中学本校男子 国語1219 toyo - nishiyamato.ed.jp ·...
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平成27年度 入学試験問題
(6 0 分)
国 語
〔 注 意 〕 �
① 問題は一~三まであります。② 解答用紙はこの問題用紙の間にはさんであります。③ 解答用紙には受験番号、氏名を必ず記入のこと。④ �各問題とも解答は解答用紙の所定のところへ記入のこと。
⑤ �各問題とも特に指定のない限り、�句読点、�記号なども一字に数えること。�
�
西大和学園中学校
― ―3― ―3
問題は次のページから始まります。
― ―1
一
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
二十世紀の社会は、�
X��
の目標を設定し、それを実現させることを繰く
り返してきました。とりわけ日本は、欧おうべい米
に追いつき、追い
越こ
すことを目標に突っ走ってきました。
(��
A ��
)、よく考えてみると、これはずいぶんおかしなことです。(
���
B
���)
、ヨーロッパやアメリカとは、自然条件も風土
も、文化や歴史も違ちがうのですから、欧米と同じ社会や人間、文化をつくることなどできるはずはないからです。この点でいえば、ド
イツはドイツ、フランスはフランス、アメリカはアメリカ、日本は日本、というだけのことであって、追いつくだの追い越すだのとい
うこと自体がバカバカしいことです。
(
��
C
)、欧米に追いつく、追い越すという目標は、数値化できる目標、たとえばG
(注1)
DPが同じレベルになるとか、自動車生産
台数で抜ぬ
く、というようなことにすぎないのであり、これは自然も風土も、文化や歴史も無視したからこそできた目標でした。とこ
ろが、これが「国民」の目標のようになってしまった。(
��
D
)、その目標に向かって走れば走るほどに、自然も風土も、文化や
歴史も無視されて、結局GDPのレベルではキ
あ
ボが大きくても、どこか貧しさを感じさせる社会ができあがってしまったのです。
未来の目標を設定するということをすると、大なり小なり似
①
たような問題がおこります。なぜなら、目標は設定可能なある部分だ
けに対して行われるのですから、それが一人歩きしはじめると、全体性は必ず損なわれてしまうからです。ところが、人間は全体性の
なかで生きています。ですから、目標に向かって人々が一体になって走れば走るほどに、逆に人間の存そんざいきばん
在基盤は不安定になっていか
ざるをえないのです。
私たちは、未来に実現可能な目標を設定するような生き方は、放ほうき棄すべきなのでしょう。それに、私たちは、人間は未来からは何
のヒントを得ることもできないのだ、ということを直視すべきでしょう。なぜなら、人間は未来を経験することができないのですか
ら。
(
��
E
)、未来は確実に到とうらい来します。しかし到来した未来は、人間にはつねに現実としてあるのであり、未来を未来のままで経
験することなどできるはずもありません。とすれば、そんなものにヒントなどあるはずもないのです。
とすれば、未来へのヒントはどこにあるのか。それは�����
Y ��
を読み直す作業をとおしてだ、と私は考えています。
一例をあげますと
(注2)、哲てつがくし
学史のなかでは、ときどき天才的な人物がでてきます。それがヘ
(注3)ーゲルだったり、カ
(注4)ントだったりするわけ
ですが、彼らは新しい思考のかたちを示した人々です。そういう人々は、なぜ新しい哲学をつくりだすことができたのかといいますと、
― ―2
ひとつはその時代に存在していたものの考え方がゲ
い
ンカイにきていること、つまりこれまでの考え方ではダメだということを知って
いたことであり、もうひとつは、この壁かべを打ち破るために、その頃あまり重視されていなかった過去の哲学の読み直しをしたことに
ありました。ヘーゲルは古
(注5)
代ギリシアやロ
(注6)
ーマの哲学をよく勉強していましたし、あのマ
(注7)ルクスも最初の論文は「デモクリトスとエ
ピクロスの自然哲学の相そうい違について」でした。いうまでもなく、デモクリトスもエピクロスも古代ギリシアの哲学者です。
ここで重要なのは、
「②
読み直す」という作業です。「読み直す」とは、ただ読むことではなくて、現在の問題意識で「読み直す」
ということです。つまり、現在の問題意識で読み直すから、そこにその時点でなければ発見できない新しいブ
う
ンミャクや新しい意味が
発見される。私たちがヒントにできるものは、そういうものだという気がします。
ところで、これまで述べてきたような意味で過去を読み直してみますと、そこに長い期間持続してきたものを発見することができま
す。それは、現在の問題意識で読み直された過去のなかにみえてくる「持続してきたもの」ですが、私が信頼をおいているものは、そ
ういうものです。歴史が変わっても持続してきたものは信頼できる。現在の私の問題意識が、この持続してきた世界を発見させている
のですから、私はそれを信頼するのです。逆に述べれば、それほどの持続性をもっていないとみえるものは、経験的に、それほど信頼
することはできないのです。
たとえば、「人間は自然の恵めぐみを受けながら暮らしていた」ということは、私にも長く持続してきたことのようにみえる。だからこ
の考え方を信頼することができる。ところがたとえば国
(注8)
家主義的な考え方は信頼できない。なぜなら、【
※
】、人間が
近(注9)代に生まれたような国家を必要とするかどうかは、まだわからないと思うのです。
近代的な市
)(0
(注
場経済も同じことでしょう。そんなものは、まだ信頼に足るだけの持続時間をもっていない。それよりは、昔からあっ
た単純な交こうかんけいざい
換経済のほうが、よっぽど信頼できる。近代技術に対しても、私たちは半信半疑であってよいと思うのです。やはり、ま
だ信頼できるだけの時間の持続を経ていないのですから。それとくらべれば、技や道具の世界のほうがずっと信頼できる。なぜなら、
技や道具の世界は長く持続してきたばかりか、今日のようなトラクターや農薬といった近代技術を用いる時代になっても、やはり必要
なものとして残りつづけているのですから。
にもかかわらず、二十世紀の社会は「進歩」をゼ
え
ッタイ的な価値にしていたために、新しいものこそが未来を切り開くと考える精神
の習慣のなかに人々をまきこんでいったのです。新しい発明や開発があるたびに、それこそが歴史を進歩させるという気持ちをもたせ
ることができた。
もっとも、最近になると、人々は新しいものに未来をみることに、ず
)((
(注
いぶん懐か
いぎ疑
的てき
になってきました。た
③
とえば遺伝子組み換か
え技
― ―3
術が未来を切り開くと思っている人よりも、この技術に不安をいだく人のほうがずっと多い。化学調味料をたくさん食べると頭が良
くなる、などということが流る
ふ布していた時代もあったことを振ふ
り返ると、人々の考え方もずいぶん変わってきたような気がします。
食しょくひんぼうふざい
品防腐剤が生まれ、腐く
さ
らない豆腐などが生まれたときも、大いに歓か
んげい迎
されたものですが、いまでは私たちは、むしろ昔からの食べ
物、食べ方のほうを信頼するようになってきている。
化学肥料も使われるようになってまだ数十年。ということは、これを数百年、数千年も使っていったら、土どじょう壌にどんな問題が起こ
るのかはわからない。というより、すでに、アメリカなどでは、化学肥料による地下水汚お
せん染
が、一部で健けんこうひがい
康被害を出しはじめてい
る。それと較くらべれば、伝統的ユ
お
ウキ肥料のほうが信頼できるということは、あらためていうまでもないでしょう。
私たちは「新しさ」、「進歩」という不確かなものに包まれて暮らしているのです。ですから、何を信頼したらよいのかをみつけだす
想像力をもつ必要があるし、それを私は持続とい
)(2
(注う概がいねん念をとおして考えるのです。少なくとも、不確かなものを確かな進歩のように
思わせる
「④
進歩の時代」から離は
な
れた想像力はもっていたいのです。
������������������������������������������
(内山節『「創造的」であるということ(下)地域の作法から』による・一部改変)
(注1)�
GDP
�
…�����
国内総生産。
(注2)�
哲学�
�
…�����
宇宙や人生などの根本問題を突き止めようとする学問。
(注3)�
ヘーゲル
�
…�����
1770~1831。哲学者。
(注4)�
カント
�
…�����
1724~1804。哲学者。
(注5)�
古代ギリシア�
…�����
ここでは紀元前8世紀ごろにギリシアにおいて成立した文化。
(注6)�
ローマ��
…�����
ここでは紀元前6世紀ごろにローマにおいて成立した文化。
(注7)�
マルクス�
…�����
1818~1883。哲学者、思想家、経済学者。
(注8)�
国家主義�
…�����
国家による命令や、国家秩ちつじょ序の維持を最高の価値とする考え方。
(注9)�
近代�
�
…�����
日本では、欧米文明の影響を受けた明治以降の時代を言う。
(注(0)�
市場経済
�
…�����
需じ よう要ゆ
と供給の関係によって価格が決まり、それに基づいて取引が行われる経済。
(注(()�
懐疑�
�
…�����
疑いをもつこと。
(注(2)
概念
�
…�����
物事のとらえ方、考え方。
― ―4
問一
部あ~おのカタカナを、それぞれ漢字に直しなさい。(かい書で、ていねいに書くこと)
問二
(
A
)~(
E
)に入る語としてふさわしいものをそれぞれ次の中から一つずつ選び、記号で答えなさい。ただし、同じ
記号は繰り返し使わないこと。
ア
ところが
イ
だから
ウ
もちろん
エ
なぜなら
オ
つまり�
問三
�X���
Y�
にあてはまる語の組み合わせとして最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
X�西洋
Y�
日本
�
イ
X�
国民��
Y�
世界
ウ
X�
数値
Y�
哲学
エ
X�
未来
Y�
過去
�
オ
X�
人工
Y�
自然
問四
部①「似たような問題」とありますが、それはどのような問題のことですか。その説明として最もふさわしいものを次
の中から一つ選び、記号で答えなさい。
����
ア
文化や歴史が違うので、GDPで欧米に追いつこうとしても決して達成できないという問題。
イ
自然や風土を無視した開発をしてしまうと、自然環境は取り返しがつかなくなるという問題。
ウ
国民の目標をいくら設定しても、目標に向かって国民全体が一体にはならないという問題。
エ
欧米に追い付くことはできたとしても、すぐに他の国に追い抜かされてしまうという問題。
オ
数値化した目標の達成と引き換えに、人間にとって大切な何かを失ってしまうという問題。
問五
部②「『読み直す』という作業」とありますが、それはどうすることですか。その説明として最もふさわしいものを次の
中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
欧米の文化をまねする方法ではうまく行かないので、古代ギリシアやローマの哲学者の考えから手がかりを探すこと。
イ
GDPの目標を達成するのが難しくなってきたので、かつて設定した目標の数値が適切であるかどうかを見直すこと。
ウ
これからの日本において達成すべき目標は何であるのかを、歴史上の偉いじん人のすぐれた業績や発明から見つけ出すこと。
エ
これまでに経験した出来事を現在の問題意識から振り返り、その中からこれから大切にしていくものを探し出すこと。
オ
日本の伝統的な風土や文化に基づく考え方を離れ、ヘーゲルやカントといった天才的な人物の新しい哲学を学ぶこと。
問六
本文中の【
※
】にあてはまる表現として最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
民主的な近代国家は、世界中の国を見みわた渡しても実は少数派なのですから
イ
近年になっても悲ひさん惨な戦争を近代国家は何度も起こしてきたのですから
― ―5
ウ
日本に近代国家が生まれてまだ百年そこそこしかたっていないですから
エ
日本や欧米の先進国が、地球温暖化の原因であることは明らかですから
オ
日本の文化や歴史と、西洋の文化や歴史とはまったく別のものですから
問七
部③「たとえば」以降の「遺伝子組み換え技術」や「化学調味料」などの例を用いて、筆者はどのようなことを言おうと
していますか。その説明として最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア�� 化学調味料よりも、遺伝子組み換え技術に不安をいだく人の方が、近年になってかなり多くなってきたという発見。
イ�� 科学技術がこれまでに開発した様々なものには、まだ活用されていない大きな可能性が秘められているという指してき摘。
ウ
化学調味料は人間の頭を良くすると言われてきたが、最近ではその働きは少しずつ弱くなってきているという現象。
エ
遺伝子組み換えや化学肥料などの技術の支えがなかったら、日本の食生活はまったく成り立たないのだという危機。
オ
科学技術が生み出した新しいものよりも、長年利用されてきた伝統的なものを信じるようになってきたという変化。
問八
部④「『進歩の時代』から離れた想像力」とありますが、それはどのような考え方のことですか。本文全体の内容をふま
えて八十字以内で説明しなさい。
― ―6― ―6
問題は次のページに続きます。
― ―7
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
����【��昭和二十一年四月に小学校四年生になった竜太とバラケツ(正木三郎)は、放課後学校の裏山へ行った。そこで、話をしている�
】
�������二人の背後から突とつぜん然「君たち」と呼ばれ、ふり向くと、やや西に傾いた日をまともに受けて、三本足の怪かいじん人が立っていた。
「誰
①
や」
バラケツがかすれた声を出した。
同時に竜太も、口の中で、誰やといいながら声の主を見た。
「君たち」
三本足の怪人は、ふたたび同じ呼びかけをして近づいて来た。意外に声はやさしかった。別にお
(注1)どろおどろしくもなく、地底からき
こえる
(注2)幽ゆうき鬼
の声のようでもなかった。極ご
く普ふつう通か、普通よりはやさしい感じだった。
しかし、風ふうてい体は、山の中で突然出会うには有ありがた難くない異様さだった。竜太が咄
つ嗟と さ
に三本足の怪人と思ったのも無理はなかった。
三本足と見えたのは、松まつばづえ
葉杖のせいだった。その男の左足は膝ひざ上のあたりで切断されており、その切断線で切りそろえた
(注3)軍ぐんこ袴が、
ゆらゆらと頼たよりなげに揺ゆ
れている。
「三本足やない。三本半や」
バラケツが顔をひきつらせながら笑った。
「そや」
と竜太が答えた。
男は、戦せんとうぼう
闘帽を眉まゆの下まで引きおろし、目まぶか深というにも極端過ぎるかぶり方をしていた。戦闘帽の下から伸の
び放題の髪かみの毛がはみ
出していて、顔をつつみかくす程ほど
になっている。おまけに、鼻と口を覆おおう大きな白布のマスク、顎あごは針のような無ぶしょうひげ
精髭が密生してい
るとなると、そもそもどんな顔をしている男かも知る手だてがないのだ。
顔をかくしているとしか思えなかった。
顔をかくさなければならない理由を持った人間に、善人がいる筈はずがないと、ほとんど A
的に竜太とバラケツは感じたのだ。
男は、重そうなリュックを背負い、敗戦鞄かばんと水すいとう筒をたすきに掛か
けていた。
B
的な復
(注4)員兵のスタイルであったが、何ともいえな
二
― ―8
い不気味さがただよっていた。
「寄るな。寄るな」
バラケツが叫さけ
んだ。
男は、松葉杖に全体重をかけながら、ゆっくりと近づいて来た。一歩踏ふ
み出すたびに、白木の松葉杖が悲しげに悲鳴を上げた。
誰やろ。
ぼくらに何の用やろ。竜太は思った。
西日に真まっか赤に染まりながら、荒あらい息で松葉杖を運ばせて来る男は、墓場からよみがえったような
(注5)鬼きき気と
(注6)妖ようき気を感じさせた。し
かし、墓場の使者の復ふくし う讐ゆ
を受けなければならない理由は、もとより竜太にはなかった。とすれば、敗戦この方、新聞紙上をにぎわせ
続けている生活のための犯罪の犠ぎせい牲にぼくらはなるのやろか。ぼくらを襲おそっても一銭せんの得もない。やめとき、やめときいなと叫びた
くなったが、それもいえない雰ふん囲い
き気だった。
バラケツも体を硬かたくしていた。
「寄るな。寄ったらあかん。寄らば斬き
るぞ」
すぐ目の前にまで来た男に、バラケツは逆上して、とんでもない台せりふ詞を口走った。
「寄らば斬るぞォ」
男②
は足をとめた。
バラケツのa啖た
んか呵
におそれをなしたわけではない。こみ上げてきた笑いを思い切り吐は
き出すためだ。男は、マスクの中ではあった
が、信じられないような晴れやかな笑い声を立てた。
笑い終わると男は、
「寄らば斬るぞか。戦争この方、こんなに笑ったことはないよ」
といった。
竜太の印象は、それで大分修正された。しかし、バラケツの逆上はそんなものではおさまらなかった。
「何がおかしいねん。それ以上寄って来てみい。ほんまにやったるで。わいは、バラケツやで」
「何だ。それは」
男がいった。
っ
― ―9
「バラケツを知らんのかいな。デンコや。与よたもの
太者や。不良や」
フッと男が笑った。
「竜太。油断したらあかんで。こいつは怪あや
しい(
注7)。武む
め女のところへ押お
し入った強ごうとう盗
かもしれん。七輪泥棒かもしれん。此こ
こ処で逢あ
うたが
百年目(
注8)。成せいばい敗してくれる。竜太ァ」
「何や」
「知ち
え恵出せえ。何ぞ、やっつける、ええ知恵出せえ」
「知恵か」
「そうや」
「無い」
「アホ」
竜太はムッとした。元々知恵のない奴やつに、今だけ知恵の出ない奴が、アホといわれる覚えはない。それは
C
的に違ちがうのだ。そ
れに、バラケツは、まだ異常に逆上しているが、竜太は、この三本足の怪人に対する恐きょうふ怖心がなくなっていたし、従って戦意も
(注9)喪そうしつ失して
いたのだ。そんな状態で、戦略の知恵が出るわけがない。
男は、二人のやりとりを黙だまって見ていたが、又また、ゆっくりと近づいて来た。今度は明らかに目が笑って見えた。
「驚かして悪かったな」
男の声はやはりやさしかった。
「怪しい者じゃない。そりゃあ、こんな姿で山道をうろうろしてたら怪しまれても仕方がないが、それもやがてわかる、いや怪しいま
まで立ち去ることになるかもしれんが、まあ、それは君らには関係のない大人の理由だ」
最後の方は独り言のようだった。
竜太にも、バラケツにも男が何をいおうとしているのか理解出来なかった。
男は、松の木に体をもたせかけ、一本の松葉杖をはずした。それが彼の休息の形であるらしかった。
そうして、男のやさしい目は、眼下にひろがる江坂町の家並みを端はし
から端までゆっくりと見みわた渡
していた。男は何にも声を出さな
かったが、体中から、なつかしさをかぎとっているさまが感じられた。少なくとも竜太には。
バラケツが、目くばせで竜太を呼んだ。
― ―10
「竜太。あいつ、何してると思う」
「なつかしがっとる」
「ちゃう。今晩どこへ押し入ろうか考えとるんや。おじいちゃんに報告したれ」
「そんなんとちゃうて」
「あかんな。竜太は甘あま
い」
「バラケツは下品や」
「まだ油断したらあかんで」
そんな二人のこそこそ話を無視したように男が話しかけて来た。
「君ら、当然ここの学校の生徒だろうな」
「そや」
と二人が同時に答えた。
「何年生だ」
「四年生」
「そうか」
そこで男はb�
息を呑の
んだ。いや、出しかかった言葉を呑みこんだといった方がいいかもしれない。すぐ真下に江坂国)
(0
(注
民学校の朽く
ちかけ
た木造校舎が見える。老ろうき う朽ゆ
のためつっかい棒がしてあるボロ校舎で、
つっぱり学校
ボロ学校
風に吹かれてユーラユラ
と
D
的な
)((
(注
自じちょう嘲の唄うたが残されている
)(2
(注
代しろもの物で、今、男はその校舎を見つめていた。
バラケツは、まだ単純な敵意で男をc凝ぎょうし視し
ていたが、竜太は違っていた。
竜太は、何な
ぜ故かこの男に、大人がよくいう深い訳といったものを感じていたのだ。
「君らに、頼みたいことがあるのだが、きいてくれるか」
男がいった。
「何や」
― ―11
バラケツがつっかかっていった。
「中
)(注
(注
井駒子先生を呼んで来てくれないか」
「何やて」
竜太とバラケツの言葉は同時だった。
本当は二人ともゲェッと叫ぶところだったのだ。胃いぶくろ袋を掴つか
み上げられたような息苦しさを感じた。
えらいこっちゃ、と二人は思った。
竜③
太の内部で可か
な成り修正されていた男の印象がたちまちにして崩ほうかい壊した。
何ちゅうこというねん。この墓場からの使者は。
それにしても、中井駒子先生を知っているこの男は一体何者なのだろう。そういえば、この学校の裏山から、江
④
坂の町を見渡す男の
目も普通ではなかった。竜太にはもう一つ上う
ま手く理解できなかったが、涙なみだぐみたいような目をしていたとも思えた。江坂町に深いつ
ながりを持ち、しかも、中井駒子先生に何かしら関か
か
わりがあるらしいこの男が、再び不気味に見えて来た。
目深にかぶった戦闘帽、伸び放題の髪の毛、鼻と口を覆いかくすマスク、針のような顎鬚、そして、膝上で切断されているらしい左
足、その不自由な体を支える白木の二本の松葉杖。
復員姿で、不自由な体で、しかも、人目を避さ
けて山道を歩く男が、
E
的に考えて安心できる存在である筈がなかった。
一時思ったやさしい目の印象と、やさしい声、晴れやかな笑い声にだまされてはいけないのかもしれないなと竜太は思った。
それ見い。わ
)(注
(注
いのいうた通りやないけ。こいつは悪人や。中井駒子先生を狙ねらう悪人やとバラケツの目が話している。
「どうだろう。一っ走り呼んで来て貰もらえないか」
「駒子先生に何の用や」
「会うことが用だ」
「あかん。そんな用事は出来へん。駒子先生にもしものことがあったら困るもん」
竜太が言った。
【
中
略
】
― ―12
竜太の小さな掌てのひらには、しっかりと一個の硬こうしき式のボールが握にぎられていた。それは、あの三本足の怪人から手渡されたものだった。
竜太とバラケツが、男に向かって、身分証明になるものの提示をしつこく求めた時、男は敗戦鞄の中から、薄うすよご汚れた硬式ボールを
とり出すとポンと投げてよこしたのだ。
「何や。これ」
この言葉には二重の意味があった。
どういうつもりだという問いであるとともに、この物は何だという問いでもあった。
竜太もバラケツも、それは初めて見る代物だったのだ。
薄汚れてはいるけれど、その皮の表皮は、しっとりと掌におさまった。悪い感じではなかった。二三度掌で転がすと、瓢ひょうたん箪型の糸
の縫ぬ
い目が気持よい刺しげき激を与あたえた。可成り重かった。得えたい体の知れない物を品定めする目付きで見ると、表皮に万年筆で何か字が書か
れてあったが、それはもう年代と風雪を経て
)(注
(注
判はんどく読不明になっていた。
「野球のボールだ。野球をやったことがあるか」
「知らん」
「そうか。野球を知らんのか」
男はや
)(6
(注
るせない目をした。
「いいか。そのボールを駒子先生に見せてくれ。そうすれば、後は、そ
⑤
のボールが全すべ
てをしゃべってくれる」
男はいった。
結局、竜太とバラケツは、そのボールを持って駒子先生のところへ走る役目を引き受けてしまったのだ。
(阿久悠『瀬戸内少年野球団』による・一部改変)
(注1)�
おどろおどろしく�
…�
気味が悪い。恐ろしい。
(注2)�
幽鬼�
��
…�
幽霊。亡霊。
(注3)�
軍袴�
��
…�
軍服のズボン。
(注4)�
復員�
��
…�
終戦後に、軍人を家庭に帰すこと。
(注5)�
鬼気�
��
…�
この世のものとは思われない恐ろしさ。
13― ―13
(注6)�
妖気�
����
…�
何か悪いことが起こりそうな気配。
(注7)�
武女�
������
…�
竜太、バラケツと同級生の女の子。
(注8)�
成敗�
����
…�
懲こ
らしめること。
(注9)�
喪失�
����
…�
失うこと。
(注(0)�
国民学校�
���
…�
1941~1947までの初等教育学校の呼び名。
(注(()�自嘲�
����
…�
自分で自分をあざけること。
(注(2)�代物�
����
…�
評価の対象になる物。
(注(注)�
中井駒子先生�
���
…�
竜太、バラケツの通っている学校の先生。
(注(注)�
わい�
����
…�
自分をさす言葉。わたし。
(注(注)�
判読�
����
…�
わかりにくい文字などを、推お
し量って読むこと。
(注(6)�
やるせない�
���…�
思いを晴らす方法がなく、どうしようもない。
問一
部a~cの語句の意味として最もふさわしいものを次の中からそれぞれ一つずつ選び、記号で答えなさい。
��
ア
怒りの言葉
������������������������������
���������������������������������������
ア
なんとか調子をととのえた
��
イ
威いせい勢の良い言葉
����������
����
��
イ
少し冷静に考えた
��
a「啖呵」����
ウ
脅きょうはく迫する言葉
�����������
b「息を呑んだ」
������ �
ウ
急に気づいて驚いた
��
エ
いい加減な言葉
������������������������������������
エ
突然理性が働いた
��
オ
語調の整った言葉
������������������������������������
オ
絶対に言ってはいけなかった
������
ア
目を大きく見開く
���������������������������
イ
こそこそと見る
��
c「凝視」����
ウ
じっと見つめる
���������������������������
エ
無意識に見る
��
オ
相手にわかるように見る
― ―14
問二
���
部①「誰や」と言った時のバラケツの気持ちの説明として最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさ
い。
ア
三本足の怪人の突然の登場に、逆上し取り乱してしまった。
イ
三本足の怪人が理由もなく目の前に現れ、恐ろしかった。
ウ
三本足の怪人を悪人と決めつけ、倒たおしてやろうと思った。
エ
三本足の怪人のあまりの異様さに、あっけにとられた。
オ
三本足の怪人の自分勝手な態度に、怒りが爆ばくはつ発した。
問三
部②「男は足をとめた。」とありますが、その理由として最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
バラケツの、怖こわさに負けないことばに感心してしまったから。
イ
バラケツの、自信に満ちたことばにたじろぎそうになったから。
ウ
バラケツの、思いがけないことばに失つ
笑し しょうしそうになったから。
エ
バラケツの、必死な様子のことばに呆ぼうぜん然としてしまったから。
オ
バラケツの、予想外のことばに度どぎも肝を抜かれてしまったから。
問四 A
~
E
に入る語として最もふさわしいものをそれぞれ次の中から一つずつ選び、記号で答えなさい。ただし、同じ記号
は繰く
り返し使わないこと。
ア
伝統
イ
根本
ウ
常識
エ
本能
オ
典型
問五
部③「竜太の内部で可成り修正されていた男の印象」とありますが、その印象として最もふさわしいものを次の中から一
つ選び、記号で答えなさい。
ア
信頼感
イ
親近感
ウ
不信感
エ
嫌悪感
オ
恐怖感
問六
部④「江坂の町を見渡す男の目も普通ではなかった」とありますが、竜太はその時の男の様子に何を感じ取っていまし
たか。それを示す部分を本文中から十五字以内で抜き出しなさい。
問七
部⑤「そのボールが全てをしゃべってくれる」とはどういうことですか。六十字以内でわかりやすく説明しなさい。
問八
本文の内容と合うものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
三本足の怪人の全てをバラケツが最後まで拒絶していたのに対し、竜太は時に彼に対する考え方を変えることもあった。
― ―
イ
三本足の怪人に中井先生を呼んで来てほしいとバラケツは言われて、竜太に彼が悪人であることをこっそり口頭で伝えた。
ウ
三本足の怪人と初めて向かい合った時、バラケツと竜太は一い しょ緒つ
に声を出すなど協力して彼になんとか立ち向かおうとした。
エ
三本足の怪人は自分へのバラケツの一い
生つ
懸
しょうけんめい
命でユニークな対応に心を許し、自分の大切な野球のボールを彼らに託たく
した。
オ
三本足の怪人とのやりとりの中で、バラケツは概おおむね感情的であったが、竜太はそうなりながらも冷静な判断もしていた。
15
― ―16― ―16
問題は次のページに続きます。
― ―17
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
(ⅰ)次の文章は七つの段落で構成されています。次のア~カの段落を正しく並び替え、文章を完成させなさい。
A
地図は、きわめて便利なものです。
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(斎藤美津子『話しことばのひみつ
―ことばのキャッチボール―』による・一部改変)
ア
ことばも地図と同じように、どんなに効果的に美しいことばを用いても、それはことばであって、ことばが表そうとしている
もの、そのもの
0
0
0
0
ではないのです。
イ
あくまでも、地図は、いろいろな記号や線、絵などで、現地を表している、一枚の紙切れです。
ウ
したがって、その人のことばの意味を理解することによって、その人の言おうとすることは、だいたいわかります。
エ
現地に行かなくても、その土地のだいたいのようすが、地図をながめることによって、わかります。
オ
しかし、その人のことばはどこまでもことばであり、その人が言おうとしていることとまったく同一である、と考えることはで
きません。
カ
しかし、地図は、どんなにくわしく現地のようすが描えがかれていても、それは地図であって、現地ではありません。
三
― ―18
(ⅱ)次の文章は八つの段落で構成されています。次のア~オの段落を正しく並び替え、文章を完成させなさい。
A
日本には昔から生い
け花がある。今では海外でもイケバナという日本語がそのまま通じるが、英語にしてフラワーアレンジメント
ということもある。しかし、日本の生け花と外国でフラワーアレンジメントと呼ばれるものは、どこか違ちがうのではないかと前々
から思っていた。
B
一口に松、一口に桜といっても一枝ごとに枝ぶりや花や葉のつき方、色合いがみな違っていて同じものなどひとつもない。ステ
ージに上がって実際、その花を目の前にすると、リ
(注1)ハーサルでは気づかなかったところが急に見えてきたり、あるいは、同じ枝か
と思うほどまったく違うものに見えたりすることもあるにちがいない。
C
生け花は花を生かすと書くのだから花を生かすのはいうまでもないが、「フラワーアレンジメントとどこが違うのか」という私
の質問に対する「花によって空間を生かす」という即そくとう答は花を生かすことによって空間を生かし、その花によって生かされた空
間が今度は逆に花を生かすということなのだろう。
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― ―19
ア
変幻
んろちも、きとたしに手を花るす
緊張
、しうろだるあも
師匠
縛
。だけわいなきでどなとこすか生もてしとうそか生を
イ
ういと」ブイラの花「は島福
シ
まんぢ小かこど、がだのいないがちに手上にかした、は花たけ生が子弟、にのるえ見くき大てしと々堂もれどは花るけ生の島福の
つもののもういと花にえとひはれそ。かのうまして出がい違なんこで子弟と匠師、ぜな。うましてしり
偶然
のえがけかを素要の
ウ
の京東、間空たれらけ生の花、くなはでりかばるいてしとびのびのなみが輪一輪一の花、本一本一の枝は花たれらけ生てしうこ
るあと
ホ
エ
尋ね
埋
オ
を方け生の島福、方一
眺
、り切うどをこど、かすか生うどを花るす幻変と々刻にうよの水や雲いならまどとも時片、とるいてめ
…
。習練のどな送放・奏演・芸演
…
。芸演
…
。館会