(西暦) 修士学位申請論文 菊池 努(西暦) 2013 年度 修士学位申請論文...

224
(西暦) 2013 年度 修士学位申請論文 指導教員 菊池 努 米中間の「戦略的不信」と中国の北朝鮮への影響力の限界: 中国の米国による対中封じ込めへの懸念と中朝関係 U.S. - China “Strategic Distrust” and the Limit of China’s Influence on North Korea: China’s Concerns about Containment by the U.S. and China - North Korean Relations 研究科 国際政治経済学 国 際 政 治 学 コース 外交・安全保障 山崎 周

Upload: others

Post on 27-Jun-2020

5 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • (西暦) 2013 年度

    修士学位申請論文

    指導教員 菊池 努

    米中間の「戦略的不信」と中国の北朝鮮への影響力の限界:

    中国の米国による対中封じ込めへの懸念と中朝関係

    U.S. - China “Strategic Distrust” and the Limit of China’s

    Influence on North Korea: China’s Concerns about

    Containment by the U.S. and China - North Korean Relations

    研 究 科

    国 際 政 治 経 済 学

    専 攻

    国 際 政 治 学

    コース

    外交・安全保障

    氏 名

    山崎 周

  • 1

    目次

    はじめに:米中の「戦略的不信」と中朝関係

    .............................................................................................................................. 2

    第1章:米中間での「戦略的不信」と北朝鮮の核開発問題:中国から見た米国

    の対中戦略

    .............................................................................................................................. 8

    第2章: 冷戦後の中朝関係の変質:北朝鮮の「第二のヴェトナム化」への中国

    の危惧の念

    ............................................................................................................................ 47

    第3章:中国の北朝鮮に対する影響力の限界:米朝接近を懸念する中国

    ............................................................................................................................ 86

    第4章:冷戦後の中国の対北朝鮮政策と米朝関係への警戒心

    .......................................................................................................................... 117

    結論

    .......................................................................................................................... 168

    参考文献リスト

    .......................................................................................................................... 173

  • 2

    米中間の「戦略的不信」と中国の北朝鮮への影響力の限界:

    中国の米国による対中封じ込めへの懸念と中朝関係

    山崎 周

    はじめに:米中の「戦略的不信」と中朝関係

    国際関係論では、ある国家が経済的に他の国家に大きく依存している場合、両者の間で

    従属的な関係が形成されるようになるという見解が一般的である1。大国は、小国を自国に

    従属させるための手段として、自国の通商政策を意図的にコントロールする。大国の側は、

    経済的に小国を自国に依存させ、その非対称的な依存性を政治な影響力に転換及び行使す

    ることによって、二国間関係においてより優位に立てるのである。その結果、小国は、大

    国に対して経済面で依存するだけではなく、政治的にも従属的な立場に陥っていく。今日

    では、貿易だけではなく、投資や対外援助も同様の目的のために利用されている2。一方で

    ケネス・ウォルツは、自助体系(self-help system)のもとでは、ある国家が自国に不可欠な

    商品やサーヴィスの輸入で他国に依存している場合、当該国はその依存を減らすように行

    動するとしている3。

    しかし、中国と北朝鮮の関係においては、そのような国際関係論の理論の通説的な見方

    では理解し難い側面がある。それらの国際関係の理論から類推すれば、中国は北朝鮮に対

    1 Bruce Russett, Harvey Starr, and David Kinsella, World Politics: The Menu for Choice

    [Ninth Edition] (Boston: Cengage Learning, 2009), pp. 133-134: ジョーン・E・スぺロ(小林

    陽太郎/首藤信彦訳)『国際経済関係論』(東洋経済新報社、1988年)、170-171項:

    アルバート・ハーシュマン(飯田敬輔監訳)『国力と外国貿易の構造』(勁草書房、2011年)。 2 David A. Baldwin, Economic Statecraft (Princeton: Princeton University Press, 1985)。 3 Kenneth N. Waltz, The Theory of International Politics (New York: McGraw Hill, 1979), pp. 154-155.

  • 3

    してかなりの影響力を持つと想定されるのみならず、北朝鮮はそのような状況から脱する

    ために他の国との経済関係を深め、中国への依存を相殺しようとするはずである。だが、

    北朝鮮は、核実験やミサイル発射実験の実施、限定的な武力行使によって朝鮮半島の緊張

    を高める瀬戸際外交(brinkmanship diplomacy)を用いて、日米韓との関係をこじらせてい

    る。朝鮮半島での情勢が緊迫化する度に、中国は自国の政府のみならず、中国共産党など

    のルートを通じて北朝鮮に挑発的な言動を控えるように要請してきた。しかし、目下のと

    ころ、北朝鮮の行動を変えようという中国の外交的努力が成果を上げているわけではない。

    中国を含めた周辺国からの再三にわたる警告にもかかわらず、北朝鮮は核実験やミサイル

    発射実験を断行してきたのである。

    従来の国際関係論における一般的な見方からすれば、北朝鮮が中国からの警告を無視す

    るという帰結は理解し難い。経済的に自国に深く依存させる政策によって、中国は北朝鮮

    に対して圧倒的な影響力を獲得し、同国の「植民地化」に成功したという見解もあるが4、

    それは中国の北朝鮮に対する影響力を過大評価している。北朝鮮の中国への経済的な依存

    が年を追うごとに深まっているにもかかわらず、中国の北朝鮮に対する政治的影響力はそ

    れに見合うほどのものではない5。中国と朝鮮半島の関係を分析するために様々な国際関係

    論の理論が用いられてきたが、必ずしもその関係を適切に説明するのに成功してきたわけ

    ではないと言えよう6。

    中朝関係に関する先行研究では、中国が北朝鮮に対して経済制裁を含めた強い影響力を

    行使できない理由がいくつか指摘されてきた。その理由として最も多く挙げられてきたの

    は、中国が北朝鮮国内の混乱や体制の崩壊、それに伴う自国への余波を懸念しているとい

    4 Masako Ikegami, “China’s Grand Strategy of “Peaceful Rise”: A Prelude to a New Cold War,” in Hsin-Huang, Michael Hsiao, and Cheng-Yi Lin (eds.), Rise of China: Beijing’s Strategies and Implications for the Asia-Pacific (London and New York: Routledge, 2009), pp. 24-26. 5 Troy Stangarone and Nicholas Hamisevicz, “The Prospects for Economic Reform in North Korea after Kim Jong-Il and the China Factor,” International Journal of Korean Unification Studies, Vol. 20, No. 2 (2011), pp, 194-195. 6 Scott Snyder, China’s Rise and the Two Koreas: Politics, Economics, Security (Boulder and London: Lynne Rienner Publishers, Inc., 2009), p. 9.

  • 4

    うものである。それらの先行研究の議論にも妥当性があるのは確かではあるが、中朝の二

    国間関係に焦点をあてるものが多く、分析の視点として狭隘な感は否めない。

    中国の対北朝鮮政策は、北朝鮮との二国間関係のみを考慮して決定されるわけではない。

    中国の対朝鮮半島政策において、最優先となる外交課題の一つは米国との関係である7。そ

    のため、中国の北朝鮮に対する影響力を論じるのであれば、米中関係という要因にまず着

    目するべきであろう。朝鮮半島をめぐる諸問題を研究する際には、南北朝鮮と周辺諸国と

    の関係とリンクさせることによって、朝鮮半島をめぐる国家間関係を一つのシステムと捉

    え、マクロの視点から分析していく必要がある8。

    そこで本稿は、二国間関係で政治的に有利な立場にあるはずの中国が、なぜ北朝鮮に対

    してそれに見合った影響力を行使できないのかを、冷戦後の中国の米国に対する認識と結

    び付けて検証する。

    現在の米中関係で重要なことは、中国の台頭に伴って、米中間での「戦略的不信(strategic

    distrust)9」が増大してきており、両国関係が悪化してきているという現状である。冷戦後

    の中国は、米国が自らの覇権を保つために中国の台頭を妨害しており、その目的のための

    手段として、米国が東アジアの地域諸国を取り込んで対中包囲網を築こうとしていると考

    えている。米中関係によって規定される中国の対北朝鮮政策は、そのような中国側の認識

    を必然的に反映することになろう。

    本稿の結論をここで端的に述べる。中国が北朝鮮に対して本来持つはずの影響力を行使

    7 Fei-Ling Wang, “Joining the Major Powers for the Status Quo: China’s Views and Policy on Korean Reunification,” Pacific Affairs, Vol. 72, No. 2 (1999), pp. 167-185: Gong Keyu, “Tension on the Korean Peninsula and Chinese Policy,” International Journal of Korean Unification Studies, Vol. 18, No. 1 (2009), pp. 93-119. 8 曹世功(平岩俊司訳)「中国の朝鮮半島政策:ある中国人学者の視角」日本国際政治学会編『国

    際政治』第92号(1989年)、46項。 9 Kenneth Lieberthal and Wang Jisi, Addressing US-China Strategic Distrust (Washington D. C: John L. Thornton China Center at Brookings, 2012):

    http://www.brookings.edu/~/media/Research/Files/Papers/2012/3/30%20us%20china%20lieb

    erthal/0330_china_lieberthal.pdf. 中国語版は、王缉思,李侃如:《中美战略互疑:解析与应对》:

    http://www.brookings.edu/~/media/research/files/papers/2012/3/30%20us%20china%20lieber

    thal/0330_china_lieberthal_chinese。

  • 5

    できない理由は、北朝鮮に対して過度に強い圧力を加えると、北朝鮮が米国へと接近する

    のみならず、米国も北朝鮮を抱き込む可能性があると中国は考えている。中朝関係が悪化

    すれば、場合によっては、米朝両国が結託して対中包囲網を築くかもしれないという恐れ

    を中国が抱いているため、中国の北朝鮮に対する影響力には限界がある。

    中国が北朝鮮に対して重い政治的、経済的な制裁を課せば、北朝鮮が米国との関係を改

    善する動機が高まる。なぜなら、もし中国が北朝鮮への経済的な支援を断てば、北朝鮮と

    しては自国の生存のため、外交的な妥協を重ねてでも他の大国、とりわけ米国に頼ろうと

    するであろう。冷戦後の中国と米国の間には、経済的な手段を用いて北朝鮮に対する影響

    力を高めようと争ってきた経緯もある。中国にとって、両国間関係で様々な問題を抱えて

    いるとしても、北朝鮮は未だに重要な隣国の一つである。最近の米中間の「戦略的不信」

    を前提とすれば、米国がその覇権を保つために、米国の意に反して核兵器の開発を進める

    北朝鮮をも利用して、中国を封じ込めようとするという不安が中国国内にあったとしても

    不自然ではない。

    また、中国が台頭して米国とのパワーの格差が縮小していけばいくほど、米国が本格的

    に中国の勃興を抑えつけとしてくるかもしれないという中国側の懸念も強まろう。東アジ

    アで厳しい国際環境下に晒されているという焦燥感を持つ中国としては、北朝鮮を米国の

    側に追いやるという最悪のシナリオを回避するため、北朝鮮に対して十分な影響力を行使

    できないのである。

    北朝鮮をめぐる諸問題、特に同国による核開発問題の解決に向けたプロセスにおいては、

    米中両国が外交的な協力を行ってきた経緯がある。しかし、北朝鮮の核開発問題をめぐる

    一連のプロセスや米中両国と北朝鮮との間での外交関係という観点から見ると、米中間で

    は競争的な側面が顕著である。本稿では、米中関係に「戦略的不信」があるということか

    ら、両国間での北朝鮮をめぐる角逐に着目し、とりわけ中国側の視点に立脚して考察を行

    う。そして、中国が米朝関係の進展を警戒している点を強調する。

  • 6

    中国の対北朝鮮政策において、米国という要因が最重要なことは確かであるが、中国が

    北朝鮮との関係を特別視していることもまた明らかであろう。そのため、本稿では、中国

    の対北朝鮮政策では、中国側の北朝鮮との関係に対する認識も重要であることも考慮する。

    本稿の構成は、以下のようになる。第1章の第1節では、米中間での「戦略的不信」が

    高まってきていることを論じる。中国が台頭するに伴って、両国間での「戦略的不信」も

    深まりつつあるが、特に中国側が米国に対して警戒的である。中国は、米国が中国の台頭

    を阻害するために、中国の周辺国との関係を強化して、対中包囲網を形成しようとしてい

    ると憂慮している。米国が自国に対する圧力を強めてきているという認識を持つ中国から

    すると、米国は北朝鮮までをも抱き込んで、自国を封じ込めてくるかもしれないのである。

    第2節では、北朝鮮をめぐる諸問題が、米中関係にいかなる影響をもたらしうるかを検討

    する。北朝鮮をめぐる諸問題、とりわけ、北朝鮮による核開発問題は、米中が同問題に協

    力して取り組む動機をもたらす一方で、両国が相互への不信感をより強める原因にもなり

    うる。核兵器やミサイルの発射実験など、北朝鮮による行動が原因となって米国が東アジ

    アでの軍事的なプレゼンスを強化する措置を取ると、中国はそれを北朝鮮ではなく自国に

    対する脅しと考えて、米国への不信感をより募らせるという構造がある。

    第2章の第1節では、冷戦期及び冷戦後の中朝関係を概観する。北朝鮮は、中国の安全

    保障に死活的に重要な存在であり、地政学的に無視し難い存在でもある。中国にとって、

    北朝鮮が自国と敵対する勢力の側に靡くことは好ましくないのである。しかし、冷戦後の

    中朝間では、米中間においてと同じように、不信感が高まってきている。第2節では、中

    朝間での不信感もあって、中国側には北朝鮮が米国に与して自国の脅威になるかもしれな

    いという不安があることを指摘する。冷戦期のヴェトナムが中国から寝返ってソ連陣営に

    参画したように、中国は冷戦後の北朝鮮も米国側に靡いて「第二のヴェトナム」と化す恐

    れもあると考えているのである。

    第3章では、本稿が解明すべき問いである、なぜ中国の北朝鮮に対する影響力には限界

  • 7

    があるのかという点に関する根本的な理由を、それまでの本稿での議論と組み合わせて明

    らかにする。まず、同章の第1節では、これまで、中国が北朝鮮に対してどのように影響

    力を行使してきたかを概観する。そこで分かることは、中国は北朝鮮との関係を悪化させ

    るような措置を取ってこなかったという事実である。その理由は、北朝鮮との関係が悪く

    なれば、北朝鮮が米国に靡き、米国も北朝鮮を対中封じ込めに利用するかもしれないと中

    国が不安を抱いているからである。第2節では、中国国内の議論を紹介して、米国と北朝

    鮮が結託するのではないかという懸念が中国にあることを指摘する。第3節では、第1節

    で述べたような理由のゆえに、中国が北朝鮮に対して本来有しているはずの影響力を使え

    ないということを、主として中国国内の議論から検証する。

    第4章では、冷戦後の中朝関係を6つの時期に分けて概観する。そこで判明するのは、

    冷戦後の中朝関係にはあるパターンが存在するという点である。それは、米中関係のダイ

    ナミズムと密接に関わっており、特に、中国側が米国に対する警戒心強めた時に中朝関係

    に変化が訪れるというパターンが存在するのである。米朝関係が中国にとって好ましくな

    い程度に改善すると、中国は米国の北朝鮮に対する影響力の増加を相殺しようとするよう

    になって、北朝鮮との関係強化に乗り出すのである。中国が米朝関係の急な展開に楔を打

    ち込もうとする理由は、両国関係があまりにも緊密化すれば、米朝が結託して中国を封じ

    込めようとしてくると中国が考えているからである。そのような考えこそが、中国の北朝

    鮮に対する影響力を制限している決定的な要因なのである。

    最後に、本稿の議論のまとめを行う。

  • 8

    第1章:米中間での「戦略的不信」と北朝鮮の核開発問題:中国から見た米国

    の対中戦略

    1.中国の台頭と米中間の「戦略的不信」:米国による対中包囲網構築への中国の疑念

    中国が台頭するにつれて、米中間での相互不信が強まってきている。「戦略的不信

    (strategic distrust) 10」という言葉が、両国間での相互不信の実状を象徴している。とりわ

    け、中国側で、米国が自らの覇権を維持するために中国の台頭を抑えようとしているとい

    う懸念が強まってきており11、そのような懸念が対外行動にも反映されるようになってきて

    いるのである。

    米中間の「戦略的不信」は、中国の米国に対する警戒感を強め、その上、中国国内のナ

    ショナリズムを刺激することによって、両国関係に悪影響を及ぼす原因にもなっている。

    米中間の相互不信が根本的な原因となって、東アジア地域で徐々に伝統的なセキュリテ

    ィ・ディレンマが生じつつあるのみならず12、両国の政治体制の違いが原因となって「米中

    新冷戦」の状態に陥っているという指摘もある13。

    2008年のリーマン・ショックを契機として世界的な金融危機が生じた頃から、中国

    では自国の台頭についての自信が深まると同時に米国が衰退しつつあるという見解が強ま

    り14、中国は対外的に「独断的な (assertive)」姿勢を取るようになった15。

    10 Lieberthal and Wang, Addressing US-China Strategic Distrust. 11 Ibid, p. 10. 12 Paul H. B. Godwin, “Security Policy and China’s Defense Modernization: A Sixty-Year Perspective,” in Allen Carlson and Ren Xiao (eds.), New Frontiers in China’s Foreign Relations (Lanham: Lexington Books, 2011), p. 121-124. 13 中嶋嶺雄「「米中新冷戦」の間で:中国の台頭と日米同盟の意義」『海外事情』(2010年)、

    2-7項。 14 中国国内でのリーマン・ショック後の米国のパワーについての見方については、Bonnie S.

    Glaser, “A Shifting Balance: Chinese Assessment of U. S. Power,” in Craig Cohen (ed.),

    Capacity and Resolve: Foreign Assessments of U.S. Power (Washington D. C.: Center for Strategic & International Studies, 2011)。また、米中関係へのグローバル金融危機の影響は、

    Aaron L. Friedberg, “Implications of the Financial Crisis for the US-China Rivalry,” Survival, Vol. 52, No. 4 (2010), pp. 31-54: Wu Xinbo, “Understanding the Geopolitical Implications of

    the Global Financial Crisis,” The Washington Quarterly, Vol. 33, No. 4 (2010), pp. 155 -163。

    米国でも、米国が衰退しているか否かをめぐる論争がなされているが、International Studies

    Quarterly, Vol. 56, No. 1(2012) に掲載されている Christopher Layne, “This Time It’s Real:

  • 9

    最近の中国では、鄧小平から継承された外交方針である「韜光養晦、有所作為(韬光养

    晦,有所作为)」の限界も指摘されるようになってきている16。2009年7月の第11回

    駐外使節会議では、胡錦濤による演説の中で、「堅持韜光養晦、積極有所作為(坚持韬光养

    晦,积极有所作为)」というように従来の外交方針に一部修正が加えられたが17、その後、

    中国が自国の利益を声高に求める姿勢が目立つようになった18。

    国家は、自国や他国のパワーがどの程度かを評価しようとするが、その評価が現実より

    も過大あるいは過小になることも少なくない。国家の政策決定者達による自国や他国のパ

    ワーに対する認識は、当該国家の実際の対外行動に反映されるが、自他の国家のパワーの

    程度を誤認すれば、そのような不正確な評価が国家間での熾烈な競争や戦争を惹起して、

    国際システム全体を揺るがす要因にもなりうるのである19。

    The End of Unipolarity and the Pax Americana,” pp. 203-213 と Joseph S. Nye, “The

    Twenty-First Century Will Not Be a ‘Post-American’ World,” pp. 215-217 のように、米国の今

    後のパワーについて対照的な見通しもなされている。 15 中国の外交が強硬になったのは、2005年9月の国際連合における当時の胡錦濤国家主席

    によるスピーチからであるという意見もある(William A, Callahan, China Dream: 20 Visions

    of the Future (New York: Oxford University Press, 2013), p. 44)。また、中国の外交が200

    0年代後半に突如強硬になったわけではなく、むしろ精査すると以前と比較して大きな変化はな

    いが、マス・メディアの報道やインターネット上の言説の影響によって、他国が中国の対外姿勢

    を高圧的なものと認識するようになってきているという指摘もなされている(Alastair Iain

    Johnston, “How New and Assertive Is China's New Assertiveness?,” International Security, Vol. 37, No. 4 (2013), pp. 7-48)。 16 杨毅:“韬光养晦已不可能 中国受害要坚决还击”,《人民网》,2011 年 12 月 26 日:

    http://military.people.com.cn/GB/172467/16710223.html (2012年9月23日アクセス可)。 17 この演説の内容に関しては、钱彤:“第十一次驻外使节会议召开 胡锦涛、温家宝讲话”,《中

    华人民共和国中央人民政府》,2009 年 7 月 20 日:

    http://www.gov.cn/ldhd/2009-07/20/content_1370171.htm(2013年8月29日アクセス可)。 18 Bonnie S. Glaser and Benjamin Dooley, “China’s 11th Ambassadorial Conference Signals

    Continuity and Change in Foreign Policy,” China Brief, Vol. 9, No. 22 (2009): 高原明生「中国

    にどのような変化が起きているか:日中関係の脆弱性と強靭性」『世界 12』(2010年)、

    102項:清水美和「対外強硬姿勢の国内政治:「中国人の夢」から「中国の夢」へ」国分良成

    編『中国は、いま』(岩波書店、2011年)、6-9項。ただし、朱建栄によれば、件の胡錦濤

    の演説の草稿の執筆に携わったある中国政府の外交ブレーンの話として、「韜光養晦、有所作為」

    に「堅持」と「積極」が付け加えられた理由は、これまでの「韜光養晦、有所作為」の方針を守

    っていくことを強調するためであったと伝えている。そして、そのブレーンによれば、胡錦濤は

    単に用意されたその原稿を読み上げただけであって、表現の変化に深い意味があったわけではな

    かったと述べていたという。(朱建栄『中国外交 苦難と超克の100年』(PHP 研究所、20

    12年)、180-181項)。 19 William C. Wohlforth, The Elusive Balance: Power and Perceptions during the Cold War (Ithaca: Cornell University Press, 1993).

  • 10

    2000年代後半からの対外的な姿勢の変化が表しているように、中国の外交政策を左

    右する重要な変数の一つは、中国側の米国のパワーに対する認識であると言えよう。そし

    て、それは中国の対外行動にも重大な影響をもたらしている。

    中国の対外姿勢がグローバル金融危機を切掛けとして強硬になった背景には、三つの要

    因があると言える20。これらの要因は、グローバル金融危機の発生直後のみならず、現在に

    至るまでも中国の対外政策に影響を及ぼしている。

    一つは、中国が自国のパワーの増大に自信を抱いていることである。国家は、パワーを

    得ようとすると同時に、国際的な威信(prestige)も追求するが、それらを多く獲得すること

    に成功すれば、国際システムにおける地位が向上して自己に対する自信を深めるようにな

    る21。中国の対外政策の目標においては、物的なパワーの獲得よりも、他国から大国として

    認められることによる国際的な地位の向上に重きが置かれているという指摘もある22。

    2012年11月の第18回中国共産党全国代表大会において、当時の胡錦濤総書記は、

    2008年の国際的な金融危機以降、中国の発展は重大な困難に直面し、「非常に複雑な国

    内外の情勢の下で、党と人民は厳しい試練に会ったが、(中略)……我が国の国際的な地位

    を向上させ、中国の特色ある社会主義の極めて大きな優越性と強大な生命力を明らかにし、

    中国人民と中華民族の誇りと団結力を増強した」と報告している23。2008年に起きた国

    際的な金融危機を自力で克服したという自負心から、中国は自国の台頭に対する自信を深

    めたが、胡による報告はそのような認識を明らかにしている。また、胡は同じ報告の中で、

    20 Suisheng Zhao, “Understanding China’s Assertive Foreign Policy Behavior during the Global Financial Meltdown,” The European Financial Review (2011): http://www.du.edu/korbel/docs/ADM-Zhao_european_financial_review_article.pdf (2013

    年2月9日アクセス可). 21 国際関係におけるパワーと威信については、Robert Gilpin, War and Changes in World

    Politics (New York: Cambridge University Press, 1981)。 22 Yong Deng, “Better than Power: “International Status” in Chinese Foreign Policy,” in Yong Deng and Fei-ling Wang (eds.), China Rising: Power and Motivation in Chinese Foreign Policy (Lanham: Rowman & Littlefield, 2005), pp. 51-72. 23 胡锦涛:“鉴定不移沿着中国特色社会主义道路前进为全面建成小康社会而奋斗:在中国共产党

    第十八次全国代表大会上的报告”,《中国共产党第十八次全国代表大会文件汇编》,人民出版社,

    2012 年,第 6 页。

  • 11

    2007年から2012年の5年間で中国の「総合国力(综合国力)24」が大幅に上昇した

    とも述べており25、自国のパワーの増大に対しても自信を見せている。

    二つ目は、指導部が抱く中国国内の政治及び経済問題への不安である。広大な領土や多

    数の少数民族を統治しなければならない中国共産党の指導部にとって、国内問題への対処

    こそが政治上の最優先課題であり、外交問題はあくまで副次的な位置づけとなろう26。

    中国の指導部は、「平和的な発展(和平发展)」の途上において、「世界の中で最大で最も

    困難な課題」である国内の経済及び社会問題に取り組まなくてはならないこともあって27、

    外交の主目的を内政、特に経済発展に資するためのものであると考えているであろう28。中

    国は依然として様々な国内問題を抱えているが、中国には内政が不安定になると対外的に

    攻撃的な姿勢に転じるというパターンがあるとも指摘されている29。中国の外交において威

    圧的な側面が目立つようになった一因は、国内問題を数多く抱える中国が外交と内政をリ

    ンクさせて考える傾向があるからであろう。

    三つ目は、米国等の西側諸国が、中国の台頭を抑えつけようとしているという認識に由

    来するフラストレーションである。中国は、自国のパワーが増えて大国としての自信を高

    めてきている一方で、他の大国が自国を抑圧しようとしているという危機感も強めている。

    ある日の『人民日報』は、「中国の実力が不断に成長するにつれて、一部の西側の人の嫉

    妬、懸念、恐怖の感情はより激しくなっており、彼らは工夫を凝らして中国の発展をけな

    し、前進への足並みを混乱させ、戦略的な空間から押し出し、中国の核心的利益に挑戦し

    24 「総合国力」の概念については、Yongnian Zheng, Discovering Chinese Nationalism in

    China: Modernization, Identity, and International Relations (New York: Cambridge University Press, 1999), pp. 114-122. 25 胡:“鉴定不移沿着中国特色社会主义道路前进为全面建成小康社会而奋斗:在中国共产党第十

    八次全国代表大会上的报告”,《中国共产党第十八次全国代表大会文件汇编》,第 2 页。 26 その点に関しては、Linda Jakobson, China’s Foreign Policy Dilemma (Sydney: Lowy

    Institute, 2013): http://www.lowyinstitute.org/publications/chinas-foreign-policy-dilemma。 27 戴秉国:《坚持走和平发展道路》,2010 年。 28 そのような考えは、例えば、刘建飞:“理性考评中国外交”,《学习时报》,2012 年 12 月 17

    月。 29 その点については、Michael D. Swaine, China: Domestic Change and Foreign Policy

    (Santa Monica: Rand, 1995)。

  • 12

    ようとさえしている30」と述べている。2009年には、当時の習近平国家副主席がメキシ

    コを訪れて現地の華僑代表と会った際に、「腹がいっぱいになってやることのない外国人が、

    わが国の欠点をあれこれあげつらって批判している」と発言し、他国による中国への批判

    に不快感を顕わにした31。中国は自国の台頭に自信を持つ一方で、他国からの圧力を感じて

    いる状態にあると言えよう。

    中国が安定的な対外環境の構築と国内の経済発展という目標を達成する上で最重要な国

    家間関係は、米国との関係である32。中国の国際関係の研究において、米中関係は中心的な

    テーマである。しかし、中国の国際関係の専門家が米中関係を大きく取り上げるのは、そ

    の二国間関係の重要性のみならず、「世界構造(世界格局)」の中での中国の長期的な利益に

    対する関心が強いからでもある33。中国は、国際関係を構造的に捉えようとすると同時に、

    その変動にも敏感であるため、対外政策にも自ずと中国の「世界構造」に対する現状認識

    が影響してくる。

    中国は、2008年のリーマン・ショック後の世界規模での経済危機を切掛けとして、

    自国の台頭についての自信を深めたこともあって、米国を頂点とした既存の国際秩序の「非

    正当化(delegitimation)」を図っている34。このような行動の源泉は、2008年からの世

    界的な金融危機によって、「世界構造」が変動しつつあるという中国の考えに由来すると言

    える。

    中国は、既存の国際秩序が自国にとって最適なものであるとは考えておらず、実際に中

    国外交部は、21世紀の国際秩序をより公正で合理的な方向に発展させることを望むと公

    30 国纪平:“用发展的力量守护国际关系道义准则”,《人民日报:国内版》,2012 年 8 月 29 日。 31 「亜州発言録」『朝日新聞』(2009年2月24日、朝刊)。 32 David M. Lampton, “Small Mercies: China and America after 9/11,” The National Interest, Vol. 66 (2001/2002), p. 108. 33 Jianwei Wang and Zhimin Li, “Chinese Perceptions in the Post-Cold War Era: Three Images of the United States,” Asian Survey, Vol. 32, No. 10 (1992), p. 902. 34 Randall L. Schweller and Xiaoyu Pu, “After Unipolarity: China’s Visions of International Order in an Era of U. S. Decline,” International Security, Vol. 36, No. 1 (2011), pp. 41-72.

  • 13

    式に表明している35。最近では、中国は国際的な「「規則の受動的な承認者」から「規則の

    主動的な制定者」への地位の転換を実現する必要がある36」といった主張もなされるように

    なってきている。

    天安門事件やソ連の崩壊以降も様々な摩擦が重なっていったため、冷戦後の米中関係は

    複雑化して扱いにくいものとなった37。1989年6月の天安門事件後、米国などの西側諸

    国は人権抑圧を理由として中国に対して経済制裁を課したが、その中には今日まで続いて

    いるものもある。中国では、米国による対中経済制裁が今ではその性格を変え、本来は天

    安門事件に関する人権問題を根拠としてなされてきたその措置が、ジョージ・W・ブッシ

    ュ政権時代からは中国の台頭を抑えて米国の覇権を保つための手段と化しているという分

    析もなされている38。このような見方には、米国が中国の台頭を抑え込もうとしているとい

    う疑念が色濃く映し出されている。

    中国では、米国には一貫した対外戦略があると考えられているが、それは米国が自らの

    覇権を保持し続けるために、中国のように著しく興隆する国家を封じ込めようとするとい

    うものである39。1949年の建国以来、中国のエリート層は、「他の敵対的な外国の勢力

    と徒党を組んだ米国が、中国を征服、分裂、不安定化、そして悪者扱いしようとしている

    と信じている40」と指摘されている。中国では、米国が勃興する中国を抑えつけようとして

    35 “中国有关国际秩序的主张”,《中华人民共和国外交部》:

    http://www.fmprc.gov.cn/chn/pds/ziliao/tytj/t24778.htm(2012年1月11日アクセス可)。 36 周宇:“中国力推多哈回合谈判前行”,《人民日报:国内版》,2011 年 6 月 17 日:罗援:“韬光

    养晦和有所作为结合才能体现中国的外交战略”,《罗援的博客》,2012 年 3 月 28 日:

    http://blog.people.com.cn/open/articleFine.do?articleId=1332900051848&sT=9(2012年9

    月28日アクセス可)。 37 David Lampton, Same Bed, Different Dreams: Managing U. S.-China Relations 1989-2000 (Berkeley: University of California Press, 2001), p. 3. 38 张金翠:《美国对华军事制裁:从维护“人权”到防止“威胁”》,社会科学文献出版社,2010

    年。 39 Yong Deng, “Hegemon on the Offensive: Chinese Perspectives on U. S. Global Strategy,” Political Science Quarterly, Vol. 116, No. 3 (2001), pp. 352-353. 40 Wang Jisi and Wang Yong, “A Chinese Account: The Interaction of Policies,” in Ramon H. Myers, Michel C. Oksenberg, and David Shambaugh (eds.), Making China Policy: Lessons from the Bush and Clinton Administrations (Lanham: Rowman & Littlefield, 2001), p. 286.

  • 14

    いるという見方が主流なのである41。中国外交部のある高官は、「ワシントンは我々を全く

    信頼しておらず、更に中国を悪者扱いし、中国を封じ込めようと試みている42」と述べてい

    る。

    中国は、攻撃的現実主義(offensive realism)43の視点から米国の対中政策を見ている。攻

    撃的現実主義の考えでは、国際システムにおける既存の覇権国は、パワーを増大させて勃

    興しつつある他の大国を潜在的な覇権国として脅威と捉えるようになる。そして、既存の

    覇権国は、将来的に自国の地位を脅かしうるような国家の台頭を抑えつけようと行動する

    ようになる。このような考え方が幅広く支持されている中国国内では、米国との関係にお

    いて協調を重視する意見よりも、同国に対抗するべきであるという意見が大勢を占めてい

    る44。

    冷戦終結後から間もない時期においては、米国が中国にもたらす脅威は、軍事的なもの

    というよりも、経済や文化を中心としたものであると考えられていた45。しかし、米国が1

    990年代半ばから東アジアの同盟諸国などとの間で軍事的な協力関係を深めるにつれて、

    米国が軍事的な脅威としても想定されるようになってきているのである46。2009年に豪

    41 Denny Roy, Return of the Dragon: Rising China and Regional Security (New York:

    Columbia University Press, 2013), p. 45。自国の覇権を維持したい米国が中国の台頭を許容す

    ることはなく、中国を封じ込めようとするという見方は、例えば、阎学通:“中国崛起面临的安

    全问题”,阎学通,孙学峰等著:《中国崛起及其战略》,北京大学出版社,2005 年,第 109-111

    页:王帆主编:《美国对华中长期战略研究》,世界知识出版社,2012 年。 42 Fei-ling Wang, “Beijing’s Incentive Structure: The Pursuit of Preservation, Prosperity, and Power,” in Deng and Wang (eds.), China Rising: Power and Motivation in Chinese Foreign Policy, p. 30. 43 攻撃的現実主義に関しては、John J. Mearsheimer, The Tragedy of Great Power Politics

    (New York: W. W. Norton & Company, 2001) 。デニー・ロイは、ミアシャイマーの国際関係論

    に対する見方は、米中関係を研究する米国の研究者よりも、中国の研究者によってより頻繁に引

    用されていると指摘している(Roy, Return of the Dragon: Rising China and Regional Security,

    p. 47)。 44 Andrew J. Nathan and Andrew Scobell, China’s Search for Security (New York: Columbia University Press, 2012), pp. 91-93. 45 David Shambaugh, “Growing Strong: China’s Challenge to Asian Security,” Survival, Vol. 36, No. 2 (1994), p. 50. 46 David Shambaugh, “China’s Military Views the World: Ambivalent Security,” International Security, Vol. 24, No. 3 (1999/2000), p. 61: Mark Burles and Abram N. Shulsky, Patterns in China’s Use of Force: Evidence from History and Doctrinal Writings (Santa Monica: Rand, 2000), p. 57: Keith Crane, Roger Cliff, Evan Medeiros, James Mulvenon, and

  • 15

    州のロウィー研究所と米国のマッカーサー基金が共同で行った世論調査によれば、日本、

    米国、ロシア、インド、北朝鮮の中で中国人が最も脅威であると感じている国家は米国で

    あるという。また、米国を最大の脅威であると回答した理由として、米国が中国の世界に

    おける影響力の伸長を抑制しようとしているというものに77%、米国が中国国内の分離

    主義運動を支持しているというものに76%の支持が集まっている47。

    軍事及び外交的な方法のみならず、米国が「和平演変」のように文化や政治的な価値観

    を通じて、中国の社会主義体制を転覆しようとしているという中国側の猜疑心は未だに根

    深い。2012年1月の中国共産党の機関紙『求是』では、胡錦濤が敵対的な勢力が思想

    文化の面で中国の西欧化を図っており、そのようなイデオロギー闘争に警戒すべきである

    としているが48、その批判の主たる矛先が米国であることは間違いない。今日の中国でも、

    社会主義と資本主義は相容れない存在であるという考えは依然として保持されており、中

    国の社会主義体制を傾覆させるために、米国が「和平演変」によって中国の政治体制を変

    えようとしているという見解もまだ見られる49。

    中国には、米国が経済的な手段も使って、自国を牽制しようとしているという論調も少

    なくない。例えば、米国が TPP(環太平洋経済パートナーシップ協定)を推進しているの

    は、中国を封じ込めるためであるという議論はその典型であろう50。

    米国によって自国にもたらされる脅威は、軍事的なもののならず、経済や文化も含めた

    William Overholt, Modernizing China’s Military: Opportunities and Constraints (Santa Monica: Rand, 2005), pp. xxii-xxiii. 47 Fergus Hanson and Andrew Shearer, “China and the World: Public Opinion and Foreign Policy,” The Lowry Institute China Poll 2009 (2009): http://www.lowyinstitute.org/files/pubfiles/Lowy_China_Poll_2009_Web.pdf (2013年9月

    19日アクセス可). 48 胡锦涛:“坚定不移走中国特色社会主义文化发展道路,努力建设社会主义文化强国”,《求是》,

    第 1 期,2012 年。 49 例えば、张宏毅等著:《意识形态与美国对苏联和中国的政策》,人民出版社,2011 年。 50 李向阳:“跨太平洋伙伴关系协定:中国崛起过程中的重大挑战”,《国际经济评论》,第 2 期,2012

    年: http://iaps.cass.cn/upload/2012/04/d20120404000752112.pdf(2013年9月5日アクセ

    ス可):宋媛:“跨越两大洋的谈判 TPP 外,美国又捧出 TTIP”,《国际先驱导报》,2013 年 3 月

    25 日:http://ihl.cankaoxiaoxi.com/2013/0325/182896.shtml(2013年8月24日アクセス

    可)。

  • 16

    包括的なものであるというのが中国の基本的な見方であろう。中国は、米国が軍事、外交、

    経済、文化を総合的に用いてソフト・パワーとハード・パワーを巧妙に使い分け、自国の

    覇権を維持しようとする政策を「新覇権主義(新霸权主义)」としている51。

    2010年頃から、人民解放軍の軍人が中国のマス・メディアの場で好戦的な発言を行

    う場面も目立つようになってきている52。習近平が中国の指導者となってから打ち出した

    「中国の夢(中国梦)」キャンペーンは、人民解放軍の軍人である劉明福の著書『中国の夢』

    に影響を受けているとも言われている53。劉は自らの著書の中で、「中国の夢」は、米国に

    取って代わって中国が世界の主導権を握ることであり、そのためには中国が強大な軍事力

    を獲得して、米国による中国の台頭の妨害を止めなければならないと主張している54。

    劉の考えが象徴するように、中国の人民解放軍は米国に対して警戒的である。『中国国防

    報』の2012年8月20日の記事55の中で、中国現代国際関係研究院の任衛東は米国に対

    する警戒心を露わにするのみならず、それと同時に中国の外交方針に疑問を投げかけて、

    戦争に備えることの必要性を説いている。任によれば、米国の覇権は衰退しつつあるが、

    米国は中国に対する「和平演変(和平演变)」を未だに続けているだけではなく、中国を主

    要なターゲットにして東アジアの領土問題に干渉して軍事的な圧力を強めてきている。そ

    のため、中国外交の基本方針である「平和的な発展」や「韜光養晦」には限界があり、平

    時であっても戦争に備える必要があると主張している。

    2012年8月に米国のシンクタンクの代表団が訪中した際、人民解放軍のある将校が、

    「あなたたちには真珠湾や9・11があるが、我々には1999年がある」と述べたと言

    51 “世界大势中的欧债危机与中欧关系”,《中共中央对外联络部》,2012 年:

    http://www.idcpc.org.cn/globalview/sjzh/120705-2.htm(2012年8月21日アクセス可)。 52 Willy Lam, “China’s Hawks in Command,” The Wall Street Journal: Asia (July 2, 2012). 53 「(中国軍解剖 第3部:1)トップの意向、軍動かす 一時は臨戦態勢指示」『朝日新聞』

    (2013年2月4日、朝刊)。 54 刘明福:《中国梦:后美国时代的大国思维与战略定位》,中国友谊出版公司,2010 年。 55 任卫东:“中国国防报:重新审视中国外交的几个认识问题”,《人民网》,2012 年 8 月 20

    日:http://world.people.com.cn/n/2012/0820/c14549-18784102.html (2013年7月15日ア

    クセス可)。

  • 17

    う。中国にとっての1999年とは、米国がベオグラードの中国大使館を爆撃した事件を

    指す。この発言は、米国が自らの覇権を保つために中国を封じ込めてくるという認識を、

    中国の軍人がいかに強めているのかという点に関する証左の一つであろう56。

    中国に対する「関与(接触)」政策は手段であって、「封じ込め(遏制)」が目的であると

    いう意見が57、米国の対中政策に関する中国側の基本的な認識である。銭其琛元外交部長も、

    国務委員副総理を務めていた2002年に、リチャード・ニクソン政権以降、米国は中国

    に対して、「関与」と「封じ込め」という二つの同時並行的で矛盾した政策を一貫して採用

    しているという見解を示している58。

    米国政府の政策決定者達も、中国国内で米国による封じ込めに関する不安が広まりつつ

    あるという状況は理解している59。そのことを顕著に示しているのが、2009年の第一回

    米中戦略経済対話の開会式におけるバラク・オバマ大統領のスピーチである。オバマは、「中

    国には、アメリカが中国の宿望を封じ込めようとしていると考えている人がいる」とし、

    米国内にも中国の台頭を憂慮する声があることを認めつつも、米中の協力的な関係の構築

    に期待する旨を表明している60。2012年2月に当時の習近平国家副主席が訪米した際の

    56 Ely Ratner, “Rebalancing to Asia with an Insecure China,” The Washington Quarterly, Vol. 36, No. 2, (2013), p. 22. 57 Wang and Wang, “A Chinese Account: The Interaction of Policies,” in Myers, Oksenberg,

    and Shambaugh (eds.), Making China Policy: Lessons from the Bush and Clinton Administrations, p 290: 杨运忠:“对 21 世纪初叶美国对华战略和中美关系重大问题的思考”,《中

    国社会科学院亚洲太平洋研究所》,2001 年:http://yataisuo.cass.cn/Bak/ddyt/0105-1.htm(2

    012年8月21日アクセス可)。 58 钱其琛:““9.11”事件后的国际形势和中美关系”,《外交学院学报》,2002 年第 3 期,2002 年,

    第 3 页。 59 2013年からオバマ政権下での NSC(国家安全保障会議)のアジア上級部長を務め、中国

    を専門としているエヴァン・メデイロスは、2005年の論文の中で、中国の多くの政策決定者

    や専門家は、米国が中国を封じ込めようと見ていると記している(Evan S. Medeiros, “Strategic

    Hedging and the Future of Asia-Pacific Stability,” The Washington Quarterly, Vol. 29, No. 1 (2005), p. 154) 。 60 Barack Obama, “Remarks by the President at the U.S./China Strategic and Economic

    Dialogue,” The White House (July 27, 2009): http://www.whitehouse.gov/video/President-Obama-Attends-the-US-China-Strategic-and-Ec

    onomic-Dialogue#transcript(2012年12月16日アクセス可).

  • 18

    会談では、オバマは中国の平和的な台頭を歓迎すると述べている61。

    ただし、中国側は、これらの米国側による言説を額面通りに受け入れているわけではな

    い。

    中国には、周辺国が自国と敵対する大国と組んで、対中包囲のための足場となったとい

    う歴史的な記憶がある。ヴェトナム(ヴェトナム社会主義共和国)との関係は、その代表

    例である。第一、第二次インドシナ戦争において、中国は「援越抗米(援越抗美)」の遂行

    のためにヴェトナムへの人員、兵器、資金を含めた軍事、外交的な支援を行った。しかし、

    ヴェトナムがソ連へと接近して中越関係が悪化するようになると、ソ越両国がインドシナ

    半島を拠点として中国の封じ込めを図っていると感じるようになる。中国が1979年に

    中越戦争に踏み切った理由の一つは、ヴェトナムがソ連と協力して自国を包囲しようとし

    ている事態を打開するためであった。中国が朝鮮戦争や中越戦争に踏み出したのは、米ソ

    がそれぞれ隣国に橋頭保を築いて中国を封じ込めようとするのではないかという不安があ

    ったからなのである62。

    また、19世紀半ばから20世紀半ばまでのおよそ100年間、西欧列強によって植民

    地化されそうになった歴史的な過去もあって、中国は国際関係において被害者意識を持っ

    ており、他国、とりわけ米国が自国に干渉してくることに対して強い不信感を抱いている63。

    その上、中国は米国の対中政策を陰謀論的な観点から見る傾向があり、米国の行動の裏に

    は中国を抑え込もうという魂胆があるという猜疑心を持っている64。毛沢東の時代から現在

    に至るまで、中国は自国に対して敵対的な国家に囲まれているという感覚を抱いており、

    61 Barack Obama, “President Obama’s Bilateral Meeting with Vice President Xi of China,” The White House (February 14, 2012): http://www.whitehouse.gov/photos-and-video/video/2012/02/14/president-obama-s-bilateral-

    meeting-vice-president-xi-china-0#transcript(2012年9月2日アクセス可). 62 Robert S. Ross, The Indochina Tangle: China’s Vietnam Policy, 1975-1979 (New York: Columbia University Press, 1988), p. 253. 63 Zheng Wang, Never Forget National Humiliation: Historical Memory in Chinese Politics and Foreign Relations (New York: Columbia University Press, 2012), p. 186. 64 Ibid, pp. 169-176: Rosalie Chen, “China Perceives America: Perspective of International Relations Experts,” Journal of Contemporary China, Vo. 12, No. 35 (2003), p. 289.

  • 19

    中国の指導部及び軍部のエリートは、脅威が国内外のあらゆる場所から発生すると考えて

    いるであろう65。

    このような歴史的な記憶に由来する要因もあって、冷戦後の中国は、米国が中国の近隣

    諸国を足場にして、対中包囲網を形成しようとするかもしれないと憂慮している66。

    冷戦後の中国の外交政策の大きな目標の一つは、経済発展のための安定した環境を整え

    ることであろう67。しかし、いま一つの中国の外交上の優先的な目標は、中国の周辺国が米

    国と連携したり、あるいは中国に対抗するような周辺諸国から成る集団的勢力の形成を防

    止することである68。冷戦後の中国の米国との関係における安全保障上の最大の関心事は、

    米国といかに協力をするかではなく、米国による中国の孤立化や包囲、封じ込めをいかに

    回避するかなのである69。

    中国では、米国が中国と東アジアの域内諸国との間での領土等をめぐる問題に介入する

    ことによって、同地域における軍事的なプレゼンスを正当化しようとしたり、対中包囲の

    ための足場を確保しようとしたりしているといった議論も多く、例えば尖閣諸島をめぐる

    日中の対立を米国が利用しているといった見解が主流である70。

    65 Andrew Scobell, China’s Use of Military Force: Beyond the Great Wall and the Long March (New York: Cambridge University Press, 2003), pp. 33. 66 Suisheng Zhao, “The Making of China’s Periphery Policy,” in Suisheng Zhao (ed.), Chinese Foreign Policy: Pragmatism and Strategic Behavior (New York: M. E. Sharpe, 2004), pp. 256-275. 67 Avery Goldstein, Rising to the Challenge: China's Grand Strategy and International

    Security (Stanford: Stanford University Press, 2005): 叶自成:《中国大战略:中国成为世界大

    国的主要问题及战略选择》,中国社会科学出版社,2003 年。 68 Rosemary Foot, “China’s Policies toward the Asia-Pacific Region: Changing Perceptions of Self and Changing Other ’s Perceptions of China?,” in Hsiao and Lin (eds.), Rise of China: Beijing’s Strategies and Implications for the Asia-Pacific, p. 135: John W. Garver and Fei-Ling Wang, “China’s Anti-encirclement Struggle,” Asian Security, Vol. 6, No. 3 (2010), p. 238. 69 Zhu Feng, “China’s Rise Will Be Peaceful: How Unipolarity Matters,” in Robert S. Ross and Zhu Feng (eds.), China’s Ascent: Power, Security, and the Future of International Politics (Ithaca: Cornell University Press, 2008), p. 38. 70 Li Qingsi, “Message of Caution for Japan,” China Daily (January 14, 2013):

    http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2013-01/14/content_16111018.htm(2013年1月15日

    アクセス可):李慧,王玉华:“美国亚太战略的联盟因素”,宋德星主编:《战略与外交:第一辑》,

    时事出版社,2012 年,第 231 页:梁芳:“做好反击日本的全方位准备”,《环球网》,2013 年 1 月

    8 日:http://opinion.huanqiu.com/opinion_world/2013-01/3458687.html(2013年1月15

  • 20

    米国のみならず、日本も中国を封じ込めるために対中包囲網を作ろうとしているという

    意見も少なくない71。それに加えて、米国や日本がNATОを東アジアにまで拡大させよう

    としたり、あるいはNATOのアジア版を作ろうとしているという中国の疑念は72、米国が

    自国に対する包囲網を形成しようとしているという警戒心の強さを表す顕著な例である。

    2013年10月には、北京で「周辺外交工作座談会」が開催され、習近平国家主席が

    「二つの百年(两个一百年)」という目標(2020年までの小康社会の実現、21世紀半

    ばまでの社会主義である現代的な国家の建設)を勝ち取るためには、中国を取り巻く東ア

    ジアの対外環境が重大な戦略的な意義を持つとして、周辺外交の重要性を説いている73。こ

    のように、中国は周辺外交を重視している。

    中国が周辺外交を重視するのは、米国との関係によるところが大きい。冷戦後の中国の

    周辺外交における重要な目標は、自国に対する地域的な連合、とりわけ米国が主体となっ

    た対中包囲網が形成される事態を防ぐというものである74。米中は地理的に隣接している訳

    ではないが、地政学的に見て、米国の対外戦略は中国の「周辺の安全保障環境」に影響を

    与える最大の要素であると中国は見なしているであろう75。

    中国のある研究者たちは、米国との関係が悪化した時に備えて、中国は周辺諸国との関

    係を安定的に維持させる戦略をとっていると主張している。中国は、アジアの周辺国を他

    日アクセス可)。 71 例えば、Cai Hong and Pu Zhendong, “Abe Seeking to 'Contain' Beijing,” China Daily USA

    (July 25, 2013): http://usa.chinadaily.com.cn/world/2013-07/25/content_16827176.htm(20

    13年9月12日アクセス可)。 72 Richard Weitz, “China and NATO: Grappling with Beijing’s Hopes and Fears,” China

    Brief, Vol.12, Issue 13 (2012): 陈宣圣:《风云变幻:看北约》,世界知识出版社,2009 年,第 247

    页:蓝建学:“美日澳印四国战略对话:动机及潜在影响”,《中国亚太研究网》,2010 年:

    http://iaps.cass.cn/upload/2010/07/d20100716134818497.pdf(2013年6月13日アクセス

    可):刘大可:“遏制中国的亚洲版北约稳然成形”,《环球网》,2012 年 8 月 24 日:

    http://opinion.huanqiu.com/1152/2012-08/3065158.html(2012年9月11日アクセス可)。 73 钱彤:“为我国发展争取良好周边环境推动我国发展更多惠及周边国家”,《人民日报:国内版》,

    2013 年 10 月 26 日。 74 その点については、Li Mingjiang, China’s Proactive Engagement in Asia: Economics,

    Politics, and Interactions (Singapore: S. Rajaratnam School of International Studies, 2007)。 75 朱听昌主编:《中国周边安全环境与安全战略》,时事出版社,2002 年,第 67 页。

  • 21

    の大国から自国に加えられる圧力を緩和するための盾と見なしている。そのため、中国の

    地域政策における重要な目標の一つは、周辺国との関係を良好に保って、他の大国、とり

    わけ米国による対中封じ込め連合の形成を防止することであると述べている76。

    中国の政策決定者たちは、周辺外交の目的が米国を中心とした対中包囲網の形成を阻止

    することであるとは公言しない。なぜなら、それを公言すれば、中国は自国をアジアから

    排除しようとしていると米国側が解釈するかもしれないからである。中国は米国に気づか

    れないようにして、アジアにおける米国の影響力を低下させようとしている77。その点では、

    中国の周辺外交には米国の影響力に対抗するという、ある程度一貫した方針が含まれてい

    る。

    対外的に明言することはなくとも、中国の指導部が米国による対中包囲網の形成を恐れ

    ているのは事実であろう。

    胡錦濤は、「(アメリカは)はアジア・太平洋地域に軍の展開を強化し、日米軍事同盟を

    強化し、インドとの戦略的協力関係を強化し、ベトナムとの関係を改善し、パキスタンを

    抱き込み、アフガニスタンに親米政権を樹立し、台湾への武器売却を増やした。さらにか

    れらは前哨基地を拡大し、東、南、西の三方面からわが国に圧力をかけている。このこと

    はわが国の地政学的環境に大きな変化をもたらしている78」と述べ、米国が中国の近辺で外

    交及び軍事的な活動を活発化させていることに懸念を示している。

    更に、温家宝も、「アメリカは世界唯一の超大国の地位を保持しようとし、いかなる国に

    も挑戦の機会を許さないだろう。アメリカはヨーロッパとアジアに立脚した世界戦略を維

    持しようとしている。照準はロシアと中国の封じ込め、ヨーロッパと日本の支配に定めて

    76 Zhang Yunling and Tang Shiping, “China’s Regional Strategy,” in David Shambaugh (ed.), Power Shift: China and Asia’s New Dynamics (Berkley and Los Angeles: University of California Press, 2005), pp. 50-51. 77 Evan S. Medeiros, China’s International Behavior: Activism, Opportunism, and Diversification (Santa Monica: RAND, 2009), pp. 53-59. 78 アンドリュー・ネイサン/ブルース・ギリ(山田耕介訳)『中国権力者たちの身上調書:秘密

    文書が暴いた処世術・人脈・将来性』(阪急コミュニケーションズ、2004年)、255項。

  • 22

    いる。アメリカの対中政策の核心は「関与と封じ込め」である。(中略)……アメリカの軍

    部は、軍事計画の焦点をヨーロッパからアジア太平洋地域に移す計画を練っている。アメ

    リカは台湾、人権、治安、経済、貿易(問題)で(わが国に)引きつづき圧力をかけてく

    るだろう79」とし、将来、米国の軍事的なプレゼンスがアジア太平洋地域で向上することを

    指摘して、米国が中国を封じ込めようとしているという見解を述べている。

    羅照輝中国外交部アジア司長は、2013年12月の周辺外交に関するインタヴューの

    中で、10月の「周辺外交工作座談会」に際して考えたことの一つとして、米国は過去1

    0数年ほどテロとの闘いに没頭していたが、現在は戦略の重心をアジア太平洋に移したた

    めに、同地域の情勢が新たな変動期に入ったという点を挙げている80。羅は、米国が対中包

    囲網を作って自国を封じ込めようとしているとは言明していない。しかし、米国のアジア

    太平洋でのプレゼンスの向上が、中国の周辺環境に重大な変化をもたらしていると考えて

    いることは確かである。中国は、バラク・オバマ政権下の米国が外交及び安全保障の軸を

    中東からアジアへ移行させようとしている政策を強く警戒している。その理由は、米国が

    自国を封じ込めるため、アジアでのプレゼンスを高めようとしていると考えているからで

    ある81。羅の発言は、そのような中国側の認識を顕在化させたものであろう。

    中国人民解放軍の機関紙である『解放軍報』は、名指しこそはしていないが、ある西側

    の先進国やその他の国は自らの覇権的な地位が脅かされることを望んでいないため、中国

    を包囲して封じ込め、かつ戦略的な資源を消耗させてその発展を阻害しようという考えを

    いつまでも抱いていると糾弾しているが82、それは主として米国に向けられた非難であろう。

    79 同上。 80 “中国周边外交新征程:外交部亚洲司司长罗照辉接受“外交·大家谈”微访谈”,《中华人民

    共和国外交部》,2013 年 12 月 26 日:

    http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/wjb_602314/zzjg_602420/t1112423.shtml(2014年1月

    14日アクセス可)。 81 オバマ政権の対アジア政策に対する中国側の見方をまとめたものとして、Michael D. Swaine,

    “Chinese Leadership and Elite Responses to the U.S. Pacific Pivot,” China Leadership Monitor, Vol. 38 (2012) : http://media.hoover.org/sites/default/files/documents/CLM38MS.pdf. 82 林培雄,刘光明:“实现强军之要的根本所在”,《解放军报》,2013 年 8 月 5 日。

  • 23

    米国が対中包囲網を築こうとしているという中国の危惧の念についての起源は、天安門

    事件あるいはソ連崩壊のあたりまで遡る83。天安門事件によって西側諸国から制裁を受けた

    のみならず、ソ連の崩壊が象徴する社会主義陣営の消滅によって、中国は国際的な孤立の

    瀬戸際に立たされる。そのため、天安門事件及び冷戦終結後の中国外交の最優先課題の一

    つは、関係が疎遠な、あるいは国交すら結んでいない周辺国との関係への対応となったの

    である84。

    1980年代前半頃から、中国は徐々にアジアでの地域政策を展開し始めていたが、周

    辺外交を本格化させる契機となったのは、やはり天安門事件後の外交的な孤立であったと

    言えよう85。それまで、東アジアにおける「地域政策なき地域的な国家(a regional power

    without a regional policy)86」とも呼ばれていた中国に転換点が訪れたのである。それ以降

    の中国は、自国の周辺国との関係強化のために「善隣外交(睦邻外交)」を開始する。

    1993年には、当時の江沢民国家主席が、それまでは学術界で使われていた「周辺の

    安全保障環境(周边安全环境)」という概念を最高指導部の指導者として初めて用いるなど

    87、指導部内でも、中国を取り巻く周辺環境の安定が経済発展や安全保障にとって重大な意

    味合いを持っていることが認識されるようになる。

    中国は、冷戦終結の直後、多くの発展途上国が人権や民主主義を標榜する内政干渉的な

    米国中心の「世界新秩序」の到来に不安を感じていると考えていた88。そこで中国が打ち出

    83 中国の米国による対中包囲網構築への懸念の起源を冷戦期にまで遡って検討することもでき

    るが、本稿の主題は冷戦後の時代を扱うものであるため、ここでは省略する。 84 Weixing Hu, “Beijing’s New Thinking on Security Strategy,” The Journal of Contemporary China, No. 3 (1993), p. 60. 85 Bin Yu, “China and Its Asian Neighbors: Implications for Sino-U. S. Relations,” in Yong

    Deng and Fei-Ling Wang (eds.), In the Eyes of the Dragon: China Views the World (Lanham: Rowman & Littlefield, 1999), pp. 187-190. 86 Steven I. Levine, “China in Asia: The PRC as a Regional Power,” in Harry Harding (ed.), China’s Foreign Relations in the 1980s (New Haven: Yale University Press, 1984), p. 107. 87 钟飞腾:“周边的战略地位与中国外交走势”,张洁,钟飞腾主编:《中国周边安全形势评估

    (2012)》,社会科学文献出版社,2012 年,第 26 页。 88 Rosemary Foot, The Practice of Power: U. S. Relations with China since 1949 (Oxford and New York: Oxford University Press, 1995), p. 249.

  • 24

    した冷戦後の世界のヴィジョンが、「国際新秩序(国际新秩序)」である89。中国は「国際新

    秩序」構想の中で、主権の平等や多様なイデオロギーや価値観の共存を訴えて、第三世界

    の途上国の重要性を強調している。1990年代に入ってから、中国は北東アジア、東南

    アジア、中央アジア、南アジアの諸国との外交に積極的な姿勢を見せ、アジアにおけるプ

    レゼンスを著しく高めるようになった。

    1990年代半ばの日米同盟の再定義やNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大は、

    中国の東アジアの地域環境に対する認識に大きな影響を及ぼす。中国は、米国の東アジア

    における軍事プレゼンスや日米同盟の強化などが、対中封じ込め戦略の一環ではないかと

    いう警戒感を抱き始めたのである90。とりわけ、日米による台湾問題への関与やTMD(戦

    域ミサイル防衛)への取り組みに対して中国は神経質になっていく。しかしながら、第三

    次台湾海峡危機や日米同盟の再定義、アジア通貨危機後の中国外交は、東アジアの域内諸

    国との協調や多国間主義を重視したものへと転化していく。

    ARF(ASEAN地域フォーラム)のようなアジア太平洋の地域制度への関与や「新

    安全保障観(新安全观)」の提示などによって、中国は自国が域内諸国と協力して建設的な

    外交を行えることをアピールして、ASEAN 等の周辺国との間での問題解決において外交交

    渉を重んじ、武力に頼らないという姿勢を喧伝し始める。地域制度への自発的な参加や周

    辺国との関係強化を中国が始めた理由の一つは、それらの外交的な取り組みが、自国に対

    する米国からの圧力を緩和するための方法として有用であると考えたからであろう91。

    1999年5月、ベオグラードにある中国大使館を米国の爆撃機が「誤爆」するという

    事件が起こり、米中関係は一時的に冷却する。人民解放軍のある将校は、この事件は天安

    89 「国際新秩序」の内容については、高木誠一郎「構造転換期の世界と中国の対外認識」『国際

    問題』No.382(1992年)、2-12項。 90 Wu Xinbo, “China: Practice of a Modernizing and Ascending,” in Muthiah Alagappa (ed.), Asian Security Practice: Material and Ideational Influences (Stanford: Stanford University Press, 1998), p. 135. 91 Robert G. Sutter, China’s Rise in Asia: Promises and Perils (Oxford: Rowman & Littlefield, 2005), p. 9.

  • 25

    門事件と同じ程度、中国の米国に対する認識にネガティヴな影響を及ぼしたとコメントし

    ている92。中南海での中国の最高指導部の間で交わされた会話を収録したとされる内部資料

    によれば、ベオグラードの中国大使館が爆撃された際、最高指導部のほとんどのメンバー

    は、米国は意図的に爆撃を行ったのであり、この事件は米国の対中封じ込め政策の一環で

    あるといった旨の意見を述べている93。

    1990年代後半から2000年代初頭にかけて、中国では「周辺の安全保障環境」に

    関する学術研究が拡大していくが、そこで強調されたことは、「周辺の安全保障環境」を左

    右する要因の中で最も重要なのは米国の存在であるという点であった94。

    大統領選挙中に中国を「戦略的競争相手(strategic competitor)」と名指ししていた共和党

    のジョージ・W・ブッシュが2001年に大統領に就任すると、その直後に海南島沖でE

    P-3事件起こるなど、米中関係が再び緊張状態を迎えることもあったが、同年9月11

    日の米国での同時多発テロ事件の発生によって両国は分水嶺を迎える。

    中国では、9・11事件は米国の外交的な関心がテロとの戦いに集中するという戦略的

    な転機であり、米国の対中圧力が緩和されるため、同事件が自国に発展のための機会をも

    たらしたと考えられたのである。中国で「戦略的好機(战略机遇期)」という認識や「和平

    崛起(和平崛起)」論が出てきたのも、中国が9・11事件を米国との関係改善のために相

    応しい契機と捉えたからであった95。9・11事件後の2002年11月の中国共産党第1

    6回全国代表大会において、当時の江沢民総書記は、21世紀の最初の20年間は中国に

    とっての「戦略的好機」であると報告している96。

    92 Phillip C. Saunders, “China’s America Watchers: Changing Attitudes Towards the United States,” The China Quarterly, Vol. 161 (2000), p. 63. 93 宗海仁:《朱鎔基在一九九九:第一手材料揭開高層決定過程》,明鏡出版社,2001 年,第 71

    -99 項。 94 钟:“周边的战略地位与中国外交走势”,张,钟主编:《中国周边安全形势评估(2012)》,第

    27 页。 95 その点については、高木誠一郎「米国と中国の対外戦略における相手方の位置づけ」高木誠

    一郎編『米中関係:冷戦後の展開と構造』(日本国際問題研究所、2007年)、15-43項。 96 江泽民:“全面建设小康社会,开创中国特色社会主义事业新局面:在中国共产党第十六次全国

    代表大会上的报告”,《新华网》,2002 年 11 月 17 日:

  • 26

    中国が自国の平和的な台頭を喧伝し始めた理由は、米国の覇権的な地位に挑むことはな

    いというメッセージを送るためであった97。デーヴィッド・L・ルソーは、1990年代以

    降の『ニューヨーク・タイムズ』の中国に関する記事を分析した結果、2001年の9・

    11事件を契機として、中国を米国の敵と見なす言説が減少したと論じている98。その一方

    で、冷戦後の中国の米国に対する警戒心は21世紀に入ってから更に高まっていた。

    2001年の9・11事件とほぼ同時期に中国社会科学院から出版された『中国の発展

    問題の報告』では、冷戦後の米国は、台頭する中国が自国にとっての将来的な脅威になる

    かもしれないと考えているため、対外戦略の重心を欧州からアジア太平洋へと移し、同地

    域での軍事的なプレゼンスを高め、対中包囲網を形成することによって自国を封じ込めよ

    うとしていると分析されている99。

    中国は、米国によるイラク戦争をフランスやドイツほど表立って批判をすることはなか

    ったが、中国国内での同戦争や「ブッシュ・ドクトリン」に対する世論は辛辣をきわめて

    いた100。

    王絹思は、9・11後、米国の主敵は中国ではないが、米国は絶対的な軍事的優勢を追

    求しているため、米国の矛先は中国にもある程度は向けられているとする。そして、米国

    http://news.xinhuanet.com/newscenter/2002-11/17/content_632260.htm(2013年12月4

    日アクセス可)。 97 Yongnian Zheng and Sow Keat TOK, China’s ‘Peaceful Rise’: Concept and Practice (Nottingham: China Policy Institute, 2005), p. 6. 98 David L. Rousseau, Identifying Threats and Threatening Identities: The Social Construction of Realism and Liberalism (Stanford: Stanford University Press, 2006), pp. 169-170. ルソーと同様、2001年の9・11事件以降、米国の主要な新聞や政府や議会の報

    告書における「中国脅威論」が減少したという分析結果については、Yi Edward Yang and

    Xinsheng Liu, “The ‘China Threat’ through the Lens of US Print Media: 1992-2006,” Journal of Contemporary China, Vo. 21, No. 76 (2012), pp. 695-711。 99 柴宇平:“国防外交篇”,张国,林善浪主编:《中国发展问题报告》,中国社会科学出版社,2001

    年,第 445-454 页。 100 中国が「ブッシュ・ドクトリン」をどのように見ていたかに関しては、Peter Van Ness,

    “Bush’s Search for Absolute Security and the Rise of China,” in Mark Besson, (ed.), Bush and Asia: America’s Evolving Relations with East Asia (London and New York: Routledge, 2006), pp. 97-108。

  • 27

    は依然として、中国にとっての最大の戦略的なライヴァルであると結論付けている101。

    9・11事件以降、米国はテロとの闘いのために中国の周辺である中央アジアや南アジ

    ア、東南アジア地域の国々との関係を深めた。対テロ戦争のために米国が行ったアジアへ

    の外交攻勢によって、将来、中国の台頭を阻害しようとする際に、米国にとって、有利な

    環境が整ってきているとも中国では指摘されていた102。また、多くの中国の研究者は、ブ

    ッシュ政権の第一期の期間内に米国が中東でのテロとの戦いを終結させれば、第二期目に

    は中国や北朝鮮を抑え込むために、再度東アジアに目を転ずるのではないかと危惧してい

    たのである103。

    ブッシュ政権下では日米同盟の深化も進んだが、日米同盟をめぐる新たな動きは中国側

    の考えに変化をもたらした。日本の「再軍備化」を抑制していた日米同盟がその性格を変

    え、中国に対抗するために、米国が日本の「再軍備化」を促しているという考えが顕著と

    なったのである104。張文木は、米国が日本との同盟関係を強化し始めた背景には米国の衰

    退という要因があり、そのために米国は以前よりも日本に頼りながら中国を封じ込めよう

    としていると主張している105。

    米国では、ブッシュ政権が任期中に対東アジア外交を軽視したという批判もあって、次

    のオバマ政権は同地域への関与を強化していくべきであるという意見が強まっていた106。

    2009年のオバマ政権の発足以降、米国は「アジアへの回帰(return to Asia)」をうたい、

    101 王缉思:“美国全球战略的调整及其对中美关系的影响”,康绍邦,宫力主编:《国际问题二十

    讲》,中共中央党校出版社,2006 年,第 9-10 页。 102 陈向阳:《中国睦邻外交:思想·实践·前瞻》,时事出版社,2003 年,第 291-292 页。 103 Willy Wo-Lap Lam, Chinese Politics in the Hu Jintao Era: New Leaders, New Challenges (Armonk and London: M. E. Sharpe, 2006), p. 172. 104 Wu Xinbo, “The End of the Silver Lining: A Chinese View of the U. S. –Japanese Alliance,” The Washington Quarterly, Vol. 29, No. 1 (2005), pp. 119-130. 105 Zhang Wenmu, “Back to Yalta: A Roadmap for Sino-US Relations,” China Security, No. 19 (2011), p. 52. 106 例えば、Ralph A. Cossa, Brad Glosserman, Michael A. Mcdevitt, Nirav Patel, James

    Przystup, and Brad Roberts, The United States and the Asia-Pacific Region: Security Strategy for the Obama Administration (Washington D. C.: Center for a New American Security, 2009): Evan A. Feigenbaum and Robert A. Manning, The United States in the New Asia (Washington D. C.: Council on Foreign Relations Press, 2009).

  • 28

    21世紀は「米国の太平洋の世紀」になるとした107。

    ただ、オバマ政権のアジアへの「リバランシング(rebalancing)」や「ピヴォット(pivot)」

    政策が、中国の警戒心を煽っている現状は否めない108。米国は東アジアにおけるミサイル

    防衛に関する一連の政策は北朝鮮に向けたものであって、中国を対象としたものではない

    と主張しているが、中国側はその主張に懐疑的である109。

    米国による東アジアの同盟国との関係強化や、その他の域内諸国との関係改善への積極

    的な姿勢は、中国が抱く自国への封じ込めに関する恐怖感をより一層高めている。201

    2年の年初に、米国が『米国のグローバルなリーダーシップの持続』を公表し、国防戦略

    における「二正面作戦」の転換を実施するということで関心を集めた110。このレポートの

    中で国名が直接言及されている中国でも、米国の戦略転換に対する関心が高まったが、そ

    の論調は概して批判的であった111。

    中国社会科学院が毎年発行している『中国の周辺の安全保障に関する情勢評価』の20

    13年版は、オバマ政権による「リバランシング」の主たる目的は米国のアジア太平洋に

    おける優勢な地位を維持すると同時に、同地域において米国主導の地域秩序に挑戦するか

    もしれない中国の勃興を防ぐことであると分析している112。

    急激な経済成長や豊富な資金を利用した外交攻勢、軍事力の現代化を行うことによって

    107 Hilary Clinton, “America’s Pacific Century,” Foreign Policy (2011), http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/10/11/americas_pacific_century?page=full(201

    2年7月29日アクセス可). 108 Swaine, “Chinese Leadership and Elite Responses to the U.S. Pacific Pivot,” China Leadership Monitor. 109 例えば、Li Xiaokun and Tan Yingzi, “US Insists Missile Defense Targets DPRK, not

    China,” China Daily (August 25, 2012):

    http://usa.chinadaily.com.cn/world/2012-08/25/content_15705003.htm(2013年9月7日ア

    クセス可)。 110 U. S. Department of Defense, Sustaining U. S. Global Leadership: Priorities for 21st Century Defense (2012). 111 『人民日報』のウェブサイトである『人民網』でも、米国の国防戦略の転換が大きく特集さ

    れた( “美国推出新军事战略”,≪人民网≫,2012

    年:http://world.people.com.cn/GB/8212/191606/237795/index.html)。 112 杨丹志:“奥巴马新政与美国“再平衡”战略”,张洁主编:《中国周边安全形势评估:海上争

    端的焦点与根源(2013)》,社会科学文献出版社,2013 年,第 84 页。

  • 29

    台頭しつつある中国は、米国が東アジアで対中包囲網を作って自国を封じ込めてくるとい

    う不安を強めている。中国は、台頭するにつれてパワー及び国際的な威信を増して自信を

    深めれば深めるほど、米国によってその台頭を防止されるかもしれないという猜疑心を強

    めるというディレンマを抱えているのである。中でも、米国が東アジアの国々を利用し、

    中国を包囲してその勃興を抑えつけようとしているのではないかという警戒心が高まって

    きている。特に、2008年の国際的な金融危機やその翌年のオバマ政権の発足以降、中

    国側のそのような警戒心が高まってきていると言えよう。

    張清敏は、米国がアジアでのプレゼンスを増強して中国への圧力を強化したため、周辺

    の国際環境が悪化しているという見方を否定し、依然として自国は有利な状況に置かれて

    いることを強調している113。『人民網』も、中国の「戦略的好期」は未だに続いており、米

    国のアジア太平洋への回帰は複雑な要因によって後押しされたものであって、米国の動き

    を対中包囲網の形成として過剰反応すべきではないと強調している114。2012年の第1

    8回中国共産党全国代表大会で胡錦濤は、国内外の趨勢を総合的に判断しても、中国は依

    然として「戦略的好期」の中にいると述べている115。

    しかし、王絹思は、中国をめぐる国際環境がなぜ