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8 総括執筆責任者: Ulisses Confalonieri (Brazil), Bettina Menne (WHO Regional Office for Europe/Germany) 執筆責任者: Rais Akhtar (India), Kristie L. Ebi (USA), Maria Hauengue (Mozambique), R. Sari Kovats (UK), Boris Revich (Russia), Alistair Woodward (New Zealand) 執筆協力者: Tarakegn Abeku (Ethiopia), Mozaharul Alam (Bangladesh), Paul Beggs (Australia), Bernard Clot (Switzerland), Chris Furgal (Canada), Simon Hales (New Zealand), Guy Hutton (UK), Sirajul Islam (Bangladesh), Tord Kjellstrom (New Zealand/Sweden), Nancy Lewis (USA), Anil Markandya (UK), Glenn McGregor (New Zealand), Kirk R. Smith (USA), Christina Tirado (Spain), Madeleine Thomson (UK), Tanja Wolf (WHO Regional Office for Europe/Germany) 査読編集者: Susanna Curto (Argentina), Anthony McMichael (Australia) 本章の<原文>引用時の表記方法: Confalonieri, U., B. Menne, R. Akhtar, K.L. Ebi, M. Hauengue, R.S. Kovats, B. Revich and A. Woodward, 2007: Human health. Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Fourth Assessment Report of theIntergovernmental Panel on Climate Change, M.L. Parry, O.F. Canziani, J.P. Palutikof, P.J. van der Linden and C.E. Hanson, Eds., Cambridge University Press, Cambridge, UK, 391- 431. 本章の翻訳引用時の表記方法: 小野雅司、長谷川安代 訳、2009:“気候変動 2007:影響、適応と脆弱性”、気候変動に関する政府間 パネルの第 4 次評価報告書に対する第 2 作業部会の報告、第 8 章 人の健康、 (独)国立環境研究所(http:// www-cger.nies.go.jp/index-j.html人の健康

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Page 1: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

第 8章

総括執筆責任者:Ulisses Confalonieri (Brazil), Bettina Menne (WHO Regional Office for Europe/Germany)

執筆責任者:Rais Akhtar (India), Kristie L. Ebi (USA), Maria Hauengue (Mozambique), R. Sari Kovats (UK), Boris Revich (Russia), Alistair Woodward (New Zealand)

執筆協力者:Tarakegn Abeku (Ethiopia), Mozaharul Alam (Bangladesh), Paul Beggs (Australia), Bernard Clot (Switzerland), Chris Furgal (Canada), Simon Hales (New Zealand), Guy Hutton (UK), Sirajul Islam (Bangladesh), Tord Kjellstrom (New Zealand/Sweden), Nancy Lewis (USA), Anil Markandya (UK), Glenn McGregor (New Zealand), Kirk R. Smith (USA), Christina Tirado (Spain), Madeleine Thomson (UK), Tanja Wolf (WHO Regional Office for Europe/Germany)

査読編集者:Susanna Curto (Argentina), Anthony McMichael (Australia)

本章の<原文>引用時の表記方法:Confalonieri, U., B. Menne, R. Akhtar, K.L. Ebi, M. Hauengue, R.S. Kovats, B. Revich and A. Woodward, 2007: Human health. Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Fourth Assessment Report of theIntergovernmental Panel on Climate Change, M.L. Parry, O.F. Canziani, J.P. Palutikof, P.J. van der Linden and C.E. Hanson, Eds., Cambridge University Press, Cambridge, UK, 391-431.

本章の翻訳引用時の表記方法:

小野雅司、長谷川安代 訳、2009:“気候変動 2007:影響、適応と脆弱性”、気候変動に関する政府間パネルの第4次評価報告書に対する第2作業部会の報告、第8章 人の健康、(独)国立環境研究所(http://www-cger.nies.go.jp/index-j.html)

人の健康

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概要 ........................................................................347

8.1  はじめに.......................................................3478.1.1 世界の健康の現状 .................................3478.1.2 第 3次評価報告書による結論 .............3488.1.3 第 3次評価報告書以後の主要な進展 ..3488.1.4 使用される手法と知識の空白 .............349

8.2 現在の感度と脆弱性....................................3498.2.1 暑熱と寒気が健康に及ぼす影響 .........3498.2.2 風、暴風雨、洪水 .................................3508.2.3 干ばつ、栄養、食料安全保障 .............3528.2.4 食品安全性 .............................................3528.2.5 水と病気 .................................................3538.2.6 大気の質と病気 .....................................3548.2.7 空気中のアレルゲンと病気 ....................3558.2.8 動物媒介性感染症、げっ歯類媒介性感染症、 およびその他の感染症 ..........................3568.2.9 労働衛生 .................................................3588.2.10 紫外線と健康 .........................................358

8.3 将来トレンドに関する想定........................3598.3.1 シナリオにおける健康 .........................359

目次8.3.2 気候変動に対する将来の脆弱性 .........359

8.4  主要な将来の影響と脆弱性.......................3608.4.1 気候変動に関連した健康影響の予測 ...3608.4.2 脆弱な人々と地域 .................................363

8.5 コスト............................................................366

8.6 適応:実践、オプション、制約................3668.6.1 さまざまなスケールでのアプローチ .......367 8.6.2 スケール横断的対応の統合 .................3688.6.3 適応の限界 .............................................3688.6.4 適応戦略、政策、対策が健康に及ぼす影響 ...369

8.7 結論:持続可能な開発への含意................3698.7.1 健康と気候保護:クリーンエネルギー ....370

8.8 主要な不確実性と優先的研究課題............370

【図、表、Box】 ......................................................372

【第 8章 訳注】.....................................................383

人の健康第 8 章

訳 :長谷川安代((独)国立環境研究所 地球環境研究センター)監訳:小野雅司((独)国立環境研究所 環境健康研究領域)

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概要

気候変動は現在、地球規模の疾病と早死の負担に寄与している。(確信度が非常に高い)人類は気象パターンの変化(気温、降水、海面上昇、およびより頻繁な極端現象)をとおして、また間接的には、水・大気・食料の質の変化、生態系、農業、産業、居住や経済の変化をとおして気候変動にさらされている。この初期の段階では影響は小さいが、すべての国と地域でしだいに増大すると予測される[8.4.1]。

人間の健康に対する気候変動の影響に関する新たな証拠は、気候変動が以下の状況をもたらしたことを示している。・ いくつかの感染症媒介動物の分布の変化(確信度が中程度)[8.2.8]

・ アレルギーの原因となるいくつかの花粉種の季節的分布の変化(確信度が高い)[8.2.7]

・ 熱波に関連した死亡の増加(確信度が中程度)[8.2.1]

人間の健康にとって重要な気候変動に関連する曝露の予測されるトレンドは以下のとおりである。・ 子どもの成長と発育に関係するものを含む、栄養不良およびその結果として生じる疾患の増加(確信度が高い)[8.2.3, 8.4.1]

・ 熱波、洪水、暴風雨、火災、干ばつによる死亡、疾病、傷害を被る人数の増加(確信度が高い)[8.2.2,

8.4.1]・ いくつかの感染症媒介動物の分布域の継続的な変化(確信度が高い)[8.2, 8.4]・ マラリアに関するさまざまな影響。地理的流行範囲が減少するであろうところもあれば、地理的流行範囲が拡大する、あるいは流行期間が変化するかもしれないところもある(確信度が非常に高い)[8.4.1.2]

・ 下痢性疾患による負担の増加(確信度が中程度)[8.2,

8.4]・ 地表面オゾンによる心臓・呼吸器系疾患の罹患および死亡の増加(確信度が高い) [8.2.6, 8.4.1.4]

・ デング熱のリスクにさらされる人数の増加(確信度が低い)[8.2.8, 8.4.1]

・ 寒冷曝露による死亡の減少など、いくつかの便益をもたらす。しかしながら、世界全体の、特に開発途上国における、気温上昇による悪影響が、これらを上回るであろうと予想される。

あらゆる場所で適応能力が改善される必要がある。近年のハリケーンや熱波の影響は、所得の高い国々でさえも極端な気象現象への対処の備えが十分ではないことを示している(確信度が高い)[8.2.1, 8.2.2]。

健康への悪影響は低所得国で最大になるであろう。すべての国において、より高いリスクにさらされる人々には、都市の貧困者、高齢者と子ども、伝統的社会、自給農家、沿岸域の住民が含まれる(確信度が高い)

[8.1.1, 8.4.2, 8.6.1.3, 8.7]。

経済開発は適応の重要な構成要素であるが、それ自体は世界の人々を気候変動による疾病や傷害から遮断することはできないだろう(確信度が非常に高い)。経済成長がどのように起きるかということ、経済成長がもたらす便益の分配、そして、教育・保健医療・公共医療施設などの、人々の健康を直接的に形作る諸要因がきわめて重要になるであろう[8.3.2]。

8.1 はじめに

 本章では、気候変動が健康に及ぼす既に観測された影響と今後予測される影響、現在および将来のリスクにさらされる人々、さらには影響軽減のためにこれまで取られてきたあるいは今後とられうる戦略、政策および対策に関して説明する。本章では第 3次評価報告書(TAR)(McMichael et al., 2001)以降に発表された知見を再検討する。公表された研究では引き続き高所得国での影響に焦点が当てられ、中・低所得国のより脆弱な人々に関する情報は依然として相当に欠如している。

8.1.1 世界の健康の現状

 健康には、肉体的、社会的、精神的な福利が含まれる。人々の健康は持続可能な開発の最も重要な目標である。人類は、変化する気象パターン(例えば極端現象の強度と頻度の増大)をとおして、そして間接的には水、大気、食料の質と量、生態系、農業、生活、インフラの変化をとおして気候変動にさらされている(図8.1)。このような直接的および間接的な曝露は死亡や障害、苦痛を引き起こしうる。不健康は脆弱性を増大し、個人と集団の気候変動への適応能力を減退させる。疾病・衰弱率の高い集団は、気候変動に関連するストレスを含むあらゆる種類のストレスに対してあまりう

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まく対処できない。 人々の健康はこの 50年間で多くの点において著しく改善してきている。例えば、平均寿命は 1950年代以降世界中で延びている(WHO, 2003b, 2004b)。しかし、すべての場所で改善が明らかなわけではなく、同一国内においても、また各国間においても健康の相当な格差が依然として存在している(Casas-Zamora

and Ibrahim, 2004; McMichael et al., 2004; Marmot, 2005;

People’ s Health Movement et al., 2005)。アフリカの一部では、主に HIV/AIDSによる影響のため、この 20年で平均寿命が短くなってきた。20%を超える成人が感染している国もある(UNDP, 2005)。地球規模では、1970年から 2002年に子どもの死亡率は出生 1,000人当たり 147人から 80人に減少した(WHO, 2002b)。この減少が最も大きかったのは、世界保健機関(WHO)地域区分でいうところの地中海東部、東南アジア、ラテンアメリカの国々である。16か国(このうち 14か国はアフリカの国々)では、現在の 5歳未満児の死亡率は1990年に観測された率より高くなっている(Anand

and Barnighausen, 2004)。これらの国々においては、5

歳未満児の死亡率を 2015年までに 3分の 2削減するというミレニアム開発目標(MDGs)が達成される可能性が低い。 (すべての年齢において、)心疾患、糖尿病、脳卒中、癌などの非伝染性疾患が全世界の疾病負担のほぼ半分を占めており、この負担は中・低所得国で最も急速に増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑制を改善させた多くの措置にもかかわらず、伝染性疾患は依然として世界の多くの地域で人々の健康にとって深刻な脅威である(WHO, 2003a)。年間ほぼ 200万人-ほとんどが幼児-が、下痢性疾患や不衛生な水と基本的衛生設備の欠如に起因するその他の健康状況が原因で死亡している(Ezzati et al., 2003)。マラリアもまた地理的分布範囲が気候変動の影響を受けるかもしれないありふれた疾病であるが、現在この病気で年間約 100万人の子どもが死亡している(WHO, 2003b)。1998から 2000年にかけて、世界中で 8億 4,000万人が栄養不良であった(FAO, 2002)。飢餓克服の進展状況は非常にばらつきが大きい。現在の傾向に基づくと、2015年までに飢餓に苦しむ人々を半減させるというMDGsの目標を達成するのはラテンアメリカとカリブ海諸国だけであろう(FAO, 2005; UN, 2006a)。

8.1.2 第 3次評価報告書による結論

 IPCC 第 3次評価報告書(McMichael et al., 2001)の主な結論は次のとおりであった。 ・ 熱波の頻度や強度の増大により、主に高齢者集団と都市貧困層の死亡と罹病のリスクが増大するであろう。・ 気候変動に伴う気候の極端現象(例えば、暴風雨、洪水、サイクロン、干ばつ)の地域的な増加はいかなるものであれ、死亡と負傷、人口移動、食料の生産および淡水の利用可能量と質への悪影響を引き起こし、特に低所得国で感染症リスクを増大させるであろう。

・ 状況によっては、気候変動の影響が社会の混乱、経済の衰退、人口移動を引き起こすかもしれない。このような社会経済的混乱と人口移動に伴う健康影響は相当なものである。

・ 気候変動性の変化を含む気候の変化は、動物媒介性の多くの感染症に影響を及ぼすであろう。現在疾病分布の境界域で暮らす人々が特に影響を受けるかもしれない。

・ 気候変動は世界の食料供給システムにさらなる圧力を与え、高緯度地域では収量の増加が、低緯度地域では収量の減少が予想される。そのため、世界中で食料の大幅な再分配が行われない限り、低所得国の栄養不良者の人数は増加するであろう。

・ 現在の排出レベルが続くと想定すると、多くの大都市部で大気の質が悪化するだろう。オゾンとほかの大気汚染物質(例えば、微粒子)への曝露の増加は、罹患率と死亡率を上昇させうる。

8.1.3 第 3次評価報告書以後の主要な進展

 全体として、過去 6年の研究は、TARの結論を拡大する新しい証拠を提供してきた。実証的研究によって熱波が健康に及ぼす影響の定量化が進められてきた(8.2.1節参照)。ほかの極端な気象現象が健康に及ぼす影響についての研究はほとんどない。気候変動が健康に関連した曝露に及ぼす早期影響は、大気の質と動植物の生物季節の変化との関連で調査されてきた(第 1

章と 8.2.7および 8.2.8節参照)。食品安全性と水に関連した感染症を含む幅広い健康問題に関して研究が行われてきた。全体的な疾病負担に対する気候変動の寄与度が推定されてきた(8.4.1節を参照)(McMichael,

2004)。数カ国が、多分野研究の一環として、あるい

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は独立プロジェクトとして、気候変動が健康に及ぼす影響の評価を実施してきた(表 8.1、8.3、および 8.4

参照)。これらの評価は気候変動に対する人々の脆弱性についてさらに詳しい情報を提供している(8.4.2節参照)。気候の影響が、健康アウトカム(転帰)に及ぼすその他の社会的決定因子と環境的決定因子との関連で調査された(McMichael et al., 2003a; Izmerov et al.,

2005)。将来的な健康への影響を予測する気候の健康影響モデルの開発はほとんど進んでいない。現在、気候変動は多くの国々で保健政策の懸案事項である。気候の変動性に特化したいくつかの適応策が、保健分野の範囲内、あるいはこの範囲を越えて開発、実施されてきた(8.6節参照)。気候と健康影響および適応の研究には多くの課題が残っている。その中で最も重要なのは中・低所得国の研究能力と適応能力が限られていることである。

8.1.4 使用される手法と知識の空白

 気象と気候に対する人々の健康の現在の感度を示す証拠は次の主要な 5種類の実証的研究に基づいている:・個々の極端現象(例えば、熱波、洪水、暴風雨、干ばつ、極端な寒さ)が健康に及ぼす影響。

・気候が疾病または疾病媒介動物の分布の説明変数である場合における面的(空間的)研究。

・気候の経年変動性、気温や降雨の短期的(1日、1週間)な変化、より長期的な変化が健康に及ぼす影響を、気候変動の早期影響の検出との関連で評価する経時的研究。

・疾病媒介動物、病原体、植物(アレルゲン)生物学の(実験室)実験研究と野外調査。

・人々を気候ハザードから保護する公衆衛生対策の有効性を調べる介入研究。

 気候変動による潜在的な将来の健康影響に関するこの評価は次のような状況で実施される:・人間の健康にとって重要な曝露の変化の予測は限られた地域に固有のものである。

・複数の原因による相互に作用を及ぼす複合的な健康アウトカムが考慮される。

・健康アウトカムを気候または気候変動そのものに原因特定するのは難しい。

・多くの疾病(マラリアなど)が単純な関係では容易に表しにくい重要な地方的伝染メカニズムを持つ場合、個々の環境における健康アウトカムの一般化は

困難である。・健康予測に含まれる開発シナリオが限られている。・人々の健康に関して気候に関連した閾値を特定するのは困難である。

・気候変動への人間の適応の程度、速度、抑制力、主な動因についての理解が限られている。

8.2 現在の感度と脆弱性

 実証的研究を系統的に再検討すると、健康と気象または気候要因との関係の最良の証拠が得られるが、このような形式的な再検討は稀である。本節では、図8.1であらましを示しているように、対象集団に関する気象/気候要因と健康アウトカムとの直接的な関連性または複数の経路をとおした関連性に関する知識の現状を評価する。この図は、健康が気候変動によって影響を受けうる経路のみならず、同時に存在する環境要因、社会的要因、保健医療システム要因が直接作用するあるいは修飾する影響も示している。 これまでに公表された証拠は次のことを示している:・気候変動は一部のアレルギー種の季節性(第 1章参照)と一部の疾病媒介動物の季節的活動と分布に影響を及ぼしている(8.2.8節参照)。

・気候はマラリア、デング熱、ダニ媒介性脳炎、コレラ、その他の下痢性疾患の季節的パターンや時間的分布において重要な役割を果たしている(8.2.5および 8.2.8節参照)。

・熱波と洪水は長期間続く深刻な影響を及ぼしうる。

8.2.1 暑熱と寒気が健康に及ぼす影響

 環境温度の影響は、持続的な極端な気温(定義上、熱波と寒波)の単一の発現との関連で、そして大気温度の幅に対する人々の反応として研究されてきた(生態学的時系列研究)。

8.2.1.1 熱波 暑い日中、暑い夜、および熱波の頻度が増えてきている(IPCC, 2007a)。熱波は死亡率の顕著な短期的上昇と関連している(Box 8.1)。第 3次評価報告書以降、北アメリカ(Basu and Samet, 2002)、ヨーロッパ(Koppe

et al., 2004)、東アジア(Qiu et al., 2002; Ando et al.,

2004; Choi et al., 2005; Kabuto et al., 2005)では熱波と健康についての研究が増加してきている。 熱波の間に起きる死亡の相当程度は短期的な死亡率

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の置き換え【訳注 8-1】によるものである(Hajat et al., 2005; Kysely, 2005)。いくつかの研究は、この割合が熱波の厳しさと影響を受ける人々の健康状態に左右されることを示している(Hemon and Jougla, 2004; Hajat et

al., 2005)。2003年の熱波は非常に厳しかったため、短期的な死亡率の置き換えは熱波による全死亡にほとんど影響しなかった(Le Tertre et al., 2006)。 インドでは 1980から 1998年までの間に 18回の熱波が報告された。1988年の熱波は 10州に影響を及ぼし、死者は 1,300人であった(De and Mukhopadhyay,

1998; Mohanty and Panda, 2003; De et al., 2004)。インドのオリッサでは 1998年、1999年、2000年の熱波によって、それぞれ 2,000人、91人、29人が死亡したと推定され(Mohanty and Panda, 2003)、アンドラプラデーシュでは、2003年の熱波で 3,000人以上が死亡した(Government of Andhra Pradesh, 2004)。南アジアの熱波は農村住民や高齢者、屋外労働者の高い死亡率と関連している(Chaudhury et al., 2000)(8.2.9節参照)。死亡数はおそらく報告された熱中症による死亡を参考にしており、これは熱波の全体的影響を過小評価している。

8.2.1.2 寒波 北半球では寒波は依然として問題であり、数時間の間に気温が非常に低くなり、この低温が長期にわたって継続しうる。温帯気候と寒冷気候では、社会的に恵まれない人々(アルコール依存症の患者、ホームレス)、労働者、高齢者の間で、予期しない寒冷曝露が主に戸外で発生する(Ranhoff, 2000)。極域の寒冷環境での生活は、凍傷と低体温による急性リスクだけでなく、先住民ではない人々の一連の慢性症状(Sorogin et al.,

1993)とも関連している。住民が寒冷な状況に十分適応している国々でも、電力や暖房システムが機能しなければ寒波は死亡率の大幅な上昇を引き起こしうる。寒波は東南アジアなどのもっと暖かい気候の地域でも健康に影響を及ぼす(EM-DAT, 2006)。

8.2.1.3 暑熱と寒気の影響の推定値 気温と死亡率の関係を修飾する医学的要因、社会的要因、環境要因、およびその他の要因の特定を含む(Basu and Samet, 2002; Koppe et al., 2004)、暑熱と寒気の影響を定量化する方法は急速に発達してきている(Braga et al., 2002; Curriero et al., 2002; Armstrong et al.,

2004)。ある集団における気温と死亡率との基本的関係を明らかにする場合、気候、地形、ヒートアイランド現象の規模、所得、高齢者の割合などの地方的要因

が重要である(Curriero et al., 2002; Hajat, 2006)。ヨーロッパでは高温が高齢者集団の年間死亡のほぼ 0.5~2%に寄与しているが、この<暑さによる>負担を損失余命で定量化することには大きな不確実性が残っている。 両極端な気温に対する人々の感度は 10年以上の時間スケールで変化する(Honda et al., 1998)。米国では人々の高温に対する感度が 1964から 1988年にかけて低下した徴候がある(特定の集団と期間の死亡反応の閾値によって、不正確に測られた)(Davis et al., 2002, 2003,

2004)。米国のサウスカロライナや南フィンランドでは 1970年代以降暑熱に関連した死亡率は低下してきているが、イングランドの南部ではこの傾向はあまり明確でなかった(Donaldson et al., 2003)。ヨーロッパの人々の寒気に関連した死亡率も 1950年代以降低下してきている(Kunst et al., 1991; Lerchl, 1998; Carson et

al., 2006)。寒い日中、寒い夜、霜の降りる日が少なくなってきているが、これは冬の死亡率低下のごく小さな理由に過ぎない。屋内暖房の改善、全体的健康状態の改善、冬季感染症の予防と処置の改善の方がより重要な役割を果たしてきた(Carson et al., 2006)。一般に、寒冷な気象に対する人々の感度は冬が穏やかな温帯諸国の方が大きい。というのは、人々が寒気にそれほど上手に適応していないからである(Eurowinter Group,

1997; Healy, 2003)。

8.2.2 風、暴風雨、洪水

 発生確率は低いが、洪水は大きな影響を及ぼす事象であり、物的インフラ、人間の回復力、社会的組織を押しつぶしうる。洪水は最も頻度の高い自然の気象災害である(EM-DAT, 2006)。洪水は、降雨、地表流出量、蒸発、風、海面、その土地の地形の相互作用の結果起きる。内陸地では、洪水レジームは集水域の大きさ、地形、気候によって相当に異なる。水管理の慣行、都市化、土地利用の激化、森林管理は洪水リスクを相当に変化させうる(EEA, 2005)。暴風はしばしば洪水を伴う。 この 20年に大規模な暴風雨災害と洪水災害が起きている。2003年の中国の洪水では 1億 3,000万人が被害を受けた(EM-DAT, 2006)。1999年には、ベネズエラの暴風雨とその後の洪水、地滑りで 30,000人が死亡した。2000/2001年にはモザンビークの洪水で 1,813人が死亡した(IFRC, 2002; Guha-Sapir et al., 2004)。構造的対策と非構造的対策の改善、特に警報の改善によっ

人の健康第 8 章

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てこの 30年間で洪水と高潮による死亡率が大幅に減少してきている(EEA, 2005)。しかし、気象災害が及ぼす社会と健康への影響は依然として非常に大きく、その分布は偏っている(Box 8.2参照)。洪水が健康に及ぼす影響は、死亡、傷害、感染症、毒物汚染から精神衛生上の問題まで幅広い(Greenough et al., 2001;

Ahern et al., 2005)。 死者と被害人口に関しては、南アジアとラテンアメリカでは、洪水と熱帯低気圧が最大の影響を及ぼす (Guha-Sapir et al., 2004; Schultz et al., 2005)。災害データベースに記録された死因は溺死と重度の傷害である。極端現象の後の危険な状況や不健康な状況による死亡も健康への影響であるが、このような情報が災害統計に含まれることは稀である(Combs et al., 1998;

Jonkman and Kelman, 2005)。高潮による溺死は、多数の死者を出す沿岸の暴風の主な死因である。過去 100

年の高潮を評価した結果、大規模な事象は少数の地域に限定されており、多くの事象がベンガル湾、特にバングラデシュで起きていることがわかった(Nicholls,

2003)。 十分な公衆衛生インフラを持たず、感染症の負担の高い人々の間では、洪水が起きた後、しばしば下痢性疾患の増加を経験する。中・低所得国ではコレラ(Sur

et al., 2000; Gabastou et al., 2002)、クリプトスポリジウム症(Katsumata et al., 1998)、腸チフス(Vollaard et al.,

2004)の増加が報告されている。洪水に関連した下痢性疾患の増加もまたインド(Mondal et al., 2001)、ブラジル(Heller et al., 2003)、バングラデシュ(Kunii

et al., 2002; Schwartz et al., 2006)で報告されている。2001年のモザンビークでの洪水により下痢性疾患の症例は 8,000件以上増加し、その後数か月のうちに 447

人が下痢性疾患で死亡した(Cairncross and Alvarinho,

2006)。 高所得国では洪水後の呼吸器疾患と下痢性疾患の増加が報告されてきているが、洪水の後の感染症のリスクは一般に低い(Miettinen et al., 2001; Reacher et al.,

2004; Wade et al., 2004)。この重大な例外が 2005年の米国のハリケーン・カトリーナとリタであり、供給水が大腸菌に汚染されたことで多くの下痢性疾患の症例と、死亡を引き起こした(CDC, 2005; Manuel, 2006)。 洪水は、貯蔵庫や既に周囲に存在していた化学物質(例えば農薬)からの危険な化学物質、重金属、その他の有害物質による水の汚染を引き起こすかもしれない。米国のハリケーン・カトリーナの後の化学汚染物質には精製所と貯蔵タンクからの石油漏れ、農薬、金

属、有害廃棄物などがあった(Manuel, 2006)。一部の地域の鉛と揮発性有機化合物(VOC)を除き、大半の汚染物質の濃度は短期的許容レベル以内であった(Pardue et al., 2005)。また、土壌や土砂の長期汚染に関連した健康リスクもあるが(Manuel, 2006)、化学汚染が結果として洪水現象後の罹病率と死亡率のパターンに影響を及ぼすことを証明する公表された証拠はほとんどない(Euripidou and Murray, 2004; Ahern et al.,

2005)。自然災害の影響を受けやすい地域での人口密度の上昇や工業開発の加速は、将来災害が起きる確率と災害時に放出される危険物質に多数の人々が曝露する可能性を上昇させる(Young et al., 2004)。 災害の影響として精神障害が重要であることの証拠が増えている(Mollica et al., 2004; Ahern et al., 2005)。一般的な精神障害(不安と憂鬱)に起因する長期に及ぶ機能障害は注目に値するかもしれない。低所得国での研究も高所得国での研究もともに、洪水に関連する精神衛生面での影響の精査が不十分であったことを示している(Ko et al., 1999; Ohl and Tapsell, 2000;

Bokszczanin, 2002; Tapsell et al., 2002; Assanarigkornchai

et al., 2004; Norris et al., 2004; North et al., 2004; Ahern et

al., 2005; Kohn et al., 2005; Maltais et al., 2005)。高所得国における外傷後ストレス障害の系統的な再検討により、災害後の影響は小さいが重要であることがわかった(Galea et al., 2005)。また、幼児の行動障害への中長期的影響の証拠もある(Durkin et al., 1993; Becht et

al., 1998; Bokszczanin, 2000, 2002)。 気象災害への脆弱性はリスクにさらされている人の特性(居住場所、年齢、所得、教育、障害を含む)とより幅広い社会的および環境的要因(災害準備レベル、保健分野の対応、環境の劣化)に左右される(Blaikie

et al., 1994; Menne, 2000; Olmos, 2001; Adger et al., 2005;

Few and Matthies, 2006)。より貧しいコミュニティ、特にスラムの住人は洪水の起きやすい地域に居住する可能性がより高い。米国では、低所得グループがハリケーン・カトリーナの最も大きな影響を受け、低所得者の学校が洪水に遭うリスクは参照グループの 2倍であった(Guidry and Margolis, 2005)。 北西ヨーロッパの北海沿岸の居住地、セイシェル、ミクロネシアの一部、米国とメキシコの湾岸、ナイルのデルタ、ギニア湾、ベンガル湾など、低平な海岸地域にある人口密度が高いところの住民は気象災害による高い健康負担を経験している(第 6章参照)。特に環境が劣化した地域は、現在の気候条件下での熱帯低気圧と沿岸洪水に対して脆弱である。

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8.2.3 干ばつ、栄養、食料安全保障

 気候変動性と極端な気象が人の栄養に影響を及ぼす因果連鎖は複雑で、さまざまな経路(地域的水不足、農地の塩性化、洪水現象による収穫破壊、災害による食品流通の破壊、植物の感染症または害虫の負担増加)が関わっている(第 5章参照)。栄養問題は、急性のものも慢性のものも気候変動性と気候変化に関連している。干ばつが健康に及ぼす影響には、死亡、栄養不良(低栄養、たんぱく質エネルギー低栄養および/または微量栄養素不足)、感染症、呼吸器系疾患がある(Menne and Bertollini, 2000)。 干ばつは食事の多様性を縮小し、全体的な食品消費を減少させ、その結果微量栄養素不足をまねくかもしれない。インドのグジャラートでは、2000年の干ばつの間に食事で摂取されるエネルギーと数種類のビタミンの不足が判明した。この地域の人々の場合、干ばつが身体計測指標に及ぼす深刻な影響は公衆衛生対策によって防止されてきたかもしれない(Hari Kumar et al.,

2005)。アフリカ南部の研究は、HIV/AIDSが干ばつが栄養に及ぼす影響を増幅させることを示唆している(Mason et al., 2005)。栄養不良は感染症にかかるリスクと感染症で死亡するリスクの両方を増大させる。バングラデシュの研究では、干ばつと食料不足は下痢性疾患による死亡のリスク増大と関連していることがわかった(Aziz et al., 1990)。 干ばつとその結果である生計手段の喪失もまた、人口移動、特に農村から都市への移住を誘発する主な要因である。人口移動は、過密や安全な水、食料、および避難所の不足により生じる伝染病と栄養不良状態増加をまねきうる(Choudhury and Bhuiya, 1993; Menne

and Bertollini, 2000; del Ninno and Lundberg, 2005)。最近、農村から都市への移住は HIV伝播の動因であると指摘されてきている(White, 2003; Coffee et al., 2005)。また、オーストラリアの農業従事者は干ばつ期間に自殺のリスクが増大するようである。ブラジルでの干ばつに伴う健康への一連の影響を Box 8.3で述べる。

8.2.3.1 干ばつと感染症 リフトバレー、グレート・レーク、およびアフリカ南部のほかの場所も影響を受けるものの、半乾燥サハラ以南のアフリカの「髄膜炎ベルト」に位置する国々は、アフリカで最も高い頻度で髄膜炎菌性髄膜炎の地方的流行と蔓延を経験している。因果メカニズムははっきり分かっていないが、髄膜炎菌性(流行性)髄

膜炎の地理的分布、強度、季節性は、気候と環境の要因、特に干ばつと強く結び付いていると思われる(Molesworth et al., 2001, 2002a, b, 2003)。気候は、病気の季節的発現の時期を含む伝播の経年変動性において重要な役割を果たしている(Molesworth et al., 2001;

Sultan et al., 2005)。髄膜炎の地理的分布は近年西アフリカで拡大している。この拡大は土地利用の変化と地域的気候変動の両方によって引き起こされる環境変化が原因であるかもしれない(Molesworth et al., 2003)。 カが媒介する病気の流行は干ばつ現象の影響を受ける。干ばつの間、カの活動は抑制され、その結果非免疫人口が増加する。干ばつが終わると、感受性の高い宿主の感染率ははるかに高くなり、その結果感染が増える可能性がある(Bouma and Dye, 1997; Woodruff

et al., 2002)。ほかの地域では、干ばつは、カの捕食者の減少によりカの個体数の増加を促進するかもしれない(Chase and Knight, 2003)。感染症発生リスクの短期的増大を引き起こすかもしれない干ばつに関連したその他の要因には、排水路と小さな河川のよどみと汚染がある。長期的には、マラリアなどカが媒介する疾病の発生率は低下する。媒介するカの繁殖に必要な湿気と水が不足するからである。アフリカの Plasmodium falciparum(熱帯熱マラリア原虫)によるマラリアの北限はサヘルであり、ここでは降雨が重要な流行制限要因である(Ndiaye et al., 2001)。セネガルとニジェールではマラリアが年間降雨量の長期的減少に伴い減少してきている(Mouchet et al., 1996; Julvez et al., 1997)。干ばつ事象は砂塵嵐と呼吸器系の健康への影響とも関連している(8.2.6節参照)。干ばつはまた水不足にも関連している。水の供給不足による衛生状態の悪化がもたらす病気のリスクについては 8.2.5節で取り上げる。

8.2.4 食品安全性

 いくつかの研究で、高温がサルモネラ中毒などのありふれた食中毒に及ぼす影響が確認され、定量化された(D’Souza et al., 2004; Kovats et al., 2004; Fleury et al.,

2006)。これらの研究では、週間気温や月間気温が 1

℃上がるごとに報告事例はほぼ直線的に増加することが分かった。<これに対し>Campylobacter(カンピロバクター)の伝染では気温の重要性ははるかに低い(Kovats et al., 2005; Louis et al., 2005; Tam et al., 2006)。 食品と害虫、特にハエ、げっ歯類、ゴキブリとの接触も気温に敏感である。ハエの活動を促進する要因は

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主として生物的因子よりも気温である(Goulson et al.,

2005)。温帯諸国では、気象がさらに温暖になって冬が穏やかになれば、夏季にハエやその他の害虫の数が増加する可能性が高く、春に害虫が現れる時期が早まる。 有害藻類(HAB)(第 1章 1.3.4.2節を参照)は、主として汚染された貝類の摂取によって人の病気を引き起こしうる毒素を作り出す。ゆえに、海水温度の上昇は、貝類とサンゴ礁にすむ魚類による人間の食中毒(シガテラ)の増加とこの病気の分布の極方向への拡大の原因となる(Kohler and Kohler, 1992; Lehane and Lewis,

2000; Hall et al., 2002; Hunter, 2003; Korenberg, 2004)。例えば、海面温度はGambierdiscus(有毒渦鞭毛藻)種の成長に影響を及ぼす。このことは、フランス領ポリネシアでのシガテラの報告と関連している(Chateau-

Degat et al., 2005)。第 3次評価報告書以降、気候変動が貝類の毒に及ぼす影響のさらなる評価は実施されていない。 Vibrio Parahaemolyticus(腸炎ビブリオ)とVibrio Vulnificus(ビブリオバルニフィカス)は米国、日本、東南アジアでの貝類の摂取に関連した非ウイルス性の感染の原因である(Wittmann and Flick, 1995; Tuyet

et al., 2002)。発生量は沿岸の海水の塩分と温度に左右される。汚染されたカキの摂取に起因する 2004年の大発生(Vibrio Parahaemolyticus)はアラスカ沿岸の異常に高い海水温度と関連していた(McLaughlin et al.,

2005)。 気候変動が食品安全性に対して持ちうる関連性のもう一つの例として、フェロー諸島で観察されているような水銀のメチル化とその魚や人への取り込みがある(Booth and Zeller, 2005; McMichael et al., 2006)。

8.2.5 水と病気

 降雨、地表水利用可能量、水質の気候変動に関連した変化は水に関連した病気の負担に影響を及ぼしうる(第 3章参照)。水に関係した疾病は伝染経路によって分類され、水媒介性疾患(摂取)と水の供給不足による衛生状態の悪化によりもたらされる疾患【訳注 8-2】(衛生の欠如に起因)とに分けられる。健康アウトカムと降雨、水利用可能量、および水質の変化への曝露との関係を評価する場合、次の四つの重要な点を考慮しなければならない:・水利用可能性、世帯の改善された水へのアクセス、および下痢性疾患に起因する健康負担の間の連関。

・水道または地表水をとおした水媒介性疾患の発生の助長に極端な降雨(激しい降雨または干ばつ)が果たす役割。

・気温と流出量が微生物と化学物質による沿岸水、レクリエーション水域、地表水の汚染に及ぼす影響。

・気温が下痢性疾患の発生率に及ぼす直接的影響。

安全な水へのアクセスは依然としてきわめて重要な地球規模での健康問題である。20億を超える人々が世界の乾燥地域に居住し、栄養不良、乳幼児の死亡率、汚染された水や水不足に関連した疾病に不相応に苦しんでいる(WHO, 2005)。この負担のうち、わずかで定量化できない割合のみが気候変動性あるいは気候の極端現象に起因しうる。水不足が食料の入手可能性と栄養不良に及ぼす影響については 8.2.3節で、降雨がカとげっ歯類によって媒介される病気の発生に及ぼす影響については 8.2.8節で、論じられる。 低所得国、特にサハラ以南のアフリカでの下痢に起因する子どもの死亡率は、医療ケアの改善と経口補水療法の利用にもかかわらず、相変わらず高いままである(Kosek et al., 2003)。子どもは急性病からは生き残るかもしれないが、その後に長引く下痢や栄養不良で死亡するかもしれない。貧しい農村や都市スラムの子どもは下痢性疾患による死亡率と罹病率のリスクが高い。雨季における腸内病原菌の伝染がより高いことを示している研究もいくつかある(Nchito et al., 1998;

Kang et al., 2001)。排水の詰まりは病気の伝染の増加の一因であるため、低所得都市コミュニティでは排水・雨水管理が重要である(Parkinson and Butler, 2005)。 管理の行き届いた公共給水システムなら気候の極端現象に対処できるはずであるが、極端な気候は給水システムに物理的ストレスと管理上のストレスの両方を及ぼす(第 3章および第 7章参照)(Nicholls,

2003; Wilby et al., 2005)。降雨が減少すると河川の流量が減って廃水の希釈度が低下し、病原体負荷は上昇する。このことは、水処理工場に対するさらなる課題となりうる。2003年の乾燥した夏に、オランダでは河川の流量が少なかったため水質が目に見えて変化した(Senhorst and Zwolsman, 2005)。 降雨と流出量の極端な現象によって水路と飲料水タンクの総微生物負荷が増加するかもしれない(Kistemann et al., 2002)。ただし、人の病気との関連性はそれほどはっきりしていない(Schwartz and Levin,

1999; Aramini et al., 2000; Schwartz et al., 2000; Lim et

al., 2002)。米国での研究で、極端な降雨現象と水媒介

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性疾患の月間報告数との間に関連性があることがわかった(Curriero et al., 2001)。北アメリカとヨーロッパでの早春の地表水の季節的汚染は、クリプトスポリジウム症やカンピロバクター感染症などの水媒介性疾患の散発的な症例の季節性を説明できるかもしれない(Clark et al., 2003; Lake et al., 2005)。アマゾンでのコレラ発生の顕著な季節性は、乾季の河川流量が少ないことと関連しており(Gerolomo and Penna, 1999)、おそらく、貯蔵水の病原体濃度に起因している。 ペルーでは、気温の上昇が成人と子どもの下痢性疾患発症の増加と強く関連していることがわかった(Checkley et al., 2000; Speelmon et al., 2000; Checkley et

al., 2004; Lama et al., 2004)。月間気温と下痢発症との関連性は太平洋諸島、オーストラリア、イスラエルでも報告されてきている(Singh et al., 2001; McMichael et

al., 2003b; Vasilev, 2003)。 バングラデシュのコレラの二峰性の季節パターンはベンガル湾の海面温度と季節的なプランクトン(コレラ菌Vibrio Cholerae のリザーバー【訳注 8-3】の可能性)の多さと相関関係があるという証拠があるが、より内陸での冬季の病気のピークは海面温度と関係がない(Bouma and Pascual, 2001)。多くの国で、コレラの伝染は主に不衛生と関連している。海面温度がコレラの流行に及ぼす影響はベンガル湾で最も研究されてきている(Pascual et al., 2000; Lipp et al., 2002; Rodo et al.,

2002; Koelle et al., 2005)。サハラ以南のアフリカでは、コレラの発生は洪水事象と給水の大腸菌汚染と関連していることが多い。

8.2.6 大気の質と病気

 気象はすべての時間スケールで、大気汚染物質の発達、輸送、拡散、降下を決定づけ、前線、低気圧・高気圧システムとそれに伴う気団の通過が特に重要である。大気汚染エピソードは、汚染の分散と拡散を弱める高気圧システムの停滞やゆっくりした移動と関連していることが多い(Schichtel and Husar, 2001; Rao et al.,

2003)。高気圧システムの側面に沿った気流はオゾン前駆物質を運び、高濃度オゾン事象の条件をつくりだしうる。(Lennartson and Schwartz, 1999; Scott and Diab,

2000; Yarnal et al., 2001; Tanner and Law, 2002)。都市のヒートアイランドの発達を助長する気象パターンもある。その強度は一部の汚染物質レベルを引き上げる都市大気中の二次化学反応にとって重要な要素となるかもしれない(Morris and Simmonds, 2000; Junk et al.,

2003; Jonsson et al., 2004)。

8.2.6.1 地表面のオゾン 地表面のオゾンは自然にも発生するが、都市スモッグの主要構成要素として、気温が高いときに窒素酸化物と揮発性有機化合物などが明るい太陽光を浴びて光化学反応を起こすことで形成される二次汚染物質でもある。都市部では、輸送車両が窒素酸化物と揮発性有機化合物の主要発生源である。気温、風、太陽放射、大気中水分、放出、混合はオゾン前駆物質の排出とともにオゾンの生成にも影響を及ぼす(Nilsson et al.,

2001a, b; Mott et al., 2005)。オゾンの形成は太陽光に左右されるため、濃度は概して夏季に高くなる。ただし、オゾン濃度の季節性はどの都市でもみられるわけではない(Bates, 2005)。オゾンの地表面濃度は大半の地域で上昇している(Wu and Chan, 2001; Chen et al., 2004)。 高濃度のオゾンへの曝露は、肺炎や慢性閉塞性肺疾患、喘息、アレルギー性鼻炎、その他の呼吸器疾患による入院増加、そして早期死亡と関連している(例えば、Mudway and Kelly, 2000; Gryparis et al., 2004; Bell et

al., 2005, 2006; Ito et al., 2005; Levy et al., 2005)。屋外のオゾン濃度、行動パターン、および断熱の程度などの住宅の特徴がオゾン曝露の主要な決定因子である(Suh

et al., 2000; Levy et al., 2005)。ヨーロッパと北アメリカではオゾンが健康に及ぼす影響についてかなりのことがわかっているが、ほかの地域ではこれまでに実施された研究がほとんどない。

8.2.6.2  気象がほかの大気汚染物質の濃度に    及ぼす影響 一般に大気汚染物質濃度、特に微小粒子状物質(PM)の濃度は気候変動に応じて変化するかもしれない。なぜなら、これらの物質の形成は気温と湿度にも左右されるからである。大気汚染濃度は、大気の物理的特性と動態特性の数時間から数日までの時間スケールでの変動、大気循環の特徴、風、地形、エネルギー利用の相互作用の結果である(McGregor, 1999; Hartley and

Robinson, 2000; Pal Arya, 2000)。一部の大気汚染物質は気象と関連した季節的周期を示している(Alvarez et

al., 2000; Kassomenos et al., 2001; Hazenkamp-von Arx et

al., 2003; Nagendra and Khare, 2003; Eiguren-Fernandez et

al., 2004)。メキシコシティやロサンゼルスなど一部の場所は、質の悪い大気にさらされやすい。なぜなら、地方的な気象パターンが化学反応をおこし排出を変化させる、また地形によって汚染物質の拡散が抑制され

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るからである。 PMの健康への影響についての証拠はオゾンについての証拠よりも強固である。PMが罹病率と死亡率に影響することは知られており(例えば、Ibald-Mulli et

al., 2002; Pope et al., 2002; Kappos et al., 2004; Dominici

et al., 2006)、濃度の上昇は健康に多大な悪影響を及ぼすであろう。

8.2.6.3 森林火災による大気汚染 一部の地域では、気温と降雨の変化が火災事象の頻度と深刻さを増大させると予測されている(第 5章参照)。森林火災と山火事は火傷、煙の吸入による被害、その他の傷害を引き起こす。大規模火災では救急サービスを求める患者の数も増加する(Hoyt and Gerhart,

2004)。有毒ガス状大気汚染物質と粒子状大気汚染物質は大気中に放出され、肺炎、上気道疾患、喘息、慢性閉塞性肺疾患を含む、子どもを中心とする急性および慢性の呼吸器系疾患の重要な要因となりうる(WHO,

2002a; Bowman and Johnston, 2005; Moore et al., 2006)。例えば、1997年のインドネシアの火災では、心血管系疾患と呼吸器系疾患による入院と死亡が増加し、東南アジアでの日常生活の活動に悪影響が及んだ(Sastry,

2002; Frankenberg et al., 2005; Mott et al., 2005)。森林火災による汚染物質は数千キロにわたって大気の質に影響を及ぼしうる。

8.2.6.4 大気汚染物質の長距離輸送 風のパターンの変化と砂漠化の増大によって大気汚染物質の長距離輸送が増えるかもしれない。一定の大気循環条件下では、エアロゾル、一酸化炭素、オゾン、砂漠の砂塵、糸状胞子、殺虫剤を含む汚染物質の輸送が、長距離でかつ一般に 4~ 6日の時間スケールで起こるかもしれず、このことは健康に悪影響を及ぼしうる(Gangoiti et al., 2001; Stohl et al., 2001; Buchanan et

al., 2002; Chan et al., 2002; Martin et al., 2002; Ryall et al.,

2002; Ansmann et al., 2003; He et al., 2003; Helmis et al.,

2003; Moore et al., 2003; Shinn et al., 2003; Unsworth et al.,

2003; Kato et al., 2004; Liang et al., 2004; Tu et al., 2004)。工業や自動車だけでなく、バイオマスの燃焼もこのような汚染物質の発生源である(Murano et al., 2000; Koe

et al., 2001; Jaffe et al., 2003, 2004; Moore et al., 2003)。 アフリカ、モンゴル、中央アジア、中国の砂漠地域から風に吹かれて飛んでくる粉塵は遠隔地域の大気の質と人々の健康に影響を及ぼしうる。粉塵のない気象状況と比較すると、粉塵は、高い濃度の吸入性粒子、

人の健康に影響を及ぼしうる微量元素、真菌胞子、およびバクテリアを運ぶことができる(Claiborn et al.,

2000; Fan et al., 2002; Shinn et al., 2003; Cook et al., 2005;

Prospero et al., 2005; Xie et al., 2005; Kellogg and Griffin,

2006)。しかし、最近の研究では、アジアの砂塵嵐とカナダと台湾での入院数との間の統計的に有意な関連性はみつかっていない(Chen and Tang, 2005; Yang et

al., 2005a; Bennett et al., 2006)。証拠は、地方的な死亡率、特に心血管系疾患と呼吸器系疾患による死亡率が砂塵嵐の後の数日間に増加することを示唆している(Kwon

et al., 2002; Chen et al., 2004)。

8.2.7 空気中のアレルゲンと病気

 気候変動は北半球で春の花粉シーズンの始まりを早めてきている(第 1章 1.3.7.4節 ; D’Amato et al., 2002;

Weber, 2002; Beggs, 2004参照)。これに付随して、アレルギー性鼻炎など、花粉によって引き起こされるアレルギー性疾患の季節性が変化したという結論を引き出すのは妥当である(Emberlin et al., 2002; Burr et al.,

2003)。一部の種については花粉シーズンの期間も長くなったという限られた証拠もある。花粉を飛散させる植物のうち数種類の植物の数が気候変動によって増えたと示唆されているが、これらのタイプの花粉のアレルギー物質含有量が変化したかどうかは定かではない(花粉の含有量が変化しないまたは増加することは、曝露の増大を意味するであろう)(Huynen and Menne,

2003; Beggs and Bambrick, 2005)。アレルギー性真菌胞子やバクテリアへの曝露増大のパターンを示す研究はほとんどない(Corden et al., 2003; Harrison et al., 2005)。ある場所への新しい空気中のアレルゲンの移入といった、自然の植生の空間的分布の変化は<アレルギー>感作を増大させる(Voltolini et al., 2000; Asero, 2002)。アレルギーを引き起こす花粉が多い新しい侵入植物種、特にブタクサ(Ambrosia artemisiifolia)の導入は重大な健康リスクである。ブタクサは世界のいくつかの地域に広がっている(Rybnicek and Jaeger, 2001;

Huynen and Menne, 2003; Taramarcaz et al., 2005; Cecchi

et al., 2006)。いくつかの実験室での研究は、CO2濃度の上昇と気温の上昇はブタクサの花粉の生成を増大させ、ブタクサの花粉シーズンを長期化し(Wan et al.,

2002; Wayne et al., 2002; Singer et al., 2005; Ziska et al.,

2005; Rogers et al., 2006a)、人の健康に影響を及ぼしうる一部の植物代謝産物を増大させることを示している。

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8.2.8  動物媒介性感染症、げっ歯類媒介性感染症、およびその他の感染症

 動物媒介性疾患(VBD)は、カ、ダニ、サシガメ、サシチョウバエ、ブヨなど、感染した節足動物に刺されることによって伝染する感染症である。VBDは広範囲で発生し、気候要因に対する感度が高いため、気候変動に関連した疾患としては最もよく研究されているものの一つである。媒介ダニ、ヨーロッパと北アメリカの一部の(マラリア以外の)媒介カの分布と保菌鳥類の生物季節は気候変動に関連して変化するという証拠がある(第 1章および Box 8.4参照)。 スウェーデン(Lindgren and Talleklint, 2000; Lindgren

and Gustafson, 2001)とカナダ(Barker and Lindsay,

2000)では、ダニ分布の北部または高地への移動が観測されてきており、チェコ共和国では高地への移動が観測されている(Daniel et al., 2004)。デンマークではダニ媒介性感染症の地理的変化が観測されている(Skarphedinsson et al., 2005)。ヨーロッパと北アメリカでみられるダニ媒介性疾患の最近の発生率の上昇は気候変動だけで説明できる可能性は低い。ダニ媒介性脳炎の増加の程度は、例えば同じような気候変動レベルを経験した可能性が高いヨーロッパの諸地域内においても、空間的違いは非常に大きい(Patz, 2002;

Randolph, 2004; Sumilo et al., 2006)。ダニの生息地と宿主となる野生生物の両方を増加させる景観に対する人間の影響、感染したダニと人間との接触を増大させるかもしれない人間の行動の変化など、気候変動以外の要因も除外することはできない(Randolph, 2001)。 最近北アメリカ北東部では、Wyeomyia smithii というカの種が過去 20年の平均地上気温の上昇と春の早期到来にミクロ進化的(遺伝的)応答をしていることの証拠がある(Bradshaw and Holzapfel, 2001)。このカは人の病気は媒介しないが、同じような進化的変化をしているかもしれない重要なアルボウィルス媒介種と密接な関係がある。 ヨーロッパではさらに北部で犬(保有宿主)の皮膚リーシュマニア症が報告された。ただし、それ以前には過小報告されていた可能性は排除できない(Lindgren

and Naucke, 2006)。サシチョウバエの地理的分布の変化がヨーロッパ南部で報告されてきている(Aransay

et al., 2004; Afonso et al., 2005)。しかし、この変化の原因を調べた調査はない。1980年代と 1990年代の初めの半乾燥のブラジル北東地域の都市におけるカラアザール(内臓リーシュマニア症)は、長期化する干ば

つで収穫を得られなかった自給農業者の農村から都市への移動により引き起こされた(Franke et al., 2002;

Confalonieri, 2003)。

8.2.8.1 デング熱 デング熱は世界で最も重要な動物が媒介するウイルス性疾患である。デング熱と気候の空間的パターン(Hales et al., 2002)、時間的パターン(Hales et al., 1999;

Corwin et al., 2001; Gagnon et al., 2001)、または時空間パターン(Hales et al., 1999; Corwin et al., 2001; Gagnon

et al., 2001; Cazelles et al., 2005)の関連性を報告している調査がいくつかある。しかし、こういった報告された関連性は必ずしも一貫しているわけではなく、このことはおそらく気候が伝染に及ぼす影響の複雑さおよび/または競合する要因の存在を反映している(Cummings, 2004)。降雨量が多かったり気温が高かったりすると伝染の増加をまねきうるが、干ばつもまた、家庭での貯水がカの繁殖に適した場所を増加させた場合、<伝染の増加の>原因になりうることを研究は示している(Pontes et al., 2000; Depradine and Lovell, 2004;

Guang et al., 2005)。 デング熱の主要媒介動物であるStegomyia(以前はAedes と呼ばれていた)aegypti(ネッタイシマカ)の気候(気温、降雨、雲量)に基づく密度分布図は観測された疾病分布とぴったり一致する(Hopp and Foley,

2003)。媒介動物量のモデルは、コロンビア、ハイチ、ホンジュラス、インドネシア、タイ、ベトナムのデング熱の報告された症例の分布によく一致している(Hopp and Foley, 2003)。世界の人口のほぼ 3分の 1

が、気候がデング熱流行に適した地域に居住している(Hales et al., 2002; Rogers et al., 2006b)。

8.2.8.2 マラリア サハラ以南のアフリカでは、マラリアの空間的分布、伝染力の強さ、季節性は気候の影響を受けており、社会経済開発がこの病気の分布の縮小に及ぼしてきた影響はわずかであった(Hay et al., 2002a; Craig et al.,

2004)。 降雨はカ集団の制限要因になりうる。10年間の降雨量の減少に伴い流行が減少したことを証明するある程度の証拠がある。特定の生態学的特徴をもった流行地域では、マラリアの経年変動は気候と関連している(Julvez et al., 1992; Ndiaye et al., 2001; Singh and Sharma,

2002; Bouma, 2003; Thomson et al., 2005)。エルニーニョ南方振動(ENSO)とマラリアに関する研究の系統

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的再検討の結果、エルニーニョがマラリア流行のリスクに及ぼす影響は、南アジアと南アメリカの諸地域で十分証明されていると結論づけられた(Kovats et al.,

2003)。ボツワナの海面温度(Thomson et al., 2005)とマルチモデルアンサンブルによる季節的な気候予報(Thomson et al., 2006)の両方から、マラリアの通常とは異なる異常に高い発生や低い発生を予測できるという証拠が、南アフリカでのマラリア予防対策としての季節的予測の実用的かつ日常的な使用を裏づけている(DaSilva et al., 2004)。 観測された気候変動がマラリアの地理的分布と高原地方での感染強度に及ぼす影響については依然として意見がわかれている。東アフリカの一部の場所での時系列データの分析は、明らかな気候トレンドがない場合にもマラリアの発生率が上昇していることを示している(Hay et al., 2002a, b; Shanks et al., 2002)。マラリアの再流行を後押しする駆動力として提案されたものとしては、マラリア原虫の薬剤耐性と媒介動物対策活動の減少がある。しかし、この結論は、気候データを不適切に用いて引き出されたかもしれないため、その妥当性には疑問が呈されている(Patz, 2002)。これらの地域に関する気温の最新データの分析によって、1970

年代末以降かなりの温暖化トレンドがあり、流行の潜在性に影響を及ぼすほどの変化の規模であることがわかってきている(Pascual et al., 2006)。アフリカ南部では、症例件数の季節変化は多くの気候変数とかなりの関連性があったが、マラリアの長期的トレンドは気候と大した関連性はなかった(Craig et al., 2004)。薬剤耐性と HIV感染は同じ地域のマラリアの長期的トレンドと関係があった(Craig et al., 2004)。 さらに多くの研究が、アフリカ高地での気温の経年変動とマラリア流行との関係を報告してきている。マダガスカルのトレンドを除去したマラリア時系列データ【訳注 8-4】の分析は、人間と媒介動物の接触が最大になる月と一致する感染シーズン開始時の最低気温が年度間の変動の主な理由であることを示した(Bouma,

2003)。ケニア高地では、マラリアによる入院は 3か月から 4か月前の降雨および異常に高い最高気温と関連していた(Githeko and Ndegwa, 2001)。エチオピア全土にわたる 50箇所の 1980年代末から 1990年代初めまでの期間のマラリア罹患率のデータ分析では、流行は直前の数か月間の高い最低気温と関連していることがわかった(Abeku et al., 2003)。東アフリカの高地の 7箇所のデータ分析は、マラリア流行の引き金としては長期的トレンドよりも短期的な気候変動性の方が

重要な役割を果たしていることを報告した(Zhou et

al., 2004, 2005)。ただし、この仮定を検証するために用いられた方法には異議が差し挟まれている(Hay et

al., 2005b)。 南アメリカ(Benitez et al., 2004) (第 1章参照)やロシア連邦の大陸域(Semenov et al., 2002)では気候変動がマラリアに影響を及ぼしているという明らかな証拠はない。人間の病気の変化の気候変動への原因特定には、まず、報告、監視、疾病対策措置の大幅な変更、人口の変化、および土地利用の変化などその他の要因を考慮しなければならない(Kovats et al., 2001; Rogers

and Randolph, 2006)。 気候とマラリア流行動態の間に因果関係があることは知られているが、気候変動が地方スケール、全球スケールでマラリアに及ぼしうる影響についてはまだ不確実性が大きい(8.4.1節も参照)。というのは、気候とマラリアについて同時期の詳細な歴史的観測は少なく、マラリアという病気の動態は複雑であり、社会経済開発、免疫、薬剤耐性を含む非気候要因が感染と感染の結果を決定するうえで重要であるからである。東アフリカ高地の人口が非常に多いこと、実施された分析が限られていること、流行性マラリアの重大な健康リスクを考えると、さらなる研究をすべきである。

8.2.8.3 その他の感染症 気候変数、人間の疾病症例(Enscore et al., 2002)、および病原体保有動物(Stapp et al., 2004; Stenseth, 2006)との関係に関する北アメリカとアジアの伝染病多発地域の最近の調査は、伝染病リスクの一時的変動は主要な気候変数を監視することで推定されうることを示唆している。 げっ歯類によって伝染する疾病は、人と病原体とげっ歯類の接触パターンが変化するため、降雨が多い時と洪水の期間中に増加するということの十分な証拠がある。洪水に関連したレプトスピラ症(ワイル病)の発生は中央アメリカ、南アメリカと南アジアの幅広い国々から報告されてきている(Ko et al., 1999; Vanasco

et al., 2002; Confalonieri, 2003; Ahern et al., 2005)。低所得国の都市周辺住民のレプトスピラ症のリスク要因には、雨季の下水溝と通りの洪水が含まれる(Sarkar et

al., 2002)。 ハンタウイルス肺症候群(HPS)の症例はまず 2000

年に中央アメリカ(パナマ)で報告され、降雨の増加と周辺地域の洪水の後の家ネズミの増加が原因(Bayard

et al., 2000)だと示唆された。ただし、さらに調査が

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必要である。ハンタウイルスの動態にはヨーロッパ北部と中央部の間で気候に関連した違いがある(Vapalahti

et al., 2003; Pejoch and Kriz, 2006)。 ほかの感染症の分布と発生は気象と気候変動性の影響を受けてきている。ENSOを動因とする山火事と干ばつ、土地利用と土地被覆の変化は、ニパウイルスの自然宿主である一部のコウモリの生息地に大規模な変化を引き起こしてきた。コウモリは食べ物(果物)を探しに農地に行かざるを得ず、その結果ウイルスを撒き散らし、マレーシアと近隣諸国で流行が起きた(Chua

et al., 2000)。 水生巻貝を中間宿主とする水に関連した寄生虫性疾患である住血吸虫症の分布は気候要因の影響を受けるかもしれない。ブラジルのある場所では、乾季の長さと人口密度が住血吸虫症の分布と数を制限する最も重要な要因であった(Bavia et al., 1999)。もっと広い範囲では、罹患率と乾期の長さとの間に負の相関関係がみられた(Bavia et al., 2001)。中国の最近の研究は、過去 10年の住血吸虫症の発生率上昇は、最近の温暖化傾向を一部反映しているかもしれないことを示している。臨界凍結(活動停止)線が中間宿主(Oncomelania(カタヤマガイ)水生巻貝)の生存を制限し、従って寄生虫である Sehistosoma japonicum(日本住血吸虫)の流行を制限する。凍結線が北方に移動したため、住血吸虫症のリスクにさらされる人々がさらに 2,070万人増加した(Yang et al., 2005b)。

8.2.9 労働衛生

 気候の変化は労働衛生と安全に影響を及ぼす。高温多湿による暑熱ストレスは、熱中症の後遺症による死亡や慢性的な不健康を引き起こしうる労働上の危険である(Wyndham, 1965; Afanas’eva et al., 1997;

Adelakun et al., 1999)。屋外労働者も屋内労働者も熱中症のリスクにさらされている(Leithead and Lind,

1964; Samarasinghe, 2001; Shanks and Papworth, 2001)。米国のデータに基づくと、熱中症のリスクが最も高い職業としては、建設と農業/林業/漁業などがある(Adelakun et al., 1999; Krake et al., 2003)。バングラデシュの金属工場労働者(Ahasan et al., 1999)と南アジアの人力車引き(Ahasan et al., 1999)の間での熱中症の発生が証明しているように、熱帯環境における順応はリスクを排除しない。2003年と2006年のパリの熱波で報告された熱中症による死者の一部は職業上の曝露と関連していた(Senat, 2004)。

 暑い労働環境は快適さの問題だけではなく、健康の保護と作業遂行能力も懸念される。暑い環境での労働は、肉体作業の遂行能力を低下させるリスクを増大させ(Kerslake, 1972)、精神的作業能力を低下させ(Ramsey, 1995)、事故のリスクを増大させ(Ramsey et

al., 1983)、さらに、長期に及んだ場合、熱による熱疲労(熱疲弊)や熱中症をまねくかもしれない(Hales

and Richards, 1987)(8.5節参照)。

8.2.10 紫外線と健康

 太陽紫外線(UVR)への曝露は健康に対してさまざまな影響を与える。太陽 UVRへの過度な曝露によって、2000年には全球でほぼ 150万の障害調整生存年(DALY)【訳注 8-5】(全球の疾病負担の 0.1%)が失われ、早期死亡は 60,000件に及んだ。最も大きい負担はUVRによって引き起こされる皮質白内障、皮膚悪性黒色腫、日焼け(日焼けの推定値はデータ不足のため不確実性が高い)によりもたらされる(Prüss-Üstün et al.,

2006)。UVRへの曝露はある種のワクチン接種における免疫反応を弱めるかもしれず、そのためにワクチン接種の効果が低減される。しかし、健康への重要な便益もある。体内でのビタミン Dの生成には紫外線 B波への曝露が必要である。太陽光を十分に浴びないと骨軟化症(くる病)とビタミン D不足により引き起こされるその他の異常をきたすかもしれない。 気候変動は UVRへの人の曝露をいくつかの点で変えるであろう。ただし、<正と負の>効果のバランスの推測は困難であり、場所と現在の UVRへの曝露に応じて異なるであろう。温室効果ガスにより誘発される成層圏の冷却はオゾン層破壊ガスの効果を長引かせると予想される。このことは地球上の一部の地域において地表到達 UVRレベルを高めるであろう(Beggs,

2005; IPCC/TEAP, 2005)。気候変動は雲の分布を変えるであろう。このことは結果として地表の UVRレベルに影響を及ぼすであろう。大気温度の上昇は衣服の選択と戸外で過ごす時間に影響を及ぼし、地域によりUVR曝露を増大させたり減少させたりするであろう。免疫機能とワクチンの効果が低下すると、気候に関連した感染の変化の影響は UVRレベルが高くない場合よりも大きくなるかもしれない(Zwander, 2002; de

Gruijl et al., 2003; Holick, 2004; Gallagher and Lee, 2006;

Samanek et al., 2006)。

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8.3 将来トレンドに関する想定

 開発シナリオ、気候シナリオ、環境シナリオが人々の健康に及ぼす影響は保健システムの立案プロセスにとって重要である。また、将来の健康のトレンドは気候変動に関係がある。人々の健康は適応能力の重要な要素だからである。

8.3.1 シナリオにおける健康

 気候変動が将来人の健康に及ぼす影響を調べるためのシナリオの利用は、まだ開発の初期段階である(8.4.1

節参照)。公表されているシナリオは観測されたトレンドや明示的な筋書きに基づいて将来起こりうる経路を描いている。これらのシナリオは、ミレニアム生態系評価(Millennium Ecosystem Assessment, 2005)、排出シナリオに関する IPCC特別報告(SRES, Nakićenović and

Swart, 2000)、GEO3(UNEP, 2002)、世界水開発レポート(United Nations World Water Assessment Programme,

2003; Ebi and Gamble, 2005)を含むさまざまな目的のために開発されてきた。これまで説明されてきた多くの起こりうる将来の例には、感染症パターン、医療技術、および健康と社会の不平等さの起こりうる変化が含まれる(Olshansky et al., 1998; IPCC, 2000; Martens

and Hilderink, 2001; Martens and Huynen, 2003)。公衆衛生システムが崩壊したり、現行の疾病対策方法に対して抵抗力のある新しい病原体が現れたりすれば、感染症がいっそう顕著になり、その結果平均寿命は短くなり、経済生産性が低くなりうる(Barrett et al., 1998)。経済がさらに成長し、技術が改善すると、医療技術拡大時代になりうる。これによって物理的・社会的環境の劣化は一部相殺されるかもしれないが、現在みられる健康の不平等さが拡大する危険性がある(Martens

and Hilderink, 2001)。あるいは、社会 ・ 医療サービスへの投資の幅が広がれば、健康持続の時代になりうる。これによって、疾病の発生率が低下し、ほとんどの人口区分に便益がもたらされる。 これらのシナリオに共通しているのは、世界の比較的豊かな地域が経験している成長と開発を最貧国が共有しない限り、健康に対する大きなリスクが続くであろうとする見方である。移動の拡大および世界中へのアイディアと技術の広まるスピードの加速が健康に対する正の影響と負の影響の両方をもたらすであろうこと、また人間の活動が気候、水、食料資源に及ぼす影響を削減するには、持続可能性に意図的に焦点を当て

ることが必要とされるであろうことも考察されている(Goklany, 2002)。

8.3.2 気候変動に対する将来の脆弱性

 人々の健康は適応能力の重要な要素である。疾病と障害の負担が大きい場合には、そうでない場合よりも気候変動の影響はより深刻になる可能性が高い。例えば、アフリカとアジアでは、HIV/AIDSの流行が将来どのようになるかが、気候に関連した感染症(動物媒介性のものや水媒介性のもの)、食料不足、暴風雨・洪水・干ばつの頻度の増大などの難問に人々がどのようにうまく対処できるかにはっきりと影響を及ぼすであろう(Dixon et al., 2002)。 リスクにさらされている人の合計、集団の年齢構成、居住密度は気候変動の影響のどの予測でも重要な変数である。多くの集団が今後 50年で目に見えて高齢化するであろう。このことは気候変動にとって重要である。なぜなら、高齢者は若い年齢群に比べて熱波、暴風雨、洪水などの極端な気象に起因する傷害に対してより脆弱だからである。21世紀のうちに、世界の多くの最貧国で人口は大幅に増加し、高所得国では同水準を維持するか減少するであろうと(非常に高い確信度で)想定されている。21世紀半ばまでに世界の人口は現在の 64億人から 90億人をわずかに下回るレベルまで増加するであろう (Lutz et al., 2000)が、地域的なパターンは大きくばらつくであろう。例えば、ヨーロッパの人口密度は 1平方キロメートル当たり 32人から27人に低下すると予測されるが、アフリカでは 26人から 60人に増加しうる(Cohen, 2003)。現在、世界の臨床診断された Plasmodium falciparum によるマラリアの症例全体の 70%がアフリカで発生しており、この割合は将来相当に上昇するであろう(World Bank et al.,

2004)。気候変動の影響に関連して考慮すべきものとして、ほかには都市化がある。なぜなら、気温の上昇と降雨パターンの変化の影響はその土地の環境によって大幅に変わるからである。例えば、暑い気象期間には、都市のヒートアイランド効果のため建物密集地域では気温が高くなる傾向がある。今後 50年間の人口増加のほぼすべてが都市(特に、貧しい国々の都市)で起きると予想されている(Cohen, 2003)。人口のこのような傾向は気候変動が及ぼしうる影響の予測の重要な部分を占める。その例として沿岸洪水の影響を受ける人数の予測とマラリアの蔓延の二つを挙げることができる。これらは、気候変動モデルの選択よりも将

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来の人口推移に関する想定に対する感度の方がより高い(Nicholls, 2004; van Lieshout et al., 2004)。 世界の多くの人々が、健康な生活を送る能力を貧困によってもたらされる直接的および間接的影響によって制限されている(World Bank et al., 2004)。1米ドル/日未満で生活する人々の比率は 1990年以降アジアとラテンアメリカでは減少してきているが、サハラ以南の地域では現在も人口の 46%が 1米ドル/日未満で生活し、短中期的には改善はほとんど予想されていない。ヨーロッパと中央アジアの貧困レベルは改善の兆しをほとんど示していない(World Bank, 2004; World

Bank et al., 2004)。最も豊かな地域の経済成長は世界のほかの地域の進歩をはるかに上回っている。すなわち、この 20年で地球規模での所得格差が拡大してきているということである(UNEP and WCMC, 2002)。 将来的には、気候に対する脆弱性は社会経済的変化の度合いだけでなく、便益とコストがどれほど均等に分配されるか、また変化がどのように起きるかに左右されるであろう(McKee and Suhrcke, 2005)。経済成長は諸刃の剣である。成長によって社会が変わり、この変化によって富が創出されるかもしれないが、他方では、少なくとも短期的には、相当な社会的ストレスと環境ダメージをを引き起こすかもしれない。19世紀のヨーロッパ西部の急速な都市化(住民の健康の急激な低下につながった)と 20世紀の南アメリカと東南アジアの大規模な土地開墾(広い範囲で生態系のダメージをもたらした)は、急速な経済成長の悪影響の二つの例である(Szreter, 2004)。社会不安、紛争、効果的な市民制度の欠如もまた気候変動に起因する健康リスクに対する脆弱性を増大させるであろう。 保健医療サービスは気候変動性と変化の危険を緩和する。例えば、安価で効果的なマラリア防止用の防虫剤処理済みの蚊帳と屋内噴霧プログラムへのアクセスがマラリアの将来トレンドにとって重要になるであろう。救急医療サービスは、熱波やほかの極端な気候現象による超過死亡の抑制において役割(主な役割ではないが)を果たす。 これ以外にも特定の脅威や特定の環境と関連した脆弱性の決定因子がある。例えば、熱波は都市のヒートアイランド効果によっていっそう悪化するため、高温が及ぼす影響は将来の都市の規模と設計によって変わるであろう(Meehl and Tebaldi, 2004)。気候変動に起因する食料生産の変化が及ぼす影響は、国際市場へのアクセスと貿易条件に左右されるであろう。このような条件によって貧困国が排除されたり、不利になった

りした場合には、栄養不良による疾病と不健康のリスクは、より包括的な経済秩序が達成される場合より、はるかに大きくなるであろう。穀物やほかの食用作物に代わってバイオ燃料を生産するようになる土地利用慣行の変化は温室効果ガス排出削減には利益をもたらすであろうが、燃料がどのように燃焼されるかもまた重要である(8.7.1節を参照)。

8.4 主要な将来の影響と脆弱性

 気候変動が及ぼす影響は、十分な疫学的証拠が展開された限られた範囲の健康決定因子とアウトカムに関して予測されてきている。8.4.1節で再検討された研究では、さまざまな気候と社会経済シナリオのもとで健康アウトカムの発生率と地理的分布範囲を予測するために、定量的かつ定性的アプローチが用いられた。8.4.2節では気候変動に関連した健康への影響が、今後数十年間に特に脆弱な人々と地域に及ぼしうる影響を評価している。 全体として、気候変動は、寒気に関連した死亡率の低下、一部の汚染に関連した死亡率の低下、気温や降雨が<病気の>媒介動物や寄生虫の<生存>上限閾値を超えた場合の病気の分布範囲の縮小を含む、ある程度の健康への便益をもたらすと予測されている。しかし、影響は圧倒的にマイナス超過となるであろう(8.7

節参照)。ほとんどの予測は、気候感度の高い健康アウトカムの負担は今後数十年間にわずかに変化し、世紀半ばに増加拡大が始まると示唆している。健康への影響が正味で正になるか負になるかは場所により異なり、気温上昇の継続に伴い経時的に変化するであろう。

8.4.1 気候変動に関連した健康影響の予測

 気候変動に関連した健康への影響の予測では、気候感度の高い健康の決定因子とアウトカムのリスクを分類するためにさまざまなアプローチが用いられる。マラリアとデング熱の場合、一般に予測結果は分布域の起こりうる移行の地図として表される。健康影響モデルはたいてい媒介動物および/または寄生虫の成長に対する気候の制約に基づいており、限られた人口予測と気候以外の想定が含まれる。しかし、疾病リスク(気候と昆虫学の考慮事項に基づいたリスク)と経験された罹患率および死亡率には大きな差がある。疾病媒介動物の可能な分布からみると、ヨーロッパと米国の広い範囲が、マラリアの潜在的リスク地域であるかもし

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れないが、媒介動物対策や疾病対策を一因として、地方的に得られる症例は実際には撲滅されてきている。ほかの健康アウトカムについての予測は、しばしばリスクにさらされている人数やリスクにさらされている人月を推定している。 国内総生産(GDP)と気候感度の高い疾病の負担との関係は社会的要因、環境要因、気候要因によって攪乱されるため、経済シナリオを直接的に疾病負担に関連づけることはできない(Arnell et al., 2004; van

Lieshout et al., 2004; Pitcher et al., 2007)。一人当たり所得の増加により集団の健康が改善するという想定は、健康は所得以外の要因で決まるという事実、集団の健康それ自体が経済成長と長期的な経済開発に不可欠なインプットであるという事実、さらには開発への絶えざる挑戦が多くの国の現実であり、比較的抑制しやすい疾病による高い負担が続いているという事実を無視している(Goklany, 2002; Pitcher et al., 2007)。

8.4.1.1 地球規模での疾病負担研究 世界保健機関は、気候変動を含む幅広いリスク要因に起因する早期罹患と早期死亡を定量化し、このリスク要因を排除または削減する介入の便益を推定するため地域的および世界規模での比較リスク評価を実施した。2000年には、気候変動により 150,000人以上の命(死亡の 0.3%)と 5,500,000DALY(DALYの 0.4%)が失われたと推定されている(Campbell-Lendrum et al.,

2003; Ezzati et al., 2004; McMichael, 2004)。評価は、温室効果ガスの排出を安定させることで将来的な気候変動による負担をどれだけ回避されうるかもとり上げた(Campbell-Lendrum et al., 2003)。<評価に>含まれた<以下の>健康アウトカムは、気候変動性に対する既知の感度、推測される将来の重要性、定量的全球モデルの利用可能性(またはモデル構築の実現可能性)に基づいて選択された:・下痢性疾患の発病・Plasmodium falciparum・沿岸洪水と内陸洪水/地滑りでの致命的な事故による負傷

・1日の推奨カロリー摂取量を得られないこと(栄養不良の広がりの指標)

推定値には適応に関するわずかな調整が含まれた。 気候変動を原因とする 2030年の予測される相対的リスクは、健康アウトカムと地域により異なり、予測された疾病負担のほとんどが、主に既に大きな疾病負

担を経験している低所得集団での下痢性疾患と栄養不良の増加に起因する、主としてマイナスのものである(Campbell-Lendrum et al., 2003; McMichael, 2004)。絶対的疾病負担は、人口増加、将来の基準疾病発生率、適応の程度についての想定により左右される。 この分析は、気候変動により、温帯域での寒気に関連した死亡率の低下や作物収量増加などの健康便益がもたらされるであろうことを示したが、ほかの疾病、特に低所得国での感染症と栄養不良の割合の増加はこの便益をはるかに上回るであろう。熱帯地域では極端な気候に起因する心血管系疾患による死亡率の上昇が予測され、温帯地域ではわずかな便益が予測されている。気候変動は低所得地域の下痢性疾患負担を 2020年に 2から 5%増大させると予測されている。年間の一人当たり GDPが 6,000米ドル以上の国々では下痢のリスクは増えないと想定されている。排出が緩和されない場合には沿岸洪水により死亡率が大幅に上昇すると予測されているが、この予測は負担の小さい疾病に適用されるため、総計としての影響は小さい【訳注 8-6】。相対的リスクは高所得国でも低所得国と同程度上昇すると予測される。現在の分布範囲の境界にあたる国々ではPlasmodium falciparum のリスクは大幅に変化すると予測されるが、現在マラリアが高度に流行している地域では相対的変化ははるかに小さくなる(McMichael

et al., 2004; Haines et al., 2006)。

8.4.1.2  マラリア、デング熱、その他の感染症 第 3次評価報告書(TAR)以降発表された研究は、気候変動がマラリアの発生率と地理的分布範囲を変えうるという、以前の予測を裏づけている。リスク分類が進展したことを一因として、予測される影響は TARで報告された規模よりも小さくなるかもしれない。公衆衛生インフラの現状を含む、人間の罹患と死亡に影響を及ぼす気候以外の要因のトレンドについて不確実性があるため、媒介動物の地理的分布範囲の予測される変化の確信度は疾病発生率の変化の確信度より高い。 表 8.2は気候変動がマラリア、デング熱、ほかの感染症の発生率と地理的分布範囲に及ぼす影響を予測する研究をまとめている。気温、媒介動物、寄生虫の間の生物学的関係のパラメータ化が不完全なモデルは、絶対リスクが小さい場合でさえ、リスクの相対的変化を強調し過ぎることが多い。SRES気候シナリオを利用したモデル研究がいくつかあるが、人口シナリオを利用したものはほとんどなく、経済シナリオを組み込んだものは一つもない。適応能力に関する十分な想

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定を組み込んだ研究はほとんどなかった。利用された主なアプローチは、観測された気候-健康関数に現在の「対策能力(control capacity) 」を含め(Rogers and

Randolph, 2000; Hales et al., 2002)、かつモデルのアウトプットを適応能力によって分類するものであり、それによって気候変動の影響と公衆衛生の改善の影響とが切り離される(van Lieshout et al., 2004)。 マラリアはモデル化するには複雑な病気であり、公表されているモデルはどれもマラリア伝播の地理的分布範囲と感染強度に影響を及ぼす主要な要素の一部のパラメータ化が制限されている。この<パラメータ化の>制限を考慮したうえで、モデルは、特にアフリカにおいて、気候変動に伴い定常的な Plasmodium falciparum <の流行>に適した場所が地理的に拡大する地域もあれば、縮小する地域もあるだろうと予測し て い る(Tanser et al., 2003; Thomas et al., 2004; van

Lieshout et al., 2004; Ebi et al., 2005)。予測はまた流行シーズンが長期化する地域があることも示唆している。このことは、<マラリアを>原因とする疾病負担にとって地理的拡大に劣らず重要であるかもしれない。1

年当たりの流行月の増加はマラリア負担の増大に直接つながるわけではないが(Reiter et al., 2004)、媒介動物対策には重要な影響を及ぼすであろう。 気候変動がアフリカ以外でマラリアに及ぼす影響を予測するモデルはほとんどない。ポルトガルでの評価は、マラリアの流行に適した年間日数の増加を予測した。しかし、感染した媒介動物がいなければ、実際の感染は低いかごくわずかであろう(Casimiro et al.,

2006)。中央アジアの一部の地域ではマラリアのリスクが増大すると予測され、中央アメリカとアマゾン周辺の地域は降雨の減少により流行が減少すると予測されている(van Lieshout et al., 2004)。インドでの評価は、Plasmodium falciparumによるマラリアとP.vivax(三日熱マラリア原虫)によるマラリアの地理的分布範囲と流行期間の長さの変化を予測した(Bhattacharya et al.,

2006)。主な媒介動物であるハマダラカについての気候適合性に基づくオーストラリアでの評価は、生息地が南に拡大する可能性が高いと予測した。ただし、対応能力があるため将来地方的流行が起きるリスクは低いままであろう(McMichael et al., 2003a)。 デング熱は都市部にほぼ限定される気候感度の高い重要な疾病である。オーストラリアとニュージーランドの一部でデング熱を媒介しうる種の拡大が予測されている(Hales et al., 2002; Woodruff, 2005)。蒸気圧に基づく実証的モデルは緯度分布が広がることを予測し

た。2080年代には、デング熱のリスクにさらされるであろう人口は気候変動と人口増加の結果 50億から 60

億人になると推定された。これに対して、気候が変化しない場合には 35億人である(Hales et al., 2002)。 ダニ媒介性脳炎とライム病を含むマラリア以外の動物媒介性疾患に対する気候変動の予測される影響については、ヨーロッパ(第 12章)と北アメリカ(第 14章)を扱う章で論じる。

8.4.1.3 暑熱と寒気に関連した死亡率 第 3次評価報告書以降、大気温度と死亡率の関係の証拠が補強され、熱波が健康に及ぼす影響はますます強調されている。表 8.3は気候変動が暑熱と寒気に関連した死亡率に及ぼす影響の予測をまとめている。先進国以外では熱ストレスが死亡率に及ぼす影響についての情報は不足している。 気候変動に起因する寒気に関連した死亡の減少は、英国では暑熱に関連した死亡の増加を上回ると予測されている(Donaldson et al., 2001)。しかし、寒気に関連した死亡の予測と冬が暖かくなることによる寒気に関連した死亡の減少の可能性は、インフルエンザと流行期の影響を考慮しないと、過大評価になりうる(Armstrong et al., 2004)。 暑熱に関連した罹患率と死亡率は上昇すると予測されている。暑熱への曝露はばらつきが大きく、既存の研究では高温により失われる生存年数は定量化されていない。モデルに順応と適応に関する想定が組み込まれている場合、気候変動に起因する暑熱に関連した死亡率の負担の推定値は減少するが、完全になくなるわけではない。一方、高齢者人口の増加によりリスクに曝される人口の比率は上昇するであろう。というのは、通常高齢になると体温調節能力が低下するからである。全体として、温帯諸国でのあまりひどくない程度の熱波では健康負担は比較的小さくなりうる。なぜなら、死亡するのは主に影響を受けやすい人々だからである。さまざまな社会経済シナリオと気候予測のもとで暑熱に関連した死亡率と寒気に関連した死亡率の差し引きがどのように変化しうるかを理解するにはさらなる研究が必要である。

8.4.1.4 都市の大気の質 地表面オゾンのバックグラウンドレベルは、メタン、一酸化炭素、窒素酸化物の排出増加により、工業化以前の時代から上昇してきた。このトレンドは今後 50年にわたり継続すると予想されている(Fusco and Logan,

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2003; Prather et al., 2003)。ヨーロッパと北アメリカに関して、地表面オゾン濃度の変化が、将来の排出および/または気象パターンのシナリオによって予測されてきた(Stevenson et al., 2000; Derwent et al., 2001;

Johnson et al., 2001; Taha, 2001; Hogrefe et al., 2004)。もちろん、将来の排出は不確かであり、人口増加、経済開発、規制措置、エネルギー利用についての想定に左右される(Syri et al., 2002; Webster et al., 2002a)。オゾン前駆物質の排出が変化しないと想定すると、気候変動が将来的な「<高濃度>オゾンの発生」の頻度に及ぼす影響の度合いは、気象学的な必要条件の存在に左右される(Jones and Davies, 2000; Sousounis et al., 2002;

Hogrefe et al., 2004; Laurila et al., 2004; Mickley et al.,

2004)。表 8.4は、予測されるオゾン濃度に適用した現在の曝露-死亡関係に基づいた将来的な罹患率と死亡率の予測をまとめている。オゾン濃度の上昇は地域の大気の質に関する目標を達成する能力に影響を及ぼすであろう。中・低所得国の都市に関しては、住民の汚染負担はより大きいにもかかわらず、予測はない。 気候変動がほかの汚染物質に及ぼす影響のモデルはほとんどない。これら<のモデル>は、主に粒子状物質の将来レベルの決定で地方的な軽減戦略が果たす役割を重視し、絶対濃度ではなく大気の質の基準を超える確率を予測する傾向がある(Jensen et al., 2001;

Guttikunda et al., 2003; Hicks, 2003; Slanina and Zhang,

2004)。結果は地域によってばらつきがある。夏季の地域的な大気汚染発生の深刻さと持続期間(燃焼一酸化炭素と黒色炭素の追跡によって診断される)は、気候変動によって引き起こされる地上の低気圧の頻度の減少により、2045~ 2052年までに米国北東部と中西部で増大すると予測される(Mickley et al., 2004)。英国のある研究は、気候変動の結果、気象条件の変化により微粒子濃度の高い日が大幅に減少するであろうと予測した(Anderson et al., 2001)。汚染物質の国境を越えた輸送は地方的範囲から地域的範囲にわたる大気の質の決定に重要な役割を果たすため(Holloway et al.,

2003; Bergin et al., 2005)、将来の地方的な大気の質にとって、半球レベルから全球レベルの大気循環パターンの変化が地域的パターンと同じくらい重要になる可能性が高い(Takemura et al., 2001; Langmann et al., 2003)。

8.4.2 脆弱な人々と地域

 気候変動に対する人の健康の脆弱性が、気候感度の高い健康の決定要因とアウトカムの負担、予測される

気候変動に関連した曝露、適応能力のトレンドを含む、さまざまな科学的証拠に基づいて評価された。Box 8.5

では人の健康にとって重要な気候変動に関連した曝露のトレンドを論じている。以下の節で強調されているように、とりわけ脆弱な集団と地域は、危害を被り、気候変動性と変化によって課されるストレスへの対応能力がより小さく、かつ現在の脆弱性の軽減に関して限られた進歩しかしていない可能性がより高い。例えば、氾濫原に居住している者は皆、洪水の間リスクにさらされるが、洪水の水と洪水の結果から逃れる能力の低い者(子どもと虚弱な人々や基準に満たない住宅に居住する者など)はリスクがより高い。

8.4.2.1 脆弱な都市住民 都市化と気候変動は相乗的に作用して疾病負担を増大させるかもしれない。都市人口の増加速度は低所得国が高所得国を上回る。都市人口は 1900年の 2

億 2,000万人から 1950年には 7億 3,200万人になり、2005年には 32億人に達したと推定されている(UN,

2006b)。2005年には、高開発地域の人口の 74%が都市住民であったのに対し、低開発地域では 43%であった。2030年にはほぼ 49億人が都市住民になると予測されている。これは全球人口の約 60%であり、高開発地域の人口の 81%、低開発地域の人口の 56%が都市住民となる。 都市化は、例えば、安全な水と改善された衛生設備の提供を容易にすることによって、住民の健康にプラスの影響を及ぼしうる。しかし、急速に進む無計画な都市化はマイナスの健康アウトカムを伴うことが多い。都市スラムと無断居住者の居住地は、地滑り、洪水、その他の自然災害がおきやすい地域にあることが多い。こういった居住地で水と衛生設備がないことは、それ自体が問題であるだけでなく、病気の宿主と媒介動物の制御をさらに困難にし、水を介した疾病やその他の疾病の発生と再発を助長する(Obiri-Danso et

al., 2001; Akhtar, 2002; Hay et al., 2005a)。無計画な都市化は経済の衰退と結び付いてマラリアの負担と対策に影響を及ぼし、都市住民の間で疾病負担を増大させるかもしれない(Keiser et al., 2004)。現在、アフリカではほぼ 2億人(全人口の 24.6%)が都市居住地で暮らし、マラリアのリスクにさらされている。インドでは、無計画な都市化が Plasmodium vivax によるマラリア(Akhtar et al., 2002)とデング熱の広がりを助長してきている。さらに、騒音、過密、無計画な都市化によって起こりうるその他の特徴は、鬱、不安、慢性ストレス、

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統合失調症、自殺といった精神障害の罹患率を上昇させるかもしれない(WHO, 2001)。急速で無計画な都市化に伴う問題が今後数十年にわたり、特に低所得国で増加すると予想される。 気温上昇と都市のヒートアイランド効果との相互作用を一因とする熱波の頻度と強度の増大に伴い、粗末な住宅に住む人口密度の高い都市地域の人々のリスクは増大するであろう(Wilby, 2003)。適応は、建物環境の物理的変更と住宅および建築基準の改善を含みうるさまざまな戦略を必要とするだろう(Koppe et al.,

2004)。

8.4.2.2 脆弱な農村住民 気候変動は一部の農村の住民と地域に広範な悪影響を及ぼしうる。この悪影響には、最適な作物生育条件の地理的移行と作物の収量の変化に起因する食料不安の増大、農業用水資源と人による消費用水資源の減少、洪水と暴風雨による被害、洪水、干ばつ、および海面上昇による耕作地の喪失、ならびに気候に敏感な健康アウトカムの割合の増加などがある。水不足は、大腸菌やその他の有害物質(寄生虫を含む)に汚染された水に関連した疾患、貯水システムに関連した動物媒介性疾患、栄養不良を含む、複数の負の健康アウトカムと関連している(第 3章参照)。水不足は、特に世界の土地面積の約 40%を占めるサバンナ地域で、持続可能な開発に重大な制約を及ぼす(Rockstrom, 2003)。

8.4.2.3 食料不安  国 際 食 糧 政 策 研 究 所(International Food Policy

Research Institute)の農産物と貿易の政策分析のための国際モデル(International Model for Policy Analysis of

Agricultural Commodities and Trade)は、全球の穀物生産は 1997から 2050年にかけて特に温帯地域で 56%増加し、畜産生産は 90%増加しうると予測しているが(Rosegrant and Cline, 2003)、将来の食料安全保障に関する専門家の評価は一般に中期的には悲観的である。世界の飢餓を 2015年までに半減させるという 2002年世界食料サミットの目標を達するにはあと 35年ほどかかるであろうとする指摘がある(Rosegrant and Cline,

2003; UN Millennium Project, 2005)。気候変動の影響を度外視すれば、全球の<飢餓の>負担は低下すると予想されるが、子どもの栄養不良は低所得国地域で続くと予測されている。 栄養不良の決定因子は複雑であるため、現在と将来の気候変動に関連した栄養不良負担の原因特定には問

題が多い。影響を受けるかもしれない人が非常に多いため、極端な気候現象と関連した栄養不良は、気候変動の最も重要な影響の一つであるかもしれない。例えば、気候変動はマリの飢餓リスクにさらされる人口比率を 34%から 2050年代までに 64~ 72%に上昇させると予測される。ただし、さまざまな適応戦略の効果的実施によってこの比率は相当に低下させうる(Butt

et al., 2005)。気候変動モデルは、悪影響を受ける可能性が高いのは、既に食料不安に最も脆弱な地域、特にアフリカであり、この地域は相当な農業用地を失うかもしれないことを予測している。全体として、気候変動は飢餓のリスクにさらされる人数を増加させると予測されている。

8.4.2.4 沿岸域および低平な地域の住民 世界の人口の 4分の 1が海岸から 100 km以内、海抜 100 m以下に居住している。この地域の人口は今後数十年に増加する可能性が高い(Small and Nicholls,

2003)。気候変動は、海面上昇の加速、海面温度のさらなる上昇、熱帯低気圧の強大化、波と高潮の特徴の変化、降雨/流出量の変化、海洋酸性化によって沿岸域に影響を及ぼしうる(第 6章を参照)。こういった変化は、沿岸洪水と沿岸のインフラへの被害、海岸の淡水資源への塩水の浸入、沿岸生態系やサンゴ礁、沿岸漁業への被害、住民の移動、気候感度の高い健康アウトカムの分布範囲と流行の変化などをとおして人の健康に影響を及ぼしうる。一部の小島嶼国とほかの低平な地域は著しい危険にさらされているが、気候変動性と変化が健康に及ぼす影響についての予測はほとんどない。小島嶼国で懸念される気候感度の高い健康アウトカムとしては、マラリア、デング熱、下痢性疾患、暑熱ストレス、皮膚病、急性呼吸器感染症、喘息が挙げられる(WHO, 2004a)。 2100年にオランダで夏季最高温度が 4℃上昇するモデルは、<表層と深層の>水柱の成層化と組み合さることで、北海で害を及ぼしうる一部の植物性プランクトン種の成長速度が倍になると予測しており、人の健康に悪影響を及ぼしうる藻の発生頻度と強度を増大させる(Peperzak, 2005)。人の健康に有害な植物性プランクトンの海洋温度上昇に対する感度はかなり多様であるため、影響の予測は複雑である。 21世紀をとおして高潮による洪水のリスクにさらされる人口が全球の平均海面上昇の幅と社会経済シナリオに基づいて予測されてきている(Nicholls, 2004)。基準条件下では、1990年には約 2億人が 1,000年に 1度

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起こりうる高潮の波高より低い場所に住んでおり(例えば、危険地区の住民)、1,000万人 /年が洪水を経験した。4つの SRESシナリオ(A1FI、A2、B1、B2)で、すべての時間断面に関して、人口増加により危険区域の居住者数は増加した。国が豊かになるにつれて既存のリスクに対する防御手段は改善されると想定し、海面上昇を考慮しない場合、洪水の影響を受ける人数はA1FI、B1、および B2シナリオで 2080年代までに減少する。A2シナリオのもとでは、2080年代に 1年間に洪水に見舞われる人数は 1990年の 2から 3倍になると予測されている。とりわけ島嶼地域、特に東南アジア、南アジア、アフリカのインド洋沿岸、アフリカの大西洋沿岸、地中海南部の島嶼地域は脆弱であり、A1FIシナリオで顕著である(Nicholls, 2004)。 低平な地域の人口密度の高い地域は気候変動に対して脆弱である。気温が 2℃上昇し、海面水位が 30 cm

上昇し、モンスーンによる降雨が 18%増加し、モンスーンによる主要河川への流入が 5%増加するという想定では、バングラデシュでは無防備な乾燥地域の居住者の 4.8%が水深 30から 90 cmの浸水に直面しうると予測されている(BCAS/RA/Approtech, 1994)。気温が4℃上昇し、海面水位が 100 cm上昇し、モンスーンによる降雨が 33%増加し、モンスーンによる主要河川への流入が 10%増加するという想定ではこの比率が 57

%に上昇しうる。より深い水深の浸水(90から 180 cm)に直面しうる場所もある。 先進国での研究は、人口密度の高い都市部が海面上昇によるリスクにさらされていることを示している(第 6章参照)。ハリケーン・カトリーナが証明したようにニューオリンズ(米国)とその周辺は海面より 1.5から 3 m低い(Burkett et al., 2003)。沈下率を考慮し、2100年までに海面水位が 480 mm上昇するという第 3次評価報告書の推定幅の中間値を用いると、この地域は 2100年までに平均海面水位より 2.5から 4.0 m

以上低くなり、カテゴリー 3のハリケーンによる高潮(波を除き高さ 3から 4 mと推定)は 2004年に人口過密だった地域で 6から 7 mになりうると予測される(Manuel, 2006)。

8.4.2.5 山岳地域の住民 気候の変化は多くの山岳地域の氷河に影響を及ぼしており、ヒマラヤ、グリーンランド、ヨーロッパアルプス、アンデス山脈、東アフリカでは氷河の急速な後退が文書で立証されている(WWF, 2005)。山岳地域の雪塊と氷河の深さの変化とその季節的な融解の変化

は、山岳から平野まで、淡水の流出量に頼っているコミュニティに多大な影響を及ぼしうる。例えば中国では、人口の 23%が、氷河の融解が主な乾季の水源になっている西部で暮らしている(Barnett et al., 2005)。年間の氷河の雪の融解の長期的減少によって、結果として一部の地域では水不足になりうる。 山岳地域での気候変動が健康に及ぼしうる影響について入手できる公表された情報はほとんどない。しかし、動物が媒介する病原体が、以前なら生存に適さなかった高地での新しい生息地で生きることができるようになり、また淡水の質と利用可能量の変化に伴い下痢性疾患がより広がりうる可能性が高い(WHO

Regional Office for South-East Asia, 2006)。より極端な降雨現象によって洪水と地滑りは増加する可能性が高い。氷河湖の決壊による洪水は山岳地域に特有のリスクである。これに伴う罹患率と死亡率は高く、氷河の融解の速度が増すにつれて、<この洪水は>増加すると予測されている。

8.4.2.6 極域の住民 極付近の住民の約 10%は先住民であり、気候変動に対して特に脆弱である(ACIA, 2005)。その脆弱性への寄与要因としては、土地との関係が密接であること、コミュニティが沿岸地域にあること、食べ物と経済面に関してその土地の環境に頼っていること、社会経済的要因およびその他の要因などがある(Berner and

Furgal, 2005)。気候変動と基調を成す社会、文化、経済、政治的傾向との交互作用は、北極地方の住民に多大な影響を及ぼすと予測されている(Curtis et al., 2005)。 北極域での冬季の気温上昇により、主に心血管系疾患と呼吸器系疾患による死亡が減少し、冬季の超過死亡が減少すると予測されている。人間の行動要因を含む防寒が変化しないと想定すると、寒気に関連する傷害は減少すると予測されている(Nayha, 2005)。カナダ北部の先住民コミュニティでの観測は、海氷が薄くなり崩壊が早まるといった不測の環境条件に関連した陸上の事故と傷害の件数が増える可能性が高いことを示唆している(例えば、Furgal et al., 2002a, b)。野生動物と昆虫によって伝播する疾病は、北アメリカの北極地方の北西など一部の地域で<流行期が>長期化すると予測され、その結果、人に伝染しうる主要な動物種(例えば海洋ほ乳類、鳥類、魚類、貝類)の疾病負担が高まる(Bradley et al., 2005; Parkinson and Butler, 2005)。極付近の住民の伝統的な食べ物は、気温の上昇が氷雪の時期と分布に及ぼす影響を一因とする動物の移動と

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分布の変化および人間の動物へのアクセスの変化によって悪影響を受ける可能性が高い。さらに、気温上昇は一部の食物(例えば、海洋ほ乳類の脂肪)内の環境汚染物質への人間の曝露に間接的影響を及ぼすかもしれない。北大西洋の気温上昇は魚類と海洋ほ乳類の中での水銀のメチル化率を増大させ、その摂取によって人間の曝露を増大させると予測されている(Booth and

Zeller, 2005)。

8.5 コスト

 気候変動の影響の厚生コスト(および便益)に焦点を当てた研究は、気候変動の「ダメージ」コストを集計するか(Tol, 1995, 1996, 2002a, b; Fankhauser and Tol,

1997; Fankhauser et al., 1997)、気候変動削減措置のコストと便益を見積もっている(Nordhaus, 1991; Cline,

1992, 2004; Nordhaus and Boyer, 2000)。気候変動により失われる命の全球での経済的価値は、1990年のドル額で 60億から 880億と幅がある(Tol, 1995, 1996, 2002a,

b; Fankhauser and Tol, 1997; Fankhauser et al., 1997)。厚生コスト(および便益)を見積もる経済学的方法にはいくつかの欠点がある。つまり、研究に含まれているのは、一般に暑熱と寒気に関連した死亡とマラリアといったわずかな健康アウトカムのみである。国レベルでの健康への影響の直接コストの評価も実施されているが、健康への影響を見積もる証拠基盤が比較的弱い(IGCI, 2000; Turpie et al., 2002; Woodruff et al., 2005)。健康影響が見積もられた場合、健康影響の厚生コストは気候変動の総コストの相当な部分を占める(Cline,

1992; Tol, 2002a)。このようなタイプの評価の重要性を考えると、さらなる研究が必要である。 気候変動に起因する死亡は、経済学者が従来から命の価値をより低く設けている低所得国で最大になると予測されている(van der Pligt et al., 1998; Hammitt and

Graham, 1999; Viscusi and Aldy, 2003)。一部の見積りは各国の価値を「全球平均価値」で置き換えると死亡コストが 5倍も増加するであろうことを示唆している(Fankhauser et al., 1997)。気候変動はまた労働者の暑熱ストレスへの曝露をとおして生産性に重大な直接的影響を及ぼす可能性が高い(8.2.9節参照)。生産性の変化による経済的影響の見積りは、子どもと高齢者への重大な健康影響を考慮していない。生産性コストを見積もるにはさらなる研究が必要である。

8.6 適応:実践、オプション、制約

 これまでに既に起きている気候変動に対する現在の脆弱性を減少させるには現時点での適応が必要であり、今後数十年間に起きると予測される健康リスクに対処するにはさらなる適応が必要である。現在の脆弱性レベルは、一部には気候感度の高い健康の決定因子とアウトカムの負担を低減するために実施されているプログラムや対策と相関関係にあり、また一部には、下痢性疾患を減らすための安全な水と改善された衛生設備の提供、およびマラリアとその他の感染症の大発生をつきとめて対応する監視プログラムの実施を含む、従来の公衆衛生活動の成功の結果でもある。公衆衛生システムが不十分であることと一次医療へのアクセスが限られることは、数億人の人々の高い脆弱性と低い適応能力の要因となっている。 気候感度の高い健康の決定因子とアウトカムの負担削減を目指して現在実施されている各国および国際的プログラムと対策は、気候変動の圧力増大に対処するために、見直される、方向転換される、また地域によっては拡大される必要があるかもしれない。プログラムをどの程度増やす必要があるかは、気候感度の高い健康アウトカムの現在の負担、現在の介入の効果、気候の変化と気候変動性に伴い負担がどこで、いつ、どのように変化しうるかという予測、活動の実施に必要な人的資源と財的資源へのアクセス、影響に対する回復力を増減しうるストレス要因、介入が実施される社会的、経済的、政治的背景といった要因に左右されるであろう(Yohe and Ebi, 2005; Ebi et al., 2006a)。気候変動性と変化に対処するために最近実施されたプログラムと対策を以下の事例では明らかにしている。 公衆衛生の意思決定者が計画の対象とする期間は、気候変動の予測される影響と比較すると短い。このことは、短期リスクにしか焦点を当てていない現行のリスク管理アプローチの変更を必要とするだろう(Ebi

et al., 2006b)。二段階の取組みが必要とされるかもしれない。予測される気候リスクへ対処するプログラムの可能性が高い有効性を判断する定期的評価と、現在の気候変動に関する懸念事項を実施中のプログラムと対策に組み込むための変更である。例えば、マラリアの流行はアフリカのほとんどの地域で公衆衛生の問題であり、この伝染病に関連した罹患率と死亡率を低下させるプログラムが実施されている。気候変動はマラリアのさらに高地への拡大を容易にするかもしれないことを示唆する予測もある(8.4.1.2節参照)。従って、

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プログラムは、現在焦点になっている点を継続するだけでなく、媒介動物であるAnopheles(ハマダラカ)が分布範囲を変える場合に流行を特定して防止するためのさらなる監視をいつ、どこで実施するかも考慮すべきである。 どのように公衆衛生とその他のインフラが発展していくかも、一人当たり GDPだけからは決まらない主要な不確実性である(8.3節を参照)。気候変動のために結集し、備えるためには、大衆の啓発、その土地の資源の効果的利用、適切なガバナンス取り決めとコミュニティの参加が必要である(McMichael, 2004)。こういったことは低所得国では特に難題である。さらに、ほかの分野の状況と傾向が公衆衛生、とりわけ水の量、質、および衛生(第 3章参照)、食料の質と量(第 5

章参照)、都市環境(第 7章参照)、および生態系(第4章参照)に影響を及ぼす。これらの分野もまた気候変動の影響も受け、特に低所得国で、人々の脆弱性を高めたり低下させたりしうるフィードバックループを生み出すであろう(図 8.1)。

8.6.1 さまざまなスケールでのアプローチ

 事前的戦略、政策、対策を、保健省を含む地方政府と中央政府、世界保健機関などの国際機関、個人が実施しなければならない。気候変動が健康に及ぼしうる影響は範囲が広く、地方的状況が多様であるため、以下に挙げるのは一例であり、包括的なものではない。

8.6.1.1 全国レベルと地方レベルでの対応 気候と環境の予報に基づき病気の大発生が予想されうることを住民と関係当局に警告するために、熱波とマラリアの大発生に関する気候に基づいた早期警戒システムが国レベルと地方レベルで実施されてきた(Abeku et al., 2004; Teklehaimanot et al., 2004; Thomson et

al., 2005; Kovats and Ebi, 2006)。健康への影響を効果的に低減させるには、この警戒システムに具体的な介入計画が組み合わされなければならず、またシステムとその構成要素に関する継続的評価がなければならない(Woodruff et al., 2005; Kovats and Ebi, 2006)。 気象災害を含む気候変動性に対する回復力を増強するため、季節予報が使用されうる。例えば、太平洋 ENSOアプリケーションセンター(PEAC)は、1997/1998年に強大なエルニーニョが起きているとき、酷い干ばつが起きうること、一部の島嶼で熱帯低気圧のリスクが異常に高くなっていることを政府に警告し

た(Hamnett, 1998)。公教育や啓発キャンペーンなど、開始された介入は下痢性疾患と動物媒介性疾患のリスク削減に効果的であった。例えば、ポーンペイでは水不足にも関わらず重症の下痢性疾患で入院した子どもは通常よりも少なかったが、これは水の安全性についての公衆衛生メッセージが頻繁に出されたからである。しかし、介入によって健康への悪影響がすべて排除されたわけではなく、フィジーの妊婦の微量栄養素欠乏などが残った。 気候に関連した健康への影響と適応オプションについての意識を高め、その土地の知識と考え方を活用するため、政府や研究者、コミュニティの住民を取り込む参加型アプローチの利用度が高まってきている(Box

8.6参照)。

8.6.1.2 国際機関の対応 国際監視システムの改善は、国レベルと地域レベルの備えを促進し、伝染性疾患に対する将来の脆弱性を低減させる。現在、世界の多くの地域の監視システムは不完全で、疾病の大発生に対する対応が遅い。この状況は国際保健規則(International Health Regulations)の実施によって改善されるであろうと予想されている。気候変動によって生じることが予測される疾病対策プログラムに対する圧力増大を説明し、また予期するためには、空間的・時間的限界への対処を含む現行監視プログラムの対応力と精度の改善が必要である。リモートセンシングとバイオセンサーなど、地球観測やモニタリング、監視はこういった活動の一部の確度と精度を向上させるかもしれない(Maynard, 2006)。 ドナー、国際および各国援助機関、緊急救援機関、さまざまな非政府組織は、直接支援や研究開発の支援、さらには各国の保健省と協力して開発された現行の公衆衛生対応を改善し、気候変動に関連したリスクを疾病対策政策や措置の設計、実施、評価にいっそう効果的に組み込むためのその他のアプローチをとおして、重要な役割を果たす。 マイナスの健康アウトカムとその動因が国境を越える場合には 2か国以上が共同して国際的な対応を展開させることができる。例えば、人為的環境変化のために洪水が激しくなっているエルベ川、ドナウ川、ライン川、およびその他の国境を越えて流れる川に沿った国々のために国連ヨーロッパ経済委員会をとおして洪水防止指針が策定された(UN, 2000)。この指針は、現在の影響を縮小し、将来の回復力を増大させるには、<それぞれの>川岸諸国内および川岸諸国間の両方で

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協力が必要とされることを認めている。

8.6.1.3 個人レベルの対応 極端現象の警戒システムの有効性は、暑熱に対する警報や洪水警報などに対応して個人が適切な行動をとるかどうかに左右される。個人は高い周囲温度に応じて衣服と活動レベルを調節することによって、また暑熱の負荷を低減させるために扇風機を用いるなど建物環境を変えることによって、<リスクへの>個人的な曝露を縮小しうる(Davis et al., 2004; Kovats and Koppe,

2005)。気象は曝露に影響を及ぼすかもしれない文化的慣行をある程度決定しうる。

8.6.1.4 保健医療システムの適応 保健医療システムは、気候変動に関して計画を立て、対応する必要がある(Menne and Bertollini, 2005)。健康不良の最も一般的原因の多くに関して効果的な介入があるが、この介入はしばしば最も便益を受けうる人々に到達していない。気候変動への適応を促進し、脆弱性を低減させる一つの方法は、世界のニーズの高い都市と地域における効果的な臨床的公衆衛生介入への理解を促進することである。例えば、アフリカの健康は国際開発ポートフォリオの最優先投資事項として扱わなければならない(Sachs, 2001)。保健医療プログラムへの出資は脆弱性の削減に必要なステップであるが、これだけでは十分ではない(Brewer and Heymann,

2004; Regidor, 2004a, b; de Vogli et al., 2005; Macintyre et

al., 2005)。<脆弱性削減の>進展は公共機関の強化、人々を公平に扱い普遍的な一次医療を提供する上手く機能する医療保険システムの構築、より利用しやすいよりよいサービスに対する需要をもたらす十分な教育の提供、必要な作業を実施する十分なスタッフの確保によっても左右される(Haines and Cassels, 2004)。保健医療サービスのインフラには極端現象に対する回復力がなければならない(EEA, 2005)。気候変動によってもたらされる脅威を理解するように保健医療専門家の訓練に尽力する必要がある。

8.6.2 スケール横断的対応の統合

 特定の健康リスクに対する適応対応はしばしばスケールごとに区切られたものになるであろう。例えば、熱波に対する統合的対応には、前述の対策に加え、新しい建物の設計と建設および新しい都市部の計画で気候変動予測を考慮することが含まれうる(Kovats and

Koppe, 2005)。さらに、国家エネルギー効率プログラムと輸送政策は都市ヒートアイランド効果とオゾンおよびほかの大気汚染物質の排出の両方を低減するアプローチを採り入れうる。 コミュニティと地域の適応能力を増大させるために設計された介入は温室効果ガス緩和目標の達成も促進しうる。例えば、植林、屋上庭園、都市ヒートアイランド効果を低減させるために計画された茂み、およびその他の対策など、都市ヒートアイランド効果低減策は、エネルギー需要を減らしながら、熱波に対するコミュニティの回復力を増大させる。太陽、風、およびその他の再生可能資源によるエネルギーの割合を高めることで、温室効果ガスと化石燃料の燃焼によって発生するほかの大気汚染物質の排出が削減されるであろう。

8.6.3 適応の限界

 問題があるという認識、その問題は重要だという意識、その問題の原因についての理解、影響力、およびその問題に影響を及ぼす政治的意思といった公衆衛生面での予防の必要条件が一つ以上満たされていない場合に適応の制約が生じる(Last, 1998)。意思決定者は競合する優先事項間のバランスの評価に基づいて、どの適応をどこで、いつ、どのように実施するかを選択するであろう(Scheraga et al., 2003)。例えば、地域が異なれば、媒介動物の繁殖地を縮小するための湿地の排水の生態学的影響が公衆衛生と環境福祉に与える影響の評価が異なるかもしれない。その土地の法律と社会習慣が適応オプションの制約となるかもしれない。例えば、媒介動物制御に農薬を使用することが効果的な適応措置になるかもしれないが、適切な使用を確保するための規制があるコミュニティであっても、住民が散布に反対するかもしれない。よりよい意思決定には、気候変動に関連した健康への影響についての認識を高め、適応オプションに関する知識を普及することが根本的に重要である。 具体的な限界は健康アウトカムと地域によって異なるであろうが、低所得国には根本的な制約が存在し、これらの国々での適応は一部には公衆衛生、水、農業、運輸、エネルギー、住宅分野での開発経路に左右されるであろう。貧困が効果的な適応への最も深刻な障害である。経済成長にかかわらず、低所得国は中期的には貧しく脆弱なままで、気候変動への適応オプションは高所得国より少ない可能性が高い。従って、適応

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戦略は、開発、環境、および保健政策との関連で設計されなければならない。将来の脆弱性を低減するために利用されうるオプションの多くは、現在の気候への適応で価値があり、ほかの環境目標と社会的目標の達成に利用されうる。しかし、適応に利用される資源は社会のほかの懸念問題と共有されるであろうため、優先事項が異なるステークホルダー間で衝突が起きる可能性がある。衡平性(すなわち、異なる人口集団間で異なる健康影響をもたらす決定)、効率性(すなわち、公衆衛生の最大の改善をもたらすであろうプログラムを対象とすること)、および政治的実現可能性についての疑問も生じるであろう(McMichael et al., 2003a)。

8.6.4  適応戦略、政策、対策が健康に及ぼす影響

 適応戦略、政策、対策は短期的、長期的に健康に意図しない悪影響を及ぼしうるが、実施の前に潜在的リスクを評価すべきである。例えば、飢餓に対する回復力を増大させるために策定されたエチオピアの小型ダムと灌漑プログラムは地方的なマラリア死亡率を 7.3

倍増加させた(Ghebreyesus et al., 1999)。気候変動に起因する周囲温度の上昇が問題をいっそう悪化させうる。別の例として、私的な場と公的な場でのエアコンの使用は、暑熱に関連した罹患率と死亡率を低下させるために米国で用いられている主な対策である(Davis

et al., 2003)が、発電に使用されるエネルギー源次第では、エアコンの使用増加は温室効果ガスの排出、大気汚染、および都市のヒートアイランドを増大させうる。 廃水の灌漑への再利用などの水不足対策は、人間の健康に影響を及ぼす(第 3章参照)。現在、灌漑はマラリアや住血吸虫症などの感染症の拡大の重要な決定因子になっている(Sutherst, 2004)。病原生物による健康リスクを防止し、作物の質を保証するため、廃水による灌漑の厳密な水質指針が策定されている(Steenvoorden and Endreny, 2004)。しかし、大半の低所得国の農村と都市周辺部では、下水と廃水を灌漑に利用するという一般的慣行が糞口感染疾患の感染源になっている。廃水の灌漑利用は気候変動に伴い増える可能性が高いが、低所得の住民にとって廃水処理はまだ高嶺の花である(Buechler and Scott, 2000)。

8.7 結論:持続可能な開発への含意

 気候変動は既に全球の疾病負担と早期死亡の一因になっているという証拠が浮かんできている。気候変動はマラリア、デング熱、ダニ媒介性疾患、コレラ、ならびにその他の下痢性疾患の空間的および時間的分布において重要な役割を果たし、また一部のアレルギーを引き起す花粉種の季節的な分布と濃度に影響を及ぼしており、さらには暑熱に関連した死亡率を上昇させてきた。影響の分布には偏りがあり、サハラ以南のアフリカやアジアなど、既に疾病負担が高い国々が特に深刻である。 気候変動が健康に及ぼすと予測される影響は主に負の影響であり、影響が最も深刻なのは適応能力が最も弱い低所得国である。先進国の脆弱な人々もまた影響を受けるだろう(Haines et al., 2006)。予測される気温上昇と降雨パターンの変化は、栄養不良、熱波、洪水、暴風雨、火災、干ばつに起因する疾病と傷害、下痢性疾患、および地表面オゾンの濃度上昇による心臓・呼吸器系疾患を増大させうる。寒気への曝露に起因する死亡の減少と一部地域の動物媒介性疾患に関する気候適合性の低下など、健康への便益もいくらかはあると予想されている。図 8.3 は、リスクにさらされる可能性が高い人数と潜在的な適応能力を考慮した、予測される健康影響の方向と大きさをまとめている。 健康は直接的にも(子どもの死亡率、妊婦の健康、HIV/AIDS、マラリア、およびその他の疾患の場合)、間接的にも(不健康は極度な貧困、飢餓、低い学業成績の一因となる)、ミレニアム開発目標の達成と持続可能な開発の中心となる(Haines and Cassels, 2004)。急速で激しい気候変動は一部の地域で開発目標の達成に向けた進展を遅らせる可能性が高い。最近起きた事象は、人々と保健医療システムは極端現象の頻度と強度の増大に対処できないかもしれないことを実証している。このような極端現象は、コミュニティの回復力を低減させ、脆弱な地域や場所に影響を及ぼし、大半の社会の対処能力を打ち負かしうる。 さまざまなレベルとスケールで適応の戦略、政策、対策を策定し、実施する必要がある。気候感度の高い健康の決定因子とアウトカムの負担削減を目指して現在実施されている各国および国際的プログラムと対策は、気候変動の圧力増大に対処するために、見直される、方向転換される、また地域によっては拡大される必要があるかもしれない。これには、疾病のモニタリングと監視のシステム、保健医療システムの計画、お

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よび対応準備において気候変動に関連したリスクを考慮することが含まれる。健康アウトカムの多くは、環境の変化を介して生じている。水、農業、食料、建設の分野で実施される対策は、人間の健康に便益をもたらすように設計されるべきである。しかし、適応は十分ではない。

8.7.1 健康と気候保護:クリーンエネルギー

 GHG排出削減行動の結果もたらされる大気汚染低下により健康が受ける副次的便益はかなり大きく、緩和コストの相当な部分を相殺するかもしれない(Barker

et al., 2001, 2007; Cifuentes et al., 2001; West et al., 2004)。さらに、メタンの排出を削減する行動によって、全球の地表面オゾン濃度が低下するであろう。これらの削減を達成するには、エネルギー効率、再生可能エネルギー、輸送手段などを含む行動のポートフォリオが必要である(IPCC, 2007c 参照)。 多くの低所得国では、電力へのアクセスは限られている。世界の人口の過半数がエネルギー需要を賄うため、依然としてバイオマス燃料と石炭に頼っている(WHO, 2006)。バイオマス燃料は燃料効率が低く、未確認ではあるが、そのかなりの部分が再生可能でない形で採取されているため、正味の炭素放出の一因となっている。小規模なバイオマスの不完全燃焼の生成物には、微小粒子、一酸化炭素、多環芳香族炭化水素、さまざまな毒性揮発性有機化合物を含む、健康に損害を与える多くの汚染物質が含まれている(Bruce et al.,

2000)。こういった汚染物質への屋内での曝露は、戸外の大気汚染物質への曝露と比べて大きい。公表されている疫学研究に基づく現在の最良の推定値は、家庭のバイオマス燃料が低所得国での毎年約 70万から 210

万の早期死亡(下部呼吸器感染、慢性閉塞性肺疾患、および肺癌の組合せによる)の原因であることを示している。その 3分の 2が 5歳以下の子ども、残りの大半が女性である(Smith et al., 2004)。 クリーン開発およびその他のメカニズムは、代替燃料源の開発を含むエネルギープロジェクトに関して決定を下す際、健康への副次的便益の計算を必要としうる(Smith et al., 2000, 2005)。低所得者の副次的便益を促進するプロジェクトは、持続可能な開発の当面の目標の推進とともに、気候の影響からのコスト効率のよい長期的保護の達成にも役立つものとして有望である(Smith et al., 2000)。

8.8 主要な不確実性と優先的研究課題

 TAR以降、気候変動が健康に及ぼす観測された影響に関する実証的な疫学的研究がさらに公表されてきており、これまで実施された各国の健康影響評価の中には人々の脆弱性に関して価値ある情報を提供してきたものもいくつかある。しかし、適切な長期的健康データが不足しているため、負の健康アウトカムの原因を観測された気候トレンドに特定するのは難しい。さらに、ほとんどの研究は中高所得国に焦点を当ててきている。低所得国の気候、健康、および環境のトレンドに関する情報は依然として欠落しており、これらの国々ではデータが限られているうえに、研究と政策策定では健康に関するほかの優先事項が優先されている。中・低所得国での気候変動に関連した健康影響の評価は適応プロジェクトと投資の指針として役立つであろう。 さまざまな気候シナリオと社会経済シナリオのもとで気候変動が健康に及ぼす影響を予測する気候-健康影響モデルの開発が進んできている。モデルはまだいくつかの感染症、異常な暑さ、大気汚染に限られている。回避可能な健康不良を防ぐことに対する責任のレベル、技術開発、経済成長、およびその他の要因の変化に基づいて人々の健康がどのように推移する可能性が高いかに関する不確実性、将来の気候変動の速度と強度、時間とともに気候と健康の関係がどのように変化しうるかに関する不確実性、適応の範囲、速度、制限要因、および主要な動因に関する不確実性など、予測の周りにはかなりの不確実性がある(McMichael et

al., 2004)。不確実性には、本章で述べた主要な健康アウトカムが単に改善するかどうかだけでなく、どのぐらいの速度で、どこで、いつ、どれだけのコストで改善するのか、すべての人口集団がこれらの開発の恩恵にあずかることができるのかも含まれる。社会経済開発、ガバナンス、および資源を改善することで大きな進展が生じるであろう。こういった問題は数十年以上の時間を通じて、初めて解決されるであろうことは明らかである。 意思決定者にとって関係がある地理的スケールと時間的スケールで予測される気候変動についてはかなりの不確実性が残るであろう。そのため気候リスクに対するリスク管理アプローチの重要性が増大する。しかしながら、予測は、どの程度の備えをしようとも、将来の極端現象の中には、その不測の強度と影響を受ける人々の根本的な脆弱性のために、壊滅的影響を及ぼ

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すであろうものがあることを示唆している。2003年のヨーロッパの熱波とハリケーン・カトリーナがその例である。とりわけ激しい極端現象が及ぼす影響は低所得国においてより大きくなるであろう。人々を熱波、洪水、および暴風雨から守るには、脆弱性をもたらす要因と、さらに重要なことには、保健医療、救急サービス、土地利用、都市設計、および居住パターンにおいてなされるべき変化をよりよく理解することが必要である。 重要な優先的研究課題には、気候変動と健康に関する研究の主な課題への次のような方法での取り組みが含まれる。・とりわけ中・低所得国で、気候と気象がさまざまな健康アウトカムに現在及ぼしている影響を定量化する方法の開発。

・さまざまな気候シナリオと社会経済シナリオのもとで気候変動に関連した影響を予測する健康影響モデルの開発。

・気候変動が健康に及ぼすと予測される影響のコスト、適応の有効性、ならびに抑制力と主な動因、適応コストに関する調査。

低所得国は、主要な問題を特定する能力、データの収集と分析能力、および適応オプションの設計、実施、監視能力が限られていることを含む、さらに多くの難問に直面している。気候が何をもたらすかに関係なく、人々の健康を守るためには研究の知見が政策決定に適切に取り込まれやすくなるよう、研究者、政策策定者、およびその他のステークホルダー間の相互作用をより系統的に促進することができる制度と仕組みを強化する必要がある(Haines et al., 2004)。

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表 8.1 TAR以降に公表された国別の気候変動による健康影響評価。

国 主な結論 適応勧告オーストラリア(McMichael et al., 2003b)

熱波に関連した死亡の増加、洪水による溺死、先住民コミュニティでの下痢性疾患、デング熱とマラリアの潜在的流行地域範囲の変化、可能性が高い太平洋諸島からの環境移民の増加。

考慮されていない。

ボリビア(Programa Nacional de Cambios Climaticos Componente Salud et al., 2000)

マラリアとリーシュマニア症流行の激化。先住民が感染症増大の影響を最も大きく受けるかもしれない。

考慮されていない。

ブータン(National Environment Commission et al., 2006)

頻繁な鉄砲水による人命の喪失、氷河湖の急な増水による洪水、地滑り、飢餓と栄養不良、動物媒介性疾患の高地への拡大、水資源の喪失、水系感染症のリスク。

安全な飲料水の確保、定期的な媒介動物対策とワクチン接種プログラム、大気と飲料水の質の監視、緊急医療サービスの確立。

カナダ(Riedel, 2004)

熱波関連の死亡の増加、大気汚染関連疾患の増加、動物・げっ歯類媒介疾患の拡大、国産および輸入貝類の汚染に伴う問題の増加、アレルギー性疾患の増加、カナダ北部の特定の住民に対する影響。

新興感染症のモニタリング、緊急管理計画、早期警戒システム、土地利用規制、上下水処理施設の改良、ヒートアイランド効果の低減措置。

フィンランド(Hassi and Rytkonen, 2005)

暑熱に関連した死亡率のわずかな上昇、生物季節の変化とアレルギー性疾患リスクの増大、冬季死亡率のわずかな減少。

医師の意識高揚と訓練。

ドイツ(Zebisch et al., 2005)

熱波による過剰死亡の観測、ダニ媒介性脳炎の分布範囲の変化、保健医療への影響。

人々への情報の拡大、早期警戒、緊急計画と建物の冷房、保険と準備基金。

インド(Ministry of Environment and Forest and Government of India, 2004)

伝染病の増加。インドではマラリアが高緯度、高地に移動すると予測されている。

監視システム、媒介動物対策、一般への啓発。

日本(Koike, 2006)

暑熱に関連した救急受診、スギ花粉症患者、食中毒のリスクの増加。睡眠障害。

暑熱に関連した救急受診の監視。

オランダ(Bresser, 2006)

暑熱に関連した死亡率と大気汚染の増大、ライム病、食中毒、アレルギー性疾患のリスク。

考慮されていない。

ニュージーランド(Woodward et al., 2001)

腸管感染症(食中毒)の増大、一部のアレルギー状態の変化、激しさを増した洪水と暴風による傷害、暑熱に関連した死亡のわずかな増加。

食品の品質を確保するシステム。住民および保健医療提供者への情報、洪水保護、媒介動物対策。

パナマ(Autoridad Nacional del Ambiente,

2000)

動物媒介性疾患およびその他の伝染病の増加、都市部での高レベルオゾンによる健康問題、栄養不良の増加。

考慮されていない。

ポルトガル(Casimiro and Calheiros, 2002;

Calheiros and Casimiro, 2006)

暑熱に関連した死亡とマラリア(表 8.2、表 8.3)、食品および水媒介性疾患、ウエストナイル熱、ライム病および地中海斑点熱の増加、一部の地域でのリーシュマニア症リスクの軽減。

熱的快適性への取り組み、暑い期間に関する教育、情報、および早期警戒、感染症の早期発見。

スペイン(Moreno, 2005)

暑熱に関連した 死亡と大気汚染の増加、動物・げっ歯類媒介性疾患の分布範囲が変化する可能性。

意識喚起、熱波の早期警戒システム、監視とモニタリング、保健政策の見直し。

タジキスタン(Kaumov and Muchmadeliev, 2002)

暑熱に関連した死亡の増加。 考慮されていない。

スイス(Thommen Dombois andBraun-Fahrlaender, 2004)

暑熱に関連した死亡率の上昇。動物原性感染症の変化、ダニ媒介性脳炎の症例の増加。

暑熱情報、早期警戒、二次的大気汚染物質削減のための温室効果ガス排出削減戦略、気候と健康に関する作業グループの立ち上げ。

英国(Department of Health and Expert

Group on Climate Change and Health in the UK, 2001)

洪水発生の増加による健康影響、熱波に関係した死亡リスクの増大、オゾンに関連した曝露の増大。

意識喚起。

【図、表、Box】

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8.2 Current sensitivity and vulnerability

Systematic reviews of empirical studies provide the bestevidence for the relationship between health and weather orclimate factors, but such formal reviews are rare. In this section,we assess the current state of knowledge of the associationsbetween weather/climate factors and health outcome(s) for thepopulation(s) concerned, either directly or through multiplepathways, as outlined in Figure 8.1. The figure shows not onlythe pathways by which health can be affected by climate change,but also shows the concurrent direct-acting and modifying(conditioning) influences of environmental, social and health-system factors.

Published evidence so far indicates that:• climate change is affecting the seasonality of some allergenic

species (see Chapter 1) as well as the seasonal activity anddistribution of some disease vectors (see Section 8.2.8);

• climate plays an important role in the seasonal pattern ortemporal distribution of malaria, dengue, tick-borne diseases,cholera and some other diarrhoeal diseases (see Sections8.2.5 and 8.2.8);

• heatwaves and flooding can have severe and long-lastingeffects.

8.2.1 Heat and cold health effects

The effects of environmental temperature have been studiedin the context of single episodes of sustained extreme

temperatures (by definition, heatwaves and cold-waves) and aspopulation responses to the range of ambient temperatures(ecological time-series studies).

8.2.1.1 HeatwavesHot days, hot nights and heatwaves have become more

frequent (IPCC, 2007a). Heatwaves are associated with markedshort-term increases in mortality (Box 8.1). There has been moreresearch on heatwaves and health since the TAR in NorthAmerica (Basu and Samet, 2002), Europe (Koppe et al., 2004)and East Asia (Qiu et al., 2002; Ando et al., 2004; Choi et al.,2005; Kabuto et al., 2005).

A variable proportion of the deaths occurring duringheatwaves are due to short-term mortality displacement (Hajatet al., 2005; Kysely, 2005). Research indicates that thisproportion depends on the severity of the heatwave and thehealth status of the population affected (Hemon and Jougla,2004; Hajat et al., 2005). The heatwave in 2003 was so severethat short-term mortality displacement contributed very little tothe total heatwave mortality (Le Tertre et al., 2006).

Eighteen heatwaves were reported in India between 1980 and1998, with a heatwave in 1988 affecting ten states and causing1,300 deaths (De and Mukhopadhyay, 1998; Mohanty andPanda, 2003; De et al., 2004). Heatwaves in Orissa, India, in1998, 1999 and 2000 caused an estimated 2,000, 91 and 29deaths, respectively (Mohanty and Panda, 2003) and heatwavesin 2003 in Andhra Pradesh, India, caused more than 3000 deaths(Government of Andhra Pradesh, 2004). Heatwaves in SouthAsia are associated with high mortality in rural populations, and

Human Health Chapter 8

396

Figure 8.1. Schematic diagram of pathways by which climate change affects health, and concurrent direct-acting and modifying (conditioning)influences of environmental, social and health-system factors.

①気候変動②環境条件③社会条件(「上流にある」健康の決定要因)④保健医療システム条件⑤直接的曝露⑥間接的曝露(水、大気、食品の質の変化、媒介動物の生態、生態系、農業、産業、居住)⑦社会経済的混乱⑧健康影響⑨修飾する影響

図 8.1 気候変動が健康に影響を及ぼす経路と、同時に存在する環境要因、社会的要因、保健医療システム要因が直接作用するあるいは修飾する(条件づける)影響の概念図

人の健康第 8 章

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Box 8.1 2003 年のヨーロッパの熱波:影響と適応

2003年 8月、フランスでは熱波で 14,800人以上が死亡した(図 8.2)。ベルギー、チェコ共和国、ドイツ、イタリア、ポルトガル、スペイン、スイス、オランダ、英国はいずれも熱波期間中の超過死亡率を報告し、死者は合わせて 35,000人に及んだ(Hemon and Jougla, 2004; Martinez-Navarro et al., 2004; Michelozzi et al., 2004;

Vandentorren et al., 2004; Conti et al., 2005; Grize et al., 2005; Johnson et al., 2005)。フランスでは、熱波による死亡のほぼ 60%が 75歳以上であった(Hemon and Jougla, 2004)。ほかにも、戸外の大気汚染物質(対流圏オゾンと粒子状物質)(EEA, 2003)、森林火災による汚染など、極端な気象によって有害な曝露が引き起こされたり、いっそう悪化したりした。

(a)Mortality in excess(%):超過死亡率(%)

(b)横軸:日付 June:6 月、Jul:7 月、Aug:8 月縦軸(左):Daily Mortality(number of deaths):日死亡(死亡者数)縦軸(右):Temperature(℃):気温(℃)凡例:Mean Daily Mortality 1999-2002:1999 ~ 2002 年の平均日死亡   Mean【訳注 8-7】 Daily Mortality 2003:2003 年の日死亡   Mean Daily Summer Temperature 1999-2002:1999 ~ 2002 年の<平均の>夏の日平均気温   Mean Daily Summer Temperature 2003:2003 年の夏の日平均気温

図 8.2 (a)2003年 8月 1日から 15日までの期間のフランスにおける前 3年間と比較した超過死亡率の地方別分布(INVS, 2003)。(b)8月初旬の熱波期間中のパリにおける日単位の死亡者の増加。

フランス国会の喚問は、健康への影響は「予期せぬもの」であり、熱波による死亡の監視が不十分で、専門家の不足や、公衆衛生機関の力不足、公共機関間の不十分な情報交換のため公衆衛生面での対応は限られていた、と結論づけた(Lagadec, 2004; Sénat, 2004)。

2004年に、フランスの当局は、暑熱に対する健康警戒システム、健康と環境の監視、高齢者ケアの再評価、養護施設の構造的改善(涼しい部屋の増設など)を含む地方および国家行動計画を実施した(Laaidi et al.,

2004; Michelon et al., 2005)。ヨーロッパ全体ではほかの多くの政府(地方および国)も暑熱に対する健康予防計画を実施してきている(Michelozzi et al., 2005; WHO Regional Office for Europe, 2006)。

観測された熱波頻度の増大は気候システムに対する人為的影響により起きている可能性が高いため(Hegerl

et al., 2007)、ヨーロッパの 2003年の熱波の超過死亡は気候変動と関連がある可能性が高い。

among the elderly and outdoor workers (Chaudhury et al., 2000)(see Section 8.2.9). The mortality figures probably refer toreported deaths from heatstroke and are therefore anunderestimate of the total impact of these events.

8.2.1.2 Cold-wavesCold-waves continue to be a problem in northern latitudes,

where very low temperatures can be reached in a few hours and

extend over long periods. Accidental cold exposure occursmainly outdoors, among socially deprived people (alcoholics,the homeless), workers, and the elderly in temperate and coldclimates (Ranhoff, 2000). Living in cold environments in polarregions is associated with a range of chronic conditions in thenon-indigenous population (Sorogin et al, 1993) as well as withacute risk from frostbite and hypothermia (Hassi et al., 2005). Incountries with populations well adapted to cold conditions, cold-

Chapter 8 Human Health

397

Box 8.1. The European heatwave 2003: impacts and adaptation

In August 2003, a heatwave in France caused more than 14,800 deaths (Figure 8.2). Belgium, the Czech Republic, Germany,Italy, Portugal, Spain, Switzerland, the Netherlands and the UK all reported excess mortality during the heatwave period, withtotal deaths in the range of 35,000 (Hemon and Jougla, 2004; Martinez-Navarro et al., 2004; Michelozzi et al., 2004;Vandentorren et al., 2004; Conti et al., 2005; Grize et al., 2005; Johnson et al., 2005). In France, around 60% of the heatwavedeaths occurred in persons aged 75 and over (Hemon and Jougla, 2004). Other harmful exposures were also caused orexacerbated by the extreme weather, such as outdoor air pollutants (tropospheric ozone and particulate matter) (EEA, 2003),and pollution from forest fires.

Figure 8.2. (a) The distribution of excess mortality in France from 1 to 15 August 2003, by region, compared with the previous three years(INVS, 2003); (b) the increase in daily mortality in Paris during the heatwave in early August (Vandentorren and Empereur-Bissonnet, 2005).

A French parliamentary inquiry concluded that the health impact was ‘unforeseen’, surveillance for heatwave deaths wasinadequate, and the limited public-health response was due to a lack of experts, limited strength of public-health agencies,and poor exchange of information between public organisations (Lagadec, 2004; Sénat, 2004).

In 2004, the French authorities implemented local and national action plans that included heat health-warning systems, healthand environmental surveillance, re-evaluation of care of the elderly, and structural improvements to residential institutions (suchas adding a cool room) (Laaidi et al., 2004; Michelon et al., 2005). Across Europe, many other governments (local and national)have implemented heat health-prevention plans (Michelozzi et al., 2005; WHO Regional Office for Europe, 2006).

Since the observed higher frequency of heatwaves is likely to have occurred due to human influence on the climate system(Hegerl et al., 2007), the excess deaths of the 2003 heatwave in Europe are likely to be linked to climate change.

(a) (b)

人の健康第 8 章

Page 31: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

374 375

Box 8.2 ジェンダーと自然災害

リスクへの曝露やリスクの認識から、準備行動、警報の伝達と対応、物理的・精神的・社会的・経済的影響、緊急対応、そして最終的には回復と再建まで、あらゆる段階で、男性が受ける影響と女性が受ける影響は異なる(Fothergill, 1998)。自然災害の結果、女性に対する家庭内暴力と女性の外傷後のストレス症状が増加することが証明されてきている(Anderson and Manuel, 1994; Garrison et al., 1995; Wilson et al., 1998; Ariyabandu

and Wickramasinghe, 2003; Galea et al., 2005)。女性は、災害管理への参加と社会変化をもたらす主体としての行動によって、表立っていないことが多いが、災害軽減に多大な貢献をしている。女性の回復力とネットワークは家庭とコミュニティの復旧において非常に重要である(Enarson and Morrow, 1998; Ariyabandu and

Wickramasinghe, 2003)。1999年のオリッサのサイクロンの後、救済努力のほとんどは女性を対象としていたか、あるいは女性をとおしたものであり、女性に資源の管理を任せた。女性は、住宅建設の贈与・融資を含む救済キットを受け取り、その結果、女性の自尊心と社会的地位を向上させた(Briceño, 2002)。同様に、パキスタンのサルゴーダ地区を襲った 1992年の悲惨な洪水の後、女性は再建設計に従事し、家の共同所有権を与えられ、それによって女性の地位向上が促進された。

Box 8.3 アマゾンの干ばつ

2005年の乾季に、厳しい干ばつがアマゾンの中西部、特にボリビア、ペルー、ブラジルに影響を及ぼした。ブラジルだけで、28万から 30万人が影響を受けた(例えば、Folha, 2006; Socioambiental, 2006参照)。この干ばつは通常とは異なるものであった。というのは、エルニーニョ現象により引き起こされたものではなく、大西洋の暖かい海を原動力とする循環パターン-この現象は大西洋の激しいハリケーン・シーズンの原因でもある-と関連したものであったからである(CPTEC, 2005)。水不足、食料不足、森林火災の煙により、健康リスクが増大した。被害者はほとんど、緊急時に動員できる余分な資源が限られている農村住民と河岸の伝統的な自給農業者であった。ブラジルの地方政府と中央政府は、河川が干上がったために自らが生活するコミュニティ内に孤立した数千人に安全な飲料水、食料の供給、医療、交通手段を提供するための財政支援を行った(World Bank, 2005)。

Box 8.4 気候変動、渡り鳥および感染症

一部の種の野鳥は、感染因子の媒介動物と同様に、ヒト病原体の生物学的または機械的な運搬役になりうる(Olsen et al., 1995; Klich et al., 1996; Gylfe et al., 2000; Friend et al., 2001; Pereira et al., 2001; Broman et al., 2002;

Moore et al., 2002; Niskanen et al., 2003; Rappole and Hubalek, 2003; Reed et al., 2003; Fallacara et al., 2004; Hubalek,

2004; Krauss et al., 2004)。こういった鳥の多くは、季節ごとに大陸間を長距離移動する渡り鳥である(de

Graaf and Rappole, 1995; Webster et al., 2002b)。気候変動は一部の鳥類の移動と繁殖の生物季節(繁殖と移動の時期の早期化)、発生量、個体群動態の変化、およびヨーロッパでの地理的な分布範囲の北への拡大に関係してきた(Sillett et al., 2000; Barbraud and Weimerskirch, 2001; Parmesan and Yohe, 2003; Brommer, 2004; Visser

et al., 2004; Both and Visser, 2005)。鳥類のこれらの生物気候学的変化は病原体とその媒介動物の分散に次の 2

つの結果をもたらしうる:1. 鳥個体群の分布と移動パターンの変化による媒介動物と病原体の地理的分布の変更。2.  鳥の繁殖時期とカなどの媒介動物の繁殖時期のずれに起因する鳥に関連した病原体のライフサイクルの変化。この一例として、セントルイス脳炎ウイルスの伝播がある。この伝播は、病原体、媒介動物、寄生宿主(ひな鳥)のサイクルを時間的に一致させるのに気象上の誘因(例えば降雨)に依存する。時間的に一致させることによって、カと野鳥の間でのウイルスの増殖に必要なサイクルを引き起こし、またそれを促進することが可能になる。

人の健康第 8 章

Page 32: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

376 377

健康

への

影響

測定

基準

モデ

ル気

候シ

ナリ

オと

時間

断面

気温

上昇

と基

準人

口予

測と

その

他の

想定

主な

結果

参考

文献

マラ

リア

、全

球と

地域

気候条件がマラリア

の流行に適した地域

におけるリスクに曝

される人数

falc

ipar

um(熱帯性

マラリア原虫)によ

るマラリアに関し

て、実験室データと

フィールドデータか

ら構築された生物学

的モデル

Had

CM

3。

SR

ES

A1F

I, A

2, B

1シナリオ

で実験。

2020年代、

2050年代、

2080年

SRES人口シナリオ

; 現在のマラリア対

策の状況が適応能

力の指標として用

いられた

流行期間が

1か月を超える場合のリスクにさら

される人口増加の推定値は、気候と人口増加が

組み込まれている場合、

2億

2,00

0万超(

A1F

I)~

4億超(

A2)。年間継続

3か月以上の流行リ

スクを考慮すると、全球の推定値は大幅に低下

し、

A2シナリオと

B1シナリオでは全球のリス

クにさらされる人口は正味マイナスになる。

VanL

iesh

out

et a

l., 2

004

マラ

リア

、ア

フリ

カ定常的な

falc

ipar

umの流行のリスクにさ

らされている人月

定常的な

falc

ipar

umの流行の気候適合性

についての

MA

RA

/A

RM

Aaモデル

Had

CM

3。

SR

ES

A1F

I, A

2a, B

1シナ

リオで実験。

2020

年代、

2050年代、

2080年代

2020年代に

1.1~

1.3℃

; 205

0年代に

1.9~

3.0℃

; 20

80年代に

2.6~

5.3℃

1995年の人口に基

づく推定値

すべてのシナリオにまたがる曝露の人月は、

5~

7%の(主に高地への)分布の拡大など、

2100年

までに

16~

28%増大するが、緯度範囲の拡大は

限られる。流行の気候閾値に近い地域が広い国は

すべてのシナリオにおいて大きく増大しうる。

Tans

er e

t al.,

20

03

マラ

リア

、ア

フリ

カ定常的な

falc

ipar

umの流行に関する気候

適合性地図[年間で

最低

4か月が適合し

ている]

定常的な

falc

ipar

umの流行の気候適合性

についての

MA

RA

/A

RM

Aaモデル

排出が中・高程度

のH

adC

M2のアン

サンブル平均。

2020

年代、

2050年代、

2080年代

気候要因のみ(月間

平均気温と月間最

低気温および月間

降雨量)

南東アフリカでは

2020年代に流行が減少。

2050

年代と

2080年代までに、高地と台地では地方的

に増加し、サヘルと南中アフリカ周辺では減少。

Thom

as e

t al

., 20

04

マラ

リア

、ジ

ンバ

ブエ

、ア

フリ

流行の気候適合性

定常的な

falc

ipar

umの流行の気候適合性

についての

MA

RA

/A

RM

Aaモデル

CO

SMICからの

16の気候予測。

1.4℃

と4.

5℃の気候感度

; 21

00年の

CO

2 換算

<濃度>

350p

pmと

750p

pm

なし

高地で流行の適合性が高まる。低地と降雨量

の少ない地域では、気候感度、排出シナリオ、

GC

Mに応じて変化にばらつきがある。

Ebi e

t al.,

20

05

マラ

リア

、ブ

リテ

ン島

マラリア流行の確率歴史的分布、土地の

被覆、農業要因、気

候決定因子に基づく、

統計的多変量回帰

2050年代に平均気

温が

1~

2.5℃上昇

1~

2.5℃の平均気

温上昇

なし。土地被覆と農

業要因は変化なし。地方的なマラリア流行リスクは

8~

15%上昇す

る; 土着マラリアが再定着するであろう可能性

がかなり低い。

Kuh

n et

al.,

20

02

マラ

リア

、ポ

ルト

ガル

疾病の流行に適し

た気温の年間日数

の割合

公表された閾値に基

づく流行リスク

2040年代に関して

はPR

OM

ES。

2090

年代に関しては

Had

RM

2。

2040年代は

1981~

1990年より

3.3℃、

2090年代は

2006~

2036年より

5.8℃平

均年間気温が上昇。

媒介動物の分布およ

び/または移入に関

するいくつかの想定

マラリア媒介カの生存に適した日数は大幅に増

加する。ただし、感染した媒介カがいない場合

には、

viva

x(三日熱マラリア原虫)によるマラ

リア流行リスクは非常に低く、

falc

ipar

umによ

る流行リスクはごくわずかである。

Cas

imiro

an

d C

alhe

iros,

2002

マラ

リア

、オ

ース

トラ

リア

媒介動物の生存に適

した/適していない

地理的範囲

主なマラリア媒介カ

の現在の分布、相対

的量、生物季節に基

づく経験的・統計的

モデル(

CLI

MEX)

CS

IR

OM

k2と

EC

HA

M4。

SRE

S 排出シナリオ

B1, 

A1B

, A1F

Iで実験。

2020年、

2050年

1990年と比較し

て年間平均気温が

2030年代には

0.4~

2.0℃。

2070年代に

は1.

0~

6.0℃上昇

(C

SIR

O)

適応能力を想定

; オーストラリアの人

口予測を利用

「マラリア受容区域」は南に拡大し、

2050年ま

でに一部の地方都市が含まれる。再移入の絶対

的リスクは非常に低い。

McM

icha

el

et a

l., 2

003b

表8.

2  気候変動がマラリア、デング熱、その他の感染症に及ぼす影響の予測。

a The

Map

ping

Mal

aria

Ris

k in

Afr

ica/

Atla

s du

Ris

que

de la

Mal

aria

en

Afr

ique

Pro

ject(アフリカにおけるマラリアリスク地図プロジェクト)

人の健康第 8 章

Page 33: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

376 377

健康

への

影響

測定

基準

モデ

ル気

候シ

ナリ

オと

時間

断面

気温

上昇

と基

準人

口予

測と

その

他の

想定

主な

結果

参考

文献

マラ

リア

、イ

ンド

、全州

falc

ipar

um(熱帯熱マ

ラリア原虫)によるマ

ラリアと

viva

x(三日

熱マラリア原虫)によ

るマラリアの流行に

対する気候適合性

気温とマラリア症例

数との観測された関

連性に基づく流行至

適期間

Had

RM

2。排出シナ

リオ

IS92

aで実験。

現在の気候より

2~

4℃上昇

なし

2050年代までに、地理的分布範囲は中央地域か

ら南西と北部の州に移動すると予測される。流

行期間の長さは、北部と西部の州では長くなり、

南部の州では短くなる可能性が高い。

Bha

ttach

ary

a et

al.,

200

6

デン

グ熱

、全

球リスクにさらされる

人口

蒸気圧に基づく統計

モデル。リスクにさ

らされる基準人口は

15億人。

ECH

AM

4、H

adC

M2、

CC

SR/

NIE

S、C

GC

MA

2、C

GC

MA

1。排出シ

ナリオ

IS92

aで実験

特定地域予測に基づ

く人口増加

人口増加と気候変動の両方が起きる場合、

2085

年までに全球のリスクにさらされる人口は

50億

から

60億人になる。気候変動のみが起きる場合

には

35億人になる。

Hal

es e

t al.,

20

02

デン

グ熱

、ニ

ュー

ジー

ラン

媒介カ「ホットス

ポット」地図

; 現在

ニュージーランドに

デング熱はない

降雨と気温に基づく

閾値モデル

DA

RLA

M G

CM。排

出シナリオ

A2およ

びB

2で実験。

2050

年、

2010年

なし

現在の気候下で一部の地域でデング熱の急激な

発生の潜在リスクがある。気候変動により、よ

り多くの地域でデング熱のリスクが増大すると

予測される。

De

Wet

et

al.,

2001

デン

グ熱

、オ

ース

トラ

リア

デング熱の流行に適

した気候の地域地図経験モデル

(H

ales

et a

l., 2

002)

CSI

RO

Mk2、

ECH

AM

4、G

FDL。

高排出シナリオ

(A

2)、低排出シナ

リオ(

B2)、

2100年

に45

0ppmで安定化

のシナリオで実験

1961~

1990年より

全球の平均気温が

1.8~

2.8℃上昇

なし

気候が適した地域が南に拡大する

; 適した地域

の大きさはシナリオにより異なる。高排出シナ

リオでは、南はシドニーまで気候が適した地域

となりうる。

Woo

druf

f et

al.,

2005

ライ

ム病

、カ

ナダ

ライム病を媒介する

Ixod

es s

capu

laris(鹿

ダニ)の地理的分布

範囲と存在数

観測された関係に基

づく統計モデル

; ダニ存在数モデル

CG

CM

2と

HA

DC

M2。排出シ

ナリオ

SRES

A2と

B2で実験。

2020

年代、

2050年代、

2080年代

なし

両方のシナリオで

2020年代までに北にほぼ

200k

m拡大し、

A2で

2080年代までにほぼ

1,00

0km拡大する。

A2シナリオのもとでは、ダ

ニの存在数は

2020年代までに

30~

100%増加

し、

2080年代までに

2~

4倍になる。季節性が

変化する。

Ogd

en e

t at.,

20

06

ダニ

媒介

性脳

炎、

ヨー

ロッ

地理的分布範囲

現在の分布に基づく

統計モデル

Had

CM

2。小程度、

中の小程度、中の大

程度および大程度

(それ以上は定めら

れていない)で実験。

2020年代、

2050年

代、

2080年代

程度が大きいシナリ

オ下で

2050年代に

平均気温が

3.45℃上

昇、基準は定められ

ていない

なし

小程度から大程度までの気候変動で、ダニ媒介

性脳炎の分布範囲は現在よりもさらに北東に広

がる。西方には南スカンディナビアまでのみの

移動。小程度シナリオと中の小程度シナリオの

場合のみ、ダニ媒介性脳炎は

2050年代までヨー

ロッパ中央部とヨーロッパ東部に留まる。

Ran

dolp

h an

d R

oger

s, 20

00

表8.

2  続き。

人の健康第 8 章

Page 34: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

378 379

健康

への

影響

測定

基準

モデ

ル気

候シ

ナリ

オと

時間

断面

気温

上昇

と基

準人

口予

測と

その

他の

想定

主な

結果

参考

文献

下痢性疾患、

全球、世界

の14の地域

下痢性疾患の発生

(死亡)

年平均気温、給水・

衛生設備の範囲、一

人当たり

GD

Pを含

む、分野横断的研究

による統計モデル

排出シナリオ

SRES

A

1B、

A2、

B1、

B2。

2025年、

2055年

SRES人口増加

結果は地域とシナリオにより異なる。一般に、

下痢性疾患は気温上昇とともに増加する。

Hiji

oka

et

al.,

2002

下痢性疾

患、アボリ

ジニ・コミュ

ニティ、中

央オースト

ラリア(ア

リススプリ

ングス)

10歳未満の子ども

の入院

公表された研究に基

づく曝露・反応関係

CSI

RO

Mk2と

ECH

AM

4。排出シ

ナリオ

SRES

B1、

A1B、

A1F

Iで実験。

2020年、

2050年

1990年と比較し

て年間平均気温が

2030年代には

0.4~

2.0℃、

2070年代に

は1.

0~

6.0℃上昇

(C

SIR

O)

なし

基準と比較して、

2020年までには顕著な増加は

なく、

2050年までの年間増加率は

5~

18%。

McM

icha

el

et a

l. 20

03b

食中毒、イ

ングランド

とウェール

食中毒の届け出件数

(不特定)

観測された気温との

関係に基づく統計モ

デル

UK

CIPシナリオ。

2020年代、

2050年

代、

2080年代

1961~

1990年の

基準より

2020年代

には

0.57~

1.38℃、

2050年代には

0.89

~2.

44℃、

2080年

代には

1.13~

3.47℃

気温が上昇

なし

食中毒の届け出件数は気温が

1℃上昇すると約

4,00

0件、

2℃上昇すると約

9,00

0件、

3℃上昇す

ると約

14,0

00件絶対数が増加する。

Dep

artm

ent

of H

ealth

an

d Ex

pert

Gro

up o

n C

limat

e C

hang

e an

d H

ealth

in th

e U

K, 2

001s

<表

8.2 続き。>

人の健康第 8 章

Page 35: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

378 379

表 8.3 気候変動が暑熱と寒気に関連した死亡率に及ぼす影響の予測。

場所 健康への影響 モデル 気候シナリオ、

時間断面気温上昇と基準

人口予測とその他の想定 主な結果 参考文献

英国 暑熱と寒気に関連した死亡率

観測された死亡率から導かれた経験・統計モデル

UKCIPシナリオ。2020年代、2050年代、2080年代

1961~ 1990年の基準より 2020年代には 0.57~ 1.38℃、2050年代には 0.89~ 2.44℃、2080年代には 1.13~3.47℃上昇

人口は 1996年レベルを維持。いかなる順応も想定されていない。

中の高シナリオのもとでは暑熱に関連した年間死亡者は 1990年代の798人から 2050年には2,793 人、2080 年 代 には 3,519人に増加する。中の高シナリオのもとでは寒気に関連した年間死亡者は 1990年代の80,313人から 2050年代には 60,021人、2080年代には 51,243人に減少する。

Donaldson et al., 2001

ドイツ、バーデンビュルテンベルグ

暑熱と寒気に関連した死亡率

適応の概念モデルと組み合わせた熱・生理学的モデル

ECHAM4-OPYC3。排出シナリオ SRES A1Bで実験。1951~ 2001年と比較した 2001~2055年

人口増加と高齢化および短期的な適応と順応

暑熱に関連した死亡率の約 20%上昇。この上昇は寒気に関連した死亡率の減少によって相殺されない可能性が高い。

Koppe, 2005

リスボン、ポルトガル

暑熱に関連した死亡率

観測された夏季の死亡率から導かれ た 経 験的・統計的モデル

PROMESおよびHadRM2。2020年代、2050年代、2080年代

1968~ 1998年の基準より 2020年代に は 1.4 ~1.8℃、2050年代には 2.8~ 3.5 ℃、2080 年 代に は 5.6 ~7.1℃上昇

SRES 人 口シナリオ。ある程度の順 応 を 想定。

暑熱に関連した死亡率が基準の 5.4~ 6人 /10万人から 2020年代までに 5.8~ 15.1人 /10万人2050年代までに 7.3~35.9 人 /10 万 人、2080年代までに 19.5~ 248.4人 /10万人に増加

Dessai, 2003

米 国 の カ リフォルニアの4 都市(ロサンゼルス、サクラメント、フレズノ、シャスタダム)

熱波の年間日数、熱波シーズンの長さ、暑熱に関連した死亡率

観測された夏季の死亡率から導かれ た 経 験的・統計的モデル

PCMとHadCM3。排出シナリオ SRES B1および A1FIで実験。2030年代、2080年代

1961~ 1990年の基準より 2030年代には 1.35~2.0℃、2080年代には 2.3~ 5.8℃上昇

SRES 人 口シナリオ。ある程度の適 応 を 想定。

熱波条件として分類された年間日数の増加。2080 年代までにロサンゼルスで、熱波日数は B1のもとでは 4倍、A1FIのもとでは 8倍に増加する。ロサンゼルスの暑熱に関連した年間死亡者は 1990 年代の約 165人から、シナリオに応じて 319から1,182人に増加する。

Hayhoe, 2004

オーストラリアの主要な都市(アデレード、ブリスベーン、キャンベラ、ダーウィン、ホバート、メルボルン、パース、シドニー)

65歳以上の暑熱に関連した死亡率

観測された日死亡率から導かれた経験的・統計的モデル

CSIROMk2、ECHAM4、HADCM2。排出シナリオ SRES A2および B2と 2100年に450ppmで安定化のシナリオで実験。

主要な都市の年間最高気温が 1961~ 1990年の基準より 0.8~ 5.5℃上昇

人口の増加と人口の高齢化。順応はなし。

すべての都市で気温に起因する死亡率が現在の気候のもとでの 82人/10万人から 2100年には 246人 /10万人に増加 ; GHG緩和政策が実施されると死亡率は低下する。

McMichael et al., 2003b

人の健康第 8 章

Page 36: IPCC AR4 WG2 第8章 - 国立環境研究所...増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接 種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑

380 381

表 8.4 気候変動がオゾンに関連した健康に及ぼす影響の予測。

場所 健康への影響

モデル 気候シナリオ、時間断面

気温上昇と基準

人口予測とその他の想定

主な結果 参考文献

ニューヨーク都市部、米国

郡ごとのオゾンに関連した死亡

公表された疫学文献からの濃度応答関数。CMAQ(Community Multiscale Air Quality Model)による格子に区切られたオゾン濃度。

SRES A2排出シナリオで実行した GISSMM5 を 用 いて ダ ウ ン スケール。2050年代

1990年代と比較 し て 2050年代には 1.6~ 3.2℃上昇

人口と年齢構造 は 2000 年のままで維持される。米国環 境 保 護 庁(USEPA) の

1996年の国別排出目録から変化がなく、2050年代までに NOx と 揮発性有機化合物が一貫して増加する A2シナリオを想定。

A2気候のみ:オ ゾ ン に 関連した死亡の4.5%の増加。すべての郡でオ ゾ ン が 上昇。A2 気 候および前駆物質 ; オゾンに関連した死亡の 4.4%の上昇。(NOx 相互作用によりいずれの場所でもオゾンは上昇しない。) 

Knowlton et al., 2004

50都市、米国東部

オゾンに関連した入院と死亡

公表された疫学文献からの濃度影響関数、CMAQによる格子に区切られたオゾン濃度。

SRES A2排出シナリオで実行した GISSMM5 を 用 いて ダ ウ ン スケール。2050年代

1990年代と比較 し て 2050年代には 1.6~ 3.2℃上昇

人 口 と 年 齢構 造 は 2000年 の ま ま で維持される。U S E P A の1996年の国別排出目録から変化がなく、2050年代までに NOx と 揮発性有機化合物が一貫して増加する A2シナリオを想定。

すべての都市で最大オゾン濃 度 が 上 昇し、現在濃度がより高い都市において、最も大きく上昇する。8 時間規制値を超えるひと夏の平均日数の増加は、事故以外の死亡率を0.11 ~ 0.27%上昇させ、心血管系疾患による死亡率を平均 0.31%上昇させる。

Bell et al., 2007

イングランドとウェールズ

超過日数(オゾン、微粒子、NOx)

高汚染物質の日に関する気象上の要因に基づいた統計的モデル(気温、風速)。

UKCIPシナリオ。2020年代、2050年代、2080年代

1961~ 1990年の基準と比較して 2020年代には 0.57~ 1.38℃、2050年代には 0.89~2.44℃、2080年代には 1.13~ 3.47℃上昇

排出は変わらない。

期間全体をとおして、高微粒子、高 SO2

の日が大幅に減少する。オゾンを除くその他の汚染物質はわずかに減少する。オゾンは上昇するかもしれない。

Anderson et al., 2001

人の健康第 8 章

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Box 8.5 気候変動に関連した人の健康にとって重要な曝露の予測されるトレンド

熱波、洪水、干ばつ、その他の極端現象:IPCC(2007b)は、中から低緯度では熱波が増加し、寒い日が減少し、変化の空間的分布にばらつきはあるが、強い降雨現象の割合が上昇するであろう(ただし、強い降雨現象の絶対件数の減少が予測される場所も数箇所ある)と結論づけており、このことは確信度が高い(Meehl et al.,

2007)。雨季と乾季が変わることで流出量が変化し、水利用可能量が影響を受けるであろう。

大気の質:気候変動は、前駆物質の排出、化学的性質、輸送を変化させることによって対流圏オゾンに影響を及ぼしうるが、このそれぞれが気候変動にプラスやマイナスのフィードバックを引き起こしうる。将来の気候変動は、水蒸気の増大と成層圏からの流入の増大の競合する効果によって、バックグラウンド対流圏オゾンの増加を引き起こすかもしれないし、減少を引き起こすかもしれない。気温の上昇と循環の弱まりにより、地域的なオゾン汚染の増大が予想される。将来の気候変動は、汚染物質の拡散率の変化、オゾンとエアロゾルを生成する化学的環境の変化、生物圏、火災、粉塵からの排出の強度の変化によって、大気の質を大幅に劣化させるかもしれない。これらの影響の微候と規模はかなり不確実で、地域によってばらつきがあるだろう(Denman et al., 2007)。

作物収量:第 5章の結論は、作物の生産性は、中から高緯度で、地方的な平均気温上昇が 1~ 3℃までであれば、農作物の種類に応じてわずかに上昇するが、それ以上上昇すると、地域によっては低下すると予測されるというものであった。低緯度、とりわけ季節的な乾燥、および熱帯地域では、作物の生産性は、地方的気温の小幅な上昇(1~ 2℃)の場合でさえ低下し、飢餓のリスクが増大すると予測され、サハラ以南のアフリカに多大な悪影響が及ぼされる。小規模農家と自給農家、牧畜民と零細漁民は、気候変動が及ぼす複雑で地方的な影響を被るであろう。

Box 8.6 分野横断的事例研究:先住民と適応

カナダの全国イヌイット機関(Inuit Tapiriit Kantami)が開催した一連のワークショップは、気候に関連した変化と影響を文書で立証し、地方的対応に利用できる適応策を特定し、開発した(Furgal et al., 2002a, b;

Nickels et al., 2003)。イヌイット・コミュニティ住民の積極的な関与は、生息範囲が拡大してきているカやその他の虫に刺されないようにするために窓と家の入り口にネットやスクリーンを取り付けるといった特定された適応策の良好な適応を促進するであろう。

もう一つの例は、ケニアのムエア地区の農業コミュニティからの参加とインプットを取り込んだマラリアと農業とのつながりについての研究である(Mutero et al., 2004)。このアプローチは、持続する畜産システムを目指す農業生態系慣行をより幅広い農村開発戦略に組み込むことによって、灌漑稲作地における長期的なマラリア対策の機会の特定を促進した。

人の健康第 8 章

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図 8.3 気候変動の健康への影響例の変化の方向と大きさ(確信度は不確実性に関する IPCC指針に基づいて割り当てたhttp://www.ipcc.ch/activity/uncertaintyguidancenote.pdf参照)。

example, a microdam and irrigation programme in Ethiopiadeveloped to increase resilience to famine increased localmalaria mortality by 7.3-fold (Ghebreyesus et al., 1999).Increased ambient temperatures due to climate change couldfurther exacerbate the problem. In another example, air-conditioning of private and public spaces is a primary measureused in the USA to reduce heat-related morbidity and mortality(Davis et al., 2003); however, depending on the energy sourceused to generate electricity, an increased use of air conditioningcan increase greenhouse gas emissions, air pollution and theurban heat island.

Measures to combat water scarcity, such as the re-use ofwastewater for irrigation, have implications for human health(see Chapter 3). Irrigation is currently an important determinantof the spread of infectious diseases such as malaria andschistosomiasis (Sutherst, 2004). Strict water-quality guidelinesfor wastewater irrigation are designed to prevent health risksfrom pathogenic organisms and to guarantee crop quality(Steenvoorden and Endreny, 2004). However, in rural and peri-urban areas of most low-income countries, the use of sewageand wastewater for irrigation, a common practice, is a source offaecal–oral disease transmission. The use of wastewater forirrigation is likely to increase with climate change, and thetreatment of wastewater remains unaffordable for low-incomepopulations (Buechler and Scott, 2000).

8.7 Conclusions: implications forsustainable development

Evidence has grown that climate change already contributesto the global burden of disease and premature deaths. Climatechange plays an important role in the spatial and temporaldistribution of malaria, dengue, tick-borne diseases, cholera andother diarrhoeal diseases; is affecting the seasonal distributionand concentrations of some allergenic pollen species; and hasincreased heat-related mortality. The effects are unequallydistributed, and are particularly severe in countries with alreadyhigh disease burdens, such as sub-Saharan Africa and Asia.

The projected health impacts of climate change arepredominately negative, with the most severe impacts being seenin low-income countries, where the capacity to adapt is weakest.Vulnerable groups in developed countries will also be affected(Haines et al., 2006). Projected increases in temperature andchanges in rainfall patterns can increase malnutrition; diseaseand injury due to heatwaves, floods, storms, fires and droughts;diarrhoeal illness; and the frequency of cardio-respiratorydiseases due to higher concentrations of ground-level ozone.There are expected to be some benefits to health, including fewerdeaths due to exposure to the cold and reductions in climatesuitability for vector-borne diseases in some regions. Figure 8.3summarises the relative direction and magnitude of projectedhealth impacts, taking into account the likely numbers of peopleat risk and potential adaptive capacity.

Health is central to the achievement of the MillenniumDevelopment Goals and to sustainable development, bothdirectly (in the case of child mortality, maternal health,

HIV/AIDS, malaria and other diseases) and indirectly (ill-healthcontributes to extreme poverty, hunger and lower educationalachievements) (Haines and Cassels, 2004). Rapid and intenseclimate change is likely to delay progress towards achievingdevelopment targets in some regions. Recent events demonstratethat populations and health systems may be unable to cope withincreases in the frequency and intensity of extreme events. Theseevents can reduce the resilience of communities, affectvulnerable regions and localities, and overwhelm the copingcapacities of most societies.

There is a need to develop and implement adaptationstrategies, policies and measures at different levels and scales.Current national and international programmes and measuresthat aim to reduce the burdens of climate-sensitive healthdeterminants and outcomes may need to be revised, reorientedand, in some regions, expanded to address the additionalpressures of climate change. This includes the consideration ofclimate-change-related risks in disease monitoring andsurveillance systems, health system planning, and preparedness.Many of the health outcomes are mediated through changes inthe environment. Measures implemented in the water,agriculture, food, and construction sectors should be designedto benefit human health. However, adaptation is not enough.

8.7.1 Health and climate protection: clean energy

There is general agreement that health co-benefits fromreduced air pollution as a result of actions to reduce GHGemissions can be substantial and may offset a substantial fractionof mitigation costs (Barker et al., 2001, 2007; Cifuentes et al.,2001; West et al., 2004). In addition, actions to reduce methaneemissions will decrease global concentrations of surface ozone.A portfolio of actions, including energy efficiency, renewableenergy, and transport measures, is needed in order to achievethese reductions (see IPCC, 2007c).

Human Health Chapter 8

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Figure 8.3. Direction and magnitude of change of selected healthimpacts of climate change (confidence levels are assigned based onthe IPCC guidelines on uncertainty, seehttp://www.ipcc.ch/activity/uncertaintyguidancenote.pdf).

①①-1

②-1②-2

②-3

②-4②-5

③-1

Negative impact:マイナスの影響Positive impact:プラスの影響

①確信度が非常に高い ①- 1 マラリア:縮小と拡大、感染時期の変化②確信度が高い ②- 1 栄養不良の増加  ②- 2   極端な気象現象による死亡、疾病、傷害を被る人

の数の増加  ②- 3   大気の質の変化による心臓・呼吸器系疾患の頻度

の増加  ②- 4 感染症媒介動物の分布域の変化 ②- 5 寒気に関連する死亡者の減少③確信度が中程度 ③- 1 下痢性疾患による負担の増加

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【第 8章 訳注】

【訳注 8-1】 原文の英語は mortality displacement。ここでの意味は、近いうちに死亡するはずであった人の死亡時期が熱波により早まること。健康な人が死亡する場合と比較して影響は小さい(死亡時期が早まっただけ)と考えられる。

【訳注 8-2】 原文は water-washed disease。

【訳注 8-3】 原文の英語は environmental reservoir。自然界で病原菌(ここではコレラ菌)を保有し、増殖の場となっている生物のこと。

【訳注 8-4】 原文の英語は de-trended time-series malaria data。de-trended time-series dataとは既知の要因によるトレンド(例えば、季節変動など)を取り除いた後の時系列データのことを意味する。

【訳注 8-5】 WHO(世界保健機関)によって開発された指標で Disability-Adjusted Life Yearの略語。生命損失年数(Years of Life Lost: YLL)と障害生存年数(Years Lived with a Disability: YLD)の和で求められる。

【訳注 8-6】 ここでは、沿岸洪水が起きた場合の死亡率の増加割合は大きいが、ベースラインの死亡率が小さいため、絶対値としては小さくなることを意味している。

【訳注 8-7】 原文の英語はMean Daily Mortality 2003。原文はMeanが付いているが、ここでのMeanは不要と思われる。

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