intro reaction kinetics
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反応速度はじめの一歩-化学反応の速度とはなにか 橋本 修一
化学反応速度論は反応の速さと分子レベルでの反応機構を追求する。化学反応はしばしば中
間体の存在や副反応・逆反応によって複雑になる。反応速度は温度によっても大きく影響を受け
る。これらの点についてこれまでわかっていることを概観し、その解明の手法を体得する。化学
熱力学・化学平衡論はエネルギー論的考察により化学変化の起こる方向を予測するが、その変化
の速度については語らない。熱力学的に可能ではあっても達成するのに無限の時間がかかるよう
な反応もありうる。反応速度の理論は化学熱力学や化学平衡論とともに用いることによって化学
反応の実像を解明するための強力な武器となりうる。特に反応機構の解明は反応速度論なしには
なし得ない。この章ではこのような反応速度論の初歩とその適用例について考察する。
1 化学反応の速度は速度定数によって決まる。
一般に速度は、速度=(走った距離)/(かかった時間)によって表わされる。これによっ
て、人の歩く速さ、自転車や車の速さ、新幹線の速さなど簡単に比べることができる。化学反応
の速さはどのようのに表わし比べたらよいだろうか。化学反応の速さは上の式にならってある決
まった時間内に反応物がどれだけ減ったかあるいは生成物がどれだけできたか(反応における変
化量/かかった時間)で表わすのが便利である。しかし化学反応の場合いろいろ複雑な要素があ
って、単に速度をこう定義してみても真の意味で反応の速度を解明したことにはならない。そこ
で以下に化学反応の速さの意味について考えてみる。
例えば人と車が衝突して交通事故が起こる場合、街に人があふれ車もあふれるほど事故の起
こる確率は大きくなる。すなわち、一定期間における事故の起こる確率を速度に見立てると、
速度=(比例定数)×(人の数)×(車の数)
で表わされるかもしれない。厳密には東京で起こるのかアラスカで起こるのかというような人や
車の混み具合こそが関係してくるので、数でなくて混雑度のほうがよい。すなわち、
速度=(比例定数)×(人の混雑度)×(車の混雑度)
となる。ここで、比例定数の大きさにはかなり重要な意味がある。たとえば、人が老人や子供で
あったり、車が非常にスピードがでたり運転が乱暴だったりすると事故の確率をぐっと押し上げ
大きな数値になるかもしれない。すなわち、人や車の背景にある特定の条件がどの程度事故に結
び付きやすいかを示す定数といえる。この定数は一定の条件下での事故の原因を解明する糸口が
含む重要な定数で有り得る。
一方、化学においては、物質の量は物質量(mol)を単位として表わすのが普通であるが、密閉
反応容器中や溶液中のように体積一定の場合、速度(rate)を単位時間当りに減少又は生成する物質
の濃度で表わし、反応式が A + B → P のような時、速度 vが、
v = −d[A]/dt = −d[B]/dt = d[C]/dt = k [A][B] (1)
1
のような式で表わせる時、この式のことを速度式(rate equation)と呼ぶことにしている。ここで、
[A] [B] [P]は分子 A,B,P の濃度を表わす。−d[A]/dt は[A]の単位時間あたりの減少量(減少量である
ためマイナス符号を付ける)、−d[B]/dt は[B] の単位時間あたりの減少量、 d[P]/dt は[C] の単位
時間あたりの増加量である。k は比例定数で速度定数(rate constant)と呼ばれる。(1)式において v
は(濃度)×(時間)−1 の次元をもち、単位は mol・dm−3・s−1 である。k の単位は(1)式の速度式
の場合、dm3・mol−1・s−1 である。
(1)式では、分子 A,B が衝突して反応が起こるので A の濃度も B の濃度も大きいほど速度は
大きいことを表わす。反応する分子 A,B の組み合わせがいろいろに変化するとき k は異なった値
をとる。k の値は(1)式において[A]、[B]が 1 mol・dm-3 であるとき速度, v と同じ数値になる。よ
って、 [A]、[B]が単位濃度のとき k の大きさを比較することで、ある反応が他の反応に比べてど
のくらい速いか遅いかを比較することができる。したがって、 k は(1)式の比例定数にとどまら
ず、 k の大きさはその反応の速度を決定する。すなわち、同一条件において、 k の大きさがそ
の反応の速度を支配することになる。
なお、速度定数 k の意味、 k の大きさが反応の種類や反応に関与する分子によって異なっ
てくるかは解明すべき重要な問題であり、以下に簡単な場合について考察する。
2 速度定数は反応のタイプで異なる。
速度定数、k はどんな反応どうしでも比べられるわけではない。反応のタイプが異なる場合
比較すること自体無意味である。そこで、速度式および速度定数は反応のタイプ別に定義する。
一般に、速度式が
v = k [A]x[B]y (2)
で表わされるとき、x+y を反応の次数(order)といい、(2)式で表わされるような速度式を(x+y)次の
速度式という。(2)式において
x = y = 1 のとき、
速度式は v = k [A] [B] となり(すなわち、(2)式は(1)式と同一となり)、(1)式は 2 次(second order)
の速度式ということができる。また、
x = 1, y = 0 のとき、
速度式は v = k [A] となる。これは 1 次(first order)の速度式である。この速度式は分子どうしが反
応するイメージとは程遠いが化学においては重要な過程の一つであり、次に詳しく述べる。1 次
の速度式における速度定数の単位は s-1 である。2 次の場合(mol・dm-3・s-1)と違って時間(の逆
数)のみを単位として持つことに注意する必要がある。
そのほか、x = 1, y = 2 や x = 2, y = 1 などの場合も有り得る。これは 3 次反応と呼ばれる。3
次反応の例としては、 2NO + O2 → 2NO2 のような反応における O2 の減少速度が、
2
− = d O
dtk NO O2 2
2
または NO の減少速度が、
[ ] [ ] [1
22
2
d NOdt
k NO O ]− =
で表わされることが挙げられる(ここで、 O2 が1分子消費されるとき NO は同時に2分子消費
されるので NO の減少速度は O2 の減少速度の2倍となるため、係数 1/2 が必要となる)。この
場合反応物の係数の和が次数と一致しており、3 分子が同時にぶつかって反応するイメージと合
致する。以上のことを一般化すると、反応式が
aA +bB → cC +dD
のような場合、速度 vは、
[ ] [ ] [ ] [ ]v
ad A
dt bd B
dt cd C
dt dd D
dt= − = − = =
1 1 1 1
で表わされることが多い。ただし、すべての場合そうなるわけではない。たとえば、
3KClO → KClO3 +2KCl の場合、 KClO3 の生成速度は、
d KClO
dtk KClO3 2=
となり、この場合は反応式からは次数の予測がつかない。この反応は単に化学量論的関係で進行
するのではないことを示す。場合によっては、x や y が分数をとることも有り得る。お酒をのん
だ時体内にできるアセトアルデヒド CH3CHO が熱分解する反応
CH3CHO → CH4 + CO の速度式は、
[ ] [ ]d CH
dtk CH CHO4
3
32=
となる。結局、反応の化学量論的関係だけでは速度式は書けないことも多い。後で述べる素反応
や反応機構が反応次数に決定的な役割を果たすわけである。
反応の次数が異なれば速度定数の単位も異なってくる。このことから、1 次と 2 次のように
次数の違う場合の速度定数どうしは比べられないことがわかる。
3 速度式から速度定数を求める。
3-1 1次速度式の意味とその解
1次反応の速度式は、例えば、
A Pk1 → (3)
のような反応式に対して
v (4) d A
dtd P
dtk A= − = = 1
3
であらわされる。1次反応は放射性同位元素の壊変(α壊変、β壊変)や、光励起状態(光を吸収
してできるエネルギーの高い状態)にある原子や分子が蛍光を発するなどして失活する過程で見
られる単原子的(単分子的)な自発的変化の場合よく観測される。また、1 個の分子の結合が切
れたり、異性化(結合の組み替え)したりする場合にも見られる。
− = (5) d A
dtk A1
の意味するところは「 A の減少速度(A の濃度の単位時間における減少量)は A の濃度に比例
する。」ということであり、濃度の大きいときは減少量も大きく、濃度が小さくなると減少量も
それなりに小さくなることをいう。指数関数(exponential function)的な減少を考えるとイメージが
わきやすい。実際、指数関数
A A e k t= ⋅ −0
1
は微分すると、式(6.5)になる。しかしながら、1次反応の意味を考えるとき、速度が濃度に関係
するからといって A と A の衝突を想定してはいけない。その場合は速度式に[A]2 が入らねばなら
ないからである。1次反応の意味は式(6.5)を
− (6) =d A
Ak dt1
のように変形するとわかりやすくなる。この式は「 任意の時刻 t から t+dt の間における A の消
滅する割合または確率(−d[A]/[A])は A の個数(濃度)にかかわらず、時間間隔 dt にのみ比例
する。」ことをいっており、 A は A の個数(濃度)には無関係に消えて行くのである。ここで、
1 次の速度式としてあえて(5)式を用いるのは、この式が速度式の一般形、 v = k [A]x[B]yに包含さ
れ、速度式の一般性という点で意味があるからである。
式(6)は数学的には簡単な微分方程式であり、これを解くことによって任意の時刻における
[A]を求めることができる。時刻 t=0 における[A]=[A]0 として (6)を積分すると、
[ ][ ]0
[ ]
1[ ] 0
A t
A
d Adt k dt
A= −∫ ∫ より
ピレン
ln (7) AA
k t0
1= −
AA
e k t
0
1= − すなわち、 A A e k t= ⋅ −
01 (8)
(8)式は k1 が[A]/[A]0 から求められることを示し、このとき[A]0 の絶対値に無関係に速度定数 k1
が決まる。このことは1次反応の大きな特徴であり、2 次などの場合は速度定数を得るためには
[A]0 の絶対値が必須である。
1次反応の例として、図 1-a,b にピレン (C16H10) の蛍光(アセトニトリル溶液、298 K)の
時間変化とその対数プロットを示す。蛍光の強度は励起一重項状態(注1のピレン濃度に比例するか
4
ら、蛍光強度の時間変化を測ることによって励起状態のピレン濃度を逐次モニターすることがで
きる。対数プロットは確かに直線になっており、この傾きから速度定数 k1 の値が求まる。図 1
の場合 k1 = 3.1 x 106 s-1 であった。
0 400 800 1200time / ns
0
20
40
60
80
100
fluor
esce
nce
inte
nsity
0 400 800 1200time / ns
1
10
100
fluor
esce
nce
inte
nsity
図 1-a ピレンの蛍光減衰曲線 図 1-b 蛍光減衰曲線の対数プロット
反応物の濃度が初濃度の半分になるような時間 t1/2 を半減期(half life)と呼ぶことにする。(7)
式において、t = t1/2 のとき[A] = [A]0/2 である ln より /
A
Ak t
0
01 1 2
2 = −
tk k1 2
1 1
2 0 693/
ln .= = ( s ) (9)
半減期の単位は時間であり普通、秒( s )を用いる。半減期は反応物の減少の速さの目安となる。
半減期が小さいほど減少速度が大きい。上記のピレン(励起一重項状態)の場合、
t1 2 670 693
31 102 23 10/
..
.=×
= × − ( s )であるが、年代測定に用いられる放射性 14C の場合、
t1/2 = 5730 y =1.81 x 1011 s となる。核燃料廃棄物中に半減期の大きい放射性同位元素が存在する場
合など、長期間にわたって汚染の原因となる可能性があり問題となることがあり、半減期も重要
な概念である。1次反応では速度定数が初濃度に依存しないのと同様、半減期も初濃度に無関係
であることは非常に重要である。
(8)式は[A]の時々刻々の変化を示すが、A が減ることによって生成する P はどうなるのであ
ろうか。[P]の時々刻々の変化は、つねに
[A]+[P]=[A]0
5
であるから、これを(8)式にいれると、
P A e k t= ⋅ − −0 1 1( ) (10)
図 2 に[A]と[P]の時間変化を示す。[P]は[A]の減少に対応して生成することがわかる。
図 2 [A],[P]の時間変化
0 400 800 1200time / ns
0
20
40
60
80
100
[A] o
r [P
]
[A]
[P]
3-2 2次速度式を解く
k の場合、既に触れたように速度式は、 A B P+ →2
v (11) d A
dtd B
dtd P
dtk A B= − = − = = 2
で表わせられる。2 次反応の特別な場合として
k のような同じ分子どうしの反応があり、この場合は、 A A P+ →2
v (12) d A
dtd P
dtk A= − = =
12 2
2
ここで、すでに 2 で述べたように-d[A]/dt の係数として 1/2 が付くことに注意して欲しい。まず簡
単な (12)式から解いてみる。(12)式は、
− = であるからこれを積分し、 d A
Ak dt2 22
1 1 2
02A A
k t− = または、 1 1 2
02A A
k t= + (13)
(6・13)式に示すように、2 次反応では濃度の逆数を時間に対してプロットする
と直線関係を得る。この傾きから速度定数を求めることができる。2 次反応の
例としてベンゾフェノン結晶中のエキシトン(励起子)(注2の時間的減衰を図
3-a に示す。このエキシトンは結晶内を自由に動きまわり、エキシトンどうし
C
O
ベンゾフェノン
6
がぶつかった時消滅するので 2 次の減衰挙動を示す。2 次過程の場合、初め急激に減少するがあ
とではだらだらと減少しなかなかなくならない特徴がある(図 1-a と比較してみよ)。これは、
始めは分子がたくさんあるため、分子どうしのつぶしあいにより分子数が激減
0 200 400 600time / µs
0
20
40
60
80
100
phos
phor
esce
cne
inte
nsity
0 20 40 60 80 10time / µs
1/[A
]
0
図 3-a ベンゾフェノンの燐光減衰曲線 図 3-b 逆数プロット
するためである。しかし、分子数が非常に少なくなった時はなかなかぶつかってつぶしあう機会
ができず、そのためしばしば自発的減少(1 次過程)よりも遅く減衰するような挙動となってしまう。
定性的にはだいたいそういうことである。図 3-b は(13)式にしたがった逆数プロットを示す。直
線になっていることがわかる。(13)式を用いて速度定数を決定するためには反応する物質の濃度
の絶対値を知る必要がある。しかしこのことが困難な場合もある。たとえば、図 3 のエキシトン
の濃度は燐光強度でみた相対量であり、これからだけでは速度定数の絶対値は求められない。す
でに述べたように 1 次過程の場合は速度が初濃度に依存しないので相対濃度の時間変化から速度
定数が得られる。
2 次反応の半減期は、(13)式を用いて、
2 1 2
0 02 1 2A A
k t= + / より t ( s ) (14) k A1 2
2 0
1/ =
2 次の場合、半減期が初濃度に依存する。同じ反応でも(すなわち、速度定数が同じでありなが
ら)初濃度が大きいと速く減衰がおこる。この点が 1 次の場合と大いに違う。
つぎに、(11)式を解く場合、t=0 において[A]=a mol・dm-3, [B]=b mol・dm-3 とし、t=t におい
て[A]=(a-x) mol・dm-3, [B]=(b-x) mol・dm-3 とすると、
−−
= − −d a x
dtk a x b x( ) ( )(2 ) となる。ここで、-d(a-x)/dt=dx/dt であるから、
7
dxdt
k a x b x= − −2 ( )( ) (15)
ここで、積分するために変数分離をおこなう。
dx
a x b xk dt
( )( )− −= 2
1 1 1
( )( )dx dx
a x b x b a a x b x = −− − − − −
より積分すると、
( ) ( ) [ ]2 00
1 ln lnx ta x b x k t
b a− − + − = −
1
2b aa b xb a x
k t−
−−
=ln ( )( )
(16)
速度定数 k2 は(16)式の左辺を時間に対してプロットすることによりその傾きから得られる。
3-3 疑1次反応-2次反応の速度定数を1次速度式より求める。
分子Aが1次反応でPを生成する反応とAが別の分子と反応する速度過程が競合する場合、
A Pk1 →
A Q Rk+ →2
このとき、A の減少する速度は、
[ ] [ ] [ ][ ] [ ]( [ ]1 2 1 2
d Ak A k A Q k k Q A
dt+ = + )− = (17)
もしここで、反応のあいだ[Q]がほとんど変化しないとする(たとえば、[A]に対して[Q]を大過剰
とし Q の反応する量が 1/1000 とか 1/10000 だったとする)と、k 1+k 2[Q]は定数と考えてよい
から、 k 1+k 2[Q]= k’ とおくことができ、(17)式は、
− = と書ける。このよ
うに、2 次反応が含まれているにもかかわらず、
実際的には1次過程で表わすことができる時、
これを疑1次(pseodo first order)反応と呼ぶ。こ
れを解くと、
d Adt
k A'
A A e k k Q t= ⋅ − +0
1 2( ) (18)
となる。(18)式より[A]はどんな[Q]に対しても
1次の速度過程にしたがって指数関数的に減
少するはずである。式は[Q]項が存在するため
に[A]の時間にたいする減少は[Q]が大きほど
大きくなることを示す。そこで、 k ’ すなわち
0 400 800 1200
1
10
100
[Q] = 0
[Q] = 5.0x10-4 M[Q] = 2.0x10-3 M
[Q] = 1.0x10-3 M
図 4-a いろいろな[Q]における減衰曲線
8
k1+k2[Q]を[Q]に対してプロットすると直線
関係が得られ、その切片と傾きから k1 と k2 を
同時に求めることが可能となる。この場合の例
を図 4-a,b に示す。図 4-a は A としてピレン励
起一重項を用い、Q としてコーヒーなどに入っ
ているカフェインによく似た分子であるテト
ラメチル尿酸を用いた場合、[Q]をいろいろに
変化させたとき[A]の時間変化がどうなるかを
示す。[Q]が大きくなるほど[A]の対数プロット
の傾きは大きくなり、今述べたように指数関数
に従った時間変化であることがわかる。図 4-b
はこの場合の k ’ vs. [Q]のプロットである。 k ’
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5[Q] / 10-3mol/dm3
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
k' /
107 s
-1
slope=k2=8.6 x 109
N
N
O
H3C
O N
N
CH3
N
N
O
H3C
O N
N
CH3
CH3
O
カフェイン テトラメチル尿酸
図 4-b k’ vs. [Q]のプロット は[Q]に対して直線的に変化する。この傾きより
k2 = 8.6 x 109 mol・dm-3・s-1 が得れた。この方法
を用いると 2 次の速度定数を比較的簡単に求め
ることができることから、これまで数多くの速
度定数を決定するのに用いられてきた。
3-4 いろいろな反応を概観する。
化学反応は一般に複雑な形で進行する場合が多い。以下にその代表的な例について速度式と
その取り扱いを示す。
3-4-1 可逆 1 次反応(reversible first-order reaction)
1kA B1k−
の場合の速度式は、
d A
dtk A k B= − + −1 1
t=0 における A の濃度を[A]0 とすると、[B]= [A]0-[A]であるから、
d A
dtk A k A A= − + −−1 1 0( ) (19)
変数分離をおこない、
d A
k A k k Adt
− −− +=
1 0 1 1( )
積分すると、
9
AA
k kk k e k k t=
++
−−
− + −0
1 11 1
1 1( ( ) ) (20)
t=∞において平衡状態となるから、d[A]/dt=0 より、
(19)は K kk
BA
= =−
∞
∞
1
1
を与える。また、[B]∞=[A]∞-[A]0 であるから、
AA K
kk k
∞
−
=+
=+0
1
1 1
11
− (21)
これより、 Ak
k kA
∞−
−
=+
1
1 10
および、 Ak
k kA
kk k
A A01
1 10
1
1 101
+= −
+= −
−
−
−∞
( ) を(20)式に代入すると、
A AA A
e k k t−
−=∞
∞
− + −
0
1 1( ) (22)
を得る。(22)式は次の 2 通りの書き方もできる。
AA K
KK
e k k t
0
11 1
1 1=+
++
− + −( ) (23)
A
AKe k k t
∞
− += + −1 1 1( ) (24)
式(22)は速度過程がやはり 1 次であることを示す。
この場合、時刻 t における[A]よりも[A]−[A]∞を変
数と考えたほうが便利である。[A]の時間変化を
図 5 に示した。図からわかるように、[A]∞は一定
値となるため[A]−[A]∞ が指数関数的に減少する。
このとき、速度定数は k1 ではなく(k1+k-1)である。
k1 と k-1 は(21)式よりその比がわかることから、減
衰速度定数(k1+k-1)がわかれば必ず求めることが
できる。[A]∞=0 すなわち k1>>k-1 の場合は式(22)
は式(8)の 1 次速度式に帰着する。
3-4-
図 5 可逆 1 次反応における[A]の時間
2k C→
2 平行反応(branching first-order reaction)
1kA B→
10
に示すように、A が 2 通りの道すじを通って B および C になる場合、 時間 t = 0 における A の初
濃度を[A]0、B,C の初濃度を 0 とすると、時間 t における[A],[B],[C]は、
− = +d A
dtk k A( )1 2
d B
dtk A= 1 (25)
d C
dtk A= 2
これは、簡単に解けて、
A A e k k t= − +1 2(0
)
(26) [ ] [ ]1 21 ( )0
1 2
(1 )( )
k k tk AB e
k k− += −
+
Ck Ak k
e k k t=+
− − +2 0
1 2
1 1 2
( )( )( )
この場合、A が減少すると同時に B,C が立ち上がってくる。B の生成速度に k2 が関係すること、
および C の生成速度に k1 が関係することは直感的にはわかりにくいので少し注意を要する。
3-4-3 逐次反応(sequential first-order reaction)
A B Ck k1 2 → →
のような場合、A,B,C の濃度の時間変化は、
− =
= −
=
d Adt
k A
d Bdt
k A k B
d Cdt
k B
1
1 2
2
(27)
で表わされる。A の初濃度を[A]0 とすると、時間 t における[A],[B],[C]は、 A A e k t= −
01
Bk Ak k
e ek t k t=−
−− −1 0
2 1
1
( )( 2 ) (28)
C Ak e k e
k k
k t k t
= +−−
− −
01 2
2 1
12 1
(( )
)
となる。A が減少すると同時に B が立ち上がりやがてピーク値をとって減少する。さらに B の減
少とともに C が立ち上がってくる。
11
4 アレニウスの式-速度定数は温度に依存する。
化学反応の速度は温度が高いほど大きくなる。酵素反応などの特別の場合を除くと大体そう
なっており、一般に温度が 10℃上がるごとに速度は 2-3 倍になると言われている。速度定数の温
度依存性はアレニウス(Arrhenius)の式として有名である。
k A eERT
a
= ⋅−
(29)
この式で、A は頻度因子(frequency factor)または前指数因子(pre-exponential factor)と呼ばれ(以後
これを A 因子と呼ぶことにする)、Eaは活性化エネルギー(activation energy)と呼ばれる。これは
分子が反応を起こすのに十分なエネルギー状態(活性化状態または活性錯体)に至るために必要
なエネルギーと考えられる。また、 (29)式のe はボルツマン因子と呼ばれ反応に必要なエネル
ギーを得ることのできる分子の全体に対する割合を示
している(ボルツマン因子の項参照)。(29)式は E
ERT
a−
aが
大きくなるほど k が小さくなることを意味する。Ea
が大きいと反応すべき分子のうち活性化状態に行く割
合が小さくなるからである。(29)式の両辺の対数をと
ると、
3.00 3.20 3.40 3.60
1/T /10 K
-4
-3
-2
-1
0
ln k
-3 -1
a
ln lnk ER T
Aa= − + (30)
が得られ、lnk と 1/T とのあいだには lnA を切片とし傾
き−Ea /R の直線関係が見られるはずである。図 6-a,b
にアレニウス⋅プロットの例を示す。これは、反応式
CH3COOC2H5 + OH− → CH3COO− + C2H5OH
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0
1/T /10 K
-5
0
5
10
15
20
ln k
-3 -1
b における v = k2 [CH3COOC2H5] [OH−] の k2と 1/Tと
の関係を表わす。この実験は 15°C から 45°C の温度で
おこなわれた。図の a は実験温度付近でのアレニウ
ス・プロットを示し、b は A 因子を求めるため T→∞
まで外挿したアレニウス・プロットである。一般的に
は、非常な高温や低温では実験が不可能な場合が有り、
このような外挿がおこなわれる。図 6 より、A = 1.4 x
1010 dm3・mol-1・s-1 および Ea = 46.5 kJ・mol-1 が得ら
れた。なお、2 次反応だけでなく 1 次反応の場合も速
度定数がアレニウスの式のような温度依存性を示すこ
12図 6 アレニウス プロット
とがある(5 参照)。
アレニウスは(29)式の成立する根拠として平衡定数に関するファント・ホッフ(Van’t Hoff)の式
d K
dTH
RTln
=∆
2 (31)
を用いたといわれている。すなわち、
( *kA B A B+ )bk
⋅ ((A・B)*は活性錯体)
を仮定すると、
( )[ ] [ ]
**
b
A B kKA B k+ = =⋅
(K*: 平衡定数) (32)
ここで、ファント⋅ホッフの式を用いると、
d K
dTd k
dTd k
dTH
RTbln * ln ln *
= − =∆
2 (33)
であるから、
d k
dTE
RTln
= 2 および d k
dTE
RTbln= 2
b (34)
のようにおけることを示している。ただし、ここではΔH*=E -E bとおいた。(34)式は速度定数に
関してアレニウスの式が成り立つことを示す。なぜなら、(34)式を T について積分すると(29)式の
形になる。
ボルツマン因子(Boltzmann factor)
気体分子は同一種のものであってもいろいろな運動エネルギーをもっている。これは気体分
子が常に衝突しているためである。分子の速度はゼロから非常に大きな値にわたって分布してい
る。2 次元空間において、質量 m(kg)の分子が温度 T(K)において速度 u(m⋅s-1)から u+du の間にあ
る数を dN とすると、全分子数 N に対する dN の割合は、
dNN
muT
e dmu
T=−
uk
2k
2
(35)
で表わされることが知られる。ここで、k (1.38 x 10-23 J⋅K-1) はボルツマン定数を表わす。分子の
運動エネルギー ε (J⋅molecule-1)はε=mu2/2 であるから、dε=mu⋅du よりこの式をエネルギーを変数
として書き換えると、
dNN T
e dT=−1
kkε
ε
ここで、εより大きなエネルギーをもつ分子の数を Nεとすると、
13
k k1k
ET TN e d e e
N T
ε εε
εε
∞ − −= =∫ RT
−= (36)
ここで、εL = E とおいた(εk
ER
= であることに注意)。ここに示したように、e はいろいろ
なエネルギーをもつ分子のうち E(J⋅mol
ET
−R
-1)より大きなエネルギーをもつ分子の割合を表わし、ボル
ツマン因子と呼ばれる。
5 速度定数の意味-反応は分子どうしの衝突によっておこる。
2種類の気体分子 A,B があり、 A と B との衝突の結果として反応が起こる場合の速度 v お
よび速度定数 k を求めようとする試みは気体反応の衝突理論(collision theory)として有名である。
衝突理論では次の 2 つの基本的な仮定をする。
(a)反応するためには分子どうしは衝突しなければならない。
(b)衝突して反応する分子のエネルギーはある臨界エネルギー E 以上でなければならない。
気体分子 A,B が容器に入っている場合を考える。ここで、質量 mA (kg), mB (kg)球形分子 A,B
の半径を rA (m), rB (m)、濃度(単位体積あたりの分子の個数)を nA (moecules・m-3), nB (molecules・
m-3)とする。気体分子は常に運動しており、壁と衝突したり分子どうしで衝突する状況にある。
衝突には正面衝突もあればかすりあう程度のものもあるので、あらゆる衝突の中から反応に有効
な衝突を選別する必要がある。ここで、速度は単位体積中で反応する気体分子の 1 秒あたりの有
効衝突数に等しい。
1 個の分子 A が濃度 nB (molecules・m-3)の分子 B と衝突する場合を考える。簡単のため A は動
いていて B は止まっているとする。A の速度が uAとすると 1s の間に A が動いて B と衝突する回
数は、半径(rA+rB)、長さ uAの円柱の中に分子 B が 1 個ある場合に 1 回と数えられることから、結
局 A 分子 1 個の 1 秒当たりの B との衝突数は(分子 B の濃度: nB )×(体積: uAπ(rA+rB)2)、
すなわち、nBuAπ(rA+rB)2 molecules・m-3 となる。気体分子は実際には速度分布をもつ。絶対温
度 T で分子 A の 3 次元空間における速度 uA~uA+duAの範囲にある確率(dNA/NA)は、
dNN
mT
u e duA
A
AA
muT
A
A
=
−4
32 2
2
ππ2 k
2k (37)
したがって、濃度 nA (molecules・m-3)の分子 A のうち速度 uA~uA+duAの範囲にある数 N は、
14
232 2 2k4
2 k
AmuA T
A AmN n u e du
Tπ
π−
=
A (molecules・m-3)
1 個の A 分子が B と衝突する数、nBuAπ(rA+rB)2 と速度 uA~uA+duAの範囲にある A 分子の単位体
積あたりの数の積は単位時間、単位体積あたりの A-B 衝突の数(zAB)を表わす。すなわち、
( ) ( )z n nm
Tr r u e duAB A B
AA B A
muT
A
A
=
+−
432 2 3
2
ππ
π2 k
2k (38)
もう少し一般化するため、分子 A の速度 uAを相対速度 u で、分子 A の質量 mAを換算質量µ
µ =⋅+
m mm m
A B
A B
で置き換える。また、π(rA+rB)2 は衝突断面積(単位:m2)と呼ばれ半径(rA+rB)の円盤の面積に
相当し衝突確率の目安になるものであり、σABとおく。同時に、変数を速度 u からエネルギーε
にかえる。すなわち、
ε µ=12
2u より u2 2=
εµ
であるから 2 を用いて、 2udu d=µ
ε
単位時間、単位体積あたりに衝突エネルギーε~ε+dεで衝突する場合の衝突数は
z n nT
e dAB A B ABkT=
−1 212
32
πµσ ε
ε
kε (39)
この式の証明は比較的簡単である。各自試みられたい(演習問題 7)。
単位時間、単位体積あたりの A と B の全衝突数を ZABとすると、
Z n nT
e dAB A B ABkT=
∞ −
∫1 2
12
32
0πµσ ε ε
ε
k (40)
ここで、全衝突数のうち有効衝突数を見積もるわけだが、そのため衝突断面積σABの代わりに有
効衝突断面積σAB∗を考えσAB
∗が衝突エネルギーεに対して、
σAB∗ = 0 (ε < ε0)
σAB∗ = σAB (1 - ε0/ε) (ε > ε0)
のように依存すると仮定すると、反応速度 v および速度定数 k は、
15
v (molecules・mkT e n nAB
kTA B=
−σ
πµ
ε8 0-3・s-1) (41)
(m3・molecule-1・s-1) (42) 08 kT
ABkTk e
ε
σπµ
−=
が導かれる(演習問題 8 )。ここで、興味深いことに8kTπµ
は質量µの粒子の温度 T における平均
速度を表す。つまり、(41)式は、「速度は円柱の中の衝突数」というオリジナルな意味を保って
いることになる。速度定数の単位を m3・molecule-1・s-1 から化学でよく使われる dm3・mol-1・s-1
に変えるために、A および B の濃度を cA (mol・dm-3)、cB (mol・dm-3)とする。 nA = 103cAL (L:アボ
ガドロ定数)、 nB = 103cBL、および − = −
dcdt L
dndt
A A1103 より、
v L ( mol・dmkT e c cAB
ERT
A B=−
10 830
σπµ
-3・s-1) (43)
k L kT eAB
ERT=
−10 83
0
σπµ
(dm3・mol-1・s-1) (44)
ここで、ε0L = E0 とするとε0L/kT = E0/RT であることを用いて、(43)、(44)式ではエネルギーも含
めてすべて mol 単位で考えることとした。
ここで得られた結果で重要なことは、速度式が v = k [A] [B]のかたちに書けることを衝突理論
の結論が示していることが第一点、そして、速度定数がアレニウスの式を説明できる点である。
E0 = Ea (45・1)
A L r r kTa b= +10 83 2π
πµ( ) (45・2)
のような対応関係がみられる。活性化エネルギーについてはすでに述べたとおりである。A の内
容は衝突理論によれば単位濃度における単位時間あたりの衝突数すなわち衝突頻度をあらわす。
ここに頻度因子とも呼ばれる由縁がある。(45・2)式によれば、A 因子は T1/2 の温度依存性を持っ
ているがこれはアレニウスの式では予期されないことだった。もっとも実際計算してみるとこの
項は k 自体の温度依存性にはあまり効かないようである。 k の数値のイメージを得るため、
(44)式にしたがって速度定数を計算してみる。分子 A,B のモル質量が 50.0 g・mol-1(したがって
μ=4.15 x 10-26 kg)、 rA=rB=0.30 nm (3.0 A)とし、T=298 K (25℃)とすると、
k eERT
a
= ⋅ × ⋅ ⋅ × ⋅× × ×
× ×⋅−
−
−
−10 6 02 10 314 6 0 10 8 138 10 298
314 415 103 23 10 2
23
26. . ( . ) .. .
= × ⋅−
34 1011. eERT
a
( dm3・mol-1・s-1)
この速度定数の値は活性化エネルギーによって大きく影響されることは言うまでもない。例えば、
16
Ea=0 kJ・mol-1 のとき k = 3.4 x1011 dm3・mol-1・s-1
Ea=10 kJ・mol-1 のとき k = 6.0 x109 dm3・mol-1・s-1
Ea=100 kJ・mol-1 のとき k = 9.8 x10-7 dm3・mol-1・s-1
のように k の値は著しく変化する。すなわち、2 次反応の k の値は Eaが小さくなると急激に大
きくなる。ここまででみる限り、活性化エネルギーが k の値の大小をきめる大きな要因と言える。
活性化エネルギーの大きさは反応に関与する分子の性質に深くむすびついているが衝突理論で
は分子固有の性質まで立ち入った議論はできない。 k の値の大小をきめるもう一つの要因は次に
述べる立体因子である。
立体因子(steric factor)
気相 2 次反応について実験によって得られる A 因子を衝突理論の結果(式(45・2))と比較す
ると、よく一致する場合もあるが、少し大きな分子では実験値のほうが一桁から数桁小さくなる
ことがしばしばであった。この理由として、衝突によって反応する場合、分子の特定の位置どう
しがぶつかり合う時(分子どうしが特定の方向で向き合って衝突する時)反応がおこる効果を考
慮する必要があるのではないかと考えられた。すなわち、有効衝突のうちある割合のみ反応に直
接関係してくると考えるわけである。そこで、実験結果を説明するために、立体因子 p(0<p≤1)
が導入された。立体因子は A 因子の実験値の衝突理論の計算値に対する比である。こうして、速
度定数は、
k p L r r kT ea b
ERT= ⋅ +
−10 83 2π
πµ( ) (dm3・mol-1・s-1) (46)
で表わされるようになった。立体因子は直感的にわかりやすい概念である。しかし、我々は立体
因子を理論的に見積もることはできない。よって、立体因子が得られたとしてもその中身を追求
することはできない。このことから、立体因子は単なるつじつま合せという見方もできないわけ
ではない。
(補足1)1 次過程でも衝突が必要なわけ。
2 次過程の場合、活性化状態にある分子どうしの衝突数が速度定数になることがわかった。
では、1 次過程の場合はどうだろうか。化学反応には一般に化学結合の切断・生成を伴う。たと
えば、結合の切断がおこるような 1 次反応の場合、
(a)活性化エネルギーが切断の起こる原子間の振動エネルギーとして割り当てられる必要がある、
(b)このとき、一分子当りの結合切断の速度はこの振動の周波数 ν(s-1)に相当する、
のように考えるのが普通である。ここで、C を反応系の分子の濃度、CEをエネルギーが以上の特
定の振動状態にある分子の濃度とすると、すでに説明したボルツマン因子を用いて、
17
CE = C・e E
RT−
この反応の速度は
− = =dCdt
C kEν C
より、 k = ν・e (sE
RT− -1) (47)
これより、1 次過程の A 因子は反応する分子の特定の振動の周波数であり、これは普通 1012 -1014
s-1 の値となる。(32)式が示すように、1 次過程の速度定数もアレニウスの式に従う。この場合の
活性化エネルギーは他の分子との衝突によって供給される。
(補足2)拡散が反応速度を支配する。- 溶液反応の場合
溶液中で反応させることは大変効率がよいため、化学では非常によく溶液を用いる。溶液内
の反応の気相反応と著しく異なる点は、反応すべき溶質分子が反応に直接関係ない溶媒分子によ
って取り囲まれて存在することである。溶質分子 A は溶媒分子と衝突をくり返し反応相手の溶質
分子 B とぶつかるまで複雑に方向を変えながら運動を続ける。このような運動を拡散(diffusion)
という。こうして、溶媒分子がいるために分子 A が分子 B をその視野に入れるまでには気相反応
とくらべて時間を要するが溶媒分子は『かご効果(cage effect)』として知られる役割ももつ。これ
はひとたび分子A,Bが出会うと溶媒分子の妨害のため互いになかなか逃れられない状態がしばら
く持続し、この間分子どうしは何度も衝突することになる。計算によれば溶液中のこの出会い
(encounter)の持続時間は気相にくらべて 20-100 倍になると言われる。この溶媒分子の『かご効果』
のために溶液内反応の衝突頻度は気相反応とくらべてさほど変わらない値である。
この結論を導くにあたって、モデル実験が行われた。トレイ(お盆)に球を入れ、トレイを揺す
ぶりながらある特定の一対の球(例えば赤と青の球)に着目して球どうしの衝突が時間とともにど
う起こるかを観察した。トレイに余計な球がないとき(気体のモデル)その対の衝突はだいたい
一定の時間間隔で起るのに対し、トレイに余計な球(例えば白球)をたくさん入れてやると(溶
媒分子が存在する溶液モデル)、赤と青の球は白球にじゃまされてなかなか出会えないが、ひと
たび隣り合わせになると(出会い状態に相当)衝突はある瞬間に集中的に起こり、次のやはり集
中的な衝突が起るまでの時間間隔が長くなるらしい。そして、長時間にわたって平均すると衝突
回数はだいたい同じになるということであった。
18
そこで、溶液反応の速度定数について考えてみる。分子 A,B が拡散によって出会いの状態
(A・B)となり、これが反応して生成物 C を与えるとする。出会いの状態では反応しないで別れて
しまう確率も存在するのでこれも考慮すると、反応式は、
(48) ( )D R
D
k kk
A B A B C−
+ ⋅ →
ここで、kDは拡散の速度定数(2 次)、k-Dは出会いの状態から解離する速度定数(1 次)、kRは
出会いの状態から反応する速度定数(1 次)とした。この場合の速度式は一般には、
[ ] [ ]
− = (49) =⋅+ −
d Adt
d Cdt
k kk k
A BR D
R D
[ ][ ]
のように書ける(これの導出法は 6 で触れる)。もし、(49)において kR>>k-Dの場合を考えると(49)
式は次のように簡略化される。
[ ] [ ]
− = (50) =d A
dtd C
dtk A BD[ ][ ]
すなわち、このような条件では拡散の速度定数が全体の反応速度定数になる。このような反応を
我々は拡散律速(diffusion-controlled)の反応と呼ぶ。分子 A,B の半径を rA(m), rB(m)、拡散係数を
DA(m2・s-1), DB(m2・s-1)とすると、拡散によって出会いのたびに反応する場合の速度 v および速
度定数 kD は、
v L D D r r A BA B A B= + + ×4 310π ( )( ) [ ][ ]
10
mol・dm-3・s-1 (51・1)
dmk L D D r rD A B A B= + + ×4 3π ( )( ) 3・mol-1・s-1 (51・2)
であらわされることが知られている。
この式の導出法について簡単に述べる。分子 A と分子 B とが体積一定の気相中や溶液中で反
応する場合を念頭におく。右のように分子 A のまわりに半径 r の球殻を想定する。動きまわって
いる分子 B がこの球殻内に入ってくる流束を J(molecules・s-1)とすると、フィック(Fick)の
第 1 法則(注 3 より、
( )
J r D DdC r
drA BB= +4 2π ( ) (52)
ここで、cB(r)は分子 A からの距離 r における分子 B の濃度(molecules・m-3)、A と B の拡散係数の
19
和(DA+DB)は A と B の相互拡散係数を表わす。式(52)は
( )dC (53) r JdrD D rB
A B
=+4 2π ( )
のように変形され、積分すると、
( )( )
( )dC r J
D DdrrBc d
c
A BdB AB
B
AB
∞ ∞
∫ ∫= +4 2π ( ) (54)
ただし、dABは分子 A と分子 B とが接したときの中心間の距離を表わす。ここで、境界条件とし
て、
cB(dAB) = 0 (55・1)
cB(∞) = [B] (55・2)
を仮定する。これは、分子 B が A と衝突するやいなや反応して消えること、および、分子 B が A
から十分遠ざかった場合は B の濃度がバルク濃度(注 4 で表わされることを意味する。これによっ
て、式(54)は、
( )[ ]dC r J
D DdrrB
B
A Bd AB0 24∫ ∫= +
∞
π ( ) (56)
これより、
[ ]B JD D r
JD D dA B d A B AAB
=+
−
=+
∞
41
4π π( ) ( ) B
B
(57)
したがって、
[ ]J D D dA B AB= +4π ( ) (58)
が得られる。J は単位時間に 1 個の分子 A に対して向かってくる B の数であるから、分子 A が反
応して消える速度は、
[ ] [ ] [ ][ ]d Adt
J A k A BD− = = より、dAB = rA+rB を考慮して、
k D D r= + +4 rD A B A Bπ ( )( )
rA B )
(m3・molecule-1・s-1) (59)
が得られる。また濃度の単位として mol・dm-3 を用いた場合は、
(dmk L D D rD A B= ⋅ + +10 43 π ( )( 3・mol-1・s-1) (60)
のように式(51・2)は証明される。
拡散律速の速度定数は溶液反応の速度定数の上限と考えられる。式(60)において
DA = DB = 1.0 x 10-9 m2・s-1 、 rA = rB = 0.30 nm とすると、
kD = 4・3.14・6.02 x 1023・2.0 x 10-9 ・0.60 x 10-9 ・103
= 9.1 x 109 (dm3・mol-1・s-1)
拡散律速の速度定数は活性化エネルギーのほとんどない場合に相当する。今得られた速度定数と
(44)式で見積もった気相反応の速度定数 3.4 x1011 dm3・mol-1・s-1( Ea=0 kJ・mol-1 として)の約 1/40
20
である。
拡散係数 D が知られてない場合、ストークス・アインシュタイン(Stokes・Einstein)の式
D Tr
=k
6π η (溶質分子の半径 r (m)、溶媒の粘度η (kg・m-1・s-1)) (61)
より D が見積もられる。これを用いると拡散律速の速度定数は、
k RTD =
80003η
( dm3・mol-1・s-1) (62)
となる。たとえば、温度 25℃の水を溶媒としたとき、T=298 K、η= 0.890 x 10-3 kg・m-1・s-1 よ
り、
k D =⋅ ⋅
⋅ ×= ×−
8000 8 31 2983 0 890 10
7 42 1039.
.. dm3・mol-1・s-1
式(6・62)から速度定数が温度と溶媒の粘度にのみ依存し、結局分子のサイズに無関係であること
がわかる。これは、大きな分子はゆくりと動くためこの点では速度を小さくするように働くが、
その分標的になりやすく衝突の回数が増えてしまい、両方の効果が打ち消しあって結局速度はさ
ほど変わらなくなることを示す。この式は単純であるが溶液反応の拡散律速の速度定数を見積も
るのに便利な式である。溶液中の 2 次反応の速度定数は多くの場合拡散律速の速度定数より小さ
くなるが、これは(48)式において kR>>k-Dの仮定が成り立たないためである。極端な場合、(48)式
において kR<<k-Dを考えると、(49)式の代わりに
[ ] [ ]
− = (63) =⋅
=−
d Adt
d Cdt
k kk
A B k K A BR D
DR e[ ][ ] [ ][ ]
が得られる。ここで、Ke= kR/k-Dは平衡定数をあらわす。この場合の速度定数の理論的取り扱いに
は後に述べる遷移状態理論を用いるのが便利である。
拡散律速より速い反応は溶液中では考えにくいわけだが、その一例として水溶液中における酸
塩基反応、
H OH H+ −+ → 2O
が知られている。この反応の速度定数は 25℃(298 K)において、1.4 x 1011 dm3・mol-1・s-1 であ
る。この反応では、H+は溶液中を拡散するのではなく、次々と隣の水分子の移っていき OH-と出
会った時反応するためこのような高速になると考えられている。
6 反応機構-なぜ速度定数を求めるか。
A → B のような 1 次過程(気相単分子反応)があるとする。たとえば、イソシアン酸メ
チル(CH3NC)がアセトニトリル(CH3CN)になる反応やシクロプロパンがプロピレンになる反
応(異性化)がこれである。 CH2
H2C CH2CH3 CH CH2
21
この反応の速度式は、
− = d A
dtk A1
のような 1 次の速度式であることは自明のことのように思われる。しかし、実験によれば、
− = のような複雑な形をとることがわかった。このことを説明するため
に、 A → B は単なる 1 次過程ではなく、以下のような素反応から成ることが 1922 年リンデマン
(Lindemann)とクリスチャンセン(Crystiansen)によってほぼ同時に提案された。この機構は 1 次過
程における衝突活性化を明確に示す例である。
+d A
dtk A
k A
2
1 '
A A A A
A B
k
k
+ → +
→
2
1
*
* (64)
まず、第 1 ステップは分子 A どうしが衝突して活性な分子 A*が形成されると同時に活性分子A*
の一部は分子 A との衝突によってエネルギーを失うこともありうる(速度 v = k-2 [A][ A*])。した
がって、この過程は可逆反応でありある程度時間を経過すると平衡状態となると予想される。こ
うして生成した活性分子 A*は第 2 ステップにおいて 1 次過程で(単分子的に) B を生成すると
考える。このような素反応(elementary reaction)の組み合わせを反応機構(reaction mechanism)といい、
実験事実を最もよく説明する形で導入されるが多少試行錯誤を伴う場合もある。式(64)の各物質
の生成消滅に関して速度式を立てる。まず A について、
− = (65) − −
d Adt
k A k A A22
2 *
これは、 出発物質 A は速度定数の k2 の A どうしの 2 次過程で消えると同時に速度定数
k-2 で A と A*の 2 次過程で回復することを示す。つぎに中間体 A*については、
d A
dtk A k A A k A
**= − −−2
22 1 * (66)
すなわち、 A*は A と A の 2 次過程で生成し(第 1 項)、 A と A*の 2 次過程(第 2 項)と A*
の 1 次過程(第 3 項)で消滅することを示す。さらに生成物 B について、
d B
dtk A= 1 * (67)
であり、 B は A*の 1 次過程で生成する。式(65) − (67)を連立方程式として解くことにより、目的
の速度式が得られるはずであるがこのままでは解けない。
定常状態近似(steady-state approximation)
式(65) − (67)を解くために、ある仮定をおく。中間体 A*は(64)の第1段階の反応で生成し、
その逆反応および第2段階の反応により消滅する。そこで反応がある程度進行した段階で A*は
生成速度と消滅速度がだいたい等しくなり定常濃度に到達すると考える。すなわち d[A*]/dt=0 と
するのが定常状態近似である。本当かなと思うかもしれないがだいたいにおいて正しいようであ
22
る。定常状態近似により数多くの素反応からなる複雑な反応機構の場合でもたやすく解けるメリ
ットがある。解くことによってその反応の実像の見通しがきくようになる。厳密さにこだわって
いて解けないのではしかたがない。
そこで、(66)式に d[A*]/dt=0 を使うと、
k A より
Ak A
k A k*
*
*=
+−
2
2 1
(68)
k A A k A22
2 1 0− − =− * *
これより
− = (69) =+ −
d Adt
d Bdt
k k Ak k A
1 22
1 2
この式は(64)の反応機構の場合、A → B のような極めて簡単そうな反応ですら基本的には 1 次反
応でも 2 次反応でもない複雑な速度式となることを示す。もう 1 つ興味深いことは、この式があ
る条件下で 1 次反応にも 2 次反応にもなりうることである。たとえば、 k-2 [A]≫ k1 すなわち A
が著しく高濃度のとき、
− = =−
d Adt
d Bdt
k k Ak
1 2
2
なり、1 次反応となるが、 k-2 [A]≪ k1 すなわち A が著しく低濃度のときには、
− = =d A
dtd B
dtk A2
2
のように近似的に 2 次反応で記述できる。低濃度で 2 次反応のようになり、高濃度で 1 次反応の
ようになる挙動は実験的にも確かめられている。
素反応の組み合わせからなる速度式を定常状態近似を使って求めるもうひとつの例として、
気相におけるオゾン(O3)の分解 2O3 → 3O2 を取り上げる。オゾンは成層圏に帯状に存在し人
体に有害な短波長の紫外線を吸収することでも知られる。反応式から単純に考えると速度式は
− = d O
dtk O3
2 32
のように思われるが実験によれば速度式は単純な 2 次とはならない。そこで、実験結果を説明す
るために、
O O
O O O
k
k3 2
3 2
1
2 2
O → +
+ → (70)
の 2 段階で進む反応機構が考えられた。その結果、速度式として、
− = (71) +−
d Odt
k k Ok O k O
3 1 2 32
1 2 2 3
2
が最終的に得られた。この式は実験結果をよく説明することが知られている(この式に至るプロ
セスを演習 10 でぜひ自分で確かめていただきたい)。
23
速度定数を求めるためにはその前提となる速度式が必要である。そして、速度式をたてるた
めにはその反応式を素反応に至るまで正しく記述できている必要がある(正しいかどうかは実験
結果を矛盾なく説明できるかどうかで決まる)。つまり、速度定数の決定は正しい反応機構があ
って初めて実現可能であるから、速度定数を求める努力は実は反応機構を解明することにつなが
り、これは化学を研究する目的のひとつのといえる。速度定数を求める研究-速度論(kemical
kinetics)は1次か2次かという問題に始まり数多くの素反応からなる過程の反応機構を解き明かす
ことに至る。単に反応の化学量論的関係だけわかっても反応機構にはつながらないことが多い。
熱力学的パラメータが得られてもそれは実際の速度については語らない。したがって、速度論は
反応がどのようにおこっているかを解明するのに必須である。
7 分配関数を用いない遷移状態理論 - 平衡を
基にして速度定数を導く。
衝突理論では分子どうしの衝突頻度に基づ
いて速度式及び速度定数を導き、アレニウスの式
を説明することができた。これに対して、まった
く別の立場から速度定数を導く遷移状態理論
(transition-state theory)が知られる。このアプローチ
では、反応を反応系 A および B と遷移状態
(transition state) (AB)‡ のあいだの平衡として扱う。
すなわち、 図 7 反応座標のプロフィール (72) 1( )K kA B AB P→+ →←
‡‡
のようになる。反応が起る場合、活性化エネルギーに相当するエネルギー障壁を越える必要があ
ることはすでに述べた(図 7 参照)。
遷移状態とはこのエネルギー障壁を越えるのに必要なエネルギーをもった状態であり、活性錯体
(activated complex)とも呼ばれる。活性錯体 (AB)‡ は振動の自由度の 1 つが反応座標にそった並進
の自由度に等しい以外は通常の分子とみなされる。反応系と活性錯体の平衡条件より、
[ ][ ]( )AB
KA B
=‡
‡ 又は [(AB)‡]=K‡[A][B] (73)
生成物 P のできる速度を v とすると、
[ ] [ ][ ]1 1( )
d PAB k K A
dt = = =
‡ ‡v k (74)
図 7 反応座標のプロフィール B
ここで、k Th1 =
k で近似される。これは、活性錯体の振動の自由度の 1 つが古典的な振動とみ
なされる時、hν = k T とおけることから、ν = kTh
により振動の周波数があたえられ、このνと k1
24
を等しいとしたとき得られる。したがって、速度定数 k は
[ ][ ]( )k kABT T
h A B h
= =‡
‡k (75) K
平衡定数 K‡は、活性錯体生成の自由エネルギー変化(活性化自由エネルギー変化)を ∆G‡ とす
ると、RTln K‡=-∆G‡ または
GRTK e∆
−=
‡
‡ (76)
の関係がある。この平衡定数と自由エネルギーの関係はすでに熱力学で習ったはずである。
よって、
k G
RTT eh
∆−
=‡
k (77)
であり、速度は、自由エネルギー変化 ∆G‡ に依存することになる。また、やはり熱力学的関係
式より、∆G‡ =∆H‡ − T∆S‡ であるから、
k S H
R RTT eh
∆ ∆−
=‡ ‡
k e (78)
∆H‡ 、∆S‡ はそれぞれ活性化エンタルピー、活性化エントロピーと呼ばれる。遷移状態理論に基
づく速度定数(78)式とアレニウスの式(6・29)との対応をみると、
k S
RTA eh
∆
=‡
(79・1)
Ea =∆H‡ (79・2)
となる。
遷移状態理論の衝突理論に対する利点として、
(a) 2 次反応の立体因子を定量的に取り扱う方法を与えていること(すなわち、立体因子は活性化
エントロピー ∆S‡ と関係づけられる)、
(b) 2 次過程にかぎらず 1 次過程にも適用可能であること(衝突理論は 1 次過程を説明しない)、
(c) 衝突数が気相のように厳密に扱えない溶液反応にも適用可能である、
などが挙げられる。活性化エントロピーは理論的には反応系と遷移状態の振動の周波数、結合距
離等から計算することが可能とされる。しかし、遷移状態に関するこれらの情報は正確には知る
ことができないので、計算値はしばしば荒い近似にならざるを得ない。そこで、少し単純な例を
みてみる。次のような 1 次反応の場合、
B → B‡ →C + D
反応物 B と活性錯体 B‡ は構造が非常に近いと考え、∆S‡ ≈0 と近似する。その場合、室温にお
いて、
A Th
e≈ =× ⋅
×= × ≈
−
−
k JK 298KJs
s s-1
-1 -1023
3412 131 38 10
6 63 106 20 10 10.
..
25
1 次反応の A 因子は多くの場合この程度の値となることが知れている。これに対し、たとえば付
加反応のような 2 次反応の場合、
B + C → (BC)‡ → D
活性錯体 (BC)‡ のエントロピーは最終生成物 D に近いと考えて、
∆S‡ = SBC‡ − (SB+SC) = SD− (SB+SC) = ∆S
ここで∆S は反応のエントロピー変化である。∆S‡ =∆S という近似のもとで A 因子は、
A Th
eS
R=k ∆
により計算可能である。
古典的衝突理論は分子を単なる物体(質量をもつ球体)としてしか見ない。しかしながら、
速度定数がなぜ大きくなったり小さくなったりするかは分子そのものの化学的性質または分子
同士の反応の性質に踏み込まない限り完全には解明されない。遷移状態理論は分子の内面にせま
るものを持っており、分子の性質に基づいた速度定数の議論が可能である。そのような一例を以
下に述べる。
自由エネルギーの直線関係およびマーカス理論
反応速度は活性化自由エネルギー変化 ∆G‡ の大きさによって決定されるが(式(77))、
反応系と生成系との自由エネルギー差 ∆G の大きさが ∆G‡ の大きさを左右する重要な因子と
なる。図 8 に示すように通常、生成系の安定性が増加するにつれて活性化エネルギーが減少する
ことが多い。この関係は、自由エネルギーの直線関係として知られている。図 8 において、∆(∆G‡)
= ∆G‡2 − ∆G‡
1 ∆(∆G) = ∆G2 − ∆G1 とおくと、
∆(∆G‡) = β∆(∆G) (80)
log (81) logkk
KK
1
2
1
2
= β
のような比例関係が成り立つ。ここで、比例定数 0<β<1 であり、 k および K は、速度定数お
よび平衡定数を意味する。この関係を用いると、遷移状態の情報(この場合 ∆G‡)についてある程
度目安がつき、速度定数を計算する道が開ける。
その一例として、マーカス(Marcus)の電子移動反応速度の理論がある。電子移動(electron
transfer)とは、たとえば、電子供与体 D から電子受容体 A に電子移動がおこる反応過程のことで
あり、化学のみならず生物系(例として、酵素反応や光合成)において重要な役割を果たしてい
る。すなわち、
A + D → AD → A+D− → A+ + D− (82)
であらわされる。反応種 A と D は、それぞれの電子軌道が空間的に広がっており、その軌道の相
互作用の大きさが電子移動反応の速度と重要な関連をもつ。
26
A + D → A+ + D− (83)
の速度定数 k12 は、
k ZeGRT
12
12
=−∆ *
(84)
ここで、Z は溶液中の中性分子の衝突数で、Z=1011 dm3・mol-1・s-1、∆G*12 は活性化自由エネルギ
ー変化である。細かい点は省略するが、∆G*12 の値は自由エネルギーの直線関係から類推される
ように∆G12 等の値から見積もることができる。結論として、反応式(84)の速度定数 k12 はマー
カス理論から計算だけで得ることができる。これまでに、多くの系で計算値と実験値のよい一致
がみられており、マーカス理論の有用性が実証されている。
(注1 励起一重項状態
分子が光を吸収してできる励起電子状態の一つであり、正味の電子スピンを持たない状態。通常
は蛍光を発するか内部転換と呼ばれる無輻射過程によって基底電子状態に戻る。
(注2 エキシトン(励起子)
結晶中の分子に属する電子が励起されている状態では、電子のぬけた穴、すなわち正孔の正電荷
と励起された電子とが引き合っている。しかもこのような正負の対は結晶中で自由に動きまわる。
この動きまわる励起状態が励起子である。
(注3 フィックの第1法則
x 軸上にある平面を横切る分子 A(濃度 C)の拡散の流束 J は拡散係数を D として
J D Cx
= −∂∂
で表わされる。ただし、 ∂∂Cx
は濃度勾配を表わす。
(注4 バルク濃度
局所濃度に対する概念であり全体の平均的な濃度のこと、すなわち、[物質量]/[体積]で表わ
される濃度を指す。濃度は平均的概念であり溶液などでは局所的、時間的に濃淡を生じる。
27
【演習問題】
問1 1 次反応において反応が 99%完了するのにかかる時間は半減期の何倍か。
(解)(7)式および(9)式より、
[ ][ ]
ln .
/
AA t
t0 1 2
0 693= −
ここで、[ ][ ]AA 0
0 01= . であるから、
ln( より . ) .
/
0 01 0 693
1 2
= −t
t 4 61 0 693
1 2
. .
/
=t
t
t t すなわち、半減期の 6.65 倍である。 t= ⋅ = ⋅1 2 1 24 610 693
6 65/.
.. /
O
問 2 2 次反応 の速度定数が 1.4 x 10H OH H+ −+ → 211 dm3・mol-1・s-1(25℃)である
時、次の 2 つの条件下で半減期を求めよ。
(a) [H+]=[OH-]=1.0 x 10−1 M
(b) [H+]=[OH-]=1.0 x 10−4 M
(解)(14)式より 2 次反応においては tk A1 2
2 0
1/ = ( s )
(a) [A]0= 1.0 x 10−1 より、
t ( s ) 1 2 11 1111
14 10 10 1071 10/ . .
.=× ⋅ ×
= ×−−
(b) [A]0= 1.0 x 10−4 より、
t ( s ) 1 2 11 481
14 10 10 1071 10/ . .
.=× ⋅ ×
= ×−−
この例から、速度定数がこのくらいの大きさだと非常に速い反応だということ、2 次反応では初
濃度が大きいほど速くなる(半減期が小さくなる)ことを実感していただきたい。
問 3 可逆 1 次反応 において(23) 式および(24)式が成り立つことを示せ。1
1
k
kA
−B
(解)(20)式より、
[ ]AA
kk k
kk k
e k k t
[ ]( )
0
1
1 1
1
1 1
1 1=+
++
−
− −
− + −
28
ここで、(21)式より、k
k k K−
−+=
+1
1 1
11
また、k
k kk
k kkk K
K KK
1
1 1
1
1 1
1
1
11 1+
=+
=+
=+−
−
− −
であるから、(23)式が導かれる。
また、(21)式より [ ][ ]
AA
K0 1∞
= + を(23)式の両辺に掛けることによって(24)式を得る。
問 4 平行反応の速度式(25)を解いて(26)式を導け。
(解)1 次速度式の解を思い出して、
[ ] [ ]d Adt
k k A= − +( )1 2 より、
A A e k k t= − +0
1 2( )
これを d B
dtk A= 1 に代入すると、
[ ] [ ]d Bdt
k A e k k t= − +1 0
1 2( ) これを積分すると、
[ ] [ ]B
k Ak k
e k k t t=+
− − +1 0
1 20
1 2
( )[ ]( )
=[ ]k A
k ke k k t1 0
1 2
1 1 2
( )( )( )
+− − +
[C]についても[B]と全く同様に導くことができる。
問 5 d kdT
ERT
aln= 2 より 速度定数 k は k A e
ERT
a
= ⋅−
(29) で表わされることを導
け。
(解)d k
dTE
RTaln
= 2 を T に関して積分すると、
ln k ER T
Ca= − + (C:定数) であるから、
k e eCERT
a
= ⋅−
ここで、 e AC = とおくことにより、
k A eERT
a
= ⋅−
が導かれる。
29
問 6 ある 2 次反応の活性化エネルギーが 41.9 kJ・mol-1 である時、40℃における速度定数は 20℃
のときの何倍かを計算してみよ。
(解)20℃(293 K)および 40℃(313 K)での速度定数を k 1、k 2 とすると、
(30)式より、
ln.
lnk A14 1 9 0 0
8 3 1 2 9 3= −
⋅+ (1)
ln.
lnk A24 1 9 0 0
8 3 1 3 1 3= −
⋅+ (2)
(1)−(2)より、
ln.
kk
1
2
4 1 9 0 08 3 1
12 9 3
13 1 3
= − −
= −1.10
1 .1 01
2
k ek
−= =0.333 より、 k2 = 3.00k1 となり、3.00 倍である。
問 7 (39)式を導出せよ。
(解)(38)式の変数の置き換えをおこなう。すなわち、
e e emu
T T− − ⋅ −
→ =2
2 22
k kT k
µ εµ
ε
33 3 322 2 232
32
1322
2 14 4 42 k 2 k 2 k
1 8 12 2
2 1
m du du u dT T u T
dkT
dkT
µ ε ε µ 2π π ππ π µ µ π
π ε επ π µ
ε επµ
⋅ → ⋅ ⋅ =
=
=
ε εµ
よって、(38)式より(39)式が導かれる。
問 8 (42)式を導出せよ。
(解)(40)式より速度定数は、
kT
e dABT=
∞ −
∫1 2
12
32
0πµσ ε
ε
kk ε
30
ここで、積分 σ ε εε
ABTe d
0
∞ −
∫ k すなわち、 σ εεεε ε
ε
ABTe d1 0
0−
⋅
∞ −
∫ k を実行する。
( )
σ εεεε ε σ εε ε ε ε ε
σ ε ε
ε ε
ε
ε
ε
ε
ABT
ABT T
ABT T
e d e d e d
T e T e
1
1
0
0 00
0
20
0 0
−
⋅ = −
= − −
−
∞ − ∞ − −∞
−∞
−∞
∫ ∫k k
k kkkT
k
ε
∫ k
ここで、 εε εε
0
∞ −e dTk∫ は積分公式 xe dx e
aaxax
ax
∫ = 2 1( − ) を用いるか、部分積分により求めた。
つづいて、
lim ( )ε
εε→∞
−− +
k
kkT
Te T2 1 を求める必要があるが、ロピタルの定理より
lim lim limε
ε
ε ε ε εε ε
ε→∞
−
→∞ →∞⋅
=
=
⋅=e
e e
T
T T
k
k k
1 0 を利用する。結局、
0 0
1 132 22 20 k k k
0
1 2 1 81 (k ) 8T T TAB AB AB AB
kTe d T e kT e ekT
0kT
ε ε εεεσ ε ε σ σ σε ε πµ πµ πµ∞ − − − − ⋅ = = =
∫
−
より、(42)式に至る。めんどうだが、数学的に妥協の余地がないのが物理化学のよさでもある。
問 9 ストークス・アインシュタインの式
D Tr
=k
6π η (61) を用いて、温度 T(K)において粘度η (kg・m-1・s-1)の溶媒中で半径 r (m)
の球形溶質分子(同一種)どうしが拡散律速で反応する場合の速度定数が
k RTD =
80003η
(dm3・mol-1・s-1) (62)で表わされ、分子半径に依存しないことを証
明せよ。
(解)分子の相互拡散係数(DM)は、
D Tr r
TrM = +
=
k k6
1 13πη πη
拡散律速の速度定数、kDは、
31
kD = 4π・DM・2r・103L
= 4π・kT
r3πη・2r・103L
= 8000RT
3η (dm3・mol-1・s-1)
問 10 気相におけるオゾン(O3)の分解 2O3 → 3O2 の速度
[ ]v
d Odt
k k Ok O k O
= − =+−
3 1 2 32
1 2 2 3
2 [ ][ ] [ ]
(71) を導け。
(解)(6・70)式より、[O3]、[O]の時間変化を表わす微分方程式は、
− = − +−
d Odt
k O k O O k O O[ ]
[ ] [ ][ ] [ ][ ]31 3 1 2 2 3
d O
dtk O k O O k O O[ ] [ ] [ ][ ] [ ][ ]= − −−1 3 1 2 2 3
[O]は一定時間経過後、定常濃度になると仮定すると(定常状態近似を思い出そう)、d O
dt[ ]
= 0 よ
り、
[ ] を用いて、 [ ]
[ ] [O
k Ok O k O
=+−
1 3
1 2 2 3 ]
− = −+
++
−
− −
d Odt
k Ok k O O
k O k Ok k O
k O k O[ ]
[ ][ ][ ]
[ ] [ ][ ]
[ ] [3
1 31 1 2 3
1 2 2 3
1 2 32
1 2 2 3 ]
=+−
2 1 2 32
1 2 2 3
k k Ok O k O
[ ][ ] [ ]
問 11 ミハエリス(Michaelis)とメンテン(Menten)は 1913 年、酵素(enzyme)による触媒反応
(catalytic reaction) が、酵素分子(E)と基質(S)との間で酵素-基質複合体(ES)を形成すると仮
定して速度式を導いた。すなわち、生成物を P として次のような反応機構を考えた。
E S ESk+ →1
ES E Pk2 → +
ここで、酵素の初濃度を [E]0 とすると、生成物 P の生成速度 [ ]v
d Pdt
= は、
[ ]
v のような形で表わされること、および v は [S] が小さいときは [S]に比
例し、[S]が非常に大きいときは一定値に近づくことを示せ。
k E SK S
=+
2 0[ ][ ]
(解)ES の濃度の時間変化 d ES
dt[ ]
は、
32
d ES
dtk E S k ES k ES[ ] [ ][ ] [ ] [= − −−1 1 2 ]
[ES]に定常状態近似を適用すると、d ES
dt[ ]
= 0 より、
[ ] [ ][ESk
k kE S=
+−
1
1 2
] が得られる。
酵素 E は単独で存在するか、酵素-基質複合体 ES の形で存在するから、
[E]0 = [E] + [ES] が常に成り立つ。そこで、これより[E] = [E]0 − [ES]を
上の[ES]の式に代入して[E]を消去すると、
[ ] [ ] [ ]
( )ES
k E Sk k k S
=+ +−
1 0
1 2 1[ ]
したがって、
2 1 0 2 02
1 21 2 1
1
[ ] [ ] [ ] [ ][ ] [ ]( ) [ ] [ ]
k k E S k E Sd P ES k kdt k k k S Sk
−−
= = = =++ + +
v k
k kk
K− +=1 2
1
とおくと、
v が得られる。よって、問題の初めの部分は示すことができた。 k E S
K S=
+2 0[ ] [ ]
[ ]
ここで、[S]<< K の場合、 vk E
KS= 2 0[ ]
[ ] となり、v は[S]に比例する。
また、[S]>> K の場合、 v k となって、v は一定値となる。 E= 2[ ]0
4
6
]
このような v の基質濃度依存性は実験事実をよく説明することが知られ、酵素反応速度論におい
て、ミハエリス・メンテンの名を不朽のものとしている。
問 12 アセトアルデヒド(CH3CHO)の熱分解は次のような連鎖反応(chain reaction)と呼ばれる
次の機構にしたがって進行すると言われている。
1. 連鎖の開始: CH CHO CH CHOk3 3
1 → ⋅+ ⋅
2. 連鎖の成長: CH CHO CH CH CO CHk3 3 3
2+ ⋅ → ⋅+ +
3. 連鎖の停止: CH CH C Hk3 3 2
3⋅ + ⋅ →
2 段目の反応によってメチルラジカル(CH3・)が再びつくられるため、反応が次々とおこるため
この名がつけられた。このとき、速度式が [v k CH CHO= 3
32 となることを示せ。
(解)[CH3・]の時間変化、 d CH
dtk CH CHO k CH
[ ][ ] [3
1 3 3 32⋅
= − ]⋅ に対して定常状態近似、d CH
dt[ ]3 0
⋅= を適用すると、
[ ] [CHkk
CH CHO31
3
12
3
12⋅ =
]
33
よって、メタン(CH4)の生成速度は vd CH
dtk CH CHO CH= =
[ ][ ][4
2 3 3 ⋅]
=
k
kk
CH CHO11
3
12
3
32[ ]
ここで、 k kkk
=
1
1
3
12 とおけば、 v k CH CHO= [ 3
32] で表わされる。
問 13 遷移状態理論によれば、溶液中における 2 次反応の速度定数は、
k S H
R RTT e eh
∆ ∆−
=‡ ‡
k e で表わされる。
この式は、(78)式とわずかに異なるが、その理由は厳密には(79・2)式において
Ea =∆H‡ + RT であることによる。アレニウス式((29)式)における前指数因子 A = 2.20 x 105 dm3・
mol-1・s-1、活性化エネルギー Ea = 54.7 kJ・mol-1 であるとき、25℃における∆G‡、∆S‡、∆H‡ の値を
求めよ。
(解)k S
RTA e eh
∆
=‡
Ea =∆H‡ + RT
より、
23
5 8.3134
1.38 10 29810 2.726.63 10
S
e2.20∆−
−
× ⋅× = ⋅
×
‡
54700 8.31 298H= ∆ + ⋅‡
これより、 ∆S‡ = -150.9 J・mol−1・K−1
∆H‡ = 52.2 kJ・mol−1
∆G‡ =∆H‡ − T∆S‡ より、∆G‡ = 97.2 kJ・mol−1
34