( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - toray...3738 cm-1付近のsilanol...

6
東レリサーチセンター The TRC News No.108Jul.200925 ●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 1.はじクリーン化社会を実現るために、CO2排出量の抑制 に代表されるよな様々な取り組みが進められているのよな背景の中、自動車産業には燃費上や排ガ浄化能の向上が強く求められており、排ガス浄化能のを実現するために高性能な排ガス媒の開発が近年発に進められている。その中でも脱貴金属(もしくは貴 属低減を目指した排ガス触媒やディーゼルエンジけの排ガス媒の開発は資源やエネルギー効率の問題 も合わさり、重要なテーマとされている。 排ガス媒の開発をめる上で媒のキャラクタリ ーションは重要な位置付けにあり、多くの目的に対し て様々な分析手法が適用されてきた1参照。特に面の化学状態や吸着種の動的挙動を解析するこ反応機構における触媒の役割を明らかとすることがで きるため、極めて重要である。高性な排ガス触媒の発を後進める上では、動的挙動の詳細な解析がますま す重要になると思われる。一般に動的挙動を解析する ためには、反応雰囲気下での評価in situが必されるがin situによる評価は種分析手法の全てで 能ではなく、適用できる分析手法は制限されているの中で、IR赤外分光法XAFSX線吸収端微細 は触媒のin situ評価が可能な分析法であり、高 性能な排ガス媒を開発するための一助となると期待さ る。本稿では、排ガス媒として、ゼオライトCeO2-ZrO2, Ag/Al2O3媒などを取り上げ、実際の反応 場における触媒の化学状態や吸着に関する動的挙動の 価例を紹する。 2.触媒表面吸着種からの反応解析(IR / MS測定2.1 触媒面吸着種のFTIR測定 一般的に触媒反応では、触媒表面に吸着した分子(化 種)が関与するため、活性や反応選択性の向上にはらの吸着に関する見を得ることが重要である外分光法IRでは、実際の反応条件と同様のガ囲気や温度でin situ触媒表面吸着種の同定や吸着 造の解析を行ことができる。特に、赤外吸収スペ トル測の方法として、今回用いた赤外拡散反射分 法(DRIFTSDiffuse Reflectance Infrared Fourier Transform Spectroscopy)は、触媒表面の状態や吸着種 分析に対して有効である。また、粉末などをそのまま 測定することができ、昇温やガスを流通させることで雰 気を制御しやすいとい利点もある。1つの例として Pdを担したAl 2O3500℃酸化処理に、室温にて COを吸着させた(0.5% CO / N2 flow)ときの赤外吸ペクトル変化を図1に示した。吸着したCOの伸縮振による吸収ークが観測されていることが分かる。こで、2150 cm -1 近の吸収ークは酸化状態のPdPd 2+ ど)上に直線状に結合したlinearCOに、2100 cm -1 近の吸収ピークはPd Pd 0 )上に直線状に結合した linearCO20001800 cm -1 わたる吸収ピークは2Pdに架橋して結合したbridgePdCOPdに帰属さ 1。時間とと2150 cm -1 付近の吸収ークは減2100 cm -1 近の吸収ピークが増加していること、還元性のCOによってPdの還元がむことをして る。以上のよに、FTIRでは吸着状態や構造分析を ることが分かる。また、後で示すよに、触媒反応 場合には、反応による生成ガス種に関して、量分特集自動車関5自動車排ガス触媒in situ 分析 表面解研究部 山元 隆志 造化学研究部 沢 亮1 排ガス触媒に関係する代的な分析手

Upload: others

Post on 07-Aug-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)・25

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

1.はじめに

クリーン化社会を実現するために、CO2排出量の抑制に代表されるような様々な取り組みが進められている。このような背景の中、自動車産業には燃費向上や排ガス浄化能の向上が強く求められており、排ガス浄化能の向上を実現するために高性能な排ガス触媒の開発が近年活発に進められている。その中でも脱貴金属(もしくは貴金属低減)を目指した排ガス触媒やディーゼルエンジン向けの排ガス触媒の開発は資源やエネルギー効率の問題とも合わさり、重要なテーマとされている。

排ガス触媒の開発を進める上で触媒のキャラクタリゼーションは重要な位置付けにあり、多くの目的に対して様々な分析手法が適用されてきた(表1参照)。特に、触媒表面の化学状態や吸着種の動的挙動を解析することは反応機構における触媒の役割を明らかとすることができるため、極めて重要である。高性能な排ガス触媒の開発を今後進める上では、動的挙動の詳細な解析がますます重要になると思われる。一般に動的挙動を解析するためには、反応雰囲気下での評価(in situ評価)が必要とされるが、in situによる評価は各種分析手法の全てで可能ではなく、適用できる分析手法は制限されている。その中で、IR(赤外分光法)やXAFS(X線吸収端微細構造)は触媒のin situ評価が可能な分析手法であり、高性能な排ガス触媒を開発するための一助となると期待される。本稿では、排ガス触媒として、ゼオライト触媒やCeO2-ZrO2, Ag/Al2O3触媒などを取り上げ、実際の反応場における触媒の化学状態や吸着種に関する動的挙動の評価例を紹介する。

2.触媒表面吸着種からの反応解析(IR / MS測定)

2.1  触媒表面吸着種のFTIR測定一般的に触媒反応では、触媒表面に吸着した分子(化

学種)が関与するため、活性や反応選択性の向上にはそれらの吸着種に関する知見を得ることが重要である。赤外分光法(IR)では、実際の反応条件と同様のガス雰囲気や温度で(in situ)触媒表面吸着種の同定や吸着構造の解析を行うことができる。特に、赤外吸収スペクトル測定の方法として、今回用いた赤外拡散反射分光法(DRIFTS:Diffuse Reflectance Infrared FourierTransform Spectroscopy)は、触媒表面の状態や吸着種の分析に対して有効である。また、粉末などをそのまま測定することができ、昇温やガスを流通させることで雰囲気を制御しやすいという利点もある。1つの例としてPdを担持したAl2O3を500℃酸化前処理後に、室温にてCOを吸着させた(0.5% CO / N2 fl ow)ときの赤外吸収スペクトル変化を図1に示した。吸着したCOの伸縮振動による吸収ピークが観測されていることが分かる。ここで、2150 cm-1付近の吸収ピークは酸化状態のPd(Pd2+

など)上に直線状に結合したlinear型COに、2100 cm-1

付近の吸収ピークはPd(Pd0)上に直線状に結合したlinear型CO、2000~1800 cm-1にわたる吸収ピークは2つのPdに架橋して結合したbridge型Pd-CO-Pdに帰属される1)。時間とともに2150 cm-1付近の吸収ピークは減少し、2100 cm-1付近の吸収ピークが増加していることから、還元性のCOによってPdの還元が進むことを示している。以上のように、FTIRでは吸着状態や構造分析を行えることが分かる。また、後で示すように、触媒反応の場合には、反応による生成ガス種に関して、質量分析

[特集]自動車関連

(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

表面解析研究部 山元 隆志国須 正洋

構造化学研究部 熊沢 亮一

表1 排ガス触媒に関係する代表的な分析手法

Page 2: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

26・東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

(MS)を合わせて行うことでさらなる知見を得ることが可能となる。

2.2  ゼオライト上でのSCR(前処理および測定条件について)

 ここでは、自動車のディーゼルエンジンからの排ガス中のNOx低減および無害化のため、O2共存下でのNOxを選択的に還元してN2とすることを主目的としたSCR(Selective Catalytic Reduction)と呼ばれる反応について取り上げることにする。用いられる触媒や還元剤としては多くの組み合わせが存在し、それに伴い反応効率や反応機構が異なることが知られているが、今回はゼオライト触媒(H-MFI)において、吸着させたNH3がNOxと反応する様子について調べた例を紹介する。なお、このゼオライトにCuやFeを担持した触媒についても広く研究が行われている2)。

 今回の実験は、図2に示すような条件で行った。希釈ガスとして、IR測定ではN2を、MS測定ではHeを用いた。まず、触媒に対して500℃ Air雰囲気下で前処理を行った。反応温度は200℃として、その温度まで降温し、触媒へNH3を吸着させた(0.1% NH3 / N2 or He flow)。余剰のNH3をN2あるいはHeで置換した後、NOx

(0.1% NO+5% O2 / N2 or He fl ow)を反応させ、そのときの挙動を吸着種についてはIR測定から、気相成分についてはMS測定から調べた。前処理を含めた以上の工程において、触媒を一切大気中にさらすことなく、温度およびガス雰囲気を切り替えながら、in situ測定を行えることが本方法の大きな特徴である。なお、ガスの切り替えや混合割合は複数のマスフローコントローラで調節を行っている。

2.3 触媒表面のNH3吸着種と反応性の分析 はじめに、200℃においてゼオライト上にNH3を吸着させた際の変化について図3に示した。NH3の吸着により、3400~2800 cm-1のNH3吸着種(主にNH4+)による幅広い吸収(NH伸縮振動)が観測されると同時に、3603 cm-1付近のBrönsted 酸点のOHによる吸収ピーク(OH伸縮振動)が減少していることが分かる。これは、触媒上のBrönsted 酸点のOHにNH3が吸着してH+が移動し、主にNH4+が形成したものと考えられる3)。さらに、NH3吸着種にもいくつかの吸収ピークが見られ、触媒上には複数の吸着種が存在していることが推測される。逆に、3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピークには変化が見られず、NH3の吸着には関与していないことが分かる。その模式図を図4に示した。

 次に、このNH3吸着種上へNOxを流通して反応させた際の変化について調べた。まず、NH3とNOxが反応していることを確認するためには、触媒を流通した反応ガスの分析が必要となることから、IR測定と同様の実験を

図1  Pd/Al2O3へCOを吸着させたときの赤外吸収スペクトル変化

図2 in situ測定における前処理および測定について

図3 NH3吸着前後での赤外吸収スペクトル変化

図4 ゼオライト上へのNH3吸着の模式図

Page 3: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)・27

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

特に、排ガス触媒の担体や担持金属の化学状態や構造を調べる上で有効な手法である。弊社では、混合ガス雰囲気での加熱処理時のXAFS測定(in situ XAFS)および数秒~数分単位の時間分解能を持つXAFS測定[in situQXAFS (Quick XAFS)]が可能となった。ここでは、in situ XAFSの概要と排ガス触媒分析への適用例を紹介する。

図7にin situ XAFS測定設備の原理図を示した。XAFSは各エネルギーでのX線の吸収量を評価する手法であり、エネルギー的に連続かつ十分な強度のX線を得るため、放射光を利用した実験が主流となっている。シンクロトロン放射光は、高輝度かつ高指向性な白色X線であり、これを分光結晶により単色化させたX線を試料に照射し、X線の吸収量を算出する。XAFSの対象となる元素は、利用するX線のエネル

ギーにより制限される。TiやVより重い元素を測定する場合、約5 keV以上のエネルギーのX線を利用することになるが、このエネルギー領域では、X線は大気中で透過可能であり、雰囲気をO2やH2など自由に変更することが可能となる。in situ XAFS実験を行うにあたり、弊社では、X線エネルギー分布の特徴などより、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構のPhotonFactory (PF)を中心に利用している (3.2, 3.3節の実験はPFのビームライン BL12Cを、3.4節の実験はPF-AR (Advanced Ring for pulse X-rays)のビームラインNW10Aをそれぞれ利用した)。図7において、黒字で記載した部分はXAFS測定(透

過測定)に必要な実験設備であり、青字で記載した部分はin situ XAFSに特有な設備である。ガスボンベから放出された各種ガスをマスフローコントローラ(MFC)により流量を調節し、試料を封入した試料セルにガスを導入する。また、ヒータおよび温度調節器を用いた試料の加熱も可能である。実験は放射線管理区域内で行うため、有害ガスの取り扱いについては注意が必要である。試料を通過したガスは放射光施設での安全規則に従い、可燃性ガスにおいては燃焼反応によりCO2およびH2Oとし、NOxはアルカリ水溶液により吸収させ、流通ガスを無害化して放出している。XAFSはスペクトルのエネルギー範囲およびX線吸収

時の励起過程の違いにより、XANES(X-ray Absorption

行い、その反応ガスについてMS(質量分析)測定から検討した結果を図5に示した。その結果、流通させたNOの減少と、N2およびH2Oの生成が観測されたことから、NH3とNOxOO の一部が反応していることが確認された。このときの触媒表面の赤外吸収スペクトル変化を図6

に示した。NOxとの反応に伴い、吸着させたNH3の吸収ピークは減少し、その結果Brönsted 酸点のOHによる吸収ピーク(3603 cm-1付近)が回復していることが明らかとなった。また、NH3吸着種によるいくつかの吸収ピークのうち、反応初期では3360 cm-1付近の吸収ピークの方が3215 cm-1付近の吸収ピークより速く減衰していることから、これらは異なるNH3の吸着状態に起因するもので、かつその吸着状態によってNOxとの反応性が異なることを示している。この吸着状態の相違は、NH3が吸着したゼオライト上の吸着サイトの特性と考えられ、これらの知見は、触媒の活性や反応選択性の向上を図る上で重要な結果である。以上のように、in situ IR測定によって触媒表面上での化学反応を追跡することができる。

3.in situ XAFSを用いた排ガス触媒の評価

3.1 in situ XAFSについてXAFS(X-ray Absorption Fine Structure:X線吸収

微細構造)は、注目元素の局所環境(価数、対称性、近接原子との原子間距離など)を評価できる手法であり、

図5  ゼオライト上へNH3吸着後にNOxを流通したときの流通ガスの時間変化

図6  ゼオライト上へNH3吸着後にNOxを流通したときの赤外吸収スペクトル変化

図7 in situ XAFS測定設備の原理図

Page 4: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

28・東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

理後ではwhite lineの強度が著しく低下し、酸化物から金属に還元が進行していると考えられる。一方、酸化処理後では、white lineピークの強度は未処理とほぼ同様となり、Ptは酸化していると考えられる。 動径分布関数でも、XANESと同様の傾向が認められた。処理前ではPt-O結合およびPt-Pt結合が認められ、Pt粒子に酸素が吸着または結合した状態であると推察される。還元処理によりPt-Pt結合が主体となり、還元が進行していると考えられる。一方、酸化処理ではPt-O結合が増加し、Pt粒子の酸化(PtOx)が進行していると考えられる。

3.3  CeO2-ZrO2系触媒におけるCeの状態分析 ガソリン排ガス浄化に利用されている三元触媒は、CO, NOx, HC(hydrocarbon: 炭化水素)の三成分を無害化する触媒であるが、CO, HCについてはCO2, H2Oへの酸化反応、NOxについてはN2への還元反応を同時に達成する必要があり、そのため、排ガス中の酸素濃度の制御が重要な鍵となる。Pt/CeO2-ZrO2触媒(以下Pt/CZと表記)は、その特異的な酸素吸収/放出能:OSC(Oxygen Storage Capacity)から、三元触媒に対して酸素濃度調節のための助触媒として利用されている。このPt/CZのCeの挙動について調べるため、CeO2を比較試料とし、Ce L 3-edge in situ XAFS測定を行った。Ce L 3-edge XANESは、Ceの価数に依存し、ピーク位置およびピーク形状が異なるため5)、本実験では、各条件下でのCe L 3-edge XANESの測定によりCeの価数に注目した。 Pt/CZとCeO2について、未処理、300℃および400℃還元処理後、400℃酸化処理後のCe L 3-edge XANESスペクトルを図10および図11に示した(400℃酸化処理後についてはPt/CZのみ実施しており、400℃還元処理後に酸化させたものである)。還元および酸化処理は、それぞれ、3.2節同様、5%H2/N2、20%O2/N2雰囲気下で行った。Pt/CZでは(図10)、処理前にCe4+が主体であったが300℃および400℃還元処理により、Ce3+が主体となった。また、400℃酸化処理後では再びCe4+が主体となった。本実験でのin situ XAFS測定は、いずれも透

Near Edge Structure:X線吸収端近傍微細構造)およびEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure:拡張X線吸収微細構造)に分けられる。XANESから着目原子の価数や構造に関する情報が得られ、EXAFS解析では試料の局所構造(着目原子周囲の原子種、価数、距離)に関する情報が得られる。通常、EXAFS領域まで測定する場合、各エネルギー点ごとに吸収量を測定するSTEP SCANモードでは、測定に数十分間必要であった。一方、最近では、分光結晶の高速回転により、試料に照射するX線のエネルギーを連続的に変化させながら吸収量を測定することで、より短時間の測定が可能となった(Quick XAFS: QXAFS)。これにより、一定速度で昇温しながら測定することによる状態変化の温度依存性の測定のみならず、ガス切替時の触媒の状態変化を速度論的に議論することも可能となった。本章では、3つの測定例を紹介するが、3.2および3.3節では通常XAFS測定でのin situ 測定結果を、3.4節ではQXAFSによるin situ 測定結果を紹介する。

3.2  Pt/Al2O3触媒におけるPtの状態分析 Al2O3に担持されたPt(Pt/Al2O3)触媒は、ガソリン排ガスの三元触媒の一部として実用化されており、その他の浄化触媒、合成触媒としても幅広く利用されている。このPt/Al2O3触媒を例にとり、還元雰囲気および酸化雰囲気でのin situ XAFS実験を行い、各雰囲気でのPtの挙動を調べた。還元および酸化雰囲気はそれぞれ、5%H2/N2、20%O2/N2の雰囲気で、300℃の下で実験を行った。 未処理、還元処理、酸化処理の結果について、Pt L 3-edge XANESの結果を図8に、Pt L 3-edge EXAFSより得た動径分布関数を図9にそれぞれ示した。Pt L 3-edge XANESの特徴として、white lineと呼ばれる、d電子空孔に起因するピーク(11560eV付近)が現れ、ピーク強度が大きいほど、Ptの価数が大きくなることが知られている4)。測定結果より、未処理ではwhite lineの強度が大きく、Ptは酸化していると考えられるのに対し、還元処

図8 Pt/Al2O3触媒のPt L 3-edgein situ XANES測定結果

図9  Pt/Al2O3触媒のPt L 3-edge in situ EXAFSより得た動径分布関数結果(縦軸は規格化している)

Page 5: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)・29

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

(Particulate Matter:ススなどの粒子状物質)の低減がクリーンディーゼル実現のための課題となっている。特にNOx浄化に向けて、HCやNH3など還元剤としたNOxのSCR反応を促す排ガス触媒の研究が活発に行われており、2章でも紹介した通りである。その中でもAl2O3に担持されたAg(Ag/Al2O3)触媒は

HCやアルコールを還元剤としたNOx浄化触媒として注目されている6)。銀は、活性な状態がAg+もしくはAgnδ+

クラスターなどといわれており6)7)、雰囲気による状態変化は興味深い。特に、水素導入によりAgnδ+クラスターが生成すると共に、HC-SCRのNOx浄化特性が劇的に上昇することが報告されている(「水素効果」)。ただし、この水素効果については、H2と同じ還元性ガスであるCOの下では、銀がどのような挙動を示すかなど、詳細には明らかとされていない。

図12に本実験でのガス雰囲気および温度条件を示した。本実験では、最初に十分酸化させた後、H2またはCOを導入した時のAgの挙動(時間変化)をAg K -edgeKEXAFSから得られた動径分布関数より調べた。XAFS測定はQXAFS測定モードで行い、H2またはCOを導入した直後から測定を開始し、1分ごとに繰り返しスペクトル取得を行った。図13および図14に、H2またはCO導入してからのAgの

動径分布関数の時間変化を示した。H2またはCO導入前はともに、Ag-O結合成分が主に認められ、その他、わ

過法での測定であり、X線パス中に存在する試料についての平均情報としてあらわされる。すなわち、300℃および400℃の還元処理により、試料中に存在するほぼ全てのCeが下記反応により、Ce4+からCe3+へ変化したことが示唆される。

2 CeO2(Ce4+) → Ce2O3(Ce3+) + 1/2 O2

一方、CeO2では(図11)、処理前、300℃および400℃還元処理後、すべてにおいてCe4+が主体であり、処理により顕著な違いは認められなかった。これより、Pt/CZのOSCが、Ceの価数変化と直接的に相関があり、さらに、ZrO2およびPtの存在により低温での高いOSCが発現していると考えられる (実際には、ZrO2の固溶により、OSCが増加し、ほぼすべてのCeがOSCに寄与するものと考えられる5)。さらに、Ptを担持することでH2が活性化され、より低温での酸素放出が容易になったものと考えられる)。

3.4  Ag/Al2O3触媒におけるAg状態分析の時間分解測定自動車ディーゼルエンジンは、低CO2排出量や低燃

費などの利点から、次世代の自動車内燃機関として再び注目を集めているが、排ガス中のNOxおよびPM

図10 Pt/CZのCe L3-edge in situ XANES測定結果

図11 CeO2のCe L 3-edge in situ XANES測定結果図12 ガス雰囲気および温度条件

図13  Ag/Al2O3触媒に0.2% H2/N2導入した状態でのAgK-edge EXAFSより得た動径分布関数の時間変化K

Page 6: ( 5)自動車排ガス触媒の in situ分析 - TORAY...3738 cm-1付近のsilanol OH(Si-OH)による吸収ピー クには変化が見られず、NH3の吸着には関与していない

30・東レリサーチセンター The TRC News No.108(Jul.2009)

●〔特集〕自動車関連(5)自動車排ガス触媒の in situ 分析

に、「良い触媒」の研究・開発が今後さらに進んでいくと期待されるが、そのためにはより詳細な触媒反応メカニズムの解析や触媒の動的挙動の解析が重要となると思われ、ここで紹介したin situ分析技術を中心とした総合評価はそのキーとなる。我々は分析技術の開発を通して、社会のニーズに対応し、クリーン化社会実現に貢献していきたいと考えている。

5.謝辞

本稿で紹介した触媒試料をご提供頂き、かつ、有益なご助言を頂きました豊橋技術科学大学 角田範義教授に深く感謝致します。

6.参考文献

1) H. Tiznado, S. Fuentes, and F. Zaera, Langmuir , 20, 10490(2004).

2) R. Q. Long, R. T. Yang, J. Catal ., 194, 80(2000).3) A. Zecchina, L. Marchese, S. Bordiga, C. Pazé, and E. Gianotti, J. Phys. Chem. B,m 101, 10128(1997).

4)J.A. Horsley, J. Chem. Phys., 76, 1451(1982).5) T. Yamamoto, A. Suzuki, Y. Nagai, T. Tanabe, F. Dong, Y. Inada, M. Nomura, M. Tada, and Y. Iwasawa, Angew. Chem. Int ., 46, 9253(2007).

6)T. Miyadera, Appl. Catal. B , 2, 199(1993).7) K. Shimizu, M. Tsuzuki, K. Kato, S. Yokota, K. Okumura, and A. Satsuma, J. Phys. Chem . C , 111, 950(2007).

■山元 隆志(やまもと たかし) 表面解析研究部 表面解析第1研究室 研究員 趣味:音楽、映画鑑賞

■国須 正洋(くにす まさひろ) 表面解析研究部 表面解析第1研究室 趣味:音楽、美術鑑賞

■熊沢 亮一(くまざわ りょういち) 構造化学研究部 構造化学第1研究室 趣味:手品、ジャグリング、鉄道に乗ること

ずかにAg-Ag結合成分(おもにAg金属成分やAgクラスター成分に由来すると考えられる)も認められた。図13より、H2を導入すると、時間とともに、Ag-Ag成分の強度が増大していることから、Ag金属成分やAgクラスター成分が増大していることが示唆される。一方、図14より、COを導入した場合、Ag-Ag成分の強度は時間とともに若干増大するが、増大速度は、H2を導入した場合と比較して著しく小さかった。これより、金属またはクラスター成分の生成速度が還元ガスの種類に依存し、特にH2の存在下で促進されることがわかった。

3.5 まとめ 3.2~3.4節でin situ XAFSを用いた各種ガス雰囲気および高温下での分析例を紹介した。3.2および3.3節では酸化(O2)および還元(H2)雰囲気下でのPtやCeの状態分析を、3.4節では、酸化雰囲気からH2またはCO雰囲気に切り替えたときのAgの状態変化の時間依存性を調べた。その他、本技術を用いることにより、昇温時の状態変化の温度依存性を調べることが可能である。また、ガス組成について、O2, H2, COだけでなく、HCやNO, H2O, CO2などを含んだ、実排ガスに近いガス組成でも評価が可能である。

4.おわりに

本稿では、自動車排ガス触媒の分析評価技術について、ゼオライト触媒やCeO2-ZrO2, Ag/Al2O3触媒などを取り上げ、in situ FTIRやin situ XAFSを用いた触媒の評価を行った例を紹介した。クリーン化社会実現のため

図14  Ag/Al2O3触媒に2% CO/N2導入した状態でのAgK-edge EXAFSより得た動径分布関数の時間変化K