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ISSN 1346-9029 研究レポート No.341 May 2009 サービス・プロセスの評価とブループリンティング手法 の有効性 上席主任研究員 長島 直樹

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.341 May 2009

サービス・プロセスの評価とブループリンティング手法

の有効性

上席主任研究員 長島 直樹

「サービス・プロセスの評価とブループリンティング手法の有効性」

上席主任研究員 長島 直樹

[email protected]

<要旨>

本稿は、サービス提供プロセスを可視化するためのツールとして、サービス・ブループ

リンティング手法について検討するものである。様々なサービスにおいて、業務プロセス

を可視化することによるコスト削減・効率性追求は一般的に行われている半面、顧客が経

験するプロセスを明らかにすることによってサービス価値を向上させる試みはまだ一般的

とは言えない。しかし、サービス価値は利用者によって評価されるものであり、顧客プロ

セスの考察を抜きにして、サービス価値を向上することは難しい。ブループリンティング

は、典型的な顧客経験を軸として時間軸に沿ってサービス構造を理解するものであり、評

価要素などを付加することによってサービス設計・品質管理において有用性の高いツール

となり得る。

<キーワード>

サービス・ブループリンティング、顧客経験、顧客プロセス、サービス価値、

プロセス可視化、評価要素、コミュニケーション

<目次>

1.はじめに --------------------------------------------------------------------------------------------- 1

2.プロセス評価の重要性 --------------------------------------------------------------------------- 2

3.サービス・ブループリンティング手法の考え方 ------------------------------------------ 3

3-1. 基本コンセプト -------------------------------------------------------------------------------- 3

3-2. 変遷と諸類型 ----------------------------------------------------------------------------------- 4

3-3. 適用例 -------------------------------------------------------------------------------------------- 6

4.コールセンターに関する試作例 --------------------------------------------------------------- 8

4-1. 顧客プロセス ----------------------------------------------------------------------------------- 9

4-2. サービス構造の記述 -------------------------------------------------------------------------- 9

4-3. 評価要素に関する考察 ----------------------------------------------------------------------- 14

5.結び --------------------------------------------------------------------------------------------------- 16

1.はじめに

産業間の生産性比較などから、「日本のサービス生産性は低い」と言われるようになって

久しい。マクロ経済的なパフォーマンス向上のためには、製造業以外のいわゆる“広義の

サービス部門”が生産性を高めることが必要であり、また近道であるということはおそら

く正しい。しかし、生産性向上のための方向性に関する議論は未成熟であるように思われ

る。

経済産業省や経済界の議論は、生産性改善の方向性に関する限り、「IT を活用して業務を

効率化する、顧客ニーズを掴む」といった議論が中心になっている。もう一歩進んでも、

せいぜい「IT 活用のための組織のあり方」といったことが考察されるぐらいである。いつ

の間にか、サービスの生産性に関する議論が IT の議論にすり替わり、IT 機器やシステムを

非製造部門に導入するためにサービス生産性を論じるという、「ための議論」に堕している

感も拭えない。

サービスの特質を前提として正面から生産性を議論するのではなく、「始めに IT ありき」

で議論を進めることによって、サービスの本質を見失い、その生産性向上の方図が掴めな

くなっている可能性もある。「IT によって業務プロセスを可視化する」というフレーズが流

行している。これが意味するところが、「サービスによって生じる一定の結果をサービス提

供側の企業が価値であると規定し、その結果を生み出すために業務プロセスを IT によって

効率化すればよい」、という考え方だとすれば、サービス生産性の向上には大きな限界があ

ると言わざるを得ない。無駄を省き、業務効率を高めることは勿論結構なことだが、しか

しこのこととサービス生産性の向上には大きなギャップがある。

サービス生産性を考える上で無視できないサービスの性質として、①サービスは顧客に

利用されてはじめて生産したことになること、②サービスは一連のプロセスによって生み

出されること――の 2 点が挙げられる。①のゆえに、サービス設計・品質管理においては、

モノ以上に顧客視点を重視しなくてはならないことがわかる。また、②の事実によって顧

客が経験する一連のプロセス(以後、顧客プロセスとする)において、顧客がどのような

感情を抱くかに関する視点が欠かせないこともわかる。

IT による業務プロセス可視化の考え方に関する具体的な問題点は、上記の性質と対比し

て考えるなら、業務プロセス偏重、結果偏重の 2 点である。これは、上記①、②とは正反

対の方向性であることがわかる。業務プロセスを注視すること自体はある意味当然だが、

「サービスは顧客に利用されて初めて生産されたことになる」点を考慮すると、業務プロ

セスではなく、顧客プロセスに関する考察が業務プロセスの検討に先行していて然るべき

である。過度の業務プロセス偏重は「顧客軽視」につながりかねない。

もう 1 つの結果偏重は業務プロセス偏重と密接に関連するが、顧客にもたらされる結果

や効果がすべて、といった考え方である。ある「点」としての結果を実現するために、業

務プロセスを効率化すればよい、という発想に近い。特に、IT を使ったサービスは、顧客

1

との対面のインタラクションがないことも多いため、「結果が重視される」との見方もあっ

た。例えば、Brady et al.(2001)は、「IT 等の技術進歩に伴って、インタラクション(プロ

セス)の評価ウェートが下がる」可能性を指摘する。しかし、結果が同じであっても、プ

ロセスによって利用者の総合評価は大きく異なってくる。結果偏重のあまり、「プロセス軽

視」となることは、サービスとして大きな失敗につながる危険性を孕んでいる。

結果として IT を利用するにせよ、IT 関連企業もシステムを発注する顧客企業も顧客プロ

セスに関して本質的に理解する必要がある。システムを利用するのは利用者としての人間

であることを考慮するならば、システム・インテグレーターもコンピュータサイエンスや

システム工学だけでなく、認知心理学を無視するわけにはいかないであろう。

本稿は顧客経験を軸としたサービス・プロセスの可視化が必要であるとの観点から、そ

の有力な手法であるブループリンティングの試作例・適用例とその有効性について論じる

ものである。構成は以下のとおりである。まず、2 章で全体評価におけるプロセスの重要性

を確認した後、3 章でブループリンティング手法の変遷・諸類型と基本的な構成要素につい

て概観する。4 章において、コールセンターに関する試作例を取り上げる。5 章で結論とし

て、ブループリンティング手法の有効性をまとめ、さらなる改善点を検討する。その上で

今後の課題を整理する。

2.プロセス評価の重要性

サービス・プロセスを重視する必要性を実感している実務家は多い。あるコールセンタ

ーの CS 責任者は、「利用者の話を聞いた瞬間、結果で満足させることが不可能なことを悟

ることも多い」と語る。しかし、「せめてプロセスで不満に思われないように、 大限の誠

意を尽くす」と言う。

長島(2009)ではサービス・プロセスが利用者にどのように評価されているかについて、

①コールセンター(パソコン関連の問い合わせ)、②価格比較サイト、③金融機関の ATM、

④家電量販店(パソコン購入、来店ベース)――に関する対利用者調査を実施している。

①~③はエンカウンターに IT が介在する非対面サービス、④は比較のために対象とした従

来型対面サービスである。

この中で、各サービスの顧客プロセスを 4~6 のステップと、サービスのもたらす結果に

分け、ステップごとの評価(満足度)と総合評価(知覚便益)の相関を算出している。こ

の結果、図表 1、2 に示されるようにプロセスにおける各ステップの評価が総合評価と密接

に関連している様子が確認された。

図表 1 の数値は各ステップの満足感と知覚便益全体の相関を示している。各ステップの

内容は図表 2 のとおりである。知覚便益評価はすべて 4 段階の評定尺度、すなわちカテゴ

リー変数であるため、Spearman の順位相関を用いている。

この分析結果によれば、ITの介在する非対面サービスに関しても、結果・効果は知覚便

2

益に対して大きな影響を及ぼす一方、プロセスも結果・効果と同等ぐらいに影響力を持っ

ていることが推測できる。むしろ、対面サービスの家電量販店以上に、プロセス品質の全

体への影響力は大きい1。

図表1 顧客経験の各ステップの満足感が知覚便益全体に及ぼす影響

ステップ1 ステップ2 ステップ3 ステップ4 ステップ5 ステップ6 結果・効果

コールセンター 0.27 0.49 0.69 0.70 0.73 0.65 0.79

価格比較サイト 0.57 0.61 0.46 0.41 0.52 0.68 0.61

ATM 0.65 0.34 0.77 0.40 0.60

家電量販店 -0.27 -0.61 0.17 0.44 0.11 0.30 0.58

(出所)長島(2009)

図表2 設定した顧客経験のステップ

コールセンター 価格比較サイト ATM 家電量販店

1.電話をかけるまで 1.トップページを見る 1.場所に着く・順番待ち 1.入店前(到着まで)

2.メニュー選択、ID入力など 2.検索を始める 2.操作開始(メニュー選択・   音声案内・認証等)

2.店内で売り場に行くまで

3.オペレーターが話を聞く 3.商品を絞り込みつつある 3.操作中   (タッチパネル)

3.売り場の回遊時

4. 初の回答提示 4.商品を絞り込む 4.操作終了・機械を離れる 4.店員の説明・やり取り

5.やりとり・試行錯誤・提案 5.店舗検索・価格比較 5.お勘定・配送サービス

6.電話を切るとき 6.サイトを離れる段階 6.店を離れる

結果 ・切った後・問題解決? ・離れた後・目的達成? ・用は足りたか? ・離れた後・目的達成?

プロセス

(注)対消費者調査に先立って企業ヒアリング調査等に基づいて設定した。

3.サービス・ブループリンティング手法の考え方

3-1. 基本コンセプト

岡田(2005)によると、サービス・ブループリンティング(以下、ブループリンティン

グとする)の基本コンセプトは、サービス提供システムを 2 次元の平面図に描写すること

1 ただし、長島(2009)の調査はサンプル数が少ないため、仮説にとどめざるを得ず、大規模標本に基づ

く検証は今後の検討課題としている。

3

であり、横軸は時間軸、縦軸はサービス提供主体・役割・分業単位等を表現する。そして、

出来上がった平面図をサービス・ブループリント(以下、ブループリントとする)と呼ぶ。

ただ、Kingman-Brundage(1989)は、1 枚でサービス全体を詳細な部分も含めて表現するの

は困難であり、全体像を表現するマクロのブループリントとサービスの一部を詳細に表現

するミクロのブループリントがあり得るとしている。

Bitner et al.(2008)によると、ブループリントの構成要素は以下のようになり、図表 3 の

ような形式を提案する。

1. 顧客が典型的に辿るプロセス(顧客プロセス)

2. 顧客接点を持つサービス・スタッフの役割・活動

3. 顧客接点を持たないサービス・スタッフの役割・活動

4. サービスをサポートするプロセス

5. サービス環境を形成する物的要素

図表3 Bitner によるブループリント形式

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

サービス環境を形成する物的要素

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

顧客プロセス

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

顧客接点を持つサービス・スタッフの役割・活動 (可視ライン)↓

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

顧客接点を持たないサービス・スタッフの役割・活動 (内部相互作用ライン)↓

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

サービスをサポートするプロセス

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

3-2. 変遷と諸類型

初めてブループリンティングのアイデアが登場したのは 1980 年代初めであり、その考え

方は Shostack(1984, 1992)に詳述されている。ただ、このときのブループリントは、ロジ

スティックス、意思決定論、コンピュータ・システム分析の 3 分野の影響を受け、PERT

(Program Evaluation and Review Technique)に類似したフローチャートの形で提案さ

れた。サービスの全貌を表現する方法として画期的ではあったが、その後の検討から、

Shostack のブループリンティングはサービス提供組織の表現が詳し過ぎ、サービス設計・

品質管理の目的では顧客の活動・顧客とのインタラクションの表現が若干不足していると

いう評価が与えられている(Stauss et al.(1997); 岡田 (2005); Bitner et al.(2008))。

Shostack のアイデアを継承して、顧客の活動を拡充したのが Kingman-Brundage (1989)

4

である。Kingman-Brundage は、「ほとんどのサービスはデザインされておらず、経営者

の気まぐれや命令によって作り出されている」との認識から、1980 年代半ば頃まで

Shostack のブループリントを自らのコンサルティング活動に利用していた。しかしその限

界を認識し始め、顧客経験の表現を拡充することによってブループリンティングの手法を

独自に発展させた。「サービスは、プロセスであるだけでなく、構造(Structure)でもある」

との信念に基づき、サービスを大まかに 3 層によって把握した。すなわち、顧客とのやり

取り(Interaction)、Support Function、Management である。ただ、サービス構造の全

貌を把握するための Concept Blueprint(マクロレベルのブループリント)のほか、より詳

細な活動・役割・関係性を示すための Detailed Blueprint(ミクロレベルのブループリント)

が必要としたのは前述のとおりである。

自身のプループリント及びそのコンサルティング活動への適用を通じて、サービスに関

して、「可視ラインで分割してみると、サービスの目に見える部分は氷山の一角ということ

が多い」としている。また、ブループリントの有効性について以下のように整理している。

・ ブループリントは、目に見える行為・出来事に着目する。これによって、多くの部署間

の様々なレベルの従業員の間で共有し、役立てることができる。

・ ブループリントは、サービスの自動化(セルフサービス化)を考えるときにも、利用す

ることが可能である。

・ ブループリントは、個々の仕事がサービスの創造にどのようにつながっているかを示す

ことによって、従業員がいかにサービス全体に貢献しているか、自覚させることにも役

立つ。

・ Managementの層では、レポートとして何が重視されているか(何が除外されているか)、

を知ることができる。これによって、Managementの価値観や優先順位を知ることがで

きる2。

・ ブループリントの利点は、潜在的な要素を表示することにある。ほとんどのサービス・

システムは複雑なオペレーションを伴い、しかも、組織の様々な部門にまたがっている

個々人の専門知識の集合体、という性格を持つ。これらの専門知識を客観的・集合的に

図示することは、サービス・システム設計、マーケティング、品質管理、人的管理・技

術管理といったカギとなる経営管理行動を合理的に行ううえでの第一歩となる。

Kingman-Brundage のブループリントは、Shostack のそれを、自らのコンサルティング

経験を通じて改善したものと見なすことができるが、「複雑になりすぎた」という欠点も合

わせ持っている。「プロセスと構造の同時的表現」を希求し続けた結果(岡田(2005))とい

う解釈もできる。

1990 年代になると、ブループリンティングの目的は、サービス設計と品質管理を主とす

2 Kingman-Brundage(1989)の概念図には、在庫管理レポート、品質管理レポート、収支報告、CS レポー

トが描かれている。

5

るようになり、Kingman-Brundage の「サービス構造を表現する」という意図は後退して

いる。これは、あくまでもサービスを設計し、その改善に役立てるという実務上の要請に

よるものであり、サービスの表現もそのための下位目的に位置づけるという意味である。

これによって、図表 3 に見るような、Bitner et al.(2008)が提唱するような、一見単純な

構成によるブループリントが出来上がった。ただ、図表 3 は様々な形態をとり得るブルー

プリントの共通要素を抽出したものであり、サービスの種類によってヴァリエーションは

多い。制約・決まりを 小限に抑えることで、むしろ手法としての柔軟性、適用可能性を

増していると言える。適用例によっては、失敗しやすいポイント、かかる時間などを記述

したり、ケースによる分岐を表現したりすることも行われている。

3-3. 適用例

手法として変貌・発展を遂げると同時に、実務への適用例、成功例が米国企業を中心に、

多数報告されるようになってきた。Bitner et al.(2008)は、成功例として Yellow

Transportation、ARAMARK、San Francisco Giants、IBM などの例を挙げる。顧客サー

ビス改善に役立った例(Yellow Transportation、ARAMARK)、内部プロセスの改善点な

どが浮き彫りになった例(IBM、San Francisco Giants)に分けて検討を加えている。

ここでは、Bitner et al.(2008)に基づいてYellow Transportationの例と、IBMの”Tangible

Culture”の例について概略を述べる。ただし、後者のコンセプトや開発プロセスについては、

Reger (2006)に依拠している。

3-3-1. Yellow Transportation

Yellow Transportation は YRC の 大の子会社で、宅配等を扱う運輸関連サービスを提

供している。2007 年時点において、Fortune Magazine でトラック・ロジスティクス関連

業界で 5 年連続 Most Admired Company となっている。しかし、1997 年時点では同業界

で 低評価であった。このため、1990 年代終わりから全社を挙げてサービス改善に取り組

んだ。この中で大きな役割を果たしたのが、経営者の指揮下で行われたブループリンティ

ングであった。この活動は、アリゾナ州立大学の Center for Services Leadership と共同で

実施された。業務時間の制約や地理的に全米に拡散しているといった制約があったが、で

きる作業はオンラインで情報共有しながら、部門別に進め、節目において一堂に会したフ

ェース・ツー・フェースのセッションを設けるという方法で作業を進めた。この意味で、ブ

ループリント作成作業は、地理的には離れ離れのセクションが共同作業を行うことも工夫

次第で可能であることが明らかになった。

この結果、具体的に 2 つの方向性で成果を挙げることにつながった。1 つは、Exact

Express と呼ばれる新サービス開発である。これは、時間保証配送サービスで、2007 年時

点では 大の収益源となっている。もう 1 つは、既存サービスの改善で、配送ミスの大幅

な削減と顧客満足度の大幅な向上を達成した。1997 年時点では、集荷の遅れ、配送ミス、

6

課金ミスが取り扱い荷物全体の約半数に達していた。サービス改善を目的とするブループ

リンティングにおいては、ブループリント上にミスの起こりやすい箇所・原因・防止策を

記載するとともに、ミスを犯したときのリカバリー経路も設計する必要がある。

富士通は、SI などの失敗事例を「失敗の研究」として活用することを考えているが、失

敗事例において、「作り込んだ理由」、「防げなかった理由」――の両面から考える、という

方法を採っており、上記ブループリンティングと類似性を認めることができる。

3-3-2. IBM “Tangible Culture”

IBM は研究開発の成果をブループリンティングによって辿り、イノベーションの効率化

を図るために役立てている。一例として、“Tangible Culture”と呼ばれる手法を開発した経

緯をブループリンティングによって検討しているので、この例について記す。

IBM は 2002 年に Pricewaterhouse Coopers Consultants(PwCC)を買収し、IBM の

コンサルティング部門との統合により、IBM Business Consulting を設立した。しかし、

元来持っていた企業カルチャーの相違から、組織統合、チェンジマネジメントに腐心し、

多くの失敗も経験した。例えば、IBM はトップダウン型の意思決定を中心とした組織であ

る一方、PwCC は個々のコンサルタントの裁量に依存する割合が高い。このため、IBM 型

組織への統合に際しての軋轢は大きく、組織効率の上でもコンサルタントのプロフェッシ

ョナルとしてのプライドやモチベーションに関しても大きな問題を引き起こしたとされる。

その際の経験に基づいて、IBM Service Research、IBM Business Consulting の共同作

業によって 4 年がかりで開発したのが“Tangible Culture”という「企業カルチャーの可視化

手法」である。その内容は、①Interactive Narratives と呼ばれる構造化叙述法、②企業カ

ルチャーを Business Practices と定義し、Interactive Narratives によってこれを明らかに

する方法、③Right vs. Right の状況(正しいもの同士、正しい価値観同士のぶつかり合い)

を考察する方法――がコアになっている(図表 4)。特許も取得し、現在は合併やアライア

ンスの際のチェンジマネジメントのコンサルティングに活用し、IBM Business Consulting

の収益の柱の 1 つに成長している。IBM はこれをサービス・イノベーションと位置づけ、

開発プロセスをブループリンティングによって検証した。

開発プロセスを検証することによって、今後のイノベーションの促進と効率化を図るため

の教訓をリストアップすることが目的であり、IBM Services Research、IBM Business

Consulting Services、IBM Institute for Business Value の共同作業に拠った。“Tangible

Culture”の開発プロセスの検証に 2 つの手法が試行された。まず、Socio-Economic Service

System Approach、次いで Service Blueprinting Approach(ブループリンティング)が試

行された。

前者は、主体の定義、関係性・役割の定義、行動の記述が主体となる方法で、一定の成果

があったものの、ブループリンティングがより優れた手法であることに気づいた。その理

由として、①時間軸と順序が明確になること、②表面上に現れないが、重要な働きをして

7

いるバックステージとサポートプロセスも分析に含めることができた――ことを挙げてい

る。①については、手法開発に 4 年かかったので、時間順は重要であったとする。②に関

しては、Socio-Economic Service System Approach が名目上の役割を描き出したのに対し

て、ブループリントは、研究部門、コンサル部門の協働関係・責任体制の実態を描き出した

点が指摘された。

この作業によって、組織で行うイノベーションに関して得られた知見の一例として以下の

ようなものを挙げている。

・開発プロセス以上に、その成果を利用し、ビジネス価値に結びつけるためのプロセスが

長い。この中には、開発した手法をビジネスの現場に適用し、有効性を確認したり、試

行錯誤しながら微調整を施したりするプロセス等が含まれる。

・上記との関連で、イノベーションの成果に対して注目を集めるようなタイトルをつける

ことも Early adopters の関心を引くために必要になる。特に、現場スタッフ以上に、マ

ネジャークラスの理解と協力を得るためには、適切なネーミングを考案することが不可

欠になる。

・バックステージ、サポートスタッフのこまめな役割が重要。イノベーションの成否は

裏方をいかにスムーズに活用できるかに大きく依存する。

ブループリントは、以上のような教訓を理由とともに描き出したとし、IBM はブループ

リンティングについて、「特定のケースを記述することによって、普遍的な知見を得るため

の標準化ツールとして有効である」と見なしている。

図表4 IBM “Tangible Culture”の中心的な考え方

(1) 手法としての Outcome Narratives(Structured Story-telling の手法)

(2) Culture の定義は多種多様。Business Practice を Culture の代理変数と

考えることによって Culture を可視化し、操作する(=Culture に働きかける)

ことが可能になる。Business Practice は通常明示されないが、Outcome

Narratives によって可視化が可能。これによって、Business Practice(Culture)

をビジネス付加価値につなげる具体的方法を考えることも同時に可能になる。

(3) Right vs. Right の状況を分析的に理解し、そこから新たな方向性

(Business Practice)を確立すること 上記(1)~(3)には、幾通りかのヴァリエーションがあり、組み合わせ、合併、

アライアンス等異文化混成部隊の文化統合、チェンジマネジメントに役立てる。

(出所)Reger(2006)より筆者が要約

8

4.コールセンターに関する試作例

本章は、コールセンターに関するブループリント作成について記述する。作成プロセス

は、コールセンターのアウトソーサーを中心とする実務家に対するヒアリング調査3、及び

評価グリッド法に基づく利用者調査4に拠った。

4-1. 顧客プロセス

コールセンターの利用者がたどる典型的なプロセスについては、ヒアリングに基づき、以

下の 6 ステップを設定した。アンケート調査でも確認したが概ね利用者の認識とも一致し

ていた5。

① 利用者が受話器をとるまで

② オペレーターにつながるまで

③ オペレーターが問題を理解するまで

④ 初の回答提示まで

⑤ その後のやり取り

⑥ 電話を切る間際

上記の 6 ステップを顧客プロセスとしてブループリント上に記す。プロセスとは別に、

サービスによってもたらされる結果、すなわち問題解決したか否かも別途、右端に表示す

る。つまり、Gronroos(1984)がサービス品質をプロセスと結果に分けて考えたことに従っ

ている。ただ、Gronroos はプロセスをそれ以上分割することはなかったが、ここではプロ

セスを理解するために、6 ステップに分かれている。

この顧客プロセスを軸として、顧客接点を持つオペレーターの行動(利用者とのインタ

ラクション)、オペレーターをサポートするスーパーバイザーやセカンドラインの従業員の

活動、さらに各種データベースとの関連、経営意思決定との関連が図示されることになる。

4-2. サービス構造の記述

ヒアリング調査、アンケート調査から、ブループリント作成上カギとなった事項を以下、

ステップごとに記載する。

3 KDDI エボルバ、NTT ソルコ、もしもしホットライン、富士通エフサス、ダイヤル・サービス、富士通

PFU の担当者、責任者にご協力を頂いた。 4 詳細は長島(2009)を参照。 5 顧客経験プロセスとして設定したステップの妥当性を尋ね、欠落していると感じられるステップがあれ

ば記入を依頼している。この結果、9 割超の回答者がこのステップで顧客経験を表現して構わないとする

結果が得られた。ただし、「電話を切った後のフォローアップ」のステップを追加すべきとの指摘が複数あ

り、今後の検討課題である。

9

<ステップ1> 利用者が受話器をとるまで

・ 自己解決が 善、コールセンターでの解決は次善の策とも言える。このため、明快なマ

ニュアルやピンポイントの(痒いところに手の届く)FAQ は非常に重要。

・ ただ、コールセンターに電話して、本当に満足してもらうと、ファンになってもらえる

という面もある。

・ マニュアルに書いてあることはわかっていても、スピードが欲しくて電話してくる。

・ 利用者がマニュアルや FAQ を散々当たった後、混乱して電話してくると、 初から苛

立っている可能性が高い。したがって、やはり明快なアニュアルや FAQ、そして電話

番号がすぐにわかることは非常に重要である。

<ステップ 2> オペレーターにつながるまで

・ 「なかなか電話がつながらない」ことが利用者の 大のストレス。いつまで待たされる

かわからないのは 悪で、同じ時間待たされても待ち時間がわかるか、コールバックし

てもらえる方がずっと喜ばれる。

・ メニュー選択の階層が深すぎたり、IVR の案内が延々と続き、 後に「それ以外は 9 を

押してください。オペレーターにおつなぎします」となったりすると、単なる問い合わ

せもクレームに化ける。

<ステップ 3> オペレーターが問題を理解するまで

・ 知識に基づいて回答できる能力と問題のポイントを理解する能力はレベルが異なる。

First Line のオペレーターは、 低限後者の能力が必要。さらに「どこを見れば書いて

あるか、誰に尋ねればすぐ解決するか」があれば合格。

<ステップ 4> 初の回答提示まで

・ FLCR(First Line Clearance Rate)を重視する傾向がある(ワンストップを前面に出

す、あるいは“たらい回し”を極力回避する意図から)。

・ しかし、1 回の転送はそれほど利用者にストレスを与えない。そうであれば、FLCR を

重視するよりも、「問題の理解、どこを見ればわかる、どこへ聞けばわかる」に関する

知識習得に専念してもらう方が効率的。

・ オペレーターの時給は 1,000 円程度で、電話帳 2 冊分もの知識を覚えさせられるのはた

まったものではない。多くを求めれば、すぐに離職につながり(もともと流動性が高い)、

結局、求人コスト・教育コストが無駄になる。

10

11

<ステップ 5> その後のやり取り

・ この時点以降の対応次第でファンになってくれるかどうかが決まる。

<ステップ 6> 電話を切る間際

・ 後の名乗りができないオペレーターは多い。

・ 効率重視で、 後の挨拶もお座なりで、明らかに急いでいることがわかると、不満につ

ながる。

・ 後の時点の、プラスアルファの提案、切る前の「ほかに何か問題はございませんか」

などは、オペレーターの中でもできている人は少ない。しかし、これができればファン

になってもらえる。

・ 「用は足りたが(結果的に問題解決はしたけれども)、挨拶もそこそこに切られて非常

に不満」という例もある。

<ステップ 7> 結果・効果:所期目的の達成

・ 結果が全体満足に与える影響は確かに大きい。しかし、プロセスもそれに劣らず重要で

ある。

・ 電話で、顧客の問題を聞いた瞬間、「結果で満足させることはできない」ことを悟るこ

とも多い。しかし、そのときはプロセスで不満に思われないことに細心の注意を払う。

なぜ、希望に添えないのか丁寧に誠意を持って説明することが必要。

以上から、顧客接点を持つオペレーター、サポートの要としてのスーパーバイザー(以

後、SV とする)、データベース、経営意思決定を図示したものが図表 5 になる。図表 5 の

中で、オペレーターと SV の活動がカギとなっており、状況によって分岐が必要なため、両

者の活動について分岐を含めて示したものが図表 6 である。

この図を見ることによって、様々なことを考えることができる。例えば、オペレーター

のケースで、自分では答えられず、適切な転送先もわからない場合に、チャートによれば

「SV に相談する」という選択が採られることになっている。しかし、実際に SV によって

は、常に「自分は忙しいんだ」、「いちいち聞くな」といった態度の SV もいる。このような

場合には、オペレーターは、転送先がわからないことを隠し、適当なセカンドラインに転

送してしまうことが多い。結果として再度の転送が必要となり(たらい回しが生じ)、利用

者の不満が一気に高まることになりかねない。結局、オペレーターの行動を決めているの

は、知識の有無以上に SV の態度である、といった事情がわかってくる。

図表5 顧客プロセスに即したサービス構造の表現

1 2 3 4 5 6

<受話器をとるまで><オペレーターに  つながるまで>

<オペレーターが問題を  理解するまで>

< 初の回答提示まで> <その後のやり取り> <電話を切る間際> <問題解決?>

利用者・顧客 ・問題発生 ・マニュアル・FAQ検索

 ・TEL連絡先の特定

 <TEL接続後> ・ID入力など ・メニュー選択

 ・オペレーターに問題を  説明する

 ・確認の問いに答える ・待つ(オペレーター対応、  転送など)

 ・確認 ・疑問の提示 ・機器の操作・試行錯誤

 ・挨拶  ・問題は解決したか?

  ・解決に近づいたか?

オペレーター(First Line)

・話を聞いて内容を理解 する・自分で答えられるか判断

・解決策を伝える・SVに替わってもらう

・SVの指示を受ける

・SVの指示通り転送する

・追加的な疑問や質問に 答える・自分で答えられるか判断・答えられなければ、SVの

指示を受ける・転送するなど

・挨拶・お礼・ 後の一言

・後処理(顧客DB更新)

(画面を参照しながら対応)

サポート(SV・

Second Line)

<SV> ・オペレーターへの指示 ・直接、解決策を伝える<Secondo Line> ・解決策を伝える ・さらに必要なら転送、  あるいは折り返す旨伝える

システム(DB)

・オペレーター管理DB -→・顧客管理DB  ---------→・事例等DB  ------------→

設計・管理(経営・事業部

による意思決定)

・HP整備(連絡先掲載)

・マニュアル・FAQ充実

によって利用者の自己

解決を促進する・問い合わせ状況に 応じて、FAQを更新

・メニュー、IVR設計・コールセンター人員 配置の 適化 (応答率・放棄率目標

  の設定)

顧客プロセス

プ ロ セ ス結果・効果

                    ・ オペレーターの採用、教育・研修                    ・ FLCRその他、KPI設定

                    ・ SVを中心としたチーム編成

                    ・ Second Lineの構成(例:IBMのUnified Com.)                    ・ 修理等との連携                    ・ CRM・マーケティングへのデータ活用

・全体監視画面(滞留・経過時間等)・顧客履歴画面(顧客情報)

・情報検索画面(FAQ、トークスクリプト、マニュアル等)

図表6 オペレーターと SV の活動

<オペレーター>

自分で質問に答えられる?

Yes No

Yes 事例等の

ポップアップ画面から

わかるか?

No

顧客は納得?

No

Yes 適切な転送先がわかるか?

Yes No

顧客履歴画面 情報検索画面

(顧客情報) (FAQ・トークスクリプト等)

FAQ・事例 DB

顧客管理 DB (マニュアル)

答える

挨拶をして

電話を切る

Second Line転送する

SV に照会して 指示を待つ

後処理

顧客の問題を把握

13

<SV:スーパーバイザー>

オペレーター 全体監視画面

管理 DB (滞留・経過時間等)

オペレーターからの照会

オペレーター

に替わって自分で答える?

Yes No

オペレーターに回答

や参照箇所を教える?

顧客は納得? Yes No

Yes

No

Second Line へ転送する

オペレーター

に戻す

ケース・バイ・

ケースで対応 オペレーターに 後処理を指示

挨拶をして

電話を切る

答える

14

4-3. 評価要素に関する考察

以上のブループリントを検討するだけでも、サービス構造に関してある程度の知見が得

られる。Kingman-Brundage の指摘するように、「サービスはほとんどの場合、設計されて

いない」というのはやや大袈裟であるとしても、サービスの全貌を理解している従業員は

あまりいないことがヒアリングによって明らかになった。また、部分的な改変を重ねて設

計当初から異なった構造、プロセスになっている場合も多い。プロセスがルール化されて

おらず、運用担当者の裁量で決まることもある。こうした事実を発見するのに、以上のよ

うなブループリントが役立つことを確認することができた。

ただ、「利用者はどの時点で何を評価しているのか」ということに関して、きちんとした

情報を盛り込むことがブループリントの有用性を高める上で必要ではないだろうか。端的

に言えば、利用者が重視していない項目に関しては、なるべく省力化する、あるいはコス

ト優先で設計することで構わないはずだ。そして、利用者によるステップごとの評価要素

は、利用者調査によってしか得られない。

前述のとおり、長島(2009)ではコールセンター他、4 種類のサービスに関して評価要

素の抽出を行っている。この結果、コールセンターに関しては図表 7 のような評価要素が

得られている。

図表7 顧客プロセスの各ステップにおける具体的評価要素:コールセンターのケース

 具体的評価要素  一般的評価要素

1  ・電話番号がすぐに見つかったか

2 ・電話がすぐにかかったか ・メニュー選択やID入力は煩瑣でなかったか

3 ・オペレーターがこちらの問題を  すぐに理解してくれたか

4 ・オペレーターの知識が十分であり、  的確な回答をくれたか

 確実性

5  ・オペレーターの応対が親切だったか

6  ・切るときに丁寧な挨拶があったか

プロセス

 スピード

 共感性

利用者が何を評価しているのかという具体的な評価要素をステップごとに特定すること

によって、サービス品質管理上、有益な示唆が得られる。従来の、ITIL(Information

Technology Infrastructure Library)や(社)電子情報技術産業協会(JEITA)などがサポー

トデスク、コンタクトセンターに関して設定している評価項目は、「応答率」、「平均対応時

間」、「待機時間」などの効率性指標が中心であり、利用者側からの評価は「顧客満足は達

成できたか」といった項目によって一括して扱われる傾向にあった。これは上記のとおり、

15

顧客プロセスのステップを考慮することによって内容を具体化することができる。また、

JEITA のチェック項目には、「正解回答率」といったなかなか検証できない項目が設定され

ているといった問題も指摘できる。真の評価項目を設定するためには、利用者調査が不可

欠である。

さらに、各ステップの評価項目だけではなく、各ステップの評価が全体評価に対してど

の程度影響を与えるのか、といった「ステップの評価ウェート」がわかれば、品質管理上、

改善点の優先順位がわかる。

図表 7 中の一般的評価要素は、具体的評価要素をラダーアップ(利用者による意味化)

して得られた「要素の本来的意味」である。こうした一般的表現に依拠すれば、サービス

間の比較が容易になる。コールセンターに関しては、ステップ 1~3 ではスピードが重要、

ステップ 4 では確実性が重要、ステップ 5~6 では共感性が重要であることがわかった。

利用者の意識・評価要素やステップごとのウェートを知ることで、サービス設計・品質

管理に有用なブループリントが完成する。逆に、利用者の意識・評価要素を知るために、

ブループリントの顧客プロセスを使うことが有効である。図表 8 はブループリントで顧客

プロセスの上部に評価要素、評価ウェートを付加した例である。

図表 8 評価要素と評価ウェート

評価ウェート(例) 22%

確実性

評価要素 ・番号がすぐ見つかるか・電話がかかるか・メニュー選択やID 入力が煩わしくないか

・オペレーターにすぐ話が 通じるか(問題理解力)

・的確な回答が得られるか・たらい回しにならないか

・対応が親切か・プラスアルファの情報が 得られるか

・丁寧な挨拶や プラスアルファの 一言があるか

1 2 3 4 5 6

<受話器をとるまで><オペレーターに  つながるまで>

<オペレーターが問題を  理解するまで>

< 初の回答提示まで> <その後のやり取り> <電話を切る間際>

33% 21%

スピード(反応性) 共感性

顧客プロセス

プ ロ セ ス

(注)評価ウェートは各プロセスの評価と総合満足度の相関から、全体で(結果のウェートを含めて)

100%となるように配分している。

5.結び

ブループリンティングの有用性に関しては、以下のように整理することができる。

① まず、サービスがもともと設計されていなかったり、設計されていても変更を重ねて複

雑化していたりするために、サービスの全貌を知っているスタッフが非常に少ない。こ

のことから、ブループリントによってスタッフ全員がサービス・プロセスと構造を理解

することができ、自分の役割などを再認識できる。

② ブループリントは、可視化できるところを可視化するツールではあるが、このことによ

って、組織風土やマネジャーの態度など見えない部分の重要性が理由とともにわかって

くる。これは、「コールセンターの SV の態度がオペレーターの活動分岐を規定してい

る」、といった事実把握を可能にしている例からもわかる。

16

③ 利用者調査に基づいて、顧客プロセスの各ステップにおける評価要素と、当該ステップ

の重要性を特定し、これらの情報を付加することによって、品質管理ツールとしてのブ

ループリントの有用性が高まる。「Bitner et al.(2008)は、関連セクションの責任者など

を集めたディスカッションによってブループリンティングを行う」ことを提唱している

が、ディスカッションでは限界があり、顧客調査に基づく定量情報が欠かせない。

今後の課題として、以下の 2 点が挙げられる。

(1) 非対称性・非線形性の検証(当たり前品質と魅力的品質)

コールセンターに関する利用者調査によって評価要素が推移することがわかったが、ヒ

アリング調査からは、満足している利用者と不満をぶつける利用者の理由が非対称であ

ることを複数聞くことができた。すなわち、不満の理由は、「つながらない」、「待たさ

れる」が圧倒的に多く、満足した理由は、「誠意ある丁寧な対応」、「期待以上に親切な

対応」が多い。つまり、不満は主に序盤におけるスピード、満足は主に終盤における共

感性によって得られている。こうした非対称が生じていることの説明として、「当たり

前品質」、「魅力的品質」を考えることができる。すなわち、スピードは遅いと非常に不

満を持たれるが速くてもそれほど満足感が高まるわけではないと言う意味で「当たり前

品質」、共感性は示さなくてもそれほど不満が高まるわけではないが、きちんと示すと

満足感が大きく高まるという意味で「魅力的品質」と言えるかもしれない(図表 9)。

これを検証するには大標本による実証分析が必要になるため、今後の課題としたい。こ

のほか、オペレーターによる転送は 1 回なら容認されるが、2 回以上はたらいまわしと

図表 9 魅力的品質と当たり前品質

総合評価 魅力的品質

当たり前品質

各属性の充足度

(注)筆者によるイメージ図。魅力的品質、当たり前品質の詳細は、狩野他(1984)を参照

17

思われ、利用者の感情を大きく害するといったことも言われる。こうした点も検証する価

値があると思われる。

Mittal et al.(1998)は、同様の問題意識から、病院の利用、自動車購入に関する実証分析

を実施している。その結果、多くの属性において正の領域では非線形性が観察されるもの

の、負の領域では非線形性が観察されない、といった結果を得ている。また、多くの属性

は当り前品質(Utility-Preserving Attributes:効用維持属性)だが、属性の中には少数な

がら魅力的品質(Utility-Enhancing Attributes:効用増進属性)が見られるという知見を

得た。コールセンターなど別のサービスにおいてどのような結果になるかは興味深いとこ

ろである。

(2) コンサルティングなど中長期非定型サービスについての適用可能性の検討

Bitner et al.(2008)はコンサルティング・サービスなど中長期にわたる非常に不確定要素

の大きなサービスについても適用の可能性に言及している。こうしたサービスにおいては、

利用者調査に基づく定量化情報の付加はほとんど困難であると思われる。しかし、ブルー

プリンティングは完成したブループリントの有用性もさることながら、作成過程のコミュ

ニケーションが有効であると見ることもできる。特に、コンサルティングのようなサービ

スは、この点のメリットが大きいのではなかろうか。

コミュニケーションは、① コンサルティング・チーム内、② 対顧客、③ 顧客企業の関

連部署間、④ 将来の別プロジェクト・別チーム――の 4 通りが考えられる。①については、

チーム内の目標・役割の確認とモチベーション管理が目的である。②は顧客との意識のす

り合せで、外部協力者として顧客企業に入ってみると、用語法などに戸惑うことが多い。

ブループリンティングを通じてこれを解消することができる。また、業務プロセスの一部

の受注であっても、全体を知ることで目的を共有化することが可能になる。これができな

いと、完全下請け化につながる恐れがある。作業のみを担当する下請けでは、コンサルタ

ントの動機づけが弱くなるし、組織の蓄積にもなりにくい。③は顧客サイドにステークホ

ルダーが複数いるケースにおいて、特に重要である。顧客サイドのマルチ・ステークホル

ダー問題は、プロジェクトにおいて 大のリスク要因の 1 つであることがコンサルティン

グの現場ではよく指摘されている。この点、ブループリントは、「顧客の顧客」目線でプロ

セスを辿っていることによって、方針・方向性の正当性を説明しやすく、マルチ・ステー

クホルダー間の調整に有効であろう。④は組織としての知識蓄積、その標準化された記録

手段としてブループリントを活用し得るということである。

こうした可能性については、現場のコンサルタントなどに対する一定規模のフィールド

サーベイが必要となるため、今後の課題としたい。

18

19

<参考文献>

Bitner, Mary Jo, Amy L. Ostrom, and Felicia N. Morgan 2008 "Service Blueprinting:

A Practical Technique for Service Innovation" California Management Review,

Vol.50 No.3 Spring, pp66-94

Brady, M and Cronin J., 2001. “Some New Thoughts on Conceptualizing Perceived

Service Quality: A Hierarchical Approach” Journal of Marketing, No.65 pp34-49

Gronroos, Christian 1984, “A Service Quality Model and its Marketing Implications”

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狩野紀昭、瀬楽信彦、高橋文夫、辻新一 1984「魅力的品質と当り前品質」『品質』 Vol.14

No.2, pp39-48

Kingman-Brundage, J. 1989 "The ABC's of Service System Blueprinting" in "Designing

a Winning Service Strategy: 7th Annual Service Marketing Conference Proceedings"

edited by Mary Jo Bitner, Lawrence A.Crosby, American Marketing Association

Lovelock, Chiristopher and Jochen Wirtz 2007 “Services Marketing: People,

Technology, Strategy” PEARSON Education International Prentice Hall

Meyer, Christopher and Andere Schwager 2007 "Understanding Customer

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(日本語訳:クリストファー・メイヤー、アンドレ・シュワッガー(2007) 「顧客経験の

マネジメント」ダイヤモンド・ハーバードビジネス 2007 年 10 月号 pp54-68)

Mittal, V., Ross, W. and Baldasare, P., 1998. “The Asymmetric Impact of Negative and

Positive Attribute-Level Performance on Overall Satisfaction and Repurchase

Intentions” Journal of Marketing, Vol.62, pp33-47

長島直樹 2009「サービス・プロセスにおける評価要素の推移―― 非対面サービスを中心

として ――」未定稿

岡田幸彦 2005「サービス・ブループリンティング研究の史的展開と将来の発展方向」

一橋論叢 134 巻 5 号 pp949-975

Reger, Sara J. Moulton 2006 "Can Two Rights Make a Wrong? Insights from IBM's

Tangible Culture Approach" IBM Press

Shostack, G.L., 1984 "Designing Services That Deliver”, Harvard Business Review,

Vol.62, January-February, pp.133-139

Shostack, G.L., 1992 "Understanding Services through Blueprinting" Advances

in Services Marketing and Management, Vol.1, pp75-90

Stauss B. and Weinlich B. 1997 "Process-Oriented Measurement of Service Quality:

Applying the Sequential Incident Technique" European Journal of Marketing,

Vol.31 No.1, pp33-55

研究レポート一覧

No.341 サービス・プロセスの評価とブループリンティング手法の有効性

長島 直樹 (2009年5月)

No.340 臨床研究における利益相反マネジメントに関する規程の現状と課題

西尾 好司 (2009年4月)

No.339 産学連携拠点としての米国の大学研究センターに関する研究

西尾 好司 (2009年4月)

No.338 インフォミディアリの再定義と消費行動・企業経営へのインパクト

新藤 精士浜屋 敏

(2009年4月)

No.337 大企業のクラウドコンピューティングへの取り組みに向けた考察

湯川 抗前川 徹

(2009年4月)

No.336 オバマ新大統領の医療改革 松山 幸弘 (2009年3月)

No.335 労働拘束時間が運動習慣に与える影響について -「健康会計」に向けた企業と社会にとっての新たな 視点

河野 敏鑑 (2009年1月)

No.334 金融資産市場の変容とわが国金融改革のあり方 -米・英比較にみる「金融危機」の背景と金融の役割-

南波駿太郎(2008年12月)

No.333 低炭素社会に向けた民生部門対策の設計 生田 孝史(2008年12月)

No.332 調整期に入る中国経済 朱 炎(2008年11月)

No.331 貨物ゲートウェイ空港の国内立地のための方策 -アジアの活力を取り込んだ経済成長向上に向けて-

木村 達也(2008年11月)

No.330 顧客経験に基づくサービスの知覚品質評価 -ITインターフェース・サービスを中心として-

長島 直樹(2008年11月)

No.329 地域医療提供体制改革(IHN化)の国際比較 松山 幸弘(2008年11月)

No.328 工業系公設試験研究機関の現状に関する一考察 西尾 好司(2008年10月)

No.327 未公開Web2.0企業の実態と成長に関する研究 湯川 抗(2008年10月)

No.326 地方の自立性を高めるための地方への税配分 米山 秀隆(2008年10月)

No.325 インドにおける研究開発戦略のあり方 金 堅敏(2008年10月)

No.324 A Return of Protectionism? Internal Deregulation and ExternalInvestment Restrictions in the EU

Martin Schulz (2008年8月)

No.323 銀行の資産運用・収益構造と収益力強化のための基本戦略 -収益源の多角化と規模の収益性を求めて-

南波駿太郎 (2008年6月)

No.322 地域間移動を考慮した将来人口の推計 戸田 淳仁新堂 精士

(2008年6月)

No.321 中国経済のサステナビリティと環境公害問題 柯 隆 (2008年5月)

No.320 「革新創造国」造りに向かう中国のチャレンジ 金 堅敏 (2008年5月)

No.319 急拡大する中国の自動車市場と日系企業の対応 朱 炎 (2008年5月)

No.318 バリュー・プライシング実現に向けた一考察 長島 直樹 (2008年4月)

No.317 証券化の活用による賃貸住宅市場の革新 米山 秀隆 (2008年4月)

No.316 欧州との比較による日本の林業機械と作業システムの 課題

梶山 恵司 (2008年4月)

No.315 中国企業の海外投資戦略と政府系ファンド 金 堅敏 (2008年4月)

http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/research/

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