々の出来事の記憶がどのように関連付け

られて保持されているのか”が検討されてきた。そして,これらの知見を踏ま

えたモデルも提案されている (Conway & Pleydell-Pearce, 2000; Conway et al.,

2004)。しかし,自伝的記憶の階層性に関する研究は,エピソードを構成する

知識の抽象度の違いに注目しているに過ぎず,自伝的記憶の知識表象全体を考

慮したものではない。また,個々の出来事の関連に関する研究も,エピソード

とエピソードの局所的な構造に注目したものであり,自伝的記憶の知識表象全

体を考慮しているとは言い難い。このように,従来の研究では自伝的記憶の局

所的な構造しか扱われておらず,“自伝的記憶の知識表象のどの部分が感情の影

響を受けやすく,どの部分は感情の影響を受けにくいのか”という問いに答え

るのは難しいと考えられる。そこで本論文の第Ⅱ部では,“感情の影響”という

観点から自伝的記憶のよりマクロな構造を明らかにする。

ただし,自伝的記憶の知識表象には,各個人がこれまでに体験した様々な出

来事の記憶が含まれていると考えられる。このことから,自伝的記憶の知識表

象は極めて大きなものであり,様々な観点から構造を切り取ることができると

推測される。従って,自伝的記憶の知識構造を探索的に検討していくだけでは,

感情との関連において非本質的な側面を捉えてしまう恐れもある。そこで第Ⅱ

部では,自己概念の構造を手がかりとして,自伝的記憶の知識構造を明らかに

することとした。

これまで論じてきたように,自伝的記憶とは過去に自己が経験した具体的な

エピソードに関する記憶である。それに対して,自己概念とは,個々の具体的

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なエピソードから抽象化された,自己に関する抽象的な知識を指している。例

えば,“自分が優しい行動を示した”という具体的なエピソードは,自伝的記憶

とみなされるのに対して,“自分は優しい”という抽象的な知識は自己概念と言

える。こうした自己概念を手がかりとして自伝的記憶の構造を検討することに

は,いくつかの有用性があると考えられる。

第一に,自己概念は自己に関する抽象的な知識を指す。Klein, Sherman et al.

(1996)が論じているように,こうした抽象的な知識は,個々の具体的な自伝的

記憶をもとに形成されるものと考えられる。このことから,自伝的記憶は自己

概念のもとに構造化されている可能性が示唆される。事実,Bower & Guilligan

(1979)は,自伝的記憶が自己概念のもとに構造化されているとするモデルを提

案している (Figure 3.2 参照 )。こうした彼らのモデルに基づけば,自伝的記憶

の知識構造は自己概念の知識構造と極めて類似していると考えられる。

第二に,自伝的記憶と比較して,自己概念のマクロな構造に関しては,ある

程度の研究成果が蓄積されてきた (e.g., Campbell et al., 2003; Campbell et al.,

1991; Dixon & Baumeister, 1991; Gramzow et al., 2000; Higgins et al., 1986;

Koch & Shepperd, 2004; Linville, 1985, 1987; Showers, 1992)。従って,これ

までに明らかにされている自己概念の構造に基づくと,自伝的記憶のマクロな

構造にも示唆を得られると考えられる。

自己

お年寄りに

席を譲った

友人の相談

にのった

仕事に熱中し

て徹夜した

優しい 仕事熱心

バカンス中,

仕事をした

Figure 3.2. 自己概念と自伝的記憶の関連に関するモデル

(Bower & Guilligan (1979)を改変)

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第三に,自己概念の構造は感情経験と密接な関わりを持つことが指摘されて

いる。例えば,Linville (1985, 1987)は自己概念の構造が感情経験や抑うつに

影響を与えることを示している。こうした Linville の主張は, Dixon &

Baumeister (1991)においても裏付けられている。また,Mikulincer (1995)は

個人のアタッチメントスタイルが自己概念の構造に影響を及ぼし,その結果,

自己の安定性や感情経験にも影響を与えていることを示している。更に,

Showers (1992)も,自己概念の構造が抑うつへの脆弱性や個人の自尊心に影響

を与えることを示している。これらのことから,自己概念の構造を手がかりと

することで,自伝的記憶の構造の中でも,感情との関わりを考える際に本質的

な側面を拾い出すことができると考えられる。

以上より,感情が自伝的記憶に及ぼす影響を考える際には,自己概念の構造

を手がかりとして自伝的記憶の構造を検討することが,極めて有効な方略と考

えられる。ただし,こうした議論では,“自伝的記憶は自己概念のもとに構造化

されている”という前提を置いている。先に論じたように,Bower & Gilligan

(1979)は,自伝的記憶が自己概念のもとに構造化されていると論じている。こ

の他にも,数多くの研究者が自伝的記憶と自己概念の密接な関連を指摘してき

た (e.g., Brewer, 1986; Robinson, 1986)。こうした主張が妥当なものであれば,

自伝的記憶の構造には自己概念の構造が反映されており,自己概念の構造は,

自伝的記憶の構造を解明するための有効な手がかりとなると考えられる。

しかし,Bower & Gilligan (1979)のモデルには実証的な裏付けがなく,彼ら

のモデルが妥当なものとは言い切れない。また,自伝的記憶が自己概念と独立

に保持されていることを示す知見も数多く存在する (e.g., Klein & Loftus,

1993b; Klein, Loftus, & Sherman, 1993; Tulving, 1993)。従って,自伝的記憶

と自己概念が独立に保持されているという可能性もある。そして,仮に自伝的

記憶と自己概念が独立に保持されているのであれば,自伝的記憶の知識構造と

自己概念の知識構造が類似している保証はない。自伝的記憶は,自己概念とは

全く異なる形で構造化されている可能性も出てくる。この場合には,自己概念

の構造を手がかりとするのは難しいと言える。

以上のように,“自己概念の構造が自伝的記憶の構造を検討するための手がか

りとなりうるか”を議論する場合には,“自伝的記憶が自己概念と関連付けられ

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て保持されているか否か”が極めて重要な問題になる。そこで以下,自伝的記

憶と自己概念の関連についての先行研究を概観する。

3.3. 自伝的記憶と自己概念の関連を示す研究

自伝的記憶や自己概念に関する従来の研究では,多くの研究者が“自伝的記

憶と自己概念は様々な形で密接に相互作用している”と主張してきた (e.g.,

Brewer, 1986)。例えば,Robinson (1986)は,自己概念が維持されたり,変容

されたりする際に,自伝的記憶がそのリソースとなっていると論じている。こ

うした Robinson の主張を裏付けるように,数多くの研究において,自己概念

と自伝的記憶の密接な関連が指摘されてきた。

例えば,Woike et al. (1999)は,人は自己概念と一致する自伝的記憶を選択

的に想起する傾向があることを明らかにしている。Woike らはこうした知見を

もとに,人は自己概念と合致する自伝的記憶を選択的に想起することで,自己

概念を維持していると論じている。また,自伝的記憶を想起する際には,自己

概念に望ましい形で記憶が歪められて想起されており (e.g., Ross, 1989;

Wilson & Ross, 2003),こうして歪められた自伝的記憶が自己概念を形成する

ことも示されている (e.g., Kunda, 1990; Kunda & Sanitioso, 1989; Markus &

Kunda, 1986)。更に,自伝的記憶の中には,自己概念を定義づける重要な記憶

(self-defining memories)が含まれていることも指摘されている (e.g., Blagov &

Singer, 2004)。

以上のように,様々な研究において,自伝的記憶と自己概念が密接に相互作

用していることが指摘されている。これらの研究は,知識構造を直接的に検討

したものではない。しかし,こうした自伝的記憶と自己概念の相互作用を踏ま

えると,心的な知識構造においても自伝的記憶と自己概念は関連付けられて保

持されている可能性が示唆される。実際,自伝的記憶の知識構造に関するモデ

ルにおいては,自伝的記憶と自己概念がリンクしていると考えられてきた。例

えば,Bower & Gilligan (1979)は,自己概念のもとに自伝的記憶が構造化され

ていると仮定している (Figure 3.2 参照 )。また,Conway et al. (2004)による自

己-記憶システムモデルの改訂版においても,自己概念が自伝的記憶の知識表

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象とリンクしていることが仮定されている。

これらより,自伝的記憶は自己概念のもとに構造化されており,自伝的記憶

の知識構造には,自己概念の知識構造が反映されていると考えられる。従って,

既に明らかにされている自己概念の構造を手がかりとすれば,自伝的記憶の知

識構造を一層解明できると言える。

3.4. 自伝的記憶と自己概念の独立性を示す研究

前節で述べたように,数多くの研究者が自伝的記憶と自己概念が関連付けら

れていると考えてきた。しかし,これらの研究者は,知識構造を直接的に検討

してこなかった。それに対して,知識表象における自己概念と自伝的記憶の関

連を直接的に検討した研究では,自伝的記憶は自己概念とは独立に保持されて

いるとする結果が報告されている。

3.4.1. 神経心理学的研究

自己概念と自伝的記憶の独立性を示す第一の研究として,脳損傷患者を対象

とした神経心理学的研究が挙げられる。脳損傷患者に対する研究では,“自伝的

記憶を想起できないのに,抽象的な自己概念にはアクセスすることができる”

という,自伝的記憶の選択的損傷例が報告されてきた。例えば,Tulving (1993)

は,具体的な過去の経験を想起できない K. C.という症例に,“優しい”,“短気

だ”,“優柔不断だ”といった性格特性語を呈示した。そして,“自分自身にこれ

らの性格特性語が当てはまるかどうか”を判断させた。その結果,K. C.症例は,

かなり正確に自分の性格を把握していることが見出されている。こうした脳損

傷患者の症例に基づき,Tulving は自伝的記憶と自己概念は異なるシステムで

表象されており,両者は互いに独立に表象されていると考えている。

しかし,自伝的記憶の選択的損傷患者の存在は,“自伝的記憶と自己概念が関

連付けられている”という可能性を排除できるものではない。自伝的記憶は,

基本的には単一の経験に関する表象であり,1 回の経験で獲得されるものであ

る。それに対して,自己概念は自己に関する抽象的知識であり,関連する様々

な経験から抽象化された知識と考えることができる。このことから,抽象的な

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自己概念の方が,自伝的記憶より強い記憶痕跡 (trace)を持っており,損傷され

にくいと考えられる。すなわち,自伝的記憶と自己概念が同じシステム内で関

連付けられて表象されていたとしても,自己概念の方が,自伝的記憶よりも損

傷されにくいと考えられるのである。このように,自伝的記憶の選択的損傷患

者の存在だけでは,“自伝的記憶と自己概念は独立に表象されている”と結論付

けることはできない。“自伝的記憶と自己概念は独立に表象されている”と主張

するためには,自伝的記憶の選択的損傷患者だけでなく,“自伝的記憶は想起で

きるが,自己概念にはアクセスできない”という自己概念の選択的損傷患者の

存在を示す必要があると考えられる (同様の議論として Squire & Knowlton,

1995)。

更に,自己概念の選択的損傷患者が存在したとしても,“自伝的記憶と自己概

念が関連づけられている”という可能性を排除することはできない。ここでは,

エピソード記憶と意味記憶に関する研究を例に考えてみることにしよう。脳損

傷患者に対する神経心理学的研究では,エピソード記憶と意味記憶の二重乖離

が存在することが指摘されている (レビューとして Kapur, 1999; Wheeler &

McMillan, 2001)。すなわち,“エピソード記憶を想起できないにも関わらず,

意味記憶にはアクセスできる”というエピソード記憶の選択的損傷例や (e.g.,

Evans, Breen, Antoun, & Hodges, 1996; Hunkin et al., 1995; Kapur &

Brooks, 1999; O'Connor, Butters, Militotis, Eslinger, & Cermak, 1992),“意

味記憶にアクセスできないにも関わらず,エピソード記憶にはアクセスできる”

という意味記憶の選択的損傷例の存在が指摘されてきた (e.g., Kapur et al.,

1994; Nakamura, Nakanishi, Hamanaka, Nakaaki, & Yoshida, 2000;

Snowden, Griffiths, & Neary, 1996; Yasuda, Watanabe, & Ono, 1997)。これ

らの研究に基づけば,エピソード記憶と意味記憶は独立に保持されていると考

えられるかもしれない。

しかし,こうした二重乖離の論理に基づく結論は,“脳内の認知機能は完全に

独立に営まれており,互いに単純な情報を伝えあうだけである”という認知機

能の局在性の強い仮定に基づいている。この仮定が妥当な場合には,上記の損

傷例から“エピソード記憶と意味記憶は独立に保持されている”と結論付ける

ことができると考えられる。しかし,Farah (1994)も指摘しているように,脳

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はネットワークとして情報処理を行っており,脳の機能は局在論だけで捉えら

れるものではない。従って,エピソード記憶の選択的損傷例や意味記憶の選択

的損傷例が見られたとしても,エピソード記憶と意味記憶が完全に独立に保持

されているとは言い切れない。実際,近年の研究では,エピソード記憶と意味

記憶が相互作用していることが見出されている (e.g., Westmacott, Black,

Freedman, & Moscovitch, 2003; Westmacott & Moscovitch, 2003)。このこと

から,エピソード記憶と意味記憶の二重乖離を示す神経心理学的研究は,エピ

ソード記憶と意味記憶が完全に独立に保持されていることを意味する訳ではな

いと言える。

自伝的記憶と自己概念の関連についても,同じことが言えると考えられる。

すなわち,自己概念の選択的損傷や自伝的記憶の選択的損傷が認められたとし

ても,こうした症例は“自伝的記憶と自己概念が完全に独立に保持されている”

ことを示す訳ではない。他の状況や他の対象について検討した際には,“自伝的

記憶と自己概念が関連している”という結果が得られる可能性も残る。従って,

上記の研究は,エピソード記憶と意味記憶が関連している可能性を完全に排除

することはできないと考えられる。

3.4.2. 実験心理学的研究

自己概念と自伝的記憶の独立性を示す第二の研究として,Klein と Loftus ら

の一連の研究が挙げられる (e.g., Klein, Babey, & Sherman, 1997; Klein &

Loftus, 1993b; Klein, Loftus, & Burton, 1989; Klein, Loftus, & Plog, 1992;

Klein, Loftus, Trafton, & Fuhrman, 1992)。

3.4.2.1. 課題促進パラダイム

Klein と Loftus らは課題促進パラダイム (task facilitation paradigm)という

手法を考案し,自己概念が自伝的記憶の想起に及ぼすプライミング効果を検討

した (e.g., Klein & Loftus, 1993a, 1993b)。課題促進パラダイムは,以下の 3

種類の課題を利用する。これらの課題は,いずれも“優しい”,“短気だ”とい

った性格特性語を利用したものである。

1. 自己記述課題 (self-descriptive task):性格特性語が自分自身に当てはま

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るかどうかを判断する課題。具体的には,コンピュータ画面に性格特性

語を 1 語呈示し,“呈示された語が自己に当てはまるかどうか”を判断さ

せる。そして,判断できたら,できるだけ早くキーを押すよう求めるの

である。こうした自己記述課題の遂行中は,自己に関する抽象的な知識

である自己概念にアクセスすると考えられている。なお,Klein と Loftus

らの研究では (e.g., Klein & Loftus, 1993a, 1993b),課題遂行の反応時間

のみに関心が払われてきた。そのため,実験参加者には,判断の結果(特

性語を自己に当てはまると判断したのか,当てはまらないと判断したの

か)は一切報告させていない。

2. 自伝想起課題 (autobiographical task):性格特性語に当てはまる過去経験

を想起させる課題。具体的には,コンピュータ画面に性格特性語を 1 語

呈示し,自分自身が当該特性語に一致する行動をとったときの具体的な

経験を想起させる。そして,想起できたら,できるだけ早くキーを押す

よう求めるのである。こうした自伝想起課題を遂行するためには,自伝

的記憶にアクセスする必要があると考えられている。なお,自己記述課

題と同様,自伝想起課題においても反応時間のみに関心が払われていた。

そのため,想起した自伝的記憶の内容は,一切報告させていない。

3. 定義課題 (define task):性格特性語の定義を生成させる課題。自己記述課

題や自伝想起課題と同様,コンピュータ画面に性格特性語が 1 語呈示さ

れる。その上で,呈示された語に関する自分なりの定義を生成させ,生

成できたらできるだけ早くキーを押すよう求めるのである。こうした定

義課題においては,自己概念や自伝的記憶といった“自己”に関する知

識にはアクセスしないものと考えられている。その代わり,一般的な意

味的知識にアクセスすると考えられている。なお,自己記述課題や自伝

想起課題と同様,生成した定義は報告させていない。

課題促進パラダイムでは,以上の 3 つの課題をもとに,自己概念から自伝的

記憶へのプライミング効果を検討している。具体的な手続きは,以下の通りで

ある。

1. プライム課題 (initial task):自己記述課題・自伝想起課題・定義課題の

いずれかが実施される。実験参加者はキー押しにより回答する。

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2. 1 秒間のポーズ

3. ターゲット課題 (target task):プライム課題と同様,自己記述課題・自伝

想起課題・定義課題のいずれかが実施される。なお,呈示される特性語

は,プライム課題と同じものであった。参加者はキー押しにより回答す

る。

4. 注視点にアスタリスク列が呈示され,1 試行が終了したことが知らされる。

5. 2 秒間のポーズの後,次の試行が開始される。

このように,課題促進パラダイムにおいては,同じ性格特性語について,プ

ライム課題とターゲット課題という 2 つの課題を連続で実施する。そして,プ

ライム課題とターゲット課題のいずれにおいても,自己記述課題,定義課題,

自伝想起課題のいずれかが利用されていた。なお,プライム課題とターゲット

課題の組み合わせは,プライム課題(自己記述・自伝想起・定義)×ターゲッ

ト課題(自己記述・自伝想起・定義)の 9 パターンのいずれかであった (Table 3.1)。

その上で,ターゲット課題の反応時間を従属変数とし,プライム課題の遂行が

ターゲット課題の反応時間にどのような影響を及ぼすかを検討している。

プライム課題

自己記述課題 自伝想起課題 定義課題

自己記述課題 記述→記述 想起→記述 定義→記述

自伝想起課題 記述→想起 想起→想起 定義→想起 ターゲット

課題 定義課題 記述→定義 想起→定義 定義→定義

3.4.2.2. Klein と Loftus らの実験結果

以上のような課題促進パラダイムにおいて,特に次の 2 つの条件が自己概念

と自伝的記憶の関連に対して重要な意味を持つ (Table 3.1 の網がけ部分 )。

① プライム課題として自己記述課題を行い,ターゲット課題で自伝想起課

題を行う条件。

② プライム課題として定義課題を行い,ターゲット課題で自伝想起課題を

行う条件。

Table 3.1. Klein と Loftus の研究において設けられた実験条件

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もし自己概念が関連する自伝的記憶とリンクしているのであれば,事前に自

己概念にアクセスすると,こうしたリンクを通して関連する自伝的記憶にも活

性化が拡散し,自伝的記憶を想起する反応時間が短くなると期待される。一方,

意味的知識は自己とは無関連な知識である。従って,事前に意味的知識にアク

セスしても,自伝的記憶の想起は促進されないと思われる。このことから,プ

ライム課題として自己記述課題を行った場合には,プライム課題として定義課

題を行った場合よりも,ターゲット課題である自伝想起課題の反応時間が早く

なると予想される。

しかし,Klein と Loftus らの研究においては,こうした予測は支持されてい

ない (e.g., Klein & Loftus, 1990; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein, Loftus,

& Plog, 1992; Klein et al., 1993)。すなわち,プライム課題として自己記述課

題を行った場合でも,定義課題を行った場合でも,ターゲット課題である自伝

想起課題の反応時間には差が見られないことが明らかにされている。こうした

結果をもとに,彼らは“自己概念の活性化は自伝的記憶の想起を促進しない”

と考察した。そして,“自己概念は自伝的記憶と独立に表象されている”と結論

付けている。

3.4.2.3. 先行研究の問題点

しかし,N. R. Brown (1993)や Keenan (1993)が指摘しているように,Klein

と Loftus らの研究には問題点がある。上述のように,Klein と Loftus らは,

自己記述課題と比較するベースラインとして,定義課題を利用している。その

ため,結果の解釈が“定義課題は自伝想起課題の遂行を促進しない”という前

提に依存している。この前提が妥当な場合には,彼らの研究結果から,“自伝的

記憶と自己概念が独立に保持されている”と結論付けることができる。だが,

定義課題が自伝想起課題を促進している場合には,彼らの結果は“自己記述課

題も,定義課題も同じように自伝想起課題を促進する”と解釈されることにな

る。この場合には,彼らの結果から,“自伝的記憶と自己概念が独立に保持され

ている”と結論付けることはできない。むしろ,彼らの結果は“自伝的記憶と

自己概念がリンクしている”ことを意味するものになってしまう。

更に,以下のような理由に基づくと,定義課題が自伝想起課題を促進すると

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考えられる。第一に,定義課題では,性格特性語の定義を生成することが求め

られる。こうして定義を生成する際に,実験参加者は自己の具体的な経験をリ

ソースとして利用している可能性がある。第二に,自伝的記憶の研究では,意

味的知識が自伝的記憶の体制化に利用されており,意味的知識と自伝的記憶が

リンクしていることが指摘されている (e.g., Reiser et al., 1985; Reiser et al.,

1987)。このことから,定義を生成する際に意味的知識にアクセスすると,関

連する自伝的記憶にも自動的に活性化が拡散している可能性があると考えられ

る。その結果,自伝的記憶の想起も促進されているかもしない。これらのこと

から,“定義課題は自伝想起課題を促進しない”という Klein と Loftus の前提

の妥当性には,疑問が残ると考えられる。

ただし,こうした問題点に関しては,Klein と Loftus ら自身も認めている。

そして,この問題点を解消するため,1997 年には新たな研究を行った (Klein et

al., 1997)。この研究では,定義課題の代わりに黙読課題 (read-only task)を利

用している。黙読課題においても,他の課題と同様,性格特性語が呈示される。

そして,性格特性語を黙読するよう求めるのである。その結果,プライム課題

として自己記述課題を行った場合でも,黙読課題を行った場合でも,ターゲッ

ト課題である自伝想起課題の反応時間には差が見られなかった。こうした結果

に基づき,Klein と Loftus らは,改めて自伝的記憶と自己概念の独立性を主張

している。

しかし,Klein et al. (1997)の結果の解釈にも,問題点を指摘することができ

る。この研究では,結果の解釈の際に,“黙読課題が自伝想起課題を促進しない”

という前提が置かれている。しかしながら,“黙読課題が自伝想起課題を促進し

ない”とは言い切れない。黙読課題においても,性格特性語の意味を理解する

ために,意味的知識にアクセスしていると考えられる。そして,上述のように,

意味的知識は自伝的記憶の体制化に利用されている可能性がある (e.g., Reiser

et al., 1985; Reiser et al., 1987)。これらのことから,黙読課題において性格

特性語の意味的知識にアクセスすると,関連する自伝的記憶にも活性化が拡散

し,自伝的記憶の想起が促進されている可能性があると考えられる。仮に黙読

課題が自伝想起課題を促進している場合には,Klein et al.の結果は,“自己記

述課題は,黙読課題と同じくらい自伝想起課題を促進する”ことを意味するに

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過ぎず,自伝的記憶と自己概念の独立性を示すものではなくなってしまう。こ

のように,黙読課題を利用しても,“自伝的記憶と自己概念が独立に保持されて

いる”とは言い切れないのである。

3.5. 先行研究のまとめ

上述のように,自伝的記憶の構造を検討する際に,自己概念の構造を手がか

りとするためには,“自伝的記憶が自己概念のもとに構造化されている”という

前提を満たす必要がある。しかし,こうした前提に関しては,これまでに 2 つ

の矛盾する見解が提出されている。

第一に,3.3.節で述べたように,数多くの研究が自伝的記憶と自己概念は様々

な形で相互作用していることを指摘してきた (e.g., Blagov & Singer, 2004;

Kunda & Sanitioso, 1989; Markus & Kunda, 1986; レビューとして Kunda,

1990; Ross, 1989; Wilson & Ross, 2003)。これらの研究は知識構造を直接的に

検討した研究ではないものの,“心的表象においても,自伝的記憶と自己概念が

リンクしている”ことを示唆するものと言える。事実,自伝的記憶や自己概念

の知識表象のモデルでは,自伝的記憶と自己概念がリンクしていることが仮定

されている (e.g., Bower & Gilligan, 1979; Conway et al., 2004)。

しかし,知識構造を直接的に検討した場合には,神経心理学的研究において

も,実験心理学的研究においても,自伝的記憶と自己概念の独立性が繰り返し

示されてきた (e.g., Klein et al., 1997; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Tulving,

1993)。こうした結果が妥当なものであれば,自伝的記憶の知識構造が自己概

念の構造と類似しているとは考えにくい。そして,自伝的記憶の構造を検討す

る際に,自己概念の構造はそれほど有用な手がかりとはならないことが示唆さ

れる。だが,前節で述べたように,自伝的記憶と自己概念の独立性を示す研究

結果は,“自伝的記憶と自己概念が関連している”という立場に立っても解釈す

ることができる。従って,“自伝的記憶と自己概念が独立に保持されているのか,

関連して保持されているのか”に関しては,現段階では明確な結論を導くこと

はできないと言える。

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51

3.6. 本研究の目的

そこで研究 1 では,Klein と Loftus らの研究の問題点を排除した上で,自伝

的記憶と自己概念が関連しているのかどうかを明らかにする。こうした目的の

ため,Klein と Loftus らと同様,課題促進パラダイムを利用する。ただし,以

下の 2 点の変更を加えた。第一に,実施する試行数を減らしたことが挙げられ

る。上述のように,Klein と Loftus らは,同一参加者に対して,プライム課題

(3:自己記述・自伝想起・定義)×ターゲット課題(3:自己記述・自伝想起・

定義)の 9 条件を実施していた。しかし,必要以上に数多くの試行を設けるこ

とで,実験参加者が疲労し,結果に含まれる誤差が増える恐れがある。そして,

こうした誤差によって検定力が低下し,本来であれば有意な結果が得られるべ

き箇所についても,有意な結果が得られなくなる可能性がある。そこで,本研

究の主たる関心に関わる試行のみを設けることとした。具体的には,プライム

課題は全て自己記述課題,ターゲット課題は全て自伝想起課題とした。

第二に,Klein と Loftus らの研究の問題点を排除するためには,定義課題や

黙読課題以外の比較条件を利用して,自己概念から自伝的記憶へのプライミン

グ効果を検討する必要がある。そこで本研究では,呈示する性格特性語を操作

し,以下の 2 つの条件を設けることとした。第一に同特性語条件,第二に異特

性語条件である。同特性語条件においては,オリジナルの課題促進パラダイム

と同様,プライム課題とターゲット課題で同じ性格特性語を呈示した。一方,

異特性語条件においては,プライム課題とターゲット課題で,意味的に無関連

な性格特性語を呈示することとした。

Figure 3.2 のように,自己概念が関連する自伝的記憶とリンクして保持され

ているのであれば,自己記述課題で自己概念にアクセスすると,関連する自伝

的記憶にも活性化が拡散すると考えられる。その結果,自己記述課題でアクセ

スした自己概念と関連する自伝的記憶の方が,無関連な自伝的記憶より,早く

想起できると考えられる。すなわち,同特性語条件の方が,異特性語条件より,

自伝想起課題の反応時間が短いと予想される。それに対して,自己概念が自伝

的記憶と独立に保持されているのであれば,自己記述課題で自己概念にアクセ

スしても,関連する自伝的記憶にも,無関連な自伝的記憶にも,活性化が拡散

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52

しないと考えられる。従って,同特性語条件でも,異特性語条件でも,自伝想

起課題の反応時間には差が見られないと予想される。研究 1 では,これらの予

測のいずれが支持されるのかを検討する。

3.7. 方法

3.7.1. 実験参加者

32 名の大学生及び大学院生が個別に実験に参加した(男性 16 名,女性 16

名:平均年齢=25.13, SD = 2.80)。数百円相当の文房具を謝礼とした。

3.7.2. デザイン

プライム刺激の種類に関して,同特性語条件と異特性語条件の 2 水準を設け

た(被験者内要因)。条件ごとに,10 試行ずつが設けられた。同特性語条件の

試行と異特性語条件の試行はランダムな順で実施した。従属変数は,自伝想起

課題の反応時間である。

3.7.3. 刺激

3.7.3.1. 自伝想起課題

特定の性格特性語のみを利用すると,結果の一般化可能性に疑問が生じる可

能性がある。従って,様々な性格特性を示す性格特性語を偏りなく使用するこ

とが望ましいと考えられる。そこで,性格特性の Big-Five パーソナリティ理論

に関する研究 (柏木・和田・青木 , 1993; 和田 , 1996)をもとに,特性語を選出す

ることとした。Big-Five パーソナリティ理論では,神経症傾向,外向性,開放

性,同調性,誠実性という 5 つの因子によってパーソナリティを捉えようとす

る。そこで,いずれの因子に高い負荷を持つ特性語も,偏りなく利用すること

とした。

ただし,実験で使用する特性語の中に,極端に意味的に近いものが含まれる

場合には,実験中に何度も同じ自伝的記憶を想起することになる。その結果,

自伝想起課題の反応時間の意味も歪められてしまう恐れがある。そこで,

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Big-Five パーソナリティ理論の各因子に高い負荷を持つ特性語に関して,著者

自身が K.J 法 (川喜多 , 1967)によるカテゴリ分けを行った。その上で,同じカ

テゴリから複数の特性語を選択することがないように配慮した。以上の手続き

を踏まえて, 終的には 20 語の特性語を選択した。これらの 20 語には,Big-

Five パーソナリティ理論における 5 因子のそれぞれについて,ポジティブ語と

ネガティブ語がそれぞれ 2 語ずつ含まれている。

これらの 20 語の特性語を,同特性語条件と異特性語条件に 10 語ずつ割り当

てた。なお,特性語の内容と条件の交絡を防ぐため,いずれの条件にも,Big-Five

パーソナリティ理論の 5 因子のそれぞれについて,ポジティブ語とネガティブ

語を 1 語ずつ割り当てた。また,特定の特性語を一方の条件においてのみ使用

すると,こうした特性語の偏りが結果に影響を与えてしまう恐れがある。そこ

で,特性語の条件への割り当ては,参加者ごとにカウンターバランスをとった。

3.7.3.2. プライム課題(自己記述課題)

同特性語条件においては,自伝想起課題と同じ語を自己記述課題でも利用し

た。それに対して,異特性語条件においては,自伝想起課題とは異なる語を利

用した。なお,無関連特性条件のうち,半数の試行では,自伝想起課題の特性

語と同じ感情価の特性語を呈示した。すなわち,自伝想起課題でポジティブ語

を利用する場合には,自己記述課題でもポジティブ語を呈示した。同様に,自

伝想起課題でネガティブ語を利用する場合には,自己記述課題でもネガティブ

語を呈示した。一方,残りの半数の試行では,自伝想起課題の特性語と異なる

感情価の特性語を呈示した。すなわち,自伝想起課題でポジティブ語を利用す

る場合には,自己記述課題ではネガティブ語を,自伝想起課題でネガティブ語

を利用する場合には,自己記述課題ではポジティブ語を利用した。

無関連特性条件のプライム刺激として利用された特性語は,柏木ら (1993)・

和田 (1996)をもとに選択された 10 語である。これら 10 語は,Big-Five パーソ

ナリティ理論において,各因子に高い負荷を持つ特性語を 2 語ずつ収集したも

のである。なお,半数はポジティブ語,残る半数はネガティブ語であった。自

伝想起課題で使用した特性語と,高い意味的関連性を持つ語を含めないよう配

慮した。使用した特性語の例を Table 3.2 に示す。

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以上の 30 語に加えて,練習課題で利用する特性語を 12 語選択した。これら

の特性語に関しても,本実験で使用する特性語と極端に意味的関連性が高いも

のは含めなかった。

プライム課題 自伝想起課題 プライム課題 自伝想起課題

神経症傾向 薄情な 楽観的な 怠惰な 情緒不安定な

外向性 向上心のある 付き合いが良い 要領の良い 口下手な

開放性 攻撃的な 論理的な 温厚な 不器用な

同調性 頭が良い 協力的な 劣等感のある 意地悪な

誠実性 新し物好きな 冷静な 主体性のある ルーズな

3.7.4. 手続き

実験参加者には,カラーモニターの前に座るよう求めた。実験の目的として,

“人がどのように過去の経験を思い出しているのかを調べる実験です”と教示

した。その上で,それぞれの課題をできるだけ正確に遂行するよう求めた。ま

た,答えが分かったらできるだけ早く,利き手の人差し指でスペースキーを押

すよう求めた。なお,上述のように,Klein らの実験では,自伝想起課題も,

自己記述課題も,定義課題も,頭の中だけで課題を遂行するように求めており,

想起した記憶や自己記述判断の結果,生成した定義について言語的に報告させ

ることも,キー押しで報告させることもなかった (e.g., Klein et al., 1997; Klein,

Cosmides, Tooby, & Chance, 2001; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein et al.,

1989; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al., 1993; Klein, Loftus, Trafton

et al., 1992)。そこで本研究においても,想起した記憶の内容や自己記述判断

の結果を報告させないこととした。実験の方法についての教示を終えた後,練

習試行を行うよう求めた。練習には,同特性語条件に相当する試行と,異特性

語条件に相当する試行が,それぞれ 4 試行ずつ含まれていた。

実験参加者が十分に手続きを理解したことを確認してから,本試行を行った。

各試行では,まず画面に“用意はいいですか?”という質問が呈示された。実

験参加者は,課題に取り組む用意ができた時点でスペースキーを押すよう求め

Table3.2 研究 1 の異特性語条件で使用された特性語(例)

題の

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られた。参加者がスペースキーを押すと,“あなたに当てはまるか判断してくだ

さい”という教示が呈示された。そして,1500ms 後に,教示の下に性格特性

語が 1 語呈示された。参加者には,呈示された特性語が自分自身に当てはまる

かどうかを判断し,判断したらできるだけ早くスペースキーを押すよう求めた。

参加者がスペースキーを押すと,教示と特性語が消えた。そして,1000ms 後

に,“当てはまる経験を思い出してください”という自伝想起課題の教示が呈示

された。自己記述課題と同様,教示が呈示された 1500ms 後に,教示の下に性

格特性語が 1 語呈示された。参加者には,自分自身が特性語に一致する行動を

とったときのことを思い出し,思い出したらできるだけ早くスペースキーを押

すよう求めた。“自伝想起課題の反応時間”として,自伝想起課題の特性語が呈

示されてから,参加者がスペースキーを押すまでの時間を測定した。なお,自

伝想起課題が終了すると,2 秒後に,再び“用意はいいですか?”という質問

が呈示され,次の試行が開始された。

3.8. 結果

1 名の参加者が実験者の指示に従わなかった(課題遂行中に欠伸をしたり,

伸びをしたりして,しばしばキー押しのタイミングが著しく遅れた)。そこで,

以降の分析では,この参加者の結果を除外した。外れ値の影響を抑えるため,

自伝想起課題の反応時間は対数変換した。

3.8.1. 仮説の検討

対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,条件間の比較を行った。そ

の結果,同特性語条件の方が,異特性語条件よりも,有意に自伝想起課題の反

応時間が短いことが示された (Figure 3.3; t (30) = 5.88, d = 1.07, p < .001)。こ

のことから,事前に自己概念にアクセスすると,関連する自伝的記憶の想起が

促進されると考えられる。すなわち,Klein や Loftus らの結果 (e.g., Klein &

Loftus, 1993b)に反して,自己概念は,関連する自伝的記憶とリンクして保持

されていると言える。

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56

3.8.2. 性別の効果の検討

なお,自伝的記憶に関しては,いくつかの研究で性差が報告されている。例

えば,Davis (1999)は,成人の参加者に対して,子ども時代の自伝的記憶を想

起するよう求めた。その結果,男性よりも,女性の方が,感情的記憶を数多く

想起することが示されている。同様に,Seidlitz & Diener (1999)は,男性は感

情的経験の要点のみを記銘しようとするのに対して,女性は細部まで記銘しよ

うとしており,その結果,男性より,女性の方が感情的経験に関する記憶成績

が良いことを明らかにしている。これらの研究は,自伝的記憶の想起量におけ

る性差を示すもので,反応時間における性差を報告したものではない。しかし,

こうした研究結果に基づくと,男性より女性の方が感情的経験に対するアクセ

シビリティが高く,感情的経験を想起する反応時間も短いという可能性が考え

られる。

それに対して,性格特性語に関する経験は,しばしば感情を伴うものと考え

られる。例えば,“わがままだ”といった性格特性語に関して,“5 歳の頃,デ

パートに買い物に行った際に,おもちゃをしつこく両親にねだって買ってもら

った”といった経験を想起したとしよう。こうした経験は,“自己嫌悪”や“後

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

同特性語 異特性語

自伝想起課題反応時間

Figure 3.3. 条件ごとの自伝想起課題の反応時間 (対数変換前の反応時間の平均値:研究 1)

(ms)

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悔”といったある種のネガティブ感情を伴っているかもしれない。あるいは,

“懐かしさ”のようなポジティブ感情を伴うものかもしれない。このように,

性格特性語自体が感情価を持つため,そこから想起される自伝的記憶にも,感

情的な経験が数多く含まれると考えられる。“感情的経験の想起には性差があ

る”という上述の研究結果 (Davis, 1999; Seidlitz & Diener, 1999)を踏まえる

と,自伝想起課題の反応時間にも性差が見られる可能性があると考えられる。

そこで,対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,プライム刺激(同

特性語・異特性語)×性別(男・女)の分散分析を行った。プライム刺激は被

験者内要因,性別は被験者間要因である。その結果,プライム刺激の主効果が

有意で (F (1, 11) = 87.26, p < .001),同特性語条件の方が異特性語条件よりも

自伝想起課題の反応時間が短いことが示された。一方,性別の主効果や性別と

プライム刺激の交互作用は,有意ではなかった (ps > .60)。これらの結果から,

自己概念から自伝的記憶へのプライミング効果は,性別に関わらず認められる

と言える。

3.9. 考察

3.9.1. 結果のまとめ

Klein と Loftus らは一連の研究の中で,“自己概念の活性化は自伝的記憶の

想起を促進しない”という結果を繰り返し報告してきた (e.g., Klein et al.,

2001; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein et al., 1989; Klein et al., 1993;

Klein, Loftus, Trafton et al., 1992; Klein, Sherman et al., 1996)。しかし,彼

らの結論は,“定義課題は自伝想起課題を促進しない”という前提に依存してい

る。それに対して,本研究では,定義課題を利用せずに,自己記述課題が自伝

想起課題を促進するかどうかを検討した。その結果,同特性語条件の方が,異

特性語条件よりも,自伝想起課題の反応時間が短いことが示された。このこと

から,自己記述課題で自己概念にアクセスすると,当該自己概念と関連する自

伝的記憶の方が,無関連な自伝的記憶よりも,早く想起できると考えられる。

従って,Klein と Loftus らの主張は支持されず,自己概念は,関連する自伝的

記憶とリンクしていると言える。

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3.9.2. 感情価の効果

ただし,研究 1 の結果には,他の解釈可能性が残る。第一に,感情価の効果

が挙げられる。同特性語条件では,自己記述課題と自伝想起課題で同じ特性語

が呈示されている。そのため,必然的に,両課題の特性語は同じ感情価を持つ

ことになる。それに対して,異特性語条件の半数の試行においては,自伝想起

課題と自己記述課題で,異なる感情価に関する特性語が呈示された。このこと

から,“自己記述課題でアクセスした自己概念と意味的に関連する経験を想起す

るかどうか”ではなく,“自己記述課題でアクセスした自己概念と同じ感情価に

関する経験を想起するかどうか”が,結果をもたらしている可能性が残る。す

なわち,自己記述課題で自己概念にアクセスすると,当該自己概念と同じ感情

価を持つ自伝的記憶の想起は促進され,異なる感情価を持つ自伝的記憶の想起

は促進されないのかもしれない。

そこで,異特性語条件のうち,自伝想起課題と自己記述課題で同じ感情価の

特性語を使用した場合と,異なる感情価の特性語を使用した場合とで,自伝想

起課題の反応時間に差が見られるかどうかを検討した。その結果,同じ感情価

の特性語が使用された場合にも (M = 5855 ms),異なる感情価の特性語が使用

された場合にも (M = 5835 ms),自伝想起課題の反応時間には差が見られなか

った (F (1, 29) = 0.01)。このことから,本研究の結果を感情価によって説明す

ることはできないと考えられる。

3.9.3. 特性語の使用頻度の効果

第二に,特性語の使用頻度や親近性の効果が挙げられる。先行研究では,親

近性が高い刺激ほど,命名の反応時間が短いことが指摘されている (e.g.,

Gerhand & Barry, 1998)。本研究では,参加者ごとにカウンターバランスをと

って,できるだけ偏りなく各条件に特性語を割り当てた。しかし,条件間で特

性語に何らかの偏りがあり,その結果,自伝想起課題の反応時間に差がもたら

されたという可能性も否定できない。そこで,辻ら (2001)から得られた性格特

性語の使用頻度の評定値をもとに,特性語の使用頻度の効果を統制しても,プ

ライミング効果が認められるかどうかを検討した。

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まず,自己記述課題で利用した特性語の使用頻度について検討した。具体的

には,自己記述課題の特性語の使用頻度から自伝想起課題の反応時間を予測し,

その際の残差を従属変数として,一要因の分散分析を行った。その結果,プラ

イム条件の主効果が有意であった (F (1, 530) = 32.81, MSE = 0.08, p < .001)。

自伝想起課題で利用した特性語に関しても同様の検討を行ったところ,プライ

ム条件の主効果が有意であった (F (1, 586) = 38.48, MSE = 0.08, p < .001)。こ

れらのことから,自伝想起課題における条件差は,特性語の使用頻度に起因す

るものではないと考えられる。

3.9.4. 自己記述課題の効果

第三に,研究 1 では,自己概念を活性化させるために,自己記述課題を利用

したことが挙げられる。Klein や Loftus ら (e.g., Klein & Loftus, 1993b; Klein

et al., 1989; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al., 1993; Klein, Loftus,

Trafton et al., 1992)が仮定するように,自己記述課題において実験参加者が自

らの自己概念にアクセスしているのであれば,研究 1 の結果から,“自己概念

へのアクセスが自伝的記憶の想起を促進する”と結論付けることができる。し

かし,自己記述課題において,自己概念にアクセスしている保証はない。上述

のように,自己記述課題においては,性格特性語が自分に当てはまるかどうか

の判断を行うよう求められる。実験参加者は,こうした判断のリソースとして,

関連する自伝的記憶にも意識的にアクセスしているのかもしれない。その場合

には,“同特性語条件の方が,異特性語条件よりも自伝想起課題の反応時間が早

い”という結果は,極めて当然のものと考えられる。すなわち,自伝想起課題

の反応時間における同特性語条件と異特性語条件の差は,自伝的記憶と自己概

念のリンクを想定しなくても説明できるのである。以上のことから,研究 1 の

結果だけでは,知識構造において自己概念と自伝的記憶が直接的にリンクして

いるとは言い切れない。そこで研究 2~4 では,自己記述課題を利用せずに,

自己概念と自伝的記憶が直接的にリンクしているかどうかを検討する。

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第 4 章 自伝的記憶と自己概念の関連: プライミング法による検討(研究 2)

4.1. 目的

研究 1 では自己記述課題を利用し,“事前に自己概念にアクセスすると関連

する自伝的記憶の想起が促進される”ことを示唆する結果が得られた。しかし,

上述のように,自己記述課題において,実験参加者が自己概念にアクセスして

いる保証はない。自己記述課題において“特性語が自己に当てはまるか否か”

を判断する際に,判断リソースとして関連する自伝的記憶にアクセスしている

可能性もある。研究 2 の主たる目的は,こうした解釈可能性を排除した上で,

研究 1 の結果が得られるかどうかを検討することである。

以上のような目的を達成するためには,自己記述課題を利用しないで,実験

参加者の自己概念の活性化を高めることが求められる。そこで研究 2 では,自

己記述課題の代わりに,プライム刺激を呈示する。具体的には,“私は”という

主語と性格特性語を組み合わせ,プライム刺激として呈示することとした(例.

“私は優しい”,“私は短気だ”)。先行研究では,“私”という語を呈示すると,

実験参加者の自己概念を活性化できることが指摘されてきた (e.g., Gardner,

Gabriel, & Lee, 1999; Kuhnen & Oyserman, 2002)。こうした知見に基づくと,

自己記述課題を利用しなくても,“私は__”といったプライム刺激を利用する

ことで,参加者の自己概念を活性化することができると考えられる。

自己記述課題をプライム刺激に変更した点を除くと,研究 2 の方法は研究 1

とほぼ同様である。すなわち,プライム刺激と同じ特性語に関して自伝的記憶

を想起させる同特性語条件と,プライム刺激と異なる特性語に関して自伝的記

憶を想起させる異特性語条件の 2 条件を設ける。そして,条件間で自伝想起課

題の反応時間に差が見られるかどうかを検討することとした。

もし自伝的記憶と自己概念がリンクしているのであれば,プライム刺激によ

って自己概念が活性化すると,当該自己概念と関連する自伝的記憶にも活性化

が拡散すると考えられる。従って,同特性語条件の方が,異特性語条件よりも,

自伝想起課題の反応時間が短いと予想される。一方,Klein や Loftus らが主張

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するように (e.g., Klein & Loftus, 1993b),自伝的記憶と自己概念が独立に保持

されているのであれば,事前にいかなる自己概念にアクセスしても,自伝的記

憶の想起は影響を受けないと考えられる。従って,同特性語条件でも,異特性

語条件でも,自伝想起課題の反応時間には差が見られないと予想される。研究

2 では,これらの予測のどちらが支持されるかを検討する。

4.2. 方法

4.2.1. 実験参加者

20 名の大学生および大学院生が個別に実験に参加した(男性 10 名・女性 10

名;平均年齢 = 23.8, SD = 1.79)。数百円相当の文房具を謝礼とした。

4.2.2. デザイン

研究 1 と同様,プライム刺激の種類を操作し,同特性語条件と異特性語条件

の 2 条件を設けた(被験者内要因)。条件ごとに 10 試行ずつが設けられた。同

特性語条件の試行と異特性語条件の試行はブロック化せず,ランダムな順序で

実施した。従属変数は,自伝想起課題の反応時間である。

4.2.3. 手続き

研究 2 の手続きは,研究 1 とほぼ同様であった。ただし,自己記述課題の代

わりに,“私は__”というプライム刺激を 1500ms 呈示した。なお,プライ

ム刺激の空欄部分には,試行ごとに異なる性格特性語を 1 語ずつ挿入した(例.

私は誠実だ,私は神経質だ)。実験参加者が十分にプライム刺激を見ていない場

合には,プライム刺激の操作が効果を持たない可能性がある。そこで実験参加

者には,“経験を思い出していただく前に,手がかり語が呈示されます。手がか

り語は,『私は○○だ』という短文です。手がかり語を見ておくと,後で経験を

思い出しやすくなりますので,画面の中央をよく見ておいてください”と教示

した。

ただし,プライム刺激が呈示されている際に,実験参加者がプライム刺激に

関連する自伝的記憶を意識的に想起してしまう恐れがある。その場合には,自

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己概念から自伝的記憶へのプライミング効果が存在しなくても,“同特性語条件

の方が異特性語条件よりも,自伝想起課題の反応時間が短い”という結果が得

られてしまう。以上のような問題を防ぐため,実験前に次のような教示を行っ

た。

“予め手がかり語(プライム刺激)について,具体的な経験を思い出しておき

たいと思うかもしれません。しかし,経験を思い出す課題においては,手がか

り語と同じ特性語が呈示される場合もあれば,異なる形容詞が呈示される場合

もあります。手がかり語と異なる形容詞が呈示された場合には,手がかり語に

ついて具体的な経験を思い出すことで,経験を思い出すのが著しく困難になる

ことが知られています。従って,手がかり語が呈示されている際には,意識的

に経験を思い出さないよう注意してください。”

こうした教示に加えて,全ての課題が終了した後,プライム刺激が呈示され

ている間に,意識的に自伝的記憶を想起し,自伝想起課題に備えたかどうかの

自己報告を求めた。

4.3. 結果

実験終了後,2 名の参加者が,“プライム刺激が呈示されている際に,意識的

に自伝的記憶を想起して自己記述課題に備えた”と報告した。そこで以降の分

析には,これらの参加者のデータは含めなかった。また,研究 1 と同様,外れ

値の影響を防ぐため,自伝想起課題の反応時間は対数変換した。

4.3.1. 仮説の検討

対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,条件間で差が見られるかど

うかを検討した。その結果,同特性語条件の方が,異特性語条件よりも,有意

に自伝想起課題の反応時間が短いことが示された (Figure 4.1; t (17) = 2.42, d

= 0.59, p < .05)。このことから,研究 1 の結果が裏付けられ,事前に自己概念

にアクセスすると,当該自己概念と関連する自伝的記憶の想起が促進されると

言える。

なお,異特性語条件の半数の試行では,プライム刺激と自伝想起課題で,同

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じ感情価を持つ特性語が呈示された。残りの半数の試行では,プライム刺激と

自伝想起課題で異なる感情価を持つ特性語が呈示されていた。しかし,プライ

ム刺激と自伝想起課題で同じ感情価の特性語が呈示された場合でも (M = 6451

ms),異なる感情価の特性語が呈示された場合でも (M = 6402 ms),自伝想起課

題の反応時間には有意な差は認められなかった (F (1, 17) = 1.00)。

4.3.2. 性別の効果の検討

続いて,研究 1 と同じように,参加者の性別の効果に関して検討を行った。

対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,プライム刺激(同特性語・異

特性語)×性別(男・女)の分散分析を行った。その結果,プライム刺激の主

効果が有意で (F (1, 11) = 87.26, p < .0001),同特性語条件の方が,異特性語条

件より有意に自伝想起課題の反応時間が短いことが示された。一方,性別の主

効果や,性別とプライム刺激の交互作用は,いずれも有意ではなかった (ps

> .69)。このことから,性別に関わらず,自己概念が活性化すると,関連する

自伝的記憶の想起が促進されると考えられる。

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

同特性語 異特性語

プライム刺激の種類

自伝想起課題反応時間

Figure 4.1. 条件ごとの自伝想起課題の反応時間 (対数変換前の反応時間の平均値:研究 2)

(ms)

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4.3.3. 特性語の使用頻度の効果

研究 1 と同様,特性語の使用頻度に関しても検討を行った。辻ら (2001)で得

られた特性語の使用頻度をもとに,特性語の使用頻度の効果を統制しても,自

伝想起課題の反応時間において条件差が認められるかどうかを検討した。まず

プライム刺激の特性語の使用頻度から自伝想起課題の反応時間を予測し,その

残差に関して分散分析を行った。その結果,プライム条件の主効果が認められ

た (F (1, 357) = 57.06, MSE = 0.40, p < .001)。同様に,自伝想起課題の特性語

に関しても使用頻度の効果を統制した分析を行ったところ,プライム条件の主

効果が認められた (F (1, 378) = 41.84, MSE = 0.40, p < .001)。これらより,同

特性語条件と異特性語条件の差は,特性語の使用頻度によって生じたものでは

ないと言える。

4.4. 考察

4.4.1. 結果のまとめ

研究 1 では,自己記述課題を遂行すると,関連する自伝的記憶の想起が促進

されることが明らかになった。このことから,自己概念にアクセスすると,関

連する自伝的記憶の想起が促進されると考えられる。そして,自己概念は,関

連する自伝的記憶とリンクしているという可能性が示唆される。しかし,研究

1 の結果には疑問が残る。Klein や Loftus らは,自己記述課題において実験参

加者は自己概念にアクセスすると仮定していた (e.g., Klein & Loftus, 1993b)。

しかし,自己記述課題を遂行する際に,実験参加者が自己概念にアクセスして

いるとは言い切れない。自己記述課題において,参加者は過去の具体的な自伝

的記憶にアクセスしており,こうした過去経験の想起がその後の自伝想起課題

に対する促進効果をもたらしている可能性がある。すなわち,研究 1 の結果は,

自伝的記憶と自己概念のリンクを想定しなくても解釈することができる。

そこで研究 2 では,自己記述課題の代わりに,“私は__”といったプライ

ム刺激を利用することで,自己概念を活性化させた。こうしたプライム刺激を

利用することで,参加者が自己記述判断のリソースとして過去経験にアクセス

するのを防ぐことができると考えられる。それにも関わらず,研究 1 と同様,

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同特性語条件の方が異特性語条件より,自伝想起課題の反応時間が有意に短い

ことが示された。このことから,事前に自己概念にアクセスすると関連する自

伝的記憶の想起が促進されると考えられる。そして,自伝的記憶は関連する自

己概念とリンクされて保持されていると言える。

4.4.2. 研究 1 と研究 2 の比較

更に,研究 1 の結果と研究 2 の結果を比較し,自己記述課題を利用した場合

とプライム刺激を利用した場合とで,プライミング効果に差が見られるかどう

かを検討した。具体的には,対数変換後の自伝想起課題の反応時間について,

自己概念活性化の手法(自己記述課題(研究 1)・プライム刺激呈示(研究 2))

×プライム条件(同特性語・異特性語)の分散分析を行った。自己概念活性化

の手法は被験者間要因である。その結果,プライム条件の主効果が有意で (F (1,

31) = 29.07, p < .001),同特性語条件の方が,異特性語条件よりも有意に自伝

想起課題の反応時間が短いことが示された。自己概念活性化の手法の主効果 (F

(1, 16) = 0.29),自己概念活性化の手法とプライム条件の交互作用は有意ではな

かった (F (1, 16) = 0.06)。これらの結果から,研究 1 の結果の妥当性が示され

たと言える。そして,自己記述課題も,プライム刺激も同じように自己概念を

活性化し,自伝的記憶の想起を促進していると考えられる。

4.4.3. 他の解釈可能性

以上のように,研究 2 では,同特性語条件の方が異特性語条件よりも自伝的

記憶を早く想起できることを明らかにした。このことから,自己概念にアクセ

スすると,関連する自伝的記憶の想起が促進されると考えられ,自伝的記憶が

関連する自己概念とリンクして保持されていることが示唆される。しかし,研

究 2 の結果には,他の解釈可能性が残る。

第一に,研究 2 では,同特性語条件の自伝想起課題において,プライム刺激

と同じ特性語が呈示されていた。そのため,自伝想起課題において特性語が呈

示された際に,特性語の知覚的処理をすばやく行うことができたのかもしれな

い。それに対して,異特性語条件の自伝想起課題では,プライム刺激と異なる

特性語が呈示されていた。その結果,自伝想起課題において,特性語の知覚的

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処理に要する時間が長かったのかもしれない。こうした知覚的処理の差が,自

伝想起課題の反応時間の条件差をもたらしている可能性がある。従って,研究

2 の結果だけでは,自己概念と自伝的記憶がリンクしていると結論付けること

はできないと考えられる。知覚的処理の効果を統制した検討が必要と言える。

第二に,研究 2 では,ベースラインとして異特性語条件を利用した。しかし,

“異特性語条件の自伝想起課題が,プライム刺激によって影響を受けていない”

とは言い切れない。異特性語条件では,プライム刺激として,自伝想起課題で

想起する自伝的記憶とは意味的に無関連な特性語を呈示した。こうしたプライ

ム刺激を呈示することで,プライム刺激と関連する自伝的記憶の活性化が高ま

ると同時に,プライム刺激と無関連な自伝的記憶の活性化が抑制されていたの

かもしれない。その結果,異特性語条件の自伝想起課題においては,通常より

も,反応時間が遅延していた可能性がある。

こうした抑制効果は,“自伝的記憶と自己概念がリンクしている”という立場

と矛盾するものではない。仮に自伝的記憶と自己概念が完全に独立に保持され

ているのであれば,自己概念から無関連な自伝的記憶への抑制効果すら生じな

いと考えられる。実際,近年の研究では,特定の知識にアクセスすると,知識

表象におけるリンクを通して,他の知識が自動的に抑制されることが指摘され

ている (e.g., M. C. Anderson, Green, & McCulloch, 2000; M. C. Anderson &

McCulloch, 1999)。従って,自伝的記憶と自己概念がリンクして保持されてい

るとすれば,同特性語条件において自伝的記憶の想起が促進されるだけでなく,

異特性語条件においては自伝的記憶の想起が抑制されると考えられる。言い換

えれば,同特性語条件における促進効果と,異特性語条件における抑制効果が

共起している場合には,異特性語条件における抑制効果が生じたとしても,“自

伝的記憶と自己概念がリンクしている”という可能性が脅かされることはない

と言える。

しかし,本研究では純粋なベースラインを設けていないため,同特性語条件

において促進効果が認められている保証はない。自伝想起課題の反応時間にお

ける条件差が,異特性語条件における抑制効果のみに起因している可能性もあ

る。そして,自己概念から自伝的記憶への促進効果がなく,抑制効果のみが生

起している場合には,自伝的記憶と自己概念の間に知識構造のリンクを想定す

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るのは難しいと考えられる。自伝的記憶と自己概念がリンクしているか否かに

関して結論を下すためには,自己概念から自伝的記憶への促進効果と抑制効果

を分離して検討する必要がある。

以上のことから,研究 2 の結果だけでは,“自伝的記憶が関連する自己概念

とリンクしている”と結論付けることはできないと考えられる。そこで研究 3

では,これらの解釈可能性を排除した上で,自伝的記憶と自己概念がリンクし

ているか否かを検討することとした。

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第 5 章 自伝的記憶と自己概念の関連: 知覚的処理の効果を統制した検討(研究 3)

5.1. 目的

5.1.1. 自己概念と自伝的記憶の関連

研究 3 の第一の目的は,研究 2 の他の解釈可能性を排除した上で,自伝的記

憶と自己概念の関連の有無を検討することである。前章で述べたように,研究

2 の結果には,2 つの他の解釈可能性が存在する。

第一に,研究 2 では,プライム刺激と自伝想起課題で同じ特性語を利用する

同特性語条件と,異なる特性語を利用する異特性語条件を比較した。そのため,

自伝想起課題の反応時間に条件差が見られたとしても, (1) こうした条件差が

自己概念から自伝的記憶へのプライミング効果に起因するものなのか, (2) 特

性語の知覚的処理に起因するものなのかが判断できなかった。そこで研究 3 で

は,特性語の知覚的処理の効果を排除するため,プライム刺激と自伝想起課題

で同じ特性語を利用しない。その上で,自己概念から自伝的記憶へのプライミ

ング効果を検討することとした。より具体的には,研究 3 では以下の 2 つの条

件を設定する。第一に無関連特性条件,第二に関連特性条件である。無関連特

性条件では,研究 2 の異特性語条件と同様の手続きをとる。すなわち,プライ

ム刺激と自伝想起課題で,意味的に無関連な特性語を呈示する。それに対して,

関連特性条件では,プライム刺激と自伝想起課題で意味的に関連する特性語(た

だし異なる特性語)を呈示する。

このように,関連特性条件の自伝想起課題でも,無関連特性条件の自伝想起

課題でも,プライム刺激とは異なる特性語を呈示する。従って,関連特性条件

でも,無関連特性条件でも,自伝想起課題において同じように特性語の知覚的

処理が必要になると考えられる。このことから,研究 2 で得られたプライミン

グ効果が知覚的処理のみによってもたらされている場合には,関連特性条件と

無関連特性条件の間で自伝想起課題の反応時間には差が見られないと予想され

る。それに対して,自伝的記憶と関連する自己概念がリンクしているのであれ

ば,プライム刺激で自己概念にアクセスすると,関連する自伝的記憶の想起が

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促進されると考えられる。従って,無関連特性条件よりも,関連特性条件の方

が自伝想起課題の反応時間が早いと予想される。研究 3 では,これらの予測の

どちらが支持されるかを検討する。

研究 2 の他の解釈可能性の 2 つ目は,異特性語条件における抑制効果の可能

性である。研究 2 では,統制条件を設定していなかった。そのため,自伝想起

課題の反応時間に条件差が認められたとしても, (1) こうした条件差が同特性

語条件での自己概念による促進効果に起因するのか, (2) 異特性語条件におけ

る抑制効果に起因するのかを判別することができなかった。そこで研究 3 では,

自己概念から自伝的記憶へのプライミング効果をより厳密に検討するため,統

制条件を設定する。統制条件では,プライム刺激として非単語(アスタリスク

列)を呈示する。もし自己概念へのアクセスが自伝的記憶の想起を促進するの

であれば,関連特性条件では,無関連特性条件だけでなく,統制条件よりも早

く自伝想起課題を遂行できると予想される。

5.1.2. 特性語の当てはまる程度の効果

以上のように,研究 3 では研究 2 の他の解釈可能性を排除した上で,自己概

念の活性化が自伝的記憶の想起を促進するか否かを検討する。それに加えて,

研究 3 では,特性語の当てはまる程度の効果も検討する。先に述べたように,

関連特性条件では,プライム刺激が呈示されると,対応する自己概念が活性化

され,自伝的記憶の想起が促進されると予想される。しかし,以下の 2 点に基

づくと,“プライム刺激の特性語が自己に当てはまるか否か”によって,自己概

念から自伝的記憶へのプライミング効果が調整されている可能性が示唆される。

第一に,自己に当てはまらない特性語に関しては,対応する自己概念が存在

しないかもしれない。その場合には,自己に当てはまらない特性語がプライム

刺激として呈示されても,自伝的記憶の想起は促進されないと考えられる。そ

れに対して,自己に当てはまる特性語が呈示された場合には,対応する自己概

念が存在すると考えられる。その結果,自己に当てはまる特性語がプライム刺

激として呈示された場合には,自伝的記憶の想起も促進されると考えられる。

このように,自己概念から自伝的記憶への促進効果は,特性語の当てはまる程

度によって調整されている可能性がある。

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第二に,自己に当てはまらない特性語に関しても自己概念は存在するが,そ

のアクセシビリティが低いという可能性が考えられる。第一の点においては,

“自己に当てはまらない特性語に関しては自己概念が形成されていない”とい

う可能性を指摘した。しかし,Klein & Loftus (1993b)は,自己に当てはまら

ない特性語に関しても,自己概念は形成されていると主張している。従って,

“自己に当てはまらない特性語に関して自己概念が存在しない”とは言い切れ

ない。ただし,先行研究では,自己に当てはまる特性語に関する自己概念の方

が,自己に当てはまらない特性語の自己概念よりも,アクセシビリティが高い

ことが指摘されてきた (e.g., Woike et al., 1999)。このことから,自己に当ては

まらない特性語に関して自己概念が存在したとしても,プライム刺激として,

自己に当てはまる特性語が呈示された方が,自己に当てはまらない特性語が呈

示されるより,自伝想起課題への促進効果が大きいと予想される。

以上のことから,プライム刺激として自己に当てはまる特性語が呈示された

場合には,関連特性条件の方が,無関連特性条件より,自伝想起課題の反応時

間が短くなると考えられる。それに対して,プライム刺激の特性語が自己に当

てはまらないときには,関連特性条件と無関連特性条件で反応時間の差が認め

られないと予想される。研究 3 では,参加者に“個々の特性語が自己にどの程

度当てはまるか”を評価させ,こうした予測についても検討する。

5.2. 方法

5.2.1. 実験参加者

34 名の大学生・大学院生が個別に実験に参加した(男 17 名・女 17 名;平

均年齢 = 21.5, SD = 2.52)。授業の実習ポイントか,500 円分の図書券を実験

協力の謝礼とした。実習ポイントと図書券のどちらを謝礼とするかは個々の参

加者の希望に応じて決定した。また,実習ポイントは単位取得に関連するもの

の,ごくわずかな得点であり,“単位を取得できるかどうか”を左右するもので

はなかった。

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5.2.2. デザイン

プライム刺激の種類を操作した(関連特性・無関連特性・統制;被験者内要

因)。研究 1・2 と同様,各条件は 10 試行で構成されていた。実験の際には,

条件に関わらず,各試行はランダムな順序で実施した。なお,従属変数は自伝

想起課題の反応時間である。

5.2.3. 刺激

5.2.3.1. 自伝想起課題

柏木ら (1993)・和田 (1996)をもとに, Big-Five パーソナリティ理論における

5 因子のそれぞれから,ポジティブ語とネガティブ語を 3 語ずつ収集し,合計

30 語の特性語を利用することとした。これらの 30 語の特性語は,3 つの条件

(関連特性・無関連特性・統制条件)に割り当てられた。その際,各条件が Big-

Five パーソナリティ理論の 5 因子のそれぞれに関して,ポジティブ語とネガテ

ィブ語を 1 語ずつ割り当てられるよう配慮した。また,特性語の条件への割り

当ては,参加者ごとにカウンターバランスをとった。

5.2.3.2. プライム刺激

“私は__”という短文をプライム刺激として利用した。なお,研究 2 と同

様,プライム刺激の下線部には,性格特性語を 1 語挿入した。関連特性条件で

は,自伝想起課題と意味的に関連する性格特性語を利用した。ここで利用した

特性語は,日本語の性格特性語の意味的関連性を検討した先行研究 (Isaka,

1992)をもとに選択されたものである。一方,無関連特性条件では,研究 2 の

異特性語条件と同様の特性語を利用した。すなわち,Big-Five パーソナリティ

理論において,自伝想起課題の特性語とは異なる因子に高い負荷を持つ特性語

を利用した。なお,無関連特性条件のうち,半数の試行では,自伝想起課題の

特性語と同じ感情価の特性語を呈示した。一方,残りの半数の試行では自伝想

起課題の特性語と異なる感情価の特性語を呈示した。無関連特性条件のプライ

ム刺激として利用された特性語は,柏木ら (1993)・和田 (1996)をもとに選択さ

れた 10 語の特性語である。これら 10 語は,Big-Five パーソナリティ理論にお

いて,各因子に高い負荷を持つ特性語を 2 語ずつ収集したものである。なお,

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半数はポジティブ語,残る半数はネガティブ語であった。

これらの特性語に加えて,24 語の特性語を練習試行で使用した。従って,合

計 64 語の特性語が利用されたことになる。64 語の特性語の中には,極端に意

味的に類似した特性語が含まれないよう配慮した。

5.2.4. 手続き

手続きは研究 2 とほぼ同様であった。実験終了後,実験で使用した特性語を

全て呈示し,それぞれの特性語が自己に当てはまる程度を 5 件法で評価させた

(1=“全く当てはまらない”,2=“当てはまらない”,3=“少し当てはまる”,

4=“当てはまる”,5=“非常に当てはまる”)。

5.3. 結果

分布の歪みを修正するため,自伝想起課題の反応時間に関して対数変換を行

った。また,外れ値の影響を抑えるため,自伝想起課題の反応時間が外側値

(Tukey, 1977)を示した試行を除去した(平均除去数=0.03, SD = 0.17)。なお,

実験者の教示に従わない参加者が 2 名見られたため,これらの参加者のデータ

は除外した。参加者の性別,及び特性語の感情価の効果に関して検討を行った

ところ,いかなる効果も認められなかった (ps > .30)。

5.3.1. 自伝想起課題反応時間の条件差

対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,一要因の被験者内分散分析

を行った。その結果,プライム刺激の種類の主効果が有意であった (F (2, 62) =

10.64, MSE = 0.01, R2 = 0.89, p < .01; Figure 5.1 参照 )。多重比較 (Tukey)の

結果,関連特性条件では,無関連特性条件 (p < .05)よりも,統制条件よりも (p

< .05),有意に自伝想起課題の反応時間が短いことが示された。また,統制条

件に比べて,無関連条件の方が,自伝想起課題の反応時間が有意に長い傾向が

認められた (p < .10)。

なお,無関連特性条件の半数の試行では,自伝想起課題において,プライム

刺激と同じ感情価を持つ特性語が呈示された。一方,残りの半数の試行では,

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プライム刺激と自伝想起課題で異なる感情価を持つ特性語が呈示されていた。

しかし,プライム刺激と自伝想起課題で同じ感情価の特性語が呈示された場合

でも (M = 5583 ms),異なる感情価の特性語が呈示された場合でも (M = 5976

ms),自伝想起課題の反応時間には有意な差は認められなかった (F (1, 31) =

0.06)。

これらの結果から,プライム刺激によって自己概念の活性化が高まると,関

連する自伝的記憶にも活性化が拡散し,こうした記憶の想起が促進されると考

えられる。更に,研究 3 では,自己概念の活性化によって,無関連な自伝的記

憶の想起が抑制される可能性も示された。これらのことから,自己概念と自伝

的記憶はリンクしていると言える。

5.3.2. 特性語の当てはまる程度(階層線形モデルによる検討)

次に,特性語の当てはまる程度の効果を検討するため,階層線形モデル

(Raudenbush & Bryk, 2002)による分析を行った。なお,本研究の予測と照ら

し合わせると,プライム刺激の特性語の当てはまる程度が問題になると考えら

Figure 5.1. 条件ごとの自伝想起課題の反応時間

(対数変換前の反応時間の平均値:研究 3)

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

プライム刺激

自伝

想起

課題

反応

時間

(m

s)

関連

統制

無関連

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れる。それに対して,統制条件のプライム刺激では特性語を呈示していないた

め,他の条件と比較するのが難しい。そこで以降の分析では,関連特性条件と

無関連特性条件のみを対象とした。

(1) レベル1:試行レベル

レベル1は個々の試行を表すレベルである。ここでは,対数変換後の自伝想

起課題反応時間を従属変数として,自伝想起課題の反応時間を特性語の当ては

まる程度で予測するモデルを立てた。具体的なレベル1のモデルは (5.1)式の通

りである。Raudenbush & Bryk (2002)に基づき,特性語の当てはまる程度は,

参加者によって得られた評定値を全体平均によってセンタリングした上で利用

した。

=ijkY jkjk 10 ππ + .)( ijkijk renessdescriptiv + (5.1)

ijkY :参加者 j のプライム条件 k における i 番目の試行での自伝想起課

題の反応時間。

(descriptiveness)ijk:参加者 j のプライム条件 k における i 番目の試行

のプライム刺激で呈示された特性語の当てはまる程度。

rijk:参加者 j のプライム条件 k における i 番目の試行の反応時間が,

特性語の当てはまる程度による予測値からどの程度乖離しているの

か。

jk1π :特性語の当てはまる程度で自伝想起課題の反応時間を予測した際

の傾き。

jk0π :特性語の当てはまる程度で自伝想起課題の反応時間を予測した際

の切片。

すなわち,(5.1)式は各試行における自伝想起課題の反応時間 ( ijkY )を,切片 (参

加者 j の条件 k における平均; jk0π )と特性語の当てはまる程度の効果 ( jk1π ),

当該試行固有の効果 (rijk)によって説明するモデルである。

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(2) レベル 2:参加者・条件レベル

レベル 1 では,“各試行において特性語の当てはまる程度が反応時間をどの

程度予測するか”をモデル化した。しかし,切片や傾きには,参加者やプライ

ム条件に固有の効果が存在すると考えられる。レベル 2 では,こうした点をモ

デル化した。具体的なモデルは以下の通りである。

ojkkk02jj010jk0 u)typeprime()tsparticipan( +++= γγθπ (5.2)

kk12jj111jk1 )typeprime()tsparticipan( γγθπ ++= (5.3)

k)typeprime( :条件 k

j)tsparticipan( :参加者 j

j01γ :自伝想起課題の反応時間における参加者 j の効果。

k02γ :自伝想起課題の反応時間におけるプライム条件 k の効果。

0θ :プライム条件や参加者によらない自伝想起課題反応時間の平均値。

j11γ :傾き(特性語の当てはまる程度が自伝想起課題の反応時間に及ぼ

す影響)における参加者 j の効果。

k12γ :傾き(特性語の当てはまる程度が自伝想起課題の反応時間に及ぼ

す影響)におけるプライム条件 k の効果。

1θ :特性語の当てはまる程度で自伝想起課題の反応時間を予測した際の

傾きに関して,全条件・全参加者に共通の効果。

すなわち,(5.2)式は,レベル 1 の切片 ( jk0π )が,全参加者と全条件の平均値 ( 0θ )

と,参加者 j の効果 ( j01γ ),プライム条件 k の効果 ( k02γ )で説明できることを示

している。 k02γ がプライム条件の主効果に相当する。一方, (5.3)式は,特性語

の当てはまる程度の効果 ( jk1π )が,参加者や条件に共通の効果 ( 1θ )と,参加者固

有の効果 ( j11γ ),プライム条件固有の効果 ( k12γ )で説明できることを示している。

1θ が特性語の当てはまる程度の主効果に相当する。それに対して, k12γ はプラ

イム条件と特性語の当てはまる程度の交互作用に当たる。

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Table 5.1. 特性語の当てはまる程度とプライム条件が自伝想起課題の反応時

間に及ぼす影響(研究 3;階層線形モデルによる分析)

固定効果

独立変数 推定値 SE F

切片( 0θ ) 3.92 0.07 F (1, 31) =

53.49***

レベル 1

特性語が当てはまる程度( 1θ ) - - F (1, 537) =

7.87**

レベル 2:切片の予測

参加者( j01γ ) - - F (31,537) =

10.04***

プライム条件( k02γ ) - - F (1, 537) =

19.86***

レベル 2:傾きの予測

参加者( j11γ ) - - F (31, 537) =

0.75

プライム条件( k12γ ) - - F (1, 537) =

19.81***

変量効果

分散推定値 SE Z

切片 ( jku0 ) 0.003 0.002 1.19

(注)切片と傾きの両方を変量要因とした場合には不適解が得られた。そこで

Raudenbush & Bryk (2002)に基づき,切片のみを変量要因とした。

***p < .0001; **p < .001; *p < .05

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77

以上のモデルに関して分析を行ったところ,プライム条件の主効果 ( k02γ )が有

意であった (Table 5.1 参照 )。このことから,前節の結果が裏付けられ,自伝想

起課題の反応時間には条件差が存在すると考えられる。また,特性語の当ては

まる程度の主効果 ( 1θ )が有意であった。更に,予測通り,当てはまる程度とプ

ライム条件の交互作用 ( k12γ )が有意であった。このことから,予測が支持され,

当てはまる程度が高い特性語が呈示されるほど,自己概念が強く活性化され,

関連する自伝的記憶の想起も促進されると考えられる。

5.3.3. 特性語の当てはまる程度の効果(分散分析による検討)

特性語の当てはまる程度とプライム条件の交互作用が予測通りのものかを確

認するため,“特性語が自己に当てはまる試行”と“当てはまらない試行”を二

分し,補足的な検討を行った。なお,特性語の当てはまる程度の評定値が 3(少

し当てはまる)以上の場合には,“当該参加者に当てはまる特性語”とみなした。

一方,評定値が 2(あまり当てはまらない)以下の場合には,“当該参加者には

当てはまらない特性語”とみなした。

自伝想起課題の反応時間(対数変換後)に関して,2(プライム条件:関連

特性・無関連特性)×2(当てはまる程度:当てはまる・当てはまらない)の分

散分析を行った。その結果,プライム条件の主効果が有意であった (F (1, 30) =

8.31, p < .01)。また,特性語の当てはまる程度の主効果は有意傾向であった (F

(1, 30) = 3.65, p < .07)。更に,階層線形モデルによる分析と同様,プライム条

件と当てはまる程度の交互作用が有意であった (F (1, 30) = 5.25, p < .05)。単

純主効果の検討を行ったところ,自己に当てはまる特性語に関しては,関連特

性条件の方が無関連特性条件よりも有意に自伝想起課題の反応時間が短かった

(F (1, 30) = 21.48, p < .01)。それに対して,自己に当てはまらない特性語に関

しては,関連特性条件と無関連特性条件の間に有意な差は認められなかった (p

> .15)。また,関連特性条件においては,当てはまる特性語の方が,当てはま

らない特性語より,有意に自伝想起課題の反応時間が短かった (F (1, 30) = 8.44,

p < .01)。一方,無関連特性条件では,当てはまる程度に関わらず,反応時間

には差が認められなかった (p > .70)。これらの結果から,プライム刺激として

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78

自己に当てはまる特性語が呈示されたときには,対応する自己概念が強く活性

化し,関連する自伝的記憶の想起が促進されると考えられる。それに対して,

プライム刺激の特性語が自己に当てはまらない場合には,自己概念がそれほど

強く活性化されず,自伝的記憶の想起も促進されにくいと言える (Figure 5.2 参

照 )。

5.3.4. 特性語の使用頻度の効果

研究 1・2 と同様,特性語の使用頻度の効果を統制しても,プライム条件の

効果が見出されるかどうかを検討した。自伝想起課題で使用した特性語に関し

ては,特性語の使用頻度の効果を統制しても,プライム条件(関連特性・無関

連特性・統制)の主効果が認められた (F (2, 900) = 13.72, MSE = 0.05, p < .001)。

次に,プライム刺激で利用した特性語に関しても,同様の検討を行った。なお,

統制条件のプライム刺激には,特性語が含まれていない。そこで統制条件は除

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

当てはまる 当てはまらない

自伝

想起

課題

反応

時間

(ms)

関連特性

無関連特性

Figure 5.2. 特性語の当てはまる程度とプライム条件が自伝想起課題

の反応時間に及ぼす影響(研究 3)

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外した上で,分析を行った。その結果,使用頻度の効果を統制しても,プライ

ム条件の主効果が有意であった (F (1, 641) = 24.65, MSE = 0.06, p < .001)。

更に,特性語の当てはまる程度と使用頻度の間に相関関係があり,当てはま

る程度ではなく,使用頻度が効果をもたらしている可能性もある。そこで,特

性語の当てはまる程度と使用頻度の相関関係を検討したところ,プライム刺激

に関しても,自伝想起課題に関しても,有意な相関関係は認められなかった (r

= .03, p > 45; r = .04, p > .15)。これらより,研究 3 の結果は特性語の使用頻

度の効果によって得られたものではないと考えられる。

5.4. 考察

5.4.1. 結果のまとめ

研究 3 では研究 2 の他の解釈可能性を排除した上で,自己概念と自伝的記憶

の関連について検討を行った。その結果,プライム刺激により自己概念が活性

化されると,関連する自伝的記憶の想起の方が(関連特性条件),無関連な自伝

的記憶よりも(無関連特性条件),促進されることが示された。研究 2 とは異

なり,関連特性条件においても,無関連特性条件においても,プライム刺激と

自伝想起課題で同じ性格特性語を呈示していない。それにも関わらず,関連特

性条件の方が,無関連特性条件よりも,自伝想起課題の反応時間が有意に短か

った。従って,研究 2 で見られた条件差は,特性語の知覚的処理のみに起因す

るものではないと考えられる。更に,関連特性条件と統制条件の比較を行った

ところ,これらの 2 条件の間にも有意な差が認められた。このことから,プラ

イム刺激によって自己概念が活性化すると,関連する自伝的記憶の想起が促進

されることが強く裏付けられたと考えられる。

加えて,研究 3 では,特性語の当てはまる程度についても検討を行った。そ

の結果,プライム刺激の特性語が自己に当てはまる場合には,自己概念から自

伝的記憶へのプライミング効果が十分に認められるのに対して,プライム刺激

の特性語が当てはまらない場合には,自己概念によるプライミング効果が弱い

ことが示された。こうした結果は,2 つの点から解釈することができる。

第一に,“自己に当てはまらない特性語に関しては,自己概念が存在しない”

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という可能性が挙げられる。自己概念は,類似した自伝的記憶が数多く蓄積さ

れることで形成されるものと考えられている (e.g., Klein, Sherman et al.,

1996)。それに対して,自己に当てはまらない特性語に関しては,関連する自

伝的記憶も乏しいと考えられる。従って,自己に当てはまらない特性語に関し

ては,自己概念が形成されていないのかもしれない。その結果,プライム刺激

の特性語が自己に当てはまらない場合には,プライム刺激によって対応する自

己概念も活性化され得ず,自伝的記憶の想起も促進されなかったのかもしれな

い。

第二に,“自己に当てはまらない特性語に関しても自己概念は形成されている

が,そのアクセシビリティが低い”という可能性が挙げられる。確かに,自己

に当てはまらない特性語に関しては,自己に当てはまる特性語に比べて,関連

する自伝的記憶が乏しいと考えられる。しかし,自伝的記憶の知識表象には,

人がこれまでに経験した様々な出来事が保持されている。こうした膨大な記憶

を含んでいる以上,自己に当てはまらない特性語に関しても,ある程度の自伝

的記憶が蓄積されており,自己概念が形成されている可能性がある (同様の議論

として Klein & Loftus, 1993b)。ただし,自己に当てはまる特性語の自己概念

に比べて,自己に当てはまらない特性語の自己概念は,アクセシビリティが低

いのかもしれない。その結果,プライム刺激として自己に当てはまらない特性

語が呈示された場合には,自己概念が活性化されにくく,自伝想起課題の遂行

も促進されにくかったのかもしれない。

本研究の結果だけでは,これらのいずれの解釈が妥当なのかを判断すること

はできない。しかし,上記のいずれの解釈に立った場合でも,“プライム刺激の

特性語が自己に当てはまる場合に,なぜプライミング効果が認められているの

か”を説明するためには,自己概念と自伝的記憶がリンクしていると仮定せざ

るを得ない。このことから,自己概念は,関連する自伝的記憶とリンクしてい

ると結論付けることができる。

5.4.2. 想起された記憶の抽象度に関する補足的検討

5.4.2.1. 想起された記憶の抽象度

以上のように,研究 3 の結果は自伝的記憶と自己概念のリンクを示すものと

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考えられる。ただし,Klein や Loftus らの手法に倣って,自伝想起課題では,

参加者に想起した自伝的記憶を報告させなかった。そのため,自伝想起課題に

おいて,参加者が具体的な過去の経験を想起していたという保証はない。人は

自伝的記憶を想起するよう求められると,時間や場所が限定された具体的なエ

ピソード(例.中学の修学旅行前日,わくわくして眠れなかった)を想起する

こともあれば,時間や場所が特定されない一般的経験(例.中学校の頃は毎日

のように眠れなかった)を想起することもある (レビューとして Conway &

Pleydell-Pearce, 2000)。そして,Klein や Loftus らは,前者のような具体的

経験は自己概念と独立に保持されているのに対して,後者のような一般的経験

は自己概念と関連付けられていると考えている (Klein, Chan, & Loftus, 1999)。

従って,本研究の参加者が自伝想起課題で一般的経験ばかりを想起していたの

であれば,研究 3 の結果は Klein や Loftus らの主張を脅かすものではないと

考えられる。こうした可能性について検討するため,補足的な実験を行った。

5.4.2.2. 方法

実験参加者は,15 名の大学生・大学院生(男 7 名・女 8 名)であった。参加

者はいずれも個別に実験に参加した。刺激,デザイン,実験手続きは研究 3 と

同様であった。ただし,以下の 2 点の変更を加えた。第一に,プライム刺激を

正確に読んでいることを確認するため,プライム刺激を音読させた。参加者に

はプライム刺激を音読し終わったら,すぐにスペースキーを押すよう求めた。

スペースキーを押すと,プライム刺激が消え,1 秒間のブランクの後,自伝想

起課題が実施された(研究 4 参照)。第二に,想起した記憶を記入する用紙を

配布した。そして,自伝想起課題の際に,過去の経験を想起したらスペースキ

ーを押し,その上で想起した記憶の内容を用紙に記入するよう求めた。

5.4.2.3. 結果

用紙に記入された記述に関して,2 名の評定者が (1) 時間や場所が限定され

た具体的な経験か,(2) 時間や場所が限定されない一般的な経験かを分類した。

分類の一致率は 93%であった。不一致箇所に関しては,協議によりカテゴリを

決定した。具体的経験に分類された記述の例としては,“受験前 (2005 年 2 月 ),

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82

家で,考えもせずに証明写真を貼って失敗した”が挙げられる。一方,一般的

経験に分類された記述の例としては,“昨年の秋,サークルの練習には全て出席

した”が挙げられる。なお,評定者には,各記憶のプライム条件や参加者を知

らせなかった。分類の結果,一般的経験はわずか 12%に過ぎなかった。従って,

自伝想起課題においては,実験参加者は一般に具体的経験を想起し,一般的経

験が想起されることは少ないと考えられる。

次に,一般的経験が想起された試行を除去しても,研究 3 の結果が再現され

るかどうかを検討することとした。そこで,一般的経験が想起された試行は除

去した。また,外れ値の影響を防ぐため,外側値を示した試行も除外した(平

均除去試行数 = 1.2)。その上で,自伝想起課題の反応時間(対数変換後)に関

して,計画対比 (planned comparison)による検討を行った。その結果,関連特

性条件の反応時間は (M = 16,053 ms),無関連特性条件 (M = 21,377 ms)と統制

条件 (M = 16,963 ms)の平均値に比べて,有意に短いことが示された (F (1, 26) =

5.59, MSE = 0.08, p < .05)。このことから,Klein や Loftus らの主張に反して,

具体的な自伝的記憶と自己概念がリンクしていると考えられる。

5.4.2.4. 考察

補足的実験の結果から,自伝的記憶と自己概念がリンクしていることが一層

強く裏付けられたと考えられる。ただし,補足的実験においては,研究 3 より

全体的に自伝想起課題の反応時間が長かった。直感的には,具体的経験を想起

する方が,一般的経験を想起するより時間がかかるように思われる。このこと

から,“研究 3 では参加者は具体的経験を想起しておらず,一般的経験ばかり

を想起していたのではないか”という懸念を持たれるかもしれない。しかし,

補足的実験において一般的経験が想起された試行と,具体的経験が想起された

試行の間には,自伝想起課題の反応時間に有意な差は認められなかった (p >

0.17)。このことから,“研究 3 では一般的経験ばかりを想起していたため,自

伝想起課題の反応時間が短かった”とは考えにくい。

それでは,なぜ補足的実験では,研究 3 より自伝想起課題の反応時間が長か

ったのだろうか。補足的実験の自伝想起課題では,実験参加者に,経験を思い

出したらまずスペースキーを押し,スペースキーを押した後で想起した記憶を

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用紙に記入するよう求めた。このように,キー押しと用紙への記入を交互に行

うのは,参加者にとって課題負荷が大きかったと考えられる。事実,参加者の

ほとんどが,いくつかの試行において,スペースキーを押す前に,記憶を記入

し始めようとして戸惑いを見せていた。こうした課題負荷の大きさの結果,補

足的実験においては反応時間が長くなったと考えられる。このことから,補足

的実験の結果も,研究 3 の結果も,自己概念から具体的な自伝的記憶へのプラ

イミング効果を示すものと解釈できると言える。

5.4.3. 意味的知識による媒介可能性

以上のように,研究 3 では自己概念にアクセスすると,関連する自伝的記憶

の想起が促進されることが示された。このことから,自己概念と自伝的記憶が

リンクしていることが示唆される。しかし,研究 3 の結果には,依然,他の解

釈可能性が残る。プライム刺激が呈示された際に,実験参加者はプライム刺激

の意味を理解するため,意味的知識にアクセスしていたかもしれない。あるい

は,自己概念は意味的知識とリンクしており,プライム刺激によって自己概念

が活性化すると,自動的に意味的知識の活性化も高められていたかもしれない。

実際,自己に関する古典的なモデルにおいては,自己概念と一般的な意味知識

が リ ン ク し て い る こ と が仮 定 さ れ て い る (e.g., Bower & Gilligan, 1979;

Kihlstrom & Cantor, 1984)。こうしたモデルが妥当なものであれば,プライム

刺激によって自己概念が活性化すると,自動的に意味的知識の活性化も高まる

と予想される。

これらを踏まえると,研究 3 では,自己概念から自伝的記憶へのプライミン

グ効果と,意味的知識から自伝的記憶へのプライミング効果を分離できていな

いと考えられる。従って,関連特性条件の方が,無関連特性条件や統制条件よ

りも,自伝想起課題の反応時間が短かったとしても,こうした促進効果が自己

概念によるプライミング効果を反映しているとは言い切れない。意味的知識に

よるプライミング効果を反映している可能性も残る。そこで研究 4 では,意味

的知識によるプライミング効果と自己概念によるプライミング効果を分離した

上で,自己概念の活性化が自伝的記憶の想起を促進するのかどうかを検討する。

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第 6 章 自伝的記憶と自己概念の関連: 自己概念・意味的知識・他者知識の比較(研究 4)

6.1. 目的

研究 4 では,研究 3 の他の解釈可能性を排除するため,自己概念から自伝的

記憶へのプライミング効果と,意味的知識から自伝的記憶へのプライミング効

果を分離する。その上で,自己概念の活性化が自伝的記憶の想起を促進するの

かどうかを検討する。こうした目的のため,(1) 自己条件,(2) 意味条件,(3) 他

者条件, (4) 統制条件という 4 つの実験条件を設定する。自己条件では,自己

概念が自伝的記憶の想起に及ぼすプライミング効果を検討する。そのため,自

伝想起課題の前に,“私は優しい”といったプライム刺激を呈示し,参加者の自

己概念を活性化させることとした。それに対して,意味条件では,特性語に関

する意味的知識が自伝的記憶の想起に及ぼすプライミング効果を検討する。そ

こで,自伝想起課題の前に特性語を単独で呈示し(例.優しい),当該特性語に

関する意味的知識を活性化させることとした。一方,他者条件では,参加者の

母親に関するプライム刺激を呈示し(例.お母さんは優しい),統制条件では,

アスタリスク列をプライム刺激として呈示した。

研究 3 で見られた自己概念から自伝的記憶へのプライミング効果が意味的知

識によるものだとすれば,自己条件と意味条件の間で自伝想起課題の反応時間

には差が見られないと予想される。それに対して,自己概念と自伝的記憶の間

に直接的なリンクがあるとすれば,自己条件の方が,意味条件よりも,自伝想

起課題の反応時間が短いと予想される。研究 4 ではこれらの予測のいずれが支

持されるかを検討する。

ただし,“自己条件の方が意味条件よりも,自伝想起課題の反応時間が短い”

という結果が得られたとしても,自己概念と自伝的記憶がリンクしていると結

論付けることはできまい。自己条件のプライム刺激は,“私は”という主語と特

性語を組み合わせたものである。それに対して,意味条件では,特性語を単独

でプライム刺激として呈示する。すなわち,意味条件のプライム刺激より,自

己条件のプライム刺激の方が文の長さが長い。その結果,自己条件のプライム

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刺激の方が,意味条件のプライム刺激より,精緻な意味的処理を必要としてお

り,こうした精緻な意味的処理によって,自伝想起課題の反応時間にも差がも

たらされている可能性がある。そこで研究 4 では,他者条件を設定する。上述

のように,他者条件では“お母さんは__”という短文をプライム刺激とする。

従って,自己条件のプライム刺激より,他者条件のプライム刺激の方が長く,

精緻な意味的処理を必要とすると考えられる。このことから,自己条件と意味

条件の差が精緻な意味的処理に起因するのであれば,自己条件よりも他者条件

の方が自伝想起課題の反応時間が短くなると予想される。それに対して,自己

条件と意味条件の差が自己概念によるプライミング効果に起因するのであれば,

他者条件よりも,自己条件の方が,自伝想起課題の反応時間が短いと予想され

る。研究 4 ではこうした予測に関しても検討を行う。

6.2. 方法

6.2.1. 実験参加者

26 名の大学生・大学院生(男 13 名・女 13 名;平均年齢 = 23.8, SD = 3.00)

が個別に実験に参加した。500 円分の図書券を実験協力の謝礼とした。

6.2.2. デザイン

プライム刺激の種類を操作した(自己・意味・他者・統制;被験者内要因)。

それぞれの条件に関して,10 試行ずつを設けた(本試行)。実験の際には,45

試行のフィラー試行を加えて,合計 85 試行が実施された。なお,実施順序は,

条件に関わらずランダムであった。従属変数は自伝想起課題の反応時間である。

6.2.3. 刺激

6.2.3.1. 本試行:自伝想起課題

研究 3 と同様,自伝想起課題では性格特性語を 1 語呈示した。そこで,柏木

ら (1993)・和田 (1996)をもとに,40 語の特性語を選定した。これらの 40 語は,

Big-Five パーソナリティ理論における各因子について,ポジティブ語を 4 語,

ネガティブ語を 4 語集めたものである。これらの 40 語の特性語は,4 条件(自

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己・意味・他者・統制)に割り当てられた。その際,Big-Five パーソナリティ

理論の各因子につき,ポジティブ語とネガティブ語が 1 語ずつそれぞれの条件

に割り当てられるよう配慮した。また,特性語の条件への割り当ては,参加者

間でカウンターバランスをとった。

6.2.3.2. 本試行:プライム刺激

研究 3 の関連特性条件や無関連特性条件と同様,自己条件では,“私は__”

という短文を利用した。一方,他者条件では,“お母さんは__”という短文を

プライム刺激とした。いずれの条件においても,空欄に1語ずつ特性語を入れ

た上で,プライム刺激として呈示した(例.私は優しい,お母さんは優しい)。

それに対して,意味条件では,特性語を単独で呈示した(例.優しい)。自己条

件,他者条件,意味条件のいずれにおいても,自伝想起課題と同じ特性語を利

用した。なお,統制条件では,アスタリスク列(****)をプライム刺激と

して呈示した。

6.2.3.3. フィラー試行

上述のように,自己・意味・他者条件では,自伝想起課題とプライム刺激の

間で同じ性格特性語を利用する。そのため,プライム刺激を呈示している際に,

参加者が自伝想起課題に備えて自伝的記憶を想起してしまうかもしれない。仮

に参加者がこうした準備を行った場合には,自伝想起課題の反応時間の意味が

歪んでしまうと考えられる。そこで研究 4 では,45 試行のフィラー試行を設け

た。フィラー試行の自伝想起課題では,プライム刺激で呈示された特性語とは,

意味的に無関連な特性語を呈示することとした。なお,フィラー試行のうち,

15 試行においては自己条件と同様のプライム刺激(私は__),他の 15 試行に

おいては他者条件と同様のプライム刺激(お母さんは__)を呈示した。残る

15 試行では,意味条件と同じように,特性語を単独でプライム刺激として呈示

した。

本試行で使用する 40 語の特性語に加えて,フィラー試行用に 90 語の特性語

を選択した。これらはいずれも柏木ら (1993),和田 (1996)から選択されたもの

である。それに加えて,練習試行で使用するために,26 語の特性語を選択した。

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これらの 116 語の特性語の中には,本試行の特性語と高い意味的類似性を持つ

ものは含まれていなかった。

6.2.4. 手続き

研究 3 とほぼ同様の手続きであった。ただし,プライム刺激を正確に読んで

いるかどうかを確認するため,プライム刺激を音読するよう求めた。具体的に

は,まず画面に“用意はいいですか”という質問を呈示した。参加者には,課

題に取り組む準備ができたら,スペースキーを押すよう求めた。参加者がスペ

ースキーを押すと,画面にプライム刺激が呈示された。参加者はプライム刺激

を音読し,音読し終わったらできるだけ早くスペースキーを押すよう求められ

た。スペースキーを押すと,プライム刺激が消え,1000ms 後に自伝想起課題

が実施された。

6.3. 結果

外れ値の影響を抑えるため,自伝想起課題の反応時間に関して外側値を示し

た試行は除外した(平均除去試行数=1.04, SD = 2.07)。また,分布の歪みを

修正するため,自伝想起課題の反応時間は対数変換した。なお,以降の分析に

関しては,参加者の性別や特性語の感情価の効果は一切認められなかった (ps >

0.15)。

6.3.1. 自伝想起課題の反応時間の条件差

対数変換後の自伝想起課題の反応時間に関して,一要因の分散分析を行った。

その結果,プライム条件の主効果が有意であった (Figure 6.1 参照 : F (3, 72) =

10.16, MSE = 0.01, R2 = .79, p < 0.001)。多重比較 (Tukey)の結果,統制条件よ

り,意味条件の方が,自伝想起課題の反応時間が有意に短いことが示された (p

< .05)。更に,自己条件の方が,意味条件よりも (p < .05),他者条件よりも (p

< .01),統制条件よりも (p < .01),有意に自伝想起課題の反応時間が短かった。

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88

6.3.2. 特性語の使用頻度の効果

次に,研究 1~研究 3 と同様に,特性語の使用頻度の効果を検討した。辻ら

(2001)で得られた特性語の使用頻度をもとに,使用頻度の効果を統制しても,

プライム条件の効果が確認できるかどうかを検討した。その結果,特性語の使

用頻度の効果を統制しても,プライム条件の主効果が有意であった (F (3, 191)

= 4.08, MSE = 0.47, p < .05)。このことから,自伝想起課題の反応時間におけ

る条件差は,特性語の使用頻度に起因するものではないと考えられる。

6.4. 考察

6.4.1. 研究 4 の結果のまとめ

研究 4 の結果には,3 点の重要な意味があると考えられる。第一に,研究 4

では,意味条件と統制条件の間に有意な差が認められた。すなわち,プライム

刺激によって特性語の意味的知識が活性化すると,関連する自伝的記憶の想起

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

プライム条件

自伝

想起

課題

の反

応時

間 (

ms)

自己

意味

他者

統制

Figure 6.1. 各プライム条件における自伝想起課題の反応時間

(対数変換前の反応時間の平均値;研究 4)

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が促進されることが示された。こうした知見は,意味的知識と自伝的記憶の連

合を示す先行研究 (e.g., Conway & Bekerian, 1987; Reiser et al., 1985; Reiser

et al., 1987)と整合するものと考えられる。

第二に,自己概念によるプライミング効果を明確に示すことができた。第一

の点で述べたように,本研究では,意味条件においても,自伝的記憶の想起が

促進されていた。しかし,自己概念によるプライミング効果は,意味的知識に

よるプライミング効果を上回っていた。すなわち,プライム刺激によって自己

概念が活性化されると,意味的知識が活性化された場合より,自伝的記憶の想

起が促進されることが示された。このことから,自己概念から自伝的記憶への

プライミング効果は,意味的知識による効果のみに起因するものではないと考

えられる。“私は__”というプライム刺激を呈示されることで,実験参加者の

自己概念が強く活性化し,更に,関連する自伝的記憶にも活性化が拡散し,自

伝的記憶の想起が促進されたことが示唆される。

第三に,他者条件よりも,自己条件の方が,自伝想起課題の反応時間が短か

った。意味条件よりも,自己条件の方が,自伝想起課題の反応時間が短かった

としても,こうした促進効果が自己概念によるプライミング効果によるものと

は言い切れない。自己条件の方が,意味条件よりも,プライム刺激が長いため,

精緻な意味的処理を必要としており,その結果,自伝的記憶の想起が促進され

ているのかもしれない。しかし,他者条件の方が自己条件よりプライム刺激が

長いにも関わらず,自伝想起課題の反応時間は自己条件よりも他者条件の方が

有意に長いことが示された。このことから,意味条件と自己条件の差は,プラ

イム刺激の長さによるものではないと考えられる。以上の 3 点の結果から,自

己概念は自伝的記憶とリンクしており,自己概念の活性化が自伝的記憶の想起

を促進することが強く裏付けられたと言える。

6.4.2. Klein et al. (1997)との結果の相違

ただし,本研究の結果は,Klein et al. (1997)の結果とは一貫していないよう

に思われる。Klein et al. (1997)は,プライム課題として黙読課題を行っても,

自己記述課題を行っても,自伝想起課題の反応時間には差が見られないことを

示している。黙読課題とは,特性語を黙読させる課題である。従って,プライ

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ム課題として黙読課題を実施する条件は,本研究の意味条件と極めて類似して

いると考えられる。それに対して,本研究では,意味条件の方が,自己条件よ

りも,有意に自伝想起課題の反応時間が長いことを明らかにした。このことか

ら,“本研究の手続きに不適切な点があり,そのために,こうした一貫しない結

果が得られたのではないか”という疑問が出てくるかもしれない。そこで以下,

本研究と Klein et al. (1997)の相違点について考察する。

第一に,Klein et al. (1997)においては,自己記述課題によって参加者の自己

概念を活性化させていた。それに対して,本研究では“私は優しい”といった

プライム刺激を呈示することで,参加者の自己概念を活性化させた。このよう

に,本研究と Klein et al. (1997)の研究には,自己概念を活性化させる手法に

違いが見られる。こうした違いを踏まえると,“本研究のようにプライム刺激を

呈示する手法では,参加者の自己概念を適切に活性化させることができず,

Klein et al. (1997)とは異なる結果が得られた”と思われるかもしれない。しか

し,先に論じたように,自己記述課題を利用した場合でも(研究 1),プライム

刺激の呈示を利用した場合でも(研究 2),同じように“自己概念が自伝的記憶

の想起を促進する”という結果が得られている(4.4.2 節参照)。このことから,

“プライム刺激を呈示する”という手法を用いても,自己記述課題と同じよう

に,自己概念を活性化することができると考えられる。本研究の手法は妥当な

ものであり,プライム刺激を呈示するという実験手法によって,本研究の結果

が歪められたとは考えにくいと言える。

第二に,Klein et al. (1997)の実験デザインは,プライム課題 (自己記述・自

伝想起・黙読 ) × ターゲット課題 (自己記述・自伝想起 )であった(いずれの要

因も被験者内要因)。それに対して,本研究のターゲット課題は,常に自伝想起

課題であった。その結果,本研究の参加者は,Klein らの実験の参加者に比べ

て,プライム刺激の呈示中に,自伝想起課題に備えて記憶を用意しやすかった

のかもしれない。そして,こうした自伝的記憶の準備によって,結果が歪めら

れたという可能性を指摘することもできる。しかしながら,“自伝的記憶の準備”

という要因では,本研究の結果を説明することはできない。本研究では,自己

条件,意味条件,他者条件のいずれにおいても,プライム刺激と自伝想起課題

で同じ特性語を呈示している。従って,参加者はいずれの条件においても,同

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じように自伝想起課題に備えておくことが可能だったと考えられる。それにも

関わらず,自己条件の方が,意味条件や他者条件よりも,有意に自伝想起課題

の反応時間が短いことが示されている。このことから,本研究の結果は“自伝

的記憶を準備していた”ことに起因するものではないと言える。

それでは,なぜ Klein et al (1997)においては,本研究とは異なる結果が得ら

れているのだろうか。一つの可能性として,Klein と Loftus らの研究結果に含

まれる誤差の大きさを指摘することができる。上述のように,Klein らの研究

では,一人の実験参加者は,プライム課題 (自己記述・自伝想起・黙読 ) × タ

ーゲット課題 (自己記述・自伝想起 )という 6 つの条件に取り組むよう求められ

ていた。更に,これらの 6 条件の試行はランダムな順で実施されていたため,

試行ごとにプライム課題とターゲット課題の課題要求を理解し,処理を切り替

える必要があったと考えられる。それにも関わらず,彼らの研究では,試行間

のブランクは 2 秒間しか設けられていない。その結果,参加者は試行ごとに正

確に課題を理解し,処理を切り替える余裕もなかったと推測される。

一方,本研究では,ターゲット課題は常に自伝想起課題であった。そのため,

実験参加者は比較的容易に課題要求を理解できたと考えられる。更に,各試行

が終わるたびに,“用意はいいですか”という刺激文を呈示した。そして,参加

者がこの質問に対してキーを押さない限り,次の試行を開始しなかった。その

結果,各試行が終了するたびに参加者は適宜休憩をとり,自分のペースで課題

を遂行することができたと推測される。

これらのことから,Klein et al. (1997)においては,本研究に比べて,参加者

への課題負荷がはるかに大きいと考えられる。その結果,実験参加者の反応時

間には,課題の不十分な理解や疲労に起因する誤差が混入しており,本来なら

見出されるべき効果も消失している可能性が考えられる。実際, Bellezza

(1993)は,Klein と Loftus の課題促進パラダイムによる研究では,先行研究で

認められていた有意な結果が再現されていないことを指摘している。こうした

Bellezza の指摘からも,Klein と Loftus らの結果には大きな誤差が混入してお

り,その結果,検出力が低下し,自己条件と黙読条件における自伝想起課題の

有意差も認められなかったと考えられる。

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第 7 章 自己概念と自伝的記憶の独立性に対する反論

7.1. 第 3 章~第 6 章のまとめ

7.1.1. 研究のまとめ

本研究では,自伝的記憶の知識構造が気分一致効果と気分不一致効果に及ぼ

す影響を検討することを目的としている。こうした目的を達成するため,第Ⅱ

部では,自己概念の構造を手がかりとして自伝的記憶の知識構造を明らかにす

ることとした。ただし,自己概念の構造を手がかりとするためには,“自伝的記

憶が自己概念のもとに構造化されている”という前提を満たす必要がある。実

際,自伝的記憶や自己概念に関するこれまでの研究では,多くの研究者が自己

概念と自伝的記憶は深く関連し合っていると考えてきた (e.g., Blagov & Singer,

2004; Brewer, 1986; Conway et al., 2004; Robinson, 1986; Wilson & Ross,

2003)。こうした研究に基づくと,自伝的記憶の構造を検討する際に,自己概

念の構造を手がかりとすることができると考えられる。しかし,これらの研究

は知識構造を直接的に検討したものではない。

それに対して,Klein と Loftus らは,課題促進パラダイムを考案し,自己概

念と自伝的記憶が独立に保持されていることを繰り返し示してきた (e.g.,

Klein et al., 1997; Klein et al., 2001; Klein, Cosmides, Tooby, & Chance,

2002; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al.,

1993; Klein, Loftus, Trafton et al., 1992)。これらの知見に基づくと,自己概

念の構造と自伝的記憶の構造に対応関係があるとは考えにくいように思われる

かもしれない。しかし,N. R. Brown (1993)や Keenan (1993)が指摘している

ように,課題促進パラダイムの結果の解釈には,不適切な前提が置かれている。

そのため,彼らの解釈の妥当性には疑問が残る。

そこで本論文では,第 3 章から第 6 章に渡り,自己概念と自伝的記憶の関連

を検討した。その結果,自己概念にアクセスすると,関連する自伝的記憶の方

が,無関連な自伝的記憶より早く想起できることが明らかになった(研究 1~3)。

更に,非単語を呈示されたり(研究 3・4),意味的知識や他者知識にアクセス

したりするより(研究 4),自己概念にアクセスする方が,関連する自伝的記憶

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の想起が促進されることも示された。これらの結果から,Klein や Loftus らの

主張に反して,自伝的記憶と自己概念がリンクしていると考えられる。こうし

た結果は,“自己概念と自伝的記憶が密接に関連し合っている”という多くの研

究者の見解 (e.g., Brewer, 1986; Conway & Pleydell-Pearce, 2000; Conway et

al., 2004; Robinson, 1986)を裏付けるものと考えられる。更に,以上の結果に

基づくと,自伝的記憶の知識構造を検討する際に,自己概念の構造を手がかり

とすることが有用であると示唆される。

7.1.2. 他の解釈可能性

ただし,“自己概念と自伝的記憶が独立に保持されている”という見解に立っ

ても,“自己条件のプライム刺激が自伝想起課題の遂行を促進する”という結果

を解釈できるかもしれない。上述のように,自己概念は関連する経験が蓄積さ

れることで形成されるため,関連する経験が乏しいときには自己概念が形成さ

れていないと考えられる。そして,プライム刺激の特性語に該当する自己概念

が存在しないときには,プライム刺激は自己概念を活性化させることができな

いと考えられる。こうした状況では,プライム刺激は自己概念の代わりに,関

連する自伝的記憶を直接的に活性化させているかもしれない。例えば,プライ

ム刺激の特性語が極端に自己に当てはまらない場合には,関連する自伝的記憶

も少なく,プライム刺激に対応する自己概念も形成されていない可能性がある。

仮に自己概念が形成されていないとしたら,プライム刺激は自己概念を活性化

させることができず,直接的に自伝的記憶を活性化させるかもしれない。この

ことから,プライム刺激から自伝想起課題への促進効果が認められたとしても,

それが自己に当てはまらない特性語に限定されていた場合には,独立性の主張

を脅かすものとはならないと言える。

しかし,研究 3 では逆の結果が得られている。研究 3 では,プライム刺激が

自己に当てはまる特性語を有しているときには,関連特性条件と無関連特性条

件の間に有意な差が認められた。それに対して,プライム刺激が自己に当ては

まらない特性語を有しているときには,条件間で有意な差が認められなかった。

すなわち,プライム刺激が自己に当てはまる特性語を含んでいるときに,プラ

イム刺激から自伝想起課題への促進効果が強く認められると言える。こうした

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本研究の結果は,“自伝的記憶と自己概念が独立に保持されている”という立場

からの予測とは相容れないものである。このことから,自伝的記憶と自己概念

はリンクしていると結論付けることができると考えられる。

7.1.3. Klein, Loftus らの解釈への疑問

更に,本論文の結果は,Klein, Loftus らの結果の解釈にも,強く疑問を呈す

るものと考えられる。第 3 章で述べたように,Klein と Loftus らは以下の結果

をもとに,“自己概念と自伝的記憶が独立に保持されている”と主張している。

1. プライム課題として自己記述課題(特性語が自己に当てはまるかどうかを

判断する課題)を行っても,定義課題(性格特性語の意味を定義する課題)

を行っても,その後の自伝想起課題の反応時間には差が見られない (e.g.,

Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al.,

1993; Klein, Loftus, Trafton et al., 1992)。

2. プライム課題として自己記述課題を行っても,黙読課題(性格特性語を黙

読する課題)を行っても,その後の自伝想起課題の反応時間には差が見ら

れない (Klein et al., 1997)。

ただし,これらの結果は単独で意味を持つ訳ではない。これらの結果をもと

に,“自己概念と自伝的記憶が独立に保持されている”と主張するためには,“定

義課題も,黙読課題も,自伝想起課題の遂行を促進しない”という前提を置く

必要がある。こうした前提が覆されてしまうと,彼らの結果は,“自己記述課題

は,定義課題や黙読課題と同じくらい自伝想起課題を促進する”ことを意味す

るものになる。すなわち,“自己概念が意味的知識と同じように自伝的記憶とリ

ンクしている”ことを示す証拠となってしまうのである。従って,自己概念と

自伝的記憶の独立性を考える際に,上記の前提は極めて重要な意味を持ってい

ると考えられる。

研究 4 の結果は,こうした彼らの解釈の前提を覆すものと考えられる。研究

4 では,意味条件においても,統制条件より,自伝想起課題の反応時間が短い

ことを明らかにした。すなわち,特性語を読むだけで,自伝想起課題の遂行が

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促進されることが示されたと言える。定義課題においても,黙読課題において

も,“性格特性語を読む”という処理が含まれているはずである。このことから,

定義課題も,黙読課題も,自伝想起課題の遂行を促進すると言えるだろう。そ

して,Klein や Loftus らの研究結果は,自己概念と自伝的記憶の独立性を示す

証拠とはならないと考えられる。

以上を総合すると,自己概念にアクセスすると関連する自伝的記憶の想起が

促進されると考えられる。そして,自伝的記憶と自己概念は独立に保持されて

いるのではなく,両者は関連付けて保持されていると言える。

7.2. エピソード/意味記憶との関連

前節で述べたように,研究 1~4 では,自伝的記憶と自己概念が関連付けら

れて保持されていることを明らかにした。こうした結論に基づくと,自伝的記

憶の構造には,自己概念の構造が反映されている可能性が示唆される。そして,

自伝的記憶の構造を検討する際にも,自己概念の構造が有効な手がかりとなり

うると考えられる。

ただし,以上のような議論は,エピソード記憶 (episodic memory)と意味記憶

(semantic memory)に関する先行研究の議論と矛盾しているように思われるか

もしれない。Tulving (1972)によれば,エピソード記憶とは,時間や場所が限

定された具体的な経験に関する記憶を指し,意味記憶とは抽象的事実や概念を

指すと考えられる。こうした Tulving の定義に基づくと,自己概念は意味記憶

の一つ,自伝的記憶はエピソード記憶の一つとみなすことができる (同様の議

論として Tulving, 1993)。しかし,“自己概念は自伝的記憶とリンクして保持さ

れている”という本研究の結果に反して,先行研究では“エピソード記憶と意

味記憶は機能的に独立な記憶システムに保持されている”とみなされてきた (レ

ビューとして Tulving, 2002; Wheeler, Stuss, & Tulving, 1997)。そこで以下,

エピソード記憶と意味記憶の独立性を示す先行研究を概観し,本研究との整合

性について考察する。

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7.2.1. 認知心理学的研究

Tulving (1972)がエピソード記憶と意味記憶の独立性を提案して以来,認知

心理学では様々な研究が行われてきた (レビューとして太田 , 1988; 太田・小松 ,

1983)。例えば,Jacoby & Dallas (1981)は,記銘時の処理水準は再認課題には

影響を与えるが,単語同定課題には影響を与えないことを示した。単語同定課

題は語彙知識に基づく課題であり,意味記憶を反映する課題と考えられる。そ

れに対して,再認課題は 1 回きりの出来事に関する記憶を測定するもので,エ

ピソード記憶を反映する課題とみなすことができる。このことから,Tulving

(1983)は,Jacoby と Dallas の結果をエピソード記憶と意味記憶の独立性の根

拠とみなしている。

しかし,単語同定課題の遂行には,意味記憶だけでなく,手続き的記憶

(procedural memory)も関わっていることが指摘されている (レビューとして

Roediger, 1990)。手続き的記憶とは,自転車の乗り方・鉛筆の持ち方といった

行為のやり方・スキルに関する記憶で,言語的に表現できないものである。そ

れに対して,再認課題は言語化可能な記憶を反映しており,手続き的記憶とは

異なる性質を持つと考えられている (e.g., Milner, Squire, & Kandel, 1998)。こ

のことから,Jacoby & Dallas (1981)の結果は,エピソード記憶と意味記憶の

独立性ではなく,言語化可能な記憶と手続き的記憶の独立性を示しているに過

ぎないとも考えられる (同様の議論として McKoon, Ratcliff, & Dell, 1986)。従

って,この結果だけでは,“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システムで

ある”と結論付けることはできない。

この他にも,エピソード記憶と意味記憶の独立性を支持する結果は数多く提

出されている (e.g., Herrmann & Harwood, 1980; Shoben, Wescourt, & Smith,

1979)。しかし,これらの研究に関しても,“エピソード記憶と意味記憶が独立

な記憶システムに対応していることを想定しなくても結果を説明できる”とす

る反論が提出されてきた (e.g., McKoon et al., 1986)。更に,“エピソード記憶

と意味記憶が独立ではない”とする結果も報告されている (e.g., J. R. Anderson

& Ross, 1980; McKoon & Ratcliff, 1979)。これらのことから,少なくとも認知

心理学的研究では,“意味記憶とエピソード記憶が互いに独立な記憶システムで

ある”という結論を導くのは難しいと言える。

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7.2.2. 神経心理学的研究

エピソード記憶と意味記憶の独立性は,神経心理学でも盛んに検討されてき

た。特に,健忘症 (amnesia)患者に対する症例研究においては,“エピソード記

憶と意味記憶が独立に損傷されうるか否か”が盛んに議論されてきた。

7.2.2.1. 逆行性健忘症

まず,逆向性健忘症 (retrograde amnesia)患者に関する研究を概観する。逆

向性健忘症患者は,健忘症発症時点を境に,それ以前の記憶にアクセスできな

くなる。ただし,逆向性健忘症患者が全ての記憶にアクセスできなくなる訳で

はない。“自分の経験を想起することはできるが,概念の意味にアクセスするこ

とはできない”という具合に,意味記憶のみに損傷を示す症例の存在が認めら

れている (e.g., De Renzi, Liotti, & Nichelli, 1987; Kapur, 1999; Kapur et al.,

1994; Nakamura et al., 2000; Snowden et al., 1996; Yasuda et al., 1997)。更

に,“事実や概念に関する一般的知識は損傷されていないが,エピソードに関す

る記憶が損傷されている”という症例も数多く指摘されている (e.g., Evans et

al., 1996; Hodges & McCarthy, 1993; Hunkin et al., 1995; Kapur & Brooks,

1999; Klein, Loftus, & Kihlstrom, 1996; O'Connor et al., 1992)。これらの症

例研究から,エピソード記憶と意味記憶は独立な記憶システムに対応するもの

と思われるかもしれない。実際,多くの研究者が“エピソード記憶と意味記憶

は異なる脳部位によって担われており,両者は独立な記憶システムである”と

論じている (e.g., Nadel & Moscowitsch, 1997; Tulving & Markowitsch, 1998)。

しかし,逆向性健忘症例の解釈にも,反論が提出されている (e.g., Hamann &

Squire, 1995; Reed & Squire, 1998)。例えば,Squire & Knowlton (1995)は,

エピソード記憶の選択的損傷は記憶痕跡の強さによって説明できることを指摘

している。エピソード記憶は出来事に関する記憶であり,1 回きりの経験で獲

得された記憶である。それに対して,意味記憶は事実や概念に関する記憶であ

り,繰り返し経験される中で獲得されるものである。そのため,意味記憶はエ

ピソード記憶に比べて,深い記憶痕跡を持つと考えられる。こうした記憶痕跡

の違いを想定すると,意味記憶の方が,エピソード記憶より損傷されにくいこ

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とが予想される。すなわち,“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システム

ではない”という立場に立っても,記憶痕跡の強さの違いによってエピソード

記憶の選択的損傷を説明できるのである。更に,彼らは,エピソード記憶の選

択的損傷例が数多く存在するのに対して,意味記憶の選択的損傷例は稀なこと

も指摘している。こうした彼らの指摘に基づくと,逆向性健忘症例の知見の大

半は記憶痕跡の強さの違いによって説明できるもので,エピソード記憶と意味

記憶の独立性を示しているとは言い切れないと考えられる。

7.2.2.2. 前向性健忘症

逆向性健忘症のみならず,前向性健忘症 (anterograde amnesia)に関する研究

においても,エピソード記憶と意味記憶の独立性が検討されている。前向性健

忘症とは,健忘症発症後,新たな記憶の獲得に困難を示す症状を指す。そして,

逆向性健忘症と同様,前向性健忘症においても,エピソード記憶の獲得が選択

的に損傷された症例が報告されている (e.g., Kitchener, Hodges, & McCarthy,

1998; Tulving, Hayman, & Macdonald, 1991; Vargha-Khadem et al., 1997)。

しかし,Gaffan (1997)や Squire & Zola (1998)が指摘しているように,これ

らの患者が,“エピソード記憶を獲得する能力を完全に損傷している”という保

証はない。“エピソード記憶を反映する”とされている課題では検出できないも

のの,わずかにエピソード記憶能力が残っており,こうした残存したエピソー

ド記憶能力が意味記憶の獲得を可能にしているのかもしれない (同様の議論と

して Hamann & Squire, 1995)。更に,健忘症患者が事実に関する知識を獲得

しても,獲得された知識は柔軟性が著しく乏しいもので,意味記憶より手続き

的記憶に近いとする指摘もなされている (Bayley & Squire, 2002)。従って,前

向性健忘症患者の症例からも,“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システ

ムに対応している”とは言い切れないと考えられる。

7.2.3. エピソード記憶と意味記憶の定義の問題

以上のように,エピソード記憶と意味記憶の独立性に関しては,認知心理学

的研究においても,神経科学的研究においても,十分な裏づけが得られていな

い。その原因として,2 つの可能性が考えられる。

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第一に,エピソード記憶と意味記憶が独立に保持されていない可能性が考え

られる。すなわち,エピソード記憶と意味記憶は,同じ記憶システムの中に関

連づけられて保持されているのかもしれない。その結果,エピソード記憶と意

味記憶の独立性を裏付ける証拠が得られていないという可能性が考えられる。

この可能性が妥当な場合には,“自伝的記憶と自己概念がリンクしている”とい

う研究 1~4 の結果は,エピソード記憶と意味記憶に関する先行研究と矛盾す

るものではないと言える。

第二に,エピソード記憶と意味記憶の定義に問題があるという可能性が考え

られる。上述のように,Tulving (1972)は,概念や事実に関する一般的な知識

を“意味記憶”,特定の場所や特定の時間を伴う出来事に関する記憶を“エピソ

ード記憶”という具合に,情報内容の区別がそのまま記憶システムの区別に反

映されるとみなしていた。こうしたエピソード記憶と意味記憶の定義に基づく

と,“再認課題はエピソード記憶を反映している”,“概念や事実に関する一般的

な知識を獲得・検索する課題は意味記憶を反映している”,“特定の場所や特定

の時期を伴う出来事を記銘・想起させる課題はエピソード記憶に対応している”

といった前提が成立する。そして,これらを前提としている限りにおいては,

先に紹介した研究は,いずれも“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶シス

テムである”という結論を示唆するものと考えられる。

しかし,様々な批判に見られたように (e.g., Bayley & Squire, 2002; Roediger,

1990),実験参加者が事実に関する知識を獲得しても,それが意味記憶を反映

している保証はない。出来事に関する記憶についても同様である (e.g., Squire

& Knowlton, 1995)。すなわち,情報の内容の違いと意味記憶システム-エピ

ソード記憶システムは単純に対応づけることはできないと考えられる。実際,

エピソード記憶と意味記憶が提案された当初から,“情報内容の区別に対応する

記憶システムが存在するとは考えにくい”とする批判が繰り返し提示されてい

る (e.g., Glenberg, 1977; McKoon & Ratcliff, 1986; McKoon et al., 1986;

Ortony, 1975; Schank, 1975; Wickelgren, 1977)。

以上より,エピソード記憶と意味記憶の定義に問題があるために,“両者が独

立な記憶システムである”と結論付けることができないのかもしれない。そし

て,エピソード記憶と意味記憶を情報内容とは異なる観点から定義すれば,両

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者の独立性を主張できる可能性がある。

7.2.4. 主観的意識による定義

こうした問題意識を背景に,近年の研究では,エピソード記憶と意味記憶は

情報内容とは別の観点で捉えられるようになっている (レビューとして Tulving,

2002)。その際に,エピソード記憶と意味記憶を捉える本質的な特徴とされて

いるのが,“想起時の主観的意識状態の違い”である。Tulving によれば,記憶

の操作に伴う主観的意識は,認識的意識 (noetic consciousness)と自己思惟的意

識 (autonoetic consciousness)という 2 つに分類できる (e.g., Tulving, 1983,

1985, 2002; Wheeler et al., 1997)。前者は既知の事物に関して客観的に思考す

る際に伴う意識状態を指しており,“knowing”という語で表現されるものであ

る。それに対して,後者は過去の自己の存在を考えるときに特有の意識状態で,

“remembering”という語で表現されるものである。これら 2 つの意識状態に

基づき,Tulving は記憶操作の際に認識的意識を伴うものを“意味記憶”,自己

思惟的意識を伴うものを“エピソード記憶”として,エピソード記憶と意味記

憶を再概念化している。

エピソード記憶と意味記憶を主観的意識に基づいて定義すると,エピソード

記憶と意味記憶の概念そのものが変化する。繰り返し述べてきたように,エピ

ソード記憶と意味記憶が提案された当初は,“特定の時間や特定の場所を伴う出

来事に関する記憶”がエピソード記憶,“事実や概念に関する記憶”が意味記憶

とされていた (e.g., Tulving, 1972)。それに対して,主観的意識に注目した場合

には,出来事に関する記憶がすべてエピソード記憶になるとは限らない。自分

が実際に経験した出来事であっても,自己思惟的意識を伴わず,認識的意識を

伴うものは,意味記憶と捉えられる。一方,概念や事実に関する記憶は認識的

意識を伴うため,1972 年の定義と同様,“意味記憶”とみなされる。このよう

に,主観的意識に注目すると,出来事に関する記憶の中でも自己思惟的意識を

伴うもののみが“エピソード記憶”とみなされる。それに対して,自己思惟的

意識を伴わず認識的意識を伴う記憶は,情報の内容に関わらず“意味記憶”と

捉えられる。

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101

7.2.5. Remember/ Know 手続きによる研究

それでは,エピソード記憶と意味記憶を主観的意識によって定義すると,意

味記憶とエピソード記憶の独立性を支持する証拠は得られるのだろうか。この

点に関しては,Remember/ Know 手続きを用いた研究で繰り返し検討されてき

た。Remember/ Know 手続きとは,再認課題を発展させた実験手法である。通

常の再認課題の場合には,まず,参加者に刺激(例.絵・単語)を呈示し,こ

れらの刺激を意図的に(あるいは偶発的に)記銘させる(学習フェーズ)。そし

て,一定時間の遅延をおいた後,参加者に刺激を呈示し,“呈示された刺激が学

習フェーズで呈示されたものか,新規なものか”を判断させるのである(テス

トフェーズ)。

Remember/ Know 手続きでは,参加者がテストフェーズにおいて,“当該刺

激が学習フェーズで呈示されたものである”と判断した場合にのみ,付加的な

判断を求める。具体的には,学習フェーズにおいてその刺激が呈示されたこと

を意識的に想起できる場合には,Remember 反応を行うよう求める。例えば,

学習フェーズで刺激について考えたことを意識的に想起できる場合には,

Remember 反応に相当する。それに対して,こうした具体的なエピソードを想

起することはできないが,“確かに学習フェーズで呈示された刺激である”と思

う場合には,Know 反応を行うことになる。エピソード記憶と意味記憶に関す

る上述の定義に従い,Remember 反応にはエピソード記憶が,Know 反応には

意味記憶が関与しているとみなされている (e.g., Gardiner, 2001; Tulving,

1985)。

こうした Remember/ Know 手続きを利用した研究では,記銘時の処理水準

は Remember 反応には影響を与えるが,Know 反応には影響を与えないこと

(e.g., Gardiner, Java, & Richardson-Klavehn, 1996; Rajaram, 1993),刺激の

呈示モダリティは Remember 反応には影響を与えず,Know 反応のみに影響を

与えることが示され (e.g., Gregg & Gardiner, 1994),Remember 反応のみに影

響を与える要因,Know 反応のみに影響を与える要因の存在が明らかにされて

いる (e.g., Rajaram, 1998)。更に,Remember 反応と Know 反応の二重乖離を

直接示す研究もある。例えば,Kensinger, Clarke, & Corkin (2003)は,記銘時

に高負荷の二重課題を行う条件と低負荷の二重課題を行う条件を比較し,

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Remember 反応は高負荷条件より低負荷条件で多く,Know 反応は低負荷条件

より高負荷条件で多いことを示している。これらより,想起時の意識状態に注

目すると,エピソード記憶と意味記憶は独立な記憶システムとして区別できる

可能性があると考えられる。

しかし,Remember/ Know 手続きによる研究結果についても,“信号検出理

論 (signal detection theory)によって説明できるもので,意味記憶とエピソード

記 憶 の 独 立 性 を 示 す も の で は な い ” と い う 批 判 が 提 出 さ れ て い る (e.g.,

Donaldson, 1996; Dunn, 2004; Hirshman, 1998)。信号検出理論の枠組みでは,

記憶痕跡がある基準値より高い値の場合には Remember 反応を行い,基準値よ

り低い値の場合には Know 反応を行うと仮定される。すなわち,Remember 反

応も Know 反応も,“記憶痕跡の強さ”という単一の次元に基づく反応であり,

記憶システムの質的な差異を反映するものではないとみなされる。以上より,

主観的意識によって定義した場合でも,エピソード記憶と意味記憶が独立なシ

ステムと結論付けることはできないと考えられる。そして,エピソード記憶と

意味記憶は同じ記憶システムに関連づけられて保持されている可能性が示唆さ

れる。

7.3. 研究 1~4の結果とエピソード/意味記憶

前節で見てきたように,エピソード記憶と意味記憶が提案されて以来,認知

心理学においても,神経心理学においても,エピソード記憶と意味記憶の独立

性が繰り返し指摘されてきた (レビューとして Wheeler et al., 1997)。しかし,

これらの知見のいずれも,“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システムで

はない”と仮定しても解釈することができる。このことから,現時点では,“エ

ピソード記憶と意味記憶が互いに独立な記憶システムである”と結論付けるこ

とはできないと言える。従って,“自己概念と自伝的記憶がリンクして保持され

ている”という本論文の結果も,エピソード記憶と意味記憶の研究と矛盾する

ものではないと考えられる。

更に,仮にエピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システムであったとして

も,以下の 2 点の理由により,本論文の結果とエピソード/意味記憶の独立性

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は矛盾するものではない。第一に,エピソード記憶と意味記憶の相互作用が挙

げられる。“エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システムである”とする立

場でも,2 つの記憶の相互作用の可能性を排除している訳ではない。事実,第

3 章で述べたように,近年の研究では,エピソード記憶と意味記憶の相互作用

が指摘されている (e.g., Westmacott et al., 2003; Westmacott & Moscovitch,

2003)。このことから,エピソード記憶と意味記憶が独立な記憶システムとし

ても,両者の間には,密接な相互作用が存在すると考えられる。本論文で明ら

かにした自己概念と自伝的記憶のリンクは,エピソード記憶と意味記憶の相互

作用の一形態とみなすことができる。

第二に,自己概念を意味記憶の一つとみなすことにも疑問が残る。確かに,

自己概念は特定の時間や場所を伴う知識ではなく,抽象的な知識と考えられる。

このことから,情報内容の観点で考えると,自己概念は意味記憶とみなすこと

ができる。しかし,先に述べたように,近年の研究では,意味記憶とエピソー

ド記憶は主観的意識によって定義されている。具体的には,意味記憶は認識的

意識と関連していると考えられている (e.g., Wheeler et al., 1997)。認識的意識

とは,“知っている (knowing)”という意識状態である。それに対して,自己概

念について操作する際には,“自分自身について考えている (self-knowing)”と

いう意識状態を伴うと考えられる。こうした自己に関わる意識は,自己思惟的

意識と呼ばれており,エピソード記憶を特徴付ける意識状態とみなされてきた

(e.g., Tulving, 2002; Wheeler et al., 1997)。このことから,自己概念は純粋な

意味記憶とはみなしにくく,エピソード記憶の要素も含んでいると考えられる。

そして,自己概念がエピソード記憶の要素を含んでいるとすれば,自伝的記憶

と自己概念がリンクしているのも当然のことと思われる。このように,エピソ

ード記憶と意味記憶を独立な記憶システムとみなしても,“自己概念と自伝的記

憶がリンクしている”という本論文の結果は整合的に捉えることができる。以

上のことから,本論文の結果はエピソード記憶-意味記憶に関する研究と矛盾

するものではないと考えられる。

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7.4. 自伝的記憶研究への示唆

後に,“自己概念と自伝的記憶がリンクして保持されている”という研究 1

~4 の結果が,自伝的記憶に関する研究に与える示唆について述べる。

第一に,自伝的記憶研究では,個人の自己概念に合致した自伝的記憶は,自

己概念に合致しない自伝的記憶より,アクセシビリティが高いことが指摘され

てきた (e.g., Markus & Ruvolo, 1989; Woike et al., 1999; Woike, Mcleod, &

Goggin, 2003)。研究 1~4 の結果は,“なぜ自己概念が自伝的記憶のアクセシ

ビリティに影響を与えるのか”というメカニズムに示唆を与えることができる。

Markus (1977)が指摘しているように,個人にとって,自己概念は も重要な

知識表象の一つである。従って,長期記憶の中でも,自己概念は比較的アクセ

シビリティが高いと考えられる。本論文で明らかにしたように,自己概念と自

伝的記憶がリンクしているのであれば,こうした自己概念の高い活性化は,リ

ンクを通して,関連する自伝的記憶にも拡散すると考えられる。その結果,自

己概念と一致する自伝的記憶も,自己概念と同様にアクセシビリティが高くな

ると予想される。一方,自己概念と矛盾する自伝的記憶は,自己概念とリンク

していないため,自己概念からの活性化が伝播しにくく,アクセシビリティも

低いと考えられる。このように,自己概念と自伝的記憶のリンクを想定するこ

とで,“なぜ自己概念と一致する自伝的記憶のアクセシビリティが高いのか”を

説明することができる。

第二に,第 3 章で述べたように,自伝的記憶の知識構造に関しては十分に解

明されてこなかった。それに対して,研究 1~4 では,自己概念が関連する自

伝的記憶とリンクしていることを明らかにした。このことから,自己概念の構

造が自伝的記憶の構造にも反映されている可能性があると考えられる。具体的

には,自己概念に関する研究では,自己概念は単一のものではなく,多面的な

構造を持つことが指摘されている (e.g., Campbell et al., 2003; Campbell et al.,

1991; Dixon & Baumeister, 1991; Gramzow et al., 2000; Higgins et al., 1986;

Koch & Shepperd, 2004; Linville, 1985, 1987; Showers, 1992)。我々の人生に

は,“家族”,“勉強”,“仕事”,“友人関係”など,いくつかの重要なテーマが存

在する。自己概念は,これらのテーマごとに分かれた構造を持つと考えられて

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105

いるのである。このような自己概念の構造に関する知見に基づくと,自伝的記

憶もまたテーマごとに分かれた構造を持つと考えられる。具体的には,自伝的

記憶の知識表象には個別の記憶を包含する抽象的な知識(“勉強”,“仕事”,“友

人関係”のような人生の重要なテーマを表す知識)が存在し,個々の具体的経

験は関連する抽象的知識のもとに保持されていると考えられる。次章では,こ

の点について検討を行う。

7.5. 今後の課題

これまで述べてきたように,研究 1~4 では,自己概念と自伝的記憶は関連

付けられて保持されていることを明らかにした。このことから,自己概念の構

造は,自伝的記憶の構造を検討する際の有用な手がかりとして機能すると考え

られる。ただし,自己概念と自伝的記憶の関連については,いくつかの検討課

題も残されている。

第一に,研究 1~4 では,一貫して自己概念の活性化が自伝的記憶の想起に

及ぼす影響を検討してきた。しかし,自己概念と自伝的記憶がリンクしている

のであれば,自伝的記憶から自己概念へも活性化が拡散するかもしれない。従

って,自伝的記憶と自己概念が知識構造においてどのように関連付けられてい

るのかを包括的に解明するためには,自伝的記憶から自己概念へのプライミン

グ効果も検討する必要があると考えられる。

第二に,“自伝的記憶と自己概念が独立に保持されている”という Klein と

Loftus らの一連の研究 (e.g., Klein & Loftus, 1990; Klein & Loftus, 1993a,

1993b; Klein, Loftus et al., 1996; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al.,

1993; Klein, Loftus, Trafton et al., 1992)を踏まえて,研究 1~4 では,“自伝

的記憶と自己概念が独立に保持されているのか否か”に関して検討を行ってき

た。そして,自伝的記憶と自己概念が独立に保持されているのではなく,両者

は関連付けられて保持されていることを明らかにしている。こうした成果を踏

まえて,今後は自伝的記憶と自己概念の関連の相対的な強さについても検討を

行う必要があると考えられる。すなわち,自伝的記憶と自己概念がリンクして

いるとしても,自己概念があらゆる自伝的記憶と同じようにリンクしていると

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106

は限らない。こうしたリンクの強さの相対性を明らかにすることで,自伝的記

憶と自己概念の知識構造がより明確に明らかになると考えられる。

本論文の主たる目的は自己概念と自伝的記憶の構造を解明することではない。

本論文では,あくまで自伝的記憶の構造を解明するための手がかりとして,自

己概念と自伝的記憶の関連に注目した。そのため,以上のような問いについて

踏み込むことは避ける。ただし,自己概念や自伝的記憶は,自己を支える知識

である。こうした自己に関わる知識は,心理学研究で非常に高い関心を集めて

きた (レビューとして Linville & Carlston, 1994)。このことから,自己概念や

自伝的記憶の知識構造を解明することは,それ自体としても非常に大きな意味

を持つと考えられる。今後の研究では,上記の問いについても更に研究を発展

させることが必要と言える。

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第 8 章 自伝的記憶の領域構造の検討(研究 5)

8.1. 目的

8.1.1. 自伝的記憶の領域構造と感情

研究 1~4 では,自伝的記憶が関連する自己概念のもとに保持されているこ

とを明らかにした。こうした知見に基づくと,自己概念の構造を手がかりとし

て,自伝的記憶の知識構造を検討できると考えられる。具体的には,自己概念

はテーマごとに分かれた領域構造を持つことが指摘されてきた。このことから,

自伝的記憶もテーマごとに領域に分かれた領域構造を持つと考えられる。事実,

Conway & Pleydell-Pearce (2000)は,自己記憶システムモデルにおいて,自伝

的記憶がテーマごとに構造化されている可能性を指摘している。しかし,自伝

的記憶における領域構造を実証的に検討した研究はほとんど見当たらない。第

3 章で述べたように,自伝的記憶の構造に関する研究では,専ら局所的な構造

ばかりが検討されており,マクロな構造はほとんど明らかにされてこなかった

のである。

しかしながら,以下のような知見に基づくと,感情が自伝的記憶の想起に及

ぼす影響を考える際には,自伝的記憶の領域構造を考慮することが不可欠と考

えられる。McFarland & Buehler (1998)は,感情と自己注目が自伝的記憶の想

起に及ぼす影響を検討した。その結果,テストとフィードバックで参加者の感

情状態を誘導した場合には,学業に関する自伝的記憶においてのみ感情や自己

注目の効果が認められ,友人関係に関する自伝的記憶では感情の効果も,自己

注目の効果も得られなかった。逆に,友人関係に関する経験を想起することで

感情を誘導した場合には,友人関係に関する自伝的記憶においては感情や自己

注目の効果が認められたのに対して,学業に関する自伝的記憶では感情の効果

も,自己注目の効果も認められなかった。すなわち,感情を喚起した文脈と自

伝的記憶のテーマが合致しているときにのみ,感情の効果が認められているの

である。こうした知見を踏まえると,自伝的記憶がテーマごとに領域に分かれ

た構造を持つことが示唆される。そして,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影

響を検討する際に,こうした領域構造を考慮することが必要と考えられる。

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それでは,なぜ自伝的記憶の領域構造が,感情との関連において重要な役割

を果たすのであろうか。こうした問いに答えるため先行研究を概観すると,“自

伝的記憶の領域と感情には対応関係がある”という可能性が示唆される。例え

ば,Scherer et al. (1983)は,感情を喚起する出来事の特徴を分析し,喜びや悲

しみは,達成経験よりも,他者との関係性に関する出来事によって喚起されや

すいことを示している。

また,動機に関する研究からも,領域と感情の関連が示唆されている。仕事

や勉強に関する記憶は達成動機や勢力動機と関連しているのに対して,友人関

係に関する記憶は親和動機と関連していると考えられる。先行研究では,これ

らの動機が異なる感情と関連していることが指摘されている。例えば,

Zurbriggen & Sturman (2002)は,勢力動機は怒りを喚起しやすいのに対して,

親和動機は悲しみを喚起しやすく,達成動機は驚きを喚起しやすいことを示し

ている。同様に,Tiedens (2001)も怒りと勢力動機の関連を示している。更に,

誇らしさを伴う記憶には勢力動機や達成動機を反映するものが多く,悲しみを

伴う記憶には親和動機を反映するものが多いことも示されている (Woike et al.,

1999)。

以上より,自伝的記憶にはテーマに対応する複数の領域があり,各領域が異

なる感情と関連していることが示唆される。更に,こうした領域と感情の特異

的な関連によって,感情が自伝的記憶に及ぼす影響が調整されている可能性が

考えられる。具体的には,勉強に関する出来事(例.テストとフィードバック)

によって,ある感情 A が喚起されたとしよう。このとき,感情 A は“勉強”領

域と強く連合しており,その結果,当該領域の自伝的記憶は感情 A の影響を受

けやすいと考えられる。一方,他の領域は感情 A とそれほど強く連合していな

いため,感情 A の影響を受けにくいと予想される。このように,感情が自伝的

記憶に及ぼす影響は,自伝的記憶の領域構造によって調整されている可能性が

ある。その結果,先述の McFarland & Buehler (1998)のような結果が得られ

ていると考えられる。

8.1.2. 研究の目的

そこで研究 5 では,次の 2 点を検討することを目的とする。第一に,自伝的

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記憶がテーマごとに領域に分かれた構造を持つかどうかを検討する。こうした

目的のため,N. R. Brown & Schopflocher (1998a, 1998b)によるイベント手が

かり法を利用する。先に紹介したように,イベント手がかり法とは,自伝的記

憶を想起させる際に,当該参加者の想起した別の記憶を手がかりとして使用す

る手法である。具体的には,まず参加者に手がかり語を呈示し,関連する自伝

的記憶を想起させる(cueing event; 手がかりイベント)。次に,その記憶を手

がかりとして,そこから自動的に想起された別の記憶を報告するよう求めるの

である(cued event; 想起イベント)。こうした手法を用いることで,自伝的記

憶の個々の経験がどのように関連付けられて保持されているかを検討すること

ができると考えられる。

自伝的記憶がテーマごとに分かれた領域構造を持っているのであれば,想起

イベントとして,手がかりイベントと同じテーマに関する記憶が思い出されや

すいと予想される。すなわち,想起イベントと手がかりイベントとの間にテー

マの対応関係が見られると予測される。それに対して,自伝的記憶がテーマと

は無関連に構造化されているのであれば,手がかりイベントのテーマに関わら

ず,想起イベントとして様々なテーマに関する記憶が思い出されると考えられ

る。研究 5 では,これらのいずれの予測が支持されるかを検討する。

ただし,自伝的記憶の構造は各個人の生活や経験を反映するものであり,大

きな個人差が想定される。従って,自伝的記憶の全領域を扱うと,かえって明

確な結論が得られなくなると考えられる。そこで本研究では,“勉強”と“友人

関係”という 2 つのテーマに焦点を当てる。これまでの研究において,“勉強”

と“友人関係”というテーマは,日本人大学生が共通に持つことが指摘されて

いる (Sakaki, in press)。従って,これらの 2 つのテーマに焦点を絞ることで,

自伝的記憶の領域構造に関する明確な結論を得られると考えられる。具体的に

は,参加者に“勉強”や“友人関係”に関する手がかりイベントを想起させる。

その上で,想起イベントとして,手がかりイベントと同じテーマに関する記憶

が思い出されやすいかどうかを検討することとした。

第二に,自伝的記憶の領域が感情と特異的に関連しているかどうかを検討す

る。上述のように,本研究では,“勉強”と“友人関係”という 2 つのテーマ

を扱う。これらのテーマに関する自伝的記憶が,それぞれ異なる感情と関連し

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ているかどうかを検討することとしたい。もし自伝的記憶の領域と感情が特異

的に連合しているのであれば,“勉強”に関する自伝的記憶は,“友人関係”に

関する自伝的記憶とは異なる感情状態と連合していると考えられる。それに対

して,領域と感情の関連が見られないのであれば,“勉強”に関する自伝的記憶

も,“友人関係”に関する自伝的記憶も,類似した感情と連合していると考えら

れる。本研究では,これらのいずれの予測が支持されるかを検討する。

更に,これら 2 点に加えて,手がかりイベントと想起イベントの時間的近接

性に関しても検討する。手がかりイベント法を利用した先行研究では,手がか

りイベントと想起イベントが高い時間的近接性を持つことが指摘されてきた

(e.g., Sato, 2002; Wright & Nunn, 2000)。そこで研究 5 では,こうした結果が

再現されるかどうかについても検討することとした。

8.2. 方法

8.2.1. 実験参加者

実験参加者は大学生 46 名 (男 28 名・女 18 名 )である。実験協力の謝礼とし

て,授業の実習ポイントか,500 円分の図書券のいずれかを与えた。なお,実

習ポイントと図書券のどちらを謝礼とするかは各参加者の希望によって決定し

た。また,実習ポイントは単位取得に関連するものの,ごくわずかな得点であ

り,“単位を取得できるかどうか”を左右するものではなかった。実験は個別に

実施した。

8.2.2. 記憶課題

Brown & Schopflocher (1998a, 1998b)が開発したイベント手がかり法を利

用した。具体的には,まず参加者に 8 つの手がかりイベントを想起させ,次に

各手がかりイベントについて 2 つずつ想起イベントを思い出すよう求めた。す

なわち,それぞれの参加者は手がかりイベントと想起イベントを合わせて 24

個の自伝的記憶を想起した。

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8.2.2.1. 手がかりイベント

合計 8 語の手がかり語を用意した。半数は勉強に関する手がかり語で,残り

の半数は友人関係に関する手がかり語であった。こうした手がかり語をもとに,

記憶課題用の実験冊子を作成した。実験冊子の各ページに手がかり語を 1 語ず

つ呈示し,手がかり語の下に“時期”,“場所”,“内容”という 3 つの記入欄を

設けた。参加者にこの冊子を配布し,各手がかり語に関連する自伝的記憶を 1

つずつ想起し,出来事の生起した時期,生起した場所,出来事の内容について,

簡単に記述するよう求めた。なお,抽象的な事実ではなく,時期や場所が特定

される具体的なエピソードを想起するよう教示した。

ただし,人は自己のネガティブな情報を回避しようとする動機を持っている

ことが指摘されている (レビューとして S. E. Taylor, 1991)。そのため,自由に

記憶を想起させた場合には,ポジティブ記憶ばかりが想起され,ネガティブ感

情について検討できなくなる恐れがある。そこで,“ポジティブ記憶を想起する

か,ネガティブ記憶を想起するか”を予め指定し,ポジティブ記憶とネガティ

ブ記憶を半数ずつ想起させた。

具体的には,勉強に関する手がかり語のうち,半数の手がかり語(成績,合

格)については,“「嬉しい」,「楽しい」など,自分自身にとって肯定的な意味

を持つ経験を思い出してください”と教示し,ポジティブ記憶を想起するよう

求めた。一方,残りの半数の手がかり語(受験勉強,試験)については,“「悲

しかった」,「辛かった」など,自分自身にとって否定的な意味を持つ経験を思

い出してください”と教示し,ネガティブ記憶を想起するよう求めた。同様に,

友人関係に関しても,手がかり語の半数(親友,友人との遊び)についてはポ

ジティブ記憶を想起させ,残りの半数(陰口,友人からの疎外感)については

ネガティブ記憶を想起させた。実験冊子には,ポジティブ記憶を想起させる手

がかり語と,ネガティブ記憶を想起させる手がかり語が,想起させる記憶の感

情価やテーマに関わらずランダムな順で呈示されていた。なお,全参加者にお

いて同じ呈示順序であった。

8.2.2.2. 想起イベント

想起された手がかりイベントをもとに,実験者が実験冊子を新たに作成した。

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112

当該参加者が記述した手がかりイベント(例.21 歳の誕生日,家で,スペイン

に留学していた親友から誕生祝いの電話があった)をそのままパソコンに入力

し,冊子を作成した。冊子では,各ページに 1 つずつ手がかりイベントを呈示

し,手がかりイベントの下に“時期”,“場所”,“内容”という記入欄を 2 つず

つ設けた。なお,手がかり語自体から記憶を想起するのを防ぐため,手がかり

語は呈示しなかった。実験参加者にこの冊子を与え,以下のように教示した。

“先ほど思い出して頂いた出来事が,枠の中に書かれています。枠の中の出

来事を手がかりとして,そこから自然に思い出されたエピソードを 2 つ書いて

ください。それぞれのエピソードについて,先ほどと同じように,「いつ」「ど

こで」起こったことで,「どのような内容だったか」を簡単に書いてください。

時期や場所が特定できないような抽象的な事実を書かないでください。2 つの

エピソードを記入したら,ページをめくってください。なお,既に記入したエ

ピソードについて,前のページに戻って書き直さないでください。また,同じ

出来事を複数回記入しないでください。”

なお,イベント手がかり法によって自伝的記憶の構造を検討するためには,

手がかりイベントから自然に想起される記憶を報告させる必要がある。そのた

め,想起イベントについては,想起する記憶の感情価を指定しなかった。

8.2.3. 記憶評定

手がかりイベントと想起イベントのいずれに関しても,以下の 2 つの観点か

ら評定させた。

8.2.3.1. 感情評定

想起された記憶がどのような感情と関連しているかを調べるため,Russell &

Carroll (1999)をもとに,14 項目の感情尺度を作成した(イライラした,嬉し

い,うんざり,自己嫌悪,楽しい,穏やかな気分,怒り,恥ずかしい,誇らし

い,不安,おもしろい,悲しい,興奮した,びっくりした)。これらの 14 項目

の感情尺度をもとに,「それぞれの出来事を経験したときにどのような感情を感

じていたか」を評価させた(1:全く当てはまらない~5:非常に当てはまる)。

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113

8.2.3.2. テーマ評定

感情評定に続いて,“各記憶がどのようなテーマに関連しているのか”を評価

させた。具体的には,“勉強”,“友人関係”,“家族・親戚”,“その他”という 4

つの選択肢を呈示し,それぞれの記憶が も関連する選択肢を 1 つ選択するよ

う求めた。

8.2.4. 手続き

まず,手がかりイベント用の実験冊子を配布し,それぞれの手がかり語に関

する自伝的記憶を 1 つずつ想起するよう求めた。参加者が 8 つの記憶を記入し

終わると,実験冊子を回収した。その後,本研究とは無関連な別の研究の課題

を行った(所要時間:約 30 分)。この間,実験者は想起された手がかりイベン

トをもとに,想起イベント用の実験冊子を作成した。課題が終了したところで,

想起イベント用の実験冊子を配布し,それぞれの手がかりイベントについて,

関連する自伝的記憶を 2 つずつ想起するよう求めた。想起イベントを思い出し

た後,参加者が思い出した手がかりイベントと想起イベントを呈示し,24 個全

ての記憶について,感情評定とテーマ評定を行なうよう求めた。実験全体の所

要時間は,およそ 90 分であった。

8.3. 結果

8.3.1. 手がかりイベントと想起イベントの時間的近接性

想起された記憶の生起時期について,2 名の評定者が, (a)幼稚園時代, (b)

小学校時代, (c)中学校時代, (d)高校・浪人時代, (e)大学以降,のいずれかで

コーディングした。併せて,(1)手がかりイベントと想起イベントに同じ人が関

与しているか否か,(2)手がかりイベントと想起イベントが同じ場所で生起した

ものか否かについても,それぞれ 2 件法でコーディングを行った。なお,46 名

分のデータのうち,7 名分については,2 名の評定者の両方がコーディングを

行った。コーディングの一致率は,生起時期が 97%,人物の共有の有無が 81%,

場所の共有の有無が 90%であった。不一致箇所については協議によってカテゴ

リを決定した。

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114

以上のコーディングをもとに,手がかりイベントと想起イベントの時間的近

接性に関する分析を行った。具体的には,生起時期が幼稚園時代の場合には 1,

小学校時代の場合には 2,中学校時代の場合には 3,高校・浪人時代の場合に

は 4,大学以降の場合には 5 を与え,参加者ごとに想起イベントと手がかりイ

ベントの生起時期の相関係数を求め (N = 8),得られた相関係数の値を全参加者

について平均した。なお,手がかりイベントから想起された 1 つ目の記憶を第

一想起イベント,2 つ目の記憶を第二想起イベントとし,それぞれ別々に相関

係数を算出した。その結果,第一想起イベント,第二想起イベントとも,手が

かりイベントの生起時期との高い正の相関関係が認められた ( r = .77, p

< .0001; r = .66, p < .0001)。このことから,先行研究の結果 (Sato, 2002;

Wright & Nunn, 2000)が再現され,手がかりイベントと想起イベントには高い

時間的近接性があることが示唆される (Table 8.1)。手がかりイベントと想起イ

ベントが人物を共有している比率は 17.3%,場所を共有している比率は 38.5%

であった。

なお,Sato (2002)は,手がかりイベントが幼稚園や小学校時代の経験の場合

には,想起イベントとの時間的近接性が低いことを指摘している。こうした結

果が再現されているかどうかを検討するため,参加者ごとに手がかりイベント

と想起イベントの生起時期の一致率を算出した。その上で,(1)手がかりイベン

トが幼少期(幼稚園,小学校)の場合と,(2)手がかりイベントが中学以降(中

学校,高校・浪人,大学)の場合で,一致率に差が見られるかを検討した。

その結果,第一想起イベントについては,幼少期 (M = 0.77)と中学以降 (M =

0.86)の間で,一致率に有意な差が見られなかった (F (1, 31) = 2.25)。すなわち,

手がかりイベントの生起時期に関わらず,手がかりイベントと想起イベントの

時間的近接性が高いことが示された。一方,第二想起イベントについては,Sato

(2002)の結果が再現され,手がかりイベントが中学以降の場合の方が (M =

0.80),幼少期の場合より (M = 0.56),有意に一致率が高かった (F (1, 31) = 12.77,

p < .001)。

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115

Table 8.1 手がかりイベントと想起イベントの時間的近接性

第一想起イベント 幼稚園 小学校 中学校 高校・浪人 大学

幼稚園 3

(1) 0

(0) 0

(0) 0

(0) 0

(0)

小学校 1

(0.02) 41

(0.75) 5

(0.09) 2

(0.04) 6

(0.11)

中学校 0

(0) 2

(0.05) 27

(0.69) 3

(0.08) 7

(0.18)

高校・浪

人 0

(0) 2

(0.01) 6

(0.04) 128

(0.85) 15

(0.10)

大学 1

(0.01) 2

(0.02) 1

(0.01) 5

(0.04) 107

(0.92)

第二想起イベント 幼稚園 小学校 中学校 高校・浪人 大学

幼稚園 1

(0.33) 0

(0) 0

(0) 1

(0.33) 1

(0.33)

小学校 0

(0) 29

(0.53) 11

(0.20) 7

(0.13) 8

(0.15)

中学校 0

(0) 0

(0) 22

(0.56) 12

(0.31) 5

(0.13)

高校・浪

人 1

(0.01) 1

(0.01) 3

(0.02) 117

(0.77) 29

(0.19)

大学 1

(0.01) 1

(0.01) 2

(0.02) 10

(0.09) 102

(0.88)

(注 ) 本文中では参加者ごとに想起イベントと手がかりイベントの相関係数を

算出したが,紙幅の都合上,ここでは全実験参加者のデータを込みにした結果

を報告した。括弧内の数値は,第一想起イベント・第二想起イベントのそれぞ

れについて行ごとに比率を算出したものである。

手がかりイベント

手がかりイベント

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116

8.3.2. 自伝的記憶の領域構造

次に,自伝的記憶の領域構造に関して検討を行った。まず,記憶のテーマ評

定に基づき,それぞれの想起イベントに対して,手がかりイベントとテーマが

一致している場合には 1 を与えた。逆に,手がかりイベントと異なるテーマの

場合には 0 を与えた。これらの値を参加者ごとに平均し,当該参加者における

手がかりイベントと想起イベントのテーマの一致率とした。ただし,手がかり

イベント想起時には,勉強や友人関係に関する手がかり語を呈示した。そのた

め,手がかりイベントのうち,テーマ評定において“家族・親戚”が選択され

た記憶は 1.3% (4 個 ),“その他”が選択された記憶は 1.9% (7 個 )に過ぎなかっ

た。そこで,これらの記憶は除外し,勉強に関する手がかりイベント (169 個 )

と友人関係に関する手がかりイベント (181 個 )のみを対象に分析を行った。

その結果,手がかりイベントが勉強に関するものでも(一致率の平均=0.64),

友人関係に関するものでも (一致率の平均=0.80),手がかりイベントと想起イベ

ントの一致率は有意にチャンスレベルを上回っていた (Figure 8.1; t (45) =

4.74, p < .0001; t (45) = 10.92, p < .0001)。このことから,同じテーマに関す

る記憶は互いに関連付けられて保持されていると考えられる。すなわち,自伝

的記憶はテーマごとに構造化されていると言える。

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

友人 勉強

手がかりイベントのテーマ

想起

イベ

ント

の比

領域一致

領域不一致

Figure 8.1. 手がかりイベントと想起イベントのテーマの一致率

(破線はチャンスレベル)

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117

ただし,友人関係に関する手がかりイベントの方が,勉強に関する手がかり

イベントより,想起イベントとの一致率が有意に高かった (t (45) = 4.21, p

< .001)。このことから,大学生においては,友人関係に関する記憶の方が,勉

強に関する記憶より数多く保持されており,精緻に体制化されていると考えら

れる。実際,先行研究においても,大学生にとっては友人関係が極めて重要な

意味を持っており,大学生は自分の友人と自分自身を常に比較していることが

指摘されている (e.g., Mussweiler & Rüter, 2003)。大学生は友人に関して考え

る機会が多く,その結果,友人関係については精緻化された知識を持っている

のかもしれない。

8.3.3. 自伝的記憶の領域と感情の関連

次に,自伝的記憶の領域と感情の関連について検討した。ただし,上述のよ

うに,手がかりイベントのほとんどは,勉強か友人関係に関するものであった。

更に,手がかりイベントと想起イベントを併せても,テーマ評定において,“家

族・親戚”が選択された記憶は 4.5%(49 個 ),“その他”が選択された記憶は 9.9%

(109 個 )に過ぎなかった。そこで,これらの記憶を除外し,“勉強に関する記憶

(398 個 )と友人関係に関する記憶 (536 個 )がそれぞれどのような感情状態と関連

しているのか”を検討することとした。

なお,本研究のデータは階層的な構造を持つため,通常の分散分析や重回帰

分析を行うのは不適切と考えられる。具体的には,手がかりイベントとそこか

ら思い出された想起イベントは,いずれも同じ手がかり語に基づくものであり,

同じイベントクラスターに属する記憶とみなすことができる 8.1。従って,同じ

イベントクラスター内にある手がかりイベントと想起イベントは互いに独立と

は言えない。両者はイベントクラスターにネストされているとみなして分析す

る必要がある。更に,イベントクラスターは各実験参加者にネストされており,

イベントクラスター同士も独立とは言えない。このように,本研究のデータは,

各実験参加者の中に 8 つのイベントクラスターがネストされており,それぞれ

のイベントクラスターの中に 3 つずつ自伝的記憶がネストされているという 3 8. 1 イベントクラスターとは,いくつかの記憶が互いに関連付けられて構成される記憶のまとまりを

指すものと考えられている (Wright & Nunn, 2000)。これまでの研究では,自伝的記憶の各領域には,

複数のクラスターが存在するとみなされてきた (Conway & Pleydell-Pearce, 2000)。

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118

レベルの階層的なデータと言える。こうした構造を持つデータに対して,階層

性を無視して分析を行うと,参加者の個人差などが考慮されず,検定や推定値

が不正確になることが指摘されている (e.g., Raudenbush & Bryk, 2002;

Wright, 1998)。そこで,階層線形モデルによる分析を行うこととした。

14 項目の感情評定のそれぞれを従属変数として,以下のモデルによって分析

を行った 8.2。

(1) レベル1:個々の記憶に関するモデル

ijkijkjk1jk0ijk e)theme(Y ++= ππ (8.1)

Yijk は参加者 k のイベントクラスター j における i 番目の記憶の感情得点を示

す。(theme)ijk はテーマ評定の結果を表しており,“当該記憶が勉強に関連して

いるか,友人関係に関連しているか”を示すダミー変数である。ここでは,エ

フェクトコード (南風原 , 2005)を利用し,“勉強”の記憶には 1,友人関係の記

憶には -1 を割り当てた。π 0jk は切片であり,友人関係に関する記憶と勉強に関

する記憶を含めた感情得点の全体平均を表している。一方,π 1jk は記憶のテー

マ評定が感情得点に及ぼす影響を表している。

すなわち, (8.1)式は,各記憶の感情得点 (Yijk)を,切片 (参加者 k のイベント

クラスター j の平均 ; π 0jk)と,テーマの効果 (π 1jk),個々の記憶固有の効果 (eijk)

によって説明するモデルである。

(2) レベル 2:イベントクラスターに関するモデル

レベル 1 では,“各記憶のテーマが当該記憶の感情得点をどの程度予測する

か”に関するモデル化を行った。ただし,切片 (π 0jk)やテーマの効果 (π 1jk)には,

特定のイベントクラスター固有の効果が存在すると考えられる。レベル 2 では,

こうしたイベントクラスターの効果をモデル化した。 8. 2 14 項目の感情評定のうち,ニュートラル感情である“驚き”を除いて,因子分析(斜交プロクラ

ステス回転)を行った。その結果,ポジティブ感情とネガティブ感情を示す 2 因子が得られた。従

って,本研究の感情評定の項目は,大きくポジティブ感情,ネガティブ感情に 2 分されるものと言

える。しかし,いずれの項目に関しても独自因子の寄与がある程度認められた (21~ 60% )。このこ

とから,個別の検討にも意味があるものと考えられる。

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119

jk0k00jk0 r+= βπ (8.2)

jk1k10jk1 r+= βπ (8.3)

(8.2)式は,レベル 1 の切片 (π 0jk)が,イベントクラスター間の平均値 (β 00k)

と個々のイベントクラスター固有の効果 (r0jk)で説明できることを示している。

一方, (8.3)式は,テーマの効果 (π 1jk)が,全てのイベントクラスターに共通の

効果 (β 10k)と,個々のイベントクラスター固有の効果 (r1jk)で説明できることを

示している。

(3) レベル 3:各参加者に関するモデル

レベル 2 では,切片 (π 0jk)とテーマの効果 (π 1jk)に関して,全イベントクラ

スターに共通する効果 (β 00k, β 10k)を明確化した。ただし,切片やテーマの効

果には,特定の参加者に固有の効果も存在すると考えられる。また,先行研究

では,感情的な自伝的記憶の想起には性差が存在することが指摘されてきた

(e.g., Davis, 1999; Seidlitz & Diener, 1998)。このことから,性別によって感

情得点の値に差が見られる可能性や,テーマの効果が性別によって調整されて

いる可能性も考えられる。レベル 3 ではこの点についてモデル化した。

k00k001000k00 u)sex( ++= γγβ (8.4)

k10k101100k10 u)sex( ++= γγβ (8.5)

(sex)k は参加者 k の性別を示すダミー変数である(男:1,女: -1)。 (8.4)式

は切片に関するモデルで,切片が全参加者の平均値 (γ 000),性別の効果 (γ 001),

参加者 k 固有の効果 (u00k)で説明されることを示している。γ 001 は性別の主効

果に当たる。一方,(8.5)式は,テーマが感情得点に及ぼす影響に関するモデル

である。テーマの効果が,全参加者共通の効果 (γ 100),性別の効果 (γ 101),参

加者 k 固有の効果 (u10k)で説明できることを意味している。γ 100 はテーマの主

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120

効果に当たる。一方,γ 101 は“テーマと感情得点の関連が性別によって調整さ

れるか”を示しており,性別とテーマの交互作用に当たる。

なお,γ 100 が正の場合には,勉強に関する記憶の方が,友人関係に関する記

憶より感情得点が高いとみなすことができる。一方,γ 100 が負の場合には,友

人関係に関する記憶の方が,勉強に関する記憶より感情得点が高いことを意味

する。同様に,γ 001 が正の場合には,男性が女性より感情得点が高く,負の場

合には女性が男性より感情得点が高いことを意味する。

1

1.5

2

2.5

3

3.5

嬉しい 楽しい 穏やか 誇らしい おもしろい 興奮 イライラ

感情

得点

1

1.5

2

2.5

3

3.5

うんざり 自己嫌悪 怒り 恥ずかしい 不安 悲しい びっくり

感情

得点

友人 勉強

Figure 8.2. 領域ごとの感情得点(階層線形モデルの結果をもとに平均値を推

定し,得られた推定値を利用した。エラーバーは標準誤差)

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121

以上のモデルに基づく分析の結果を Table 8.2 に示す。まずイベントクラス

ター間の分散 (r0jk の標準偏差 )について検討したところ,14 項目全てで有意な

結果が得られた。級内相関係数は,“恥ずかしさ”(級内相関係数 7%)以外で

は,16%~31%であった。このことから,Wright & Nunn (2000)の結果が基

本的には追認され,同じイベントクラスターに属する記憶は互いに類似した感

情を伴っていると考えられる。

次に,テーマの主効果 (γ 100)について検討を行った。ポジティブ感情につい

ては,“嬉しい”,“楽しい”,“穏やかな気分”,“おもしろい”,“誇らしい”とい

う 5 項目において,テーマの主効果が有意であった。このうち,“嬉しい”,“楽

しい”,“穏やかな気分”,“おもしろい”においては,友人関係に関する記憶の

方が,勉強に関する記憶よりも感情得点が高いことが示された (Figure 8.2 参

照 )。一方,“誇らしい”という項目では,逆の結果が得られ,友人関係に関す

る記憶より,勉強に関する記憶の方が,誇らしさと強く関連していることが明

らかになった。

ネガティブ感情に関しては,“自己嫌悪”,“恥ずかしい”,“不安”の 3 項目

でテーマの主効果が有意であった。Figure 8.2 から分かるように,いずれの感

情も,友人関係に関する記憶より,勉強に関する記憶と強く関連していた。ま

た,ニュートラル感情である“驚き(びっくりした)”についても,有意なテー

マの効果が得られた。そして,勉強に関する記憶は,友人関係に関する記憶よ

り,驚きとの関連が強いことが示された。

以上のことから,勉強に関する記憶と友人関係に関する記憶は異なる感情状

態と関連していることが示唆される。具体的には,勉強に関するポジティブ記

憶は誇らしさと強く連合しているのに対して,友人に関するポジティブ記憶は

嬉しさ・楽しさ・穏やかさ・おもしろさと連合していると考えられる。同様に,

勉強に関するネガティブ記憶もあらゆるネガティブ感情と同じように強く連合

している訳ではなく,自己嫌悪・恥ずかしさ・不安と関連していると言える。

更に,勉強に関する記憶は,友人関係に関する記憶より,驚きとも強く関連し

ていると考えられる。

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12

2

Tabl

e 8.

2 自

伝的

記憶

の個

別の

感情

評定

に関

する

階層

線形

モデ

ルの

結果

嬉しい

楽しい

穏や

誇らしい

おもし

ろい

固定効果

b t (

44)

b t (

44)

b

t (44

) b

t (44

) b

t (44

) レベル

1:記憶

切片

(γ00

0)

2.87

51

.11*

**

2.75

34.6

0***

2.

48

31

.73*

**

2.22

31.1

4***

2.

6131

.83*

**

レベル

3:参加者

(γ00

1)

0.02

0.

30

0.11

1.37

0.

06

0.

78

0.09

1.33

0.

050.

55

テーマ

(γ10

0) -

0.10

2.10

* -

0.34

-5.

91**

* -

0.19

4.15

***

0.29

5.50

***

-0.

34-

5.72

***

テーマ×性

(γ10

1) -

0.01

0.26

0.08

-1.

35

0.06

1.30

0.

000.

05

-0.

14-

2.35

* 変量効果

レベル

2:イベントク

ラスタ

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

σ

χ

2 (13

5)

切片

(r0j

k)

0.

48

241.

92**

* 0.

5427

0.02

***

0.37

25

3.42

***

0.53

359.

23**

* 0.

5526

3.79

***

テーマ

(r1j

k)

0.

42

233.

01**

* 0.

1716

4.40

* 0.

07

168.

51*

0.49

249.

18**

* 0.

1815

5.47

レベル

3:参加者

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

切片

(u00

k)

0.

03

35.1

4 0.

3176

.18*

* 0.

46

155.

47**

* 0.

3892

.74*

**

0.34

84.1

9***

テーマ

(u10

k)

0.

02

31.1

4 0.

1653

.68

0.09

50

.86

0.15

47.0

4 0.

1758

.13

級内相関

0.

24

0.27

0.

24

0.31

0.

29

興奮

イライラ

うんざり

自己嫌悪

怒り

固定効果

b t (

44)

b t (

44)

b

t (44

) b

t (44

) b

t (44

) レベル

1:記憶

切片

(γ00

0)

2.73

31

.39*

**

2.23

38

.25*

**

2.33

37.5

2***

2.

25

31.8

9***

1.

88

34.5

1***

レベル

3:参加者

(γ00

1)

0.08

0.

88

-0.

02

-0.

32

0.05

0.77

0.04

0.58

0.

10

1.76

テーマ

(γ10

0)

0.04

0.

90

0.03

0.

61

0.07

1.52

0.

13

2.82

**

-0.

08

-1.

74

テーマ×性

(γ10

1) -

0.03

0.67

0.

04

0.77

0.

02

0.

43

-0.

01

-0.

19

0.13

2.

90**

変量効果

レベル

2:イベント

クラスタ

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

σ

χ

2 (13

5)

切片

(r0j

k)

0.

44

314.

44**

* 0.

2618

0.37

**

0.35

20

0.29

***

0.50

245.

42**

* 0.

3218

6.28

**

テーマ

(r1j

k)

0.

55

277.

73**

* 0.

1315

9.68

0.

31

185.

47**

0.

3619

3.74

**

0.17

155.

19

レベル

3:参加者

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

切片

(u00

k)

0.

47

133.

76**

* 0.

2166

.80*

0.

24

69.7

3**

0.37

95.3

6***

0.

2371

.77*

* テーマ

(u10

k)

0.

08

38.9

2 0.

1356

.02

0.02

42

.46

0.06

37.3

6 0.

1150

.24

級内相関

0.

26

0.16

0.

20

0.28

0.

21

Page 123: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

12

3

Tabl

e 8.

2 (C

ontin

ued)

恥ずかしい

悲しい

っくり

固定効果

b t (

44)

b t (

44)

b

t (44

) b

t (44

) レベル

1:記憶

片(γ

000)

2.

08

23.0

9***

2.

69

35.0

1***

2.

15

35

.66*

**

2.58

31

.73*

**

レベル

3:参加者

(γ00

1) -

0.02

0.23

0.14

1.78

0.02

0.28

0.

02

0.24

ーマ

(γ10

0)

0.17

3.

68**

0.

23

4.94

***

-0.

02

-0.

55

0.13

2.

79**

ーマ×性

(γ10

1)

0.00

0.

09

-0.

02

-0.

42

0.04

1.06

0.

03

0.63

変量効果

レベル

2:イベントクラ

スタ

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

σ

χ

2 (13

5)

σ

χ2 (

135)

片(r

0jk)

0.09

19

0.61

**

0.31

214.

48**

* 0.

4018

5.61

**

0.26

187.

67**

ーマ

(r1j

k)

0.

46

227.

64**

* 0.

3620

4.47

***

0.06

134.

51

0.34

211.

27**

* レベル

3:参加者

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

σ

χ2 (

44)

切片

(u00

k)

0.

51

187.

44**

* 0.

3588

.28*

**

0.03

48.8

8 0.

4513

2.72

***

テーマ

( u10

k)

0.

06

47.6

0 0.

0635

.79

0.01

26.6

4 0.

0536

.38

級内相関

0.

07

0.18

0.

22

0.16

(注

) b =

偏回帰係

数の推定値

,σ

= 標

準偏

差の推定値

,*

p <

.05,

**

p <

.01,

***

p <

.001

Page 124: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

124

なお,“怒り”と“おもしろさ”に関しては,性別とテーマの交互作用が認め

られた (Table 8.3 参照 )。このうち,怒りに関しては,先行研究と合致する結果

と考えられる。従来の研究では,男性は勢力動機や達成動機が強く (e.g.,

Kugihara, 1999),女性は親和動機が強いこと (e.g., Schultheiss & Brunstein,

2001)が指摘されている。そして,怒りを伴う経験を想起させると,勢力動機

や達成動機が強い人は,達成状況に関する記憶を数多く想起するのに対して,

親和動機が強い人は対人関係に関する記憶を想起しやすいことが示されている

(e.g., Woike et al., 1999)。このことから,男性と女性で,怒りと関連する記憶

領域が異なると考えられる。一方,おもしろさに関しては,今後の検討が必要

と考えられる。ただし,14 項目のうち,性別とテーマの交互作用が認められた

のはこれらの 2 項目のみであった。従って,性別は,領域と感情の関連に対し

て,それほど大きな影響を与えていないと考えられる。

Table 8.3 自伝的記憶の領域と性別が感情評定に及ぼす影響

怒り おもしろい

男 女 男 女

勉強 2.02 1.58 2.17 2.36

友人 1.92 1.98 3.13 2.76

(注)表中の値は感情評定の平均値を表す。

8.4. 考察

本研究の目的は, (1) 自伝的記憶がテーマごとに領域に分かれて保持されて

いるかどうかを検討すること, (2) こうした領域と感情に関連が見られるかど

うかを明らかにすることであった。まず,手がかりイベント法を利用して,自

伝的記憶の構造に関して検討を行ったところ,手がかりイベントと想起イベン

トはテーマを共有していることが示された。従って,自伝的記憶はテーマごと

に分かれた領域構造を持っていると考えられる。更に,先行研究 (Sato, 2002;

Wright & Nunn, 2000)の結果が追認され,手がかりイベントと想起イベントは

高い時間的近接性を持つことが示された。このことから,自伝的記憶の構造に

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125

おいては,時間情報も重要な役割を果たしていることが示唆される。具体的に

は,自伝的記憶は“勉強”,“友人”,“家族”といったテーマごとに領域に分か

れており,各領域の中に個々の記憶が時間的情報に従って体制化されていると

考えられる。

以上のような知見を踏まえ,次に,自伝的記憶の領域と感情の関連を検討し

た。その結果,それぞれの領域が互いに異なる感情と関連していることが明ら

かになった。具体的には,“勉強”に関する記憶は誇らしさ・驚き・自己嫌悪・

恥ずかしさ・不安と関連しているのに対して,“友人関係”に関する記憶は嬉し

さ・楽しさ・穏やかさ・おもしろさと関連していることが示された。このこと

から,自伝的記憶の領域ごとに異なる感情と連合していると言える。

こうした結果は,感情と記憶の関連に対して示唆を与えるものと言える。第

2 章で述べたように,先行研究では,自伝的記憶の想起における気分一致効果

は, Bower による感情ネットワークモデル (Bower, 1981, 1991; Bower &

Forgas, 2001)で説明されてきた。感情ネットワークモデルは意味記憶に関する

活性化拡散モデルを修正したものである (2.2.1 節参照 )。そのため,自伝的記憶

の知識構造の固有性は考慮されてこなかった。それに対して,本研究では,自

伝的記憶の領域ごとに異なる感情と関連していることが示された。こうした知

見に基づくと,感情が生起した際に,全ての自伝的記憶が同じように感情の影

響を受ける訳ではないと考えられる。すなわち,自伝的記憶の様々な領域の中

で,当該感情と強い関連を持つ領域は感情の影響を受けやすいのに対して,他

の領域は感情の影響を受けにくいと考えられる。このことから,感情が自伝的

記憶に及ぼす影響を検討する際には,自伝的記憶の領域構造を考慮する必要が

あると言える。そこで第Ⅲ部では,領域構造をもとに,感情が自伝的記憶の想

起に及ぼす影響について検討することとしたい。

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126

第Ⅲ部

感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

―自伝的記憶の領域構造の観点からー

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127

第 9 章 自伝的記憶の領域構造が 気分一致効果・気分不一致効果に及ぼす影響:

ポジティブ気分時における検討(研究 6)

9.1. 目的

9.1.1. 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

第 2 章で述べたように,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響に関しては,

気分一致効果(感情と一致する感情価を持つ記憶の想起が促進される)と気分

不一致効果(感情と逆の感情価を持つ記憶の想起が促進される)という 2 つの

現象が指摘されてきた (レビューとして Bower & Forgas, 2001)。これら 2 つの

現象は,感情制御に異なる影響をもたらすと考えられている。具体的には,ネ

ガティブ気分時の気分一致効果はネガティブ気分の悪化や抑うつをもたらすこ

とが指摘されている (e.g., Blaney, 1986)。それに対して,ネガティブ気分時に

気分不一致効果を利用すると,ネガティブ気分を緩和し,気分をポジティブに

変 容 で き る こ と が 明 ら か に さ れ て い る (e.g., R. Erber & Erber, 1994;

Josephson et al., 1996)。このように,気分一致効果は感情制御に負の影響を

与えるのに対して,気分不一致効果は感情制御を促進するものと言える。

それでは,どうすれば気分不一致効果を利用して,ネガティブ気分を自己制

御することができるのだろうか。この問いに答えるためには,気分一致効果と

気分不一致効果を弁別する要因を特定する必要がある。こうした弁別要因とし

て,従来の研究では,気分緩和動機に焦点を当ててきた。すなわち,気分緩和

動機が高いときには気分不一致効果が生起するのに対して,気分緩和動機が低

いときには気分一致効果が生起するとみなされてきたのである (e.g., Forgas,

1995)。

しかし,気分緩和動機が生起すれば,自動的に気分不一致記憶を想起できる

訳ではない。気分緩和動機が生起すると,こうした動機を充足するため,自ら

の自伝的記憶の知識表象を検索すると考えられる。このことから,自伝的記憶

の知識構造もまた,気分一致効果や気分不一致効果に影響を与えると考えられ

る。そこで第Ⅲ部では,第Ⅱ部の知見を踏まえて,自伝的記憶の領域構造が気

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128

分一致効果と気分不一致効果に及ぼす影響を検討する。

9.1.2.自伝的記憶の領域構造による調整効果

それでは,自伝的記憶の領域構造は気分一致効果や気分不一致効果にどのよ

うな影響をもたらすのだろうか。ある特定の出来事を経験し,感情 A を喚起さ

れたとしよう。このとき,自伝的記憶のあらゆる領域が,この感情の影響を受

ける訳ではないと考えられる。以下の 2 つのメカニズムにより,自伝的記憶の

知識表象の中でも,当該出来事のテーマと も強く関連する領域(以後“状況

関連領域”と記す)が,当該出来事と関連の弱い領域(以後,“状況無関連領域”

と記す)よりも,感情の影響を受けると考えられる (Figure 9.1 参照 )。

9.1.2.1. 領域と感情の特異的関連

第一のメカニズムとして,領域と感情の特異的関連が挙げられる。研究 5 で

明らかにしたように,自伝的記憶の各領域はそれぞれ異なる感情と連合してい

ると考えられる。従って,特定の出来事によって感情 A が生起した際に,自伝

的記憶のあらゆる領域が,感情 A と連合しているとは考えにくい。自伝的記憶

の中でも,状況関連領域は感情 A と強く連合しているのに対して,状況無関連

領域は感情 A との関連も弱いと考えられる。その結果,状況関連領域は感情 A

の影響を受けやすいと予想される。一方,状況無関連領域は,感情 A との連合

も弱いため,感情の影響を受けにくいと推測される。

9.1.2.2. 意味プライミング

第二のメカニズムとして,意味プライミングの影響が考えられる。出来事に

直面した際に,自伝的記憶の全ての領域が活性化している訳ではない。状況関

連領域には,当該出来事と意味的に類似した知識が保持されている。そのため,

意味プライミングによって状況関連領域が強く活性化されると考えられる(同

様の議論として Markus & Wurf, 1987)。一方,状況無関連領域には,意味的

に関連する知識がそれほど保持されていないため,比較的活性化の程度が弱い

と言える。そして,これまでの研究では,感情は活性化されている領域には影

響を与えやすいのに対して,活性化していない領域には影響を与えにくいこと

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129

が指摘されている (e.g., Linville, 1985, 1987)。このことから,状況関連領域の

自伝的記憶は感情の強い影響を受けるのに対して,状況無関連領域の自伝的記

憶は,感情の影響も受けにくいと予想される。

9.1.3. 本研究の仮説

以上のような 2 つのメカニズムに基づくと,状況関連領域の自伝的記憶は,

感情の影響を強く受けていると考えられる。このことから,気分緩和動機を持

っていても,状況関連領域から記憶を想起する際には,気分緩和動機が十分な

機能を発揮できないと考えられる。すなわち,状況関連領域から記憶を想起す

る際には,気分不一致記憶を想起するのが難しく,気分一致効果が生起しやす

いと予想される。

それに対して,先に述べたように,状況無関連領域の自伝的記憶は,感情の

影響をそれほど受けていないと考えられる。そのため,状況無関連領域から記

憶を想起する際には,気分緩和動機も機能しやすいと予想される。すなわち,

状況無関連領域においては,気分不一致記憶を比較的容易に検索することがで

きるため,気分不一致効果が生起しやすいと考えられる。このように,気分一

意味プライミング:

活性化しやすい

状況関連領域

喚起された感情

との連合:強い

状況無関連領域

意味プライミング:

活性化しにくい

喚起された感情

との連合:弱い

感情の影響:

受けやすい

感情の影響:

受けにくい

Figure 9.1. 自伝的記憶が受ける感情の影響に関する予測

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130

致効果と気分不一致効果に関しては,状況関連領域では気分一致効果が生起し

やすく,状況無関連領域では気分不一致効果が生起しやすいと予想される

(Figure 9.2 参照 )。研究 6 では,ポジティブ気分時に焦点を当て,こうした予

測を検討する。

9.1.4. 本研究の概要と予測

以上のように,本研究では自伝的記憶の領域構造が気分一致効果と気分不一

致効果に及ぼす影響を検討する。しかし,第 8 章でも述べたように,自伝的記

憶の構造は各個人の生活や経験を反映するものであり,大きな個人差が想定さ

れる。すなわち,“自伝的記憶の領域としてどのような領域を有しているのか”

には個人差が存在すると考えられる。また,“複数のテーマに関する知識が領域

感情的出来事

(e.g., 試験での成功)

友人関係 テニス選手

気分一致効果 気分不一致効果

気分緩和動機

勉強

自伝的記憶の知識表象

Figure 9.2. 自伝的記憶の領域構造が気分一致効果・気分不一致効果

に及ぼす影響(予測)

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131

として区別されているのか”にも,個人差が存在する可能性がある。例えば,

“兄弟姉妹”というテーマと,“親子関係”というテーマが区別されている人も

いれば,両者が一つの領域にまとめられている人もいるかもしれない。ただし,

研究 5 の結果に基づくと,少なくとも大学生は“勉強”と“友人関係”という

2 領域を共通に有しており,これらの 2 領域が別領域としてある程度区別され

ていると考えられる。そこで本研究では,“勉強”領域と“友人関係”領域を利

用することで,領域構造が気分一致効果や気分不一致効果に及ぼす影響を実験

的に検討することとした。

なお,気分一致効果と気分不一致効果に関する先行研究では,“想起する記憶

の感情価を限定せず記憶を自由に想起させる”という手法が主に用いられてき

た (e.g., Parrott & Sabini, 1990)。こうした手法を用いた場合には,気分不一

致記憶を検索するプロセスだけでなく,気分緩和動機の個人差も結果に影響を

与えると考えられる (同様の議論として S. M. Smith & Petty, 1995)。それに対

して,自伝的記憶の領域構造は,気分不一致記憶を検索するプロセスに影響す

るもので,気分緩和動機の生起に影響を与えるものではないと考えられる

(Figure 9.2 参照 )。そこで本研究では,参加者にあらかじめ気分不一致記憶を

想起するよう明示的に求め,気分不一致記憶を想起する動機を外的に高めてお

くこととした。これによって気分緩和動機の個人差の影響を実験的に統制する

ことが可能になり,自伝的記憶の領域構造の効果を検出しやすくなると考えら

れる。

実験では,まず学力テストとフィードバックによってポジティブ気分,もし

くはニュートラル気分を誘導する。それに続いて,状況関連領域(“勉強”領域)

もしくは,状況無関連領域(“友人関係”領域)のどちらか一方から,気分不一

致の自伝的記憶(ネガティブな記憶)を想起するよう求めた。上記の予測が妥

当なものであれば,状況関連領域から記憶を想起するよう求められると,ポジ

ティブ気分時に,ニュートラル気分時よりも,ネガティブ記憶の想起数が少な

いと予想される(気分一致効果)。一方,状況無関連領域から記憶を想起するよ

う求められると,ポジティブ気分時には,ニュートラル気分時よりも,たくさ

んのネガティブ記憶を想起することができると予想される(気分不一致効果)。

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132

9.2. 方法

9.2.1. 実験参加者

大学生・大学院生 74 名(男 56 名,女 18 名;平均年齢 = 21.35, SD = 2.31)

が個別に実験に参加した。500 円分の図書券を実験協力の謝礼とした。

9.2.2. デザイン

気分(ポジティブ・ニュートラル)×領域(状況関連・状況無関連)の実験

デザインであった。いずれの要因も被験者間要因である。参加者は 4 条件のい

ずれかにランダムに割り当てられた。

9.2.3. 気分誘導

実験では,気分誘導と関連する領域を状況関連領域,気分誘導と無関連な領

域を状況無関連領域とみなすことができる。このことから,気分誘導が参加者

ごとに異なる意味を持つ場合には,仮説の検討が難しくなると考えられる。本

研究の仮説を検討するためには,多くの参加者にとって同じような意味を持つ

気分誘導を利用することが必要と言える。

これまでに,気分誘導の方法としては,数多くの手法が提案されている (レビ

ューとして 木村・榊・北村 , 2006)。これらの気分誘導方法は, (1)感情を自己

生成させる手法と, (2)感情的刺激により感情を喚起する手法に大別できる。

9.2.3.1. 感情を自己生成させる手法

感情を自己生成させる手法としては,ヴェルテン法 (e.g., Velten, 1968)やイ

メージ法 (e.g., Rusting & DeHart, 2000)が挙げられる。ヴェルテン法とは,カ

ードに書かれた記述によって感情状態を操作する方法である。具体的には,ポ

ジティブ感情を喚起させる文,ネガティブ感情を喚起させる文,ニュートラル

な文をそれぞれ 60 ずつ用意し,一文ずつカードに書いておく。そして,各参

加者にポジティブ・ネガティブ・ニュートラルのいずれかのカードを 60 枚呈

示し,書かれた内容に沿って自分の感情状態を変化させるように求めるのであ

る。

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133

一方,イメージ法では,ネガティブ条件の参加者にはネガティブな過去経験

を,ポジティブ条件の参加者にはポジティブ経験を,ニュートラル条件の参加

者にはニュートラル経験をできる限り詳細に想起し,出来事の生起当時の感情

状態を再体験するよう求める。このように,イメージ法は,過去経験に基づい

て感情を生成させる手法である。

Gerrards-Hesse, Spies, & Hesse (1994)は,以上のような感情を自己生成さ

せる手法は,参加者の感情状態を効果的に操作することができることを見出し

ている。しかし,これらの手法には問題点も指摘することができる。第一に,

要求特性が挙げられる。要求特性とは,参加者が実験者の意図や目的を汲みと

り,それに沿って回答を歪めてしまうことを指す。感情を自己生成させる場合

には,参加者に自らの感情状態を変化させるよう明示的に求める必要がある。

こうした明示的な教示を与えることで,参加者は“実験目的が自分の感情状態

に関連している”と気づき,実験目的に沿って回答を歪めてしまう恐れがある

(同様の指摘として Blaney, 1986)。第二に,日常生活との乖離が挙げられる。

日常生活においては,感情は偶発的に生起するもので,自らの感情を意図的に

生成することはほとんどない。従って,感情の自己生成に基づく結果が,日常

の感情経験や感情現象に一般化できる保証はない (同様の指摘として 谷口 ,

1991b)。

9.2.3.2. 感情的刺激による手法

それに対して,感情的刺激による操作では,感情の自己生成は求められない。

ポジティブ条件ではポジティブ刺激を,ネガティブ条件ではネガティブ刺激を,

ニュートラル条件ではニュートラル刺激を呈示し,こうした刺激によって自然

に感情状態を変化させるのである。そのため,ヴェルテン法やイメージ法に比

べると,より自然な感情状態を喚起できると考えられる。これまでの研究で用

いられてきた感情刺激としては,映像 (e.g., S. M. Smith & Petty, 1995)や画像

(e.g., Gross & Levenson, 1995; Rottenberg, Ray, & Gross, in press),音楽 (e.g.,

谷口 , 1991a),匂い (e.g., Ehrlichman & Halpern, 1988)が挙げられる。

更に,より日常的文脈に近い手法として,フィードバック法 (e.g., Forgas &

Ciarrochi, 2002; McFarland & Buehler, 1997; McFarland & Buehler, 1998)

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134

やプレゼントの利用 (e.g., Isen, Daubman, & Nowicki, 1987)が挙げられる。フ

ィードバック法では,まず参加者に社会性や学力などのテストに取り組むよう

求める。その上で,テストの実際の結果とは独立に,ポジティブ条件の参加者

には良い成績を,ネガティブ条件の参加者には悪い成績をフィードバックする。

こうした偽りのフィードバックを与えることで,参加者の感情状態を操作する

のである。一方,プレゼントを利用した場合には,参加者にキャンディなどの

簡単なプレゼントを与えることで,ポジティブ感情を喚起しようとする。この

ように,プレゼントは基本的にはポジティブ感情の操作に利用される。

9.2.3.3. 本研究の手法

以上のように,感情的刺激を利用する手法は,日常生活とも近い感情を誘導

することができると考えられる。しかし,音楽,画像や映像,匂いやプレゼン

トといった手法を用いた場合には,参加者の感情状態を操作することはできる

が,気分誘導の際の状況の意味まで操作することはできないと考えられる。そ

れに対して,本研究の仮説を検討するためには,気分誘導時の状況の持つ意味

を明確に特定する必要がある。そこで本研究では,フィードバック法を利用す

ることとした。

なお,上述のように,フィードバック法を用いた研究では,ポジティブ気分

条件とニュートラル気分条件で同じテストを実施し,テストの出来とは独立に,

テストのフィードバックのみを操作してきた (e.g., Forgas & Ciarrochi, 2002;

McFarland & Buehler, 1997; McFarland & Buehler, 1998)。ただし,フィー

ドバックとテストの出来の間に大きなずれがあると,フィードバックの信憑性

が疑われる可能性がある。そこで Dodgson & Wood (1998)と同様,フィードバ

ックのみならず,テストの難易度も操作することとした。

9.2.3.4. 予備実験 (1):テストの課題内容

(a) 極端に容易なテスト,(b) 中程度に容易なテスト,(c) 中程度に困難なテ

ストを用意し,11 名の大学生にいずれかを解くよう求めた。その結果,解けな

い問題が1問でもあると,ネガティブ感情を誘導されるという意見が得られた。

逆に,少しでも手応えのある問題やレベルの高い問題を正答すると,ポジティ

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135

ブ感情を誘導されることも明らかになった。

以上の予備実験の結果を踏まえて,ニュートラル気分条件では,極端に難易

度の低いテストを実施した。このテストには,参加者が解けない問題が 1 問も

含まれないよう配慮した。また,参加者が問題に手応えを感じることのないよ

う,小学校レベルの計算問題を多数利用した。これによって,参加者には“こ

の程度の問題であれば,自分は解けて当然だ”と認識させるよう配慮した。た

だし,参加者が制限時間以内に全ての問題を解き終わると,“達成感”や“充実

感”といったポジティブ感情を喚起される可能性もある。そこで非常に多くの

問題を用意し,参加者が全ての問題を解き終わることのないよう配慮した。具

体的なテストの課題内容は,Raven Progressive Matrices 様の課題 5 問と,44

問の計算問題であった(制限時間:5 分間)。

一方,ポジティブ気分条件では,中程度に困難なテストを実施することとし

た。課題の内容は,アナグラム課題 4 問と,Raven Progressive Matrices 様の

課題 6 問で,制限時間は 10 分間であった。これらの課題は一見するとやや難

しそうなものであった。しかし,実際には,制限時間以内に,ほぼ全ての問題

に正解できるよう作成されていた。

これらのテストは,アナグラム課題に関する先行研究 (Gilhooly & Johnson,

1978),Raven Progressive Matrices のマニュアル (Raven, Court, & Raven,

1995),及び小学校の算数教科書(東京書籍)を参考に難易度を調整しながら

作成した。

9.2.3.5. 予備実験 (2):難易度のチェック

作成したテストの難易度を確認するため,予備実験を行った。10 名の大学生

を対象に,ポジティブ気分条件用のテストか,ニュートラル気分条件用のテス

トのいずれかを解くよう求めた。時間制限は与えなかった。その結果,ポジテ

ィブ気分条件用のテストでも,ニュートラル気分条件用のテストでも,全ての

参加者が全問題に正解することができた。しかし,ポジティブ気分条件用のテ

ストの方が (M = 50.07 sec),ニュートラル気分条件用のテストより (M = 17.01

sec; t (8) = 4.83, p < .01),1 問当たりの回答時間が有意に長かった。このこと

から,ポジティブ気分条件のテストの方が,困難なものと言える。ただし,上

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述したように,ポジティブ気分条件のテストを解いた参加者も,全問題に正解

することができた。このことから,ポジティブ気分条件で使用されたテストも,

極端に難易度が高いものではないと言える。

9.2.3.6. 予備実験 (3):フィードバックの決定

フィードバックする成績を決定するため,新たに予備実験を行った。20 名の

大学生に,(1)非常に容易なテスト(ニュートラル気分条件用のテスト)と,(2)

中程度に難しいテスト(ポジティブ気分条件用のテスト)のいずれかを解くよ

う求めた。その上で, (a) 偏差値に換算してどの程度の成績をとるとポジティ

ブな気分になるか, (b) 偏差値に換算するとどの程度の成績をとるとネガティ

ブな気分になるか,を答えるよう求めた。

その結果,中程度に困難なテストを実施した場合には,偏差値 70 以上を与

えると,ほとんどの参加者がポジティブ気分を感じることが示された。一方,

偏差値 60 以下を返すと,多くの参加者がネガティブな気分になることが示さ

れた。こうした結果をもとに,ポジティブ気分条件のフィードバックを決定し

た。それに対して,非常に容易なテストを実施した場合には,ポジティブ気分

を喚起される偏差値は,45 から 70 まで非常に大きなばらつきが見られた。ま

た,ネガティブ気分を喚起される偏差値も,25 から 65 と,非常に大きな個人

差が認められた。このことから,ニュートラル気分条件においては,特定のフ

ィードバックを設定するのは難しいと考えられる。そこで,ニュートラル気分

条件では,フィードバックを与えないこととした。

9.2.3.7. 気分誘導の手続き

上述の 2 種類の学力テストを利用した。一方は中程度の困難度のテストで,

他方は極端に簡単なテストである。

ポジティブ気分条件では,中程度の困難度のテストを実施した。テスト終了

後,実験者が参加者の回答時間と回答をパソコンに入力した。数秒後,画面に

フィードバック(得点:ランク A(80~100 点),偏差値:74.33)が呈示され

た。ポジティブ感情を喚起するため,“参加者の所属する大学の平均偏差値は

63.2,首都圏の大学の平均偏差値は 46.5 である”という偽りの教示を与えた。

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一方,ニュートラル気分条件では,極端に容易なテストを実施した。テスト

の前に,“このテストは非常に多くの問題が含まれていますので,制限時間内に

全ての問題を解き終わることはできません”と教示した。なお,ニュートラル

気分条件では,特にフィードバックを与えなかった。

9.2.4. 記憶課題

実験参加者に,記憶を記入するシートと手がかり語を与えた。シートには,

“時期”,“場所”,“内容”という欄が設けられていた。その上で,4分間,手

がかり語に関連するネガティブな記憶をできるだけたくさん想起し,それぞれ

の記憶を各記入欄に簡単に記入するよう求めた。状況関連条件では,“勉強”と

いう手がかり語を呈示し,“勉強”に関する自伝的記憶の領域から記憶を想起さ

せた。それに対して,状況無関連条件では,“友人”という手がかり語を呈示し,

“友人関係”に関する領域から記憶を想起させた。記入されたネガティブ記憶

の個数を主たる従属変数とした。

9.2.5. ベースライン記憶課題

参加者が自伝的記憶を思い出す能力には,個人差が想定される。こうした個

人差の効果を統制するため,ベースライン記憶課題を実施した。手続きは,記

憶課題とほぼ同様であった。ただし,記憶課題に及ぼす影響を防ぐため,以下

の 3 点を変更した。第一に,記憶課題とは異なる手がかり語を呈示した。すな

わち,状況関連条件では,“友人”という手がかり語を利用したのに対して,状

況無関連条件では,“勉強”という手がかり語を利用した。第二に,想起する記

憶の感情価を限定せず,手がかり語に関する記憶を自由に想起させた。第三に,

参加者の疲労を抑えるため,時間は 2 分間とした。こうしたベースライン記憶

課題で想起された記憶の個数を共変量とした。

9.2.6. 手続き

参加者は一人ずつ実験に参加しており,個別実験であった。実験者は著者を

含む 6 人のいずれかであった。まず,実験の目的に関して,“この実験では,

大学生が思い出す過去の経験を通して,「勉強」と「友人関係」の関連を検討す

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ることを目的としています。そのため,実験中は「勉強」と「友人関係」のそ

れぞれについて,過去の経験を想起していただきます”と教示した。次に,ベ

ースライン記憶課題を実施した。ベースライン記憶課題が終了すると,実験者

は参加者に次のような教示を行った。

“次に 2 つ目の記憶課題に入ります。ただし,今思い出して頂いた記憶の内

容が 2 つ目の記憶課題に影響を与える恐れがあります。こうした影響を防ぐた

め,しばらく時間を空ける必要があります。この時間を使って,10 分程度の学

力テストに取り組んで頂けませんか。このテストは現在開発中のテストで,多

くの方にご協力いただくことで,標準化を行いたいと考えているものです。”

学力テストへの協力を拒否した参加者は認められなかった。参加者が同意す

ると,実験者は“大学生学力テスト”と書かれた冊子を配布した。ポジティブ

気分条件では,中程度に困難なテストを実施した。それに対して,ニュートラ

ル気分条件では,非常に容易なテストを実施した。テスト終了後,ポジティブ

気分条件の参加者には,ポジティブなフィードバックを返した。ニュートラル

気分条件では,フィードバックを返さなかった。

気分誘導に続いて,テストの感想を問うアンケートを実施した。このアンケ

ートには,ダミー項目と共に,6 項目の気分尺度(嬉しい,楽しい,満足して

いる,ゆううつだ,悲しい,寂しい)が含まれていた。気分尺度は,Russell &

Carroll (1999)に基づいて選定されたものである。参加者はこれらの質問項目

に 1(全く当てはまらない)から 7(非常に当てはまる)のいずれかで回答す

るよう求められた。気分測定が終わると,記憶課題を行った。参加者は,手が

かり語に関連するネガティブな記憶を 4 分間,できるだけたくさん想起するよ

う求められた。

実験終了後,丁寧にデブリーフィングを実施した。参加者には,偽りのテス

トを実施したことを深く詫びた。また,実験目的に気づいていたかどうかを確

認した。更に,ネガティブ記憶を想起したことで,ネガティブ感情を喚起され

ている恐れがある。そこで記憶想起による悪影響が見られないことを確認した。

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9.3. 結果

2 名の参加者が実験の目的に気づいていたため,分析から除外した。また,

ポジティブ気分条件の参加者のうち,1 名は気分誘導中に不安を感じたと訴え

た。そのため,この参加者の結果も除外した。

9.3.1. 気分誘導の有効性

ネガティブ感情を示す 3 項目を反転したところ,6 項目の気分尺度には高い

内的一貫性が確認された (Cronbach の α = .86)。そこで 6 項目を平均し,気分

得点とした。この気分得点に関して,2(領域:状況関連・状況無関連)×2(気

分:ニュートラル気分・ポジティブ気分)×6(実験者)の分散分析を行ったと

ころ,気分条件の主効果が有意であった (F (l, 62) = 30.47, MSE = 0.91, p

< .0001)。そして,ポジティブ気分条件の参加者は (M = 5.86, SD = 0.90),ニ

ュートラル気分条件の参加者より (M = 4.55, SD = 1.03),有意にポジティブな

気分を報告していた (Figure 9.3 参照 )。このことから,気分誘導が有効であっ

たと考えられる。

1

2

3

4

5

6

7

状 況 関 連 状 況 無 関 連

気分

得点

ポ ジ テ ィブ

ニ ュ ー トラ ル

Figure 9.3. 気分誘導の結果(研究 6)

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140

ただし,領域条件の主効果も有意であった。すなわち,状況無関連領域の参

加者の方が (M = 5.40, SD = 1.03),状況関連領域の参加者より (M = 4.95, SD =

1.27),有意にポジティブな気分を報告していた (F (l, 62) = 4.41, p < .05)。こ

うした領域条件の効果が仮説の検討を脅かすと思われるかもしれない。しかし,

本研究の主たる仮説は気分条件と領域条件の交互作用に関わるものである。そ

して,気分得点に関しては,気分×領域の交互作用は認められていない (F (1,

62) = 0.11)。このことから,気分誘導の結果は仮説の検討を歪めるものではな

いと考えられる。なお,実験者の効果は有意ではなかった (p > .40)。

9.3.2. 気分一致効果と気分不一致効果の検討

ベースライン記憶課題で想起された記憶の個数を共変量として,2(領域:

状況関連・状況無関連)×2(気分:ニュートラル・ポジティブ)×6(実験者)

の共分散分析を行った。従属変数は,記憶課題で想起されたネガティブ記憶の

個数である。その結果,気分条件と領域条件の交互作用が有意であった (Figure

9.4 参照 ; F (1, 61) = 10.64, MSE = 3.17, p < .01)。単純主効果を検討したとこ

ろ,状況関連領域から記憶を想起した場合には,ポジティブ気分条件の方が,

ニュートラル気分条件よりも,ネガティブ記憶の想起数が有意に少なかった (F

(1, 61) = 7.22, p < .01)。すなわち,状況関連領域条件においては気分一致効果

が生起したと言える。それに対して,状況無関連領域から記憶を想起した場合

には,ポジティブ気分条件において,ニュートラル気分条件より,有意に数多

くのネガティブ記憶を想起していた (F (1, 61) = 4.05, p < .05)。すなわち,状

況無関連領域条件では,気分不一致効果が生起したと言える。また,ポジティ

ブ条件においては,状況関連条件より,状況無関連条件の方が数多くのネガテ

ィブ記憶が想起されていた。一方,ニュートラル気分条件においては,状況無

関連条件より,状況関連条件において,たくさんのネガティブ記憶が想起され

ていた (F (1, 61) = 6.94, p < .05)。なお,共変量の効果を除いて (F (1, 61) = 12.91,

p < .01),他のいかなる効果も有意ではなかった。このことから,仮説が支持

されたと考えられる。そして,ポジティブ気分時において状況関連領域では気

分一致効果が生起するのに対して,状況無関連領域では気分不一致効果が生起

すると考えられる。

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9.4. 考察

9.4.1. 結果のまとめ

研究 6 では仮説を支持する結果が得られた。すなわち,状況関連領域から記

憶を想起した場合には,ポジティブ気分時に,ニュートラル気分時より少数の

ネガティブ記憶しか想起できないことが示され,気分一致効果が認められた。

それに対して,状況無関連領域から記憶を想起した場合には,ポジティブ気分

時に,ニュートラル気分時より数多くのネガティブ記憶を想起できることが示

され,気分不一致効果が認められた。先行研究では,気分一致効果と気分不一

致効果を区別する要因として,専ら気分緩和動機が注目を集めてきた (e.g.,

Bower & Forgas, 2001; Forgas, 1995, 1999b; Parrott & Sabini, 1990)。それ

に対して,本研究では,ポジティブ気分時の気分一致効果と気分不一致効果は,

自伝的記憶の領域構造によって弁別できることが明らかになった。このことか

ら,“気分一致効果が生起するか,気分不一致効果が生起するか”は動機のみに

起因するものではないと考えられる。そして,自伝的記憶の知識構造という認

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

状 況 関 連 状 況 無 関 連

想起

した

ネガ

ティ

ブ記

憶数

ポ ジ テ ィブ

ニ ュ ー トラ ル

Figure 9.4. 自伝的記憶の領域が気分一致・不一致効果に及ぼす

影響(研究 6)

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142

知的要因の重要性が示唆される。

9.4.2. 本研究の限界

ただし,本研究にはいくつかの限界がある。第一に,本研究の記憶課題にお

いては,ネガティブ記憶をできるだけたくさん想起するよう求めた。しかし,

参加者がネガティブ記憶のみを報告しているとは言い切れない。想起した記憶

の中には,ニュートラル記憶やポジティブ記憶が含まれる可能性がある。しか

しながら,本研究では想起された記憶の感情価について評価させなかった。そ

のため,こうした可能性を考慮することができない。そこで研究 7・8 では,

想起された記憶の感情価を評価させた上で,分析することとした。

第二に,本研究では,ニュートラル気分において,状況無関連条件の参加者

は,状況関連条件の参加者より,少数のネガティブ記憶しか想起していなかっ

た。こうしたニュートラル気分時の条件差が,気分条件と領域条件の交互作用

をもたらしている可能性がある。そこで研究 7・8 では,再度同様の検討を行

い,ニュートラル条件における条件差が認められるのかどうかを検討する。

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第 10 章 自伝的記憶の領域構造が 気分一致効果・気分不一致効果に及ぼす影響:

ネガティブ気分時における検討(研究 7)

10.1. 目的

研究 6 ではポジティブ気分時に注目し,状況関連領域では気分一致効果が生

起しやすいのに対して,状況無関連領域では気分不一致効果が生起しやすいこ

とを明らかにした。研究 7 では,ネガティブ気分時においても,同様の結果が

再現されるかどうかを検討する。そのため,研究 6 とほぼ同様の手続きを用い

る。自伝的記憶の領域構造によって気分一致効果と気分不一致効果が区別され

るのであれば,状況関連領域から記憶を想起する際には,ネガティブ気分時に

おいて,ニュートラル気分時より少数のポジティブ記憶しか想起できないと予

測される。それに対して,状況無関連領域から記憶を想起する際には,ニュー

トラル気分時より,ネガティブ気分時において,数多くのポジティブ記憶を想

起できると予想される。

更に,研究 7 では,想起した記憶が感情に及ぼす影響も検討する。研究 6 で

は想起した記憶が感情に及ぼす影響については検討を行わなかった。しかし,

これまでの研究では,ポジティブ記憶を想起することが,ネガティブ感情を制

御するための有効な方略の一つと考えられている (e.g., R. Erber & Erber,

1994; Josephson et al., 1996)。このことから,ポジティブ気分を想起すると,

感情状態も変化すると考えられる。具体的には,ポジティブ記憶を数多く想起

した人ほど,想起後にポジティブな気分を報告すると予想される。そこで研究

7 では,想起した記憶が感情に及ぼす影響についても検討することとした。

10.2. 方法

10.2.1. 実験参加者

61 名の大学生・大学院生が個別に実験に参加した(男 43 名・女 18 名;平

均年齢 = 22.15, SD = 1.96)。500 円分の図書券を実験協力の謝礼とした。

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10.2.2. デザイン

領域(状況関連・状況無関連)×気分(ネガティブ・ニュートラル)の実験

計画であった。いずれの要因も被験者間要因である。参加者はこれら 4 条件の

いずれかにランダムに割り当てられた。

10.2.3. 気分誘導

10.2.3.1. 本研究で使用する手法

フィードバック法により参加者の感情状態を操作した。研究 6 と同様,フィ

ードバックする成績の内容だけでなく,テストの難易度も操作した。そして,

ニュートラル気分条件では極端に容易なテストを実施した。一方,ネガティブ

気分条件では,非常に困難なテストを実施することとした。

10.2.3.2. 予備実験 (1):テストの課題内容に関する検討

ネガティブ気分条件で使用するテストを選定するため,以下の 2 種類のテス

トを作成し,13 名の大学生・大学院生を対象に予備実験を行った。

(1) 難易度が高い上に,問題数が非常に多く,制限時間以内に全ての問題に目

を通すことができないテスト。

(2) 難易度が高いが,問題数は比較的少なく,参加者が時間内に全ての問題に

目を通すことができるテスト。

こうした 2 つのテストに回答を求めた結果,前者のテストを解く際には,“自

分は解けなくても当然だ”という諦めや“こんなに難しいテストには,何か実

験上の意図があるのではないか”というテストへの疑念が生じることが明らか

になった。一方,後者のテストについては,諦めが生じにくく,フィードバッ

クの信憑性も疑われにくいことが示された。そこで,後者のタイプのテストを

用いることとした。具体的なテストの課題内容は,アナグラム課題 4 問と,計

算問題 8 問で,制限時間は 5 分間であった。

10.2.3.3. 予備実験 (2):フィードバックの決定

次に,フィードバックする成績を決定するため,予備実験を行った。10 名の

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大学生に,ネガティブ気分条件で使用するための非常に困難なテストに取り組

むよう求めた。そして,テスト終了後,(1)どの程度の成績をとると良い気分に

なるか,(2)どの程度の成績をとると嫌な気分になるかに関して,偏差値と得点

の両方の観点から回答するよう求めた。その結果,嫌な気分になる得点の平均

値は 44.44 点,嫌な気分になる偏差値の平均値は 43.18 であった。同様に,良

い気分になる得点の平均値は 70 点,良い気分になる偏差値の平均値は 58.18

であった。

これらをもとに,ネガティブ気分条件のフィードバックを“得点:43 点”,

“偏差値:37.2”と決定した。こうしたフィードバックに合わせて,テストの

平均正答率が 4 割程度になるよう難易度を調整した。

10.2.3.4. 気分誘導の手続き

ネガティブ気分条件では,参加者に非常に困難なテストを解くよう求めた。

テスト終了後,実験者が参加者の反応をパソコンに入力すると,パソコンの画

面上にネガティブなフィードバックが表示された(得点:43 点,偏差値:37.2)。

ニュートラル気分条件の手続きは,研究 6 と同様であった。ニュートラル気

分条件で使用するため,研究 6 と同様,非常に容易なテストを作成した。課題

の内容は,ネガティブ気分条件と同じように,アナグラム課題 4 問と計算問題

8 問であった。制限時間は 5 分間である。なお,研究 6 と同様,ニュートラル

気分条件の参加者にはフィードバックは与えなかった。

10.2.4. 記憶課題

記憶課題の手続きは,研究 6 と同様であった。ただし,想起する記憶をポジ

ティブな記憶とした。また,研究 6 の限界を踏まえて,想起後に記憶の感情価

を評定させた。具体的には,参加者には記憶の記入シートと手がかり語を呈示

した。そして,4 分間,手がかり語に関するポジティブな記憶をできるだけた

くさん想起するよう求めた。4 分間が経過すると,想起された記憶のそれぞれ

について,1(非常にネガティブである)から 7(非常にポジティブである)の

いずれかで評価するよう求めた。評定結果をもとに,“ネガティブ”と評価され

た記憶(評定値が 1 から 3)と“ニュートラル”と評価された記憶(評定値が

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4)は除外し,“ポジティブ”と評価された記憶の個数を従属変数とした。

10.2.5. 手続き

参加者は個別に実験に協力した。実験者は 1 名であった。実験開始前に,以

下のような教示をした。

“今日,ご協力いただく実験は,大学生がどのような記憶を想起するのかを

検討するための研究です。ただし,この研究の課題は非常に短時間で終わるた

め,実験に入る前に,大学生用学力テストにも取り組んでいただければと思い

ます。このテストは現在開発中のもので,できるだけ数多くの方にこのテスト

に取り組んでいただき,テストの予備データを得たいと思っております。実験

に入る前に,こちらのテストにご協力いただけませんか。”

学力テストへの協力に不快感を示した参加者は見られなかった。参加者がテ

ストへの協力に同意すると,実験者は“大学生用学力テスト”と書かれた冊子

を配布した。ネガティブ気分条件の参加者には,非常に難しいテストの冊子を

配布した。一方,ニュートラル気分条件の参加者には,極端に容易なテストの

冊子を配布した。テスト終了後,ネガティブ気分条件の参加者には,テストの

成績をフィードバックした。ニュートラル気分条件では,フィードバックは返

さなかった。

気分誘導が終了すると,“今実施したテストの感想を思うままにお答えくださ

い”と教示し,“テストのアンケート”を配布した。このアンケートには,ダミ

ー項目に加えて,6 項目の気分尺度が含まれていた。使用した項目は研究 6 と

同様のものであった。参加者は 7 件法(1:全く当てはまらない~7:非常に当

てはまる)で回答するよう求められた(気分測定Ⅰ)。気分測定Ⅰに続いて,記

憶課題を実施した。参加者が記憶を想起し終わると,想起した記憶の感情価の

評価を求めた。 後に,気分測定Ⅰと同じ 6 項目の尺度を呈示し,現在の感情

状態を答えるよう求めた(気分測定Ⅱ)。

なお,複数回同じ尺度に回答する場合には,2 回目の測定時には,参加者が

動機づけの低下を示したり,“2 回の測定に渡って同じように回答しよう”と考

えたりする恐れがある。そこで,気分測定Ⅰと気分測定Ⅱの間で,項目の呈示

順序・質問形態に変更を加え,同一の尺度であることに気づかれないよう配慮

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147

した。時間の制約のため,ベースライン記憶課題は実施しなかった。

全ての課題が終了した後,参加者には丁寧にデブリーフィングを行った。実

験前に偽りの教示を行ったことや,偽りのテストやフィードバックを実施した

ことを深く詫びた。また,誘導したネガティブ気分が残っていないかどうかを

十分に確認した。

10.3. 結果

1 名の参加者が実験目的に気づいていた。また,3 名の参加者は実験者の教

示に従わなかった。そのため,これら 4 名の参加者のデータを除外した。

10.3.1. 気分誘導の有効性

気分測定Ⅰ,気分測定Ⅱのいずれにおいても,ネガティブ感情を示す項目を

反転させた。その結果,いずれに関しても,高い内的一貫性が確認された

(Cronbach のα : 気分測定Ⅰ= .84;気分測定Ⅱ= .77)。そこで 6 項目を平均し,

気分得点とした(気分得点Ⅰ,気分得点Ⅱ)。

ネガティブ気分条件の参加者のうち,2 名の参加者は気分得点Ⅰが 5 点以上

であり,気分誘導の直後においてもポジティブ気分を報告していた。また,ニ

ュートラル気分条件のうち 6 名の参加者は,気分得点Ⅰが 6 点以上であり,気

分誘導の直後に極端に強いポジティブな気分を報告していた。谷口 (1991a)が

指摘しているように,これらの参加者を含めて分析すると,感情と記憶の関連

を適切に検討できない恐れがある。そこで以降の分析からは,これら 8 名のデ

ータを除外した。

気分誘導の有効性を確認するため,気分得点Ⅰに関して,2(領域:状況関

連・状況無関連)×2(気分:ニュートラル・ネガティブ)の分散分析を行った。

その結果,気分条件の主効果が有意であった (F (l, 44) = 77.39, MSE = 0.54, p

< .0001)。そして,ネガティブ気分条件の参加者は (M = 3.22, SD = 0.83),ニ

ュートラル気分条件の参加者より (M = 5.13, SD = 0.61),有意にネガティブな

気分を報告していることが明らかになった。領域条件の主効果や,気分条件と

領域条件の交互作用は有意ではなかった (ps > .13)。このことから,領域条件に

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148

関わらず,同じように気分誘導が有効であったと言える (Figure 10.1 参照 )。

10.3.2. 気分一致効果と気分不一致効果に関する検討

想起されたポジティブ記憶の個数を従属変数として,2(領域:状況関連・

状況無関連)×2(気分:ニュートラル・ネガティブ)の分散分析を行った。そ

の結果,気分条件と領域条件の交互作用が有意であった (F (1, 45) = 9.38, MSE

= 7.45, p < .01)。領域条件の主効果や,気分条件の主効果は有意ではなかった

(ps > .12)。単純主効果の検討を行ったところ,以下のような結果が見出された

(Figure 10.2 参照 )。状況関連領域から記憶を想起した場合には,ネガティブ気

分条件において,ニュートラル気分条件よりも,ポジティブ記憶を少ししか想

起することができなかった (F (1, 45) = 4.87, p < .05)。それに対して,状況無

関連領域から記憶を想起した場合には,ニュートラル気分条件よりも,ネガテ

ィブ気分条件において,数多くのポジティブ記憶を想起することができた (F (1,

45) = 4.54, p < .05)。更に,ネガティブ気分時には,状況関連領域よりも,状

況無関連領域の方が,数多くのポジティブ記憶を想起できることが示された (F

(1, 45) = 11.93, p < .01)。一方,ニュートラル気分時には,領域の効果は認め

られなかった (p > .30)。これらのことから,ネガティブ気分時においても仮説

が支持されたと考えられる。

1

2

3

4

5

6

7

状況関連 状況無関連

気分

得点

ネガティブ

ニュートラル

Figure 10.1. 気分誘導の結果(研究 7)

Page 149: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

149

10.3.3. 記憶想起が感情状態に及ぼす影響

ポジティブ記憶を想起することで感情状態が変化しているかどうかを検討す

るため,気分得点Ⅱを従属変数として一般線形モデルによる分析を行った。独

立変数は,気分条件(1:ネガティブ気分条件, -1:ニュートラル気分条件 ),

領域条件 (1:状況関連条件,-1:状況無関連条件 ),気分条件と領域条件の交互

作用,想起したポジティブ記憶の個数であった。また,気分得点Ⅰを共変量と

した。その結果,想起したポジティブ記憶の個数の効果が有意であった (Table

10.1 参照 )。そして,たくさんのポジティブ記憶を思い出した人ほど,記憶想

起後に,ポジティブな気分が増大していることが明らかになった (Figure 10.3

参照 )。

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

状況関連 状況無関連

想起

した

ポジ

ティ

ブ記

憶数

ネガティブ

ニュートラル

Figure 10.2. 自伝的記憶の領域が気分一致効果・不一致効果に

及ぼす影響(研究 7)

Page 150: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

150

独立変数 B SE β R2

ポジティブ記憶の個数 0.14 0.05 0.47** 0.22

気分条件 0.01 0.12 0.01

領域条件 0.04 0.13 0.04

気分条件 ×領域条件 -0.01 0.13 -0.01

(注) **p < .01

10.4. 考察

10.4.1. 結果のまとめ

研究 7 ではネガティブ気分に焦点を当て,自伝的記憶の領域構造が気分一致

効果と気分不一致効果に及ぼす影響を検討した。その結果,状況関連領域から

記憶を想起した際には,ネガティブ気分時において,ニュートラル気分時に比

べて,ポジティブ記憶の想起数が減ることが示され,気分一致効果が確認され

1

2

3

4

5

6

7

0 5 10 15

想起したポジティブ記憶の個数

気分

得点

ネガティブ

ニュートラル

Figure 10.3. ポジティブ記憶の想起が想起後の気分に及ぼす影響(研究 7)

Table 10.1. 想起後の感情状態に関する一般線形モデルの結果(研究 7)

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151

た。それに対して,状況無関連領域から記憶を想起した際には,ネガティブ気

分時において,ニュートラル気分時に比べて数多くのポジティブ記憶を想起で

きることが示され,気分不一致効果が確認された。このことから,研究 6 と同

様,状況関連領域では気分一致効果が見られやすく,状況無関連領域では気分

不一致効果が見られやすいと言える。

研究 7 の結果は,研究 6 の結果を補強するものと考えられる。第一に,研究

6 ではポジティブ気分時に焦点を当て,“気分一致効果は状況関連領域で生起し

やすいのに対して,気分不一致効果は状況無関連領域で生起しやすい”ことを

明らかにした。しかし,これまでの感情と記憶に関する研究では,ポジティブ

気分時とネガティブ気分時で異なる結果が得られる可能性が指摘されてきた

(レビューとして Blaney, 1986)。従って,研究 6 の結果だけでは,“ネガティブ

気分時においても同じ結果が再現されるかどうか”は明らかではない。研究 6

の結果の一般性を主張するためには,ネガティブ気分時における検討が不可欠

と言える。それに対して本研究では,ネガティブ気分時においても研究 6 と同

様の結果が再現されることが明らかになった。このことから,研究 6 の結果の

一般性が確認されたと考えられる。

第二に,研究 6 では,ニュートラル気分時に,状況関連領域の方が,状況無

関連領域よりも,数多くのネガティブ記憶を想起していた。そのため,領域条

件と気分条件の交互作用が認められても,こうした交互作用がニュートラル気

分条件における条件差を反映している可能性を排除できなかった。しかし,本

研究のニュートラル気分条件においては,状況関連条件と状況無関連条件の差

は認められなかった。それにも関わらず,領域条件と気分条件の交互作用が確

認されている。このことから,研究 6 の結果も,ニュートラル気分条件におけ

る条件差を反映するものではないと考えられる。そして,状況関連領域では気

分一致効果が見られやすいのに対して,状況無関連領域では気分不一致効果が

見られやすいと言える。

第三に,研究 6 では想起した記憶の感情価の評定を行っていなかった。そし

て,記憶課題で想起された記憶の個数を,そのまま“ネガティブ記憶の想起数”

とみなして分析していた。しかし,記憶課題においてネガティブ記憶を想起す

るよう求めたとしても,参加者はいくつかのニュートラル記憶やポジティブ記

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152

憶を報告している可能性が残る。従って,研究 6 の結果は,ネガティブ記憶の

想起に関する結果とは言い切れない。それに対して,研究 7 では想起された記

憶の感情価評定を行った。そして,ネガティブ記憶やニュートラル記憶を排除

し,ポジティブ記憶の個数を従属変数とした。それにも関わらず,研究 6 と同

様の結果が確認された。このことから,研究 6 の結果が補強されたと言える。

10.4.2. 想起した記憶が感情状態に及ぼす影響

更に,研究 7 では,想起された記憶が主観的感情状態に影響することも明ら

かになった。具体的には,ポジティブ記憶を数多く想起するほど,想起後にポ

ジティブな気分になることが明らかになった。このことから,ポジティブ記憶

を想起することがネガティブ感情を緩和するための有効な方略と考えられる。

第 2 章で述べたように,先行研究では,“ネガティブ気分時に気分緩和動機が

生起すると,ポジティブ記憶を想起しようとして,気分不一致効果が生起する”

とみなされてきた (e.g., Bower & Forgas, 2001; Forgas, 1995, 1999b)。“ポジ

ティブ記憶の想起がネガティブ気分の緩和を促す”という本研究の結果は,こ

うした気分不一致効果に関する見解とも整合的なものと言える。

このように,想起した記憶が感情に及ぼす影響が明らかにされたことで,ネ

ガティブ感情の自己制御にも示唆を与えることができる。具体的には,ネガテ

ィブ気分時に状況関連領域から記憶を想起すると,気分一致効果が生起しやす

く,ポジティブ記憶を想起するのが難しいと考えられる。その結果,ネガティ

ブ気分を緩和しにくいと予想される。一方,状況無関連領域から記憶を想起す

ると,数多くのポジティブ記憶を想起することができるため,ネガティブ気分

を緩和することができると考えられる。以上のことから,ネガティブ感情を自

己制御するためには,状況無関連領域から記憶を想起することが重要であると

示唆される。

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153

第 11 章 自伝的記憶の領域構造が 気分一致効果・気分不一致効果に及ぼす影響:

自由再生法を用いた検討(研究 8)

11.1. 目的

研究 6・7 では,仮説を支持する結果が得られた。すなわち,状況関連領域

から記憶を想起する際には気分一致効果が生起しやすいのに対して,状況無関

連領域から記憶を想起する際には気分不一致効果が生起しやすいことが示され

た。しかし,これらの研究の手続きには疑問も残る。研究 6・7 の記憶課題で

は,参加者にはネガティブ記憶(研究 6)やポジティブ記憶(研究 7)を想起

するよう明示的に求めていた。こうして明示的な教示を与えることで,気分不

一致記憶を想起しようとする動機を高めることが可能になると考えられる

(9.1.4.節参照 )。すなわち,気分不一致記憶を想起するよう明示的に求める手法

は,気分緩和動機の個人差が結果に及ぼす影響を抑えるために有効と言える。

しかしながら,日常生活では,明示的に気分不一致記憶を想起するよう求め

られることは少ないと考えられる。特に,ネガティブ気分時には,人は自らの

気分緩和動機に基づいて,自発的に気分不一致記憶を想起していることが指摘

されている (e.g., Forgas & Ciarrochi, 2002; Parrott & Sabini, 1990)。従って,

感情制御の観点に立つと,“研究 6・7 の結果がこうした日常的な状況にも適用

可能なのか”を調べることは極めて重要と言える。

そこで研究 8 では,ネガティブ気分時に焦点を当てる。そして,参加者に明

示的にポジティブ記憶やネガティブ記憶を想起させず,手がかり語に関する記

憶を自由に想起させることとした。こうした自由再生の手法を利用した場合で

も,研究 6・7 の結果が再現されるかどうかを検討する。

11.2. 方法

11.2.1. 実験参加者

79 名の大学生・大学院生(男 38 名・女 41 名;平均年齢 = 21.15, SD = 1.82)。

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154

実験協力の謝礼として,授業の実習ポイントか,500 円分の図書券が与えられ

た。実習ポイントと図書券のどちらを謝礼にするかは個々の参加者の希望に応

じて決定した。また,実習ポイントは単位取得に関連するものの,ごくわずか

な得点であり,“単位を取得できるかどうか”を左右するものではなかった。

11.2.2. デザイン

研究 7 と同様,領域(状況関連・状況無関連)×気分(ニュートラル気分・

ネガティブ気分)の実験計画であった。いずれも被験者間要因である。参加者

はこれら 4 条件のいずれかにランダムに割り当てられた。

11.2.3. 手続き

記憶課題以外は,研究 7 とほぼ同様の手続きであった。記憶課題では,手が

かり語を呈示し,手がかり語に関する過去の経験を自由に想起するよう求めた。

状況関連条件では,“勉強”という手がかり語を利用した。一方,状況無関連条

件では,“友人関係”という手がかり語を利用した。

11.3. 結果

2 名の参加者が実験の目的に気づいていた。そのため,これらの参加者の結

果は除外した上で分析を行った。また,外側値を示した参加者が 2 名見られた

ため,以降の分析ではこれらの参加者も除去した。

11.3.1. 気分誘導の有効性

ネガティブ感情を示す項目を反転したところ,6 項目の気分尺度には十分な

内的一貫性が認められた(Cronbach のα:気分測定Ⅰ= .81, 気分測定Ⅱ= .64)。

そこで気分測定Ⅰに関しては,6 項目の得点を平均し気分得点Ⅰとした。同様

に,気分測定Ⅱについても,6 項目の得点を平均し気分得点Ⅱとした。なお,

ネガティブ気分条件の参加者のうち 1 名は,気分得点Ⅰが 5 点以上であり,気

分誘導の直後においても,ポジティブ気分を報告していた。また,ニュートラ

ル気分条件のうち,5 名の参加者は気分得点Ⅰが 6 点以上であり,気分誘導の

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155

直後に極端にポジティブな気分を報告していた。そこで,以降の分析では,こ

れら 6 名の参加者を除去した。

気分得点Ⅰに関して,2(領域:状況関連・状況無関連)×2(気分:ニュー

トラル・ネガティブ)の分散分析を行った。その結果,気分条件の主効果が有

意であった (F (l, 65) = 69.27, MSE = 0.59, p < .001)。そして,ネガティブ気分

条件の参加者は (M = 3.41, SD = 0.86),ニュートラル気分条件の参加者より (M

= 4.96, SD = 0.65),有意にネガティブな気分を報告していることが明らかにな

った。領域条件の主効果,気分条件と領域条件の交互作用は有意ではなかった

(ps > .20)。このことから,領域条件に関わらず,同じように気分誘導が有効で

あったと考えられる (Figure 11.1 参照 )。

11.3.2. 気分一致効果と気分不一致効果に関する検討

参加者による記憶の感情価評定の結果をもとに, (11.1)式によって,ネガテ

ィブ記憶の割合を算出した。

1

2

3

4

5

6

7

状況関連 状況無関連

気分

得点

ネガティブ

ニュートラル

Figure 11.1. 気分誘導の結果(研究 8)

Page 156: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

156

i

ii N

nnegativeratio =)( (11.1)

ni:参加者 i がネガティブと評価した記憶の数

Ni:参加者 i が想起した全記憶数

こうして算出されたネガティブ記憶の割合に関して,2(領域:状況関連・

状況無関連)×2(気分:ニュートラル・ネガティブ)の分散分析を行った。

その結果,領域条件の主効果が有意であった (F (1, 65) = 6.20, MSE = 0.03, p

< .05)。一方,気分条件の主効果は認められなかった(p > .60)。更に,気分条

件と領域条件の交互作用が有意であった (F (1, 65) = 12.51, p < .001)。

0

0.1

0.2

0 .3

0 .4

0 .5

状況関連 状況無関連

ネガ

ティ

ブ記

憶の

想起

割合

ネガティブ

ニュートラル

Figure 11.2. 自伝的記憶の領域が気分一致効果・不一致効果に

及ぼす影響(研究 8)

Page 157: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

157

単純主効果を検討したところ,状況関連領域から記憶を想起したときには,

ネガティブ気分条件において,ニュートラル気分条件より,ネガティブ記憶の

想起割合が高かった (F (1, 65) = 8.17, p < .01)。それに対して,状況無関連領

域から記憶を想起した場合には,ネガティブ気分条件において,ニュートラル

気分条件より,ネガティブ記憶の想起割合が低いことが示された (F (1, 65) =

4.62, p < .05)。更に,ネガティブ気分条件では,状況関連領域から記憶を想起

する方が,状況無関連領域から記憶を想起するより,ネガティブ記憶の想起割

合が高かった (F (1, 65) = 19.58, p < .001)。一方,ニュートラル気分条件では,

条件による有意な差は認められなかった (p > .45)。これらのことから,状況関

連領域から記憶を想起した場合には,気分一致効果が生起しているのに対して,

状況無関連領域から記憶を想起した場合には,気分不一致効果が生起している

と言える (Figure 11.2 参照 )。

11.3.3. 記憶想起が感情状態に及ぼす影響

後に,研究 7 と同様,想起した記憶が感情状態に及ぼす影響について,一

般線形モデルによる分析を行った。従属変数は,気分得点Ⅱである。独立変数

は,気分条件(1 = ネガティブ,-1=ニュートラル),領域条件(1 = 状況関連,

-1 = 状況無関連),気分条件と領域条件の交互作用,想起したポジティブ記憶

の個数であった。気分得点Ⅰを共変量とした。その結果,想起したポジティブ

記憶の個数の効果が認められた (Table 11.1 参照 )。そして,ポジティブ記憶を

数多く想起した人ほど,想起後にポジティブな気分が増大していることが明ら

かになった (Figure 11.3 参照 )。

Table 11.1. 想起後の感情状態に関する一般線形モデルの結果(研究 8)

独立変数 B SE β Model R2

ポジティブ記憶の個数 0.07 0.04 0.27* 0.09

気分条件 0.10 0.09 0.12

領域条件 0.12 0.10 0.15

気分条件 ×領域条件 0.02 0.10 0.02

(注) *p < .05

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158

11.4. 考察

11.4.1. 結果のまとめ

研究 8 では,想起する記憶の感情価を指定せず,自由に記憶を想起するよう

求めた。そして,こうした記憶課題を利用しても,状況関連領域から記憶を想

起する際には気分一致効果が生起するのに対して,状況無関連領域から記憶を

想起する際には気分不一致効果が生起することが明らかになった。このことか

ら,研究 6・7 の結果が補強されたと考えられる。そして,自伝的記憶の領域

構造が“気分一致効果と気分不一致効果のどちらが生起するか”を規定してい

ると言える。

更に,研究 8 では,ニュートラル気分条件においては,状況関連条件でも,

状況無関連条件でも,同程度にネガティブ記憶を想起していた。それにも関わ

らず,状況関連条件では気分一致効果が生起するのに対して,状況無関連条件

では気分不一致効果が生起するという結果が認められている。このことから,

研究 6 の結果が補強されると考えられる。すなわち,研究 6 で仮説と整合する

結果が得られたのは,ニュートラル気分条件における条件差に起因するもので

1

2

3

4

5

6

7

0 3 6 9 12 15 18

想起したポジティブ記憶の個数

気分

得点

ネガティブ

ニュートラル

Figure 11.3. 想起した記憶が想起後の感情状態に及ぼす影響(研究 8)

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159

はないと言える。

11.4.2. 研究 6~8 のまとめ

以上のように,3 つの研究を通して,状況関連領域から記憶を想起すると気

分一致効果が見られやすいのに対して,状況無関連領域から記憶を想起すると

気分不一致効果が見られやすいことが示された。このことから,“気分一致効果

が生起するか,気分不一致効果が生起するか”は,記憶を想起する領域に依存

していると考えられる。また,研究 8 では,研究 7 と同様,ポジティブ記憶を

たくさん想起する人ほど,想起後にポジティブな気分を報告することが明らか

になった。こうした結果は,“ポジティブ記憶を想起することがネガティブ気分

の有効な自己制御方略である”という先行研究の主張 (e.g., Josephson et al.,

1996)を裏付けるものと言える。

しかし,研究 6~8 の結果には,いくつかの疑問も残る。第一に,使用した

領域に関する疑問が挙げられる。研究 6~8 のいずれにおいても,状況関連領

域として“勉強”領域を,状況無関連領域として“友人関係”領域を使用して

きた。すなわち,“状況関連-状況無関連”という要因と,使用した記憶領域の

内容が交絡しているのである。こうした交絡によって,因果関係が脅かされて

いる可能性がある。例えば,“友人関係”領域に比べて,“勉強”領域は気分一

致効果をもたらしやすく,そのために上述のような結果が得られているのかも

しれない。

しかし,以下の理由により,記憶領域の内容との交絡は,因果関係を脅かす

ものではないと考えられる。第一に,先行研究では,“勉強”に関する記憶を想

起したときにも,“友人関係”に関する記憶を想起したときにも,同じように気

分一致効果や気分不一致効果が生起することが指摘されている (S. M. Smith &

Petty, 1995)。

第二に,McFarland & Buehler (1998)は,“勉強”と“友人関係”に関して

対称的な結果を報告している。先に述べたように,彼らは自己注目が気分一致

効果と気分不一致効果に及ぼす影響を検討している。まず,実験 3 では,友人

関係に関するネガティブな経験(例.友人との対立)を想起させることで,参

加者にネガティブ気分を誘導した。その結果,ネガティブ感情と自己注目は“友

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160

人関係”に関する記憶にのみ影響を与えており,“勉強”に関する記憶には影響

を与えていなかった。一方,実験 4 ではテストとフィードバックによって感情

を誘導した。その結果,ネガティブ感情と自己注目は“勉強”に関する記憶に

は影響を与えていたが,“友人関係”に関する記憶には影響を与えていなかった。

こうした彼らの結果からも,感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響は,“「勉強」

に関する記憶を想起するか,「友人関係」に関する記憶を想起するか”に規定さ

れているものではないと考えられる。そして,“状況関連領域から記憶を想起す

るか,状況無関連領域から記憶を想起するか”が,気分一致効果と気分不一致

効果の重要な規定因と言える。

第二の疑問として,気分誘導方法に関する疑問が挙げられる。研究 6~8 で

は,気分誘導のためにフィードバック法を利用してきた。フィードバック法を

利用することで,日常生活に近い感情を操作することができたと考えられる

(9.2.3.2 節参照)。更に,フィードバック法を利用することで,状況関連領域

と状況無関連領域を特定することが可能になり,仮説に関する明確な結論を得

ることができたと考えられる(9.2.3.3 節参照)。しかし,フィードバック法は

参加者の感情状態だけでなく,自尊心にも影響を与えることが指摘されている

(木村ら , 2006)。例えば,ポジティブ気分条件では,ニュートラル気分条件に

比べて自尊心が高められるのに対して,ネガティブ気分条件では,ニュートラ

ル気分条件より自尊心が低下する可能性がある。従って,感情状態ではなく,

自尊心によって結果がもたらされていたのかもしれない。

しかしながら,自尊心によって,第Ⅲ部の結果を説明することはできない。

人は自尊心を維持・高揚しようとする傾向を持っていることが指摘されている

(レビューとして S. E. Taylor, 1991)。それに対して,ネガティブな自伝的記憶

は自己の脅威となり,自尊心を低下させるものと考えられている (e.g., Trope et

al., 2001)。従って,自尊心の観点に立つと,気分条件や領域条件に関わらず,

人はポジティブ記憶を積極的に想起すると考えられる。しかし,第Ⅲ部では 3

つの研究のいずれにおいても,ネガティブ記憶の想起の促進効果が認められて

いる。例えば,研究 6 では,“状況無関連領域から記憶を想起すると,ポジテ

ィブ気分時において,ニュートラル気分時よりネガティブ記憶の想起が促進さ

れる”という結果が得られている。また,研究 7・8 では,“状況関連領域から

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161

記憶を想起すると,ネガティブ気分時において,ニュートラル気分時よりネガ

ティブ記憶の想起が促進される”という結果が見出されている。こうした結果

は,自尊心維持や自己高揚の見解とは整合し得ないものである。従って,研究

6~8 の結果を自尊心によって説明するのは難しいと考えられる。

更に,研究 10・11 では,映像による気分誘導方法を利用しても,自伝的記

憶の領域構造の個人差が気分不一致効果に影響を及ぼすことを明らかにしてい

る(第 13・14 章参照)。このことからも,“自伝的記憶の領域構造が気分一致

効果や気分不一致効果に影響を与える”という第Ⅲ部の結果は,フィードバッ

ク法を使用したときのみに得られる結果ではないことが示唆される。そして,

“状況関連領域から記憶を想起すると気分一致効果が見られやすいのに対して,

状況無関連領域から記憶を想起すると気分不一致効果が見られやすい”という

結論は妥当なものと言える。

11.4.3. 同化効果と対比効果

研究 6~8 の結果は,社会心理学における同化効果 (assimilation effect)と対

比効果 (contrast effect)に関する知見とも整合するものである。他者評価に関す

る社会心理学的研究では,多くの研究者が気分一致効果と類似した現象を報告

している。例えば,ポジティブな刺激が事前に呈示されていると,ターゲット

に関する評価もポジティブに歪められることが見出されている (レビューとし

て Mussweiler, 2003)。このように,“ターゲットに対する評価が,先行する文

脈と同じ方向に歪められる”という現象を“同化効果”と言う。ただし,常に

文脈と同じ方向に評価が歪められる訳ではない。気分不一致効果と同様,ポジ

ティブな刺激が事前に呈示されると,ターゲットに関する評価がネガティブに

歪められることもある。このように,“先行する文脈とは逆の方向にターゲット

の評価が歪められる”ことを“対比効果”と言う。

こうした同化効果と対比効果の生起因に関しては,研究 6~8 の結果と類似

した結果が報告されている (e.g., DeCoster & Claypool, 2004; Mussweiler,

2003; Mussweiler, Epstude, & Rüter, 2005)。具体的には,ターゲットと文脈

が類似しているときの方が,類似していないときより,同化効果が生起しやす

いことが見出されている (e.g., McFarland, Buehler, & MacKay, 2001)。それに

Page 162: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

162

対して,ターゲットと文脈の類似度が低いときの方が,類似度が高いときより,

対比効果が生起しやすいことが認められている (e.g., J. D. Brown, Novick,

Lord, & Richards, 1992)。このように,他者評価に関しては,ターゲットと文

脈の類似度によって,“同化効果が生起するか,対比効果が生起するか”が規定

されていることが明らかになっているのである。こうした知見と同様,本研究

では,“気分一致効果が生起するか,気分不一致効果が生起するか”は,自伝的

記憶を想起する領域と気分を喚起した文脈の類似度によって規定されているこ

とを明らかにした。このことから,ターゲットと文脈の類似度は,感情が自伝

的記憶の想起に及ぼす影響だけでなく,様々な心的処理を調整している重要な

要因であることが示唆される (Cf. A. B. Markman & Gentner, 2005)。

11.4.4. 感情と記憶研究への示唆

感情が記憶に及ぼす影響に関しては,気分一致効果と気分不一致効果という

矛盾する現象が指摘されてきた。これら 2 つの現象を統合的に捉えることがで

きなければ,“感情が記憶の想起にどのような影響を及ぼすのか”を理解するこ

とはできないと考えられる。従って,気分一致効果と気分不一致効果の弁別要

因を解明することは,感情と記憶に関する研究における極めて重要な問題の 1

つと考えられる。

気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因は,現実場面にも密接に関連して

いる。ネガティブ気分時には,“ネガティブな経験ばかりを想起し,その結果,

ますますネガティブな気分に陥る”という悪循環に陥ることも多いと考えられ

る。このように,ネガティブ気分時の気分一致効果は,ネガティブ気分とネガ

ティブ記憶の想起の悪循環をもたらす。こうした悪循環は,極端なネガティブ

気分や抑うつ感情の持続要因となるだけでなく (e.g., Blaney, 1986),ビジネス

における交渉場面にも深刻な影響を与えうることが指摘されている (George,

Jones, & Gonzalez, 1998)。具体的には,ネガティブ気分時には過去のネガテ

ィブな経験ばかりを想起し,それによって交渉相手に関してもネガティブに評

価することになり, 終的には,交渉の決裂につながると考えられている。

それに対して,気分不一致効果は気分一致効果による悪循環を解消できるこ

とが指摘されてきた (e.g., R. Erber & Erber, 1994; Joormann & Siemer, 2004;

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163

Josephson et al., 1996)。すなわち,ネガティブ気分時に気分不一致効果が生

起すると,想起したポジティブ記憶によってネガティブ気分を緩和することが

できる。その結果,ネガティブ記憶とネガティブ気分の悪循環も解消され,深

刻なネガティブ気分に陥るのを防ぐことができる。更に,こうしてネガティブ

気分とネガティブ記憶の悪循環が阻止されることで,円滑な交渉ももたらされ

ると考えられている (George et al., 1998)。従って,“どうすれば気分一致効果

を阻止し,気分不一致効果を利用できるのか”は,現実的にも非常に重要な問

いと考えられる。

気分一致効果と気分不一致効果を弁別する要因として,従来の研究では,専

ら気分緩和動機が注目を集めてきた (レビューとして Forgas, 1995)。そして,

課題の認知的負荷 (e.g., R. Erber & Erber, 1994)や感情生起後の時間 (e.g.,

Forgas & Ciarrochi, 2002; Sedikides, 1994)を操作したり,気分を認知する能

力の個人差 (e.g., McFarland & Buehler, 1997; McFarland et al., 2003)を利用

したりすることで,気分緩和動機が高いときには気分不一致効果が生起するが,

気分緩和動機が低いときには気分一致効果が生起することが繰り返し確認され

ている。更に,パーソナリティ特性を利用した研究でも,気分緩和動機が気分

不一致効果を促すことが明らかにされている (e.g., Boden & Baumeister,

1997; Joormann & Siemer, 2004; Josephson et al., 1996; Rusting & DeHart,

2000; S. M. Smith & Petty, 1995)。

しかし,気分緩和動機だけでは,研究 6~8 の結果を説明することができな

い。研究 6~8 では,状況関連条件においても,状況無関連条件においても,

課題の認知的負荷や感情生起後の時間を操作していない。また,参加者は各条

件にランダムに割り当てられており,状況関連条件と状況無関連条件の間で,

パーソナリティ特性や気分を認知する能力に一貫した差が存在するとは考えに

くい。状況関連条件と状況無関連条件の相違点は,“自伝的記憶をどの領域から

想起するか”の一点のみである。それにも関わらず,状況関連条件と状況無関

連条件では,異なるパターンの結果が得られている。このことから,“気分一致

効果が生起するか,気分不一致効果が生起するか”は,気分緩和動機のみによ

って規定されているものではないと考えられる。そして,自伝的記憶の領域構

造のような認知的要因もまた,重要な役割を果たしていると言える。

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164

第Ⅳ部

自伝的記憶の構造の個人差が

気分不一致効果に及ぼす影響

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165

第 12 章 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響: ネガティブ気分時における検討(研究 9)

12.1. 目的

12.1.1. 自伝的記憶の領域構造の個人差

第Ⅲ部では,自伝的記憶の領域構造が気分一致効果と気分不一致効果に及ぼ

す影響を検討した。そして,状況関連領域から記憶を想起する際には気分一致

効果が生起するのに対して,状況無関連領域から記憶を想起する際には気分不

一致効果が生起することを明らかにした。このことから,“気分一致効果が生起

するか,気分不一致効果が生起するか”は,自伝的記憶の領域構造に依存して

いると言える。

ただし,自伝的記憶の構造は各個人の生活や経験を反映するものであり,大

きな個人差が想定される。自伝的記憶の領域構造の影響を包括的に理解するた

めには,こうした個人差の影響も考慮することが不可欠と考えられる。そこで

研究 9 では,自伝的記憶の知識構造の個人差が気分不一致効果に及ぼす影響を

検討する。

12.1.2. 自伝的記憶の領域構造の個人差の影響

12.1.2.1. 領域数における個人差

第Ⅲ部の結果は,“感情が生起した際に,自伝的記憶の全ての領域が同じよう

に感情の影響を受ける訳ではない”ということを意味している。すなわち,状

況無関連領域の自伝的記憶は感情の影響を受けにくいのに対して,状況関連領

域の自伝的記憶は感情の影響を強く受けることが示唆される (Figure 9.1 参照 )。

ただし,状況関連領域が感情の影響を受けたとしても,“状況関連領域が自伝的

記憶の知識表象全体でどの程度の割合を占めているか”には個人差があると考

えられる。

具体的には,自伝的記憶が多くの領域で構成されている場合には,状況関連

領域はたくさんの領域の中の 1 つに過ぎないと考えられる。従って,状況関連

領域が感情の影響を受けたとしても,こうした感情の影響が自伝的記憶の知識

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166

表象全体に占める割合は小さいと考えられる。そして,残りの数多くの領域か

ら記憶を想起することで,気分不一致効果を感情制御に利用することができる

と予想される。一方,自伝的記憶が少数の領域で構成されている場合には,状

況関連領域の数も少ないと考えられる。従って,状況関連領域が感情の影響を

けてしまうと,この領域が自伝的記憶の知識表象の大部分を占めてしまい,状

況無関連領域にアクセスするのは難しくなると考えられる。その結果,気分不

一致効果を感情制御に利用しにくくなると予想される。以上より,自伝的記憶

に数多くの領域を持つ人ほど気分不一致効果を利用できると考えられる。

12.1.2.2. 領域間の分化度における個人差

更に,状況無関連領域が常に感情の影響を受けないとは限らない。そもそも,

第Ⅲ部では,“状況関連領域と状況無関連領域が明確に分化されている”という

前提を置いていた。しかしながら,自伝的記憶の領域の分化度には個人差があ

ることが指摘されている (e.g., Linville, 1985, 1987)。すなわち,自伝的記憶の

領域が互いに明確に分化している人もいれば,大きくオーバーラップしている

人もいると考えられる。そして,自伝的記憶の個々の領域が互いにオーバーラ

ップしている場合には,状況関連領域が感情の影響を受けると,こうした影響

が他の状況無関連領域にも波及してしまうと考えられる。その結果,状況関連

領域だけでなく,状況無関連領域もまた,感情の影響を受けてしまうと予想さ

れる。一方,自伝的記憶の個々の領域が明確に分化している場合には,状況関

連領域が感情の影響を受けても,こうした感情の影響が他の領域に波及しにく

いと考えられる。その結果,感情の影響は状況関連領域のみに止まり,状況無

関連領域は感情の影響を受けにくいと予想される。

以上のように,自伝的記憶の領域の分化度によって,“状況無関連領域が感情

の影響を受けるかどうか”が規定されていると考えられる。そして,自伝的記

憶の領域が明確に分化されている人は,感情の影響が状況関連領域のみに限局

される。その結果,状況無関連領域から記憶を検索することで,気分不一致の

記憶を想起することもできると考えられる。それに対して,自伝的記憶の領域

が未分化な人の場合には,状況無関連領域も感情の影響を受けるため,状況無

関連領域から記憶を検索しようとしても,気分不一致記憶を想起するのが難し

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いと考えられる。すなわち,自伝的記憶の領域が明確に分化されている人の方

が,未分化な人より,気分不一致効果を示しやすいと予想される。

12.1.2.3. まとめ

以上のことから,自伝的記憶の領域構造の個人差も,気分不一致効果に影響

を与えると考えられる (Figure 12.1 参照 )。具体的には,自伝的記憶が多くの分

化した領域で構成されている場合には,感情の影響を受けるのは数多くの領域

の中の 1 つに過ぎず,それ以外の領域は感情の影響を受けにくいと考えられる。

その結果,“気分不一致記憶を想起しよう”とする動機も機能しやすく,気分不

一致効果が生起しやすいと予想される。

感情の影響

少数に限局

気分不一致効果

生起しやすい

気分不一致効果

生起しにくい

Figure 12.1. 自伝的記憶の構造の個人差が

気分不一致効果に及ぼす影響(予測)

領域数

多い

領域の分化度

高い

領域数

少ない

領域の分化度

低い

感情の影響

大部分に波及

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一方,自伝的記憶が少数の未分化な領域で構成されている場合には,1 つの

領域が感情の影響を受けると,それが自伝的記憶全体の中で大きな割合を占め

てしまう。更に,領域間が明確に分化されていないため,状況関連領域が受け

た感情の影響が他の領域にも波及してしまう。その結果,どんなに気分不一致

記憶を想起しようとする動機を持っていても,こうした動機が機能しにくく,

気分不一致記憶を想起するのは困難になると考えられる。すなわち,自伝的記

憶が多くの分化した領域で構成されている人は,自伝的記憶が少数の未分化な

領域で構成されている人より,気分不一致効果を示しやすいと予想される。本

研究ではこうした点について検討を行う。

12.1.3. 本研究の予測

以上の点を検討するためには,自伝的記憶の知識構造の個人差を測定する必

要がある。しかし,各個人の自伝的記憶の知識表象には,その人がこれまでの

人生で経験した様々な出来事に関する膨大な記憶が保持されている。こうした

膨大な知識表象の構造を測定するのは容易なことではないと考えられる。そこ

で本研究では,自己複雑性 (self-complexity; Linville, 1985, 1987)を利用する。

自己複雑性とは,自己概念の構造の個人差を示す指標であり,(a)自己概念を構

成する領域の個数 (領域数 )と, (b)これらの領域が互いにどの程度分化している

かを示すオーバーラップ度,という 2 つの要素で定義される。そして,自己複

雑性が高い人ほど,自己概念の領域の数が多く,領域が互いに分化していると

みなされる。逆に,自己複雑性が低い人は,自己概念が少数の互いに未分化な

領域で構成されていると考えられている。

このように,自己複雑性は基本的には自己概念の構造に関する指標である。

しかし,以下の 3 点の理由により,自伝的記憶の知識構造の個人差を表す指標

として,自己複雑性を利用することができると考えられる。第一に,自己複雑

性に関する研究では,自己複雑性は自己に関する抽象的知識(自己概念)だけ

でなく,自己に関する具体的経験(自伝的記憶)の構造も反映するものと考え

られてきた (e.g., Linville, 1985, 1987)。事実,Woike (1994)も自伝的記憶の知

識構造を検討する際に,自己複雑性の考え方を援用している。第二に,研究 1

~4 では,自伝的記憶は自己概念のもとに保持されていることを明らかにした。

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従って,自己概念の構造は自伝的記憶の構造にも反映されていると言える。こ

のことから,自己複雑性を利用して自己概念の構造を測定することで,自伝的

記憶の構造を推測することができると考えられる。第三に,自己複雑性が自伝

的記憶に影響を与えていることを直接的に示す研究もある。例えば,Kreithler

& Singer (1991)は,自己に関連する記憶には自己複雑性が関与することを明ら

かにしている。

上述したように,自己複雑性が高い人は,自己概念が数多くの領域に分かれ

て保持されており,これらの領域が明確に分化していると考えられている (e.g.,

Linville, 1985, 1987)。自伝的記憶の知識構造がこうした自己概念の構造を反

映しているとすれば,自己複雑性が高い人は,自伝的記憶も数多くの分化した

領域に保持されていると考えられる。一方,自己複雑性が低い人は,自己概念

が少数の未分化な領域で構成されていると考えられる。従って,自己複雑性の

低い人は,自伝的記憶の領域数も少なく,こうした領域が大きくオーバーラッ

プしているとみなすことができる。

以上を踏まえ,本研究では,自己複雑性を利用して,自伝的記憶の領域構造

の個人差が気分不一致効果に及ぼす影響を検討する。実験では,あらかじめ参

加者の自己複雑性を測定しておく。その上で,ネガティブ気分,もしくはニュ

ートラル気分のいずれかを誘導し,気分不一致記憶を想起するよう求めること

とした。自伝的記憶の領域構造の個人差が気分不一致効果に影響を与えている

のであれば,自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時に,ニュートラル気

分時よりもポジティブな記憶を想起できると予想される。本研究ではこうした

予測が支持されるかどうかを検討する。

併せて,記憶の重要度に関する検討を行う。気分不一致効果を扱う研究の多

くは記憶の感情価やポジティブ度に注目してきた (e.g., Parrott & Sabini,

1990; S. M. Smith & Petty, 1995)。確かに気分不一致効果は想起された記憶の

感情価によって定義される現象であり,記憶のポジティブ度や感情価は極めて

重要な意味を持っている。だが,感情制御との関わりを考えると,“想起された

記憶がどの程度感情に影響を与えうるか”も重要と考えられる。こうした感情

への影響力に関して,榊 (2005)は,個人的重要度の高い記憶ほど感情に大きな

影響を与えることを明らかにしている。そこで研究 9 では,自己複雑性と記憶

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の個人的重要度の関連についても検討を行う。

12.2. 方法

12.2.1. 実験参加者

大学生・大学院生 50 名(男 30 名・女 20 名;平均年齢 = 21.28,SD = 1.34)

が個別に実験に参加した。実験は 2 つのセッションに分かれており,参加者は

全員 2 つのセッションの両方に参加した。 初のセッションでは,ニュートラ

ル気分時における記憶想起を検討した。一方,2 回目のセッションでは,ネガ

ティブ気分時における記憶想起を検討した。セッション間の間隔は,10 日から

2 週間であった。

12.2.2. デザイン

独立変数は,気分条件(ネガティブ・ニュートラル)と自己複雑性であった。

気分条件は被験者内要因であった。一方,自己複雑性は個人差変数である。

12.2.3. 自己複雑性の測定

自己複雑性を測定するため,Linville (1985, 1987)による特性語分類課題

(trait-sorting task)を行った。まず,参加者には,自分自身,あるいは自分の

生活についての側面をできるだけたくさん挙げるよう求めた。そして,40 語の

性格特性語リストを呈示し,各側面にあてはまる性格特性語を回答するよう求

めた。その際,“形容詞はいくつ選んでも構いませんし,全て使う必要もありま

せん。同じ形容詞を異なる側面の間で何回重複して選んでも構いません。”と教

示した。なお,課題遂行の際には,特に時間制限を設けなかった。

課題で使用した特性語は,Big-Five パーソナリティ理論の各因子について,

ポジティブ語とネガティブ語を 4 語ずつ選択したものである。本研究では,先

行研究 (林・堀内 , 1997)で使用されていた特性語とほぼ同様のものを利用した。

ただし,林・堀内で使用されている特性語の中には, (a) Big-Five パーソナリ

ティ理論における因子との対応が明確ではないもの, (b) ネガティブ語として

選択されているがポジティブ語ともみなせるものが含まれていた。そこで,日

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本語の特性語に関する先行研究 (柏木ら , 1993; 林・小田 , 1996; 和田 , 1996)を

参考に,一部の特性語を変更した。

特性語分類課題の結果をもとに,自己複雑性の 2 つの構成要素(領域数・オ

ーバーラップ度)に関する指標を算出した。これらの指標は,Rafaeli-Mor,

Gotlib, & Revelle (1999)によって提案されたものである。Rafaeli-Mor らと同

様,領域数に関しては,実験参加者が挙げた側面の数をそのまま指標とした

(NASPECTS)。オーバーラップ度は,式 (12.1)によって算出した。

)1(

/

=∑∑

nn

TCOL

ij iji (12.1)

( ni ≤≤1 , nj ≤≤1 , ji ≠ )

Cij:側面 i と側面 j のいずれにも当てはまる特性語の数

Ti:側面 i に当てはまる全特性語の数

n:当該実験参加者が生成した自己側面の個数

これら 2 つの指標をもとに,式 (12.2)により自己複雑性の指標 (SC)を算出し

た。SC が高い人ほど,自己複雑性が高いとみなすことができる。

OLNASPECTSSC = (12.2)

なお,本研究では,2 つのセッションのいずれにおいても,特性語分類課題

を行った。そのため,2 つのセッションのそれぞれにおいて,別々に SC を算

出した(結果参照)。

12.2.4. 気分誘導

参加者の気分を誘導するため,フィードバック法を利用した。研究 7・8 と

同様,ネガティブ気分条件とニュートラル気分条件では異なるテストを利用し

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た。具体的には,ニュートラル気分条件では極端に容易なテストを実施した。

それに対して,ネガティブ気分条件では非常に難しいテストを実施した。いず

れのテストも,Raven Progressive Matrices 様の 10 問の課題で構成されてお

り,制限時間は 10 分間であった。

初のセッション(ニュートラル気分条件)では,極端に容易なテストを実

施した。なお,研究 7・8 と同様,ニュートラル気分条件ではフィードバック

を与えなかった。それに対して,2 回目のセッション(ネガティブ気分条件)

では,非常に難しいテストを実施し,フィードバック(得点:100 点満点中 44

点,偏差値:39.29)を返した。

12.2.5. 記憶課題

12.2.5.1. 予備調査

本研究では参加者の感情状態を被験者内要因として操作したため,ネガティ

ブ気分条件とニュートラル気分条件で異なる手がかり語を使用する必要がある。

そこで 2 つの手がかり語を利用することとした。ただし,Parrott & Hertel

(1999)が指摘しているように,極端にポジティブな語や,極端にネガティブな

語を手がかり語として利用してしまうと,手がかり語の感情価によって結果が

歪められる恐れがある。そこで,手がかり語を選定するための予備調査を行っ

た。予備調査では,16 名の大学生に 40 語の比較的抽象的な名詞を呈示し,そ

れぞれの名詞の感情価を 7 件法で評定させた(1=“非常にネガティブ”~7=

“非常にポジティブ”)。その結果,“人間関係”と“学校”という 2 語が比較

的ニュートラルと評定された (Table 12.1)。他の手がかり語に比べて,これらの

2 語は評定の分散も小さかった。そこで実験では,“人間関係”と“学校”とい

う 2 語を手がかり語とした。

12.2.5.2. 記憶課題の手続き

参加者に手がかり語を呈示し,手がかり語に関するポジティブな記憶を 5 つ

想起するよう求めた。なお,半数の参加者に関しては,ニュートラル気分条件

で“人間関係”を手がかり語として利用し,ネガティブ気分条件で“学校”を

利用した。残りの半数の参加者においては,ニュートラル気分条件で“学校”

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173

を利用し,ネガティブ気分条件で“人間関係”を利用した。参加者が 5 つの記

憶を想起し終わったら,5 つの記憶のそれぞれに関して以下の 2 つの観点から

評価させた。

1. ポジティブ度:それぞれの記憶は,今の自分にとってどの程度ポジティ

ブな意味を持っていますか(1=“非常にネガティブ”~7=“非常にポ

ジティブ”)。

2. 重要度:それぞれの記憶は,今の自分にとってどの程度重要な意味を持

っていますか(1=“全く重要ではない”~7=“非常に重要”)。

Table 12.1 手がかり語の感情価評定値(研究 9)

平均値 SD

“人間関係” 3.81 1.28

“学校” 4.19 1.11

12.2.6. 手続き

実験目的として,パーソナリティと記憶の関連を調べることと教示した。先

述のように,実験は 2 つのセッションに分けて行った。 初のセッションはニ

ュートラル気分条件で,2 つ目のセッションがネガティブ気分条件であった。

参加者には,“結果の安定性について調べるため,実験を 2 回行っています。

いずれの実験でもほぼ同様の課題に取り組んでいただきます”と教示し,セッ

ション間で条件が異なることを知らせていなかった。なお,セッション間の間

隔は,10 日から 2 週間であった。1 回目のセッションが終了した際に,それぞ

れの参加者の都合の良い日時を指定してもらい,2 回目のセッションを行った。

12.2.6.1. ニュートラル気分条件

まず,特性語分類課題を遂行するよう求めた。ほとんどの参加者が 15 分程

度で課題を終えた。特性語分類課題が終わると,“思考力が記憶に影響を及ぼす

恐れがありますので,こうした影響をコントロールするために短い思考力テス

トを行います”と教示した。そして,10 分間のテストに取り組むよう求めた。

ここでは非常に容易なテストを実施した。全ての参加者が制限時間以内に,全

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問題に正解することができた。テスト終了後,“テストに関するアンケート”と

称して,気分測定を行った。アンケートにはダミー項目と共に,7 項目の気分

尺度が含まれていた。使用した気分尺度を以下に示す。これらの気分尺度は,

McFarland & Buehler (1997)で使用されていたものと同様のものである。参加

者には,これらの気分尺度に 7 件法(1=“全く当てはまらない”~7=“非常

に当てはまる”)で回答するよう求めた。

1. 私は自分に自信がある。

2. 今悲しい気分である。

3. 今,満ち足りた気分である。

4. 気分が沈んでいる。

5. 私は自分に誇りを持っている。

6. 今,うれしい気分だ。

7. 私は今,うきうきして心がはずむような気がする。

アンケートが終了すると,手がかり語を呈示し,手がかり語に関するポジテ

ィブな記憶を 5 つ想起するよう求めた。想起後,各記憶のポジティブ度と重要

度を評価させた。

実験終了後,参加者の予定に合わせて 2 回目のセッションの日程を決定した。

その上で,2 回目のセッションの日程を記した紙を渡した。また,リマインダ

として,2 回目のセッションの前日に電話をかけて参加者に実験日程の確認を

行った。

12.2.6.2. ネガティブ気分条件

ネガティブ気分条件の手続きは,気分誘導以外は,ニュートラル気分条件と

同様であった。まず,“2 回目のセッションは結果の安定性を確認するために行

いますので,1 回目とほぼ同様の課題に取り組んでいただきます”と教示した。

その上で,特性語分類課題を行った。特性語分類課題が終了すると,気分誘導

のため,思考力テストの冊子を配布した。テストの前に,“1 回目のセッション

の際に,「自分の成績を知りたい」という参加者が何名かいたため,今回のセッ

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175

ションではテスト終了後に成績をお返しします。”と教示した。その上で,非常

に難しいテストを実施した。制限時間以内に全ての問題に正解した参加者は存

在しなかった。テストが終了すると,実験者は解答用紙を回収し,別室に移動

した。そして数分後に,フィードバックが書かれた紙を持って,参加者のもと

に再入室し,フィードバックを返した。その後,テストのアンケートへの回答

を求め, 後に記憶課題を行った。

ネガティブ気分条件の全ての課題が終了した後,デブリーフィングが行われ

た。参加者には,実験目的を偽っていたことや,偽りの成績を返したことを深

く詫び,ネガティブなフィードバックの効果が残っていないことを確認した。

12.3. 結果

参加者は,ニュートラル気分条件とネガティブ気分条件のいずれにおいても,

特性語分類課題に取り組んでいる。そのため,セッションごとに,特性語分類

課題の結果に基づいて SC を算出した。その結果,SC にはセッション間で高い

時間的安定性が認められた (r = .86)。そこで 2 回のセッションの平均値を算出

し,当該参加者の自己複雑性得点とした。なお,SC は大きく正に歪んでいた

(歪度=2.21)。そこで SC を対数変換し,以降の分析では変換後の SC を利用

した(対数変換後の歪度=0.05)。

12.3.1. 気分誘導の有効性

ネガティブ感情(悲しい・気分が沈んでいる)を示す項目を反転したところ,

ニュートラル気分条件においても (Cronbach のα = .73),ネガティブ気分条件

においても (Cronbach のα = .83),7 項目の気分尺度には高い内的一貫性が認

められた。そこで 7 項目の平均値を算出し,気分得点とした。なお,5 名の参

加者が,ネガティブ気分条件において,ニュートラル気分条件より,ポジティ

ブな気分得点を報告していた。そのため,以降の分析では,これら 5 名の参加

者を除外した。

気分誘導の有効性を確認するため,気分得点に関して一般線形モデルによる

分析を行った。独立変数は SC,気分条件(1:ネガティブ・-1:ニュートラル),

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SC と気分条件の交互作用である。なお,Cronbach (1987)に基づき,多重共線

性を避けるため SC はその平均値でセンタリングした。その結果,気分条件の

主効果が有意であった (F (1, 43) = 99.19, MSE = 0.62, p < .0001)。そして,参

加者はネガティブ気分条件において (M = 3.19, SD = 0.82),ニュートラル気分

条件より (M = 4.84, SD = 0.84),有意にネガティブな気分を報告していること

が明らかになった。このことから,気分誘導の有効性が示唆される。更に,SC

の主効果,SC と気分条件の交互作用は有意ではなかった (F (1, 43) = 2.48; F (1,

43) = 0.00)。従って,自己複雑性の高低に関わらず,同じように気分誘導が有

効であったと考えられる。

12.3.2. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響

ニュートラル気分条件で想起された 5 つの記憶のポジティブ度を平均し,ニ

ュートラル気分条件におけるポジティブ度得点とした。同様に,ネガティブ気

分条件におけるポジティブ度得点も算出した。その上で,条件間の差得点(ネ

ガティブ気分条件におけるポジティブ度得点-ニュートラル気分条件における

ポジティブ度得点)を算出し,気分不一致効果の指標とした。

-2

-1

0

1

2

2 3 4 5 6

自己複雑性(SC:対数変換後)

ポジ

ティ

ブ度

(ネ

ガテ

ィブ

気分

条件

-ニ

ュー

トラ

ル気

分条

件)

Figure 12.2. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響(研究 9)

Page 177: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

177

自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響を検討するため,ポジティブ度得

点における差得点を従属変数,独立変数を SC として単回帰分析を行った。そ

の結果,SC の有意な効果が認められ (F (1, 43) = 5.10, p < .05),SC が高い人

ほど,ネガティブ気分時にニュートラル気分時よりも,ポジティブな記憶を想

起していることが明らかになった (Figure 12.2 参照 )。このことから,自己複雑

性が高い人ほど,気分不一致効果が生起しやすいと考えられる。

12.3.3. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響

次に,重要度に関しても,ポジティブ度と同様の分析を行った。すなわち,

ネガティブ気分条件で想起された 5 つの記憶に関して,重要度の平均値を算出

し,重要度得点とした。同様に,ニュートラル気分条件に関しても,重要度得

点を算出した。なお,ネガティブ気分条件,ニュートラル気分条件のいずれに

おいても,重要度得点とポジティブ度得点の間には有意な正の相関関係が認め

られた (ネガティブ気分条件:r = 0.60, p < .0001;ニュートラル気分条件:r =

0.66, p < .0001)。

-2

-1

0

1

2

2 3 4 5 6

自己複雑性(SC:対数変換後)

重要

度(ネ

ガテ

ィブ

気分

条件

-ニ

ュー

トラ

ル気

分条

件)

Figure 12.3. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響(研究 9)

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自己複雑性と気分条件が重要度に及ぼす影響を検討するため,重要度得点の

条件差(ネガティブ気分条件の重要度-ニュートラル気分条件の重要度)を算

出した。そして,この差得点を従属変数として単回帰分析を行った。独立変数

は SC である。その結果,SC の有意な効果が認められた (F (1, 43) = 4.30, p

< .05)。そして,自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時に,ニュートラ

ル気分時より,重要度の高いポジティブ記憶を想起できることが明らかになっ

た (Figure 12.3 参照 )。これまでの研究では,重要度の高いポジティブ記憶ほど,

ネガティブ気分をポジティブに修復することが明らかにされている (榊 , 2005)。

このことから,自己複雑性の高い人ほど,感情制御に効果的なポジティブ記憶

を想起できると言える。

12.3.4. 記憶の内容の分析

想起された記憶の内容に関して,著者自身が KJ 法によって以下の 3 つのカ

テゴリに分類した。

1. 他者との関係性 56%(例.大学生の頃,ガールフレンドと一緒にコンサ

ートを聞きに行った)。

2. 学業での成功 13%(例.高 3 のとき大学入試に合格した)。

3. 学校行事 27%(例.高校の頃,学校の体育祭のリレーで選手になって活

躍した)。

4. その他 4%(例.中学生の頃,学校の屋上から空を見上げたらまっさおで

きれいだった)。

SC の平均値によって参加者を 2 分し,2(自己複雑性:高・低)×2(気分:

ネガティブ・ニュートラル)×4(カテゴリ)の対数線形モデルによる分析を行

った。その結果,カテゴリの主効果のみが有意であった (χ 2(3) = 202.70, p

< .001)。自己複雑性の主効果,自己複雑性とカテゴリの交互作用,自己複雑性

とカテゴリと気分条件の交互作用は,いずれも有意ではなかった (χ 2(1) =

0.14;χ 2(3) = 0.72; χ 2(3) = 4.00)。従って,自己複雑性の高低に関わらず,想

起する記憶の内容には大きな差がなかったと言える。

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12.4. 考察

12.4.1. 結果のまとめ

本研究では,自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時に,ニュートラル

気分時に比べて,ポジティブな記憶を想起できることが明らかになった。この

ことから,自伝的記憶の領域構造の個人差が気分不一致効果の規定因になって

いると考えられる。すなわち,自伝的記憶が多くの分化した領域で構成されて

いる人ほど,自伝的記憶が少数の未分化な領域で構成されている人よりも,気

分不一致効果を感情制御に利用しやすいと言える。

更に,想起した記憶の重要度について分析したところ,自己複雑性が高い人

ほど,ネガティブ気分時に,ニュートラル気分時に比べて,重要度の高いポジ

ティブ記憶を想起できることが明らかになった。先行研究では,重要度の高い

ポジティブ記憶を想起するほど,ネガティブ気分を緩和できることが指摘され

ている (榊 , 2005)。このことから,自己複雑性の高い人ほど,ネガティブ気分

時において,感情制御に効果的なポジティブ記憶を想起できると考えられる。

12.4.2. 本研究の限界

ただし,本研究の結果には 2 点の限界がある。第一に,気分緩和動機の影響

を排除できていないことが挙げられる。研究 6・7 と同様,本研究では,気分

緩和動機の影響を抑えるため,実験参加者に明示的に気分不一致記憶を想起さ

せる手法を用いた。しかし,気分不一致記憶を想起するよう明示的に求めた場

合にも,気分緩和動機の個人差が結果に影響しうることが指摘されている (e.g.,

Boden & Baumeister, 1997)。従って,自己複雑性の個人差に気分緩和動機の

個人差が交絡している可能性を否定できない。すなわち,本研究の結果が“自

己複雑性が気分不一致効果に影響を与えている”ことを示しているとは言い切

れないのである。研究 6~8 では自伝的記憶の領域を実験的に操作していたた

め,こうした気分緩和動機の交絡可能性は問題にならなかった。しかし,自伝

的記憶の領域構造の個人差を扱っている本研究では,そうした交絡が自己複雑

性と気分不一致効果の因果関係を不明確にしてしまうと考えられる。

実際,先行研究においても,自己複雑性は自尊心と正の相関関係にあること

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が示されている (e.g., Campbell et al., 1991)。更に,自尊心が高い人ほど気分

緩和動機が高いことも指摘されている (e.g., Heimpel et al., 2002)。このことか

ら,自己複雑性が高い人ほど気分緩和動機が高く,その結果,気分不一致効果

が促進されているという可能性が示唆される。そこで研究 10・11 では,自己

複雑性から気分緩和動機の効果を分離し,自己複雑性が気分不一致効果に及ぼ

す影響についてより精緻な検討を行うこととした。

第二に,本研究ではフィードバック法によって気分を誘導した。フィードバ

ック法は,自己関連性が高く,日常の感情経験に近い感情を誘導するのに効果

的と考えられている (e.g., Gerrards-Hesse et al., 1994; 木村ら , 2006)。しかし,

フィードバック法が,参加者の感情状態だけでなく,動機づけや思考などに特

有の影響を与えており,こうした感情以外の側面が結果に影響を与えている可

能性もある。自伝的記憶の領域構造の個人差が気分不一致効果に影響を及ぼす

かどうかに関して明確な結論を得るためには,フィードバック法以外の気分誘

導方法を使用して,同様の検討を行うことが不可欠と言える。そこで研究 10・

11 では,フィードバック以外の気分誘導法を利用して,自己複雑性が気分不一

致効果に及ぼす影響を検討する。

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181

第 13 章 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響: 気分緩和動機の効果を統制した検討(研究 10)

13.1. 目的

研究 9 では,自己複雑性を利用して,自伝的記憶の知識構造の個人差が気分

不一致効果に影響を与えることを明らかにした。具体的には,自伝的記憶が数

多くの領域で構成されており,それらの領域が明確に分化している人ほど,ネ

ガティブ気分時において,ニュートラル気分時に比べて,ポジティブな記憶を

想起できることが明らかになった。しかし,研究 9 の結果から,自伝的記憶の

知識構造の個人差が気分不一致効果に影響を与えていると結論付けることはで

きない。先行研究では,自己複雑性と自尊心の間に正の相関関係があること (e.g.,

Campbell et al., 1991),自尊心が高い人ほど気分緩和動機が強いことが指摘さ

れている (e.g., Heimpel et al., 2002; S. M. Smith & Petty, 1995)。このことか

ら,自己複雑性が高い人ほど,気分緩和動機が高く,その結果,気分不一致効

果が可能になっているという可能性が残る。

そこで研究 10 では,自己複雑性がネガティブ気分時の気分不一致効果に及

ぼす影響に関して,気分緩和動機の影響を統制した上で検討を行う。自己複雑

性が自伝的記憶の知識構造として気分不一致効果に影響を与えているならば,

気分緩和動機の効果を除去しても,自己複雑性と気分不一致記憶の想起の関連

が見出されると予想される。すなわち,自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ

気分時に,ニュートラル気分時よりポジティブ度の高い記憶を想起できると予

想される。一方,自己複雑性と気分不一致効果の関連が気分緩和動機によるも

のであれば,気分緩和動機の影響を統制すると自己複雑性と気分不一致記憶の

想起の関連は見られなくなると予想される。本研究ではこれらの予測のどちら

が支持されるかを検討する。

併せて,以下の 3 点についても検討を行う。第一に,自尊心の効果を除去し

た上で仮説を検討する。先述のように,先行研究では,自尊心が高い人ほど気

分緩和動機が高いことが示されている (e.g., Heimpel et al., 2002)。気分緩和動

機の効果を異なる観点から検討するため,研究 10 では,自尊心の効果を統制

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しても,自己複雑性と気分不一致効果の関連が見られるかどうかを調べる。

第二に,気分緩和動機尺度の妥当性の検討を行う。先行研究では,気分緩和

動機を自己報告式尺度によって測定する試みはほとんど行なわれてこなかった。

そこで,気分緩和動機に関する尺度を作成し,その妥当性について検討する。

具体的には,気分緩和動機が高い人は,ポジティブ気分に対する志向性が強く,

ネガティブ気分・ニュートラル気分のいずれを誘導されても,その後の気分を

ポジティブに修正すると考えられる。従って,作成した尺度が妥当なものであ

れば,“気分誘導後,一定時間が経過すると,気分緩和動機が高い人ほどポジテ

ィブな気分を報告するようになる”と予想される。本研究ではこうした仮説に

ついても検討を行う。

第三に,記憶の重要度に関する検討を行う。研究 9 では自己複雑性が記憶の

ポジティブ度だけでなく,重要度にも影響を与えることが明らかになった。そ

こで研究 10 では,再度記憶の重要度を取り上げ,研究 9 の結果が再現される

かどうかを調べる。

13.2. 方法

13.2.1. 実験参加者

大学生 118 名(男 76 名・女 42 名;平均年齢 20.74 歳,SD = 4.00)。実験は

30 名程度の集団で行われ,参加者はネガティブ気分条件 (57 名 ),ニュートラル

気分条件 (61 名 )のいずれかに割り当てられた。参加者には謝礼として,授業の

実習ポイントが与えられた。なお,実習ポイントは単位取得に関連するものの,

ごくわずかな得点であり,“単位を取得できるかどうか”を左右するものではな

かった。

13.2.2. デザイン

独立変数は,気分条件(ネガティブ・ニュートラル)と自己複雑性である。

自己複雑性は個人差変数である。研究 9 と異なり,気分条件は被験者間要因と

した。

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183

13.2.3. 気分誘導

13.2.3.1. 本研究で使用する気分誘導法

第 9 章で述べたように,気分誘導法は数多く提案されてきた。しかし,感情

状態のみを純粋に操作できる手法はない。いかなる気分誘導法を採用した場合

でも,気分以外の他の要因が交絡することが指摘されている (e.g., Forgas &

Ciarrochi, 2002)。例えば,Boden & Baumeister (1997)が指摘しているように,

フィードバック法は参加者の感情状態のみならず,自尊心も操作する可能性が

ある。また,Fiedler (2001)は,音楽や映像を利用すると,刺激の内容が感情

状態と交絡してしまうことを指摘している。これらのことから,“ベスト”な操

作方法は存在せず,常に何らかの要因が交絡しうると考えられる。従って,感

情の効果を主張したい場合には,複数の操作方法による追試が重要と言える

(同様の議論として,木村ら , 2006)。

そこで研究 10 では,映像による気分誘導を利用した。映像による気分誘導

は,比較的強い感情状態を操作できること (e.g., Gerrards-Hesse et al., 1994),

生態学的妥当性が高いこと (e.g., Rottenberg et al., in press)など,多くの利点

が指摘されている (e.g., Gross & Levenson, 1995)。従って,映像による気分誘

導を用いても同様の結果が再現された場合には,“特定の気分誘導に伴う干渉変

数ではなく,感情自体の効果によって得られた結果である”という主張の蓋然

性を高めることができる。

13.2.3.2. 予備実験 (1):使用する映像の選択

ネガティブ気分を喚起する映像として以下の 4 種類を用意した。

① 映画“火垂るの墓”より抜粋:兄妹が母親を空襲で亡くす場面

② 映画“火垂るの墓”より抜粋:兄妹の妹が栄養失調で死亡する場面

③ アニメ“裸足のゲン”より抜粋

④ 映画“ダンサー・イン・ザ・ダーク”より抜粋

同様に,ニュートラル気分を維持する映像を 2 種類用意した。

① NHK スペシャル“生命”より“カンブリア紀の生物”に関する映像

② NHK スペシャル“生命”より“サルからヒトへの進化”に関する映像

これらの映像を 11 名の大学生・大学院生に呈示し,感情変化の程度に応じ

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て,映像をランク付けさせた。その結果,全員の回答が一致しており,“ もネ

ガティブ感情を喚起する”とされたのは“火垂るの墓”の母親を亡くす場面で

あった。また,“火垂るの墓”に関しては,極端に強いネガティブ気分を誘導す

るものではないことが確認された。そこで,ネガティブ気分条件では“火垂る

の墓”から兄妹が母親を亡くすシーンを抜粋して呈示することとした。

一方,ニュートラル気分条件の映像に関しては,“カンブリア紀の生物”に関

する映像も,“サルからヒトへの進化”に関する映像も,気分をニュートラルに

維持するという回答が得られた。ただし,前者の方が,より気分をニュートラ

ルに保ちやすいという回答が得られた。そこで,NHK スペシャル“生命”よ

り,“カンブリア紀の生物”に関する映像を呈示することとした。

13.2.3.3. 予備実験 (2):映像の適切性の確認

次に,選択した 2 つの映像の適切性を確認するため,61 名の大学生に 2 つの

映像のいずれかを呈示した。映像終了後,6 項目の気分尺度を与え,感情状態

について 7 件法で回答するよう求めた。その結果,“火垂るの墓”を呈示され

た参加者の方が (N = 38, M = 2.54),“カンブリア紀の生物”を呈示された参加

者より (N = 23, M = 4.67),有意にネガティブな気分を報告していた (t (58) =

8.92, p < .0001)。なお,予備実験 (1)・ (2)の実験参加者は,本実験の参加者と

は異なる。

13.2.3.4. 実験での手続き

ネガティブ気分条件では,“火垂るの墓”より抜粋した映像を呈示した。一方,

ニュートラル気分条件では,NHK スペシャル“生命”より抜粋した映像を呈

示した。なお,参加者が映像に飽きて注意が映像から逸れるのを防ぐため,い

ずれの条件においても,映像の呈示時間は約 6 分間とした。

13.2.4. 気分測定

研究 6~8 と同様,Russell & Carroll (1999)を参考に,6 項目の気分尺度 (楽

しい・憂鬱だ・うれしい・悲しい・寂しい・満ち足りた気分 )を作成し,7 件法

で回答するよう求めた。実験では,この尺度をもとに気分測定が 2 回行われた

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(気分測定Ⅰ・気分測定Ⅱ)。気分測定Ⅰは気分誘導の効果を確認するために行

われ,気分誘導直後に実施された。一方,気分測定Ⅱは気分緩和動機尺度の妥

当性を検討するために設けられ,実験終了直前に実施された。

13.2.5. 記憶課題

研究 9 では,“学校”と“人間関係”という 2 語を手がかり語とした。実験

終了後に実験の感想を尋ねたところ,半数以上の参加者が“「人間関係」につい

て記憶を想起するのは,「学校」に比べて難しかった”と答えた。そこで本研究

では,“学校”という手がかり語のみを利用することとした。

参加者に手がかり語を呈示し,関連するポジティブな記憶を 5 つ想起するよ

う求めた。想起後,各記憶のポジティブ度(その出来事は今のあなたにとって

どのくらいポジティブな意味を持っていますか)と重要度(その出来事は現在

のあなたのあり方にとってどのくらい重要な意味を持っていますか)について

評価させた。重要度については,7 件法(1=“全く重要でない”~7=“非常

に重要である”)で評価させた。一方,ポジティブ度については,実験参加者に

ポジティブ記憶の想起を求めたため,天井効果を示す恐れがある。そこで 9 件

法(1=“非常にネガティブである”~9=“非常にポジティブである”)で回

答するよう求めた。ただし,一部の実験参加者 (ネガティブ気分条件 38 名・ニ

ュートラル気分条件 23 名 )については,ポジティブ度の評定を得ることができ

なかった。 13.1

13.2.6. 気分緩和動機の測定

Catanzaro & Mearns (1990)によるネガティブ気分制御期待などの感情制御

に関する尺度を参考に,以下の 4 項目の気分緩和動機尺度を作成し,7 件法で

回答させた。

① 落ち込んだときできるだけ嫌なことを思い浮かべないようにする。

② ゆううつな気分になることはできるだけ避けようとする。

13 . 1 欠損値は実験冊子の不備によって生じたものである。このことから,欠損値を含む集団と含まな

い集団の間に系統的な違いはなく,欠損値は結果にバイアスを与えるものではないと考えられる (同様の議論として Little & Rubin, 2002)。実際,自己複雑性,自尊心,気分緩和動機のいずれに関し

ても,欠損の有無による有意な差は認められなかった。

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③ 気分が沈んでいるとき,何とかして立ち直ろうとする方だ。

④ 落ち込んだ時には,気分を晴らす気にならない(逆転項目)。

13.2.7. 手続き

実験目的として“心理学的特性の性差を検討すること”と教示した。まず,

Rosenberg の自尊心尺度 (星野 (1970)による邦訳版 )を実施し,各項目について

4 件法で回答させた。その後,特性語分類課題を実施した。特性語分類課題の

手続きは研究 9 と同様であった。続いて,“映像に関する反応の性差を検討す

る”と教示し,気分誘導のための映像を呈示した。約 6 分間の映像呈示後,“映

像に関する印象を評価するアンケート”への回答を求め,映像の感想や映像を

見終わった後の状態を答えるよう求めた。この質問紙には,9 項目のダミー項

目と 6 項目の気分尺度が含まれていた(気分測定Ⅰ)。質問紙の回答後,記憶

課題が行われた。参加者が 5 つの記憶を想起し終わると,想起した記憶の評定

を求め, 後に気分尺度(気分測定Ⅱ)と気分緩和動機尺度への回答を求めた。

実験終了後,参加者には実験の目的が教示され,デブリーフィングが行われた。

実験目的に気づいていた参加者は見られなかった。ネガティブ気分条件の参加

者については,誘導した気分が残っていないことを確認した。

13.3. 結果

実験の教示に従わず,回答の分析が困難であった実験参加者(特性語分類課

題において自己の側面として“空”・“森”のような架空の側面を挙げた参加者・

記憶課題において“生きていた”のような抽象的な記述しか行わず具体的な記

憶を回答しなかった参加者など)が 10 名見られた。また,特性語分類課題に

おいて自己側面を 1 つしか挙げなかった実験参加者が 3 名存在した。自己側面

が 1 つの場合には OL を算出できず,OL をもとに算出される SC も得られない。

そこで,これら 13 名のデータは含めず,105 名の実験参加者(ネガティブ気分

条件 49 名・ニュートラル気分条件 56 名)を対象に分析を行なった。また,SC

は分布が大きく正に歪んでいた (歪度 = 2.21)。そのため,研究 9 と同様,SC

を対数変換した上で分析には使用した(変換後の歪度 = 0.10)。

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187

13.3.1. 気分誘導の有効性

ネガティブ感情を示す項目(寂しい・悲しい・憂鬱)を反転させ,気分測定

Ⅰ・気分測定Ⅱのそれぞれについて 6 項目のα係数を算出した。その結果,い

ずれも高いα係数が確認された (気分測定Ⅰ:Cronbach のα = .89,気分測定

Ⅱ:α = .76)。そこで,気分測定Ⅰ・気分測定Ⅱのそれぞれに関して,6 項目

の平均値を算出した(気分得点Ⅰ・気分得点Ⅱ)。

気分誘導の有効性を確認するため,気分得点Ⅰを従属変数として一般線形モ

デルによる分析を行なった。独立変数は気分条件(1:ネガティブ・-1:ニュー

トラル),SC,SC と気分条件の交互作用である。多重共線性を避けるため,SC

については,その平均値でセンタリングした (Cronbach, 1987)。その結果,気

分条件の主効果のみが有意で (F (1, 96) = 216.79, p < .001),ネガティブ気分条

件の参加者は (M = 2.34),ニュートラル気分条件の参加者より (M = 4.99),有意

にネガティブな気分を報告していることが示された。SC の主効果,SC と気分

条件の交互作用は有意ではなかった (F (1, 96) = 0.77; F (1, 96) = 0.74)。このこ

とから,自己複雑性の高低に関わらず,同じように気分誘導が有効であったこ

とが示唆される。なお,ネガティブ気分条件の参加者の中で,ポジティブな気

分得点を示した者は見られなかった。

13.3.2. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響

各実験参加者における 5 つの記憶のポジティブ度を平均し,この平均値を分

析に使用した (M = 6.94, SD = 0.98)。値が高いほど,ポジティブな記憶を想起

したとみなされる。自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響を検討するため,

ポジティブ度を従属変数として一般線形モデルによる分析を行なった。独立変

数は,気分条件,SC,SC と気分条件の交互作用である。Cronbach (1987)に基

づき,多重共線性を避けるため,SC はその平均値でセンタリングした。その

結果,SC の主効果,気分条件の主効果は認められなかった (F (1, 43) = 0.01; F

(1, 43) = 0.04)。一方,SC と気分条件の間に有意な交互作用が認められ (F (1, 43)

= 4.30, p < .05),自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時にニュートラル

気分時よりポジティブ度の高い記憶を想起できることが示された (Figure 13.1

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参照 )。このことから,研究 9 と同様,自己複雑性が高い人ほど気分不一致効果

を利用できると考えられる。

13.3.3. 気分緩和動機を統制した検討

13.3.3.1. 気分緩和動機尺度の妥当性の検討

気分緩和動機尺度には十分なα係数が認められなかったが (α = .59),α係

数を下げる項目が存在しなかったため,4 項目の平均値を気分緩和動機得点と

した (M =4.71, SD =1.05)。また,自尊心尺度の 10 項目には高いα係数が認め

られたため (α= .87),その平均値を自尊心得点とした (M =2.64, SD = 0.56)。

気分緩和動機尺度の妥当性を検討するため,気分得点Ⅱを従属変数として,

一般線形モデルによる分析を行なった。独立変数は,気分条件,気分緩和動機

得点,気分緩和動機と気分条件の交互作用である。共変量として気分得点Ⅰを

使用した。気分緩和動機得点はその平均値でセンタリングした。その結果,気

分緩和動機が高い人ほど,気分測定Ⅱにおいてポジティブな気分を報告してい

ることが示された (標準偏回帰係数β = .28, t (1) = 2.27, p < .05, R2 = .16)。そ

4

5

6

7

8

9

2 2.5 3 3.5 4 4.5 5

自己複雑性(対数変換後)

記憶

のポ

ジテ

ィブ

ニュートラル

ネガティブ

ニュートラル

ネガティブ

Figure 13.1. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響(研究 10)

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189

の他,特に有意な効果は得られなかった (t (1) = 0.18, t (1) = -0.69, t (1) =- 1.02)。

従って,ネガティブ気分条件においても,ニュートラル気分条件においても,

気分緩和動機が高い人ほど気分誘導後に気分をポジティブに修正したと言える。

更に,気分緩和動機と自尊心の間に有意な相関関係が認められ (r = .27, p < .01),

自尊心が高い人ほど気分緩和動機が高いという先行研究の結果 (Heimpel et al.,

2002)も再現された。これらのことから,本研究で作成した気分緩和動機尺度

は妥当なものと言える。

13.3.3.2. 自己複雑性と気分緩和動機の関連

次に,自己複雑性と気分不一致効果の関連が気分緩和動機に媒介されたもの

かどうかを検討した。まず,SC と気分緩和動機の関連を検討したところ,有

意な相関関係は認められなかった (r = .05, p > .60)。このことから,自己複雑

性と気分不一致効果の関連は,気分緩和動機に媒介されたものではないと考え

られる。

こうした可能性を裏付けるため,補足的に,気分緩和動機の影響を統制した

上で,SC とポジティブ度の関連について一般線形モデルによる分析を行なっ

た。従属変数はポジティブ度,独立変数は SC,気分条件,気分条件と SC の交

互作用である。SC として,気分緩和動機から SC を予測した後の残差を使用し

た。その結果,SC と気分条件の交互作用が有意であった (F (1, 43) = 4.50, p

< .05)。その他,特に有意な効果は得られなかった (F (1, 43) = 0.01, F (1, 43) =

0.03)。以上より,自己複雑性と気分不一致効果の関連は,気分緩和動機による

ものではないと言える。

13.3.4. 自尊心を統制した検討

次に,自尊心に関しても同様の検討を行なった。自尊心と SC には有意な相

関関係は認められなかった (r = .13, p > .15) 13.2。従って,自己複雑性と気分不

13 . 2 Campbell et al. (1991)は,本研究とは異なる自己複雑性の指標 (統計量 H)を利用し,自己複雑性

と自尊心の間に有意な相関関係を見出している (r = .32, p < .01)。このことから,本研究で使用した

自己複雑性の指標に問題があり,その結果,自己複雑性と自尊心の相関関係を見出すことができな

かったという可能性も考えられる。だが,Woolfolk, Novalany, Gara, Allen, & Polino (1995)は,統

計量 H と自尊心の相関関係を検討し,Campbell et al.とは異なる結果を見出している。更に,本研

究でも,自尊心と統計量 H の間には有意な相関関係は見出されなかった (r = .13, p > .15)。従って,

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190

一致効果の関連は,自尊心によって媒介されたものではないと考えられる。

補足的に,自尊心の効果を統制した上で,SC と記憶のポジティブ度の関連

について一般線形モデルによる分析を行った。従属変数はポジティブ度,独立

変数は SC,気分条件,SC と気分条件の交互作用である。SC として,自尊心

から SC を予測した後の残差を使用した。その結果,SC と気分条件の交互作用

が認められた (F(1,43) = 3.34, p < .08)。その他,特に有意な効果は得られなか

った (F(1,43) = 0.01, F (1,43) = 0.03)。以上より,自己複雑性と気分不一致効

果の関連は,自尊心に起因するものではないと言える。

13.3.5. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響

各実験参加者における 5 つの記憶の重要度を平均し,その平均値を分析に使

用した (M = 5.08, SD = 1.06)。なお,重要度とポジティブ度には中程度の有意

な相関関係が認められた (r = 0.61, p < .001)。

自己複雑性が重要度に及ぼす影響を検討するため,従属変数を重要度,独立

変数を SC,気分条件,SC と気分条件の交互作用として一般線形モデルによる

分析を行なった 13.3。SC はその平均値でセンタリングした。その結果,SC の

主効果が有意で (F (1, 96) = 4.63, p < .05),気分条件の主効果は有意ではなか

った (F (1, 96) = 0.07)。更に,SC と気分条件の交互作用が有意で (F (1, 96) =

5.61, p < .05),自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時に,ニュートラル

気分時より重要度の高いポジティブ記憶を想起することが示された (Figure

13.2 参照 )。

なお,重要度に関しても,気分緩和動機や自尊心の効果を統制した検討を行

った。その結果,SC から自尊心の効果を統制した場合にも,気分緩和動機の

効果を統制した場合にも,SC と気分条件の間には有意な交互作用が認められ

た (F (1,96) = 4.85, p < .05; F (1,96) = 5.87, p < .05)。このことから,自己複雑

性が記憶の重要度に及ぼす影響は,気分緩和動機や自尊心によって媒介されて

いるものではないと考えられる。

自己複雑性と自尊心の相関関係は,本研究で使用した指標に起因するものではないと考えられる。 13 . 3 一部の参加者に関しては,ポジティブ度の評定を得られず,重要度の評定のみが得られた。だが,

重要度の分析においては,これらの参加者を含めた場合にも,除去した場合にも,ほぼ同様の結果

が得られた。サンプルサイズが大きい方が推定値が安定することから,これらの参加者も含めた分

析結果を報告することとした。

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13.3.6. 記憶の内容の分析

参加者が想起した記憶について,その内容に従い,以下の 7 カテゴリに分類

した。

(1) 個人的成功・達成 34% (例.高校 1 年のとき,数学のテストがよくて学

校に貼り出された )

(2) 集団の成功・達成 13% (例.中学生の頃,青森県で私たちのバレーボー

ルチームは大会決勝まで行き,いい試合をした )

(3) 友情 34% (例.去年,高校の友達が誕生祝いをしてくれて嬉しかった )

(4) 恋愛 3% (例.引退試合の後,他校の 1 年女子から“ボタンください”

と言われた )

(5) 家族との関係性 1% (例.中学生の頃,兄が自分をスキーに連れて行って

くれた )

(6) 教師との関係性 4% (例.高校の時停学になりそうだった俺を教師がかば

ってくれた )

(7) 他者への影響力 1% (例.高校の頃,理系クラスで女子が 9 人しかいな

1

2

3

4

5

6

7

1.5 2.5 3.5 4.5 5.5

自己複雑性(対数変換後)

記憶

の重

要度

ネガティブ

ニュートラル

ニュートラル

ネガティブ

Figure 13.2. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響(研究 10)

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192

かったが,男子よりも権力はあった )

これらのカテゴリは Woike et al. (1999)を参考に生成された。コーディング

は 2 名の評定者によって独立に行なわれ,コーディングの一致率は 88%であっ

た。不一致箇所は協議によってカテゴリを決定した。SC の平均値によって参

加者を 2 群に分割し,自己複雑性(2)×気分条件(2)×カテゴリ(7)の対

数線形モデルによる分析を行なった。その結果,カテゴリの主効果のみが有意

で (χ 2(6) = 232.38, p < .001),自己複雑性とカテゴリの交互作用,自己複雑性

とカテゴリと気分条件の交互作用は有意ではなかった (χ 2(6) = 3.92; χ 2(4) =

1.76)。従って,自己複雑性の高低に関わらず,想起する記憶の内容には大きな

差がなかったと言える。

13.4. 考察

13.4.1. 本研究のまとめ

研究 9 では,自己複雑性が高い人ほどネガティブ気分時において,ニュート

ラル気分時より,ポジティブ度の高い記憶を想起できることが明らかになった。

このことから,自伝的記憶の領域構造の個人差が気分不一致効果に影響を与え

ているという可能性が示唆される。しかし,上述のように,研究 9 の結果には

いくつかの疑問も指摘することができる。

第一に,研究 9 ではフィードバック法による気分誘導を行った。しかし,フ

ィードバック法が,参加者の感情状態のみに影響を与えているとは言い切れな

い。フィードバック法が感情状態以外の側面にも影響を与えており,それゆえ

に結果が歪められているのではないかという疑問が残る。それに対して,本研

究では,映像による気分誘導を利用した。具体的には,映画“火垂るの墓”か

ら,空襲で母親を亡くしてしまう幼い兄妹の様子を描いた映像を抜粋して参加

者に呈示した。それにも関わらず,研究 9 の結果が再現された。このことから,

研究 9 の結果は特定の気分誘導法によって得られたものではないと考えられる。

そして“自己複雑性が気分不一致効果に影響を与える”と結論づけることがで

きる。

第二に,研究 9 では気分緩和動機の介在可能性を排除できなかった。確かに

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研究 9 では,参加者に明示的にポジティブ記憶を想起するよう求めている。こ

うした明示的な教示を採用することで,参加者の気分緩和動機を高め,気分緩

和動機の個人差が結果に及ぼす影響を抑えることができたと考えられる。しか

し,明示的に気分不一致記憶を想起させた場合でも,気分緩和動機の個人差が

結果に影響を与えることが指摘されている (e.g., Boden & Baumeister, 1997)。

このことから,研究 9 では,気分緩和動機の影響を完全に排除できていないと

考えられる。特に,研究 9 の独立変数は自己複雑性という個人差変数であり,

無作為割付のような実験的な手法を用いている訳ではない。従って,“自己複雑

性と気分不一致効果の関連は,気分緩和動機による擬似的なものではないか”

という疑いが残る。

それに対して,本研究では,新たに気分緩和動機尺度を作成した。その結果,

気分緩和動機と自己複雑性の間には有意な関連が認められなかった。また,気

分緩和動機の効果を統制しても,自己複雑性と気分不一致効果の関連が見出せ

ることが明らかになった。更に,気分緩和動機との関連が指摘されている自尊

心の効果を統制しても,同様の結果が認められた。これらのことから,自己複

雑性と気分不一致効果の関連は,気分緩和動機によって媒介されたものではな

いと考えられる。具体的には,映像によって感情が喚起された際に,自己複雑

性が高い人は映像に対応する自伝的記憶の領域のみが感情の影響を受け,気分

不一致記憶を比較的容易に想起できたと考えられる。一方,自己複雑性が低い

人は,映像に対応する領域のみならず,他の多くの領域まで感情の影響を受け

てしまい,気分不一致記憶の想起が難しかったと言える。

13.4.2. 本研究の限界

以上のように,本研究では研究 9 の問題点を解消し,“自伝的記憶の領域構

造の個人差が気分不一致効果に影響を及ぼす”ことを強く裏付けることができ

た。しかし,本研究にもいくつかの限界が残る。第一に,気分緩和動機の尺度

に関して限界が挙げられる。これまでの研究では,気分緩和動機を自己報告式

尺度によって測定する試みはほとんど行われてこなかった。そこで本研究では,

新たに気分緩和動機尺度を作成し,こうした尺度に基づいて検討を行った。今

回作成した尺度に関しては, (1) 尺度得点が高い人ほど自尊心が高い, (2) 尺

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度得点が高い人ほど気分誘導後に一定時間が経過すると気分をポジティブに修

正しているといった結果が認められ,尺度の妥当性が示されている。しかし,

本研究で作成した尺度のα係数は十分な値とは言い難い。従って,“自己複雑性

が気分不一致効果に影響を与える”と結論付けるためには,更なる検討が必要

と考えられる。そこで研究 11 では,気分緩和動機が生起しにくいポジティブ

気分時に焦点を当て,自己複雑性と気分不一致効果の関連を検討する。

第二に,重要度に関する限界が挙げられる。気分一致効果や気分不一致効果

に関する先行研究では,専ら記憶のポジティブ度や感情価が扱われてきた (e.g.,

Parrott & Sabini, 1990)。それに対して,本研究では,“自己複雑性が高い人ほ

ど,ネガティブ気分時において,ニュートラル気分時よりも重要度の高いポジ

ティブ記憶を想起できる”という結果が認められた。こうした結果は,研究 9

を裏付けるものと言える。そして,重要度が高い記憶ほど感情制御を促進する

という研究結果を踏まえると (榊 , 2005),この結果は感情制御にも大きな示唆

をもたらすものと考えられる。しかし,研究 9 においても,本研究においても,

重要度とポジティブ度には正の相関関係が認められている(研究 9: rs

= .60, .66,研究 10:r = .61)。このことから,自己複雑性と重要度の関連は,

ポジティブ度による擬似的な関連に過ぎないのではないかという可能性も考え

られる。そこで研究 11 では,再度重要度を取り上げ,重要度と記憶の感情価

( i.e., ポジティブ度)の関連や重要度と自己複雑性の関連を検討する。

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195

第 14 章 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響: ポジティブ気分時における検討(研究 11)

14.1. 目的

研究 11 の第 1 の目的は,自己複雑性が気分不一致効果に影響を与えるかど

うかに関して,気分緩和動機の効果を統制した検討を行うことである。こうし

た目的のため,本研究ではポジティブ気分時に焦点を当てる。S. E. Taylor

(1991)が指摘しているように,人はポジティブ気分を好むため,ポジティブ気

分を緩和する動機は生じにくいと考えられる。従って,自己複雑性が気分緩和

動機を介して気分不一致効果に影響しているならば,ポジティブ気分時には,

自己複雑性と気分不一致記憶の想起の関連が見出されにくいと予想される。一

方,自己複雑性が知識構造として気分不一致効果に影響しているならば,ポジ

ティブ気分時にも,自己複雑性と気分不一致記憶の想起の関連が見出されると

考えられる。すなわち,自己複雑性が高い人ほど,ポジティブ気分時に,ニュ

ートラル気分時よりネガティブ度の高い記憶を想起すると予想される。

また,研究 9・10 では,記憶の重要度についても自己複雑性の効果が確認さ

れた。研究 11 では再度,記憶の重要度を取り上げ,こうした結果が再現され

るのかどうかを検討する。

14.2. 方法

14.2.1. 実験参加者

大学生 107 名(男 56 名・女 51 名;平均年齢 19.66 歳,SD = 1.32)。実験は

30 名前後の集団で行われ,参加者はポジティブ気分条件 (71 名 ),ニュートラル

気分条件 (36 名 )のいずれかに割り当てられた。実験協力の謝礼として,参加者

には授業の実習ポイントが与えられた。なお,実習ポイントは単位取得に関連

するものの,ごくわずかな得点であり,“単位を取得できるかどうか”を左右す

るものではなかった。

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14.2.2. デザイン

独立変数は気分条件(ポジティブ・ニュートラル),自己複雑性である。研究

10 と同様,気分条件は被験者間要因とした。自己複雑性は個人差変数である。

14.2.3. 気分誘導

14.2.3.1. 映像の選択

研究 10 と同様,映像による気分誘導を利用することとした。なお,研究 10

の予備実験 (1)の際に,“実写の映画の場合にはストーリーが複雑なため,スト

ーリーを理解できず感情が喚起されにくい”という意見が数多く得られた。そ

れに対して,“幼児向けのアニメの場合には,ストーリーが分かりやすく明確な

ので,感情が喚起されやすい”という意見が得られた。そこで本研究のポジテ

ィブ気分条件においても,アニメの映像を利用することにした。

先行研究を参考に,以下の 3 種類の映像を用意して,5 名の大学生・大学院

生にこれらの映像を呈示した。そして,ポジティブ感情を も喚起された映像

を選ぶよう求めた。

① 映画“ダンボ”より 6 分間の抜粋

② アニメ“母をたずねて三千里”より 6 分間の抜粋

③ 映画“美女と野獣”より 6 分間の抜粋

その結果,“美女と野獣”を選んだ者が も多く(4 名),“ダンボ”を選んだ

参加者は 1 名であった。そこでポジティブ気分条件では,“美女と野獣”より 6

分間の映像を抜粋して呈示することとした。

一方,研究 10 のニュートラル気分条件では,ややポジティブよりの気分が

報告されていた。そこで本研究のニュートラル気分条件では,NHK スペシャ

ル“生命”より“サルからヒトへの進化”に関する映像を抜粋して呈示するこ

ととした。

14.2.3.2. 実験での手続き

ポジティブ気分条件では,アニメ“美女と野獣”より抜粋された映像を使用

した。ニュートラル気分条件では,NHK スペシャル“生命”より“サルから

ヒトへの進化”に関する映像を抜粋して使用した。研究 10 と同様,映像に飽

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きて注意が映像から逸れてしまうのを防ぐため,映像の呈示時間は約 6 分間と

した。映像終了後,気分が適切に誘導できているかどうかを確認するため,参

加者の感情状態を測定した。使用した項目は,研究 10 とほぼ同様の 6 項目で

あった(楽しい・憂鬱だ・うれしい・悲しい・怒り・穏やかな気分)。いずれも

7 件法で回答させた。

14.2.4. 記憶課題

手がかり語(“学校”)に関するネガティブな経験を 5 つ想起させた。想起後,

各記憶のネガティブ度(その出来事は今のあなたにとってどのくらい不快な意

味合いを持っていますか)と重要度(その出来事は今のあなたのあり方にとっ

てどのくらい重要な意味を持っていますか)を評価するよう求めた。研究 10

と同様,ネガティブ度は 9 件法,重要度は 7 件法で評価させた。

14.2.5. 手続き

研究 10 と同様の手続きであった。ただし,気分緩和動機尺度の妥当性を検

討する必要がないため,自尊心の測定,実験終了時の気分測定,気分緩和動機

の測定を省略した。

14.3. 結果

1 名の実験参加者が記憶課題において,過去の経験ではなく,将来の予測を

回答していたため,この実験参加者のデータは除去した。また SC の分布は大

きく正に歪んでいた(歪度 = 2.77)。そこで SC に関しては対数変換を行った

上で分析に使用した(変換後の歪度 = -0.25)。

14.3.1. 気分誘導の有効性

気分測定で使用した 6 項目のうち,ネガティブ感情を示す項目(悲しい・怒

り・憂鬱)を反転したところ,6 項目の気分尺度には十分な内的一貫性が確認

された (Cronbach のα = .70)。そこで,6 項目を平均し,この平均値を気分得

点とした。ポジティブ気分条件の参加者のうち,5 名の参加者は気分得点が 4

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点未満であり,ネガティブな気分得点を示していた。そのため,以降の分析で

は,これらの参加者のデータを除去した。

気分誘導の有効性を確認するため,気分得点を従属変数として一般線形モデ

ルによる分析を行った。独立変数は,気分条件,SC,SC と気分条件の交互作

用である。多重共線性を防ぐため,SC はその平均値でセンタリングした。そ

の結果,気分条件の主効果が有意であった (F (1, 97) = 29.06, p < .001)。そし

て,ポジティブ気分条件の方が (M = 5.55),ニュートラル気分条件より (M =

4.55),有意にポジティブな気分を報告していた。SC の主効果,SC と気分条件

の交互作用は有意ではなかった (F (1, 97) = 0.05; F (1, 97) = 0.00)。従って,自

己複雑性の高低に関わらず,気分誘導は有効であったと言える。

14.3.2. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響

各実験参加者が想起した 5 つの記憶について,そのネガティブ度の平均値を

算出した (M = 5.51, SD = 1.36)。値が高いほど,ネガティブな記憶を想起した

とみなすことができる。

自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響を検討するため,ネガティブ度を

従属変数として一般線形モデルによる分析を行った。独立変数は,SC,気分条

件,SC と気分条件の交互作用である。多重共線性を防ぐため,SC はその平均

値でセンタリングした。その結果,SC の主効果,気分条件の主効果が認めら

れた (F (1, 97) = 4.50, p < .05; F (1, 97) = 3.23, p < .10)。更に,SC と気分条

件の有意な交互作用が認められ (F (1, 97) = 4.80, p < .05),自己複雑性が高い

人ほど,ポジティブ気分時に,ニュートラル気分時よりネガティブ度の高い記

憶を想起していることが示された (Figure 14.1 参照 )。

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14.3.3. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響

各実験参加者の 5 つの記憶の重要度を平均し,この平均値を分析に使用した

(M = 3.88, SD = 1.29)。ネガティブ度と重要度の相関関係を検討したところ,

両者の間には有意な相関関係は認められなかった (r = .07, p > .40)。

自己複雑性が重要度に及ぼす影響を検討するため,従属変数を重要度,独立

変数を SC,気分条件,SC と気分条件の交互作用として一般線形モデルによる

分析を行った。SC はその平均値でセンタリングした。その結果,SC の主効果

が確認され (F (1, 97) = 3.80, p < .10),気分条件の主効果は有意ではなかった (F

(1, 97) = 0.03)。更に,SC と気分条件の間に有意な交互作用が確認され (F (1, 98)

= 10.85, p < .01),自己複雑性が高い人ほど,ポジティブ気分時に,ニュート

ラル気分時より重要度の高いネガティブ記憶を想起することが示された

(Figure 14.2 参照 )。

1

2

3

4

5

6

7

8

9

1.5 2.5 3 .5 4 .5 5 .5

自己複雑性(対数変換後)

記憶

のネ

ガテ

ィブ

ニュートラル

ポジティブ

ニュートラル

ポジティブ

Figure 14.1. 自己複雑性が気分不一致効果に及ぼす影響(研究 11)

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200

14.3.4. 記憶の内容の分析

想起された記憶に関して,その内容に基づき,以下の 5 つのカテゴリに分類

した。これらのカテゴリは,Woike et al. (1999)をもとに作成したものである。

(1) 失敗 14% (例.高校 3 年生のとき,受験に失敗して浪人することになっ

た )

(2) 孤独・排斥 20% (例.小学校 3 年生でフランスの現地校に初めて行った

時,周りの人が何を言っているか分からなくて辛かった )

(3) 他者への攻撃・怒り 4% (例.中学校の時,下校中私は他校と争った )

(4) 義務・忍耐 42% (例.大学 1 年のとき,強制的に体育祭で変な体操をさ

せられた )

(5) 他者からの攻撃・罰 16% (例.小学校のとき,先生にいきなり殴られた )

コーディングは 2 名の評定者によって独立に行なわれ,一致率は 87%であっ

た。不一致箇所は協議によってカテゴリを決定した。SC の平均値によって参

加者を 2 群に分割し,自己複雑性 (2)×気分条件 (2)×カテゴリ (5)の対数線形モ

デルによる分析を行なった。その結果,カテゴリの主効果のみが有意であった

(χ 2 (4) = 132.71, p < .001)。自己複雑性とカテゴリの交互作用,自己複雑性と

1

2

3

4

5

6

7

1.5 2.5 3.5 4.5 5.5

自己複雑性(対数変換後)

記憶

の重

要度

ニュートラル

ポジティブ

ニュートラル

ポジティブ

Figure 14.2. 自己複雑性が記憶の重要度に及ぼす影響(研究 11)

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カテゴリと気分条件の交互作用は有意ではなかった (χ 2(4) = 1.97; χ 2(4) =

6.39)。従って,自己複雑性の高低に関わらず,想起する記憶の内容には大きな

差がなかったと言える。

14.4. 考察

14.4.1. 本研究のまとめ

研究 6~8 では,自伝的記憶の領域構造が“気分一致効果が生起するか,気

分不一致効果が生起するか”を規定していることを明らかにした。具体的には,

状況関連領域から記憶を想起すると気分一致効果が生起するのに対して,状況

無関連領域から記憶を想起すると気分不一致効果が生起することを明らかにし

た。しかし,自伝的記憶の領域構造には個人差が想定できる。自伝的記憶の領

域構造の影響を包括的に解明するためには,こうした個人差の効果も検討する

必要があると考えられる。実際,研究 9 では,自己複雑性が気分不一致効果に

影響を及ぼすことを示した。このことから,自伝的記憶の領域構造の個人差が

気分不一致効果の規定因であることが示唆される。

しかし,自己複雑性が気分不一致効果に影響を与えるメカニズムとして 2 つ

の可能性が考えられる。第一に,自己複雑性が高い人ほど自伝的記憶が多くの

分化した領域で構成されており,こうした知識構造の特性が気分不一致記憶の

想起を可能にしているという可能性が挙げられる。第二に,自己複雑性が高い

人ほど気分緩和動機が高く,その結果,気分不一致効果が促進されているとい

う可能性が挙げられる。こうした第二の可能性を排除できなければ,自伝的記

憶の領域構造が気分不一致効果の規定因とは言えない。

そこで本研究では,ポジティブ気分時に焦点を当て,自己複雑性が気分不一

致効果に及ぼす影響を検討した。人はネガティブ気分を嫌い,ポジティブ気分

を好む傾向があることが指摘されている (レビューとして S. E. Taylor, 1991)。

すなわち,ポジティブ気分時には気分緩和動機が生起しにくいと考えられる。

このことから,自己複雑性が気分緩和動機を介して気分不一致効果に影響を与

えているのであれば,ポジティブ気分時には自己複雑性の効果が認められない

と予想される。それに対して,本研究では,自己複雑性が高い人ほど,ポジテ

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202

ィブ気分時において,ニュートラル気分時に比べてネガティブな記憶を想起で

きることが明らかになった。こうした結果から,自己複雑性が気分不一致効果

に及ぼす影響は,気分緩和動機に媒介されたものではないと考えられる。そし

て,自己複雑性が高い人ほど,自伝的記憶が数多くの分化した領域で構成され

ており,こうした知識構造の特徴が気分不一致効果を可能にしていると言える。

14.4.2. 記憶の重要度

研究 9・10 では,自己複雑性が記憶の重要度にも影響を与えることが明らか

になった。具体的には,自己複雑性が高い人ほど,ネガティブ気分時において,

ニュートラル気分時に比べて,重要度の高いポジティブ記憶を想起できること

が示された。しかし,研究 9・10 のいずれにおいても,重要度とポジティブ度

の間には有意な正の相関関係が見出されていた。このことから,自己複雑性と

重要度の関連は,ポジティブ度による擬似的なものに過ぎないのではないかと

も考えられる。

しかし,本研究では,重要度とネガティブ度の間に有意な相関関係は認めら

れなかった。それにも関わらず,自己複雑性が高い人ほど,ポジティブ気分時

において,ニュートラル気分時に比べて,重要度の高いネガティブ記憶を想起

できることが明らかになった。このことから,重要度と自己複雑性の関連はネ

ガティブ度やポジティブ度のみに起因するものではないと考えられる。

14.4.3. 自己複雑性に関する研究への示唆

自己複雑性に関する先行研究では,自己複雑性が高い人ほど感情を自己制御

できることが指摘されてきた。すなわち,自己複雑性の低い人は,ネガティブ

な出来事に直面すると極端なネガティブ気分を経験するの対して,自己複雑性

の高い人は,ネガティブな出来事に直面してもネガティブ感情を喚起されにく

いことが示されている (e.g., Linville, 1985)。更に,自己複雑性が高い人ほど抑

うつになりにくいことも明らかにされている (e.g., Dixon & Baumeister, 1991;

Linville, 1987)。

それでは,なぜ自己複雑性が感情の起伏や抑うつに影響を及ぼすのであろう

か。第Ⅳ部の結果に基づくと,気分不一致記憶の重要度が関与していることが

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示唆される。第Ⅳ部では,3 つの研究を通して,“自己複雑性の高い人ほど,気

分不一致記憶の中でも重要度の高い記憶を想起できる”ことが示された。そし

て,これまでの研究では,重要度の高い記憶は鮮明に記憶されており (Conway,

Collins, Gathercole, & Anderson, 1996; Finkenauer et al., 1998; Wright &

Nunn, 2000; 佐藤 , 2000),鮮明な記憶の方が,不鮮明な記憶より,感情への影

響力が大きいことが指摘されている (Healy & Williams, 1999)。このことから,

重要度の高い自伝的記憶を想起することが,感情制御に効果を持つと考えられ

る。実際,Blagov & Singer (2004)は,重要度の高い記憶を想起する人ほど,

感情の自己制御が可能になることを明らかにしている。また,榊 (2005)は,ネ

ガティブ気分時に重要度の高いポジティブ記憶を想起すると,それによってネ

ガティブ感情を緩和できることを見出している。

以上のような先行研究に基づくと,自己複雑性が高い人はネガティブ気分時

に重要度の高いポジティブ記憶を想起し,それによってネガティブ気分を緩和

できると考えられる。一方,自己複雑性が低い人は,ネガティブ気分時にポジ

ティブ記憶を想起しても,重要度の低い記憶しか想起できず,想起した記憶が

ネガティブ気分の修正に寄与しにくいと考えられる。その結果,ネガティブ気

分が維持され,抑うつにも陥りやすいと予想される。このように,自己複雑性

が抑うつや感情制御に影響を及ぼしている背後には,気分不一致記憶の重要度

が関与していることが示唆される (Figure 14.3 参照 )。

ネガティブ気分

緩和

ネガティブ気分

持続

重要度の高い

ポジティブ記憶想起

重要度の低い

ポジティブ記憶想起

自己複雑性

自己複雑性

ネガティブ気分

Figure 14.3 自己複雑性が感情経験に影響を与えるメカニズム

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204

第Ⅴ部

総括

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第 15 章 総合考察

15.1. 本論文のまとめ

15.1.1. 感情が記憶の想起に及ぼす影響

感情が記憶の想起に及ぼす影響に関しては,気分一致効果 (e.g., Balch et al.,

1999; Blaney, 1986; Bower & Forgas, 2001; Ehrlichman & Halpern, 1988;

Natale & Hantas, 1982; Parrott, 1991; Verner & Ellis, 1998; 伊藤 , 2000; 川

瀬 , 1992; 谷口 , 1991a, 1991b)と気分不一致効果 (e.g., R. Erber & Erber, 1994;

Parrott & Sabini, 1990)という 2 つの矛盾する現象が報告されてきた。気分一

致効果とは,感情と一致する記憶の想起が促進されるという現象を指す。それ

に対して,気分不一致効果とは,感情と逆の感情価を持つ記憶の想起が促進さ

れるという現象を指す。

これらの矛盾する現象を弁別する要因を特定しなければ,感情が記憶の想起

に及ぼす影響を統一的に理解することはできないと考えられる。更に,これま

での研究では,気分一致効果はネガティブ感情の制御に負の影響をもたらすの

に対して,気分不一致効果はネガティブ感情の制御を促進することが明らかに

さ れ て い る (e.g., R. Erber & Erber, 1994; Joormann & Siemer, 2004;

Josephson et al., 1996)。このことから,感情制御の観点に立っても,気分一

致効果と気分不一致効果の弁別因を特定することは極めて重要と考えられる。

こうした問題意識に基づき,先行研究においても,気分一致効果と気分不一

致効果を弁別する要因に関して様々な研究が行われてきた (e.g., R. Erber &

Erber, 1994; Josephson et al., 1996; McFarland & Buehler, 1997; Parrott &

Sabini, 1990; Rusting, 1999; Rusting & DeHart, 2000; S. M. Smith & Petty,

1995)。しかし,これらの研究では,気分一致効果と気分不一致効果を弁別す

る要因として,専ら動機要因のみに焦点を当ててきた。確かに動機は人の心的

処理の始発点を提供するものと考えられる。だが,動機は処理を方向付けるだ

けで,その後の処理や出力を全て規定するものではない。このことから,気分

一致効果と気分不一致効果の生起要因を明らかにするためには,動機以外の要

因に注目する必要があると考えられる。

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206

そもそも,人の過去の記憶は,自らの持つ知識構造の中から検索され,想起

されるものである。すなわち,“どのような記憶を想起するか”は,知識がどの

ように体制化されているかに依存していると考えられる。実際,先行研究にお

いても,記憶の想起は知識構造によって大きく影響を受けることが明らかにさ

れている (e.g., M. C. Anderson et al., 2000; M. C. Anderson & McCulloch,

1999; S. J. Anderson & Conway, 1993; N. R. Brown & Schopflocher, 1998a,

1998b; Wright & Nunn, 2000)。このことから,気分一致効果や気分不一致効

果もまた,自伝的記憶の知識構造によって強く規定されていると考えられる。

こうした知識構造の影響を無視していては,感情が記憶の想起に及ぼす影響を

包括的に理解することもできまい。そこで本論文では,自伝的記憶の知識構造

が気分一致効果と気分不一致効果に及ぼす影響を検討することを目的とした。

15.1.2. 自伝的記憶の知識構造に関する基礎的検討(第Ⅱ部)

以上の目的を達成するため,本論文の第Ⅱ部においては,前提となる自伝的

記憶の知識構造に関して検討を行った。なお,自伝的記憶の知識構造を探索的

に検討するだけでは,感情との関わりにおいて本質的な側面を取り出せない可

能性がある。そこで第Ⅱ部では,自己概念の構造を手がかりとして,自伝的記

憶の知識構造に関して検討を行うこととした。

まず,研究 1~4 では,自伝的記憶の構造を検討する際に,自己概念の構造

を手がかりとして利用できるのかどうかを確認した。その結果,課題促進パラ

ダイムを利用した場合にも(研究 1),プライミング法を利用した場合にも(研

究 2),自己概念の活性化が自伝的記憶の想起を促進することが明らかになった。

更に,知覚的処理の効果を統制しても(研究 3),意味的知識の効果を統制して

も(研究 4),こうした自己概念から自伝的記憶へのプライミング効果が認めら

れている。これらのことから,自己概念が活性化すると,関連する自伝的記憶

の想起が促進されると考えられる。すなわち,自伝的記憶は関連する自己概念

のもとに保持されていると言える。

以上のように,研究 1~4 では,自伝的記憶が関連する自己概念のもとに保

持されていることが明らかにされた。こうした結果に基づくと,自伝的記憶の

知識構造には,自己概念の構造が反映されていると考えられる。そして,自伝

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207

的記憶の構造を検討する際に,自己概念の構造を手がかりとして利用すること

が有用と考えられる。

そこで研究 5 では,自己概念を手がかりとして,自伝的記憶の知識構造を直

接的に検討することとした。自己概念の構造に関する先行研究では,自己概念

はテーマごとに複数の領域に分かれた多面的構造を持つことが指摘されてきた

(e.g., Higgins et al., 1986; Linville, 1985, 1987; Linville & Carlston, 1994;

Showers, 1992; Strauman & Higgins, 1987)。こうした自己概念の構造を踏ま

えて,研究 5 では,自伝的記憶も領域構造を持つかどうかを検討した。その結

果,自己概念と同様,自伝的記憶もテーマごとに領域に分かれた構造を持つこ

とが明らかになった。更に,自伝的記憶のそれぞれの領域が感情と特異的に連

合していることが示され,感情が自伝的記憶に及ぼす影響が領域構造によって

調整されている可能性が示唆された。

15.1.3. 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響(第Ⅲ部)

前節で述べたように,第Ⅱ部では,自伝的記憶の知識構造に関して自己概念

の構造を手がかりとして検討を行った。こうした第Ⅱ部の知見を踏まえて,第

Ⅲ部と第Ⅳ部では,自伝的記憶の領域構造が気分一致効果や気分不一致効果に

及ぼす影響を検討することとした。

まず,第Ⅲ部では,“自伝的記憶のどの領域から記憶を想起するか”を実験的

に操作し,自伝的記憶の領域構造が気分一致効果と気分不一致効果に及ぼす影

響を検討した。その結果,ポジティブ気分時においても(研究 6),ネガティブ

気分時においても(研究 7),状況関連領域から記憶を想起すると,気分一致効

果が生起することが明らかになった。それに対して,状況無関連領域から記憶

を想起した場合には,気分不一致効果が認められた。更に,こうした結果は,

より現実場面に近い記憶課題を利用した場合にも再現されている(研究 8)。こ

れらのことから,“自伝的記憶のどの領域から記憶を想起するか”によって,“気

分一致効果が生起するか,気分不一致効果が生起するか”が規定されていると

考えられる。すなわち,自伝的記憶の領域構造が,気分一致効果と気分不一致

効果の弁別要因となっていると言える。

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15.1.4. 自伝的記憶の構造の個人差の影響(第Ⅳ部)

第Ⅲ部では自伝的記憶の領域構造の個人差を考慮せず,実験的手法によって

自伝的記憶の知識構造の影響を検討した。しかし,自伝的記憶の知識表象は個

人のこれまでの人生を反映するものであり,その構造にも大きな個人差が想定

される。こうした個人差の影響を明らかにしなければ,自伝的記憶の知識構造

の果たす役割を包括的に理解することはできないと考えられる。そこで第Ⅳ部

では,自己複雑性を利用して,自伝的記憶の領域構造の個人差が気分不一致効

果に及ぼす影響を検討した。その結果,自伝的記憶の知識構造において,数多

くの領域を有しており,これらの領域が明確に分化している人は,気分不一致

効果を示しやすいことが明らかになった。それに対して,自伝的記憶の領域が

乏しく,これらの領域が大きくオーバーラップしている人は,気分不一致効果

を示しにくいことが示された。

こうした第Ⅳ部の知見は,“自伝的記憶の領域構造が気分一致効果と気分不一

致効果の生起に影響を与える”という第Ⅲ部の知見を裏づけ,補強するものと

言える。更に,第Ⅲ部では自伝的記憶の領域構造を実験的に検討したのに対し

て,第Ⅳ部ではその個人差に注目した。このように,第Ⅳ部では,第Ⅲ部とは

異なるアプローチを利用して,自伝的記憶の領域構造の影響を検討した。これ

によって,自伝的記憶の領域構造が気分一致効果と気分不一致効果に及ぼす影

響を多面的に理解することが可能になったと考えられる。

15.2. 感情と記憶に関する研究への示唆

以上のような本論文の知見は,感情と記憶に関する先行研究に大きく貢献す

るものと考えられる。本節では,感情と記憶に関する研究にもたらす示唆に関

して論じる。

15.2.1. 気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因

第一に,気分一致効果と気分不一致効果の弁別要因を特定したことが挙げら

れる。先に論じたように,感情が記憶の想起に及ぼす影響に関しては,気分一

致効果と気分不一致効果という 2 つの矛盾する現象が指摘されてきた。こうし

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た 2 つの現象を統合的に説明できなければ,感情が記憶の想起に及ぼす影響を

理解することはできない。従って,気分一致効果と気分不一致効果を統合する

ことは,感情と記憶に関する研究における矛盾を解消し,研究を進展させるた

めには不可欠と考えられる。

実際,これまでの研究でも,気分一致効果と気分不一致効果を統一的に説明

するために様々なモデルが提案されてきた。具体的には,気分改善仮説 (e.g., S.

E. Taylor, 1991),感情混入モデル (e.g., Forgas, 1995, 1999b),感情資源モデ

ル (e.g., Trope et al., 2001),恒常的感情制御モデル (e.g., Forgas & Ciarrochi,

2002),社会的制約モデル (e.g., M. W. Erber & Erber, 2001),精緻化見込みモ

デル (e.g., Cacioppo & Petty, 1989),感情修正モデル (e.g., DeSteno et al.,

2000; Petty et al., 2001),感情価一致モデル (e.g., Petty et al., 2001),感情入

力モデル (e.g., Martin, 2001; Martin & Clore, 2001; Martin, Seta, & Crelia,

1990),感情情報モデル (e.g., Clore, Gasper, & Garvin, 2001; Clore & Ortony,

2000; Clore, Wyer et al., 2001; Wyer, Clore, & Isbell, 1999)などが挙げられる。

これらのモデルは,処理の種類や動機の内容,感情の機能に関しては,互い

に異なる仮定を置いている。しかし,本質的にはいずれのモデルも類似してい

る。すなわち,感情が記憶の想起に及ぼす影響を,動機の種類によって説明し

ようとしているのである。具体的には,気分一致効果は,(1)動機を持っていな

いとき (e.g., Forgas, 1995, 1999a),あるいは (2)“自分の現在の感情状態を維

持したい”という感情維持動機を持つとき (e.g., M. W. Erber & Erber, 2001;

Martin, 2001; Martin et al., 1990)に生起すると考えられている。それに対し

て,気分不一致効果は, (1) “現在の感情状態を緩和したい”という気分緩和

動機が存在するとき (e.g., M. W. Erber & Erber, 2001; Forgas, 1995; Forgas &

Ciarrochi, 2002; Martin, 2001; Petty et al., 2001; S. E. Taylor, 1991),(2) “正

確な処理を行いたい”という正確さへの動機が存在するとき (e.g., Cacioppo &

Petty, 1989; DeSteno et al., 2000; Petty et al., 2001; Wegener & Petty, 1997),

(3) “自己に関する正確な情報を知りたい”という自己査定動機が存在すると

き (e.g., Trope et al., 2001)に生起すると考えられている。

しかし,動機は処理を方向付けるだけで,処理のプロセスや出力を規定する

ものではない。従って,動機だけで気分一致効果と気分不一致効果を統合的に

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説明することはできないと考えられる。例えば,どんなに強い気分緩和動機を

持っていても,こうした動機が常に気分不一致効果を可能にするとは限らない。

動機がうまく機能できる場合もあれば,動機が機能できず気分不一致効果が生

起しない場合もあると考えられる。このことから,気分一致効果と気分不一致

効果を統合するためには,動機だけではなく,認知的要因を考慮することが不

可欠と言える。それにも関わらず,これまでの研究では動機以外の要因は軽視

されてきた。そして,動機の種類のみに注目したモデルが乱立していた。

それに対して本研究では,自伝的記憶の知識構造によって,気分一致効果と

気分不一致効果を統一的に捉えられることを明らかにした。具体的には,自伝

的記憶の知識構造の中でも,状況関連領域は気分一致効果をもたらすのに対し

て,状況無関連領域は気分不一致効果をもたらすことを示した。これによって,

気分一致効果と気分不一致効果という矛盾する現象を統一的に理解することが

可能になった。こうして矛盾する現象が統合されたことで,感情が記憶の想起

に及ぼす影響に関する研究の更なる発展を促すことができると考えられる。

15.2.2. 認知的要因の重要性

第二に,認知的要因の重要性を指摘したことが挙げられる。上述のように,

近年の感情と記憶に関する研究では,専ら動機が注目を集めてきた。しかし,

先行研究において,認知的要因が全く考慮されてこなかった訳ではない。感情

が記憶に及ぼす影響に関する初期の研究では,感情ネットワークモデル (e.g.,

Bower, 1981)を中心に研究が進められてきた。第 2 章で述べたように,感情ネ

ットワークモデルは,活性化拡散という認知的な説明原理によって,気分一致

効果を説明するモデルである。こうした感情ネットワークモデルが中心的役割

を果たしていたことからも分かるように,初期の研究では,感情が記憶に及ぼ

す効果は認知的観点から説明されてきた。

しかし,その後の研究の進展に伴い,感情ネットワークモデルの限界が指摘

されるようになった。こうした限界の一つとして,気分不一致効果の存在が挙

げられる。上述のように,感情ネットワークモデルに基づくと,感情は気分と

一致する記憶の想起を促進すると考えられる(気分一致効果)。従って,気分不

一致効果の存在は,感情ネットワークモデルとは整合しないものである。こう

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した感情ネットワークモデルの限界を踏まえて,“感情ネットワークモデルで重

視されていた認知的な説明原理では気分一致効果を説明することはできても,

気分不一致効果を説明することはできない”とみなされるようになった。そし

て,近年の研究では,専ら動機的観点のみが重視されるようになっている。

それに対して本論文では,自伝的記憶の知識構造という認知的要因に焦点を

当てた。そして,自伝的記憶の領域構造によって,“気分一致効果が生起するか,

気分不一致効果が生起するか”が規定されていることを明らかにしている。こ

うした知見に基づくと,認知的要因は気分一致効果だけでなく,気分不一致効

果も説明しうるものと考えられる。そして,認知的要因を軽視していては,気

分一致効果や気分不一致効果を包括的に説明することはできないことが示唆さ

れる。このように,本論文は感情と記憶に関する研究における認知的要因の重

要性を指摘した。これによって,動機のみに偏った近年の研究の方向性を是正

し,感情と記憶の相互作用の包括的理解に向けた研究の進展を促すことができ

ると考えられる。

15.2.3. 感情が判断や説得に及ぼす影響

更に,本論文の知見は,感情が判断や説得に及ぼす影響に関しても,示唆を

与えることができる。そもそも,判断や説得は,記憶の想起と切り離すことが

できない。例えば,他者の性格特性について判断する際には,当該他者に関す

る過去経験にアクセスし,こうした過去経験をもとに性格特性を推論すると考

えられる。同様に,他者から説得される状況においても,関連する過去経験を

想起し,これらの過去経験をもとに相手の主張に納得したり,相手の主張を退

けたりしていると思われる。このように,記憶の想起は,判断や説得の基盤と

なっている。従って,感情が記憶に及ぼす影響と,感情が判断や説得に及ぼす

影響は密接に関連していると考えられる。

こうした議論に基づくと,本論文の知見は他の認知的処理についても示唆を

与えることができると考えられる。具体的には,感情と記憶に関する研究と同

様,感情が判断や説得といった他の認知的処理に及ぼす影響に関しても,近年

の研究では,専ら動機要因のみが重視されてきた (e.g., Forgas, 1995, 1999b;

Forgas & Ciarrochi, 2002)。それに対して,本論文では,感情が記憶に及ぼす

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212

影響に関して,自伝的記憶の知識構造という認知的要因が重要な役割を果たし

ていることを明らかにした。こうした知見に基づくと,感情が判断に及ぼす影

響に関しても,感情が説得に及ぼす影響に関しても,動機的要因だけでは説明

できず,認知的要因を考慮する必要があると考えられる。すなわち,本論文の

知見は,感情が記憶以外の認知的処理に及ぼす影響に関しても,認知的要因を

考慮することの重要性を示唆するものと言える。

15.3. 自己に関する研究への示唆

更に,本研究は自己に関する研究にも示唆を与えることができる。心理学で

は,James (1890)や Mead (1934)以来,自己は高い関心を集めてきた。とりわ

け,近年では情報処理アプローチが導入され,自己に関する研究が飛躍的に進

展してきた。情報処理アプローチでは,自己は“自伝的記憶や自己概念のよう

な自己に関連する知識の集合”とみなされる (e.g., Rafaeli-Mor et al., 1999)。

このように自己を認知的に捉えることで,自己の曖昧さが解消され,関連する

研究が発展したと考えられる。しかし,自己に関する知識の構造自体に関して

は,十分な検討がなされてこなかった。従って,本論文の第Ⅱ部の知見は,自

己に関する研究にも大きな示唆を与えることができると考えられる。

第一に,本論文では,自伝的記憶と自己概念の関連を明らかにした。自伝的

記憶と自己概念の関連については,数多くの研究者が,両者は密接に関連して

いることを指摘してきた (e.g., Bower & Gilligan, 1979; Conway & Pleydell-

Pearce, 2000; Conway et al., 2004; Kunda, 1990; Kunda & Sanitioso, 1989;

Robinson, 1986; Ross, 1989; Wilson & Ross, 2003)。しかし,これらの研究は

自伝的記憶と自己概念の知識表象における関連を直接的に検討したものではな

い。それに対して,知識構造を直接的に検討した研究では,自伝的記憶と自己

概念が独立に保持されていることが明らかにされてきた (e.g., Klein et al.,

1999; Klein et al., 2001; Klein & Loftus, 1993a, 1993b; Klein, Loftus et al.,

1996; Klein, Loftus, & Plog, 1992; Klein et al., 1993; Klein, Loftus, Trafton

et al., 1992; Klein, Sherman et al., 1996; Tulving, 1993)。このように,先行

研究では,自伝的記憶と自己概念の関連については,2 つの対立する見解が存

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在していた。その結果,自己の知識表象に関するモデルを構築することができ

ず,自己に関する研究の進展が妨げられてきたと考えられる。

それに対して本論文では,自伝的記憶と自己概念の独立性を示す研究には,

結果の解釈に問題があることを指摘した(第 3 章)。そして,こうした問題を

排除した上で,再度自伝的記憶と自己概念が独立か否かを検討した。その結果,

自伝的記憶は関連する自己概念のもとに保持されていることが明らかにされた

(第 3 章~第 7 章)。これにより,自己の知識表象に関する統合的なモデルの

構築が可能になり,関連する多くの研究の発展が可能になったと言える。

第二に,自己概念と自伝的記憶の構造の類似性を明らかにしたことが挙げら

れる。これまでの自己概念に関する研究では,自己概念も,自伝的記憶も,同

じようにテーマごとに構造化されているとみなしてきた (e.g., Linville, 1985,

1987; Linville & Carlston, 1994; Showers, 1992)。しかし,自伝的記憶の知識

構造に関しては,実証的な研究が乏しく,自伝的記憶がテーマごとに構造化さ

れているかどうかは明らかにされてこなかった(レビューとして 佐藤 , 2002)。

それに対して本論文では,第 8 章において,自己概念と同様,自伝的記憶もテ

ーマごとに領域に分かれた構造を持つことを明らかにした。こうした結果によ

って,多くの自己概念に関する研究に裏づけを提供することができたと考えら

れる。

15.4. 感情制御への示唆

15.4.1. 日常的な感情の自己制御

日常生活においては,人は様々なストレスフルな出来事に直面し,ネガティ

ブ感情を体験する。“こうした日常的なネガティブ感情をいかに制御するか”に

関しては,近年,飛躍的に研究が増大してきた (レビューとして Larsen & Vohs,

2004; Ochsner & Gross, 2004)。本論文の知見は,このような感情制御の問題

とも関連している。

感情制御に関するこれまでの研究では,ネガティブ刺激から注意を逸らし,

ポジティブな刺激に注意を向けることで,ネガティブ感情を自己制御できるこ

とが指摘されてきた (e.g., Lyubomirsky, Caldwell, & Nolen-Hoeksema, 1998;

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Nolen-Hoeksema & Morrow, 1991; Wenzlaff, Wegner, & Roper, 1988)。しか

し,Bower (1981, 1991)が指摘しているように,ネガティブ感情はネガティブ

刺激の活性化を高めると考えられる。そのため,ネガティブ感情時には,人は

ネガティブな刺激にばかり注意を向けてしまい,ポジティブ刺激に注意を向け

るのは難しいと予想される。実際,先行研究においても,気分不一致の刺激に

注意を向けるのは困難なことが指摘されてきた (e.g., Joormann & Siemer,

2004; Wenzlaff et al., 1988)。

それでは,ネガティブ感情時にどうすればポジティブ刺激に注意を向けるこ

とができるのだろうか。本論文の知見は,こうした問いへの答えを提供するこ

とができると考えられる。第一に,自伝的記憶の中でも状況無関連領域に注意

を向けることが挙げられる。ネガティブ感情を経験している際に,状況関連領

域に注意を向けても,ネガティブ記憶ばかりが想起されてしまうと考えられる。

ネガティブ感情時でも状況無関連領域に注意を向けることで,気分不一致効果

が生起しやすくなり,感情制御も促進されると言える。

第二に,自伝的記憶の知識構造を変容させることが挙げられる。上述のよう

に,本論文の結果から,“自伝的記憶の中でも,状況無関連領域に注意を向ける

ことで気分不一致効果を感情制御に利用できる”ことが示唆される。ただし,

自伝的記憶が少数の領域で構成されている場合には,状況無関連領域にアクセ

スするのは難しいと考えられる。また,領域が未分化な場合には,状況無関連

領域にも感情の影響が波及してしまう恐れもある。従って,気分不一致効果を

感情制御に利用するためには,自己複雑性を高めることも必要と言える。例え

ば,新たな趣味を始めたり,交友関係を広げたりすることで,自己の役割や生

活を多様化させれば,自伝的記憶の領域数を増やすことができるかもしれない。

また,自分の生活を大きく変えなくても,“両親と接するとき,兄弟と接すると

きとでは,自分のあり方が異なる”という具合に,自分の過去の経験や現在の

生活を自分なりにカテゴリ分けすることで,領域が分化され,自己複雑性を高

めることができると考えられる。

もちろん,自伝的記憶の知識構造は安定しているもので,容易に変容できる

ものではない。実際,研究 9 においては,10 日から 2 週間の遅延をおき,同じ

参加者に対して特性語分類課題を 2 回実施した。その結果,2 回の測定間で,

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自己複雑性の値は高い一貫性を示していた。このことから,個人の自伝的記憶

の知識構造は固定しているもので,変容できないと思われるかもしれない。し

かし,先行研究においては,1 年間 (e.g., Showers, Abramson, & Hogan, 1998),

あるいは 5 年間 (e.g., Frazier, Hooker, Johnson, & Kaus, 2000)といった長い期

間で見ると,人はストレスフルな出来事に対処するために,自らの自己複雑性

を高め,自伝的記憶の構造を変容できることが見出されている。こうした先行

研究に基づけば,感情制御を促進するためには,自伝的記憶の領域数を増やし

たり,領域間の分化度を高めたりすることも有用と言える。

15.4.2. 感情制御における気分不一致効果の有用性への疑問

前節で述べたように,ネガティブ感情を制御するためには,ポジティブな刺

激 に 注 意 を 向 け る こ と が 有 用 と 考 え ら れ て い る ( 同 様 の 議 論 と し て

Lyubomirsky et al., 1998; Nolen-Hoeksema & Morrow, 1991; Wenzlaff et al.,

1988)。こうした議論に基づくと,ネガティブ気分時に気分不一致記憶を想起

することも,ネガティブ感情を制御するためには有効と考えられる。実際,研

究 7・8 では,ネガティブ気分時にポジティブ記憶を想起した人ほど,その後

の気分がポジティブに変化することが明らかにされている。このことからも,

気分不一致効果は感情制御を促進することが示唆される。ただし,感情制御に

おける気分不一致効果の有用性に関しては,2 点の疑問が残る。

第一に,“感情制御のための他の方略に比べて,気分不一致記憶の想起は有効

な方略と言えるのか”という疑問が挙げられる。日常経験を振り返ると,我々

は常にポジティブ記憶を想起することで,ネガティブ感情を制御している訳で

はない。ポジティブ記憶を想起しなくても,外的なポジティブ刺激に注意を向

ければ,それによって感情状態を制御できると考えられる。実際,これまでの

感情制御研究では,気晴らしを行うことで感情制御が促進されることが指摘さ

れてきた (レビューとして Ochsner & Gross, 2004)。こうした他の感情制御方

略の方が,気分不一致記憶の想起よりもはるかに効果があると思われるかもし

れない。

しかし,Boden & Baumeister (1997)が指摘しているように,気分不一致記

憶の想起は,他の感情制御方略に比べても有効な感情制御方略と考えられる。

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そもそも,気晴らしのような感情制御方略を利用するためには,外的な資源が

必要とされる。仮にネガティブ感情時に,注意を向けるに値するポジティブ刺

激が存在すれば,気晴らしは効果的に機能しうると予想される。しかしながら,

ネガティブ感情時に,都合よくポジティブ刺激が存在する保証はない。気晴ら

しの対象が存在せず,気晴らしのつもりがかえってネガティブ感情を誘発され

ることもある。それに対して,気分不一致記憶の想起は,外的資源に依存する

ものではない。外的資源の有無に関わらず,人は自由に過去のポジティブ記憶

を想起し,それによってネガティブ感情を緩和することができる。このことか

ら,気分不一致効果は,他の感情制御方略を補完するものとして,十分に価値

があると考えられる。

第二に,“ネガティブ感情時にポジティブ記憶を想起することは問題からの逃

避ではないか”という疑問が挙げられる。確かに,ネガティブ感情は当人にと

って苦痛をもたらすものである。しかし,ネガティブ感情をもたらした出来事

は,個人にとって重要な意味を持つものかもしれない。従って,ネガティブ感

情時にポジティブ記憶を想起するよりも,ネガティブ感情をもたらした出来事

に対峙し,その原因を克服していくことこそが適応的とも考えられる。例えば,

試験に失敗してネガティブ感情を喚起されたとしよう。このとき,“友人関係”

や“恋愛”といった他の領域からポジティブ記憶を想起すれば,一時的には,

ネガティブ感情が緩和されるかもしれない。しかし,現実的には,試験失敗の

原因(例.勉強不足)に対峙し,その原因を除去するよう努力することこそが

求められると考えられる。

ただし,Showers, Limke, & Zeigler-Hill (2004)が指摘しているように,自

己に関するネガティブな事象に対峙するには高い負荷が伴う。従って,ネガテ

ィブ感情時に,ネガティブな出来事に直面するのは非常に困難と考えられる。

実際,Trope et al. (2001)は,ネガティブ感情時には,人は自らの経験したネ

ガティブな出来事に対峙することはできないと指摘している。ただし,人はネ

ガティブな過去経験から逃避し続ける訳ではない。Trope らは,ポジティブ感

情時には,人は自らのネガティブな過去経験に積極的に向き合い,自己の欠点

を知ろうとすることを明らかにしている。

こうした Trope et al. (2001)の知見に基づくと,ネガティブ感情をもたらし

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た出来事に対峙するためには,遠回りのように見えるが,まずネガティブ感情

を緩和することが必要と考えられる。上述のように,ネガティブ感情時に気分

不一致記憶を想起することは,一見すると,問題から逃避しているようにも思

われる。しかし,こうして一時的に問題から注意を逸らし,ネガティブ感情を

緩和し,ポジティブ感情に変容させなければ,“ネガティブな出来事に対峙し,

その原因を解消していく”という発展的な行動もとることができないのである。

このことから,ネガティブ感情時に気分不一致効果を利用して感情制御を行う

ことは,不適応的なものではないと言える。むしろ,気分不一致効果による感

情制御は,適応的な問題解決行動を促すものと言える。

15.4.3. 臨床的な感情障害との関連

後に,本論文の知見と臨床的な感情障害との関連について考察する。本論

文では,実験的な気分誘導によって喚起される感情状態を扱ってきた。従って,

極端に強いネガティブ感情や極端に強いポジティブ感情は扱っていない。また,

本論文で扱った感情状態は,数分間から十数分間程度の持続時間のもので,一

時的な感情状態である。従って,慢性的な抑うつ感情のように,長期に渡る持

続的な感情を対象としたものでもない。

これらのことから,本論文の示唆は,日常的な感情制御にとどまるべきと考

えられる。すなわち,本論文の成果が,心理臨床現場における深刻な感情障害

に適用できる保証はない。例えば,臨床的な抑うつ症状を持つクライエントに,

状況無関連領域から記憶を想起するよう求めても,現在直面している問題に圧

倒されており,状況無関連領域に注意を逸らすことはできないかもしれない。

また,深刻な感情障害を持つクライエントにとっては,自己複雑性を高めるた

めに新たな趣味を始めたり,交友関係を広げたりすること自体が,非常に高い

負荷を持つ可能性がある。そして,自己複雑性を高めるための活動が,クライ

エントの強いネガティブ感情を引き起こし,症状を悪化させてしまうかもしれ

ない。以上より,本論文の知見が心理臨床現場における感情障害に与える示唆

については,慎重な検討や考察が必要と考えられる。

ただし,本論文の知見は心理臨床と無関連なものではない。例えば,本論文

の第Ⅲ部では,ネガティブ感情経験時に,状況無関連領域に注意を向けること

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でポジティブ記憶の想起が促され,ネガティブ感情を緩和できることが明らか

になった。Meichenbaum (1977)は,こうした本論文の知見と整合する介入方

法を提案している。Meichenbaum は,心理臨床場面におけるクライエントが,

自己にとって顕現性の高いネガティブな記憶にばかり焦点化する傾向があるこ

とを指摘している。その上で,こうした焦点化を防ぐためには,他の領域のポ

ジティブな記憶に注意を向けるよう促すことが有用と論じている。

同様に,本論文の第Ⅳ部では,自己複雑性が高い人ほど気分不一致効果を感

情制御に利用できることを明らかにした。こうした知見に基づくと,自己複雑

性を高めることで,感情制御が促進されると考えられる。確かに,先にも述べ

たように,強い感情障害を持つクライエントにとっては,自己複雑性を高める

ような活動を行うことが難しいかもしれない。しかし,Showers et al. (2004)

は,心理臨床のカウンセリングの過程で,クライエントの自己複雑性を高める

ことができると論じている。

更に,Beck, Rush, Shaw, & Emery (1979)は,抑うつ症状を示すクライエン

トは,ネガティブな経験を過度に一般化しやすいことを指摘している。その上

で,こうした過度の一般化の傾向に関しては,当該ネガティブ経験を自己全体

の問題として捉えるのではなく,特定の自伝的記憶の領域に連合させるよう介

入することが有効と指摘している。このような介入は,自伝的記憶の領域の分

化を促し,自己複雑性を高める可能性を持つと考えられる。

このように,本論文はあくまで日常的なネガティブ感情やポジティブ感情が

記憶の想起に及ぼす影響を検討したものである。しかし,本論文で扱った現象

や本論文の知見は,心理臨床とも深く関わっていると考えられる。今後はこう

した心理臨床における感情障害との関連について検討することが必要と言える。

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246

謝辞

この博士論文をまとめるまでに,非常に多くの方々にご指導,ご助言,ご協

力をいただきました。

指導教員である市川伸一先生は,大学院に進学して以来,私の研究目的や関

心を損なうことなく,研究への自由な取り組みを認めてくださいました。その

一方で,要所要所でたくさんの貴重なご指導やご助言をくださり,研究を導い

てくださいました。また,学部を卒業したばかりの頃から,英語論文の執筆や

学会での研究発表を勧めてくださり,常に,研究者として進むべき道やあるべ

き姿の指針を示してくださいました。こうした先生のご指導をいただくことで,

研究の面白さを存分に味わうことができましたし,研究能力や研究に対する姿

勢が大きく育てられました。6 年あまり先生のもとでご指導いただけたことを

大変ありがたく思っております。深く感謝申し上げます。

また,教育心理学コースの南風原朝和先生には,直接の指導学生ではないに

も関わらず,分析方法,実験計画や学術論文の執筆など,様々な点に関して非

常に丁寧なご指導を賜りました。とりわけ,研究 1~4 の結果はアメリカの研

究者のデータを覆すものであったため,学術雑誌に投稿した際に査読者と激し

いやり取りになり,困惑しておりました。その際にも,南風原先生がたくさん

の貴重なご示唆をくださり, 終的には,何とか論文の採択にこぎつけること

ができました。この博士論文をまとめる際にも,私の研究を深く理解し,幅広

い観点から貴重なご指摘をくださいました。心よりお礼申し上げます。

同じく,教育心理学コースの針生悦子先生にも,博士論文をまとめるまでの

間,何度もご指導を賜りました。ご多忙にも関わらず,ご指導をお願いすると,

すぐに時間を作ってくださり,非常に丁寧に指導してくださいました。針生先

生からご指摘をいただくたびに,自分の研究の問題点が浮かび上がり,研究が

鍛えられ,何とか博士論文をまとめることができました。更に,実験協力者の

募集や実験室の利用や設備に関しても,私たち大学院生の要望を理解し,研究

活動をバックアップしてくださいました。深く感謝申し上げます。

また,教育創発学コースの岡田猛先生と臨床心理学コースの下山晴彦先生に

は,博士論文の審査に加わっていただきました。ご多忙の中,本当に丁寧に論

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247

文に目を通してくださって,個々の研究の内容に関してきめ細かなご指摘をい

ただきました。更に,学校教育や心理臨床など,より広い視野に立って,本研

究の意義や今後の研究の可能性を指摘してくださいました。こうした審査の過

程で,自分ひとりでは見えなかった多くのことを学ぶことができました。深く

お礼申し上げます。

教育心理学コースの大学院生の皆さんにも,大変お世話になりました。皆さ

んには研究会やゼミだけでなく,日々の生活の中で,たびたび研究の相談に乗

っていただきました。私と同じテーマを専門にしている方はあまりいらっしゃ

いませんでしたが,その分,皆さんから純粋な目で研究を評価していただき,

鋭いご指摘をいただくことができたような気がします。また,新たな実験を計

画するたびに,予備実験への協力を快く引き受けてくださり,予備実験後には

様々なご指摘をくださいました。皆さんには数え切れないくらい多くの実験に

ご協力いただいたように思います。こうした研究面でのサポートだけでなく,

日々の研究会でご一緒させていただいたり,一緒に実験をさせていただいたり,

論文が不採択になったときに相談にのっていただいたりすることで,精神的に

もとても励まされました。心よりお礼申し上げます。

教育心理学コースを離れても,たくさんの先生方にご指導やご協力を賜りま

した。実験参加者の募集に際しては,関東学院大学の岩男卓実先生,信州大学

の杉浦義典先生,上智大学の奈須正裕先生にご協力をいただきました。また,

University of California, Santa Cruze 校の Mara Mather 先生,東洋大学の安

藤清志先生,元筑波大学(現 放送大学)の太田信夫先生,中央大学の兵藤宗吉

先生,法政大学の藤田哲也先生,一橋大学の村田光二先生には,国際会議やゼ

ミや研究会において,口頭での研究発表の機会をいただきました。村田先生に

は,研究発表に加えて,学術論文の投稿に際してもご指導を賜りました。学術

論文に関しては,University of Graz の Dietrich Albert 先生,滋賀大学の井上

毅先生,東京女子大学の工藤恵理子先生,岡山大学の堀内孝先生にも貴重なご

示唆をいただきました。更に,東洋大学の北村英哉先生には,東洋大学のゼミ

を 1 年間受講させていただいた上に,本を執筆する機会も提供していただきま

した。このように,国内外の先生方からご指導やご助言をいただくことが,博

士論文の質の向上につながったと思います。心よりお礼申し上げます。

Page 248: 感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 ―自伝的記憶の領域 ...m-sk.sakura.ne.jp/PDF/sakaki.pdfいる(e.g., Clore & Ortony, 2000; Ekman, 1999; Ortony & Turner,

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後になりましたが,研究 6~8 の研究計画の際には,東京大学総合文化研

究科の山形伸二さんに貴重なご示唆をいただきました。また,研究 6 は平成 15

年度「教育心理学実験演習Ⅲ」において,教育心理学コース学部 3 年生(当時)

の新谷侑希さん,勝岡隆史さん,神通勉さん,中津海法寛さん,三浦晋也さん

と一緒に議論しながら,データを収集したものです。更に,この博士論文を完

成させるために,非常に多く方に実験参加者として協力していただきました。

“感情が記憶に与える影響を調べる”という研究目的の性質上,ネガティブ感

情を誘導する映像を呈示するような実験も多く,参加者の皆様には不快な思い

をさせてしまったことと思います。それにも関わらず,実験終了後に研究目的

を説明すると,参加者の皆様は私の研究の趣旨を理解してくださり,むしろ私

を励ましてくださいました。皆様のご理解とご協力がなければ博士論文が完成

することはありませんでした。深くお礼申し上げます。