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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定(Heredis Institutio ex Re Certa in Classical Roman Law) 著者 Author(s) 後藤, 弘州 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,67(3):131-201 刊行日 Issue date 2017-12 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81010049 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81010049 PDF issue: 2020-01-25

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Page 1: Kobe University Repository : Kernel(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。 (10)同上。 神 法 学

Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定(Heredis Inst itut ioex Re Certa in Classical Roman Law)

著者Author(s) 後藤, 弘州

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,67(3):131-201

刊行日Issue date 2017-12

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81010049

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81010049

PDF issue: 2020-01-25

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神戸法学雑誌第六十七巻第三号二〇一七年十二月

古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

後 藤 弘 州

はじめに一 ローマ法における相続人指定および確定物に関する相続人指定概説二 確定物に関する相続人指定を受けた相続人が単独相続人である場合三  複数人が相続人として指定され、そのすべてに対して確定物に関する相続

人指定がなされている場合四  確定物に関する相続人指定を受けた者と通常の相続人指定を受けた者が混

在している場合五  確定物に関する相続人指定と相続財産の信託遺贈おわりに

はじめに

古典期ローマ法における相続は、ゲルマン法と対比する形で(1)

、あるいは古典期後の法と対比する場合に

(2)

、一般承継(Generalsukzession)であり、かつ

(1) A.Heusler, Institutionen des deutschen Privatrechts Ⅱ, Leipzig, 1886, §175, 原田慶吉『ローマ法』(有斐閣、1955年)330︲331頁。

(2) G.Wesener, “Sondervermögen und Sondererbfolge im nachklassischen römischen Recht (bona materna, bona paterna und bona nuptialia)”, Iuris professio:

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包括承継(Universalsukzession)であるといわれる。Heusler(3)

が述べるところに従うと、一般承継とは、相続財産がある財産ごとにまとまりを作りそれが個々に移転するのではなく、相続財産すべてが相続人全体に移転することをいう。包括承継とは、個々の財産が個別的に移転するのではなく、観念的一体として移転する承継をいう

(4)

。まとめると、古典期ローマ法における相続とは、被相続人に属した財産全体を観念的一体として考え相続人に移転するものであったということになる

(5)

。このような古典期ローマ相続法の特徴とされる一般包括承継に明らかに反する事例として、Kaserが最初に述べているのものが、まさに本稿の検討対象である確定物に関する相続人指定heredis institutio ex re certaである

(6)

。確定物に関する相続人指定は、すぐ後に述べるように通説的見解によると、そのままの形で指定を認めれば一般包括承継の原則に反するため、特別の扱いを受ける。そのような確定物に関する相続人指定を扱っている法文を検討することで、

Festgabe für Max Kaser zum 80. Geburtstag, Wien, 1986, S.331ff.(3) Heusler, op.cit., S.533参照。(4) 単に包括承継と述べるだけで、本文で述べた一般承継と包括承継の両者の意味

を包含している場合も多い。これは包括という日本語の意味に起因するものと考えられる。ドイツ語のGesamtnachfolgeという単語においても、同様の問題が生じる。ローマ相続法がGesamtnachfolgeを原則とすると述べられている場合、本文で述べた一般承継と包括承継を包含する意味で用いられていることも多いと考えられる。よって使われている言葉に拘泥することなく、その場面でいかなる意味に用いられているのかということが重要である。

(5) これに対してゲルマン法は、例えば武具(Heergewäte)などは、相続人全体に属するのではなく、ある相続人単独に属するというように、財産ごとに別の相続人に属するという特別承継の形態をとる。ここでいうところの特別承継とは、本文で述べた一般承継の反対語である。さらに通説によると、武具などの財産は個々の物が個別的に相続人に移転するわけではなく、観念的な一体として移転するため、包括承継であることには変わりはないとされる(Heusler, op.cit., §177)。このように、ゲルマン法の特徴を言い表すうえで、一般承継と包括承継を用語上区別する意義が見いだされる。

(6) M.Kaser, Das Römische Privatrecht (=RPR)Ⅰ 2, München, 1971, S.673.

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ローマの法学者たちが具体的事例を解決するうえで、ローマ相続法の基本概念たる一般包括承継についていかに考えていたか、本当に一般包括承継の枠内で解決をしていたか、ということについて検討するということが本稿の主題である。その検討の過程で、一部を除き、古典期ローマ法には知られていなかったとされる一般包括承継の例外が、古典期において既に、確定物に関する相続人指定の場合に認められていたのではないかということも明らかにしたい

(7)

。ところで、直前でも述べたように、そもそも一般包括承継という概念は、特に一般承継ということについては全く例外を認めないわけではない

(8)

。現代相続法においても一般包括承継が原則とされている

(9)

が、例えば日本においても祭祀等の例外が認められており、他の国においても国ごとに異なった例外が認められている

(10)

。そのため、いかなる財産を一般包括承継の枠内で考え、どのようにその例外を認めるかということには、その国々あるいは時代の相続に対する考え方が反映されていると言うことができる。そこで、本稿において確定物に関する相続人指定に関する法文の検討を通じて、古典期ローマの法学者たちが相続そのものに関してどのように考えていたのかということの特徴を、少しでも明らかにする手がかりも得ることができれば幸いである。

(7) すなわち、確定物に関する相続人というものがそのままで認められる場合があったということを明らかにするということである。

(8) P. Voci, Diritto ereditario romano, 2. Aufl. (=DER),Ⅰ,1967, p.322ff.(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。(10) 同上。

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一 �ローマ法における相続人指定(11)

および確定物に関する相続人指定(12)

概説

(一)ローマ法における相続人指定本稿のテーマである確定物に関する相続人指定について検討する前に、ローマにおける相続人指定という制度についての一般的な説明を確認しておくことにしよう。もともとローマにおいて遺言

(13)

(民会遺言(14)

)は相続人指定の目的でなされていた。その後古典期にはすでに一般的となっていた握取行為遺言

(15)

は、そ

(11) ローマにおける相続人指定に関する一般的な説明として以下のものを参照。M.Kaser, RPRⅠ 2, S.686︲690, P.Jörs/W.Kunkel/L.Wenger, Römisches Recht, aufgrund des Werkes von P.Jörs, W.Kunkel, L.Wenger in 4. Aufl. neubearb. von H.Honsel,Th. Mayer-Maly, W. Selb (=Jörs,Kunkel, RR), Berlin Heidelberg New York, 1987, S.454︲457, Franciszek Longchamps de Bérier, Law of Succession: Roman Legal Framework and Comparative Law Perspective, Warszawa, 2011, pp.176︲183, U. Babusiaux, Wege zur Rechtsgeschichte: Römisches Erbrecht, Wien/Köln/Weimar, 2015, S.148︲153. 原田慶吉前掲『ローマ法』340︲342頁、 船田享二『ローマ法』第四巻(岩波書店、1971年) 288︲300頁、 マックス・カーザー著、柴田光蔵訳『ローマ私法概説』(創文社、1979年) 548︲551頁、 フリッツ・シュルツ著、塙浩訳『古典期ローマ私法要説』(信山社、1992年)336︲358頁、 アラン・ワトソン著、瀧澤栄治・樺島正法訳『ローマ法と比較法』(信山社、2006年)94︲95頁、 ウルリッヒ・マンテ著、田中実・瀧澤栄治訳『ローマ法の歴史』(ミネルヴァ書房、2008年)32頁、79頁。

(12) 確定物に関する相続人指定に関する一般的な説明として以下のもの参照。Kaser, RPRⅠ 2, S.687︲688, Jörs,Kunkel, RR, S.454, Longchamps, op.cit., S.182︲183, Babusiaux, op.cit., S.160︲162, 船田前掲『ローマ法』四巻 289︲290頁、 カーザー前掲『ローマ私法概説』549︲550頁、 シュルツ前掲『古典期ローマ私法要説』347︲349頁。

(13) ローマの遺言制度については、さしあたりM.Kaser, RPRⅠ2, S.105︲109; S.678︲682参照。

(14) 民会遺言は、相続人を有しないものが自己の相続人を得るための手続きであった。(15) 握取行為遺言は、本来的には売買に用いられる握取行為を遺言に転用したもの

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の導入時には相続人指定を含まず、個別の物の処分のみを含むものであったが、ある時期を境に相続人指定を取り込んだ。そしてローマにおいては、遺言を作成して死ぬことが通常であるとされ、遺言は重要視されており、遺言相続が中心とされていた。さらに古典期ローマにおいて、そのように重要であった遺言の中でも、相続人の指定はすべての遺言の「頭であり基礎caput et fundamentum」である、とされた

(16)

。その表現から、ローマ古典期において、相続人指定がいかに重要な意味を持っていたかを窺い知ることができるであろう。また遺言において指定された相続人の全員が相続を拒絶すると遺言自体が無効となってしまう。これは遺贈を受けた者すべてが遺贈を拒絶した場合と明らかにその扱いを異にする。そして相続人指定は、一人に対してのみではなく複数人に対してなすこともできた。また、複数人に対して、等しい持分を有するように指定するという方法のみではなく、例えばH1は相続財産の四分の一について、H2は四分の三について相続人であるというように、その割合に差を設けることも可能であった。さらには、例えばH2がLに対して土地Fの遺贈義務を負うというように、複数の相続人の一部に対してだけ義務を負わすことができた。

(二)確定物に関する相続人指定次に、確定物に関する相続人指定がいかなる扱いを受けるのかということについて簡単にまとめておく。本来なら相続人に指定されるということは、被相続人の地位を、承継可能なもの

(17)

はすべて包括的に承継するというものである。

である。(16) G.2.229.そのため、相続人指定は遺言の冒頭部分において必ずなされなければ

ならず、他の処分が相続人指定より前におかれた場合は無効とされた(G.2.230, G.2.231)。(随意)条件付相続人指定については、篠森大輔「随意条件における不成就確定時の繰上げ―学説彙纂二十八巻七章二十八法文(パーピニアーヌス)の再検討―」法政研究第70巻第4号(2004年)975︲1009頁参照。

(17) 相続の対象に関して特に罰訴権について論じたものとして、西村重雄「古典期ローマ法における罰訴権の相続―Ulp. D. 47, 1, 1 素描―」、法政研究第51巻第

135神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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これに対して、確定物に関する相続人指定は、例えば「ティティウスは甲土地について相続人となれ」のように相続人として個別的な物

(18)

の取得を指定されるものである。このことから一般的には、確定物に関する相続人指定は一般包括承継としての相続の本質に反すると考えられている

(19)

。そのため、そのような相続人指定をした遺言自体が無効となるとも考えられるが、ローマの法学者たちは、なるべく遺言を有効にしようという考えから遺言自体を無効とすることはなく、別の解決をとった。具体的にいかなる解決をとったかは、次章以下で述べることとして、ここではパンデクテン法学そしてその後の主要な学説について簡単にまとめたうえで、その問題点を提示しておくことにしよう。

まずパンデクテン法学の時代については、代表的なものとしてNeuner(20)

によるものがあげられる。Neunerは本稿第五章において扱うMarci.D.36.1.30を根拠に、確定物に関する相続人指定を信託遺贈の理論によって説明しようとした。この見解は、後述するように、肝心のD.36.1.30の理解について問題があり、すでにパンデクテン法学の時代にPandeletti

(21)

による批判にさらされていた。し

3・4号(1985年)283︲322頁。(18) 確定物として典型的なものとしては、土地及び金銭が考えられるが、後述する

法文においても扱われているように、属州の財産といったある程度の財産の集合体も確定物として扱われる。

(19) Kaser, RPRⅠ 2, S.687.このことについて、パンデクテン法学の時代においてはKuntze(Kuntze, Über die Erbeinsetzung auf bestimmte Nachlassstücke (Institutio ex re.) I. Abtheilung, Leipzig, 1875, S.5︲7)、そして20世紀に入ってからはRabel(E.Rabel, Grundzüge des römischen Privatrechts, 1955, Darmstadt, S.214ff.)が反対しているのみである。

(20) C.Neuner, Die heredis institutio ex re certa, Gießen, 1853.(21) G.Padeletti, Die Lehre von der Erbeinsetzung ex certa re, Berlin, 1870. Pandeletti

は初めにイタリア語においてこの論文を公表したが、本稿においてはDavidに倣いドイツ語版を引用する。

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かしNeunerの見解はVangerow(22)

、Windscheid(23)

、Vering(24)

等に受け入れられ、パンデクテン法学の下では多数派であったといえる。パンデクテン法学以後においてはNeunerのように、確定物に関する相続人指定をすべて信託遺贈の理論によって説明しようとするのではなく、本稿も従うところのNeunerによる三分類を維持しながら、古典期については特に第三章で検討する第二類型が議論の中心となった。具体的には確定物に関する記述がなかったこととする法文(Ulp.D.28.5.9.13, Paul.D.28.5.10, Iav.D.28.5.11)と、確定物を遺産分割において指定された相続人に対して与えるとする法文(Ulp.D.28.5.35pr.-2, Pap.D.28.5.79pr.)の関係についていかに矛盾なく解釈できるか、ということに注意が向けられた。特にウルピアーヌス法文はどちらのグループにも含まれており、法学者たちの間で意見の対立があったことを前提とする

(25)

現在のローマ法研究においても、ウルピアーヌスがいかに考えていたかが問題となる。

Mancaleoni(26)

は確定物に関する相続人指定は、古典期において当初は確定物に関する言及がなかったかのごとく扱われていたが、パーピニアーヌスが相続人の意思を実現するために、確定物を先取遺贈のように得るという新しい方法を考え出したと考えた。しかしDavidは、パーピニアーヌスの回答録より

(22) K.A.v.Vangerow, Lehrbuch der PandektenⅡ, 7.Aufl., Marburg/Leipzig, 1867. S.153ff.

(23) B.Windscheid/Th.Kipp, Lehrbuch des Pandektenrechts, 3. Bd. 9. Aufl., Frankfurt am Main, 1906, S.262ff.

(24) F.H.T.H.Vering, Römisches Erbrecht in historischer und dogmatischer Entwicklung, Heidelberg, 1861, S.309ff.

(25) ローマ法研究のあり方についてはさしあたり、芹沢悟「ローマ法学の方法について―いわゆるProcurator unius reiをめぐるローマ人の論争―」北大法学論集第33巻第3号(1982年)913︲942頁、並びにその書評、西村重雄『法制史研究』33号(1983年) 279︲280頁参照。

(26) F.Mancaleoni, Appunti sulla institution ex re. この論文はStudi Sassaresiにおいて1902年に発表されたが、本稿においてはDavidに倣い、抜刷のページ数を引用する。

137神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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後に書かれたウルピアーヌスのサビーヌス註解において、いまだ確定物に関する言及がなかったとするという古い解釈が書かれていることを理由として、Mancaeoniに反対する。そのうえでDavid

(27)

は、Suman(28)

の見解を手掛かりに、確定物を相続人に与えるという法文は、指定された確定物を合わせると相続財産すべてに値する場合に限り適用されるものであると考える。すなわち指定された確定物以外にも相続財産が存在する場合には、従前のように確定物が書かれなかったものとして扱われると考えた。しかしMancaleoni による研究にも言えることであるが、Davidはその時代のローマ法研究の特徴でもあるように、多数の法文に関して改竄を主張しており、法文が改竄であるとの主張が頻繁に行われていた当時においても、Kunkelによる書評

(29)

においてすでに批判されていた。しかし、現在の学説も、特にドイツ・イタリアにおいては、基本的には

Davidの理解から抜け出せていない。David以降では、Biondiが自身の概説書において、確定物に関する相続人指定について、相続人指定を無効にするか否かの場面においては書かれなかったものとするが、遺産分割においては確定物を与えると解釈している

(30)

ことが注目に値する。Voci(31)

はローマ相続法全体について詳しく述べた概説書において、比較的詳しい解説をしているが、一部の法文については直接法文解釈の形では扱っておらず、補完が必要であると考えられる。

(27) M.David, Studien zur heredis institution ex re certa im kassischen römischen und justinianischen Recht, Leipzig, 1930.

(28) A.Suman, “Favor testamenti” e “voluntas testantium”: studio di diritto romano, Roma, 1916, S.42︲65.

(29) W.Kunkel, Rez.David, Zeitschrift der Savigny-Stiftung für Rechtsgeschichte, romanist.abt. (=SZ) 51 (1931), S.535︲541.

(30) B.Biondi, Successione testamentaria e donazioni, Milano, 1955. p.234.(31) Voci, DERⅡ, pp.142︲160. 他のイタリアの学者によるものとして、C.Sanfilippo,

“Studi Sull’hereditas”, Annali del Seminario giuridico della R. Università di Palermo, 17 (1937), p.227ff.

138 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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学説は以上のような状況であり、法学者間の見解の差異を前提とする現在のローマ法研究の立場からは、対象法文についてもう一度詳しい検討が必要であると考えられる。

そこで、以下ではまず、Neuner以来の分類に基づき、以下では三章にわたって確定物に関する法文を検討する。そして最終五章において、明らかに確定物に関する相続人指定と一定の関係を有すると考えられる、相続財産の信託遺贈およびそれに関する個別的な留保の事例について検討することとする。

二 確定物に関する相続人指定を受けた相続人が単独相続人である場合

本章では、確定物に関する相続人指定を受けた相続人が、単独相続人である場合について検討する。検討対象となるのはUlp.D.28.5.1.4, Pap.D.28.6.41.8, Tryph.D.49.17.19.2の三つの法文である

(32)

。この三つの法文(33)

において、法学者たちは確定物に関する相続人指定をどのように扱っていたのであろうか。

(一)法文検討D.28.5.1.4 Ulpianus 1 ad Sab.Si ex fundo fuisset aliquis solus institutus, valet institutio detracta fundi mentione.

ウルピアーヌス 『サビーヌス註解』第1巻ある人が土地に関して単独相続人に指定された場合、土地に関する言及は考慮されず、相続人指定は有効となる。

(32) D.36.1.30は、この類型で扱われることもあるが、後述のように非常に特殊な事例であると考えられ、確定物に関する相続人指定のみならず、他の制度との関連も問題となるので、第五章において検討を加える。

(33) 本論文において、学説彙纂のテキストについては、Th.Mommsen, Digesta Iustiniani Augusti, 2.Bde., Berolini, 1868/1870による。勅法彙纂については、P.Krüger, Codex Iustinianus, Berolini, 1877による。

139神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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遺言者がHをある土地Fに関して相続人指定した。ウルピアーヌスはこのような事例に関し、土地に関する言及がなかったかのように扱うものとしている。すなわちウルピアーヌスは、ある単独相続人が確定物に関する相続人指定を受けている場合には、土地に関する言及がなかったものとして扱い、その単独相続人が相続財産すべてを承継すると考えていることが明らかである。

D.28.6.41.8 Papinianus 6 resp.Non videri cum vitio factam substitutionem his verbis placuit: “ille filius meus si (quod abominor) intra pubertatis annos decesserit, tunc in locum partemve eius Titius heres esto”, non magis quam si post demonstratam condicionem sibi heredem esse substitutum iussisset: nam et qui certae rei heres instituitur coherede non dato, bonorum omnium hereditatem optinet.

パーピニアーヌス 『解答録』第6巻条件を指示された後に、ある人が遺言者にとって補充相続人であれと指定された場合と同様に、以下の語によって、補充指定が欠陥のあるものとしてなされたとは考えない、ということを判断した。「この息子がもし(私はそうならないことを望んでいるが)未成熟の間に死んだ場合、その地位そしてその持分についてティティウスが相続人となれ」。なぜなら共同相続人なしに、ある確定物に関して相続人に指定された人もまた、相続財産すべてを得るからである。

本法文において、主に問題となっているのは、ある(未成熟者)補充指定(34)

の有効性である。そこで、まずはこの法文を理解するうえで重要な、補充指定

(34) 補充指定には、通常補充指定substitutio vulgaris、未成熟者補充指定substitutio pupillaris、準未成熟者補充指定 substitutio ad exemplum pupillarisの三種が存在する。補充指定については、さしあたりKaser, RPRⅠ 2, S.688ff.参照。補充指定及び第五章で述べる信託遺贈に関しては、オスワルド・カバラル、田中実「補充指定と信託遺贈をめぐるアルチャートの助言」南山法学第23巻第1・2合併号(1999年)422︲368頁も参照。

140 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

Page 12: Kobe University Repository : Kernel(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。 (10)同上。 神 法 学

という制度の説明から始めるのが適切であろう。補充指定とは、停止条件付相続人指定の一種であり、ある相続人を指定したうえで、指定された人が相続をしない場合のために、補充的に別の人を相続人として指定するものである。代表的な通常補充指定の方式は「私の息子ティティウスは相続人となれ。私の息子が私の相続人とならなかった場合、セイユスが私の相続人となれ」というものである

(35)

。このように指定をすることにより、誰も相続人とならずに、無遺言相続が開始してしまうという危険を避けることができた

(36)

。そして本法文で問題となっているのは、未成熟者補充指定という、通常補充指定の特別形態である、。未成熟者補充指定は、通常の補充指定のように指定された人が相続しなかった場合のみではなく、相続人に指定された未成熟者がたとえいったんは相続したとしても、成熟するまでに死亡した場合のために、補充相続人を指定するものである

(37)

。ガイウスは、未成熟者が相続しなかった場合に、補充指定人は遺言者の相続人であり、未成熟者がいったん相続した後、成熟前に死んだ場合には補充指定人は未成熟者の相続人であると説明している

(38)

さてそれでは、具体的に法文の内容について見ていくことにしよう。法文中では、「その(未成熟者の)地位そしてその(未成熟者の)持分についてティティウスが相続人となれ」というように相続人指定がなされている。このような補充指定も一見したところ問題があるようには思えない。しかし前述のように未成熟者補充指定において補充相続が生じる場合には、いったん未成熟者である相続人が遺言者を相続したが、成熟する前に死んだ事例が含まれる。この

(35) G.2.179.(36) 補充相続人のさらに補充相続人も指定することができ、自己の奴隷を解放する

とともに相続人指定をしておけば、その奴隷は相続を拒絶することができないため、無遺言相続に移行するという事態を防ぐことができた。

(37) G.2.179.(38) G.2.180.

141神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

Page 13: Kobe University Repository : Kernel(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。 (10)同上。 神 法 学

場合に未成熟者は、遺言者を相続した後に何らかの財産を取得しているであろうし、未成熟者補充指定はいったん未成熟者が相続をしている場合には、補充指定された人はその未成熟者の相続人と考えられることから、未成熟者補充指定における補充相続人は本来ならこの財産も取得する。しかし本法文のような指定方法ではその文言から判断すると、補充相続人が取得した財産が含まれていない。それにもかかわらず、パーピニアーヌスはこの指定を、未成熟者補充指定として有効と考える。その上でパーピニアーヌスが参考とするのが、本章の検討対象である単独相続人に確定物に関する相続人指定がなされていている場合である。この場合に確定物に関する相続人指定を受けた人は、相続財産すべてについて相続することを前提に、本法文のように、相続財産の一部にしか相続人指定がなされていない場合についても、相続財産すべてについて相続することを説明している。また、別の事例として、例えば「もし未成熟者が成熟する前に死んだ場合、ティティウスが私の相続人となれ」

(39)

のように指定されていた場合についても、未成熟者補充指定として有効として考えられている。この場合には、「私の」相続人となれとされていることから、前述の事例と同様の問題が生じるので、ここで述べられていると考えられる。以上で述べたことを簡単にまとめると、この法文からは、単独相続人として確定物に関する相続人指定を受けた者は、相続財産すべてを得るということが、他の問題解決の理由とされるくらいには確定していた様子を窺い知ることができる。

D.49.17.19.2 Tryphoninus 18 disp.Filius familias paganus de peculio castrensi fecit testamentum et, dum ignorat patri se suum heredem extitisse, decessit. non potest videri pro castrensibus bonis testatus, pro paternis intestatus decessisse, quamvis id in milite etiamnunc rescriptum sit, quia miles ab initio pro parte testatus, pro parte intestatus potuerat

(39) D.37.11.8.1参照。

142 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

Page 14: Kobe University Repository : Kernel(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。 (10)同上。 神 法 学

mori, quod ius iste non habuerit, non magis quam sine observatione legum facere testamentum. necessario ergo castrensis peculii heres scriptus universa bona habebit, perinde ac si pauperrimus facto testamento decessisset ignorans se locupletatum per servos alio loco agentes.

トリフォニヌス 『討論集』第18巻ローマ市民であり、家父の権力下にある息子が、軍営特有財産に関して遺言を作成し、自身が家父の自権相続人であるということを知らずに死んだ。軍人は昔から一部について遺言を為し、一部に関して無遺言で死ぬことができるので、今でも軍人の場合にはそのように考えられているとはいっても、[今回の場合において]軍営特有財産に関して遺言をなし、父の財産に関して無遺言で死んだと考えることはできない。この息子は、そのような軍人が有する権利を持たず、法を順守して遺言を為すことしかできないからである。それゆえ、軍営特有財産に関して相続人に指定された人は、非常に貧乏な人が、他の場所で業務を行っている奴隷により自己が金持ちになったということを知らずに、遺言を作成して死んだ場合のごとく、全遺産について相続人として指定されたと考えなければならない。

過去に軍人であったが、現在はローマ市民であり家父の権力下にある息子が、軍営特有財産に関して遺言を作成した。家父の権力下にある息子は、本来なら財産無能力であるが、例外的に自己の軍営特有財産については遺言をすることができるので、遺言を作成した息子は自己が処分できるすべての財産を処分したつもりであったと考えられる

(40)

。その後、家父が死に、遺言を作成した息子は家父の自権相続人として、軍営特有財産以外の財産を取得した。しかし息子は自己が家父の自権相続人であることを知らなかったため、家父の自権相続人として得た財産について遺言で処分を指定することなく死んだ。その結果、相続財産のすべてでなく、軍営特有財産という確定物に関してのみ相続人

(40) Inst.2.12pr.

143神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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指定をしているという状況が生じたため、この状況はいかに解決されるかが問題となった。これについてトリフォニヌスは、軍営特有財産に関して相続人に指定された人は、全遺産について相続人に指定されたと考えられると判断した。そもそも軍人は確定物に関する相続人指定を有効になすことができるが、この息子は、今現在はそのような権利を有しない

(41)

。しかし、自己の奴隷が他所で行っている業務によって、自己が金持ちになったことを知らずに、自身が非常に貧乏なままであると考えその財産について遺言を作成した人は、遺産すべてについて相続人を指定したと考えられるのと同じように扱い、軍営特有財産について相続人に指定された人は遺産すべてについて相続人に指定されたと考えることができると判断された。さて本法文については、確定物に関する相続人指定の問題ではないという指摘が存在する

(42)

。遺言者は遺言を作成した時点では、遺産すべてについて処分する意思で相続人指定がなされているからである。しかし、ここでは確定物に関する相続人指定にあたるかどうかというのは、問題の本質ではなく、本法文からは、少なくとも以下のことがわかると考えるのが適切である。すなわち事後的に単独相続人に対して確定物に関する相続人指定がなされている場合と同様の状態が生じたような時には、確定物に関する相続人指定を受けたのと同様の状態にあるその相続人は、相続財産すべてについて相続人指定されたと考えるということが示されている。これは確定物に関する相続人指定が単独相続人になされていた場合と、理由づけは異なるにしても

(43)

、結論は何ら異ならないといえる。

(41) 不名誉なことを原因とする除隊の場合には即座に、それ以外の場合には除隊から一年で、遺言作成に関して軍人の特権を受ける権利を失う(D.29.1.26)。

(42) Mancaleoni, op.cit., p.19ff.(43) 確定物に関する相続人指定の場合は、物についての言及がなかったことにする

というのがその理由とされている。

144 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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(二)小括以上のように、遺言において確定物に関する相続人指定を受けた相続人しか相続人として指定された者がいない場合、この指定された相続人が単独相続人として相続財産すべてを承継することについて、古典期を通じて争いはないと思われる。すなわち確定物に関する限定がなかったかのように相続人指定されたものとして、その相続人のみが遺言において相続財産すべてについて指定されたと考えるのである。その結果、確定物に関して相続人指定を受けた者が、相続財産すべてを得るということで、一般包括承継の枠内で問題解決がなされているといえる。他の結論としては、確定物に関してのみ指定相続人に与え、確定物以外の物

については無遺言相続人が得るという解決もあり得よう。しかし古典期ローマにおいては「何人も一部については遺言をなし、一部について無遺言で死亡することはできないnemo pro parte testatus, pro parte intestatus decedere potest」という原則が存在するため、そのような結論をとることはできなかったのである。

三 �複数人が相続人として指定され、そのすべてに対して確定物に関する相続人指定がなされている場合

本章においては、相続人指定を受けた者が複数存在し、その相続人指定がすべて確定物に関するものであるという法文について検討する。このような法文においても前章と同様に、確定物に関する指定は全く考慮されないということによって、一般包括承継の枠内で解決が図られているのであろうか。

(一)法文検討1 Ulp.D.28.5.9.13,�Paul.D.28.5.9.10,�Iav.D.28.5.9.11D.28.5.9.13 Ulpianus 5 ad Sab.Si duo sint heredes instituti, unus ex parte tertia fundi Corneliani, alter ex besse eiusdem fundi, Celsus expeditissimam Sabini sententiam sequitur, ut detracta

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fundi mentione quasi sine partibus heredes scripti hereditate potirentur, si modo voluntas patris familias manifestissime non refragatur.

ウルピアーヌス 『サビーヌス註解』第5巻二人の相続人が指定され、片方がコルネーリウスの土地の三分の一に関して、もう片方が同じ土地の三分の二に関して指定された場合、ケルススは極めて明解なサビーヌスの見解に従う。その見解とは、家長(遺言者)の意思に明らかに反しない場合に限り、あたかも相続人の持分について書かれなかったかのごとく、土地に関する言及は考慮されず、相続財産を保持するというものである。

同じ土地に関して、その三分の一についてH1が相続人に指定され、その三分の二についてH2が指定された。この場合に(遺言者の意思に明らかに反する場合は別として)サビーヌスは、土地に関する言及がなく、相続人の持分について書かれなかった、すなわち両相続人は相続財産すべてについて相続人に指定されたがごとく扱われると考える。その結果H1とH2は二分の一ずつ相続財産を得る。そしてその見解にケルススは従う。以上のようなサビーヌスの見解を、ウルピアーヌス自体は「極めて明解な」と評しており、少なくとも否定的な意味では取り上げていないと考えることができる。しかし、後に検討するウルピアーヌス自身の別の法文との関係から、この法文においては、ウルピアーヌス自身はどのように考えているかというこという部分については収録されていなかった蓋然性が高い

(44)

D.28.5.10 Paulus 1 ad Sab.Si alterius atque alterius fundi pro partibus quis heredes instituerit, perinde habebitur, quasi non adiectis partibus heredes scripti essent: nec enim facile ex diversitate pretii partium

(45)

portiones inveniuntur: ergo expeditius est quod Sabinus

(44) このような可能性については、すでにKunkelによる書評中で指摘されている(Kunkel, SZ51., S.539)。

(45) フローレンス写本においては単にpretiumとされているが、pretii partiumとす

146 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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scribit, perinde habendum, ac si nec fundum nec partes nominasset.

パウルス 『サビーヌス註解』第1巻ある人が別々の土地の割合的一部について相続人を指定した場合、割合的一部の付加なしに相続人が指定されたかのごとく扱われる。なぜなら異なる価値を有する割合的一部に基づいて、相続持分を簡単には算定できないからである。それゆえ土地についても割合的一部についても言及されなかったかのごとく扱うというサビーヌスの見解は明解である。

本法文では先ほどのウルピアーヌス法文とは異なり、別の土地の割合的一部について確定物に関する相続人指定がなされている。例えばH1がある土地F1の三分の一に関して相続人に指定され、H2がある土地F2の三分の二に関して相続人に指定されたというような事例である。このような事例について、パウルス自身の考えは前半部分に書いてあると思われ、相続人の持分に関して何ら付加されなかったかのごとく扱われるとしている。そしてその理由として異なる価値の土地が指定されているので、持分を簡単には算定できないということが挙げられている。このパウルスの理由づけは、Ulp.D.28.5.9.13のように同じ土地に関して述べられている場合には正当化されないであろうし、簡単に計算できる場合にはどう考えられるのかという疑問が生じうる。最後にパウルスは、D.28.5.9.13で述べられているような、「土地についても割合的一部についても言及されなかったかのごとく扱う」というサビーヌスの見解を、明解なものと判断しているので、少なくともサビーヌスの見解に反対はしていないことがわかる

(46)

るMommsenの提案に従う。(46) パウルスは「割合的一部について」なんら付加されなかったと述べているのに

対して、サビーヌスの見解は「割合的一部についても土地についても」付加されなかったものと考えると書かれていることについては、若干の検討の部分で述べる。

147神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

Page 19: Kobe University Repository : Kernel(9) 中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)』(有斐閣、1992年)、49︲50頁参照。 (10)同上。 神 法 学

D.28.5.11 Iavolenus 7 epist.“Attius fundi Corneliani heres esto mihi, duo Titii illius insulae heredes sunto”. habebunt duo Titii semissem, attius semissem idque Proculo placet: quid tibi videtur? respondit: vera est Proculi opinio.

ヤウォレーヌス 『書簡録』第7巻「アッティウスはコルネーリウスの土地に関して相続人であれ、二人のティティウスは同土地上のインスラに関して相続人であれ」。二人のティティウスが半分を、そしてアッティウスがもう半分を得る。このことをプロクルスも認めた。あなたはどう考えるか?私(Iavolenus)はプロクルスの考えは正しいと決定した。

本法文の状況は、例えば確定物に関する相続人指定が「Aは土地Xについて相続人であれ、二人のTは土地Yについて相続人であれ」のように確定物の一方については結合的に名前があげられている、というものである。この場合にAが半分を得て、二人のTが残りの半分を有するという結論が示されている。この場合には、上記二法文と同様に土地に関する言及がなかったことになると、そのような結果とはならないはずである。ヤウォレーヌスは、全く土地に関する言及がなかったことにするのではなく、土地については二人の名前が結合的にあげられていることを考慮に入れることで、持分の決定をなしている。これについては古典期においても、土地に関する言及がなかったこととする以上、その土地について名が結合的に挙げられていることはまったく考慮せず、それぞれが三分の一ずつ相続すると考える法学者が存在した可能性も十分あるであろう。

以上三つの法文について検討を加えてきた。前二者では、確定物に関する記述がなかったものとして扱い、指定された相続人が相続財産全体を包括的に承継するとしている。すなわち確定物に関する相続人指定を、一般包括承継の枠内で解決しているといえよう。最後の法文については、確定物に関する記述が

148 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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全くなかったものとされているわけではないが、一般包括承継の枠内で解決していることに疑いはない。

2 Ulp.D.28.5.35pr.-2,�Pap.D.28.5.79pr.続いて、一見したところ今までの法文と結論が異なっており、一般包括承継との関係でも重要であると考えられる法文について検討を加える。具体的に検討するのは、ウルピアーヌスおよびパーピニアーヌスの法文である。

① D.28.5.35pr. Ulpianus 4 disp.Ex facto proponebatur: quidam duos heredes scripsisset, unum rerum provincialium, alterum rerum Italicarum, et, cum merces in Italiam devehere soleret, pecuniam misisset in provinciam ad merces comparandas, quae comparatae sunt vel vivo eo vel post mortem, nondum tamen in Italiam devectae, quaerebatur, merces utrum ad eum pertineant, qui rerum Italicarum heres scriptus erat an vero ad eum, qui provincialium. dicebam receptum esse rerum heredem institui posse nec esse inutilem institutionem, sed ita, ut officio iudicis familiae herciscundae cognoscentis contineatur nihil amplius eum, qui ex re institutus est, quam rem, ex qua heres scriptus est, consequi. ita igitur res accipietur. verbi gratia pone duos esse heredes insititos, unum ex fundo Corneliano, alterum ex fundo Liviano, et fundorum alterum quidem facere dodrantem bonorum, alterum quadrantem: erunt quidem heredes ex aequis paritbus, quasi sine partibus instituti, verumtamen officio iudicis continebitur

(47)

, ut unicuique eorum fundus qui relictus est adiudicetur vel adtribuatur.

ウルピアーヌス 『討論集』第4巻実際に起こったことを元にして、以下のようなことが検討される。ある人が二

(47) フローレンス写本においては tenebunturとなっているが、Mommsenはここでは他の写本も参考にし、continebiturではないかと提案する。

149神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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人の相続人を指定し、一人に属州の財産を、もう一人にイタリアの財産を指定した。商品はイタリアに運びこむのを常としていたので、商品の調達のための金銭を属州に送った。その商品は遺言者の生存中あるいは死後に購入されたが、まだイタリアに運ばれていない。商品がイタリアの財産に関して相続人に指定された人と、属州の財産に関して相続人に指定された人のいずれに属するかが問題となった。相続人は確定物に関して指定することができ、そのような指定は無効とはならないと認められるが、そのような指定は、確定物に関して指定された人が、まさに相続人に指定されたところのその物以上を得ることはできないようにするということが、遺産分割訴権を審理する審判人の職務に含まれる、ということを意味するのみであると私は述べた。すなわちこの指定は以下のように理解されるであろう。以下の例を想定しよう。二人が相続人に指定され、一人はコルネーリウスの土地に関して、もう一人はリーウィウスの土地に関して指定し、前者の土地は相続財産の四分の三をなし、後者は四分の一をなす。たしかに両相続人は持分についての言及なしに指定されたかのごとく、等しい持分を有するが、それにもかかわらず、残された土地を各々に裁定付与するあるいは割り当てるということが、審判人の職務に含まれる。

この法文は古典期ローマで実際に起こった事柄について、述べられている。まず二人の相続人に対して確定物に関する相続人指定がなされた。片方は属州の財産に関して、もう一方はイタリアの財産に関して相続人指定を受けた。普段から属州で購入し、イタリアに送ることを常としていた商品が、いまだイタリアに運ばれずに属州に残っていた場合に、この商品がどちらの相続人に帰属するかということが問題となった。そしてその前提として、確定物に関する相続人指定の扱いについて論じられた。ウルピアーヌスは、確定物に関する相続人指定は無効とはならず、遺産分割訴権において審判人の職権を拘束するということを意味すると考えた。その上で、異なる事例、すなわち一人に相続財産の四分の三の価値を有するコルネ―リウスの土地に関して、もう一人に相続財産の四分の一の価値を有するリーウィウスの土地に関して、確定物に関する相

150 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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続人指定がなされた事例を挙げて以下のように説明をする。まず確定物に関して指定された場合に両相続人は持分については何ら言及がなかったかのごとく扱われる。一方でそうはいっても、遺産分割において審判人がその指定された土地を各々に与えるということが審判人の職務に含まれると判断された。

以上のように、本法文においてウルピアーヌスは、確かに確定物に関する相続人指定は無効とはならないが、遺産分割訴権における審判人を拘束するにすぎないと考える。そして確定物に関する相続人指定がなされたからといって、その確定物の価値が相続人の持分に反映されることはなく、それぞれ相続人は等しい持分を有すると述べている。このように等しい持分を有するとされながらも、遺産分割の結果相続人は異なる価値を有するもののみを得るということになるので、相続財産に関する債務をどのように負担するかが次に問題となる。

② D.28.5.35.1 Ulpianus 4 disp.Unde scio quaesitum, aeris alieni onus pro qua parte adgnosci debeat. et refert Papinianus, cuius sententiam ipse quoque probavi, pro hereditariis partibus eos adgnoscere aes alienum debere, hoc est pro semisse: fundos etenim vice praeceptionis accipiendos. quare si forte tantum sit aes alienum, ut nihil detracto eo superesse possit, consequenter dicemus institutiones istas ex re factas nullius esse momenti: et si forte Falcidia interveniens recisionem esset legatorum factura, sic officio iudicis recidit praeceptiones istas, ut non plus quisque eorum habeat quam esset habiturus, si legatum accepisset vel aliud vel etiam praeceptione

(48)

. quod si fuerit incertum, an Falcidia interventura sit, rectissime probatur officio iudicis cautiones esse interponendas.

(48) フローレンス写本においては、praeceptionesとなっているが、ここではMommsenの提案に従う。

151神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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そのことから、相続財産の債務がいかなる範囲で負わせられなければならないかという問題が生じることを私は知っている。そしてその考えに私も賛成するところのパーピニアーヌスは、相続人は債務を相続財産の持分の割合で負うと述べた。すなわち各々半分ずつ負う。なぜなら土地は先取遺贈のように考えられなければならないからである。それゆえ債務を控除すると何ら残らないほどに債務が多かった場合、確定物についてのそのような指定は何ら効力を有しない、と我々は矛盾なく結論付ける。ファルキディウス法の介入により遺贈の減少が行われた場合、この先取分は審判人の職務により減少され、遺贈(その他の方法によるものあるいは先取遺贈による場合も含む)を受け取った場合に保持するであろうより多くは得られない。しかしファルキディウス法が介入するか否かが未確定である場合、全く正当なことに、審判人の職務により担保問答契約が締結されなければならないということが、支持される。

ここでの議論の中心は、確定物に関する相続人指定において、相続人はいかなる範囲で相続財産に関する債務を負うのかということである。前法文で、確定物に関する相続人指定を受けた相続人が、遺産分割訴権において確定物のみを付与されると判断され、共同相続人間で得る財産の価額に違いが生じるため、債務を半分負うのでは不公平ではないかとの疑問が生じた。そしてこのことに関して、ウルピアーヌスはパーピニアーヌスの見解を引用し、賛成している。その考えとは、相続財産の持分割合で負う(すなわち各々が半分ずつ負う)というものである。その理由として、確定物を(先取)遺贈のように得るということを挙げている。そしてこの確定物を遺贈のようにして得るということから、ファルキディウス法の適用の際、この遺贈のように得られる確定物も本来の遺贈と同様に減少させられることも述べられている。ここで出てきたファルキディウス法

(49)

とは、遺贈に関する制限法の一つであり、相続人が少なくと

(49) ファルキディウス法は、その計算方法および他の制度との関係でしばしば解決困難な問題を引き起こす。ファルキディウス法に関する問題について、田中実「アントワーヌ・ファーブルとファルキディア法の計算(1)(2)」南山法学25

152 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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も自己の相続分の四分の一は得ることができるようにするものである。そして通常のファルキディウス法の適用場面においても締結される担保問答契約

(50)

が、審判人の職権で締結されなければならない。

この法文においてもっとも注目すべきであるのは、確定物を(先取)遺贈のように得ると考えていることである。確定物を(先取)遺贈のように得るということで、相続財産の債務を確定物の額を考慮して負うのではなく、相続財産の持分割合に応じて負うということを説明している。これは具体的には以下のようにして確定物が得られるということを示している

(51)

。H1が300の価値を有

巻2号152︲110頁、25巻3号140︲81頁(2001年)参照。(50) 遺贈が超過していた場合には、その超過額を受遺者が相続人に対して返還する

ことに関して、受遺者が保証人を立てることをその内容とする(D.35.3.1pr.)。(51) 相続人に対する遺贈は二種類存在する。すなわち先取遺贈 legatum per

praeceptionemそして先行遺贈praelegatumである。先取遺贈と先行遺贈の関係は、ローマ法上の難問の一つであるが、今日のローマ法の代表的なKaser、Knütel、Lohsseによる教科書において、先取遺贈と先行遺贈については以下のようにその違いが述べられている(Kaser/Knütel/Losse, Römische Privatrecht 21.Aufl, München, 2017, S.431)。先取遺贈が相続財産から前もって分離されるが、先行遺贈は全相続人の負担として扱われるため、自己の負担で自分に対して遺贈する部分は無効となるというものである。

 先取遺贈はローマにおいてなすことができた四つの遺贈方式(物権遺贈、債権遺贈、先取遺贈、許容遺贈)の内の一つである。先取遺贈により相続人は自己の相続分の他に、追加的に遺贈を受け取ることができる。それに対して先行遺贈とは、基本的に先取遺贈以外の方式で相続人に対して遺贈する場合をいい(場合によっては先取遺贈形式をも含む広義の相続人に対する遺贈の意味で用いられることもある)、「相続人が自分自身の負担で自身に対してなす遺贈は無効である」という原則 (以下「自己負担部分無効の原則」と呼ぶ)が適用されるということをその特徴とする(D.30.116.1)。

 自己負担部分無効の原則が適用される結果、Kaserによると先取遺贈と先行遺贈には以下のような計算の違いが生ずるとされる(Kaser, RPRⅠ 2, S.748)。まずAとBが一対一の割合で相続人に指定された。相続財産の全体の価値を100とし、Aに対してその相続財産から20の土地が遺贈された。この遺贈が先

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する土地F1に関して相続人に指定され、H2が100の価値を有する土地F2に関

取遺贈であった場合、土地は相続財産から前もって取り除かれるので、残りの80についてAとBで一対一の割合で分けることになる。すなわちAは20(土地)+40=60を、Bは40を得ることとなる。一方でこの遺贈が先行遺贈の場合、土地の遺贈義務をAとBが半分ずつ負い、その内Aが遺贈義務を負う分は遺贈として無効であるが、先行遺贈の指定には遺産分割方法の指定の意味も含まれることから、その無効となった分は相続権により得られる。結局Aは50を得て、その中に遺贈として共同相続人から得る土地の半分と相続権により得る土地の半分が含まれる。そしてBは50を得るということになる(もっとも私自身はこの計算方法について、特に遺産分割方法の指定の意味を含むという点について疑問を抱いているが、ここでは詳述しない)。

 そしてD.28.5.35.1においては先取遺贈という語を用いているにも関わらず、少なくともアックルシウスは、序文のadiudicaturに関する注釈部分で、何の説明もすることなく自己負担部分無効の原則が適用された場合と同様の計算をしている(すなわち半分を遺贈として、半分は相続権により得るとしている)が、一言説明が必要であろう。この計算方法自体は、すぐ後に検討するPap.D.28.5.79pr.において、遺産分割の際に確定物に関する相続人指定を受けた者同士で、互いに対象物に関して給付しあうという表現があることからも、少なくともパーピニアーヌスはそのような計算方法をなしていたという蓋然性は高いと考えられる。クヤキウスもD.28.5.79pr.に関する説明で、同様の計算方法をとっている(Comment,ad Tit. Dig. de her. Inst. ad L.Qui non militabat 78.)。

 そこで参考となるのがPap.D.31.75.1である。パーピニアーヌスはこの法文中で、先取遺贈がなされたとしているにもかかわらず、先行遺贈のように計算している。そしてパーピニアーヌス法文の理解については様々なものが考えられるがここでは立ち入らない(詳細については、M.Wimmer, Das Prälegat, Wien/Köln/Weimar, 2004,S.106ff.参照)。さしあたり、先取遺贈の文言が時代とともに特別の意味をなくしていき(G.2.221)、相続人に対して他の文言で遺贈した場合も、先取遺贈の文言で遺贈した場合にも、どちらも同様に先行遺贈の計算方法によるようになったと理解するのが適切であろう。古典期ローマにおいて一般的にそのように考えられていたか否かは判断できず、学者間で争いがあったことが推測されるが、少なくともパーピニアーヌスは、先取遺贈の方式で遺贈をなした場合にも自己負担部分無効の原則が適用される場合もあると考えており、D.28.5.35.1について述べた計算方法も正当化することができるであろう。

 しかし一方で、先取遺贈自体については以下のような疑問も残る。先取遺贈

154 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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して相続人に指定された。相続財産はF1とF2のみである。この場合にH1とH2は持分については半分ずつ指定されたと考えられるのであるから、遺産分割訴権が行使されるまでの間はH1とH2はそれぞれF1とF2を持分割合が半分ずつで共有状態にある。そしてローマの遺産分割には遡及効がなく移転的効果を持つにすぎない

(52)

ことから、遺産分割において審判人の権限により、遺贈を原因としてF1とF2の半分ずつをH1とH2が互いにやり取りをしたものとして扱われる。具体的には、H1からH2へ土地F2の半分(50)が、H2からH1へ土地F1の半分(150)が移転するということになる。このような事例で、F1とF2の価値が大きく異なる場合には、H1とH2が得る財産には大きな差異が生じるにも関わらず、債務は半分ずつ負うという一見したところ不公平な事態が生じうる。この場合に、財産を多く得る者から少なく得る者に対して金銭を支払うことにより平等を図っていたとも考えることができる

(53)

が、そのように述べた法文は存在しないため賛成することはできない。そこで、H1はファルキディウス法の適用により最低限の保障を受けることができる

(54)

上に、複数の相続人の内の一人に対してだけ遺贈義務を負わすという

がKaserの計算方法によるとすると、遺産分割前の状態から、遺産分割によってどのように財産が移転するかが不明確である。遺産分割に遡及効が認められるというなら話は別であるが、遺産分割前は遺贈の対象物を相続分に応じて共有されていたが、遺産分割後にはすべてを遺贈によって得たと考えられるのはいったいなぜであろうか。

(52) 原田慶吉、前掲『ローマ法』359頁以下、原田慶吉『日本民法典の史的素描』(創文社、1954年) 226頁以下。

(53) von Heinrich Siber, Römisches PrivatrechtⅡ, Berlin, 1928, S.348, Anm.5参 照。なおKaserもこの見解をとっている(Kaser, RPRⅠ 2, S.688)。

(54) 法文の文言自体は、他に遺贈がなされていて、ファルキディウス法が適用される場合について述べているとも考えられるが、そのような場合にのみファルキディウス法が確定物についても適用されると解するよりも、確定物が遺贈のように得られることから、いかなる場合もファルキディウス法の対象となると考えられていたとする方がより適切であろう。Vociも、他に遺贈が残されていない場合であっても、確定物に関してファルキディウス法の適用により、確定物の価値に大きく違いがある場合に公平を図ることができると考えている(Voci,

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こともできるのであるから(55)

、そのような不公平は許容範囲のものだと考えられていたとするのが適切であろう。

③ D.28.5.35.2 Ulpianus 4 disp.Cum haec ita sint, haec etiam institutio, de qua quaeritur, non est repellenda, si alius rerum provincialium, alius rerum Italicarum heres fuerit scriptus, officioque iudicis adtribuentur singulis res quae adscriptae sint, erunt tamen heredes ex aequis partibus, quia nulla pars adscripta est. quae res facit, ut, si forte in aliis facultatibus plus sit (in Italicis forte quam in provincialibus), in aliis minus et aeris alieni ratio urguet, debeat dici imminutionem eandem fieri quam supra ostendimus: proinde et si aliis fuerint legata relicta, contributio admittenda erit.

そのように義務付けられるので、疑問が持たれたような相続人指定についても、拒絶される必要はない。一人の相続人が属州の財産そしてもう一人の相続人がイタリアの財産について相続人指定されたような場合のことである。そして審判人の職務により、付加された確定物が付与されるが、両者は等しい持分で相続人になる。なぜなら持分については何ら付加されなかったと考えられるからである。片方の財産がより多く片方がより少なく(例えばイタリアの財産が属州の財産より多い場合)、借金が圧迫している場合、上で説明したものと同様の減少がなされなければならない。また同様に他の人に遺贈がなされている場合にも、[相続人間で]配分がなされなければならない。

この法文では、前の二法文の内容がまとめられ、実際に起きた事例に適用されている。すなわち一人に属州の財産そしてもう一人にイタリアの財産というように確定物に関する相続人指定がなされた場合、両者の持分については何ら

DERⅡ, p.150f.)。(55) 例えば相続財産の価値が1000で、H1とH2が一対一の割合で相続人に指定さ

れ、H1についてだけLに対して300を遺贈するように指定されている場合である。

156 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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付加されておらず、等しい割合で相続人になるが、一方で、指定された確定物は、遺産分割訴権における審判人の職務によって、指定された相続人に付与されるというものである。そしてたとえ確定物の価格に差があったとしても、債務については半分ずつ負うということになる。そして相続人以外に対して遺贈が指定されている場合も、それぞれが半分ずつの割合で遺贈義務を負うということになる。

以上のウルピアーヌス法文で主に取り上げられている事例を最後にまとめると以下のようになる。まず相続人H1を土地F1に関して相続人に指定し、H2を土地F2に関して相続人に指定し、相続財産はF1とF2のみであったとする。この場合に、遺産分割訴権の審判人は職権によって、H1がF1を、H2がF2を得るようにしなけらばならないということが①法文で示されている。そしてその場合に相続財産に関する債務をどのような割合で負うかが問題になる。これについては、②法文において土地の価格によらずに、各々が半分ずつ負うとされている。そしてその理由は、それぞれ土地を先取遺贈のように得ることに求められている。さらに②法文においてはこのように、土地は先取遺贈のように得られることから、ファルキディウス法

(56)

による減少の対象となると述べられている

(57)

。加えて、ファルキディウス法が適用されるか否かが未確定の場合には、通常の遺贈の場合においてそうされるのと同じように、受遺者と相続人の間に担保問答契約が締結される。また③法文において述べられているが、受け取るはずの確定物は、相続財産が債務超過の場合あるいは別の人に遺贈がなされていた場合にも減らされうる。一連のウルピアーヌス法文では、①法文において、確定物に関する相続人指

(56) すでに述べたようにこの法は、過度な遺贈を制限するため、相続人に対して少なくとも自己の相続分の四分の一を得る権利を与えるものである。

(57) 例えばF1の価値が20でF2の価値が180である場合、H1はファルキディウス法の適用を主張して、最低限200/2×1/4=25を得ることができる。その結果F2に対して遺贈のように渡す分を減らすことができる。

157神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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定における確定物の指定は無効とはならず、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は審判人の職権によって確定物のみを得ると述べられていることが、第一に注目されなければならない。すなわち、遺産分割における審判人によって、指定された確定物が結果的に指定された人に与えられる、と述べられていることがこれまで検討した法文とは異なる。次に、②法文において、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は、前述のように確定物しか受け取ることができないにもかかわらず、債務を相続財産の持分割合すなわち半分ずつ負うと述べられている。それに続いて、債務を半分ずつ負うことの理由として、確定物を「先取遺贈のように」得ると表現していることが注目されなければならない。この表現は、遺贈として得たならば相続持分には影響は与えないということ、そして審判人の裁定付与によりその確定物を受けるということは先取遺贈の場合と同じであるということを表そうとしたものと考えられる。しかしこの表現からは別のことも読み取れる。後述するようにユスティニアヌス帝の時代には、一定の条件下においては確定物に関する相続人指定を受けた相続人は単に受遺者として扱われるのであるが、その兆しがこの表現から読み取れる。すなわち確定物に関する相続人指定を受けた相続人が、その指定された確定物以外の物を受け取らないのであれば、それは遺贈を受けたということに他ならないのではないかということである。しかしこの法文においては、相続人として指定を受けた人はあくまで相続人であるとして相続財産に関する債務を負担させている。これは確定物に関して指定された相続人しかおらず、確定物に関する相続人指定を受けた人を受遺者扱いにすると、包括承継人が存在しなくなってしまうということとも無関係ではないであろう。

最後に、この一連の法文の続きであるD.28.5.35.3との関係について若干言及しておくことにしよう。ここでは、前法文までで確定物に関する相続人指定についての考察が終わり、実際の事例を解決するうえで、すぐに遺言者の真意の追及の話を出しており、ウルピアーヌスが遺言において相続人の意思を相当

158 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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重要視していたことが窺い知れる。それにもかかわらず①︲③法文においては、不思議なことに遺言者の真意の追求という言葉自体が全く出てきていない。このことは、確定物に関する相続人指定に関しては、遺言者の意思よりも重要なものが存在するため、遺言者の真意を追及するということが必ずしも有効ではなかったということを示しているのかもしれない

(58)

。そして確定物に関する相続人指定においては確定物に関する相続人指定を受けた者は、包括承継人であるということが前提であり、指定を受けた確定物の価値が低くてもその包括承継人たる地位を失わないと考えられている。そのことから、遺言者の意思よりも重要なものとして考えられているのは、相続人として指定された者はどのような財産を得るのであれ(財産が一般・包括的なものであれ特別・個別的なものであれ)、包括承継人であるということであったかもしれない。そしてこのような考えが次章で検討するCodex Gregorianus.3.4.1において生じる結果に、影響を与えたと考えることもできよう。

D.28.5.79pr. Papinianus 6 resp.Qui non militabat, bonorum maternorum, quae in Pannonia possidebat, libertum heredem instituit, paternorum, quae habebat in Syria, Titium. iure semisses ambos habere constitit, sed arbitrum dividendae hereditatis supremam voluntatem factis adiudicationibus et interpositis propter actiones cautionibus sequi salva Falcidia, scilicet ut, quod vice mutua praestarent, doli ratione quadranti retinendo

(58) もしも、遺言者の真意を追及するということが行われていたならば、遺言者の真意としてはさしあたり、少なくとも以下のような三つの可能性が考えられるであろう。まず第一に、遺言者は確定物に関して指定した相続人に、確定物しか付与しないが包括承継人となれと考えていたという場合である。次に、遺言者は確定物に関して指定した相続人に、確定物しか付与する意思はなく、包括承継人として債務を負うようなことは考えていなかった(受遺者と同様の立場に置くことを考えていた)という場合である。最後に、遺言者はとりあえず指定した人に対して確定物を付与することを意図しているが、その他の財産についてはどのように分けるかは自由であると考えていたという場合である。

159神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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compensetur.

パーピニアーヌス 『解答録』第6巻軍人ではない人が、パンノニアに有する母方の財産に関して解放奴隷を相続人に指定し、シリアに有する父方の財産に関してティティウスを相続人に指定した。法により各々が半分を得ることができるが、遺産分割の審判人(裁定人)は、ファルキディウス法を犯すことなく、裁定付与そして訴えを原因とした担保問答契約を指示することにより、死者の意思を実現しなければならないということが確定している。もちろん悪意を理由として、留保される必要がある[ファルキディウス法の]四分の一に、たがいに給付しなければならないものは算入される。

この法文の状況は以下のようなものであると考えることができる。軍人ではない人

(59)

が、解放奴隷Lをパンノニアにある母方の財産について相続人に指定した。またシリアにある父方の財産についてティティウスを相続人に指定した。相続財産全体を1000とし、母方の財産が100、父方の財産が900であるとする。このような状況において、パーピニアーヌスは以下のように判断した。Lと

(59) 軍人の遺言における確定物に関する相続人指定は、ローマ市民の遺言における確定物に関する相続人指定とは明らかに異なる特別の取り扱いを受けるため、本稿においてはその検討対象からは除外する。その内容を簡単に述べると、軍人の遺言については、そもそも確定物に関する相続人指定ができるという法文が存在する(Ulp.D.36.1.17.6)。そしてその場合に、確定物は遺産分割訴権によって得られるのではない(Paul.D.10.2.25)。しかし一方で、ローマ市民の遺言における確定物に関する相続人指定と同様の扱いを受けるように読める法文も存在する(Gai.D.29.1.17pr.)。また「何人も一部について遺言をなし、一部について無遺言で死ぬことができない」という原則も適用されない(Ulp.D.29.1.6)という法文も存在する。そのため、D.29.1.6においては、軍人の遺言において相続人が一人しか指定されず、しかもその人が確定物に関する相続人指定を受けている場合に、指定された相続人は確定物しか得ることができず、確定物以外の相続財産は無遺言相続人が得ると判断されている。

160 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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ティティウスはそれぞれ半分ずつ、すなわち、両者とも母方の財産を50、父方の財産を450ずつ得る

(60)

。しかし遺産分割訴権において審判人は、Lが母方の財産すべて、ティティウスが父方の財産すべてを得るように、裁定をなさなければならない。すなわちLからティティウスに父方の財産450を(先取)遺贈として、ティティウスからLに対して母方の財産50を(先取)遺贈として引き渡させなければならない。そしてここでファルキディウス法の問題が出てくる。Lとティティウスは相続人として自己の相続分の四分の一、すなわちそれぞれ少なくとも125ずつを得る権利を有する。しかしLは上記の遺贈をなした結果として母方の財産である100しか得ることができない。そして本来ならファルキディウス法の四分の一に含まれるのは、相続権により得るものだけであり遺贈として得るものは含まれない

(61)

。そのためLが得るものの内、ファルキディウス法の四分の一に含まれるのは相続権として得る50のみのはずである。しかし法文によると互いに(遺贈として)給付する分もファルキディウス法の四分の一に含まれる。本来遺贈として得る分はファルキディウス法の四分の一には含まれないが、互いに遺贈をする関係にあるものの間ではファルキディウス法に基づく請求をする場合に、ファルキディウス法の四分の一にその互いに遺贈する分が特別に含まれるという扱いを受ける

(62)

。よって本法文の場合に125の部分に遺贈として得る50も含まれることから、Lは25を請求できるにとどまるということになる。

さらに本法文において担保問答契約の締結が指示されている。法文の文言からはその担保問答契約がいかなる内容を有するかが明らかでないため、その内

(60) この法文における母方の財産および父方の財産という語は、古典期後における特別財産との関連が指摘されている(Wesener, op.cit., S.334)

(61) Marci.D.35.2.91, Gai.D.35.2.74.(62) 「互いに遺贈がなされている場合の算入compensatio mutuorum legatorum」と

呼ばれるものである。他の法文および文献については、U.Manthe, Das senatus consultum Pegasianum, Berlin, 1989, S.157, Anm.8参照。

161神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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容については以下のような争いが存在した。アックルシウス(63)

は、確定物を引き渡した後で、それまで顕在化していなかった相続財産に関する請求を第三者がなしてきたような場合に、財産を返還することを内容とするものであるとする。そしてクヤキウス

(64)

は、アックルシウスの見解に従い、上記②法文においてパーピニアーヌスがファルキディウス法の適用が定かではない場合の問答契約の締結に関して書いてあることと関連付け、この見解を正当化する。それに対してNeunerは、この問答契約を相続財産の債権及び債務と関連付ける

(65)

。すなわち解放奴隷が母方の財産に関連する債権債務を、ティティウスが父方の財産に関連する債権債務を負うということを内容とした問答契約であると考える(66)

。そしてこのNeuner以後の学者はこの見解を引き継いでいるである(67)

。しかし担保問答契約の内容がそのようなものであるとすると、②法文において述べられたパーピニアーヌス自身の見解と矛盾する恐れがある。②法文においては、債務はその持分割合すなわち確定物に関する相続人指定を受けた者が半分ずつ負うとされているからである。そのためこの担保問答契約の部分に関して

(63) Glossa, ad l. 79 D.de her,inst, verb cautionibus.(64) Comment,ad Tit. Dig. de her. Inst. ad L.Qui non militabat 78.(65) Neuner, op.cit., S.222f.(66) しかし問答契約による債務負担は、第三者に対して影響を与えることができ

ず、あくまでも相続人間の内部負担について取り決めるにとどまる(Voci, op.cit., S.155)。

(67) しかし、一方でこの法文の理解については、父方の財産および母方の財産以外に相続財産が存在していたかということに関連して見解が対立している。Neunerはこの法文においては父方の財産および母方の財産に関するもの以外も存在したと考える(Neuner, op.cit., S.502, Anm. 32)。Schwingも同様である(Schwing, Zur Lehre von der heredis institutio ex re certa, Greifswald, 1875, S.58.)。一方でPandelettiはこの法文においては、D.28.5.35との決定の同一性を理由として、父方の財産および母方の財産が相続財産のすべてを占めると考え、それ以外の場合についてはD.28.5.79pr.は判断していないと考える(Pandeletti, op.cit., S.28)。DavidもPandelettiと同様に考える(David, op.cit., S.29)。

162 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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改竄と考える者もいる(68)

。しかしBonfante(69)

は改竄を否定し、その見解に賛成するDavid

(70)

は、本法文は②法文の事例とは異なり、母の財産あるいは父の財産という二つの相続財産というべきものについて確定物に関する相続人指定がなされている場合であること

(71)

、すなわち事例が異なるので債務の負担に関するパーピニアーヌスの考えは異なると考える。この最後の考えが適当である。

以上のようにこのパーピニアーヌス法文においても、遺産分割の審判人の裁定付与により、確定物に関する相続人指定を受けた相続人に対して確定物を付与することが認められている。そしてその根拠は被相続人の意思に求められている。また注目すべきは、相続人に対して、遺産分割において確定物を与えることが、「確定している」と表現されていることである。パーピニアーヌスの時代には、指定された確定物を遺産分割において与えることが、少なくとも圧倒的に多数説であったということを、このことは意味する。

3 法文相互の関係次に、Ulp.D.28.5.35pr.-2、Pap.D.28.5.79pr.と、それまでに取り上げた法文すなわちUlp.D.28.5.9.13、Paul.D.28.5.10、Iav.D.28.5.11との関係について言及することにしよう。一見したところ前二つの法文が確定物に関する相続人指定を受けた人に対して確定物を付与するのに対して、後の三つは確定物を与えないかのように思われる。そのため、学説彙纂自体が個別の法学者たちの考えが集まったものであるとしても、少なくともウルピアーヌス法文はどちらのグループにも存在しているのでその関係を説明する必要がある。

(68) Mancaleoni, op.cit., p.62.(69) Bonfante, Istituzioni di diritto romano, F. Vallardi, 1925, 8. ed, p.583, Anm.1.(70) David, op.cit., S.27.(71) このような考え自体はすでにNeunerによって指摘されている(Neuner, op.cit,

S.224f.)。

163神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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Mancaleoni(72)

は以下のように考える。当初確定物に関する相続人指定は確定物に関して言及されなかったかのごとく扱われた。その後パーピニアーヌスが相続人の意思を実現するために新しい方法を考案し確定物を先取遺贈のように相続人に付与することを認めたというものである。このMancaleoniの考えに対して、Davidは法文の時代の順番から判断するとこのようなことを認めるのは困難であると考える

(73)

。すなわち、確定物に関する相続人指定を確定物に関して言及がなかったように扱うD.28.5.9.13はウルピアーヌスのサビーヌス註解からとったものである。そしてウルピアーヌスのサビーヌス註解は、パーピニアーヌスが確定物に関する相続人指定を一種の先取遺贈と扱った解答録(D.28.5.79)よりも後の時代に書かれた物であるので先ほど述べたMancaleoni

の考えは取れないとDavidは考える。一方でDavid

(74)

はSuman(75)

の見解を元に以下のように考える。パーピニアーヌスはD.28.5.79pr.において、確定物に基づく相続人指定がなされている場合に、その指定された確定物が相続財産のすべてを構成する場合に限り、その確定物がその指定された人に与えられるという新しい解釈を考え出した。一方で、指定された確定物が相続財産のすべてを構成しない場合は、そのような解釈は認められず、従前のように、確定物が書かれなかったかのように扱われるとする。Kaser

(76)

及びVoci(77)

も基本的にはこの理解に従っている。

(二)若干の検討以下では今まで述べた事例について、Neunerに倣い

(78)

、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は確定物を得ることができるか、そして確定物に関する

(72) Mancaleoni, op.cit., p.35ff.; p.72ff.(73) David. op.cit., S.28f.(74) David, op.cit., S.28ff.(75) Suman, op.cit., p.52ff.(76) Kaser, RPRⅡ 2, S.492, Anm.24.(77) Voci, DERⅡ, p.147ff.(78) Neuner, op.cit., S.143.

164 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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相続人指定を受けた相続人が確定物を得ることができる場合に確定物しか得ることができないのか、という二点について、法文相互の関係も含め、若干の検討を加えることにしよう。

1 確定物を得ることができるかこの問題についてDavidは前述のように、指定された確定物をあわせると相

続財産すべてを占める場合にのみ、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は確定物を得ることができると考える。しかし実際には時代が進むにつれて、指定された確定物が相続財産すべてを占める場合以外でも、確定物に関する相続人指定を受けた人に対して、その確定物を付与する傾向は強まったと考えられ、Davidが説明するような、確定物が相続財産のすべてを構成する場合に限りという限定もすでに古典期においてなされていなかったのではないか。たしかにD.28.5.9.13において、確定物が相続人に与えられるのではなく、土地と持分について言及がなかったことになるという解釈が示されているが、これはサビーヌスとそれに従うケルススのものである。Kunkel

(79)

が指摘するようにウルピアーヌス自身の見解についてはこの法文では述べられていない。そのことからウルピアーヌスはD.28.5.9.13のような事例でも、確定物をどちらかの相続人に与える等の解決を考えていたかもしれず、このように考えると、D.28.5.35pr.において確定物を指定された相続人に付与するという解決をウルピアーヌスがとっていることも説明できる。さらには、別の可能性も提示することができる。ウルピアーヌスはD.28.5.9.13において自己の見解も述べていると考え、確定物に関する言及がなかったかのように扱われるという解決は、同じ土地について異なる相続人が指定された場合についてのみ対象としているという可能性である。そして一方でD.28.5.35pr.

は両相続人に対して別々の確定物が指定されている。このように対象とする状況が異なるということでウルピアーヌスの法文は改竄を前提とすることな

(79) Kunkel, SZ51 (1931), S.535ff.

165神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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く、整合的に理解できる。さらには、BiondiがD.28.5.35.1に関する解釈部分で、あまり論理的ではなく一貫性に欠けるということを認識しつつも述べているように(80)

、遺言を無効とするか否かという場面においては、確定物が書かれなかったかの如く扱われ、遺産分割の場面では確定物について書かれたものとして扱われていると考えることもできる。ここで遺言を無効とするか否かという場面において書かれなかったかごとく扱われるということは、相続持分についても書かれなかったかの如く扱われるという意味も含むであろう。このように理解すれば、D.28.5.9.13においてウルピアーヌスは、自己の意見を完全には述べていなかったが、遺言を無効にするか否かという場面においてはサビーヌスの見解に従うので、サビーヌスの見解を明解だと評したことも納得できる。よって、ウルピアーヌスがこのように場面において確定物を考慮するか否かを柔軟に考えていたとする見解に最も共感を覚える。

さらには、D.28.5.10においてパウルスも、確定物をその指定された人に付与するということを考えていた可能性がある。この法文においては異なる土地の割合的一部についてそれぞれ相続人が指定されており、その解決として「割合的一部」について書かれなかったかのごとく扱われるとされている。ここでは「土地について」も書かれなかったという扱いをパウルス自身はしていない。パウルス自身が明解であると評したサビーヌスの見解は「土地についても割合的一部についても」書かれなかったかのごとく扱うというものである。このサビーヌスの見解と比べると、パウルスは「土地についても」書かれなかったとは述べていない。そのことから、パウルスは遺産分割の場面においては土地についてまったくかかれなかったとは考えず、遺産分割によって確定物を与える場合があるということを考えたからこそ、土地についてもかかれなかったとの言及をあえてしなかったのではないだろうか。

(80) Biondi, op.cit., p.234.

166 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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そしてさらにDavidが、確定物が相続財産の全体を占める場合に限ってという限定をつけて確定物を相続人に与えた、と考えたことに対しては以下のように反論できる。確かにD.28.5.35pr.の後半部分については明らかに、指定された確定物は相続財産の全体を占めている。しかしこれはこのような事例について限定的に確定物を相続人に対して付与すると考えたというよりも、実際に起きた事例を挙げる前半部分において、指定された財産が相続財産全体を占めていたからという理由にすぎないとも考えられる。さらに、指定した以外に財産がある場合に、その財産の帰属がさらに問題となり、事態が複雑になるということを回避したと考えることもできよう。その上D.28.5.79pr.においては、そもそも相続財産が父方の財産と母方の財産しかないという状況設定自体に無理があると考えられる

(81)

。またDavidは、確定物が相続財産の全体を占めている場合の方が、残された対象の一部についてのみ指定がなされている場合より、被相続人の意思を現実化しやすいということを理由とする

(82)

。しかし、確定物が相続財産の全体を占めている場合と占めていない場合とで、その物自体をその指定した人に帰属させたいという相続人の意思は変わりなく、他に財産があるか否かでその物を帰属させることについての現実化の難度に違いはないと考えられる。

以上より、確定物に関する相続人指定については、少なくともパーピニアーヌス、ウルピアーヌス、パウルスの時代においては、指定された確定物をその

(81) NeunerはD.28.5.79pr.において、父方の財産と母方の財産の他にも財産が存在することを前提とし、残りの財産を半分ずつ得るとしている(Neuner, op.cit., S.502, Anm.32)。そしてこの見解にSchwingも従う(Schwing, op.cit., S.58)。またVociも他の財産があることを前提にしており、その残りの財産は相続人が半分ずつ得ると考える(Voci, DERⅡ, p.154f.)。一方でPandelettiはD.28.5.35とD.28.5.79pr.における決定の同一性を理由として、D.28.5.79pr.においては、父方の財産と母方の財産以外には相続財産はなかったと考える(Pandeletti, op.cit., S.28)。

(82) David, op.cit., S.29.

167神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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相続人に帰属させることが一般的であったと考えられる。そしてそれはあたかも、相続人に対して確定物が遺贈されているかのごとく考えられた。しかしたとえその確定物しか相続人が得られない場合であっても、あたかも遺贈として得るので、相続人の相続財産に対する持分は変わらず相続財産に対する債務はその持分割合に応じて負うことになる

(83)

2 相続人は確定物しか得られないのか先ほどのD.28.5.35pr.-2、D.28.5.79pr. の文言からすると、確定物に関する相

続人指定を受けた相続人は確定物を得ることができるが、指定された確定物しか得られないとしている。しかし文言自体はここではあまり参考とならない可能性がある。なぜなら、上記いずれの法文においてもそれぞれの相続人に対し

(83) このことにより、指定された確定物の価値が低い場合に、債務を持分割合に応じて分担するのは相続人間の不公平を生じるのではないかという問題が生じる。この不公平に対処する方法として以下の三つが考えられる。

 まずはSiberが述べているように相続人間で金銭の支払いにより不平等を解決するという方法である(von Heinrich Siber, op.cit., S.348, Anm.5)。

 次にBiondiが述べるように、D.10.2.20.5のように被相続人が、相続人がいかなる割合で債務を負担するかを定めておくという方法がある(Biondi, op.cit., p.235)。

D.10.2.20.5 Ulpianus 19 ad ed. Papinianus ait, si uni ex heredibus onus aeris alieni iniungatur citra speciem

legati, officio iudicis familiae erciscundae cognoscentis suscipere eum id oportere, sed non ultra dodrantem portionis suae, ut quadrantem illibatum habeat: indemnes igitur coheredes suos praestare cavebit.

ウルピアーヌス 『告示註解』第19巻 相続人の一人に遺贈の方法ではない他の債務負担が課された場合、遺産分割訴

権について審理する審判人の職務により、その人はその負担を負う必要があるが、四分の一を害されずに有することができるように、負担はその人の持分の四分の三を超えてはならず、さらに自己の共同相続人に損害を与えないよう担保を提供しなければならない、とパーピニアーヌスは言った。

 最後に、相続人間の問答契約により対処するという方法も考えられる。

168 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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て指定された確定物を合わせると相続財産のすべてとなるため、それぞれの相続人が指定された確定物を得ると他に何ら財産が残らないので、確定物しか得ることができないとされていると考えることができるからである。そこで以下のような事例を考えてみることにしよう。相続人H1が土地F1に

関して相続人に指定され、相続人H2が土地F2に関して相続人に指定された。遺産にはその他に土地F3が存在した。この場合に土地F3は誰に帰属するのか。まず通常ローマ相続法においては「何人も一部について遺言で、一部について無遺言で死亡することができない」という原則がある結果として、F3が直接的に無遺言相続人に属するということは許されない。そのため、遺言において指定された物が相続財産全体を占めていない場合、指定されていない分の財産は添加により相続分に応じて指定相続人の共有となる

(84)

。よってF3はH1とH2が相続分に応じて(パーピニアーヌスの考えにおいて、持分に関して確定物は書かれなかったものとして扱われるので)、二分の一ずつ共有すると考えられる(むしろ遺産分割前は確定物も含めた相続財産全体を相続人二人が共有していたのであり、遺産分割によって確定物だけが移動し、その他の財産については遺産分割で実際に分けられない限りは、遺産分割前の共有状態のままであると説明する方が適切かもしれない)。しかし一方で残りの相続財産を無遺言相続人に与えたいという被相続人の特別な意思が認識できるような場合は、残りの相続財産を例えば無遺言相続人に対して信託遺贈によって与えるように、指定相続人に対して負担が課せられていると考えられる場合も存在していた可能性は十分あるであろう。以上のように考えると、確定物に関する指定を受けた相続人は決して確定物しか得られないということではなく、その他の財産を得られる場合も存在する。

(84) Biondi, op.cit., p.238f. 一方で、Davidは確定物が指定された相続人に帰属するのは、すでに述べたように、指定された確定物が相続財産すべてを占める場合に限ると考えるので、このような結論はとらない。

169神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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(三)小括さてそれではひとまず、本章で述べたことのまとめを試みることにしよう。サビーヌスあるいはケルススという古典期の比較的早い時期から盛期の法学者は、確定物に関する相続人指定を、前章の場合と同じく、確定物に関する言及がなかったものとして扱った。時代が進むと、遺産分割においてその指定された確定物を得ることができるようになり、少なくともパーピニアーヌスの時代においてはそのことが確定したこととして扱われるに至っている。このような解決によって、相続人は指定された個別物しか得ることができないが、包括承継人として扱われる。しかしこのような結果は包括承継人である相続人が、互いに確定物に関して遺贈をなしたと考えられることによって、最終的に相続人が確定物のみを得たにすぎないことから、一般包括承継の枠内で解決が図られているといえる。すなわち、相続人は一般的包括的に相続財産を承継した後に、遺産分割の段階で確定物のうち、共同相続人の持分を遺贈のように得るということにより、遺言書において述べられたままに確定物を得る結果、相続人としての性質を失わないということを実現しているといえよう。このように法学者たちの間で、解決の方法に違いはあったものの、本章で扱ったような事例においては、確定物に関する相続人指定について、一般包括承継の枠内で解決が図られていたことに変わりはない。しかし、次章で検討するような、確定物に関する相続人指定を受けた者と通常の相続人指定を受けた者が混在する事例においては問題が生じる。

四 �確定物に関する相続人指定を受けた者と通常の相続人指定を受けた者が混在している場合

本章における検討対象は、確定物に関する相続人指定を受けた者と、通常の相続人指定を受けた者の両者が存在する事例である。確かに学説彙纂中にはそのような事例が一つも存在しない。しかしそのことは、古典期の法学者たちがこの事例について扱っていなかったいうことを必ずしも意味しないであろう。

170 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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むしろ、そもそも学説彙纂に収録されている法学者たちの著作中には、実際に起こった事例のみでなく、教科書事例も含まれていることから、法学者たちが全く本章のような事例に触れていなかったということは考えにくい。そのことから、確かに編纂時に偶然忘れていた可能性も捨てきれないが、後述のように意図的に収録されなかったという蓋然性が高いのではないだろうか。その理由を明らかにするためにも、まずは古典期後そしてユスティニアヌス帝の時代の法文を検討していくことにしよう。

(一)法文検討1 Codex�Gregorianus�3.4.1(243年)Codex Gregorianus 3.4.1

(85)

 Imp.Gordianus A. Sextio Iuuenali.Ex re certa heredem institutum sic haberi, ac si sine eius rei commemoratione heres institutus fuisset, sane officio familiae herciscundae iudicis convenire, ut non plus emolumenti consequatur, quam aliquis esset habiturus, ac si ex re certa heres institui potuisset, in dubium non venit. Falcidiam quoque in matris testamento cessare falso tibi persuasum est. Proinde cum iuris ignorantia excusari facile non possis, si maior annis hereditati matris tuae renuntiasti, sera prece subveniri tibi desideras. PP.XV kal.nou.Arriano et Papo conss.

皇帝ゴルディアーヌスがセクスティウス=ユウェナリスに宣旨す。確定物に関して指定された相続人は、その物についての言及なしに相続人に指定されたかのごとく扱われるが、たしかに遺産分割の審判人の職務により、あたかも確定物に関して相続人を指定できるかのごとくある人が扱われるであろうよりも多くの利益は獲得されないことがふさわしい、ということに疑いはない。母の遺言においてファルキディウス法が適用されないということも、あなたは誤って信じた。そのことにより、あなたは25歳以上の成熟者であるにも

(85) P.Krüger/Th.Mommsen/W.Studemund, Collectio librorum iuris anteiustiniani,Ⅲ, 1890, S.229f.

171神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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かかわらずあなたの母の相続財産を拒絶した場合、法の不知を容易に言い訳とはできないので、あなたが自身を救おうとする試みは時期に遅れたものである。アリアヌスとパップスが執政官なりし年(243年)10月18日にこれを賜う。

この勅答は243年、すなわち古典期が終わってからそれほど時間を経ていない時期のものである。述べられている状況が明白ではなく、これまでも、いかなる事例に関して述べられているのかという点について検討がなされてきた。

Neunerは、この法文においてファルキディウス法に関する錯誤が存在するという文言を参考に、以下の三つの事例を考えた

(86)

。一つ目は請願者自身が確定物に関する相続人指定を受けたが、確定物が低い価値しか有せず、もう一人は相続財産すべてについて相続人指定を受けているという事例である。そして請願者である息子は、確定物がそれ以上増やすことができない、真の相続分であると考えた。あるいはファルキディウス法のことは知っていたが、遺産分割の際に確定物しか得ることができないため、確定物以外の物を、自己の相続分の四分の一まで保持することなく、もう一人の相続人に引き渡さないとならないと考えたため、相続を拒絶した

(87)

。二つ目は、請願者が相続財産すべてあるいは部分について相続人に指定され、もう一人が確定物に関する相続人指定を受け、確定物の価値が相続財産の中で大きな地位を占め、請願者に財産が残らないという事例である。そして、

(86) Neuner,op.cit., S.357.(87) 例えば以下のような事例であると考えられよう。相続財産全体の価値は1000

とする。H1がある確定物に関して相続人指定を受けた。相続財産全体の価値が1000であるにもかかわらず、確定物の価値は10にすぎなかった。そしてH2は通常の方式で相続人指定を受けた。この場合にH1は確定物に関する相続人指定で確定物しか得ることができないという解決がとられるということは知っていたが、確定物の価額が低すぎる場合には自身がファルキディウス法の四分の一(1000×1/2×1/4=125)は少なくとも得ることができるにも関わらずそのことを知らなかったため、相続を拒絶した。

172 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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確定物がその人の相続分であり、それをファルキディウス法によって減らすことができないと考えた。あるいは確定物は確かに遺贈ではあるが母の遺言においては、四分の一を保持することができないと考えた

(88)

。三つ目は、請願者である息子が非常に低い価値を有する確定物に関して、他の相続人に非常に価値の大きい確定物が指定されており、おそらく確定物を合わせると相続財産のすべてをなしていると考えられる場合である。そしてその場合の錯誤としては、前二者で述べたものと同様のものが考えられるとされている(89)

しかしPandeletti(90)

は、おそらく「~もquoque」という語が法文において述べられていることから、ファルキディウス法に関する錯誤以外にも、もう一つ錯誤が存在すると考え、Mancaleoni

(91)

およびDavid(92)

もそれに賛成し、同一の事例

(88) 相続財産の価値を1000として、H1が通常の相続人指定を受け、H2が確定物に関する相続人指定を受けた。そして確定物の価値が950であった。そしてH1は、ファルキディウス法の適用により自身は少なくとも125は得ることができるにもかかわらず、適用されないと考え、50しか得ることができないと考えたため相続を拒絶した。

(89) H1が土地F1に関して相続人指定を受け、H2が土地F2に関して相続人指定を受けたF1の価値は50、F2の価値は950であり、相続財産にはF1とF2しか存在しない。H1は自己が土地を得ることができ、さらに土地と合わせて125になるまでは請求できるにも関わらず、請求できないと考えた。

(90) Pandeletti, op.cit., S.40.(91) Mancaleoni, op.cit., p.92f.(92) David 92は具体的にはまず以下のような二つの事例を想定する(David, op.cit.,

S.37ff.)。まず請願者が相続財産すべてについて相続人に指定されており、許された量を超える遺贈の負担を負わされている。そしてもう一人の相続人は確定物に関する相続人指定を受けているが、その確定物はその持分(すなわち相続財産の半分)に届かないような低い価値しか有していないという事例である。次に請願者が確定物に関する相続人指定を受けた上で、遺贈の負担を負わされており、その確定物の持分が相続財産の持分を超えていた。そして別の一人が相続財産すべてに関して相続人に指定されたという事例が考えられた。そして「~より多くの利益が取得されないut non plus emolumenti consequatur」

173神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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を想定しており、その結論に反対する理由はないように思われる。その例を具体的な数字とともに示すと以下の通りとなる。相続財産全体の価値を800とし、(何ら制限なしに)相続人としてH1が指定され、そして確定物に関する相続人としてH2が指定された。相続人H1には相続人でない受遺者Lに対して400を遺贈するよう、遺言において負担が課せられた。さらに、相続人H2に指定された確定物は100の価値しか有していない。この場合に、H1には、以下のような二つのことについて錯誤が存在した。まず一つ目の錯誤は以下のようなものである。本来ならH2は、指定された100しか得ることができない。それにもかかわらずH1は、自身とH2が半分ずつすなわち400ずつ得ると考えた。その上、以下のような二つ目の錯誤が重なった。H1は自己に対して過大な遺贈がかけられており、ファルキディウス法が適用され、(たとえ一つ目の錯誤があった状態であっても)最低でも400/4=100を自己が有することができるにもかかわらず

(93)

、適用されないと考えた(94)

。さらにH1は遺贈義務として400を負っていることから、最終的に自己には結局財産は何ら残らないと考え相続を拒絶した。

Neunerが考える第三の事例は別として、いずれの解釈をとるにしろこの法文においては、確定物に関して相続人指定を受けた相続人とは別に、通常の相続人指定を受けた者がいる場合について論じられているということに関しては一致している。そしてPandeleti以降、この法文を確定物に関する相続人指定

という法文の表現から、確定物は価値の大きいものではないと考えるべきであり、従って請願者に確定物が帰属するのではなく、その共同相続人に帰属する前者のような事例がよりふさわしいと、Davidは考えた。

(93) この場合に前述のような、互いに遺贈をなす場合の算入が行われるかは定かではない。H2は確定物に関する相続人指定を受けているわけではないので、H1からH2に対して、確定物以外の物がどのようにして移転するか明らかではないからである。

(94) ファルキディウス法が適用された場合には、H1からH2に渡す確定物もファルキディウス法の適用を受け、減少される。

174 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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を受けた人と通常の相続人指定を受けた人が混在する事例であるととらえることについて、異論は見当たらず、またそのように解すべきものである。そしてこのような事例において、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は確定物しか得られないと述べられている

(95)

。さらには、確定物については(相続分を考える際には)書かれなかったかのごとく扱われるので、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は確定物しか得ないにも関わらず、包括承継人たる地位を失ってはいない。その場合に、古典期における他の確定物に関する相続人指定の事例についての法文と同様に、確定物に関して言及がなかったかのように扱われると書かれているので、債務は半分ずつ負うという扱いを受けると考えることができる

(96)

。しかし、前章で扱ったD.28.5.35.1で述べられているように

(95) もっともDavidはこの事例を、確定物に関する相続人指定を受けた人と通常の相続人指定を受けた人が混在しているだけではなく、前述の「指定された財産が合わせて相続財産すべてにまで至っている」という基準を持ち出し、本法文はその基準に適合しているため、確定物を確定物に関する相続人指定を受けた相続人に付与するということが行われると考える(David, op.cit., S.40f.)。すなわち、相続財産全体を1000として、その価値が100である確定物に関してH1を相続人指定し、相続財産の四分の一についてH2を相続人に指定した場合、H1とH2に指定した財産は合わせて350(100+250)であり、1000に至っていないので、確定物をH1に付与するというのではなく、H1とH2は確定物に関する言及がなかったかのごとく扱われると考える。この場合に確定物に関する言及がなかったことになるとH1が四分の三についてH2が四分の一について相続人指定を受けたことになるのか、あるいはどちらも半分ずつ相続人指定を受けたことになるのかという疑問が生じるが、そのことについてDavidは述べていない。

(96) 誰が債務を負うかということについては、法文自体の文言を離れ、以下のような様々な理解がなされてきた。

 Neunerは、確定物に関する相続人指定と相続財産の信託遺贈を同視し(確定物に関する相続人指定を受けた人から通常の相続人指定を受けた人に対して相続財産の信託遺贈により確定物も含めた財産が移転し、通常の相続人指定を受けた人から確定物に関する相続人指定を受けた人に対して通常の信託遺贈により確定物が移転すると考える)、債務は信託遺贈の受遺者である通常の相続人指定を受けた者が負うと考える(Neuner,op.cit., S.364f.)。そして債務

175神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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確定物に関して遺贈がなされた、ということによっては十分にこの事態を説明できないと思われる。遺贈のように得られるとしているのは確定物のみであり、確定物に関する相続人指定を受けた者から通常の相続人指定を受けた者に確定物以外の財産が移動することは、遺贈ということでは説明されているわけ

は遺産分割訴権において審判人により通常の相続人指定を受けた者が負うこととされるとするBrinzのように多少の違いが存在するが(Brinz, op.cit., S.77, Anm.327)、パンデクテン法学の下では債務は通常の相続人指定を受けた者が負うという説が多数説であった(Vangerow, op.cit., S.152, Windscheid, op.cit., S.265f., Hoffman, Die heredis institutio ex re certa bei Konkurrenz von gehörig eingesetzten Erben, Berlin, 1897, S.13f.)。

 そして本文で述べたのと同様に、確定物に関する相続人指定を受けた人と相続財産の信託遺贈を受けた人の両方が持分割合に応じて(半分ずつ)債務を負うと考える者も存在し、パンデクテン法学以後においては明らかにこの見解が多数説である(例えば、Mancaleoni, op.cit, p.100ff., Bonfante, op.cit., p.584, Suman, op.cit., p.62, David,op.cit., S.38f., Biondi, op.cit., pp.238︲239, Voci, op.cit., p.157.)。また両者が債務を負うという考えの中にも、半分ずつというのではなく、確定物の価値を考慮し、確定物とそれ以外の財産の価値に比例して債務を負担するという考えも存在する(Mommsen, “Zur Lehre von der Erbeinsetzung ex certa re”, Zeitschrift für Rechtsgeschichte, Bd.7,1868, S.317)。その中でもPandelettiは、そのような価値に基づいた債務負担が自動的になされるのではなく、部分遺贈の場合における得喪分担問答契約(stipulationes partis et pro parte)と同様の問答契約が、確定物に関する相続人指定を受けた人と通常の相続人指定を受けた者の間で締結される必要があると考える(Pandeletti, op.cit., S.47ff.)。すなわち相続人の間の対内的な関係において受け取る財産の割合に基づいて債務を負担すると考えるのである。Pandelettiの見解は、部分遺贈(包括遺贈)と確定物に関する相続人指定を、どちらも承継における市民法の例外ととらえた点では注目に値する。しかし、本法文においておよび他の法文においても、そのような問答契約が締結される旨の言及はないことから、両者において共通の問答契約が締結されるとしたことは支持できない。

176 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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ではない(97)

からである(98)

。また、Neunerのように確定物に関する相続人指定を相続財産の信託遺贈により解決するという考えによると、債務を半分ずつ負うという結果にならない

(99)

。加えて、そもそも確定物に関する相続人指定において

(97) 前述のD.28.5.35.1において、遺贈のように得られるとされているのは、確定物であり本法文のように、確定物に関する相続人指定を受けた者に対して確定物以外の物が移転することについて遺贈のように得られると言っているわけではない。また確定物以外の物が遺贈として移転すると考えると、ファルキディウス法の適用があり、確定物に関する相続人指定を受けた者が確定物しか得られない場合が生じにくくなってしまうのではないかという問題も生じる。

(98) D.28.5.35.1についての検討部分でも述べたが、ローマの遺産分割は、遡及効を持たず移転的効果を持つにすぎない(原田慶吉、前掲『ローマ法』359頁以下、原田慶吉『日本民法の史的素描』(創文社、1954年)226頁以下)。そしてローマにおいては一般的に現代法におけるような遺産分割方法の指定の制度がなかったと考えられている(David, op.cit., S.30, Anm.60)ことから、遺贈以外にこのような状況を説明できる手立ても見つからない。むしろ、現代におけるのと同様の遺産分割方法の指定が存在したならば、そもそも遺贈によって得るという説明の仕方はされなかったであろうと推測できる。ローマにおける遺産分割の方法については、尊属の分割divisio parentum inter librosなどの制度と合わせて今後さらなる検討が必要であろう。遺産分割方法の指定に関する比較法研究の試みとして、篠森大輔「ドイツ法における遺産分割方法の指定とその周辺(一)」神奈川法学第45巻第2・3合併号(2012年)69︲91頁。

(99) そしてNeunerはそもそもこの法文において、債務を半分ずつ負うという見解をとらず、通常の相続人指定を受けた者のみが債務を負うと考える(Neuner, op.cit., S.341ff.)

 ところで、(包括的な)相続財産の信託遺贈ではなく、(個別的な)通常の信託遺贈として考えるならばたしかに債務を半分ずつ負うということも説明できる。Neunerが考えるように、確定物に関する相続人指定を受けた人が確定物も含む相続財産すべてを信託遺贈受遺者に交付して、確定物を確定物に関する相続人指定を受けた人に戻すという構成をとれば、たしかにこの場合の信託遺贈は(包括的な)相続財産の信託遺贈となる。しかしすでにNeuner自身も述べているように(Neuner, op.cit., S.94ff.)、確定物に関する相続人指定を受けた相続人が、確定物を除いた残りの物を信託遺贈受遺者に交付すると考えるとこの場合の信託遺贈は(個別的な)通常の信託遺贈と考える余地も出てくる。個別物を除いた残りの物を個々の物の集まりと考えると通常の信託遺贈の領域

177神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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信託遺贈という考えは、次章で述べるD.36.1.30において例外的な場合に認められているにすぎず、他の法文においては述べられてはいないことから、確定物に関する相続人指定を相続財産の信託遺贈の理論によって解決しようとすることは、少なくとも古典期においては適切ではなく、古典期直後におけるこの勅答を考えるうえでも適切ではない。以上のように考えると、遺産分割の前の状況から、遺産分割において適切に財産を両者に配分する方法がないことになってしまう。すなわち実際に相続してから遺産分割までの間の状態を考慮に入れて、遺産分割訴権においていかに財産が移転するかということが考えられていないのではないか。言い換えれば、実際には遺産分割前の状態から遺産分割において財産の移転が生じることにより確定物が得られるということが考えられず、相続開始の時点で最初から確定物に関する相続人指定を受けた相続人は確定物を得ると考えられている蓋然性が高い。すなわち本当は認められないはずの、確定物に関する相続人指定を有効になすということが実際には認められてしまっていたように思われる

(100)

。このような結果は、前章のように全員に確定物に関する相続人指定がなされている場合に適用されていることを、一般原則的に本法文における事例にも適用したことを原因として生じている。しかしこのような事態は、何ら考えもなしになされたものであったと即断することはできない。むしろ確定物に関して相続人を指定することができないということよりも、他に優先すべき事項があったため、確定物に関して相続人指定ができるという結果を認めてしまった

ということも確かにできるであろう。また、確定物に関する相続人指定を例外的に信託遺贈として構成したD.36.1.30は、学説彙纂において相続財産の信託遺贈に関するトレベッリウス元老院議決の章に収録されているが、そのことが必ずしも古典期において相続財産の信託遺贈の領域で論じられていたことにはつながらない。

(100) 前述のD.28.5.35.1においては、遺産分割前の状態から、遺産分割において確定物に関して遺贈がなされたものと同視することにより、結果的に相続人が確定物しか得ることができなくなったということと対照的である。

178 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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のではないか(101)

。その場合に、優先すべき事項としては、少なくとも以下の二つを想定できる。まず、あくまでも相続人として指定された人は常に包括承継人であるということである

(102)

。そして二つ目は、確定物に関する相続人指定を受けた者は(少なくとも相続財産全体に相続人指定をされた人が存在する限りは(103)

)、まさに遺言に書かれている通りに確定物しか得ることができないということである。後者については、遺言者が確定物に関する相続人指定以外に通常の相続人指定もなしていることから、確定物に関する相続人指定をなした人に対して確定物しか帰属させないという意思が強く推定される、ということが影響しているのかもしれない

(104)

。以上の二つのことを優先させた結果として、確定物のみを得るにもかかわらず(相続財産の割合的一部を得るわけではないにもかかわらず)包括承継人であるという、一般包括承継の枠内では捉えきれないような、特殊な事例がここで生じていると考えることができるであろう。

(101) 前述のように軍人の遺言の場合には、確定物に関して相続人指定を為すことができるとされているように、全く例外がないわけではなかった。

(102) もちろん相続拒絶をしない限りで、という条件付きではある。(103) 本法文で想定されている事例とは異なり、確定物に関する相続人指定を受けた

者と、相続財産の割合的一部について相続人指定がされた者がいる場合は、添加が生じ、確定物以外の財産も得られるという解決がとられた可能性もある。

(104) 本法文の状況において、確定物に関する相続人指定を受けた者が添加により得る財産が増える権利を有するか否かはこの法文からは明らかではない。また、本法文の状況のもとでも、確定物に関する相続人指定を受けた者がファルキディウス法に基づく権利を主張できるとすると、結果的に確定物に関する相続人指定を受けた者は相続財産の割合的な一部を得ることになる。本文で述べたように、本法文の状況のもとでは、確定物に関する相続人指定を受けた人から通常の相続人指定を受けた人への財産の移転がどのような原因であるのか判明せず、そもそも移転が生じているのではなく、初めから個別物しか得ることができないと考えているので、そのような請求ができないとも考えられる。あるいは確定物に関する相続人指定を受けた者が不倫遺言の訴えを主張できる者である場合にのみ、四分の一を得ることができると考えることもできる。

179神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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2 C.6.24.13(529年)C.6.24.13: Imperator Iustinianus a. Menae pp.Quotiens certi quidem ex certa re scripti sunt heredes vel certis rebus pro sua institutione contenti esse iussi sunt, quos legatariorum loco haberi certum est, alii vero ex certa parte vel sine parte, qui pro veterum legum tenore ad certam unciarum institutionem referuntur, eos tantummodo omnibus hereditariis actionibus uti vel conveniri decernimus, qui ex certa parte vel sine parte scripti fuerint, nec aliquam deminutionem earundem actionum occasione heredum ex certa re scriptorum fieri. D. viii id. April. Constantinopoli Decio vc. cons.

皇帝ユスティニアヌスが近衛長官メンナに宣旨す。ある人たちが確定物に関する相続人指定を受け、あるいは自己の相続人指定に関して確定物で満足するよう指定され、そのことからその人は受遺者の地位を有することが確定しており、一方で古い法の文言に従いウンキアにより相続人指定を受ける別の人々が、特定の持分に関して相続人指定を受け、あるいはそのような特定の持分の指定無しに相続人指定を受けた場合、特定の持分あるいは持分なしに指定された人のみが、すべての相続財産に関する訴権において原告となりあるいは被告となることができ、確定物に関する相続人が原因となりその訴権が減じられることはないと朕は判断する。極めて高名なデキウスが執政官なりし年(529年)4月6日にコンスタンティノープルにおいてこれを賜う。

ここで、ユスティニアヌス帝は、Codex Gregorianus 3.4.1とは異なり(105)

、確

(105) ここでは、前述のCodex Gregorianus 3.4.1における、誰が債務を負担するのかという議論における結論の違いから、ユスティニアヌス帝がこの法文においていかなる改革を行ったのかについて異なる見解が存在する。Neunerのように、すでに少なくとも、243年のCodex Gregorianus 3.4.1において債務を負担する者は通常の相続人指定を受けた者だけであると考えると、この法文において何ら改革はなされていないのではないかという疑問が出てくる。そこでNeunerは、ユスティニアヌス帝は、誰が債務を負うのかということについてではなく、

180 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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定物に関する相続人指定をうけた相続人(106)

を受遺者の地位におき(すなわちそのような相続人を包括承継人の地位から排除し)、確定物に関する相続人指定を受けていない相続人が相続財産に関するすべての訴権において原告あるいは被告となると判断している

(107)

。ここでは他に、相続財産すべてあるいは割合的一部に関して相続人指定を受けている者すなわち包括承継人となる者がいる場合、との条件付きではあるが

(108)

、確定物に関して相続人として指定を受けたにもかかわらず、もはや包括承継人とは扱われない。すなわち相続財産に関する

通常の相続人指定を受けた者が債務を負う時期およびその負う根拠について改革を加えたと考える。すなわちユスティニアヌス帝以前は、信託遺贈が実際に実行された時点で債務の負担がすべて通常の相続人指定を受けた人に移っていた。しかしユスティニアヌス帝の改革により、そのように信託遺贈が実際に実行される必要はなく、法により、債務の負担はすべて通常の相続人指定を受ける人に移るようになったと考えるのである。この見解はパンデクテン法学の下では多数説を構成していた(例えば、Neuner, op.cit., S.341f., Vangerow, op.cit. S.156f., Windscheid-Kipp, op.cit., S.265)。

 しかしそのような見解は、前述のように、そもそもCodex Gregorianus 3.4.1の債務負担についての理解に難がある。また確定物に関する相続人指定を信託遺贈と考えることにも難があることから、パンデクテン法学以降においてはそのような見解は支持されず、本文で述べるように、従前は相続財産に関する債務を負ったが、改革によって受遺者地位に置かれたと考えられている(例えば、Mancaleoni, op.cit., p.122 f., Suman, op.cit., p.62 f., David, op.cit., S.41f., Voci, op.cit., p.157.)。より詳しい説明については、Mancaleoni, op.cit., pp.122︲126参照。

(106) C.6.24.13では確定物で満足するように指定された相続人も出てきているが、このことは確定物に関する相続人指定と、後述する個別的な留保との関連性を感じさせるものである。

(107) しかし一方で、ここでの「受遺者の地位に立つ」ということは完全に受遺者と同視されるという意味でとらえられるのではなく、確定物に関する相続人指定を受けた者も、通常の相続人と同様に、義務分を請求することはできる(Nov. CXV. 5pr.)。

(108) ユスティニアヌス帝の時代においても、文言からするとすべての場合において確定物に関する相続人指定を受けた相続人を受遺者の地位におき、無遺言相続人が相続財産を引き継ぐということまでは考えていないように見受けられる。

181神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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債務を負担しないと考えられるようになった(109)

。言い換えれば、この法文においては、相続人として指定された者が包括承継人となるということにとらわれていないのである。以上のように、確定物に関する相続人指定を受けた者を相続開始の時点で、受遺者の地位に置くということで、一般包括承継の枠内で問題を解決するようになったといえよう。

(二)若干の検討古典期後の法文(Codex Gregorianus 3.4.1)の検討結果をまとめると以下の通りとなる。まず本章のような事例について、前章における場合と同様に、確定物に関する相続人指定は、確定物に関する指定は書かれなかったかのごとく扱われるが、遺産分割においてその確定物が付与されると述べられている。しかし、文言上は確定物を遺産分割の段階で与えるとされているが、実際には相続開始と遺産分割までの間の状態を考えることなく、初めから確定物に関する相続人指定が可能であるかのように考えられていたのではないか、という疑いがある。前述のように、確定物以外の財産をどのような方法で移転するかが明らかではないからである。このように、検討した法文においては、必ずしも一般包括承継ということに従って解決がなされていたとはいえない。

以上述べたことが、古典期後の法文についての検討結果であるが、それでは古典期ローマにおいては、本章のような事例はどのように扱われていたのであろうか。もちろん扱っているのが古典期後の法文であることから、一般包括承継の枠内で説明できない結果となっていると考えることも可能であろう。しか

(109) 包括承継人となる別の相続人がいる限りでこのような取り扱いを受けることの理由について、Donellusは遺言者の意思にその根拠を求める(Donellus, Commentarii in Codicem Iustiniani, 24L, 6C ad.L.penult. Quoties)。すなわち確定物に関する相続人指定を受けた人々しかいない場合と異なり、別に通常の相続人指定を受けた相続人がいる場合には、遺言者はもはや確定物に関する相続人指定を受けた人を相続人としてではなく個別の財産のみを受け継ぐ受遺者のようなものとして扱うことを望んでいると考えるのである。

182 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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し確定物に関する相続人指定に関して、確定物に関する相続人指定を受けた人は確定物しか得ることができないということが、古典期後すぐの段階で、確定した一般原則のように扱われていたということは、古典期においても本章のような事例に関して同様に扱われて、結果を同じくしていたと考えることも十分できるであろう。一般的にそのように考えられていたとは言えないまでも、少なくとも法学者によっては後古典期における法文と同様に考える者もいて、法学者間で争いが存在した可能性は十分あるといえる。さらには、この事例については、先に述べたように、学説彙纂中に該当する法文はないことを古典期においても同様に考えられていたことの根拠とできるかもしれない

(110)

。法学者たちの議論の中にこのような事例が皆無であったということは考えにくいこともあり、意図的に収録されなかったという可能性が高い。実際にCodex Gregorianus 3.4.1における勅答は、確定物に関する相続人指定に関する部分を除外して、C.1.18.1

(111)

に収録されていることから、確定物に関する相続人指定において本章のような事例があること自体は、ユスティニアヌス法典の編纂者たちも認識していたと思われるからである。そして意図的に収録されなかったとするならば、その理由としては以下のようなものであったと推測できるであろう。すなわち、C.6.24.13(529年)で述べられているような考えと、古典期における法学者たちの見解に明白な相違がみられたということである。以上のように考えに相違があることを理由として意図的に排除されたとするならば、古典期における法学者たちの見解は、Codex Gregorianus 3.4.1において述べられたのと同じものであったという蓋然性が高い。あるいは、古典期における確定物に関する相続人指定を扱った他の法文と結

(110) 学説彙纂中に本章のような事例が存在しないことについて、重要な意味があると考え、学説彙纂の編纂者がユスティニアヌス帝の時代の考えと異なるため、意図的に収録しなかったとの結論をとるものとしてPandeletti, op.cit., S.39.

(111) C.1.18.2 Imperator Antoninus A. Sextio Iuvenall Cum ignorantia iuris excusari facile non possis, si maior annis hereditati matris

tuae renuntiasti, sera prece subveniri tibi desideras. pp. XV k. Nov. Arriano et Papo conss.

183神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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論が同一であったため、あえて収録するまでもないと考えられたのかもしれない。その結論とは、少なくともパーピニアーヌスの時代の法学者たちのものであるならば、前章で検討したPap.D.28.5.79pr.において述べられていたものと同じ結論であったであろう。すなわち、このように考えても、本章の事例について古典期においても、Codex Gregorianus 3.4.1と同様の解決をとっていたということになる。

(三)小括本章では、確定物に関する相続人指定を受けた者の他に、通常の相続人指定を受けた者が存在する事例について検討した。このような事例を一般包括承継の枠内で解決しようとすれば、全く確定物に関する指定がなかったかのように扱うか、あるいは前章のように確定物は遺産分割の場面において考慮されるにとどまるとする必要がある。しかし検討の結果、本章における事例については、必ずしも古典期においてそのように考えられていたとは限らないということがわかった。前章の事例において、確定物に関する相続人指定に関して、一般包括承継の枠内で考えることができていたのは、相続人がいったん一般的包括的に相続財産を承継した後に、遺産分割において、遺贈のように確定物を得るからである

(112)

。しかし本章の事例においては、確定物以外の財産をどのようにして得るのかが不明であり、確定物は古典期においてすでに一般承継の反対概念である特別承継の対象とされていたという可能性が十分に存在すると考えることができる。もし確定物に関する相続人指定においてこのようなことが可能であるならば、古典期ローマにおいては一定の場合を除き存在しないとされてきた特別承継が、一般的に考えられているより身近なものであったということができるであろう。

(112) この点と関連して、ローマの法学者たちが、相続人死亡から遺産分割までに時間的隔たりがあったことを常に意識していたか、あるいはどのように考えていたかということも問題となるが、ここでは問題点の提示にとどめ、今後の課題としたい。

184 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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五 確定物に関する相続人指定と相続財産の信託遺贈

本章で扱う相続財産の信託遺贈とは、例えば遺言者が、ある人を相続人として指定し、相続財産の四分の一を別の人に対して移転するということを、相続人の信義に託するという形で行われるものである。そのような方法により、相続人に指定される能力がない人あるいは受遺者となることができない人に対して、相続財産のすべてあるいは割合的な一部を残すことができた。さらには、本章で検討を加える法文のように、明らかにその本来的な用法ではないが、この相続財産の信託遺贈を利用して、ある確定物を相続人に残してその他の相続財産をすべて信託遺贈受遺者に残すということも行われるようになった。この場合にも、相続人は確定物しか得ることができないという点で確定物に関する相続人指定と共通点を有する。そのような両者の関係を、古典期ローマの法学者たちはいったいどのように考えていたのであろうか、ということが本章の検討対象である。

(一) 相続財産の信託遺贈(113)

1 信託遺贈とはさて相続財産の信託遺贈について述べる前に、まずは信託遺贈一般についての説明から始めることにしよう。信託遺贈は、例えば被相続人がある人を相続人に指定し、その指定相続人が受託者となって、受託者が信託遺贈受遺者に対して財産を引き渡すということをその内容とするものである。信託遺贈により、相続人となることができず、受遺者になる資格も有しない外人などに対して、被相続人が財産を残すことができた。また、当初信託遺贈の実行は、語義通り信託遺贈受託者の信義に託されていたため、信託遺贈受遺者は信託遺贈の実行を強制することができなかったが、アウグストゥス帝の時代に、信託遺贈

(113) 相続財産の信託遺贈については、さしあたりKaser, RPRⅠ 2, S.761︲763参照。民法研究の立場からこの分野を扱ったものとして、有地亨「包括受遺者の地位の系譜」法政研究第29巻第1︲3合併号(1963年)1︲19頁。

185神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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は請求可能なものとなった。

2 相続財産の信託遺贈(トレベッリウス元老院議決)信託遺贈の中で、その対象が個別的な物でなく、相続財産の全部あるいは割合的な一部とされた場合に、相続財産の信託遺贈と呼ばれる。ローマにおいては通常、遺言者がある相続人を指定し、例えばその相続人の死亡後にさらに遺言者の相続人になる人を前もって指定しておくというように、次々に承継人を指定するということはできなかった

(114)

ため、この信託遺贈が抜け道として用いられた。その場合の内容は、例えば遺言者が自己の相続人に対して、その死亡時には他の人に対して相続財産すべてをある人に引き渡すように信託遺贈の負担をかけるというものである。さらにそれ以外にも、相続財産の割合的な一部を信託遺贈により即座に信託遺贈受遺者に移転させることも可能であった。以上のような使われ方をすることもあり、信託遺贈受遺者に相続財産の債権および相続財産に関する債務を移転させる必要があった。確かに相続財産の信託遺贈において、得るものが相続財産であるという点で信託遺贈受遺者は相続人と変わらないが、信託遺贈はあくまで遺贈としての性質を有する。そのため、当初は相続財産の割合的一部について遺贈がなされた場合

(115)

と同様に、相続財産の信託遺贈受遺者は個別承継人たる受遺者にすぎず、自動的に債権債務を引き継ぐ(すなわち包括承継人となる)ことはなく、債権債務の引き継ぎには、信託遺贈受託者と信託遺贈受遺者の間で、問答契約

(116)

を締結するしかなかった。

(114) このことは「一度相続人となれば常に相続人 semel heres semper heres」原則から説明される。

(115) 部分遺贈partitio legataと呼ばれた。この場合に、受遺者は相続財産の割合的な一部を得るにも関わらず、相続財産に関する債務を負担せず、包括承継人としての扱いを受けない。しかし、相続人と受遺者の間で問答契約を締結することにより、債務の内部分担はなされていた。

(116) G.2.252. この問答契約は相続財産売買の問答契約と呼ばれ、相続人と信託遺贈受遺者の間で、双方に損害を与えないことが約束される。相続債権者から相続人に対して、訴訟が提起された場合に、信託遺贈受遺者は委託事務管理人ある

186 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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しかしこの方法では、信託遺贈受託者たる相続人は相続債権者から請求を受けた場合に、ひとまず自身がすべてを払い、後に問答契約に基づき信託遺贈受遺者に請求するという方法をとらなければならなかった。そのため、信託遺贈受遺者が無資力の場合、信託遺贈受託者たる相続人を害することとなる。その結果、相続人は自己が損害を受ける恐れがあるのなら、相続を放棄するということが考えられるのは当然の流れであり、相続放棄がなされると、信託遺贈が無効となってしまう。このような事態を防ぐために、問答契約によるのではなく、自動的に債務が移るようにする必要があった。そこでクラウディウス帝の時代に、トレベッリウス元老院議決(後56年あるいは57年)が決議され、信託遺贈の受遺者も包括承継人の地位を有するに至った

(117)

3 ペガスス元老院議決トレベッリウス元老院議決によって、信託遺贈受遺者が包括承継人の地位を有するようになったとしても、信託遺贈の額が過大であることにより相続人に残される財産が少なければ、相続人が相続を拒絶してしまうことに変わりはない。そこで、ウェスパシアヌス帝の時代にペガスス元老院議決が決議された

(118)

。このペガスス元老院議決は、相続財産の信託遺贈に、遺贈制限法であるファルキディウス法の規定を拡張する

(119)

。そのことにより信託遺贈の負担を負った相続人が、少なくとも自己の相続分の四分の一を得ることができるようになっ

いは代訟人として、相続人の訴訟を実行することを問答契約により約束しなければならない。このことにより、信託遺贈受遺者はある程度包括承継人の地位に近づけられた。

(117) 相続債権者に対して、信託遺贈受遺者を相手方とする準訴権を法務官が付与するという方法によった(G.2.253)。

(118) G.2.254.(119) 前述のように、ファルキディウス法は遺贈に対する制限法であり、相続人が少

なくとも自己の相続分の四分の一を保持することができるようにするものである。なおトレベッリウス元老院議決と異なり、ペガスス元老院議決は、相続財産の信託遺贈のみでなく、信託遺贈全般に適用される(G.2.254)。

187神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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た。しかし、ペガスス元老院議決の制定により、ペガスス元老院議決の適用範囲(すなわち相続人に対してその相続分の四分の一が残されていない場合)においては、前述のトレベッリウス元老院議決が適用されないことになった。そのことにより、かの高名なパーピニアーヌスも有害であると指摘するような

(120)

複雑な規律が出来上がってしまった。ペガスス元老院議決の適用範囲外(すなわち相続人にその相続分の四分の一以上が残されている場合)においては、トレベッリウス元老院議決の適用範囲となるため、相続人(信託受託者)と信託遺贈受遺者との間でその得る財産の割合に応じて、どちらも包括承継人となる。一方で、ペガスス元老院議決の適用範囲(すなわち相続人にその相続分の四分の一が残されていない場合)においては、トレベッリウス元老院議決が適用されないため、信託遺贈受遺者は包括承継人とはならず、相続人のみが包括承継人であった。この場合に、相続人から受遺者に債務を引き継がせるためには、問答契約の締結が必要であった

(121)

(二)法文検討本章においてまず重要な法文は、Marci.D.36.1.30である。ここでは確定物に

関する信託遺贈を、相続財産の信託遺贈に転換している。それでは、そのような転換は具体的にどのような状況のもとで、認められたのであろうか。

D.36.1.30 Marcianus 4 inst.Si quis priore facto testamento posterius fecerit testamentum, etiamsi ex certis rebus in posteriores tabulas heredes instituit, superius tamen testamentum sublatum est, ut divi quoque Severus et Antoninus rescripserunt, cuius

(120) Inst.2.23.7.(121) G.2.254, G.2.257. ここでは立ち入らないが、相続人の対応によって、異なる種

類の問答契約が締結される。また他にも、相続人が相続拒絶をした場合に、法務官が相続人に対していったん強制的に相続を承認させるという規定も存在する(G.2.258)。

188 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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constitutionis verba rettuli, cum alia quoque praeterea in constitutione expressa sunt. “Imperatores Severus et Antoninus Cocceio Campano. testamentum secundo loco factum, licet in eo certarum rerum heres scriptus sit, iure valere, perinde ac si rerum mentio facta non esset, sed teneri heredem scriptum, ut contentus rebus sibi datis aut suppleta quarta ex lege Falcidia hereditatem restituat his, qui priore testamento scripti fuerant, propter inserta fideicommissaria verba, quibus ut valeret prius testamentum expressum est, dubitari non oportet”. et hoc ita intellegendum est, si non aliquid specialiter contrarium in secundo testamento fuerit scriptum.

マルキアーヌス 『法学提要』第4巻前の遺言を作成した人が後の遺言を作成した場合、後の遺言において複数人に確定物に関する相続人指定がなされた時であっても、神皇セウェールスとアントニヌスも解答しているように、前の遺言は無効となる。さらにこの勅答中には他のことも含まれているがゆえにこの勅答の文言をここに記す。「皇帝セウェールスと皇帝アントニヌスがコッケイウス=カンパヌスに宣示する。第二の遺言において確定物に関して相続人に指定されたにもかかわらず、この物について言及されなかったかのごとく第二の遺言は有効となるべし。しかし、第二の遺言で指定された相続人は、第一の遺言を有効とするという、遺言者が挿入した信託遺贈の語を理由として、自己に与えられた物あるいはファルキディウス法の四分の一まで足された額で満足したうえで、相続財産を第一の遺言で指定された人に交付しなければならない。以上のことは疑いなし」。そしてこのことは、反対のことが第二の遺言において明示的に書かれていない場合に適用されなければならない。

この法文においては、遺言書が二つ作られた事例について述べられている。まず遺言者Aが遺言を作成しH1を相続人として指定した。その後Aは別の遺言を作成し、その遺言中には「土地F1に関してH2は相続人となれ」というように、相続人H2に対して確定物に関する相続人指定がなされた。そして、単

189神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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独相続人が確定物に関する相続人指定を受けている場合、すでに二章において検討したのと同様に、その物についての言及がなかったかのごとく遺言は有効とされる、ということがまず述べられている

(122)

。次に、後の遺言が適法に作成された時点で、H1を相続人に指定した前の遺言は無効となるが、ここで問題とされているのはその無効となった遺言に書かれた相続人指定が、どのように扱われるかということである。その解決策として、H2を相続人に指定した後の遺言中に、前の遺言を有効とするという語が記されていることを理由として、確定物(そして確定物がファルキディウス法の四分の一に足りない場合にはその足りない額も含めたもの)をH2が保持して、残りをH1に対して信託遺贈として交付しなければならないということが書かれている。要するにH1は信託遺贈の受遺者として考えられるということである。この部分は、D.28.3.12.1

(123)

が似た事例を扱っていることもあって、後の遺言の文言を根拠に、無効となった前の遺言を小書付に転換するものであると考えられてきており

(124)

(122) また、このことはユスティニアヌス帝の時代においても、ほぼ同内容の法文が存在することから変更はなかったと考えられる(Inst.2.17.3)。

(123) D.28.3.12.1 Ulpianus 4 disp. Si paganus, qui habebat iam factum testamentum, aliud fecisset et in eo

comprehendisset fidei heredis committere, ut priores tabulae valerent, omnimodo prius testamentum ruptum est: quo rupto potest quaeri, an vice codicillorum id valere deberet. et cum haec verba sint fideicommissi, et sine dubio universa, quae illic scripta sunt, in causa fideicommissi erunt, non solum legata et fideicommissa, sed et libertates et heredis institutio.

ウルピアーヌス 『討論集』第4巻 すでに遺言を作成したローマ市民が別の遺言を作成し、その中で前の遺言を有

効とすることを相続人の信義に託すように規定した場合、前の遺言は常に無効となる。前の遺言は無効となるが、前の遺言は小書付として有効に負わされないかを問題とすることができる。書かれた語は信託遺贈の語であるので、書かれたことすべては疑いなく、遺贈や信託遺贈だけでなく奴隷解放や相続人指定も、信託遺贈の性質を帯びる。

(124) 小書付とは、例えば長期の旅行などをする場合に、外国においては方式にかなった遺言を残すことが困難であることから、あらかじめ遺言において後に小

190 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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またそう考えられるべきものである。そして信託遺贈は小書付において有効になすことができるので、H1についての相続人指定をH1に対する信託遺贈に転換している。一方で最後に、このような結論は、第二の遺言によって明示的に反対のことが書かれていない限りは正当化されるとしている

(125)

。もっとも、こ

書付を作成することを書いておくことで、外国においても遺言者が自己の意思を実現するようにするものである。このような小書付は、遺言において確認せられた小書付(codicilli testament confirmati)と呼ばれ、先に小書付を書いて、後に遺言で確認とする方法でも行うことができる。一方で、たとえ遺言で確認されていなかったとしても、信託遺贈はそのような確認されていない小書付中でもなすことができた。さらに遺言中に、遺言が無効となった場合には小書付として有効とする旨の条項(小書付約款clausula codicillaris)を挿入することもできた。

 D.36.1.30において、理由はともあれ前の遺言を小書付として扱うことについては争われていない(例としてNeuner, op.cit., S.76f., Pandeletti, op.cit., S.88f., David, op.cit., S.11)。

(125) 明示的に反対のことが書かれているとは、例えば第一の遺言は有効とするといいながらも、第一の遺言において相続人指定をした人に対して財産を残さないということが第二の遺言に書かれている場合などを指すと考えられる。マルキアーヌスは、勅答で述べられたことが絶対的な結論ではないと一定の留保を加えたにすぎない。本文のすぐ後で述べるように、パンデクテン法学の時代においては、Neunerが確定物に関する相続人指定自体を「信託遺贈の語」と理解し、確定物に関する相続人指定は一般原則的には信託遺贈と考えた。そしてそれを正当化するためにこの部分を用い、反対のことが明示的に書かれている場合には、特別規定は一般原則より優先されるので、明示的に書かれたことが優先されるということが述べられていると考えた。そのように理解することで確定物に関する相続人指定が一般的に信託遺贈とみられるという自説を正当化しようとしたため、パンデクテン法学の時代においては法文の最後の部分について様々な解釈が試みられた。ここでは立ち入らないが、Mancaleoniによる簡潔な整理が存在する(Mancaleoni, op.cit., pp.27︲28, not.5.)。Inst.2.17.3においては最後の部分は「そして破壊された遺言は、確かにこのような方法で効力を有する」というように書かれて、反対のことが書かれた場合ということについて何ら言及はない。これは反対のことが明示的に書かれた場合に、勅答の結果が適用されないこともあることは当然のこととして書かれなかったのか、遺言の破壊という章で述べられているのでわざわざ述べなかったのか、あるいは反

191神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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の最後の部分は勅答の一部として引用されていないことから、マルキアーヌス自身の考えであると考えられる。

さてこの法文に関して、Neuner(126)

は、「propter inserta fideicommissaris verba, quibus ut valeret prius testamentum expressim est」という部分を、「(前述の事例において)確定物に関して指定が制限されている。そのような制限は、それ自体が前の遺言を存続させることを遺言者が(黙示で)表明する信託遺贈の語として、含まれているのだと解されなければならない」というように理解する。そのことから、本法文中で述べられた勅法により、確定物以外の財産を引渡す第三者が明白な場合に、確定物に関する相続人指定自体が、「信託遺贈の語fideicomissaria verba」にあたるとされたと考える

(127)

。すなわち、上記で述

対のことが明示的に書かれた場合も勅答のままの結果となると考えたため書かなかったのか、あるいはほかの理由があったのかは定かではない。

(126) Neuner, op.cit., S.79ff.(127) Neuner, op.cit., S.94ff.この部分のNeuerの解釈はすでにパンデクテン法学の

時代において、例えばPandelettiによって批判されている(Pandeletti, op.cit., S.88ff.)。また上記 Inst.2.17.3にあたる部分のテオフィッルス、加えてD.36.1.30に対応するバシリカ法典(復元された部分であり注釈は伝わっていない)、そしてさらにはアックルシウスも、以下のように二つ目の遺言における「一つ目の遺言を有効にするように」という文言により信託遺贈が設定されたという立場をとっている。バシリカ法典、テオフィッルスの法学提要希臘語義解については、さしあたり、西村重雄『ビザンツ法源研究』法制史研究第39巻(1989年)185︲203頁参照。

テオフィッルス 『法学提要希臘語義解』2巻17章第3法文 …しかし二つ目の遺言において相続人指定を受けた人が相続人にならなければ

ならないとはいっても、その人は、まさに相続人指定を受けたその確定物で満足して自身の相続財産を、相続人指定を受けた人に交付(返還)するということを、一つ目の遺言で相続人に指定された人に対して負う。しかし残された確定物がファルキディウス法の四分の一に満たない場合、四分の一に満たない分を補充すべしと命じた。この理由は二つ目の遺言の文言、すなわち前の遺言を有効とするという文言にある。…

192 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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べたように、第二の遺言において「第一の遺言を有効にするように」と述べられている言葉が付加されていることにより、信託遺贈が設定されたとは考えないのである。その上でNeunerは、そのように確定物に関する相続人指定と、「あなたは確定物で満足して相続財産を交付する

(128)

」と書かれた場合、あるいは相続財産を交付することが書かれずに、「あなたが確定物で満足する

(129)

」と書かれた場合、あるいは「あなたは確定物を受け取り、差し引き、先取し、保持し相続財産を交付する

(130)

」と書かれた場合を完全に同一視する(131)

。そしてこれらの事例においては、二つの黙示の信託遺贈が存在していると考える

(132)

。一つ

バシリカ法典35巻11章第29法文 たとえ二つ目の遺言中で確定物に関して相続人指定がなされているとしても、

二つ目の遺言は有効であり、一つ目の遺言を破壊する。一方で遺言者が二つ目の遺言において、一つ目の遺言を有効とするよう指定している場合、二つ目の遺言において指定された相続人は、自身が相続人として指定されたまさにその確定物を保持し、そして不足が生じる場合はファルキディウス法の四分の一までを保持した上で、自己の相続財産を交付(返還)するということを、一つ目の遺言で相続人に指定された人に対して負う。このことは二つ目の遺言において、特に反対することが何ら書かれていない場合に当てはまる。

Glossa ad fr.29 D. ad sct. Treb, verb. inserta …per hoc secundum rumpitur primum, sed heredes scripti in secondo testament

tenentur restituere hereditatem dictis Cornelio&Seio in primo testamento institutis:&hoc ideo, quia dixerat in secundo quod volebat valere primum…

…この二つ目の遺言によって、一つ目の遺言は破壊されるが、二つ目の遺言において指定された相続人は、一つ目の遺言において指定されたコルネリウスとセイウスに相続財産を交付(返還)することを義務付けられる。そしてそれは二つ目の遺言において、一つ目の遺言が有効であることを欲すると書いたことを理由とする。

(128) C.6.50.11. …restituas hereditatem contentus certa re…(129) D.31.69pr. …contentus sis certa re…(130) Inst.2.23.9. …restituas hereditatem accepta deducta, praecepta, retenta certa re…(131) このことに関してはMancaleoniによってすでに批判されている(Mancaleoni,

op.cit., p.25)。(132) NeunerはこのようにD.36.1.30を解釈したうえで、確定物に関する相続人指定

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目は、確定物に関する相続人指定を受けた人が相続財産を信託遺贈受遺者に引き渡すというものである。もう一つは、確定物に関する相続人指定を受けた相続人に対して、相続財産からその確定物を渡すということをその内容とする。しかし、D.28.3.12.1との文言の類似性から考えても、やはりパンデクテン法学以降は支持を得ていないように、Neunerの理解は法文解釈としては無理があるのではないであろうか。また、Neunerのいうように相続財産をすべて信託遺贈受遺者に渡して、指定された確定物だけ戻すという構成は迂遠である感が否めない。以上のような理由から、少なくとも法文解釈という点においては、Neunerの見解をとることはできない。さらに、本法文においては遺言書が二つ作られており、二つ目の遺言において一つ目の遺言を有効にするように書かれているという特別な状況があったからこそ、確定物に関する相続人指定を相続財産の信託遺贈に転換したと考えるべきであり、この法文内の勅答によって一般的に確定物に関する相続人指定から相続財産の信託遺贈への転換が行われた、と考えることはできない。むしろ例外的な事例であったとするのが適切であろう

(133)

最後に直接述べられていないが、本法文の事例において、信託遺贈が実行さ

を信託遺贈により説明するということを、他の章で扱うような確定物に関する相続人指定の事例についても適用しようとする。しかしそもそもD.36.1.30のような解決自体が例外的な物であり、また法文に沿わないような過度の一般化は避けるべきであろう。

(133) 一方でKaserはD.36.1.30を根拠に、皇帝法により確定物に関する相続人指定を受けた者が単独相続人の場合には、その相続人は確定物を除いた相続財産を無遺言相続人に対して引き渡すことを、信託遺贈により課せられるようになったと解している(Kaser, RPRⅡ 2, S.492)。このように解することは、D.36.1.30にける特殊な事情を考慮していない上に、この法文は決して無遺言相続人に対して相続財産を引き渡すことを述べた法文ではないことから、不当であると考える。なおKaserのこの部分の記述は、自身のもう一つの著作であるKurz-Lehrbücherシリーズの一冊の中でも、1972年に出版された第8版において加筆され、現在の21版(2017年)においてもそのまま残されている。

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れた場合に誰が包括承継人になるのかという点についても検討しておくことにしよう。まず本法文において、信託遺贈が設定されたとしているが、この信託遺贈が個別物についての信託遺贈か、相続財産の信託遺贈か、当時どちらのものとして考えられていたかということが問題となる。この信託遺贈がどちらにあたるかという問題は、すでにNeunerによって指摘されている

(134)

。確定物だけを抜いた相続財産がその一体性を保ったまま移転されたのか、個々物の集まりとして移転されたと考えられたのかはとりあえず、どちらと扱われた可能性も存在したものとして話を進めよう。もし個別物についての信託遺贈であると判断されると、そもそもトレベッリウス元老院議決の適用範囲外であるので、包括承継人は確定物に関する相続人指定を受けた者だけとなる。一方で相続財産の信託遺贈とされた場合に、確定物に価額が相続財産の四分の一以上か否かによって、誰が包括承継人かの結論が異なる。すなわち、確定物の価格が相続財産の四分の一以上である場合には、トレベッリウス元老院議決の適用範囲となり、確定物に関する相続人指定を受けた者そして一つ目の遺言で相続人指定を受けた者の両者が包括承継人となる。一方で確定物の価格が相続財産の四分の一を下回っている場合には、ペガスス元老院議決が適用され、一つ目の遺言で相続人指定を受けた者は自動的に包括承継人とはならず、前述のように問答契約により解決が図られることになる。別の解決として、同じマルキアーヌスの法文であり、すぐ後に検討する

D.36.1.31.3のように、相続人は包括承継人ではなくなると考えることもできるかもしれない。しかしこの場合には少なくとも、D.36.1.31.3で述べられているような個別的な留保と、D.36.1.30における「確定物で満足して」交付するという場合が、古典期ローマにおいてすでに同じ扱いを受けることの説明が必要であろう。

(134) Neuner, op.cit., S.96f.

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(三)個別的な留保の事例ここで扱うD.36.1.31.3は、特に近年個別的な留保(Einzelvorbehalt)

(135)

という名のもとに扱われている法文の一つであり、相続人がある個別的な物を保持した上で自己の相続財産すべてを信託遺贈受遺者に引き渡すことが書かれている。

D.36.1.31.3 Marcianus 8 inst.Multum interest, utrum quarta pars iure hereditario retineatur an vero in re vel pecunia: nam superiore casu actiones dividuntur inter heredem et fideicommissarium, posteriore vero apud fideicommissarium sunt actiones.

マルキアーヌス 『法学提要』第8巻[トレベッリウス元老院議決およびペガスス元老院議決に関するところの]四分の一分を、相続権により保持する場合と、物あるいは金銭により保持する場合とで大きな違いが存在する。なぜなら前者では訴権は相続人と信託遺贈受遺

(135) 個別的な留保の法的性質については主に以下の二点について争われている。  第一点は、個別物の取得原因についてである。相続人は個々物を遺贈として、

相続権により得るのかという点である。確かに相続人がもはや包括承継人ではなくなるという結果は、遺贈として個別物を得るからだと考えた方がすわりがよい。しかし個別物を遺贈として扱うと先行遺贈となる。すなわち受遺者である相続人に対して、その相続人自身が遺贈義務を負うこととなり、自己負担部分無効の原則により遺贈が無効となる部分が出てきてしまうのではないかという問題が生じる。また死因取得mortis causa capioにより得るという考えも存在する。

 二つ目の争点は、対象物を遺贈として得るとした場合、相続人が保持することが許される「ファルキディウス法の四分の一」との関係はどのようになるのかということである。すなわち、遺贈として相続人が得る部分は、本来相続人が最低限保持することが許される、自己の相続分の四分の一に含まれず、相続権により得る部分だけが含まれる。しかし法文上明らかに留保する個別物は四分の一に含まれている(D.35.2.91)。このことについていかに解決するかということについても争われている。

 学説の詳細については、Wimmer, op.cit., S.190ff.参照。

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者の間とに分割されるが、一方で後者においては、訴権は信託遺贈受遺者に属するからである。

マルキアーヌスは、以下のような二つの事例に関して、その取り扱いに大きな違いがあるということを述べている。まず一つ目の事例は以下のとおりである。ある人が相続人としてHを指定した。Hは相続財産の四分の一を保持して、四分の三を信託遺贈受遺者Lに交付するように遺言において指示された。そして二つ目は、相続人Hがある土地F(相続財産の価額の四分の一の価値を有する)あるいは金銭(相続財産の四分の一の価額)を保持して、相続財産すべてを信託遺贈受遺者Lに交付するように信託遺贈が指定されている場合である。前者については、トレベッリウス元老院議決の適用により

(136)

、HとLが一対三の割合で包括承継人となることに疑いはない。問題となるのは後者であるが、マルキアーヌスは、相続財産に関する訴権はすべてLに属する、すなわち包括承継人となるのはLのみであり、Hは包括承継人とはならないと考えている

(137)

。このように、個別的な留保の事例とされる法文においては、確定物を得るに過ぎないものは、たとえ相続人指定を受けた者であっても、相続財産に関する債務を負わないという扱いを受けている。

(四)小括以上で法文の検討を終え、以下では本章の検討結果のまとめるとともに、個別的な留保の事例と確定物に関する相続人指定の関係について若干の検討を加えることにしよう。二つの制度の関係には様々な捉え方が存在する。例えば、前述のようにNeunerは、確定物に関する相続人指定は、信託遺贈としてみな

(136) 前述のとおり、相続人が相続財産の価額の四分の一を保持することが指定されているので、ペガスス元老院議決の適用範囲ではなく、トレベッリウス元老院議決の適用範囲となる。

(137) このことは、ユスティニアヌス帝の時代においては、「遺贈によって得たかのごとく取得される」というように表現されている(Inst.2.23.9)。

197神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号

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されるようになったと考えることから、確定物に関する相続人指定と個別的な留保の事例を同じものと考えた。一方でPandelettiは二つを別のものとして扱うが(138)

、他の法文との関係からD.36.1.31.3を改竄だとしている(139)

。しかし以下では、二つの制度の関係について法文の改竄を前提とせずに、検討する。二つの制度の共通点としては、個別的な留保の事例と確定物に関する相続人指定の事例は、両者とも相続人として遺言者により指定されたにも関わらず、両者ともその文言通りに解釈すればその指定された物しか得られないということが挙げられる。しかし個別的な留保の事例においては、相続人は個別物を遺贈のように得たうえで、相続人として指定されたものが包括承継人とはならないということが、古典期において、すでに達成されている。一方で、確定物に関する相続人指定は、パーピニアーヌスが考えたように、確定物を先取遺贈のように考えるということには到達しているが、相続人となった者が包括承継人とされるというところから抜け出せていない。また、古典期ローマにおいて、確定物に関する相続人指定は、D.36.1.30のような例外的な場合に、信託遺贈への転換が認められるに過ぎない。今述べたような共通点および相違点から、二つの制度の関係は以下のように考えられるのではないか。まず、古典期においては、相続人指定を受けた者は必ず包括承継人となるということからなかなか抜け出せなかった。そのため確定物に関する相続人指定を受けた相続人は、ユスティニアヌス帝の時代になるまでは包括承継人であり続けた。一方で、信託遺贈の分野においては実務上の必要性から、まずトレベッリウス元老院議決により、財産を包括的に受け取る者が(たとえ相続人でなくとも)包括承継人となることが認められるようになった。しかしこの時点では、相続人指定を受けた者が包括承継人とならずに、相続債務から逃れるには相続を放棄するしかない。そのため信託遺贈に関する個別的な留保の分野において、もはや個別物しか得ない相続人を包括承継人で

(138) Pandeletti, op.cit., S.76ff.(139) Pandeletti, op.cit., S.83, Anm.100.

198 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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はないとすることが考え出された。一般的に個別的な留保が考え出された理由は、留保されるものをファルキディウス法の四分の一の代わりとし相続人に満足を与えるとともに、相続財産に関する訴権をすべて相続財産の信託遺贈受遺者に移転することで、すべての問答契約、および訴権の相続人受遺者間での分断を防ぐことにあると言われている

(140)

が、さしあたりこれに反対する理由はないであろう。このように、まずは信託遺贈(そしてそれに関する個別的な留保の分野)において、先駆的な解釈が考え出されて、その考えがユスティニアヌス帝の時代に整理されることにより

(141)

、確定物に関する相続人指定の分野にも影響を与えた。その結果、確定物に関する相続人指定を受けた相続人も個別物しか得ないことは個別的な留保とは変わらないので、同様に包括承継人とはならない

(142)

という解釈を採用するに至ったと考えられるのではないだろうか。以上のような考えは、現段階では試論の域をでない。そのため、今後は個別的な留保について、すべての法文を一つの制度としてとらえることが適当であるかどうかということも含め、法文の詳細な検討が必要であろう。

おわりに

最後に、これまで考察したことのまとめを試みることにしよう。本稿においては、一般包括承継との関係で、確定物に関する相続人指定という、相続人指定の特別形態を扱った。第一章で相続人指定に関する基本的事項を確認した後、第二章において、確定物に関する相続人を受けた人が単独相続人であると

(140) Neuner, op.cit., S.109, Anm.28., Vangerow, op.cit., S.485, Manthe, op.cit., S.127, Wimmer, op.cit., S.205.

(141) 前述C.6.24.13参照。この法文においては、確定物に関する相続人指定と、自己の相続人指定に関して確定物で満足するように指定されている場合を同列に扱っている。

(142) もっともそのような解釈は前述のように、他に包括承継人となる相続人が指定されている場合、すなわち第四章で扱った事例に限られる。

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いう事例について検討を加えた。この場合に一般包括承継の枠内で解決が図られ、確定物に関する相続人指定を受けた相続人のみが、相続における包括承継人であり、無遺言相続人が包括承継人となることはなかった。第三章においては、確定物に関する相続人指定を受けた者と通常の相続人指定を受けた者が混在した事例を扱った。この場合には、第二章の場合と同様に、無遺言相続人が包括承継人となることはなく、確定物に関する相続人指定を受けた者のみが包括承継人になるとされる。一方で、確かに古典期の初期においては第二章の場合と同様に確定物に関する言及がなかったかのように扱われたが、時代が進むにつれて、確定物を指定された人に最終的に帰属させるようになった。もっとも確定物は相続開始の時点ではなく、遺産分割の時点において確定物を遺贈のように得られるということにより、一般包括承継の枠内で解決される。そして、遺産分割の段階で遺贈のように得られるということにより、各相続人の持分割合に影響を与えることなく、相続人は均等に相続財産に関する債務を負うことになる。第四章では、確定物に関する相続人指定を受けた者と通常の相続人指定を受けた者が混在する事例について検討した。この事例に関する学説彙纂の法文は存在しないが、古典期直後においては上記事例と同様に、確定物に関する相続人指定を受けた相続人は遺産分割の時点で、指定された確定物を得るということが一般原則的に適用されることにより、確定物に関する相続人指定を受けた者は、遺産分割により確定物しか得ない一方で、相続財産に関する債務は半分ずつ負うと考えられる。この場合には確かに遺産分割により確定物を得るとされているが、確定物以外の財産を移転する方法が明確ではないことから、実際には遺産分割において確定物を得るというのではなく、相続開始の時点で確定物を得る、すなわち一般承継の反対概念である特別承継が生じている疑いがあるということは前述のとおりである。そのような特別承継を受ける者であっても、確定物の額にかかわらず、均等の割合で包括承継人とされるという特別な状況が生じていた。さらには、このような特殊な状況は、古典期直後のみではなく、古典期においてもすでに生じていた蓋然性が高いということも前述のと

200 古典期ローマ法における確定物に関する相続人指定

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おりである。最後に第五章においては、確定物に関する相続人指定と相続財産の信託遺贈の関係について、特に個別的な留保と呼ばれる特殊な信託遺贈との関係について検討した。個別的な留保の事例においては、確定物に関する相続人指定と異なり、古典期において既に、個別物(確定物)しか得ない人は包括承継人ではなく、相続財産に関する債務を負わないとされている。このことから、個別的な留保と確定物に関する相続人指定は、古典期においては別の取扱いを受けたが、ユスティニアヌス帝の時代にその考えが一部統合されたと推測できる。

以上のように古典期ローマの法学者たちは、基本的には一般包括承継の枠内において、遺産分割の段階で確定物を、指定された相続人に帰属させるという方法を考え出した。しかし、第四章において検討を加えたような事例については、必ずしも一般包括承継の枠内で解決が図られたとはいえないのではないか、という疑いがあるという一定の成果を得ることができた。このような検討結果及び検討の過程が、古典期ローマの法学者たちの相続に関する考えについて、少しでも明らかにする手がかりとなれば幸いである。なお検討の過程で、遺産分割訴権に関して、特に現代におけるような遺産分割方法の指定の存在について、あるいは遺産分割の遡及効等の問題については詳細な検討を加えることができなかったが、遺産分割訴権そのものを取り扱った学説彙纂10巻2章についての網羅的検討を含め、今後の課題としたい。また、相続において、特に信託遺贈との関係で、誰が包括承継人となるのかという問題は、第五章において少し検討したように解決困難な点を含むが、個別的な留保の諸事例の検討も含めて、今後取り組んでいきたいと考えている。

201神 戸 法 学 雑 誌  67巻3号