春!桃源郷に赤白ピンクの花を求めてsizengaku/tokosakuhin/31.2...1 <はじめに>...

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1 <はじめに> いつ頃だっただろうか。かなり前だと思うが自宅近くの JR の駅に「福島に桃源郷あり」という大 きなポスターが貼ってあった。そのポスターには春の里山が赤、白、ピンク、黄などで彩られた景色 が映し出されていた。その印象が強く残り、いつかこの桃源郷とやらに行ってみたいと思っていた。 それから時が経ち、いつしか忘れかけていたが、一昨年の五月仕事仲間の親睦会で東北を訪れた時 に再び頭をよぎった。よし来年の春こそは・・・。そして昨春、念願かなって行く機会を得た。 <桃源郷とは> そもそも桃源郷とはどんなところなのだろう。漠然と持っている自分のイメージを確かめようと、 ある辞典(日本大百科全書)をみると、「陶淵明 とうえんめい の『桃花源記』に桃源郷とは世俗を離れた仙郷、別 天地。理想郷と同意で中国、東晋 とうしん の太元年中(376~396)武陵の漁師が舟で川をさかのぼって桃の花 が咲きにおう林に迷い込み、林の尽きる水源の奥の洞窟 どうくつ を抜け出ると、そこには秦 しん の戦乱を避けて この地に隠れ住んだ人々が、漢・魏 ・晋 しん と数百年にわたって世の中の推移も知らず、平和な別天地で の生活を営んでいた」と記されてあった。 桃源郷周辺の自然環境は桃の花が咲き匂う林とあるが、昔から穏やかな自然環境こそが人々の心 を和らげて平和に暮らすための基本的条件なのだろう。というのも、戦が続けば当然、人里近くの 自然は荒れることになるからだ。ところで、花見といえば日本では桜が一番人気であるが中国では 梅、桃、牡丹の人気が高く、その中でも桃が一番の地位らしい。もっとも、日本でも桃や梅は春の花 木としても非常になじみ深いものである。ちなみに梅と桃はいずれも中国からやって来たものだ。 春!桃源郷に赤白ピンクの花を求めて 船 本 浩 路

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Page 1: 春!桃源郷に赤白ピンクの花を求めてsizengaku/tokosakuhin/31.2...1 <はじめに> いつ頃だっただろうか。かなり前だと思うが自宅近くのJRの駅に「福島に桃源郷あり」という大

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<はじめに>

いつ頃だっただろうか。かなり前だと思うが自宅近くの JRの駅に「福島に桃源郷あり」という大

きなポスターが貼ってあった。そのポスターには春の里山が赤、白、ピンク、黄などで彩られた景色

が映し出されていた。その印象が強く残り、いつかこの桃源郷とやらに行ってみたいと思っていた。

それから時が経ち、いつしか忘れかけていたが、一昨年の五月仕事仲間の親睦会で東北を訪れた時

に再び頭をよぎった。よし来年の春こそは・・・。そして昨春、念願かなって行く機会を得た。

<桃源郷とは>

そもそも桃源郷とはどんなところなのだろう。漠然と持っている自分のイメージを確かめようと、

ある辞典(日本大百科全書)をみると、「陶淵明とうえんめい

の『桃花源記』に桃源郷とは世俗を離れた仙郷、別

天地。理想郷と同意で中国、東晋とうしん

の太元年中(376~396)武陵の漁師が舟で川をさかのぼって桃の花

が咲きにおう林に迷い込み、林の尽きる水源の奥の洞窟どうくつ

を抜け出ると、そこには秦しん

の戦乱を避けて

この地に隠れ住んだ人々が、漢・魏ぎ

・晋しん

と数百年にわたって世の中の推移も知らず、平和な別天地で

の生活を営んでいた」と記されてあった。

桃源郷周辺の自然環境は桃の花が咲き匂う林とあるが、昔から穏やかな自然環境こそが人々の心

を和らげて平和に暮らすための基本的条件なのだろう。というのも、戦が続けば当然、人里近くの

自然は荒れることになるからだ。ところで、花見といえば日本では桜が一番人気であるが中国では

梅、桃、牡丹の人気が高く、その中でも桃が一番の地位らしい。もっとも、日本でも桃や梅は春の花

木としても非常になじみ深いものである。ちなみに梅と桃はいずれも中国からやって来たものだ。

春!桃源郷に赤白ピンクの花を求めて

船 本 浩 路

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<福島・桃源郷「花見山」>

春は福島が一番華やぐ季節。ここ福島で桃源郷と呼ばれている「花見山は な み や ま

」は JR福島駅からバスで

20 分程度の福島市の郊外にある。梅、桜、桃などの花々が一斉に咲き競い周辺の花木栽培農家の畑

とともに淡いピンク色に染まることから、写真家の故・秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と称賛

した里山である。一養蚕農家が所有していた山を昭和の初めに花木生産農家として生計を立てる決

心をして雑木林を開墾して誕生したらしい。地元ではとても有名で、観光協会の HPなどで開花情報

がアップされている。

昨年の開花予想を参考に、四月の中旬に訪れた。ワクワクしながらの桃源郷の訪問であった。バス

を降りるとごくごく普通の里山が広がっていた。まず目に入ったのは一面に咲き誇ったボケの赤い

花だった。続いて、広い菜の花畑が目に入った。林になるほど多く植えられたレンギョウもとても

きれいに咲いていた。今年は三月に入り驚異的な温かさが続き春の花木のすべての盛りは例年より

一週間以上早まったために、里山一面を薄ピンクに染めると聞いていた早咲きの東海桜や彼岸桜は

もう既に葉桜になっていた。また、私の好きな花桃も盛りを過ぎていたが、それに代わってコナラ

飯坂(福島市)の花桃の里

花見山(福島市)

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や桜の若葉に山は萌黄色に染まり、別の視点から

私の目を楽しませてくれた。春にも紅葉するとい

う珍しい春モミジ(デショウジョウ)が素晴らし

い色合いを見せてくれた。また、遅咲きの枝垂れ

桜や八重桜が満開であった。赤の花芽が出始めた

ツツジを見ながらしばらく山道を歩くと小高い

里山の頂上(150m程度かな?)に着いた。美しい

福島の町が一望できた。そして、その向こうの雪

残る吾妻連峰に目をやっていると、ボランティア・ガイドさんが指をさして、福島の春を象徴する

風景として「吾妻の雪うさぎ」(山肌に残るうさぎの形をした残雪)を教えてくれた(写真)。そうい

えば、この残雪の形を確認して農作業に入ると聞いたことがあった。約 1 時間半、里山を歩き、春

色の景色を存分に味わった。写真では表現できないが、音色がそれぞれ違う非常に多くの鳥たちの

鳴き声にも春の気配を十分に感じた。

吾妻の雪うさぎ

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ここから少し離れた飯坂温泉の花桃の里は今が満開とのお話しを聞いたので、この後すぐに出か

けてみた。飯坂温泉は鳴子温泉、秋保温泉と共に奥州の名湯として有名だそうだ。福島駅から 40分

足らずの飯坂温泉駅からレンタサイクルで 10分程度にある小高い山に花桃の里はあった。ここでは、

まさに今満開の素晴らしい赤白ピンクの桃林を見ることができた。この三色にレンギョウの黄色も

交えて春色がオンパレードしている花模様の写真を今回の紀行文の最初に示させていただいた。こ

こで花見山の盛りの見逃しを取り返した。福島は桃出荷量が全国で 2 位とのことだが、福島の町の

メインストリートは花桃で飾られ、また車窓からだが町中では至る所でピンクに染まった桃畑を見

つけた。これは八重咲の花桃ではなく果実が目的の一重咲の桃である。冒頭の「春は福島が一番華

やぐ季節」が頷けた一日であった。

萌黄色の花見山

飯坂(福島市)の花桃の里

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<もう一つの桃源郷>

一昨年、信州の高遠の桜を見に行った折に、何気なく手にしたパンフレットに艶やかな赤、白、ピ

ンクに咲き誇る桃林の写真が目に止まった。そこには南信州阿智村の「花桃の里」と記してあった。

昨年の春は花桃を見ると決めていたので四月下旬に訪ねてみた。自宅から車で 290km (約 4時間)。

皆さんには遠く思われるかも知れないが私は魚釣りで遠征は慣れており楽勝の距離である。大勢の

花見客が予想されたので現地には人が少ない早朝に着くように出かけた。ここは、平成の初めに、

人少なく殺風景な山里に嫁いでくれた嫁たちの励みにしてほしいとの思いで、渋谷秀逸氏が一人で

花桃を植え始め、後にこれに賛同した地域の方々と本格的に植えたとのこと。今では合わせて 5000

本の花咲く里になっている。川の両岸に植えられ花桃の道を桃花源記の「桃林を抜けると桃源郷が

あった」とされるイメージを思い浮かべて歩いてみた。花見山と違い花木はほぼ桃だけであった。

これだけもよく植えられたと感心した。次ページに満開の写真をお示しするのでご覧ください。

南信州・阿智村の花桃の里

福島市

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<春の里山カラー>

寒い冬が終わりに近づく頃、春色を今すぐにでも感じたいと思うのは多くの人々にとって共通の

気持ちである。我々はそれを花見という形で具体化する。その花見は我々都市に住む者にとっては

公園や神社仏閣、河川敷などでやるのが一般的である。これはどちらかといえばその花だけに主眼

を置いた楽しみ方であり、その周囲の景色はあまりこだわらない。一方、これとは別に春色の景色

を見るという視点での花見も私は非常に好きである。私は里山に咲くこれらの花木を風景として鑑

賞するのがとても好きである。二月の梅は、周りはまだ冬から目覚めておらず、里山は寂しい景色

である。しかし、灰色から茶色の世界の中に白梅、紅梅は清楚で美しいものである。もう一歩季節が

進み、桃や桜が咲く頃の里山はコナラ等の雑木の芽吹きがいよいよ始まる時でもある。うまくいけ

ば、雑木林全体が萌黄色となり、それを背景にして、桜であればピンクの濃淡色が、桃であれば赤、

白、ピンクの明瞭な三色が点在し実にすばらしい景色を展開してくれる。都会に住む者とっては里

山に咲く花木は日常では見られないことも多いが、少し郊外に出ると車窓からでもそのような景色

に出会うことができる。特に桃であれば花が大き

く数もたくさんつくので遠くからでも赤や白やピ

ンクに彩られる景色を堪能できる。私のイメージ

する春の里山を色で表現してみた(右図)。暖かさ

を感じ始めた春の青空に、赤白ピンクの花桃、そ

して背景には芽吹きが始まった里山、手前には脇

役の黄色の菜の花やレンギョウが一面に咲いてい

る。全体として、まるで絵本のような配色となる。

私はこの配色を春の里山カラーと思っている。

<自宅に花桃を植えて>

桃源郷という言葉に惹かれたこともあるが、里山に咲く桃が気に入ってしまい、今から九年前に

自宅に赤白ピンクの花桃を植えてしまった。桜は自宅周辺にたくさん見かける。小中学校や公園な

どがあれば必ずと言っていいほど植えられている。皆さんの周りでもそうだと思う。梅も最近は非

常に減ったが、和風のお庭を見かければ山茶花や椿とセットで植えられている。ところが桃は少な

い。私の住む町ではあまり見かけない。そんなこともあって、照手て る て

桃もも

の赤白ピンクを植えてみた。こ

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の種は成長しても横に広がらなくて、上に逆菷状に伸びていく性質があり、小さな庭にも植えるこ

とができるのである。桜のような淡いピンクの濃淡を味わうのではなく、大味だがこの鮮やかな三

色を味わえるのが魅力である。そして、春の里山カラーを表現するために黄色の枝垂れレンギョウ

も植木鉢で準備した。まだまだすべてがピヨピヨの木なので見応え有りとまでは行かないが、自宅

で春の里山の気分を楽しんでいる。

<梅・桃・桜の花の見分け方>

自宅に桃の花が咲くと、ご近所の方か

らこれは何と言う名の花ですか?とよ

く聞かれる。梅と桜の花はご存知の方が

多いが、案外知られていないのが桃の花

である。そこで、一応おさらいというこ

とも兼ねて、梅、桜、桃のそれぞれの特

徴をお示ししよう。3種の区別といって

もそれぞれに多品種、多形態があり厳密

にはお伝えしにくいが、あえて、一般的

な感覚として比較してみよう。

そもそも、同じバラ科サクラ属の木で

あるので区別がつきにくいのも当然な

のである。まずは、開花時期であるがご

存知のように梅が一番早い。桜と桃は似

たようなものだが、桃の方が咲く期間が

長いようにも思う。それは比較対象の桜

はソメイヨシノにほぼ限定されている

のに対して桃や梅は多くの品種を一括

りにしているからでもある。花びらの特

徴はこれも一般論だが写真にも示した

ように桜(ソメイヨシノ、ヤマザクラ、

オオシマザクラ)は先端が切れ込んでい

る種が多い。一方、桃の先端は尖り、ま

た梅は丸みを帯びている。最も違うの

は、桜は花柄が長いこと。一方、梅は枝

に直接花が着いているように見える。ま

た桃は梅よりは少し長いように思うが、桜と較べれば極端に短い

(写真)。葉については、桃の咲き始めは、葉は出ていないがしばら

くすると葉が出て花と葉が同時に見られる。一方梅は花びらが散っ

てから葉が出て来る。最後に葉の違いを写真に示しておこう。桜と

梅は似通っているが、桜の葉柄には対の密腺があることで区別でき

ソメイヨシノ

梅 ソメイヨシノ 桃

密腺

切れ込み

花柄

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るし、桃はスリムで他の二つとは明らかに違いがある(写真)。なお、旧の三月三日は桃の節句なの

で、桃はその頃に咲くと思われがちだが、その日は新暦に置き換えると四月中旬になる。花屋さん

で三月に売られているのは「矢崎」と言って一定期間温室で育てられた早咲き品種のであるらしい。

ちなみに私の自宅で植えている照手桃の昨年の開花はソメイヨシノとほぼ同じであったが、花持ち

は花桃の方がはるかに良かった。

<里山に思う>

私の永遠の友は釣りであり、花木を植えて、花を愛でるなどとは夢にも思わなかった。ところが、

渓流の女王アマゴを求めての春の渓へ、初夏から盛夏はアユ釣りに里の川に通うに、釣りの感動と

は別に、移り変わる周囲の景色が実に素晴らしいことに気づいた。特に、人が関わりを持つことで

育まれた里山はそうだ。早春、関西では三月一日のアマゴの解禁日の頃は、里山の雑木林に葉は全

くない。通うにそれらの木々は芽吹きによってまるで違う木になって行く。その変化の中に、地元

の方々は春の到来をより一層実感したいとの気持ちで植えられたのだろうか、花桃や桜の花がその

景色に彩をつける。不思議にもそれが桃源郷という想像の世界にぴったりとあてはまる。里山の国・

日本には多種多様な桃源郷が至る所にあるように思う。

<現地までの交通>

福島は大阪からだと交通費が相当高く、その上、遠方なので行きたいと

思っても尻込みしたくなる方もおられるだろうが、今は関空から格安のピ

ーチが仙台まで出ており、そこから JR で 2 時間たらずである。交通費も

時間も随分と節約できることとなった。日帰りも十分に可能である。一方、

南信州阿智村の花桃の里までは公共交通はあるものの非常に不便であり

車となる。大阪(泉大津)から 290km、約 4時間。中央高速園原 IC下車し

てすぐである。何れも一見の価値はあるように思う。

飯坂(福島市)の花桃の里

南信州・阿智村

花見山(福島)