fpuの最新動向 - nhk770 806 周波数 (mhz) 通信事業 現行fpu 移行先 (1.2ghz帯)...

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700MHz帯(770-806MHz)の電波は,伝搬特性が良好であることから,古くはFM変 調を用いたアナログFPU(Field Pickup Unit)の時代からロードレース中継等の移動中 継に用いられてきた。しかし,近年の携帯電話等における通信事業の急激なトラフィッ クの増加に伴い,700MHz帯の周波数を携帯電話等に割り当て,FPUの周波数を新たに 1.2GHz帯と2.3GHz帯に割り当てる周波数再編方針が総務省から示された。このため, FPUが使用する周波数は現行の700MHz帯よりも高い周波数へと移行することとなり, 従来よりも厳しい伝搬条件のもとで移動中継システムを構築する必要が生じた。当所で は,平成18年度から移動伝送の高容量化と高信頼化を目的としてMIMO(Multiple- Input Multiple-Output)伝送システムの研究開発に取り組んでいる。本稿では,時空間 トレリス符号化を用いたMIMO伝送システム,および周波数移行の実証に向けて試作し た伝送装置について紹介する。 1.まえがき 平成23年9月に公表された総務省の周波数再編アクションプラン により,700MHz 帯を使用するFPUは1.2GHz帯および2.3GHz帯を移行先の周波数帯の候補として,電波 の利用条件(技術的条件)を検討することとなった。700MHz帯を用いる放送事業用の電 波は,移動環境での伝搬特性が良好なことから,マラソンや駅伝などのロードレース中 継やゴルフ中継など,移動を伴う番組中継に用いられている。総務省から示された周波 数再編方針では,FPUが使用する周波数は現行の700MHz帯よりも1.5倍から3倍程度の 高い周波数へと移行する(1図)。このため,新たな周波数の利用にあたっては,従来よ りも厳しくなる伝搬特性に対処するために,MIMO技術や訂正能力の高い誤り訂正符号 を導入し,FPUの伝送技術を高度化する必要がある。 このような背景のもとに,移動伝送の高容量化と高信頼化を目的として,FPUの高度 化に関する技術的条件が情報通信審議会で取りまとめられた。本稿では,MIMO技術と して導入が検討されている時空間トレリス符号化方式について解説するとともに,高度 化したFPUのシステム構成や試作装置の概要について述べる。 2.移動中継用FPUに求められる条件 放送局では局外からのニュースや報道番組の中継,スポーツ番組の中継,そのほか一 FPUの最新動向 池田哲臣 解説 NHK技研 R&D/No.143/2014.1 4

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700MHz帯(770-806MHz)の電波は,伝搬特性が良好であることから,古くはFM変調を用いたアナログFPU(Field Pickup Unit)の時代からロードレース中継等の移動中継に用いられてきた。しかし,近年の携帯電話等における通信事業の急激なトラフィックの増加に伴い,700MHz帯の周波数を携帯電話等に割り当て,FPUの周波数を新たに1.2GHz帯と2.3GHz帯に割り当てる周波数再編方針が総務省から示された。このため,FPUが使用する周波数は現行の700MHz帯よりも高い周波数へと移行することとなり,従来よりも厳しい伝搬条件のもとで移動中継システムを構築する必要が生じた。当所では,平成18年度から移動伝送の高容量化と高信頼化を目的としてMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)伝送システムの研究開発に取り組んでいる。本稿では,時空間トレリス符号化を用いたMIMO伝送システム,および周波数移行の実証に向けて試作した伝送装置について紹介する。

1.まえがき平成23年9月に公表された総務省の周波数再編アクションプラン1)により,700MHz帯を使用するFPUは1.2GHz帯および2.3GHz帯を移行先の周波数帯の候補として,電波の利用条件(技術的条件)を検討することとなった。700MHz帯を用いる放送事業用の電波は,移動環境での伝搬特性が良好なことから,マラソンや駅伝などのロードレース中継やゴルフ中継など,移動を伴う番組中継に用いられている。総務省から示された周波数再編方針では,FPUが使用する周波数は現行の700MHz帯よりも1.5倍から3倍程度の高い周波数へと移行する(1図)。このため,新たな周波数の利用にあたっては,従来よりも厳しくなる伝搬特性に対処するために,MIMO技術や訂正能力の高い誤り訂正符号を導入し,FPUの伝送技術を高度化する必要がある。このような背景のもとに,移動伝送の高容量化と高信頼化を目的として,FPUの高度化に関する技術的条件が情報通信審議会で取りまとめられた。本稿では,MIMO技術として導入が検討されている時空間トレリス符号化方式について解説するとともに,高度化したFPUのシステム構成や試作装置の概要について述べる。

2.移動中継用FPUに求められる条件放送局では局外からのニュースや報道番組の中継,スポーツ番組の中継,そのほか一

FPUの最新動向

池田哲臣■

解 説

NHK技研 R&D/No.143/2014.14

770 806

周波数(MHz)

通信事業

現行FPU 移行先(1.2GHz帯)

移行先(2.3GHz帯)

周波数移行

1240 1300 2330 2370

般番組で用いる映像や音声の素材伝送にFPUを用いている。特に700MHz帯のFPUは,前述したようにマラソンや駅伝などのロードレース中継等で多く用いられ,冬場のスポーツ中継には無くてはならない機材となっている。このため,700MHz帯から1.2GHz帯および2.3GHz帯への周波数移行にあたっては,現行の700MHz帯のFPUの伝送性能や運用性を確保して,従来と同等の利用ができることが求められる。また,移動中継は固定中継よりも伝搬条件が厳しくなるため,固定中継に比べてより誤りにくい変調方式や誤り訂正方式が選択される。その結果,伝送することが可能なビットレートは固定中継の場合よりも低くなり,固定中継に比べて伝送する映像品質が劣化するという問題がある。このため,高能率な映像符号化方式を採用して高画質化を図り,現行の固定伝送と同等の映像品質を確保することも求められる。1.2GHz帯および2.3GHz帯の移動中継用FPUに求められる4つの条件を以下に示す。

(1)伝送・見通し外の移動中継が可能であること・送信アンテナが正確に受信アンテナの方向を向かない場合でも,的確な素材伝送が可能であること・都市部などのマルチパス環境下でも的確な素材伝送が可能であること(2)伝搬距離・移動中継において0.1~10kmの伝搬距離を確保できること(3)画質・移動中継においても映像ビットレート35Mbpsの高品質なHDTV(High DefinitionTelevision)の伝送が可能であること

(4)同時使用可能な電波チャンネル数・現行の700MHz帯で割り当てられている4チャンネル以上とすること伝送や伝搬距離に関する条件(1),(2)は,移動中継に求められる一般的な事項であるが,高い周波数に移行して従来よりも厳しくなる伝搬条件下においてもこれらの条件を満足するために,伝搬路の多様性を有効に活用し,途切れにくい伝送を実現できるMIMO技術を導入することとした。画質に関する条件(3)は,高能率映像符号化方式を採用することを前提にしたものであるが,移動中継で35Mbpsもの映像を途切れることなく伝送することは従来の伝送方式2)では困難であった。ここでもMIMO技術の導入によって,伝送容量の拡大が図られることとなった。また,電波チャンネル数に関する条件(4)については,1図の周波数配置に示したように,従来に比べて利用できる周波数帯域が拡大されており,700MHz帯で使用していたチャンネル帯域幅(9MHz)を2倍の18MHzに拡大しても,4チャンネル以上の同時利用が可能となっている。MIMO技術の導入については3章で述べる。

1図 FPUの新たな周波数配置

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送信アンテナ 受信アンテナ

伝搬路

送信アンテナ 受信アンテナ

伝搬路

(a)SISO伝送方式 (b)2×2 MIMO伝送方式

3.MIMO伝送方式の採用ロードレース中継などにおいて移動しながら番組中継を行うFPUは,OFDM

(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)方式2)の採用によって安定した映像伝送を行うことができるようになった。しかし,1つの送信アンテナと1つの受信アンテナを用いる従来の送受信方法(Single-Input Single-Output,以下SISO)では,映像圧縮にAVC(Advanced Video Coding)/H.264方式を用いた場合の映像信号の所要ビットレートである35Mbps3)を,無線区間で途切れずに伝送することは困難である。この問題を解決するために,2つの送信アンテナと2つの受信アンテナを用いる2×2MIMO伝送方式を採用して,伝送容量を2倍に拡大しつつ回線信頼性を向上させる方法が検討されている。2図にSISO伝送方式と2×2MIMO伝送方式の伝搬路の比較を示す。前者は伝搬路が単一であるのに対して,後者はそれぞれ2つの送受信アンテナによって,4つの伝搬路が構成される。このように,MIMO伝送方式は多数の伝搬路を構成することができるため,伝搬路上に看板や歩道橋,建物等の障害物があっても,SISO伝送方式に比べて,より受信側へ電波を送り届けやすくなる。MIMO伝送方式には,空間多重により伝送容量を拡大する手法が一般的に採用されているが,伝搬環境が厳しいFPUの移動伝送では,伝送容量の拡大よりも回線信頼性を重視して伝送方式を設計する必要がある。このため,時間方向と空間方向の両方で誤り訂正効果が得られる時空間トレリス符号化MIMO(Space-Time Trellis Coded-MIMO,以下STTC-MIMO)伝送方式が採用された。

4.2×2STTC-MIMO伝送システム4.1 全体システム構成2×2 STTC-MIMO伝送システム4)5)を用いたロードレース中継のシステム構成イメージを3図に示す。2送信のMIMO伝送を実現するために,移動中継車には,送信アンテナと電力増幅器(PA:Power Amplifier)がそれぞれ2式,2系統分のアップコンバーターが内蔵された送信高周波部,およびSTTC-MIMO-OFDM変調器が搭載される。MIMO伝送方式を採用するシステムは,従来のシステムとは構成や伝送特性が異なるため,効率的な中継システムを構築するには,以下の点に留意する必要がある。・送信アンテナの間隔をできるだけ大きくすること・受信アンテナの間隔をできるだけ大きくすること・電力増幅器と送信アンテナの間のケーブル損失を小さくすることアンテナの間隔を大きくすることで伝搬路応答の相関を小さくし,MIMOの伝送特性を向上させることができる。

2図 SISO伝送方式およびMIMO伝送方式の比較

NHK技研 R&D/No.143/2014.16

中継車 受信基地局

受信アンテナ

送信アンテナ

PA1 PA2

1.2/2.3GHz送信高周波部

1.2/2.3GHz受信

高周波部

1.2/2.3GHz受信

高周波部

STTC-MIMO-OFDM変調器

STTC-MIMO-OFDM復調器

カメラ映像

<2送信 STTC-MIMO-OFDM変調器>

<2受信 STTC-MIMO-OFDM復調器>

2送信STTC-MIMO-OFDM変調器

2受信STTC-MIMO-OFDM復調器

H.264映像符号化

H.264映像復号

伝送映像

エネルギー拡散

エネルギー逆拡散

RS符号化

RS復号

RS(204,166)符号化RS(204,188)符号化

が選択可能

送信機1

送信機2

受信機1

受信機2

STTC符号化

時空間ビタビ復号

受信信号レプリカのメトリック計算

トレリス線図のブランチ選択&復号

受信信号レプリカのメトリック計算

畳み込み符号化器1

畳み込み符号化器2

バイトインターリーブ

バイトデインターリーブ

OFDM変調1

OFDM変調2

OFDM復調1

OFDM復調2

※ Reed-Solomon。

4.2 変復調器2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の構成を4図に示す。OFDMの基本パラメーターは,現行のFPUの1kフルモード(FFTサイズが1,024ポイント)と同一とし,各搬送波の変調方式を拡張してQPSK(Quadrature Phase Shift Keying),8PSK,16QAM(16 Quadrature Amplitude Modulation)のSTTCに対応させている。また,外符号として,従来のRS(Reed-Solomon)(204,188)符号に加え,誤り訂正可能なバイト数が約2.5倍で,擬似エラーフリーの所要C/N比(Carrier to Noise Ratio)を1dB改善できるRS(204,166)符号も選択可能としている。

3図 ロードレース中継のシステム構成イメージ

4図 2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の構成

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1.2GHz帯送信高周波部

2.3GHz帯送信高周波部

1.2GHz帯電力増幅器

2.3GHz帯電力増幅器

4.3 送信高周波部および電力増幅器(1)送信高周波部変調器の出力IF(Intermediate Frequency)信号をRF(Radio Frequency)帯へアップコンバートする1.2GHz帯用と2.3GHz帯用の送信高周波部を5図に示す。いずれも2送信のMIMO伝送を想定し,周波数変換部では2系統で共通の局部発振器を用いる構成として,2系統の送信周波数が同一になるようにしている。また規定された帯域内の各周波数を送信できるように,中心周波数は4.5MHz刻みで変更できる仕様とした。なお,最近の検討では,周波数を共用する他のシステムとの干渉を避けるために,1MHz刻みで中心周波数を変更する案が提案されている。(2)電力増幅器移動中継用FPUでは,周波数帯移行後も,受信基地局を増やさずに従来と同等のエリアや回線信頼性を持つ伝送システムを構築する必要がある。そのため現行の700MHz帯OFDM-FPUの出力5Wよりも大きな出力が想定されている。このため,1.2GHz帯では平均出力25Wの電力増幅器,2.3GHz帯では平均出力40Wの電力増幅器をそれぞれ2式試作した。各電力増幅器の外観を6図に示す。1.2GHz帯電力増幅器はLDMOS(LaterallyDiffused MOS)*1

ドレインとゲートの間の電界強度を緩和する構造にした横型MOS(Metal Oxide Semicon-ductor)トランジスターで,耐圧を高くすることができる。

*2U(ユニット)は,ラック等に実装する機器の高さを表す単位で,1U=1.75インチ(44.45mm)である。

*1デバイスを採用しており,消費電力は300~400VA,サイズは3U*2

のラックマウントタイプ,重量は約15kgである。また2.3GHz帯電力増幅器はGaN(窒化ガリウム)デバイスを採用しており,消費電力は600~700VA,サイズは4Uのラックマウントタイプ,重量は約25kgである。4.4 アンテナアンテナの設計や開発にあたっては,現行のシステムと比較することを目的に,現在700MHz帯で使用しているアンテナと同等の特性を有する1.2GHz帯,2.3GHz帯の送信および受信アンテナを試作した。送信アンテナについては,アンテナ構造を2段のコーリニアアンテナ*3

1/2波長のダイポールアンテナを直線上に複数個並べて利得を高めたアンテナ。

*3とし,前節で述べたように,1.2GHz帯で25W,2.3GHz帯で40Wの信号をアンテナに入力するため,耐圧を十分に持つ設計とした。試作した送信アンテナを7図に示す。受信アンテナについても,送信アンテナと同じ目的で,現行システムと同等の特性を有するアンテナを試作した。アンテナ構造は1.2GHz帯,2.3GHz帯ともに8素子の八木アンテナとした。試作した受信アンテナを8図に示す。

5.むすび700MHz帯FPUの周波数移行に向けて検討されている時空間トレリス符号化MIMO伝送システムおよび当所で開発した試作装置について述べた。MIMO伝送方式は,複数の送受信アンテナを用いることにより,伝送容量を拡大しながら,ダイバーシティー効果に

5図 送信高周波部 6図 電力増幅器

NHK技研 R&D/No.143/2014.18

765mm

605mm

360mm

760mm

560mm

300mm

参考文献

よって回線信頼性を向上させることができる方式である。しかし,MIMO伝送方式は従来のSISO伝送方式とは性質が異なり,見通し内環境の伝搬路において,伝送特性がやや劣化する傾向がある。この対策として,誤り訂正能力を約2.5倍にしたRS符号を新たな伝送パラメーターとして用意しているが,信号間の相関を低くする運用上の工夫も必要である。一般にMIMO伝送方式は,伝搬路による影響を受けやすい方式である。その特徴を十分に理解して伝送システムを構築することにより,従来のSISO方式に比べて伝送容量を最大2倍に拡大できるという利点を活用できる。平成25年7月24日には,情報通信審議会においてMIMO伝送方式の技術的条件が取りまとめられた。今後はARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)規格の策定やメーカーの製品化が円滑に進むことを期待したい。

本稿は,映像情報メディア学会誌に掲載された以下の解説記事を元に加筆・修正したものである。

池田:“FPUの高度化に向けた最新技術,”映情学誌,Vol.67,No.10,pp.856-860(2013)

1)総務省:“周波数再編アクションプラン(平成23年9月改訂版),”http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02kiban09_03000089.html

2)電波産業会:“テレビジョン放送番組素材伝送用可搬形OFDM方式デジタル無線伝送システム,”ARIB STD-B33 1.2版(2011)

3)ITU-R Rec. BT-1872,“User Requirements for Digital Electronic News Gathering”(2010)

4)中川,光山,神原,池田:“時空間符号の800MHz帯市街地移動伝送特性,”信学技報,RCS2009-92,pp.85-90(2009)

5)中川,池田:“2×2 STTC-MIMO-OFDMシステムの性能改善,”映情学技報,Vol.36,No.10,BCT2012-48,pp.69-72(2012) いけ だてつおみ

池田哲臣1984年入局。旭川放送局を経て,1989年から放送技術研究所において,地上デジタル放送伝送方式,番組中継用伝送方式,スタジオ用ワイヤレスカメラの研究に従事。現在,放送技術研究所伝送システム研究部部長。

7図 送信アンテナ(左から700MHz帯用,1.2GHz帯用,2.3GHz帯用)

8図 受信アンテナ(左から700MHz帯用,1.2GHz帯用,2.3GHz帯用)

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