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Title 各国間での税制の相違と国際的租税回避問題

Author(s) 栗原, 克文

Citation 經營と經濟. 2008, 88(2), p.69-100

Issue Date 2008-09-25

URL http://hdl.handle.net/10069/21820

Right

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE

http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp

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各国間での税制の相違と国際的租税回避問題

栗 原 克 文

Abstract

As economic globalization proceeds, tax policies of one nation in-

fluence others more and greater pressures are imposed on tax systems

and tax administrations.The possibility of tax avoidance will expand if

cross-border transactions are abused.Specifically, tax system differen-

tials among countries increase the opportunity for tax avoidance.Un-

der some tax avoidance schemes, foreign entities which have no or little

economic substance are used to create artificial losses, so that they can

minimize their taxes.Tax avoidance decreases national revenue and

compromise fairness.This article discusses cross-border tax avoidance

that exploits the differences between countries' tax systems, and ana-

lyses effective countermeasures available to tax authorities.

Although efforts by each nation are essential to prevent them in order

to increase their risks and costs, there are limitations.A unilateral ap-

proach cannot cover all of the tax avoidance.As long as the tax re-

gimes differ, it seems impossible to totally eliminate tax avoidance ac-

tivities.Whereas tax harmonization is one effective way to counter tax

avoidance, the tax sovereignty of each nation prevents full harmoniza-

tion of tax regimes.Developing mutual recognition, especially with the

treatment of capital income and the definitions of fundamental concepts,

should be promoted.

The problems of international tax avoidance show that national in-

terest will work for tax coordination to prevent the erosion of tax bases

of each country.We should promote coordination from every possible

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area.Combination of unilateral, bilateral and multilateral approaches

will increase pressure, costs and risks on the tax avoidance.The inter-

national community should work together against international tax

avoidance.

Keywords: International tax avoidance, Tax system differentials

目 次

1 はじめに

2 各国間での税制の相違を利用した国際的租税回避

3 対応策とその効果

4 今後の対応の方向性

5 おわりに

1 はじめに

貿易,海外投資等の国際取引は,近年大きく拡大してきている。一般論と

して,可動性の高い資本は,利益を最大化させる場所へと移動し,より効率

的に活用されるため,こうした動きは,資源の効率的配分により,経済的効

率性を高めることができる。一方,経済取引のグローバル化は税制や税務執

行に大きな課題を投げかける。グローバル化に伴い,ある国の租税政策は他

国の税制や税務行政に大きな影響を与える。特に,各国間の税制が相違して

いると,国際的な租税裁定の機会が生じることになる。租税回避行為によっ

て引き起こされる課税ベースの浸食は,可動性の低い労働所得や付加価値税

等に税収が偏重され,より逆進性の高い税により多くの税負担を求めること

となりかねず,課税の公平性を損なうこととなり得る。その結果,社会的公

平性,経済的中立性及び納税者のコンプライアンスが損なわれることとなる。

本稿においては,各国間の税制の相違を活用した国際的租税回避について,

具体的事例を踏まえつつ対応策とその効果について考察するとともに,対応

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上の課題や今後の対応の方向性を考察する。

2 各国間での税制の相違を利用した国際的租税回避

税制は各国の財政ニーズ,政治,経済,社会,歴史等を反映するものであ

り,各国毎に異なってくる。ここに,各国の税制の非整合性を利用して課税

上の利益を生み出す租税裁定の余地が生じる。クロスボーダー取引への障壁

が取り除かれるに伴い,また,各国間における税制の相違が大きい場合や租

税条約による優遇措置が存在する場合,租税裁定の機会が生じ得る。例えば,

事業者の居住性判定基準,資産の所有者の判定基準,利益(損失)の実現時

期等に関する各国間の制度の相違である。国際的租税回避は,外国の事業体

とクロスボーダー取引を組み合わせることにより,税制の相違を利用する形

態を採っていることも多い。個々の取引が合法的なものであっても,複数の

取引が結びつくことによって法の意図しない結果を招くものや,各種の事業

体や金融商品を活用して利益や損失を操作するものもある。また,租税条約

の主目的は,二重課税の排除,より円滑な経済取引,納税者への予測可能性

の向上等であるが,租税条約による優遇措置がトリーティ・ショッピングと

呼ばれるクロスボーダーの租税裁定の機会を生じさせるケースもある。

以下では,各国間の税制の相違や海外の事業体を活用した租税回避例を概

観する1。

1 事例は主に以下の文献を参考としている。Diane Ring, One Nation Among Many:

Policy Implication of Cross-Border Tax Arbitrage,44 Boston College Law Review

79 (2002),pp.91-100; Brian Arnold and Michael McIntyre, International Tax Primer,

2nd edition, Boston: Kluwer International Law (2002),pp.144-149; Richard L. Doer-

nberg, International Taxation in a Nutshell 5th edition, West Group,2001,pp.401-409,

IRS, Notice 98-11,1998-6 IRB 18,January 1998.

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(1) 企業形態の分類についての課税上の取り扱いの相違の利用:ハイブリッ

ド・エンティティ

事業体が課税主体と扱われるか否かについての各国税法による分類(Entity

Classification)は,タックスプランニングの戦略に大きな影響を与える。あ

る国では課税主体と扱われ法人税の課税対象となり,他の国では課税上透明

と扱われ構成員に対して課税されるなど,国により課税上の取り扱いが異な

るハイブリッド・エンティティ2が,租税裁定に利用されることもある。

Brian J. Arnold及びMichael J. McIntyreによると,「ハイブリッド・エン

ティティとは,通常,1つの司法管轄内では法人として扱われるが,別の管

轄ではトランスペアレント,通常はパートナーシップとして取り扱われるよ

うな法的な関係のことを意味する。」3としている。例えば,あるエンティテ

ィが X国では支店として取り扱われる一方,Y国では子会社として取り扱

われるなど,二国間で異なった課税上の取り扱いをしている場合である。

ハイブリッド・エンティティを利用した国際的な租税裁定について,米国

上院の財政委員会(U.S. Senate Finance Committee)は,米国と他国との居

住者判定の相違を利用して,両国で居住者となることにより,損失を二重に

控除する二重連結損失(Dual Consolidated Loss)取引を特に問題視してい

る4。さらに,サブパート F条項の回避,外国税額控除の濫用,租税条約の

特典利用などにも利用され得る。以下はハイブリッド・エンティティおよび

ハイブリッド商品を利用した租税回避例である5。

2 ハイブリッド・エンティティは,事業体が設立された国においては課税上透明と扱わ

れ,他方の国では法人として課税を受けるレギュラー・ハイブリッド・エンティティ

(Regular hybrid entity)と,事業体が設立された国においては法人として課税を受けるが,

他方の国では課税上透明と扱われるリバース・ハイブリッド・エンティティ(Reverse

hybrid entity)とに分類できる。

3 Arnold and McIntyre, supra note 1,p.144.

4 S. Rep. No.99-313.

5 より詳細には,拙稿「ハイブリッド・エンティティと国際課税問題」長崎大学経済学

部研究年報第24巻,2008年3月を参照。

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(a) タックスヘイブン対策税制の適用回避

米国におけるタックスヘイブン対策税制であるサブパート F規定の目的

は,米国居住者が,低課税国に所在する被支配外国法人に所得を留保するこ

とによる米国での課税繰り延べを防止することである。サブパート F規定

は,被支配外国法人の受動的投資所得と関連法人との取引から獲得した所得

を対象としており,被支配外国法人の米国株主は,持分割合に応じてサブパー

ト F所得を総所得に算入しなければならない。

ハイブリッド・エンティティを利用して,サブパート F規定を回避する

ことが可能となる。仮に米国法人が,X国に100%所有の子会社Aを有して

おり,その子会社 Aはタックスヘイブン国に100%子会社 Bを保有している

とする。子会社 Bは,米国においてはトランスペアレント・エンティティ

(法人レベルでの課税なし)と扱われるよう選択する。子会社 Aが子会社

Bに利子の支払いを行う場合,子会社 Bは課税上透明と扱われるため課税

関係は生じない。一方,X国においては,子会社 Bは独立した事業体とし

て扱われるため,子会社 Aはその利子払いを控除することができる。つま

り X国において,子会社 Aは税負担を効果的に減少させることが可能とな

っている6。

(b) ドメスティック・リバース・ハイブリッド

ドメスティック・リバース・ハイブリッドとは,ある国においては課税上

法人と扱われ,他国においては課税上透明と扱われる事業体のことである。

例えば,X国の企業が米国法に基づき事業体を設立し,米国国内において

課税目的上法人として取り扱われることを選択する。一方で X国において

は課税上透明と扱われるとする。このドメステック・リバース・ハイブリッ

ドが米国の銀行から借り入れを行い,米国で運営している法人の株式を取得

6 より詳細には以下を参照。IRS, Notice 98-11,1998-6 IRB 18,January 1998,and

The New York State Bar Association Tax Section, Notice-98-11:Tax Treatment of

hybrid Entities,79 Tax Notes 877,18 May 1998.

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する。このドメスティック・リバース・ハイブリッドは米国では法人として

取り扱われるため,ドメスティック・リバース・ハイブリッドから銀行へ支

払われる利子は,米国で営業する企業とドメスティック・リバース・ハイブ

リッドとからなる結合グループの所得から差し引くことができる。金利は米

国の居住者に対して支払われるため,源泉所得税は生じない。また,銀行に

支払われる金利は,その外国企業の所得から差し引くことができる。これは

その国においてドメスティック・リバース・ハイブリッドが課税上透明とし

て取り扱われ,構成員に課税されるためである。

上記のように,ある二国において事業体の分類について異なる取り扱いが

なされる場合に,租税裁定の機会が生じる。ハイブリッド・エンティティに

は様々な態様があるが,1997年に米国で導入された「チェック・ザ・ボック

ス」規定はハイブリッド・エンティティを利用する機会を拡大したといえる。

この規定下においては,事業体について納税者は課税上の取り扱いを選択す

ることができる。米国租税合同委員会は「チェック・ザ・ボックス規定は,

現在のエンティティの分類を簡素化および自由化するもので,課税目的上事

業体をパートナーシップとして取り扱うことができるように拡大するもので

ある。」7としている。この新しい規定により事業体の分類は確かに簡素化さ

れているが,これは「投資のために米国国外でのハイブリッド・エンティテ

ィの利用をより魅力的かつ確かなものにしている」と指摘されている8。

(c) 租税条約の特典利用

ハイブリッド・エンティティを利用することにより,租税条約上の特典を

享受することが可能となる。典型的な例として,米国議会が早い段階で懸念

していたものとして,ハイブリッド・エンティティを通じたインダイレク

7 Joint Committee on Taxation, Staff Review of Selected Entity Classification and Par-

tnership Tax Issues, JCS-6-97,April 8,1997,p.1.

8 Ibid.,p.147.

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ト・ローンがあげられる9。

まず,カナダ法人が,米国 LLC(Limited Liability Company)を通じて,

米国法人へ貸付を行う。米国 LLCは,米国においては納税主体とならず

(構成員が課税されるパートナーシップ課税),カナダにおいては法人とし

て課税されるハイブリッド・エンティティである。米国 LLCはカナダ法人

から得た資金を,カナダ法人の米国子会社へ貸し付け,米国子会社は米国

LLCに利子を支払う。この利子は,米国 LLCからカナダ法人に配当として

分配される。

米国においては,米国法人から米国 LLCへの利払いは,カナダ法人へ直

接支払われたものとして,米国法人は利払いを所得から控除できる10。一方

で米国 LLCは,課税上透明な主体であるため課税されない。

カナダにおいては,カナダ法人は米国 LLCから配当を受け取るが,カナ

ダと米国との租税条約上,課税が免除されている(Canada-U.S. Tax Treaty

第24条(2)(b))。したがって,米国法人による利子支払いは,米国 LLCと

いうハイブリッド・エンティティを通じることにより,加米租税条約による

軽減税率10%による源泉徴収のみで完結することとなる。

(d) ハイブリッド商品(Hybrid instruments)の利用

ハイブリッド商品とは,ある国ではそれが資本として取り扱われるのに対

し,他の国においては負債として取り扱われる性質の金融商品である。一方

の国では金利支払いとして扱われるものが,他方の国では配当として扱われ

る場合,この相違を利用した租税裁定の機会を生じさせる。

9 Buzanich, Herbert, A Comparizon Between the U.S. and OECD Approaches to Hybrid

Entities, Tax Notes International, October 4,2004,p.75; 本田光宏「ハイブリッド事

業体と国際的租税回避について」ファイナンシャル・レビュー通巻第84号(2006年7月)

105頁を参照。

10 IRC163条(j)による利子控除の制限の適用がないと仮定。

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(2) 居住地判定の規定の相違の利用: 二重居住法人

ある国(X国)の法人でありながら,他国(Y国)においても法人の居住地

国として扱われる二重居住法人(Dual Resident Corporation)が,一つの損失

を X国と Y国の双方において二重に控除(「ダブル・ディップ」と言われ

る)することがありえる。この二重居住法人は,二国において異なる居住地

判定テスト(例えば一方が登記場所,他方が実質支配地による判定)を適用

している場合に生じ得る。1つの法人が2つの国における居住性のテストを

満たした場合,両国で居住者と扱われ二重居住法人となり,一の損失を,米

国における連結納税グループと外国における連結納税グループそれぞれにお

いて活用し,双方の連結所得を減少させることが可能となる。

(3) 所有権の定義の相違の利用(ダブルディップ・リース)

X国の貸主が Y国の貸主へある資産をリースする。仮に,資産の所有を

決定するのに,X国が資産の法的所有(登記)により判定し,Y国ではリー

ス取引の経済実態により判定している場合,X国及び Y国の双方の国がそ

れぞれ貸主及び借主をリース資産の所有者として扱うことになり,双方の国

における納税者がそれぞれ資産を所有していることになり,貸主,借主とも

減価償却費や投資税額控除を利用できる状況が生じ得る。この二重の控除が

ダブルディップ・リースである。リース取引に関する税務上の取扱いが国ご

とに異なる場合,それぞれの国で損金を計上するダブルディッピングが行わ

れる余地が生じる。

(4) 課税のタイミングの相違の利用(割引債(Original Issue Discount:

OID債))

OID債について利子所得の認識時期に関して問題となるケースがある。

租税裁定が可能となるのは,X国の OID債の発行者が,利子所得を毎期計

上することを要求していない Y国の購入者と取引する場合である。例えば,

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X国の債券発行者が毎年支払い利子の損金算入が認められる一方,Y国で

は所有者は利子所得を満期償還時まで認識する必要がない場合,OID債の

利子に対する税を満期償還時まで繰り延べることが可能となる。

3 対応策とその効果

租税回避行為に対しては,各国で様々な対応策を講じている。対応策とし

ては,特定の租税回避行為を対象とする個別否認規定,包括的否認規定,情

報申告義務の制定,罰則の強化,訴訟等が挙げられるが,以下では米国にお

ける対応策を中心にその効果について考察する。

(1) 租税回避防止規定

国際的租税回避に対処するための代表的な規定としては,移転価格税制,

タックスヘイブン対策税制,トリーティ・ショッピング防止規制,過小資本

税制などが挙げられる。各国において様々な個別否認規定によりタックスシ

ェルターの防止策が講じられているが,以下は米国の規定を中心とした対応

規定の例である11。

(a) 租税回避を目的とする取引の否認規定 [IRC 269条]

納税者が連邦所得税の脱税又は回避を主たる目的とし,他の方法では得

られない所得控除,税額控除その他の恩恵を享受しようとする場合,財務

長官はその恩恵を否認することができる。

(b) 会計方法に関する一般規定 [IRC 446条]

納税者が用いる会計方法が所得を適正に反映するものでない場合,課税

所得計算は,財務長官が所得を正しく反映すると認めた方法によって行わ

11 米国の規定については,Joint Committee on Taxation, Staff Paper, Background and

Present Law Relating to Tax Shelters, March 19,2002,JCX-19-02,pp.4-7他を参照し

た。

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れる。

(c) 危険負担ルール (アット・リスク・ルール) [IRC 465条]

損失として認められる額は,納税者が危険負担すべき金額が限度とされ

る。なお,日本においても2005年度税制改正において,任意組合等の特定

組合員12による組合事業から生じる損失について,損益通算を制限する措

置が講じられた。

(d) 受動的活動からくる損失および税額控除の制限(パッシブ・ロス・

ルール)[IRC 469条]

「パッシブ・ロス・ルール(受動的損失規定)」として知られている当

規定は,受動的活動によりもたらされる所得控除および税額控除を制限す

るものである。受動的活動に起因する控除で,受動的活動による所得を超

えるものは,受動的活動以外の所得から控除することはできない。これら

の受動的損失制限規定は個人,財団,信託,閉鎖的保有 C法人(株式の

50%超を5人以下の個人が所有する法人),人的役務法人に適用される。

なお,日本においても2005年度税制改正において,組合事業から生じる損

失について,組合の重要な活動に参加しない組合員(特定組合員)にかか

る損益通算を制限する措置が講じられた。

(e) 支配グループに関する制限 [IRC 482条]

同一の利害関係者により直接あるいは間接に所有される団体,取引又は

事業が2つ以上ある場合,財務長官は租税回避を防ぐため,あるいは所得

を正しく反映させるために,所得控除,税額控除その他の恩恵を,これら

の団体に分配することができる。

(f) 導管金融の利用に対する規制 [IRC 7701条(1)]

財務長官が租税回避を防止するために適切と判断した場合,複数当事者

による金融取引を二者間あるいはそれ以上の当事者間で直接的に行われる

12 組合事業に係る重要業務の執行決定に関与し,かつ,契約を締結するための交渉など

重要な部分を執行する組合員以外の組合員のことである。

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取引とみなす規定である。この規定に基づき,経済的実体を伴わない租税

回避を目的とした金融取引等に対処することができる。

(g) 租税条約の特典の利用制限 [IRC894条(c)(1)]

この規定は,一定の要件を満たさない場合に租税条約の特典の利用を制

限するものである。2(1)(c)のような租税条約濫用のケースについて,カ

ナダ法人が米国LLCに支払う利息に係る源泉所得税について,軽減税率

である10%を適用することはできず,30%の源泉税が課されることにな

る13。

2(1)(b)のドメスティック・リバース・ハイブリッドのケースのよう

に,米国で税の目的上独立した事業体として扱われる一方,外国において

はトランスペアレントと扱われるドメスティック・リバース・ハイブリッ

ドについても,この規定により租税条約の恩恵を享受することはできない

ことになる14。

(h) 二重連結損失の損失計上制限 [IRC1503条(d)]

1986年の税制改正により,国際的な租税裁定や,2(2)のような租税利益

を複数の国で享受する「ダブル・ディップ」の拡大に対する対策の一つと

して,IRC1503条(d)が追加された15。米国法人が米国で損失を控除する

とともに,外国においてもその損失を控除する二重連結損失(Dual Con-

solidated Loss)について,損失計上の制限を定めたものである。

IRC1503条(d) 及び財務省規則1.1503-2では,米国の法人が,外国にお

いても居住地国として扱われる二重居住法人について,一つの純事業損失

13 ただし,IRC894条(c)の規定は,HEには適用されるが,DRHまでカバーされていない

という問題点がある。

14 IRC894条(c) 及び財務省規則1.894-1(d)(2).

15 二重連結損失に関する規定の概要や変遷については,New York State Bar Association

Tax Section, The Proposed U.S. Consolidated Loss regulations,41 Tax Notes Interna-

tional 279,Jan.30,2006 (邦訳徳井豊『租税研究』2006年12月号168-186頁); Stephen

Mills, Partnerships Change Everything: Using a Partnership in an Outbound Stock Ac-

quisition, Tax Notes, March 15,2004,pp.903-909を参照した。

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(net operation loss)を米国と外国の双方において二重に控除することはで

きないとされている。

1988年には,IRC1503条(d)の適用範囲,つまり二重連結損失の控除が

制限される範囲が拡大された。制限の対象に,米国法人の外国支店が追加

され,その外国支店は米国法人の100%子会社とみなされ,損失の利用が

制限されることとなった。ただし,外国法人の米国支店はこの制限規定の

対象とされていない16。

二重連結損失を制限する規定においては,多様な取引について,適用対

象となる範囲を明確にする必要がある。2005年5月に発出された IRC1503

条(d)に係る財務省規則案は,「チェック・ザ・ボックス」規定によるこ

れらの事業体の拡大に対応して,支店,課税上透明な事業体及びパートナー

シップについて,二重損失控除の制限の対象となる「Separate unit」の範

囲を整理するものである。この規則案においては52の事例が示され,明確

化が図られているが,類似の経済取引について異なる課税結果が生じるこ

とが懸念されている。

2(2)のケースのような二重居住者に対しては,双方の司法管轄において

二重に損失の控除を認めない規制を定めている国もある。カナダでは,税

法上外国籍と考えられる二重居住企業は,カナダに籍をおく企業として扱

われることはない。また,イギリスでも二重居住投資企業による損失やそ

の他の課税上の救済措置の利用を制限する規制が設けられている17。

(i) OID債に係る課税のタイミングの違いを利用するケースへの対応

2(4)の OID債に関して,米国議会は1969年以降,当年に相当する比例

16 これは,欠損金を有する外国法人の米国支店は,米国の関連法人と連結することがで

きないとの理由による。(NYSBA Tax Section(2006)p.384.)

17 Hugh Ault, A Comparative Income Taxation: A Structural Analysis, Te Hague:

Kluwer Law International (1999),pp.379-380.英国の規定についてより詳細は次を参照。

Michael McGowan, U.K. Restrictions on the Use of Dual Consolidated Losses, Tax

Notes International,8 March 2004.

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配分部分を毎年認識するよう要求している18。この OIDルールには,債

権の経済的利回りの計算のルールが多く含まれており,割引債の保有者及

び発行者は,満期日までの経済的利回りを発生主義により計算しなければ

ならない。日本においても,1998年度税制改正において,OID債の利子

については,償還期間にわたって益金の額に算入することとされた19。

租税回避防止規定(個別否認規定)による対応の限界

個々の租税回避防止規定はそれが対象としている特定のタックスシェル

ターに対して,規定の要件に合致する取引が行われている状況において有効

である。しかし,規定を回避するように開発される取引に対しては脆弱な面

がある。第2章に挙げた事例に対して租税回避防止規定を適用する場合,個

々の取引は適法なものであるため,否認することが困難なケースが生じ得る。

各国間で税制に違いがある限り,完全に租税裁定をなくすことは困難と思わ

れる。法令は明文によりある取引が合法か否かを規定し,法的な予見可能性

が確保されているべきである。したがって,法令上規制される取引の範囲に

ついての条件を明示する必要があるために,上記の脆弱性はやむを得ない面

もある。

例えば前述2(1)の事例のハイブリッド・エンティティに対して租税回避防

止規定を適用する場合,仮に,取引に経済的実体が伴われない場合は IRC

482条の所得分配の規定が適用され得るが,経済的実体を伴わないという事

実を証明することは難しい。各国間で課税の取り扱いが異なり,また,取引

に経済的実体が伴う場合,税制の違いを利用した税の濫用を完全に防ぐこと

は困難であろう。

さらに,問題となる可能性が低い租税回避行為にまで,あらかじめ取引を

特定し防止規定を制定しておくのは大きな負担となる。様々な国で租税回避

18 現行規定は IRC1271-1275及び財務省規則1.1275-2(g)。

19 法人税法施行令136条の2。

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への対応策として個別否認規定を用いているものの,規定が対象としている

ものにのみ有効であり,あらゆる租税回避行為に有効な手段とは成り得ない。

規定を新設するのも新しい租税回避スキームが組成されてから行われること

が多く,規定の整備は事後的な対応にならざるを得ないとともに,多くの時

間を要する。

(2) 包括的否認規定

個別否認規定による迅速で十分な対応が容易でないとすれば,幅広く適用

できる包括的否認規定が考えられる。包括的否認規定は,特に,経済実体を

伴わない取引を通じた損益の操作については有効となり得る。1961年7月の

税制調査会答申においては,同族会社,非同族会社等に共通した一般的否認

規定を創設することが述べられている20。包括的否認規定は,個別のケース

に対応した事後的な対処ではなく,濫用的な租税回避に対し広く抑止力を持

つという点では有効な面もあろう。

包括的否認規定による対応の限界

納税者が採用している会計方法が課税所得を正しく反映しているかどうか

は不明瞭な場合もある。経済実体を伴わないことを確認することの困難さ

も,実体が存在するか否かという問題ではなく,実体がどの程度あるのかと

いう点にかかっている。例えば,売却後短期間の間に買い戻される取引につ

いて,売買損益を認識すべきか否かという問題がある。その取引に十分な経

済実体が伴うかどうかは定かではないし,リスクがどの程度存在するかとい

う判断を要することになろう。租税法律主義のもとで,安易な経済的実質課

20 「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)及びその説明」1961年7

月。

21 金子宏教授は,「租税法律主義のもとで,法律の根拠なしに,当事者の選択した法形式

を通常用いられる法形式にひきなおし,それに対応する課税要件が充足されたものとし

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税は厳に慎むべきであり21,税法規定の趣旨を逸脱して税負担を減少させる

取引か否かの判定は大きな困難を伴う。

(3) 情報申告(タックスシェルターに対する情報申告義務)

米国においては,多様なタックスシェルター22,特に法人が利用するもの

が流行すると,タックスシェルターの実態把握が重要と考えられ,税法上

「タックス・シェルター」の定義を規定し23,タックスシェルターに対し情

て取り扱う権限を租税行政庁に認めることは,困難である。」と述べている。(『租税法

(第13版)』弘文堂2008年112頁)

22 タックスシェルターの形態は多岐にわたる。多くのタックスシェルターのスキームは,

合法的な取引の組み合わせである。しかし,いくつかの合法的な取引が組み合わさると

法の意図しない結果を招くこともある。租税合同委員会のスタッフ・チーフである Ge-

orge K. Yinは,タックスシェルターについて,「全てのステップを通して考えた場合,

納税者が主張する税の取り扱いは,議会の立法趣旨と全く異なるものであり,このよう

にタックスシェルターは,複数の正当な取引が立法趣旨とは異なる取引となりかねない」

と述べている。(George K. Yin, Thought on Tax Shelters,102 Tax Notes 931,p.931.)

23 内国歳入法(IRC)は規定の目的ごとにタックスシェルターをいくつかの文言で規定

している。例えば,タックスシェルターを開発するオーガナイザーの登録義務を規定し

ている IRC6111条においては,タックスシェルターとは投資額に占める租税利益の割合

が5年間で2分の1超であるものと規定されている(IRC 6111条(c)(1)は次のように規定

している。「The term‘tax shelter’means any investment with respect to which any

person could reasonably infer from the representations made, or to be made, in connec-

tion with the offering for sale of interests in the investment that the tax shelter ratio for

any investor as of the close of any of the first 5 years ending after the date on which such

investment is offered for sale may be greater than 2 to 1,and which is (i) required to

be registered---,(ii) sold pursuant to an exemption from registration requiring the fil-

ing of a notice---,or (iii) a substantial investment.」)過少申告に対する加算税を規定

するIRC6662条においては,タックスシェルターを,取引の主要な目的が連邦所得税の

回避であるパートナーシップ,団体,プラン又はアレンジメントと定義している(IRC

6662条(d)(2)(C)(�))。こうした IRCにおけるタックスシェルターの定義は,例えばタ

ックスシェルターの IRSへの登録要件や過少申告の加算税等,特定の目的に対するもの

に限定されている。

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報申告義務を課し,適用される要件を強化してきている24。タックスシェル

ターを推進しているオーガナイザーは,当該タックスシェルターを登録する

必要がある(IRC6111条)。また,プロモーターは登録が義務付けられている

タックスシェルターの持分の購入者リストの保管要件が定められている

(IRC6112条)。タックスシェルターのマーケティングは問題を拡大するた

め,タックスシェルターに対する圧力をより強化することは有効な手段であ

ろう。多くのタックスシェルターへ対抗していくためには,タックスシェル

ター利用のリスクと費用を高めることである。タックスシェルターに関する

情報申告義務は,タックスシェルターの拡散防止策として一つの有効な策と

なり得るであろう。

イギリスにおいても2004年度に同様の措置が創設されている。タックス・

プランニング・プロモーターがプログラムを販売し場合,プロモーターは直

ちに歳入庁に該当するプログラムおよびアレンジメントについての詳細を提

供する規定が設けられている。

さらに IRSは「John Doe Summons」という仕組みを活用している。こ

れは,対象となっている個人を特定することなしに情報を要求できるもので

ある。例えば IRSは,VISA,MasterCard及び American Expressからの

オフショアのクレジットやデビットカード口座を利用している米国市民や居

住者についての情報を要求し,世界の77カ国からクレジットおよびデビット

カードの口座情報を受け取っているとされる25。

情報申告規制による対応の限界

情報申告規制は,規定に従わないときは罰則が課され,タックスシェルター

24 例えば,2008年1月には Notice 2008-20が発出され,「仲介取引タックスシェルター」

となる者の定義を改正するなど,随時適用範囲を改訂している。

25 Michael J. Graetz, Foundations of International Income Taxation, Foundation Press,

2003,p.381.

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への圧力となろう。しかし,一般的に開示の対象となるタックスシェルター

は税法上正当なものであり,情報申告自体は IRSに登録されたタックスシ

ェルターへ罰則を課すものではない。また,情報申告や投資家リストの保管

要件は,まだその範囲が十分であるとはいえないため有効性に欠ける所があ

るとも指摘されている。これらの要件の不十分な点として,Michael L.

Schlerは「2001年8月に行われた規制への修正は,規制を大幅に弱体化さ

せるものであった。その結果実質上殆どの開示や投資家リストに含まれるも

のは,リストに掲げられた取引のみとなってしまった。新しい規制はタック

スシェルター取引を発見し阻止するための IRSの能力を大きく損なった。」

と指摘している26。

一方,「John Doe Summons」については,その対象は主として個人であ

る。したがって,オフショア口座を持つ個人を特定する上ではこのサモンズ

で得られる情報の有効性は認められるものの,法人に対しても同様に必ずし

も有効であるとはいえない。

(4) 訴訟による対応

租税回避取引を否認した事案が訴訟にまで及ぶケースがあるが,米国にお

いては判決の積み重ねにより,経済実体原則,仮装取引原則,ステップ取引

原則などの判断基準が裁判で用いられてきている。経済実体原則によると

「一般的に法廷は税制上の利益をもたらす取引について,税という観点を排

除したときに経済実体が伴われないと判断される場合には,その課税上の利

益は認められない」27,仮装取引原則は「目的とする課税上の利益を伴う経

済活動が実際には行われていない取引」28,ステップ取引原則においては

26 Michael L. Schler, Ten More Truths about Tax Shelters: The Problem, Possible Solu-

tions, and a Reply to Professor Weisbach,55 Tax Law Review 325,Spring 2002,pp.

353-354.

27 Joint Committee on Taxation, supra note 10,p.12.

28 op. cit, p.8.

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「取引がいくつかのステップに区別されている場合,もしそれらのステップ

が実質的に統合されかつ独立しており,ある目的のために存在する場合に,

独立した一つの取引として扱う」29こととされている。これらの原則は裁判

の過程で醸成されたものであり,重複する面もあるとともに30,その適用範

囲は,状況が個々のケースにより大きく異なるため,不明瞭な面もある31。

訴訟による対応の限界

各訴訟において IRSは経済実体原則,仮装取引原則等を主張している。

裁判所は一般的に例え取引が実際に行われていたとしても租税目的以外の目

的がなく,実質が伴わない場合は取引の存在を否定している。しかしながら,

判決においてはこれらの原則が認められたケースと認められなかったケース

とに分かれている32。つまり,それらの原則が当てはまるか否かは,個々の

ケースの事実認定によるものであり,租税回避行為を広く防ぐ目的としてこ

れらの原則が万能であるとは言えない。

(5) 罰則の強化

租税回避行為のインセンティブを少なくする目的で,罰則を強化すること

は一般に有効な方策と言える。米国はタックスシェルターに対する罰則を強

化してきている33。「罰則が軽い場合,‘audit lottery’を行う価値がある」34

29 Penrod v. Commissioner,88 T.C.1415,1428(1987),sited in 2002 JCT Report, p.27.

30 Victor Thuronyi, Rules in OECD Countries to Prevent Avoidance of Corporate Income

Tax, Working Paper, Washington DC: IMF,2003,p.4.31 実質主義と法の濫用の法理について,包括的否認規定を含め考察したものとして,松

田直樹「実質主義と方の濫用の法理―租税回避行為の否認手段としての潜在的有用性と

限界―」税大論叢55,2007年7月,1-154頁参照。

32 いくつかの重要判決を解説したものとして,Joint Committee on Taxation, supra note

7,pp.7-28を参照。

33 例としては,IRC6662条: 正確性に関連した罰則; IRC6700条: 濫用的タックスシェルターのプロモーティング; IRC6707条: タックスシェルターの登録義務違反がある。

34 Victor Thuronyi, Rules in OECD Countries to Prevent Avoidance of Corporate Income

Tax, Working Paper, Washington DC: IMF,2003,p.13.

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とも指摘されており,罰則によりタックスシェルターへのリスクとコストを

引き上げることにより,租税回避のインセンティブは阻害される効果はあろ

う。しかし租税回避に対する罰則のみ単純に引き上げることはできず,他の

罰則との間で,罰則の程度は一貫性を有していなくてはならない。また,タ

ックスシェルターに罰則を課すためには,タックスシェルター取引を明確に

定義する必要があるが,その定義は狭義のものとならざるを得ない面がある。

4 今後の対応の方向性

(1) 各国における対応

国際的租税回避行為に対して,二国間あるいは多国間におけるアプローチ

による対応は多くの時間を要することを踏まえると,まず,各国において防

止規定を整備することが重要である。一国で行われるアプローチは,対象と

する取引にのみ有効であるため限界があり,対応策の多くは,租税回避取引

の後追いとなってしまうことが多く,完全に租税回避行為を排除することは

難しいとはいえ,まず各国それぞれのアプローチで租税回避のリスクとコス

トを増加させるような取り組みがなされるべきである。いくつかの租税回避

防止規制を組み合わせることにより,租税回避のコストとリスクを増大させ

るという点では抑止効果はあるであろう。また,各国でのアプローチに加え,

二国間あるいは多国間での取り組みと組み合わせることにより,クロスボー

ダーの租税回避を防ぐための効果はより大きくなるであろう。

(a) 租税回避防止規定

第一のアプローチとして挙げられるのは,新しいタイプの租税回避に対

し,個々に新たな規定を制定してそれを否認していくものである。多くの

国で,特定の取引を対象とした個別否認規定が制定されている。個別の否

認規定が多く制定される理由としては,包括的否認規定では,課税上の取

り扱いの予測可能性について不明確な点が残らざるを得ない点が挙げられ

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る。個別否認規定によって認められる取引と認められない取引とに明確な

境界線を引くことにより納税者の予測可能性を高めることができる。

一方,これらの個別否認規定による対応は,規定の抜け穴が発見されれ

ば別のスキームが開発されるという循環に陥りやすいという問題もある。

新たに開発される租税回避スキームとのいたちごっこになりがちであるも

のの,特定の租税回避行為に対しては,このアプローチは安定かつ信頼で

きる対抗策であると考えられる。

(b) 包括的否認規定(General anti-avoidance rules: GAAR)

いくつかの国において,包括的否認規定を制定している。これは,クロ

スボーダー取引を利用した租税回避取引にも適用される。しかし米国財務

省は経済実体原則を立法化することについては否定的な立場をとってきて

いる。米国財務省は,個々の技術的な規定に代えて課税上の恩恵を制限す

るような包括規定を検討したこともある35。しかし,体系化された広範な

租税回避防止原則を作ってしまうと租税回避取引のみでなく一般の取引ま

で排除されてしまう可能性が懸念され,租税回避防止原則が体系化された

としてもその有効性がどの程度かということは必ずしも明確ではなく,包

括的な原則は判例法の中にすでに存在していることも立法化が見送られた

理由とされている。

しかしながら,包括的否認規定が有効なこともあろう。Graeme S.

Cooper教授は次のように述べている。「包括的否認規定が有効か否かは,

それに何を期待するかに大きく左右される。例えば不正を発見するような

仕組みとして,あるいは,タックスシェルターのマーケットを操作する手段

として考えると,包括的否認規定の効果は限定される。しかし,人為的に

創設するスキームに対応する方法としては,効果的な対策となり得る。」36

35 Michael J. Graetz and Deborah H. Schenk, Federal Income Taxation, Principles and

Politics,4th ed.,2003 supplement, Foundations Press, p.829.

36 Graeme S. Cooper, International Experience with General Anti-Avoidance Rules, SMU

Law Review, Vol.54,2001,p.85.

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包括的否認規定については様々な議論があるが,租税回避のリスクを高め,

抑止的効果をもたらすであろう。ただし,前述のとおり,経済実体につい

ては取引の実体があるかないかの白黒で判断できない場合があり,むしろ

経済実体がどの程度存在するかといった程度の問題であることを認識して

おく必要がある。経済実体の有無の線引きは大変困難であり,個々の事例

で判断することとなるであろうから,判例法の原則を体系化していったと

しても完全な解決策とはならない。しかし一方で,包括的否認規定は租税

回避に対して圧力を高めるという点では依然として有効な面もあると考え

られ,租税法律主義を踏まえつつ,対象を絞ったところでの包括的否認規

定について考慮していくべきであろう。

(c) Subject-to-taxアプローチ

クロスボーダー取引について,自国での課税上の取り扱いを他国での課

税状況を踏まえた上で決定するというアプローチが考えられる。パスス

ルーされる事業体を利用した租税条約の不正利用に関する OECD租税委

員会の報告書37においては,租税条約による恩恵を受けられるための判断

基準の一つとして Subject-to-tax Approachが紹介されている。このアプ

ローチは,居住地国の居住者が課税対象となる所得についてのみ源泉地国

で租税条約の減免規定が認められるというものであり,相手国で課税され

ない所得については条約上の恩恵は与えられないというものである。

この考え方は OECDモデル条約コメンタリー第1条にも織り込まれてお

り一般に支持されている38。日本においても,相手国で所得が課税されて

いない場合には,条約の特典利用を制限することも許容されるのではない

かと考えられるとの指摘もあり39,Subject-to-tax Approachによる制限

も有益であると考えられる。

37 OECD, International Tax Avoidance and Evasion- Four Related Studies,1987.

38 パラグラフ7,20,21。

39 本田. 前掲注9,110頁。

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さらに,租税条約が締結されていない国については,米国の二重連結損

失の制限規定(IRC1503条(d))のように,相手国で相応の課税がなされ

ていない場合には,国内で課税できる(損失計上を認めない)ようなアプ

ローチも考えられる40。

事業体についての課税について,水野忠恒教授は「基本的には,アメリ

カ合衆国の連邦所得税法におけるように,事業体がどの組織に該当するか

という基準については,わが国の国内法によるべきであるが,その基準に

あてはまるかどうかという性質決定は,現地の準拠法に基づき,いわゆる

dual processによるべきではないかと思われる。」と述べており41,相手国

における課税上の取り扱いも勘案して,わが国の課税上の取り扱いを判断

するアプローチを拡大していくことも考慮していく余地があると考えられ

る。

(d) 情報申告

情報申告および投資家リスト保管要件に関しては,前述の通りその効果

は必ずしも完全なものではない。しかし,これらは租税回避行為のコスト

とリスクを高め,インセンティブを弱める効果があろう。

さらに情報申告要件により,税務当局は有益な情報を得ることができる。

タックスシェルター対策上最も困難なことは,実際のタックスシェルター

の仕組みを把握することである。タックスシェルターは表面に出てこない

ものが多く,まずタックスシェルターの仕組みを十分に理解することが,

その対策の第一歩である。したがって,情報申告についてより効果のある

方法を模索していくことは大きな意味があろう42。

40 その際,海外での損失計上を確認することの困難性という執行上の課題があり,事業

体に関する情報申告制度の検討が必要となろう。例えば,日本法人が出資する外国事業

体(日本では構成員課税)の損失を外国のグループでの連結申告において控除する場合,

外国の連結申告の内容を確認する必要がある。

41 『租税法(第2版)』有斐閣2005年4月324頁。

42 米国財務省は,2003年2月にレギュレーション改正により情報開示とリスト保存義務に

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租税回避行為に係る情報申告に関して,他の有効な方策として,「Qua-

lified Intermediary Regime」43が挙げられる。IRSはサモンズによりクレ

ジット会社より主に個人納税者に関する情報を得ており,さらに海外の金

融機関から有効な情報を得る方策を模索している。IRSは,1997年より海

外の金融仲介機関に対し情報を報告するよう要請している。この Quali-

fied Intermediary Regimeは個人納税者だけでなく法人納税者も対象であ

り,ある国が居住者に対する課税を徹底させるために有益なものであろう。

税務当局にとって金融機関など民間企業からの協力を得ようとしていく試

みは,今後ますます重要な課題となると思われる。

(e) プロモーターへの対応及び租税専門家の役割

租税回避スキームについての大きな問題は,スキームを創出するプロ

モーターが,それを多数の者に販売し広めようとすることである。

Graeme S. Cooper教授 はこの問題について,「問題は租税回避そのもの

というよりも,むしろ租税回避のマーケティングとその隠匿性と言えよ

う。」と述べている44。こうした状況下において,税務当局はタックスシ

ェルターに対して,納税者だけでなくタックスシェルターのプロモーター

と対峙していかなければならない。

米国において,大手の会計事務所等が,行き過ぎたタックスシェルター

を開発し,租税回避商品を顧客に大量に販売するという方法が近年目立つ

ようになってきた中,2005年8月 IRSは,脱税関与等の容疑での大手会

計事務所の告発を,456百万ドルの罰金等の支払いを条件に延期すること

関する規制を強化した。この改正は「取引」の定義を改訂し,損失を伴う取引や簿価と

税額とに大幅な乖離がある場合について除外する例外規定を拡大した。詳細は,Dan l.

Mendelson and Jim Emilian, Tax Shelter Final Regs.,The Tax Adviser, June 2003を参

照。

43 Michael J. Graetz, Foundations of International Taxation, Foundations Press,2003,

pp.395-399.

44 Graeme S. Cooper, International Experience with General Anti-Avoidance Rules,

54 SMU Law Review 83,p.108.

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で大手会計事務所と合意した45。

日本においては,税理士等の租税専門家が,タックスコンプライアンス

の向上に大きな役割を果たしてきたところであるが,税務当局は個々の納

税者への対応だけでなく,適正な申告に向けた租税専門家との協力関係を

一層深めていくべきであろう。

(2) 二国間・多国間でのアプローチ

租税回避は,クロスボーダー取引を活用して行われることも多いが,適切

な解決策が一国では取りえないことがあるため,各国間の協力は極めて重要

となる。各国間の税制に一貫性が欠ける場合,一国でのアプローチは租税回

避スキームーに対して必ずしも抑止効果を期待することができないケースが

生じ得る。複数の国にまたがる取引の場合,各国でそれぞれ適切な防止規定

が存在しているとしても,国際的租税回避の機会を防止できないこともある。

国際的租税回避に対抗する国際的な協力体制を考える時,租税回避のリスク

を認識し,それに対する取り扱いと目的とを明確化することがまず必要とな

る。特に流動性の高い資本取引に関する課税上の取り扱いについて,共通の

認識を確立することはより重要となってくる。国際的租税回避によるリスク

についても,共通認識を確立しなくてはならない。税制の協調を図るうえで

まず重要なのは,「税の抜け穴」を減少させることである。共通の認識をも

って租税条約のネットワークを拡大したり,各国税制の非整合性を減少させ

ていくことが,国際的租税回避への対策として重要である。

45 IRS, KPMG to Pay $456 Million for Criminal Violation, IR-2005-83,Aug.29,2005;

Statement by IRS Commissioner Mark W. Everson, Aug.29,2005. なお,米国におけ

るタックス・シェルター取引での専門家の役割と租税行政当局の役割について,酒井克

彦「タックス・シェルター販売に関与する米国租税専門家の責任(1)」税大ジャーナル1,

2005年4月,140-141頁参照。

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(a) 税制のコーディネーション

(i) 国際的租税回避のリスクに対する認識の共有

各国の協調体制を作り上げる第一歩として,国際的租税回避問題及び

そのリスクについての相互認識を深めることが重要である。ここでいう

認識は抽象的なものではなく,租税回避行為のリスク分析や認識を共有

するための具体的な戦略について議論が行われなくてはならない。リス

ク,範囲および程度についての共通認識の確立は,各国での効果的かつ

整合的な取り組みの前提でもあろう。

多くのタックスシェルターは,流動性の高い金融取引やクロスボー

ダーの取引を利用している。事業体の分類,居住性の定義,所有概念の

定義など,各国税制における概念は重要となる。この概念について整合

性を保つことができるような形で国際的な合意が得られなければ,一国

のみの取り組みではすべての国際的租税回避に対応することは困難であ

る。2004年にオーストラリア,カナダ,英国ならびに米国間で,濫用的

な税取引についての情報の収集および調整を向上させるためのタスクフ

ォースが設立された46。このタスクフォースの主目的は税務当局の専門

知識の共有,特定の濫用的税取引についての情報交換,各国での濫用的

税取引に対する取り締まり活動の実施などをより効果的かつ効率的に行

おうというものである。これは情報共有とともに相互認識を醸成させる

取り組みであり,課税当局の議論の場を有効に活用し,こうした協調を

一層発展させていくべきであろう。

(ii) 用語概念の統一および課税ベースの調整

各国間での税制の不整合性からくるクロスボーダーの租税回避に対す

る直接的かつ効果的な解決策として,税制のハーモナイゼーションが考

えられるとしても,EUの取り組みに見られるようにハーモナイゼーシ

46 IRS, IR-2004-35,March 15,2004.なお,日本も2007年秋からこのタスクフォースに

参加している。

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ョンは非常に困難な作業である47。完全なハーモナイゼーションが困難

としても,特定の分野である程度の協調を行うことにより国際的租税回

避のインセンティブを減ずる効果がある。現在,所得源泉の判定や二重

居住者の振り分け(居住者の定義)等について租税条約に定めが設けら

れ解決が図られているが48,さらにいくつかの基本的な概念について,

相互認識を正しく確立した上で,租税条約のネットワークを拡大してい

くことが重要であろう。例えば,資本所得の取扱い,事業体の分類基準,

資産所有者の判定基準,収益計上のタイミングなど,用語概念の統一及

び課税ベースの調整が考えられる。

共通認識を確立しつつ対応策の協調の第一歩としては,共通認識のも

と租税条約のネットワークを拡大させていくことが有効であろう。協調

は用語や解釈の共通認識をもとに行わなくてはならないが,こうした共

通認識も租税条約等を通じて醸成されていくであろう。

二国間で取り交わされた租税回避防止規定を含む租税条約の例とし

て,2004年7月発効の新日米租税条約が挙げられる。例えばこの租税条

約には,租税回避に利用されていた匿名組合を利用した租税回避行為の

防止規定49が含まれている。

共通認識を醸成する上においては,いくつかの選択肢及び選択の幅を

許容するコーディネーションとすべきである。完全な税のハーモナイ

ゼーションと比較すると,税の主権を侵害する可能性も少なくなる。問

題は各国がどの程度税のコーディネーションを目指すかという点にあ

る。コーディネーションの範囲,程度は国際的租税回避のリスク,範囲

47 EUにおいては直接税のハーモナイゼーションを目指しているが,進展していない。例

えば,2001年に European Commissionは,複数の加盟国が法人税の算定方法を共通化し

ていこうとする Common Base Taxation(CBT)構想を提案したが,進展していない。

48 例えば,日米租税条約4条3項。

49 新日米租税条約では,匿名組合契約に基づき組合員に支払われる利益の分配について

は,両国において法令にしたがって課税が行われることとされている。

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及び量に大きく左右されよう。国際的租税回避に対するインセンティブ

を減ずる目的でも,税制上の規制および概念の一層の統一は重要であ

る50。

また,クロスボーダーの租税回避防止のためには,各国が実施してい

く租税政策は重要である。その対抗策の実施は共同で行う必要があろう。

つまり実施のタイミングがずれれば,それが租税回避の機会につながり

かねない。例えばある二国間で,税率や課税ベースの調整がある程度図

られたとしても,一方の国で税務調査が全く行われない場合,租税回避

の機会は残る。

各国間の金融取引についての課税上の取り扱いの相違を是正していく

ことも必要であろう。資本に対する課税を重くすると資本流出を招くこ

とになる。流動性の高い資本は既に各国の税の主権を脅かしつつあると

いえる。グローバル化の下で他国の動向を考慮することなしに,資本に

対する税率を決定することはできなくなってきている。

(iii) 事業体に関するOECDのアプローチ

2(1)(c)のような租税条約の濫用のケースに対して考えられる一つの

対応策としては,OECDモデル条約第4条にあるように居住者を「課税

されるべき者」とし,ルック・スルー・ルールが適用される者について

は,租税条約の特典を享受できないこととすることである51。OECDモ

デル条約コメンタリーにおいては,租税条約の不正利用に対する濫用防

50 Ruth Mason,“U.S. Tax Treaty Policy and the European Court of Justice”,Tax Law

Review Vol.59,2005,pp.65-131では,多国間条約について“The Ambitious Ap-

proach”と説明しているように,多国間で条約を締結していくのは困難が多いため,ま

ずは概念の統一等の共通認識が必要であろう。例えばEUにおいては,CCTB(Common

Consolidated Tax Base)という課税標準の統一化を検討しているという(村井正「EUの

税制(特別対談)」税研Vol.21- No.1,2005年7月,5頁)。

51 OECDモデル条約第4条(居住者)においては,「一方の締結国の居住者」とは,当該

一方の国において課税を受けるべきものとされる者をいうとされている。

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止策として,以下のようなアプローチが示されている52。

① 受益者概念アプローチ:条約の特典の適用は,実質的に所得が帰

属する者が居住者であるかで判断するアプローチ53

② 透視アプローチ:法人の居住地国の居住者ではない者が直接又は

間接に保有する法人に対して条約の特典を否認するアプローチ54

③ 課税対象アプローチ:源泉地国における条約の特典を,居住地国

において課税対象に含められる所得に対してのみ付与するアプ

ローチ55

④ チャンネル・アプローチ:導管の仕組み自体を参照し,不当な利

用の事例を抽出する規定を挿入することにより対処する直接的な

アプローチ56

OECDパートナーシップレポートの事例13によると,源泉地国で課

税上透明と扱われるパートナーシップによる支払いは,居住地国での所

得種類の判定は,源泉地国での判断に従うこととされている。(関連法

人間,非関連法人間を問わず適用される。)OECDパートナーシップレ

ポートは,例外はあるものの OECD加盟国の共通理解を示したもので

あり,こうした共通認識の下,時間はかかるものの,各国が締結してい

る租税条約のネットワークにおいて事業体やその出資者への課税の一貫

性を高めていくことが,条約の不適切な利用を防ぐとともに,条約特典

の適用の明確化の観点から有益であろう57。

52 OECDモデル条約のアプローチを含め,租税条約の濫用防止規定のあり方について考

察したものとして,中山清「租税条約の特典利用制限(LOB)」ファイナンシャル・レビ

ュー第84巻(2006年7月)134-151頁参照。

53 OECDモデル条約第1条コメンタリー・パラグラフ10,同第10条コメンタリー・パラ

グラフ17及び22,同第11条パラグラフ2,同第12条パラグラフ7。

54 OECDモデル条約第1条コメンタリー・パラグラフ13。

55 同上パラグラフ15。

56 同上パラグラフ17。

57 例えば,日米租税条約において,両国間で課税上の取り扱いが異なる事業体を通じて

獲得される所得に対する条約の適用について明確化が図られており(4条6項),これは

OECDパートナーシップレポートの考え方と整合的なものである。

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(iv) 税率

課税ベースの調整に合わせ,各国間で各種の税の税率を近づけていく

ことはクロスボーダーの租税回避のインセンティブを減らす効果があ

る。もちろん税率が近づいたとしても,その効果は期待できない租税回

避スキームもあり,また,税率は各国にとって重要な財政上の選択であ

ることから,各国の主権に影響する問題でもある。しかし仮に各国の税

率が近づけば,税率の高い国から低い国へ利益を移転させるというよう

なタイプの租税回避のインセンティブを減少させる効果があるであろ

う。

(b) 国際的情報交換

国際的租税回避への対応として,各国の課税当局間での情報交換は重要

である。しかし,これまで見てきた事例に当てはめて考えてみると,情報

交換の効果には限界もある。例えば,課税当局は情報交換により二重居住

企業の事実を把握したとしても,両国の税務当局がその損失の二重控除を

否認できるかは各々の税法による。しかしながら,例えば情報交換により

クロスボーダーの租税回避スキームの全体像が明らかになれば,各種の否

認規定の組み合わせによりその租税回避を防止できる可能性がある。また,

タックスシェルターの仕組みを把握して有効な対抗策及び規定の整備を実

施していく上でも,国際的な会議等を通じた情報交換やベストプラクティ

スの共有は有益である。

税務当局にとって,効果的な情報をいかに入手するかは重要な問題であ

る。この情報交換の国際協調を図るうえで,重要な情報を有する民間セク

ターから情報提供の協力を得られるよう努めていくことも重要である。一

つのアプローチとして,「Qualified Intermediary Regime」を作った上で,

国際社会での情報交換の有効性を高めるということが考えられよう。民間

セクターから協力の同意を得るためには,税務当局側は租税回避防止の必

要性を説明し理解を得ていく必要があろう。

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(c) 様々なアプローチの組み合わせ

一国による取り組みと多国間による取り組みとをそれぞれ同時並行して

進めていくことも重要である。各国それぞれにおける有効な取り組みを共

有し,不足する部分は二国間又は多国間での協調アプローチを採っていく

べきである。Victor Thuronyi氏は,「企業タックスシェルターおよび租税

回避テクニックへの有効な対応策を考えた場合,単純な解答はなく,様々

なアプローチをうまく組み合わせる必要がある。」と述べている58。租税

回避の問題は一つの対応策で解決するわけではなく,その防止には,手続

き規定,罰則規定,国際間の協調等をはじめとして,様々なアプローチを

組み合わせることにより,タックスシェルターに要するコスト及び課税リ

スクを高め,そのインセンティブを低下させていくことが必要である。

5 おわりに

企業にとって税引後利益を最大化しようとする行動は自然なものである

が,税法の趣旨・目的からかけ離れた租税回避行為は許されるものではない。

このような租税回避行為は,経済の効率性のみでなく,課税の公正性や他の

納税者のコンプライアンアスを大きく損なうものである。グローバル化によ

り国際的租税回避の機会はますます拡大しているといえる。各国ごとに租税

回避へ対応していくことは必要不可欠なものであるが,各国間の税制に相違

が見られる限り,完全に国際的租税回避を防止することは困難と思われる。

対応策として,税制のハーモナイゼーションが実現できれば効果は高いであ

ろうが,税制は各国の主権に基づくものであり,容易に達成できるものでは

ない。したがって,課税上の空白を排除していくための各国それぞれの取り

組みを積み上げていくことがまず必要となろう。その上で,国際的調和・協

58 Victor Thuronyi, Rules in OECD Countries to Prevent Avoidance of Corporate Income

Tax, Working Paper, Washington DC: IMF,2003年,p.18.

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調を拡大していくべきである。各国間における相互認識確立のため,特に事

業体課税の取り扱いや所有概念など基本概念の意義などについて,議論を深

めていく必要があろう。例えば多様な事業体の取り扱いについては,租税条

約において明確化が図られてきているように,租税条約ネットワークや国際

的な議論を通じて共通認識を高めるとともに,各国それぞれにおける制度整

備を図っていくことがより一層重要となる。

国際社会全体として協調し様々なアプローチを織り交ぜた複合的な対応を

行っていくことは,各国間の税制の相違を利用した国際的租税回避のコスト

及び課税リスクを高めていくことにつながる。経済のグローバル化や各種の

事業体の利用が拡大している今日において,経済活動を阻害せず,かつ,課

税の公平性・予測可能性を確保していくために,具体的事例を積み重ねた上

で制度のあり方の検討を深めていくことが必要である。

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