geothermal drilling well kh-1 in konpirayama crator area of...

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洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1) Geothermal drilling well KH-1in Konpirayama crator area of Toyako-spa, Hokkaido, Japan. 高橋徹哉・柴田智郎 ・高橋 良・林 圭一・四宮 ** ・大塚行紀 ** Tetsuaya Takahashi, Tomo Shibata, Ryo Takahashi, Keiichi Hayashi, Hiroshi Shinomiya, Kouki Ohtsuka キーワード:洞爺湖温泉,地熱資源,地熱井,ボーリング,熱水,地下温度分布 Key words : Toyako-spa, geothermal resource, geothermal well, drilling, geothermal water, subsurface tempereture distribution はじめに 北海道西南部に位置する洞爺湖温泉地域は,洞爺湖 のほか有珠山や昭和新山などの自然景観に恵まれ,2008 年には主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)が開催 され,世界的にも知られるところとなった.また,2009 8 月には洞爺湖有珠山ジオパークが,日本ではじめ て世界ジオパークに登録され,国内外から多くの観光 客が訪れている. 洞爺湖温泉は 1910 年の有珠山北麓で四十三山が生 成された一連の噴火活動で誕生し,以降,四十三山周 辺域を中心に多くの泉源開発が行われてきた. 洞爺湖宿の開業は温泉発見後の1917 年とされ,2018 年度には開湯 100 年を迎える北海道を代表する温泉地 である. 洞爺湖温泉の温泉資源は,揚湯量が増大した影響に より,泉温の低下が顕著になった.このことから,1960 年には洞爺湖温泉利用協同組合(以下,協同組合)が設 立された.以後,協同組合による集中管理システムに よる温泉供給事業が行われ,温泉資源の保護と適正利 用が図られてきた. 当研究所では,これまで長年に渡り,洞爺湖および 壮瞥温泉地区において温泉資源の調査研究(秋田・早 川,1992;秋田ほか,2001)を行ってきており,1985 年には四十三山近傍で深度 1200 m の地熱調査ボーリ ングを実施した(川森・高橋,1986;秋田,1989).ま た,2012 年度から 4 年計画で有珠山周辺における温泉 資源に関する研究(経常研究)を行ってきた.この研究 では,泉温の低下傾向に歯止めがかかっていない洞爺 湖温泉および壮瞥温泉において,温泉資源の現状と熱 源状況を把握し,既存の源泉地域に代わる新たな温泉 開発候補地の可能性の検討を含め,温泉資源の確保と 泉温の低下対策への道筋を示し,温泉地の持続的発展 に貢献することを目的とした.この研究期間中,独立 行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下, JOGMEC)による地熱資源開発調査事業費助成金制度 が開始され,当研究所の技術支援のもとで協同組合が, 小規模バイナリー発電事業と発電後の熱水を温泉供給 事業等に活用する構想に基づき,「洞爺湖温泉地域地 熱資源調査事業(地熱構造試錐井掘削)」として申請し た.温泉保護地域でもある洞爺湖温泉での地熱資源調 査は全国的にも注目された.当研究所では,長年の調 査研究で蓄積されたデータや知見に基づき掘削候補地 の選定および地熱系概念モデルの構築を行うなど,事 業申請に係る技術支援を協同組合に対して行った. 2013 7 月,JOGMEC の採択を受け,直ちに事業 が開始された.地熱調査ボーリング井(以下,KH-1 記す)の掘削は 2000 年有珠山噴火で形成された金比羅 火口近傍で実施した. 当研究所では,長年の調査研究の成果が活用された こと,KH-1 から得られたデータが今後の研究展開に も必要であること,さらに当該地域における新たな地 熱資源の開発や適正利用・管理においても重要な情報 であることなどから,調査結果(洞爺湖温泉利用協同 組合,2014)を参考にとりまとめ,ここに報告する. 温泉開発の変遷と 2000 年噴火後の調査 1910 年の有珠山の火山噴活動により有珠山北麓の 四十三山近傍に湧出した温泉資源は,1917 年に温泉 宿が開業して以来,大温泉地となる洞爺湖温泉を支え てきた. 洞爺湖温泉の湧出メカニズムは,火山活動によって 生じた爆裂帯内の断層や爆裂火口の火道が温泉の供給 経路となり,深部から熱水や火山ガスが上昇し,低温 な地下水の上部に拡散し,山側から洞爺湖の湖岸側に 流下する(秋田・早川,1992;秋田ほか,2001).この ため,洞爺湖温泉街および四十三山周辺域では,これ 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016 京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設 ** 洞爺湖温泉利用協同組合

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  • 洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)

    Geothermal drilling well(KH-1)in Konpirayama crator area of Toyako-spa, Hokkaido, Japan.

    高橋徹哉・柴田智郎*・高橋 良・林 圭一・四宮 博**・大塚行紀**

    Tetsuaya Takahashi, Tomo Shibata, Ryo Takahashi, Keiichi Hayashi, Hiroshi Shinomiya, Kouki Ohtsuka

    キーワード:洞爺湖温泉,地熱資源,地熱井,ボーリング,熱水,地下温度分布Key words : Toyako-spa, geothermal resource, geothermal well, drilling, geothermal water, subsurface tempereture distribution

    Ⅰ はじめに

    北海道西南部に位置する洞爺湖温泉地域は,洞爺湖のほか有珠山や昭和新山などの自然景観に恵まれ,2008年には主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)が開催され,世界的にも知られるところとなった.また,2009年8月には洞爺湖有珠山ジオパークが,日本ではじめて世界ジオパークに登録され,国内外から多くの観光客が訪れている.洞爺湖温泉は1910年の有珠山北麓で四十三山が生

    成された一連の噴火活動で誕生し,以降,四十三山周辺域を中心に多くの泉源開発が行われてきた.洞爺湖宿の開業は温泉発見後の1917年とされ,2018

    年度には開湯100年を迎える北海道を代表する温泉地である.洞爺湖温泉の温泉資源は,揚湯量が増大した影響に

    より,泉温の低下が顕著になった.このことから,1960年には洞爺湖温泉利用協同組合(以下,協同組合)が設立された.以後,協同組合による集中管理システムによる温泉供給事業が行われ,温泉資源の保護と適正利用が図られてきた.当研究所では,これまで長年に渡り,洞爺湖および

    壮瞥温泉地区において温泉資源の調査研究(秋田・早川,1992;秋田ほか,2001)を行ってきており,1985年には四十三山近傍で深度1200mの地熱調査ボーリングを実施した(川森・高橋,1986;秋田,1989).また,2012年度から4年計画で有珠山周辺における温泉資源に関する研究(経常研究)を行ってきた.この研究では,泉温の低下傾向に歯止めがかかっていない洞爺湖温泉および壮瞥温泉において,温泉資源の現状と熱源状況を把握し,既存の源泉地域に代わる新たな温泉開発候補地の可能性の検討を含め,温泉資源の確保と泉温の低下対策への道筋を示し,温泉地の持続的発展に貢献することを目的とした.この研究期間中,独立

    行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下,JOGMEC)による地熱資源開発調査事業費助成金制度が開始され,当研究所の技術支援のもとで協同組合が,小規模バイナリー発電事業と発電後の熱水を温泉供給事業等に活用する構想に基づき,「洞爺湖温泉地域地熱資源調査事業(地熱構造試錐井掘削)」として申請した.温泉保護地域でもある洞爺湖温泉での地熱資源調査は全国的にも注目された.当研究所では,長年の調査研究で蓄積されたデータや知見に基づき掘削候補地の選定および地熱系概念モデルの構築を行うなど,事業申請に係る技術支援を協同組合に対して行った.2013年7月,JOGMECの採択を受け,直ちに事業

    が開始された.地熱調査ボーリング井(以下,KH-1と記す)の掘削は2000年有珠山噴火で形成された金比羅火口近傍で実施した.当研究所では,長年の調査研究の成果が活用された

    こと,KH-1から得られたデータが今後の研究展開にも必要であること,さらに当該地域における新たな地熱資源の開発や適正利用・管理においても重要な情報であることなどから,調査結果(洞爺湖温泉利用協同組合,2014)を参考にとりまとめ,ここに報告する.

    Ⅱ 温泉開発の変遷と2000年噴火後の調査

    1910年の有珠山の火山噴活動により有珠山北麓の四十三山近傍に湧出した温泉資源は,1917年に温泉宿が開業して以来,大温泉地となる洞爺湖温泉を支えてきた.洞爺湖温泉の湧出メカニズムは,火山活動によって

    生じた爆裂帯内の断層や爆裂火口の火道が温泉の供給経路となり,深部から熱水や火山ガスが上昇し,低温な地下水の上部に拡散し,山側から洞爺湖の湖岸側に流下する(秋田・早川,1992;秋田ほか,2001).このため,洞爺湖温泉街および四十三山周辺域では,これ

    北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

    *京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設**洞爺湖温泉利用協同組合

  • まで掘削深度10数 m~200m程度のボーリングによる源泉開発が多数行われ,湖水面付近の標高に胚胎している高温帯から温泉を揚湯している.洞爺湖温泉は温泉地の発展に伴う温泉施設の大型化により,温泉の総揚湯量が増加したことで,泉温の低下を誘発し,さらに高温の源泉を求めて有珠山側に源泉の開発を繰り返していた(秋田・早川,1992).1985年には,洞爺湖温泉地域において高温の地熱

    資源の確保を目指し,旧虻田町の依頼により北海道立地下資源調査所の試錐探査事業として,掘削深度1200mの地熱調査井(GSH-1地熱調査井;以下,GSH-1)を掘削した(川森・高橋,1986).掘削場所は四十三山北西山麓で既存源泉(洞爺新6号)の近傍に位置する(第1図).掘削調査により,当該地域の地下深部の地質構造,地下温度分布,浅層部での逸泥対策など多くの成果を得たが,期待した地熱資源の確認には至らず,以後,深部の地熱資源開発の検討は行われてこなかった.2000年有珠山噴火の際には,多くの源泉が被害を受け,災害復興対策工事に伴い2源泉の代替掘削(洞爺12号井,共同7号井)を行ったが,2005年の代替掘削(洞爺13号井)以降は,新たな源泉開発は行われていない.2000年有珠山噴火時には,噴火直後から有珠山火

    山活動災害復興支援の一環として,洞爺湖温泉の温泉資源変動調査(秋田ほか,2003),噴火に伴い高さ数10mにおよぶ流体の噴出が確認された GSH-1の坑井調査(藤本ほか,2003)を実施した.そのほか,新たな源

    泉開発の候補地を検討するため月浦地区および西山から金比羅山にかけて形成された新噴火口周辺では物理探査による地下地質構造調査(秋田・柴田,2003)を実施した.

    Ⅲ 調査事業

    Ⅲ.1 JOGMEC申請への経緯

    協同組合は,洞爺湖温泉地域の源泉を一元的に管理し,集中管理システムにより温泉街への温泉供給事業を行い,温泉資源の適正管理と保護に努めている.協同組合の集中管理システムの取り組みは先進的であり,全国の主要な温泉地などからも注目され視察も多い.四十三山周辺域の源泉群は,2000年有珠山噴火以

    降には,一時的に泉温の上昇が確認されたものの,その後は再び低下に転じ(Shibata et al, 2008),2002年10月以降は温泉供給温度を維持するための加温が必要となり,温泉加温の経費縮減が課題となっていた.2008年には,各源泉から揚湯された温泉の混合温度が約38℃まで低下したため,温泉排水熱利用ヒートポンプシステムの導入で対応した.しかし,さらに混合温度の低下が進み,ヒートポンプシステムの電力消費量が増大したことに加え,2014年には大幅な電気料金の値上げもあり,ヒートポンプシステムの導入効果が薄れ,加温対策が喫緊の課題となっていた.

    第1図 2000年有珠山噴火火口分布と洞爺湖温泉の源泉分布.この図には,国土地理院の電子地形図25000を使用した.

    Fig. 1 Location of geothermal well(KH-1), hot spring water wells and erupted craters in the 2000 Usu eruption.

    2 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • こうした中,2015年度に JOGMECによる地熱資源開発事業費助成金制度が新設され,坑井掘削等事業費において,定額助成が受けられることにより,協同組合では,小規模バイナリー発電事業と発電後の熱水を温泉供給事業等に活用する構想に基づき,四十三山周辺以外での深部地熱資源開発の可能性を探るため,地熱調査ボーリングの事業申請を行った.

    Ⅲ.2 掘削候補地の選定

    洞爺湖温泉地域には砂防指定地域,温泉保護指定地域,さらにはジオパーク散策路などもあり,掘削場所では規制が多い.このため,掘削地点は,地熱構造上の特徴を考慮し,地下地質構造調査等で得られたデータから作成した当該地域の地熱系概念モデルに基づき,これらの土地条件,ボーリングに必要な敷地の確保など,総合的に判断し,金比羅山西方の2000年有珠山噴火で形成された金比羅火口周辺に位置する旧町道上に選定した(第1図).掘削場所を選定する際の検討内容を以下に示す.洞爺湖温泉地域を含む西胆振地域の地温勾配は和田

    ほか(1988)により示されている.GSH-1の結果でも明らかなように,2000年有珠山噴火前における当該地域での地温勾配は5.8℃/100mで必ずしも高いものではない(川森・高橋,1986).洞爺湖温泉は1910年の噴火に伴い四十三山地域に温泉資源が形成されたことが発端であり,その後の調査研究により,有珠火山由来の火山ガスや熱水が爆裂火口帯に沿った比較的狭い流路を地下深部から上昇し,地下水中に流入・拡散し,温泉貯留層が形成されていることを明らかにしている(例えば,秋田ほか,2003).2000年有珠山噴火時には一時期に泉温上昇が確認された四十三山周辺の源泉群は,その後,顕著な泉温低下に転じており,有珠火山由来の火山ガスや熱水の流動経路の変化なども考えられた.このため,四十三山周辺は候補地とはせず,2000年有珠山噴火で新たに形成された爆裂火口群周辺での可能性を検討した(第1図).金比羅山火口群周辺では,地下深部から上昇する火山ガスや熱水の供給メカニズムについては明らかとなっていない.一方,西山火口群では浅部に貫入した岩体から火山ガスや熱の供給により噴火以降も噴気帯など地表部に活発な地熱活動が続いた.高橋ほか(2000)および西村ほか(2000)は,地球物理学的なデータに基づき2000年噴火の初期に有珠火山深部から上昇した岩脈状力源が西山火口群の地下約1000mに移動し,その3ヶ月後には地下約250mにあるとした.地下地質構造に関しては,物理探査(MT/CSAMT)

    により西山火口群から金比羅山火口群の範囲において比抵抗構造を明らかにした(秋田・柴田,2003).特に,熱水が賦存する可能性のある低比抵抗帯は,西山火口群深部に連続して分布する領域,西山火口群から金比

    羅山火口群に連続して分布する領域,西山火口群から有珠山山頂部に向けて分布する領域が確認された.しかし,これら低比抵抗帯が噴火により形成された地熱貯留層なのか,過去の粘土化変質を受けた地層を反映したものかは不明であり,今回の地熱調査ボーリングにより明らかにする必要があった.金比羅山火口群周辺の掘削地点の検討では,洞爺湖

    温泉が形成された1910年の噴火および2000年噴火に伴う火山ガスや熱水の上昇域を把握することに加え,地熱貯留層となる亀裂帯が形成されている可能性が高い場所を推定・評価することが重要となる.金比羅山火口群が分布する地域の地質構造上の特徴としては,地形的変位が見られ断層の存在が指摘されていた.この推定断層の解釈としては,洞爺カルデラ形成時の断層(カルデラ断層)か,あるいはカルデラ形成時または直後の変動に伴う副次的な断層(カルデラ派生断層)の可能性があるとされ,すでに八幡(1987)により,「カルデラ壁およびこれに伴う断裂」のひとつとして示されていた.なお,この断層の北方延長部では1977~1978年の噴火および2000年噴火時において地表部に変位が現れている(例えば,田近ほか,2003).こうした伏在すると解釈される断層に起因する亀裂帯の発達を推定した.既存のボーリングデータ,比抵抗断面解析結果,重力データをもとに作成した掘削地点(KH-1)周

    第2図 KH-1周辺の比抵抗構造と予想地質断面.Fig. 2 Resistivity transect and presumed geological

    section across the KH-1 well by MT survey.

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 3

  • 辺の比抵抗構造と予想地質断面を第2図に示す.

    Ⅳ 掘削計画と経過

    Ⅳ.1 掘削計画

    掘削地点とした金比羅山火口群近傍の地下深部の地質構造と温度分布状況ならびに地熱貯留層の存否の把握を目的として掘削計画を立案した.さらに,計画では小規模バイナリー発電に必要な地熱資源を熱水量500L/min,熱水温度90℃以上とし,予想地質断面図などに基づき,掘削深度は1500mとした.調査井は垂直井とし,掘削にはロータリー式掘削工

    法を採用した.掘削工程表は実績と併せて第3図に,ケーシングプログラムは第4図に示す.調査期間は,機材搬入から噴気試験終了まで延べ98

    日間を見込んだ.掘削工事では,深度700m以深の掘削坑径を6―1/4”(158.8mm),最終仕上げ鋼管は4―1/2”API(内径:102.9mm),ストレーナーパイプは延べ300

    mを配置するケーシングプログラムとした.

    Ⅳ.2 掘削経過

    掘削工事期間は,2013年9月23日から2014年1月31日で,機材搬入・組立工事,掘削,仮噴気試験,解体・機材搬出に要した実稼働は121日間である(第3図).主要掘削設備を第1表に示した.掘削準備完了後,坑径500mmでハンマー掘削を行い,20”SGPをサーフェスパイプとして深度31.6mまで挿入した.その後,深度31.6~200.0m間は17―1/2”(444.5mm)で,深度200.0~450.0m間は12―1/4”(311.2mm)で,深度450.0~702.0m間は8―2/1”(215.9mm)の坑径で掘削を行い,坑内物理検層後,それぞれに14”SGP,10”STPG,7”APIのケーシングパイプを挿入し,インナーストリングスおよび2栓式によるフルホールセメンチングを施工した.深度702.0m以深は6―1/4”(158.8mm)の坑径で掘削し,掘削中,深度803.9m以深で多くの逸泥を確認した.深度1421.9mで確認した全量逸泥後は,以深の掘削が困難と判断し,関係機関との協議の上,深度

    第3図 掘削工程表(計画・実績).Fig. 3 The drilling work progress(plan and results).

    4 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • 1428.8mで掘り止めを決定した.その後,坑内物理検層を実施し,ワイパートリップ後,深度661.5~1428.8m間に4―1/2”APIのケーシングパイプを挿入した.深度753.9~1428.4mの間には延べ306.6m分のストレーナーパイプを設置した(第5図).本掘削においては,地下深部の地質を明らかにする

    ため,深度450.0~452.4m,深度702.0~704.0m,深度1136.6~1138.8m,深度1428.8~1431.2mで計4回のスポットコアリングを実施し,採取率はほぼ100%であった.

    Ⅴ 掘削結果

    掘削結果は坑井地質,掘削記録,ケーシングプログラム,物理検層として総合柱状図にとりまとめ第6―1図および第6―2図に示した.以下にこれらの結果を述べる.

    Ⅴ.1 坑井地質

    坑井地質は,カッティングスと採取したコア試料を,肉眼,ルーペ,実体顕微鏡で観察を行い,地層境界については,比抵抗検層および掘削記録のデータを参考に判定した.また,変質状況は,得られた地質試料のX線回折分析(XRD)により確認した.坑井地質は,上位より虻田火山噴出物,荘珠内川層,

    第4図 ケーシングプログラム.Fig. 4 The plan of casing setting.

    第5図 最終坑井仕上げ断面図.Fig. 5 The construction drawing of well completion.

    第1表 主要掘削設備一覧.Table 1 List of the drilling equipment.

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 5

  • 第6―2図

    総合柱状図(

    700.0~

    1428.8m).

    Fig.6 ―2

    Thetotalcolumnarsection(700.0―1428.8m).

    第6―1図

    総合柱状図(

    0.0~

    700.0m).

    Fig.6 ―1

    Thetotalcolumnarsection(0.0―700.0m).

    6 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • 長流川層からなり,この間に2ヵ所でデイサイト岩脈を確認した.全体としては坑井地質とそれらの到達深度は事前の想定とほぼ合致した.以下に坑井地質の概要を述べる.

    Ⅴ.1.1 虻田火山噴出物(更新統下部)

    地表部から深度313.0mを構成する.主に火山岩溶岩,火山角礫岩,凝灰角礫岩,火山礫凝灰岩からなる.地表部は整地により表土や崖錐堆積物は除去されており,坑口から火山岩溶岩となっている.全体的に変質は弱い.

    Ⅴ.1.2 荘珠内川層(中新統上部)

    深度313.0~860.0mと,深度917.0~1124.0mを構成する.この間にデイサイト岩脈が介在し,その層厚は約60mである.主に安山岩質,またはデイサイト質火山噴出物からなり,砂岩,泥岩,礫岩を伴う.深度450.0~452.4mで採取したコアは,主に安山岩

    質火山礫凝灰岩からなり,砂のラミナが頻繁に介在する.亀裂は低角(5~10°)~高角(50~70°)と幅があるが,いずれも閉じており,亀裂中の生成鉱物は認められない.深度700.0~702.0mで採取したコアは,淡緑色~暗

    灰色の安山岩質凝灰角礫岩~火山礫凝灰岩で,礫のサイズは主に数 cmで,部分的に10cmを超える.基質は沸石や黄鉄鉱を頻繁に伴う.緑色化の原因は緑泥石の生成のためである.

    Ⅴ.1.3 長流川層(中新統中部)

    深度1302.0~1428.8m,およびコア採取区間(深度1428.8~1431.2m)を構成する.深度1302.0~1332.0mは,デイサイト質凝灰角礫岩~火山礫凝灰岩からなる.淡灰色~灰色~緑色を呈するデイサイト岩片が主で,他に凝灰岩,安山岩を含む.深度1332.0~1428.8mは,デイサイト質火山礫凝灰岩~自破砕状溶岩からなる.カッティングス片は,灰色~淡灰緑色を呈するデイサイトで,デイサイトのブロック粒間を構成している緑色の破砕物質を伴う.岩片は他に少量の凝灰岩を伴う.深度1428.8~1431.2mのコアは,淡緑色のデイサイ

    ト質自破砕状溶岩からなる.溶岩は斜長石,石英の班晶を含み,塊状で硬質である.一部にマダラ状角礫岩が認められ,やや珪化作用を受けている.変質鉱物は石英,緑泥石,イライトなどからなる.他に沸石の細脈が認められる.亀裂は水平~10°程度の低角なものと,高角(60~90°)のオープンクラックが多く認められる.

    Ⅴ.1.4 デイサイト岩脈(中新世後期の貫入)

    深度860.0~917.0mおよび深度1124.0~1302.0mを構成する.深度860.0~917.0mのデイサイトは,灰~

    淡緑色を呈し緻密で,カッティングス片はやや珪化しており,黄鉄鉱を含むことがある.深度1124.0~1302.0mのデイサイトは,淡灰色~淡緑灰色を呈し緻密で細片したカッティングスからなる.また,やや珪化しており,鋭角に割れやすく硬質である.深度1136.6~1138.8mのコアは,灰色を呈した変質デイサイトからなり,亀裂が多い.岩石は斜長石班晶(長径0.5~1mm)を少量含み,緻密である.変質鉱物としては石英,緑泥石,イライトを含み,気泡(直径5~40mm)には緑色変質鉱物や白色の沸石が充填している.亀裂は10~70°で高角のオープンクラックが卓越しており,クラック内には赤鉄鉱が晶出していることがある.

    Ⅴ.2 掘進率

    掘進率を第6―1図,第6―2図に示す.深度31.6mまでは,ハンマー掘削のため,掘進率の記録はない.以下に掘削坑径区間毎の掘進率について示す.

    Ⅴ.2.1 深度31.6~200.0m(掘削坑径17―1/2”)

    この区間での平均掘進率は1.66m/hrで,ビット荷重は地質状況に応じて0.5~7.0 tonの範囲を維持した.深度65.0~90.0m間では3.0~5.0m/hrの高い値が得られた.掘削には中硬質岩用のビットを使用した.

    Ⅴ.2.2 深度200.0~450.0m(掘削坑径14―1/4”)

    この区間での平均掘進率は1.13m/hrで,ビット荷重は地質状況に応じて0.5~6.0 tonの範囲を維持した.深度318.0~351.0m間では,スメクタイト化した凝灰岩によるビットの張り付き障害のため,掘進率は1.0m/hr以下まで低下した.掘削には軟質岩~中硬質岩用のビットを使用した.

    Ⅴ.2.3 深度450.0.~702.0m(掘削坑径8―1/2”)

    この区間での平均掘進率は1.91m/hrで,ビット荷重は地質状況に応じて1.0~5.0 tonの範囲を維持した.深度585.0~603.0m間では3.0m/hr程度の値を示した以外は,ほぼ安定している.掘削には軟質岩~中硬質岩用のビットを使用した.

    Ⅴ.2.4 深度702.0~1428.8m(掘削坑径6―1/4”)

    この区間での平均掘進率は2.22m/hrで,ビット荷重は地質状況に応じて0.5~5.0 tonの範囲を維持した.深度702.0~1020.0m間では,地質を反映した掘進率の変化が見られ,4.0m/hr以上の値を示す区間も多く確認した.深度1124.0m以深のデイサイト質岩脈および長流川層では掘進率に大きな違いはなく,約2.0m/hrで安定した掘進率が得られた.掘削には中軟質岩~中硬質岩用のビットを使用した.

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 7

  • Ⅴ.3 逸泥状況

    逸泥状況を第6―1図,第6―2図に示す.逸泥は,深度33.0~1421.8m間で,数 L/min~全量(約380L/min)の規模で多数確認した.深度97.0~99.0m間,深度102.5~102.7m間,深度

    171.8~171.9m間で発生した逸泥は,逸泥量が8.5~18.2L/min程度で,掘削に支障となる規模ではなく,深部への掘進に伴い逸泥は収束した.深度803.9m以深では多くの箇所で逸泥を確認し,

    それぞれの逸泥規模は,深度836.0~837.6m間では175L/min,深度1276.8~1282.9m間で160L/min,深度1346.7~1346.8m間で200L/min,深度1421.8mでは382L/min(全量逸泥)であった.この間,深度836.0m以深の掘削では逸泥が持続し,良好な泥壁保持と抑留事故に留意しながら逸泥掘り(逸泥させながらの掘削)と逸泥防止剤を併用しながら掘削した.深度913.2~1002.1m間,深度1289.9~1331.5m間,深度1346.8~1385.9m間で実施した逸泥防止剤による対策では,逸泥量の抑制効果が認められた.深度1421.8mで確認した全量逸泥では,坑内水位

    が GL-102mにあり,泥水による逸泥掘りの継続は難しいと判断し,以深は清水に切り替え掘削を行った.しかし,深度1428.8mまで掘進後,カッティングス排除のために濃泥水スポットなどの各種対策を試みたが,埋没量の増加が確認され,抑留事故の発生が懸念されたため,掘り止めとした.

    Ⅴ.4 物理検層

    物理検層は各坑径掘削終了後に,電気検層(比抵抗検層,自然電位検層)および温度検層を実施した.物理検層結果をまとめて第6―1図,第6―2図に示した.温度検層結果は,最終坑径掘削終了前と後に分けて,第7―1図と第7―2図に示した.検層に使用した設備一覧を第2表に,比抵抗検層および温度検層の実施概要をそれぞれ第3表,第4表に示す.以下では,比抵抗検層および温度検層の結果について述べる.

    Ⅴ.4.1 比抵抗検層(100cmノルマル)

    比抵抗検層結果を要約して以下に示す.1)深度31.6~95.0mおよび深度144.0~198.1m間の比抵抗値は30~100Ωmで,安山岩溶岩および火山角礫岩に対比される.

    2)深度95.0~144.0m間の比抵抗値は8~20Ωmと低く,安山岩質火山角礫岩に対比される.

    3)深度200.0~288.0m間の比抵抗値は20~100Ωmで,主に安山岩質溶岩から火山角礫岩,安山岩質凝灰角礫岩~火山礫凝灰岩に対比される.

    4)深度288.0~358.0m間の比抵抗値は5~10Ωmと低く,主に砂岩~凝灰岩互層に対比される.

    5)深度358.0~378.0m間の比抵抗値は50Ωm程度で,安山岩質凝灰角礫岩に対比される.

    6)深度378.0~860.0m間の比抵抗値は1~10Ωmで,主に砂岩混じり安山岩質火山礫凝灰岩,安山岩質粗粒凝灰岩,安山岩質凝灰角礫岩に対比され,これらの地質は全般に変質(スメクタイト化)しており,低比抵抗値となっている.

    7)深度860.0~1124.0m間の比抵抗値は10~50Ωmで,主にデイサイト,デイサイト溶岩,デイサイト質凝灰角礫岩,デイサイト質火山礫凝灰岩,泥岩・砂岩.粗粒凝灰岩互層に対比される.

    8)深度1124.0~1302.0m間の比抵抗値は,50~350Ωmで,デイサイトに対比される.深度1124.0~1170.0m間の地質は緻密細粒で珪質化が確認されており,この間の比抵抗値は高い.

    9)深度1302.0~1428.8m間の比抵抗値は10~120Ωmで,デイサイト質凝灰角礫岩,デイサイト質火山角礫岩~自破砕溶岩に対比される.

    第2表 検層設備一覧.Table 2 List of the well logging equipment.

    第3表 比抵抗検層の実施概要.Table 3 The work summary of resistivity logging.

    8 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • 第7―2図

    温度検層結果

    ―2(0~

    1427.5m,T-4~T-7).

    Fig.7 ―2

    Theresultsoftemperatureloggings(0―1427.5m,T-4−7).

    第7―1図

    温度検層結果

    ―1(0~

    700.1m,T-1~T-3).

    Fig.7 ―1

    Theresultsoftemperatureloggings(0―700.1m,T-1−3).

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 9

  • Ⅴ.4.2 温度検層

    温度検層結果を要約して以下に述べる.1)T-1は送泥停止約6.5時間経過後の結果で,測定深度は0.0~198.1mである.深度112.0m以深から顕著な温度上昇が認められ,深度155.2~156.8m間で最高温度47.4℃を示した.深度156.8m以深では温度は低下に転じ,坑底深度198.1mでは33.3℃を示した.

    2)T-2は送泥停止約21時間経過後の結果で,測定深度は0.0~450.0mである.T-1と同様な形の温度変化を示し,深度149.8~150.5m間で最高温度62.9℃を示した.温度は深度150.5~230.0mまでは低下傾向を示すが,深度230.0m以深では上昇に転じ,坑底深度450.0mで42.6℃を示した.

    3)T-3は送泥停止約2時間経過後の結果で,測定深度は0.0~700.1mである.深度255.0mまでは T-1および T-2と同様な形の温度変化を示したが,経過時間の違いにより,深度149.7~151.7m間では T-2より温度は低い43.5℃を示した.深度255.0m以深の温度は上昇傾向にあり,坑底深度700.1mで最高温度67.0℃を示した.

    4)T-4は送泥停止約5.5時間経過後で最終坑径掘削完了直後の結果で,測定深度は0.0~1427.5mである.深度680.0m以深では,顕著な温度上昇が認められ,深度984.4~988.9m間で最高温度98.1℃を示した.深度988.9m以深では,温度は低下傾向を示したが,深度1102.0m以深では上昇に転じ,坑底深度1427.5mでは94.4℃を示した.

    5)T-5は送泥停止約30時間経過後の回復温度の結果で,測定深度は0.0~1421.0mである.深度660m以深では,T-4よりも大きな温度上昇を示し,深度828.5

    ~830.5mで最高温度135.5℃を示した.深度830.5m以深では,深度920.0mおよび深度990.0m付近で10~15℃程度の温度変化を示した.深度990.0m以深では,温度は低下傾向を示したが,深度1100.0m以深では上昇に転じ,坑底深度1421.5mで95.9℃を示した.

    6)T-6はエアーリフトによる仮噴気試験終了約180時間経過後の結果で,測定深度は0.0~1415.0mである.深度660.0m以浅では T-5と同様な形の温度変化を示す.深度660.0m以深の温度上昇は顕著で,T-5に比べ温度は10~35℃程度高い.特に,深度760.0~841.0m間では最高温度172.2℃を示し,温度分布状況からこの区間が KH-1の主要な湧出深度であることが推定された.深度841.0m以深では温度は低下に転じるが,温度分布からは深度900.0m付近,深度960.0~1000.0m間,深度1280.0~1390.0m間にも地熱水の存在が示唆された.坑底深度1415.0mは108.4℃で,T-5と比べると約13℃の温度回復を示した.

    7)T-7は仮噴気試験終了約5.5ヶ月経過後の結果で,測定深度は0.0~1401.5mである.全体的には T-6とほぼ同様な温度変化を示す.深度220.0~700.0m間は,T-6に比べ約20℃程度の温度低下が認められ,真の地温分布を反映していると考えられる.T-6で確認した高温区間では,さらに14℃程度の温度回復が認められ,深度825.2~841.0mでは最高温度186.4℃を示した.坑底温度は106.7℃で坑底付近での温度回復は認められなかった.T-6の結果と同様に T-7の結果は,深度760.0~841.0m間が KH-1の主要な湧出深度であることを示した.また,T-7の結果から得られた地温勾配は,6.9℃/100mで,GSH-1の値(5.8℃/100m)に比べ僅かに高い.

    第4表 温度検層の実施概要.Table 4 The work summary of temperature logging.

    10 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • Ⅴ.5 坑井仕上げ

    坑井仕上げは第5図に示した.最終仕上げとなる4―1/2”APIのケーシングパイプは深度661.5~1428.8m間に設置した.ケーシングパイプ最上部にはゴムシールパッカーを取り付けて,7”APIのケーシングパイプとの接合を行った.ストレーナーパイプの設置区間は,坑井地質,物理検層,逸泥量などの掘削記録などをもとに総合的に検討した.その結果,深度860.0~917.0mおよび971.0~991.0mのデイサイト(貫入岩)付近において100~130℃の地温と顕著な温度変化が確認できたこと,深度836.0~1428.8m区間で逸泥量が160L/minを超える顕著な逸泥が複数ヵ所で確認されたこと,深度1200.0m以深においても温度変化が認められ,90℃以上の地温が期待できることから,これらを全て網羅するように合計12ヶ所にストレーナーパイプを配置した(第5図).ストレーナーパイプは,目幅が3mm,長さ150mm,1周3条の千鳥配置のスリット型で,開口率は約1.9%である.

    Ⅵ 熱水流体調査

    Ⅵ.1 仮噴気試験(揚湯試験)

    最終坑井仕上げ後,直ちに清水およびウェルクリーナ溶液による坑内洗浄を実施した.その後,坑内洗浄と熱水の存在の確認を目的に,エアーリフトによる予備的な噴気試験を約38時間実施した.その結果,熱水量75~107L/min,熱水温度約90℃の結果が得られたことから,坑井の湧出能力を評価するための試験段階に進んだ(試験中,蒸気の噴出には至らず,熱水の汲上試験となったため,以下,噴気試験,熱水量,熱水温度をそれぞれ揚湯試験,揚湯量,揚湯温度と記す).揚湯試験期間は,2014年1月10日~1月20日である.

    揚湯試験に使用した主な設備を第5表に示す.試験で使用した高温対応型温泉水中ポンプの最大揚湯能力は,250L/min程度であったため,段階揚湯試験は100L/min,150L/min,200L/min,250L/minを目処に実施し,250L/min以上の揚湯量の確認については,2段階のエアーリフト試験を追加した.段階揚湯試験は2014年1月11日から,揚湯量を101

    L/min,152L/min,199L/min,253L/minの4段階で約12時間実施した後,一定量揚湯試験として揚湯量210L/minを72時間連続揚湯した.その後,水中ポンプを揚管し,2014年1月18日~1月19日の期間でエアーリフト揚湯試験を2段階で実施した.エアーリフト揚湯試験の第1段階では,深度298.6mまでエアー管を挿入し,揚湯量330L/minを,第2段階では,深度390.3mまでエアー管を挿入し,揚湯量505L/minをそれぞれ確認した.揚湯試験の経過と結果をまとめて第6表

    に示す.水中ポンプによる各段階試験では,揚湯開始あるい

    は揚湯量を変化させた後,5~15分後に動水位が最大に低下することを確認し,その後は徐々に上昇しながら安定する傾向を示した.第1段階の揚湯量101L/min時には,動水位148.05mで揚湯温度96.5℃,第2段階の揚湯量152L/min時には,動水位154.80mで揚湯温度97.7℃,第3段階の揚湯量199L/min時には,動水位165.35mで揚湯温度98.3℃,第4段階の揚湯量253L/min時には,動水位182.35mで揚湯温度98.6℃をそれぞれ示した.また,一定量揚湯試験でも同様な傾向にあり,試験開始120分後には183.50mまで動水位が低下した後,徐々に上昇に転じて揚湯試験終了直前には,揚湯量210L/min,動水位177.00m,揚湯温度99.7℃を示した.さらにエアーリフト揚湯試験でも同様な傾向にあり,揚湯量330L/minおよび505L/min時には,それぞれ動水位は206.98mと303.05mを示した.試験終了後に実施した回復試験では,揚湯停止直後から顕著な水位回復が見られ,揚湯停止後5時間後には自然水位への回復を確認した.揚湯試験から得られた揚湯量(Q)―動水位(H)―揚湯

    温度(T)の関係図を湧出特性図として第8図に,揚湯量(Q)―水位低降下量(ΔS)の関係図を第9図に示した.第8図を見ると揚湯量の増加に伴い動水位は放物線

    状に低下した.自然水位と各揚湯量の動水位の値から得られる比湧出量は,11.3L/min/m(101L/min揚湯時)から3.1L/min/m(505L/min揚湯時)へと揚湯量の増加とともに徐々に小さくなっている(第6表).揚湯温度は揚湯量の増加に伴い上昇傾向にあり,一定量試験(253L/min)では99.7℃に達し,沸騰温度に近く,水中ポンプによる揚湯量をさらに増加させた場合には,蒸気混じりとなって揚湯が難しくなることが推定された.なお,エアーリフト揚湯試験では正確な揚湯温度の測定ができず,70.5~73.5℃と低い温度であった.第9図を見ると揚湯量(Q)と水位低下量(ΔS)は直線

    的な関係があり,揚湯試験を実施した揚湯量の範囲内では,限界揚湯量を示す変曲点は認められない.従って,KH-1の適正揚湯量は,本揚湯試験結果では安全を考慮し,最大揚湯量の80%程度(約400L/min)を適正揚湯量と評価した.

    Ⅵ.2 熱水化学分析

    熱水の主要溶存成分分析は,揚湯試験時に採取した試料を持ち帰り,後日実験室にてイオンクロマトグラフ(横河アナリティカルシステム社製 IC7000S)および滴定法で分析を行った.水素・酸素安定同位体組成はキャビティングダウン分光装置(Pacarro社製 L1102-ib)を用いて測定した.また,一定量揚湯試験時には一般財団法人北海道薬剤師会公衆衛生検査センターに温泉分析を依頼した.分析結果は過年度の調査で得ら

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 11

  • れた洞爺湖温泉の源泉群の分析結果と併せて第7表と第8表に示した.KH-1の熱水は,溶存成分総量が7100~7800mg/kg,

    塩化物イオン(Cl-)濃度が3800~4300mg/kg,ナトリウムイオン(Na+)濃度が2100~2300mg/kgで,泉質

    はナトリウム―塩化物泉(Na-Cl)である.洞爺湖温泉の既存源泉と比較しても溶存成分量は2~4倍程度である.その他の特徴としては,既存の源泉群に比べ遊離二酸化炭素(CO2),重炭酸イオン(HCO3-),硫酸イオン(SO42-)は少なく,pH,カリウムイオン(K+)濃度,カルシウムイオン(Ca2+)濃度,メタ珪酸(H2SiO3)濃度の値が高い.第8表の結果からは,揚湯量の増加に伴い10~30%程度の成分変化が見られたことから,KH-1の利用開始後も継続的に熱水の化学組成を把握することを提案した.第10図には δDと δ18Oの相関図を示した.洞爺湖

    温泉の既存源泉群の値は,天水線上にプロットされ,現状では火山ガスの関与は示唆されない.一方,KH-1の熱水は,洞爺湖温泉の源泉群と火山ガスを結ぶ線上にプロットされ,有珠火山を起源とした火山ガスや熱水と天水が混合して形成されていることが推察でき

    第5表 揚湯試験設備一覧.Table 5 List of the pumping test equipment.

    第6表 揚湯試験経過および結果概要.Table 6 Summary of the pumping test progresses and results.

    第8図 揚湯特性図(揚湯量(Q)―水位(H)―揚湯温度(T)の関係図).

    Fig. 8 Characteristics diagram of pumping test.(Relationship between pumping rate(Q)versuswater level(H)and pumping temperature(T)).

    第9図 揚湯量(Q)―水位降下量(ΔS)の関係図.Fig. 9 Relationship between pumping rate(Q)and

    drawdown(ΔS).

    12 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • 第7表

    熱水および温泉水の化学分析結果(上表:KH-1揚湯試験時,下表:洞爺湖温泉の源泉群).

    Table7

    Analyticalresultsofgeothermalwaterandhotspringwaters(Uppertable:KH-1,Lowertable:hotspringwatersofToyako_spaarea).

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 13

  • る.また,溶存成分の中でも Cl-濃度が高いことはこの結果とも調和的である.地下流体温度の推定にはシリカ温度計(Fourier, 1977)

    やアルカリ温度計(Fourier and Truesdell, 1973)の地化学温度計が用いられる.KH-1の熱水をこれらの地化学温度計を用いて地下温度を推定した.シリカ温度計(KH-1−08,KH-1−09)では189~193℃,Na-K-Caアルカリ温度計では169~176℃が得られた.先に述べた温度検層結果(T-7)では,深度760.0~841.0mで186℃の高温帯を確認しており,地化学温度の結果ともほぼ合致することから,KH-1における熱水の湧出深度は,760.0~841.0m区間にあると推定した.

    Ⅶ まとめ

    KH-1の掘削調査の結果を以下にまとめて示す.1)坑井地質は,上位より虻田火山噴出物,荘珠内川層,長流川層からなり,この間に2ヵ所でデイサイト岩脈を確認した.全体としては地質とその到達深度は事前の想定とほぼ合致した.

    2)大きなトラブルもなく順調に掘削を行った.変質(スメクタイト化)した地層の影響で著しく掘進率が低下した区間を除けば,掘削坑径に違いはあるが,平均掘進率1.1~2.2m/hrを維持した.

    3)深度33.0~1421.8mで多くの逸泥を確認した.深度700.0m以深では,逸泥量が160L/minを超える顕著な逸泥を4区間で確認した.特に,深度1421.8mでは全量逸泥を確認した.

    4)深度1421.8mの全量逸泥後,予定深度までの掘進を試みたが,地層崩壊や抑留事故の発生が懸念され,関係機関との協議の上,深度1428.8mで掘り止めとした.

    5)比抵抗検層の結果は,坑井地質と調和的で全体的に低~中比抵抗値を示した.深度1124.0~1302.0m間は緻密細粒で珪質化したデイサイトを反映し50~350Ωmの中~高比抵抗値を示した.

    6)最終坑径掘削後の温度検層(T-5)では,深度110.0~200.0mと深度660.0~990.0m間に優勢な熱水の存在を示唆するような顕著な温度変化を示した.特に,深度828.5~830.5m間では最高温度135.5℃を示した.揚湯試験終了後に実施した温度検層(T-6,T-7)では,温度勾配が小さく温度が一定な高温区間(深度760~850m間)において,最高温度172.2℃および186.4℃を示した.

    7)最終坑井仕上げとなるストレーナーパイプは,坑井地質,物理検層,掘削記録などをもとに総合的に判断し,深度753.9~1428.7m間に延べ306.6m分を設置した.

    8)高温対応型温泉水中ポンプによる一定量揚湯試験の結果,揚湯量210L/minで動水位177.0m,揚湯温度

    99.7℃を確認した.また,エアーリフト揚湯試験では最大505L/minの揚湯量を得た.試験を実施した揚湯量の範囲内では限界揚湯量は見られず,適正揚湯量を400L/min程度と評価した.

    9)化学成分分析の結果,溶存成分総量が7100~7800mg/kgで,Cl-と Na+を主成分とし,泉質名はナトリウム―塩化物泉に該当する熱水で,洞爺湖温泉の既存源泉と比較しても高濃度である.

    10)水素・酸素安定同位体分析の結果,KH-1の熱水は火山ガスと天水線上にプロットされる洞爺湖温泉の浅部源泉群を結ぶ線上にあることから,有珠山を起

    第8表 水素・酸素安定同位体比分析結果(上表:KH-1,下表:洞爺湖温泉の源泉群).

    Table 8 Results of hydrogen and oxygen isotope analysis(Upper table : KH-1, Lower table : hot springwaters of Toyako_spa area).

    第10図 水素・酸素安定同位体比の相関図(KH-1および洞爺湖温泉の既存源泉群).

    Fig. 10 Relationship beween δD and δ18O. (KH-1geothermal water and hot spring waters of theToyako_apa area).

    14 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

  • 源とした火山ガスや熱水と天水との混合が示唆された.また,地化学温度計を用いた地下温度の推定結果は,温度検層結果とも調和的であることから,KH-1のおける熱水の主な湧出深度は760.0~841.0mであると考えられる(第7―2図).

    Ⅷ おわりに

    温泉資源の衰退化に伴う対策が喫緊の課題となっていた洞爺湖温泉地域において,金比羅火口近傍で実施した KH-1の掘削結果への期待は大きなものがあった.KH-1の掘削は,既往研究のMT探査で明らかとなっていた低比抵抗帯の確認,カルデラ派生断層に伴う亀裂帯の有無,2000年有珠山噴火に伴う金比羅火口群への火山ガスや熱水の上昇域および地熱貯留層の存在を明らかにすることを目的に実施した.KH-1により,四十三山周辺以外で想定を超える新

    たな地熱資源の存在が明らかとなったことは,洞爺湖町あるいは当地域の温泉供給事業を行う協同組合にとってその意義や価値は計り知れないものとなった.現在,KH-1は地域再生計画(「洞爺湖温泉・宝の山プロジェクト」)の認定を受けたことから,JOGMECにより洞爺湖町へ無償譲渡について承認されており,地熱・温泉資源を活用した地域産業振興,地域創生への取り組みに活かされる予定である.既に,協同組合では2014年以降,KH-1に高温対応型水中ポンプを設置して熱水を温泉供給事業に活用しているほか,小規模バイナリー発電の導入を検討している.これらを踏まえ,当研究所では2015年には,適正な発電規模や機種選定に必要なデータの取得あるいは既存源泉への影響評価を目的に長期揚湯モニタリングを実施した(田村ほか,2016;大森ほか,2016).このように,KH-1は JOGMECや洞爺湖町をはじめ

    関係機関による支援や助言により成功を遂げた結果であり,KH-1を契機に,今後,地熱エネルギーを活用した観光振興や産業振興の施策への展開を期待したい.

    謝 辞

    本掘削事業の実施にあたり,経済産業省北海道経済産業局,独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構ならびに洞爺湖町にはご理解と支援をいただいた.当研究所職員の多くの方々にもご協力をいただき,当研究所所長の秋田藤夫氏には,原稿の校閲をしていただいた.ここに記して謝意を表する.なお,本報告は経常研究「有珠山周辺における温泉資源に関する研究」の成果の一部としてとりまとめたものである.

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    健・高木朗充(2000):有珠山2000年噴火に伴う西山麓の地

    殻変動.日本火山学会2000年度秋季大会講演予稿集,45.

    大森一人・鈴木隆広・石畑隆史(2016):熱水化学成分のモニタ

    リング結果―洞爺湖温泉地区 地熱調査ボーリング井

    (KH-1)―(投稿中).北海道地質研究所報告,88,33―37.

    Shibata, T., Akita, F., Hirose, W. and Ikeda, R.(2008): Hydrological

    and geochemical change related to volcanic activity of Usu

    volcano, Japan. Journal of Volcanology and Geothermal Research,

    173. 113―121.

    田近 淳・八幡正弘・大津 直・内田康人・廣瀬 亘・野呂田

    晋・鈴木隆広・石丸 聡(2003):有珠山北西山麓の地形・

    地質と土地条件.有珠山火山活動災害復興支援土地条件等

    調査報告,北海道立地質研究所,1―95.

    高橋浩晃・森 済・笠原 稔・岡崎紀俊・石丸 聡・中尾 茂・

    加藤照之・三浦 哲・松島 健・渡邉篤志・木股文昭(2000):

    GPS観測による2000年有珠山噴火前後の地殻変動―2周波

    受信機による観測―.日本火山学会2000年度秋季大会講演

    予稿集,41.

    田村 慎・鈴木隆広・林 圭一・大森一人・高橋 良・柴田智

    郎(2016):有珠山四十三山周辺の主要源泉における温度・

    水位・水質の推移(投稿中).北海道地質研究所報告,88,

    17―25.

    洞爺湖温泉金比羅山火口近傍における地熱調査ボーリング(KH-1)(高橋徹哉・柴田智郎・高橋 良・林 圭一・四宮 博・大塚行紀) 15

  • 洞爺湖温泉利用協同組合(2014):洞爺湖温泉地域地熱資源調査

    事業 洞爺湖温泉地区における地熱構造試錐井掘削工事報

    告書,129p.

    和田信彦・八幡正弘・大島弘光・横山英二・鈴木豊重(1988):

    西胆振地域の地質と地熱資源.地下資源調査所調査研究報

    告,no.19,93p.

    八幡正弘(1987):カルデラの基盤構造について―洞爺カルデラ

    を例にして―.文部省科学研究費総合研究(A)後期中生代

    ~現世における陥没の形態とその発生機構に関する総合研

    究(陥没総研:代表 藤田至則),89―97.

    16 北海道地質研究所報告,第88号,1‐16,2016

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