北欧援助政策の動向 −資金配分の観点からみた変容...

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開発金融研究所報 北欧援助政策の動向 −資金配分の観点からみた変容と分岐− 開発金融研究所 開発研究グループ  小林 誉明 はじめに 1.本稿の目的 北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー、 デンマーク、フィンランド)は *1 、他の ドナーから際立った特徴的な援助を行う ことで知られている。国民総所得(Gross National Income: GNI)に占める高い ODA 比率、貧困削減重視の援助理念、無償中心 の援助スキーム、援助への国民の強い支持 など、日本とは好対照を示すその共通の特 徴は、「理念型としての『北欧型援助モデ ル』」(下村 2005)として捉えることができ る。北政諸国は援助規模自体は日本と比べ ても決して大きくはないものの、その独特 な援助モデルによってドナー・コミュニティ の中で確固とした存在感を発揮してきてい る。しかし1990年代後半以降、国際援助の 潮流が貧困削減へと収束してゆくなかで、 北欧型援助モデルの特徴は以前ほどはっき りしなくなってきたことが指摘されている (Danielson and Wohlgemuth 2005: 520)。 いわゆる「国際援助システムのグローバリ ゼーション」(桂井・小林 2006)が進行し ている現在、北欧型援助モデルはどのよう なパフォーマンスを示しているのであろう か。その実態を明らかにすることが本稿の 目的である。 2.本稿のアプローチ *2 ある国が海外に向けて行う公的援助は、 その国が何らかの政策目的を達成するため に実施する公共政策の一つとして捉えるこ とができる。政策としての実態は、限りあ る政策資源としての資金の配分パターンを 観察することで、一定程度把握することが できる。援助に関する資金配分のフローは、 ある国の予算の中でどの程度を援助政策に 割り当てているかという「援助政策への予 算配分」と、援助予算の範囲の中で援助機 関がどのように資金を利用してゆくかとい …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… *1 スウェーデン、デンマーク、ノルウェーの三国はスカンジナビア諸国と呼ばれ、ノルディック(北欧)諸国とはスカンジナビ ア三国にフィンランドとアイルランドを加えた五カ国を指すことが慣例となっている。本稿では、ノルディック諸国からアイ ルンドを除いた四カ国を調査対象としている。北欧諸国が参加する地域的な多国間援助枠組については、図表1を参照。 *2 本稿に記載の質的情報につき、特段出所を明記していない場合は、2005年6月13日から24日にかけて筆者らがおこなったスカ ンジナビア三国における援助機関関係者への聞き取り調査もしくは、ノルウェーの開発関係シンクタンクである CMI(Chr. Michelsen Institute)に委託した北欧四カ国での聞き取り調査に基づく。 はじめに 第1章 政策資源の援助政策への配分 第2章 援助主体別配分 2.1 責任主体別配分 2.2 実施主体別配分 第3章 援助供与形態別配分 3.1 調達条件別配分 3.2 事業形態別配分 3.3 返済条件別配分 第4章 援助対象別配分 4.1 対象セクター別配分 4.2 対象国別配分 第5章 資金配分パターンから見た 北欧援助政策の特徴 5.1 共通点 5.2 相違点 おわりに 目 次

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� 開発金融研究所報

北欧援助政策の動向−資金配分の観点からみた変容と分岐−

開発金融研究所 開発研究グループ 小林 誉明  

はじめに

1.本稿の目的 北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド)は*1、他のドナーから際立った特徴的な援助を行うことで知られている。国民総所得(Gross National Income: GNI)に占める高い ODA比率、貧困削減重視の援助理念、無償中心の援助スキーム、援助への国民の強い支持など、日本とは好対照を示すその共通の特徴は、「理念型としての『北欧型援助モデル』」(下村 2005)として捉えることができる。北政諸国は援助規模自体は日本と比べても決して大きくはないものの、その独特な援助モデルによってドナー・コミュニティの中で確固とした存在感を発揮してきている。しかし1990年代後半以降、国際援助の潮流が貧困削減へと収束してゆくなかで、北欧型援助モデルの特徴は以前ほどはっき

りしなくなってきたことが指摘されている(Danielson and Wohlgemuth 2005: 520)。いわゆる「国際援助システムのグローバリゼーション」(桂井・小林 2006)が進行している現在、北欧型援助モデルはどのようなパフォーマンスを示しているのであろうか。その実態を明らかにすることが本稿の目的である。

2.本稿のアプローチ*2

 ある国が海外に向けて行う公的援助は、その国が何らかの政策目的を達成するために実施する公共政策の一つとして捉えることができる。政策としての実態は、限りある政策資源としての資金の配分パターンを観察することで、一定程度把握することができる。援助に関する資金配分のフローは、ある国の予算の中でどの程度を援助政策に割り当てているかという「援助政策への予算配分」と、援助予算の範囲の中で援助機関がどのように資金を利用してゆくかとい

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………*1 スウェーデン、デンマーク、ノルウェーの三国はスカンジナビア諸国と呼ばれ、ノルディック(北欧)諸国とはスカンジナビ

ア三国にフィンランドとアイルランドを加えた五カ国を指すことが慣例となっている。本稿では、ノルディック諸国からアイルンドを除いた四カ国を調査対象としている。北欧諸国が参加する地域的な多国間援助枠組については、図表1を参照。

*2 本稿に記載の質的情報につき、特段出所を明記していない場合は、2005年6月13日から24日にかけて筆者らがおこなったスカンジナビア三国における援助機関関係者への聞き取り調査もしくは、ノルウェーの開発関係シンクタンクである CMI(Chr. Michelsen Institute)に委託した北欧四カ国での聞き取り調査に基づく。

はじめに第1章 政策資源の援助政策への配分第2章 援助主体別配分2.1 責任主体別配分2.2 実施主体別配分第3章 援助供与形態別配分3.1 調達条件別配分3.2 事業形態別配分3.3 返済条件別配分

第4章 援助対象別配分4.1 対象セクター別配分4.2 対象国別配分第5章 資金配分パターンから見た    北欧援助政策の特徴5.1 共通点5.2 相違点おわりに

目 次

2006年9月 第31号 �

う「援助予算における配分」という二つの局面に大別できる。前者の、援助予算への配分規模を比較することで、当該政府が援助を政策手段としてどの程度重要視しているかを知ることができるであろう。他方で後者の、援助予算が誰からどこにどのよう

な形態を通じて配分されるかを考察することで、公的援助という国際的資源移転によって実現が期待されている政策目的がおよそどのようなものかを推察することができると考えられる。本稿では図表2のフローに従い、全予算の中からどの程度の資金が援

図表1 北欧及びその周辺地域における多国間援助枠組

図表2 援助配分フロー

注1)ライク・マイテッド・グループやノルディック・プラスといった枠組は主観的な枠組であるため、時代によっても論者によっても、その範囲は一定ではない。

注2)ドイツ、イギリス、オランダ、ノルウェーの開発関係閣僚(全て女性)から構成される「ウスタイン・グループ」という協議の枠組も存在し、図中※印で示した。

出所)北政の援助関係者の助言を基に筆者作成

出所)筆者作成

<拡大ノルディック・プラス>

*ドイツ

*オランダ

カナダ

<北欧(ノルディック)>

アイルランド

フィンランド

*ノルウェー

スウェーデン

デンマーク

<スカンジナビア>

<ノルディック・プラス>

*イギリス

<ライク・マインデッド・グループ( LMDGs )>

ODA予算

政府全予算

他の政策への配分

自国政府

(二国間援助)

多国間機関へ拠出

行政

NGO経由

プログラム

プロジェクト

E国

A国

B国

C国

D国

社会セクター

経済セクター

生産セクター貸与

贈与

タイド

アンタイド

第2章

援助主体別配分

第3章

援助供与形態別配分

第4章

援助対象別配分

第1章

援助政策への配分

2.1

責任主体別

2.2

実施主体別

3.1

調達条件別

3.3

返済条件別

3.2

事業形態別

4.1

セクター別

4.2

国別

� 開発金融研究所報

助政策に配分されたかを概観した後(第1章)、誰が援助するかという援助主体(第2章)、どのような手法(モダリティ、スキーム)を用いて援助するかという援助形態(第3章)、どこに援助するかという援助対象(第4章)、という三つの観点から援助予算における配分の実態を捉える*3。このように援助に関する資金配分に着目し、北欧ドナー間比較や時系列の比較を行うことで、北欧型援助モデルの国別の差異やその変容を明らかにする。

第1章 政策資源の     援助政策への配分

 国家は限りある予算の制約の下、プライオリティに応じた政策資源の配分を行う。援助政策に割り当てられる予算の割合には、他の政策と比べた援助政策の、その国にとっての相対的重要度が反映されていると捉えることができる。具体的には、その国が支出可能な予算の原資である国民総所得(Gross National Income: GNI)におけるODA 支出総額の割合(ODA/GNI 比率)*4という指標によって表されることが多く、対外援助政策に対するコミットメントの強さのドナー間比較に用いられている。1969年にピアソン委員会において、途上国開発のための資金増大を目的として ODA/GNI 比率0.7%という目標が設定されたが*5、現在も大半のドナーがこの目標には遠く及ばない。例えば日本は2005年(暫定値)で0.28%、これまでの最高でも0.34%(1984年)でしかなく、DAC 諸国全体の平均は1970年代以

降0.2%から0.4%の間で推移している(図表4)。 ドナー諸国大半のこのような実情と対照的に、北欧ドナーの援助へのコミットメントは「世界最高水準」(下村2005)となっている。1968年に対 GNP 比1%を目標として定めたスウェーデンは、早くも1975年には0.7%を突破し、その後0.7%以上を維持し続けて北欧諸国の先導役を務めてきた。1973年に国会で対 GNP 比の1%を目標として設定したノルウェーは、1982年には目標を達成し1980年代を通じてその水準が維持された。1985年に対 GNP 比1%を目標として段階的実施を行う国会決議を採択したデンマークは、1992年に対 GNI 比1%を突破した。フィンランドは、援助水準を1980年代に急速に伸ばし、1991年には0.8%にまで達した。 しかし、このような北欧援助政策の様相は、1990年初頭の冷戦終結によって大きく変容を遂げることになる。冷戦構造のなかでの戦略的援助の必要性が低下したことと、ドナー諸国が深刻な財政難に直面するなかで援助の成果がなかなか現れないことを契機とした「援助疲れ」とがあいまって、1992年から1996年までの間に DAC 諸国 の ODA は16% も の 落 ち 込 み を み せ た

(Selbervik 2003: 306)。その後徐々に持ち直したものの ODA/GNI 比率の DAC 諸国平均が1991年水準近く(0.33%)まで回復したのは漸く2005年(暫定値)になってからである。冷戦終結後の援助政策の変化については北欧諸国も例外ではなく、四カ国ともに1990年代初頭から中盤へ向けての援助削減、その後の回復という援助国一般の傾向

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*3 ドナーの援助動向を把握するための有効なアプローチが必ずしも定着しているわけではない。本稿では、資金配分のフローという軸に沿って調査項目を整理したことで、複数ドナー間の援助動向の体系的な比較を試みた。取得可能な集計データの制約もあり、現段階では大雑把な整理に留まるが、より実態に即した詳細な資金の流れを追跡することが可能な整理の仕方を模索してゆく必要があるだろう。

*4 予算総額を分母とした場合、国による予算制度の違い(例えば、一般会計には含まれない特別会計の存在)などにより、国家間の比較可能性が低下する。

*5 この0.7という数値自体に合理的な根拠があるわけではない(浅沼 2005)。

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を踏襲している。図表4に示すように、北欧四カ国の全てが常に DAC 諸国の平均値より高い ODA/GNI 比率を保持し続けてきたが、冷戦終結の影響の大きさは、四カ国の中でも大きく異なり、現在に至るまで縮まることの無い差異として残っている。1990年代後半を例外として北欧のなかで援助支出額としては最大のドナーであり続けてきたスウェーデン(図表3)は、1992年の

ODA/GNI 比率1%を最後に低下をはじめた。財政再建に向け1997年度以降の3年間に開発協力予算を対 GNI 比率0.7%まで引き下げることを決めた1996年の決定を受けて(外務省編 2005)、1999年には実際に0.7%水準にまで低下した。しかし、その後の財政状況の回復を受け0.8%近辺を維持した後に増加を続け、2005年には0.92%にまで達した。ノルウェーも経済後退が進む中で1990年代

図表3 北欧ドナーの ODA 支出総額(ネット) (1960 ~ 2005 年までの推移)

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

図表 4 北欧ドナーの ODA/GNI 比率 (1960 ~ 2005 年までの推移)

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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(100万USD)

デンマーク

フィンランド

ノルウェー

スウェーデン

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を通じて対 GNI 比率の低下を続け、2000年には0.8%を割った。実数ベースでは、GNIの急速な伸びによって90年における12億ドルから2005年における27億ドルまで着実に増加を続けており(図表3)、ODA/GNI比 率 も2000年 以 降 回 復 を 始 め、2005年 には0.93%という値をマークしている。デンマークは1990年代を通じて唯一 ODA/GNI比率1%周辺を維持した国である。この間、1.5%目標の設定が議論されたことさえあるが、公式な合意には至らなかった。2000年には1.06%と過去最高の対 GNI 比を記録したが、2001年の総選挙によって発足した中道右派のラスムンセン内閣が、公約により1%目標を放棄し ODA 予算総額を1999年レベルに抑えて2008年までは毎年115億デンマーク・クローネに固定することを決定したため、2005年には0.81%まで急降下している。しかし、援助政策のこのような急転換に対する野党等からの反発を受け、2005年2月発足の第二次ラスムンセン内閣では0.8%水準を下回らない方針が宣言された(Danish Ministry of Foreign Affairs 2005)。冷戦終結後においてもトレンドとしては高水準のODA/GNI 比率が維持されたスカンジナビア三国に比べ、フィンランドにおいて冷戦終結の影響は最も顕著に現われた。ソ連崩壊によってソ連との特恵的貿易が不可能となったことに加え、過酷な金融市場自由化に直面した結果、深刻な経済危機に陥り、1991年の0.8%から1994年には0.31%にまで対 GNI 比が急落した。その後、フィンランド政府は0.7%目標を2010年までに達成するというコミットメントを表明し(OECD 2003b: 12)、2005年には0.47%にまで上昇している。

第2章 援助主体別配分

 援助のために割り当てられた予算を元に、ドナー国内の様々なアクターによって援助政策が実現されるが、担う役割の大きさに応じて各援助主体への予算が配分される。ここでは、責任主体(2.1)と実施主体(2.2)という二つの観点から、主体別配分の内訳をみてゆく。

2.1 責任主体別配分:バイとマルチ それぞれのドナー国にとって、援助政策に利用可能な資金の使い方には、自国政府の責任のもとに使うという選択肢と、国際機関へ拠出したうえ当該機関の責任のもとに活用してもらうという選択肢とが存在する。前者を「二国間(バイ・ラテラル)援助」、後者を「多国間(マルチ・ラテラル)援助」というが*6、DAC 諸国のバイとマルチの比率は1990年以降ほぼ7対3程度とマルチの割合が低いのが通常であり、2004年のマルチ援助率の DAC 平均は27.5%であった。 このような中で、北欧諸国は伝統的に多国間援助への高い配分比率を記録してきた。ノルウェーが1969年に ODA 供与のチャンネルを等しく二等分することを謳ったガイドラインを作成し1972に公式化された他

(Stokke 2005)、デンマークも同様の方針を掲げるなど、多国間援助への重視は政策として明文化されているものの、ODA 総額の半分が実際に国際機関に配分されるまでには至っていない。1990年代以降は、特にスウェーデンとノルウェーにおいて多国間援助への配分が減少した一方で、フィンランドとデンマークは多国間援助へ向けた配分を維持している。2004年の多国間援助への配分割合は、フィンランドの40.4%、デンマークの39.8%と対照的に、ノルウェーが30.0%、

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………*6 近年、国際機関へ拠出する資金の用途にイヤマークを付けるという「多国間援助の二国間援助化」という新しい類型も出てき

ているが、北欧においてもその是非について議論が起こっている。

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スウェーデンが23.3%と DAC 平均(27.5%)に接近してきている。 現在、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向けて多国間援助の重要性が再認識されており、例えばスウェーデンが2003年に打ち出した「グローバル開発政策(Policy for Global Development: PGD)(Government of Sweden 2003)においても多国間援助の課題について言及されている。但し、そのような課題解決に有効な多国間援助戦略を提出することには成功しておらず、この点フィンランドやノルウェーも同様である。デンマークのみが新しい多国間援助戦略として「活発な多国間主義」を1996年に打ち出し、ドナー・コミュニティにおけるデンマークの影響力向上を目指して少数に限定した国際機関(世界銀行、EU、UNDP など)に集中的な資金配分を行うべきという提起を行っている。デンマークは、多国間援助のオペレーションをより効果的なものにするために、多国間援助のモニタリングと評価のための有志ネットワークの組織化を試みるなど、積極的な活動を行っている(Olsen 2005)。

 多国間援助資金が配分される国際機関の内訳については、国連およびその関連機関に対する重点配分の傾向が北欧四カ国に共通の特徴としてみてとれる。多国間援助に占める国連機関への拠出割合の1990年から2003年までの平均について、DAC 平均が25%であるのに対して、ノルウェーが62%、スウェーデン及びデンマークが44%、フィンランドが40%となっている*7。しかしここ数十年の間に特にスウェーデンとデンマークは国連機関への配分を大幅に削減しており、これは UNDP をはじめとする国連機関の援助効果を疑問視する調査結果に基づいた政策転換であるという。 自国の権限の範囲が限定される多国間援助以上に、援助資金の配分に関して自国政府が裁量をもつ二国間援助において、ドナーごとの特徴が顕著に表れる。次章以降においては、二国間援助に関する配分の内訳につき、援助供与形態、援助対象といった観点から、考察してゆく。

2.2 実施主体別配分:行政と NGO 自国が直接責任を持つ二国間援助につい

図表5 北欧ドナーの援助総額(グロス)に占める多国間援助と二国間援助の割合 (1990-2004 年平均)

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………*7 国連とノルウェーの繋がりは深く、初代国連事務総長トリグヴェ・リー(Trygve Lie)はノルウェー人であり、また「持続

可能な開発」の概念を提起した国連の「環境と開発に関する世界委員会(通称ブルントラント委員会)」の委員長を務めたグロ・ハーレム・ブルントラント(Gro Harlem Brundtland)女史は、元ノルウェー首相である。

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マルチ

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出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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て、その実施も当該国政府が行わなければならない必然性は無い。途上国開発に関する専門知識や人材等を保有し、実際に援助政策を実施することが可能なアクターは、公共政策実施を担当する行政機関(北欧の場合は、外務省や援助実施機関)だけに限定されず、いわゆる非政府組織(NGO)等も公的援助の実施主体になり得る。政策資源の有限性の中で、より政策受益者に近く効果的・効率的な実施が期待できる NGO 等に政策実施を委託する潮流は援助以外の公共政策においても一般化しつつある。二国間 ODA 総額に占める政策実施主体としての NGO への配分の割合の DAC 諸国における平均は、1990年の3.7%から2004年の8.8%へと着実に増加している。 北欧諸国は総じて、以前より NGO への配分率が相対的に高かったが、近年ますます高まる傾向にある。1990年以降をみると、年によって変動はあるものの、NGO の活用度が特に高いノルウェー、スウェーデンと、相対的に低いデンマーク、フィンランドとに分類できる。スウェーデンの援助はその開始当初から NGO によって主導され、スウェーデン国際開発協力庁(Swedish International Development Agency: Sida)の前身となる低開発国技術援助委員会自体が政府と40の NGO とによって1952年に創設されたものである(連合 1995: 50)。こ

のような歴史的背景もあり、2004年においても二国間援助の15.8%が NGO 向けに拠出されている。スウェーデンには援助関係の中小 NGO は300機関ほどあるが、労働組合国際協力評議会(LO/TCO)等をはじめとした13の大規模な NGO(「アンブレラ組織」と呼ばれる)の下に事実上組織化されている。NGO セクター内部での配分は、補助金、プロジェクト資金等の申請を Sida に提出するという形でアンブレラ組織を通じて行われている(外務省編 2005)。またアンブレラ組織は Sida に対し、自らが申請した NGO が途上国で行っているプログラムのチェックや評価を行う責任を負っている

(連合 1995: 56)。ノルウェーの援助政策の実施は、ノルウェー開発協力庁(Norwegian Agency for Development Cooperation: NORAD)や外務省といった行政機関以外に も、FREDSKORPSET を は じ め と す るNGO グループによって担われている。2003年においては二国間援助における実に30.4%が NGO に配分されている。デンマークの二国間援助の約12.7%(2004年)は NGO を通じて行われており、小規模でも現地事情に精通している団体へ幅広く資金を提供していく方針を表明しているものの(外務省編 2005)、その大半は三つの大規模 NGO に集中してしまっている。フィンランドにおける NGO への配分率はスカンジナビア三国と

図表6  北欧ドナーの二国間援助総額(ネット)に占める政府向け支出と NGO 向け支出の割合(1990-2004 年平均)

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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比べて相対的に小規模であるが、近年急増している。

第3章 援助供与形態別配分

 様々な援助主体によって供与される援助資金は様々な形態を通じて援助対象に届けられる。ここでは、供与形態の種類として、調達条件(3.1)、事業形態(3.2)、返済条件

(3.3)という三つの観点から分類し、北欧ドナーの二国間援助の供与形態別配分を考察してゆく。

3.1 調達条件別配分:タイドとアンタイド 公的援助には、ドナー国のリソースからの調達が援助供与の条件として付けられる援助(タイド援助)と、付けられない援助

(アンタイド援助)とがある。かつてはドナーの多くがタイド援助を行っており、1990年時点においても二国間援助に占めるアンタイド援助の割合に関する DAC 諸国平均は59.4%と低かったが、ドナー国の商業利益重視の反映として批判の対象となったことを受け DAC における議論等を経てアンタイド化が進み、2004年にはアンタイド率は実に91.3%に達している。 北欧諸国は概して当初よりアンタイドな調達条件の援助に対してより高い配分を行ってきた。しかし近年、ノルウェーとスウェーデンがアンタイド率を更に急上昇させたことにより、タイド援助を一定の割合で残しているデンマーク及びフィンランドとの差異が生じている。スウェーデンでは原則アンタイドが達成されており、ノルウェーは近年コンセッショナル・ローンの完全アンタイド化を完了し、2003年及び2004年のアンタイド率は100%に達している。デンマークでは、プロジェクトの大半が自国の大型コンサルタント会社によって運営される仕組みを続けてきたが、除々にアンタイド率が高まり2001年には93.3%まで達した。ところが、2001年11月の政権交代

の影響により、2003年にはアンタイド率は71.5%まで低下してしまった。しかしその後、2004年1月からは、EU 調達令に沿って国際公開入札方式を取り入れることで援助のアンタイド化を図る方向へ大きく方針転換を図っていった(外務省編 2005)。現在、政府は完全アンタイド化にコミットしており、2004年には88.8%へと回復をみせている。フィンランドは北欧諸国のなかではアンタイド率が相対的に低く、1990年の時点でわずか27.4%と低調であったが、ここ10年でタイド援助の割合は急速に減少した。

3.2 事業形態別配分:プロジェクト   援助とプログラム援助 公的援助は、個々の開発事業(プロジェクト)という形で行われる「プロジェクト援助」と、より広く一般的な開発目的に資する形で行われる「プログラム援助」とに分けることができる。プログラム援助には、国際収支支援や、一般財政支援、セクタープログラム等が含まれる。近年多くのドナーにおいて、プロジェクト型からプログラム型への重点の移行が進み始めている。 北欧諸国は、従来のプロジェクト中心の援助がレシピエントの行財政能力の改善に結びついてこなかったとの認識に基づきプログラム援助への移行を最も積極的に推進しており、図表8に示したように四カ国ともに DAC 平均より高いプログラム援助比率をマークしている。1998年までは四カ国ともに DAC 平均と大差はなかったものの、1999年以降、スウェーデン(50.2%)とノルウェー(42.1%)が急激にプロジェクト比率を上昇させた。北欧諸国も含めたプログラム援助の詳細については大野・立入(2000)が詳しい。

3.3 返済条件別配分:グラントとローン 公的援助は、返済義務を伴わない形で供与されるもの(贈与:グラント)と、返還義務を伴うもの(貸付:ローン)とに分け

1� 開発金融研究所報

図表7  北欧ドナーの二国間援助総額(コミットメント)に占めるアンタイド援助とタイド援助の割合 (1990-2004 年平均)

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

図表8 北欧ドナーの二国間援助総額(ネット)に占めるプログラム援助とプロジェクト援助の割合(2000-2004 年平均)

図表9  北欧ドナーの二国間援助総額(グロス)に占めるローンとグラントの割合 (1990-2004 年平均)

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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DAC平均 デンマーク フィンランド ノルウェー スウェーデン 日本

グラント

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出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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ることができる。返済義務を伴わない贈与の方が援助の受け手である途上国にとって負担が軽いとの認識のもと、贈与の形で供与する援助への配分を増やすグラント化の流れがドナー・コミュニティの中で進んでいった。二国間援助における非贈与の割合

(非グラント率)の DAC 平均は1990年当初の27.5%から2004年の13.9%まで着実な低下を示している。 北欧四カ国は1990年の時点で既に、ある意味で国際潮流に先駆けてグラント化が進展していた。しかし1990年から2004年までの非グラント率の平均につき、北欧四カ国を比較すると、貸付の形態が限りなく無しに近いノルウェー(1.1%)及びスウェーデン(0.5%)と、わずかながら貸付のスキームが機能し続けているデンマーク(3.0%)及びフィンランド(4.0%)との差異が存在することを確認することができる。デンマークでは外務省が混合借款(ミックス・クレジット)と呼ばれる輸出補助金を提供しており、その信用リスクは貿易産業省の監督下のデンマーク輸出信用基金(EKF)が引き受けている。フィンランドでは、社会開発と環境分野に限定してコンセッショナル・ローンを供与している。

第4章 援助対象別配分

 様々な主体による様々な形態を通じて、援助資金はその供与対象に配分される。ここでは北欧ドナーの二国間援助の対象別配分につき、対象セクター(4.1)及び対象国

(4.2)という二つの観点から考察してゆく。

4.1 対象セクター別配分:社会セクター・経済セクター・生産セクター

 途上国が抱えている発展の課題は、その国の置かれた歴史的背景や、資源賦存、自然環境、国際環境などによって様々であるが、必要となる支援を、教育や運輸といった分野(セクター)としていくつかにラベ

リングすることができる。OECD では、教育、医療、衛生、ガバナンス・市民社会といった分野を社会インフラ/サービス・セクター、運輸、通信、エネルギー等を経済インフラ/サービス・セクター、農林水産、鉱工業等を生産セクターとして分類しており、ドナーによって供給される全ての援助はこれらのセクターのいずれかを対象として支出されたものとしてカウントされる。DAC 諸国のセクター別配分の傾向は、経済セクターや生産セクターから社会セクターへと配分の重心を緩やかにシフトしてきている。あるドナーがどのセクターに向けて重点的に援助を拠出するかは、そのドナーが援助という政策を用いて実現しようとしている開発のあり方を反映していると考えられる。特定セクターへの配分に示される選好から、ドナーが描く発展のヴィジョンのみならず、ドナーの重視する価値や理念、独自の経験に基づく得意分野などを把握できる可能性もあるであろう。しかし現在、ドナーのセクター配分は、以前ほどドナーの選好を説明するのに有効な指標とはならなくなってきている。援助協調をはじめとして「国際援助システムのグローバリゼーション」が進展した現在の援助潮流のもとでは(桂井・小林 2006)、各ドナーは原則として極めて限定されたセクターに関われるだけであり、自国で援助したいセクターがあっても他ドナーとの間での調整が行われてしまうことがしばしばある。例えば、教育セクターを重点セクターとしてきたデンマークがタンザニアにおいては教育セクターに加わらなかったが、これは既に多くのドナーがこのセクターに参加していたことによる(OECD 2003a)。 北欧諸国は社会セクターへの支援を重視しているイメージが浸透しているが、1970年代や1980年代には社会セクターへの配分にそれほど力を入れておらず、必ずしも北欧援助の伝統的なスタイルというわけではない。このような状況は、1980年代後半以降の IMF と世界銀行による構造調整プログ

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ラムによる社会的影響の問題が認識されるようになったことや、1995年のコペンハーゲン社会開発サミット等の影響によって一変する。2004年現在、二国間援助の43.2%を社会セクターに配分しているノルウェーは、1990年時点では DAC 平均の22.5%より低い17.5%しか社会セクター開発に向けておらず、むしろ当時は経済セクター(24.8%)及び生産セクター(14.1%)への配分が重視されていた。このような経済・生産セクターから社会セクターへの重点のシフトはフィンランドにおいても同様にみられ、社会セクター(12.3%)以上に林業や工業といった生産セクター(43.2%)を重視した配分

(1990年)から、社会セクター(46.3%)が生産セクター(4.0%)を圧倒的に凌ぐ配分パターン(2004年)に取って代わった。スウェーデンも、社会セクター重視の傾向は安定しているものの、かつて重視されていた経済セクター(15.3%)および生産セクター

(23.2%)の大幅な縮小が見られる。デンマークは、社会セクターへの配分が1990年時点ですでに37.7%と高く、2004年でも42.9%と社会セクターへの配分を安定的に維持すると同時に、経済セクター(14.6%)及び生産セクター(13.2%)へもバランスよく配分されている。 現在、北欧が重点配分を行っている社会セクターの中で四カ国が共通して力を入れている領域が、ガバナンス、民主主義、人権、市民社会といったセクターであり、ここ10年間の急増は目を見張るものがある。北欧諸国は開発援助と人権イシューをリンクさせたパイオニアであり、スウェーデンでは海外援助を開始して以来、最重点領域として人権イシューが位置づけられている。1970年代半ば、人権イシューを援助の議論の中に取り入れたノルウェーで、開発と人権との直接的なリンケージが形成されるま

で10年以上がかかった(Selbervik 1997)。1986年にノルウェーは、人権を開発援助の目的として定め、デンマークも1987年にそれに続いたが(Krab-Johansen 1995)、フィンランドは1990年代になるまでこの動きには加わらなかった。実際に、北欧諸国の援助配分は他のドナーと異なり、より民主的な国と人権の実績が良好な国に対してより多く配分がされていることが実証されている(Gates 2004)。

4.2 対象国別配分:最貧困国~中所得国 援助を実際に受領する具体的な客体は途上国国家である。途上国といっても様々な発展水準の国が対象国になり得る中で、配分先対象国の選択に、ドナーの目指す政策目的が反映されると理解することができるであろう。 図表11は、北欧四カ国における二国間援助の配分先を配分額の多い順に示したものである。北欧諸国の二国間援助は、「パートナー国(プログラム国)」とよばれる幾つかの国に集中して配分され、より重要な少数の国が「長期(主要)パートナー国(プログラム国)」として選ばれ長期の関係を結んでいる。援助資金の多くが実際に長期パートナー国に向けられていることが表からも確認できる。長期パートナー国として選ばれる基準は各ドナーごとに定めているが、

「貧困国のなかでも最も貧困な国」に支援を行うことが北欧ドナー共通の基本原理となっている*8。実際に二国間援助が供与されている国の多くが後発開発途上国(LDCs)に属している。1990年から2003年の期間に後発開発途上国に向けて配分された二国間援助の DAC 平均は26.8%であるが、フィンランドは42%、スカンジナビア三国は約50%を後発開発途上国に振り向けている。ここ数年、後発開発途上国への配分に減少傾向

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

*8  他にも、開発志向の政府であることや、社会的に公正な政策を押し進めていることといった基準が定められている。

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図表 10 北欧ドナーの二国間援助総額のセクター別配分 (1980、1990、2004 年の推移)

DAC

0.0

20.0

40.0

60.0

社会セクター

経済セクター

生産セクターセクター横断

その他

デンマーク

0.0

20.0

40.0

60.0

社会セクター

経済セクター

生産セクターセクター横断

その他

フィンランド

0.0

20.0

40.0

60.0

社会セクター

経済セクター

生産セクターセクター横断

その他

ノルウェー

0.0

20.0

40.0

60.0

社会セクター

経済セクター

生産セクターセクター横断

その他

スウェーデン

0.0

20.0

40.0

60.0

社会セクター

経済セクター

生産セクターセクター横断

その他

1980 年

1990 年

2004 年

出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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がみられるが、これはバルカンやパレスチナなどの紛争地域等への配分が増えたことによる。この傾向は特にノルウェーに顕著で、1990年の時点では上位レシピエント六カ国全てが後発開発途上国であったのに対し、2003年では六カ国のうち三カ国は非後発開発途上国のイラク、パレスチナ、セルビア・モンテネグロとなった。 最貧困への重点配分という方針は、必然的に配分先の地域的な偏りを生むことになった。すなわち、最貧国が集中するアフリカ大陸への重点配分である。現在のように国際援助潮流がアフリカに向かうよりも数十年前から、北欧諸国の二国間援助の配分先の大半は、元来北欧諸国にとって歴史的な繋がりも深くないアフリカに向けられてきた*9。1990年における北欧四カ国による二国間援助のほぼ半分程度がサブサハラアフリカに搬入されており、同時期の DAC平均の28.9%と比較してもアフリカ重視の明白な傾向が表れている。アフリカの中でもケニアやタンザニア、ウガンダといった東南部の特定国に集中している理由は、英語圏ということの他に、古くから北欧の宗教ミッションが入りこんでいたことにもよる*10。しかし、アフリカへの配分は、ここ数年は減少傾向にあり、1990年におけるデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの各国のアフリカ向け援助の二国間援助総額に占める割合は、それぞれ、59.2%、61.7%、65%、58.2%であったのに対して、2003年にはそれぞれ51.5%、53.6%、47.7%、48.2%へと低下し、バルカンや中東などの紛争地域への配分が増加していった。ところが、2005年のグレンイーグルズ・サミットで、アフリカが主要ドナーの優先課題とされたことで、北欧の政治指導者は再びアフリカ

へのコミットメントを強化してきた。デンマークは数年前に三つの主要なパートナー国からの撤退を決定したばかりであるが、2005年には「新アフリカ戦略」を打ち出し、デンマークの援助の三分の二をアフリカに配分することを宣言した。スウェーデンは1990年代後半にはすでに「アフリカ戦略」を打ち出しており、アフリカが直面している様々な課題に対処するために援助は貿易や投資といった他の手段と組み合わされねばならないといった新たなアプローチ(「政策の一貫性」)の必要性を示唆していた。同様にアフリカへ強い重点を置いていたにも拘わらず、フィンランドとノルウェーはこのような包括的な戦略を打ち立てることはなかった。 アフリカに比べたらアジアへの北欧援助の関与は低調である。南アジア、中央アジア、東アジア向け二国間援助総額の1990年から2003の期間の DAC 平均値(33.5%)に対して、北欧は同じ時期、スウェーデン24.3%、ノルウェー22.6%、フィンランド29.9%、デンマーク28.9%といずれも平均値以下であるが、デンマークとフィンランドがノルウェー及びスウェーデンより高い関与を示している。但し、北欧のなかで唯一スウェーデンのみが、明確なアジア戦略を持っており、1999年に「アジアと共にある未来」と題した2000年以降を見据えた戦略を策定している

(Government of Sweden 1999)。北欧諸国は自らが配分対象として重要視する最貧困の基準に合致するバングラデシュやネパール、ブータンといった国とのパートナー関係を構築する一方で、中国、ベトナムといった成長市場にも多大な関心を持っているようである。

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

*9 北欧とアフリカとの関係は、1850年代にデンマークによるゴールド・コーストの植民地化や宗教ミッション以外では、北欧の人々にとって長らくアフリカは遠い異国に過ぎなかった(Tostensen 2002; Wohlgemuth 2002)。

*10 例えばタンザニアでは、1960年代初頭に50の宗教ミッションが来ており、援助ロビーストとしても活躍した(Koponen and Heinonen 2002)。

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第5章 資金配分パターンから見     た北欧援助政策の特徴

 本稿では、「北欧型援助モデル」と呼ばれる特徴的な援助スタイルを共有する一塊の集団としてドナー・コミュニティにおいて存在感を発揮してきた北欧ドナー四カ国に関する最新の援助動向につき、特に資金の配分に着目して考察してきた。図表12に整理した通り、冷戦終結を経た1990年代以降の「国際援助システムのグローバリゼーション」の進展とともに北欧ドナーにおける資金配分の様態は大きく変容してきたことが明らかになった。

5.1 共通点 北欧各国による援助対象をみる限り(第4章)、「貧困削減」が北欧共通の目標となっていることは明らかである。しかし、北欧型援助の特徴であった貧困削減という目標は今やメインストリーム化し、北欧のみな

らずドナー・コミュニティ全体が掲げる目標となっており、貧困削減は北欧の特性を表す代名詞とはならなくなってしまった。援助の世界的潮流が貧困削減へと収束してゆくなかで、北欧型援助の特異性はむしろ埋没し、共通の目標によって連携していた北欧ドナーの一体性はむしろ消失していっているようにも見える。

5.2 相違点

 北欧ドナーの共通性が希薄化してゆく一方で、むしろ北欧四カ国内での相違につき二つの点が明らかとなった。まず、政策資源の援助政策への配分割合を比較することによって(第1章)、政策手段としての援助への重点の置き方の差異を確認することができた。すなわち、高水準の ODA/GNI 比率に体現される、公的援助を重視する姿勢は、冷戦終結直前の時点において北欧ドナー共通の特徴として確立されていたが(図表4)、1990年代に入ると、援助予算への高水準割り当てを行う北欧型援助を維持するス

図表 11  北欧ドナーの二国間援助総額の国別配分 (2005 年トップ 20 カ国)

注)◎は主要パートナー国、網掛けはアフリカ出所)OECD International Development Statistics Online から作成

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カンジナビア諸国と、そこから脱落するフィンランドとに二極分化が起こった。冷戦終結後における援助予算への削減圧力は、北欧四カ国全ての援助に影響を与えたものの、スカンジナビア三国の ODA/GNI 比率は低下率がわずかで止まり、現在まで一貫して最も気前のよいドナーの一角を形成し続けているのに対して、フィンランドは1992年に ODA/GNI 比率を急減させて以降、スカンジナビア三国のグループとは異なる路線を歩んできている。しかし、このように冷戦終結の影響が最も大きかったフィンランドも、政策手段としての援助に再び意義を見出して ODA/GNI 比率を急速に高めはじめており、かつてのように北欧四カ国の足並みが収束してくる可能性はある。第二に、援助供与の際に使用する各種手法(モダリ

ティ)の選択に関して(特に、第3章)、北欧諸国内で二極分化が起こっていることが明らかとなった。すなわち、調達条件についてはタイド、事業形態としてはプロジェクト、供与条件についてはローンという、かつて多くのドナーにとって標準的であった援助供与形態を利用し続けるデンマーク及びフィンランドに対して、スウェーデンとノルウェーはアンタイド化、プログラム化、グラント化をより積極的に推進している。従来型の標準的な援助供与形態から離脱する形で、援助潮流に先行して新しいモダリティを実践し続けている国が、スウェーデンとノルウェーといえよう。 このように、北欧型援助モデルと称された北欧の援助政策は、援助政策への重視度及び新たな援助手法採用への積極度という二つの

図表 12 北欧ドナーの援助配分パターン

出所)筆者作成

配分の種類

指標 DAC

平均 スウェーデン ノルウェー デンマーク フィンランド

高水準 低水準 援助政策への

配分

ODA の対 GNI

比率

(2005 年) 0.33% 0.92% 0.93% 0.81% 0.47%

バイへの移行 マルチ重視 責任主体

別配分

マルチ

比率

(1990‑2004

年平均) 27.1% 29.2% 30.6% 39.6% 39.6%

NGO の積極活用 NGO 活用は消極的

実施主体

別配分

NGO への

出資比率

(1990‑2004

年平均) 6.4% 15.8% 22.9% 13.8% 11.2%

アンタイド化 タイド保持 調達条件

別配分

アンタイド

比率

(1990‑2004

年平均) 74.0% 87.8% 90.0% 76.3% 66.6%

プログラム型援助

へ転換

プロジェクト型援助

重視 実施形態

別配分

プログラム

援助比率

(2000‑2004

年平均) 12.8% 51.1% 46.8% 28.7 19.7

ほぼ完全グラント化 ローンのスキーム保持

分 返済条件

別配分

非グラント

比率

(1990‑2004

年平均) 23.1% 0.5% 1.1% 3.0% 4.0%

社会セクター重視 セクター

別配分

社会セクタ

ー比率

(2004 年) 37.3% 36.0% 43.2% 42.9% 46.3%

最貧国=アフリカ重視

分 国別配分

最貧国比率

(1990‑2003

年平均) 26.8% 47.2% 54.8% 53.3% 42.0%

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軸に沿って、①援助政策重視かつ新たなモダリティ推進のグループ(スウェーデン、ノルウェー)、②援助政策重視ではあるが相対的に従来型モダリティに依存するデンマーク、③援助政策への配分は少なく従来型モダリティに依存するフィンランド、という三つの類型に分岐したものと捉えることができる。援助の目標や手段に関する国際潮流が収束していく中、少なくとも資金配分の観点から見る限りは、北欧内部においては逆にその分裂が確認できるのである。

おわりに

 北欧内での違いを示した研究が極めて少ないなかで、本稿では1990年代以降の国際環境の変化によって生じた、北欧四カ国間の援助政策パフォーマンスの差異を明らかにした。このような差異が、今度どのような方向に向かうのかについての観測は継続してゆく必要がある一方で、このような時系列的なダイナミックスと多国間比較可能性をもつ北欧の援助政策は、日本の援助政策の参照事例としても、より深く研究する意義があるであろう。すなわち今後の課題としては、第一に、本稿で確認したような援助政策を支える行政の制度・機構についての把握、第二に、国家間の差異が生じた理由についての分析が必要であるが、これらの点については稿を改める。

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