基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説...

11
基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。 短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、 小説の基本の型という面もありますから、長編を書くトレーニングにもなります。 また、短いだけにいろいろなテクニック、仕掛けが分析しやすく、応用するのにも便利です。 そこで今回は、短編小説を通じて小説の型や仕掛けについて学んでいきます。 イラスト フクイヒロシ 特集1 15

Upload: others

Post on 11-Jul-2020

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

基本の型をつかむ、仕掛けを知る

短編で学ぶ小説講座

一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

小説の基本の型という面もありますから、長編を書くトレーニングにもなります。また、短いだけにいろいろなテクニック、仕掛けが分析しやすく、応用するのにも便利です。

そこで今回は、短編小説を通じて小説の型や仕掛けについて学んでいきます。

イラスト フクイヒロシ

特集1

15

Page 2: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

短編に必要な条件

――長編と短編は、長さ以外では何が違

いますか。

基本的な構造は同じだと思うのですね。

ただ、長編の場合は、大アイデア、中ア

イデア、小アイデアと、ピラミッド型に

なっていて、短編の場合はそんなにたく

さんのことは書けませんから、核になる

アイデアを一個選んで書くんですね。

――何を核とすればいいでしょうか。

自分が本当に書きたいのは何だろうと

考えてみるといいんじゃないかと思いま

す。この小説を書くことで何を実現した

いんだろう、何を表現したいんだろうと

考えてみると、意外と余計なものが混ざ

りこんでいるのを発見できます。それを

そぎ落として、残したものを軸におく。

――短編に必要な条件は?

「トリック」「ロジック」「レトリック」

と言っているのですが、トリックという

のは、広い意味での騙しのアイデアです。

ロジックは、話の辻褄が合っているかど

うか。レトリックは修辞。表現力です。

――韻を踏んでいて面白いですね。

「トリック」「ロジック」「レトリック」

には前後がつく。前は「フック」。つまり、

ひっかける。タイトルと最初の一行目か

二行目ぐらいで読者を引っ張り込むフッ

クが必要です。

小説に限らず、書き出しには「!」か

「?」が必要です。「!」は、「面白そう

だから読もうじゃないか!」というフッ

クですね。「?」は、「どうして?」と謎

で引っ張っていく方法です。

あとにつくのは(すべて語尾が「ク」

であるという語呂合わせから)「お得」。

読み終わって、読者は何か「お得」を得

たか。知識でも感動でもいいんですが、

小説には「お得」が必要です。

――それは小説全般に重要ですね。ほか

にはどんな条件がありますか。

一つは、共感性。これは着眼に近いん

ですが、多くの人が共感する題材に着目

して書くことが重要です。

それともう一つが、喚起性です。読者

の中で化学反応が起きて、何かが呼び覚

まされるような書き方が、面白い小説の

書き方じゃないかと思いますね。

書きたいところから書く

――構成法についてお聞きしたいと思い

ますが、短編でも起承転結は考えたほう

がいいですか。

起承転結は漢詩の絶句のルールですか

ら、関係ないんです。起承転結で書いて

ある小説なんかない、嘘だと思うなら分

析してみろと言っています。説明しやす

いので起承転結という言葉を使っている

のですが、危険だと思うんですね。学校

教育で起承転結を教えたため、高校生が

書く小論文がみんな同じ構成になってい

ると聞いたことがあります。

――書き慣れるまではなんらかの方法論

が必要のように思いますが、短編を書く

いい構成法はありますか。

劇作の方法で、「重要な、盛り上がっ

ているところから書け」というのがある

んです。「桃太郎」なら、一番最初に鬼

がわっといて、桃太郎が攻めてくる。そ

こから書き出しておいて、そのあと、時

間を巻き戻す。自分が一番書きたいとこ

ろをとりあえず書いてしまうわけです。

――面白いですね。でも書き慣れない人

は混乱するかもしれませんね。

そうやると、困る人もいると思います。

もうこのあと書くことがない、どうやっ

て始末したらいいかと。しかし、困るこ

とで逆にトリッキーな表現がでてくるん

じゃないかと思いますね。

――今おっしゃられた劇作法はミステリ

ーで言う倒叙に近いですが、ほかに叙述

の方法はありますか。

時系列と倒叙以外にもう一つというこ

とではありませんが、短編作家ではサキ

が大好きでして、サキは148編ぐらい

しか短編を書いていませんので分析して

みたことがあるんですが、あれは手品な

んですね。右手でハンカチを振っている

ときは、そこでは何も起こっていない。

最後になってアッと気づかせる叙述の仕

方をするのです。これはうまく決まった

ら最高の手法ですね。

――倒叙とは違いますが、始まりが現在

トリック、ロジック、レトリック、そして、フックとお得

川又千秋先生に聞く

16

Page 3: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

1948年、北海道小樽市生まれ。慶応大学卒業後、博報堂制作部勤務を経て、作家活動に。1981年『火星人先史』で星雲賞、1984年『幻詩狩り』で日本SF大賞を受賞。淑徳大学講師。川又氏には字数300字の超短編集『三百字小説』という著作があり、東京新聞サンデー版紙上で実施されている「300文字小説」という公募の審査員を務めている。

撮影 賀地マコト

で、「主人公が若いときにこういうこと

があった」というのが本編で、最後にま

た現在に戻るという形式がありますね。

そういう形式は19世紀の小説に多いと

私は思っているのですが、近代小説が始

まったとき、いかに「本当の話のようだ」

と思わせられるかが重要な問題だったん

ですね。そのために、誰かが実際に語っ

た話だとか、これは古文書に書いてあっ

た話だと設定する。作家である私はそれ

を見聞きして報告しているんだというふ

うに書く。そのようにして実話を装う。

しかし、そのうちだんだん読者が小説を

読み慣れてきて、最初からフィクション

だと知って読み始めることが普通になっ

ていったんじゃないかと思います。

――リアリティーを出す一つの手法と考

えると、短編にも使えますね。

ただし、短編の場合は最初の説明を短

くしたほうがいいですね。

タガが外れたときに成長

――リアリティーを出す方法はほかにあ

りますか。

新潮文庫に『世界を騙した男』という

詐欺師の自叙伝があるのですが、人を騙

すには3つの条件があって、その一つが

人間的魅力。あとは調査力と観察力と言

っているんですね。要するに人間は何か

の拍子に信じるんですね。

――小説なら、文章力、取材力、観察力

といったところでしょうか。

逆に「こいつ、知らないで書いてる」

と思われると、全部疑われる。ある小説

は、高校生がいろいろな悪さをしてまわ

る非常にリアルな話で、これは面白いと

思っていたら、あるところでスクーター

を盗むんだけど、アクセルを踏んじゃう

んですよ(笑)。

――オートバイはハンドルのところにあ

るアクセルをまわすんですよね。

要するに「らしさ」をどうやって確保

するかです。谷崎潤一郎も言っています

が、簡単な方法は業界用語(専門用語)

をちょっと織り交ぜる。それだけで人は

簡単に人を信用するところがあります。

――ただ、ちゃんと調べて、確かなこと

を書かないといけませんね。

そうなんです。そこで私が常々言って

いることは、「知らないことは書くな」

「ごまかせ!」。知ったかぶりをするテク

ニックはあると思いますが、基本的に知

らないことは書かないほうがいい。

――短編の場合、いかに削るかと、説明

にしても、いかに要領よくまとめるかが

問われますが、そのためのコツはありま

すか。

清水俊二さんの『長いお別れ』と、村

上春樹さんの「ロング・グッドバイ」を

比べると、原稿が25%ぐらい増えている

んですね。村上さんは、初めてチャンド

ラーを読むかもしれない人に向けて書い

ているので説明の仕方が違う。原文には

ない説明も入っている。

――逆に言うと「分かることは省略して

いい」ということになりますね。省略の

テクニックはほかにありますか。

私は削るのが好きなのでよくやるんで

すが、どうやったらシャープになるかを

考えます。少し乱暴でも、動詞と名詞以

外をとってしまう。要するに形容詞や副

詞などの飾りの言葉、それから自分の考

えをとってしまう。彼はしばらく思い悩

んでどうのこうのという心の中は書かな

いで、動きだけ書く。そのほうが締まる

んじゃないかと思います。

――ハードボイルド文体というか、ヘミ

ングウェイにも通じる書き方ですね。最

後になりますが、短編を書くのは長編を

書く練習になると思いますか。

なると思います。短編と長編とでは、

絶対に長編のほうが楽なんですよ。思い

の丈をいくら書いてもいい。でも、短編

はそんなことをしている暇がないし、登

場人物の数も減らさないといけない。短

編を書いていて、枠で苦労しているとタ

ガがとれたときにすごく楽になるという

のが多分にあります。

――縛りがあったほうが、それがとれた

ときに成長したりしますね。本日はあり

がとうございました。

17

Page 4: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

短編の書き方の特徴

短編小説は、400字詰め原稿用紙で

言うと、100枚以内の作品になり、文

学賞で100枚以内の枚数のものは短編

の賞に分類されます。

もちろん、はっきりした決まりはあり

ませんので、単行本になった短編集の中

には150枚ぐらいのものもありますが、

短くて10枚、長くて100枚、多くは60

〜80枚ぐらいという感じでしょうか。5

枚、3枚、もっと少なくて300字とい

った枚数の短編は掌編と呼ばれます。

100枚の小説は、それだけでは単行

本になる枚数ではないという意味では短

編に含まれますが、100枚あればそれ

なりの結構の小説が書けますから、長編

小説と変わるところはありません。

ただ、短編の場合は、枚数の関係で、

ワンストーリー、ワンアイデア、あるい

は、ある断面しか書けません。

たとえば、小松左京の長編小説『日本

沈没』は、「日本が沈没するという話が

絶対的な核のアイデアで、日本が沈没す

るためにはどうしたらいいかという中ア

イデアがびっしりきて、沈没したらいっ

たい何が起こるかという枝葉がある」(川

又千秋先生のインタビューより)のです

が、筒井康隆の『日本沈没』のパロディ

ー、『日本以外全部沈没』は短編ですので、

「日本以外が全部沈没したら」というワ

ンアイデアで書かれています。

さらに、もっと短い掌編になると、説

明もとにかく短くコンパクトにまとめな

いといけません。だらだら書いたり、主

人公の心の中をごちゃごちゃ書いている

と、あっというまに紙幅が尽きてしまい

ますね。

しかし、文は短くとも表現効果は落と

さず、効率よく表現をしなければいけま

せんので、そこが難しいところではあり

ます。だからこそ勉強になるのですが。

私小説というリアル

ここでは、志賀直哉『城の崎にて』、

梶井基次郎『冬の蠅』、三浦哲郎『拳銃』、

村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』

を取り上げます。

日本文学には、私小説という実体験を

書いたジャンルがあります。実体験を書

いたのだったらエッセイではないのかと

思いそうですが、一から十までノンフィ

クションではなく、実体験を使って創作

したものです。

読み始めて読者は、「これって実話っ

ぽいな。うん、実話だ。実際にあった話

だ」と思いますが、作者としてはしてや

ったりというところでしょう。

「これから本当にあった話をします。噓

ではありません」という書き方をします

が、これはリアリティーを出す手法で、

実際にはかなり創作が入っています。

あるいは、世間が勝手に私小説と言っ

ているだけで、実は実体験でもなんでも

なく、実体験を装っているだけかもしれ

ません。それは作者でなければ分かりま

せんが、本来小説は読者を騙してなんぼ

というものですから、それはOKです。

騙すのが作家の仕事です。

そのようにして実話を書いたり、実話

深い人生観と雰囲気を感じさせる一人称小説

に見せたりするのは、言おうと思えば、

たった一言でも言えること、人生観を漏

らしたいからでしょう。

あるとき、病気やケガをして、人生に

ついて何か思う。しかし、それだけを唐

突に書いて、「人生は○○だ」と言って

も説得力がありません。それは名言集な

どを読んでも、必ずしも感銘を受けない

のと同じです。だから、出来事を通じて、

あるいは出来事の力を借りて、そのこと

を言っているわけです。

さて、次ページで取り上げる短編は四

作とも私小説、またはそれに近い書き方

をしていて、人称はエッセイと同じ一人

称です。エッセイのようなスタイルです

から、書くこと自体は難しくなく、書き

方を真似ることは簡単だと思います。

しかし、凝った構成やあざとい仕掛け

のようなものはありませんので、それだ

けに読後に何か深いものを残さないと再

読に堪えないところはあります。

逆を返せば、結末を知ってから再読し

ても作品の良さは損なわれない。そこが

名作たるゆえんです。

志賀直哉

『城の崎にて』

梶井基次郎

『冬の蠅』

三浦哲郎

『拳銃』

村上春樹

『中国行きのスロウ・ボート』

短編小説案内

18

Page 5: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

志賀直哉

城の崎にて

〈あらすじ〉

主人公の「自分」は山の手線の電車に

跳ね飛ばされてケガをし、その後あ

とようじょう

養生に、

一人で但馬の城き

の崎温泉に出かける。

ある朝、温泉宿の屋根の上に一匹の蜂

の死骸を発見する。それから少したち、

のどに串を刺された鼠が小川に投げ込ま

れ、見物人に石を投げられているのを見

る。さらにしばらくして、川原でイモリ

を驚かそうと石を投げたところ、偶然命

中し、死なせてしまう。

〈ポイント〉

志賀直哉が東京で事故に遭ったのは事

実。作中では、「イモリは偶然死んだ、

死んだ蜂はどうなったろう、あの鼠はど

うしたろう、死ななかった自分は今こう

して歩いている。生きていることと死ん

でしまっていること、それは両極ではな

かった」と述懐する。三つのエピソード

を通じて死生観を綴っている。

梶井基次郎

冬の蠅

〈あらすじ〉

主人公の「私」は渓た

間の温泉宿で療養

している。もう二度目の冬である。冬が

来て、私は日光欲を始める。窓を開け、

日光が射すと、日陰ではよぼよぼしてい

た蝿が活気づき、私は冬の蠅を観察する。

ある日、私は村の郵便局に行き、その

とき、通りかかった乗合バスに乗って三

里先の港町まで行ってしまう。そこで三

日過ごして帰ると、蝿はすでに死んでし

まっている。

〈ポイント〉

冬の蝿に病身の自分を見る。その蝿は、

私が三日留守にし、日光を入れず、部屋

も温めなかったため、寒気と飢えで死ぬ。

そして、私は「私にもなにか私を生かし

そしていつか私を殺してしまうきまぐれ

な条件があるような気が」する。『城の

崎にて』同様、日本文学の伝統とも言う

べき写生文で情景をスケッチした作品。

三浦哲郎

拳銃

〈あらすじ〉

主人公の「私」は母親を見舞いに郷里

に帰る。私は6人兄弟の末っ子で、兄二

人は家出して行方不明、長女と三女は色

素欠乏症で、長女と次女は自殺していて

故人である。母親は16年前に亡くなった

夫(私の父親)のピストルの処分を依頼

する。使った形跡はない。私は「東京の

警察に届けますよ」と言い、翌朝、隣町

の駅から東京に向かう汽車に乗る。

〈ポイント〉

かつてこの拳銃を見たとき、「この拳

銃こそが、父親の支えだったのではある

まいか。その気になりさえすれば、いつ

だって死ねる。確実に死ぬための道具も

ある――そういう思いが、父親をこの齢

まで生き延びさせたのではあるまいか」

と思ったことを思い出す。父親の遺品の

拳銃を処分するというだけの話だが、小

道具をうまく使い、ずしりと重い作品。

村上春樹

中国行きのスロウ・ボート

〈あらすじ〉

主人公の「僕」は模試で中国人小学校

に行き、中国人教師と出会う。それが初

めて会った中国人。二人目は大学生のと

き。バイト先にいた中国人の女の子とデ

ートし、帰りに彼女を山手線の逆方面に

乗せてしまう。駅に戻った彼女に電話番

号を聞くが、メモした紙を紛失する。三

人目は28歳のとき。喫茶店で高校時代の

知り合いの中国人に声をかけられる。

〈ポイント〉

村上春樹初の短編。カート・ヴォネガ

ットやブローティガンの影響が強いと言

われる同氏だが、「最初の中国人に出会

ったのはいつのことだったろう?」で始

まるなど私小説っぽく、現在から入って

過去の三つのエピソードを出す構造は

『城の崎にて』に似ている。『ライ麦畑』

を彷彿とさせる居場所を探せない僕の追

想と独特の文体で読ませる。

志賀直哉「城の崎にて」所収『小僧の神様 城の崎にて』(新潮文庫)

梶井基次郎「冬の蝿」所収『檸檬』(新潮文庫)

三浦哲郎「拳銃」所収『拳銃と十五の短篇』(講談社文芸文庫)

村上春樹「中国行きのスロウ・ボート」所収『中国行きのスロウ・ボート』(中公文庫)

基本の型をつかむ、仕掛けを知る

短編で学ぶ小説講座

19

Page 6: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

短編は手品に似ている

文章を読むという行為にはご褒美が必

要です。共感、感動、新しい知識、新し

い発見など、何かを読者に与える必要が

ありますが、ご褒美は長編と短編では少

し違います。長編はそれなりに重い読後

感がないと、読んだ労力に見合わないと

ころがあります。重いというか、真面目

というか、テーマと真正面から向き合っ

ているというか。

一方、短編では落語のようなオチのあ

る作品やコメディーもOKです。

たとえば、吉行淳之介の「あいびき」

という小品。ある男女が『あいびき』と

いうホテルに行く。そこに行く前、男女

は階下のレストランで食事をしたが、メ

ニューにはミートボールしかなく、二人

は不思議に思う。で、二人はベッドイン

しますが、女の子宮は鉄製のポンプにな

って男根を吸い込み、一方、男根は巨大

な研磨機になって女を内部から粉砕して

いく。そして男女は骨までこなごなにな

り、合い挽きの肉塊になって、階下のレ

ストランのミートボールになる……。

とてもシュールな展開で、これが長編

だったら、長らく読ませて終わりはダジ

ャレか!と言いたくなりますが、この作

品は文庫本で5ページの小品だから許せ

てしまえるところがあります。

このように短編には、多かれ少なかれ

最後に意外な結末が待っていたりします

が、結末が分かってしまわないように、

なんらかの工夫をしないといけません。

たとえば、新美南吉の童話「飴だま」。

子どもを二人連れた女の旅人を乗せて、

渡し船が出ようとしている。そこにヒゲ

を生やした侍が乗ってくる。侍は居眠り

をしてこっくりこっくり。子どもが笑う

と、母親は侍が怒りだしては一大事と注

意する。子どもの一人が飴だまをねだる。

母親は与えるが、飴だまは一つしかなく、

子どもたちは争う。子どもの声に侍は目

を覚まし、刀を抜いてやってくる。母親

は居眠りをじゃまされた侍が子どもたち

を切り殺すと思うが、侍は飴だまを刀で

二つに割って分けてやる。

このラストが手品的などんでん返しで

すが、もちろん、最初に「これは侍が子

どもたちのために飴だまを割ってやる話

です」と言ってしまったら台なしです。

また、そのことは覚られないように、

「黒いひげをはやして、つよそうなさむ

らいが」と設定し、親切などはしないよ

うな雰囲気を醸しておく。このへんの勘

所は手品や話術と同じです。

短編には切れ味が必要

太宰治に『親友交歓』という短編があ

ります(『ヴィヨンの妻』所収)。

昭和21年9月、主人公の「私」は罹災

して生家の津軽に避難している。そこに

小学校時代の同級生の平田という男が訪

ねてきます。この友人がまた傍若無人な

振る舞いをし、「かかにお酌をさせろよ」

などと言って私をさんざん振りまわしま

すが、私はウィスキーを出したりしても

てなします。

帰り際、友人は「ごちそうになったな。

ウイスキイは、もらって行く。」と言い、

トリッキーで効果的な技が冴える短編

私は四分の一ぐらい入っている角瓶に、

友人がまだ湯ゆ

のみ呑

茶碗に残しているウィス

キーを注ぎ足してやる。すると、「ケチ

な真似をするな。新しいのがもう一本押

入れの中にあるだろう。」と言う。私は

煙草まで持たせて友人を玄関まで送るが、

最後に彼は私の耳元でささやく。

「威張るな!」

これが最後の一行で、この作品はこれ

で終わっています。真似したくなります

が、下手にやるとセンスが問われそうな

小気味よい終わり方です。

さて、次ページでは、芥川龍之介『魔

術』、太宰治『魚服記』、生島治郎『暗い

海暗い声』、向田邦子『三角波』を紹介

します。

『魔術』は最後の切り返しが見事で手品

のような作品。『魚服記』は結末とその

過程ははっきりとは書かれていませんが、

明確に類推できるように仕組んだ巧妙な

作品。『暗い海暗い声』は幻想文学で、

結末は掟破りです。『三角波』は最後に

あっと驚く結末が待っていますが、常識

の盲点をついていて意外です。

芥川龍之介

『魔術』

太宰治

『魚服記』

生島治郎

『暗い海暗い声』

向田邦子

『三角波』

短編小説案内

20

Page 7: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

芥川龍之介

魔術

〈あらすじ〉

ある晩、主人公の「私」は人力車で小

さな西洋館を訪ねます。表札には「印度

人マテイラム・ミスラ」とあります。ミ

スラ氏は魔術を披露し、「誰にでも造作

なく使えます。ただ欲のある人間には使

えません」と言う。私は欲を捨てること

ができると約束し、魔術を習います。そ

の後、私はトランプをしますが、友人が

「財産をすっかり賭ける」と言うと、欲

が出て、私は魔術を使ってイカサマをし

ます。そして勝負には勝つが、カードの

「王様」の顔がミスラ氏に変わり、私は

まだミスラ氏宅にいることに気づく。

〈ポイント〉

夢オチという意味では「杜子春」と同

じで、欲を出すと失敗するというところ

は「蜘蛛の糸」と同じ。数少ない夢オチ

の好例で、夢だったことに意味がある。

また、夢が覚める切り返しが鮮やか。

太宰治

魚服記

〈あらすじ〉

本州の北端の小山で、東京の学生が滝

壺に落ちて死ぬ。それを15歳の少女スワ

は見る。スワはここで茶店をやっており、

父親は夏は炭を焼き、盆過ぎに村へ売り

に出る。父親はそれらが売れると酒くさ

い息をして帰ってくる。初雪が降った日、

スワは疼痛を感じる。体がしびれるほど

重い。ついであのくさい呼吸を聞く。ス

ワは「阿呆」と言い、滝壺に飛び込む。

気づくとスワは鮒になっており、しばら

く考えたのち、再び滝壺に向かう。

〈ポイント〉

疼痛というのは近親相姦と読める。そ

れで自殺した少女は鮒に生まれ変わるが、

鮒も自殺するというシニシズムの極致。

冒頭の学生の水死、父親に向かって「阿

呆、阿呆」と言うセリフ、酒くさい息な

ど、すべての部品が結末に向かって連動

しているという技巧的な作品。

生島治郎

暗い海暗い声

〈あらすじ〉

重苦しいほどむし暑い晩、海は静まり

かえっている。主人公の「私」は後甲板

のほうに歩いていく。そこに先客の男が

いる。男は骸骨のように痩せ細り、顔色

はひどく蒼白い。男は「この船に幽霊が

出るという噂がある」と言う。その幽霊

はかつてここから海に飛び込んだ男で、

スクリューに切り取られたのか右腕がな

いとも。そして、男は「ぼくには、その

気持がわかるな」と言う。そのとき男は

私の右腕がないのに気づく。

〈ポイント〉

この作品は一人称で、語り手も「私」

だが、通常、語り手は物語の外にいると

考えるもの。だから、「幽霊が出るそう

だ、その正体は?」と語り手が語れば、

幽霊は語り手以外ということになるが、

この作品はそれを逆手にとっている。語

り手に同化して読むと結末が意外。

向田邦子

三角波

〈あらすじ〉

巻子は達夫との結婚を控え、不安があ

る。波多野という達夫の部下が巻子に気

があるらしい。二人の間に割って入りそ

うだ。しかし、無事挙式をし、新婚旅行

に行く。巻子は達夫と波多野が、巻子を

奪い合うように激しく卓球をしたことを

思い出す。夜、波多野から電話が来る。

仕事の電話だったが、巻子にはベッドに

入る時間を狙って掛けてきたように感じ

る。新居での生活が始まり、雨戸を開け

て巻子は凍りつく。そこに波多野がいる。

〈ポイント〉

冒頭、電線に止まっていた二羽の鳩が

交尾を始めるのは象徴的で比喩的な導入

部。また、タイトルの「三角波」も関係

を象徴するとともに伏線にもなっている。

と同時に、これらの伏線がすべて読者を

ミスリードさせる材料にもなっている。

常識の盲点をついた仕掛け。

芥川龍之介「魔術」所収『蜘蛛の糸・杜子春』(新潮文庫)

太宰治「魚服記」所収『晩年』(新潮文庫)

生島治郎「暗い海暗い声」所収『奇妙な味の小説』(吉行淳之介編・中公文庫)

向田邦子「三角波」所収『男どき女どき』(新潮文庫)

基本の型をつかむ、仕掛けを知る

短編で学ぶ小説講座

21

Page 8: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

削れるものは削る

ヘミングウェイの文体は、心の中を書

かず客観的行動描写で書いていくハード

ボイルド文体と言われていますが、短編

を読むと、字数制限のせいなのか、説明

的なこともかなり省略されています。

「あいつ、酔っぱらった」かれは言った。

「毎晩酔っぱらってる」

「何で自殺しようと思ったんだろう」

「おれには分からない」

「どんなふうにやったんだろう」

「ロープで首を吊った」

「誰がロープを切って助けたんだ」

「姪だよ」

(ヘミングウェイ「清潔で明るい場所」)

地の文は「かれは言った。」だけで、

どんな感じでどう言ったかは省かれてい

ます。だから、読者は表現の隙間を埋め

ようとして勝手に推測してしまいます。

場面転換についても同じです。前出の

「清潔で明るい場所」から引用します。

「おやすみ」もう一方も答えた。

という一文があり、これを言った場所

はカフェです。その後、この人物(主人

公)による自分との対話が書かれていて、

その最後にこうあります。

銀色に光る高圧蒸気式のコーヒーマシ

ンがあるカウンターの前にかれは笑みを

浮かべて立った。

「注文は」バーテンダーが尋ねた。

と、一瞬でバーに移動してしまいまし

た。うまくやらないと読者が混乱します

が、書かなくていいものは徹底して省略

しています。

結末は想像にお任せ

「1・2・3・ 

・5・6」とあれば、空

欄に入るべきは「4」だなと隙間を勝手

に埋めてしまう。こういうのを空白補完

効果と言うそうですが、これは小説のテ

ーマや結末に関しても言えます。

サマセット・モームの「夢」という作

品は、ウラジオストックの駅の食堂が舞

台。その食堂は混雑しており、主人公の

「私」はある男と相席になる。男は語る。

彼はアパートの最上階に住んでおり、ら

せん階段を上から見ると、吹き抜きがま

るで大きな井戸のよう。そして、男の妻

は、男にこの手すりから下へ投げ落とさ

れそうになる夢を見たのだと言う。

そして、男の妻は、偶然にも夢と同じ

ように、その階段から落ちて首の骨を折

って死に、そのとき、男は友人のところ

に行っていて留守だったと潔白をほのめ

かす。それで最後の一文がこれ。

あのときかれの語ったことが、はたし

てほんとうだったのか、それとも冗談だ

ったのか、私はいまもってはっきり決め

かねている。(

サマセット・モーム「夢」)

つまり、「分からない」というのが答

読んでおきたい海外小説の名作短編

えということになります。すると、読者

としては、「どっちだろう」と思い、も

しかしたら見逃がした一文があるのでは

ないかと読み返し、それもなさそうだと

なると、あるはずのない答えを探してあ

れこれと推測を始めます。結果、読者は

作品と長く関わることになるわけです。

このように話がまだ続いているように

感じることを余韻と言い、余韻を出すた

めの一つの手が、「夢」のように結論を

書かない方法。また、もう一つ、これと

似ていますが、結の前で意図的に話を終

わりにしてしまう手もあります。

たとえば、「シンデレラ」のようなス

トーリーを書いたが、終盤がどうももた

ついてしまらない。そこで「12時になり、

シンデレラは城を出る。そのとき、階段

で靴が脱げて……」で話をぶった切って

終わりにしてしまう。すると読者はいろ

いろ結末を想像してしまうでしょう。そ

ういう終わり方もあります。

ただし、疑問を残すだけの尻切れとん

ぼと余韻は紙一重ですので、その点は注

意が必要です。

モーパッサン

『首飾り』

サマセット・モーム『蟻とキリギリス』

チェーホフ

『犬をつれた奥さん』

O・ヘンリー

『警官と讃美歌』

短編小説案内

22

Page 9: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

モーパッサン

首飾り

〈あらすじ〉

美しくて魅力的なマチルドは、小役人

ロワゼル卿と結婚。夫妻は夜会に招待さ

れるが、お金がなく、フォレスティエ夫

人に首飾りを借りる。夜会ではマチルド

は注目を浴びるが、帰りに首飾りを紛失。

夫妻は借金をし、首飾りを買って返す。

借金は10年かけて返済、そのためマチル

ドはすっかり老け込んでしまう。ある日、

マチルドはフォレスティエ夫人と会う。

首飾りは買い替えたものと告白するが、

夫人はあれは模造品の安物だったと言う。

〈ポイント〉

「美しいけれど不遇な夫人が一夜限りの

スポットライトを浴びる」で終わればシ

ンデレラストーリーだが、終盤に首飾り

の紛失という切り返しがある。そこから

ハッピーエンドにもできるし、この作品

のように皮肉にすることもできる。どん

でん返しのモデルのような作品。

サマセット・モーム

蟻とキリギリス

〈あらすじ〉

トムは妻を捨て、遊び暮らしている。

友人に借金し、兄ジョージに縁を切られ

るとその兄から金をゆする。ジョージは

25年間、真面目に暮らし、貯金は3万ポ

ンド弱。一方、トムは乞食になるしかあ

るまいという人生だが、彼は数週間前、

自分の母親ぐらいの年の女性と結婚、彼

女が死んで50万ポンドの財産が転がり込

む。それで兄は「不公平だ」と怒る。

〈ポイント〉

有名な寓話や格言をもとに、それとは

逆のことを言うパターン。パロディの一

種でもあり、寓話どおりの因果応報にな

らないあたりはブラックユーモアでもあ

る。単純に「遊び暮らしていたら困った

ことになるとは限らない」と書くだけで

なく、真面目だけど狭量なジョージ、遊

び人だけど人間的魅力があるトムという

キャラクターを書き分けている。

チェーホフ

犬をつれた奥さん

〈あらすじ〉

グーロフは家には居つかず、浮気ばか

り。彼がヤルタに保養に来たとき、アン

ナと出会う。毎日正午に落ち合い、白昼

の口づけ。グーロフは思い焦がれる。ア

ンナも罪悪感がありながら別れられない。

しかし、夫から手紙が来て、アンナはC

市に、グーロフはモスクワに帰り、関係

は破局。しかし、アンナを思うグーロフ

の気持ちはやまず、彼はC市までアンナ

を訪ねていく。夫と観劇中だったアンナ

はグーロフを帰し、以降は自分がモスク

ワまで通って密会を続ける。

〈ポイント〉

本気になった不倫の恋はどうなるかと

結末が気になるが、「もうしばらくすれ

ば――解決のいとぐちが見つかり、新し

い、すばらしい生活が始まる」と未来を

暗示させて終わっている。匂わせるだけ

ではっきり書いていないので余韻が残る。

O・ヘンリー

警官と讃美歌

〈あらすじ〉

冬が近づき、ソーピーは越冬対策とし

て三ヶ月刑務所で暮らす計画を立てる。

しかし、無銭飲食しても、ショーウィン

ドウに石を投げてガラスを割っても、幸

か不幸か捕まらない。警官の前で若い女

につきまとうが、逆にナンパが成功して

しまう。どうしても逮捕されないソーピ

ーはある街角で立ち止まる。教会から讃

美歌が聞こえ、衝動を覚える。まともな

人間になろう。そのとき、「こんなとこ

ろで何をしてるんだ?」警官に腕をつか

まれて連行され、翌朝、裁判所はソーピ

ーに「禁固三ヶ月」を言い渡す。

〈ポイント〉

捕まりたいときには捕まらず、捕まり

たくないときには捕まる。捕まるのは当

初の目的ではあるが、讃美歌を聞いて改

心しようと決心した途端に捕まるという

結末は皮肉。短編の王道。

モーパッサン「首飾り」所収『モーパッサン短篇集』(ちくま文庫)

サマセット・モーム「蟻とキリギリス」所収『コスモポリタンズ』(ちくま文庫)

チェーホフ「犬をつれた奥さん」所収『チェーホフ短篇集』(ちくま文庫)

O・ヘンリ「警官と讃美歌」所収『O・ヘンリ短編集(一)』(新潮文庫)

基本の型をつかむ、仕掛けを知る

短編で学ぶ小説講座

23

Page 10: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

超初心者は3枚から

これから小説を書こうという方、とり

わけ初心者に近い方の場合、いきなり大

長編を書こうとしても、そう簡単にはい

きません。だから、短編小説で練習して

おきます。

枚数は、超初心者であれば400字詰

換算3枚がいいでしょう。もっと短くて

もいいですが、短すぎるとかえって難し

いところがありますから、とりあえず3

枚にし、その中でほんのワンシーンを書

くようにします。

ほんのワンシーンですから、大きい話

は書けません。3枚で大きい話を書こう

としたら筋の要約のようになってしまい

ます。しかし、そうかといって、場面を

ストップモーションにして描写ばかりし

ていても話が進みません。

要するに、3枚でまとめるには、設定

や話の前提はどの程度で済ませるか、展

開の早さはどうするか、描写はどの程度

厚くするかを考える。逆に言えば、どの

程度の話なら3枚で収まるかを考える。

この枚数と作品の大きさを見極めると

いうのが、まず初心者がクリアしなけれ

ばならない課題になります。

決めた枚数を守ること

5枚でもいけるという方は5枚からチ

ャレンジしてかまいませんし、10枚でも

いけるという方は10枚でもかまいません。

ただ、無理に枚数を増やさず、楽に書

ける枚数で挑戦してください。ここで重

要なのは、完結させること。

作品は完結させて初めて、「序盤が長

くて重く、後半が尻つぼみ」とか、「最

初に張っておいた伏線が回収されていな

い」、「読後の後味が今一つ」といったこ

とが分かります。ですから、今の実力で

書ききれる枚数にし、何十作、何百作と

習作を重ねたほうがいいです。

もう一つ、重要なのは、決めた枚数を

守るということ。10枚で書こうと思った

ら10枚で書く。10枚というサイズの中に

きっちり納める。

ある人が体験したことを書こうとして

10枚で収まらないなら、体験したあるこ

との中からさらに断片を選んで切り取っ

てこないといけません。

そのような制約があると面倒ではあり

ますが、制約があるから作者は工夫し、

その結果、技術も上達するのです。

短編で模写とデッサンを

絵画の練習法に模写とデッサンがあり

ますが、小説にもあります。

小説で言う模写は文字通りの全文書き

取りで、これは作者がやった行為を追体

験する練習法です。長編の最初の10ペー

ジぐらいを書き写すのでもいいですが、

作品全体の構成とか仕掛けを学びたいの

であれば、掌編の模写がいいでしょう。

デッサンというのは、模写ではなく素

描です。このデッサンが狂っているとい

う状態は、以下のようなものです。

①用紙に収まりきれていない。

②バランスが悪い、ゆがんでいる。

小説のデッサンとしては、400字

詰換算10枚を何度も書くのがいいです

が、目的はデッサンではありませんの

で、10枚が書けるようになったら25枚、

50枚、100枚と枚数を伸ばしていき

ます。50枚、100枚となると短編の

文学賞に応募できますので、練習ばか

りではなく、実際に公募に挑戦するの

も一興です。

枚数をどう増やすかですが、掌編は

説明も描写も最小限にとどめています

から、5枚のものを10枚にするときは

文章を厚くする感覚でOKですが、

100枚を200枚にとなってくると、

単に文章量だけ増やしてしまうと話が

間延びします。ですので、盛り込む出

来事や内容を増やします。

一般的にはだいだい50枚〜100枚

が一作品の単位で、そこで展開した起

承転結(何がどうしてどうなった)を

一つの章とし、それを繰り返すと中編、

長編になっていきます。

アマチュアのための短編活用術

長編の練習としての短編

短編から長編へ

24

Page 11: 基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説 …基本の型をつかむ、仕掛けを知る 短編で学ぶ 小説講座 一読者として読む短編小説もいいですが、創作する側の立場から見ても短編は非常に重要です。短編小説は、絵画で言うデッサンの練習にもなりますし、

③ポイントがずれている。

①は「桃太郎」で言えば、鬼ヶ島に行

く途中で枚数が尽きかけ、結果、鬼ヶ島

での戦いを説明で端折り、リアルに描写

することなく、あっというまに戦いは終

了、そしていきなり村に帰還してしまう

ような展開です。絵と用紙のサイズが合

ってないのですね。

②は辻褄が合っていなかったり、話が

脇道に逸れてしまったり、あるいは、枚

数をかけすぎて間延びしてしまったり、

逆に簡単に書きすぎて情景が克明にイメ

ージできなかったりです。

③はテーマがずれている、ピンボケと

いう状態ですね。

長編でこうなってしまったら見つけに

くいですし、直しも大変です。だから、

短編で何度も練習し、きっちりデッサン

できるようにしておきましょう。

基本の構成法

長編、短編を問わず、有名な構成法と

して、起承転結と序破急があります。

起承転結は漢詩の構成法を応用したも

のです(図1)。

もう一つは序破急です(図2)。こち

らは能から来た構成法です。

考え方はほとんど同じですが、短編小

説でも、ある程度の長さのもの(80枚〜

100枚程度)は、設定や話の前提とな

ることを説明する紙幅のある起承転結が

書きやすく、掌編というような長さの場

合は序破急が書きやすいようです。もち

ろん、どちらで書いてもOKです。

起承転結も序破急も小説の基本構成と

いうよりは、誰かに何かを説明するとき

の基本です。

つまり、「いつ、どこで、誰が」とい

うアウトラインをまず説明し、そのあと

で、「何が、どうして、どうなったか」

を書く。これは、これ以上分かりやすい

書き方はないという構成法ですので、ま

ずは感覚的にでも、この物語の自然な流

れというものを把握しておきましょう。

「問い」と「答え」

起承転結や序破急とは別に、時間をど

う扱うかによって分類した構成法もあり

ます(図3)。

これらも基本は起承転結や序破急で構

成されています。あるいは、起承転結や

序破急をベースに、それらを崩していっ

たものと考えてもいいです。

もちろん、崩すのが目的ではなく、お

もしろく構成するためにはどうするかと

いう観点で崩したものですが、起承転結

や序破急で基本の土台ができていますか

ら、多少崩しても話が破綻することはあ

りません。

もっと言うと、起承転結や序破急はご

く自然な流れですから、考えなくても自

然にそうなってしまうというところはあ

ります。その意味では、掌編では特に、

起承転結や序破急は考えずに書いても大

丈夫な部分はあります。

ただし、序盤で発した「問い」に答え

ないと話は終われません。

小説に限らず文章は問いを内包してい

ます。たとえば、「鬼のために村人が苦

しんでいました」と書けば、それはひと

つの問題提起であり、その答えを書かな

いうちは話は終われません。

逆に言えば、問いに対する答えが書い

てあれば、出来事自体は終わっていなく

ても話を終わりにすることができます。

唐突に終わってもちゃんと話が落ちてい

る作品は、そういう作品です。

起承転結

序破急

時間による三つの構成

起 導入部。設定や話の背景、主人公の物語上の目的などが示されます。

序 起承転結の起と同じ導入部。

時系列出来事が起きた順番通りに書く方法。昔話はほとんどがこの方法です。

倒叙法まず事件が起きて(犯人が分かった状態で)そのトリックなどを暴いていく方法で、ミステリーによくありますが、ミステリーでなくても、まず「浜辺で玉手箱を開けておじいさんになってしまった浦島太郎」のシーンを書き、そのあとでなぜそうなってしまったかを書けば倒叙になります。また、倒叙のバリエーションとして、もっとも盛り上がる部分から書くパターンもあります。

サイドイッチ形式現在の話から入り、本編では過去の話が語られ、最後にまた現在に戻る形式。たとえば、ある人物がいて、その人が回想するという設定で本編が始まり、最後に現在に戻る。「現在・本編・現在」というように、本編の前後が、別の時間の話で挟まれています。

承 導入部での設定を受けて、話が進行、あるいは問題が起きるなど展開します。

破 設定した状態が壊れるなど、物語が展開する。問題が起きる、事件が起きる。そして、解決する。

転 広げられた話が回収され、問題が解決し、主人公は目的を達成して(未達の場合もありますが)話が終わります。

急 起承転結の結と同じ終結部。

結 最後のまとめ、後日談、最後のオチなどが来るエンディングの部分。

基本の型をつかむ、仕掛けを知る

短編で学ぶ小説講座

図1

図2

図3

25