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  • nishi鉛筆

    nishiノート注釈nishi : Accepted

    nishi鉛筆

    nishi鉛筆

  • 林 孝子と その父 林 弘二

    孝子は昭和16年7月6日生。父は医師。「出世に興味を持つなよ」が 父の口癖

  • 0列 1列 2列 3

    孝子とその家族

    父弘二 母つね子 2列左より孝子 祖父、操枝、 最前列左より宏輔 昭彦

  • 私は半田の田舎っ子。気取るなんて真っ平。

    孝子は、自分のことを田舎っ子と言っていた。気取る事は終始好まなかった。

  • 孝子は友達とだべり合うこと大好き

    孝子は、いつもオープンマインド。恨みを根にもつことはないので、皆に好かれた。

  • 独身時代孝子は幼稚園教諭

    名古屋市立保育短大卒。 中京女子大学付属幼稚園教諭、遊ぶことが大好き。

  • 孝子の趣味は旅行とダベリング

    孝子の趣味は旅行とダベリング。 独身時代から日本各地を訪ね歩いた

  • 2人は平凡なお見合い結婚

    1968年5月25日2人は平凡なお見合い結婚。 尚武29歳、孝子26歳。

  • 神戸西宮での新婚生活の2人

    新婚生活は最初は岐阜で、その後は神戸西宮の東洋紡社宅で楽しかった

  • 新婚時代あちこちへ出かけた

    ぶらり近くに出かけた散歩先で孝子は小さなお店で小物を買うのが好きだった。

  • 休日は2人だけでピクニックを楽しんだ

    ピクニックは孝子のお弁当。楽しかった。「貴方 おにぎりをどうぞ」

  • 長男哲三・次男研三誕生

    長男哲三 昭和47年 8月4日生、 次男研三 昭和49年6月13日生。

  • 孝子は子どもが大好きだった

    孝子は 子どもが大好きだった。いつも2人の子どもを大切にしていた。

  • 京都・奈良に家族4人でよく出かけた

    子ども達に思い出一杯をと、毎週休日家族4人で 京都・奈良へ出かけた

  • 2人の子どもと2人の母の慰安旅行

    僕の母と孝子の母、家族6人で豊田織機内海荘に宿泊 仲良く語り合った。

  • 子ども達は すくすくと成長

    長男も 次男も 同じ県立刈谷北高、次男は突然成績急上昇、県下トップになった。

  • 次男研三東大現役合格

    東京大学入学式。夫婦2人で参加。孝子終始笑顔

  • 孝子は決して教育ママではなかった

    息子達は進学塾に通わせなかったし、受験勉強をせきたてることもなかった。

  • 東大本郷三四郎池にて

    電子工学科大学院。光通信修士論文は東大を代表欧州IT学会でトップに。

  • 家族4人、記念写真を撮る

    60歳定年、2人の息子も社会人として独立、2001年、家族4人で記念写真を撮る。

  • 定年後は2人だけであちこち出かけた

    兎に角、孝子は旅行が好きだった。2人で、定年後も随分あちこちに出かけた。

  • 息子達の成長を孝子は密かに喜んだ

    孝子は、子ども達の成長を 少し距離をおいて いつも 楽しそうに見守っていた。

  • 孝子の実家で老母を家族で囲む

    孝子の実家は我が家の近く。時々一家で、孝子の老母を囲み食事した

  • 最後まで孝子は平常心を失わなかった

    突然 乳がん再発を告知されたが、最後まで孝子は平常心を失わなかった。

    nishiテキストボックス「奥さんは、本当に明るい人でした」と孝子は皆様から評されてきました。そんな孝子の人生そのものを象徴するかの如く、穏やかな、明るい、輝くような、美しい最後でした。

  • 西川 孝子 享年62歳

    臨終ベッドで「貴方、長いこと本当に有難う」と笑いながら安らかに目を閉じた。

  • ● 2004年 1月6日午後4時、「お父さん、抱いて」と申す孝子をしっかり抱きしめてあげると、孝子も私を強く抱きしめてくれ、「お父さん、本当に長いこと、有難う」と耳元で温かくつぶやいてくれた。これが孝子の人生で発した最後の言葉でした。孝子は私と2人の息子にしっかりと手を握られ、安らかに目を閉じました。孝子は最後まで死を怖がるどころか、穏やかな、安らかな眠りにつく堂々としたものでした。死がこれほど、安らかで、厳かなものだと初めて知りました。孝子は何も苦しむこともなく、まさに眠るが如き安らかな、顔には笑みさえ浮かべた穏やかな最後でした。

  • 「ある未知の HP読者 (女医様)から頂いたおメール」。

    とても悲しいけれども、誤解を恐れず申し上げれば、さわやかな幸福感を感じます。充実感も感じます。

    夫婦というものの一つの幸福な形であるように思います。また、不遜を返りみず申し上げれば、女なら誰でも望む大往生ではないでしょうか。愛する人に看取られたい。旅スケッチと読書ノートの中にも、奥様はまだ生きておられると思います。ホームページを読む私どもも、奥様の息づかいを感じることができます。読書に励む「夫」を見守る奥様の眼差しを感じることができます。奥様のお父上の「出世をするな」というお言葉。お子様の有名進学校への入学を反対された奥様。

    スケッチをする「夫」の傍らで、「子育てをしている時が一番楽しかった」と語らう奥様。多くのことが印象に残っております。聡明で、ユーモアがあり、包容力があり、気さくで、明るく、美しい・・・・・・。こういった形容詞を奥様に捧げたいと思います。ホームページの読者は皆、そう思っているのではないでしょうか。