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ISSN 1346-9029 研究レポート No.454 April 2018 地域密着型金融の課題と キャッシュフローレンディングの可能性 主席研究員 岡 宏

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.454 April 2018

地域密着型金融の課題と

キャッシュフローレンディングの可能性

主席研究員 岡 宏

「地域密着型金融の課題とキャッシュフローレンディングの可能性」

主席研究員 岡 宏

要旨

収益性低下に直面する地域金融機関では、持続可能なビジネスモデルの確立に向けて地域密着

型金融への取り組みが進められている。これは「担保・保証に依存せず取引先企業の事業性評価

に基づく融資や本業支援等を通じて、(中略)地域経済の発展と自らの経営基盤の安定を目指す」

(金融庁「金融レポート」)という金融モデルである。取引先企業に対して事業性評価に基づく融

資や本業支援などの付加価値を提供することで、貸出金利の上乗せを図り資金利益の増強を目指

す取り組みである。

この地域密着型金融は、地域金融機関が行う本業支援や情報提供、企業が行う事業への理解を

進めるための活動などに対して、取引先企業がその価値を認め金利上乗せに応じる(相応の対価

を支払う)という考えに立脚したものである。金融庁が行った企業向けヒアリング・アンケート

調査では、「企業は、『融資の金利条件』以上に、『自社や自社の事業への理解』、『長年の付合いに

よる信頼関係』を求めている等、企業に寄り添う姿勢を重視する傾向にある」という結果が示さ

れており、地域密着型金融が前提とする考え方と方向性が合致している。ところが今回筆者が地

域金融機関向けに行ったヒアリング調査では、「地域金融機関の現場では融資の金利条件にこだわ

る企業経営者が多く、金融庁の調査結果とは乖離がある」など、金融庁が行った調査結果に対す

る否定的な意見が多かった。

また、地域密着型金融の中核となる事業性評価に基づく融資では、

・取引先企業の事業環境や信用力の変化をタイムリーに検知することが難しい

・取引先企業の事業の評価に必要となる正確な情報の入手が難しい

・貸出審査時の事業性評価ウェイトが一律となる傾向にあり、適正な与信判断に支障をきたす

などの課題がある。事業性評価に基づく融資の対象企業は、債務者区分が正常先最下位~要注意

先、場合によっては破綻懸念先に属する企業であり、貸し倒れリスクが高い層である。上記のよ

うな課題を抱える貸出手法を進めると潜在的な不良債権が蓄積されることになり、それが経済環

境の変化によって一気に顕在化することも予想される。

こうした課題を克服し、あるべき事業性評価に基づく融資の実現方法の 1 つとして、キャッシ

ュフローレンディング(CFL)と呼ばれる貸出手法がある。取引先企業が保有する売掛債権のデ

ータを月次で分析することにより、当該企業における真の事業実態を明らかにし、事業性評価に

つなげるものである。この融資手法は他行との競合が少ない、資金調達に苦慮する企業を対象と

しているため、リスクに見合った貸出金利が期待できる。また、融資残高の増強だけでなく、既

存債権の保全手段としても活用が可能である。

キーワード:地域密着型金融、事業性評価に基づく融資、キャッシュフローレンディング、リレ

バン、ミドルリスク、収益力の低下、構造改革、利鞘改善

目次

はじめに ........................................................................................................................................... 1

1. 地域金融機関が直面する構造的課題 ........................................................................................... 2

1.1. 地域金融機関における収益力の低下 .................................................................................... 2

1.2. 金融庁が鳴らす警鐘.............................................................................................................. 3

1.3. 量的拡大に依存する融資ビジネスの限界 ............................................................................. 3

1.4. OHR の悪化が示す伝統的ビジネスモデルの限界 ................................................................ 4

1.5. 地域金融機関に求められる構造改革 .................................................................................... 5

1.6. 新たなビジネスモデルの必要性 ........................................................................................... 5

2. 地域密着型金融への期待 ............................................................................................................. 6

2.1. リレバンの歴史と地域密着型金融 ........................................................................................ 6

2.2. 事業性評価に基づく融資 ...................................................................................................... 6

2.3. 地域密着型金融における期待効果 ........................................................................................ 7

3. 地域密着型金融の実態と課題 ...................................................................................................... 8

3.1. 収益面における期待と現実とのギャップ ............................................................................. 8

3.2. 地域密着型金融が前提とする考え方 .................................................................................... 8

3.3. 利鞘改善に向けた方向性 .................................................................................................... 10

4. 事業性評価に基づく融資の課題 ................................................................................................. 11

4.1. 事業性評価に基づく融資における異常検知 ........................................................................ 11

4.2. 事業性評価に必要となる情報入手の困難さ ........................................................................ 11

4.3. 貸出審査時の事業性評価ウェイト ...................................................................................... 12

4.4. 潜在益な不良債権の蓄積懸念 ............................................................................................. 13

5. キャッシュフローレンディング(CFL)とは .......................................................................... 15

5.1. 地域密着型金融における ABL 活用 ................................................................................... 15

5.2. CFL の取り扱い手順 ........................................................................................................... 16

5.3. CFL の特徴 .......................................................................................................................... 17

5.4. CFL を通じた事業性評価の実現 ......................................................................................... 18

5.5. CFL の課題 .......................................................................................................................... 18

6. CFL の活用 ................................................................................................................................ 20

6.1. CFL の活用対象企業 ........................................................................................................... 20

6.2. 既存貸出先における保全措置としての活用 ....................................................................... 20

6.3. 新規貸出先開拓における活用 ............................................................................................. 21

6.4. CFL による企業の見極め .................................................................................................... 22

7. まとめ ........................................................................................................................................ 24

<用語解説> .................................................................................................................................. 25

<参考文献> .................................................................................................................................. 26

1

はじめに

「適温経済」と呼ばれる緩やかな経済成長のなか、多くの国内企業が過去最高益を更新するな

ど、日本経済のデフレ脱却も視野に入りつつある。一方、国内金融機関の業績に目を向けると、

マイナス金利の影響もあり、多くの銀行が収益低下に直面している。なかでも人口減少、少子高

齢化が進む地域を営業基盤とする地域金融機関の業績低迷が顕著となっている。2017 年 10 月に

金融庁より発表された「金融レポート」では、バランスシートの健全性が維持されている一方で、

地域銀行(用語解説※1 参照)における利益率の低下が統計的に示されている。さらに同レポート

では、「信用力の高い先や担保・保証のある先への融資、国債への投資だけで収益を確保するビジ

ネスモデルを維持することが困難となる可能性がある」とも指摘されている。この指摘は地域金

融機関が取り組んできた伝統的ビジネスモデルの限界を示唆するものであり、新たなビジネスモ

デルの構築が求められている所以である。

近年、地域金融機関において持続可能な新ビジネスモデル構築の一環として取り組まれてきた

のが「地域密着型金融」であり、事業性評価に基づく融資や本業支援、コンサルティング機能の

発揮による取引先企業に対する支援などを行う取り組みである。こうした「リレバン」と呼ばれ

る企業に寄り添う姿勢を重視した中小企業金融政策は、2003 年 3 月に金融庁から発表された「リ

レーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」まで遡る。リレバンへ

の取り組み開始から既に 15 年も経過しているが、これまで期待されたレベルの成果が出ていない

のが実態であり、地域金融機関の業績は悪化する一方である。

本稿では、筆者が 2017 年 10 月から 2018 年 2 月にかけて実施した地域金融機関向けの個別訪

問によるヒアリング調査をもとに、期待される成果がなかなか現れない地域密着型金融の実態と

その課題を整理した。併せて、本来あるべき事業性評価に基づく融資の一案として「キャッシュ

フローレンディング(CFL)」と呼ばれる貸出手法の活用可能性について検討する。

2

1. 地域金融機関が直面する構造的課題

1.1. 地域金融機関における収益力の低下

国内企業の業績好調が伝えられるなかで、国内金融機関の業績が振るわない。2017 年 3 月期に

おける全国銀行(用語解説※2 参照)116 行の決算では、一般事業会社の営業利益に相当する業務

純益(用語解説※3 参照)が前年度比 22.8%減となり、2018 年 3 月期決算でも更なる減益が見込

まれている。なかでも人口減少、少子高齢化が進む地域を営業基盤とする地域金融機関における

業績低迷が顕著となっている。図表 1 は過去 10 年間における地域金融機関の業務純益の推移を示

しているが、2012 年度から 2013 年度をピークとしてここ数年のあいだ減少傾向にある。

この原因について、JCER(2014)では「金融緩和による低金利と人口動態の変化に伴う資金

需要の鈍化が、地銀をはじめとした地域金融機関の預貸金利ざやを減少させ、収益を圧迫してい

る」と述べられている。他の論文などでも近年における地域金融機関の収益力低下の主たる要因

として、①日銀の金融緩和政策による超低金利の長期化、および②人口減少による地域における

資金需要の停滞が挙げられることが多い。人口減少という構造的な要因により貸出機会が減少す

る中、異次元緩和やマイナス金利導入などによる超低金利環境が地域金融機関の収益性低下に拍

車をかけていると考えられる。

また、「人口減少に立ち向かう地域金融」(日本銀行)では、「人口減少やこれに基づく地域経済

への下押し圧力は、地方での資金需要の縮減をもたらしてきた」としている。この前提に立てば、

たとえ金利環境が改善したとしても人口減少によって地域における融資シェアを巡る競合が一層

激化し、従来通りのビジネスを進める限り地域金融機関における貸出金利鞘の改善は見込めない

ことになる。

図表 1 地域金融機関における業務純益の推移

出所:「全国銀行決算発表」(全国銀行協会)をもとに作成

3

1.2. 金融庁が鳴らす警鐘

地域金融機関における収益性低下に関しては、金融庁も強い懸念を示している。2017 年 10 月

に金融庁より発表された「金融レポート」では、「(地域銀行における)2017 年 3 月期決算を見

ると、前期と比べ、貸出利鞘が縮小し、役務取引等利益も減少するなど、顧客向けサービス業務

(用語解説※4参照)の利益は過半数の地域銀行でマイナス」という試算結果が示されている。前

年の「金融レポート」(2016 年 9 月)では「2025 年 3 月期には約 6 割の地域銀行で当該利益が

マイナスになる」と試算されていたが、赤字行の増加ペースは明らかに早まっている(図表 2 参

照)。

図表 2 地域銀行における顧客向けサービス業務の利益率が黒字の銀行・赤字の銀行の割合

出所:「平成 28 事務年度 金融レポート」(金融庁)の記述をもとに作成

1.3. 量的拡大に依存する融資ビジネスの限界

収益性低下の主たる要因である資金利益の減少に歯止めをかけるべく、多くの地域金融機関で

は資金需要が見込まれる県外貸出やアパート・マンション向けおよび不動産業向け融資の強化が

進められている。しかしながら、県外における貸出では優良先を巡って金融機関同士の金利競争

が激化するため、全体として貸出の収益力向上には寄与しないと見られる。また、アパマンロー

ンの対象である貸家業における事業リスクや不動産業向け融資の健全性に関する懸念も根強い。

2016 年 9 月の「金融レポート」では、「全国的な人口減少に伴う貸出規模の縮小が予想される中

で、全ての地域銀行が貸出の量的拡大を目指すビジネスモデルは、全体としては中長期的に成り

立たない可能性がある」という指摘がなされている。こうした指摘は金融機関の総資金利鞘が過

去 10 年以上にわたりほぼ一貫して下がり続けていることからも裏付けられており、これまでの融

資ビジネスモデルが限界に達しているものと考えられる(図表 3 参照)。

4

図表 3 業態別の総資金利鞘の推移

出所:「金融ジャーナル」掲載データをもとに作成

1.4. OHRの悪化が示す伝統的ビジネスモデルの限界

資金利益や役務取引利益の増強が難しい状況の中、経費の抑制が進まないことも金融機関の業

務純益低下に拍車をかけている。図表 4は過去 10年間における業態別のOHR(用語解説※5参照)

の推移である。OHR は、簡単に言えば 100 円の粗利益を稼ぐのに経費がいくらかかっているか

を示す経営指標で、金融機関の生産性を示している。図表 4 が示すとおり、各業態ともほぼ一貫

して OHR が悪化(数値は上昇)しており、金融機関が規制金利時代から続く伝統的なビジネス

モデルに依存する限り、粗利益も伸びなければ経費の削減も進まないという事業構造が浮かび上

がっている。

図表 4 近年における業態別 OHR の推移

出所:「金融ジャーナル」掲載データをもとに作成

5

1.5. 地域金融機関に求められる構造改革

先に述べた通り、人口減少によって地方での資金需要が縮減し、融資シェアを巡る金融機関

同士の競合が一層激化するものと予想される。この先金利が上昇することはあっても人口減少に

歯止めがかかることは考えにくいため、環境が好転することを待っていても地域金融機関の利鞘

の改善は難しい。地域金融機関自身が構造改革に本気で取り組み、持続可能なビジネスモデルの

構築を図るよりほかに、生き残れる道はないであろう。

地域金融機関にとって喫緊の課題となっている構造改革であるが、その内容は図表 5 に示すと

おり多岐にわたる。この中で特に重要なテーマは、中小企業融資の強化である。地域金融機関が

稼ぎ出す粗利益の半分以上が融資業務によるもので、その大半を中小企業向け融資が占めている

からである。中小企業融資の強化では、利鞘の改善がポイントとなる。地域における中小企業融

資のマーケットが伸び悩む中で一定の利鞘を確保するためには、単にお金を貸すこと以外の付加

価値が必要である。

図表 5 地域金融機関に求められる構造改革(主な取り組みテーマ)

出所:筆者作成

1.6. 新たなビジネスモデルの必要性

伝統的ビジネスモデルの限界に直面した地域金融機関に対し、収益の中核である中小企業向け

融資業務のあり方を抜本益に見直し、持続可能なビジネスモデルを構築すべきとの意見が強まっ

ている。地域金融機関にとっての新たなビジネスモデルとして議論が進められているのが、「地域

密着型金融」である。前出の「金融レポート」(2016 年 9 月)によると、「地域に密着した多くの

金融機関が、営業地域における顧客の期待やニーズを的確に捉えた商品・サービスを提供し、担

保・保証に依存せず取引先企業の事業性評価に基づく融資や本業支援等を通じて、地域産業・企

業の生産性向上や円滑な新陳代謝の促進を図り、地域経済の発展と自らの経営基盤の安定を目指

す」モデルと説明されている。金利競争に陥らず、取引先企業への付加価値提供により地域金融

機関の収益力の改善を目指すという金融モデルである。金融庁の行政方針を受け、すでに多くの

金融機関において地域密着型金融を中核としたビジネスにより、規模の拡大に依存した融資ビジ

ネスから脱却し、付加価値の高いサービスを提供することで収益性の改善を図ろうとする取り組

みが開始されている。

6

2. 地域密着型金融への期待

2.1. リレバンの歴史と地域密着型金融

新たなビジネスモデルの中核として取り組まれることとなった地域密着型金融であるが、その

原点は 2003 年 3 月に金融庁から発表された「リレーションシップバンキングの機能強化に関す

るアクションプログラム」まで遡る(図表 6 参照)。この「アクションプログラム」では「中小企

業金融再生に向けた取組み」として「新しい中小企業金融への取り組みの強化」が挙げられてい

る。この取り組みは、2005 年には「担保・保証に過度に依存しない融資の推進」、さらに 2007

年には「事業価値を見極める融資」と変化している。表現こそこのように変化してきたが、「リレ

バン」が地域金融機関に求めるのは借入人である取引先企業に寄り添った貸出姿勢であり、単な

る資金提供にとどまらない当該企業が取り組む事業への理解や本業支援である。

図表 6 リレバン政策における中小企業金融についての考え方の変化(抜粋)

2003 年

3 月

リレーションシップバンキ

ングの機能強化に関するア

クションプログラム

1.中小企業金融再生

に向けた取組み

(2)取引先企業に対する経営相談・支援機能の

強化

(4)新しい中小企業金融への取組みの強化

2005 年

3 月

地域密着型金融の機能強化

の推進に関するアクション

プログラム

1.事業再生・中小企

業金融の円滑化

(2)取引先企業に対する経営相談・支援機能の

強化

(4)担保・保証に過度に依存しない融資の推進

2007 年

4 月

地域密着型金融の取組みに

ついての評価と今後の対応

について(金融審議会金融

分科会第二部会報告)

2.事業価値を見極め

る融資をはじめ中小

企業に適した資金供

給手法の徹底

(1)事業価値を見極める融資=不動産担保・個

人保証に過度に依存しない融資の徹底

(2)その他中小企業に適した資金供給手法の

徹底

2014 年

9 月

金融モニタリング基本方針 重点施策:事業性評価

に基づく融資等

銀行等が財務データや担保・保証に必要以上

に依存することなく、事業の内容、成長可能

性を適切に評価し、融資や助言を行うための

取組みを検証。

2016 年

10 月

平成 28 事務年度金融行政

方針

2.金融仲介機能の十

分な発揮と健全な金

融システムの確保等

(1) 金融仲介機能の質の向上

「日本型金融排除」<=>事業性評価の結果に

基づく融資

出所:金融庁ホームページ記載の情報をもとに作成

2.2. 事業性評価に基づく融資

地域密着型金融において求められる取引先企業に寄り添った貸出姿勢を重視した貸出手法とし

て、事業性評価に基づく融資への取り組みが進みつつある。担保・保証に依存せず取引先企業の

事業性評価を重視した融資では、具体的に図表 7 にあるような取り組みが行われている。これら

の事例が示すとおり、従来のように決算書や物的担保の評価に基づく貸出可否の審査を行うので

はなく、企業が保有する商品・サービスや技術力、営業力、あるいはこうした強みを生かした将

来性や成長性を評価して貸出の可否を判断しようというのが、事業性評価に基づく融資である。

7

図表 7 事業性評価に基づく融資への取り組み(事例)

⒜顧客ニーズや経営課題の把握 企業の事業性を評価するうえで重要となる項目(技術力、営業力など)

を設定したヒアリングシートの制定

企業経営者との経営課題にまで踏み込んだ対話の実施

融資支援システム等を活用した行内での情報共有

⒝金融機関における事業性評価結果の対象企業への開示

⒞本部による顧客経営支援の積極的サポート

⒟人材育成(目利き力、提案力の向上)

⒠業績評価方法の見直し

出所:金融庁ホームページ記載の情報などをもとに作成

2.3. 地域密着型金融における期待効果

一般的に事業性評価に基づく融資の対象と想定される企業は、信用格付で債務者区分(用語解

説※6参照)が正常先最下位あるいはそれ以下となる「資金調達に苦慮する」先が中心となる。も

っとも、近年では要注意先に属する企業に対しても金利競争が発生している地域もあり、実態と

しては要注意先から破綻懸念先に分類されるミドルリスク層が、事業性評価に基づく融資のター

ゲットとなっている。こうしたミドルリスク層への貸出では、これまで十分な担保や保証がなけ

れば貸出が難しいと考えられてきたが、決算書に基づく信用力の評価にとどまらず、企業が持つ

強みを丁寧に評価することで貸出の可能性が高まることとなった。取引先企業の事業性評価に際

してはかなりの労力がかかるものの、こうして金融機関が“かいた汗”は金利上乗せという形で

還元されるものと考えられ、融資の利鞘改善→資金利益の増強に寄与するものと期待されている。

8

3. 地域密着型金融の実態と課題

3.1. 収益面における期待と現実とのギャップ

事業性評価に基づく融資では、決算書分析などの手順が確立された評価に加え取引先企業が保

有する有形・無形の強み・弱みを多角的に評価するため、多大な労力を必要とする。決算書分析

などとは異なり、業種ごと分野ごとに事業の性格が異なるため、事業性評価には一定の専門知識

やノウハウも必要となる。このように時間と労力をかけた見返りが金利上乗せとして期待される

が、実態は金融機関の思惑どおりには進んでいないのが実態である。

上述のとおり、いまや地域によっては要注意先への貸出においても金利競争が発生し、筆者が

地域金融機関に対して行ったヒアリング調査では、短期の運転資金であれば 1.0%を下回る金利水

準での貸し出しも行われている、という声が聞かれた。取引先企業の事業性評価に多くの労力を

割いたとしても、結果的に金利競争に陥り“かいた汗”が金利上乗せにつながらないケースが多

いようである。このような要注意先に対する金利競争の発生によって、本来ならば慎重に貸出審

査が行われなければならない先に対する貸出可否の判断が甘くなる弊害が生じている。特に既存

の融資先に対して他行との競合が発生した場合には、「(事業性評価の結果にかかわらず)とにか

く貸す」という判断が下されることが多いようである。

また事業性評価に基づく融資にとどまらず、業績不振に陥った取引先企業に対してメインバン

クである金融機関から人材を派遣して経営再建を支援したり、無料でコンサルティングを行った

りするケースも多い。こうしたメインバンクの努力にもかかわらず、支援を受けた取引先企業の

業績が回復すると、競合する他行が低金利での融資攻勢をかけてくるケースが少なくない。単に

金利が安いからと経営再建に尽力してくれたメインバンクをあっさり見限るような取引先は多く

はないが、「他行さんが△%で貸してくれると言ってきてるんだけど、おたくでも同じぐらいにな

らない?」などという金利交渉は当たり前のように発生している。筆者による今回のヒアリング

調査では、多くの地域金融機関においてこれと同様の指摘があった。

3.2. 地域密着型金融が前提とする考え方

「金融レポート」(平成 28 年 9 月)に、金融庁が約 3,200 社を対象として行った企業ヒアリン

グ及びアンケート調査の結果が記載されている。その中で「企業がメインバンクに求めるもの」

として、「企業は、『融資の金利条件』以上に、『自社や自社の事業への理解』、『長年の付合いによ

る信頼関係』を求めている等、企業に寄り添う姿勢を重視する傾向にある」という結果が示され

ている(図表 8 参照)。この調査結果は地域金融機関の現場で地域密着型金融に取り組む担当者が

受け止めている感覚とは、大きく乖離するものである。調査結果自体に誤りがあるわけではない

が、「企業がメインバンクに求めるものは何か?」と尋ねられた時、本音では「金利が低いこと」

と思っていてもそのとおりに回答する企業経営者は多くはないだろう。また、事業への理解や信

頼関係を第一に考えている経営者であっても、メインバンクの融資金利よりも低い金利が他行か

ら提示されれば、それになびくことも多いと思われる。今回金融庁が行った調査では、必ずしも

企業経営者の本音が語られなかった可能性もある。また、企業経営者の思いと実際の行動とが異

なることも大いにあり、ヒアリングやアンケート調査の限界があった可能性もある。

9

図表 8 企業がメインバンクに求めるもの

出所:「平成 27 事務年度金融レポート」(金融庁)

地域密着型金融は、図表 9 に示すような「地域金融機関による付加価値の提供→取引先企業に

よる正当な対価の支払い」という関係に立脚している。取引先企業の経営者が融資の金利条件で

はなく「自社や自社の事業への理解」「長年の付合いによる信頼関係」などを重視するという、先

に示した金融庁による調査結果は、地域密着型金融が拠り所としている地域金融機関と取引先企

業との関係性を裏付けるものとなっている。こうした前提に立てば、地域金融機関が取引先企業

に対して提供する本業支援や情報提供などのサービス、担当者のこまめな訪問活動による事業内

容や企業努力を理解しようとする姿勢に対し、貸出金利の金利上乗せ(あるいは維持)という見

返りがあるはず、ということになる。

図表 9 地域密着型金融の考え方

出所:筆者作成

しかしながら、筆者による今般のヒアリング調査では、金融機関側の認識としては「企業側に

は金融機関が提供した付加価値に対価を支払うなどという認識はほとんど見られない」あるいは

「融資の金利に既に盛り込まれていると考えられている」ということであった。また、低金利の

融資のオファーを断り、長年の取引関係があるメインバンクからの借り入れを優先する場合、企

業経営者としてはそれ相応の根拠が必要となる。第三者からはメインバンクにおける事業性評価

10

や本業支援などの取り組みは見えにくく、企業経営者としてはどうしても金利が高いか低いかに

フォーカスして借入先を決めることになる。

もし、企業経営者の本音が金融庁のアンケート結果とは異なり、企業がメインバンクに求める

ものとして「融資の金利条件が良い」という回答が第一ということになれば、地域密着型金融と

いうビジネスモデル自体が成り立たないということにもなりうる。いずれにしても、今回のヒア

リング調査では事業性評価に基づく融資に期待された「金利上乗せ効果」は確認されておらず、

現時点では利鞘改善による資金利益増強に貢献しているとは言いがたい状況にある。

3.3. 利鞘改善に向けた方向性

取引先企業に寄り添った取り組みを行うと必ずやその見返りがあるはず、と安易に考えがちで

あるが、金利競争が生じているビジネスゾーンでは融資ビジネスの利鞘改善は期待できず、資金

利益の増強が難しい。とすれば、金利競争が生じていないゾーンにおけるビジネス展開を考えな

ければならないが、それは債務者区分が要注意先の中でも下位にある先、あるいは破綻懸念先以

下ということになる。破綻懸念先といえば「金融検査マニュアル」において「業況が著しく低調

で貸出金が延滞状態にあるなど元本及び利息の最終の回収について重大な懸念」がある先とされ、

通常であれば経営支援対象先であり貸出対象としては考えられない先である。

一定の利鞘確保が期待できる先は、従来であれば地域金融機関が推進の対象としてこなかった

先であり、こうした企業層の中から事業性評価によって貸出が可能と思われる先を見出すことが

できれば、競合他行に対する強力な武器となる。地域密着型金融に求められているのは競争のな

い未開拓領域を切り開こうとするブルー・オーシャン戦略であり、リスクに見合った金利による

貸出が可能となる貸出モデルの確立である。ただし、現状進められているような事業性評価に基

づく融資では後述するような様々な課題があるため、その実現は極めて難しい。

11

4. 事業性評価に基づく融資の課題

4.1. 事業性評価に基づく融資における異常検知

事業性評価に基づく融資の具体的手法として、取引先企業の成長性や技術力を具体的に見極め

る項目を抽出し、ヒアリングシートとして制定して利用する金融機関が増えている。各行におけ

る企業評価のノウハウを結集し、決算書からは読み取れない情報を引き出すツールとして活用が

進みつつある。

こうしたツールの活用は取引先企業が持つ強みを見極めるうえで有益であると考えられるが、

一方で課題もある。ヒアリングシートなどのツールを使って取引先企業の事業性評価を行うのは、

おそらく年に 1 回、多くても 2 回程度と考えられるが、この間に取引先企業の事業環境や信用力

に大きな変化が生じることも想定される。例えば 2019 年 10 月に予定されている消費税増税や

2020 年の東京オリンピック後に予想されている経済環境変化などは、企業業績に大きな影響を与

える可能性がある。取引先企業の事業性評価において企業を取り巻く環境の将来的変化は十分に

は考慮されておらず、どうしても評価時点における静的な評価にとどまりがちとなる。できれば

1 か月に一度、少なくとも 3 か月に 1 度のペースで事業性評価が行われれば、静的な評価であっ

ても取引先企業の事業環境や信用力が変化してもタイムリーに異常を検知でき、不良債権の発生

防止に向けた対応をとることも可能である。しかしながら、地域金融機関では非常に労力を要す

る取引先の事業性評価を頻繁に行う余裕はなく、せいぜい年に 1~2 回の評価を行うのが精いっぱ

いと考えられる。信用力が劣る取引先企業に対する融資では、その事業環境や信用力に変化がな

いかどうか注意深く見守る必要があるが、現在進められているような事業性評価の取り組み方法

では、こうした変化をタイムリーに検知することが難しいという大きな課題がある。

また、取引先企業を評価する際に、決算書の分析・評価とは異なり、定性的な評価の割合が大

きくなり、評価者の主観的な“思い”が影響してしまうことが多い。その結果、取引先企業の成

長や業績改善を応援したいという気持ちがどうしても強まることになり、担当者の評価が甘くな

る傾向がある。こうした懸念は、今回の筆者が地域金融機関向けに行った調査において、一部金

融機関から指摘があった点である。

4.2. 事業性評価に必要となる情報入手の困難さ

事業性評価に基づく融資を行う場合、少なくとも図表 10 に示したような取引先企業に関する情

報を入手する必要がある。このうち、業種・業界特性に関する情報は「業種別審査事典」などの

一般的な情報をもとに把握することもできるが、個別企業の事業内容については公開情報からは

入手することは難しい。そのため、通常は金融機関の担当者が取引先企業の経営者に直接会って

聞き出すことになるが、こうして得られた情報では信憑性や客観性に欠けるという懸念がある。

業績が順調な企業の場合、経営者は金融機関に対して比較的オープンに情報を提供するが、業績

が低迷している企業の経営者の場合、経営実態を隠そうとする傾向が強い。通常の場合、経営者

としては自社の業況に関する悪い情報を提供することによって今後の資金調達にマイナスの影響

を与えたり、既存の借入金の返済を迫られたりすることを警戒する。地域金融機関としては、経

営者との直接対話を通じて取引先企業の事業を理解し技術力や成長力を評価したいと思っても、

12

業績が低迷する企業経営者としては都合の悪い情報や正確なデータを出してくれないケースが多

い。

経営者との直接対話で得られた情報に関する信憑性などについて同業他社への聞き取りから判

断する方法もあるが、守秘義務の点からも踏み込んだアプローチは難しい。同業他社から入手で

きる情報は「業界における噂」のレベルにとどまることも多く、せいぜい参考情報として取り扱

うのが精いっぱいである。この点も、事業性評価に基づく融資の課題として挙げられる。

図表 10 事業性評価に必要となる情報(例)

業種・業界特性 ・市場規模、市場の成長性、市場におけるニーズ

・競争環境、新規参入・撤退の状況

・事業構造・収益構造、競争力の源泉となる要因は何か など

個別企業の事業内容 事業の健全性 ・ビジネスの独自性

・製品やサービスの特徴や独自性、競争力

・技術力、開発力、知的財産

・取引先(購入/販売先)との関係

・営業力、販路

経営努力

(経営者の資質)

・経営理念、ビジョン、経営計画

・経営者の経営能力や人間性

・事業に対する取り組み姿勢、社内・社外からの評価

出所:筆者作成

4.3. 貸出審査時の事業性評価ウェイト

将来性が見込まれながら財務内容が脆弱であるために金融機関からの借り入れに苦慮する企業

に対し、事業性に関する評価ウェイトを高めて貸出の可能性を探るというアプローチが事業性評

価に基づく融資である。しかしながら、事業性の評価ウェイトを一律に高めすぎると適正な貸出

審査に支障をきたすことになる。図表 11 は、企業規模別に見た貸出審査時における一般的な企業

評価のウェイトを示したものである。企業規模が大きいほど決算書の信憑性は高く、事業の成長

性や競争力、経営者の資質が決算書に結果として反映されやすいこともあり、財務内容の評価ウ

ェイトが高くなる。一方、金融機関が行う貸出審査では企業規模が小さくなるほど決算書の信憑

性に懸念あると考えられており、事業性や経営者の資質に関する評価ウェイトが高まる傾向にあ

る。

こうしたことから、中小企業融資において企業が保有する技術力や成長性などの事業性に関す

る評価ウェイトをある程度高めることは合理的であると考えられる。しかしながら、図表 11 で示

す「狭義の中小企業」クラスに属する企業では、やはり財務内容に関する評価ウェイトも決して

低くはない。事業性評価に基づく融資において、事業性の評価ウェイトを高めすぎたり企業規模

や業種などの特性を勘案せずに一律に推進したりすることは、リスク管理の上で好ましくないと

考えられる。また、企業規模が小さくなればなるほど事業性と経営者の資質とが同質化する傾向

にあり、小規模企業クラスになれば、会社の信用力=経営者の資質というような見方がされるこ

とが多い。この場合には事業性評価において、経営者の資質に関する評価が最も重視されなけれ

ばならない。

13

図表 11 企業規模別の貸出審査時における企業評価ウェイト

出所:筆者作成

先にも述べたとおり、事業性評価に基づく融資の先進的な取り組みとしてヒアリングシートを

制定して全行的に活用する金融機関も増えつつあるが、企業規模や業種などの特性を勘案せずす

べての企業に対して一律の基準で評価を行うと、適正な企業評価はできない。リスクを最小限に

したいという思いから金融機関ではマニュアルや標準的な手続き・フォーマットなどに依存する

傾向があるが、こうした一律の取り組み姿勢はかえってリスクを増大させることにもなり、注意

を要する。

4.4. 潜在的な不良債権の蓄積懸念

ここまで述べたとおり、現在地域金融機関において取り組まれている事業性評価に基づく融資

では

・取引先企業の事業環境や信用力の変化をタイムリーに検知することが難しい

・取引先企業の事業の評価に必要となる正確な情報の入手が難しい

・貸出審査時の事業性評価ウェイトが一律となる傾向にあり、適正な与信判断に支障をきたす

などの課題あることを指摘した。緩やかな景気回復基調にある現在の経済環境においては、取引

先企業の業績が突然悪化し不良債権が多発するようなことはほとんど想定されないため、上記の

ような課題について懸念を示す地域金融機関はほとんどない。実際に企業倒産件数(用語解説※7

参照)が低水準で推移して不良債権も減少しており(図表 12 参照)、地域金融機関では危機意識

が薄れているようである。しかしながら、事業性評価に基づく融資の対象となる取引先企業は、

要注意先から破綻懸念先に属するミドルリスク層であり、貸倒リスクは決して低いわけではない。

ミドルリスク層の企業に対して運転資金を無担保で貸し出す取り組みを続けた場合、経済環境が

急激に悪化した場合には不良債権が一気に顕在化することも大いにありうる話である。

14

図表 12 貸出残高に占めるリスク管理債権(用語解説※8参照)残高比率の推移

出所:全国銀行協会「年度別全国銀行財務諸表分析」のデータをもとに作成

一部の地域金融機関では、ミドルリスク層に対する企業に対して事業性評価に基づく融資を進

めつつも、「(対象業種・業界の)専門家ではない金融機関が取引先企業の成長性や技術力を見極

めるのは限界もある」「事業性評価に基づく融資は結果的に“目をつぶって”貸すのと変わらない」

という声も聞かれた。どんなに精緻に事業性を評価しても、取引先企業の真の事業実態や信用力

を見極めることは容易ではないということである。先に指摘した課題を抱えながら事業性評価に

基づく融資を進めることで、潜在的に不良債権が蓄積されている可能性もある。

金融庁が「金融レポート」において示している「担保・保証に依存せず取引先企業の事業性評

価に基づく融資や本業支援等」により地域金融機関が持続可能なビジネスモデルを確立するとい

う方向性に関しては、異論はほとんど見られない。問題は、具体的にどのように事業性評価に基

づく融資や本業支援などを行えばいいのか、どのようにすれば地域金融機関の収益性を改善・強

化できるのか、ということである。「金融レポート」では「好事例」としていくつかの地域金融機

関における事業性評価に基づく融資への取り組みが紹介されているが、それらが本当に持続可能

なビジネスモデルの確立に資するものなのかは、現時点で判断が難しい。好事例として紹介され

た地域金融機関が営業エリアとする地域における競争環境がたまたま恵まれていただけ、という

ことも考えられる。これらの好事例では一定の成果が得られていることが示されているが、3 年

~5 年、あるいは 10 年という中長期で見た場合、真の解決策となっているかどうか見極めが必要

である。少なくとも、好事例として紹介された金融機関における取り組みが、経済環境の急激な

変化に対しても不良債権の発生を抑制し、取引先企業に対する資金提供が安定的に行えるかどう

か?という議論が必要である。

15

5. キャッシュフローレンディング(CFL)とは

5.1. 地域密着型金融における ABL活用

伝統的貸出手法をベースとした事業性評価に基づく融資には軽視できない課題もあり、潜在的

な不良債権問題を惹起している可能性もある。こうした状況に対して、ABL(Asset-Based

Lending 資産担保貸付)の活用が有効ではないかという意見も多い。鶴谷学・河野愛(2010)に

おいても、「担保となる不動産が少ない中小企業でも追加的な資金調達の余力が生み出される」「貸

し手側にとっては、企業の事業価値をタイムリーに見極めつつ、融資枠を機動的に修正するとい

った対応が可能になる」というメリットが指摘されている。

図表 13 ABL の分類

種別 対象となる担保 特徴

動産担保融資 企業が保有する

在庫や機械・設備

などの動産

・在庫や機械・設備などの担保処分価値を評価。

・動産の評価額は一般的に非常に低い額となる。

・動産の評価およびモニタリングのコストが高い。

売掛債権担保

融資

企業が保有する

売掛債権

個別担保型 ・個々の売掛債権を担保とするため、売掛先の信用力に

依存する。

・借入企業からの虚偽の申請や、値引き・返品による売

掛債権の毀損(ダイリューション)のリスクがある。

キャッシュ

フロー型

・企業が保有する全ての売掛債権を継続的にモニタリン

グするため、企業のキャッシュフローが捕捉できる。

・企業の事業実態をガラス張りにすることが可能。

出所:筆者作成

ABL には、図表 13 に示すとおり動産(在庫、機械・設備など)を担保とするものと、売掛債権

を担保とするものがある。一時期地域金融機関において取り組みが進んだ動産担保融資は、担保

の処分価値に依存しており本質的に不動産担保融資と変わらない。また、企業が保有する在庫な

どを常時モニタリングすることは事実上不可能で、ミドルリスク層への貸出には不向きである。

売掛債権担保融資は、さらに個別担保型とキャッシュフロー型に分類される。日本において ABL

が導入された当初は個別担保型を利用するケースが大半であったが、あまり定着しなかった。個

別担保型の場合、ダイリューションリスク(返品や値引きなどによる減額)やフロードリスク(虚

偽の申告)などへの対応が困難で、動産担保融資と同様、ミドルリスク層への貸出には不向きで

ある。これに対してキャッシュフロー型は「キャッシュフローレンディング」(以下、CFL)と呼

ばれ、企業が保有する全ての売掛債権を継続的にモニタリングするものである。これにより企業

の事業実態をガラス張りにすることができるとともに、ダイリューションリスクやフロードリス

クなど、各種リスクにも対応できるという特徴がある。

16

5.2. CFLの取り扱い手順

上述のとおり CFL は ABL の一種で、売掛債権を担保として貸出を行うものである。借入人(企

業)が保有する売掛債権について将来発生するものまで含めて債権譲渡登記(用語解説※9 参照)

を行い、主に運転資金を貸し付ける貸出手法である。その手順は図表 14 に示すとおりである。

図表 14 CFL の取り扱い手順

出所:筆者作成

企業から新規申込があった場合、金融機関は次の手順で貸出手続きを行う。

⒜まず、申込み企業から直近に発生した 3 か月分の売掛金明細とその回収(入金)実績のエビ

デンス(入金口座の通帳や当座取引照合表のコピーなど)を受領する。ここでは売掛先(取引先)

が 100 社、200 社と多くても、すべての売掛金の発生・回収データを対象とし、他行口座への入

金データも漏らさず入手する。

⒝入手した売掛金の発生・回収データを簡易的な分析システムに入力し、売掛金の発生データ

(取引先への請求データ)と回収データとのマッチングを行ったうえで、取引先別に 3 か月平均

での売掛金発生額、発生月数を算出・集計する。

⒞別途定められた「評価基準」に基づき、担保として不適格な売掛債権(債権譲渡禁止特約が

あるものや少額なものなど)を除外したうえで、所定の掛け目をかけて「融資可能額」を算出す

る(「評価シート」を作成)。

⒟通常の貸出における審査手順に沿って貸出可否を判断する(⒞で作成した「評価シート」を

稟議書の添付資料とする)

⒠貸出可と判断した先に関しては債権譲渡登記を行った後、融資を実行する。通常は手形貸付

の形態をとることが多い。

⒡融資を実行したあとも、貸出先企業から毎月売掛金明細とその回収実績のエビデンスを報告

してもらい、新規貸出時と同様の方法により月次で評価を行う。

⒢万一借入人が返済不能となり金融機関としてデフォルトと判断した場合は、売掛先に対して

「通知」を行ったうえで売掛先から回収を行う。この手続きは、売掛先から借入人に対して入金

が行われる前に完了する必要がある。

この CFL の取り扱い手順において重要となるのが、売掛債権の評価である。評価のポイントは

図表 15 に示したとおりであるが、万一借入人(取引先企業)がデフォルトして返済困難となった

場合でも、売掛先から確実に資金を回収し原則としてロスが発生しないという商品設計がされて

17

いる。

図表 15 売掛債権の評価ポイント

借入人と取引先(売掛先)との

関係

・安定的に取引(売掛債権)が発生していること(例:3 か月に 2 回以上)

・取引先(売掛先)との基本契約に債権譲渡禁止特約がないかどうか

・売掛サイト(1 か月以上)

・相互取引の有無(売掛債権の相殺の可能性)

・取引先が関係会社かどうか

売掛債権の分散状況 特定大口取引先に依存していないかどうか

売掛債権の回収実績 ・毎月予定どおりに請求に対する入金があるか

・返品や値引きなどによる減額(ダイリューション)が発生していないか

その他 1 先あたり 3 か月平均で 10 万円以上あること(少額債権は除外) など

出所:筆者作成

5.3. CFLの特徴

CFL には通常の貸出手法と異なるいくつかの特徴がある。第一に、取引先企業の月次モニタリ

ングを行うという点である。CFL では、取引先企業において発生したすべての売掛金とその回収

実績データを月次で入手し分析するため、取引先企業の事業実態を“リアルタイム”で把握する

ことができる。具体的には、図表 16 に示すような分析を行うことで、一般的に行われている事業

性評価に基づく融資における課題を克服し、取引先企業における真の事業実態を月次で把握し、

事業環境や信用力の変化をタイムリーに検知することが可能となる。鶴谷学・河野愛(2010)に

おいても「(ABL では)貸し手にとっては通常の年次決算や期中に把握する資金繰り情報などの

資金の流れだけでは把握できない借り手の日常の業況について、客観的かつ定量的に把握できる」

としている。

図表 16 CFL を活用したモニタリング(例)

分析方法 モニタリング・評価内容

月次売上の前年対比での推移 前年との比較による月次売上高の把握→ビジネス全体の好/不

調の判断、季節変動の把握

月次売上高と取引先数の推移 取引先の拡大・縮小を把握→商品・サービスの競争力の把握

請求額(売掛金発生額)と回収実績

比較

値引きや返品によるダイリューションの有無→商品・サービス

の競争力の把握、取引先との関係把握

個社占有率の推移 特定の大口先が売上高全体に占める割合の把握→特定取引先へ

の依存度の把握、主要取引先との取引状況把握

出所:筆者作成

第二に、物的担保や保証に依存しない点が挙げられる。CFLは売掛債権を担保とはするものの、

担保の処分価値に依存するものではなく、取引先企業のキャッシュフローをガラス張りにするた

めの手段として利用している。また、貸出先企業の状況に応じて債権譲渡登記を行わないという

運用の方法もある(詳しくは後述)。

第三の特徴として、安全性が高い貸出手法という点が挙げられる。信用力に懸念があるミドル

リスク層に対して貸出を行った場合でも、万一借入人がデフォルトすると借入人からの貸出金の

回収は困難となるが、売掛先から回収が可能である。CFL の商品設計時に売掛債権の評価基準の

設定や取扱手順を工夫することで、売掛先からの 100%回収も十分可能となる。

18

さらに、一定の要件を満たすことで CFL の貸出債権は「一般担保」として認められるため、要

注意先以下への貸出であっても「Ⅱ分類」となり引当金が不要となるメリットもある。一般担保

として認められるための要件として、

・第三者および第三債務者(売掛先)対抗要件の具備

・第三債務者の信用力判断に必要となる情報の随時入手

・第三債務者のモニタリング

などが必要となるが、こうした作業を本部などに集約することで、営業店にとっては大きな負担

とはならない。

5.4. CFLを通じた事業性評価の実現

事業性評価に基づく融資というのは、本来「地域経済の発展と自らの経営基盤の安定を目指す」

ものでなくてはならない。ところが、これまで地域金融機関に取り組まれてきた方法では不良債

権が蓄積されてしまう可能性があり、経営基盤の安定を脅かす可能性すらある。そこで従来の融

資手法にない特徴を有する CFL を活用すれば、本来あるべき事業性評価に基づく融資を行うこと

が可能ではないだろうか。

通常、事業性評価の観点としては取引先が持つ技術力や競争力、将来性を見るのが一般的であ

るが、金融機関がこうした評価を行うのは容易ではない。例えば取引先が保有する技術力がどれ

だけの価値があり、将来的にどのぐらいのビジネスを創出しうるのかは専門家でも評価が難しい。

金融機関が相当の時間と労力を投入しても、取引先企業が属する業種や業界についての知見やノ

ウハウを取得するのは限界がある。一方、CFL では取引先企業における売掛金の発生・回収状況

をモニタリングし分析することで、間接的に事業性評価を行うことが可能である。例えば、月次

モニタリングにおいて請求どおりに取引先から入金があるかをチェックすることで、値引きや返

品が発生していないかがわかる。こうしたダイリューション(希薄化)の発生の有無をチェック

することで、取り扱われている商品・サービスの競争力の有無を推察できるということになる。

取引先企業が競合他社にない技術力や独自性を保有している場合、それが商品・サービスの競争

力になっているかどうかが、CFL における月次モニタリングを通じておおよそ判断できるという

ことになる。

CFLにおける月次モニタリングでは取引先企業の技術力や将来性を直接的に評価することはで

きないが、キャッシュフローの推移を分析することで企業の真の事業実態を把握し、間接的に事

業性を評価することが可能となる。売掛金という定量データをベースとした評価であるため、定

性的な評価比重が低くなり、取引先企業の事業性評価において恣意性(金融機関の担当者の肩入

れ)の介入余地を少なくできるというメリットもある。

5.5. CFLの課題

このように CFL は事業性評価に基づく融資の実現手法として期待される一方、課題もある(図

表 17 参照)。今回の調査において地域金融機関からは、CFL の取り扱い手順が煩雑であること、

貸出先が資金調達に苦慮するミドルリスク層であったとしても債権譲渡登記に応じる企業は限ら

れていること(登記による風評被害の懸念)などが課題として挙げられた。またこのほかにも、

19

CFL の対象となる企業の規模(年商)や業種に制約があることなどが挙げられる。とはいえ、上

述の CFL の特徴(長所)を活かしつつ、課題に対応することで、本来あるべき事業性評価に基づ

く融資が可能となり、持続可能なビジネスモデルを実現するためのブレークスルーとなりうるも

のと期待される。

図表 17 CFL の課題

取り扱い手順が煩雑 ・発生した売掛金データと回収データとのマッチングがほぼ手作業

・売掛先に関する調査が必要

・借入申込みに際して基本契約書などの点検が必要

・融資実行後も毎月モニタリングが必要

借入側の拒否反応 ・債権譲渡登記による風評被害の懸念がある

・毎月の売掛金データ提出が手間

借入対象企業の制限 ・売掛先がある程度分散している必要がある(一定のビジネス規模が必要)

・実績払いを前提としたビジネスを行う企業(建設業など)は対象外

・売掛金の発生・回収実績が少ないスタートアップ企業は売掛金の評価が困難

出所:筆者作成

20

6. CFLの活用

6.1. CFLの活用対象企業

CFL による貸出では、主に要注意先から破綻懸念先などのミドルリスク層に属する企業を対象

とする。借入人である企業にとっては、売掛金の発生・回収データを毎月金融機関に報告する手

間があり、さらに債権譲渡登記を行い商業登記簿(別ファイル)に記載されてしまう。今回のヒ

アリング調査では、このような手間をかけてでも融資を受けたいと思う企業は限られているだろ

うという意見の地域金融機関が多かった。したがって、CFL の対象先企業はミドルリスク層のな

かでも更に下位の層に属する実質破綻先など、メインバンクからの資金調達の道がほぼ閉ざされ

てしまったような企業まで含むことになる(図表 18 参照)。

図表 18 CFL の活用対象企業

出所:筆者作成

6.2. 既存貸出先における保全措置としての活用

上述のとおり対象企業が限定的であると考えられる CFL であるが、その取扱方法を柔軟に考え

ることで、図表 19 に示すとおり既存貸出先における保全措置の強化策として活用することが可能

となる。取引先企業の業績が低迷して既存の融資の返済に支障をきたした場合、融資条件の変更

による救済措置が図られることが多い。金融機関として融資条件の変更を受け入れる代わりに、

貸出先企業に対して毎月売掛金の発生・回収データの提出を求め、月次モニタリングの対象とす

るのである。ただし、1 回目の返済条件変更の場合は債権譲渡登記を行わず、売掛金の発生・回

収データの提出のみを条件とする。債権譲渡登記を行わないので万一貸出先がデフォルトしても

売掛先からの回収はできないが、月次モニタリングが可能となることで少なくとも取引先企業の

事業実態をリアルタイムで捕捉できるようになる。これにより金融機関としては、取引先企業の

事業環境や信用力の変化をタイムリーに検知することができるようになるため、貸出金の回収に

21

向けたアクションを取りやすくなる。

もし取引先企業の業績がさらに悪化して 2 回目の返済条件変更が生じた場合には、売掛金の発

生・回収データの提出とともに債権譲渡登記を行うこととする。これにより万一貸出先がデフォ

ルトした場合でも、売掛先からの回収が可能となる。

新規貸出においてはミドルリスク層に属する企業でも売掛金の発生・回収データの提出や債権

譲渡登記に応じる先は限られてくると考えられるが、上記のような既存貸出先に対する債権保全

措置としての活用可能性は十分に考えられる。借入人である企業としても、金融機関に融資条件

の変更を受け入れてもらうために売掛債権の発生・回収データの提出が必要ということであれば、

金融機関からの依頼に応じると思われる。

もちろん、返済条件変更を行った後に借入企業の業績が回復し返済条件が元どおりになれば、

債権譲渡登記を抹消したり、売掛金の発生・回収データの提出を中止したりすることも可能とな

る。金融機関としては、融資先企業の“キャッシュフロー”を担保にすることで、信用リスクの

高い取り組みに対しても踏み込んだ対応が可能となる。近年、「日本型金融排除(用語解説※10 参

照)」が問題視されているが、CFL の活用によりこうした指摘とは無縁の取り組みが可能となる。

図表 19 既存貸出先への CFL 適用方法

出所:筆者作成

6.3. 新規貸出先開拓における活用

先にも述べたとおり、CFLを新規貸出の際に活用する機会は決して多くはないと考えられるが、

一定の需要は想定される。CFL の対象層であるミドルリスク層に属する企業のなかでも下位に属

する企業では、ほとんどの場合メインバンクからの資金調達に苦慮している。資金調達に苦慮す

る企業の場合、多少の金利アップがあっても既存の借入残高を維持し、できれば増額を希望する。

一方で貸し出す側の金融機関としては、できれば既存の融資残高を減らすか追加担保の差し入れ

をしてもらう方向で考えている。こうしたケースでは、CFL を活用することにより他行が行って

いる既存融資の肩代わりを行うことも可能である。借入人である企業の債務者区分が低くても、

ある程度安定的な取引先を抱え一定の売掛債権の発生が見込める先であれば、CFL の貸出対象と

22

なる。

近年、地域金融機関では県外貸出を増加させたり県外への出店を行ったりするケースが増えて

いるが、本来の営業エリア外で融資を行うと思わぬ婆を引くことになる。地元とは異なる地域性

や取引実績のほとんどない業種が多いなど、不慣れな地域において融資業務を行う場合にはそれ

相応のリスクを伴う。このようなケースでも CFL を活用すれば比較的安全に融資を行うことが可

能である。

6.4. CFLによる企業の見極め

既存貸出の保全措置や新規貸出先の開拓手法としての活用が見込まれる CFL は、取引先企業の

支援が可能かどうかという見極めにも活用できる。ミドルリスク層に属する企業の中には、投資

の失敗や取引先企業の倒産などのあおりを受けて一時的に赤字に陥る先も多い。こうした企業の

中には、本来の事業自体が健全で業績の回復が見込まれる先も少なくない。一方、取り扱ってい

る商品やサービスの競争力が失われたり、100 円で仕入れて 100 円で売るというようにビジネス

モデル自体が崩壊したりするなど、事業自体に問題があり事業の継続が困難に陥っている企業も

ある。

また、ミドルリスク層に属する企業の中には、現状の業績低迷に対して経営者が様々な努力を

行い経営の立て直しに本気で取り組んでいるケースもあれば、後継者不在などで経営の立て直し

を諦めているような経営者もいる。

図表 20 は事業の健全性と経営努力の有無を軸に、ミドルリスク層に属する企業の評価・分類を

行ったものである。図の右上にあるような企業は、たとえ決算書が赤字であっても事業自体は健

全で経営努力も行われているため、地域金融機関として継続して支援を行うべき先である。一方、

図の左下にあるような企業は、事業自体に問題があり経営努力もあまり行われないため、地域金

融機関としても支援が難しい。苦境に陥った地域の企業を支援することは、確かに地域金融機関

の重要な役割ではあるが、実際にはこのように支援できる先とできない先がある。この見極めを

表面的に行うのではなく、地域金融機関として支援すべきかどうか責任ある判断を行うために、

CFL が有効となる。CFL の月次モニタリングを通じて取引先企業が行う事業のキャッシュフロー

がガラス張りとなり、事業が健全かどうかを見極めることができる。このモニタリング結果を取

引先企業の経営者に示しながら、経営者自身がどのような経営再建プランを持っているのか、そ

の方針が納得できるものなのかどうか、さらに経営者が本気で取り組むつもりがあるかどうかな

どを、直接対話を通じて見極めることができる。CFL を活用して行うこうした活動はまさに事業

性評価そのものであり、地域金融機関として取引先企業の支援可否の判断材料を得ることができ

る。

23

図表 20 ミドルリスク層に属する企業に対する支援可否の見極め

出所:筆者作成

24

7. まとめ

本稿で取り上げた地域密着型金融は、地域金融機関の持続可能なビジネスモデル確立の起爆剤

として期待されるものの、その方向性は正しいと思われるが、その具体化は非常に難しい。そも

そも地域密着型金融が立脚している「地域金融機関による付加価値の提供→取引先企業による正

当な対価の支払い」という関係が成り立つという大前提に疑問の余地があり、現時点では地域金

融機関が事業性評価や本業支援などに向けて投入する多大な労力が対価を生まない(付加価値と

認められない)状況にある。

債務者区分が要注意先など一定のリスクを伴う企業層に対する貸出でも、他行との競合がある

と金利競争が発生して金融機関が提供した付加価値もほとんどの場合消失してしまう。もしリス

クに見合った、金融機関として納得のいく貸出金利を確保しようとすれば、他行との競合がほと

んど発生しないような要注意先の下位~破綻懸念先、場合によっては実質破綻先レベルの企業へ

の融資を行う必要がある。

このような貸し倒れリスクの高い先に対して一般的に進められている事業性評価に基づく融資

を適用するのは無謀であり、リスクに見合った損失が発生する可能性が高い。地域金融機関に対

する持続可能なビジネスモデルの確立が求められる中で、拙速な、あるいは中途半端なかたちで

の事業性評価に基づく融資に取り組んでしまうと、中長期的には再び不良債権問題に直面するこ

とになってしまうであろう。信用リスクが高い先に対しては、本稿で紹介した CFL のような融資

手法を適用することで一定レベルのリスクコントロールを行うことが必要であり、本来求められ

る事業性評価に基づく融資に近づくことができる。

図表 21 に一般的な事業性評価に基づく融資と CFL との比較を示した。CFL にも様々な課題が

あり、すべての問題を解決できるわけではないが、事業性評価に基づく融資としていま考えられ

る最も有力な解決策ではないだろうか。地域金融機関がいま取り組んでいる地域密着型金融への

取り組みが適正かどうか、この比較を参考に今一度検討し、本来あるべき地域密着型金融の追及

に取り組んでいただきたい。

図表 21 一般的な事業性評価に基づく融資と CFL との比較

一般的な事業性評価に基づく融資 CFL 活用の事業性評価に基づく融資

対象企業の債務者区分 正常先最下位~破綻懸念先 要注意先~実破綻先

事業性評価のポイント 技術力、将来性、成長性 売掛金の発生・回収が安定的に行われているか

主な手法・取り組み ・ヒアリングシートの制定・活用

・事業性評価結果の企業への還元

・経営者との直接対話

・目利きのできる人材育成

・評価制度の見直し

・売掛金の発生・回収データの取得

・月次モニタリング・分析の実施

・分析結果に基づく事業実態の把握

・月次モニタリングに基づく経営者との対話

活用方法 従来の審査基準では貸出が困難な

先への融資可能性検討

・既存貸出先における保全措置

・新規貸出先開拓における活用

・経営支援の可否の判断

課題 ・タイムリーな異常検知が困難

・評価に必要な情報の入手が困難

・事業性評価ウェイトの問題

・取り扱い手順が煩雑

・借入側の拒否反応

・借入対象企業の制限(規模、業種)

出所:筆者作成

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<用語解説>

(※1)地域銀行:地方銀行(64 行)、第二地方銀行(41 行)、埼玉りそな銀行の計 106 行

(※2)全国銀行:都市銀行(5 行)、地方銀行(64 行)、第二地方銀行(41 行)、信託銀行(4 行)、

新生銀行、あおぞら銀行の計 116 行

(※3)業務純益:業務粗利益 - 経費等 - 一般貸倒引当金繰入額

(※4)顧客向けサービス業務の利益:貸出残高×預貸金利回り差+役務取引等利益-営業経費

(※5)OHR(経費率 Over Head Ratio):経費/コア業務粗利益×100

(※6)債務者区分:債務者の財務状況、資金繰り、収益力等により、返済の能力を判定して、そ

の状況等により債務者を正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先及び破綻先に区分す

ること(金融検査マニュアル)。具体的には次のとおり。

債務者区分 説明

正常先 業況が良好であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者

要注意先 金利減免・棚上げを行っているなど貸出条件に問題のある債務者、元本返済若しくは

利息支払いが事実上延滞しているなど履行状況に問題がある債務者のほか、業況が低

調ないしは不安定な債務者又は財務内容に問題がある債務者など今後の管理に注意を

要する債務者

破綻懸念先 現状、経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、経営改善計画等の進捗状況

が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者

具体的には、現状、事業を継続しているが、実質債務超過の状態に陥っており、業況

が著しく低調で貸出金が延滞状態にあるなど元本及び利息の最終の回収について重大

な懸念があり、従って損失の発生の可能性が高い状況で、今後、経営破綻に陥る可能

性が大きいと認められる債務者

実質破綻先 法的・形式的な経営破綻の事実は発生していないものの、深刻な経営難の状態にあり、

再建の見通しがない状況にあると認められるなど実質的に経営破綻に陥っている債務

具体的には、事業を形式的には継続しているが、財務内容において多額の不良資産を

内包し、あるいは債務者の返済能力に比して明らかに過大な借入金が残存し、実質的

に大幅な債務超過の状態に相当期間陥っており、事業好転の見通しがない状況、天災、

事故、経済情勢の急変等により多大な損失を被り(あるいは、これらに類する事由が

生じており)、再建の見通しがない状況で、元金又は利息について実質的に長期間延滞

している債務者など

破綻先 法的・形式的な経営破綻の事実が発生している債務者をいい、例えば、破産、清算、

会社整理、会社更生、民事再生、手形交換所の取引停止処分等の事由により経営破綻

に陥っている債務者

出所:「金融検査マニュアル」(金融庁)

(※7)企業倒産件数:東京商工リサーチが 2018 年 1 月に発表した 2017 年の企業倒産件数(負

債額 10 百万円以上)は 8,405 件。同件数は 2009 年以降 9 年連続で減少しており、1990

年(6,468 件)以来の低水準となった。

(※8)リスク管理債権:破綻先債権額、延滞債権額、3 か月以上延滞債権額、および貸出条件緩

和債権額

(※9)債権譲渡登記:法人がする金銭債権の譲渡や金銭債権を目的とする質権の設定について,

簡便に債務者以外の第三者に対する対抗要件を備えるための制度(法務省)

(※10)日本型金融排除:十分な担保・保証のある先や高い信用力のある先以外に対する金融機

関の取組みが十分でないため、企業価値の向上等が実現できていない状況(金融庁)

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<参考文献>

日本経済研究センター/JCER(2014)「人口減少に立ち向かう地域金融 ―鈍化する資金需要、

迫られるビジネスモデルの転換―」(2014.11 金融研究)

小立敬(2014)「人口減少時代の地域銀行に求められる経営課題」(野村資本市場クォータリー2014

秋号)

峰村英二(2014)「人口減少時代の地域銀行」(季報「住宅金融」2014 年度秋号)

五藤康人(2015)「地域金融機関の将来経営計画」

日本銀行(2015)「人口減少に立ち向かう地域金融 -地域金融機関の経営環境と課題-」(金融

システムレポート別冊)

鈴木文彦(2017)「地方の貸出金残高の動向は何で決まるのか」(大和総研レポート)

齊藤壽彦(2012)「地域密着型金融推進政策」(中小企業支援研究/千葉商科大学経済研究所)

吉田浩二(2016)「事業性評価と融資の進め方」

鶴谷学・河野愛(2010)「中小企業金融における手法多様化による地域密着型金融の進化」(知的

資産創造 2010 年 1 月号)

トゥルーバグループホールディングス(2008)「アセット・ベースト・レンディングの理論と実

務」

金融庁(2017)「平成 28 事務年度金融レポート」

金融庁(2016)「平成 27 事務年度金融レポート」

金融庁(2016)「平成 28 事務年度金融行政方針」

金融庁(2015)「金融検査マニュアル」

全国銀行協会「全国銀行財務諸表分析」

金融ジャーナル社「月刊金融ジャーナル」

研究レポート一覧

No.454 地域密着型金融の課題とキャッシュフローレンディングの可能性

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(2018年1月)

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榎並 利博 (2018年1月)

No.451 移住者呼び込みの方策 -自治体による人材の選抜- 米山 秀隆 (2018年1月)

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No.437 SDGs時代の企業戦略 生田 孝史 (2017年3月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

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