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1 1 ボーイング 787 型機における複合材料の適用割合 (重量比) 1) 29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷 Aircraft Lightning Environment and Lightning Damage on Composite Materials 1.はじめに 航空機はその運航中、様々な環境にさらされることになる。地理的、季節による気候の変化を始め として、地上と上空での温度、および気圧の変化、飛行中の鳥衝突や異物衝突、降雹、着氷などもそ の事例である。さらに、運航中の被雷は無視することができない。 従来、航空機にはアルミ合金を主体とする金属材料が主に使用されてきた。しかし、近年は軽量化 やメンテナンスコスト削減の要求から、炭素繊維強化複合材料(CFRP: Carbon Fiber Reinforced Plastics) の適用が急速に進みつつある。図 1 に、 Boeing 社の 787 型機における CFRP の適用割合を 示す。図から明らかなように、構造表面のほとんどの部分が CFRP で覆われていることがわかる。現 在、最新鋭の中型旅客機の複合材 料適用率は、構造重量の 50%を占 めるまでになっている。構造材料 の変化に伴い、航空機が被雷した 際に生じる影響も変わりつつある。 CFRP は従来の金属材料と比較 して、単位重量あたりの強度 ( 比強 ) や剛性( 比剛性) に優れる反面、 電気的、熱的特性に劣る。また、 材料の中における炭素繊維の方向 とそれ以外の方向とで、非常に強 い電気的、熱的異方性を有する。 そのため、雷電流が CFRP 製の機 体構造に流入すると、それによっ て生じるジュール熱などに起因し、材料が大きく複雑に損傷する。従って、 CFRP 製の機体構造では、 その表面に金属製の薄いメッシュを貼るなど、雷保護対策が必須となっている。また、特に冬季の日 本海沿岸の雷環境は、世界的にも特殊な環境であることから、航空機および CFRP 構造の被雷に関す る評価や対策の重要性は高まりつつある。 本稿では、航空機の雷環境の概略をまず紹介し、国内外の雷環境、航空機開発に関連する雷試験に 関する規格などを解説する。さらに、 CFRP に雷電流が流入した際の損傷挙動と、被雷損傷に対する 対策について解説を行うとともに、その損傷メカニズムを解明する試みについて紹介する。 2.航空機の雷環境 2.1 航空機の被雷頻度 航空機は一般に、飛行高度によって被雷確率が異なることが知られている。図 2 は、過去に実施さ れた米国のエアラインにおける航空機の被雷データ 2-9) から作成された、高度別の被雷頻度を示す図で ある。 この図から、航空機の被雷は巡航高度である 10km( 33,000ft) より低い高度で主に発生しているこ この解説概要に対するアンケートにご協力ください。 (公財)航空機国際共同開発促進基金 解説概要 29-2

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Page 1: IADF - 29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷 Aircraft …1 図1 ボーイング787型機における複合材料の適用割合 (重量比) 1) 29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷

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図 1 ボーイング 787 型機における複合材料の適用割合

(重量比)1)

29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷 Aircraft Lightning Environment and Lightning Damage on Composite Materials

1.はじめに 航空機はその運航中、様々な環境にさらされることになる。地理的、季節による気候の変化を始め

として、地上と上空での温度、および気圧の変化、飛行中の鳥衝突や異物衝突、降雹、着氷などもそ

の事例である。さらに、運航中の被雷は無視することができない。 従来、航空機にはアルミ合金を主体とする金属材料が主に使用されてきた。しかし、近年は軽量化

やメンテナンスコスト削減の要求から、炭素繊維強化複合材料(CFRP: Carbon Fiber Reinforced Plastics)の適用が急速に進みつつある。図1に、Boeing社の787型機におけるCFRP の適用割合を

示す。図から明らかなように、構造表面のほとんどの部分がCFRPで覆われていることがわかる。現

在、最新鋭の中型旅客機の複合材

料適用率は、構造重量の50%を占

めるまでになっている。構造材料

の変化に伴い、航空機が被雷した

際に生じる影響も変わりつつある。 CFRPは従来の金属材料と比較

して、単位重量あたりの強度(比強

度)や剛性(比剛性)に優れる反面、

電気的、熱的特性に劣る。また、

材料の中における炭素繊維の方向

とそれ以外の方向とで、非常に強

い電気的、熱的異方性を有する。

そのため、雷電流がCFRP製の機

体構造に流入すると、それによっ

て生じるジュール熱などに起因し、材料が大きく複雑に損傷する。従って、CFRP製の機体構造では、

その表面に金属製の薄いメッシュを貼るなど、雷保護対策が必須となっている。また、特に冬季の日

本海沿岸の雷環境は、世界的にも特殊な環境であることから、航空機およびCFRP構造の被雷に関す

る評価や対策の重要性は高まりつつある。 本稿では、航空機の雷環境の概略をまず紹介し、国内外の雷環境、航空機開発に関連する雷試験に

関する規格などを解説する。さらに、CFRP に雷電流が流入した際の損傷挙動と、被雷損傷に対する

対策について解説を行うとともに、その損傷メカニズムを解明する試みについて紹介する。 2.航空機の雷環境 2.1 航空機の被雷頻度 航空機は一般に、飛行高度によって被雷確率が異なることが知られている。図 2 は、過去に実施さ

れた米国のエアラインにおける航空機の被雷データ 2-9)から作成された、高度別の被雷頻度を示す図で

ある。 この図から、航空機の被雷は巡航高度である10km(約33,000ft)より低い高度で主に発生しているこ

この解説概要に対するアンケートにご協力ください。

(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要29-2】

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図2 航空機の高度別被雷頻度 10)

とがわかる。ほとんどの被雷は高度 6km(20,000ft)以下で発生しており、これは、主に離陸/降下中お

よび地上運用中に被雷していることを示している。一般に、高度 3km(10,000ft)以上での被雷は、積

雲中、あるいは隣接する雲間において正と負に帯電した電荷が中和することによって発生する、雲放

電(cloud to cloud flush) によるものと考えられる。一方、高度3km(10,000ft)以下で発生した被雷は、

雲から地面の間に発生する対地放電(cloud to ground flush)によるものと考えられる。高度

6km(20,000ft)以上において発生する被雷頻度が低いのは、この高度域ではパイロットが容易に降雨域

を避ける、あるいは積雲の頭頂が 6〜7.6km(20,000〜25,000ft)の高度まで発達しているような領域に

おいては、積極的に避けることが可能であるからである。 平均値として、一般的な旅客用航空機が、平均的に3,000 飛行時間に1回ほどの頻度で被雷すると

いう報告が、過去の米国の調査データ 2)、 6)に基づいてなされている。これは、米国の運航状況では、

おおよそ航空機 1 機あたり年間 1 回程度被雷することに相当する。ただし、この数値は 1965 年及び

1975年の報告に基づいており、現在とは機材や運航密度、気象状況が異なること、またあくまで米国

での被雷事例と運航環境に基づいた統計であり、他の地域では異なる状況であることに留意する必要

がある。 一般に、欧州での被雷頻度は米国よりも多いことが知られており、米国の軍用機の欧州における運

用記録では、一般的な運用時と比較して、およそ5倍の頻度にあたる99,000飛行時間あたり1.5回の

被雷頻度が報告されている

11)。同様の傾向は、欧州の被

雷データ7)においても報告さ

れているが、この高い被雷頻

度は、欧州における活発な雷

環境と、欧州における高い航

空機の運航密度の両者によ

るものと考えられている。一

方、国内においては体系的に

調査された航空機の被雷頻

度に関する報告はなされて

いないものの、運航会社の統

計によると、被雷件数は年間

数百件に上るものと推定される。 2.2 日本における冬季雷の発生状況 一般的な雷現象は負極性雷(夏季雷)と呼ばれる。これは上昇気流によって雷雲の内部で電離が起き、

雲の下部が負電荷に、地表側が正電荷に帯電した状態から、帯電した電気エネルギが両者の間での放

電によって中和する現象をいう。一方、地形や気象などの特殊な条件が重なる環境下では、正に帯電

した雲の下部の電荷と負に帯電した地表間での中和現象である正極性雷(冬季雷)が発生する。夏季

雷、冬季雷のそれぞれの雷雲の模式図を図 3 に示す。雲の中の電荷分離の作用は、水蒸気が氷晶に凝

結した際に表面と中心部に電位差が発生し、それらの氷が相互に衝突して大小の氷晶に別れ、細かい

氷晶が上昇気流によって雷雲の上部に移動することによって生じるというライミング説が有力とされ

ている。この時、重い側の氷晶は-10℃〜-20℃くらいの温度領域に滞留し、個々が雷雲の下部の電荷

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の中心高度となる。種々の計測によると、雷放電は極性によらず主にこの-10℃〜-20℃の領域から発

生することが明らかになっている。冬季雷においては、雷雲下部の-10℃〜-20℃の高度付近に正の電

荷がたまることが多くなることにより、夏季と比較して多くの正極性雷が発生するとされている。 冬季雷は、通常の雷(負極性雷)と比較して一度に解放される雷の電荷量が非常に大きく、放電時間も

長時間にわたることが知られている。

a) 負極性雷(夏季雷) b) 正極性雷(冬季雷)

図3 負極性/正極性雷の雷雲の構造 12)

図4 世界における冬季雷の発生密度の分布 13)

前項に紹介したように、雷の発生状況は地球上の地域によって大きく異なるが、中でも冬季雷は日本

海沿岸、ノルウェーの西海岸、アメリカ五大湖の東側といった特定の地域で頻発する。図 4 は、世界

における冬季雷の発生頻度を示したものである。図からも明らかなように、日本およびその近海は、

冬季雷の発生が集中している様子が見て取れる。日本における冬季雷の発生は、特に冬の日本海沿岸

に集中しており、発生する雷の30〜50%程度がエネルギの大きな冬季雷である 14)。このエネルギの大

きな雷が航空機に落雷すると、通常の雷の落雷に比べ、深刻な被害につながることが懸念される。そ

の為、国内の航空機運航会社は冬季の日本海側において、非常に繊細な運航を余儀なくされている。

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2.3 航空機に対する被雷の影響 被雷による航空機への影響は、雷電流が着雷したことによる直接雷の影響(Direct Effect)と、雷電流

が着雷した箇所から機体を通過し、大気中に再び放電されるまでに生じる電磁気的な影響である、間

接的な影響(Indirect Effect)の 2 種類に分類される。直接的な影響としては、金属外板に破孔の発生、

CFRP に代表される非金属材料構造の破損、動翼等における可動部のヒンジ、ベアリングの溶解、ス

タティクディスチャージャー(機体表面の静電機を大気中に逃がすためのデバイス)の欠落などが挙げ

られる。 間接的な影響としては、電磁干渉(EMI: Electro Magnetic Interference)による、運航計器や航法装

置等、電子装備品(アビオニクス)への影響や、サーキットブレーカー等電気システムの不時遮断などが

挙げられる。これ対する対策としては、雷電流が流れた際の電流経路を予め作成する(電気的ボンディ

ング)ことによって、大電流の経路を制御するとともに、電子機器類サージ電流から保護する設計とし、

さらに模擬雷波形による模擬試験でその安全性を保証する、また電線類には十分な電磁耐性を持つ規

格に準拠したシールド線を用いることなどが挙げられる。また、最も注意すべき問題として、主翼の

インテグラル燃料タンク内における、ファスナやリベットからのスパーク発生による燃料への引火が

ある。従来のアルミ合金(ジュラルミン)製主翼の場合は、材料が十分に小さな電気抵抗を有するこ

とから、材料そのものが損傷することによるスパーク発生のリスクは低く、構造の継ぎ目個所等に隙

間が生じないようシール材を施すなどの対策がスパーク発生の防止に有効である。特にCFRP構造の

場合は、構造材料とボルト・ファスナの導電率の大きな違いから、電荷の集中が起きやすく、ボルト・

ファスナから発生するスパークをいかに押さえ込むかが重要な課題となる。また、被雷対策のみなら

ず、静電気や電気配線の劣化等による燃料タンク内でのスパークやアーク等による気化した燃料への

引火を防止する目的で、民間旅客機に対し、燃料タンク内の空気層を窒素ガスの充填によって不活性

化し、燃料への引火を防ぐシステム(flammability Reduction Means: FRM)や、あるいは、網状のポ

リウレタンフォーム等をタンク内に配置することで爆発リスクを低減するシステム(Ignition Mitigation Means: IMM)の適用が義務付けられている。 2.4 航空機開発における雷試験規格 雷の放電波形は非常に複雑で多彩であるが、航空機の開発にあたっては、起こりうる全ての雷現象

に対する安全性が保証されている必要がある。民間旅客機の設計指針は、米国連邦航空局 (FAA: Federal Aviation Administration) が定める米国連邦航空規則(FAR: Federal Aviation Regulations)の Part 25 に定められるが、その中で、被雷に関する構造健全性について、Sec. 25.581 Lightning protection15)に記載があり、被雷した際に航空機に壊滅的な影響が生じないように設計することが求め

られている。 その際に適用される雷環境条件としては、SAE ARP 5412-B16)、 あるいはEUROCAE/ED-84 17)

に定められるものが通常用いられる。規格において、雷試験波形には、電圧波形と電流波形が定めら

れている。自然雷の電界環境を模擬する電圧波形としては、Waveform A〜D までの四種が定められ

ており、GFRP(ガラス繊維強化 FRP)製の機体表皮構造やレドーム等の個体絶縁破壊、空間中や絶縁

表面におけるフラッシュオーバ、着雷位置の評価等に利用される。構造破壊や絶縁破壊、フラッシュ

オーバなどが発生するまで一定の電圧上昇率を与えるWaveform A、C(図5 下段左図)および、インパ

ルス絶縁破壊試験や構造から発生するストリーマの評価に用いる単鋒のインパルス波形 Waveform B、D(図5 下段右図)がある。

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図5 雷試験波形 16)

≦500μs ≦5ms 0.25s≦t≦1s ≦500μs

1.20μs±20% 50μs±20%

一方、電流試験波形は強大なエ

ネルギを持つ自然雷を模擬するも

のであり、Component A、 B、 C、 D から構成され、それぞれ A: Initial strike、 B: Intermediate Current、 C: Continuing current、 D: Restrike に対応する(図5上

図参照)。 これらのコンポーネントは、航

空機機体の被雷リスク検討の結果

設定された6つのゾーン分け(被

雷ゾーン)によって組み合わせが

規定されている。被雷ゾーンとは、

着雷の可能性や想定される雷撃電

流の大きさなどによる航空機部位

の 分 類で あり、 SAE ARP 5414A18) に規定されている。 各被雷ゾーンの定義は次の通りである。 ゾーン1A: 最も被雷の可能性が高く、最初の被雷を受けやすい部分 ゾーン1B: 最初の被雷を受けやすく、継続的に被雷を受ける部分 ゾーン1C: 最初の被雷の後、ストロークの遷移が発生する部分 ゾーン2A: ストロークのスイープを受ける部分 ゾーン2B: ストロークのスイープを受けた後も、継続的に被雷を受ける部分 ゾーン3 : 直接被雷の可能性は低い部分

航空機の被雷ゾーンの例を図 6 に示す。また、対応する各被雷ゾーンに対する適用雷撃電流を図 7および表1に示す。それぞれの波形は、雷撃波形を定めるA、B、C、Dのコンポーネントの組み合わ

せによって定義される(表1)。ここで、AhはコンポーネントAの波高値を150kAまで低減させた波

形であり、高高度を飛行する際に雷の経路が遷移することによって被雷する恐れのあるゾーン 1C に

適用される。またC*はコンポーネントCの修正版であり、ゾーン1Aおよび2Aの雷接点において被

雷時から5ms以降、最大50msの継続時間でコンポーネントCの電流が流れることを模擬する。 航空機においては、これらの各被雷ゾーンで想定される雷電流に対し、構造的、電気的に安全性が

確保されること、特に主翼内部の燃料タンク内に雷電流によるスパークが発生しない設計とすること

が要求される。

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図6 航空機の被雷ゾーンの例 18) 図7 ゾーン別コンポーネントの組み合わせ例 16)

図8 ICG 雷インパルス電流発生装置 (名古屋大学NCC所有)

Swept Strike Direct Strike Conduction Only

200 kA - 2 X 10 ⁶A²s

1A

1B

2A

2B 3

A B C D (a)

(b)

(c)

2 kA - 10 Coulombs

800 A - 200 Coulombs

100 kA 0.25 X 10 ⁶A²s

2.5 雷電流試験 前項に解説した試験規格の雷電流波形は、通常インパルス電流発生機(ICG: Impulse Current Generator)を用いて発生させる。雷試験用 ICG の例として、名古屋大学 ナショナルコンポジットセ

ンター(NCC)に設置されている、雷インパルス電流試験装置の例を図8に示す。本試験装置はSAE ARP 5412-Bの規格波形に準拠し、A+B+C+Dの組み合わせ波形を発生可能である。ただし、コンポ

ーネント D 波形は、コン

ポーネント A 波形と装置

を共用していることから、

一連の波形としての連続

供試は難しく、分割した形

で供試することになる。コ

ンポーネントA、 Dの発

生装置の供用は一般的で

あり、型式証明の試験等に

おいても、通常それぞれの

表1 被雷ゾーンと電流コンポーネントの組み合わせ 18) 被雷ゾーン 電流コンポーネント

1A A、 B、 C* 1B A、 B、 C、 D 1C Ah、 B、 C*、 D 2A D、 B、 C* 2B D、 B、 C 3 A、 B、 C、 D

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図9 雷電流により損傷したCFRPパネ

ルの例、CFRPサンドイッチパネルに ゾーン1Aの雷電流を適用 20)

コンポーネント波形は分割して供試される。 3.CFRPの雷損傷 3.1 CFRPの雷損傷保護 冒頭に紹介した通り、CFRP は従来の金属材料と比

較して大きな電気抵抗と強い電気異方性を持つ。一般

的な航空機グレードのCFRPと、航空機用ジュラルミ

ンの電気的特性との比較を表 2 に示す。CFRP の最も

電気抵抗率の小さな繊維方向においても、金属材料と

は 3 桁程度の開きがあること、CFRP の繊維方向と板

厚方向で、その電気抵抗率には 107 程度という非常に

大きな異方性が存在していることが見て取れる。そ

のため、雷電流がCFRP製の機体に流入した際、発

生するジュール熱等に起因して、複雑な損傷が発生

することになる(図9参照)。

表2 航空機用CFRPと金属材料の電気特性比較 電気抵抗率(Ωm)

繊維方向 繊維直交方向 板厚方向 IMS60/133 (CFRP)19) 2.78×10-5 8.83×10-1 5.58×102 A2024(超ジュラルミン) 3.4×10-8

従って、航空機の CFRP 構造の設計開発に際しては、雷に対する特別な考慮が必要である。特に

CFRPの被雷損傷に対しては、LSP(Lightning Strike Protection)と呼ばれる薄い金属製のメッシュを

構造表面に適用する対策が有効である。図10にLSP銅メッシュの例と、CFRPに適用した際の雷損

傷の抑制効果について示す。LSPを適用しなかった場合、雷電流によって大きな損傷が発生するが(図9)、表面にLSPを適用することで、損傷を効果的に抑制可能であることがわかる(図10 (b))。LSPの 適用は、構造重量の増加や製造工数増加に伴う製造コスト増、被雷後の修理プロセスの煩雑化、あるい

は長期運用の際のガルバニックコロージョン(電蝕)の恐れなど、課題も残っている。しかしながら、

LSPの適切な適用によりCFRP機体構造の雷に対する安全性は十分に確保されている。

a) LSP銅メッシュの例 (Dexmet社) b)LSPを適用したCFRPの被雷試験後 20) 図10 LSPによるCFRPの雷保護

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図11 CFRPへの着雷点において影響する様々な物理現象 21)

3.2 CFRPの雷損傷メカニズム 雷電流による CFRP の損傷

は、様々な物理現象が重畳する

非常に複雑な現象である。複数

の物理的な現象と化学的な現

象がお互いに練成しながら同

時に、極短時間の間に発生する。

また、現象は非常に強い自発光

を伴い、そして大電流による試

験であることから、損傷過程の

その場観察や物理量の直接計

測は困難である。これまでのと

ころ、CFRPの雷損傷の詳細な

破壊機構は完全には明らかに

されていない。図11に、CFRPの雷損傷に関連する様々な現象を模式化したものを示す。 図中の濃度の異なるオレンジの帯は、時間の経過(t1〜t3)とともに拡大していく雷電流の直径(arc

root)の変化を示している。雷電流から流入する熱流束(Thermal flux)は、雷電流によってプラズマ化

した大気から材料に作用し、高温による材料表面の劣化につながる。また、材料中に流入した雷電流

によって、炭素繊維の高い電気抵抗率に伴うジュール熱(Joule heating)が発生する。発生したジュー

ル熱による高温により、材料を構成する炭素繊維の昇華、マトリックス樹脂の熱分解といった、材料

の損傷が生じる。その他の影響として、大電流が急激に材料中を流れることによって発生する電磁気

力(Magnetic force)と、雷電流が大気をプラズマ化した際に発生する衝撃波による圧力(Acoustic force)の影響が挙げられる。また、急激に生じる電位差によって材料中で発生する絶縁破壊も検討すべき現

象の一つである。このように、CFRP の雷損傷挙動は非常に沢山の現象が重畳する複雑さのために、

容易には理解することが難しい。特にこれらの現象が、雷損傷の発生にどのような割合で影響を与え

ているかを理解することは重要な課題である。そのため、損傷挙動解明のための様々な試みが行われ

てきている。 小型のCFRP供試体とインパルス電流発生器を用いて行われた雷電流試験の結果、付与する雷電流

波形のエネルギが比較的小さい領域においては、電流の比エネルギ(Action Integral)と発生する雷損傷

の規模が良い相関を示すことが明らかになっている 19)。また、この実験を模擬した熱-電気連成FEMによる数値解析の検討により、雷電流のエネルギが比較的小さい領域においては、損傷の主要因がジ

ュール発熱に起因した樹脂の蒸発と、蒸発した樹脂が爆発的に膨張することによって 2 次的に進展す

る層間はく離状の損傷によることなどが示されている 22)。近年では、数値解析手法の高度化に精力的

に取り組まれており、材料の熱的特性に関する温度依存性の考慮や 23)、時間と温度の関数である樹脂

の熱分解率の考慮 24) 、25)、雷電流印加後の冷却過程の考慮と、熱ひずみによる損傷の進展の検討 26)な

ど、様々な現象を同時に考慮可能な数値解析手法が提案されてきている。 また、実験的な取り組みとして、光ファイバセンサを用いた雷撃試験中のCFRPの温度、ひずみモ

ニタリングなども試みられている。大電流とそれに伴う強力な電磁場のため、通常のセンサでは雷電

流印加中の計測は困難であるが、この計測法では電気および磁気の影響を受けない光ファイバと、高

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速データロガーを用いることにより、材料中の温度変化や供試体のひずみ等の物理量の計測を行うも

のである 27)。 雷電流のエネルギが大きい領域においては、衝撃波や電磁力の影響も無視することができない。衝

撃波の影響については、可視化手法を用いた衝撃波の伝播挙動観察などが試みられている。シュリー

レン法やシャドウグラフ法といった、通常風洞試験などにおいて流体の圧力分布の可視化に用いる手

法を用いることにより、雷電流印加時に発生する強力な自発光の影響を抑え、衝撃波の伝播挙動を可

視化可能であることが示されている 28)。図 12 に突針状の先端形状を持つ電極から、CFRP の供試体

に対して雷電流をアーク放電した際に発生した衝撃波の様子を示す。1番外側の半円状に広がる黒い

影が衝撃波の波面(ショックフロント)を示しており、内側のドーム状に広がる影に囲まれた領域は、高

温のガスが広がる領域である。高温のガス領域およびその周囲では、飛散するCFRPの破片と思われ

る細かい粒子の飛散を見て取るこ

とが出来る。 このように、様々な実験的、数

値解析的な試みによって、CFRPの雷損傷をより詳細に理解しよう

という努力が続けられている。詳

細な雷撃損傷挙動の理解は、

CFRPを用いる航空機構造の開発

や製造コストの低減、更なる安全

性の向上のために有益であること

に加え、耐雷損傷性を持った新し

い材料開発を行う 29, 39)上で

も、重要な指針となる。 4.おわりに 本稿では、国内外における航空機の雷環境の状況と、航空機機体開発の際に用いられる雷試験規格

の解説をするとともに、近年航空機に適用が進むCFRPの雷撃損傷における従来金属材料との相違点、

雷損傷に対する対策、およびその損傷メカニズム解明に向けた取り組みについて解説した。 特に冬の日本海沿岸は、冬季雷の頻発する世界有数の激雷地域であることから、被雷による機体の

損傷や運航への影響は、国内のエアラインにとっても重大な問題である。また、機体構造開発におい

ては、CFRP の雷損傷に対する安全性を担保のために、多大なコストが必要となっており、高度な解

析手法の援用による雷試験の削減が強く求められている。 そのため、CFRP の雷損傷の詳細なメカニズムを解明するための基礎的な検討の重要性は高く、各

国で精力的に取り組まれている。今後また、新しい取り組みによるより詳細な損傷メカニズムの解明

や、様々な現象を考慮可能な数値解析手法の開発の取り組みが活発になっていくものと考えられる。 参考文献 1) 炭素繊維協会Webページ、 http://www.carbonfiber.gr.jp/field/craft.html 2) M. M. Newman, J. D. Robb: Aircraft Protection from Atmospheric Electrical Hazards, ASD

Technical Report 61-493, or L and T Report 374, Lightning and Transients Research

図12 シャドウグラフ法によるCFRP雷試験時の衝撃波の可視化例、 最大電流値 20kA (10% Comp. A)、 突針電極、 印加から122μs後 28)

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Institute, Minneapolis, Minnesota, December 1961. 3) Lightning Strike Survey Report for the Period of January 1965 through December of 1966,

Federal Aviation Agency Report of the Conference on Fire Safety Measures for Aircraft Fuel Systems. Appendix II, Department of Transportation, Washington D.C., December 1967.

4) B. I. Hourihan: Data from the Airlines Lightning Strike Reporting Project, June 1971 to November 1974, Summary Report GPR-75-004, High Voltage Laboratory, Electromagnetic Unit, Corporate Research and Development, General Electric Company, Pittsfield, Massachusetts, March 1975.

5) R. B. Anderson, H. Kroninger: Lightning Phenomena in the Aerospace Environment: Part II, Lightning Strikes to Aircraft, Proceedings of the 1975 Conference on Lightning and Static Electricity, December 1975.

6) J. A. Plumer, B. L. Perry: An Analysis of Lightning Strikes in Airline Operation in the USA and Europe, Proceedings of the 1975 Conference of Lightning and Static Electricity, December 1975.

7) O. K. Trunov: Conditions of Lightning Strikes in Air Transports and Certain General Lightning Protection Requirements," Proceedings of the 1975 Conference on Lightning and Static Electricity, December 1975.

8) N. O. Rasch, M. S. Glynn, J. A. Plumer: Lightning Interaction with Commercial Air Carrier Type Aircraft," International Aerospace and Ground Conference on Lightning and Static Electricity, Orlando, Florida, 26-28 June 1984, paper 21.

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Page 11: IADF - 29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷 Aircraft …1 図1 ボーイング787型機における複合材料の適用割合 (重量比) 1) 29-2 航空機の雷環境と複合材の雷損傷

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20) Lightning Strike Protection for Carbon Fiber Aircraft, Dexmet Corporation, http://www.dexmet.com/docs/lightning-strike-protection-for-carbon-fiber-aircraft.pdf

21) L. Chemartin, P. Lalande, B. Peyrou, A. Chazottes, P.Q. Elias, C. Delalondre, B.G. Cheron, F. Lago: Direct Effects of Lightning on Aircraft Structure: Analysis of the Thermal, Electrical and Mechanical Constraints, Journal Aerospace Lab, ONERA, 5, AL05-09, 2012

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23) G Abdelal, A Murphy: Nonlinear numerical modelling of lightning strike effect on composite panels with temperature dependent material properties, Composite Structure, 109, 2014, pp. 268–78

24) Q Dong, Y Guo, X Sun, Y Jia: Coupled electrical-thermal-pyrolytic analysis of carbon fiber/epoxy composites subjected to lightning strike, Polymer (United Kingdom), 56, 2015, pp 385–94

25) Q Dong, Y Guo, J Chen, X Yao, X Yi, L Ping, Y Jia: Influencing factor analysis based on electrical-thermal-pyrolytic simulation of carbon fiber composites lightning damage, Composite Structure, 140, 2016, pp. 1–10

26) S. Kamiyama, Y. Hirano, T. Ogasawara: Delamination analysis of CFRP laminates exposed to simulated lightning current considering pyrolysis reaction, ASC 32nd Technical Conference, STEW 278, West Lafayette, USA, 2017

27) A. Kuraishi, Y. Ikeda, H. Mamizu, K. Saito, Y. Hirano, Y. Iwahori: Lightning damage evaluation of composite using Direct Measurements, International Conference on Lightning & Static Electricity 2017, 1060, Nagoya, Tokyo, 2017

28) Y. Hirano, T. Sonehara, N. Tokuoka, Y. Hamate, International Conference on Lightning & Static Electricity 2017, 1091, Nagoya, Tokyo, 2017

29) T. Yokozeki, T. Goto, T. Takahashi, D. Qian, S. Itou, Y. Hirano, Y. Ishida, Masaru Ishibashi, Toshio Ogasawara: Development and characterization of CFRP using a polyaniline-based conductive thermoset matrix, Composite Science and Technology, 117, 29, 2015, pp 277-281

30) Y. Hirano, T. Yokozeki, Y. Ishida, T. Goto, T. Takahashi, D. Qian, S. Ito, T. Ogasawara, M. Ishibashi: Lightning damage suppression in a carbon fiber-reinforced polymer with a polyaniline-based conductive thermoset matrix, Composite Science and Technology, 127, 28, 2016, pp 1-7

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