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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号 平和統一聯合 1 Federation for Peace and Unification F P U 北近畿 (兵庫・京都) 第 67 号 F P U 北 近 畿 〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通 7-1-2 ネオアージュ神戸元町 1001 号 TEL.078-360-0757 FAX.078-367-4323 HP:HHHHHUUUUUhttp://fpuhg.main.jp/UUUUUHHHHH E-mail:HHHHHUUUUU[email protected]UUUUUHHHHH 発 行 FPU 北近畿 発行人 文 聖 純 2014 年 3 月 1 日 第29回平和統一セミナーがよき未来と分断国家の平和的統一を願って開催されました。 春まだ浅き 2014 年 2 月 23 日の午後、神戸市 JR 新長田駅前の勤労市民センターに、FPU 兵庫渉外部 長・金豊鎬氏を招聘して「東アジア30年戦争」と題して語っていただきました。 文聖純 FPU 北近畿/兵庫会長代行が冒頭に挨拶並びに金講師の紹 介をされた後、金講師は、朝鮮戦争に想いをそそがれ、韓(朝鮮)半 島での南北の軍事対決を明快に追及されました。 「東アジア30年戦争 」とは、まさしく 1945 年の太平洋戦争の 終結時と 1975 年にアメリカ合衆国のベトナム戦争敗退迄の 30 年 間の歴史を指し示しています。論法はさらに明快でした。金豊鎬講師 は本国にて軍歴(海軍)を終えられて来日してより約 20 年になりま す。半島の近・現代の歴史を、6・25 朝鮮動乱から現代に至る迄の 歴史を述べられました。 この度のセミナーは韓国(朝鮮)史の学習の意義と目標がはっきり と明示されていました。韓(朝鮮)半島が、あたりまえのことだが半島 が単なる外国ではなく、また、韓国(朝鮮)史が単なる外国史ではない ということを、決意を持って語られたのでした。 6.25 動乱(1950 年)の項目に以下の表記がありました。「6 月 25 日、朝鮮戦争が勃発した」これは北 からの侵略なのか、或いは南からの侵略行為なのか?との問題提 起がありました。 結論として、この様なことは朝鮮戦争を語る上で一時的時点の 問題ではないことを結論づけをされました。明らかに半島南北の 軍事対決は、北朝鮮・中国・ソ連と韓国・米国・日本との冷戦及 び代理戦争の縮図でもあったとされた上で、それらは日本を主体 とした「すべての歴史は現代史であり、今も続いている」とみる 事が出来、その意味で韓(朝鮮)は日本と深い特別な関係がある外国 であり、他のどの国よりも深い歴史的関係があると指摘されまし た。 講演の後、交流の場となりました。日本の植民地支配のその深 い傷跡は現在も残っています。過ちを繰り返さないために、そし て日本人と韓国(朝鮮)人の民族的友好を取り戻すためには、私たち がこの問題を直視し、継続して研究していかなければならないこ とを学ばせて頂きました。 村山惠宥神戸支部支部長が司会と進行を担当し、曺小煥FPU兵庫副会長(臨済宗京都東福寺派雲水)がFPU 正会員拡大の方便について語り、閉会の挨拶を述べられました。 2 月 13 日(木)から 14 日(金)まで 1 泊 2 日の研修会が、清心ビレッジで開催されました。 今回、全国13ヶ所の平和統一聯合事務局長が集い、教育を目的とした研修会が開催され ました。基元節1周年を迎え、新しく会長として今まで大山田秀生会長が文総裁から教育を 受けた内容を中心として講義がありました。 「神主義、頭翼思想から見た南北統一」という主題を序として、2014年は①内的な困 難が予想される時代・中国、韓国、米国、 日本②いずれにせよ、人間的限界を超え 摂理(天運)に基づく人類の摂理史的本流 に沿っていくしか道はない。韓国、日本、 米国③この多難な時代における我々、平 和統一聯合はいかなる使命を果たすべき か?天運の流れ 摂理史の原則を踏まえ つつも、現実の複雑多岐な状況のバラン スを如何に捉えていくかが課題と言う内 容で熱く教育を展開されました。集まっ た局長たちは新しい覚悟でビジョン20 20に向かって文総裁の念願であった同胞復帰と南北統一に向か って新しくなられた天一国最高委員会の12名の中のお一人とし ての大山田会長と一緒に心を一つにしていくことを誓いました。

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 1 Federation for Peace and Unification

F P U 北近畿

(兵庫・京都)

機 関 紙

第 67 号

F P U 北 近 畿

〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通 7-1-2

ネオアージュ神戸元町 1001 号

TEL.078-360-0757 FAX.078-367-4323

HP:HHHHHUUUUUhttp://fpuhg.main.jp/UUUUUHHHHH E-mail:[email protected]

発 行 FPU 北近畿

発行人 文 聖 純

2014 年 3 月 1 日

第29回平和統一セミナーがよき未来と分断国家の平和的統一を願って開催されました。 春まだ浅き 2014 年 2 月 23 日の午後、神戸市 JR 新長田駅前の勤労市民センターに、FPU 兵庫渉外部長・金豊鎬氏を招聘して「東アジア30年戦争」と題して語っていただきました。

文聖純 FPU 北近畿/兵庫会長代行が冒頭に挨拶並びに金講師の紹介をされた後、金講師は、朝鮮戦争に想いをそそがれ、韓(朝鮮)半島での南北の軍事対決を明快に追及されました。 「東アジア30年戦争 」とは、まさしく 1945 年の太平洋戦争の終結時と 1975 年にアメリカ合衆国のベトナム戦争敗退迄の 30 年間の歴史を指し示しています。論法はさらに明快でした。金豊鎬講師は本国にて軍歴(海軍)を終えられて来日してより約 20 年になります。半島の近・現代の歴史を、6・25 朝鮮動乱から現代に至る迄の歴史を述べられました。 この度のセミナーは韓国(朝鮮)史の学習の意義と目標がはっきりと明示されていました。韓(朝鮮)半島が、あたりまえのことだが半島が単なる外国ではなく、また、韓国(朝鮮)史が単なる外国史ではないということを、決意を持って語られたのでした。

6.25 動乱(1950 年)の項目に以下の表記がありました。「6 月 25 日、朝鮮戦争が勃発した」これは北からの侵略なのか、或いは南からの侵略行為なのか?との問題提起がありました。 結論として、この様なことは朝鮮戦争を語る上で一時的時点の問題ではないことを結論づけをされました。明らかに半島南北の軍事対決は、北朝鮮・中国・ソ連と韓国・米国・日本との冷戦及び代理戦争の縮図でもあったとされた上で、それらは日本を主体とした「すべての歴史は現代史であり、今も続いている」とみる事が出来、その意味で韓(朝鮮)は日本と深い特別な関係がある外国であり、他のどの国よりも深い歴史的関係があると指摘されました。 講演の後、交流の場となりました。日本の植民地支配のその深い傷跡は現在も残っています。過ちを繰り返さないために、そして日本人と韓国(朝鮮)人の民族的友好を取り戻すためには、私たちがこの問題を直視し、継続して研究していかなければならないことを学ばせて頂きました。 村山惠宥神戸支部支部長が司会と進行を担当し、曺小煥 FPU 兵庫副会長(臨済宗京都東福寺派雲水)が FPU正会員拡大の方便について語り、閉会の挨拶を述べられました。 2 月 13 日(木)から 14 日(金)まで 1 泊 2 日の研修会が、清心ビレッジで開催されました。 今回、全国13ヶ所の平和統一聯合事務局長が集い、教育を目的とした研修会が開催されました。基元節1周年を迎え、新しく会長として今まで大山田秀生会長が文総裁から教育を受けた内容を中心として講義がありました。 「神主義、頭翼思想から見た南北統一」という主題を序として、2014年は①内的な困

難が予想される時代・中国、韓国、米国、日本②いずれにせよ、人間的限界を超え摂理(天運)に基づく人類の摂理史的本流に沿っていくしか道はない。韓国、日本、米国③この多難な時代における我々、平和統一聯合はいかなる使命を果たすべきか?天運の流れ 摂理史の原則を踏まえつつも、現実の複雑多岐な状況のバランスを如何に捉えていくかが課題と言う内容で熱く教育を展開されました。集まった局長たちは新しい覚悟でビジョン2020に向かって文総裁の念願であった同胞復帰と南北統一に向かって新しくなられた天一国最高委員会の12名の中のお一人としての大山田会長と一緒に心を一つにしていくことを誓いました。

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 2 Federation for Peace and Unification

平和思想「頭翼思想」提唱者・FPU 創始者『文鮮明』総裁の

««««««««««『平和統一』メッセージ»»»»»»»»»» 在日同胞復帰

それは、怨讐である日本を解放するために、公式的な路程を通過しようとしたものとしか考える

ことができないというのです。それ以外の理由はありません。

そのような思いを受けたので、日本の若者は先生にその恩を返さなければなりません。ですから、

日本の食口たちが命を懸けてこのように活動しているのです。

皆さんを含む全ての日本人は、先生にとって怨讐です。そのような心情圏に立っています。南北

統一は日本がしなければならないのです。エバ国家として、韓国と北朝鮮を一つにしなければなり

ません。そのようにしなければ日本の未来はありません。過去の過ちを蕩減しなければならないの

で、エバが南北統一をしなければならないのです。

五番目は、南北統一は日本とアメリカの責任です。原理的に見れば、エバと天使長がアダムを堕

落させてしまったのです。アダム国家を復帰するために、日本とアメリカが一つにならなければな

りません。

それが北朝鮮と韓国の朝総連と民団です。それを日本が消化しなければなりません。消化するに

は、日本だけではできません。お父様と一つにならなければならないのです。何の話か分かります

か。腹中にいるベレツとゼラの様に、一つの民族を代表する二つの国を一つにしなければなりませ

ん。

朝総連と民団を一つにしなければ、エバ国家が立つことはできないのです。彼ら全員が先生を大

歓迎することによって先生と一つになるのです。それでアダムとエバが一つになるのです。民団と

朝総連が一つになることにより、南北の実体である韓国と北朝鮮が自動的に一つになれば、北朝鮮

の偽りの父母と韓国の真の父母が条件的に転換されるので、エバが自動的にこれを抱いていき、そ

の伝統を韓半島に連結させれば、韓日統一圏ができるというのです。

1992.4.3

今から同胞全体に対して責任を持ち、日本の組織活動において核心的位置に立てなければなりま

せん。同胞をあきらめてはいけません。日本のメンバーが同胞六十万人を伝道するのです。日本の

人々は同胞には関心がありません。

日本から韓国に帰ってくるためには、六十万人のイスラエル民族と同じ六十万の同胞を復帰しな

ければなりません。それをまず立てて迎えるようにするのです。日本にいるすべての同胞を日本人

以上に貴重に思わなければ摂理の方向に逆らうことになるのです。

1992.2.11

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 3 Federation for Peace and Unification

家庭連合 真の愛 和合の祭典

FPU 北近畿/兵庫会長代行 文聖純

世界平和統一家庭連合(真の家庭)が、天一国3

大経典編集を完結して、憲法を領布するにつれ、天

一国定着の為の大長征に上がった。家庭連合は2月

12日(旧暦1月13日)京畿道加平郡にある清平

平和ワールドセンターで天一国基元節一周年記念

行事を喜びと感謝の中で迎えた。

地球村平和世界実現の為に、超宗教超教派運動、

中東平和運動、国際平和高速道路建設推進、人種を

超越した交差祝福結婚など、誰も敢えて為せない事

業などを広め、これを土台に昨年旧暦1月13日神

様の国がこの土地に開始されたことを知らせる天

一国基元節を宣布したので感激が大きかったので

ある。

この日、行事は1部記念式、2部2万双天宙祝福式、3部慶祝公演などの順に進行した。記念式

では、天一国経典である真の父母経が奉呈されて、天の法道である天一国憲法が人類と天宙の前に

宣布されて、歴史的意味を加えた。3大経典が文鮮明・韓鶴子総裁のみ言の偉大成であれば、憲法

は3大経典で、実践しなければならない核心内容を表したのである。

記念式典は場内をいっぱいに埋めた 2500 双の新郎新婦と祝いの客、一般信徒など、2万人余

りの雷のような拍手と、歓呼の中、幕が上がった。

この日、祝福式には衛星中継を通じて全世界の2万人余りの祝福双が参加した。李基成家庭連合

副会長の社会で始めた記念式は天一国経典編纂委員会

金榮輝委員長と李載錫副委員長が天聖経と平和経に引

き続き天一国経典の中、最後に編集された真の父母経

をもって入場し、韓鶴子総裁に奉呈した。

真の父母経は家庭連合の元老、学者で構成された教

典編纂委員で心血を注いで制作したもので韓総裁の承

認を経てこの日奉呈されたのである。これで天聖経、

平和経、真の父母経3大経典は、人類霊性を導く家庭

連合の教材、教本で、後代に長く伝えることになった。

引き続き韓総裁は12名の天一国最高委員会委員を発表した。韓総裁は黒い色の法服を着た最高委

員と大陸会長たちが見守る中で、天一国2年天歴1月13日(陰暦2月12日)基元節一周年を迎え

「万王の王、天地人真の父母として天一国憲法を、天の父母様と霊肉界の全人類の前に宣布した」

と憲法領布を厳粛に宣言した。天一国憲法は今後、全人類が創造本然の生を求現することができる

ようにする法の規範、指針の役割をすることになるというのが家庭連合の説明でした。憲法領布の

瞬間、祝砲がさく裂して紙ふぶきが降りそそぐ中、記念式典は絶頂に盛り上がった。

最後に記念映像が上映された。参席者は天一国基元節の宣言の背景と意味を、犠牲と苦難で綴ら

れた文鮮明・韓鶴子総裁の生涯路程、天一国完成に向かって駆け抜けた一年間の活動状況などが入

れられた映像を見守り目頭を熱くして、基元節の崇高な意味を再確認して、平和世界をこの地に広

げることを確認したのである。

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 4 Federation for Peace and Unification

2014年2月11日の午後、ソウル 瀧山区にある白凡金九記念館において

2014 年統一祈願漢民族平和統一大会が南北統一運動国民聯合(国民聯合)の主催

で開催されました。 FPU 北近畿/兵庫会長代行 文聖純

柳吉在韓国統一府長官が参加

され、国民聯合の会長である薛勇

洙会長、趙明哲議員の挨拶があり、

続いて柳吉在長官のお話があり

ました。

統一部長官は在日の朴王順さ

んの歌を感動的に聴きましたと

語られながら、「懐かしい金剛山、

私達の民族ならどんな方々もそ

の旋律と歌詞に涙を流さない人

はいないでしょう。私もその歌を

唄いながら多くの涙を流しまし

た。今日、このような本当に素晴

らしい行事を設けてくださった

国民聯合の皆様に深く感謝申し

上げます。

2014 年統一祈願韓民族平和統一大会と言う非常に長い名前の行事を皆さんが準備して、また

海外でも、多くの私達の同胞が参加して下さって、政府が出来ないようなことを民間団体がしてい

るという側面で、行事を準備された薛会長、趙議員そして会員の皆様に感謝申し上げます。政府が

今後、この様な行事に対して、さらに多くの支援をして、多くの群衆の中に、私たちの社会に、ま

た海外におられる同胞の社会の中に、統一運動に対する熱意と情熱をより深く持つことができるよ

うに最善を尽くして努力します」。と話され、「今、

南北間で最も重要なことは、北朝鮮の核問題である」

と話されました。柳吉在韓国統一府長官は、離散家族

対面が合意した通り、履行されれば、今後段階的に南

北関係が改善されて行くと、南北間合意履行を強調さ

れました。

国民聯合は文鮮明総裁が創設されて、韓国で全国民

に南北統一の運動に対しての意識を持つように拍車

をかけてこられました。文総裁のみ言は、決意を込め

た言葉としての重みを感じます。これからもこの運動

は、継続され発展していくことでしょう。

一日も早く北朝鮮が、核を放棄することを祈り、統

一の日を願った一日でした。

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 5 Federation for Peace and Unification

甄萱(キョンフォン)(後百済王)と天馬 1

阪神支部支部長 尾道宗継

天の高みよりあらゆる世界—天上天下の世界—を治め整えている玉皇上帝に一人の娘がいた。帝は、たった一人の娘を、掌中の珠の如くに愛し、大事に育てた。 天帝夫婦のあり余る愛を受け、姫は天の城で麗しく育った。いつしか姫も花のような十七、八の美しい乙女になったのである。 天上は一年中うららかな春の陽気で、あらゆる鳥がさえずり、美しい草花が咲き乱れていた。姫の胸中にも、いつしか人生の春が訪れた。ほのかな恋慕の情が姫の心に芽生え始めたのであった。 姫は高い部屋から遠くや近くの景色を眺めては、そこに広がる山と川、そして天の人々が住む街などをあれこれと見ていた。 いつまでも変わることない山や川、それらはあまりにも定まった姿をして、変化することを知らぬかのように見えた。自然の景観だけに留まらず、この国の人は成長することもなく、老いることもない、姫は父の歳をも知らなかった。それほど老いてもおらず、若くもない。いつまでもそのままであった。いわば、姫の誕生と成長は、この国にとって、一つの奇蹟でもあった。「成長する姫」は、そもそも時間が一ヶ所に止まっているような永遠なる天上に、悲しき人間の運命を持つことを宿命として生まれたのかもしれない。 あれこれと物思いにふけってあたりを見回していた姫は、部屋のすぐ下から、先ほどよりまっすぐ自分に向けられている何かの気配を感じていた。何げなく視線を部屋の下へ落としたとたん、姫は熱い眼差しに出くわした。若い男が、いつからかは知らないが、ずいぶんと長いことそこに立って、姫を見上げていたのである。その瞬間、姫の顔は赤らみ、胸は激しくときめいた。 二人はしばしの間、見つめあった。燃えている目と目、そしてその間を縫って火花のような熱い心が通ったのである。 青年は口号(クボ)と呼ばれていた。 その日以来、二人は人目を盗んでひそかに逢瀬を重ねた。美しい姫と見目麗しい口号との愛は、日がたつにつれて、いっそう深まるばかりであった。静かな山道で、または人気のない小川のほとりで、時間のたつのも忘れ、二人は愛をささやきあった。夜が明けると、二人はひたすらお互いに逢えるときだけを心待ちにし、逢っては別れに苦悩した。お互いに抜け出すすべのない人間的な愛の世界へと、一日一日と深く溺れていくのであった。 とうとう、玉皇上帝も二人のただならぬ関係に気がついた。人間的な感情をだす二人の行為は、天上の秩序を乱す、許されないことであった。玉皇上帝は大いに怒り、愛するわが娘を誘惑した口号を捕らえた。そして、愛する娘のためにも、これ以上彼を天上に置いておくわけにはいかぬと思い、はるか遠い地上の世界へと、生還を期しがたい流刑にしょうとした。 天帝にとっては、たった一人の自分の娘をまんまと誘惑した口号が許しがたい不埒者に思えた。天帝は百年という期限を定め、口号に地上へ降りるように命を下した。 愛ゆえに罪に墜ち、苛酷な刑を受けることになった口号はもちろん、口号と別れざるを得なくなった姫も、ひどく心を痛めた、別れては生きることさえ考えられない姫と口号にとっては、百年も見ることも逢うこともかなわなくなったことは、あまりにも、悲しいことであった。 姫は何日も考えた末に、恥を忍んで天帝の前に出て涙ながらに懇願した。 「父上、私たちの不幸をどうかお許して下さい。私たちの愛は限りなく深く、清らかなものでございます。天地に終わりが来るとしても、私たちの愛だけは決して変わることはありません。罪があるとしたら、前もって父上にお許しを得なかったことだけでしょう。父上、何とぞ寛大なご処置を。もしも、お許しがいただけないのでしたら、この娘も罪人でございます、あの方と一緒に地上へ追放して下さい。あの方だけを罪に問うのはあまりにも不当な仕打ちと思います。私は、たった一日でもあの方と離れては生きていけないのです。なのに、百年とは、私、これからどうすればよいのでしょうか。百年も離れていることを考えるだけでも、目の前が真っ暗になるようです。父上、二人でともに生きていけないのでしたら、どうぞ、あの方の身代わりに、この私を罰して下さい」 切々たる娘の哀願に、天帝は、姫がそれほどまでに口号を慕っていたのかと、考えを改めた。それだけに、天帝の心は重苦しく沈むのであった。 「余も、そなたたちの気持ちがわからぬわけではない。そなたの純粋な思いは余の心を動かすにたりる。しかい、天の秩序や法規を、余一人の私的な感情で、変えるわけにはいかぬ。だが、ほかならぬそなたの苦悩を知らぬふりもできない、天帝の娘のそなたを地上へ送ることもできない。だとしても、罪を犯した口号をそのまま天上に住まわせるわけにもいかぬ。第一、天帝の名で公にしたことを取り消すわけにはいかなかった。それゆえ、口号の刑期を減ずるよりほか道はない。そなたももう心配はやめ、口号が刑を終えて帰るのを待つがよい。そなたらがこれほどまで深く愛し合っているとは、余も知らなかった」

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FP

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道路

利用

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代ハ

PU北近畿

白村江の敗戦

ようになった

唐との戦い

の越部駅家が

式山城」と呼

5回参照)。こ

へ向かう美作

侵入に備えた

たのかよくわ

隣には、韓半

り、渡来人が

本国の建築様

だろう。越部

地域リーダー

ように、駅長

駅家の場所

があり、東に

の両脇に三重

る。この地域

ている。この

関わり、かつ

た、美作道沿

あったとされ

の地域リーダ

さて、これま

てきた。古代

いたるまで、

して、夢のよ

ような古代ハ

曲がりくね

代ハイウェイ

も考えられる

げられる。そ

路の修繕も行

用した水路の

ったというこ

われ縮小して

ハイウェイは

畿(兵庫

戦以後、日本

た。そこで、

いに備えたと

があったとさ

呼ばれるもの

この地域は、

作道沿いにあ

たものなのか

わからないが

半島の影響が

が多く居住し

様式にならい

部駅家の駅長

ーが任命され

長を兼ねた人

所は特定でき

に少し行くと

重の塔を備

域のリーダー

の寺院を建設

つ駅長も兼任

沿いには栗栖

れている。こ

ダーが創建し

まで古代山陽

代山陽道は、

渡来系の人

ような話だが

ハイウェイが

ねった細い険

イも次第に廃

る。まず駅家

そのため駅子

行われなくな

のほうが重要

ことだ。はや

ていくことに

は消滅した。

庫・京都)

Fe

本は唐が攻め

天智天皇は

とされる。そ

される地域で

のであった

、山陽道の草

ある。山城建

か、山陽道に

が、国防上

が見受けられ

していたこと

い、渡来人が

長には、山城

れていたと思

人物は寺院を

きていないが

と奥村廃寺が

えた大寺院

ーが相当な力

設した一族こ

任していたの

栖廃寺をはじ

これらの寺院

したというの

陽道の主要駅

その建設か

人々が深く関

が、今から1

が日本列島を

険しい道では

廃れていくこ

家を維持する

子の逃亡、暴

なった。さら

要視されたこ

やくも、平安

になる。そし

平和ederation fo

播磨と渡古代の道

めてくるとい

は全国の要所

その山城の礎

で発見された

(城山城 詳

草上駅から分

建設の目的が

に睨みをきか

重要な拠点

れる馬立古墳

とは間違いな

が中心となっ

城建設に力を

思われる。先

を建設してい

が、この地域

がある。特に

院であったこ

力を持ってい

こそが、古代

のではないだ

じめ、いくつ

院も出土品な

のが有力であ

駅家をいくつ

からはじまり

関与している

1300年も

を縦断してい

はなかったの

ことになった

る負担が大き

暴動が発生

らに陸路より

ことも大きい

安時代初頭に

して平安時代

和統一聯合or Peace an

渡来人(第 ⑥ 越

いう恐怖に

所に山城を

礎石が古代

た。いわゆる

詳細は14

分岐して出

が出雲地方

かせるため

点であったの

墳群が存在

ない。山城建

って進められ

を貸した渡来

先回まで見て

いるケースが

域には越部廃

に奥村廃寺は

ことがわかっ

いたことを物

代山城建設に

だろうか。

つかの古代

などから、

ある。

つか挙げて

り、運営・

ることが分

も前に高速

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きかったこ

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い。役割が

には行政改

代末期には

(写真右

月刊

合 nd Unificati

第52回)越部の駅家

怯え

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、古

上より 城山

平和統一 N

ion

山城推定復元

EWS 第

姫路支部

元図 奥村廃

67 号

6

部長 英裕司

廃寺推定復元

元図)

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 7 Federation for Peace and Unification

雲水(くもみず)の行方や何処(いずく)なるらん (3)

~韓(から)くに雲水の旅・故郷目に見ゆ、泣けとごとくに~

FPU 兵庫副会長

元臨済宗東福寺派 京都総本山東福寺 塔頭 即宗院 曺 小 煥

短歌一首、訪ね来し 柳青める ナットンガン(洛東江) 故郷目に見ゆ 泣けとごとくに 奉化寺の老御住持から一宿一飯の「お接待」の「おもてなし」や「激励」に支えられて、祖国、金海平野

の初夏の風を受けて北に進み、ナットンガン(洛東江)大橋を渡りました。

父や母が 73 年前に日本へ行くために故郷を旅立って、どのような思いで、どのように橋を渡ったのだろ

うかと考えると思わず落涙せざるを得ませんでした。小さな村々を幾つか通り過ぎました。冬をやり過ごし

た洛東江の両岸の柳葉が青々と優しい風にそよいでいました。すれちがう村人は私に挨拶をしてくれます。

打ちひさんでいる私の気持ちを一変させてくれます。気が付けば樹々は明るい緑に輝き路傍の花たちは笑顔

で挨拶をしてくれるのでした。

この国に到着して、約 90 日近く半島を歩いて一周するという行為の重さを含めて、今から意気消沈など

していてよいのだろうかと思いました。「何でも見てやろう」と日本を後にしたのですが、言葉は祖国語で

ある筈なのに、情けないことにこの韓国・朝鮮語がぺらぺらと言うわけではありません。内心、おっかなび

っくりの旅立ちでした。

父母の時代の当時の暗黒的天皇制の日本は、天皇を頂点として韓国(朝鮮)の外交権や内政権を奪い、半

島をしゃぶり尽くす為の地ならしを完了した後でした。その事を知るが故に私は、感傷的にならざるをえま

せん。祖国の人々の「ご接待」と「おもてなし」「激励」を受けて歩き続けるとなれば細かいことにとらわ

れたりせずに大きな気持ちでのびのびと歩き通さねばならないと決心するのでした。

やがて、洛東江を右に見やりながら西方に足が向いて進みます。真紅に燃えた落日の後を追うようにして

大小さまざまな墳丘の造山に差しかかりました。どうやら古墳群(無数の)に差し掛かったようです。韓(朝

鮮)半島独持の半球状の今、私の眼前にある古墳と、日本で見る濠をめぐらした前方後円墳とでは、ずいぶ

ん違った印象を受けました。また、日本では全くと言ってあまりにも良く似ている石塔や石仏がたくさんあ

るのに驚かされました。それと、もう日本ではあまり眺め見られなくなった美しい景色と韓国に上陸した昨

日からの出会った人々の素朴な人情、スモッグに汚れない自然と空気、何日も続くと聞かされた澄みきった

青い空、到着したばかりだというのに、秋には必ず再び訪韓してみたい思いがしました。「在日」ならでは

の韓国(からくに)の風の旅、雲水(くも・みず)の旅の魅力は豊かにありました。経済的余裕がなくとも

悠々自適に山野に野宿ができる能力が備わっていればなにをか言うことはありません。

歩くという行為の重さの中には、今夜の宿泊をどうするかという問題が常に心の中に対峙しています。結

論的には私はホームレスではありません。帰るべき場がない方が良いと思ったことは幾度もあります。「天

衣無縫」という言葉は私の好きな四字熟語です。その様なことを考えていると眼前の蒼々とした林の中に、

いつの時代のものか古(いにし)えの朝鮮の歴史の再現した村が眺められました。案内表示板には日本語文

字がありました。早くから金海の町に入っていたの

です。「首露王朝」と判読出来ました。金海は古代日

本とは、格別に縁故の深かった地で加羅(伽耶)と

も言いました。金氏の始祖とも伝えられる首露王な

らびに妃の陵がありました。

王陵へは釜山から金海を経てさらに西に通ずる街

道を私はどうやら、左手(南方)に少し入った村は

ずれを歩いたらしく思われます。正面に低い朱塗り

の門があり、扉が固く閉ざされているが、その右手

に今一つの門があり、自由に休息できる東(あずま)

屋がありました。この場所を今夜の露(野)宿の処

と定め寝袋を取り出しました。ちなみに私の本貫(父

祖の地)は此処から20 ㎞北西にあり洛東江流域の

伽耶連合諸国の一つで火旺山城を有する古代に比斯

伐(ビサボル)と称した6伽耶の中の昌寧伽耶です。 (墳墓群の中を素足で通り過ぎました)

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 8 Federation for Peace and Unification

瞑想効果

京都大学名誉教授・FPU京都会長 渡辺 久義

デイヴィド・ウィルコックの『根源の場の研究』を最初に読んだとき、最も私の注意を惹いたのはこの部分だった—— 「2年にわたって、約7千人のグループが3度会合し、彼らはこの会合の間に、世界中のテロ行為を、72 パーセントという驚くべき割合で減らすことができた。・・・彼らはいったい何を行ったのだろうか? これらの人々は集まって、愛と平和の思いを込めて瞑想しただけだった。覚えておいてもらいたいが、これは科学研究であり、専門誌「犯罪者リハビリテーション・ジャーナル」に載ったもので、彼らはテロのサイクル、傾向、天候、ウィークエンド、祝祭日、その他あらゆる変動因子を除外した。だからテロリズムの72 パーセントの減少は、彼らの瞑想によって起こったものであって、他の原因によるものではありえない。」 私はこの本を世界日報に紹介したとき(「発想転換が起こす時代転換」2012/11/20)、この部分を引用した。著者自身もこのエピソード(同じような実験が他に数十例あるという)を特に重要と思っているらしく、『シンクロニシティ・キー』を含めたその後の書きものに、これを何度も引いている。 これは我々の心が、一般の想定に反して実は繋がっていること、従って自分が(できれば集団で)愛と平和と許しの思いに集中するならば、それは他者をも動かし、逆に他者を苦しめるなら、自分も苦しむことになるという確実な証拠である。要するに宇宙全体が、一つの生命体として繋がっているということである。 彼は最新のブログ記事「ルシファーの正体を暴く」(創造デザイン学会サイトに和訳あり)でもこの実験に言及し、「もしそうだとしたら? ではなぜそうしないか?」と世界の人々に問いかけ、行動を促している。こんな簡単なことをなぜやってみないのか? これだけ残忍なテロや内戦がいつまでも後を絶たず、これを断つためなら、何でもやってみようという人々は世界中に少なくないはずである。なぜそうしない? 理由ははっきりしている——どんな報道機関もこれを報道しないからである。報道しないどころか隠そうとするからである。学界もこういう“科学に反する”ことは認めない——科学専門誌に載ったにもかかわらず。彼らは肉体が別々である以上、心も別々でなければならないという、唯物論的前提をいまだに死守している。私はこの間の事情を、ID論争を通じてよく知っている。その前提が事実に合わないだけでなく、たとえそのために人が死んでも、彼らは立場を変えない。この欄ですでに指摘したように、我々より目の見える人々によって「イルミナティに支配された主流科学」などと指摘されても、彼らは恬としてこれを無視する。当のイルミナティ自身はルシファー信者であって、唯物論者などでないことは、上記ウィルコックの記事が明らかにしている。科学のとる唯物論は、彼らが我々を支配するための、この上なく重宝な道具である。一つは人間蔑視の思想として、もう一つは我々の霊的進化を妨げるための牢獄として。 「何? 霊的進化? おい、霊的進化だとよ、この男は何が専攻か知らないが、科学のカの字も知らない馬鹿だぜ。」これまでは、こういうことを言うメディア・学者連合体を、単に人間の成長の足を引っ張る者として、大目に見ることもできた。しかし先月ここで論じたケムトレイル/気象操作のような、明らかに邪悪な、地球/人間破壊計画を無視したり、その隠蔽に組織的に加担したりするのは、歴とした犯罪である(前記サイト参照)。彼らの恥ずべき、呆れるばかりのウソは、良心的学者たちの使う比喩で言えば、「居間に入ってきた象が見えないと言っているようなものだ」。この計画を進めている者自体が、ルシファーの霊的力を信ずる者たちである—— 「(高位のインサイダーたちから)私が聞いているところでは、いわゆるイルミナティを運営している人々は、実は下っ端で、ネガティブな方向性をもった、肉体を持たない“地球外”存在たちのために働いている。・・・こうした者たちは、実は地球を恐怖の養殖に使っている。これが〈陰謀団〉の行動の多くが、人間的観点からは、全く意味をなさないように見える理由である。」 これほど露骨ではないが、もっと隠微な形でメディア・学界連合体が“彼ら”に協力している例はよくある。例えば京大や阪大のような所で、ダーウィン進化論にとって有利なように見える論証をする者がいると、必ずNHKや新聞がニュースでこれを取り上げる。しかしこうしたものは必ずその時限りで消えてしまう。当たり前だ。また読売新聞などは(他紙は知らない)、全く藪から棒に「ローマ・クラブ」の解説をしたりする。ごく最近はアメリカの「連邦準備銀行」の“正しい”説明記事を載せた。なぜ今これが必要なのか? それは、いま世界がようやく目覚めて、これらに対する不穏な不信の空気が強まっている、どうか“陰謀論”にはくれぐれも乗らないように、という趣旨——いわゆる「思想的引き締め」であろう。

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FPU北近畿(兵庫・京都) 月刊 平和統一 NEWS 第 67 号

平和統一聯合 12 Federation for Peace and Unification

行事案内

3月01日 平和統一 NEWS 発刊 3月08日 第41回韓国料理講習会 3月08日 定例役員会 3月30日 平和統一講演会

活動内容

2 月 05 日 常任理事会 開催 2 月 05日 定例役員会 開催 2 月23日 平和統一セミナー 開催 2月25日 編集会議 実施

機関紙 月刊『平和統一 NEWS』

<編集委員会>

委 員 長 文 聖 純 副委員長 曺 小 煥 編集局長 福田秀樹 編集委員 朴 享 宣 編集委員 金 豊 鎬 編集委員 高木 実

投稿記事募集 交流の広場への投稿記事を募集しています。

FAX.078-367-4323 E-mail:[email protected]

編集後記 ■どなたの発案か、「高いつもりで低いのは

教養、低いつもりで高いのは気位、薄いつ

もりで厚いのは面(つら)の皮」だそうな。

話し言葉に気を付けたい、書き言葉(文章)

に愛情を注ごうと先日、山道で雪の中をひ

たすら歩いているときに、ふと気付いた。

本紙「平和統一 NEWS」は読者のご家庭

の中にも入っていく。中学生、高校生にも

読んで頂き、受験勉強などに役立つように

楽々と読んでほしい。そうなると編集委員

会の責任は重い。難解であってはならず、

高尚であってもならない。重々気を付けな

ければならない。 (曺) ■去る 2 月 11 日、現職の韓国行政府の長官(日本では大臣)が、文総裁が韓(朝鮮)半島の平和的統一を願って韓国に創設された(南北統一運動統一聯合)の主催するソウルでの平和統一大会に出席し、談話を発表、共にその日を過ごされ、「政府ができないことをされている」と長官は語られた。 ・・・(本紙『平和統一 NEWS』3 月 1 月号 4 ページを 参照)

時あたかも、朴大統領が就任されて 1 年となる 2 月 25 日「統一準備委員会を設置し、民間交流の幅を広げていく」と述べられた。(2 月 26 日の各新聞発表による)

これは明らかに国民聯合の呼びかけに、呼応されたものであることは一目瞭然のことである。実に喜ばしいことである。(樹)

『千字文』と韓国語〔11-2〕 曺 小 煥

金 生 麗 水

쇠금 날생 빛날려 물수 こがね うむ うららか みず

きむ じょう・せい れい すい

금은 여수에서나니 여수는 물이름이니라

金は麗水より産出する、麗水とは川の名を言うのである。

◎四言古詩(四字熟語)としての『千字文』の“第11句

までの復習”をしてみたい。冒頭の第1句「天地玄黄」と

第2句「宇宙洪荒」は天と地の間、すなわち宇宙(空間と

時間)の無限の広がりを示し、以下10句の「露結爲霜」

までは上空の天体、すなわち太陽と月および、あまたの星

座の連になるありさまから始めて、四季のかわりのことと

閏月(うるうづき)を置いて歳の長さが整えられることを

述べ、雲と雨、露と霜の現象に及んだ。

11句の「金生麗水」は以下の8句で言う種々の物がみ

な大地に生ずることへの暗示となっている。

∴『千字文』よもやま話 27

本紙「平和統一 NEWS」にて、『千字文』と韓国語を此

処まで学習された諸氏に一言申し述べる。

6世紀の初め、百済より王仁(わに)が論語10巻と千

字文1巻を応神天皇の時に来日し、献上したということは

誰もが知ることである。四言古詩(250句・千字)から成

るこの書は韓朝半島と日本列島でひろく、教育史上重要な

書物であった。

上記の“第11句迄の復習”をしっかりとされ、記憶に

留めて置かれたい。さすれば以後の残りの(250-11=

239)の四言古詩(四字熟語)が容易(たやす)く理解

し得る筈である。その上、あらずもがなの四書(論語・孟

子・大学・中庸)、五経(易経・書経・詩経・春秋・礼記)

等の儒教の根本経典の詳細が把握し得よう。

私も1950年(17歳の頃)に恩師からそのように学

んできた。