「建築生産におけるpcm(プロジェクトコストマネジメント)の役割...

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「建築生産における PCM(プロジェクトコストマネジメント)の役割」 PCMProject Cost Management)の提案 日本における建築コストマネジメントの変革 楠山登喜雄 はじめに 日本経済はバブル崩壊以来の世界同時経済不況の影響を受け、デフレ懸念や雇用悪化が続 く中で新しい社会システムを模索しています。建設業界においては、需給の関係から価格低 下がおこっていますが、建設コストについてはより一層の透明性や公平性が求められていま す。 このような社会的ニーズに応えるためには、建設コストについての専門職能が是非とも必 要になってきました。 現在の建築業界においては CM 方式の発注や数量公開による入札制度などが検討され、 これまでの発注契約方式が見直されつつあります。その中で、PM/CM*や新たな積算士 QS*2 という新しい職種が注目され、その役割について再確認が必要となっています。 国際的には、積算士(QS)はコスト管理を行う役割の中で PM 的な役割も果たしており、 企画段階での収支計算、設計者や施工業者の選択や契約手続き及び工事費の実費精算等を施 主の代行として行っています。 日本においては、耐震偽装事件により、構造や設備の安全性についての再確認、または建 築基準法の改正や手続きの見直し、国土交通省告示第15号(建築士事務所の開設者がその 業務に関して請求することのできる報酬の基準)、住宅瑕疵担保履行法の施行等の整備が進 められています。 国際的にみても日本式の一式請負は事務的・技術的な簡便さはあるものの、建設費の説明 性にかけることが指摘されます。 また、現在の日本の発注方式では、品質・コストの管理は発注者自身の責任であり、設計 者、施工業者ではなく発注者の立場に立った第3のコンサルタントの必要性が明白となって きています。 これまでは設計事務所の予算や、建設請負会社の見積もりで予算や請負工事費が決められ ていましたが、価格の透明性や使用される資材等の品質やコストを考えるとこのような体制 を見直す時期にきています。言い換えると、建築物の品質やコストが不透明な総価による工 事発注方式から、施主によりわかりやすい説明性のある新しい発注契約方式への変革が求め られています。 本文はコストと品質を中心としたプロジェクト管理について、英国及びアジアでの QS 米国を中心とした CM と見比べながら、日本における建設コスト管理について PCM(プロ ジェクトコストマネジメント)と称し改めて考察と提案を行うものです。

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「建築生産における PCM(プロジェクトコストマネジメント)の役割」

PCM(Project Cost Management)の提案

日本における建築コストマネジメントの変革

楠山登喜雄

はじめに

日本経済はバブル崩壊以来の世界同時経済不況の影響を受け、デフレ懸念や雇用悪化が続

く中で新しい社会システムを模索しています。建設業界においては、需給の関係から価格低

下がおこっていますが、建設コストについてはより一層の透明性や公平性が求められていま

す。

このような社会的ニーズに応えるためには、建設コストについての専門職能が是非とも必

要になってきました。

現在の建築業界においては CM 方式の発注や数量公開による入札制度などが検討され、

これまでの発注契約方式が見直されつつあります。その中で、PM/CM*1や新たな積算士

(QS)*2 という新しい職種が注目され、その役割について再確認が必要となっています。

国際的には、積算士(QS)はコスト管理を行う役割の中で PM 的な役割も果たしており、

企画段階での収支計算、設計者や施工業者の選択や契約手続き及び工事費の実費精算等を施

主の代行として行っています。

日本においては、耐震偽装事件により、構造や設備の安全性についての再確認、または建

築基準法の改正や手続きの見直し、国土交通省告示第15号(建築士事務所の開設者がその

業務に関して請求することのできる報酬の基準)、住宅瑕疵担保履行法の施行等の整備が進

められています。

国際的にみても日本式の一式請負は事務的・技術的な簡便さはあるものの、建設費の説明

性にかけることが指摘されます。

また、現在の日本の発注方式では、品質・コストの管理は発注者自身の責任であり、設計

者、施工業者ではなく発注者の立場に立った第3のコンサルタントの必要性が明白となって

きています。

これまでは設計事務所の予算や、建設請負会社の見積もりで予算や請負工事費が決められ

ていましたが、価格の透明性や使用される資材等の品質やコストを考えるとこのような体制

を見直す時期にきています。言い換えると、建築物の品質やコストが不透明な総価による工

事発注方式から、施主によりわかりやすい説明性のある新しい発注契約方式への変革が求め

られています。

本文はコストと品質を中心としたプロジェクト管理について、英国及びアジアでの QS や

米国を中心とした CM と見比べながら、日本における建設コスト管理について PCM(プロ

ジェクトコストマネジメント)と称し改めて考察と提案を行うものです。

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*1 PM/CMProject Management,Construction Management

*2 QS:Quantity Surveyor英国の RICS(英国王立サーベイヤー協会)で発祥した建設コストマネジメントを中心

とするプロフェッション

BSA・・日本建築積算事務所協会 (1967~1975)

BSIJ・・社団法人 日本建築積算協会 (1975~)

JAQS・・建築積算事務所連合会 (2002~2009)

JAQS・・一般社団法人 建築積算事務所協会 (2009~)予定

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1.PCM(プロジェクトコストマネジメント)の概念

PCM(プロジェクトコストマネジメント)とは、建築コストのプロフェッションが、建

築物の所有者・発注者のために建築計画の各フェーズで、経験や情報に基づき行う総合的な

マネジメント業務をいいます。

PCM について 5W1H(7W2H)に概念をまとめると以下のようになります。

Who建築コストのプロフェッション(建築積算士)等

What建築生産におけるコストと品質の総合的なマネジメント業務

When建築プロジェクトの企画段階・設計段階・契約段階・施工段階・維持保全段階

Where建築および住宅の新築・改修・リニューアルの企画から建設および維持管理の領域

Why発注者がよりよい建築物を入手し、維持保全できるように、最適で透明性のある品質とコス

トのマネジメントを行うため

With

PCM(プロジェクトコストマネジメント)の概念図

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・実績・経験・勘(スキル)

・データベース・情報(実績のデータベース・最新のコスト情報・建設市場の動向予測)

・ソフト(概算・積算システム)

Whom建築物の施主に対して

(民間建築物の所有者・発注者、公共建築物・公営住宅の発注事業主体、プロジェクトの発

注事業主)

Howプロフェッションによる最適な建築コスト管理の実行(予算配分、コストコントロール、

VE・LCC、契約方式・業者の選定、工事費支払い管理等)

How much・プロフェッションの能力と業務量に見合った適切な報酬

・マネジメントにおける経済効果に見合った成功報酬(インセンティブフィー)

PCMにおける関係者と業務の関係を以下に示します。

Clint

施主

GC

施工業者

A/E

設計者

QS

積算士

コストマネジメント

積算

施主サポート

請負代金見積

工事原価管理

概算

コストプランニング

事業収支計画

工事費支払い査定

PCM(プロジェクトコストマネジメント)の関係

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2.日本におけるコスト管理の背景

明治以降現在に至るまでの建築コスト管理について、以下に年表形式で主な動きと積算

者・積算事務所の歩みを整理しました。

明治以降の積算年表

明 治 25 年

(1892 年)

○入札・請負制度

建築学会で原林之助が「一式請負か分業請負か」というテーマで講演を行い、論争が起

こった。それと同時に実力を付けた請負業者が一式請負を始める。

明治 30 年頃

(1897 年)

大泉龍之輔は予算編製(積算)について「建築設計便覧」を出版する。

明 治 36 年

(1903 年)

建築学会を中心に「建築技師報酬規定」の制度が動き始める。

明 治 38 年

(1905 年)

葛西万治は建築学会の講演「建築の経済性について」で『よい建築には金がかからない』

『西洋でのように数量表を計画書で示すべき』と主張。

明 治 42 年

(1909 年)

○数量公開論争

建築技師報酬規定の最終の制定案を検討。設計図書として数量明細書を含めるべきとい

う原案が、必ずしも必要としない表現に修正されたことに対して葛西らが強く反発。

大 正 10 年

(1921 年)

○建築積算の古典

久恒治助が「建築工事仕様及び積算法」を出版。

大 正 13 年

(1924 年)

○日本初の積算事務所

「大泉建築積算事務所」を銀座に開設。(英国のQSを実現しようとした建築積算事務所

発祥)注文がなく昭和 4 年(1929 年)閉鎖。

昭 和 23 年

(1948 年)

○建設工業経営研究会の設立

益田重華を中心として、工事内訳明細書書式研究会、建築請負工事諸経費研究会等が発

足し、積算のベースとなる内訳書や諸経費が研究され始めた。

昭 和 39 年

(1964 年)

○宮谷重雄 英国の RICS を訪問

QS 業務の実体を知ると同時に SMM(標準数量積算基準)を持ち帰り、昭和 40 年(1965

年)二葉建築積算事務所を設立。

日本建築積算事務所協会(BSA)の設立

昭 和 41 年

(1966 年)

日本建築積算事務所協会・設立準備会の開始

昭 和 42 年

(1967 年)

○日本建築積算事務所協会(BSA)の設立

当時の積算事務所の有志により、積算事務所の集まりである日本建築積算事務所協会が

任意団体として設立した。

設立時の正会員は 37 社、積算業務の実態調査研究や建築積算に関するセミナー・講習会

の開催などを活発に行っていた。

内訳書式標準化等の研究を続けていた官民合同の「建築積算研究会」に主幹事役の一員

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として参加し、その後の建築数量積算基準の制定と新たな内訳書標準書式等の研究を行

った。

社団法人日本建築積算協会(BSIJ)の設立

昭 和 50 年

(1975 年)

○社団法人日本建築積算協会(BSIJ)の設立

積算事務所の団体であった日本建築積算事務所協会が、建設省の所管する社団法人とし

て発展的に解消し、同じメンバーが中核となり、個人会員・事務所会員の会員構成で社

団法人日本建築積算協会が再出発した。

昭 和 52 年

(1977 年)

「建築積算士」の制度を創設し、英国の QS(Quantity Surveyor)と同様に協会の認め

る資格者制度として位置づけた。

平 成 2 年

(1990 年)

「建築積算士」が建設大臣の認定する審査・証明事業に基づく「建築積算資格者」制度

に移行。

平 成 13 年

(2001 年)

「建築積算資格者」の制度は大臣が認定する制度から、協会の認定する資格へ戻る。

平 成 13 年

(2001 年)

○事務所部会解散

事務所部会の存在そのものが2重構造で組織としておかしいと言う理由により部会細則

を廃止した。

平 成 14 年

(2002 年)

事務所部会にかえて事務所委員会開始。

現在に至る 平成 20 年(2008 年)現在:個人会員 2,284 名、法人会員 89 名、特別会員 39 名、計

2,312 名。

建築積算事務所連合会(JAQS) 設立

平 成 14 年

(2002 年)

建築積算事務所連合会(JAQS) 設立

BSIJ の事務所部会メンバーを中心に正会員(事務所会員)、特別会員、賛助会員により

構成。積算事務所 80 社で開始。

中国・四国地域会「建築積算事務所連合会 中国・四国地域会」設立

平 成 16 年

(2004 年)

関西地域会「建築コストセンター」設立

平 成 17 年

(2005 年)

関東地域会「関東積算事務所協会・JAQS 関東」設立

東海地域会「積算連合東海・JAQS 東海」設立

平 成 21 年

(2009 年)

「一般社団法人 建築積算事務所協会」として新たに再出発(予定)

New JAQS

1997 年 PAQS シンガポールで発表した「日本における建築積算事務所のあゆみと展望」

より、明治以降の積算に関する歴史的背景を整理し、年表にまとめました。また、積算事務

所協会 JAQS については、機関誌 JAQS 等を参照して年表を作成しました。

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3.日本における職能団体の組織化と建築積算事務所の歩み

BSA → BSIJ → JAQS → New JAQS1967 年当時の建築積算事務所の協会として日本建築積算事務所協会(BSA)が創設され、

1976 年の社団法人化を機会に社団法人日本建築積算協会(BSIJ)と改名しました。BSIJでは個人会員制度を開始し、その後の資格者制度を整えながら現在に至っています。積算事

務所はこの中で、事務所部会等で業務に関わる調査研究(「公共建築積算業務の現状と今後

に関する調査」、「建築積算業務報酬研究資料作成」etc)や社会に対する広報活動を行って

きましたが、2002 年に新たに建築積算事務所連合会(JAQS)として積算専門家集団とし

ての組織化が行われました。2009 年、これまで BSIJ にあった事務所委員会の廃止を契機

に、JAQS は新たに我が国における建築積算業務の専門家集団として再出発します。

New

JAQS

JAQS

BSIJ

BSA日本建築積算事務所協会

社団法人 日本建築積算協会

建築積算事務所連合会

2009 年

一般社団法人 建築積算事務所協会

調査研究

資格者認定・養成

啓蒙活動

行政機関対応

技術向上

経営問題

業務受託・斡旋

BSIJ

「個人会員」

資格者事務所部会

1975 年

2002 年

事務所委員会

1967 年

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4.建築のコンサルタントとしての社会への貢献

第一義的に建築プロジェクトの発注者(オーナー)のためのコンサルタントとしてそのプ

ロジェクトの品質とコストを最適に管理することが、PCMの目的です。

一方建築物は私的、公的を問わず良質な社会資産としてストックされるべきものであるた

め、そのプロジェクトの建築士等の専門家と協調して地域社会や自然環境との調和も考慮に

入れた計画へのアドバイスも必要です。

建築に対する社会的ニーズ

安全性

快適性・美観

環境・省エネ・Eco

経済性

品質・性能

維持保全

建築士法

建設業法

自治体・行政機

関への届け出

CASBEE

LEED

住宅瑕疵担

保履行法

施主

設計者

施工業者

PCM

QS

社会的ニーズ

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5.社会システムの整備と三種の神器(規範 資格 教育)

PCM における重要な要素は、社会システムの整備と規範・資格・教育の3つのアイテム

です。いずれも日本独自のシステムの中で育ってきましたが、社会システムについては長年

の建築請負制度の慣習から新しい透明性のあるコスト管理方式への変革の時期にきていま

す。

(1) 社会システムの整備

・発注方式の多様化

建築コスト管理については、建築士事務所の標準業務の中に概算と工事費支払い

の審査がありますが、その他は標準外となっています。これまでは、一式請負の契

約時に必要な見積もりのため数量を算出するための数量積算基準や標準内訳書式の

整備が行われてきました。近年、海外の発注者や投資家などが関わるプロジェクト

において、英国式の QS や米国の CM におけるコストマネジメントが要求され、国

内の大型な工事においても透明性のあるコスト管理の必要性から、コストの専門家

としてのコンサルタント業務が多くなりつつあります。

公共建築工事の発注においては設計業務の中に標準外の業務として積算がありま

すが、多くは設計事務所に一括発注しており、積算報酬や成果品の精度と納期の問

題が指摘されています。官公庁の一部で設計と積算を分離して発注しており、予定

価格の作成に積算事務所を起用しています。今後、数量公開や VE などが多く採用

されてくることが予想され、数量のみならず単価を含めたコスト管理が重要となっ

てくるでしょう。

民間建設工事においては、これまで建設会社の見積もりを比較検討する程度が一

般的でありましたが、今後はCM方式、分離発注、コストオン等の発注方式の工夫

を含めて、様々な契約発注方式の事例が多くなるものと予想されます。

社会システム

資格 教育

規範

憲章・コンプライアンス

法・技術基準

建築数量積算基準

建築工事内訳書標準書式

積算士事務所憲章*

契約方式

工事契約約款

CM契約約款

PCM契約約款*

資格制度

建築士

建築積算士

建築コスト管理士

登録 積算士事務所*

*は今後の検討課題

大学・専門学校・協会団体等

建築経済・建築生産・コスト

マネジメント・建築積算

日本建築積算協会コストスク

ール・建築積算入門教室

JAQS実務研修*

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・保険補償制度

耐震偽装事件以来、建築士賠償責任補償制度や住宅瑕疵担保履行法等の各種制度

が生まれました。しかしながら海外では一般的な建設工事に関わる各種保険やボン

ド制度は、日本ではまだ普及していません。現在積算やコストコンサルタントの業

務に対する損害賠償制度なども必要となってきました。

(2) 三種の神器

① 規範

英国の RICS(英国王立サーベイヤー協会)の QS がそうであったように、PCM(プロジェクトコストマネジメント)は発注者のコンサルタントとしての業務を行

うものとして、社会的なコンプライアンス(法令遵守)を常に実行することが重要

であり、それによって社会的信用を保つことが可能となります。

平成 15 年に JAQS(積算事務所連合会)が、会員の心得として規範を示している

が今後この規範の見直しを行い、プロフェッションとしての積算事務所の憲章を確

立していくことも重要であると考えます。

これまで整備された積算基準等を以下に記します。

○建築数量積算基準と建築工事内訳書標準書式

1967 年頃より建設工業経営研究会に設置された建築積算研究会のメンバーによ

り、建築数量積算基準の研究が開始されました。1970 年 4 月に官民合同の建築数量

積算基準研究会が発足し、約 7 年半の歳月を経て 1978 年 1 月「建築数量積算基準」

が発表され、同様な時期に建築工事内訳書標準書式が制定され現在に至っています。

会員の心得

私達は、積算業務を専門とし、建築経済を追求する技術事務所として

建築生産の健全なる発展のために貢献していきます

私達は、公正なる立場で業務を遂行し、広く社会の信頼に応えていきます

私達は、技術を磨き、知識を活かし、建築物の経済効果を高める努力と

研鑽に励み、依頼者の安心と期待に応えていきます

私達は、誇りと責任を堅持し、人格の陶冶に努め率先して

建築積算界の発展に尽くしていきます

建築積算事務所連合会

平成15年8月制定

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・「建築数量積算基準」 制定 建築工事建築数量積算研究会

編集 財団法人 建築コスト管理システム研究所、社団法人 日本建築積算協会

・「建築工事内訳書標準書式」 制定 建築工事内訳書標準書式検討委員会

編集 財団法人 建築コスト管理システム研究所、社団法人 日本建築積算協会

② 資格

2009 年の現時点では、社団法人日本建築積算協会(BSIJ)の協会独自の認定す

る資格として、建築積算士、建築コスト管理士がありますが、一般社会や建設業界

において必ずしもその存在が認知されていません。建築積算事務所の存在とその業

務を含めて、社会に対する広報活動が必要です。

資格者の経緯を以下に記します。

・1979 年より、社団法人日本建築積算協会(BSIJ)により建築積算士制度が開始

され、「建築積算士」が登場した。

・1990 年には建築積算資格者審査・証明事業に伴い、「建築積算資格者」として国

土交通省の認可資格になった。

・2001 年、制度の廃止に伴い BSIJ の認定資格に変更された。

・2005 年には「建築コスト管理士」の資格制度が開始された。

・2009 年 4 月より建築積算資格者を「建築積算士」に名称を変更し、新たに「建築

積算士補」の制度を開始した。

今後、建築積算事務所協会(JAQS)による積算士事務所の認定登録を改めて

制度化することも重要です。

③ 教育

日本の建築教育の中で、建築のコスト管理についてはこれまで専門の教育コース

はなく、建築学科、建築工学科、建築設計科等で下記のような講義として行われて

きました。海外の QS のための教育システムに比べ実技等を含めて単位も少なく、

教育のテキストなども数量積算を中心としたものです。今後、積算事務所における

社内教育に加えて、JAQS における実務研修制度や、大学等においてもコストマネ

ジメントを含めたコンサルタントサービスに対応した教材の整備および実務訓練シ

ステムが必要です。

これまでの学校教育体制を以下に記す。

・大学、工業専門高校、専門学校における

建築経済・建築生産・コストマネジメント・建築積算

・日本建築積算協会のコストスクール・建築積算入門教室

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6.建築生産における PCMプロジェクトの流れとコスト管理

建築士事務所、施工業者およびコストマネジャーの業務について以下にまとめます。

(赤字は国土交通省告示15号における建築士事務所の業務です。)

プロセス 設計/施工

(建築士事務所の業務) (施工業者)

PCM(プロジェクトコストマネジメント)

(コストマネジャーの業務)

企画段階 企画設計 予算管理・事業収支計画

基本設計段階 基本設計コストコントロール・VE・LCC

概算

実施設計段階 実施設計コストコントロール・VE・LCC

概算

入札・契約段階発注者見積もり

入札・契約

入札準備・入札・数量積算・値入

見積査定

施工段階 施工監理 / 施工調達支援

実費精算

維持保全段階 施設管理・改修 施設管理費・改修計画のコスト管理

解体撤去 解体撤去 解体撤去のコスト管理

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7.今後の課題

(1) 業務の国際化と積算士事務所

我が国の積算制度は英国及びアジアのQSや米国のCMとは違う歴史的背景を持ってお

り、数量基準や標準内訳書式についても日本独自のものとなっています。今後いっそうプロ

ジェクトの国際化がはかられることも予想され、これらの各国基準や契約制度との整合性に

ついての調査分析が必要です。

また英国のRICS*3 やPAQS*4、ICEC*5 などのプロフェッショナル団体と交流

し、常に情報交換をできるような体制がJAQS(建築積算事務所協会)に求められます。

(2) 積算技術 概算とは

国土交通省告示15号において建築士事務所の開設者の報酬基準の中で、「基本設計完了

時と実施設計完了時に建築工事に通常要する費用を概算し、工事費概算書を作成する」と決

められていますが、『概算』については長年コストの専門家においても様々な方法、制度、

理論があります。これまで様々な方式やシステムが紹介されてきたが、今後早急にプロジェ

クトの各段階に対応した概算方式の検証が必要です。

(3) その他

コストマネジメントにおいては建設工事費を構成する資材費、施工費の価格情報が重要で

すが、刊行物等で得られるもの以外は直接メーカー専門工事会社に見積もり徴収を行う必要

があります。発注者の立場でない場合は実体がつかみづらく、問い合わせ作業にも多くの手

間と時間を要します。

今後インターネットでのコスト情報サービスをJAQSで提案したいと考えます。

*3 RICS(英国王立サーベイヤー協会)・・・1868年に設立された英国のサーベイヤーの協会。

建築コスト管理に関する専門家をQS(Quantity Surveyor)と呼ばれている。

*4 PAQS(太平洋積算士協会)・・・アジア、太平洋の領域の国で活躍している各国の積算士協会の

集まり。

*5 ICEC(国際コストエンジニアリング協会)・・・アメリカに本部を置き、現在30カ国が参加し

ている非営利団体。世界に貢献できる、公益性のあるコスト技術および積算品質の知識と技術の向上を

図り、国際コスト技術、積算の品質およびプロジェクトマネージメントに関する会議やシンポジューム

開催を調整し支援している。