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MMSE(Mini-Mental State Examination) で読み解く認知機能
安房地域医療センター 総合診療科 後期研修医 松下恭久 監修 亀田総合病院 総合内科/内科合同プログラム 佐田竜一
分野:神経 テーマ:疾患の臨床徴候
症例:77歳男性13年前に他院でアルツハイマー病の診断を受けていたが無治療で経過していた方が、経過観察目的で当院を紹介受診。外来でMMSEを用いて認知機能の現状を評価することにした。
Clinical Question
② 4大認知症で影響をうける認知機能は?① MMSEで評価できる認知機能は何か?
認知症とは? DSM-5より
認知症の診断には記憶以外の認知ドメインの評価も必要! (DSM-Ⅳでは記憶障害が必須だったが変更となった。)
American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM-5),American Psychiatric Association, Arlington, VA 2013. American Psychiatric Association Diagnostic and Statistical Manual, 4th ed, APA Press, Washington, DC 1994.
DSM-5(大神経認知機能障害の診断基準の一部)最低1つの認知ドメイン‡の明らかな機能低下がある。
①記憶と学習、②言語、③知覚運動、④複合的注意、⑤実行機能、⑥社会認知
MMSEで評価できる認知機能質問内容 対応する認知機能 点数配分年月日・場所 知覚、記憶、注意、実行機能等 53単語の順唱 記憶 3計算 知覚、記憶、注意、実行機能等 5
数字の逆唱 記憶 23単語の記憶想起 記憶 3物品呼称 記憶、言語 2文章の復唱 言語 13段階命令 知覚運動 3文書の読み 言語 1短文記載 言語 1五角形描画 知覚運動、実行機能 1
UpToDate “The mental status examination in adults”, 臨床神経,49:83-89, 2009
MMSEは記憶と言語に重点を置くが、知覚運動や実行機能も一定の評価が可能。
MMSE評価前に注意すべき事柄
JAMA. 2007;297:2391-2404
• MMSEの認知症と判断するスコアのcut off値は研究ごとに異なるが、23-24点未満が最もよく用いられている。
• 学校教育歴が8年以下で偽陽性(低スコア)となりえる。JAMA 1993 May 12;269(18):2386
• 視力、聴力、理解力、感覚麻痺、運動麻痺が評価に影響を及ぼすため把握しておく。 臨床神経,49:83-89, 2009
• 正答か不正答かの厳密な判定基準がなく、検者が変わると点数が変動しやすい。 Int Psychogeriatr. 1997;9 Suppl 1:87-94
①記憶と学習:辺縁系が関連
Neurosci Biobehav Rev. 2013 Sep;37(8):1724-37. Cortex. 2015 Jan;62:119-57
③①
② 扁桃
海馬
機能
①エピソード記憶、 空間記憶など ➔健忘症と関連
②情動、行動制御 作業記憶、学習など
③痛みの知覚、共感、注意、過去体験の想起など
帯状回
MMSEを用いた①記憶と学習の評価
言語性記憶(犬・桜・電車)or(猫・梅・自動車)を覚えてもらった後に 「先ほど覚えた単語を思い出してください」と問う。
臨床神経,49:83-89, 2009
純粋な健忘症:意味記憶(物の用途や名前の記憶)や即時記憶(数字や言葉の順唱)は保たれる。
Neurology. 2007;69(2):200. UpToDate “Approach to the patient with aphasia”
②言語:シルビウス裂周囲が関連
① ②③
④
大脳皮質領域 関連する失語A) ①(Broca野) 運動性失語B) ①の周囲 超皮質運動性失語C) ②(Wernicke野) 感覚性失語D) ②の周囲 超皮質感覚性失語E) ③(下頭頂小葉) 伝導性失語F) ①②③の連絡路 伝導性失語G) ③,③周囲 健忘性失語H) ④(下側頭回) 健忘性失語
右利きの9割, 左利きの3-7割は、言語の優位半球が左側
失語は各言語能によって分類される
Neurology. 2007;69(2):200. UpToDate “Approach to the patient with aphasia”
なし
あり 復唱
流暢性
可能
不可能
復唱可能
不可能
不可能
可能
超皮質性感覚性失語
感覚性失語
運動性失語
超皮質性運動性失語
伝導性失語:錯語多い
健忘性失語:呼称障害強い書字/読字 不可能
可能
書字/読字
書字/読字
書字/読字
不可能
可能
文字の「理解」に困難が出るのは 感覚性失語と超皮質性感覚性失語
内が言語能※
MMSEを用いた②言語の評価
臨床神経,49:83-89, 2009
評価項目 診察上で注目すべきポイント流暢性 MMSEで評価できない。円滑に発話できるか注目する。理解 「眼を閉じてください」を読んで実践できるか確認する。復唱 「皆で力を合わせて綱を引きます」を復唱してもらう。
呼称鍵、鉛筆などを見せ、物品の呼称をしてもらう。
錯語:類似した音韻や単語に間違える。例;ウシ➔ツシ、ブタ
読み 「眼を閉じてください」を読んでもらう。書き 短文描写してもらう。
③知覚運動の制御:複数の大脳葉が関連
①
②③④
リモコン操作を例に
①
④ ③②
前頭葉
側頭葉頭頂葉
Brain. 2000 May;123 ( Pt 5):860-79.
①TV・リモコンの形や用途の理解(意味記憶)が必要②視覚情報からTV・リモコンの空間内の位置を解析(視覚空間認知)③四肢感覚から自分の姿勢やTV・リモコンの身体からの位置を解析④筋肉動作を微細に制御してリモコンを操作
MMSEによる③知覚運動異常の評価
J Neurol Neurosurg Psychiatry 2005;76(Suppl V):v25–v34. UpToDate “The mental status examination in adults”
①
3段階命令:言語指示による失行の評価1. 右手でこの紙を持ってください。 2. それを半分に折りたたんでください。 3. それを机の上においてください。図形描画:知覚運動全体の評価意味記憶:ペンの使い方がわかっているか観察 失行:模写の時にペンが上手く使えているか観察視覚空間失認:①の「五角形と重なり」の描画観察
*失行:意図的な動作困難
④複合的注意⑤実行機能:前頭葉が主に関連前頭葉、基底核 視床などが連携
②
①②
実行機能目標動作を行うために必要な能力;
行動計画、情動制御、作業記憶、推測などリモコン操作を例に
①リモコン電波受信空間、ボタン操作への 意識集中、正しい迅速なリモコン操作② 照明、妻の存在、TVの映像や音などの 余分なinput情報を排除
老年精神医学雑誌,26(3):242-247,2015
J Neurol. 2003 Jan;250(1):1-6.
複合的注意:「実行」に必須な機能2つ以上の空間や物体への集中、集中維持
情報の取捨選択、処理速度
MMSEは の評価に不向き
• MMSEが正常でも時計描画ができなければ 感度59%, 特異度 70%で実行機能障害が疑われる。
CMAJ 2002;167(8):859-64
• 多くの課題で時間がかかる時は注意力低下が疑われる。臨床神経,49:83-89, 2009
④複雑性注意⑤実行機能
• MoCA(Montreal Cognitive Assessment)は注意/実行機能を含めた認知ドメインの評価が可能で、軽度認知機能低下の評価に有用である。 J Am Geriatr Soc 2005 Apr;53(4):695
⑥社会認知:各認知機能が複合的に関連する社会認知
他者と関わる上で適切な行動を行うために必要な能力; 他者の信念・感情・意図などの心理の知覚、推測、行動選択
③
①②
これもMMSEで評価困難
リモコン操作を例に① 言動や表情から妻の感情を理解② プライベート空間である事の認識③ 記憶と学習を元に、過去の経験や知識に応じて、自信がリモコン操作してよいと判断し、TVを適切な音量に調整する。
老年精神医学雑誌,26(3):277-283,2015
症例:77歳男性13年前に他院でアルツハイマー病の診断を受けていたが特に無治療で経過していた方が、経過観察目的で当院を紹介受診。外来でMMSEを用いて認知機能の現状を評価することにした。
Clinical Question
② 4大認知症で影響をうける認知機能は?①MMSEで評価できる認知機能は?
4大認知症の症候以外の鑑別点アルツハイマー病[1][2] 脳血管性認知症[3]
発症年齢 60歳未満は稀 65歳以上が多い
遺伝性 リスク因子含め70% 稀前頭側頭型認知症[4] レヴィー小体型認知症[5]
発症年齢 65歳未満の発症が70% 65歳以上が多い遺伝性 40%に家族歴あり 殆ど孤発例
[5]Lancet 2015; 386: 1683–97[2] UpToDate “Clinical features and diagnosis of Alzheimer disease”
[4]Lancet 2015; 386: 1672–82[1] Lancet 2011; 377: 1019–31[3]Lancet 2015; 386: 1698–706
アルツハイマー病と関連深い認知機能
海馬
側頭葉
頭頂葉臨床症候
海馬 記憶と学習(特に健忘症)
側頭葉 意味記憶障害 健忘性失語 失行頭頂葉 視覚空間障害
健忘症が最も早期に出現 進行すると注意・実行機能障害も出現 他)嫉妬妄想、物取られ妄想、被害妄想
N Engl J Med 1996; 335:330-336. Brain. 2007 Mar;130(Pt 3):708-19.
脳血管性認知症と関連深い認知機能
臨床症候皮質 障害皮質次第で失行、失語、注意・実行機能障害
中大脳動脈上枝の病変がないと麻痺は低頻度
皮質下前頭-基底核病変が多い:注意・実行機能障害が多い 他)巣症状、仮性球麻痺、歩行障害、神経因性膀胱
狭義では健忘症があることが前提 主要血管、小血管での梗塞、出血、低灌流が原因
➔ 責任病巣は多様
Lancet 2015; 386: 1698–706 UpToDate:Etiology, clinical manifestations, and diagnosis of vascular dementia
側頭葉前方側頭葉前方
実行機能障害が主:行動型前頭側頭型認知症 言語障害が主:Primary Progressive Aphasia
エピソード記憶や視覚空間認知は保持 20%にパーキンソニズムを合併
12.5%に運動神経障害を合併
前頭葉
Lancet 2015; 386: 1672–82基底核
前頭葉
臨床症候前頭葉 注意・実行機能障害側頭葉 意味記憶障害、失語、失認
前頭側頭型認知症と関連深い認知機能
レビー小体型認知症(DLB)と関連深い認知機能臨床症候
黒質線条体 注意・実行機能障害 幻視、パーキンソニズム
頭頂葉 視覚空間障害
Lancet 2015; 386: 1683–97
黒質線条体
頭頂-後頭葉
REM睡眠行動障害が先行する事が多い エピソード記憶は再生遅延あるが保持 パーキンソニズム出現前、もしくは 出現1年以内に認識機能低下が出現
本症例におけるMMSEの結果質問内容 症例の回答 スコア年月日・場所 健忘にて不可能 0/53単語の順唱 スムーズに可能 3/3計算 不可能 0/5
数字の逆唱 不可能 0/23単語の記憶想起 不可能 0/3物品呼称 可能だが、ペンを鉛筆と錯語 1/2文章の復唱 スムーズに可能 1/13段階命令 スムーズに可能 3/3文書の読み スムーズに可能 1/1短文記載 不可能 0/1
五角形描画ペンを動かす事ができず、 使い方が分からない印象
0/1
・スコア ➔ 24点以下で認知症の診断。 ・記憶 ➔ 健忘症を疑う。即時記憶は保持。 ・言語 ➔ 概ねよいが錯語あり、健忘性失語を疑う。 ・知覚運動 ➔ 意味記憶障害による道具使用困難を疑う。 ・注意・実行機能 ➔ 反応速度は比較的保持。・社会認知 ➔ MMSEで評価不可能。
記憶障害が強く、海馬~側頭葉機能の顕著な低下→病型は「アルツハイマー病」と判断した。
本症例におけるMMSEの解釈